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第272回 希少疾患の専門医が抱える本当の課題~患者レジストリ維持の難しさ

昨今、「希少疾患」という単語を耳にする機会は増えた。そもそも希少疾患の定義は、国によってもまちまちと言われるが、概して言えば患者数が人口1万人当たり1~5人未満の疾患を指すと言われる。また、日本国内の制度で言うと、こうした希少疾患の治療薬は、通称オーファン・ドラッグと言われ、患者数が少ないために製薬企業が開発に二の足を踏むことを考慮し、オーファン・ドラッグとして指定を受けると公的研究開発援助を受けられる制度が存在する。同制度での指定基準は国内患者数が5万人未満である。この希少疾患に関する情報に触れる機会が増えたのは、製薬企業の新薬研究開発の方向性が徐々にこの領域に向いているからである。背景には、これまで多くの製薬企業の研究開発に注力してきたメガマーケットの生活習慣病領域でそのターゲット枯渇がある。そして希少疾患への注目が集まり始まるとともに新たに指摘されるようになったのが、「診断ラグ」。希少疾患は、患者数・専門医がともに少なく、多くは病態解明が途上にあるため、患者が自覚症状を認めてもなかなか確定診断に至らない現象である。そして取材する私たちも希少疾患の情報に触れる機会が増えながらも、ごく一般論的なことしか知らないのが現状だ。正直、わかるようなわからないようなモヤモヤ感をこの数年ずっと抱え続けてきた。そこで思い切って希少疾患の診療の最前線にいる専門医にその実態を聞いてみることにした。話を聞いたのは聖マリアンナ医科大学脳神経内科学 主任教授の山野 嘉久氏。山野氏が専門とするのは国の指定難病にもなっている「HTLV-1関連脊髄症(HAM)」。HTLV-1はヒトT細胞白血病ウイルス1型のことで、九州地方にキャリアが集中している。HAMはHTLV-1キャリアの約0.3%が発症すると言われ、全国に約3,000人の患者がいると報告されている。HAMはHTLV-1感染をベースに脊髄で炎症が起こる疾患で、初期症状は▽足がもつれる▽走ると転びやすい▽両足につっぱり感がある▽両足にしびれ感がある▽尿意があってもなかなか尿が出にくい▽残尿感がある▽夜間頻尿、など。急速に進行すると、最終的には自力歩行が困難になる。現在、HAMに特異的な治療薬はなく、主たる治療は脊髄の炎症をステロイドにより抑えるぐらいだ。以下、山野氏とのやり取りを一問一答でお伝えしたい。<INDEX>―まずHAMの診断では、どれほど困難が伴うのか教えてください―確定診断までの期間がこの20年ほどで半分に短縮されています―それでも初発から確定診断まで2~3年を要するのですね―山野先生の前任地・鹿児島はHAMが発見された地域で、患者さんが多いと言われています―関東に赴任してHAM診療の地域差を感じますか?―ガイドラインができたのはいつですか?―HAMの早期段階の症状から考えれば、事実上のゲートキーパーは整形外科、泌尿器科あるいは一般内科の開業医になると思われます―では、診断ラグや治療の均てん化を考えた場合、現状の医療体制をどう運用すれば最も望ましいとお考えでしょう?―そのうえで非専門の医療機関・医師が希少疾患を見つけ出すとしたら何が必要でしょう―もっとも日本国内では開業医の電子カルテ導入率も最大60%程度と言われ、必ずしもデジタル化は進んでいません― 一方、希少疾患全体で見ると、新薬開発は活発化していますが、従来の大型市場だった生活習慣病領域で新薬開発ターゲットが枯渇したことも影響していると思われますか―その意味で国の希少疾患の研究に対する支援についてどのようにお考えでしょう?―まずHAMの診断では、どれほど困難が伴うのか教えてください【山野】HAMでは疾患と症状が1対1で対応しておらず、複数の症状が重なり、かつ症状や進行に個人差があります。このような状況だと、医療に不案内な患者さんはそもそもどの診療科を受診するべきかがわからないという問題が生じます。高齢の患者さんでありがちな事例を挙げると、まず歩行障害や下肢のしびれを発症すると、老化のせいにし、医療機関は受診せず、鍼灸院に通い始めます。それでも症状が改善しなければ整形外科を受診します。また、排尿障害が主たる患者さんは最終的に泌尿器科に辿り着きます。しかし、半ば当然のごとく受診段階で患者さんも医師もHAMという疾患は想定していません。結果としてなかなか症状が改善せず、医療機関を何軒か渡り歩き、最終的に運よく診断がつくのが実際です。私たちはHAMの患者さんの症状や検査結果などの臨床情報や、血液や髄液などの生体試料を収集し、今後の医学研究や創薬へ活用する患者レジストリ「HAMねっと」を運営していますが、そのデータで見ると1990年代は初発から確定診断まで平均7~8年を要していました。それが2010年代には2~3年に短縮されています。―確定診断までの期間がこの20年ほどで半分に短縮されています【山野】2008年にHAMが国の指定難病となったこと、前述の「HAMねっと」の充実、専門医による全国の診療ネットワーク構築など、さまざまな周辺環境が整備され、それとともに啓発活動が進展してきたことなど複合的な要素があると考えています。―それでも初発から確定診断まで2~3年を要するのですね【山野】まさに今日受診された患者さんでもそれを経験したばかりです。他県の大学病院で診断がつき、治療方針決定のため紹介を受けた患者さんですが、2018年に排尿障害、2020年から歩行障害が認められ、車いすで来院されました。この患者さんは2年程前に脊髄小脳変性症との診断を受けていました。HAMは脊髄が主に障害されますが、実は亜型として小脳でも炎症を起こす方がいます。こうした症例は数多く診療している専門医でなければ気付けないものです。こういうピットホールがあるのだと改めて実感したばかりです。―山野先生の前任地・鹿児島はHAMが発見された地域で、患者さんが多いと言われています【山野】おっしゃる通りで、加えて神経内科医が多い地域でもあるため、大学病院ではHAMの患者さんを診療した経験のある医師が少なくありません。そうした医師が県内各地の病院に赴任しているので、HAMの初期症状と同じ症状の患者さんが来院すると、HAMを半ば無意識に疑う癖がほかの地域よりも付いています。そのため確定診断までの期間が短いと思います。―関東に赴任してHAM診療の地域差を感じますか?【山野】2006年に赴任しましたが、当初はかなり感じました。具体例を挙げると、診断ラグよりも治療ラグです。HAMの患者さんの約2割は急速に進行しますが、一般的な教科書的記述では徐々に進行する病気とされています。その結果、HAMと診断された患者さんが、どんどん歩けなくなってきていると訴えても、主治医がゆっくり進行する病気だから気にしないよう指示し、リハビリ療法が行われていた患者さんを診察したことがあります。この患者さんは髄液検査で脊髄炎症レベルが非常に高く、進行が早いケースで早急にステロイド治療を施行すべきでした。また、逆に炎症がほとんどなく、極めて進行が緩やかなタイプにもかかわらず大量のステロイドが投与され、ステロイドせん妄などの副作用に苦しんでいる事例もありました。当時は診療ガイドラインもない状態だったのですが、このように診断ラグを乗り越えながら、鹿児島などで行われていた標準治療の恩恵を受けていない患者さんを目の当たりにすることが多かったのをよく覚えています。HAMの患者数は神経内科専門医よりはるかに少ない、つまりHAMを一度も診療したことがない神経内科専門医もいます。そのような中で確定診断に至る難易度が高いうえに、適切な情報が不足している結果として主治医によって治療に差があるのは、患者さん、医師の双方にとって不幸なことです。だからこそ絶対にガイドラインを作らなければならないと思いました。―ガイドラインができたのはいつですか?【山野】2019年1)とかなり最近です。2016年から3年間かけて作成しました。実はガイドライン作成自体は、エビデンスが少ないことに加え、ガイドラインという響きが法的拘束力を想起させるなどの誤解から反対意見もありました。実際のガイドラインではエビデンスに基づき、わかっていることわかっていないことを正確に記述し、現時点で専門家が最低限推奨した治療を記述し、医師の裁量権を拘束するものでもないということまで明記しました。―HAMの早期段階の症状から考えれば、事実上のゲートキーパーは整形外科、泌尿器科あるいは一般内科の開業医になると思われます【山野】一般内科医の場合、日常診療では新型コロナウイルス感染症を含む各種呼吸器感染症全般、腹痛など多様な疾患を診療している中に神経疾患と思しき患者さんも来院している状況です。その中でHAMの患者さんが来院したとしても、限られた診療時間でHAMを思い浮かべることはかなり困難です。最終的には自分の範囲で手に負えるか、負えないかという線引きで判断し、手に負えないと判断した患者さんを大学病院などに紹介するのが限界だと思います。―では、診断ラグや治療の均てん化を考えた場合、現状の医療体制をどう運用すれば最も望ましいとお考えでしょう?【山野】希少疾患の場合、数少ない患者さんが全国に点在し、疾患によっては専門医が全国に数人しかいないこともあります。極論すれば、現状では専門医がいる地域の患者さんだけが専門的医療の恩恵を受けやすい状況とも言えます。その意味でまず優先すべきは、各都道府県に希少疾患を診療する拠点を整備することです。そのことを体現しているのが、2018年から整備が始まった難病診療連携拠点病院の仕組みです。一方で希少疾患に関しては、従来から専門医が軸になったネットワークが存在します。手前味噌ですが、先ほどお話しした「HAMねっと」もその1つです。HAMの場合、確定診断に必要な検査のうちいくつかは保険適用外のため、全国各地にある「HAMねっと」参加医療機関では研究費を利用し、これらの検査を無料で実施できる体制があります。現状の参加医療機関は県によっては1件あるかないかの状況ですが、それでも40都道府県をカバーできるところまで広げることができました。ただ、前述した難病診療連携拠点病院と「HAMねっと」参加医療機関は必ずしも一致していません。その意味では希少疾患専門医、国の研究班、難病診療連携拠点病院がより緊密に連携する体制構築を目指していくことがさらに重要なステップです。このように受け皿を整備すれば、ゲートキーパーである開業医の先生方も診断がつきにくい患者をどこに紹介すればよいかが可視化されます。それなしに「ぜひ患者さんを見つけてください」と疾患啓蒙だけをしても、疑わしい患者の発見後、どうしたらいいかわからず、現場に変な混乱を招くリスクもあると思います。―そのうえで非専門の医療機関・医師が希少疾患を見つけ出すとしたら何が必要でしょう【山野】やはり昨今の技術革新である人工知能(AI)を利用した診断支援ツールの実用化が進めば、非常に有益なことは間違いないと思います。そもそもAIには人間のような思い込みがありませんから、たとえば脊髄障害があることがわかれば、自動検索で病名候補がまんべんなく上がってくるというシンプルな仕組みだけで見逃しが減ると思います。そのようになれば、迅速に専門医に紹介される希少疾患患者さんも増えていくでしょう。―もっとも日本国内では開業医の電子カルテ導入率も最大60%程度と言われ、必ずしもデジタル化は進んでいません【山野】国がどこまで医療DXを推進しようとしているかは、率直に言って私にはわかりません。ただ、医療DXが進展しやすい土俵・環境を作る責任は国にあると思います。その意味では先進国の中で日本がやや奥手となっている医療機関同士での患者情報共有の国際標準規格「FHIR」の導入推進が非常に重要です。それなしでAIによる診断支援ツールの普及は難しいとすら言えます。また、こうした診断支援ツールの開発では、開発者がきちんとメリットを得られるルール作りも必要でしょう。― 一方、希少疾患全体で見ると、新薬開発は活発化していますが、従来の大型市場だった生活習慣病領域で新薬開発ターゲットが枯渇したことも影響していると思われますか【山野】 率直に言って、希少疾患領域に関わっていると今でも太陽の当たる場所ではないと思うことはあります(笑)。その意味で新薬開発が進んでこなかった背景には技術的な問題とともに企業側の収益性に対する考えはあったと思います。もっとも昨今では技術革新により新規化合物デザインも進化し、希少疾患でも遺伝子へのアプローチも含め新たな創薬ターゲットが解明されつつあります。その意味ではむしろ新薬開発も今後は希少疾患の時代となり、30年後くらいは多くの製薬企業が希少疾患治療薬で収益を上げる時代が到来しているのではないかと予想しています。HAMについて言えば、いまだ特異的治療薬はありませんが、もし新薬が登場すれば診断ラグもさらに短縮されると思います。やはり治療薬があると医師側の意識が変わります。端的に言えば「より良い治療があるのだから、より早く診断をつけよう」というインセンティブが働くからです。そして、先程来同じことを言ってしまうようですが、やはりこの点でも、新薬開発が進む方向への誘導や希少疾患の新薬開発の重要性に対する国民の理解促進のために、国のサポートは重要だと思うのです。―その意味で国の希少疾患の研究に対する支援についてどのようにお考えでしょう?【山野】そもそも希少疾患は数多くあるため、公的研究費の獲得は競争的になりがちです。一般論では投じられる資金が多いほど、病態解明や新規治療開発は進展しやすいとは思いますが、ただ湯水のように資金を投じればよいかと言えばそうではありません。あくまで私見ですが、日本での希少疾患研究支援は、有力な治療法候補が登場した際の実用化に向けた支援枠組みは整いつつあると思っています。反面、基盤的な部分、HAMの例で言えば、患者レジストリ構築のような部分への支援は弱いと考えています。私たちは臨床データを電子的に管理すると同時に患者検体もバンキングしています。これらがあって初めてゲノム解析などによって病態解明や治療法開発の研究が可能になるからです。つまり患者レジストリは研究者にとって一丁目一番地なのです。しかし、その構築と維持は非常にお金がかかります。一例を挙げれば、「HAMねっと」で検体保管に要している液体窒素代は年間約500万円です。しかも、患者レジストリの構築と維持の作業からは直接成果が得られるわけではないのです。このために製薬企業などの民間企業が資金を拠出することは考えにくいです。結局、私も当初は外来終了後にポチポチとExcelの表を作成し、検体を遠心分離機にかけるという作業をやっていました。こうした患者レジストリを国によるコストや労力の支援で構築できるようになれば、多くの希少疾患でレジストリが生み出され、日本が世界に誇る財産にもなり得ます。もっとも先程来、「国」に頼り過ぎているきらいもあるので、国だけでなく企業、患者さんとも共同でこうした基盤を育てていく活動が必要なのではないかと考えています。恥ずかしながら、診断ラグのみならず治療ラグが存在すること、患者レジストリ構築の苦労やその重要性などについては私にとっては目からウロコだった。山野氏への取材を通じ、私個人はこの希少疾患問題をかなり狭くきれいごとの一般論で捉えていたと反省しきりである。 1) 日本神経学会:HTLV-1関連脊髄症(HAM)診療ガイドライン2019

