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診療の現場における安全な処方に必要なものは何か…(解説:吉岡 成人 氏)-512

薬剤をより安全に処方すること 外科医が行う手術、内科医が行う外科的なインターベンションと並んで、抗菌薬や抗がん化学療法薬などに代表される薬物治療は、内科医にとって重要な治療のツールである。臨床の現場では、作用と副作用というアンビバレンスを勘案して、慎重に処方を行うことが望まれる。一方、忙しさに紛れ、薬物の相互作用にうっかり気付かずに、副作用のリスクを高めてしまう処方が行われることもまれではない。 本論文は、スコットランドにおけるプライマリケアの診療現場で、一定の割合で副作用を引き起こす可能性のある高リスク薬の処方を、どのような臨床介入によって適正化しうるかについて検討した成績を示した論文である。教育と情報そして金銭的なインセンティブ 高リスク薬として、非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)、抗血小板薬を取り上げ、慢性腎臓病患者(CKD≧ステージ3)や、利尿薬とACE阻害薬ないしはARBを併用している患者にNSAIDsを処方した場合、胃粘膜保護薬を併用せずにNSAIDsと抗凝固薬の併用を行った場合を高リスク処方と判定し、介入によって処方行動が変容するか否かを検討している。 教育、金銭的インセンティブ、患者情報の提供という3つの介入が実施されている。まずは、薬剤師がクリニックを訪問し1時間にわたって知識の共有と確認を行い、続いて、参加登録時に350ポンド(600USドル)、高リスク薬を処方した患者の病歴を確認した際には患者1人当たり15ポンド(25USドル)のインセンティブを支払い、さらに、プライマリケア医が診療している患者の中から、病歴の確認が必要な患者を抽出し、「フラグ」を付けてアラートを行い、医師が対象薬となっている高リスク薬剤の投与を中止するか、副作用を予防する薬剤を追加処方した際に「フラグ」が消えるというシステムを構築し、医師が容易に診療内容をネット上でID、パスワードを用いて確認することができるようにするという、3つの介入を実施している。高リスク処方の減少と副作用による入院が減少 Stepped wedge designという、試験開始の時期をずらしながら順番に介入を行うという方法で介入試験を行った、33ヵ所の診療現場における3万3,000例以上の患者の結果が解析されている。 高リスク処方の割合は、3.7%(2万9,537例中1,102例)から2.2%(3万187例中674例)に有意に低下し(オッズ比0.623、95%信頼区間:0.57~0.86、p<0.001)、消化性潰瘍や消化管出血による入院も1万人年当たり55.7件から37.0件に有意に減少。心不全による入院も1万人年当たり707.7件から513.5件に有意に減少したが、急性腎不全による入院に変化はなかった(1万人年当たり101.9件から86.0件、オッズ比0.84、95%信頼区間:0.68~1.09、p=0.19)。高リスク処方の減少に何が有効だったのか それでは、知識の提供、金銭的インセンティブ、高リスク処方に注意を喚起するシステムのうち、何が最も有用であったのか…。それについては、この論文からは読み取ることができない。どのような知識を持っていても、忙しい診療の現場では、ついうっかり…という処方ミスが起こる可能性はきわめて大きい。しかし、処方を実施した後にレビューするシステムがあったとしても、習慣としてそれにアクセスするには動機(きっかけ)が必要であろう。そのために、世俗的ではあるが、少額ではあっても金銭的インセンティブが有用なのかもしれない。 処方の適正化はきわめて重要なことであり、予想しうる副作用を阻止するためのフェイルセイフ機構を構築することは喫緊の課題ともいえる。しかし、その方策をどのようにすべきか…。ひとつの回答が示されたが、この回答をどのように臨床の現場で応用していくのかは簡単ではなさそうである。関連コメント高リスク処方回避の具体的方策が必要(解説:木村 健二郎 氏)診療所における高リスク処方を減らすための方策が立証された(解説:折笠 秀樹 氏)ステップウェッジ法による危険な処方を減らす多角的介入の効果測定(解説:名郷 直樹 氏)「処方箋を書く」医師の行為は「将棋」か「チェス」か?(解説:後藤 信哉 氏)

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プライマリケアでのNSAID・抗血小板薬の高リスク処方を減らすには/NEJM

 プライマリケア診療所に対し、専門家によるリスクの高い処方に関する教育や、処方の見直しが必要な患者について医師に通知する情報システム、さらにそうした処方の見直しに対する金銭的インセンティブを与えるという複合的介入で、非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)や抗血小板薬に関する高リスク処方が4割ほど減り、関連する入院の発生も減少したという。スコットランド・ダンディー大学のTobias Dreischulte氏らが、34ヵ所のプライマリケア診療所を対象に行ったクラスター無作為化試験の結果、明らかにした。NEJM誌2016年3月17日号掲載の報告より。NSAIDsと抗血小板薬に関する9つの高リスク処方発生率を比較 研究グループは、スコットランドのテイサイド州で、34ヵ所のプライマリケア診療所(医師が所有する)を対象に、ステップウェッジ・デザインの無作為化試験を行った。試験対象の診療所に対しては、48週間にわたり、(1)薬剤師など専門家による教育(開始時に1時間受講)、その後8週ごとにレターなどが送付、(2)電子カルテから処方の見直しが必要な患者データを特定するなどの情報システムによる支援、(3)高リスク処方について見直しを行った際に支払う金銭的インセンティブ(初回固定額として600ドル、見直した患者ごとに25ドル;フルタイム医師当たり平均収入の約0.6%に相当する平均約910ドルの支払いを見込んだ)をそれぞれ提供した。 主要評価項目は、NSAIDsと抗血小板薬に関する次の9つの高リスク処方の複合だった。(1)消化管潰瘍患者に胃粘膜保護薬処方なしでNSAIDまたはアスピリン処方、(2)75歳以上患者に胃粘膜保護薬処方なしでNSAID処方、(3)65歳以上患者に胃粘膜保護薬処方なしでNSAID処方、(4)65歳以上・アスピリン服用患者に胃粘膜保護薬処方なしでクロピドグレル処方、(5)経口抗凝固薬服用患者に胃粘膜保護薬処方なしでNSAID処方、(6)経口抗凝固薬服用患者に胃粘膜保護薬処方なしでアスピリンまたはクロピドグレル処方、(7)RAS阻害薬と利尿薬服用患者にNSAID処方、(8)慢性腎臓病患者にNSAID処方、(9)心不全歴あり患者にNSAID処方。 副次評価項目は、処方関連の入院などだった。解析は、intention-to-treatを原則とし、混合効果モデルを用いてクラスターデータを評価した。消化管潰瘍・出血による入院も3割強減少 試験を完了した33診療所を包含し、介入前の対象患者3万3,334例と、介入後の対象患者3万3,060人について分析を行った。 その結果、事前に規定した高リスク処方(あらゆるリスクを有した患者)の発生率は、介入直前の3.7%(2万9,537例中1,102例)から、介入終了時の2.2%(3万187例中674例)へと4割程度減少した(補正後オッズ比:0.63、95%信頼区間[CI]:0.57~0.68、p<0.001)。 また、消化管潰瘍や消化管出血による入院も、介入前の55.7件/1万患者年から介入期間中の37.0件/1万患者年へと、有意に減少した(率比:0.66、95%CI:0.51~0.86、p=0.002)。心不全による入院も、707.7件/1万患者年から513.5件/1万患者年へと、有意に減少した(率比:0.73、95%CI:0.56~0.95、p=0.02)。 一方、急性腎障害による入院は、101.9件/1万患者年から86.0件/1万患者年へと、有意な減少は認められなかった(率比:0.84、95%CI:0.68~1.09、p=0.19)。

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“糖尿病合併高血圧にはRAS阻害薬”という洗脳から解き放たれるとき(解説:桑島 巖 氏)-487

 多くの臨床医は、“糖尿病合併高血圧にはRAS阻害薬”という考えにとりつかれてはいないだろうか。この問題にあらためて挑戦し、メタ解析を行ったのが、“的確な臨床試験コメンテーター”で知られるMesserli氏らのグループである。 彼らは、PubMed、Embaseやコクランライブラリーなどといった信頼性の高いデータベースから、糖尿病患者に対するRAS阻害薬の心血管合併症予防効果を、他の降圧薬と比較するメタ解析を行った。メタ解析で最も注意すべきセレクションバイアスは、独立した3名の専門家による論文選択と、コクランライブラリー基準にのっとりながら極力除外している。 RCT選択は、100例以上のサンプルサイズであること、最低1年以上の追跡期間であること、プラセボ対照試験を除外していること、そして注意すべきことは心不全を含んだトライアルは除外していることである。ACE阻害薬の心不全予防効果が他の降圧薬よりも優れていることは、証明されているからとしている。 そのメタ解析の結果、総死亡、心血管死、心筋梗塞、狭心症、脳卒中のいずれにおいても、RAS阻害薬が他の降圧薬よりも優れているという結果は得られなかったと結論付けている。個々の降圧薬との比較をみると、Ca拮抗薬との比較では、心不全以外ではまったく差が認められず、利尿薬、β遮断薬との比較においても、心血管イベント抑制効果に優位性は認めることができなかった。 そもそも、臨床医が“糖尿病合併高血圧ではRAS阻害薬”という考えにとりつかれたきっかけは、糖尿病性腎症に対するRAS抑制薬の蛋白尿抑制効果が大規模臨床試験で報告され、以来“糖尿病にはRAS阻害薬”というように拡大解釈された結果ではないかと著者らは考察している。 わが国の「高血圧治療ガイドライン2014」では、糖尿病合併高血圧患者における降圧薬選択に関しては、糖脂質への影響と糖尿病性腎症に対する効果のエビデンスより、RA系阻害薬(ARB、ACE阻害薬)を第1選択薬として推奨するとある。 しかも、その根拠としてABCD試験やFACET試験のようなきわめて小規模なトライアルを引用しているにすぎない。さらに問題は、CASE-Jのサブ解析結果を引用していることである。CASE-JにおけるARBカンデサルタンの糖尿病新規発症予防効果は、実はスポンサーの指示によって定義を後付けで変更するという不正な操作によって導き出されたことが、調査報告書で明らかになっているのである。それにもかかわらず、ガイドラインはいまだこの部分を訂正していない。 本メタ解析では、ベースライン時に腎症を合併している糖尿病のアウトカムについても解析しているが、他の降圧薬に比べて優位性を認めることができなかったとしている。 ここ20年間、ARBの降圧を超えて臓器保護効果や、糖尿病にはRAS阻害薬といった、誤ったマインドコントロールから覚めるときが来たようである。

