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軽度熱傷【いざというとき役立つ!救急処置おさらい帳】第1回

はじめまして!聖マリアンナ医科大学病院 救急医学の沼田と申します。主に救急科で勤務しながら、総合診療医、小児救急、集中治療を勉強してきました。最近は緩和ケアを勉強しています。オフ・ザ・ジョブトレーニングでは、外科系救急初期診療を学ぶ「T&Aマイナーエマージェンシーコース」のコアメンバーとして活動しています。このコラムでは、かかりつけ医が診る機会の多い軽症救急疾患の治療を、救急医の視点でわかりやすく解説していきます。初回は熱傷の中でもI、II度の軽度熱傷の治療についてです。熱傷にはさまざまな原因がありますよね。天ぷらを揚げていた、子供が電気ケトルを倒した、カセットコンロが爆発した…など。熱傷の加療の方向性はほぼ同一ですが、医師によって使用する薬剤や被覆材にはばらつきがあると感じています。大まかな治療に関してはAmerican family physicianの「Outpatient burns: prevention and care」と日本熱傷学会の「熱傷診療ガイドライン(改訂第3版)」を基に、私の経験も交えながらポイントを解説します1,2)。22歳男性。夜間にカップラーメンを食べようとして、カップに熱湯を入れて移動した際に転倒し、熱湯が両腕にかかり受診。既往歴なし、内服歴なし、アレルギー歴なし、バイタル特記事項なし。右前腕に5cm程度の発赤、左前腕に3cm程度の発赤と水疱が2ヵ所ある。水疱の1つは1cm程度、もう1つは3cm程度で破れている。これは、私が近くに皮膚科がない地方の内科外来で働いていたときに経験した症例です。熱傷の治療は、ステップを踏んで診察をしていくことが重要ですので、今回はこの症例を基にどういう判断や対応を行ったかお話しします。1. すぐに入院が必要かどうかの判断(1)受傷部位私の専門が救急であり、火災などによる熱傷に遭遇することもありますが、その場合に最も警戒するのは気道熱傷です。火災が関連している熱傷では、顔面熱傷がないかどうかを確認し、気道熱傷がある場合は人工呼吸管理を行うため入院が必要です。今回の症例は、両腕に熱湯がかかったことによる熱傷ですので気道熱傷はありません。(2)熱傷面積熱傷の面積によっては病院や熱傷センターなどへの搬送が必要になりますので、熱傷の範囲を把握します。よく使われるのが「9の法則」です。頭部、右上肢、左上肢をそれぞれ9%、体幹部の前面、後面をそれぞれ18%、右下肢、左下肢をそれぞれ18%、陰部を1%として熱傷面積を推定します。画像を拡大するまた、熱傷面積が小さく、散在しているときは「手掌法」を用います。これは、手のひらの大きさを体表面積の1%と換算して熱傷面積を推定します。患者の入院の必要性を判断するにあたっては、「Artzの基準」がよく用いられます。II度熱傷の面積が15~30%、III度熱傷の面積が2~10%で一般病院での入院加療が必要とされています。逆に言えば、この面積以下であれば外来通院でよいでしょう。今回の症例の熱傷範囲は1~2%程度ですので、外来通院としました。2. 後日専門医への相談が必要かどうかの判断(1)受傷部位受傷部位で専門的な加療が必要かどうか変わってきます。顔面、手指、肛門、陰部の熱傷や、大関節(肩、膝、股関節)を超える熱傷は、美容や機能予後に影響を与えるので、可能であればなるべく早く専門医に診察してもらいましょう。(2)深達度熱傷には、I度、II度、III度があります。I度は発赤のみ、II度(浅達)は水疱を形成して水疱底の真皮が赤色、II度(深達)は水疱を形成して水疱底の真皮が白色、III度は白色皮革様もしくは褐色皮革様で感覚が消失します。III度熱傷は、適切に治療したとしても拘縮して植皮が必要になる可能性が高いため、専門医に紹介するべきです。II度の浅達か深達かの判別は専門医でなくては困難ですが、治療もとくに変わらないので必ずしも判別する必要性はないと考えます。この患者は、右前腕は発赤のみでI度、左前腕は水疱を形成していてII度熱傷となります。3. 治療(1)冷水での洗浄ここからは、症例のような軽症熱傷を通院加療する流れを記載します。どこで受傷したとしてもまず推奨されるのが冷水での洗浄です。実は強いエビデンスはないと言われていますが、熱傷を負った人の治療で「水で洗う vs.水で洗わない」の検証は倫理的に問題があり行えないため、実際の効果を検証することは困難です。どこでも、すぐに、安価にできるので、受傷後なるべく早く10分程度洗ってもらいましょう。ただし、20分以上の冷水での洗浄や氷水の使用は組織障害や低体温を起こすことがあるため控えます。●右腕(I度)右腕のI度熱傷の治療は、基本的には適切な鎮痛薬の内服のみで完了します。しかし、熱傷は時間とともに進行することがあり、今日はI度であったとしても翌日には水疱を形成してII度に進行していることはしばしば経験するので、進行する可能性があることをしっかりと説明しましょう。進行した場合はII度として治療を行います。●左腕(II度)II 度熱傷の場合は、まずは水疱が保たれているかどうかを確認しましょう。水疱内は清潔ですので、破れていなければ基本的には保存的に加療します。American Family physicianでは水疱のサイズが6mmを超える場合は破膜するよう指導されていますが、私は2~3cmでも保存的に加療しています。重要なのは、患者自身が水疱を保護できるかどうかで、難しいようであれば破膜します。保存的に加療する場合は、ガーゼをかぶせて保護し、もし破れてしまった場合は受診するよう指導します。この症例では、3cmの大きいほうの水疱が破れていました。水疱が破けている場合や、水疱を破膜した場合の治療はどうでしょうか? 私はまずリドカイン塩酸塩ゼリー(商品名:キシロカインゼリー)を塗布してから創部を洗浄しています。その後、破れた水疱の膜を残しておくと感染のリスクがあるため除去します。なお、アルコールやポビドンヨード液などによる消毒は組織障害が生じるため、参考文献2つはいずれも推奨していません。私も創部がよほど汚染されていない限り使用はしません。(2)創部の被覆被覆材にはさまざまなものがあります。メディカルオンラインで「創傷・熱傷被覆材(ドレッシング材)」と検索すると、サイズや用途はさまざまですが130個ほど出てきます。これらの有意性に関する報告は限られていますが、元々熱傷にはスルファジアジン銀が使用されており、それに対する非劣性や有意性を示した論文はあるため、どれを選択しても大きくは変わらないと考えます。その中で、私は基本的には白色ワセリン+ガーゼを使用しています。理由はどこの施設でも置いていて、安価で簡便だからです。患者には、ワセリンをたっぷりと塗って、最低1日1回交換するよう指導して帰宅とします。私がインストラクターとして参加しているT&Aマイナーエマージェンシーコースでは、ガーゼ1枚の範囲を覆う場合、約20gの白色ワセリンの使用を推奨しています。画像のとおり「ぷにゅっとする」くらい厚塗りします。画像を拡大する熱傷の範囲に合わせて調節しますが、熱傷の初期は浸出液が多く、頻回にガーゼ交換が必要ですので、私は患者に白色ワセリンを最低100g渡しています。以前、とある外来で、軟膏がすぐになくなったのでガーゼのみを張って、乾燥して創部に引っ付いてしまった患者がいて、剥ぐのに苦労したことがありました。必ず「軟膏なしでガーゼのみを張るのは控えましょう」と伝えてください。ちなみに、白色ワセリンはドラッグストアでも販売しているので、必ずしも病院を受診して受け取る必要はありません。(4)ステロイド軟膏ステロイド軟膏は、有用性を示すエビデンスに乏しく、安易に使用するべきではないという意見がある一方で、局所の炎症兆候に対して推奨する意見もあるのが現状です。American Family physicianでは使用を推奨せず、本邦の熱傷診療ガイドラインでは「専門医が抗炎症効果を期待して使用する際は、ステロイドの副作用に十分注意しながら、受傷早期(2日間程度)に使用することが望ましい」とされているので、非専門医である私は原則使用しません。(5)外来フォロー推奨された通院間隔はなく、あくまで私のプラクティスを紹介させていただきます。I度熱傷であれば通院の必要はなく、鎮痛薬の処方で終診です。しかし、II度へ移行した場合は再診するよう指導しています。II度熱傷は状況により通院間隔が異なります。その見極めは自力で被覆交換ができるかどうかです。自力で被覆交換が可能であれば、患者の症状に合わせて3~7日程度のサイクルで通院してもらいます。自力での被覆交換が難しい場合は1~3日ごとに通院してもらいます。被覆終了のタイミングは、「ガーゼに浸出液が付かなくなったとき」と伝えています。フォロー中に患者からよく訴えられる症状は、疼痛と掻痒感です。疼痛は初期から生じますので、私は初めからNSAIDsかアセトアミノフェンで対応しています。ただし、数日経って急激に痛みが増悪する、創部に熱感が生じる場合は感染した可能性があるため受診するよう指導します。かゆみが出た場合は抗ヒスタミン薬の有効性が示されているため処方します。今回は、軽度熱傷の症例を例に挙げながら、どういう判断や対応を行ったかお話ししました。軽度熱傷はかかりつけ医が診る機会がありますが、美容や機能予後に影響を与えることも多々あるので、重症度や受傷部位によっては専門医へ相談しましょう。これから定期的に非専門医向けの軽症救急処置のコラムを連載いたします。可能な限り根拠に基づきながら、自身の経験を織り交ぜていこうと思いますのでどうぞよろしくお願いします!1)Lanham JS, et al. Am Fam Physician. 2020;101:463-470.2)日本熱傷学会編. 熱傷診療ガイドライン(改訂第3版).2021.

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第30回 市販薬にご用心!?【救急診療の基礎知識】

●今回のPoint1)患者さんの内服薬は処方薬以外も確認しよう!2)注意が必要な市販薬を知ろう!【症例】23歳女性。特記既往はなく、手術歴もない。仕事中に頭痛、嘔気を自覚した。しばらく様子をみていたが症状が改善せず、嘔吐も認めたため、仕事を早退し、外来を受診した。●来院時のバイタルサイン意識清明血圧108/61mmHg脈拍102回/分(整)呼吸18回/分SpO299%(RA)体温36.1℃中毒の入り口中毒患者さんはどのように来院するでしょうか。薬を過量に内服したことを自己申告ないし発見され来院する場合も多いですが、その他、意識障害、嘔気・嘔吐、頭痛、動悸、ふらつきなどを主訴に来院します。また、重篤な場合にはショック、痙攣、心停止状態で搬送されてくることもあります。今回は、どこでも来院しうる一見軽症そうにみえる中毒患者さんに関して取り上げます。市販薬の現状コロナ禍となり、自宅に解熱鎮痛薬や総合感冒薬を常備している方も多くなりました。発熱や咽頭痛を主訴に来院した患者さんに対して、アセトアミノフェンなどを処方するとともに、今後に備えて患者さん、ご家族へ市販薬を常備するようにオススメした方も少なくないと思います。適切に使用すれば基本的には問題ありませんが、内服量や方法を誤ってしまうと、いくら市販薬といえども危険なことはいくらでもあります。薬局やコンビニ、さらにはインターネット上で総合感冒薬などの市販薬はいくらでも入手可能です。規制がかかっている薬剤もありますが、実際のところ抜け穴はいくらでもあり、購入しようと思えば購入できてしまっているのが現状でしょう。注意が必要な市販薬処方薬ではベンゾジアゼピン系などの薬に注意が必要ですが、市販薬ではどのような薬剤が問題となっているのでしょうか。表11)が代表的な薬剤であり、みなさんもよくみかけると思います。実際に、救急外来で診療していると、これらの薬剤を過量に内服し、来院する方を多く経験するとともに、常備し乱用している方も少なくありません。これらの薬剤がなぜ問題なのか、代表的な2剤を中心に簡単に説明しておきましょう。表1 注意が必要な市販薬1)商品名:エスエスブロン錠(表2)成分は主に4つです。上から、オピオイド、エフェドリン、抗ヒスタミン薬、カフェインです。ジヒドロコデインは半合成オピオイドです。オピオイド受容体に結合し、中枢神経抑制作用や呼吸抑制作用を発揮し、高揚感や多幸感をもたらします。メチルエフェドリンは、エフェドリンの作用を抑えたものですが、アンフェタミン類に属し、中枢神経興奮作用や交感神経興奮作用を発揮します。これらの成分が含まれる薬剤を適正量以上に、また不用意に内服すると、他の成分と相互作用を及ぼし頭痛や嘔気・嘔吐、興奮などの症状、さらには意識障害やショック、痙攣、呼吸抑制などの重篤な病態を引き起こします。表2 エスエスブロン錠2)商品名:パブロンゴールドA(表3)エスエスブロン錠と共通している成分が多いことに気付くと思います。大きな違いとしてパブロン系の薬にはアセトアミノフェンが含有されているという点です。この点は非常に重要であり、アセトアミノフェンは多量に内服すると肝毒性があり、場合によっては肝不全に陥るリスクがあります(アセトアミノフェン中毒に関しては、以前の連載「第24回 風邪薬1箱飲んだら、さぁ大変」を参照してください。表3 パブロンゴールドAエスエスブロン錠は規制がかかっているため、本来は薬局などで購入する際は1瓶までです。これは販売元のホームページにも明記されています。また、値段も決して安くはないため、同成分が含まれ、比較的安価なパブロン系の薬剤を購入する流れがあります。パブロン系は規制がかかっていないため、多量に購入可能なのです(中国向けの転売目的で多量に購入されたニュースが今年に入ってから流れていましたよね)。市販薬を乱用している方は10代、20代も多く、最近の状況を知るためにはSNSも有用です。twitterで「ブロン」、「金パブ(パブロンゴールド)」、「メジコン」などで検索すると多くの投稿が閲覧できます。「市販薬中毒なんてそんなに多くないでしょ!?」、そう感じている先生はちょっとのぞいてみてください。本症ではどうだったか冒頭の症例はそもそも市販薬の中毒を疑わなければ診断は難しいかもしれません。実際に、初めは本人も薬を内服したことを話してくれませんでした。しかし、改めて確認すると職場のストレスなどを理由に市販薬を過量に飲んでしまったことを打ち明けてくれました。セルフメディケーションは大切です。しかし、一般用医薬品(OTC医薬品)を不適切に利用している方も少なくありません。「くすりもりすく」、これは処方薬だけでなく市販薬も含め常に意識し対応することが重要です。1)松本俊彦、他. 2020年全国の精神科医療施設における薬物関連精神疾患実態調査.2022.

