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きつい運動の前の減量は受傷発生を減少させる

 社会的に一番きつい運動をしているのは軍隊や警察などのグループである。こうしたグループに入隊する前の減量は、入隊後のけがや事故などに影響を与えるのであろうか。このテーマについて、米国陸軍環境医研究所軍事能力部門のVy T. Nguyen氏らの研究グループは、入隊前の体重減少と過酷な基礎戦闘訓練(BCT)中の筋骨格系損傷(MSKI)発生率との関連性を調査した。その結果、入隊のために減量した訓練生はMSKIの発生率が低いことが判明した。この結果はObesity誌オンライン版2025年7月30日号に公開された。運動前に減量するとけがを減少させる可能性 研究グループは、3,168人の訓練生から自己申告による体重減少を収集し、電子カルテを用いて追跡調査を行った。すべてのMSKIおよび地域特有のMSKIの診断を行い、Cox回帰モデルで性別とCOVID-19パンデミックの有無で層別化し、年齢、身長、過去最高BMI、人種・民族、喫煙歴、過去の身体活動、および受傷歴で調整した。 主な結果は以下のとおり。・入隊のために減量したと報告した訓練生は829人(26.16%)。・平均減量数は9.06(標準偏差[SD]:8.62)kgで、最も一般的な減量方法は運動(83.72%)だった。・入隊のために減量した訓練生は、減量しなかった訓練生と比較し、BCT期間中の全身MSKI発生率(ハザード比[HR]:0.86、95%信頼区間[CI]:0.74~0.99)および下肢MSKI発生率(HR:0.84、95%CI:0.72~0.98)が低かった。・減量率(平均:1.27kg/週[SD:1.06])は、MSKI全体または部位別発生率とは関連が認められなかった。

2.