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ネフローゼ症候群〔Nephrotic Syndrome〕

1 疾患概要■ 概念・定義ネフローゼ症候群は高度の蛋白尿(3.5g/日以上)と低アルブミン血症(3.0g/dL以下)を示す疾患群であり、腎臓に病変が限局するものを一次性ネフローゼ症候群、糖尿病や全身性エリテマトーデスなど全身疾患の一部として腎糸球体が障害されるものを二次性ネフローゼ症候群と区別する(表1)。ネフローゼ症候群には浮腫が合併し、高コレステロール血症を来すことが多い。ネフローゼ症候群の診断基準を表2に示す。また、治療効果判定基準を表3に示す。画像を拡大する画像を拡大する画像を拡大する■ 疫学新規発症ネフローゼ症候群は、平成20年度の厚生労働省難治性疾患対策進行性腎障害調査研究班の調査では年間3,756~4,578例の新規発症があると推定数が報告されている。日本腎生検レジストリーの中でネフローゼ症候群を示した患者の内訳は図1に示すように、IgA腎症を含めると一次性ネフローゼ症候群が2/3を占める。二次性ネフローゼ症候群では糖尿病が多く、ループス腎炎、アミロイドーシスが続く。ネフローゼ症候群を示す各疾患の発症は、図2に示すように年齢によって異なる。15~65歳ではループス腎炎、40歳以上で糖尿病、アミロイドーシスが増加する。図2に示すように一次性ネフローゼ症候群は、40歳未満では微小変化型(MCNS)が最も多く、60歳以上では膜性腎症(MN)が多くなる。巣状分節性糸球体硬化症(FSGS)、膜性増殖性糸球体腎炎(MPGN)は全年齢を通じて発症する。画像を拡大する画像を拡大する■ 病因ネフローゼ症候群において大量の蛋白尿が出るときには、糸球体上皮細胞(ポドサイト)が障害を受けている。MCNSの場合には、この障害に液性因子が関連している可能性が示唆されているが、その因子はいまだ同定されていない。FSGSは、ポドサイトを構成するいくつかの遺伝子の異常が同定されており、多くは小児期に発症する。特発性のFSGSは成人においても発症するが、原因は不明である。MNの原因の1つに、ホスホリパーゼA2受容体(PLA2R)に対する自己抗体の存在が証明されており、ポドサイトに発現するPLA2Rに結合して抗原抗体複合物を産生することが示されている。MPGNは糸球体基底膜の免疫複合体の沈着位置によってI、II、III型に分類される。I型の原因は、補体の古典的経路による活性化が原因と考えられている。III型も同じ原因との説があるが、まだ明確にはわかっていない。II型は補体成分に対する、後天的な自己抗体が産生されることによるとされている。最近、MPGNはC3腎症として定義され、C3が主として糸球体に沈着する腎症群とする考え方に変わってきた。■ 症状1)浮腫ネフローゼ症候群には浮腫を合併する。浮腫の発症機序を図3に示す。画像を拡大する浮腫の発生には2つの仮説がある。循環血漿量不足説(underfill)と循環血漿量過剰説(overfill)である。underfill仮説は、低アルブミン血症のために、血漿膠質浸透圧が低下するとStarlingの法則に従い水分が血管内から間質へ移動することにより循環血漿量が低下する。その結果、レニン・アンジオテンシン・アルドステロン系(RAAS)や交感神経系が活性化され、二次的にNa再吸収を促進し、さらに浮腫を増悪するとされる。2つ目はoverfill仮説であり、遠位尿細管や集合管におけるNa排泄低下・再吸収の亢進が一次的に生じて、Na貯留により血管内容量が増加した結果、静水圧が高まり浮腫を生じるというものである。この原因に、糸球体から大量に漏れてくるplasminなどの蛋白分解酵素が、遠位尿細管や集合管に存在する上皮Naチャネルの活性化に関連し、Na再吸収が亢進するとの報告もある。低アルブミン血症が徐々に進行する場合には膠質浸透圧勾配はほとんど変化しないこと、ネフローゼ症候群患者では必ずしもRAS活性化がみられないことなど、underfill仮説に反する報告もあり、とくに微小変化型ネフローゼ症候群の患者が寛解する際、血清アルブミン値が上昇する前に浮腫が改善し始めるという臨床的事実は、overfill仮説を支持するものである。浮腫成立の機序は必ずしも単一ではなく、症例ごと、また同じ症例でも病期により2つの機序が異なる比率で存在するものと思われる。2)腎機能低下ネフローゼ症候群では腎機能低下を来すことがある。MCNSでは低アルブミン血症による腎血漿流量の低下から、一過性の腎機能低下はあっても、通常腎機能低下を来すことはない。それ以外の糸球体腎炎では、糸球体障害が進めば腎機能の低下を来す。3)脂質異常症肝臓での合成亢進と分解の低下から、高LDLコレステロール血症を来す。■ 予後MCNS、FSGS、MNの治療後の寛解率を図4に示す。画像を拡大するMCNSは2ヵ月以内に85%が完全寛解する。FSGSは6ヵ月で約45%、1年で約60%が完全寛解する。MNは6ヵ月では30%しか完全寛解しないが、1年で60%が完全寛解する。平成14年度厚生労働省難治性疾患対策進行性腎障害調査研究班の報告で、膜性腎症と巣状糸球体硬化症に関する予後調査の結果が報告されている。膜性腎症1,008例の腎生存率(透析非導入率)は10年で89%、15年で80%、20年で59%であった。巣状糸球体硬化症278例の腎生存率は10年で85%、15年で60%、20年で34%と長期予後は不良であった。2 診断 (病理所見)ネフローゼ症候群の診断自体は尿蛋白の定量と血清アルブミン値、血清総蛋白量を測定することにより行うことができる。しかし、実際の治療に関しては、二次性ネフローゼ症候群を除外した後、腎生検によって診断をする必要がある。3 治療 (治験中・研究中のものも含む)■ 浮腫に対する治療浮腫に対しては、利尿薬を使用する。第1選択薬としてループ利尿薬を使用する。効果がみられない場合には、サイアザイド系利尿薬を追加する。それでも効果のない場合や、低カリウム血症を合併する場合には、スピロノラクトンを使用する。アルブミン製剤は使用しないことが原則であるが、血清アルブミン値2.5g/dL以下で、低血圧、急性腎不全などの発症の恐れがある場合に使用する。しかし、その効果は一過性であり、かつ利尿効果はわずかである。利尿薬に反応しない場合には、体外限外濾過による除水を行う。■ 腎保護を目的とした治療1)低蛋白食ネフローゼ症候群への食事療法の有効性に十分なエビデンスはないが、摂取蛋白量を減少させることにより尿蛋白が減少することが期待できるため、通常以下のように行う。(1)微小変化型ネフローゼ症候群蛋白 1.0~1.1g/kg体重/日、カロリー 35kcal/kg体重/日、塩分 6g/日以下(2)微小変化型ネフローゼ症候群以外蛋白 0.8g/kg体重/日、カロリー 35kcal/kg体重/日、塩分 6g/日以下2)身体活動度ネフローゼの治療において運動制限の有効性を示すエビデンスはない。しかし、身体活動を制限することにより、深部静脈血栓のリスクが増大する。このため、入院中の寛解導入期であっても、ベッド上での絶対安静は避ける。維持治療期においては、適度な運動を勧める。3)レニン・アンジオテンシン系(RAS)阻害薬微小変化型ネフローゼ症候群を除き、尿蛋白の減少と腎保護を目的として、アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬、あるいはアンジオテンシン受容体拮抗薬を使用する。このとき高カリウム血症に注意する。RAS阻害薬を使用することにより、血圧が低下して、臓器障害を起こす可能性がある場合には、中止する。利尿薬との併用は、RAS阻害薬の降圧作用を増強するので注意する。アルドステロン拮抗薬を追加することにより、尿蛋白が減少する。■ 合併症の予防1)感染症の予防ネフローゼ症候群では、IgGや補体成分の低下がみられ、潜在的に液性免疫低下が存在することに加え、T細胞系の免疫抑制もみられるなど、感染症の発症リスクが高い。日和見感染症のモニタリングを行いながら、臨床症候に留意して早期診断に基づく迅速な治療が必要である。肺炎球菌ワクチンの接種を副腎皮質ステロイド治療前に行う。ツベルクリン反応陽性、胸部X線上結核の既往がある者、クオンティフェロン陽性者は、イソニアジド300mgを6ヵ月投与する。副腎皮質ステロイド・免疫抑制薬の治療と並行して投与を行う。1日20mg以上のプレドニゾロンや免疫抑制薬を長期間にわたり使用する場合には、顕著な細胞性免疫低下が生じるため、ニューモシスチス肺炎に対するST合剤の予防的投薬を考慮する。β-Dグルカン値を定期的に測定する。2)血栓症の予防ネフローゼ症候群では、発症から6ヵ月以内に静脈血栓形成のリスクが高く、血清アルブミン値が2.0g/dL未満になればさらに血栓形成のリスクが高まる。過去に静脈血栓症の既往があれば、ワルファリンによる予防的抗凝固療法を考慮する。D-dimer、FDPにて、血栓形成の可能性をモニターする。静脈血栓症由来の肺塞栓症が発症すれば、ただちにヘパリンを投与し、APTTを2.0~2.5倍に延長させて、血栓の状況を確認しながらワルファリン内服に移行し、PT-INRを2.0(1.5~2.5)とするように抗凝固療法を行う。肺塞栓症が発症すれば、ただちにヘパリンを経静脈的に投与し、APTTを2.0~2.5倍に延長させる。また、経口FXa阻害薬を投与する。■ 各組織型別の特徴と治療1)微小変化型(MCNS)小児に好発するが、成人にも多く、わが国の一次性ネフローゼ症候群の40%を占める。発症は急激であり、突然の浮腫を来す。多くは一次性であるが、ウイルス感染、NSAIDs、ホジキンリンパ腫、アレルギーに合併することもある。副腎皮質ステロイドに対する反応は良好である。90%以上が寛解に至る。再発が30~70%で認められる。ステロイド依存型、長期治療依存型になる症例もあり、頻回再発型を示す場合もある。わが国で行われた無作為化比較試験にて、メチルプレドニゾロンを使用したパルス療法は、尿蛋白減少効果において、経口副腎皮質ステロイドと変わらないことが示されている。寛解導入後の治療は、少なくとも1年以上継続して行ったほうが再発が少ない。(1)再発時の治療プレドニゾロン20~30 mg/日もしくは初期投与量を投与する。患者に、検尿試験紙を持たせて、自己診断できるように教育し、再発した場合にすぐに来院できるようにする。(2)頻回再発型、ステロイド依存性、ステロイド抵抗性ネフローゼ症候群免疫抑制薬(シクロスポリン〔商品名:サンディミュン、ネオーラル〕1.5~3.0 mg/kg/日、またはミゾリビン〔同:ブレディニン〕150 mg/日、または、シクロホスファミド〔同:エンドキサン〕50~100 mg/日など)を追加投与する。シクロスポリンは、中止により再発が起こるリスクが高く、寛解が得られる最小量にて1~2年は治療を継続する。頻回再発を繰り返す症例や難治症例ではリツキサンを500mg/日 1回点滴静注投与することも検討する。2)巣状分節性糸球体硬化症巣状分節性糸球体硬化症(focal segmental glomerulosclerosis:FSGS)は、微小変化型ネフローゼ症候群(minimal change nephrotic syndrome:MCNS)と同じような発症様式・臨床像をとりながら、MCNSと違ってしばしばステロイド抵抗性の経過をとり、最終的に末期腎不全にも至りうる難治性ネフローゼ症候群の代表的疾患である。糸球体上皮細胞の構造膜蛋白であるポドシン(NPHS2)やα-アクチニン4(ACTN4)などの遺伝子変異により発症する、家族性・遺伝性FSGSの存在が報告されている。(1)初期治療プレドニゾロン(PSL)換算1mg/kg標準体重/日(最大60mg/日)相当を、初期投与量としてステロイド治療を行う。重症例ではステロイドパルス療法も考慮する。(2)ステロイド抵抗性4週以上の治療にもかかわらず、完全寛解あるいは不完全寛解I型(尿蛋白1g/日未満)に至らない場合は、ステロイド抵抗性として以下の治療を考慮する。必要に応じてステロイドパルス療法3日間1クールを3クールまで行う。a)ステロイドに併用薬として、シクロスポリン2.0~3.0 mg/kg/日を投与する。朝食前に服用したシクロスポリンの2時間後の血中濃度(C2)が、600~900ng/mLになるように投与量を調整する。副作用がない限り、6ヵ月間同じ量を継続し、その後漸減する。尿蛋白が1g/日未満に減少すれば、1年間は慎重に減量しながら、継続して使用する。b)ミゾリビン 150 mg/日を1回または3回に分割して投与する。c)シクロホスファミド 50~100 mg/日を3ヵ月以内に限って投与する。シクロホスファミドは、骨髄抑制、出血性膀胱炎、間質性肺炎、発がんなどの重篤な副作用を起こす可能性があるため、総投与量は10g以下にする。(3)補助療法高血圧を呈する症例では積極的に降圧薬を使用する。とくに第1選択薬としてACE阻害薬やアンジオテンシン受容体拮抗薬の使用を考慮する。脂質異常症に対してHMG-CoA還元酵素阻害薬やエゼチミブ(同:ゼチーア)の投与を考慮する。高LDLコレステロール血症を伴う難治性ネフローゼ症候群に対してはLDLアフェレシス療法(3ヵ月間に12回以内)を考慮する。必要に応じ、蛋白尿減少効果と血栓症予防を期待して抗凝固薬や抗血小板薬を併用する。3)膜性腎症膜性腎症は、中高年者においてネフローゼ症候群を呈する疾患の中で、約40%と最も頻度が高く、その多くがステロイド抵抗性を示す。ネフローゼ症候群を呈しても、尿蛋白の増加は、必ずしも急激ではない。特発性膜性腎症の主たる原因抗原は、ポドサイトに発現するPLA2Rであり、その自己抗体がネフローゼ症候群患者の血清に検出される。PLA2R抗体は、寛解の前に消失し、尿蛋白の出現の前に検出される。特発性膜性腎症の抗体はIgG4である。一方、がんを抗原とする場合の抗体はIgG1、IgG2である。約1/3が自然寛解するといわれている。したがって、欧米においては、尿蛋白が8g/日以下であれば、6ヵ月間は腎保護的な治療のみで、経過をみることが一般的である。また、尿蛋白が4g/日以下であれば、副腎皮質ステロイドや免疫抑制薬は使用しない。わが国における本症の予後は、欧米のそれに比較して良好である。この原因は、尿蛋白量が比較的少ないことによる。このため、ステロイド単独投与により寛解に至る例も少なくない。通常、免疫抑制薬の併用により尿蛋白が減少し、予後の改善が期待できる。(1)初期治療プレドニゾロン(PSL)0.6~0.8mg/kg/日相当を投与する。最初から、シクロスポリンを併用する場合もある。(2)ステロイド抵抗性ステロイドで4週以上治療しても、完全寛解あるいは不完全寛解Ⅰ型(尿蛋白1g/日未満)に至らない場合はステロイド抵抗性として免疫抑制薬、シクロスポリン2.0~3.0 mg/kg/日を1日1回投与する。朝食前に服用したシクロスポリンの2時間後の血中濃度(C2)が、600~900ng/mLになるように投与量を調整する。副作用がない限り、6ヵ月間同じ量を継続し、その後漸減する。尿蛋白1g/日未満に尿蛋白が減少すれば、1年間は慎重に減量しながら、継続して使用する。シクロスポリンが無効の場合には、ミゾリビン 150 mg/日、またはシクロホスファミド 50~100 mg/日の併用を考慮する。リツキサン500mg/日 1回を、点滴静注することにより寛解することが報告されており、難治例では検討する。(3)補助療法a)高血圧(収縮期血圧130mmHg 以上)を呈する症例では、ACE阻害薬やアンジオテンシン受容体拮抗薬を使用する。b)脂質異常症に対して、HMG-CoA還元酵素阻害薬やエゼチミブの投与を考慮する。c)動静脈血栓の可能性に対してはワルファリンを考慮する。4)膜性増殖性糸球体腎炎膜性増殖性糸球体腎炎(MPGN)はまれな疾患であるが、腎生検の6%を占める。光学顕微鏡所見上、糸球体係蹄壁の肥厚と分葉状(lobular appearance)の細胞増殖病変を呈する。係蹄の肥厚(基底膜二重化)は、mesangial interpositionといわれる糸球体基底膜(GBM)と内皮細胞間へのメサンギウム細胞(あるいは浸潤細胞)の間入の結果である。また、増殖病変は、メサンギウム細胞の増殖とともに局所に浸潤した単球マクロファージによる管内増殖の両者により形成される。確立された治療法はなく、メチルプレドニゾロンパルス療法に加えて、免疫抑制薬(シクロホスファミド)の併用の有効性が、観察研究で報告されている。4 今後の展望ネフローゼ症候群の原因はいまだに不明な点が多い。これらの原因因子を究明することが重要である。膜性腎症の1つの原因因子であるPLA2R自己抗体は、膜性腎症の発見から50年の歳月をかけて発見された。5 主たる診療科腎臓内科※ 医療機関によって診療科目の区分は異なることがあります。6 参考になるサイト(公的助成情報、患者会情報など)診療、研究に関する情報日本腎臓学会ホームページ エビデンスに基づくネフローゼ症候群診療ガイドライン2014(PDF)(医療従事者向けの情報)日本腎臓学会ホームページ ネフローゼ症候群診療指針(完全版)(医療従事者向けの情報)進行性腎障害に関する調査研究班ホームページ(医療従事者向けの情報)難病情報センターホームページ 一次性ネフローゼ症候群(一般利用者向けと医療従事者向けのまとまった情報)1)厚生労働省「進行性腎障害に関する調査研究」エビデンスに基づくネフローゼ症候群診療ガイドライン作成分科会. エビデンスに基づくネフローゼ症候群診療ガイドライン2014.日腎誌.2014;56:909-1028.2)厚生労働省難治性疾患克服研究事業進行性腎障害に関する調査研究班難治性ネフローゼ症候群分科会編.松尾清一監修. ネフローゼ症候群診療指針 完全版.東京医学社;2012.3)今井圓裕. 腎臓内科レジデントマニュアル.改訂第7版.診断と治療社;2014.4)Shiiki H, et al. Kidney Int. 2004; 65: 1400-1407.5)Ronco P, et al. Nat Rev Nephrol. 2012; 8: 203-213.6)Beck LH Jr, et al. N Engl J Med. 2009; 361: 11-21.公開履歴初回2013年09月19日更新2016年02月09日