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高齢ドライバーの事故リスクとなり得る疾患有病率の実態―多施設共同研究

 高齢ドライバーの交通事故のリスクを高める可能性のある疾患の有病率を、多施設の外来患者を対象に調査した結果が報告された。岡山大学病院総合内科・総合診療科の萩谷英大氏らの研究によるもので、詳細は「BMC Geriatrics」に10月11日掲載された。 高齢ドライバーの交通事故がしばしばニュースになる。そのような事故を減らすために、免許更新時の認知機能テストの施行や免許返納の働きかけなどが行われている。しかし、公共交通機関の少ない地方の高齢者の場合、自分で運転しなければ生活が困難なことが多いという問題もある。一方、高齢ドライバーの事故の原因として、医学的要因が関与しているケースが少なくないことが報告されている。具体的には、身体機能や認知機能の低下、多剤併用(ポリファーマシー)などが事故リスクを押し上げる可能性が指摘されている。ただし、国内の高齢ドライバーがそれらの問題をどのくらい抱えているのかは明らかでない。このような状況を背景として、萩谷氏らは医療機関受診者を対象とする多施設共同研究による実態把握を試みた。 この研究は、岡山県、広島県、香川県の11の医療機関が参加し、2021年1~5月に行われた。外来受診者に対する自記式アンケートにより、自動車運転や事故経験などに関する情報を把握。また、事故リスクを高める可能性のある医学的要因に関する情報を、簡単なテストや一般的な身体検査によって把握した。 評価した医学的要因は、ポリファーマシー、サルコペニア、認知機能障害、フレイルおよびオーラルフレイル。このうち、ポリファーマシーは6種類以上の薬剤を1カ月以上服用していることで定義し、「お薬手帳」を医療スタッフが確認して評価。サルコペニアは、指輪っかテスト(両手の指で作った輪でふくらはぎを囲み隙間ができるか否か)、および30秒椅子立ち上がりテストで判定した。認知機能障害はMini-Cogテストに基づいて判定した。 161人がこの調査に参加。そのうち既に免許を返納していた人や、ペーパードライバーなどを除外し、127人を解析対象とした。年齢は中央値73歳(四分位範囲70〜78)、男性64.6%、女性35.4%であり、介護保険の利用状況は、95.3%が未利用で、要支援認定1が1人(0.8%)、同2が3人(2.4%)だった。 運転の頻度は、60.6%が「日常的に運転をする」と回答し、その他の39.4%は「時々運転する」と回答した。この2群で比較すると、年齢、性別、介護保険の利用状況に有意な群間差はなかったが、外出頻度は日常的に運転する群の方が有意に高かった。他方、同居家族数、歩行時間、自宅から最寄り駅やバス停までの距離、友人などとの交流の頻度、整形外科や眼科の受診頻度、補聴器の使用率などには有意差が認められなかった。 ポリファーマシーの該当者率は27.6%で、そのうち眠気を催すことの多い薬剤として、ベンゾジアゼピン系薬(睡眠薬や抗不安薬の一種)は12.5%に、抗ヒスタミン薬(アレルギー症状などの治療薬)は3.1%に処方されていた。運転頻度別でポリファーマシー該当者率を見ると、日常的に運転をする群が31.2%、時々運転する群は22.0%で前者の方が高いものの、群間差は有意でなかった。 サルコペニアの該当者率は全体で8.7%であり、日常的に運転をする群は13.0%、時々運転する群は2.0%であって前者の方が高かった。 認知機能障害(Mini-Cogテストが3点以下)の該当者率は全体で16.4%であり、前記と同順に18.2%、14.0%だった。フレイルの該当者率は全体で15.0%、オーラルフレイルは54.3%であり、これらはいずれも運転頻度で比較した場合の群間差は非有意だった。 過去の交通事故の体験については、62.2%が「経験あり」と回答した。その割合は、日常的に運転をする群が29.9%、時々運転する群は46.0%であって、後者の方が高いものの、群間差は有意でなかった。免許返納の意思がある人の割合は同順に2.6%、14.0%であり、時々運転する群で高いという有意差が見られた。 著者らは本研究について、認知機能障害やサルコペニアなどを簡便な方法で判定しており確実な診断に基づく解析ではないことや、サンプル数が十分でないことを限界点として挙げている。その上で結論を、「地域在住高齢ドライバーの交通事故に関連する可能性のある医学的要因の有病率が明らかになった。多くの高齢者が何らかのリスクのある状態で運転している現状において、高齢ドライバーの交通事故抑止のために、より厳格なスクリーニングの実施などの措置が必要と考えられる。同時に、地方に住む高齢者の生活を守る手段も確保されなければならない」とまとめている。

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lecanemab、FDAがアルツハイマー病治療薬として迅速承認/エーザイ・バイオジェン

 エーザイとバイオジェン・インクは2023年1月7日付のプレスリリースで、可溶性(プロトフィブリル)および不溶性アミロイドβ(Aβ)凝集体に対するヒト化IgG1モノクローナル抗体lecanemabについて、米国食品医薬品局(FDA)がアルツハイマー病の治療薬として、迅速承認したことを発表した。 本承認は、lecanemabがADの特徴である脳内に蓄積したAβプラークの減少効果を示した臨床第II相試験(201試験)の結果に基づくもので、エーザイでは最近発表した大規模なグローバル臨床第III相検証試験であるClarity AD試験のデータを用い、フル承認に向けた生物製剤承認一部変更申請(sBLA)をFDAに対して速やかに行うとしている。米国における適応症および重要な安全性情報など<適応症> lecanemabの適応症はアルツハイマー病(AD)の治療であり、lecanemabによる治療は、臨床試験と同様、ADによる軽度認知障害または軽度認知症の患者において開始すること。これらの病期よりも早期または後期段階での治療開始に関する安全性と有効性に関するデータはない。本適応症は、lecanemabの治療により観察されたAβプラークの減少に基づき、迅速承認の下で承認されており、臨床的有用性を確認するための検証試験データが本迅速承認の要件となっている。<用法・用量(対象者・投与方法・ARIAのモニタリング)> 治療開始前にAβ病理が確認された患者に対して、10mg/kgを推奨用量として2週間に1回点滴静注。lecanemabによる治療の最初の14週間は、アミロイド関連画像異常(ARIA)についてとくに注意深く患者の様子を観察することが推奨される。投与開始前に、ベースライン時(直近1年以内)の脳MRI、および投与後のMRIによる定期的なモニタリング(5回目、7回目、14回目の投与前)が行われる。<副作用> lecanemabの安全性は、201試験においてlecanemabを少なくとも1回投与された763例で評価されている。lecanemab(10mg/kg)を隔週投与された被験者(161例)の少なくとも5%に報告され、プラセボ投与被験者(245例)より少なくとも2%高い発生率であった。主な副作用は、infusion reaction(lecanemab群:20%、プラセボ群:3%)、頭痛(14%、10%)、ARIA浮腫/滲出液貯留(ARIA-E;10%、1%)、咳(9%、5%)および下痢(8%、5%)だった。lecanemabの投与中止に至った最も多い副作用はinfusion reactionであり、lecanemab群は2%(161例中4例)に対して、プラセボ群は1%(245例中2例)だった。<重要な安全情報(警告・注意事項)>アミロイド関連画像異常(ARIA) lecanemabはARIAとして、MRIで観察されるARIA-E、あるいはARIA脳表ヘモジデリン沈着(ARIA-H)として微小出血、脳表ヘモジデリン沈着症を引き起こす可能性がある。ARIAは通常無症候であるが、まれに痙攣、てんかん重積状態など、生命を脅かす重篤な事象が発生することがある。ARIAに関連する症状として、頭痛、錯乱、視覚障害、めまい、吐き気、歩行障害などが報告されている。また、局所的な神経障害が起こることもある。ARIAに関連する症状は、通常、時間の経過とともに消失する。[ARIAのモニタリングと投与管理のガイドライン]・lecanemabによる治療を開始する前に、直近1年以内のMRIを入手すること。5回目、7回目、14回目の投与前にMRIを撮影すること。・ARIA-EおよびARIA-Hを発現した患者における投与の推奨は、臨床症状および画像判定による重症度によって異なる。ARIAの重症度に応じて、lecanemabの投与を継続するか、一時的に中断するか、あるいは中止するかは、臨床的に判断すること。・ARIAの大半はlecanemabによる治療開始後14週間以内にみられることから、この期間はとくに注意深く患者の状態を観察することが推奨される。ARIAを示唆する症状がみられた場合は臨床評価を行い、必要に応じてMRIを実施すること。MRIでARIAが観察された場合、投与を継続する前に慎重な臨床評価を行うこと。・症候性ARIA-E、もしくは無症候でも画像判定によって重度のARIA-Eとされた場合に投与を継続した経験はない。無症候でも画像判定によって軽度から中等度のARIA-Eとされた場合に投与を継続した症例に関する経験は限られている。ARIA-Eの再発症例への投与データは限られている。[ARIAの発現率]・201試験において、lecanemab群の3%(5/161例)に症候性ARIAが発現した。ARIAに伴う臨床症状は、観察期間中に80%の患者で消失した。・無症候性ARIAを含めると、ARIAの発現率はlecanemab群の12%(20/161例)、プラセボ群の5%(13/245例)であった。ARIA-Eは、lecanemab群の10%(16/161例)、プラセボ群の1%(2/245)で観察された。ARIA-Hは、lecanemab群の6%(10/161例)、プラセボ群の5%(12/245例)で観察された。プラセボと比較して、lecanemab投与によるARIA-Hのみの発現率の増加は認められなかった。・直径1cmを超える脳内出血は、lecanemab群の1例で報告されたが、プラセボ群では報告されなかった。他の試験では、lecanemabの投与を受けた患者において、致死的事象を含む脳内出血の発生が報告された。[アポリポタンパク質Eε4(ApoEε4)保有ステータスとARIAのリスク]・201試験において、lecanemab群の6%(10/161例)がApoEε4ホモ接合体保有者、24%(39/161例)がヘテロ接合体保有者、70%(112/161例)が非保有者であった。・lecanemab群において、ApoEε4ホモ接合体保有者はヘテロ接合体保有者および非保有者よりも高いARIAの発現率を示した。lecanemabを投与された患者で症候性ARIAを発症した5例のうち4例はApoEε4ホモ接合体保有者であり、うち2例は重度の症状が認められた。lecanemab投与を受けた被験者で、ApoEε4ホモ接合体保有者ではApoEε4ヘテロ接合体保有者や非保有者と比較して症候性ARIAおよびARIAの発現率が高いことが、他の試験でも報告されている。・ARIAの管理に関する推奨事項は、ApoEε4保有者と非保有者で異ならない。・lecanemabによる治療開始を決定する際に、ARIA発症リスクを知らせるためにApoEε4ステータスの検査が考慮される。[画像による所見]・画像による判定では、ARIA-Eの多くは治療初期(最初の7回投与以内)に発現したが、ARIAはいつでも発現し、複数回発現する可能性がある。lecanemab投与によるARIA-Eの画像判定による重症度は、軽度4%(7/161例)、中等度4%(7/161例)、重度1%(2/161例)であった。ARIA-Eは画像による検出後、12週までに62%、21週までに81%、全体で94%の患者で消失した。lecanemab投与によるARIA-H微小出血の画像判定の重症度は、軽度4%(7/161例)、重度1%(2/161例)であった。ARIA-Hの患者10例のうち1例は軽度の脳表ヘモジデリン沈着症を有していた。[抗血栓薬との併用と脳内出血の他の危険因子について]・201試験では、ベースラインで抗凝固薬を使用していた被験者を除外した。アスピリンやクロピドグレルなどの抗血小板薬の使用は許可された。また、臨床試験中に併発事象の処置のため4週間以内の抗凝固薬を使用する場合は、lecanemabの投与を一時的に中断した。・抗血栓薬を使用した被験者はほとんどがアスピリンであり、他の抗血小板薬や抗凝固薬の使用経験は限られており、これらの薬剤の併用時におけるARIAや脳内出血のリスクに関しては結論づけられていない。lecanemab投与中に直径1cmを超える脳内出血が観察された症例が報告されており、lecanemab投与中の抗血栓薬または血栓溶解薬(組織プラスミノーゲンアクチベーターなど)の投与には注意が必要である。・さらに、脳内出血の危険因子として、201試験においては以下の基準により被験者登録を除外している。直径1cmを超える脳出血の既往、4個を超える微小出血、脳表ヘモジデリン沈着症、血管性浮腫、脳挫傷、動脈瘤、血管奇形、感染病変、多発性ラクナ梗塞または大血管支配領域の脳卒中、重度の小血管疾患または白質疾患。これらの危険因子を持つ患者へのlecanemabの使用を検討する際には注意が必要である。infusion reaction・lecanemabのinfusion reactionは、lecanemab群で20%(32/161例)、プラセボ群で3%(8/245例)に認められ、lecanemab群の多く(88%、28/32例)は最初の投与で発生した。重症度は軽度(56%)または中等度(44%)だった。lecanemab投与患者の2%(4/161例)において、infusion reactionにより投与が中止された。infusion reactionの症状には、発熱、インフルエンザ様症状(悪寒、全身の痛み、ふるえ、関節痛)、吐き気、嘔吐、低血圧、高血圧、酸素欠乏症がある。・初回投与後、一過性のリンパ球数の減少(0.9×109/L未満)がプラセボ群の2%に対して、lecanemab群の38%に認められ、一過性の好中球数の増加(7.9×109/Lを超える)はプラセボ群の1%に対して、lecanemab群の22%で認められた。・infusion reactionが発現した場合には、注入速度を下げ、あるいは注入を中止し、適切な処置を開始する。また次回以降の投与前に、抗ヒスタミン薬、アセトアミノフェン、非ステロイド性抗炎症薬、副腎皮質ステロイドによる予防的投与が検討される場合がある。