体がだるくて横になりたい【漢方カンファレンス2】第5回

体がだるくて横になりたい以下の症例で考えられる処方をお答えください。(経過の項の「???」にあてはまる漢方薬を考えてみましょう) 【今回の症例】 30代男性 主訴 全身倦怠感、頭痛、めまい、微熱 既往 特記事項なし 生活歴 医療従事者、喫煙なし、機会飲酒 病歴 X年8月に新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に罹患。咽頭痛や38℃台の発熱があったが、合併症はなく2日後には解熱した。 その後、全身倦怠感、頭痛、ふらふらとするめまいが出現、夕方になると37℃台の微熱がでる日が続いた。疲労感が強く仕事に支障が出るようになり、休息をとったり、欠勤したりしないと体が動かない。 総合診療科で精査を受けたが明らかな異常なし。11月に漢方治療目的に受診。 現症 身長174cm、体重78.5kg。体温37.2℃、血圧110/60mmHg、脈拍56回/分 整 経過 初診時 「???(A)」エキス+「???(B)」エキス3包 分3で治療を開始。 2週後 少し動けるようになった。まだ仕事を休むことがある。 寒くなって体が冷えるようになった。 ブシ末エキス1.5g 分3を併用。 1ヵ月後 めまいや頭痛が改善した。まだ体が冷える。 「???(B)」を「???(C)」エキスに変更した。(解答は本ページ下部をチェック!) 2ヵ月後 冷えと全身倦怠感が軽くなった。 5ヵ月後 普通に働けるようになり、残業もできるようになった。 問診・診察漢方医は以下に示す漢方診療のポイントに基づいて、今回の症例を以下のように考えます。【漢方診療のポイント】(1)病態は寒が主体(陰証)か、熱が主体(陽証)か?(冷えがあるか、温まると症状は改善するか、倦怠感は強いか、など)(2)虚実はどうか(症状の程度、脈・腹の力)(3)気血水の異常を考える(4)主症状や病名などのキーワードを手掛かりに絞り込む【問診】<陰陽の問診> 寒がりですか? 暑がりですか? 体の冷えを自覚しますか? 体のどの部位が冷えますか? 横になりたいほどの倦怠感はありませんか? 感染してから寒がりになって体が冷えるようになりました。 いつも厚着をしています。 体全体が冷えます。 きつくていつも横になりたいです。 微熱はどのくらいですか? いつ出ますか? 熱っぽさはありますか? 37℃前半です。 夕方に出ることが多いです。 体熱感はありません。 熱が出る前はぞくぞくと体が冷えます。 入浴では長くお湯に浸かるのが好きですか? 入浴で温まると体は楽になりますか? 冷房は苦手ですか? 入浴時間は長いです。 温まると少し楽になるのですが、入浴後はすぐに体が冷えてしまいます。 冷房は嫌いです。 のどは渇きますか? 飲み物は温かい物と冷たい物のどちらを好みますか? のどは渇きません。 温かい物を飲んでいます。 <飲水・食事> 1日どれくらい飲み物を摂っていますか? 食欲はありますか? 味覚はありますか? 1日1Lくらいです。 食欲はあります。 味覚は異常ないです。 <汗・排尿・排便> 汗はよくかくほうですか? 尿は1日何回出ますか? 夜、布団に入ってからは尿に何回行きますか? 便秘や下痢はありませんか? 汗はあまりかきません。 尿は4〜5回/日です。 布団に入ってからはトイレに行きません。 下痢気味で1日2〜3回です。 便の臭いは強いですか? 弱いですか? 嘔気はありませんか? 便の臭いは強くありません。 嘔気はありません。 <ほかの随伴症状> 頭痛やめまいはどのような感じですか? 雨や低気圧で悪化しませんか? 頭痛は頭全体が重い感じがします。 歩くとふらふらとめまいがします。 雨が降ると頭痛やめまいはひどい気がしますが、天気がよくても頭痛はあります。 全身倦怠感はとくにいつが悪いですか? とくにきついときはいつですか? 横になると楽になりますか? 日中きついですが朝がとくにぐったりします。 仕事をしたり、動いたりすると悪化します。 仕事もきつくて休みがちです。 よく眠れますか? 中途覚醒や悪夢はありませんか? 眠れますが熟睡感はありません。 中途覚醒や悪夢はありません。 咳や痰はありませんか? 昼食後に眠くなりませんか? のどのつまりはありませんか? 抜け毛が多いですか? 集中力がなかったりしませんか? 皮膚は乾燥しますか? 咳や痰はなくなりました。 昼食後は眠くなります。休みの日はほぼ1日中寝ています。 のどのつまりはありません。 抜け毛が多いです。 集中できずに、頭が働かない感じがあります。 皮膚は乾燥します。 意欲の低下や不安はありませんか? 体がきつくてやる気が出ません。 このまま治らないのではと不安です。 【診察】診察室でも厚手の上着を羽織っている。脈診では沈で反発力の非常に弱い脈。また、舌は暗赤色、湿潤した薄い白苔、舌下静脈の怒張あり。腹診では腹力はやや充実、両側胸脇苦満(きょうきょうくまん)、心下痞鞕(しんかひこう)、腹直筋緊張、両臍傍の圧痛を認めた。下肢の触診では冷感あり。カンファレンス 今回は30代男性のCOVID-19罹患後症状の症例です。 頻度は高くないものの、コロナ感染後にいわゆる後遺症といわれるような全身倦怠感を中心としたさまざまな症状が持続する方がいます。現代医学的にも確立された治療法がないので漢方という選択肢があるのはよいですね。 漢方治療でもCOVID-19罹患後症状は症状が多彩でまだ確立された治療があるとはいえませんが、こんなときこそ漢方診療のポイントに沿った治療が大事です。今回の症例は、全身倦怠感以外にも、頭痛、めまい、微熱、集中力の低下と症状がたくさんあります。 どこから手をつけるべきか悩ましいですね。全身倦怠感、めまい、頭痛ということで気虚や水毒が目立つ気がします。 漢方診療のポイントに沿って全体像を捉えていくことが大事だよ。 わかりました。では漢方診療のポイント(1)病態の陰陽ですが、本症例は37℃台前半の熱があることから陽証で、さらに夕方に熱が出るという病歴から少陽病の往来寒熱(おうらいかんねつ)が考えられます。 よく覚えていますね。胸脇苦満もありますし、少陽病の往来寒熱と合致しますね。 体温をそのまま熱ととってはいけないよ。漢方では体温計で測定した温度でなく、あくまで患者の自覚的な熱や冷えを重視するんだ。陰証で発熱するときに用いる漢方薬があるよ。覚えているかい? えっと、少陰病の麻黄附子細辛湯(まおうぶしさいしんとう)です。寒が主体の陰証の風邪に用いるのでした。 そのとおり。発熱はあってもゾクゾクと冷えて倦怠感が強いことが特徴でしたね。 ほかには?? …わかりません。 同じく少陰病の真武湯(しんぶとう)、さらに四逆湯(しぎゃくとう)でも発熱がみられることがあるんだ。陰証の最後のステージである厥陰病では「陰極まって陽」のように強い冷えがあるにもかかわらず、逆に発熱があったり、顔が赤かったりすることがあり、それを裏寒外熱(りかんがいねつ)とよぶよ。だから、一見すると陽証にみえることもあるんだ。 厥陰病でも発熱がみられることがあるのですね。アイスクリームの天ぷらのような状態ですね。 裏寒外熱がある場合は通脈四逆湯(つうみゃくしぎゃくとう)が典型だけど、真武湯や四逆湯の適応例でも発熱する場合があるとされているよ。これらは、真の熱ではなく、見せかけの熱といった意味で虚熱(きょねつ)というよ。 患者の自覚的な熱感や冷えのほかに鑑別する方法はありますか? 入浴や飲み物などの寒熱刺激に対する情報や四肢の触診などの所見も大事だけど、最終的には脈の浮沈や反発力が頼りになるね。陰証の場合の脈は沈・弱が特徴だからね。 もう一度、本症例の漢方診療のポイント(1)陰陽の判断からみていきましょう。 微熱がありますが体熱感がなく、感染後から寒がりで体が冷えるようになった、厚着、入浴時間は長い、入浴後にすぐに体が冷えるなどから陰証が揃っていますね。それに脈も沈ですから少陽病とは考えにくいですね。 そうだね。入浴で温まってもすぐに冷える、下肢の触診でも冷感があり、冷えの程度が強そうだね。六病位はどうだろう? 横になりたいほどの倦怠感からは少陰病が示唆されます。本症例の微熱を裏寒外熱とすれば、厥陰病の可能性もありますか? そうですね。脈の力が非常に弱いので厥陰病で四逆湯の適応も考えられます。ですからこの症例は少陰病〜厥陰病、虚証でよいでしょう。 「しまりがなく、細い茹でうどんが水にふやけたような」軟弱無力な脈は四逆湯の診断に重要だね。当科の回診でもこの脈が四逆湯の適応だ! と強調して必ず研修に来た先生に触れてもらっているよ。 本症例の虚実ですが、脈は弱ですが、腹力は中等度より充実と一致していません。どう考えたらよいでしょうか? 脈のほうが変化が早く、現在の状態を表しているといえるので、脈の所見を重視したほうがよいだろうね。それも軟弱無力な典型的な四逆湯の脈だからね。 漢方診療のポイント(3)気血水の異常はどうでしょうか? 全身倦怠感、昼食後の眠気は気虚です。頭痛やめまいがありますが、雨天と関連があるので水毒です。 気虚と水毒がありますね。下痢や尿の回数が4〜5回と少ないのも水毒です。ほかはどうでしょうか? 抜け毛が多い、皮膚の乾燥は血虚です。 頭が働かない感じで集中できないというのも血虚を示唆するよ。血虚は皮膚、筋肉、髪だけの問題ではないからね! COVID-19罹患後症状のブレインフォグは血虚や腎虚と考えるとよい印象があるね。 覚えておきます。とくに朝調子が悪い、やる気が起きないというのは気鬱でしょうか。 そうだね。これだけきつそうだと気鬱もあるよね。ほかにはどうだろう? 舌下静脈の怒張、臍傍圧痛は瘀血です。今回の症例は気血水の異常もたくさんありますね。 なかなか手強い症例ですね。また精査で明らかな異常はなく、30代と働き盛りなのにこれだけきつがっているのは非常につらい倦怠感で煩躁(はんそう)と考えてよさそうですね。 ハンソウ? どこかで聞いたような? 非常に苦しがっている状態を煩躁というのでしたね。煩躁といえば、考えられる処方は? …。 陽証だと大青竜湯(だいせいりゅうとう)、陰証だと呉茱萸湯(ごしゅゆとう)、茯苓四逆湯(ぶくりょうしぎゃくとう)が代表でした。インフルエンザの症例で、麻黄湯(まおうとう)のように無汗、多関節痛に加えて、非常に苦しがっている場合に大青竜湯、頭痛で非常に苦しがっている場合に呉茱萸湯、冷えて非常につらい倦怠感を訴える場合に茯苓四逆湯が適応になるのでした。 ここはキモだから覚えておかないといけないね。その他エキス剤にはないけど、小青竜加石膏湯(しょうせいりゅうかせっこうとう)、乾姜附子湯(かんきょうぶしとう)、桂枝加黄耆湯(けいしかおうぎとう)などが煩躁に適応する処方だよ。 本症例をまとめます。 【漢方診療のポイント】(1)病態は寒が主体(陰証)か、熱が主体(陽証)か?厚着、寒がり、体が冷える、下肢の冷感、横になりたいほどの倦怠感、脈:沈→陰証(少陰病〜厥陰病)×微熱、往来寒熱、胸脇苦満→脈や冷えから少陽病ではなさそう(2)虚実はどうか脈:非常に弱い、腹:やや充実→虚証(脈を優先)(3)気血水の異常を考える全身倦怠感、食後の眠気→気虚意欲の低下、朝調子が悪い→気鬱頭痛、めまい、雨天に悪化→水毒抜け毛、皮膚の乾燥、集中力の低下→血虚舌下静脈の怒張、臍傍圧痛→瘀血(4)主症状や病名などのキーワードを手掛かりに絞り込む非常につらい倦怠感、脈が軟弱無力解答・解説【解答】本症例は、茯苓四逆湯の方意でA:真武湯+B:人参湯(にんじんとう)で治療開始しました。また経過中に人参湯からC:附子理中湯(ぶしりちゅうとう)に変更しました。【解説】四逆湯は少陰病〜厥陰病に用いられる漢方薬で附子(ぶし)、乾姜(かんきょう)、甘草(かんぞう)で構成されます。四逆湯を現代医学で例えると、敗血症性ショックで低体温をきたした症例に保温しながら急速補液とノルアドレナリンで昇圧するイメージです。動物実験で出血性ショックモデルに対して茯苓四逆湯を投与すると心拍出量の増加と体温保持作用を示したという研究1)や四逆湯類がエンドトキシンショックに対して、血圧上昇、好中球数の上昇の抑制などによりショック予防効果を示したとする報告2)があります。現代は四逆湯を重篤な急性疾患に用いることはまれですが、慢性疾患で冷えや全身倦怠感がともに高度な場合に活用します。通脈四逆湯も四逆湯と同じく附子、乾姜、甘草で構成されますが、乾姜の比率が多くなります。乾姜はとくに消化・呼吸に関連する臓器を温めて賦活する作用が主体で、通脈四逆湯は体の中心を温めて元気をつけていくような漢方薬です。茯苓四逆湯は四逆湯に補気作用のある茯苓(ぶくりょう)と人参(にんじん)を加えたものです。茯苓四逆湯や通脈四逆湯はエキス製剤にはありませんが、茯苓四逆湯は人参湯エキスと真武湯エキスで代用できます。今回のポイント「少陰病・厥陰病」の解説陰証は寒が主体の病態で、少陰病になってくると寒が強く全身に及び、陰証のまっただ中になります。新陳代謝が低下して体力が衰えていることが特徴です。そのため少陰病は、生体の闘病反応が乏しく実証(じっしょう)であることはなく虚証(きょしょう)のみになります。脈も沈んで反発力が弱くなります。疲れやすくてすぐに横になりたがることが多く、「横になるところがあれば横になりたいですか?」「座るところがあったら座りたいですか?」と問診して、少陰病でないか確認します。さらに陰証の最後のステージである厥陰病に進行すると、冷えと全身倦怠感の程度が一段と強くなり、「極度の虚寒」、「極虚(きょくきょ)」といわれます。脈は沈んで、反発力が非常に弱い軟弱無力な脈で、「しまりがなく、細い茹でうどんが水にふやけたような、緊張感のない脈」とたとえられます。厥陰病は急性感染症ではショック状態に陥ったような危篤状態ですが、慢性疾患では冷えと倦怠感がどちらも強度で極度に疲弊した状態を厥陰病と捉えて治療します。また厥陰病では「陰極まって陽」のように強い冷えがあるにもかかわらず、逆に発熱があったり、顔が赤かったりすることがあります(裏寒外熱)。そのため一見すると陽証にみえることもあります。少陰病や厥陰病の治療では、代表的な熱薬である附子(トリカブトの根を加熱処理して弱毒化したもの)を含む漢方薬を用いて治療します。少陰病では真武湯や麻黄附子細辛湯が代表です。さらに進行すると附子とともに乾姜(生姜を蒸して乾燥させたもの)を用いて強力に体を温める治療を行います。附子、乾姜、甘草の3つの生薬から構成される漢方薬は四逆湯が基本となり、茯苓四逆湯や通脈四逆湯を用いて治療します。今回の鑑別処方附子と乾姜はそれぞれ温める力の強い熱薬といわれる生薬です。それぞれ温める部位や作用に違いがあって附子は先天の気を貯蔵する腎とかかわりが強く、そのほかに関節痛などに対する鎮痛作用があります。乾姜は消化や呼吸にかかわる消化管や肺を温める作用があります。また温め方にも違いがあり、附子はバーナーで炙ったり、電子レンジで温めたりするような急速に体全体を温めるイメージですが、乾姜は炭火でコトコトじっくり内臓を温めるイメージです。表に附子や乾姜が含まれる代表的な漢方薬を示しました。乾姜を含む漢方薬の場合、漢方薬が合っている場合は乾姜の辛みを感じずに甘く感じることがあります。逆に乾姜を含む漢方薬を必要としない症例では、辛くて飲みづらいと訴えます。人参湯には乾姜が含まれ、さらに附子を加えると附子理中湯になります。同様に大建中湯(だいけんちゅうとう)や苓姜朮甘湯(りょうきょうじゅつかんとう)も冷えが強ければ附子を加えて治療します。四逆湯は附子と乾姜を両方とも含みます。本症例のように茯苓四逆湯は人参湯エキスと真武湯エキスを併用するとエキス製剤で代用が可能です。通脈四逆湯には乾姜が多く含まれています。ちょっと苦しいですが、エキス剤のなかで比較的乾姜の量の多い苓姜朮甘湯にブシ末を併用することで代用することもあります。また実際の附子の漸増の方法として、慎重に行う場合、(1)最も気温が低下する朝1包(0.5g)増量、(2)朝夕に1包ずつ増量(1.0g)、(3)毎食後3包 分3に増量(1.5g)と順を追ってするとよいでしょう。慣れてくれば本症例のように、常用量のブシ末を一度に3包(1.5g)分3で増量することも可能です。参考文献1)木多秀彰 ほか. 日東医誌. 1995;46:251-256.2)Zhang H, et al. 和漢医薬雑誌. 1999;16:148-154.

