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近年、肺がん治療は急速に進化し、生命予後も顕著に改善している。しかし、肺がん患者におけるがん悪液質の発症頻度は高く、その生命予後への影響は現在においても大きい事が報告されている。肺がんと悪液質の発現と、その弊害について、静岡県立静岡がんセンターの内藤 立暁氏に聞いた。肺がんにおける悪液質はどのような形で現れるのでしょうか。進行肺がんを有する患者さんは、診断の時点で半数以上ががん悪液質を有していますが、そのことは本人も、家族も、診療している医療従事者も気づいていない場合が多いようです。がん悪液質を有する肺がん患者さんは、身体機能が低下し、化学療法の副作用が多く、生存期間が短いことがわかっています。したがって、化学療法などによって腫瘍を制御することはできても、全体的にみると臨床転帰は悪いということをしばしば経験するのです。このような患者さんにおいては、がん悪液質の存在をできるだけ早く診断し、適切な栄養療法や運動療法などの支持療法を併用することで、がん治療を長く継続でき、身体機能も維持されるのではないかと考えられています。肺がんと悪液質について今までの研究について教えていただけますか。私たちは、70才以上の高齢の進行肺がんの患者さん60例の体重、骨格筋量、身体機能、日常生活動作を定期的に測定する観察研究「進行肺癌を有する高齢者の日常生活動作の観察研究」(UMIN000009768)を実施しました。画像を拡大するその結果、がんの診断の時点で約6割(58%)の患者さんが悪液質の基準(スライド参照)を満たし、3割(28%)の患者さんが前液質の状態(2~5%の体重減少)にありました。つまり、約9割は初診時に前悪液質以上の状態だったことになります。表に示すように、診断の時点において、前悪液質あるいは悪液質の患者さんは、PS良好で、食欲もあり、体格や食欲についても非悪液質の患者さんと大差はなく、外見上は非常に鑑別の難しい状態にあります。体重減少という簡単な指標に注目することで、これだけ多くの患者さんで栄養障害が潜在的に存在していることがわかるのです。ちなみに、1年後には状況はさらに悪化し、8割程度が悪液質の基準を満たしてしまいます。画像を拡大するこの研究の副解析で、高齢の肺がん患者さんにおいて、がんの診断から死亡に至るまで、どのような順序で体の変化が生じるかを調査しました。体重減少以外にどのような身体的なイベントが起きるのでしょうか。さまざまイベントが起きますが、その発現には順番があります。各イベント発現の中央値をみると、体重減少は進行がんの早期、最初のイべントとして起きます。それに続いて起こるのが歩行機能障害です。抗がん剤治療開始後3ヵ月の段階で、半数以上の患者さんに歩行機能障害が起きています。約半年で筋力(握力)低下し、約1年後には要介護状態となります。また要介護から約半年後に、死亡の最終イベントが生じます。画像を拡大する画像を拡大するがんの治療では生存に目が行きがちですが、その間に体重減少から始まるさまざまな身体的イベントが起こっていることが、この観察研究でおわかりいただけるのではないかと思います。悪液質が起こることによる弊害は?同じ研究のステージIVの集団の解析から、診断時に悪液質であった患者さんは、そうでなかった患者さんに比べると、同じ生存期間であっても要介護状態の方が顕著に多いことがわかります。つまり、悪液質の患者さんは健康寿命も短いのです。画像を拡大するまた、がん悪液質の存在は医療依存度にも関連があります。非悪液質患者さんの診断から1年間の入院日数は60日間であるのに対し、悪液質患者さんは92日間も入院しています。1年間で1ヵ月も入院期間が長いことが明らかになりました。それに伴い、悪液質患者さんの医療費は年間150万円、非悪液質患者さんよりも多くなります。その医療費の追加分の内訳は、合併症による予定外受診や緊急入院、緩和治療に対する用途が多くを占めていました。このようなところにも悪液質の弊害は表れています。画像を拡大する肺がんの中でも悪液質の発現には違いがあるのでしょうか。腫瘍熱を有していたり、血清CRP値の高い症例では、慢性的炎症とそれに伴うサイトカインの分泌などから、がん悪液質を起こしやすいと考えられています。高齢者の肺がんでは、悪液質をケアし身体機能を良好に保ちつつ、がん治療を行うことが必要ですね。その通りです。これらの研究結果から、特に高齢者の担がん患者さんにおいては、管理栄養士、理学療法士、看護師、医師が連携し、栄養サポートやリハビリを組み合わせた支持医療を提供していくことが重要と考えています。このようながん悪液質に対する集学的支持医療は、患者さんの生命予後の延長だけでなく、機能予後の改善も期待できるのではないかと思います。1)内藤立暁, 髙山浩一, 田村和夫 日本がんサポーティブケア学会2019年3月2)森 麻理子, 青山 高, 内藤 立暁ほか 日本病態栄養学会誌.2017:20:205-213.3)Naito T. Evaluation of the True Endpoint of Clinical Trials for Cancer Cachexia. Asia Pac J Oncol Nurs.2019;6:227-233.4)Naito T, Okayama T, Aoyama T, et.al. Unfavorable impact of cancer cachexia on activity of daily living and need for inpatient care in elderly patients with advanced non-small-cell lung cancer in Japan: a prospective longitudinal observational study. BMC Cancer.2017;17:800.5)Naito T, Okayama T, Aoyama T, et.al. Skeletal muscle depletion during chemotherapy has a large impact on physical function in elderly Japanese patients with advanced non-small-cell lung cancer. BMC Cancer.2017;17:571.