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米国ではエピペンによる治療の活用が不十分

 EpiPen(エピペン)などのアドレナリン自己注射薬は、食物アレルギーなどでアナフィラキシー反応が生じてから医師の診察を受けるまでの間に、一時的に症状を緩和するために使われる。しかし、深刻なアレルギー症状を起こした人にとっては命綱となるこの重要な治療法が、米国では十分に活用されていないことが新たな調査から明らかになった。米AllergyStrongでエグセクティブディレクターを務めるErin Malawer氏らが実施したこの調査の結果は、米国アレルギー・喘息・免疫学会年次学術集会(ACAAI 2022、11月10~14日、米ルイビル)で発表されるとともに、「Annals of Allergy, Asthma & Immunology」に11月号(増刊号)に掲載された。 アドレナリン(エピネフリン)を含むアドレナリン自己注射薬は、重度のアレルギー反応から発生する可能性のある、命を脅かすアナフィラキシーの症状を食い止めることができる唯一の薬である。今回の研究では、食物アレルギーを持つ患者1,006人のオンラインでの調査結果の分析が行われた。 アドレナリン自己注射薬を所有していない人が、所有していない理由として挙げたさまざまな理由の一つに、保険の問題があった。Malawer氏によると、健康保険の適応がなければ、アドレナリン自己注射薬は標準的なプロトコルである2本セットに数百ドルの費用がかかる。healthshare101.comによると、Mylan Pharmaceuticals社が販売するエピペン(商品名EpiPens)は約700ドル(1ドル140円換算で約9万8,000円)、ジェネリックバージョンのエピペンで約350ドル(同4万9,000円)であるという。その他の理由としては、医師や薬局へのアクセスの欠如、薬局での在庫切れ、針への恐怖などが理由として挙げられた。 Malawer氏は、「最大の驚きは、調査参加者の25.6%もが、アドレナリン自己注射薬を所有していない理由として、『医師が、自分にアドレナリン自己注射薬が必要だと言わなかったため』と答えたことだ」とし、「この状況を変える必要がある」と述べている。 調査回答者のうち、「アドレナリン自己注射薬を処方されたことがある」と回答したのはわずか52%であり、36%はアドレナリン自己注射薬が命に関わる有害反応を引き起こし得ると信じていた。研究論文の筆頭著者で米Food Allergy Research & EducationのJennaveve Yost氏は、「なぜこのような誤った考えを持つようになったのかは探究しなかった」と話す。ただし、その原因として同氏は2つの可能性を示唆する。一つ目は、反ワクチン派の人々の活動である。もう一つは、アレルギー反応に対する適切な第一選択薬は、第一世代の抗ヒスタミン薬ベナドリルであるという誤信である。そうした考えを持つ人にとっては、価格が手頃な上に、何十年も前から薬局などに常置されているベナドリルに比べると、アドレナリン自己注射薬は治療法としては極端に思われるのだろうと同氏は推測する。 Yost氏は、「アドレナリン自己注射薬の価格の高さと常に提携しなければならないという不便さを考えると、多くの人々がアドレナリン自己注射薬の必要性を疑問視しても仕方ないように思われる」と話す。 一方、Malawer氏は、「アドレナリン自己注射薬はもっと手頃な価格にするべきだ」と主張する。また、「アドレナリン自己注射薬をいつどのように使用するかを検討し、患者ごとのライフスタイルに最適な種類と商品ブランドについて話し合うための時間を作ることは、医師と看護師の義務だ」と主張している。 なお、学会発表された研究結果は、査読を経て医学誌に掲載されるまでは一般に予備的なものとみなされる。

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ガイドライン改訂ーアナフィラキシーによる悲劇をなくそう

 アナフィラキシーガイドラインが8年ぶりに改訂され、主に「1.定義と診断基準」が変更になった。そこで、この改訂における背景やアナフィラキシー対応における院内での注意点についてAnaphylaxis対策委員会の委員長である海老澤 元宏氏(国立病院機構相模原病院 臨床研究センター長)に話を聞いた。アナフィラキシーガイドライン2022で診断基準が改訂 改訂となったアナフィラキシーガイドライン2022の診断基準では、世界アレルギー機構(WAO)が提唱する項目として3つから2つへ集約された。アナフィラキシーの定義は『重篤な全身性の過敏反応であり、通常は急速に発現し、死に至ることもある。重症のアナフィラキシーは、致死的になり得る気道・呼吸・循環器症状により特徴づけられるが、典型的な皮膚症状や循環性ショックを伴わない場合もある』としている。海老澤氏は「基準はまず皮膚症状の有無で区分されており皮膚症状がなくても、アナフィラキシーを疑う場面では血圧低下または気管支攣縮または喉頭症状のいずれかを発症していれば診断可能」と説明した。◆診断基準[アナフィラキシーガイドライン2022 p.2]※詳細はガイドライン参照 以下の2つの基準のいずれかを満たす場合、アナフィラキシーである可能性が非常に高い。1.皮膚、粘膜、またはその両方の症状(全身性の蕁麻疹、掻痒または紅潮、口唇・下・口蓋垂の腫脹など)が急速に(数分~数時間で)発症した場合。さらに、A~Cのうち少なくとも1つを伴う。  A. 気道/呼吸:呼吸不全(呼吸困難、呼気性喘鳴・気管支攣縮、吸気性喘鳴、PEF低下、低酸素血症など)  B. 循環器:血圧低下または臓器不全に伴う症状(筋緊張低下[虚脱]、失神、失禁など)  C. その他:重度の消化器症状(重度の痙攣性腹痛、反復性嘔吐など[特に食物以外のアレルゲンへの曝露後])2.典型的な皮膚症状を伴わなくても、当該患者にとって既知のアレルゲンまたはアレルゲンの可能性がきわめて高いものに曝露された後、血圧低下または気管支攣縮または喉頭症状が急速に(数分~数時間で)発症した場合。 また、アナフィラキシーガイドライン2022はさまざまな国内の研究結果やWAOアナフィラキシーガイダンス2020に基づいて作成されているが、これについて「国内でもアナフィラキシーに関する疫学的な調査が進み、ようやくアナフィラキシーガイドライン2022に反映させることができた」と、前回よりも国内でのアナフィラキシーの誘因に関する調査や症例解析が進んだことを強調した。アナフィラキシーガイドライン2022に盛り込まれた変更点 今回の取材にて、同氏は「アナフィラキシーに対し、アドレナリン筋注を第一選択にする」ことを強く訴えた。その理由の一つとして、「2015年10月1日~2017年9月30日の2年間に医療事故調査・支援センターに報告された院内調査結果報告書476件のうち、アナフィラキシーが死因となる事例が12件もあった。これらの誘因はすべて注射剤で、造影剤、抗生物質、筋弛緩剤などだった。アドレナリン筋注による治療を迅速に行っていれば死亡を防げた可能性が高いにもかかわらず、このような事例が未だに存在する」と、アドレナリン筋注が必要な事例へ適切に行われていないことに警鐘を鳴らした。 ではなぜ、アナフィラキシーに対しアドレナリン筋注が適切に行われないのか? これについて「アドレナリンと聞くと心肺蘇生に用いるイメージが固定化されている医師が一定数いる。また、アドレナリン筋注を経験したことがない医師の場合は最初に抗ヒスタミン薬やステロイドを用いて経過を見ようとする」と述べ、「アドレナリン筋注をプレホスピタルケアとして患者本人や学校の教員ですら投与していることを考えれば、診断が明確でさえあれば躊躇する必要はない」と話した。 アナフィラキシーを生じやすい造影剤や静脈注射、輸血の場合、症状出現までの時間はおよそ5~10分で時間的猶予はない。上記に述べたような症状が出現した場合には、原因を速やかに排除(投与の中止)しアドレナリン筋注を行った上で集中治療の専門家に委ねる必要がある。 また、アドレナリン筋注と並行して行う処置として併せて読んでおきたいのが“補液”の項目(p.24)である。「これまでは初期対応に力を入れて作成していたが、今回はアナフィラキシーの治療に関しても委員より盛り込むことの提案があった」と話した。 以下にはWAOガイダンスでも述べられ、アナフィラキシーガイドライン2022に盛り込まれた点を抜粋する。◆治療 2.薬物治療:第一選択薬(アドレナリン)[アナフィラキシーガイドライン2022 p.21]・心疾患、コントロール不良の高血圧、大動脈瘤などの既往を有する患者、合併症の多い高齢患者では、アドレナリン投与によるベネフィットと潜在的有害事象のリスクのバランスをとる必要があるものの、アナフィラキシー治療におけるアドレナリン使用の絶対禁忌疾患は存在しない1)・アドレナリンを使用しない場合でもアナフィラキシーの症状として急性冠症候群(狭心症、心筋梗塞、不整脈)をきたすことがある、アドレナリンの使用は、既知または疑いのある心血管疾患患者のアナフィラキシー治療においてもその使用は禁忌とされない1)・経静脈投与は心停止もしくは心停止に近い状態では必要であるが、それ以外では不整脈、高血圧などの有害作用を起こす可能性があるので、推奨されない2)◆治療 2.薬物治療:第二選択薬(アドレナリン以外)[アナフィラキシーガイドライン2022 p.23]・H1およびH2抗ヒスタミン薬は皮膚症状を緩和するが、その他の症状への効果は確認されていない3) このほか、同氏は「食物アレルギーの集積調査が進み、国内でも落花生やクルミなどのナッツ類や果物がソバや甲殻類よりも誘因として高い割合を示すことが明らかになった」と話した。さらに「病歴の聞き取りが不十分なことで起こるNSAIDs不耐症への鎮痛薬処方なども問題になっている」と指摘した。 なお、アナフィラキシーガイドライン2022は小児から成人までのアナフィラキシー患者に対する診断・治療・管理のレベル向上と、患者の生活の質の改善を目的にすべての医師向けに作成されている。日本アレルギー学会のWebからPDFが無料でダウンロードできるのでさまざまな場面でのアナフィラキシー対策に役立てて欲しい。

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痒みを速やかに改善するアトピー性皮膚炎抗体薬「ミチーガ皮下注用60mgシリンジ」【下平博士のDIノート】第109回

痒みを速やかに改善するアトピー性皮膚炎抗体薬「ミチーガ皮下注用60mgシリンジ」今回は、ヒト化抗ヒトIL-31受容体Aモノクローナル抗体「ネモリズマブ(遺伝子組換え)注射剤(商品名:ミチーガ皮下注用60mgシリンジ、製造販売元:マルホ)」を紹介します。本剤は、アトピー性皮膚炎に伴うそう痒を標的とした抗体医薬品であり、掻破行動による皮膚症状の悪化やそう痒の増強を防ぐことで、患者QOLの向上が期待されています。<効能・効果>アトピー性皮膚炎に伴うそう痒(既存治療で効果不十分な場合に限る)の適応で、2022年3月28日に承認され、8月8日より販売されています。本剤は、ステロイド外用薬やタクロリムス外用薬などの抗炎症外用薬および抗ヒスタミン薬などの抗アレルギー薬による適切な治療を一定期間施行しても、そう痒を十分にコントロールできない患者に投与します。<用法・用量>通常、成人および13歳以上の小児にはネモリズマブ(遺伝子組換え)として1回60mgを4週間の間隔で皮下投与します。本剤はそう痒を治療する薬剤であり、そう痒が改善した場合であっても本剤投与中はアトピー性皮膚炎の必要な治療を継続します。<安全性>国内第III相試験において、本剤投与群210例中122例(58.1%)に副作用が認められました。主な副作用は、アトピー性皮膚炎34例(16.2%)、サイトカイン異常11例(5.2%)、好酸球数増加および上咽頭炎各8例(3.8%)、蜂巣炎および蕁麻疹各7例(3.3%)でした。重大な副作用として、ウイルス、細菌、真菌などによる重篤な感染症(3.4%)、アナフィラキシー(血圧低下、呼吸困難、蕁麻疹)などの重篤な過敏症(0.3%)が報告されています。<患者さんへの指導例>1.本剤は、体内のリンパ球が産生するIL-31の働きを抑えることで、アトピー性皮膚炎のそう痒を改善します。2.血圧低下、息苦しさ、意識の低下、ふらつき、めまい、吐き気、嘔吐、発熱、咳、のどの痛みなどの症状が現れた場合はご連絡ください。3.そう痒が治まっていても、普段と異なる新たな皮疹が生じたり、悪化したりした場合は受診してください。4.刺激の強い食べ物やアルコール、タバコは控え、身体を清潔にして規則正しい生活を心がけましょう。睡眠中に皮膚をかかないように工夫して、皮膚刺激の少ない衣類を選択し、アレルゲン対策などにも留意しましょう。<Shimo's eyes>本剤は、アトピー性皮膚炎の「痒み」を誘発するサイトカインであるIL-31をターゲットとした世界初のヒト化抗ヒトIL-31受容体Aモノクローナル抗体製剤です。そう痒に伴う掻破行動は、皮膚症状を悪化させ、さらに痒みが増強するという悪循環(Itch-scratch cycle)を繰り返すとともに、皮膚感染症や眼症状などの合併症を誘引する恐れがあります。また、そう痒はアトピー性皮膚炎患者において、寝られない、仕事や勉強に集中できない、など大きな悩みであり、そう痒が解消されることでQOLの改善が期待できます。アトピー性皮膚炎のそう痒に対する治療法としては、ステロイド外用薬やタクロリムス外用薬の併用のもとで、抗ヒスタミン薬の内服が推奨されています。シクロスポリン内服液も痒みを軽快させることが知られていますが、安全性の観点から対象患者や投与期間が限定されています。抗体医薬品としては、デュピルマブ皮下注(商品名:デュピクセント)が承認されていますが、皮疹の炎症が強い場合はデュピルマブ、そう痒を主訴とする場合はネモリズマブが選択されるなど、投与対象患者は異なると考えられます。本剤はアトピー性皮膚炎に伴うそう痒を治療する薬剤であり、本剤投与中はそう痒が改善した場合であっても、ステロイド外用薬、タクロリムス外用薬、デルゴシチニブ外用薬、保湿外用薬など、アトピー性皮膚炎の他の症状に対する治療は中止せずに継続します。経口ステロイド薬の急な中断にも注意が必要です。既存治療を実施したにも関わらず中等度以上のそう痒を有するアトピー性皮膚炎患者を対象とした国内第III相試験において、本剤投与開始16週後のそう痒変化率は、プラセボ群に比べて有意に改善しました。臨床試験において、投与翌日よりプラセボに対して有意な改善が認められ、多くの患者は治療開始から16週頃までには効果が発現しています。なお、2023年6月1日より、本剤は在宅自己注射指導管理料の対象薬剤となり、在宅自己注射が保険適用となりました。

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世界初・日本発、アトピー性皮膚炎の「かゆみ」治療薬で患者QOLの早期改善に期待/マルホ