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肺切除後の肺瘻リスク、低侵襲開胸手術で軽減の可能性

 肺切除術は肺がん治療の要となるが、術後早期に肺瘻(空気漏れ)が生じることも少なくない。今回、手術アプローチの違いが肺瘻の発生率や転帰に影響する可能性があるとする研究結果が報告された。ILO1805試験の事後解析で、胸腔鏡手術(TS)の方が低侵襲開胸手術(MIOS)よりも肺瘻の発生率が有意に高く、その持続期間やドレーン留置期間も長くなる傾向が示されたという。研究は山形大学医学部附属病院第二外科の渡辺光氏らによるもので、詳細は「Scientific Reports」に7月21日掲載された。 肺切除後の遷延性肺瘻は患者の5〜25%に発生し、膿胸や再手術、入院延長を招く代表的な合併症である。肺瘻のリスクを抑えるためには、術中の適切な空気漏れの修復が重要だが、TSでは視野が限られ、処置が難しい場合がある。一方、直接視野と胸腔鏡補助を組み合わせたハイブリッド胸腔鏡補助下手術(VATS)やMIOSは、空気漏れの修復を容易にする可能性がある。しかし、これらの手術アプローチと術後の肺瘻との関連は十分に検証されていない。ILO1805試験は国内21施設で実施された、肺切除後の肺瘻に対するドレーン管理法を検討する前向き観察研究であるが、手術アプローチや周術期管理に関する統一プロトコルは設けられていなかった。このような背景から著者らは、この試験の事後解析として、手術アプローチが術後転帰に及ぼす影響を検討した。 本解析には、ILO1805試験参加者2,187名のうち、皮膚切開8cm以下で解剖学的肺切除術を受けた1,168名が含まれた。患者は手術アプローチに基づき、TS群(皮膚切開5cm以下で肋骨開排なし)とMIOS群(皮膚切開5〜8cm)の2群に分類された。両群のバランスを調整するため2:1の傾向スコアマッチングを行い、最終的な解析対象はTS群284名、MIOS群142名となった。早期の術後肺瘻(E-AL)は術後0日または1日に発生した空気漏れと定義し、単変量および多変量のロジスティック回帰モデルにより、E-ALと有意に関連するリスク因子を特定した。 参加者の年齢中央値は71歳で、男性は683名(58.5%)含まれた。手術アプローチについては1022名(87.5%)がTS手術を受けていた。肺切除後のE-ALは290名(24.8%)に認められた。 E-ALのリスク因子を特定するために単変量ロジスティック回帰解析を行った結果、E-ALを認めた患者は、男性(P<0.001)、喫煙歴あり(P=0.007)、BMI<18.5 kg/m2(P=0.024)、FEV1.0%≦70%(P=0.013)、胸膜癒着あり(P<0.001)、TS(P=0.024)、およびフィブリンシーラント使用(P<0.001)である可能性が高かった。対応する多変量モデルでは、男性、BMI<18.5 kg/m2、TS、胸膜癒着、フィブリンシーラント使用がE-ALに関連する因子として同定された。 傾向スコアマッチング後の解析では、術後0日目のE-AL発生率はTS群でMIOS群より有意に高かった(33.8% vs. 16.9%、P<0.001)。この差は術後1日目でも認められた(28.2% vs. 16.2%、P=0.009)。術後の空気漏れの平均持続期間は、TS群よりMIOS群で有意に短かった(1.2±2.0日 vs. 0.6±1.7日、P=0.003)。ドレーン留置期間の平均も同様に、MIOS群で短かった(2.9±1.8日 vs. 2.4±1.9日、P=0.009)。 本研究について著者らは、「本研究は、MIOSアプローチが術中の空気漏れの修復においてより有効であり、結果として肺瘻のリスクを低下させる可能性を示唆している。ただし、E-ALの頻度低下が合併症の減少や入院期間の短縮といった臨床的な利点につながるかどうかは明らかではない。空気漏れの持続期間の差は小さいものの、E-ALを抑制することで、MIOSアプローチは術後の早期退院に寄与する可能性がある。これらの利点を検証するには、今後の前向き研究が必要である」と述べている。

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白血球増多【日常診療アップグレード】第38回

白血球増多問題52歳男性。健康診断で白血球数14,000/μLと、白血球数の増加を認めたため二次健診で受診した。昨年度の健診では白血球数12,000/μLであった。症状はない。ヘモグロビンと血小板数には異常を認めない。既往歴に脂質異常症があり、アトルバスタチンを内服中である。20歳から20本/日の喫煙歴がある。バイタルサインと身体所見は正常である。白血球増多は喫煙のためと判断した。

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第283回 B型肝炎ウイルス(HBV)への免疫と糖尿病を生じ難くなることが関連

B型肝炎ウイルス(HBV)への免疫と糖尿病を生じ難くなることが関連B型肝炎ウイルス(HBV)ワクチンの糖尿病予防効果を示唆する台湾の研究者らの試験結果1)が、まもなく来週開催される欧州糖尿病学会(European Association for the Study of Diabetes:EASD)年次総会で報告されます2,3)。具体的には、HBVワクチンのおかげでHBVへの免疫が備わった人は、糖尿病全般を生じ難いことが示されました。高血糖が続いて心血管疾患、腎不全、失明などの深刻な事態を招く糖尿病の世界の患者数は昨年6億例弱を数え、このままなら2050年までに45%上昇して8億例を優に超える見込みです4)。当然ながら糖尿病治療の経済的な負担は甚大で、総医療費の12%を占めます。肝臓は体内の糖が一定に保たれるようにする糖恒常性維持の多くを担っています。空腹時にはグリコーゲン分解と糖新生により血糖値が下がりすぎないようにし、食後にはグリコーゲン合成によって余分な糖をグリコーゲンに変えて血糖値を抑えます。そのような糖恒常性をHBV感染が害するらしいことが先立つ研究で示唆されています。HBVのタンパク質の1つHBxが糖新生に携わる酵素の発現を増やして糖生成を促進し、糖を落ち着かせる働きを妨げるようです。HBV感染者はそうでない人に比べて糖尿病である割合が高いことを示す試験がいくつかありますし、約5年の追跡試験ではHBV感染と糖尿病を生じやすいことの関連が示されています5)。そういうことならワクチンなどでのHBV感染予防は糖尿病の予防でも一役担ってくれるかもしれません。実際、10年前の2015年に報告された試験では、HBVワクチン接種成功(HBsAb陽性、HBcAbとHBsAgが陰性)と糖尿病が生じ難くなることの関連が示されています6)。その糖尿病予防効果はワクチンがHBV感染を防いで糖代謝に差し障るHBV感染合併症(肝損傷や肝硬変)を減らしたおかげかもしれません。それゆえ、HBVワクチンの糖尿病予防効果がHBV感染予防効果と独立したものであるかどうかはわかっていません。その答えを見出すべく、台湾の台北医学大学のNhu-Quynh Phan氏らは、HBVに感染していない人の糖尿病発現がHBVへの免疫で減るかどうかをTriNetX社のデータベースを用いて検討しました。HBV感染を示す記録(HBsAgかHBcAbが陽性であることやHBVとすでに診断されていること)がなく、糖尿病でもなく、HBVへの免疫(HBV免疫)があるかどうかを調べるHBsAb検査の記録がある成人90万例弱の経過が検討されました。それら90万例弱のうち60万例弱(57万3,785例)はHBsAbが10mIU/mL以上(HBsAb陽性)を示していてHBV免疫を保有しており、残り30万例強(31万8,684例)はHBsAbが10mIU/mL未満(HBsAb陰性)でHBV免疫非保有でした。HBV感染者はすでに省かれているので、HBV免疫保有群はワクチン接種のおかげで免疫が備わり、HBV免疫非保有群はワクチン非接種かワクチンを接種したものの免疫が備わらなかったことを意味します。それら2群を比較したところ、HBV免疫保有群の糖尿病発現率は非保有群に比べて15%低くて済むことが示されました。さらにはHBV免疫がより高いほど糖尿病予防効果も高まることも示されました。HBsAbが100mIU/mL以上および1,000mIU/mL以上であることは、10mIU/mL未満に比べて糖尿病の発現率がそれぞれ19%と43%低いという結果が得られています。年齢、喫煙、糖尿病と関連する肥満や高血圧といった持病などを考慮して偏りが最小限になるようにして比較されましたが、あくまでも観察試験であり、考慮から漏れた交絡因子が結果に影響したかもしれません。たとえばワクチン接種をやり通す人は健康により気をつけていて、そもそも糖尿病になり難いより健康的な生活習慣をしているかもしれません。そのような振る舞いが結果に影響した恐れがあります。HBV免疫が糖尿病を防ぐ仕組みの解明も含めてさらなる試験や研究は必要ですが、HBVワクチンはB型肝炎と糖尿病の両方を防ぐ手立てとなりうるかもしれません。とくにアジア太平洋地域やアフリカなどのHBV感染と糖尿病のどちらもが蔓延している地域では手頃かつ手軽なそれらの予防手段となりうると著者は言っています1)。 参考 1) Phan NQ, et al. Diagnostics. 2025;15:1610. 2) Study suggests link between hepatitis B immunity and lower risk of developing diabetes / Eurekalert 3) Hepatitis B vaccine linked with a lower risk of developing diabetes / NewScientist 4) International Diabetes Federation / IDF Atlas 11th Edition 2025 5) Hong YS, et al. Sci Rep. 2017;7:4606. 6) Huang J, et al. PLoS One. 2015;10:e0139730.

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irAE治療中のNSAIDs多重リスク回避を提案【うまくいく!処方提案プラクティス】第68回