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収縮能が保たれた心不全(HFpEP)には生活習慣への介入が有効(解説:佐田 政隆 氏)-474

 心不全症状が認められるものの、左室収縮能が保持された心不全(heart failure with preserved ejection fraction:HFpEF)が、循環器診療において、現在非常に問題になっている。HFpEFは、心不全患者の約半数を占め、その予後は不良といわれている。 左室収縮能が低下した心不全(heart failure with reduced ejection fraction:HFrEF)に対しては、レニン・アンジオテンシン系阻害薬やβブロッカー、利尿薬が有効であることが確立している。HFpEFに対しても、これらの薬物を用いて大規模臨床研究がいくつも行われてきたが、有効性を示すエビデンスは得られていない。 一方、肥満や過体重が血管内皮機能を障害し、心不全のリスクとなることは以前から示唆されていた。しかし、減量がはたして心不全に有効であるかは、ほとんど臨床試験が行われておらず、心不全に関するガイドラインでも、ダイエットや運動といった生活習慣への介入は、HFpEFに対しては強く勧められてはいなかった。 本論文において、Wake Forest大学のグループは、60歳以上でBMIが30以上のHFpEF患者100例を、カロリー制限する群(n=24)、有酸素運動する群(n=26)、カロリー制限しかつ有酸素運動する群(n=25)、何も介入しないコントロール群(n=25)に分けた。 運動群では、運動処方に従い1時間の運動を監視下で週3回行った。カロリー制限群では、管理栄養士が考案した低カロリー食を3食食べた。体重は、20週間の治療介入で、有酸素運動群で4kg(3%)、カロリー制限群で7kg(7%)、両方を行う群で11kg(10%)、コントロール群で1kg(1%)減少した。主要評価項目である最大酸素摂取量は、運動群で1.2mL/kg/分、カロリー制限群で1.3mL/kg/分、両方行う群で2.5mL/kg/分、有意に増加した。 各種循環器疾患に対して、心臓リハビリテーションが予後を改善することが知られている。今まで有効な治療法がないとされてきたHFpEFに対しても、カロリー制限と有酸素運動が良いというエビデンスが、本研究によって得ることができた。 循環器疾患を持った患者には、生活習慣病に対して各種薬剤が大量に処方されることが往々にしてあるが、食事、運動など生活習慣への介入は基本である。しかし、食事療法、運動療法の大切さを患者に話してもなかなか実行が難しいことを経験する。本研究では専門家が指導することで、運動、ダイエットとも脱落例が少なく、88~100%と高い割合で介入を成功させている。 本研究で得られたエビデンスに基づき、食事、運動に介入して生活習慣を改善させるため、患者教育、支援の体制作りが重要になってくると思われる。