 2022年9月15日、マルホ主催によるプレスセミナーが開催され、同年8月に発売されたアトピー性皮膚炎(AD)のかゆみの治療薬、抗IL-31受容体A抗体ネモリズマブ(商品名:ミチーガ)について、京都大学医学研究科の椛島 健治氏が講演を行った。かゆみは、AD患者の生活の質(Quality of Life:QOL)を著しく低下させる。椛島氏は、「これまでADのかゆみを有効に抑えることが困難だった。かゆみを改善し、ADを早期に良くしていくことが本剤の狙いであり、画期的ではないか」と述べた。 ADは、増悪・寛解を繰り返す、かゆみのある湿疹を特徴とする慢性の皮膚疾患である。その病態は、皮膚バリア機能異常、アレルギー炎症、かゆみの3要素が互いに連動し、形成される(三位一体病態論)。国内には推計約600万人のAD患者がおり、年々増加傾向にある。このように身近な疾患であるADは、治療法も確立されているかのように見える。しかし、AD患者の悩みは深刻だ。かゆみで「眠れない」「集中できない」悩めるAD患者 AD患者は、蕁麻疹、乾癬、ざ瘡や脱毛症患者の中でQOLが最も障害されている。その要因の1つに、かゆみ症状が挙げられる。かゆみに伴う掻破行動は、皮膚症状の悪化を招くだけでなく、さらにかゆみを増強させる悪循環(イッチ・スクラッチサイクル)を引き起こす。ADのかゆみは強く、かゆみ閾値の低下、抗ヒスタミン薬が効きにくい、嗜癖的掻破行動、夜間の強いかゆみ、増悪因子が多数あるなどの特徴があり、治療に難渋する医師も多いという。実際、医師のアンケート調査において、13歳以上のAD患者の約30%はかゆみコントロールが不十分であるとされている。 AD患者にとって、治療目標の最たるものは「かゆみをなくしたい」である。AD患者は、とくに夜~就寝後の時間帯でかゆみを強く感じる。約半数がかゆみによって寝付けず、途中で目覚めるともいわれ、睡眠が大きく障害されていることがわかる。さらに、仕事への影響も深刻であり、約30%が「仕事ができない」という。それにもかかわらず、AD患者に薬物治療で不満な点を尋ねると、「かゆみが十分に改善されない」が最も多く、「皮膚症状が十分に改善されない」よりも多かった。かゆみの対策は、長く臨床上のアンメットニーズとなっていた。アトピー性皮膚炎のかゆみメディエーター IL-31の登場 IL-31は、かゆみを誘発するサイトカインであり、ADに伴うかゆみの発生に深く関与している。ADの病態において、活性化Th2細胞から産生されたIL-31は、神経細胞などに発現するIL-31受容体Aに結合し、神経伝達を介して脳にかゆみを伝える。同氏らは、十数年前よりIL-31に着目し、抗IL-31受容体A抗体ミチーガの創製元である中外製薬および、製造販売元であるマルホと共に開発を行ってきた。ミチーガは早期からかゆみを改善 ミチーガは、IL-31受容体Aを競合的に阻害することでかゆみの抑制作用を示す、世界初の抗体医薬品である。全国69施設が参加した国内第III相臨床試験において、既存治療を実施したにもかかわらず中等度以上のそう痒を有するAD患者を対象に、有効性と安全性が検討された。 主要評価項目である投与開始16週後のそう痒VAS※変化率は、プラセボ群(72例)で-21.39%、ミチーガ群(143例)で-42.84%であり、ミチーガ群で有意にかゆみが改善した。かゆみの改善は初回投与の1日後から観察され、「かゆみを抑える効果が非常に早い」(同氏)。そのほか、睡眠やQOLも有意に改善したことが示された。一方、主な副作用は、皮膚感染症(18.8%)、AD(18.5%)であった。同氏は、本剤使用時の留意点として「かゆみが治まってもしっかり塗り薬は続けてほしい」ことを患者に伝えるべき、とした。 従来の治療法は炎症抑制作用を主なターゲットとする一方、本剤は、患者の主訴であるかゆみに着目した薬剤である。かゆみに対する新たな治療選択肢が広がることにより、AD患者の早期のかゆみ改善およびQOL改善に寄与することを期待したい。 なお、本剤は最適使用推進ガイドライン対象品目となっている。※そう痒VAS(Visual Analogue Scale):0をかゆみなし、100を想像されうる最悪のかゆみとして患者が評価

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医師の性別や人種に関する先入観が治療効果に影響する可能性

 医師の性別や人種に関する患者側の先入観が、治療中の身体の反応に影響をもたらすのではないかとする研究結果が報告された。白人患者では、本人が女性医師や非白人医師の能力を高く評価しているにもかかわらず、それらの医師に治療された場合、治療効果が減弱する可能性があるという。チューリッヒ大学(スイス)経営学部のLauren Howe氏らの研究によるもので、詳細は「Proceedings of the National Academy of Sciences(PNAS)」に6月27日掲載された。 Howe氏らの研究は、「健康行動に関する研究への参加の適格性を判断するスクリーニング」という趣旨での被験者募集に参加した、187人の白人(平均年齢35.06±18.82歳、女性64.2%)を対象に行われた。この被験者に対して、性別や人種の異なる13人の「医師」(白人男性、同女性、黒人男性、同女性、アジア人女性が各2人とアジア人男性が3人で、平均年齢27.22±2.19歳)から無作為に選ばれた1人が対応。まず、被験者の皮膚にヒスタミンを滴下してアレルギー反応を起こした後、「かゆみを軽減する薬を用いる」と伝えた上で、「抗ヒスタミン薬」を塗布した。ただし、「医師」は本当の医師ではなく、研究目的を知らされていない医学生か看護学生であり、被験者はそのことを知らされていなかった。さらに、塗布したのは「抗ヒスタミン薬」ではなく、アレルギーに対する効果のないハンドクリームだった。 ヒスタミン滴下から15分間(ハンドクリーム塗布から9分間)にわたり、膨疹の大きさを計5回測定した。その測定は、被験者がどの医師(実際は学生。以下同様)の治療を受けたかを知らされていない研究助手が担当した。 その結果、女性医師の治療を受けた患者は男性医師に治療された患者より、膨疹のサイズが有意に大きく変化していた。同様に、黒人医師の治療を受けた患者は白人医師に治療された患者より、膨疹のサイズが有意に大きく変化していた。アジア人医師と白人医師では、被験者の膨疹サイズの推移に有意差がなかった。まとめると、米国における医師像のステレオタイプである白人男性の治療を受けた時に、最も良好な反応が認められた。 被験者の持つそのようなステレオタイプが結果に影響を及ぼした可能性を検討するため、Howe氏らは被験者に対して、自分の治療に当たった医師の印象を評価してもらうという調査を行った。その結果、被験者は男性医師より女性医師を、また、白人の医師より非白人の医師を好意的に受け入れ、かつ高く評価していたことが分かった。つまり、被験者が「女性医師や非白人医師の能力は高くない」と考えているとは言えないと判断された。これらの結果を基にHowe氏は、より根の深い問題が存在する可能性を指摘している。 なお、Howe氏は、「かつては確かに米国の医師の大半が白人男性であったが、状況は大きく変化している」と述べている。具体的には、医学部への志願者は現在、女性と男性が拮抗しており、年によっては女性の方が多く、白人と非白人の割合も同レベルに近づいている。現役の医師で見ても、性別では女性が36%、人種別ではアジア人が12%、黒人が4%を占めている。 一方、本研究には関与していない、米ハーバード大学T.H.チャン公衆衛生大学院のAndrea Roberts氏は、「医療における性別と人種の先入観の影響に関しては、これまで多くの研究が行われてきた」としている。その上でHowe氏らの報告については、「白人患者の持つ先入観と患者の予後との関連というテーマでの研究において、決定的なデータとはなり得ない」と話している。Roberts氏らの研究グループが行った同様の研究では、女性や黒人の医療従事者の治療を受けた患者でネガティブな影響は認められなかったとのことだ。そして、「今回の研究報告は、研究者の推測の占める割合が大きい」と評している。

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硬化性萎縮性苔癬〔LSA:lichen sclerosus et atrophicus〕

1 疾患概要■ 概念・定義外陰部に好発する難治性炎症性疾患である。男性の陰茎部に生じるbalanitis xerotica obliterans、女性の外陰部にみられるkraurosis vulvaeやhypoplastic dystrophyと呼ばれる疾患も本症と同義である。■ 疫学性差は男女比が1:9と、圧倒的に女性の罹患者が多い。初経前と閉経後の2つの年齢層に発症のピークがある。男性例は30~50歳の壮年層に発症頻度が高い。■ 病因不明であるが、Borrelia burgdorferi感染の関与が示唆されたことはあるが、菌体が同定された報告は無く、現在では否定的と考えられている。■ 症状女性外陰部の病変は、象牙色調の浸潤を触れる硬化性または萎縮性の紅色局面が主体で、びらん、水疱、紫斑、出血を伴うことがある(図1)。図1 女性外陰部の硬化性苔癬大陰唇から膣口にびらん、苔癬化、脱色素斑が混在する。劇痒と形容される強い瘙痒感や、灼熱感を訴えることが多い。約3割で肛門周囲にも病変がみられ、外陰部から肛門周囲にかけて「8の字型」と称される連続病変を呈することがある(図2)。図2 外陰部から肛囲までの8の字病変肛門部では萎縮した白色調の病変が広がり、さまざまな程度で色素脱失や色素沈着が混在することが多い。同部の皮膚粘膜境界部に生じた場合には、尿道口や腟口部の狭窄を来たしうる。経過中に瘢痕を生じやすく、進展すると癒着による小陰唇の消失や陰核包皮の癒着・閉鎖、陰核の埋没などを来す。通常は腟や子宮頸部などの粘膜部位は侵さないが、辺縁の皮膚病変からびらん、亀裂、腟口部の狭窄が進展した場合には、自発痛や排尿痛、性交痛を生じることがある。その一方、高齢者では無症状の場合もあり、健診で初めて指摘されることもある。男性例は、成人では包皮、冠状溝、亀頭部、小児では通常包皮に生じる。女性例に比べて瘙痒が主症状になることは少なく、陰茎や肛囲の病変はまれである。高度の包茎や癒着による尿道口の狭小化のため、排尿異常を生じることがある。■ 分類性差を問わず、ほとんどが外陰部のみに限局する。外陰部以外の病変が併存することや、外陰部外のみの症例もあるが、諸外国と比べてわが国では極めてまれである。■ 予後長期の罹患に伴って上皮系悪性腫瘍(ほとんどが有棘細胞がん)が本症の5~11%で出現し、最も予後に影響する。また、溶血性貧血、白斑、自己免疫性水疱症のような自己免疫疾患や臓器特異的な自己抗体が検出される症例が、おのおの全体の2割と4割に合併することが知られており、予後に関わるものもある。中でも甲状腺疾患が12%、次いで白斑が6%と多い。2 診断 (検査・鑑別診断も含む)■ 諸検査1)皮膚生検と病理組織学的所見病理組織学的に不全角化を伴う過角化、毛孔性角栓を伴う様々な厚さの表皮肥厚や液状変性を認め、完成期には萎縮して表皮突起が平坦化する。直下の真皮浅層では、毛細血管拡張やリンパ球を主体とする炎症細胞浸潤に加え、膠原線維が均一化した無構造物「硝子様均質化(ヒアリン化, hyalinization)」が特徴的である(図3)。生検組織の蛍光抗体直接法では、免疫グロブリンや補体の沈着は通常認めない。図3 外陰部硬化性苔癬の病理組織像過角化、表皮突起の不規則化と消失、真皮上層の毛細血管拡張とヒアリン化、リンパ球浸潤を特徴とする。2)血液学的所見一般血液・生化学検査は正常であることが多く、本疾患の診断や病勢把握に有益な保険適応内のバイオマーカーは存在しない。上述のように、10~30%に自己免疫異常(抗甲状腺抗体、抗BP180抗体など)を認めることがある。■ 鑑別疾患外陰部カンジダ症を含む股部白癬、扁平苔癬、乳房外パジェット病、粘膜類天疱瘡、限局性強皮症(モルフェア)、白斑、円板状ループスエリテマトーデスなどを鑑別する必要がある。■ 合併症進行すると尿道狭窄や性交障害など、排尿や外陰部の機能障害を来すことがある。女性外陰部の硬化性苔癬では7~11%、また表皮が肥厚した病変では約30%に有棘細胞がんが出現するとの報告がある(図4)。図4 有棘細胞がんを合併した女性外陰部の硬化性苔癬右大陰唇から小陰唇の病変部内に隆起性の腫瘤を認める。3 治療 (治験中・研究中のものも含む)■ 治療目標ほとんどの症例が難治であり、各種治療に難渋することが多い。長期にわたって症状のコントロールが不良な症例では局所発癌の頻度が高まるため、通常の治療に抵抗する場合は、まず症状の緩和とその維持を目指す。■ 治療内容1)初期治療局所へのステロイド外用剤が第1選択である。外陰部は他の部位と比べて薬の吸収率が良いものの(42倍 vs. 0.14~13倍:前腕内側の吸収率を1とした場合)、治療効果を優先して、欧米やわが国のガイドラインでは強めのステロイド外用剤の使用が推奨されている。掻爬行為によって症状が悪化するため、抗ヒスタミン薬などを併用して瘙痒のコントロールを行うこともある。2)治療後期症状が軽快したのちも無治療ではなく、保湿剤による外陰部の保護を継続することで、再燃やそのピークが抑えられる場合が多い。3)治療抵抗例保険適応外ではあるが、ステロイド外用に加えてタクロリムス含有軟膏の併用や、局所への光線療法が奏効する場合もある。男性の場合、既存の包茎が症状の遷延化を招くことが多いため、症状に応じて専門科への紹介を考慮する。4)合併症への治療硬化性苔癬における外科的治療は、悪性腫瘍合併例の病変部切除や尿道口狭窄例の尿道拡張術や尿道再建手術などに限って行う。4 今後の展望■ 治療外用療法が基本となるため、ステロイド以外の抗炎症作用ならびに免疫抑制効果をもつ外用剤が期待されている。上述したタクロリムス外用や活性型ビタミンD3外用剤、局所紫外線療法の奏効例が報告されている(本邦保険適用外)。全身療法ではシクロスポリンやバリシチニブ(JAK阻害薬)の内服が奏効した報告がある。■ 診断本症の確定診断には皮膚生検による病理組織所見の確認が必須であるが、女性の罹患者が多く、病変部がプライベートパーツであることから、生検が困難な症例も少なくない。患者血清中の細胞外基質extracellular matrix protein 1(ECM1)に対するIgG抗体を用いた血清診断が、非侵襲的かつ経過中の病勢の把握に有用バイオマーカーになる可能性が指摘されている。いまだ本抗体の病的意義は不明であり、今後の検討が待たれる。5 主たる診療科皮膚科※ 医療機関によって診療科目の区分は異なることがあります。6 参考になるサイト(公的助成情報、患者会情報など)診療、研究に関する情報日本皮膚科学会 硬化性萎縮性苔癬 診断基準・重症度分類・診療ガイドライン(医療従事者向けのまとまった情報)1)長谷川 稔ほか. 日皮会誌. 2016;126:2251-2257.2)強皮症・皮膚線維化疾患の診断基準・重症度分類・診療ガイドライン作成委員会.全身性強皮症・限局性強皮症・好酸球性筋膜炎・硬化性萎縮性苔癬の診断基準・重症度分類・診療ガイドライン 2017. 金原出版;2017.3)Lewis FM, et al. Br J Dermatol. 2018;178:839-853.4)Kirtschig G, et al. J Eur Acad Dermatol Venereol. 2017;31:e81-e83.5)Oyama N, et al. Lancet. 2003;362:118-123.公開履歴初回2022年3月2日