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第270回 「骨太の方針2025」の注目ポイント(後編) 「OTC類似薬の保険給付のあり方の見直し」に強い反対の声上がるも、「セルフメディケーション=危険」と医療者が決めつけること自体パターナリズムでは?

映画『国宝』は過活動膀胱の行動療法のヒントにもこんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。前回、映画『国宝』(監督:李 相日)について書きましたが、一つ書き忘れたことがあります。それは映画の上映時間についてです。『国宝』の上映時間はなんと174分、ほぼ3時間です。ハリウッドも含め、最近の映画ではとても珍しいことです。観る側は“タイパ(タイムパフォーマンス)”を気に掛け、一方で配給会社は観客の回転数も重視するようになった今、よく東宝が3時間の上映時間を認めたものです。とは言え、かつての長尺の傑作映画には、前段の長い前フリ部分が映画全体に深みをもたらしている作品が少なくありません。『ゴッドファーザー』しかり、『ディア・ハンター』しかりです。『国宝』も仮に2時間だったら主人公たちの若い頃のシーンも相当割愛しなければならなかったでしょう。その意味でも174分は必然の上映時間だったのかもしれません。それにしても、中高年の観客が多いはずなのに、上映中、トイレに立つ人がほとんどいなかったのも驚きでした。私も通常、2時間程度しかもたない頻尿なのですが、席を立つこともなくなんとか乗り切れました。何かに集中している時は尿意を忘れるというのは本当ですね。映画『国宝』は過活動膀胱の行動療法のヒントにもなりそうです。さて、今回も前回に引き続き、6月13日に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針2025~『今日より明日はよくなる』と実感できる社会へ~」(骨太の方針2025)について書いてみたいと思います。前回は、社会保障関係費について、骨太に「高齢化による増加分に相当する伸びにこうした経済・物価動向等を踏まえた対応に相当する増加分を加算する」と明記されたことで、2026年度診療報酬改定からは高齢化による伸びに加え、経済・物価対応による増加分も考慮されるだろう、と書きました。今回は、「骨太の方針2025」のもう一つの注目点であった、自民党・公明党・日本維新の会の「3党合意」の内容がどの程度反映されたか(6月6日に公表された「骨太の方針2025(原案)」にどう加筆されたか)について書きます。3党合意で検討の期限と数値目標が明記されたのは「OTC類似薬」「病床削減」「電子カルテ」の3項目自民党、公明党、日本維新の会の3党が6月11日に合意した社会保障改革案には、1.OTC類似薬の保険給付のあり方の見直し2.新たな地域医療構想に向けた病床削減3.医療DXを通じた効率的で質の高い医療の実現4.地域フォーミュラリの全国展開5.現役世代に負担が偏りがちな構造の見直しによる応能負担の徹底6.生活習慣病の重症化予防とデータヘルスの推進の6項目が盛り込まれました。このうち、検討の期限と数値目標が明記されたのは「OTC類似薬」「病床削減」「電子カルテ(医療DX)」の3項目で、具体的な文言は以下のようなものでした。OTC類似薬2025年末までの予算編成過程で十分な検討を行い、早期に実現が可能なものについて、2026年度から実行。セルフメディケーション推進の観点から、夏以降、当初の医師の診断や処方を前提にしつつ、症状の安定している患者にかかる定期的な医薬品・検査薬のスイッチOTC化に向けて、制度面での必要な対応を含め、更なる実効的な方策を検討する。国内でスイッチOTC化されていない医薬品(約60成分)を2026年末までにOTC化病床削減人口減少等により不要となると推定される、約11万床の一般病床・療養病床・精神病床といった病床について、次の地域医療構想までに削減を図る電子カルテ現時点の電子カルテ普及率が約50%であることに鑑み、普及率約100%を達成するべく、5年以内の実質的な実現を見据え電子カルテを含む医療機関の電子化を実現する骨太には3党合意にあった「医薬品(約60成分)を2026年末までにOTC化」、「11万床削減」といった数値目標は盛り込まれずこの3党合意を踏まえ、6月13日に閣議決定された「骨太の方針2025」では、「第3章 中長期的に持続可能な経済社会の実現」の「2.主要分野ごとの重要課題と取組方針」の中の「(1)全世代型社会保障の構築」に、合意内容が次のように列記されています。持続可能な社会保障制度のための改革を実行し、現役世代の保険料負担を含む国民負担の軽減を実現するため、OTC類似薬の保険給付の在り方の見直しや、地域フォーミュラリの全国展開、新たな地域医療構想に向けた病床削減、医療DXを通じた効率的で質の高い医療の実現、現役世代に負担が偏りがちな構造の見直しによる応能負担の徹底、がんを含む生活習慣病の重症化予防とデータヘルスの推進などの改革について、引き続き行われる社会保障改革に関する議論の状況も踏まえ、2025年末までの予算編成過程で十分な検討を行い、早期に実現が可能なものについて、2026年度から実行するそして本文の脚注には3党合意を踏まえ以下のように書かれています。OTC類似薬医療機関における必要な受診を確保し、こどもや慢性疾患を抱えている方、低所得の方の患者負担などに配慮しつつ、個別品目に関する対応について適正使用の取組の検討や、セルフメディケーション推進の観点からの更なる医薬品・検査薬のスイッチOTC化に向けた実効的な方策の検討を含む病床削減2年後(2027年)の新たな地域医療構想に向けて、不可逆的な措置を講じつつ、調査を踏まえて次の地域医療構想までに削減を図るただし、3党合意にあった「医薬品(約60成分)を2026年末までにOTC化」、「11万床削減」といった、より具体的な数値目標は脚注にも記されませんでした。その理由は、より大局的な予算編成の方向性を示す「骨太」の性格もありますが、病床数については、地域の実情を踏まえた調査や必要病床数の再精査がこれから行われるためでもあるでしょう。なお、6月11日の3党合意の文書には、11万床削減した場合1兆円程度の医療費削減につながるとした「厚生労働省の調査に基づく日本維新の会の試算」が別紙で添付されていますが、その実現性や根拠に疑問の声が多く上がりました。そうしたことも「11万床削減」が未記載になった理由かもしれません。「OTC類似薬の保険給付のあり方の見直し」には医療機関側から反対の声こうした骨太の個別政策に対して、医療機関側から一番反対の声が上がったのは、予想通り「OTC類似薬の保険給付のあり方の見直し」でした。日本医師会の松本 吉郎会長は6月18日の定例記者会見で、「骨太の方針2025」について、「歳出改革の中での引き算ではなく、物価・賃金対応分を加算するという足し算の論理となり、年末の予算編成における診療報酬改定に期待できる書きぶりとなった」と評価するコメントを出しました。一方で「OTC類似薬の保険給付のあり方の見直し」についてはさまざまな懸念があると説明、「OTC類似薬を保険適用から除外した場合、たとえば院内での処置等に用いる薬剤、薬剤の処方、在宅医療における薬剤使用に影響することが懸念されるが、これは絶対に避けなければならない」と述べるとともに、3党合意や「骨太の方針2025」の脚注に記された、「医療機関における必要な受診を確保し、子供や慢性疾患を抱えている方、低所得の方の患者負担などに配慮しつつ」の一文などを踏まえた慎重な検討が必要であると強調したとのことです。「スイッチOTC化やセルフメディケーションを拙速に進めることは、自己判断による誤用で重篤な疾患の発見が遅れる恐れがある」と日医会長松本会長は6月22日の日本医師会の定例代議員会でも「OTC類似薬の保険給付のあり方の見直し」について同じ趣旨の発言を繰り返しました。スイッチOTC化がどんどん進み、かつ処方薬から外される流れが進めば、医師への受診回数が激減することに対する危機感からと考えられます。6月23日付のミクスオンラインなどの報道によれば、松本会長は6月22日の定例代議員会で「スイッチOTC化やセルフメディケーションを拙速に進めることは、自己判断による誤用で重篤な疾患の発見が遅れる恐れがある。特に、高齢者などでは、医師との対話の機会が減少し、病歴や服薬歴の記録が途切れ、診療の精度が落ち健康リスクが高まる」と指摘、「適正使用されず、乱用の増加も懸念される。セルフメディケーションは、セルフケアの一つの手段であり、ヘルスリテラシーと共にあるべき。国においては、国民の安心・安全を第一に考えて進めて行っていただきたい」と述べたそうです。また代表質疑では、宮川 政昭常任理事が「やみくもなセルフメディケーションの推進、社会保険料の削減を目的としたOTC類似薬の保険適用除外やスイッチOTC化を進めることは、必要な時に適切な医療を受けられない国民が増え、国民皆保険制度の根幹を揺るがしかねないと危惧している」と話し、問題点として、医療機関の受診控えによる健康被害が増加すること、国民の経済的負担が増加すること、薬の適正使用が難しくなることを挙げたとのことです。 本当に「セルフメディケーション=危険」なのか?「セルフメディケーションを推進すれば、健康被害が増える」というロジックはいかがなものでしょう。そもそも現状、処方箋を発行する医師は薬の説明をほぼ薬局薬剤師に丸投げし、その薬局薬剤師も印刷された薬剤情報提供書を右から左へ受け渡しているだけ、というところが少なくありません(私の近所の薬局も)。OTCよりも危険な処方薬ですらきちんと説明が行われず、ポリファーマシーによる健康被害が頻発している状況をさておいて、「セルフメディケーション=危険」と医療者が決めつけること自体がパターナリズムに近いものを感じます。各種スイッチOTCにしても、薬剤師が店頭できちんと説明しているはずですから、国民のヘルスリテラシーは徐々に向上していてもおかしくないはずですが、それでも向上していないとすれば、それは薬剤師や製薬会社がそこに注力してこなかったことにも責任があるのではないでしょうか。一連のOTC類似薬の議論を聞きながら、医療者はもう少し患者(国民)を信頼・信用してもいいのではと思う今日この頃です。

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オキシトシン受容体拮抗薬atosibanは48時間以内の分娩を予防するが、新生児転帰を改善せず(解説:前田裕斗氏)