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治療前血圧によらず、降圧で心血管リスクが減少/Lancet

 英国・オックスフォード大学のDena Ettehad氏らは、システマティックレビューとメタ解析の結果、ベースラインの血圧値や併存疾患を問わず、降圧は心血管リスクを有意に減少することを明らかにした。結果を踏まえて著者は、「解析の結果は、130mmHg未満に対する降圧を、そして心血管系疾患、冠動脈疾患、脳卒中、糖尿病、心不全、慢性腎臓病を有する人の降圧治療の提供を強く裏付けるものであった」と報告している。心血管疾患予防に対する降圧のベネフィットは確立されているが、その効果が、ベースラインの血圧値や、併存疾患の有無、降圧薬の種類によって異なるかは明白になっていない。Lancet誌オンライン版2015年12月23日号掲載の報告。降圧ベネフィットをシステマティックレビューとメタ解析で評価 レビューはMEDLINEを介して1966年1月1日~2015年7月7日に発表された大規模降圧試験を検索して行われた(最終検索は2015年11月9日)。すべての降圧に関する無作為化試験を適格とし、各試験群のフォローアップが最低1,000人年であったものを包含した。ベースラインで併存疾患ありのものも除外せず、また高血圧症以外を指標とする降圧薬の試験も適格とした。 要約データレベルで、試験特性、重大心血管疾患イベント、冠動脈疾患、脳卒中、心不全、腎不全、全死因死亡のアウトカムを抽出。逆分散加重固定効果メタ解析にて求めたプール推定値で評価を行った。収縮期血圧10mmHg低下で各イベントの相対リスクは0.72~0.83に 検索により123試験61万3,815例のデータを特定。メタ回帰分析の結果、降圧が大きいほど相対的にリスクは低下することが示された。収縮期血圧10mmHg低下は、重大心血管疾患イベントリスク(相対リスク[RR]:0.80、95%信頼区間[CI]:0.77~0.83)、冠動脈心疾患(0.83、0.78~0.88)、脳卒中(0.73、0.68~0.77)、心不全(0.72、0.67~0.78)のリスクを有意に低下した。試験集団の全死因死亡率は有意に13%減少した(0.87、0.84~0.91)。しかしながら、腎不全に対する効果は有意ではなかった(0.95、0.84~1.07)。 同様のリスク減少(収縮期血圧10mmHg低下による)は、ベースラインの収縮期血圧の平均値が高値であった試験、および低値であった試験でもみられた(すべての傾向のp>0.05)。 ベースラインでの疾患歴の違い(糖尿病とCKDを除く)による重大心血管疾患の比例リスクの低下については、エビデンスは得られなかったものの、わずかだが有意なリスクの低下は認められた。 降圧薬別にみると、β遮断薬が重大心血管イベント、脳卒中、腎不全の予防について他剤と比べて劣性であった。Ca拮抗薬は、他剤と比べて脳卒中の予防について優れていたが、心不全予防については劣性であった。心不全予防については利尿薬が他剤と比べて優れていた。 なお、バイアスリスクについては113試験が低いと判定され、不明は10試験であった。アウトカムのばらつきも低~中等度であった。I2検定による結果は、重大心血管疾患イベント41%、冠動脈疾患25%、脳卒中26%、心不全37%、腎不全28%、全死因死亡35%であった。 また、層別解析の結果、ベースラインで130mmHg未満の低値であった人を包含した試験で比例効果が減弱したとの強いエビデンスはみられず、重大心血管イベントは、ベースラインでさまざまな併存疾患のハイリスク患者で明白に低下したことが示され、降圧効果についてはSPRINT試験と一致した所見が得られたとしている。

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硝酸イソソルビドは拡張不全の運動耐容を低下させる?(解説:野出 孝一 氏)-469

 わが国でも高齢化社会や、肥満、糖尿病の増加に伴い、心不全、とくに拡張不全の患者数が急増している。拡張不全は生命予後の悪化のみならず、運動耐容能の低下に大きく影響している。 一方、ACE阻害薬やβ遮断薬でさえ、拡張不全の生命予後を改善する薬剤はいまだ見出されておらず、実臨床ではケースバイケースで個別に利尿薬等で拡張不全の治療を行っているのが現状である。硝酸薬は、とくに虚血性心疾患を伴う慢性心不全に対して、生命予後の改善というよりは、自覚症状の改善を目的として処方されているケースが多い薬剤である。 今回の研究は、その硝酸薬である硝酸イソソルビドが、拡張不全に対して、1日平均加速度単位という感度が高い運動耐容能の指標を、プラセボに比して有意に低下させることを報告したものである。理由として、1週間間隔という短期間で30mgから60mg、120mgに増量することで血圧が低下し、交感神経が賦活化したことや、多剤処方による薬物同士の相互作用などが考えられる。慢性拡張不全の症状軽減に作用すると考えられていた硝酸薬が、6週間で日常生活動作レベルを悪化したことは、軽症心不全に対し容易に硝酸薬を使用することに対し、注意を喚起している。ただ、拡張不全に対する硝酸薬の予後に対する大規模介入研究は、今後必要である。

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抗がん薬副作用マネジメントの進展

 2015年12月10日都内にて、「抗がん薬副作用マネジメントの進展」と題するセミナーが開かれた(主催:アストラゼネカ株式会社)。演者である久保田 馨氏(日本医科大学附属病院 がん診療センター部長)は、抗がん薬の副作用対策を中心に講演。患者さんの負担を考えながら予防・対処する大切さを語った。 以下、セミナーの内容を記載する。【はじめに】 本セミナーでは「細胞障害性抗がん薬」の副作用のうち、好中球減少症とシスプラチン投与時の対処、さらに「分子標的薬」「免疫チェックポイント阻害薬」の副作用対策について述べる。【安易な予防的G-CSF投与は避けるべき】 「細胞障害性抗がん薬」で、注意すべき副作用に「発熱性好中球減少症」がある。この対処としては、以下の3点が推奨される。・リスクファクターの検討・単剤での有効性が確認されている薬剤の選択・発熱性好中球減少20%以上のレジメンでのG-CSF予防投与 ただし、最後の予防的G-CSF投与には注意が必要だ。過去、臨床では好中球減少が認められれば、発熱がない場合であってもG-CSF投与が行われてきた。 たとえば、発熱性好中球減少時の抗菌薬投与には、明らかな生存率改善のエビデンスがある。しかし、G-CSF投与を抗菌薬と同様に考えてはいけない。低リスク例へのG-CSF予防投与はエビデンスがなく、現状のガイドラインを鑑みても適切ではない。薬剤追加は、場合によってはがん患者のQOLを低くすることもある。それを上回るメリットがない限り、医療者は慎重になるべきである。【つらい悪心/嘔吐には適切な制吐薬を】 抗がん剤による悪心・嘔吐は患者にとって、最もつらい症状と言われており、QOL悪化につながる。実際、「がん化学療法で患者が最も嫌う副作用2005」の調査結果1)によると、コントロール不良の悪心/嘔吐(CINV)は死亡と同程度の位置付けであった。とくに、シスプラチンは催吐性リスクが高く、悪心・嘔吐の予防のために、適切な制吐薬を使用すべきである。2013 ASCO総会において発表されたTRIPLE試験では、パロノセトロンが遅発期において有意に悪心・嘔吐を抑制したことが示されている。高度催吐性化学療法時には、パロノセトロン+デキサメタゾン+アプレピタントの併用で悪心・嘔吐を予防することを推奨したい。【短時間輸液療法への期待】 患者さんは1回当たりの治療時間が長引くことを嫌がる。シスプラチン投与では輸液や利尿薬を使用し腎障害の軽減を図るわけだが、投与前後の輸液投与に4時間以上、薬剤の点滴に2時間以上かかるため、トータルで10時間以上かかってしまう。単純に尿量を確保する目的での大量補液は、外来治療が進む昨今の状況には合わず、そこまでして投与しても、Grade2以上の血清クレアチニン上昇は2割程度報告されていた2)。 そこで、マグネシウム補充がシスプラチン起因性腎障害抑制につながるとの報告3)を基に、久保田氏の所属施設を中心にマグネシウム補充を取り入れた形で短時間輸液療法を行うこととした。トータル3時間半の投与法で検討した結果、97.8%の患者でGrad2以上の腎障害の出現はなかった4)。 このように、現時点でもがん患者のQOL向上を目指す治療方法は研究され、実施されつつある。【分子標的薬、免疫CP阻害薬の副作用対策】 「分子標的薬」「免疫チェックポイント阻害薬」の副作用は、「細胞障害性抗がん薬」の副作用とは位置付けが異なる。 分子標的薬の副作用は、その標的を持つ正常細胞に限定して現れる。たとえば、抗EGFR抗体薬やEGFRチロシンキナーゼ阻害薬による皮膚症状などが代表的だ。この対策として、久保田氏の所属施設では、医療者用のスキンケア指導パンフレットを作成し活用している。保湿剤の一覧や塗布法、爪の切り方、入院・外来時スキンケア指導フローなどを共有することで、適切な対処につながる。 また、重大な副作用として「間質性肺炎」も注意が必要だ。投与4週以内の発症が多いので、患者さんには「発熱」「空咳」「息切れ」が出たら必ず来院するよう伝えることが大切だ。 最近登場した免疫チェックポイント阻害薬の副作用は、体内の多岐にわたる場所で起こる可能性がある。下垂体機能低下などホルモン異常による倦怠感なども、見逃さないよう注意が必要である。これまでの薬と異なり、投与10ヵ月後など有害事象がかなり遅れて発現するケースも報告されている。多くが外来で投与されることから、患者や家族へ事前説明をしっかりと行うことを意識していただきたい。【まとめ】 抗がん薬治療では副作用マネジメントが重要となる。薬剤の作用機序や薬物動態を正しく理解することは、副作用の適切な対処につながる。医療者側は、ぜひ正しい知識を持って、患者さんのために積極的な副作用対策を行っていただきたい。