今回は、免疫チェックポイント阻害薬による免疫関連有害事象(irAE)の治療でステロイド投与中の高齢がん患者に対し、NSAIDsによる多重リスクを評価して段階的中止を提案した事例を紹介します。複数のリスクファクターが併存する患者では、アカデミック・ディテーリング資材を用いたエビデンスに基づくアプローチが効果的な処方調整につながります。患者情報93歳、男性基礎疾患肺がん(ニボルマブ投与歴あり)、急性心不全、狭心症、閉塞性動脈硬化症、脊柱管狭窄症ADL自立、息子・嫁と同居喫煙歴40本/日×40年(現在禁煙)介入前の経過2020年~肺がんに対してニボルマブ投与開始2025年3月irAEでプレドニゾロン40mg/日開始、その後前医指示で中止2025年6月3日irAE再燃でプレドニゾロン40mg/日再開処方内容1.プレドニゾロン錠5mg 8錠 分1 朝食後2.テルミサルタン錠40mg 1錠 分1 朝食後3.クロピドグレル錠75mg 1錠 分1 朝食後4.エソメプラゾールカプセル10mg 2カプセル 分1 朝食後5.フロセミド錠20mg 1錠 分1 朝食後6.スピロノラクトン錠25mg 1錠 分1 朝食後7.フェブキソスタット錠10mg 1錠 分1 朝食後8.リナクロチド錠0.25mg 2錠 分1 朝食前9.ジクトルテープ75mg 2枚 1日1回貼付本症例のポイント本症例は、93歳という超高齢で複数の基礎疾患を有するがん患者であり、irAE治療のステロイド投与とNSAIDsの併用が引き起こす可能性のある多重リスクに着目しました。患者は肺がんに対する免疫チェックポイント阻害薬の副作用であるirAEに対して、プレドニゾロン40mg/日という高用量ステロイドの投与を受けていました。同時に疼痛管理としてNSAIDsであるジクトルテープ2枚を使用していました。一見すると症状は安定していましたが、薬剤師の視点で患者背景を詳細に評価したところ、見過ごされがちな重大なリスクが潜んでいることが判明しました。第1に胃腸障害リスクです。高用量ステロイドとNSAIDsの併用は消化性潰瘍の発生率を相乗的に増加させることが知られており、93歳という高齢に加え、既往歴も有する本患者ではとくにリスクが高い状況でした。第2に心血管リスクです。患者には急性心不全や狭心症の既往があり、さらに閉塞性動脈硬化症も併存していました。NSAIDsは心疾患患者において心血管イベントのリスクを増加させるため、この併用は極めて危険な状態といえました。第3の最も注意すべきは腎臓リスク、いわゆる「Triple whammy」の状況です。NSAIDs、ループ利尿薬(フロセミド)、ARB(テルミサルタン)の3剤併用は急性腎障害の発生率を著しく高めることが報告されており、高齢者ではとくに致命的な合併症につながる可能性がありました。これらの多重リスクは単独では見落とされがちですが、患者の全体像を包括的に評価することで初めて明らかになる重要な安全性の問題です。医師への提案と経過患者の多重リスクを評価し、服薬情報提供書を用いて医師に処方調整を提案しました。現状報告として、irAE治療でプレドニゾロン40mg/日投与中であり、ジクトルテープ2枚使用で疼痛は安定しているものの、複数のリスクファクターが併存していることを伝えました。懸念事項については、アカデミック・ディテーリング※資材を用いて消化性潰瘍リスク(ステロイドとNSAIDsの併用は潰瘍発生率を有意に増加)、心血管リスク(NSAIDsは既存心疾患患者で心血管イベントリスクを増加)、Triple whammyリスク(3剤併用による急性腎障害発生率の増加)について説明しました。※アカデミック・ディテーリング:コマーシャルベースではない、基礎科学と臨床のエビデンスを基に医薬品比較情報を能動的に発信する新たな医薬品情報提供アプローチ 。薬剤師の処方提案力を向上させ、処方の最適化を目指す。提案内容として段階的中止プロトコールを提示し、ジクトルテープ2枚から1枚に減量、2週間の疼痛評価期間を設定、疼痛悪化がないことを確認後に完全中止するという方針を説明しました。将来的な疼痛悪化時のオピオイド導入準備と疼痛モニタリング体制の強化についても提案しました。医師にはエビデンス資料の提示により多重リスクの危険性について理解が得られ、段階的中止プロトコールが採用となり、患者の安全性を優先した方針変更となりました。経過観察では1週間後にジクトルテープ1枚に減量しましたが疼痛悪化はなく、2週間後も疼痛コントロールが良好であることを確認し、3週間後にジクトルテープを完全中止しましたが疼痛の悪化はありませんでした。現在も疼痛コントロールは良好で、多重リスクからの回避を達成しています。参考文献1)日本消化器病学会編. 消化性潰瘍診療ガイドライン2020(改訂第3版). 南山堂;2020.2)Masclee GMC, et al. Gastroenterology. 2014;147:784-792.3)Lapi F, et al. BMJ. 2013;346:e8525.

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ウォーキングはペースを速めるほど効果が大きい

 健康増進のために推奨されることの多いウォーキングだが、その効果を期待するなら、速度を重視した方が良いかもしれない。より速く歩くことで、より大きな健康効果を得られる可能性を示唆するデータが報告された。米ヴァンダービルト大学のLili Liu氏らの研究の結果であり、詳細は「American Journal of Preventive Medicine」に7月29日掲載された。 ウォーキングと健康アウトカムとの関係を調べたこれまでの研究は、主に白人や中~高所得者を対象に行われてきたが、本研究では主に低所得者や黒人に焦点が当てられた。データ解析の結果、1日15分の早歩きで死亡リスクが約20%低下することが示された。この結果を基にLiu氏は、「早歩きを含む、より高強度の有酸素運動を日常生活に取り入れた方が良い」と勧めている。 この研究では、2002~2009年に米国南東部12州で募集された、低所得者や黒人を中心とする約8万5,000人のデータが解析された。ベースラインでは、ゆっくりした歩行(犬の散歩、職場内での歩行、軽い身体活動など)の時間、および、速い歩行(早歩き、階段を上る、運動など)の1日当たりの平均時間が調査されていた。死亡に関する情報は2022年末まで収集され、中央値16.7年(範囲2.0~20.8)の追跡期間中に、2万6,862人の死亡が記録されていた。 年齢、性別、人種、教育歴、婚姻状況、雇用状況、世帯収入、保険加入状況などを調整後、全死亡(あらゆる原因による死亡)のリスクは1日15分の早歩きにより19%低下し(ハザード比〔HR〕0.81〔95%信頼区間0.75~0.87〕)、1日30分の早歩きでは23%低下していた(HR0.77〔同0.73~0.80〕)。それに対してゆっくりした歩行は、1日3時間未満では全死亡リスクが有意に低下せず、3時間以上の場合にわずか4%のリスク低下が認められた(HR0.96〔0.91~1.00〕)。このような関連は、調整因子としてBMI、喫煙・飲酒習慣、余暇時間の身体活動量、座位行動時間、食事の質などを追加してもほぼ同様であった。 今回の研究結果は、主に中~高所得の白人を対象に行われた先行研究の結果と一致している。Liu氏はジャーナルのプレスリリースの中で、「人々の居住地の近隣に、早歩きができるような環境を整備するための計画立案と投資が必要ではないか」と述べている。 ところで、早歩きはどのようなメカニズムで健康を増進するのだろうか? 研究者らは、早歩きのような有酸素運動は、心臓のポンプ作用、酸素供給力などを高めるように働くと解説している。また、そればかりでなく、早歩きを習慣として続けることは、肥満や脂質異常症、高血圧の予防にもつながるという。 著者らは、「われわれの研究結果は、健康状態を改善するための実行可能性が高く、かつ効果的な戦略として、早歩きを推奨することの重要性を強調するものだ」と結論付けている。

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第26回 夏の猛暑、実はあなたの老化を「喫煙レベル」で加速させていた!今すぐできる対策とは?

うだるような暑さが続く日本の夏。「熱中症にだけ気を付ければいい」と考えていませんか? 台湾で行われた約2万5,000人を対象とした大規模な追跡調査から、私たちの常識を覆す衝撃的な事実が明らかになりました。Nature Climate Change誌に掲載された最新の研究1)によると、長期的に熱波にさらされ続けることは、私たちの体を細胞レベルで蝕み、「生物学的な老化」を著しく加速させているというのです。しかも、その影響は、健康に悪いと誰もが知っている「喫煙」や「飲酒」といった生活習慣に匹敵するレベルであることが示唆されました。これは、遠い未来の話や他人事ではありません。近年の危険な暑さが、気付かぬうちにあなたの体を内側からじわじわと老化させている可能性があるのです。この記事では、この重要な研究結果を紐解き、私たちが今日から実践できる具体的な防御策について解説していきます。見えない脅威「生物学的老化」とは? 猛暑が体に与える深刻なダメージまず、この研究が指摘する「生物学的な老化」とは何でしょうか。これは、私たちが普段使う「暦年齢(誕生日からの年齢)」とは異なります。生物学的年齢とは、肝臓や腎臓、肺の機能、血圧、炎症反応など、多数の臨床データに基づいて算出される「体の機能的な年齢」のことです。同じ40歳でも、体が若々しい人もいれば、機能が衰えている人もいる。その差を客観的に示す指標が生物学的年齢です。研究チームは、2008~22年の15年間にわたる2万4,922人の健康診断データを分析。参加者が住んでいる地域の過去2年間の熱波(この研究では、気温が上位7.5%を超える日が続く期間などと定義)への累積曝露量と、生物学的年齢の進み具合(BAA:生物学的老化加速)の関係を調査しました。その結果は驚くべきものでした。熱波への累積曝露が一定量増えるごとに、生物学的年齢が暦年齢よりも年間で0.023~0.031年、余分に進んでいたのです。「たったそれだけ?」と思うかもしれません。しかし、研究者たちはこの数値を「決して過小評価すべきではない」と警告しています。なぜなら、この老化の加速度は、喫煙、飲酒、運動不足といった、他の確立された健康リスク要因がもたらす影響と同程度だったからです。私たちは、夏の暑さをただ不快なものとして耐え忍んでいる間に、タバコを吸うのと同じくらいのペースで体を老化させていた可能性があるのです。この老化のメカニズムとして、体温の上昇が細胞のDNAを傷つけたり、細胞の寿命に関わる「テロメア」を短くしたりすることが考えられています。つまり、熱波は一時的な体調不良だけでなく、回復が難しい、不可逆的なダメージを体に与え続けているのです。あなたは大丈夫? とくに注意が必要な人と、最強の防御策この研究では、熱波による老化の加速が、すべての人に平等に起こるわけではないことも明らかにしました。とくにリスクが高い「脆弱な人」が存在したのです。それは、屋外で働く肉体労働者、地方の居住者、そしてエアコンの普及率が低い地域に住む人でした。たとえば、肉体労働者は、そうでない人と比べて老化の加速が約3倍も顕著でした。また、地方の居住者も都市部の居住者に比べて影響が大きいことが示されています。そして、この研究が私たちに示してくれた最も重要で、かつ実践的な希望。それは、最強の防御策の存在です。研究チームが参加者の住む地域を「エアコンの普及率」で二分して分析したところ、決定的な差が生まれました。エアコンの普及率が低い地域の人は、熱波による老化の加速が「0.045年」と明確にみられたのに対し、普及率が高い地域の人の老化加速は、統計上ほぼゼロ(0.000年)だったのです。この結果が意味することはきわめて明確です。エアコンを適切に使用することが、熱波による深刻な健康被害、すなわち「老化」から身を守るための最も効果的な手段である可能性が高い、ということです。「クーラーは体に悪い」「冷房病が心配」といった考えから、暑さを我慢してしまう人もいるかもしれません。しかし、この研究は、その「我慢」がもたらすリスクが、一時的な不調にとどまらない深刻なものであることを科学的に示しています。猛暑の中でエアコンを使わないという選択は、自ら老化を早める行為にほかならないのです。私たちの生活への落とし込みはシンプルです。1.躊躇なくエアコンを使うとくに熱波警報が出ているような日には、我慢せずにエアコンを使用しましょう。これは贅沢ではなく、長期的な健康を守るための「投資」です。2.とくにリスクの高い方は注意を屋外でのお仕事が多い方や、郊外・地方にお住まいの方は、より意識的に涼しい環境で体を休める時間を確保することが重要です。3.社会全体での対策も必要この研究は、エアコンへのアクセスが健康格差に直結することも示しています。公共施設や避難所の開放など、誰もが涼める環境を整備していく必要性を、私たち一人ひとりが認識することも大切です。気候変動により、猛暑はもはや「異常気象」ではなく「日常」となりつつあります。この「ニューノーマル」の中で、自分と大切な人の健康を守るために、科学的根拠に基づいた賢明な判断をしていきたいものです。参考文献・参考サイト1) Chen S, et al. Long-term impacts of heatwaves on accelerated ageing. Nat Clim Change. 2025 Aug 25. [Epub ahead of print]