 切迫早産に対する子宮収縮抑制薬の分娩延長効果、新生児転帰の改善効果をプラセボと比較したランダム化比較試験である。子宮収縮抑制薬にはβ刺激薬やCa拮抗薬など、すでに点滴製剤がさまざまにある中で、今回新たにオキシトシン受容体拮抗薬についての研究が出された背景には、(1)オキシトシン受容体拮抗薬は副作用が他薬と比べて起こりにくいこと(2)オキシトシン受容体拮抗薬の大規模な研究、とくにRCTが存在しなかったことの2点がある。 結果からは、48時間以上の妊娠期間延長(atosiban群78%vs.プラセボ群69%、リスク比[RR]:1.13、95%信頼区間[CI]:1.03~1.23)および副腎皮質ステロイドの投与完遂率(atosiban群76%vs.プラセボ群68%、RR:1.11、95%CI:1.02~1.22)については有意に認められたものの、新生児死亡ないし重大合併症をまとめた複合アウトカムについては有意な減少効果は認められなかった(atosiban群8%vs.プラセボ群9%、RR:0.90、95%CI:0.58~1.40)。 他の子宮収縮抑制薬と比較すると、Ca拮抗薬、β刺激薬ともに48時間の分娩延長効果は有意に認められており、新生児転帰の改善効果についてはβ刺激薬では認められず、Ca拮抗薬ではメタアナリシスで有意な改善が報告されている。これだけ見るとCa拮抗薬に軍配が上がりそうだが、atosibanは今回の研究でも合併症発生率が低く検出力が足りていなかった可能性があること、研究数が少なくメタアナリシスが困難であることなどから結論は出せないと考えてよい。 日本ではatosibanは未発売であるが、今後発売されれば副作用の少なさから他薬より優先的に使用される可能性はあるだろう。最後にこれは感想であるが、本研究を見ていると早産治療の限界を感じる。短期間の子宮収縮抑制薬+副腎皮質ステロイド投与という標準治療を、切迫早産疑いの妊婦におしなべて投与するだけでは効果不十分であるかもしれないと考えると、本当に早産になる症例の予測か、あるいは新規に新生児転帰を改善する治療法の出現が待たれる。

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難治性OABへの尿流動態検査、治療アウトカムを改善せず/Lancet

 英国国立医療技術評価機構(NICE)は、難治性過活動膀胱または尿意切迫感を主症状とする混合性尿失禁を有する女性において、ボツリヌス毒素A(BoNT-A)膀胱壁内注入療法や仙骨神経刺激療法などの侵襲的治療に進む前に、ウロダイナミクス(尿流動態)検査を行い排尿筋過活動の診断を得ることを推奨している。英国・University of AberdeenのMohamed Abdel-Fattah氏らFUTURE Study Groupは、治療前の臨床評価として包括的臨床評価(CCA)単独と比較してウロダイナミクス+CCAは、患者報告による治療成功の割合が高くなく、ウロダイナミクスは費用対効果がないことを「FUTURE試験」において示した。研究の詳細は、Lancet誌2025年3月29日号に掲載された。英国の無作為化対照比較優越性試験 FUTURE試験は、難治性過活動膀胱症状を有する女性におけるウロダイナミクス+CCAの臨床的有効性と費用対効果の評価を目的とする非盲検無作為化対照比較優越性試験であり、2017年11月~2021年3月に英国の63病院で患者を登録した(英国国立医療・社会福祉研究所[NIHR]医療技術評価プログラムの助成を受けた)。 年齢18歳以上、難治性過活動膀胱または尿意切迫感を主症状とする混合性尿失禁と診断され、保存的治療が無効で、侵襲的治療を検討している女性を対象とした。被験者を、ウロダイナミクス+CCAまたはCCAのみを受ける群に、1対1の割合で無作為に割り付けた。 主要アウトカムは、最終フォローアップ時の患者報告による治療成功とし、Patient Global Impression of Improvement(PGI-I)で評価した。治療成功は、「非常に改善(very much improved)」または「かなり改善(much improved)」と定義した。経済性の主要アウトカムは、1質調整生存年(QALY)獲得当たりの費用増分(増分費用効果比)とした。早期の治療成功割合はCCA単独群で優れる 1,099例を登録し、ウロダイナミクス+CCA群に550例(平均年齢59.3[SD 14.0]歳、過活動膀胱66.0%)、CCA単独群に549例(59.8[13.1]歳、66.5%)を割り付けた。 最終フォローアップ時の患者報告による治療成功(「非常に改善」または「かなり改善」)の割合は、CCA単独群22.7%(114/503例)と比較して、ウロダイナミクス+CCA群は23.6%(117/496例)と優越性を認めなかった(補正後オッズ比[OR]:1.12[95%信頼区間[CI]:0.73~17.4]、p=0.60)。 より早期の治療成功の割合は、ウロダイナミクス検査を待たずに早期に治療を受ける場合が多かったためCCA単独群で高かった(3ヵ月後の補正後OR:0.28[95%CI:0.16~0.51]、p<0.0001、6ヵ月後の同:0.68[0.43~1.06]、p=0.090)。また、ウロダイナミクス+CCA群の女性は、より個別化された治療を受けたが、患者報告アウトカムが優れたり、有害事象が少ないとのエビデンスは得られなかった。 増分費用効果比は、1QALY獲得当たり4万2,643ポンドであった。1QALY獲得当たりの支払い意思(willingness-to-pay)の閾値を2万ポンドとすると、この閾値でウロダイナミクスに費用対効果がある確率は34%と低く、患者の生涯にわたって外挿すると、この確率はさらに低下した。有害事象の頻度は同程度 有害事象は、ウロダイナミクス+CCA群で20.6%(113/550例)、CCA単独群で22.2%(122/549例)に発現した。個々のイベントの発現率は低く、両群間に明らかな差を認めなかった。最も頻度の高い有害事象は、尿路感染症(ウロダイナミクス+CCA群7.1%vs. CCA単独群7.5%)で、次いで予防抗菌薬投与(7.3%vs.6.6%)および清潔操作による間欠自己導尿法の必要(4.7%vs.5.8%)であった。 BoNT-Aの投与を受けた患者はCCA単独群で多かったため、BoNT-A関連有害事象はCCA単独群で高頻度であった。また、重篤な有害事象の頻度は低く、両群で同程度だった。 著者は、「これらの知見は、女性の尿失禁管理に関するガイドラインの変更につながり、結果として日常診療を変えることになるだろう」「難治性過活動膀胱または尿意切迫感を主症状とする混合性尿失禁を有する女性には、CCAのみの結果に基づいて、BoNT-A膀胱壁内注入療法などの侵襲的治療が行われると考えられる」「このエビデンスに基づく重要な変化は、女性の生活の質の早期改善と、不必要な侵襲的検査の回避をもたらし、英国と同様の医療制度を持つ国々では医療資源の大幅なコスト削減につながる可能性がある」としている。

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ネギで導尿した1例【Dr. 倉原の“おどろき”医学論文】第279回

ネギで導尿した1例泌尿器科異物界隈では非常に有名な論文です。まさに、タイトルのとおりです。カテーテルではなく、ネギで導尿しました!吉永敦史,他.導尿目的で利用したネギによる膀胱尿道異物の1例:尿道カテーテルの歴史的考察. 日本泌尿器科学会雑誌. 2007;98:710-712.1998年、自転車事故により頚髄損傷(C3-4レベル)を負い、上下肢麻痺と膀胱直腸障害という深刻な後遺症を抱えた62歳の男性。リハビリと手術により、歩行可能なレベルまで回復したものの、排尿に関してはなかなか手強かったようです。術後しばらくして自排尿が可能になるも、2001年のある日、再び排尿障害に見舞われ、尿が出ない。焦った患者さん、なんと「自分で導尿しよう」と思い立ち、手元にあった“あれ”を尿道に挿入。そう、“あれ”とは……ネギ。よりによってネギ!「なぜネギだったのか?」という疑問が真っ先に浮かびましたが、それよりもまずは患者の救出が先決です。ネギは途中で引っかかって抜けなくなり、患者さんは困り果てて泌尿器科に来院されたのです。腹部超音波検査では、尿道を通り越して膀胱内にまでネギが突入していることが判明。男性の尿道はまっすぐではなく、S字カーブのような複雑な構造をしており、そこを通ってネギを膀胱まで到達させるには、技術が必要です。われわれ医師ですら、時にカテーテルの挿入に苦戦するというのに…。いざネギを除去しようと鉗子で引っ張ってみたものの、なかなかうまくいきません。そこで膀胱鏡を用いてネギを一度膀胱内に押し込み、異物鉗子で摘出するという妙技を繰り出しました。摘出されたネギは、なんと長さ30センチ。まさに「匠の技」によって、彼の体内から“農作物”が収穫されたのでした。さて、この一件で気になったのは「ネギをカテーテル代わりにする」という発想がどこから来たのかという点。文献を紐解いてみると、なんと紀元前100年の中国では、内腔のある植物の表面を漆でコーティングし、カテーテルとして使っていたという記録があるのです1)。まさかこの患者さん、古代中国の医療史に精通していた?……とは思えませんが、これは奇妙な偶然と言うほかありません。確かに、ボールペンなどの硬いものを尿道に挿入するのは、かなりの苦痛を伴います。ゴムホースでは太すぎて到底入らない。あれこれ考えた末に、「細くて中が空洞で、柔軟性があって、手元にあったもの」として、ネギが選ばれたのかもしれません。その発想と行動力には、ある種の敬意すら抱かざるを得ません。それにしても、導尿の歴史を紐解いてみると、なかなか興味深いことがわかります。古代インドでは金属や木の管にバターを塗って使用し、ローマでは青銅製の導管が使われ、やがて布製、ゴム製と進化し、ついには現在のバルーンカテーテルへとたどり着きました。そして21世紀の日本で、“ネギ”が使われたという事実──。これは歴史に残るカテーテルのエピソードとして、後世に語り継がれてもよいのではないでしょうか。 1) Tucker RA. History of sizing of genitourinary instruments. Urology. 1982;20(4):346-349.

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不眠症が泌尿器、生殖器系疾患に及ぼす影響

 不眠症が、さまざまな泌尿器系および生殖器系の疾患に及ぼす影響や因果関係は、明らかになっていない。中国・Fifth People's Hospital of Shanghai Fudan UniversityのYougen Wu氏らは、不眠症が10種類の泌尿器系および生殖器系の疾患に及ぼす影響を調査し、この関連を評価するため、メンデルランダム化(MR)研究を実施した。Translational Andrology and Urology誌2025年1月31日号の報告。 UK Biobank、23andMe、FinnGen、遺伝子コンソーシアムより、不眠症と10種類の泌尿器系および生殖器系の疾患のデータを収集した。主なMR分析として、逆分散加重アプローチを用いた。推定値のロバストを調査するため、MR-PRESSO検定(MR多面性残差和、外れ値)、最尤法、MR-Egger法、加重中央値法を用いて感度分析を行った。 主な結果は以下のとおり。・ボンフェローニ補正後、遺伝的に不眠症と診断された場合、膀胱炎および前立腺炎のリスク上昇が認められた。 【膀胱炎】オッズ比(OR):1.81、95%信頼区間(CI):1.47〜2.24、p<0.001 【前立腺炎】OR:3.53、95%CI:1.73〜7.18、p<0.001・不眠症は、前立腺がんリスクの上昇、膀胱がんリスクの低下と関連していた。 【前立腺がん】OR:1.30、95%CI:1.00〜1.67、p=0.046 【膀胱がん】OR:0.48、95%CI:0.26〜0.90、p=0.02・腎臓がん、腎結石および尿管結石、神経因性膀胱、前立腺肥大症、男性不妊症、女性不妊症との因果関係は認められなかった。 著者らは「不眠症は、膀胱炎および前立腺炎の潜在的なリスク因子であることが裏付けられた。これらの疾患リスクを軽減するためにも、不眠症は重要な治療ターゲットとなりうる」と結論付けている。

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切迫早産、オキシトシン受容体拮抗薬vs.プラセボ/Lancet

 妊娠30週0日~33週6日の切迫早産の治療として、子宮収縮抑制薬atosibanは新生児のアウトカム改善に関して、プラセボに対する優越性を示さなかった。オランダ・アムステルダム大学のLarissa I van der Windt氏らAPOSTEL 8 Study Groupが、国際多施設共同無作為化比較試験「APOSTEL 8試験」の結果を報告した。オキシトシン受容体拮抗薬のatosibanは、切迫早産の特異的な治療薬として欧州などで承認済みの子宮収縮抑制薬である。子宮収縮抑制薬は、国際ガイドラインで切迫早産の治療薬として推奨されており、出産を遅延することが示されているが、新生児アウトカムへのベネフィットは明らかにされていなかった。著者は、「子宮収縮抑制薬の主目的は新生児のアウトカム改善でなければならない。今回の結果は、妊娠30週0日~33週6日の切迫早産の治療薬としてatosibanを標準使用することに対して疑問を投じるものであった」と述べ、「われわれの試験結果は、国ごとの実践のばらつきを減らし、切迫早産の患者に対するエビデンスベースの治療提供に寄与するものになるだろう」とまとめている。Lancet誌オンライン版2025年3月3日号掲載の報告。妊娠30週0日~33週6日の切迫早産に投与、新生児の周産期死亡と6疾患を評価 APOSTEL 8試験は、オランダ、イングランド、アイルランドの26病院で行われ、妊娠30週0日~33週6日の切迫早産における子宮収縮抑制薬atosibanの新生児疾患および死亡の改善に関して、プラセボに対する優越性を評価した。 妊娠30週0日~33週6日の切迫早産を有する18歳以上の単胎または双胎妊娠の女性(インフォームド・コンセントに署名済み)を、atosiban群またはプラセボ群に無作為に1対1の割合で割り付けた(施設ごとに層別化)。 主要アウトカムは、周産期死亡(死産および出産後28日までの死亡と定義)および6つの重篤な新生児疾患(気管支肺異形成症[BPD]、グレード1超の脳室周囲白質軟化症[PVL]、グレード2超の脳室内出血[IVH]、Bell’sステージ1超の壊死性腸炎[NEC]、グレード2超またはレーザー治療を要する未熟児網膜症[ROP]、培養検査で確認された敗血症)の複合とし、ITT解析にて評価した。治療効果は相対リスク(RR)と95%信頼区間(CI)で推算した。主要アウトカムの相対リスク0.90 2017年12月4日~2023年7月24日に、計755例が無作為化され、752例がITT解析に組み入れられた(atosiban群375例、プラセボ群377例)。ベースライン特性は両群で類似しており、母体年齢中央値はatosiban群30.0歳、プラセボ群31.0歳、妊娠時BMI中央値は両群とも23.4、白人が両群ともに80%であり、妊娠中の喫煙者は両群とも12%、未経産婦は63%と65%、単胎妊娠が80%と85%などで、無作為化時の妊娠期間中央値は両群とも31.6週であった。ITT集団の新生児数はatosiban群449例、プラセボ群435例であった。 主要アウトカムは、atosiban群の新生児で37/449例(8%)、プラセボ群で40/435例(9%)に報告された(RR:0.90[95%CI:0.58~1.40])。 周産期死亡は、atosiban群3/449例(0.7%)、プラセボ群4/435例(0.9%)であった(RR:0.73[95%CI:0.16~3.23])が、全死亡例で試験薬との関連はおそらくないと見なされた。母体有害事象は両群で差異はなく、また母体の死亡の報告はなかった。

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認知症リスクが高い抗コリン薬はどれ?

