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認知症を「予防」できるのか?認知症基本法の2つの軸は、予防と共生だとされる。この法律の成立過程では「認知症を予防できるのか? できもしないものを法律の目玉にするのはいかがなものか」という厳しい意見が相次いだ。背景には、家族が懸命に予防に努めながらも発症を防げなかったという、切実なケースが少なくなかったからだ。「主人はアルツハイマー病予防に良いとされる運動も脳トレも十分やった。睡眠もしっかり取り、栄養面では私が地中海式の食事作りに励んだ。だけどアルツハイマー病になり、最後は何もわからなくなって亡くなった。私たちが予防を怠けていたからこうなったと言うの?」確かに臨床の場においてこのような例は少なくない。血管性認知症なら血圧や血糖管理に一定の予防効果が期待できるだろう。しかし、アルツハイマー型認知症については、少なくとも近年までは「これ!」という手応えのある予防法はなかった。だからこそLancet誌では、2017年からGill Livingston氏を中心に認知症の真の危険因子を特定する試みを始め、2020年、2024年に改訂版が出された1,2,3)。最新の2024年版では「14の因子」が示され、これらに対応することで認知症発症を45%抑制できると述べられている。危険因子の定義と分類そもそも「危険因子(リスクファクター)」とは何か? どんな疾患も、とくに認知症のような生活習慣病においては、科学的根拠に基づき、疾患の発生と関連するとされる個々の因子を指す。科学的根拠があるとは因果関係が証明されていることである。危険因子は以下の5つのカテゴリーに分類される。1)行動危険因子:喫煙・飲酒、運動習慣などライフスタイル。2)生理学的危険因子:高血圧、肥満など主に生活習慣病に関連するもの。3)人口統計学的危険因子:年齢や性別など基本属性。4)環境危険因子:大気汚染や温暖化など。5)遺伝的危険因子:アルツハイマー病ならAPOE遺伝子など。Lancet誌が示したリスク因子は、これら5つのうち、1)行動危険因子、2)生理学的危険因子、4)環境危険因子に関わるものである。3)人口統計学的危険因子と5)遺伝的危険因子といった、個人の努力で修正不可能な因子は除外されている。画像を拡大するLancet誌のリスク因子は、1)として教育、運動、肥満、飲酒、喫煙、孤独、うつ、2)では糖尿病、高血圧、高LDL、難聴、視力低下、頭部外傷、4)として大気汚染に分けられる。アルツハイマー病理の変遷と「リスク」の正体アルツハイマー病研究の源流は、老人斑の主成分アミロイドβ、神経原線維の主成分タウにある。ところが、近年の抗アミロイドβ抗体薬の治験等を通じて、これらを減らしてもアルツハイマー型認知症は進行することが明らかになった。そこで近年では、神経炎症、酸化ストレス、さらに血液脳関門(BBB)などを介して病勢が進むと考えられ、その方向に沿った新薬も開発されつつある。ある要因をアルツハイマー病など認知症の「リスク」と呼ぶ以上、その要因がなぜ認知症の病理を生じさせるのか合理的説明が必要だ。その考え方に沿って、報告されたリスクに関する文献をたどってみた。ほとんどの要因について、アミロイドβやタウといった「伝統的」なものに働きかけるメカニズムだけでなく、神経炎症、酸化ストレス、さらにBBBを介する「新顔」のメカニズムにも言及されていた。以上の、いわばリスク総論に基づいて、これから14の危険因子の特徴を簡潔にまとめていく。今回は、これらのうち発症への寄与率がいずれも7%と最も高い「中年期からの難聴」と「高LDL」について、その具体的なメカニズムを整理したい。1.難聴がもたらす影響難聴については、「社会的孤立」「認知負荷の増大」「脳の構造的変化」という3つの考え方が主流になっている。まず「社会的孤立」は、聞こえにくくなると他人との交わりを避けるようになり、それが脳への刺激を減らし認知機能の低下を招く。次に「認知負荷の増大」は、難聴になると会話を理解するうえで大きな処理能力が必要になり、その負担が本来なら記憶や思考に使われるべき脳のリソースを損なうとする、いわばエネルギー保存の法則である。さらに「脳の構造的変化」は、長期間にわたる聴覚刺激の減少により、脳の聴覚野が萎縮し始め、この変化が脳全体の萎縮や神経回路の変性を促進する。2.高LDLが脳に与えるダメージ高LDLについては、まず「脳血管障害説」がある。脂質プラークが血管壁に蓄積し、血管を狭窄させて脳への血液灌流を減少させるという。またこれは、脳内でアミロイド前駆体タンパク質の分解酵素を活性化してアミロイドβ生成を高める。さらに、高LDLに関連する酸化LDL(Ox-LDL)がミクログリアを活性化することでサイトカイン放出を増加させ、脳内の慢性的な炎症状態が続き、神経細胞死を促進させる。残りの危険因子については、次回に取り上げる。参考文献1)Livingston G, et al. Dementia prevention, intervention, and care. Lancet. 2017;390:2673-2734.2)Livingston G, et al. Dementia prevention, intervention, and care: 2020 report of the Lancet Commission. Lancet. 2020;396:413-446.3)Livingston G, et al. Dementia prevention, intervention, and care: 2024 report of the Lancet standing Commission. Lancet. 2024;404:572-628.