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英国プライマリケアでの処方の安全性、施設間で差/BMJ

 英国一般診療所の代表サンプル526施設を対象に処方の安全性について調べた結果、患者の約5%に不適切処方がみられ、また約12%でモニタリングの記録が欠如していることが、英国・マンチェスター大学のS Jill Stocks氏らによる断面調査の結果、明らかになった。不適切処方のリスクは、高齢者、多剤反復処方されている患者で高く、著者は、「プライマリケアにおいて、とくに高齢者と多剤反復投与患者について処方のリスクがあり適切性について考慮すべきであることが浮かび上がった」と述べている。英国では、プライマリケア向けに処方安全指標(prescribing safety indicator)が開発されているが、これまで試験セットでの検討にとどまり、大規模なプライマリケアデータベースでの評価は行われていなかった。BMJ誌オンライン版2015年11月3日号掲載の報告。英国一般診療所526施設のデータを分析 研究グループは、英国一般診療所における複数タイプの潜在的有害処方の有病率を調べ、また診療所間にばらつきがあるかどうかについて調べた。2013年4月1日時点でClinical Practice Research Datalink(CPRD)に登録された526施設において、診断と処方の組み合わせで特定した潜在的処方リスクやモニタリングエラーの可能性がある全成人患者を包含した。 主要アウトカムは、抗凝固薬、抗血小板薬、NSAIDs、β遮断薬、glitazone(チアゾリジン系糖尿病薬:TZD)、メトホルミン、ジゴキシン、抗精神病薬、経口避妊薬(CHC)、エストロゲンの潜在的に有害な処方率。また、ACE阻害薬およびループ利尿薬、アミオダロン、メトトレキサート、リチウム、ワルファリンの反復処方患者の、血液検査モニタリングの頻度が推奨値よりも低いこととした。不適切処方、モニタリング欠如は指標によりばらつき、診療所間のばらつきも高い 全体で94万9,552例のうち4万9,927例(5.26%、95%信頼区間[CI]:5.21~5.30%)の患者が、少なくとも1つの処方安全指標に抵触した。また、18万2,721例のうち2万1,501例(11.8%、11.6~11.9%)が、少なくとも1つのモニタリング指標に抵触した。 同処方率は、潜在的処方リスクタイプの違いでばらつきがみられ、ほぼゼロ(静脈または動脈血栓症歴ありでCHC処方:0.28%、心不全歴ありでTZD処方:0.37%)のものから、10.21%(消化器系潰瘍または消化管出血歴ありで消化管保護薬処方なし、アスピリンやクロピドグレル処方あり)にわたっていた。 不十分なモニタリングは、10.4%(75歳以上、ACE阻害薬やループ利尿薬処方、尿素および電解質モニタリングなし)から41.9%(アミオダロン反復処方、甲状腺機能検査なし)にわたっていた。 また、高齢者、多剤反復処方患者で、処方安全指標の抵触リスクが有意に高かった一方、若年で反復処方が少ない患者で、モニタリング指標の抵触リスクが有意に高かった。 さらに、いくつかの指標について診療所間での高いばらつきもみられた。 なお研究グループは、処方安全性指標について、「患者への有害リスクを増大する回避すべき処方パターンを明らかにするもので、臨床的に正当なものだが例外も常に存在するものである」と述べている。さらに、検討結果について「いくつかの診療について、CPRDで捕捉できていない情報がある可能性もあった(ワルファリンを投与されている患者のINRなど)」と補足している。

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SPRINT試験:75歳以上の後期高齢者でも収縮期血圧120mmHg未満が目標?(解説:浦 信行 氏)-450

 最近の各国の高血圧ガイドラインにおいては欧米のそれを中心に、従来の降圧目標値を上方修正する傾向にある。今回の解析対象には含まれていないが、より心血管疾患のリスクの高い糖尿病合併例においては、ACCORD-BP試験の結果から、わが国以外ではおしなべて降圧目標値を上方修正した経緯がある。米国では2016年秋に改訂ガイドラインが公表される予定だが、このSPRINT試験はその傾向に再考を促す結果となり、大なり小なりこの試験の結果を包含した内容になると考えられる。 ところで、厳格降圧群の平均収縮期血圧(SBP) は121.5mmHg未満と、半数は120mmHg未満を達成していない。IDNT試験の層別解析では、腎イベントはSBPが120mmHg未満を達成しても一層の効果はなく、全死亡はSBP 120mmHg以下でむしろ増え、Jカーブとなっている。SBPの達成血圧値による、より詳細な分析が必要と考える。桑島氏も指摘のとおり、SPRINT試験では心不全に対する効果が、結果に大きく影響していると思われる。使用薬剤は、RA系抑制薬使用が厳格治療群76.7%に対して標準治療群で55.2%、サイアザイド系利尿薬が54.9%対33.3%、β遮断薬が41.1%対30.8%、アルドステロン拮抗薬が8.7%対4.0%と、降圧作用だけではなく心不全治療としてもかなり濃厚なものとなっている。そして、高齢者の血圧管理についても厳格降圧群で優れる結果となっている。 しかし、75歳以上の後期高齢者での両群の達成血圧値が提示されておらず、この群においても実際にSBP 120mmHg未満を達成した例がどれだけいたかは不明である。また、施設入所の高齢者は含まれておらず、ADLの保たれている高齢者のみが対象である。重篤な合併症は低血圧、失神、電解質異常、急性腎障害が厳格降圧群で有意に多く、限られた例数の75歳以上の後期高齢者群でも、低Na血症と急性腎障害が有意に多かった。著者らはこの結果から“メリットとデメリットをはかりにかけて目標値を考慮”との表現をしているが、はたして75歳以上の後期高齢者の高血圧に対し、降圧薬を増量してSBP 120mmHg未満を目指すことを、実地臨床で踏み切れるだろうか。 わが国では、高齢者高血圧の治療介入試験でJATOS試験やVALISH試験の成績があり、今回のSPRINT試験とは違う結果である。欧米との病態の違い、背景因子の違いなどがあり、必ずしもSPRINT試験の結果をそのまま演繹する必要はないと考える。日本人を対象とした同様の研究を考慮する必要があると考える。関連コメントSPRINT試験:厳格な降圧が心血管発症を予防、しかし血圧測定環境が違うことに注意!(解説:桑島 巖 氏)SPRINT試験:絶対リスクにより降圧目標を変えるべきか?(解説:有馬 久富 氏)

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SPRINT試験:厳格な降圧が心血管発症を予防、しかし血圧測定環境が違うことに注意!(解説:桑島 巖 氏)-446

 これまで、フラミンガム研究あるいはわが国の久山町研究、HOMED-BP研究などの観察研究では、収縮期血圧120mmHg以上から心血管合併症が増えてくることが明らかにされており、120mmHgが至適血圧値とされてきた。しかし、降圧薬治療でこのレベルまで下げることの是非については、多くの議論があった。とくに、高齢者では降圧目標値は高めにすべき、という意見は少なくなかった。しかし、本研究は、高齢者や冠動脈疾患の高リスク症例ほど収縮期血圧120mmHgという厳格な降圧が、140mmHgというこれまでの標準値とされたレベルまでの降圧治療よりも、心不全発症を含む心血管合併症の発症予防効果が大きく、生命予後を改善することを示し、J曲線の存在を否定した点で意義がある。決め手は心不全発症が少なかったこと。しかし、なぜ心不全なのか 注目すべきは主要評価項目の中でも、心不全発症と心血管死のみが有意かつ大幅に減少しており、これが全体の主要評価項目を、厳格降圧治療群が好ましいという結果に導いていることである。 このような心不全発症の抑制効果が全体の流れに大きく影響するという現象は、かつてのALLHAT試験でも観察され、最近では糖尿病患者におけるSGLT2阻害薬の有用性を検証したEMPA-REG OUTCOME試験でもみられている。前者では降圧薬としてのサイアザイド系利尿薬、後者ではSGLT2阻害薬の利尿作用が、心不全発症の抑制に大きく貢献したと考えられている。 心不全発症を複合エンドポイントに含めるか否かは、結果に大きく影響する。たとえば、糖尿病症例における降圧目標値を120mmHgと140mmHgで比較したACCORD試験では、両群で主要エンドポイントに有意差がなかったが、そのエンドポイントに心不全は含まれておらず、心筋梗塞、脳卒中、心血管死のみである。複合エンドポイントに心不全を含めるか否かの基準が一定していない。 とくに、SPRINT試験のように非盲検法で行われた試験において、急性心不全発症をどのように客観的に定義したかが知りたいところである。 今回のSPRINT試験でも、サイアザイド類似薬を優先的に使うことが推奨されていることから考えると、やはり心血管合併症を構成する重要な要素である心不全の抑制には利尿薬が不可欠であることを示唆している。この結果を日常診療に反映することは、慎重に~血圧測定環境の違い しかし、SPRINT研究の結果を、そのまま臨床に適応することには慎重であるべきである。血圧測定環境が、医師のいない場所で自動血圧計による3回血圧測定の平均値であることは注目すべきである。すなわち、白衣高血圧を徹底的に除外している状態での血圧評価である。わが国の家庭血圧計を用いた観察研究でも、収縮期血圧がほぼ120mmHg以上から心血管イベントが上昇することをすでに発表していることから、実際の臨床応用に当たっては家庭血圧で静かな環境での収縮期血圧120mmHgを目標とすべきと思われる。 もう1つ注意が必要なことは、今回の結果は血圧が安定するまで1ヵ月ごとの受診という細かい観察を伴う、しかも臨床研究という究極の適正治療の場での結果であることに留意すべきである。 とくに今回明らかになったように、腎機能の悪化、電解質異常の悪化は重篤な病態を招きかねない。低ナトリウム血症、低カリウム血症が厳格降圧群で多いことは、サイアザイド類似降圧薬の影響と思われる。本剤は非常に強力である反面、電解質異常にはくれぐれも注意が必要である。糖尿病合併例や脳卒中既往例は除外されている 糖尿病合併例や脳卒中既往例は対象から除外されている点は、注意が必要である。糖尿病合併高血圧例の降圧レベルに関してはACCORD試験で、脳卒中合併例ではSPS3試験で決着済みという考えからであろうか。今回は、あくまでもJカーブ論争で問題になった冠動脈疾患での降圧レベルの検証ということであろう。 あくまでも臨床研究という適正治療下での結果であり、わが国の一般診療で行っている医師による1回測定ではなく、血圧安定までは毎月の受診という慎重な高血圧診療での結果であることは留意すべきである。 予後を改善することが示されたが、血圧測定環境が日本の一般臨床とは異なること、臨床研究という慎重な観察の下で行われた降圧治療であることを念頭に置くべきである。関連コメントSPRINT試験:75歳以上の後期高齢者でも収縮期血圧120mmHg未満が目標?(解説:浦 信行 氏)SPRINT試験:絶対リスクにより降圧目標を変えるべきか?(解説:有馬 久富 氏)