 これまでの研究により、抗コリン薬の長期投与は、認知機能低下や認知症発症と関連することが報告されているが、個々の薬剤によってそのリスクには差がある可能性がある。今回、過活動膀胱治療に用いられるさまざまな抗コリン薬と高齢者の認知症リスクを調べた結果、オキシブチニン、ソリフェナシン、トルテロジンが認知症の増加と関連していたことを、英国・ノッティンガム大学のBarbara Iyen氏らが明らかにした。BMJ Medicine誌2024年11月12日号掲載の報告。 研究グループは、2006年1月1日~2022年2月16日に英国のClinical Practice Research Datalink GOLDデータベースに登録された一般診療所954施設の電子健康記録を用いてネステッドケースコントロール研究を実施した。対象は研究期間中に初めて認知症の診断を受けた、および/または認知症治療薬が処方された55歳以上の17万742例(認知症群)で、年齢、性別、臨床状態、期間を基に認知症ではない80万4,385例(対照群)をマッチングさせた。 認知症の診断/処方の3~16年前(対照群は同等の日付)に過活動膀胱の治療に使用された抗コリン薬(darifenacin、フェソテロジン、フラボキサート、オキシブチニン、プロピベリン、ソリフェナシン、トルテロジン、trospium)と抗コリン薬ではない選択的β3アドレナリン受容体作動薬ミラベグロンについて、それぞれの累積投与量を標準化1日投与量の合計(total standardized daily dose:TSDD)として算出し、それらと関連する認知症発症のオッズ比(OR)を推定した。 主な結果は以下のとおり。●両群ともに年齢中央値は83歳、女性は63%であった。●過活動膀胱の治療として抗コリン薬を使用していたのは、認知症群17万742例のうち1万5,418例(9.0%)、対照群80万4,385例のうち6万3,369例(7.9%)であった。多く処方されていた薬剤はオキシブチニン(認知症群4.7%、対照群4.1%)、トルテロジン(4.1%、3.5%)、ソリフェナシン(2.8%、2.4%)であった。●抗コリン薬の使用に関連する認知症の調整ORは1.18(95%信頼区間[CI]:1.16~1.20)であった。男性(調整OR:1.22、95%CI:1.18~1.26)のほうが女性(調整OR:1.16、95%CI:1.13~1.19)よりも高かった。●認知症のリスクは、オキシブチニン、ソリフェナシン、トルテロジンの使用によって増大した。TSDD 0(非投与)と比較した場合の調整ORは以下のとおり。 【オキシブチニン】 ・TSDD 1~90の調整OR:1.04(95%CI:1.01~1.07) ・TSDD 91~365の調整OR:1.14(95%CI:1.07~1.21) ・TSDD 366~1,095の調整OR:1.31(95%CI:1.21~1.42) ・TSDD 1,095超の調整OR:1.28(95%CI:1.15~1.43) 【ソリフェナシン】 ・TSDD 1~90の調整OR:1.02(95%CI:0.97~1.08) ・TSDD 91~365の調整OR:1.11(95%CI:1.04~1.19) ・TSDD 366~1,095の調整OR:1.18(95%CI:1.09~1.27) ・TSDD 1,095超の調整OR:1.29(95%CI:1.19~1.39) 【トルテロジン】 ・TSDD 1~90の調整OR:1.05(95%CI:1.01~1.09) ・TSDD 91~365の調整OR:1.15(95%CI:1.08~1.22) ・TSDD 366~1,095の調整OR:1.27(95%CI:1.19~1.37) ・TSDD 1,095超の調整OR:1.25(95%CI:1.17~1.34)●darifenacin、フェソテロジン、フラボキサート、プロピベリン、trospiumの使用による認知症リスクの有意な増大は認められなかった。●ミラベグロンと認知症との関連性はTSDDカテゴリーによって異なった。これは、ミラベグロンを処方された患者の86.2%が以前に抗コリン薬を使用していたことや、TSDD 1,095超の患者が少なかったことが原因と考えられた。 研究グループは「高齢者の過活動膀胱の治療に使用されるさまざまな抗コリン薬のうち、オキシブチニン、ソリフェナシン、トルテロジンが高齢者の認知症の増加と関連していることが明らかになった。これらの結果は、長期的なリスクとその影響を臨床医が考慮し、認知症リスクがより低い可能性のある治療薬を検討する必要性を強調している」とまとめた。

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尿路感染を起こしやすいリスクファクターへの介入【とことん極める!腎盂腎炎】第12回

尿路感染を起こしやすいリスクファクターへの介入Teaching point(1)急性期治療のみではなく前立腺肥大や神経因性膀胱などによる複雑性尿路感染症の原因にアプローチできるようになる(2)排尿障害を来す薬剤を把握し内服調整できるようになる《症例1》72歳、男性。発熱を主訴に救急外来を受診し、急性腎盂腎炎の診断で入院となった。抗菌薬加療で経過良好、尿培養で感受性良好な大腸菌が同定されたため経口スイッチし退院の日取りを計画していた。チームカンファレンスで再発予防のアセスメントについて指導医から質問された。《症例2》66歳、男性。下腹部痛、尿意切迫感を主訴に救急外来を受診した。腹部超音波検査で膀胱内尿貯留著明であり、導尿で800mL程度の排尿を認めた。前立腺肥大による尿閉を考えバルーン留置で帰宅、泌尿器科受診の方針としていた。今回急に尿閉に至った原因がないのか追加で問診するように指導医から提案された。はじめに腎盂腎炎を繰り返す場合や男性の尿路感染症では背景疾患の検索、治療が再発予防に重要である。本項では前立腺肥大や神経因性膀胱についての対応、排尿障害を来す薬剤についてまとめる。まず、排尿障害と治療を理解するために、前立腺と膀胱に関与する酵素と受容体、その作用について図に示す。排尿筋は副交感神経によるコリン刺激で収縮、尿道括約筋にはα1受容体が分布しており、α1刺激で収縮する。また、β3受容体も分布しておりβ3刺激で弛緩する。β3受容体は膀胱の平滑筋細胞にも広く分布しており、β3刺激で膀胱を弛緩させる。図 前立腺と膀胱に関与する酵素と受容体画像を拡大する1.前立腺肥大男性は解剖学的に尿路感染症を起こしにくいが、60歳以上から大幅に増加し女性と頻度が変わらなくなる。これは前立腺肥大の有病率の増加が大きく影響する1)。肥大していても症状を自覚していないこともあるので注意しよう。症状は国際前立腺症状スコア(IPSS)とQOLスコアを使用し聴取する2)。薬物療法として推奨グレードA2)であるα1遮断薬、5α還元酵素阻害薬とPDE5阻害薬を処方例とともに表1で解説する。生活指導(多飲・コーヒー・アルコールを含む水分を控える、膀胱訓練・促し排尿、刺激性食物の制限、排尿障害を来す薬情提供、排便コントロール、適度な運動、長時間の坐位や下半身の冷えを避ける)も症状改善に有効である2)。2.神経因性膀胱神経因性膀胱では、上流の原因検索と排尿機能廃絶のレッテルを早期に貼らないことが大事な2点であると筆者は考える。中枢神経障害(脳血管障害、脊髄疾患、神経変性疾患など)、末梢神経障害(骨盤内手術による直接的障害、帯状疱疹などの感染症や糖尿病性ニューロパチー)で分けて考える。機能からも、蓄尿機能と排尿機能のどちらに障害を来しているのか評価するが、両者を合併することも多い。薬物治療は蓄尿障害であれば抗コリン薬などが用いられ、排尿障害であればコリン作動薬やα1受容体遮断薬が用いられる(表1)。 表1 前立腺肥大症治療薬、神経因性膀胱治療薬の特徴と処方例画像を拡大する薬剤で奏功しない場合でも、尿道バルーンカテーテル留置はQOLの低下や感染リスクを伴うことから、間欠的自己導尿が対応可能か考慮しよう。臥位では腹圧をかけにくいため排尿姿勢の確認も大切である。急性期の状態を脱し、全身状態、ADLの改善とともに排泄機能も改善するため、看護師やリハビリを含めた多職種で協力して経時的に評価を行っていくことを忘れてはならない。看護記録の「自尿なし」という記載のみで排尿機能廃絶というレッテルを貼らないようにしよう。3.薬剤による排尿障害薬剤も排尿障害の原因となり、尿閉の原因の2~10%程度といわれている6,7)。抗コリン作用のある薬剤、α刺激のある薬剤、β遮断作用のある薬剤で尿閉が生じる。プロスタグランジンも排尿筋の収縮を促すため、合成を阻害するNSAIDsも原因となる8)。カルシウム拮抗薬も排尿筋弛緩により尿閉を来す。過活動性膀胱に対して使用されるβ3作動薬のミラベグロンで排尿障害となり尿路感染症の原因となる例もしばしば経験する。急性尿閉の原因がかぜ薬であったというケースは読者のみなさんも経験があるだろう。総合感冒薬には第1世代抗ヒスタミン薬やプソイドエフェドリンが含まれるものがあり、かぜに対して安易に処方された薬剤の結果で尿閉を来してしまうのである。排尿障害の原因検索という観点と自身の処方薬で排尿障害を起こさないためにも排尿障害を起こし得る薬剤(表2)9)を知っておこう。表2 排尿障害を来す薬剤リスト画像を拡大する《症例1(その後)》担当看護師に夜の様子を確認すると夜間頻尿があり排尿のために数回目覚めていた。IPSSを評価したところ16点、前立腺体積は42mLで中等症の前立腺肥大症が疑われた。退院後外来で泌尿器科を受診し前立腺肥大症と診断、タムスロシン処方開始となり夜間頻尿は改善し尿路感染症の再発も認めなかった。《症例2(その後)》追加問診で1週間前に感冒のため市販の総合感冒薬を内服していたことが判明した。抗ヒスタミン薬が含まれており抗コリン作用による薬剤性の急性尿閉と考えられた。感冒は改善しており薬剤の中止、バルーン留置し翌日の泌尿器科を受診した。前立腺肥大症が背景にあることが判明したが、内服中止後はバルーンを抜去しても自尿が得られたとのことであった。1)Sarma AV, Wei JT. N Engl J Med. 2012;367:248-257.2)日本泌尿器科学会 編. 男性下部尿路症状・前立腺肥大症診療ガイドライン リッチヒルメディカル;2017.3)Fisher E, et al. Cochrane Database Syst Rev. 2014;2014:CD006744.4)National Institute for health and care excellence. Lower urinary tract symptoms in men:management. 2010.5)Tsukamoto T, et al. Int J Urol. 2009;16:745-750.6)Tesfaye S, et al. N Engl J Med. 2005;352:341-350.7)Choong S, Emberton M. BJU Int. 2000;85:186-201.8)Verhamme KM, et al. Drug Saf. 2008;31:373-388.9)Barrisford GW, Steele GS. Acute urinary retention. UpToDate.(最終閲覧日:2021年)

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尿閉【いざというとき役立つ!救急処置おさらい帳】第22回