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退職は健康改善と関連、とくに女性で顕著――35ヵ国・10万人規模の国際縦断研究/慶大など

 退職が高齢者の健康に与える影響は一様ではない。近年、多くの国で公的年金の受給開始年齢が引き上げられ、退職時期の後ろ倒しが進んでいる。こうした状況に対し、退職の健康影響を検討した研究は数多いが、「認知機能を低下させる」「影響はない」「むしろ有益である」と結果は分かれていた。 慶應義塾大学の佐藤 豪竜氏らの研究グループは、米国のHealth and Retirement Study(米国健康・退職調査:HRS)をはじめとする35ヵ国の縦断調査データを統合解析し、50〜70歳の10万6,927例(観察数39万6,904例)を対象に、退職と健康・生活習慣の関連を検証した。本研究の結果はAmerican Journal of Epidemiology誌オンライン版2025年6月13日号に掲載された。 本研究のアウトカムは、退職後の認知機能(単語記憶テスト)、身体的自立度(ADL/IADL)、自己評価による健康度(5段階)、生活習慣(身体的不活動[中等度~強度の運動が週1回未満]、喫煙、大量飲酒[男性1日5杯以上、女性4杯以上])の変化であった。参加者は2年ごとに調査され、平均6.7年間追跡された。各国の年金受給開始年齢を操作変数とした固定効果付きIV回帰分析を行った。 主な結果は以下のとおり。 参加者の男女比は半々で、就労者と比較して退職者は年齢が高く、男性・既婚者・高学歴の割合が低かった。また、肉体労働や職務裁量が低い職歴の経験割合も低かった。【女性】・認知機能:+0.100標準偏差(SD)改善・身体的自立度:+3.8%改善・自己評価健康度:+0.193 SD改善・身体的不活動:-4.3%減少・喫煙:-1.9%減少【男性】・自己評価健康度:+0.100 SD改善認知機能、身体的自立度、生活習慣には有意な改善なし。 退職はとくに女性において認知機能や身体的自立を高め、生活習慣の改善を伴うことが示された。 研究者らは「なぜ退職は女性だけに有益なのか」という問いに対し「背景に退職後の生活行動に性差がある可能性がある」と指摘している。「女性は退職後に社会参加や余暇活動に積極的に関わる傾向が強く、身体活動の機会が増える。また、職場ストレスからの解放が喫煙行動の減少につながる可能性がある。これらの行動変化が、認知機能や身体機能の維持・改善に寄与していると考えられる。一方、男性は退職後にそのような生活習慣の改善が目立たず、効果は自己評価の健康度の改善にとどまった。通勤・労働負担の減少や余暇の拡大が主観的な健康感を高めたものとみられる」とした。 さらに、研究者らは「退職は健康状態を改善するが、年金受給開始年齢の引き上げによってこの効果を享受できる時期が遅れる可能性がある」と警鐘を鳴らす。「とくに女性にとっては、退職が認知症や身体機能障害のリスク低減に結び付く可能性があり、退職時期の遅延が社会的コストを増大させかねない。政策的な年金受給開始年齢引き上げの影響は慎重に検討する必要がある。また、退職後の健康的なライフスタイルを推進することは、公衆衛生全体を改善するための不可欠な取り組みとなるだろう」としている。

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幼児期の重度う蝕、母親の長時間インターネット使用と関連か

 育児に関する情報をインターネットから得ることは、現代では一般的な行動となっている。しかし、画面に向かう時間が長くなりすぎることで、子どもの健康に思わぬ影響が及ぶ可能性がある。最近の研究により、母親の長時間インターネット使用と、3歳児における重度う蝕(Severe early childhood caries :S-ECC)の発症との間に有意な関連が示された。母親が仕事以外で1日に5時間以上インターネットを使用していた場合、そうでない場合と比較して、子どもがS-ECCになるリスクが4倍以上高まる可能性が示唆されたという。研究は島根大学医学部看護学科地域老年看護学講座の榊原文氏らによるもので、詳細は「BMC Pediatrics」に7月2日掲載された。 本研究では、幼少期の口腔ケアが主に親の責任であることに着目し、母親の長時間インターネット使用が育児時間を圧迫し、子どもの口腔ケアの軽視を招く可能性があるという仮説を立てた。口腔ケアは育児の中で優先度が低くなりがちであるため、母親の長時間インターネット使用によって浸食されやすい育児行動である可能性が高く、これがS-ECCリスクの増加につながると考えられた。従来の研究では、親のメディア使用とECCとの関連については、横断研究が1件報告されているのみであり、十分に検討されていない。以上の背景を踏まえ、本研究では、子どもの1歳半時点における母親の長時間インターネット使用と、3歳時点におけるS-ECCとの関連を検証することを目的に、後ろ向きのコホート研究を実施した。 本研究では、2016年4月から2017年9月の間に島根県松江市へ妊娠の届出を行った母親とその子どもを対象とし、1歳6か月児健診および3歳児健診時のデータを用いて、1,938件の記録を解析対象とした。子どもの3歳時点のS-ECCは、虫歯、喪失歯、または処置歯の合計が4本以上と定義した。1日5時間以上のインターネット使用は、「問題のあるインターネット使用」と関連するとの報告がある。そのため本研究では、1歳6か月児健診時における母親のインターネット使用時間に関するアンケートで、「1日5時間以上」と回答した場合を「長時間インターネットを使用している」と定義した(仕事でのインターネット使用時間は含めないものとした)。 子どもの1歳半時点における母親のインターネット使用時間が1日5時間を超えていた割合は2.0%だった。母親がインターネットに最も多くの時間を費やした目的としては「情報収集」が最多であり、全体の59.5%を占めた。一方で、1日5時間以上インターネットを使用していた母親に限ると、「情報収集」に最も時間を費やしていた割合は26.3%にとどまった。また、子どもの3歳時点における虫歯の有病率は13.5%であり、S-ECCと判定された子どもの割合は2.6%だった。 子どもの3歳時のS-ECCと1歳半時点の母親のインターネット利用時間との関連について、前者を従属変数、後者を独立変数として単変量のロジスティック回帰分析を行った。その結果、1歳半時点の母親の1日5時間以上のインターネット使用は、3歳時点のS-ECCと有意に関連していた(オッズ比〔OR〕 4.64、95%信頼区間〔CI〕 1.58~13.60、P=0.005)。この傾向は、1歳半時点の親による仕上げ磨きと親の喫煙を共変量として追加した多変量解析でも維持された(調整OR 4.27、95%CI 1.42~12.86、P=0.010)。 著者らは、本研究には単一都市のデータによるサンプルバイアスや、自己申告に基づく情報バイアスの可能性があること、母親のみを対象としていることなどの限界点を挙げた上で、「母親の長時間インターネット使用がS-ECCに関連する新たな要因である可能性を示した点で、本研究には意義がある。今後の研究では、こうした限界を克服した研究デザインを採用し、対象に父親を含め、親の長時間インターネット使用と子どもの発育・発達との関連について、さらなるエビデンスの蓄積が求められる」と述べている。

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ラーメン摂取頻度と死亡リスクの関係~山形コホート

 週3回以上のラーメンの頻繁な摂取は、とくに男性、70歳未満、麺類のスープを50%以上摂取する習慣やアルコール摂取習慣のある人といった特定のサブグループで死亡リスク増加と関連する可能性が示唆された。山形大学の鈴木 美穂氏らは、山形コホート研究の食品摂取頻度質問票のデータを用いて、日本人一般集団におけるラーメン摂取頻度と死亡率との関連を検討した。The Journal of Nutrition, Health and Aging誌オンライン版2025年8月1日号への報告より。 本研究は、山形コホート研究の食品摂取頻度質問票調査に参加した40歳以上の6,725人(男性2,349人)を対象とした。ラーメンの平均摂取頻度を、月1回未満、月1~3回、週1~2回、週3回以上の4群に分類。麺類のスープ摂取量は、「ラーメン、うどん、そばのスープはどれくらい飲みますか?」という設問に対する回答を、「50%以上」と「50%未満」の2群に分類した。ラーメン摂取頻度と死亡との関連を明らかにするため、Cox比例ハザード解析を行った。 主な結果は以下のとおり。・参加者のラーメン摂取頻度は、月1回未満:18.9%、月1~3回:46.7%、週1~2回:27.0%、週3回以上:7.4%であった。・ラーメン摂取頻度が多い参加者は、より高いBMIを有し、若年、男性が多く、喫煙・飲酒習慣や、糖尿病・高血圧を有する割合が高かった。・追跡期間中央値4.5年において145人が死亡(男性85人)し、うち100人ががん、29人が心血管疾患による死亡であった。・各背景因子で調整後の多変量Cox比例ハザード解析では、「週3回以上」群は「週1~2回」群と比較して、有意ではないものの死亡リスクが増加する傾向を示した(ハザード比[HR]:1.52、95%信頼区間[CI]:0.84~2.75、p=0.163)。・サブグループ解析の結果、「週3回以上」群では、「週1~2回」群と比較して、 男性(HR:1.74、95%CI:0.83~3.65、p=0.140) 70歳未満(HR:2.20、95%CI:1.03~4.73、p=0.043) 麺類のスープを50%以上摂取(HR:1.76、95%CI:0.81~3.85、p=0.153) 飲酒習慣のある人(HR:2.71、95%CI:1.33~5.56、p=0.006)において、死亡リスクの増加傾向がみられた。

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Lp(a)高値が及ぼす冠動脈疾患以外へのリスクとは/Circulation