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ステロイド配合錠の減薬提案時にヒヤッとした事例【うまくいく!処方提案プラクティス】第45回

 今回は、ステロイド・抗ヒスタミン配合錠を中止する際に注意すべきポイントを紹介します。ステロイドを長期投与中に急激に減量・中止した場合、コルチゾールの需要増大により急性副腎不全に似た離脱症状(withdrawal症候群)が出現する恐れがあります。ステロイド配合錠でも同様に考える必要がありますが、減薬提案時にそれを見落としており、ヒヤッとした事例でした。患者情報69歳、男性(介護施設入居)基礎疾患アルツハイマー型認知症、うっ滞性皮膚炎服薬管理施設職員処方内容1.クエチアピン錠25mg 1錠 分1 就寝前2.チアプリド錠25mg 6錠 分3 毎食後3.クエチアピン錠12.5mg 3錠 分3 毎食後4.ルパタジン錠10mg 1錠 分1 就寝前5.ベタメタゾン・d-クロルフェニラミンマレイン酸塩配合錠 4錠 分2 朝夕食後本症例のポイントこの患者さんの2回目の訪問診療時の血液検査結果はHbA1c:7.5%で、初回介入時よりも上昇していました。医師は糖尿病の基礎疾患こそないものの、長期的なステロイド使用により血糖異常に至っていると判断しました。うっ滞性皮膚炎の掻痒感も安定していたことから、医師と相談し、ベタメタゾン・d-クロルフェニラミンマレイン酸塩配合錠を中止し、炎症や掻痒感の強い部分に関しては外用ステロイド薬の塗布で対応することになりました。薬局に戻り、同行時の記録を見直していたところ、以前書籍1)で読んだベタメタゾン・d-クロルフェニラミンマレイン酸塩配合錠(ベタメタゾン0.25mg/錠)の中止により離脱症状を来した事例を思い出し、今回の急激な中止は問題ではないかと気付きました。ベタメタゾン1mg(4錠分)=プレドニゾロン換算約6mgに相当し、数年間服用していたことから、この患者さんは副腎が萎縮(副腎機能低下)している可能性があります。もしこのまま急に中止した場合、全身倦怠感、脱力感、食思不振、悪心、嘔吐、不穏、頭痛、筋痛、関節痛などのステロイド離脱症候群が生じ、患者さんの負担になる恐れがあると考えました。漸減するにしても、副腎の回復を念頭に置いて時間をかけて慎重に行う必要があるため、トレーシングレポートとしてまとめることとしました。処方提案と経過下記のトレーシングレポート内容を医師に提出し、医師が話せる時間帯に電話で指示を確認することにしました。対象薬剤ベタメタゾン・d-クロルフェニラミンマレイン酸塩配合錠報告内容本剤の急激な中断で副腎不全による離脱症候群が出現し、全身倦怠感、脱力感、食思不振、悪心、嘔吐、不穏、頭痛、筋痛、関節痛などの症状が生じる懸念があります。過去に別の事例で、長期的に服用していたプレドニゾロン換算5mgの中止に伴う下痢と食思不振が副腎不全の影響であったことを思い出しました。本件の現行量がプレドニゾロン換算約6mgに相当しますので、長期投与していることから副腎萎縮の可能性があります。訪問診療時にお伝えできず申し訳ございません。提案内容副腎不全の懸念から、下記(1)→(3)の段階的な減量はいかがでしょうか。(1)ベタメタゾン・d-クロルフェニラミンマレイン酸塩配合錠 2錠 朝食後に減量。2週間様子見。(2)ベタメタゾン・d-クロルフェニラミンマレイン酸塩配合錠 1錠 朝食後に減量。2週間様子見。(3)ベタメタゾン・d-クロルフェニラミンマレイン酸塩配合錠 中止。その後、トレーシングレポートを確認した医師より電話があり、提案の内容で指示変更の承認を得ることができました。その後の患者さんの様子ですが、リバウンドで皮膚炎の症状が悪化することはなく、また離脱症状の出現もなく無事にベタメタゾン・d-クロルフェニラミンマレイン酸塩配合錠を中止することができました。1)矢吹拓. 薬の上手な出し方&やめ方. 医学書院;2020.2)PfizerPRO「ステロイド・プラクティス」

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高齢者の睡眠薬使用に対する薬剤師支援の必要性

 多くの高齢者では、睡眠障害の治療のため、ベンゾジアゼピンや睡眠薬が使用されている。フランス・リール大学のMorgane Masse氏らは、睡眠薬の中止を検討するため、高齢者の就寝時の習慣や睡眠パターンを調査し、使用している睡眠薬の特定を試みた。Healthcare(Basel)誌2022年1月13日号の報告。 患者の就寝時の習慣、睡眠パターン、睡眠薬の使用を評価するため、専門家グループによる構造化面接ガイドを作成した。睡眠障害の訴えがあり、ベンゾジアゼピン、ベンゾジアゼピン誘導体(Z薬)、抗ヒスタミン薬、メラトニンのいずれかまたは複数を使用している65歳以上の高齢者を対象に、地域薬局でインターンシップ中の6年生薬学生103人により、それぞれ10回のインタビューを実施した。2016年1月4日~6月30日の期間にプロスペクティブ観察研究を実施した。 主な結果は以下のとおり。・インタビューの回数は960回(男性:330回、女性:630回、平均±標準偏差:75.1±8.8)であった。・最も使用されていた薬剤は、Z薬のゾルピデム(465例、48%)とゾピクロン(259例、27%)であった。・睡眠薬の使用経験があった患者は、768例(80%)と多数であった。・使用期間の中央値(四分位範囲)は120(48~180)ヵ月であった。・睡眠習慣が不良な患者は約75%(696例)、複数の睡眠習慣不良が確認された患者は41%以上(374例)であった。・患者の77%(742例)は、夜中に起きたと報告していて、その内64%(481例)は、夜間頻尿によるものであった。・患者の35%(330例)は、睡眠薬中止に前向きであり、その内29%(96例)は、薬剤師からかかりつけ医に連絡し中止についての相談を望んでいた。 著者らは「フランスにおいては、薬学生や監督する地域薬剤師から患者の睡眠パターンに関する簡単なアンケートを行うことで、睡眠障害に関連する問題を抽出することが可能であった。かかりつけ医とともに、地域の薬剤師は、患者と睡眠薬の使用について話し合うことが推奨される」としている。

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咳嗽も侮れない!主訴の傾聴だけでは救命に至らない一例【Dr.山中の攻める!問診3step】第10回

第10回 咳嗽も侮れない!主訴の傾聴だけでは救命に至らない一例―Key Point―咳は重大な疾患の一つの症状であることがある詳細な問診、咳の持続時間、胸部レントゲン所見から原因疾患を絞り込むことができる慢性咳に対するアプローチを習得しておくと、患者満足度があがる症例:45歳 男性主訴)発熱、咳、発疹現病歴)3週間前、タイのバンコクに出張した。2週間前から発熱あり。10日前に帰国した。1週間前から姿勢を変えると咳がでる。38℃以上の発熱が続くため紹介受診となった。既往歴)とくになし薬剤歴)なし身体所見)体温:38.9℃ 血圧:132/75mmHg 脈拍:88回/分 呼吸回数:18回/分 SpO2:94%(室内気)上背部/上胸部/顔面/頭部/手に皮疹あり(Gottron徴候、機械工の手、ショールサインあり)検査所見)CK:924 IU/L(基準値62~287)経過)胸部CT検査で両側の間質性肺炎ありCK上昇、筋電図所見、皮膚生検、Gottron徴候、機械工の手、ショールサインから皮膚筋炎1)と診断された筋力低下がほとんど見られなかったので、amyopathic dermatomyositis(筋無症候性皮膚筋炎)と考えられるこのタイプには、急性発症し間質性肺炎が急速に進行し予後が悪いことがある2)本症例ではステロイドと免疫抑制剤による治療を行ったが、呼吸症状が急速に悪化し救命することができなかった◆今回おさえておくべき臨床背景はコチラ!急性の咳(<3週間)では致死的疾患を除外することが重要である亜急性期(3~8週間)の咳は気道感染後の気道過敏または後鼻漏が原因であることが多い慢性咳(>8週間)で最も頻度が高い原因は咳喘息である【STEP1】患者の症状に関する理解不足を解消させよう【STEP2】緊急性のある疾患かどうか考えよう咳を伴う緊急性のある疾患心筋梗塞、肺塞栓、肺炎後の心不全悪化重症感染症(重症肺炎、敗血症)気管支喘息の重積肺塞栓症COPD (慢性閉塞性肺疾患)の増悪間質性肺炎咳が急性発症ならば、心血管系のイベントが起こったかをまず考える心筋梗塞や肺塞栓症、肺炎は心不全を悪化させる心筋梗塞や狭心症の既往、糖尿病、高血圧、喫煙、脂質異常症、男性、年齢が虚血性心疾患のリスクとなる3つのグループ(高齢、糖尿病、女性)に属する患者の心筋梗塞は非典型的な症状(息切れ、倦怠感、食欲低下、嘔気/嘔吐、不眠、顎痛)で来院する肺塞栓症のリスクは整形外科や外科手術後、ピル内服、長時間の座位である呼吸器疾患(気管支喘息、COPD、間質性肺炎、結核)の既往に注意するACE阻害薬は20%の患者で内服1~2週間後に咳を起こす【STEP3-1】鑑別診断:胸部レントゲン所見と咳の期間で行う胸部レントゲン写真で肺がん、結核、間質性肺炎を確認する亜急性咳嗽(3~8週間)の原因の多くはウイルスやマイコプラズマによる気道感染である細菌性副鼻腔炎では良くなった症状が再び悪化する(二峰性の経過)。顔面痛、後鼻漏、前かがみでの頭痛増悪を確認する百日咳:咳により誘発される嘔吐とスタッカートレプリーゼが特徴的である2)【STEP3-2】鑑別診断3):慢性咳か否か8週間以上続く慢性咳の原因は咳喘息、上気道咳症候群(後鼻漏症候群)、逆流性食道炎、ACE阻害薬、喫煙が多い上記のいくつかの疾患が合併していることもある咳喘息が慢性咳の原因として最も多い。冷気の吸入、運動、長時間の会話で咳が誘発される。ほかのアレルギー疾患、今までも風邪をひくと咳が長引くことがなかったかどうかを確認する非喘息性好酸球性気管支炎(NAEB:non-asthmatic eosinophilic bronchitis)が慢性咳の原因として注目されている3)上気道咳症候群では鼻汁が刺激になって咳が起こる。鼻咽頭粘膜の敷石状所見や後鼻漏に注意する夜間に増悪する咳なら、上気道咳症候群、逆流性食道炎、心不全を考える【治療】咳に有効な薬は少ないハチミツが有効とのエビデンスがある4)咳喘息:吸入ステロイド+気管支拡張薬上気道咳症候群:アレルギー性鼻炎が原因なら点鼻ステロイド、アレルギー以外の原因なら第一世代抗ヒスタミン薬3)逆流性食道炎:プロトンポンプ阻害薬<参考文献・資料>1)Mukae H, et al. Chest. 2009;136:1341-1347.2)Rutledge RK, et al. N Engl J Med. 2012;366:e39.3)ACP. MKSAP19. General Internal Medicine. 2021. p19-21.4)Abuelgasim H, et al. BMJ Evid Based Med. 2021;26:57-64.

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国内2剤目の軽症~中等症COVID-19治療薬「ゼビュディ点滴静注液500mg」【下平博士のDIノート】第84回

国内2剤目の軽症~中等症COVID-19治療薬「ゼビュディ点滴静注液500mg」出典:グラクソ・スミスクライン ホームページ今回は、抗SARS-CoV-2モノクローナル抗体「ソトロビマブ(遺伝子組換え)(商品名:ゼビュディ点滴静注液500mg、製造販売元:グラクソ・スミスクライン)」を紹介します。本剤は、重症化リスクを有する軽症~中等症の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)患者の重症化を防ぐことが期待されています。<効能・効果>本剤は、SARS-CoV-2による感染症の適応で、2021年9月27日に承認され、9月29日に発売されました。本剤は、臨床試験における主な投与経験を踏まえ、COVID-19の重症化リスク因子を有し、酸素投与を要しない患者を対象に投与を行います。なお、本剤の中和活性が低いSARS-CoV-2変異株に対しては有効性が期待できない可能性があります。<用法・用量>通常、成人および12歳以上かつ体重40kg以上の小児には、ソトロビマブ(遺伝子組換え)として500mgを単回点滴静注します。COVID-19の症状が発現してから1週間程度までを目安に速やかに投与します。なお、アナフィラキシーを含む重篤な過敏症が現れることがあるため、本剤投与中はアナフィラキシーショック、アナフィラキシーに対する適切な薬物治療(アドレナリン、副腎皮質ステロイド薬、抗ヒスタミン薬など)や緊急処置を直ちに実施できる環境を整え、投与終了後は症状がないことを確認します。<安全性>海外第II/III相試験(COMET-ICE試験)において、本剤投与群523例中、副作用発現数は8例(2%)でした。報告された副作用は、臨床検査値異常2件、発疹、皮膚反応、悪心、注入部位疼痛、疼痛、味覚不全、頭痛、不眠症がそれぞれ1件でした。なお、重大な副作用として、アナフィラキシーを含む重篤な過敏症、infusion reactionが現れることがあります。<患者さんへの指導例>1.本剤は、新型コロナウイルスに結合してヒト細胞へのウイルスの侵入を防ぐことで、重症化を防ぐ薬です。2.過去に薬剤などで重篤なアレルギー症状を起こしたことのある方は、必ず事前に申し出てください。3.投与中または投与後に、発熱、悪寒、吐き気、不整脈、胸痛、脱力感、頭痛のほか、過敏症やアレルギーのような症状が現れた場合は、すぐに近くの医療者または医療機関に連絡してください。<Shimo's eyes>本剤は、軽症を含むCOVID-19患者を対象としたモノクローナル抗体製剤です。本剤の作用機序は、すでに承認されているカシリビマブ/イムデビマブ(商品名:ロナプリーブ)と基本的には同じですが、標的となるスパイクタンパクの受容体結合ドメインが異なるので、変異株に対する感受性も異なると考えられます。投与対象者は「重症化リスク因子を有し、酸素投与を要しない患者(軽症~中等症I)」で、選択基準として酸素飽和度が94%以上(室内気)とされており、重症患者は対象ではありません。重症化リスクの高い軽症~中等症患者を対象としたCOMET-ICE試験において、本剤投与群の入院または死亡の割合は、プラセボ群と比較して79%低減しました。投与のタイミングは、COVID-19の症状が発現してから速やかに投与することが望ましく、症状発現から1週間程度までが目安となります。現時点では入院患者を対象に、点滴による静脈内投与を30分かけて1回行います。投与中および投与後は、ほかの抗体製剤と同様にアナフィラキシーを含む重篤な過敏症およびinfusion reactionに注意が必要です。なお、本剤は特例承認された薬剤であり、承認時におけるCOVID-19への治療効果や副作用について得られている情報が限られているため、あらかじめ患者または家族などにその旨を説明し、文書による同意を得てから本剤を使用する必要があります。現状では安定的な供給が難しいことから、当面の間は重症化リスクがあり入院治療を要する患者を投与対象者として国より配分されます。参考1)PMDA 添付文書 ゼビュディ点滴静注液500mg2)厚労省 新型コロナウイルス感染症における中和抗体薬の医療機関への配分について(中和抗体薬の種類及び疑義応答集の追加・修正)