尿閉の患者さんを診ることはよくあると思います。最も頻度が高い原因は前立腺肥大症とされていますが、他の疾患で生じることもあるため、系統立てて除外する必要があります1)。今回は救急外来を受診した患者さんを通じて、さまざまな可能性を考えながら対応してみましょう。<症例>63歳、男性主訴尿が出ない既往歴前立腺肥大症、高血圧内服薬アムロジピン病歴受診日前日夕方より尿意があるが尿が出ない状況が続いている。深夜2時ごろに腹痛が出現し、耐えられなくなったため救急外来を受診した。救急外来で働いているとよく聞く病歴だと思います。しかしながら、尿閉のアプローチはさまざまです。今回は、Emergency Medicine Practiceの「An Evidence-Based Approach To Emergency Department Management Of Acute Urinary Retention」のアプローチをベースにまとめてみたいと思います2)。(A)本当に尿閉かどうかを鑑別上記症例であれば、ほぼほぼ尿閉で間違いないのですが、無尿を「まるで尿閉」のように訴えて来院する患者さんがいます。とくに認知症のある人や、前立腺肥大症など排尿に問題がある人に多いです。以前、「尿閉」の主訴で受診したものの、実はS状結腸憩室炎に伴う急性腎不全のため無尿という結果になったケースがありました。別のパターンで、尿閉を「便秘」と訴えて受診した人もいました。便秘と考えて排便をしようと腹圧をかけると、少し尿が出て楽になり、「便秘」と判断してしまったようです。これらのケースでは、腹部超音波検査が有用です。拡張し緊満した膀胱を認めれば、尿閉と診断できます。私は、便秘の訴えがある患者さんで、初回もしくは「いつもの便秘と違う」という訴えがある場合は腹部超音波を行うことがあります。この患者さんは下腹部に膨隆を認めて、腹部超音波検査をしたところ膨満した膀胱を認めました。(B)外陰部の診察非常にまれですが、外陰部の障害が原因となり尿閉を発症することがあります。男性であれば包茎、嵌頓包茎、腫瘤などで、女性であれば子宮脱、膀胱脱、腫瘤などが挙げられます。本症例はとくに問題がありませんでした。なお、ここまでの(A)(B)は手短に終了しましょう。というのも尿閉に伴う腹痛はかなりつらいためです。(C)導尿まれに包茎で尿道が同定できない、前立腺肥大症による通過障害で導尿が難しいということがあります。私は2トライして難しいようでしたら泌尿器科に相談しています。通過障害であれば先端が固いチーマンカテーテルなど、種々の導尿デバイスがありますが、手馴れていない場合は無理をしないほうがよいと考えます。続いてバルーン留置するか、単回の導尿にするかどうかです。これはケースバイケースと考えます。本症例のように深夜帯に受診し、朝になればかかりつけ医を受診できるような場合であればバルーン留置は必要ないと考えます。しかし、フォローアップまでに時間がかかり、再度尿閉症状が出てまた救急外来を受診しなければならないリスクが高い場合はバルーン留置を実施します。私は最終的には患者さんと相談し決定していますが、この患者さんの場合は日中すぐ受診できるため、単回導尿としました。800mLほど排尿があり、腹痛症状が消失ました。(D)尿閉の原因を探索思わず「前立腺肥大症が原因でしょう」と言いたくなりますが、ほかの可能性を否定しましょう。私は大きく4つは救急外来で必ず否定するようにしています。(1)神経因性膀胱、(2)薬剤性、(3)尿路感染症、(4)便秘による通過障害、です。(1)に関してはとくに脊髄に障害がないかを確認する必要がありますが、ほとんどの場合は排便に障害があるなどの病歴で絞れます。懸念があれば、肛門周囲の感覚や肛門括約筋の収縮を確認します。(2)については、多数の薬が尿閉を誘発することがあります。新規に開始した薬剤がないかを確認しましょう。私がよく経験するのが、抗ヒスタミン薬やエフェドリンを含有した風邪薬を内服しているケースです。いずれも膀胱の収縮を弱めます。(3)は膀胱炎や尿道炎により尿の通過が悪くなるため発生します。こちらは尿検査で確認しましょう。(4)は蓄積した便が直腸を通じて尿道を圧排して尿閉が生じることがあります。排便の経過をチェックしましょう。この患者さんは、排便に問題なく、新規薬剤もなく、尿検査で膿尿や細菌尿は認めませんでした。最終的に前立腺肥大症の可能性が高いと判断しました。(E)血液検査の必要性の検討尿閉で血液検査が必要になるのはどういったときでしょうか? 私は尿閉の経過が数日以上の場合には実施しています。(A)で述べたように便秘だと思って数日間我慢したケースや、認知症などにより意思疎通がとれず、いつから尿閉なのかわからないケースです。なぜかというと、腎後性腎不全を生じている可能性があるからです。腎不全を起こしていた場合、入院して適切な体液管理が必要になることが多いです。本症例は数時間前からの発症なので血液検査は必要ないと判断しました。この患者さんは排尿後に症状が軽快して帰宅となりました。上記がさまざまな可能性を考えながら尿閉に対応した場合の流れです。日々の診療に役立てばと思います。1)Selius BA, et al. Am Fam Physician. 2008;77:643-650.2)Marshall JR, et al. Emerg Med Pract. 2014;16:1-20.

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酸化Mg服用患者へのNSAIDs、相互作用を最小限に抑える消化管保護薬は?【うまくいく!処方提案プラクティス】第65回

 今回は、慢性腰痛に対するアセトアミノフェンをセレコキシブへ変更する際の消化管保護薬の選択について、既存の酸化マグネシウムとの相互作用を考慮して処方提案を行った事例を紹介します。患者情報80歳、男性(在宅)基礎疾患脊柱管狭窄症、前立腺肥大症、認知症、骨粗鬆症在宅環境訪問診療を2週間に1回訪問看護毎週金曜日通所介護毎週水・土曜日処方内容1.タムスロシン錠0.2mg 1錠 分1 朝食後2.ドネペジル錠5mg 1錠 分1 朝食後3.セレコキシブ100mg 2錠 分2 朝夕食後4.酸化マグネシウム錠500mg 2錠 分2 朝夕食後5.アルファカルシドール05μg 1錠 分1 夕食後本症例のポイントこの患者さんは、腰部脊柱管狭窄症による慢性腰痛でアセトアミノフェンを服用していましたが、効果不十分のためセレコキシブ200mg/日への変更が検討されました。NSAIDsへの変更に伴い、高齢者は消化性潰瘍リスクが高い1)ため消化管保護薬の追加が必要と考えましたが、それに加えて酸化マグネシウムへの影響2)が懸念されました。酸化マグネシウムは胃内で水和・溶解することで薬効を発揮するため、胃内pHの上昇は本剤の溶解性と吸収に影響を与え、作用の減弱につながります。そのため、従来のPPIでは胃内pHの上昇により便秘を悪化させる可能性があります。そこで、P-CAB(カリウムイオン競合型アシッドブロッカー)であるボノプラザンの併用を提案することにしました。ボノプラザンは、従来のPPIと比較して、(1)24時間を通じて安定した胃酸抑制効果がある、(2)食事の影響を受けにくい、(3)酸化マグネシウムの溶解性への影響が比較的少ない、などの特徴があります2)。酸化マグネシウムとの相互作用が最小限であるということは、本症例のような高齢者の便秘管理において重要なポイントとなります。医師への提案と経過訪問診療に同行した際、医師と直接話をする機会を得ました。その場で、ボノプラザンの併用を提案しました。提案の際は、以下の点を具体的に説明しました2)。従来のPPIと異なる作用機序により、24時間を通じて安定した胃酸抑制効果が期待できる。食事の影響を受けにくく、服用タイミングの自由度が高い。従来のPPIと比較して酸化マグネシウムの溶解性への影響が少なく、便秘への影響を最小限に抑えられる可能性がある。医師からは、「高齢者の便秘管理は生活の質に直結する重要な問題であり、薬剤の相互作用を考慮した提案は非常に有用」と評価いただき、ボノプラザンが追加となりました。その後、患者さんは胃部不快感などの症状変化もなく、疼痛増悪もなく経過しています。このように、訪問診療という場面を生かした直接的なディスカッションにより、より深い薬学的介入が可能となった症例でした。なお、医療経済的考察として、P-CABを選択することで薬剤費が増加(約8倍)することが懸念されますが、便秘悪化による追加処方の回避、消化性潰瘍発症リスクの低減、服薬アドヒアランス向上による治療効果の安定化が期待できることから、潜在的なコスト削減効果があると思っています。1)日本消化器病学会編. 消化性潰瘍診療ガイドライン2020(改訂第3版). 2020:BQ5-7.2)タケキャブ錠 インタビューフォーム

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向精神薬誘発性尿閉リスクの高い薬剤は〜国内医薬品副作用データベース

 向精神薬は、抗ムスカリン作動性およびその他のメカニズムにより尿閉を引き起こすことが報告されている。しかし、尿閉は致死的な問題ではないため、あまり気にされていなかった。東邦大学の植草 秀介氏らは、国内医薬品副作用(JADER)データベースを用いて、向精神薬に関連する尿閉の発生率を調査した。Drugs-Real World Outcomes誌2024年12月号の報告。 JADERデータベースを用いて、74種類の向精神薬における尿閉のレポートオッズ比を算出した。多変量ロジスティック回帰分析を用いて、尿閉に対する性別、基礎疾患、年齢の影響を調整した。変数選択には、性別、年齢、前立腺肥大症、うつ病、各薬剤の段階的選択を含めた。 主な結果は以下のとおり。・88万7,704件の報告のうち、尿閉は4,653件(0.52%)であった。・尿閉は、男性で0.79%(42万9,372例中3,401例)、女性で0.43%(41万5,358例中1,797例)。・年齢に関しては、60歳未満で0.31%(28万8,676例中892例)、60歳以上で0.68%(50万6,907例中3,463例)。・基礎疾患では、前立腺肥大症ありが8.22%(1万1,316例中930例)、なしが0.43%(87万6,388例中3,723例)。・さらに、うつ病ありが1.99%(1万6,959例中337例)、なしが0.50%(87万745例中4,316例)。・全体として、検出基準を満たした向精神薬は38種類であった。・ロジスティック回帰分析には、識別可能な年齢および性別の患者78万3,083例を含めた。・選択された変数は、性別、年齢、前立腺肥大症、うつ病および23種類の薬剤であった。主な薬剤の調整されたレポートオッズ比(ROR)の95%信頼区間は、次のとおりであった。【クエチアピン】1.46〜2.81【クロルプロマジン】1.29〜3.13【エチゾラム】1.47〜3.09【マプロチリン】1.99〜8.34【ミルタザピン】1.37〜2.88【デュロキセチン】2.15〜4.21 著者らは「多くの向精神薬は、尿閉を誘発することが明らかとなった。これは、薬理学的効果に起因する可能性がある。とくに尿閉のリスク因子を有する患者では、適切なモニタリングが求められる」と結論付けている。

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便失禁を起こしやすい患者とは?便失禁診療ガイドライン改訂

 日本大腸肛門病学会が編集を手掛けた『便失禁診療ガイドライン2024年版改訂第2版』が2024年10月31日に発刊された。2017年に発刊された初版から7年ぶりの改訂となる。今回、便失禁の定義や病態、診断・評価法、初期治療から専門的治療に至るまでの基本的知識がアップデートされ、新たに失禁関連皮膚炎や出産後患者に関する記載が拡充された。また、治療法選択や専門施設との連携のタイミングなど、判断に迷うテーマについてはClinical Question(CQ)で推奨を示し、すべての医療職にとっての指針となるように作成されている。 便失禁の定義とは「無意識または自分の意思に反して肛門から便が漏れる症状」である。このほかに「無意識または自分の意思に反して肛門からガスが漏れる症状」をガス失禁、便失禁とガス失禁を合わせて肛門失禁と定義される。国内での有病率について、65歳以上での便失禁は男性8.7%、女性6.6%である。一方、ガス失禁を含む肛門失禁は34.4%であるが、男性15.5%に対して女性42.7%と性差が見られる。主な便失禁の発症リスク因子として、年齢・性別などの身体的条件や産科的条件に加え、BMIが30を超える肥満、全身状態不良、身体制約などが報告されている。また、過敏性腸症候群や炎症性腸疾患、糖尿病、過活動膀胱、骨盤臓器脱、認知症や脊髄損傷といった疾患もリスク因子となる。直腸がんも便失禁の原因になりうるが、とくに直腸がんに対する肛門温存手術後の排便障害である低位前方切除後症候群の発生率は高率で、主訴の直腸がんが根治した後に排便障害を抱えて生活している患者は増加傾向であるという。 このような病態背景があるなか、本診療ガイドラインは「便失禁診療・ケアを普及することで、便失禁症状を改善し、便失禁を有する患者の生活の質の改善」を目的として、便失禁の診断・治療とともに便失禁の程度とその状態の評価、便失禁に伴う皮膚症状や生活の質への評価と対応、寝たきりとなっている患者への介護などの側面からも捉え、8つの重要臨床課題と5つのClinical Question(CQ)が設定されている。<重要臨床課題>(1)便失禁の臨床評価(2)特殊病態の臨床評価(3)治療方針決定に必要な検査(4)食事・生活・排便習慣指導の有用性(5)薬物療法の適応と有用性(6)骨盤底筋訓練・バイオフィードバック療法の適応と有用性(7)洗腸療法の適応と有用性(8)手術療法の適応と有用性<Clinical Question>CQ1:便失禁の薬物療法において、ポリカルボフィルカルシウムとロペラミド塩酸塩はどのように使い分けるか?CQ2:出産後に便失禁が発症した場合、専門施設への最適な紹介時期はいつか?CQ3:分娩時肛門括約筋損傷の既往を有する妊婦の出産方法として、経腟分娩と帝王切開のどちらが推奨されるか?CQ4:肛門括約筋断裂による便失禁に対して、肛門括約筋形成術と仙骨神経刺激療法のどちらを先行すべきか?CQ5:脊髄障害を原因とする便失禁の治療法として、仙骨神経刺激療法は有用か? なお、日本大腸肛門病学会は本ガイドラインの使用について、便失禁を診療する医師だけではなくケアを行う介護者や一般市民も想定しており、便失禁診療の一助となることを願っているという。