 リポ蛋白(a)[Lp(a)]は動脈硬化性心血管疾患(ASCVD)の残余リスクの1つとして重要とされ、近年、再注目されている。今回、MIT・ハーバード大学ブロード研究所のTiffany R Bellomo氏らが、Lp(a)高値が冠動脈以外の動脈硬化疾患の発症ならびに重大な合併症の進展に関連していることを明らかにした。Circulation誌オンライン版2025年7月28日号掲載の報告。 研究者らは、冠動脈以外の動脈硬化性疾患および合併症の発症リスクが高い患者を特定する上で、Lp(a)測定が有用となることを明らかにするため、英国バイオバンク46万544例のうちLp(a)が測定されていた患者データを解析。Cox比例ハザード回帰モデルを用いて、Lp(a)濃度と末梢動脈疾患(PAD)や頸動脈狭窄の発症の関連、初発の主要下肢有害イベント(MALE)および初発の脳卒中進展との関連についてモデル化した。 主な結果は以下のとおり。・解析対象者は、年齢中央値58歳(四分位範囲:51~64)、男性54.2%、欧州系94.4%、糖尿病患者5.5%、喫煙者10.5%であった。・追跡期間中央値13.6年(同:12.9~14.4)において、PADと頸動脈狭窄の初発者はそれぞれ6,347例(1.4%)と1,972例(0.43%)であった。・登録時点にPADと頸動脈狭窄を有していた対象者において、MALEあるいは脳卒中を発症したのはそれぞれ196例(2.7%)と67例(1.9%)であった。・Lp(a)中央値は、ASCVDのない患者は19.5nmol/L(同:7.6~73.5)、PAD発症例では25.3nmol/L(同:8.3~107.3)、MALEへ進展した症例では33.3nmol/L(同:8.7~158.2)、頸動脈狭窄の発症例では29.5nmol/L(同:8.5~116.3)、頸動脈狭窄から脳卒中へ進展した症例では37.8nmol/L(同:11.1~158.3)であった。・Lp(a)血清濃度75nmol/LあたりのPAD発症リスク推定値は、ハザード比(HR):1.18(95%信頼区間[CI]:1.15~1.20、p<0.0001)で、頸動脈狭窄発症リスク推定値(HR:1.17、95%CI:1.13~1.20、p<0.0001)とほぼ同等であった。・PAD患者のうちLp(a)高値群は、正常群と比較して、MALE発現リスクが1.57倍高かった(95%CI:1.14~2.16、p=0.006)。・頸動脈狭窄患者のうちLp(a)高値群が虚血性脳卒中を発症するリスクは1.40倍高かったが、有意ではなかった(95%CI:0.81~2.40、p=0.228)。

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「永遠の化学物質」が2型糖尿病リスクと関連?

 ほとんど分解されないために環境中に長期間存在し続けることから、「永遠の化学物質」と呼ばれているPFAS(ペルフルオロアルキル化合物やポリフルオロアルキル化合物)の血中濃度と、2型糖尿病発症リスクとの有意な関連性を示唆する研究結果が、「eBioMedicine」に7月21日掲載された。米マウントサイナイ・アイカーン医科大学のVishal Midya氏らの研究によるもので、同氏は、「われわれの研究は多様な背景を持つ米国の一般人口において、PFASがいかに代謝を阻害し糖尿病リスクを高めているのかを探索するという、新たな研究の一つである」と述べている。 PFASは1940年代から一般消費財に用いられるようになり、現在では焦げ付き防止処理の施された調理器具、食品包装材、家具、防水機能を持つ衣類など、さまざまな製品に利用されている。Midya氏は、「PFASは熱、油、水、汚れに強い合成化学物質で、極めて多くの日用品に含まれている。そしてPFASは容易に分解されない。そのため、環境中だけでなく、人体にも蓄積されていく」と解説している。 この研究は、マウントサイナイ病院でプライマリケアを受けている6万5,000人以上の患者データを用いたコホート内症例対照研究として実施された。糖尿病既往者を除外した上で、後に2型糖尿病を発症した患者群と、年齢、性別、人種/民族が一致する糖尿病未発症の対照群、各群180人を抽出。ベースライン(糖尿病群における糖尿病診断の中央値6年〔四分位範囲1~10〕前。対照群ではそれと同時点)で採取されていた血液サンプルのPFAS濃度と、糖尿病リスクとの関連を検討した。 PFAS濃度の三分位に基づき全体を3群に分け、年齢、性別、人種/民族、ベースラインのBMI、喫煙習慣、PFAS濃度測定検体の採血時期などを調整して解析すると、PFAS濃度が高い一つ上の三分位群に上がるごとの糖尿病診断オッズ比が1.31(95%信頼区間1.01~1.70)であり、両者の間に有意な関連が認められた。また、PFASはアミノ酸や炭水化物、および一部の薬物の代謝に影響を及ぼすことを示唆するデータも得られた。例えば、体内の脂質、血糖、薬物、エネルギーの代謝の調整に重要なシグナル伝達分子(sulfolithocholyglycine)のレベルが、PFASへの曝露によって変化している可能性が見いだされた。 ただし研究者らは、「研究の性質上、この結果のみではPFASと2型糖尿病の間に直接的な因果関係があるとは言えない」としている。因果関係の有無を確かめ、PFASがどのように代謝を変化させ糖尿病リスクに影響を及ぼすのかを詳細に理解するためには、さらなる研究が必要だという。

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死亡診断のために知っておきたい、死後画像読影ガイドライン改訂

 CT撮影を患者の生前だけではなく死亡時に活用することで、今を生きる人々の疾患リスク回避、ひいては医師の医療訴訟回避にもつながることをご存じだろうか―。2015年に世界で唯一の『死後画像読影ガイドライン』が発刊され、2025年3月に2025年版が発刊された。改訂第3版となる本書では、個人識別や撮影技術に関するClinical Questionや新たな画像の追加を行い、「見るガイドライン」としての利便性が高まった。今回、初版から本ガイドライン作成を担い、世界をリードする兵頭 秀樹氏(福井大学学術研究院医学系部門 国際社会医学講座 法医学分野 教授)に、本書を活用するタイミングやCT撮影の意義などについて話を聞いた。死亡診断にCTを活用する 本書は全55のClinical Question(CQ)とコラムで構成され、前版同様に死後変化や死因究明、画像から得られる状態評価に関する知見を集積、客観的評価ができるよう既発表論文の知見を基に記述が行われている。また、「はじめに」では死後画像と生体画像の違いを解説。死後画像では生体画像でみられる所見に加え、血液就下、死後硬直、腐敗などの死体特有の所見があること、心肺蘇生術による変化、死後変化などを考慮する点などに触れている。また、本ガイドラインに係る対象者は、院外(在宅)での死亡例、救急搬送後の死亡例、入院時の死亡例であることが一般的なガイドラインと異なっている。以下、実臨床における死亡診断に有用なCQを抜粋する。―――CQ2 死後CT・MRIで血液就下・血液凝固として認められる所見は何か?(p.7)CQ10 死後CT・MRIは死因推定に有用か?(p.34)CQ11 死後CTは院外心肺停止例の死因判定に有用か?(p.38)CQ14 死後画像を検案時に用いることは有用か(p.49)CQ33 死後CTで死因となる血性心タンポナーデの読影は可能か?(p.119)CQ35 死後画像で肺炎の判定に有用な所見は何か?(p.127)―――死者の身体記録を行う意義と最も注意すべきポイント 日本における死後画像読影や本書作成については、2012年の「医療機関外死亡における死後画像診断の実施に関する研究」に端を発する。死後画像読影が2014年に「死因究明等推進計画」の重要施策の一環となり、2020年に「死因究明等推進基本法」が施行されたことで、本格的に稼働しはじめた。現在、院外死亡例の死後画像読影は法医学領域に限定すると全国約50ヵ所での実施となるが、CT画像装置があれば解剖医や放射線診断医の在籍しない病院やクリニックでも行われるようになってきている。その一方で、本書の対象に含まれる“入院中に急変などで亡くなった方”については、「“CT撮影から解剖へ”という理解が進んでいない」と兵頭氏は指摘する。「解剖を必要としないような例であっても、亡くなった段階の身体の様子を記録に残すことは医療訴訟の観点からも重要」と強調。「ただし、全例を撮ることが実際には可能だが、CTを撮れば必ず死因がわかるわけではない」ことについても、過去に広まった誤解を踏まえて強調した。 撮影する意義について、「死後画像読影は、その患者にどのような治療過程があったのかを把握するために実施する。生前は部位を特定する限定的な撮影を行うが、死後は全体を撮影するため見ていなかった点が見えてくる。併せて死後の採血や採尿を実施することで、より死因の確証に近づいていく」と説明した。そのうえで、死後画像読影の判断を誤らせる医療行動にも注意が必要で、「救急搬送された患者にはルート確保などの理由で生理食塩水(輸液)を投与することがあるが、その生理食塩水の投与量がカルテに入力されていないことがよくある。輸液量は肺に影響を及ぼすことから、海外では医療審査官が来るまでは、点滴ルートを抜去してはいけないが、国内ではすぐにエンゼルケアを実施してしまう例が散見される。そうすると、適切な医療提供の是非が不明瞭になってしまう。家族へ患者を対面させることは問題ないが、エンゼルケア後の死後画像を実施すると真の死因解明に繋がらず、医療訴訟で敗訴する可能性もある」と強調した(CQ19:心肺蘇生術による輸液は死後画像に影響するのか?」)。 そして、多くの遺族は亡くなった患者のそばにいたい、葬儀のことも考えなくてはいけないといった状況にあるため、懲罰的なイメージを連想させる解剖を受け入れてもらうのはなかなか難しい。だからこそ「遺族には死後画像読影と解剖を分けて考えてもらい、一緒に死因を確認する方法として提案することが重要である。入院患者の死亡原因を明らかにするためと話せば、撮影に協力してもらいやすい」とコメントした。実際に解剖に承諾してくださる方が減少する一方で、画像読影のニーズは増加しているという。他方、在宅など院外で亡くなった方においては、「感染症リスクなどを排除する観点からも、CT撮影せずに解剖を行うのは危険を伴う」とも指摘している。医師も“自分の身は自分で守る”こと 医療者側のCT撮影・読影のメリットについて、「万が一、遺族が医療訴訟を起こした場合、医療施設がわれわれ医師を守ってくれるわけではない。死後画像読影は死者や遺族のためでもあるが、医師自らを守るためにも非常に重要な役割を果たす。遺族に同意を得てCT画像として身体記録を残しておくことは、医療事故に巻き込まれる前段階の予防策にもつながる」と強調した。このほかのメリットとして、「医師自身が予期できなかった点を発見し、迅速に家族へ報告することもできる。きちんとした医療行為を行ったと胸を張って提示できるツールにもなる」と話した。 なお、撮影技術に関しては、放射線技師会において死後画像撮影に関するトレーニングが実施されており、過去のように、生きている人しか撮らないという医療者は減っているという。死後画像撮影の課題、院外では診療報酬が適用されず 同氏は本ガイドライン作成のもう1つの目的として「都道府県ごとの司法解剖の均てん化を目指すこと」を掲げているが、在宅患者の死後画像撮影を増やしていくこと、警察とかかりつけ医などが協力し合うことには「高いハードルがある」と話す。近年では、自宅での突然死(院外での死亡)の場合には、各都道府県の予算をもって警察経由で検視とともに画像撮影の実施が進み、亡くなった場所、生活環境・様式(喫煙、飲酒の有無など)を把握、病気か否かの死因究明ができる。ところが、「かかりつけの在宅患者が亡くなった際に実施しようとすると、死者には診療報酬が適用されないのでボランティアになってしまう。CT撮影料以外にも、ご遺体の移動、読影者、葬儀会場へのご遺体の持ち込み方法など、画像撮影におけるさまざまな問題点が生じる」と現状の課題を語った。死後画像が生きる人々の危険予測に 本書の作成経緯や利用者像について、同氏は「2015年、2020年と経て、項目の整理ができた。エビデンスが十分ではないため、新たな論文公開を基に5年ごとの更新を目指している。法医学医はもちろんのこと、放射線技師や病理医など読影サポートを担う医療者に対して、どこまで何を知っておくべきかをまとめるためにガイドラインを作成した」とし、「ガイドラインの認知度が上がるにつれて利用者層が増え、今回は救急科医にも作成メンバーとして参加してもらった」と振り返る。 最後に同氏は「本書は他のガイドラインとは趣が少々異なり、読影の現状を示すマイルストーンのような存在、道しるべとなる書籍だと認識いただきたい。エビデンスに基づいた記述だけでは国内の現状にそぐわないものもあるため、それらはコラムとして掲載している。今年、献体写真がSNSで大炎上したことで、死後画像読影に関する誤った情報も出回ってしまったが、海外をリードする立場からも、死後画像読影によって明らかになっていない点を科学的に検証し、今を生きる人々の危険回避に役立つ施策を広めていきたい」と締めくくった。