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特発性後天性全身性無汗症〔AIGA:acquired idiopathic generalized anhidrosis〕

1 疾患概要■ 定義発汗を促す環境(高温、多湿)においても発汗がみられないものを無汗症とよぶ。そして、「後天的に明確な原因なく発汗量が低下し、発汗異常以外の自律神経および神経学的異常を伴わない疾患」を特発性後天性全身性無汗症(acquired idiopathic generalized anhidrosis:AIGA)と定義する1)。■ 疫学2011年に国内の大学病院神経内科、皮膚科94施設を対象に行った調査では過去5年間のAIGA患者数は145例であった1)。男性が126例を占め、発症年齢は1~69歳まで幅広いものの、10~40歳代にかけて多くみられた。その後に報告された単施設で結果でもおおむね同様の傾向にある2-4)。また、症例報告のほとんどは本邦からの報告となっている。まれな疾患ではあるが、患者の生活環境によっては無汗に気付かれないこと、後述するようにコリン性蕁麻疹として治療されている例もあり、実際にはより多くの患者がいる可能性がある。しかし、最近ではAIGAの存在が徐々に認知されるようになってきたためか、受診・紹介患者は増えてきている印象もある。■ 病因全身無汗になる病態として次の3つがありうる。(1)交感神経の中の発汗神経の障害(Sudomotor neuropathy)(2)特発性純粋発汗不全(Idiopathic pure sudomotor failure:IPSF)(3)特発性汗腺不全(Sweat gland failure)しかし、臨床経験上(1)(3)はまれであり、またその証明も難しいことから、AIGAの多くが(2)に相当する。(2)の具体的機序としては汗腺分泌部とその周囲のマスト細胞上のアセチルコリン受容体の発現低下が推定されている5)。本病型(IPSF)には減汗性/無汗性コリン性蕁麻疹として主に皮膚科領域から報告されてきたものも含まれる。■ 症状激しい運動や暑熱環境にさらされると無汗による体温上昇のためにほてり感、顔面紅潮、めまい、悪心、動悸などの症状がみられ、容易に熱中症に陥る。手掌や足底、腋窩は障害されにくく、また、前額も発汗が保たれやすい傾向がある。四肢は無汗でも体幹は低汗にとどまっている例もみかける。患者の6~8割程度に発汗誘発時のコリン性蕁麻疹を伴う(IPSF)。明瞭な膨疹が出現せずピリピリとした痛痒さを訴えるだけのこともある。体幹・四肢の無汗のために代償性に生じた顔面の多汗が主訴となることがあり、問診に際して注意が必要となる。■ 予後長期予後に関する大規模な調査はないが生命予後は良い。2 診断 (検査・鑑別診断も含む)■ 鑑別のステップと検査無汗症の分類を図1に示す6)。先天性・遺伝性には無汗性/低汗性外胚葉形成不全症、先天性無痛無汗症、ファブリー病などがある。一方、後天性には種々の神経疾患、内分泌・代謝異常症、シェーグレン症候群、薬剤性などの要因による続発性のものがある。これらを除いた特発性とせざるをえない無汗症のうち、無汗部位が髄節性(分節性)でなくほぼ全身に及ぶものがAIGAとなる。診断基準を表6)に示す。図1 無汗症の分類画像を拡大する表 特発性後天性全身性無汗症(AIGA)の診断基準A明らかな原因なく後天性に非髄節性の広範な無汗/減汗(発汗低下)を呈するが、発汗以外の自律神経症候および神経学的症候を認めない。Bヨードデンプン反応を用いたミノール法などによる温熱発汗試験で黒色に変色しない領域もしくはサーモグラフィーによる高体温領域が全身の25%以上の範囲に無汗/減汗(発汗低下)がみられる。● 参考項目1.発汗誘発時に皮膚のピリピリする痛み・発疹(コリン性蕁麻疹)がしばしばみられる。2.発汗低下に左右差なく、腋窩の発汗ならびに手掌・足底の精神性発汗は保たれていることが多い。3.アトピー性皮膚炎はAIGA に合併することがあるので除外項目には含めない。4.病理組織学的所見:汗腺周囲のリンパ球浸潤、汗腺の委縮、汗孔に角栓なども認めることもある。5.アセチルコリン皮内テストもしくはQSARTで反応低下を認める。6.抗SS-A抗体陰性、抗SS-B抗体陰性、外分泌腺機能異常がないなどシェーグレン症候群は否定する。A+BをもってAIGA と診断する。(中里良彦ほか. 特発性後天性全身性無汗症診療ガイドライン改訂版. 自律神経.2015;52:352-359.より引用)■ 検査1)温熱発汗試験簡易サウナ、電気毛布などを用いて加温により患者の体温を上昇させて発汗を促し、ミノール法などで発汗の有無を評価する(図2)。正常人では15 分程度の加温により全身に発汗点を認める。サーモグラフィーでは、発汗のない領域に一致して体温の上昇が認められる。無汗部の面積の評価に有用。図2  AIGA患者でのミノール法所見画像を拡大する発汗反応(黒点部分)が低下している2)薬物性発汗試験(1)局所投与5%塩化アセチルコリン(オビソート:0.05~0.1mL)を皮内注射する。正常人では数秒後より立毛と発汗がみられ、5~15 分後までに注射部位を中心に発汗を認める。汗腺自体の発汗機能を評価できる。(2)定量的軸索反射性発汗試験(QSART:quantitative sudomotor axon reflex tests)アセチルコリンをイオントフォレーシスにより皮膚に導入し、軸索反射による発汗を定量する試験。AIGAでは、発汗が誘発されない。(3)皮膚生検AIGAのうち、特発性純粋発汗不全(IPSF)では光顕上、汗腺に顕著な形態異常を認めないが、汗腺周囲にリンパ球浸潤を認めるときがある。(4)血清総IgE値測定IPSF では血清総IgE値が高値の場合がある。(5)血清CEA値測定高値の症例でその値が発汗状態と相関することから、個々の症例における治療効果の指標になりうる。3 治療 (治験中・研究中のものも含む)1)ステロイド全身投与現存する治療法のうち最も効果が期待できる方法である。点滴パルス療法(メチルプレドニゾロン500~1000 mg/日、3日間連続投与)が用いられることが多い。後療法として30mg/日程度の経口投与を行う場合もある。また、経口内服療法(30~60mg/日)のみで開始して漸減する方法などもとられる。パルス療法の回数や後療法の適否・容量については一定の見解がない。反応がみられる例では、パルス療法直後から2週間程度までに効果が表れ、また、コリン性蕁麻疹や疼痛発作もみられなくなる。ステロイド治療によって寛解する例がある一方、部分寛解にとどまる例、症状が再燃する例、そして、ステロイドにまったく反応しない例がある。パルス療法はおおむね3回程度行われていることが多いが、まったく反応がえられない例では漫然と繰り返すよりも、他の治療法への切り替えまたは積極的に発汗トレーニングによる理学療法を取り入れる。2)抗ヒスタミン薬内服ヒスタミンがアセチルコリンによる発汗を抑制することから試みられる7)。ただし抗コリン作用のない好ヒスタミン薬を選択すること。効果が明瞭でない場合には通常量より増量してみることも必要。3)免疫抑制剤内服シクロスポリンの内服(2~5mg/kg/日)が効果を示すことが知られるが、報告症例数は少ない。4)その他の内服療法漢方薬である紫苓湯、葛根湯、または塩酸ピロカルピン(や塩酸セビメリン)などの投与も試みる価値がある。5)理学療法薬物療法に頼りがちであるが、発汗を刺激するための発汗トレーニングは補助療法として、また、再発予防として重要である。熱中症に陥らない範囲、また、コリン性蕁麻疹によるピリピリ感が苦痛にならない程度に、半身浴や徐々に運動負荷をかけるなど工夫する。5 主たる診療科皮膚科および神経内科。ただし、発汗異常を取り扱っている医療機関であることが必要。※ 医療機関によって診療科目の区分は異なることがあります。6 参考になるサイト(公的助成情報、患者会情報など)診療、研究に関する情報難病情報センター 特発性後天性全身性無汗症(一般利用者向けと医療従事者向けのまとまった情報)1)中里良彦ほか. 特発性後天性全身性無汗症診療ガイドライン. 2013;50:67-74.2)柳下武士. 日本皮膚科学会雑誌. 2021;131:35-41.3)小野慧美ほか. 発汗学. 2016;23:23-25.4)中里良彦. 自律神経. 2018;55:86-90.5)Sawada Y, et al. J Invest Dermatol. 2010;130:2683-2686.6)中里良彦ほか. 特発性後天性全身性無汗症診療ガイドライン改訂版. 自律神経. 2015;52:352-359.7)Suma A, et al. Acta Derm Venereol. 2014;94:723-724.公開履歴初回2021年9月22日

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便秘からがんを疑うアラームサインを読み取る【Dr.山中の攻める!問診3step】第6回

第6回 便秘からがんを疑うアラームサインを読み取る―Key Point―大腸がんを疑うアラームサインに注意しよう薬剤が便秘の原因となっていることは多い下剤を処方する際、「酸化マグネシウム」は腎機能低下時に高マグネシウム血症を起こすので要注意!症例:76歳男性主訴)排便困難現病歴)12日前から便が突然出なくなった。4日前に近医で浣腸をしてもらったが排便なし。酸化マグネシウムと大腸刺激性下剤の処方を受けたが、やはり排便がないため当院を受診した。嘔吐はあるが腹痛はない。既往歴)老人性難聴薬剤歴)定期内服薬なし生活歴)たばこ:10本/日 x 55年間、酒:1合/日身体所見)意識清明、体温36.7℃、血圧120/50mmHg、心拍数92/分、SpO2:95%[室内気]直腸診を施行したところ、肛門から8cm、12時方向にカリフラワー様の約4×4cmの腫瘤を触知し易出血性であった。結局、直腸癌と診断され人工肛門増設のため緊急手術となった。大腸イレウスは珍しいが、穿孔すれば腹膜炎となるので緊急処置が必要となることも念頭に入れておくべき。◆今回おさえておくべき臨床背景はコチラ!大腸がんを疑うアラームサイン1) ―大腸がんの可能性はないのか鉄欠乏性貧血体重減少便潜血陽性血便便の狭小化高齢者の急性便秘大腸がんの家族歴50歳以上で大腸内視鏡検査を受けたことがない【STEP1】患者の症状に関する理解不足を解消させよう【STEP2】二次性の便秘を考える薬剤は二次性便秘の最大の原因である。薬剤歴の正確な聴取が大切である便秘を起こす薬剤2)3)はこちら降圧薬(カルシウム拮抗薬、利尿薬)、麻薬抗コリン薬(ブチルスコポラミン、抗うつ薬、抗精神病薬、抗パーキンソン病薬)抗ヒスタミン薬、NSAIDs、鉄剤高齢者の鉄欠乏性貧血は消化管の悪性腫瘍をまず考える便の狭小化+腹痛+液状便はS状結腸から直腸にかけての高度狭窄が示唆される症状である。大腸内視鏡の前処置で腸閉塞や腸管穿孔をきたす可能性があるため、腹部レントゲン検査と腹部CT検査を検査前にオーダーする甲状腺機能低下症、自律神経障害を起こす糖尿病やパーキンソン症候群、低カリウム血症、高カルシウム血症、うつ病、妊娠は便秘の原因となる【STEP3】治療1)を検討しよう毎日排便がないのは異常であるというイメージが TVコマーシャルなどによって作られているが、週に3回または1日3回の排便は正常である週3回以上排便があれば、病的ではないことを伝える。水分と食物繊維を十分にとる。朝食後15分間はトイレに座り、力まずに排便するよう指導する。改善がなければ、ポリエチレングリコール(商品名:モビコール)または酸化マグネシウムを処方する。酸化マグネシウムは腎機能低下時に高マグネシウム血症(嘔気・嘔吐、血圧低下、徐脈、筋力低下、意識障害)を起こす。効果が不十分ならルビプロストン(商品名:アミティーザ)を少量から検討する。大腸刺激性薬剤(センノシド、ピコスルファート)は習慣性や依存性が強いので頓用で用いる<参考文献・資料>1)山中 克郎企画. 総合診療 ヤブ化を防ぐ!総合診療基本のき. 医学書院.2019. p.1089-1091.(中野弘康 便秘)2)John P, et al. MKSAP18 Gastroenterology and Hepatology. 2018 .p.35-38.3)日本消化器病学会関連研究会 慢性便秘の診断・治療研究会編. 慢性便秘症診療ガイドライン. 2017.

