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本論評では、遺伝子組み換えIgG monoclonal抗体治療の基礎をなす回復期血漿治療の変遷を考慮しながらmonoclonal抗体治療の臨床的意義について考察する。コロナ感染症に対する回復期血漿治療-無効かつ有害? 長年、インフルエンザ肺炎に対して古典的回復期血漿治療が施行されてきた。また、2002~03年のSARSに対しても回復期血漿治療が試みられたが満足いく結果が得られず、抗体依存感染増強(ADE:antibody-dependent enhancement of infection)を呈した症例が少なからず存在した。新型コロナに対しても回復期血漿治療が試行錯誤されたが、今年になって発表された2つの論文は新型コロナに対する回復期血漿治療が無効、あるいは、逆に、病態を悪化させる可能性があることを指摘した。RECOVERY Trialでは、ランダム化から28日目までの死亡率、機械呼吸導入率、腎透析導入率など重要な指標は血漿投与群と対照群の間で有意差を認めず、回復期血漿治療は無効であることが示された(RECOVERY Collaborative Group. Lancet 2021;397:2049-2059.)。Begin氏らの報告によると、ランダム化から30日以内の気管挿管と死亡の比率は血漿投与群と対照群の間で有意差はなく、さらに、重要な知見としてADEに相当する重篤な副反応の頻度が血漿投与群で高いことが示された(Begin P, et al. Nat Med. 2021 Sep 9. [Epub ahead of print])。 回復期血漿はコロナ以外の微生物などに由来する種々の抗原に対するIgG、IgA、IgMなどの抗体を含有する。たとえば、IgAはIgGと拮抗しHIVワクチン接種時にHIV感染を増悪させることが報告されている(Haynes BF, et al. Engl J Med. 2012;366:1275-1286.)。また、回復期血漿が含有するS蛋白に対するIgG抗体には中和作用を有さない“非機能的(不完全)IgG抗体”が含まれる。非機能的IgG抗体のFc(fragment crystallizable)部位と免疫細胞/食細胞に発現しているFc受容体(FcγR)との結合は不完全で、ウイルスは免疫細胞/食細胞内で完全に処理されず、その一部は感染性を有したまま細胞外に排出される(回復期血漿投与時のADE発生)。一方、S蛋白を構成する種々なる抗原決定基(epitope)に対するIgG monoclonal抗体はウイルスに対する中和作用が強く、非機能的IgG抗体は基本的に存在しない。それ故、IgG monoclonal抗体投与時にはADEが発生し難い。以上の考察を支持する知見として、S蛋白に対するIgG monoclonal抗体に関する複数の治験においてADE発症の報告がない事実を強調しておきたい。半減期が短いIgG monoclonal抗体-抗ウイルス薬 現在、米国では6種類のIgG monoclonal抗体が緊急使用の許可を得ている。その中の2種類ずつを併用する2つの抗体カクテル療法(カシリビマブ+イムデビマブ[REGEN-COV]とbamlanivimab+etesevimab[BEカクテル])の緊急使用をFDAは承認している。本邦においても2021年7月19日、REGEN-COVが特例承認された(商品名:ロナプリーブ点滴静注セット)。 カシリビマブとイムデビマブ(REGEN-COV)はウイルスが生体に侵入する際生体細胞のACE2と結合するRBD-motif(RBM)に存在する互いに重なりがない複数のepitopeと非競合的に結合し抗ウイルス作用を発現する(Baum A, et al. Science 2020;369:1014-1018.)。本論評で取り上げたコロナ感染患者と濃厚接触した家族を対象としたREGN-COV 2069治験において(O'Brien MP, et al. N Engl J Med. 2021;385:1184-1195.)、対照群の全感染リスクが14.2%であったのに対しREGEN-COV群では4.8%と有意に低かった。さらに、感染者の症状持続期間もREGEN-COV群で2週間短縮されるなど抗ウイルス薬として高い効果が示された。この治験で特記すべき事項はREGEN-COVを従来の点滴投与ではなく皮下注で投与しても何ら問題となる不都合が観察されなかったことである。以上の結果はIgG monoclonal抗体を簡便な皮下注で投与できる可能性を示した点で臨床的に価値がある。 Monoclonal抗体治療の最も魅力的側面はDelta株を中心とする変異株に対する抗ウイルス作用である。