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腰痛の重症度に意外な因子が関連~日本人データ

 主要な生活習慣関連因子と腰痛の重症度・慢性度との関連について、藤田医科大学の川端 走野氏らが日本の成人の全国代表サンプルで調査したところ、脂質異常症が腰痛重症度に関連し、喫煙が腰痛の重症度および慢性度の両方に関連していることが示された。PLoS One誌2025年7月30日号に掲載。 本研究では、無作為に抽出した20~90歳の日本人5,000人を対象に全国横断調査を実施。2,188人から有効回答を得た。現在の腰痛の有無、腰痛の重症度(痛みなし/軽度または中等度/重度)、慢性腰痛の有無により層別解析を行った。主な生活習慣関連因子は、BMI、飲酒、喫煙、運動習慣、併存疾患(脂質異常症、糖尿病、高血圧)、体型に関する自己イメージなどで、多変量ロジスティック回帰分析により各因子との関連の有無を評価した。 主な結果は以下のとおり。・現在腰痛ありは、BMI(オッズ比[OR]:1.04、95%信頼区間[CI]:1.00~1.07)、飲酒(OR:1.37、95%CI:1.04~1.80)、喫煙(OR:1.63、95%CI:1.21~2.20)、脂質異常症(OR:1.51、95%CI:1.06~2.13)と関連していた。・腰痛の重症度は、喫煙(OR:1.77、95%CI:1.19~2.64)、運動不足(OR:1.55、95%CI:1.10~2.15)、脂質異常症(OR:1.64、95%CI:1.06~2.55)と関連していた。・慢性腰痛ありは、喫煙(OR:1.70、95%CI:1.23~2.34)のみ有意に関連していた。

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循環器病予防に大きく寄与する2つの因子/国立循環器病研究センター

 心血管疾患(CVD)リスク因子については、高血圧や喫煙、体型、栄養などの関連性が指摘されている。では、これらの因子はCVDへの寄与について、どの程度定量化できるのであろうか。このテーマに関して、国立循環器病研究センター予防医学・疫学情報部の尾形 宗士郎氏らの研究グループは、高度なマイクロシミュレーションモデル「IMPACT NCD-JPN」を開発し、2001~19年に起きた循環器病のリスク要因の変化が、全国の循環器病(冠動脈疾患と脳卒中)の発症数、死亡数、医療費、QALYs(質調整生存年)にどのような影響を与えたかを定量的に評価した。その結果、収縮期血圧(SBP)の低下と喫煙率の低下が循環器病発症の軽減に大きく寄与していることがわかった。この結果は、The Lancet Regional Health Western Pacific誌2025年7月8日号に掲載された。男女ともに収縮期血圧と喫煙率の低下がCVD発症予防に寄与 研究グループは、2001~19年までの日本の人口集団(30~99歳)を、7つのCVDリスク因子の生涯データを用いてシミュレートし、集団におけるCVD発症率、死亡率、医療経済を推定した。ベースケースは観察傾向を反映、対照シナリオでは2001年の水準が継続したと仮定した。主要なアウトカムは、脳卒中と冠動脈疾患を含む全国的なCVD発症率であり、IMPACT NCD-JPNを用い、対照分析を含むマイクロシミュレーション研究を実施した。 主な結果は以下のとおり。・2001~19年にかけて、SBPと喫煙率は、男性/女性でそれぞれ6.8/7.2mmHgと18.4/6.8%減少した。・LDLコレステロール(LDL-c)、HbA1c、体格指数(BMI)、身体活動(PA)、果物/野菜(FV)の摂取量は、よりわずかな変化または悪化する傾向を示した。・ベースケースと対照シナリオについて、IMPACT NCD-JPNでCVD発生率を推定し、シナリオ間の差を定量化した結果、CVDリスク因子の変化により、期間累計で84万件(95%不確実性間隔:54万~130万)の国内CVD症例を予防またはその発症を遅らせた。・個々のCVDへの寄与度は、SBP:54万件、喫煙:28万件、LDL-c:2万7,000件、HbA1c:7,900件、BMI:-1万5,000件、PA:-1万6,000件、FV:-1万1,000件だった。 以上の結果から研究グループでは、「わが国における2001~19年までのCVDの負担減少の大部分は、SBPと喫煙の減少によるものだった。LDL-cとHbA1cからはわずかな効果が得られたが、BMIの増加、PAの低さ、およびFV摂取量の不足がこれらの効果を一部相殺した」と考えている。

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高齢てんかん患者では睡眠不足が全死亡リスクを押し上げる

 睡眠不足が健康に悪影響を及ぼすとするエビデンスの蓄積とともに近年、睡眠衛生は公衆衛生上の主要な課題の一つとなっている。しかし、睡眠不足がてんかん患者に与える長期的な影響は明らかでない。米ウォールデン大学のSrikanta Banerjee氏らは、米国国民健康面接調査(NHIS)と死亡統計データをリンクさせ、高齢てんかん患者の睡眠不足が全死亡リスクに及ぼす影響を検討。結果の詳細が「Healthcare」に4月23日掲載された。 2008~2018年のNHISに参加し、2019年末までの死亡記録を追跡し得た65歳以上の高齢者、1万7,319人を解析対象とした。このうち245人が、医療専門家からてんかんと言われた経験があり、てんかんを有する人(PWE)と定義された。 PWE群と非PWE群を比較すると、性別の分布(全体の39.2%が男性)や高血圧・糖尿病の割合は有意差がなかった。ただし年齢はPWE群の方が若年で(73.3±0.48対74.6±0.08歳)、現喫煙者・元喫煙者、肥満、慢性腎臓病(CKD)、心血管疾患(CVD)が多く、貧困世帯の割合が高いなどの有意差が見られた。睡眠時間については6時間未満、6~8時間、8時間以上に分類した場合、その分布に有意差はなかった。なお、以降の解析では睡眠時間7時間未満を睡眠不足と定義している。 平均4.8年の追跡期間中の死亡率は全体で37.3%、PWE群では46.5%、非PWE群は37.2%だった。非PWEかつ睡眠不足なし群を基準とする交絡因子未調整モデルの解析では、PWEかつ睡眠不足あり群の全死亡リスクが有意に高かった(ハザード比〔HR〕1.92〔95%信頼区間1.09~3.36〕)。 交絡因子(年齢、性別、人種/民族、飲酒・喫煙状況、教育歴、貧困、肥満、高血圧、糖尿病、CKD、CVDなど)を調整した解析でも、PWEかつ睡眠不足あり群はやはり全死亡リスクが有意に高かった(HR1.94〔同1.19~3.15〕)。それに対して、PWEで睡眠不足なし群は有意なリスク上昇が認められなかった(HR1.00〔同0.78~1.30〕)。 Banerjee氏らは、「てんかんと睡眠不足が並存する場合、予後が有意に悪化する可能性のあることが明らかになった。てんかん患者の生活の質(QOL)向上と生命予後改善のため、睡眠対策が重要と言える。臨床医は脳波検査に睡眠検査を加えたスクリーニングを積極的に行うべきではないか」と述べている。

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軽度認知障害は自らの努力で改善できるのか?【外来で役立つ!認知症Topics】第32回