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第243回 ED薬・タダラフィルやシルデナフィルと死亡、心血管疾患、認知症の減少が関連

ED薬・タダラフィルやシルデナフィルと死亡、心血管疾患、認知症の減少が関連勃起不全(ED)薬としてよく知られるタダラフィルやシルデナフィル使用と死亡、心血管疾患、認知症の減少との関連がテキサス大学医学部(UTMB)のチームの研究で示されました1,2)。タダラフィルとシルデナフィルはどちらもPDE5阻害薬であり、血流改善・血圧低下・内皮機能向上・抗炎症作用により心血管の調子をよくすると考えられています。それら成分は肺動脈性肺高血圧症(PAH)の治療にも使われ、タダラフィルは前立腺肥大症に伴う下部尿路症状の治療薬としても発売されています。UTMBのDietrich Jehle氏らの今回の研究は世界中の2億7,500万例超の臨床情報を集めるTriNetXに収載の米国男性5千万例の記録を出発点としています。それら5千万例から、ED診断後のタダラフィルかシルデナフィル処方、または下部尿路症状診断後のタダラフィル処方があった40歳以上の男性が同定されました。3年間の経過を比較したところ、タダラフィルかシルデナフィルが処方されたED患者は、非処方患者に比べて死亡、心血管疾患、認知症の発生率が低いことが示されました。具体的には50万例強の解析で以下のような結果が得られており、血中でより長く活性を保つタダラフィルがシルデナフィルに比べて一枚上手でした。全死亡率タダラフィルは34%低下、シルデナフィルは24%低下心臓発作発生率タダラフィルは27%低下、シルデナフィルは17%低下脳卒中発生率タダラフィルは34%低下、シルデナフィルは22%低下静脈血栓塞栓症(VTE)発生率タダラフィルは21%低下、シルデナフィルは20%低下認知症発生率タダラフィルは32%低下、シルデナフィルは25%低下下部尿路症状患者のタダラフィル使用は一層有益でした。40歳以上の下部尿路症状患者100万例超のうち、タダラフィル使用群の死亡、心臓発作、脳卒中、VTE、認知症の発生率はそれぞれ56%、37%、35%、32%、55%低くて済んでいました。やはり米国のED男性を調べた別の観察試験3,4)でもPDE5阻害薬やタダラフィルと死亡や心血管疾患の減少の関連が示されています。今春2月にClinical Cardiology誌に結果が掲載されたその1つ3)ではEDと診断されてタダラフィルが処方された男性8千例強(8,156例)とPDE5阻害薬非処方の2万例強(2万1,012例)が比較され、タダラフィル使用群の心血管転帰(心血管死、心筋梗塞、冠動脈血行再建、不安定狭心症、心不全、脳卒中)の発生率がPDE5阻害薬非使用群に比べて19%低いことが示されました。また、タダラフィル使用患者の死亡率は44%低くて済んでいました。タダラフィルと心血管転帰の発生率低下の関連は用量依存的らしく、同剤の使用量が上位4分の1の患者は心血管転帰の発生率が最小でした。有望ですがあくまでもレトロスペクティブ試験の結果であり、次の課題として男性と女性の両方でのプラセボ対照無作為化試験が必要だと著者は言っています3)。参考1)Jehle DVK, et al. Am J Med. 2024 Nov 10. [Epub ahead of print]2)Study finds erectile dysfunction medications associated with significant reductions in deaths, cardiovascular disease, dementia / The University of Texas Medical Branch 3)Kloner RA, et al. Clin Cardiol. 2024;47:e24234.4)Kloner RA, et al. J Sex Med. 2023;1:38-48.

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前立腺肥大症治療薬のタダラフィルが2型糖尿病リスクを抑制

 前立腺肥大症(BPH)の治療に用いられているタダラフィルが、2型糖尿病(T2DM)発症リスクを低下させる可能性が報告された。京都大学大学院医学研究科薬剤疫学分野の高山厚氏らによる研究の結果であり、論文が「Journal of Internal Medicine」に9月17日掲載された。 タダラフィルはホスホジエステラーゼ5阻害薬(PDE5i)と呼ばれるタイプの薬で、血管内皮細胞からの一酸化窒素の放出を増やして血管を拡張する作用があり、BPHのほかに勃起障害(ED)や肺高血圧症の治療に用いられている。近年、T2DMの発症に血管内皮機能の低下が関与していることが明らかになり、理論的にはPDE5iがT2DMリスクを抑制する可能性が想定される。ただし、そのエビデンスはまだ少ない。これを背景として高山氏らは、リアルワールドデータを用いて実際の臨床試験をエミュレート(模倣)し、観察研究でありながら介入効果を予測し得る、ターゲットトライアルエミュレーションによる検証を行った。 研究には、日本の人口の約13%をカバーする医療費請求データベースの情報を用いた。2014年5月~2023年1月にBPHと診断され、タダラフィル(5mg/日)の処方、またはα遮断薬の処方の記録がある40歳以上の男性患者から、糖尿病の既往(診断、血糖降下薬の処方、HbA1c6.5%以上の検査値で把握)、タダラフィルとα遮断薬の併用、薬剤使用禁忌症例などを除外。タダラフィル群5,180人、α遮断薬群2万46人を特定し、T2DMの発症、処方中止・変更、死亡、保険脱退、または最長5年経過のいずれかに該当するまで追跡した。なお、α遮断薬はBPH治療薬として広く使われている薬で、T2DMリスクには影響を及ぼさないとされている。 ベースライン時点において、タダラフィル群の方がわずかに若年でHbA1cが低かったものの有意差はなく、その他の臨床指標もよく一致していた。追跡期間は、タダラフィル群が中央値27.7カ月、α遮断薬群は同31.3カ月だった。T2DMの発症率は、タダラフィル群では1,000人年当たり5.4(95%信頼区間4.0~7.2)、α遮断薬群は同8.8(7.8~9.8)と計算され、タダラフィルの処方はT2DM発症リスクの低下と関連していた(リスク比〔RR〕0.47〔0.39~0.62〕、5年間の累積発症率差-0.031〔-0.040~-0.019〕)。 前糖尿病(HbA1c5.7%以上)に該当するか否かで二分した上での解析(前糖尿病ではRR0.49〔0.40~0.69〕、HbA1c5.7%未満ではRR0.34〔0.20~0.63〕)や、肥満(BMI25以上)の有無で二分した解析(肥満ではRR0.61〔0.43~0.80〕、非肥満ではRR0.38〔0.24~0.62〕)でも、全てのサブグループで全体解析同様の結果が示された。また、感度分析として、T2DM発症の定義などを変更した15パターンでの解析を行ったが、結果は一貫していた。 著者らは、保険非適用のPDE5i処方(ED治療目的)が把握されていないことや残余交絡が存在する可能性などを研究の限界点として挙げた上で、「BPH男性の治療におけるタダラフィルの処方はα遮断薬の処方と比較して、T2DM発症リスクの低下と関連しているようだ。この関連のメカニズムを明らかにし、同薬のメリットを得られる集団の特徴をより詳細かつ明確にする必要がある」と述べている。