変異株における免疫回避作用を発現するS蛋白遺伝子変異の主たる部位は417位(Beta株、Gamma株)、452位(Delta株)、478位(Delta株)、484位(Beta株、Gamma株)である(山口. 日本医事新報 2021;5053:32-38,)。REGEN-COVにあって、カシリビマブは417位、478位、484位をepitopeとして認識するがイムデビマブはこれら部位を認識しない。両monoclonal抗体ともDelta株にあって最も重要な452位を認識せずREGEN-COVはDelta株に対して高い中和作用を示すことが示唆された(Corti D, et al. Cell. 2021;184:3086-3108.)。 REGEN-COVを構成する2つのmonoclonal抗体の血中半減期は約30日で抗ウイルス薬としては十分な期間有効性が持続する(O'Brien MP, et al. N Engl J Med. 2021;385:1184-1195.)。しかしながら、以下に提示するIgG monoclonal抗体をワクチン代替え療法として考えていく場合には30日という半減期は短過ぎる。 REGEN-COV使用に関する本邦の指針は米国FDAの指針に追従したもので、本薬剤の投与対象が“重症化リスク因子を有する酸素投与を要しない患者(軽症~中等症-I)”となっており、“重症例”は基本的に対象外とされた(厚生労働省. Aug. 13, 2021)。この記述は、回復期血漿治療で認められるADEがIgG monoclonal抗体投与時にも発生する可能性を配慮したものであるが、monoclonal抗体薬投与に起因するADEの発生が非常にまれであることが判明しつつある現在、REGEN-COVの投与対象を重症例にも広げていくべきであろう。さらに、ワクチン接種で中和抗体価が上昇しない免疫不全患者のコロナ感染時の治療にはIgG monoclonal抗体治療が最優先されるべきことも明記されるべきである(米国FDA. Press Release Aug. 12, 2021)。 BEカクテルにあってbamlanivimabはRBDの452位、484位を、etesevimabは452位近傍をepitopeとして認識するため(Corti D, et al. Cell 2021;184:3086-3108.)、BEカクテルはBeta株、Gamma株、Delta株に対する中和作用が弱く、変異株抑制を目的とした抗ウイルス薬としてはREGEN-COVよりも劣る。REGEN-COVと同様BEカクテルの半減期も短い。半減期が長いIgG monoclonal抗体-抗ウイルス薬、ワクチン代替え薬 2021年9月6日、グラクソ・スミスクラインは単剤で使用できるIgG monoclonal抗体ソトロビマブの特例承認を厚生労働省に申請し、9月27日に承認された(商品名:ゼビュディ点滴静注液500mg)。この製剤は他のmonoclonal抗体製剤と異なり、変異が発生しやすいRBMではなく変異が起こり難く多くのコロナウイルスでアミノ酸配列が普遍的に保存されている部位(S蛋白の332~361位)を抗体の標的として設計されている(Corti D, et al. Cell 2021;184:3086-3108.)。すなわち、ソトロビマブが認識するepitopeはDelta株を中心とする変異株を特徴付ける種々なる変異とは無関係な部位に位置する。それ故、ソトロビマブは現状の変異株のみならず今後形成されることが予想される新たな変異株に対しても高い中和作用を発揮するものと考えられる(Gupta A, et al. medRxiv. 2021 May 28.)。ソトロビマブのもう一つの特徴はIgGの分解を抑制し血中IgG抗体価の半減期を延長させるためにIgG抗体のFc領域に人工的変異が挿入されていることである(Cathcart AL, et al. bioRxiv. 2021 Aug 6.)。その結果、ソトロビマブは投与後少なくとも6~8ヵ月間は抗ウイルス作用を持続するものと考えられ、ワクチン接種が困難な人、あるいは、免疫不全でワクチンによる抗体産生が期待できない人に対するワクチン代替え療法になりえるものと期待できる。ただし、IgG monoclonal抗体治療の費用はワクチン2回接種の100倍に達する高額治療であることに留意する必要がある。 AstraZenecaの抗体カクテル(AZD7442:AZD1061+AZD8895)も注目に値する製剤である。AZD7442を構成する2つのIgG monoclonal抗体のFc領域には人工的変異が挿入されておりソトロビマブと同様にIgGの半減期が延長する(抗ウイルス作用:約1年持続)。それ故、AZD7442もソトロビマブと同様にワクチン代替え療法として期待できる。