MCIからUターンする要因軽度認知障害(MCI)とは、アルツハイマー病などの認知症の前駆状態、つまり予備軍として知られる。ところが、その4人に1人は健康な状態に戻れることも有名である。これをリバートといい、そうなる人はリバーターと呼ばれる。MCIからリバートできる要因を検討した臨床研究も少なからずある。筆者自身、10年以上前に、とても励まされた論文の記憶が残る。これは「好奇心が強いこと」「複雑な知的作業に熱心なこと」などがリバート要因であったと報告したオーストラリアの論文である1)。この種の研究はその後多くなされ、今日までにそれらのメタアナリシスも報告されている2, 3)。MCIと診断された人にとって、「自分の努力次第で改善するかもしれない」という希望は大きな励みになる。そのため、診察の場では「どうすればリバートできるのか、その要因を教えてほしい」という質問をしばしば受ける。リバート要因の現状と課題当然、われわれは患者さんに勇気を持ってもらい、実際に役立つ回答がしたいのだが、実はこれが容易でない。なぜなら、ご本人の努力や心掛けで変えられる確実な要因を伝えたいものの、まだほとんど確立されていないのである。既述した好奇心や複雑な知的作業といった要因も、知る限りではその後の研究で再確認されていない。一方で、リバートを予測する因子としてある程度確立されているのは、APOE4のような遺伝子型や、現時点での認知機能テストの成績といった、患者さん自身では変えられないものばかりだ。だがそれを教えても当事者にはあまり意味がない。以上を踏まえ、こうしたリバート要因に関する研究のメタアナリシス1, 2)を改めて整理し、臨床の場で使える要因を探ってみたい。リバート要因:4つの分類これまでに注目されてきたリバートの要因は、大きく4つに分けられる。1.身体・脳神経の医学に関わる要因2.年齢などいわゆる基本属性3.認知機能テストなど評価に関わる要因4.ライフスタイルに関わる要因1. 医学的要因まず医学的要因では、遺伝子APOE4の存在は確定しているだろう。そのほか、脳画像上の海馬容積が大きいこと、拡張期血圧が低いこと、BMIが低いこと、うつ病なども報告されているが、これらはまだ「有望な候補」といったレベルだ。2. 基本属性基本属性としては、年齢が若いこと、男性、高学歴、一人暮らしではないことなどが注目されている。興味深いことに、「一人暮らしのほうが緊張感があり、心身ともに活発になるためリバートしやすい」と考察する研究もある。しかし、個々の研究はもとより、メタアナリシスでさえも正反対の結果を示すものがあり、このような要因は確実とはいえない。たとえば、「男やもめにうじが湧き、女やもめに花が咲く」、つまり「独り暮らしの男性は家事がおろそかで不潔になりがちだが、独り暮らしの女性は清潔で華やかだ」という意味の古いことわざがあるように、一人暮らしでも性別によって結果が反対になることもありえるからである。3. 認知機能テストの成績認知機能テストに関しては、MMSEなどの得点が高いこと、あるいはMCIの中でも、複数の領域で障害が見られる「複数ドメインMCI」ではなく、1つの領域のみの障害である「シングルドメインMCI」であることが代表的要因だ。これらに関しては筆者も納得するのだが、そのことをMCI当事者に伝えても直接的な改善策にはなりにくいだろう。4. ライフスタイル要因ライフスタイルでは、規則的な家事労働が良いとする報告がある。しかし意外なことに、認知症の予防因子として知られる有酸素運動などは、リバート要因としてまだ確実とはいえないようだ。また、さすがに喫煙が良いとする報告はないが、規則的な飲酒は良いとする報告もみられる。中国の報告では、新鮮な果物の摂取、読書の習慣、マージャンなどゲームが予防的に働くという報告もある。こうした研究は興味深いが、今後の精緻な研究が待たれるだろう。以上から、残念ながらMCIの人自身が修正可能な要因は、現時点ではまだ確立されていないようだ。臨床で丁寧に伝えたい4原則今回、このMCIのリバート要因と、中年期からの難聴など、近年Lancet誌で報告された認知症のリスクファクターは重複する部分もあるが、すべて同じではないかもしれないと感じた。とはいえ、臨床の現場では、リバート要因としても、運動、栄養、休養、そして社会交流(孤独にならないこと)の4原則を伝えることが基本となるだろう。また筆者の印象ながら「MCIと診断された人は、一般の健康成人に比べて、予防に対してより切実・真摯である」ことは事実であろう。それだけに、これらの原則をより丁寧に伝えたい。また、MCIの合併症は改めて要注意だ。うつ、複雑部分発作などのてんかん、発達障害(ADHD)は合併症でもありえるが、実はMCIの主因だということもある。しかもこれらは原則的に、薬物治療によって改善する可能性があるので、忘れてはならない。終わりに近い将来、MCIのリバート要因の探索は、ビッグデータを用いてさまざまな注目要因を組み合わせ、その相互作用をAIで解析することで、大きな進歩があるかもしれない。参考1)Sachdev PS, et al. Factors predicting reversion from mild cognitive impairment to normal cognitive functioning: a population-based study. PLoS One. 2013;8:e59649.2)Xue H, et al. Factors for predicting reversion from mild cognitive impairment to normal cognition: A meta-analysis. Int J Geriatr Psychiatry. 2019;34:1361-1368.3)Zhao Y, et al. The prevalence and influencing factors of reversion from mild cognitive impairment to normal cognition: A systemic review and meta-analysis. Geriatr Nurs. 2025;63:379-387.

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早過ぎる子どものスマホデビューは心の発達に有害

 子どもの心身の健康を大切に思うなら、子どもがティーンエイジャーに成長するまではスマートフォン(以下、スマホ)は与えないほうが良いかもしれない。新たな研究で、18~24歳の若者のうち13歳未満でスマホを与えられた人では、自殺念慮、攻撃性、現実からの乖離感、感情調節困難、自己肯定感の低下などのリスクが高いことが示された。米Sapien LabsのTara Thiagarajan氏らによる詳細は、「Journal of Human Development and Capabilities」に7月20日掲載された。 Thiagarajan氏は、「われわれのデータは、早期からのスマホの所持と、それに伴うソーシャルメディアの利用が、成人期早期の心の健康とウェルビーイングに大きく影響することを示している」とジャーナルの発行元であるTaylor & Francis社のニュースリリースの中で話している。その上で、「当初は研究結果が強力であることに驚いた。しかし、よく考えてみれば、発達段階にある若い心は、その脆弱性や人生経験の少なさからオンライン環境からの影響を受けやすいというのは当然のことかもしれない」と述べている。 Thiagarajan氏らは今回、現代社会がメンタルヘルスに与える影響を評価することを目的としたグローバル・マインド・プロジェクト(Global Mind Project)の一環として、世界の10万人以上の若年成人のデータを分析した。参加者は、社会的、感情的、認知的、身体的なウェルビーイングの状態を示す「心の健康指数(Mind Health Quotient ;MHQ)」を評価するための質問票に回答していた。本研究では、1997~2012年に生まれ、幼少期からスマホとソーシャルメディアのある環境で育った「Z世代」に着目して解析を行った。 その結果、13歳になる前からスマホを所持していた若年成人は、13歳以降にスマホを持つようになった人と比べてMHQ(Mental Health Quotient)のスコアが低く、自殺念慮に加えて、攻撃性や現実からの乖離感、幻覚などの深刻な症状が多く報告されていた。こうした傾向は、スマホを所持し始めた年齢が低いほど顕著であった。例えば、5、6歳でスマホを持つようになった女性の約半数(48%)が自殺念慮を報告していたのに対し、13歳時からスマホを持ち始めた女性ではその割合は28%にとどまっていた。さらに、低年齢時からスマホを持っていた女性は、セルフイメージや自己肯定感が低く、自信がなく、感情面のレジリエンス(立ち直る力)も弱い傾向が認められた。一方、低年齢時からスマホを持っていた男性では、精神的な安定性や自己肯定感、共感力が低い傾向が見られた。 これらの結果の原因を探ったところ、低年齢からのスマホの所持と早期成人期のメンタルヘルス状態の悪化との関連の約40%は早期のソーシャルメディア利用により説明できることが示された。また、ネットいじめ(10%)、睡眠の乱れ(12%)、不良な家族関係(13%)などもメンタルヘルス悪化の要因として挙げられた。 Thiagarajan氏は、「これらの結果とともに、世界各国で初めてスマホを手にする年齢が13歳未満となっている現状を踏まえ、われわれは政策立案者に飲酒や喫煙と同様の予防的アプローチを採用することを強く要求する。具体的には、13歳未満でのスマホ利用の制限、デジタルリテラシー教育の義務化、企業の説明責任の徹底を求める」と提言している。 なお、Thiagarajan氏によると、フランス、オランダ、イタリア、ニュージーランドなどでは、すでに学校でのスマホ使用を禁止または制限しているという。また米国でも、州によっては学校でのスマホの使用を制限または禁止する法律が可決されている。

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禁煙にはニコチンガムよりニコチン入り電子タバコ

 禁煙に際して、ニコチンを含んだガムや飴を用いるよりも、ニコチンを含む電子タバコの方が、効果が優れていることを示唆する研究結果が発表された。6カ月間での禁煙成功率に、約3倍の差があったという。ニューサウスウェールズ大学(オーストラリア)および国立薬物・アルコール研究センターのRyan Courtney氏らの研究の結果であり、詳細は「Annals of Internal Medicine」に7月15日掲載された。なお、研究者らは、長期的な禁煙継続率への影響は未確認であることを指摘している。 この研究は、公的年金等を受給している社会的弱者に該当する成人のうち、禁煙の意思がありながら毎日喫煙している1,045人を対象として、2021年3月~2022年12月に実施された。ランダムに1対1の割合で2群に分け、1群にはニコチン入りのガムや飴、他の1群にはメンソールやフルーツ風味のフレーバー付きニコチン入り電子タバコを、それぞれ8週間分支給。また、全員に対して5週間にわたり、禁煙サポートのためのテキストメッセージの自動配信を行った。 7カ月後の追跡調査を受けたのは866人(82.9%)だった。割り付けを知らされていない研究者が盲検下で、一酸化炭素呼気試験により禁煙/非成功を判定。ニコチン入りのガムや飴を受け取っていた群では9.6%(523人中50人)が、6カ月間禁煙が継続していたと判定された。一方、電子タバコを受け取っていた群のその割合は28.4%(522人中148人)と高かった(リスク差の推定値18.7%〔95%信頼区間14.1~23.3%〕、電子タバコが優れている事後確率が99%超)。また、自己申告による有害事象の発生率は、電子タバコ群の方が有意に低かった(発生率比0.75〔同0.65~0.88〕、P<0.001)。 以上を基に著者らは、「社会的に不利な立場にある人々を対象とした今回の研究では、フレーバーを選べるニコチン入り電子タバコを、わずかなテキストメッセージによる行動支援と組み合わせて提供した場合、ニコチン代替療法としてのガムや飴と比較して、より高い効果を期待できることが示された」と結論付けている。ただし、「ニコチン入り電子タバコによる禁煙が成功した後に、その状態が長期間維持されるという確実な証拠を得るため、さらなる研究が必要だ」としている。 また、その他の留意事項として、「現時点のエビデンスは、紙巻タバコから電子タバコへと完全に切り替えた場合に、健康リスクが低下する可能性を示唆している。しかし、電子タバコの健康への長期的な影響はほとんど分かっていない。電子タバコが心臓血管系の健康に悪影響を与える可能性があることを示すデータも出てきている」と付け加えている。 なお、日本ではニコチンを含む電子タバコは承認されていない。

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