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食欲不振には六君子湯?【漢方カンファレンス】第10回

食欲不振には六君子湯?以下の症例で考えられる処方をお答えください。(経過の項の「???」にあてはまる漢方薬を考えてみましょう)【今回の症例】80代男性主訴食欲不振既往慢性腎不全、前立腺肥大症病歴X-1年5月、胃がんで腹腔鏡下幽門側胃切除術を施行した。術後から食欲不振があり体重が減少した。吻合部狭窄などの合併症はない。7月と12月に食欲不振と脱水症で入院加療を行った。X年1月、当科を紹介受診した。現症身長172cm、体重48kg(BMI 16.2kg/m2、術前と比べ-20kg)。体温35.6℃、血圧92/62mmHg、脈拍67回/分 整、呼吸数20回/分。身体所見に特記すべき異常はない。経過初診時「???」3包 分3を処方。(解答は本ページ下部をチェック!)1週間後漢方薬を内服してから、よく眠れるようになった。3週間後「少し元気が出てきた感じ、食べるご飯の量が増えた」2ヵ月後毎日形のある便が出るようになった。体重:50kg(+2kg)。3ヵ月後食事がおいしくなった。5ヵ月後疲れにくくなった。散歩ができるようになった。体重:52kg(+2kg)。問診・診察漢方医は以下に示す漢方診療のポイントに基づいて、今回の症例を以下のように考えます。【漢方診療のポイント】(1)病態は寒が主体(陰証)か、熱が主体(陽証)か?(冷えがあるか、温まると症状は改善するか、倦怠感は強いか、など)(2)虚実はどうか(症状の程度、脈・腹の力)(3)気血水の異常を考える(4)主症状や病名などのキーワードを手掛かりに絞り込む【問診】寒がりですか? 暑がりですか?体の冷えを自覚しますか?寒がりです。お腹と腰周りが冷えます。入浴では長くお湯に浸かるのが好きですか?冷房は好きですか?お風呂は長風呂です。冷房は嫌いです。飲み物は温かい物と冷たい物のどちらを好みますか?のどは渇きませんか?1日どれくらい飲み物を摂っていますか?温かいお茶を好んで飲んでいます。のどは渇かず、1日1.0L程度です。<ほかの随伴症状を確認>疲れやすいですか?横になりたいほどの倦怠感はありますか?すぐに疲れてしまいますが、横になりたいほどではありません。食欲はありますか?胃の調子はどうですか?食事が美味しくなく、無理して少しだけ食べています。胃もたれもします。昼食後に眠くなりませんか?昼ご飯を食べた後は眠くなって昼寝をすることが多いです。尿は1日に何回出ますか? 夜間尿はありますか?便秘・下痢はありませんか? 便の臭いは強いですか?尿は1日6~7回で、夜間尿は2~3回出ます。便は2日に1回で、軟便です。便の臭いは強くありません。唾液が多くありませんか?唾液が口のなかにすぐにたまります。夜も寝ていてよだれが垂れることがあります。【診察】顔色はやや不良。脈診では沈、やや弱であった。また、舌は薄い舌苔が中等量あり、腹診では腹力は軟弱、心窩部に抵抗と冷感を認めた。四肢に冷え、浮腫は認めない。カンファレンス今回は、胃がん術後から続く食欲不振のため漢方治療目的で紹介になった症例ですね。問診では、寒がり、冷えの自覚がある、長風呂で温かい飲み物を好むなどから、冷えがある「陰証」です。さらに脈が沈でやや弱、腹力も軟弱ということから闘病反応が乏しい「虚証」と考えます。ここまでの「陰陽」・「虚実」の判断はよいですね。胃がん術後により「陰証・虚証」になり、冷えや倦怠感が生じたと考えてよさそうですね。では六病位ではどうですか?陰証であることはわかりますが、六病位は判断が難しいですね。陰証はなかなかクリアカットに病位を特定できない場合も多いよ。ここでは陰証で太陰病から少陰病くらいであるとおおまかに考えよう。次の気血水の異常を考えてみると漢方薬の選択のヒントになるよ。本症例では食欲不振や倦怠感などといった自覚症状が問題だね。活気がある、やる気があるという言葉のように、漢方では目に見えない生体エネルギーを「気」とよぶんだ。「気」が量的に不足した病態を「気虚」とよぶよ(本ページ下部の「今回のポイント」の項参照)。本症例は倦怠感や食欲不振に加えて、「昼食後に眠くなって昼寝をする」ことから気虚と考えてよさそうですね。本症例では気虚が目立ちますね。ただし、陰証で冷えがあることも大切なポイントです。食欲不振に対して頻用される六君子湯(りっくんしとう)も気虚に用いる漢方薬ですが、温める作用はありません。「食欲不振や胃腸疾患に六君子湯ばかり用いれば、失敗は少ないが漢方臨床の技量が上達しにくい」と教わりました。六病位に話を戻そう。太陰病は、腹部を中心に冷えがあり消化器症状が目立つこと、少陰病は、全身に冷えがあり、横になりたいほどの倦怠感が特徴だよ。今回の症例では、疲れやすいという訴えはあるものの、横になりたいほどの倦怠感はなく、冷えが腹部に限局していることから、少陰病までは至ってないと推測したよ。ただし、実際の臨床では、陰証では病位の判断が難しいことが多く、冷えや倦怠感の程度で患者の反応をみながら、漢方薬の調整を行うことが多いんだ。冷えの程度に応じた漢方薬のさじ加減も漢方治療の特徴ですね。興味深いです。最後に唾液に関して質問しているのはなぜですか?唾液が多いことは、体の水分バランスの異常である水毒(すいどく、第9回「今回のポイント」の項参照)により生じると考えることができます。また、水毒以外にも内臓の冷えが原因で唾液が増加する場合があります。ここでも冷えが関連するのですね!それでは本症例をまとめます。【漢方診療のポイント】(1)病態は寒が主体(陰証)か、熱が主体(陽証)か?寒がり、冷えの自覚、疲れやすい温かい飲み物を好む脈:沈→陰証(太陰病~少陰病)(2)虚実はどうか脈:やや弱、腹力:軟弱→虚証(3)気血水の異常を考える食欲不振、疲れやすい→気虚軟便、(唾液が多い)→水毒?(4)主症状や病名などのキーワードを手掛かりに絞り込む食欲不振、胃もたれ、心窩部の冷感、唾液が多い解答・解説【解答】以上から本症例は、人参湯(にんじんとう)を用いて治療しました。【解説】人参湯は人参(にんじん)・乾姜(かんきょう)・甘草(かんぞう)・白朮(びゃくじゅつ)で構成される漢方薬です。人参・甘草・白朮に茯苓(ぶくりょう)が加わると気虚の基本である四君子湯(しくんしとう)になります。人参湯は、乾姜(ショウガを蒸して乾燥させたもの)で内臓を中心に温め、気を補う作用をもった漢方薬になります。人参湯は六病位では太陰病、気血水の異常では気虚に対する漢方薬です。人参湯証の特徴的な腹部所見(図)に、心窩部が自覚的につかえた感じがある、あるいは押すと痛みや抵抗を伴う場合があり、これを心下痞鞕(しんかひこう)とよびます。また、腹部の触診で他部位と比べ、心窩部に冷感が伴うこともあります。さらに、人参湯証には、気虚による食欲不振、倦怠感などに加え、内臓の冷えから生じる胸やけ、胃もたれ、下痢などの消化器症状や唾液が多いなどがみられます。人参湯は切れ味が鋭く使用に習熟すべき漢方薬で、気虚に加え、冷えを伴う場合には六君子湯でなく人参湯を用いるべきです。さらに冷えが強い場合には、附子(ぶし)を加えます。人参湯に附子を加えた処方を附子理中湯(ぶしりちゅうとう)とよびます。人参湯は、気虚に対して鑑別すべき漢方薬(表1)です。本症例でも、人参湯を示唆する腹診所見である心下痞鞕と心窩部の冷感を認めています。ほかに陰証で倦怠感がある場合に用いる漢方薬には、真武湯があります(第2回参照)。真武湯は少陰病・水毒に用いる漢方薬です。ほかの鑑別点として、人参湯は尿量が保たれる傾向(尿自利[にょうじり])があり、真武湯では尿量が少ない傾向(尿不利[にょうふり]、第9回参照)があります。どちらも重要な陰証の漢方薬なので、比較しながら覚えておきましょう(表2)。真武湯の倦怠感は気虚でなく少陰病であること、冷えて水が貯留する状態(水毒)によって生じると考えるとよいでしょう。さらに冷えと倦怠感が強い場合には、第7回に登場した茯苓四逆湯(ぶくりょうしぎゃくとう)(エキス剤では人参湯+真武湯で代用)を用います。また、茯苓四逆湯を用いるような非常につらい倦怠感を「煩躁(はんそう)」といいます。今回のポイント「気虚」の解説漢方では、患者の陰陽・虚実を把握するとともに、もう1つのパラメーターである「気・血・水の変調」として病気を捉えます。気・血・水は、生命活動を支えるために必要な生体内を循環する要素です。身体を巡る液体成分は血と水ですが、気は目に見えない、形がない、生命活動を営む根源的なエネルギーです。気の異常のなかでも、気の量的な不足、または作用力の不足を気虚といいます。気虚の主な症状としては、倦怠感、疲れやすい、食欲がない、風邪をひきやすいなどが挙げられます。また、食事により少ないエネルギーが消化管に集中してしまうことで生じる「食後の眠気」は気虚に特徴的な症状です。気虚の治療は、弱った胃腸を丈夫にする作用のある漢方薬を使うことが多く、気虚に対する基本となる漢方薬が四君子湯です。四君子湯は、茯苓、人参、白朮、甘草の4つの生薬で構成されます。気虚に頻用する漢方薬には六君子湯や補中益気湯がありますが、温める作用はなく、気虚と冷えがある場合は人参湯の適応です(表1)。

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頻尿とは?起こる原因は?

患者さん、それは…頻尿 かもしれません!「頻尿」は、一般的には朝起きてから就寝までの排尿回数が8回以上の場合のことを言いますが、8回以下でも自分自身で排尿回数が多いと感じる場合は該当します。以下のような原因や症状はありませんか?●原因□子宮や腸の手術後□膀胱炎/前立腺炎□腰部椎間板ヘルニア□前立腺肥大症□緊張などのストレスがある□糖尿病●こんな症状はありますか?□尿がたくさん出る□水分を3L以上飲む□夜間、2回以上トイレに起きる□すぐにトイレに行きたくなる□咳やくしゃみで出てしまう◆その頻尿は…過活動膀胱のせいかも!?• 急に強い尿意を感じませんか(尿意切迫感)• 何度もトイレに行きたくなりませんか(頻尿)• トイレが間に合わず尿が漏れてしまいませんか(尿失禁)出典:日本泌尿器科学会-頻尿とは監修:福島県立医科大学 会津医療センター 総合内科 山中 克郎氏Copyright © 2022 CareNet,Inc. All rights reserved.

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15の診断名・11の内服薬―この薬は本当に必要?【こんなときどうする?高齢者診療】第5回

CareNeTVスクール「Dr.樋口の老年医学オンラインサロン」で2024年8月に扱ったテーマ「高齢者への使用を避けたい薬」から、高齢者診療に役立つトピックをお届けします。老年医学の型「5つのM」の3つめにあたるのが「薬」です。患者の主訴を聞くときは、必ず薬の影響を念頭に置くのが老年医学のスタンダード。どのように診療・ケアに役立つのか、症例から考えてみましょう。90歳男性。初診外来に15種類の診断名と、内服薬11種類を伴って来院。【診断名】2型糖尿病、心不全、高血圧、冠動脈疾患、高脂血症、心房細動、COPD、白内障、逆流性食道炎、難聴、骨粗鬆症、変形性膝関節症、爪白癬、認知症、抑うつ【服用中の薬剤】処方薬(スタチン、アムロジピン、リシノプリル、ラシックス、グリメピリド、メトホルミン、アルプラゾラム、オメプラゾール)市販薬(抗ヒスタミン薬、鎮痛薬、便秘薬)病気のデパートのような診断名の多さです。薬の数は、5剤以上で多剤併用とするポリファーマシーの基準1)をはるかに超えています。この症例を「これらの診断名は正しいのか?」、「処方されている薬は必要だったのか?」このふたつの点から整理していきましょう。初診の高齢者には、必ず薬の副作用を疑った診察を!私は高齢者の診療で、コモンな老年症候群と同時に、さまざまな訴えや症状が薬の副作用である可能性を考慮にいれて診察しています。なぜなら、老年症候群と薬の副作用で生じる症状はとても似ているからです。たとえば、認知機能低下、抑うつ、起立性低血圧、転倒、高血圧、排尿障害、便秘、パーキンソン症状など2)があります。症状が多くて覚えられないという方にもおすすめのアセスメント方法は、第2回で解説したDEEP-INを使うことです。これに沿って問診する際、とくにD(認知機能)、P(身体機能)、I(失禁)、N(栄養状態)の機能低下や症状が服用している薬と関連していないか意識的に問診することで診療が効率的になります。処方カスケードを見つけ、不要な薬を特定するさて、はっきりしない既往歴や薬があまりに多いときは処方カスケードの可能性も考えます。薬剤による副作用で出現した症状に新しく診断名がついて、対処するための処方が追加されつづける流れを処方カスケードといいます。この患者では、変形性膝関節症に対する鎮痛薬(NSAIDs)→NSAIDsによる逆流性食道炎→制酸薬といったカスケードや、NSAIDs→血圧上昇→高血圧症の診断→降圧薬(アムロジピン)→下肢のむくみ→心不全疑い→利尿薬→血中尿酸値上昇→痛風発作→痛風薬→急性腎不全という流れが考えられます。このような流れで診断名や処方薬が増えたと想定すると、カスケードが起こる前は以下の診断名で、必要だったのはこれらの処方薬ではと考えることができます。90歳男性。初診外来に15種類の診断名と、内服薬11種類を伴って来院。【診断名】2型糖尿病、心不全、高血圧、冠動脈疾患、高脂血症、心房細動、COPD、白内障、逆流性食道炎、難聴、骨粗鬆症、変形性膝関節症、爪白癬、認知症、抑うつ【服用中の薬剤】処方薬(スタチン、アムロジピン、リシノプリル、ラシックス、グリメピリド、メトホルミン、アルプラゾラム、オメプラゾール)市販薬(抗ヒスタミン薬、鎮痛薬、便秘薬)減薬の5ステップ減らせそうな薬の検討がついたら以下の5つをもとに減薬するかどうかを考えましょう。(1)中止/減量することを検討できそうな薬に注目する(2)利益と不利益を洗い出す(3)減薬が可能な状況か、できないとするとなぜか、を確認する(4)病状や併存疾患、認知・身体機能本人の大切にしていることや周辺環境をもとに優先順位を決める(第1回・5つのMを参照)(5)減薬後のフォローアップ方法を考え、調整する患者に利益をもたらす介入にするために(2)~(4)のステップはとても重要です。効果が見込めない薬でも本人の思い入れが強く、中止・減量が難しい場合もあります。またフォローアップが行える環境でないと、本当は必要な薬を中断してしまって健康を害する状況を見過ごしてしまうかもしれません。フォローアップのない介入は患者の不利益につながりかねません。どのような薬であっても、これらのプロセスを踏むことを減薬成功の鍵としてぜひ覚えておいてください! 高齢者への処方・減量の原則実際に高齢者へ処方を開始したり、減量・中止したりする際には、「Stand by, Start low, Go slow」3)に沿って進めます。Stand byまず様子をみる。不要な薬を開始しない。効果が見込めない薬を使い始めない。効果はあるが発現まで時間のかかる薬を使い始めない。Start lowより安全性が高い薬を少量、効果が期待できる最小量から使う。副作用が起こる確率が高い場合は、代替薬がないか確認する。Go slow増量する場合は、少しづつ、ゆっくりと。(*例外はあり)複数の薬を同時に開始/中止しない現場での実感として、1度に変更・増量・減量する薬は基本的に2剤以下に留めると介入の効果をモニタリングしやすく、安全に減量・中止または必要な調整が行えます。開始や増量、または中止を数日も待てない状況は意外に多くありませんから、焦らず時間をかけることもまたポイントです。つまり3つの原則は、薬を開始・増量するときにも有用です。ぜひ皆さんの診療に役立ててみてください! よりリアルな減薬のポイントはオンラインサロンでサロンでは、ふらつき・転倒・記憶力低下を主訴に来院した8剤併用中の78歳女性のケースを例に、クイズ形式で介入のポイントをディスカッションしています。高齢者によく処方される薬剤の副作用・副効果の解説に加えて、転倒につながりやすい処方の組み合わせや、アセトアミノフェンが効かないときに何を処方するのか?アメリカでの最先端をお話いただいています。参考1)Danijela Gnjidic,et al. J Clin Epidemiol. 2012;65(9):989-95.2)樋口雅也ほか.あめいろぐ高齢者診療. 33. 2020. 丸善出版3)The 4Ms of Age Friendly Healthcare Delivery: Medications#104/Geriatric Fast Fact.上記サイトはstart low, go slow を含めた老年医学のまとめサイトです。翻訳ソフトなど用いてぜひ参照してみてください。実はオリジナルは「start low, go slow」だけなのですが、どうしても「診断して治療する」=検査・処方に走ってしまいがちな医師としての自分への自戒を込めて、stand by を追加して、反射的に処方しないことを忘れないようにしています。

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腎盂腎炎に対する内服抗菌薬を極める~スイッチのタイミングなど~【とことん極める!腎盂腎炎】第7回