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新治療が心臓にやさしいとは限らない~Onco-Cardiologyの一路平安~【見落とさない!がんの心毒性】第6回

新しい抗がん剤が続々と臨床に登場しています。厚生労働大臣によって承認された新医薬品のうち、抗悪性腫瘍用薬の数はこの3年で36もありました1)。効能追加は85もあり、新しい治療薬が増え、それらの適応も拡大しています。しかし、そのほとんどの薬剤は循環器疾患に注意して使う必要があり、そのうえで拠り所になるのが添付文書です。医薬品医療機器総合機構(PMDA)のホームページの医療用医薬品情報検索画面2)から誰でもダウンロードできます。警告、禁忌、使用上の注意…と読み進めます。さらに、作用機序や警告、禁忌の理由を詳しく知りたいときは、インタビューフォーム(IF)を開きます。循環器医ががん診療に参加する際には、患者背景や治療薬のことをサッと頭に入れる必要がありますが、そんな時に便利です。前置きが長くなりましたが、今回は時間のない皆さまのために、添付文書の『警告』『禁忌』『重要な基本的注意』に循環器疾患を含んでいる抗がん剤をピックアップしてみました。『警告』に書かれていること(表1)の薬剤では重篤例や死亡例が報告されていることから、投与前に既往や危険因子の有無を確認のうえ、投与の可否を慎重に判断することを警告しています。infusion reaction、静脈血栓症、心不全、心筋梗塞や脳梗塞などの動脈血栓症、QT延長、高血圧性クリーゼなどが記載されています。副作用に備え観察し、副作用が起きたら適切な処置をし、重篤な場合は投与を中止するように警告しています。(表1)画像を拡大するこうした副作用でがん治療が中止になれば予後に影響するので、予防に努めます。『警告』で最も多かったのはinfusion reactionですが、主にモノクローナル抗体薬の投与中や投与後24時間以内に発症します。時に心筋梗塞様の心電図や血行動態を呈することもあり、循環器医へ鑑別診断を求めることもあります。これらの中には用法上、予防策が講じられているものもあり、推奨投与速度を遵守し、抗ヒスタミン薬やアセトアミノフェン、副腎皮質ステロイドをあらかじめ投与して予防します。過敏症とは似て非なる病態であり、発症しても『禁忌』にはならず、適切な処置により症状が治まったら、点滴速度を遅くするなどして再開します。学会によってはガイドラインで副作用の予防を推奨してるところもあります。日本血液学会の場合、サリドマイド、ポマリドミド、レナリドミドを含む免疫調節薬(iMiDs:immunomodulatory drugs)による治療では、深部静脈血栓症の予防のために低用量アスピリンの内服を推奨しています3)。欧州臨床腫瘍学会(ESMO)では、アントラサイクリンやトラスツズマブを含む治療では、心不全の進行予防に心保護薬(ACE阻害薬、ARB、および/またはβ遮断薬)を推奨しています。スニチニブ、ベバシズマブ、ラムシルマブなどの抗VEGF薬を含む治療では、血圧の管理を推奨しています4)。『禁忌』に書かれていること『禁忌』には、「本剤の成分に対し過敏症の既往歴のある患者」が必ず記されています。禁忌に「心機能異常又はその既往歴のある患者」が記されているのは、アントラサイクリン系の抗がん剤です。QT延長や、血栓症が禁忌になるものもあります。(表2)画像を拡大するここで少し注意したいのは、それぞれの副作用の定義です。たとえば「心機能異常」とは何か?ということです。しばしば、がん医療の現場では、左室駆出率(LVEF)や脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP)値だけが、一人歩きをはじめ、患者の実態とかけ離れた判断が行われることがあります。循環器医ががん患者の心機能を検討する場合、LVEFやBNPだけではなく、症状や心電図・心エコー所見や運動耐容能などを多角的に捉えています5)。心機能は単独で評価できる指標はないので、LVEFやBNP値だけで判断せず、心機能を厳密かつ多面的に測定して総合的に評価することをお勧めします。添付文書によく記載されている「心機能異常」。漠然としていますが、これの意味するところを「心不全入院や死亡のリスクが高い状態」と、私は理解しています。そこで、「心機能異常」診断の乱発を減らし、患者ががん治療から不必要に疎外されないよう努めます。その一方で、心保護薬でがん治療による心不全のリスクを最小限に抑えるチャンスを逃さないようにもします。上述の定義のことは「血栓症」にも当てはまります。血栓症では下腿静脈の小血栓と肺動脈本管の血栓を一様には扱いません。また、下肢エコーで見つかる米粒ほどの小血栓をもって血栓症とは診断しません。そこそこの大きさの血栓がDOACなどで制御されていれば、血栓症と言えるのかもしれませんが、それでも抗がん剤を継続することもあります。QT延長は次項で触れます。『重要な基本的注意』に書かれていることー意外に多いQT延長『重要な基本的注意』で多かったのは、心機能低下・心不全でした。アントラサイクリン系薬剤、チロシンキナーゼ阻害薬、抗HER2薬など25の抗がん剤で記載がありました。これらの対応策については既に本連載企画の第1~4回で取り上げられていますので割愛します。(表3)その1画像を拡大する(表3)その2画像を拡大する意外に多かったのは、QT延長です。21種類もありました。QT間隔(QTc)は男性で450ms、女性で460ms以上をQT延長と診断します。添付文書では「投与開始前及び投与中は定期的に心電図検査及び電解質検査 (カリウム、マグネシウム、カルシウム等)を行い、 患者の状態を十分に観察する」などと明記され、血清の電解質の補正が求められます。とくに分子標的薬で治療中の患者の心電図でたびたび遭遇します。それでも重度の延長(QTc>500ms)は稀ですし、torsade de pointes(TdP)や心臓突然死はもっと稀です。高頻度にQT延長が認められる薬剤でも、新薬を待ち望むがん患者は多いため、臨床試験で有効性が確認されれば、QT延長による心臓突然死の回避策が講じられた上で承認されています。測定法はQTcF(Fridericia法)だったりQTcB(Bazett法)だったり、薬剤によって異なりますが、FMS様チロシンキナーゼ3-遺伝子内縦列重複(FLT3-ITD)変異陽性の急性骨髄性白血病治療薬のキザルチニブのように、QTcFで480msを超えると減量、500msを超えると中止、450ms以下に正常化すると再開など、QT時間次第で用量・用法が変わる薬剤があるので、測定する側の責任も重大です。詳細は添付文書で確認してみてください。抗がん剤による心臓突然死のリスクを予測するスコアは残念ながら存在しません。添付文書に指示は無くても、循環器医はQTが延長した心電図ではT波の面構えも見ます。QT dispersion(12誘導心電図での最大QT間隔と最小QT間隔の差)は心室筋の再分極時間の不均一性を、T peak-end時間(T波頂点から終末点までの時間)は、その誘導が反映する心室筋の貫壁性(心内膜から心外膜)の再分極時間のバラツキ(TDR:transmural dispersion of repolarization)を反映しています。電気的不均一性がTdP/心室細動の発生源になるので注意しています。詳細については、本編の参考文献6)~8)をぜひ読んでみてください。3つ目に多かったのはinfusion reactionで、該当する抗がん剤は17もありました。抗体薬の中には用法及び用量の項でinfusion reaction対策を明記しているものの、『重要な基本注的意』に記載がないものがあるので、実際にはもっと多くの抗がん剤でinfusion reactionに注意喚起がなされているのではないでしょうか。血圧上昇/高血圧もかなりありますが、適正使用ガイドの中に対処法が示されているので、各薬剤のものを参考にしてみてください。そのほかの心臓病についても同様です。なお、適正使用ガイドとは、医薬品リスク管理計画(RPM:Risk Management Plan)に基づいて専門医の監修のもとに製薬会社が作成している資料のことです。抗がん剤だけではない、注目の新薬にもある循環器疾患についての『禁忌』今年1月、経口グレリン様作用薬アナモレリン(商品名:エドルミズ)が初の「がん悪液質」治療薬としてわが国で承認されました。がん悪液質は「通常の栄養サポートでは完全に回復することができず、進行性の機能障害に至る、骨格筋量の持続的な減少(脂肪量減少の有無を問わない)を特徴とする多因子性の症候群」と定義されています。その本質はタンパク質の異常な異化亢進であり、“病的なるい痩”が、がん患者のQOLやがん薬物療法への忍容性を低下させ、予後を悪化させます。アナモレリンは内服によりグレリン様作用を発揮し、がん悪液質患者の食欲を亢進させ、消耗に対抗します。切除不能な進行・再発の非小細胞肺がん、胃がん、膵がん、大腸がんのがん悪液質患者のうち、いくつかの基準をクリアすると使用できるので、対象となる患者が多いのが特徴です。一方、添付文書やインタビューフォームを見ると、『禁忌』には以下のように心不全・虚血・不整脈に関する注意事項が明記されています。「アナモレリンはナトリウムチャネル阻害作用を有しており、うっ血性心不全、心筋梗塞、狭心症又は高度の刺激伝導系障害(完全房室ブロック等)のある患者では、重篤な副作用を起こすおそれがあることから、これらの患者を禁忌に設定した」9)。また、『重要な基本的注意』には、「心電図異常(顕著なPR間隔又はQRS幅の延長、QT間隔の延長等)があらわれることがあるので注意すること」とあります。ピルシカイニド投与時のように心電図に注意が必要です。実際、当院では「アナモレリン投与中」と書かれた心電図の依頼が最近増えています。薬だけではない!?注目の新治療にもある循環器疾患につながる『警告』免疫の知識が今日ほど国民に浸透した時代はありません。私たちの体は、病原体やがん細胞など、本来、体の中にあるべきでないものを見つけると、攻撃して排除する免疫によって守られていることを日常から学んでいます。昨今のパンデミックにおいては、遺伝子工学の技術を用いてワクチンを作り、免疫力で災禍に対抗しています。がん医療でも遺伝子工学の技術を用いて創薬された抗体薬を使って、目覚ましい効果を挙げる一方で、アナフィラキシーやinfusion reaction、サイトカイン放出症候群(CRS:cytokine release syndrome)などの副作用への対応に迫られています。免疫チェックポイント阻害薬の適応拡大に伴い、自己免疫性心筋炎など重篤な副作用も報告されており、循環器医も対応に駆り出されることが増えてきました(第5回参照)。チサゲンレクルユーセル(商品名:キムリア)は、採取した患者さんのT細胞を遺伝子操作によって、がん細胞を攻撃する腫瘍特異的T細胞(CAR-T細胞)に改変して再投与する「ヒト体細胞加工製品」です。PMDAホームページからの検索では、医療用「医薬品」とは別に設けてある再生医療等「製品」のバナーから入ると見つかります。「再発又は難治性のCD19陽性のB細胞性急性リンパ芽球性白血病」と「再発又は難治性のびまん性大細胞型B細胞リンパ腫」の一部に効果があります。ノバルティスファーマ株式会社のホームページで分かりやすく説明されています10)。この添付文書で警告しているのはCRSです。高頻度に現れ、頻脈、心房細動、心不全が発症することがあります。緊急時に備えて管理アルゴリズムがあらかじめ決められており、トシリズマブ(ヒト化抗ヒトIL-6レセプターモノクローナル抗体、商品名:アクテムラ)を用意しておきます。AlviらはCAR-T細胞治療を受けた137例において、81名(59%)にCRSを認め、そのうち54例(39%)がグレード2以上で、56例(41%)にトシリズマブが投与されたと報告しています11)(図)。(図)画像を拡大するトロポニンの上昇は、測定患者53例中29例(54%)で発生し、LVEFの低下は29例中8例(28%)で発生しました。いずれもグレード2以上の患者でのみ発生しました。17例(12%)に心血管イベントが発生し、すべてがグレード2以上の患者で発生しました。その内訳は、心血管死が6例、非代償性心不全が6例、および不整脈が5例でした。CRSの発症から、トシリズマブ投与までの時間が短いほど、心血管イベントの発生率が低く抑えられました。これらの結果は、炎症が心血管イベントのトリガーになることを改めて世に知らしめました。おわりに本来であれば添付文書の『重大な副作用』なども参考にする必要がありますが、紙面の都合で割愛しました。腫瘍循環器診療ハンドブックにコンパクトにまとめてありますので、そちらをご覧ください12)13)。さまざまな新薬が登場しているがん医療の現場ですが、心電図は最も手軽に行える検査であるため、腫瘍科と循環器科の出会いの場になっています。QT延長等の心電図異常に遭遇した時、循環器医はさまざまな医療情報から適切な判断を試みます。しかし、新薬の使用経験は浅く、根拠となるのは臨床試験の数百人のデータだけです。そこへ来て私は自分の薄っぺらな知識と経験で患者さんを守れるのか不安になります。患者さんの一路平安を祈る時、腫瘍科医と循環器医の思いは一つになります。1)独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)新医薬品の承認品目一覧2)PMDA医療用医薬品 添付文書等情報検索3)日本血液学会編.造血器腫瘍診療ガイドライン2018年版. 金原出版.2018.p.366.4)Curigliano G, et al. Ann Oncol. 2020;31:171-190. 5)日本循環器学会編. 急性・慢性心不全診療ガイドライン2017年改訂版(班長:筒井裕之).6)Porta-Sanchez A, et al. J Am Heart Assoc. 2017;6:e007724.7)日本循環器学会編. 遺伝性不整脈の診療に関するガイドライン2017 年改訂版(班長:青沼和隆)8)呼吸と循環. 医学書院. 2016;64.(庄司 正昭. がん診療における不整脈-心房細動、QT時間延長を中心に)9)医薬品インタビューフォーム:エドルミズ®錠50mg(2021年4月 第2版)10)ノバルティスファーマ:CAR-T細胞療法11)Alvi RM, et al. J Am Coll Cardiol. 2019;74:3099-3108. 12)腫瘍循環器診療ハンドブック. メジカルビュー社. 2020.p.207-210.(森本 竜太. がん治療薬による心血管合併症一覧)13)腫瘍循環器診療ハンドブック.メジカルビュー社. 2020.p.18-20.(岩佐 健史. 心機能障害/心不全 その他[アルキル化薬、微小管阻害薬、代謝拮抗薬など])講師紹介

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コロナワクチン、1回目でアレルギー出現も2回目接種できる?