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EMPA-REG OUTCOME試験:糖尿病治療薬久々の朗報~治療学的位置付けは今後の課題~(解説:景山 茂 氏)-438

 慢性疾患の治療において、短期間の薬効を示す指標(surrogate endpoint)と長期間の治療による予後を示す指標(true endpoint)が乖離することが最初に示されたのは、1970年のUGDP研究である。この研究では、スルホニル尿素類のトルブタミド(商品名:ラスチノン)はプラセボおよびインスリンに比較して死亡率、とくに心血管死が有意に高いことが示された。その後、同研究により、現在は用いられていないビグアナイド類のフェンホルミンについてもトルブタミドと類似の結果が示された。その後も、チアゾリジンジオン類のロシグリタゾンについて、心筋梗塞を増やす可能性が示唆されている。 糖尿病特有の合併症である細小血管障害は、血糖コントロールと密接な関係があることが示されている。一方、大血管障害については、DCCT/EDICおよびUKPDSでは、良好な血糖コントロールが大血管障害を改善することを示したが、VADT、ACCORD、ADVANCEの数年間の臨床試験では大血管障害の予後改善を示せなかった。 このような状況の中で、米国FDAは2008年に企業向けのガイダンスで、糖尿病治療薬については治験段階から心血管イベントの収集をしてメタ解析ができるよう求めている。 さて、今回のEMPA-REG OUTCOME試験は予想外の良い結果が示された。本試験では、心血管疾患のハイリスク患者に対して、標準治療にエンパグリフロジンの上乗せは、プラセボよりprimary outcome(心血管死、非致死性心筋梗塞、非致死性脳卒中から成る複合エンドポイント)を有意に減少させることを示した。この臨床試験は、薬効のメカニズムを検討するものではないが、なぜこのような結果が得られたかは考察する必要があろう。primary outcomeについては、グラフからは試験開始3ヵ月後から群間の乖離が認められる。primary outcomeの構成要素にはなっていないが、心不全による入院は試験開始後間もなく群間に差が認められる。 これらの成績からは、エンパグリフロジンの利尿作用が心不全の予防と改善に効果を及ぼしたことが推測される。そして、これが心血管死の減少に寄与した可能性が考えられる。HbA1c、体重、腹囲、収縮期・拡張期血圧、HDLC、尿酸にエンパグリフロジンの効果が認められているが、少なくとも短期間の心血管イベントの発症には、これらの因子の改善よりも水およびNaの利尿効果が予後改善には有効であったと考えるのが妥当ではないだろうか。 さて、本試験のprimary outcomeは複合エンドポイントであり、その構成要素の組み合わせは妥当なものである。複合エンドポイントは、当該治療の全般的な治療効果がみられるという利点がある一方、その構成要素となっている事象への作用の方向性が異なる場合は、解釈が難しくなるという欠点がある。単一エンドポイントではサンプルサイズが大きくなり、追跡期間が長くなるので、試験の実施可能性の観点から複合エンドポイントが採用されることも多い。 EMPA-REG OUTCOME試験では、これらの構成要素に同様な効果がもたらされたわけではなく、エンパグリフロジンは心血管死と非致死性心筋梗塞を減少させる方向に働いているが、脳卒中についてはむしろ増やす方向に作用しているようにみえる。これについては、今後の研究を待たねばならない。 今回の試験成績は、予想を超えた素晴らしい結果であるが、ぜひSGLT2阻害薬について、同様の成績を示す臨床試験がもう1つ欲しいところである。その折には、EMPA-REG OUTCOME試験により示されたSGLT2阻害薬の心血管疾患抑制効果はより確かなものとなり、効果がclass effectか否かも明らかになるであろう。 また、SGLT2阻害薬の治療学的位置付けを検討する研究が望まれる。今回はあくまで心血管疾患のハイリスク患者に標準治療に上乗せした場合、エンパグリフロジンはプラセボより心血管疾患の予防効果が優れていたという成績である。今後は、SGLT2阻害薬をより早い段階から用いた場合の、より一般的な糖尿病患者における効果の検討が望まれる。また、大血管障害のみならず細小血管障害に関する検証も必要であろう。 ともすればsurrogate endpointとtrue endpointが乖離するというparadoxicalな結果が懸念される糖尿病治療薬において、EMPA-REG OUTCOME試験は久々の朗報である。今後の検討に期待したい。関連コメントEMPA-REG OUTCOME試験の概要とその結果が投げかけるもの(解説:吉岡 成人 氏)リンゴのもたらした福音~EMPA-REG OUTCOME試験~(解説:住谷 哲 氏)EMPA-REG OUTCOME試験:SGLT2阻害薬はこれまでの糖尿病治療薬と何が違うのか?(解説:小川 大輔 氏)EMPA-REG OUTCOME試験:それでも安易な処方は禁物(解説:桑島 巌 氏)

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高齢者の服薬、併存疾患の組み合わせの確認を/BMJ

 米国・イェール大学医学部のMary E Tinetti氏らは複数の慢性疾患を有する高齢者の、ガイドラインに基づく服薬と死亡の関連を調べた。その結果、とくに心血管薬の生存への影響は、無作為化試験の報告と類似していたが、β遮断薬とワルファリンについて併存疾患によりばらつきがみられたことを報告した。また、クロピドグレル、メトホルミン、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)、セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)は、生存ベネフィットとの関連がみられなかったという。結果を踏まえて著者は、「併存疾患の組み合わせによる治療効果を明らかにすることが、複数慢性疾患を有する患者の処方せんガイドになるだろう」とまとめている。BMJ誌オンライン版2015年10月2日号掲載の報告より。頻度の高い4疾患併存の高齢者の服薬と死亡の関連を調査 研究グループは、65歳以上の代表的サンプルを全米から集約した住民ベースコホート研究Medicare Current Beneficiary Surveyで、複数慢性疾患を有する高齢者のガイドライン推奨による服薬と死亡を調べる検討を行った。 被験者は、2つ以上の慢性疾患(心房細動、冠動脈疾患、慢性腎臓病、うつ病、糖尿病、心不全、脂質異常症、高血圧症、血栓塞栓症)を有する高齢者8,578例で、2005~2009年に登録、2011年まで追跡した。 被験者は、β遮断薬、Ca拮抗薬、クロピドグレル、メトホルミン、RAS系阻害薬、SSRI、SNRI、スタチン薬、サイアザイド系利尿薬、ワルファリンを服用していた。 主要評価項目は、疾患を有しガイドライン推奨薬を服用していた患者の、非服用患者と比較した死亡に関する補正後ハザード比で、頻度の高い4疾患を有していた患者における死亡補正後ハザード比とした。単疾患では抑制効果が高くても4併存疾患では減弱があることを確認 全体で、各疾患を有する患者の50%以上が、併存疾患にかかわらずガイドライン推奨薬を服用していた。 3年間の追跡期間中の死亡例は、1,287/8,578例(15%)であった。 心血管薬では、β遮断薬、Ca拮抗薬、RAS系阻害薬、スタチンは、対象疾患に関する死亡を抑制することが認められた。たとえば、β遮断薬の補正後ハザード比は、心房細動を有する患者では0.59(95%信頼区間[CI]:0.48~0.72)、心不全患者では0.68(同0.57~0.81)であった。 これら心血管薬の補正後ハザード比は、4つの併存疾患を有する被験者でも類似した値がみられたが、β遮断薬は4併存疾患の組み合わせによりばらつきがみられた。0.48(心房細動/冠動脈疾患/脂質異常症/高血圧)から、0.88(うつ病/冠動脈疾患/脂質異常症/高血圧)にわたっていた。 一方、クロピドグレル、メトホルミン、SSRI、SNRIでは、死亡の抑制効果はみられなかった。 また、ワルファリンは、心房細動(補正ハザード比:0.69、95%CI:0.56~0.85)、血栓塞栓症(0.44、0.30~0.62)を有する患者で、死亡リスクの抑制が認められたが、頻度の高い4併存疾患患者では、その抑制効果が減弱することが確認された。0.85(心房細動/冠動脈疾患/脂質異常症/高血圧)から、0.98(心房細動/うつ病/脂質異常症/高血圧)の範囲にみられた。

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治療抵抗性高血圧、スピロノラクトン追加が有効/Lancet