腎盂腎炎に対する内服抗菌薬を極める~スイッチのタイミングなど~Teaching point(1)抗菌薬投与前に必ず血液/ 尿塗抹・培養検査を提出する(2)単純性腎盂腎炎ではセフトリアキソンなどの単回注射薬を使用し、適切なタイミングで内服抗菌薬に変更する(3)複雑性腎盂腎炎では基本的には入院にて広域抗菌薬を使用する。外来で加療する場合は慎重に、下記のプロセスで加療を行う(4)副作用や薬物相互作用に注意し、適切な内服抗菌薬を使用しよう《今回の症例》78歳、男性。ADLは自立。既往に前立腺肥大症があり尿道カテーテルを留置されている。来院3日前から悪寒戦慄を伴う発熱と右腰背部痛があり当院を受診した。尿中白血球(5/1視野)と尿中細菌105/mLで白血球貪食像があり、訪問看護師からの「尿道カテーテルをしばしば担ぎあげてしまっていた」という情報と併せ、カテーテル関連の腎盂腎炎と診断した。来院時、発熱に伴うふらつき・食思不振がみられたため入院加療とした。尿中のグラム染色とカテーテル留置の背景からSPACE(S:Serratia属、Pseudomonas aeruginosa[緑膿菌]、Acinetobacter属、Citrobacter属、Enterobacter属)などの耐性菌を考慮し、ピペラシリン/タゾバクタム1回4.5gを6時間ごとの経静脈投与を開始し、経過は良好であった。その後、尿培養と血液培養から緑膿菌が検出された。廃用予防のため早期退院の方針を立て、内服抗菌薬への切り替えを検討していた。また入院3日目に嚥下機能を確認したところ嚥下機能が低下していることが判明した。はじめに本項では腎盂腎炎の内服抗菌薬への変更のタイミングや嚥下機能や菌種による選択薬のポイントや副作用などについて述べる。まずひと口に腎盂腎炎といっても、単純性腎盂腎炎と複雑性腎盂腎炎では選択するべき抗菌薬や対応は異なる。 1.単純性腎盂腎炎単純性腎盂腎炎において、(1)ショックバイタルでない、(2)敗血症でない、(3)嘔気や嘔吐がない、(4)脱水症の徴候が認められない、(5)免疫機能を低下させる疾患(悪性腫瘍、糖尿病、免疫抑制薬使用、HIV感染症など)が存在しない、(6)意識障害や錯乱などがみられない、のすべてを満たせば外来での治癒が可能である1)。単純性腎盂腎炎の原因菌はグラム陰性桿菌が約80%を占め、そのうち大腸菌(Escherichia coli)が90%である。そのほかKlebsiella属やProteus属が一般的であることからエンピリックにセフトリアキソンによる静脈投与を行う。その後、治療開始後に静注抗菌薬から経口抗菌薬へのスイッチを考慮する場合、従来からよく知られた指標としてCOMS criteriaがある(表1)。画像を拡大する2.複雑性腎盂腎炎冒頭の症例も当てはまるが、複雑性腎盂腎炎は、尿路の解剖学的・機能学的問題(尿路狭窄・閉鎖、嚢胞、排尿障害、カテーテル)や全身の基礎疾患をもつ尿路感染症である。一番の問題としては再発・再燃を繰り返し、緑膿菌(Pseudomonas aeruginosa)、Enterobacter属、Serratia属、Citrobacter属、腸球菌(Enterococcus属)などの耐性菌が分離される頻度が増えることである。そのため単純性のように単純にセフトリアキソン単剤→内服スイッチともいかないのが厄介な点である。この罠にはまらないためには、必ず尿塗抹・培養検査を提出しグラム染色を確認することが大切である。基本的には全例入院で加療することが推奨されているが、全身状態良好でかつグラム陰性桿菌が起因菌とわかった際には周囲に見守れる人の確認(高齢者の場合)や連日通院することを約束しセフトリアキソンを投与し、培養結果と全身状態が改善したことを確認して内服抗菌薬を処方する2)。この場合も合計14日間の投与期間が推奨されている1)。なお、複雑性腎盂腎炎を外来加療することはリスクが高く、入院加療が理想である。【内服抗菌薬の使い分け】いずれにせよ培養の結果がKeyとなるが、一般的な内服抗菌薬は以下が推奨されている。処方例3,4)(1)ST合剤(商品名:バクタ)1回2錠を12時間ごとに内服(2)セファレキシン(同:ケフレックス)1回500mgを6〜8時間ごとに内服(3)シプロフロキサシン(同:シプロキサン)1回300mgを12時間ごとに内服(4)レボフロキサシン(同:クラビット)1回500mgを24時間ごとに内服腎機能に合わせた投与量や注意事項など表2に示す。なお、腎機能はeGFRではなくクレアチニンクリアランスを使用し評価する必要がある。画像を拡大する治療期間は一般に5〜14日間であり、選択する抗菌薬による。キノロン系は5〜7日間、ST合剤は7〜10日間、βラクタム系抗菌薬は10〜14日間の投与が勧められている2)。各施設や地域の感受性パターンに基づいて抗菌薬を選択することも大切である。筆者の所属施設では、単純性の腎盂腎炎の内服への切り替えは大腸菌のキノロン系への耐性が20%を超えていることから、セファレキシンやST合剤を選択することが多い。【各薬剤の特徴】<ST合剤>バイオアベイラビリティも良好で腎盂腎炎の起因菌を広くカバーする使いやすい薬剤である。ただし最近では耐性化も進んできており培養結果を確認することは重要である。また消化器症状、皮疹、高カリウム血症、腎機能障害、汎血球減少など比較的副作用が多いため注意して使用する5)。とくに65歳以上の高齢患者では高カリウム血症と腎不全をより来しやすいと報告されており経過中に血液検査で評価する必要がある6)。簡易懸濁も可能なため、嚥下機能低下時や胃ろう造設されている患者でも投与可能である。妊婦への投与は禁忌である。<セファレキシン>第1世代セフェム系抗菌薬であるセファレキシンは、一部の大腸菌などの腸内細菌に耐性の場合があるため、起因菌や感受性の結果を確認することが重要である。また一般的には長時間作用型の静注薬であるセフトリアキソンを初めの1回使用したうえで、セファレキシンを用いることが推奨されている。なお第2世代セフェム系内服抗菌薬であるセファクロル(商品名:ケフラール)はアレルギーの頻度が多いため推奨されていない。第3世代セフェム系抗菌薬(同:メイアクトMS、フロモックス)は、わが国ではさまざまな場面で使用されてきたが、バイオアベイラビリティの関係で処方しないほうがよい。ペニシリン系では、βラクタマーゼ阻害薬配合であれば使用可能とされている。日本のβラクタマーゼ阻害薬配合ペニシリン(同:オーグメンチン)はペニシリン含有量が少なく、アモキシシリン(同:サワシリン)と併用し、サワシリン250mg+オーグメンチン375mgを8時間ごとに投与することが推奨されている。<ニューキノロン系>シプロフロキサシン、レボフロキサシンなどのニューキノロン系については、施設における大腸菌のニューキノロン耐性が10%以下の際は経験的治療として投与が可能とされている。また大腸菌以外に緑膿菌にも効果があることが最大の利点であるため、耐性獲得の点からはなるべく最低限の使用を心がけ、温存することが推奨される。副作用としてQT延長、消化器症状、アキレス腱断裂、血糖異常がある。相互作用として、NSAIDsやテオフィリン(とシプロフロキサシン)との併用で痙攣発作を誘発する7)。妊婦への投与は禁忌である。レボフロキサシンはOD錠があるため、嚥下機能が低下している高齢者にも使いやすい。細粒もあるが、経管栄養では溶けにくいため細粒ではなく錠剤を粉砕する方が望ましい。<ESBL産生菌>extended spectrum β-lactamases(ESBL)産生菌に対する経口抗菌薬としてST合剤やホスホマイシンが知られている。ST合剤は感受性があれば使用可能であり、カルバペネム系抗菌薬に治療効果が劣らず、入院期間の短縮、合併症の減少、医療コストの削減が期待できるとの報告がある8)。ホスホマイシンは、海外では有効性が示されているものの、国内で承認されている経口薬はfosfomycin calciumだが、海外で用いられているのはfosfomycin trometamolであるため注意を要する。fosfomycin trometamolのバイオアベイラビリティは42.3%だがfosfomycin calciumのバイオアベイラビリティは12%にすぎない。近年耐性菌が増加するなかで他剤と作用機序の異なる本剤が見直されてきてはいるが、国内で有効性が示されているのは単純性の膀胱炎のみである7,9)。腎盂腎炎に対する有効性は現在研究中であり、現時点では他剤が使用できない軽症膀胱炎、腎盂腎炎に使用を限定するべきである。《今回の症例のその後》尿培養から検出された緑膿菌はレボフロキサシンへの感性が良好であった。心電図にてQT延長がないことを確認し、入院5日目に全身状態良好で発熱など改善傾向であったことから、レボフロキサシンOD錠1回250mgを24時間ごと(腎機能低下あり、用量調節を要した)の内服へ切り替え同日退院し再発なく経過している。1)山本 新吾 ほか:JAID/JSC感染症治療ガイドライン2015 ─ 尿路感染症・男性性器感染症─. 日化療会誌. 2016;64:1-30.2)Johnson JR, Russo TA. N Engl J Med. 2018;378:48-59.3)Hernee J, et al. Am Fam Physician. 2020;102:173-180.4)Gupta K, Trautner B. Ann Intern Med. 2012;156:ITC3-1-ITC3-15, quiz:ITC3-16.5)Takenaka D, Nishizawa T. BMJ Case Rep. 2020;13:e238255.6)Crellin E, et al. BMJ. 2018;360:k341.7)青木 眞 著. レジデントのための感染症診療マニュアル 第4版. 医学書院. 2020.8)Shi HJ, et al. Infect Drug Resist. 2021;14:3589-3597.9)Matsumoto T, et al. J infect Chemother. 2011;17:80-86.

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漫然使用のツロブテロールテープの処方意図を探って中止を提案【うまくいく!処方提案プラクティス】第61回

 今回は、長期使用されていたLABA貼付薬について疑問を抱き、スタッフ間の情報共有および医療連携を通じて中止を提案した事例を紹介します。患者さんが使用している薬剤の服用理由や開始の経緯が不明瞭な場合、改めて確認することが重要です。そうすることで、思わぬ漫然使用が明らかになることがあります。患者情報80歳、男性(施設入居)基礎疾患アルツハイマー型認知症、高血圧、前立腺肥大症、糖尿病介護度要介護2服薬管理施設職員が管理処方内容1.アムロジピン錠2.5mg 1錠 分1 朝食後2.ジスチグミン錠0.5mg 1錠 分1 朝食後3.タムスロシン錠0.2mg 1錠 分1 朝食後4.ダパグリフロジン錠10mg 1錠 分1 朝食後5.テネリグリプチン錠20mg 1錠 分1 朝食後6.メマンチン錠20mg 1錠 分1 夕食後7.レンボレキサント錠5mg 1錠 分1 就寝前8.ツロブテロールテープ2mg 1枚 14時貼付本症例のポイントこの患者さんは、約3ヵ月前に施設に入居しました。薬剤の自己管理能力が乏しく、投薬や管理は施設職員が行っていました。嚥下機能に問題はなく、食事量もムラがなかったため、経口血糖降下薬のシックデイに関する懸念もない状況でした。2週間に1回の施設訪問の際に服用状況のモニタリングを実施したところ、ツロブテロールテープの使用に疑問を感じました。ツロブテロールテープは、気管支喘息や急性・慢性気管支炎、肺気腫を適応疾患1)としていますが、この患者さんにはこれらの既往がなく、夜間の咳や呼吸困難感などの症状も認められませんでした。そこで、初回介入した担当薬剤師の記録を確認したところ、施設入居前にCOVID-19関連肺炎で入院していたことが判明しました。COVID-19関連肺炎の急性期症状緩和のために処方されたツロブテロールテープが、退院後も漫然と継続されていた可能性があります。現状の呼吸機能や自覚症状から治療負担を検討し、テープの中止を提案することにしました。医師への相談と経過医師の訪問診療に同席し、ツロブテロールテープが3ヵ月間使用されていることを伝え、気管支疾患の既往や症状緩和の目的があるかどうかを確認しました。医師からも該当疾患がないことを聴取し、やはりCOVID-19関連肺炎の急性期治療の一環として使用されていたと推察されました。長期的なLABA貼付薬の使用は適切ではないという医師の判断により、当日の昼からテープが中止となりました。介護士には意図を説明するとともに、念のため昼夜の症状モニタリングを依頼しました。その後、夜間の呼吸困難感や咳症状は現れずに1週間が経過しました。長期的な観察でも気道症状の変化はなく、ツロブテロールテープの完全中止に成功しました。1)ホクナリンテープ添付文書

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