 海外では新型コロナウイルス感染症のmRNAワクチン接種後のアレルギー反応は2%も報告され、アナフィラキシーは1万人あたり最大2.5人に発生している。国内に目を向けると、厚生労働省の最新情報1)によれば、アナフィラキシー報告はファイザー製で289件(100万回接種あたり7件)、モデルナ製で1件(100万回接種あたり1.0件)と非常に稀ではあるが、初回投与後に反応があった場合に2回目の接種をどうするかは、まだまだ議論の余地がある。 今回、米国・ヴァンダービルト大学医療センターのMatthew S Krantz氏らは、ファイザー製またモデルナ製ワクチンの初回接種時にアナフィラキシーまたは遅発性のアレルギー反応を経験した被接種者において、2回目接種の安全性を検証するため投与耐性について調査を行った。その結果、2回目の接種を受けた患者の20%で軽度の症状が報告されたが、2回目接種を受けたすべての患者が安全に一連のワクチン接種を完了したことを明らかにした。また、必要に応じて将来も新型コロナのmRNAワクチンを使用できることも示唆した。JAMA Network Open誌2021年7月26日号のリサーチレターでの報告。 本研究は、2021年1月1日~3月31日に米・マサチューセッツ総合病院、ブリガム・アンド・ウイメンズ病院、ヴァンダービルト大学医療センター、イェール大学、テキサス大学サウスウェスタン・メディカル・センターが合同で後ろ向き研究を実施。ファイザー製またはモデルナ製ワクチンに対してアナフィラキシー反応を示し、(1)初回投与4時間以内に発症 (2)少なくとも1つ以上のアレルギー症状を有した(3)アレルギー/免疫専門医へ紹介された人が患者として定義づけられた。アナフィラキシーはブライトン分類およびNIAID/FAAN(米国・国立アレルギー感染症研究所/ Food Allergy and Anaphylaxis Network criteria)の基準のうち、1つ以上を満たすものとした。 主要評価項目は2回目接種の耐性で、(1)2回目の投与後アナフィラキシー症状がない(2)症状が軽度、自然治癒したおよび/または抗ヒスタミン薬のみで解消した症状、のいずれかと定義した。 主な結果は以下のとおり。・参加者は189例(平均年齢±SD:43±14歳、女性:163例[86%])だった。・評価されたmRNAワクチンの初回投与反応のうち、モデルナ製を投与したのは130例(69%)、ファイザー製は59例(31%)だった。・最も頻繁に報告された初回投与反応は、紅潮または紅斑で53例(28%)、めまい・立ちくらみは49例(26%)、接種部位のうずき・ヒリヒリ感は46例(24%)、喉の圧迫感は41例(22%)、じんましんは39例(21%)、喘鳴または息切れは39例(21%)だった。・32例(17%)はアナフィラキシーの基準を満たしていた。・参加者のうち159例(84%)が2回目の接種を受け、前投薬として抗ヒスタミン薬(30%)を投与したのは47例(30%)だった。・初回投与後にアナフィラキシーと診断された19例を含む159例が2回目の投与に耐えられた。・32例(20%)は2回目の接種によるアナフィラキシーや遅発性のアレルギーを報告したが、自然治癒・症状軽度および/または抗ヒスタミン薬のみで解決した。 研究者らは、「今回の報告は初回投与後にアナフィラキシーや遅発性のアレルギー反応を報告する患者に対し、ファイザー製またはモデルナ製ワクチンの2回目の投与の安全性を支持する。初回投与後に反応を示した多くの被接種者がすべて真のアレルギー反応ではないか、または非IgE依存性アレルギー反応だったため、症状が前投薬で軽減できた」と主張した。

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初の軽症~中等症COVID-19の抗体カクテル療法「ロナプリーブ点滴静注セット300/1332」【下平博士のDIノート】第79回

初の軽症~中等症COVID-19の抗体カクテル療法「ロナプリーブ注射液セット300/1332」今回は、抗SARS-CoV-2モノクローナル抗体「カシリビマブ(遺伝子組み換え)/イムデビマブ(遺伝子組み換え)(商品名:ロナプリーブ注射液セット300/1332、製造販売元:中外製薬)」を紹介します。本剤は、2種類の中和抗体を組み合わせて投与する抗体カクテル療法であり、SARS-CoV-2の宿主細胞への侵入を阻害し、ウイルスの増殖を抑制すると考えられています。※本剤の販売名は、販売当初は「ロナプリーブ点滴静注セット300/1332」でしたが、2021年11月添付文書改訂による用法の変更に伴い、「ロナプリーブ注射液セット300/1332」と変更されました。<効能・効果>本剤は、SARS-CoV-2による感染症の適応で、2021年7月19日に特例承認され、7月22日に発売されました。また、SARS-CoV-2による感染症の発症抑制の適応が2021年11月5日に追加されました。なお、本剤の適用は、臨床試験における経験を踏まえ、SARS-CoV-2による感染症の重症化リスク因子を有し、酸素投与を要しない患者が対象となります。<用法・用量>通常、成人および12歳以上かつ体重40kg以上の小児には、カシリビマブ(遺伝子組み換え)およびイムデビマブ(遺伝子組み換え)としてそれぞれ600mgを併用により単回点滴静注します。また、2021年11月の適応追加と同時に、単回皮下注射の用法が追加されました。臨床試験において、症状発現から8日目以降に投与を開始した患者における有効性を裏付けるデータは得られていないため、SARS-CoV-2による感染症の症状が発現してから速やかに投与する必要があります。<安全性>重大な副作用として、アナフィラキシーを含む重篤な過敏症(頻度不明)、infusion reaction(0.2%)が現れることがあります。上記が認められた場合には、投与速度の減速、投与中断または投与中止し、アドレナリン、副腎皮質ステロイド薬、抗ヒスタミン薬を投与するなど適切な処置を行うとともに、症状が回復するまで患者の状態を十分に観察します。<患者さんへの指導例>1.本剤は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対する治療薬です。1回の点滴で2種類の中和抗体を投与し、ウイルスの増殖を抑えます。2.過去に薬剤などで重篤なアレルギー症状を起こしたことのある方は必ず事前に申し出てください。3.投与中または投与後に、発熱、悪寒、吐き気、不整脈、胸痛、脱力感、頭痛のほか、過敏症やアレルギーのような症状が現れた場合は、すぐに近くにいる医療者または医療機関に連絡してください。<Shimo's eyes>わが国ではこれまで、COVID-19治療薬としてレムデシビル(商品名:ベクルリー)、デキサメタゾン(同:デカドロン)、バリシチニブ(同:オルミエント)の3剤が承認されています。いずれも別の疾患で承認されていた薬剤が転用されたものであり、対象は重症患者に限られています。本剤は、国内で初めて軽症から中等症患者を対象とするCOVID-19治療薬です。2021年11月に「SARS-CoV-2による感染症の発症抑制」の適応が追加され、初の予防的治療薬となりました。患者との濃厚接触者や無症状陽性者に対して、静脈内投与および皮下投与で予防的に投与されます。ただし、COVID-19の予防の基本はワクチン接種であり、本剤はワクチンに置き換わるものではありません。COVID-19の原因となるSARS-CoV-2は、その表面に存在するスパイクタンパク質(Sタンパク質)が宿主細胞表面の酵素に結合することで宿主細胞に侵入し、感染に至ります。本剤は、このSタンパク質と宿主細胞表面の酵素との結合を阻害し、宿主細胞への侵入を阻害することでウイルスの増殖を抑制します。変異を繰り返すウイルスに対しては、抗体が1種類だけでは期待する効果が得られにくいことから、2種の抗体が組み合わされました(抗体カクテル療法)。本剤は、アルファ株(B.1.1.7系統)、ベータ株(B.1.351系統)、ガンマ株(P.1系統)、デルタ株(B.1.617.2系統)などのSタンパク質の主要変異にも中和活性を保持していることが示唆されています。投与対象者は「重症化リスク因子を有し、酸素投与を要しない患者(軽症~中等症I)」とされています。厚生労働省の事務連絡により、当初は入院治療を要する患者に限られましたが、2021年8月より、対象が宿泊療養中の患者にも拡大されました。なお、臨床試験において、高流量酸素や人工呼吸器管理を要する患者では症状が悪化したという報告があり、重症患者は対象ではありません。《COVID-19の重症化リスク因子》65歳以上の高齢者悪性腫瘍慢性閉塞性肺疾患(COPD)慢性腎臓病2型糖尿病高血圧脂質異常症肥満(BMI30以上)喫煙固形臓器移植後の免疫不全妊娠後期引用:新型コロナウイルス感染症 診療の手引き第5.1版より海外の第III相試験では、重症化リスク因子を有し、酸素飽和度93%(室内気)以上の患者が対象とされました。主要評価項目である入院または死亡に至った割合は、本剤群(736例)では1.0%、プラセボ群(748例)では3.2%であり、リスクが70.4%減少しました。症状消失までの期間短縮も示されています。なお、別の臨床試験では感染予防効果を示す報告もありますが、今回の適用は感染した患者への投与に限られています。薬剤調整時は、希釈前に約20分間室温に放置します。11.1mLバイアルには、2回投与分(1回5mL)の溶液が含まれ、1回分の溶液を抜き取った後のバイアルは、25℃以下の室温で最大16時間、または2~8℃で最大48時間保存可能で、最大保存期間を超えた場合は廃棄することとされています。新しいCOVID-19治療薬の登場により感染患者の重症化を防ぐことができ、ひいては医療機関の負担が軽減されることが期待されます。※2021年8月と11月、厚生労働省の情報などを基に、一部内容の修正を行いました。参考1)PMDA 添付文書 ロナプリーブ注射液セット300/ロナプリーブ注射液セット1332

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第26回 アナフィラキシー? 迅速に判断、アドレナリンの適切な投与を!【救急診療の基礎知識】

●今回のPoint1)アナフィラキシーか否かを迅速に判断!2)アドレナリンの投与は適切に!アナフィラキシーに関しては以前(第15回 薬剤投与後の意識消失、原因は?)も取り上げましたが、大切なことですので、今一度整理しておきましょう。今回の症例は、新型コロナワクチン接種後のアナフィラキシーとして報告された事例*からです。この経過をみて突っ込みどころ、ありますよね?!*第53回厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会副反応検討部会令和2年度第13回薬事・食品衛生審議会薬事分科会医薬品等安全対策部会安全対策調査会【症例】30歳女性。ワクチン接種後待機中、呼吸困難を自覚。咳嗽が徐々に増悪し、体中の掻痒感を自覚した。接種5分後、SpO2が85~88%まで低下。酸素負荷、その後ネオフィリン注125mg、リンデロン注2mg点滴を開始。接種後20分緊急入院。眼瞼浮腫、喘鳴、SpO2100%(酸素4L)、血圧収縮期150mmHg程度、脈拍70~80/分、体幹に丘疹。接種55分後、アドレナリン0.3mL皮下注。その後、喘鳴は徐々に改善。接種4時間後酸素負荷終了。翌日午前中に一般病棟に転出。午後になり呼吸困難を自覚、サルブタモール吸入も効果なし。喘鳴は徐々に増強。その後も、リンデロン1.0mg投与効果なし、SpO2は98~100%、心拍70~80/分であった。オキシマスク2L投与併用。意識障害はなかったが、発語は困難であった。数時間後にリンデロン3mgを投与したところ、徐々に呼吸状態は改善。その後会話が可能な程度にまで回復した。翌朝、意識清明、会話可能、喘鳴なし、SpO2低下なし、リンデロン投与を継続し、経過観察したところ再燃なし、数日後自宅退院とした。はじめにアナフィラキシーは、どんな薬剤でも起こりえるものであり、初期対応が不適切であると致死的となるため、早期に認識し、適切な介入を行うことが極めて大切です。救急外来で診療をしているとしばしば出会います。また、院内でも抗菌薬や造影剤投与後にアナフィラキシーは一定数発生するため、研修医含め誰もが初期対応を理解しておく必要があります。新型コロナウイルス感染症に対するワクチン接種も全国で進んでおり、勤務先の病院やクリニック、大規模接種センターなどでアナフィラキシーに対して不安がある医療者の方も多いと思います。今回はアナフィラキシーの初期対応をシンプルにまとめましたので整理してみてください。アナフィラキシーを疑うサインとはアナフィラキシーか否かを判断できるでしょうか。そんなの簡単だろうと思われるかもしれませんが、意外と迷うことがあるのではないでしょうか。薬剤投与後に皮疹と喘鳴、血圧低下を認めれば誰もが気付くかもしれませんが、皮疹を認め喉の違和感や嘔気を認めるもののバイタルサインは安定している、皮疹は認めないが投与後に明らかにバイタルサインが変化しているなど、実際の現場では悩むのが現状であると思います。アナフィラキシーの診断基準は表の通りですが、抗菌薬や造影剤、さらにワクチン接種後の場合には、「アレルゲンと思われる物質に曝露後」に該当するため、皮膚や呼吸、循環、消化器症状のうち2つを認める場合にはアナフィラキシーとして動き出す必要があります。「血圧が保たれているからアドレナリンまでは…」「SpO2が保たれているからアドレナリンはやりすぎ…」ではないのです。皮膚症状もきちんと体幹部や四肢を直視しなければ見落とすこともあるため、薬剤使用後に呼吸・循環・消化器症状を認める場合、さらには頭痛や胸痛、痙攣などを認めた場合には必ず確認しましょう。表 アナフィラキシーの診断基準画像を拡大する(Sampson HA, et al. J Allergy Clin Immunol. 2006;117:391-397.より引用)ワクチン接種後のアナフィラキシーは、普段通りの全身症状で打つことに問題がない方が打っているわけですから、より判断がしやすいはずです。抗菌薬や造影剤の場合には、細菌感染や急性腹症など、全身状態が良好とはいえない状況で使用しますが、ワクチンは違いますよね。筋注後に何らかの症状を認めた場合にはアナフィラキシーを念頭にチェックすればいいわけですから、それほど判断は難しくありません。痛みや不安に伴う反射性失神によるもろもろの症状のこともありますが、皮疹や喘鳴は通常認めませんし、安静臥位の状態で様子をみれば時間経過とともによくなる点から大抵は判断が可能です。ここで重要な点は、「迷ったらアナフィラキシーとして対応する」ということです。アナフィラキシーは1分1秒を争い、対応の遅れが病状の悪化に直結します。アナフィラキシー? と思ったらアナフィラキシーと判断したらやるべきことはシンプルです。患者を臥位にしてバイタルサインの確認、そしてアドレナリンの投与です。アナフィラキシーと判断したらアドレナリンは必須なわけですが、投与量や投与方法を間違えてしまっては十分な効果が得られません。正確に覚えているでしょうか?アドレナリンは[1]大腿外側に、[2]0.3~0.5mg、[3]筋注です。肩ではありません、1mgではありません、そして皮下注ではありません。OKですね? アドレナリンの投与量に関しては、成人では0.5mgを推奨しているものもありますが、エピペンは0.3mgですから、その場にエピペンしかなければ0.3mgでOKです。何が言いたいか、「とにかく早期にアナフィラキシーを認識し、早期にアドレナリンを適切に投与する」、これが大事なのです。救急医学会が公開した、アナフィラキシー対応・簡易チャート(図)を見ながらアプローチをきっちり頭に入れておいて下さい。アナフィラキシー対応・簡易チャート画像を拡大する間違い探しさぁそれでは今回の症例をもう1度みてみましょう。この患者は基礎疾患に喘息などがあり、現場での対応が難しかったことが予想されますが、ちょっと突っ込みどころがあります。まず、ワクチン接種後、掻痒感に加え呼吸困難、SpO2も低下しています。この時点でアナフィラキシー症状の所見ですから、なる早でアドレナリンを投与する準備を進めなければなりません。よくアナフィラキシーに対して抗ヒスタミン薬やステロイドを投与しているのをみかけますが、これらの薬剤は使用を急ぐ必要は一切ありません。そして、アドレナリンは皮下注ではありません、筋注です! 重症喘息の際のアドレナリン投与は、なぜか皮下注も選択肢となっていますが筋注でよいでしょう。本症例では特にアナフィラキシーが考えられるため0.3~0.5mg筋注です。位置は大腿外側ですよ!さいごにアナフィラキシーはどこでも起こりえます。アナフィラキシーショックや死亡症例の多くは、アドレナリンの投与の遅れが大きく影響しています。迅速に判断し、適切なマネジメントができるように、今一度整理しておきましょう。1)Sampson HA, et al. J Allergy Clin Immunol. 2006;117:391-397.2)救急医学会. ワクチン接種会場におけるアナフィラキシー対応簡易チャート

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