 スピロノラクトン(商品名:アルダクトンAほか)は、通常の降圧治療を受けている治療抵抗性高血圧患者への追加薬剤として高い効果を発揮することが、英国ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンのBryan Williams氏らが実施したPATHWAY-2試験で確認された。国際的なガイドラインでは、3つの推奨降圧薬(ACE阻害薬/ARB、カルシウム拮抗薬、サイアザイド系利尿薬)の最大耐用量による治療でも、目標血圧でコントロールができない場合を治療抵抗性高血圧と定義している。スピロノラクトンは治療抵抗性高血圧に有効であることが、メタ解析で示唆されているが、既存のエビデンスの質は低いとされ、他の降圧薬と比較した試験はこれまでなかったという。Lancet誌オンライン版2015年9月20日号掲載の報告。3剤とプラセボを切り換えて上乗せするクロスオーバー試験 PATHWAY-2試験は、「治療抵抗性高血圧の多くは過度のナトリウム貯留によって引き起こされ、それゆえスピロノラクトンは利尿薬以外の薬剤を追加するよりも降圧に有効である」との仮説を検証する二重盲検プラセボ対照クロスオーバー試験(英国心臓財団/国立衛生研究所の助成による)。 対象は、年齢18~79歳、最大耐用量の3剤併用療法(ACE阻害薬/ARB+カルシウム拮抗薬+サイアザイド系利尿薬)を3ヵ月以上継続しても、座位収縮期血圧≧140mmHg(糖尿病罹患者は≧135mmHg)、家庭収縮期血圧(4日で18回測定)≧130mmHgの患者とした。 これらの患者は、ベースライン時に投与されていた降圧薬に加え、スピロノラクトン(25~50mg)、ビソプロロール(5~10mg)、放出調節型ドキサゾシン(4~8mg)、プラセボの1日1回経口投与を、クロスオーバーデザインであらかじめ決められた順に施行する群に無作為に割り付けられた。 各薬剤は12週ずつ投与。低用量を6週間投与し、倍量に増量してさらに6週間投与した。耐用不能な患者は次の薬剤に移行した。ウォッシュアウト期間は設けず、試験期間はプラセボ導入期間を含め1年であった。 階層的主要評価項目として、スピロノラクトンとプラセボ間の平均家庭収縮期血圧の差を評価し、有意差がある場合はスピロノラクトンと他の2剤の投与期を合わせた家庭収縮期血圧の差を、次いでスピロノラクトンと他の個々の2剤との家庭収縮期血圧の差の評価を行った。 2009年5月15日~14年7月8日の間に、英国12ヵ所の2次医療機関および2つのプライマリケア施設で335例が登録。ベースラインの平均年齢は61.4±9.6歳、男性が69%で、家庭血圧は収縮期が147.6±13.2mmHg、拡張期が84.2±10.9mmHg、心拍数は73.3±9.9拍/分、診察室血圧はそれぞれ157.0±14.3mmHg、90.0±1.5mmHg、心拍数は77.2±12.2拍/分であった。すべての比較で良好な降圧効果、高用量で効果が高い フォローアップ不能であった21例を除く314例をintention-to-treat集団とした。285例がスピロノラクトン、282例がドキサゾシン、285例がビソプロロール、274例がプラセボの投与を受け、全治療を完遂したのは230例だった。 スピロノラクトンは、平均家庭収縮期血圧をプラセボよりもさらに8.70mmHg(95%信頼区間[CI]:7.69~9.72、p<0.0001)低下させ、有意差が認められた。 また、スピロノラクトンによる家庭収縮期血圧の降圧効果は、ドキサゾシンとビソプロロール投与期よりも4.26mmHg(95%CI:3.38~5.13、p<0.0001)大きかった。個々の薬剤との比較では、スピロノラクトンはドキサゾシンよりも4.03mmHg(同:3.02~5.04、p<0.0001)、ビソプロロールよりも4.48mmHg(同:3.46~5.50、p<0.0001)有意に低下させた。 スピロノラクトンの降圧効果は、前投与薬の種類にかかわらず、低用量よりも高用量でさらに3.86mmHg(p<0.0001)大きかった。また、全体で、219例(68.9%)が目標血圧(家庭収縮期血圧<135mmHg)を達成した。 最も有効な4th-lineの薬剤を予測するために、血漿レニン値と家庭収縮期血圧低下の関連を評価したところ、ベースラインの血漿レニン値にかかわらずスピロノラクトンの降圧効果が最も優れ、レニン値が低いほど個々の患者における降圧効果が優れる可能性が高い(逆相関)ことが示された。 スピロノラクトンによる有害事象の発現率は19%で、重篤な有害事象は2%に認められた。有害事象による治療中止は1%にみられたが、腎機能障害、高カリウム血症、女性化乳房による治療中止の頻度は他の薬剤やプラセボとの間に差はなかった。6例(2%)で、血清カリウム値が6.0mmol/Lを超えた(最大値は6.5mmol/L)が、いずれも1回のみであった。 著者は、「血漿レニン値とスピロノラクトンの降圧効果の逆相関の関係は、治療抵抗性高血圧の発症におけるナトリウム貯留の関与を示唆する」と指摘し、「本試験の知見は、今後、世界的にガイドラインの改訂や実地臨床に影響を及ぼすと考えられる」としている。

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EMPA-REG OUTCOME試験:それでも安易な処方は禁物(解説:桑島 巌 氏)-428

 この結果をみて真っ先に連想したのは、高血圧治療薬で、利尿薬がCa拮抗薬、ACE阻害薬、α遮断薬などよりも優れた心血管合併症予防効果を証明したALLHAT試験である。利尿作用が心不全悪化を防いだために全体を有利に導き、心疾患合併症例における利尿薬の強さをみせた試験であった。 EMPA-REG試験でも、利尿作用を有するSGLT2阻害薬が虚血性心疾患で心機能が低下した症例での心不全死を抑制したと考えやすい。しかし、心血管死の内訳をみると必ずしもそうではないようである。心不全の悪化による死亡は10%前後にすぎず、心臓突然死や心原性ショックも広い意味での心不全死と捉えると40%を占めることになり、本剤の利尿作用の貢献も考えられる。しかし、「その他の心血管死」とはどのような内容なのかが明らかでない限り、エンパグリフロジンがどのような機序で心血管死を減らしたのかを推定するのは難しい。 しかし、本試験で重要なことは、致死的、非致死的を含めた心筋梗塞と脳卒中発症はいずれも抑制されていないことである。不安定狭心症は急性心筋梗塞と同等の病態であり、なぜこれを3エンドポイントから外したか不明だが、これを加えた4エンドポイントとすると有意性は消失する。したがって、本試験はSGLT2阻害薬の優位性を証明できなかったという解釈もできる。本試験の対象は、すでに高度な冠動脈疾患、脳血管障害、ASOを有していて循環器専門医に治療を受けているような糖尿病患者であり、実質的には2次予防効果を検証した試験での結果である。試験開始時に、すでにACE阻害薬/ARBが80%、β遮断薬が65%、利尿薬が43%、Ca拮抗薬が33%に処方されている。糖尿病治療にしてもメトホルミンが74%、インスリン治療が48%、SU薬も42%が処方されており、さらにスタチン薬81%、アスピリンが82%にも処方されており、かつ高度肥満という、専門病院レベルの合併症を持つ高度な治療抵抗性の患者を対象にしている。 このことから、一般診療で診る、単に高血圧や高脂血症などを合併した糖尿病症例に対する有用性が示されたわけではない。 本試験における、エンパグリフロジンの主要エンドポイント抑制効果は、利尿作用に加えて、HbA1cを平均7.5~8.1%に下げた血糖降下作用、そして体重減少、血圧降下利尿作用というSGLT2阻害薬が有する薬理学的な利点が、肥満を伴う超高リスク糖尿病例で理想的に反映された結果として、心血管死を予防したと考えるほうが自然であろうと考える。臨床試験という究極の適正使用だからこそ、本剤の特性がメリットに作用したのであろう。 本試験を日常診療に活用する点で注意しておくことは、1.本試験はすでに冠動脈疾患、脳血管障害の既往があり、近々心不全や突然死が発症する可能性が高い、きわめて超高リスクの糖尿病例を対象としており、診療所やクリニックでは診療する一般の糖尿病患者とは異なる点。2.本試験の結果は、臨床試験という究極の適正使用の診療下で行われた結果である点。3.心筋梗塞、脳卒中の再発予防には効果がなく、不安定狭心症を主要エンドポイントに追加すると有意性は消失してしまう点。したがって、従来の糖尿病治療薬同様、血糖降下治療に大血管疾患の発症予防効果は期待できないという結果を皮肉にも支持する結果となっている。 本試験が、高度の心血管合併症をすでに有している肥満の治療抵抗性の糖尿病症例の治療にとって、福音となるエビデンスであることは否定しないが、この結果を十分に批判的吟味することなく、一般臨床医に喧伝されることは大きな危険性をはらんでいるといえよう。本薬の基本的な抗糖尿病効果は利尿という点にあり、とくに口渇を訴えにくい高齢者では、脱水という重大な副作用と表裏一体であることは常に念頭に置くべきである。企業の節度ある適正な広報を願うばかりである。関連コメントEMPA-REG OUTCOME試験の概要とその結果が投げかけるもの(解説:吉岡 成人 氏)リンゴのもたらした福音~EMPA-REG OUTCOME試験~(解説:住谷 哲 氏)EMPA-REG OUTCOME試験:SGLT2阻害薬はこれまでの糖尿病治療薬と何が違うのか?(解説:小川 大輔 氏)

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EMPA-REG OUTCOME試験:試験の概要とその結果が投げかけるもの(解説:吉岡 成人 氏)-421

 心血管イベントを主要アウトカムとするEMPA-REG OUTCOMEの試験結果が、2015年9月17日の欧州糖尿病学会(EASD2015、スウェーデン・ストックホルム)で発表され、New England Journal of Medicine誌のオンライン版に同時掲載された。日本国内で使用できる6種類のSGLT2阻害薬の中で、最も遅れて市場に登場したエンパグリフロジン(商品名:ジャディアンス)の驚くべきデータであり、大きな話題を呼んでいる。 EMPA-REG OUTCOME試験 心血管イベントの既往がある成人の2型糖尿病患者で、BMI 45以下、eGFR 30mL/分/1.73m2以上の患者を対象として、SGLT2阻害薬であるエンパグリフロジンが心血管イベントに及ぼす影響を検討した試験である。北米、中南米、オーストラリア、ニュージーランド、ヨーロッパ、アフリカ、アジアの世界各地からの患者を登録し、プラセボ群、エンパグリフロジン10mg群、25mg群の3群にランダムに割り付けて実施された。主要アウトカム(primary outcome)として3つの複合心血管イベント(心血管死、非致死性心筋梗塞、非致死性脳卒中の初発までの期間)、重要2次アウトカム(key secondary outcome)には、主要アウトカムに不安定狭心症による入院までの期間を加えた4つの複合心血管イベントを総合したのものを設定して実施された。3年間の観察期間で心血管死、全死亡が有意に減少 2010年から2013年までに7,028例が登録され、7,020例(平均63.1歳、男性72%、白人72%、アジア人22%、レニン・アンジオテンシン系阻害薬使用者81%、利尿薬使用者43%、スタチン使用者77%)が解析の対象となっている(プラセボ群2,333例、エンパグリフロジン群4,687例であり、10mg投与患者と25mg投与患者のデータが合算されている)。 中央値3.1年の観察期間における主要アウトカムはプラセボ群282例(12.1%)、エンパグリフロジン群490例(10.5%)であり、エンパグリフロジン群で有意な減少が確認された[ハザード比(HR)0.86、95%信頼区間:0.74~0.99、p=0.04]。また、重要2次アウトカムについては、プラセボ群333例(14.3%)、エンパグリフロジン群599例(12.8%)と有意差はないもの(HR:0.89、95%信頼区間:0.78~1.01、p=0.08)減少傾向にあることが確認された。わずか3年間の観察期間において、糖尿病治療薬の使用によって心血管死、全死亡が減少したことは驚くべきことであり、にわかには信じがたい(“too good to be true”)試験結果といえる。死亡率は減少しても個別のアウトカムとして、心筋梗塞は減少しない 個別のアウトカムについては、心血管死(HR:0.62、95%信頼区間:0.49~0.77、 p<0.001)、全死亡(HR:0.68、95%信頼区間:0.57~0.82、p<0.001)、心不全による入院(HR:0.65、95%信頼区間:0.50~0.85、p=0.002)について有意差が認められている。しかし、脳卒中については、非致死性脳卒中のみならず、致死性の脳卒中を含めた場合でも、ハザード比は1.24(95%信頼区間:0.92~1.67、 p=0.16)、1.18(95%信頼区間:0.89~1.56、 p=0.26)であり、統計学的には有意ではないものの増加する可能性を否定しえない。さらには、症候性の心筋梗塞(非致死性、致死性)、無症候性の心筋梗塞についてもHRはそれぞれ、0.87(95%信頼区間:0.70~1.09、p=0.22)、1.28(95%信頼区間:0.70~2.33、p=0.42)であり、心筋梗塞の減少が死亡率の減少に結び付くわけではない。サブグループ解析では高齢者、アジア人で有用性が高い傾向 主要アウトカムについてのサブグループ解析では、高齢者(65歳以上、p=0.01)、アジア人(p=0.09)、HbA1c 8.5%未満(p=0.01)、BMI 30未満(p=0.06)の群での有益性が高いと考えられた。併用薬剤に関しては、利尿薬の有無で主要アウトカムに差はなく(p=0.72)、ACE-IやARBの併用に関しても差はなかった(p=0.49)。eGFRについても60mL/分/1.73m2未満、60~90 mL/分/1.73m2未満、90mL/分/1.73m2以上の3群間で差異は認めなかった(p=0.20)。 EMPA-REG OUTCOMEの結果はなぜもたらされたのか… 心血管イベントの既往がある2型糖尿病に、3年間SGLT2阻害薬であるエンパグリフロジンを投与すると、死亡率が32%減少する(NNT:38/3年間)。心血管死も心不全による入院も有意に減少する。しかし、症候性の心筋梗塞は減少せず、無症候性の心筋梗塞や脳卒中は増加するかもしれない…。 EMPA-REG OUTCOMEの試験期間中、薬剤投与群ではHbA1cで約0.4~0.6%の低下が認められた。しかし、死亡の減少がわずかな血糖コントロールの改善とは考えられず、むしろ、SGLT2阻害薬による「体液量の減少」による「心不全の管理」が奏効した症例が一定の割合であったためなのではないかと思われる。 SGLT2阻害薬は近位尿細管に存在するSGLT2を選択的に阻害することで、尿糖の排泄量を増加させ、血糖値を降下させる薬剤である。浸透圧利尿により短期的にはレニン・アンギオテンシン・アルドステロン(RAS)系が活性化される。しかし、SGLT2はグルコースとNaを1:1で再吸収するため、SGLT2の阻害はNaの再吸収を低下させ、遠位尿細管に到達するNaClを増加させる。レニンはmacula densaに達するClが減少することでその分泌が刺激されるため、Clの増加はレニンの分泌を刺激しない可能性が想定される。腎臓におけるレニン活性には、浸透圧利尿による脱水とmacula densaにおけるCl濃度の双方が影響するため、SGLT2阻害薬がRAS系に及ぼす影響は短期投与と長期投与では異なり、個体差もあるのかもしれない。さらにSGLT2阻害薬は tubuloglomerular feedback(TGF)を回復させ、糸球体過剰濾過を改善させるとの報告もある。 Na代謝を介して循環血液量と血管抵抗性を調節することで血圧を規定しているRAS系、さらには、腎臓へ対しての複雑なSGLT2阻害薬の作用を明らかにすることが、EMPA-REG OUTCOME試験の結果を理解するための重要なポイントになるのかもしれない。【お知らせ】本コメントの公開当初、コメントの一部に「有意ではないが脳卒中と無症候性心筋梗塞は増加傾向」との表現がありました。「増加傾向」という表現を、“増加”と誤解された読者もおられましたので、より正確性を期すために、その部分について表現の変更をJ-CLEARからコメンテーターにお願いいたしました。(10月19日)臨床研究適正評価教育機構(J-CLEAR)理事長 桑島 巌関連コメントEMPA-REG OUTCOME試験:リンゴのもたらした福音(解説:住谷 哲 氏)EMPA-REG OUTCOME試験:SGLT2阻害薬はこれまでの糖尿病治療薬と何が違うのか?(解説:小川 大輔 氏)EMPA-REG OUTCOME試験:それでも安易な処方は禁物(解説:桑島 巌 氏)

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EMPA-REG OUTCOME試験:リンゴのもたらした福音(解説:住谷 哲 氏)-422

 リンゴを手に取ったために、アダムとイブは楽園から追放された。ニュートンは、リンゴが木から落ちるのを見て万有引力の法則を発見した。どうやら、リンゴは人類にとって大きな変化をもたらす契機であるらしい。今回報告されたEMPA-REG OUTCOME試験の結果も、現行の2型糖尿病薬物療法に変革をもたらすだろう。 優れた臨床試験は、設定された疑問に明確な解答を与えるだけではなく、より多くの疑問を提出するものであるが、この点においても本試験はきわめて優れた試験といえる。本試験は、FDAが新たな血糖降下薬の認可に際して求めている心血管アウトカム試験(cardiovascular outcome trial:CVOT)の一環として行われた。SGLT2(sodium-glucose cotransporter 2)阻害薬であるエンパグリフロジンが、心血管イベントリスクを増加しないか、増加しないならば減少させるか、が本試験に設定された疑問である。短期間で結果を出すために、対象患者は、ほぼ100%が心血管疾患を有する2型糖尿病患者が選択された。かつ、心血管疾患を有する2型糖尿病患者に対する標準治療に加えて、プラセボとエンパグリフロジンが投与された。その結果、3年間の治療により心血管死が38%減少し、さらに、総死亡が32%減少する驚くべき結果となった。しかし、奇妙なことに、非致死性心筋梗塞および非致死性脳卒中には有意な減少が認められず、心不全による入院の減少が、心血管死ならびに総死亡の減少と密接に関連していることを示唆する結果であった。さらに、心血管死の減少は、治療開始3ヵ月後にはすでに認められていることから、血糖、血圧、体重、内臓脂肪量などのmetabolic parameterの改善のみによっては説明できないことも明らかになった。つまり、インスリン非依存性に血糖を降下させるエンパグリフロジンが、血糖降下作用とは無関係に患者の予後を大きく改善したことになる。この結果の意味するところを、われわれはじっくりと咀嚼する必要があるだろう。 エンパグリフロジンが心血管死を減少させたメカニズムは何か? これが本試験の提出した最大の疑問である。残念ながら本試験は、この疑問に解答を与えるようにはデザインされておらず、新たなexplanatory studyが必要となろう。科学史における多くの偉大な発見は、瞥見すると突然もたらされたようにみえるが、実際はそこに至るまでに多くの知見が集積されており、そこに最後の一歩が加えられたものがほとんどである。したがって本試験の結果も、これまでに蓄積された科学的知見の文脈において理解される必要がある。ニュートンも、過去の多くの巨人達の肩の上に立ったからこそ、はるか遠くを見通せたのである。この点において、われわれは糖尿病と心不全との関係を再認識する必要がある。 糖尿病と心不全との関係は古くから知られているが、従来の糖尿病治療に関する臨床試験においては、システマティックに評価されてきたとは言い難い1)。これは、FDAの規定する3-point MACE(Major adverse cardiac event:心血管死、非致死性心筋梗塞、非致死性脳卒中)および4-point MACE(3-point MACEに不安定狭心症による入院を加えたもの)に、心不全による入院が含まれていないことから明らかである。糖尿病と心不全との関係は病態生理学的にも血糖降下薬との関係においても複雑であり、かつ現時点でも不明な点が多く、ここに詳述することはできない(興味ある読者は文献2)を参照されたい)。血糖降下薬については、唯一メトホルミンが3万4,000例の観察研究のメタ解析から心不全患者の総死亡を抑制する可能性のあることが報告されているだけである3)。 本試験においては、ベースラインですでに心不全と診断されていた患者が約10%含まれていたが、平均年齢が60歳以上であること、すべての患者が心血管病を有していること、糖尿病罹病期間が10年以上の患者が半数を占めること、約半数の患者にインスリンが投与されていたことから、多くの潜在性心不全患者または左室機能不全(収縮不全または拡張不全)患者が含まれていた可能性が高い。筆者が考えるに、これらの患者に対して、エンパグリフロジンによる浸透圧利尿が心不全の増悪による入院を減少させたと考えるのが現時点での最も単純な推論であろう。これは、軽症心不全患者に対するエプレレノン(選択的アルドステロン拮抗薬)の有用性を検討したEMPHASIS-HF試験4)において、総死亡の減少が治療開始3ヵ月後の早期から認められている点からも支持されると思われる。興味深いことに、ベースラインで約40%の患者がすでに利尿薬を投与されており、エンパグリフロジンには既存の利尿薬とは異なる作用がある可能性も否定できない。 本試験の結果から、エンパグリフロジンは2型糖尿病薬物療法の第1選択薬となりうるだろうか? 筆者の答えは否である。EBMのStep4は「得られた情報の患者への適用」とされている。Step1-3は情報の吟味であるが、本論文の内的妥当性internal validityにはほとんど問題がない。しいて言えば、研究資金が製薬会社によって提供されている点であろう。したがって、この論文の結果はきわめて高い確率で正しい。ただし、本論文のpatient populationにおいて正しいのであって、明日外来で目前の診察室の椅子に座っている患者にそのまま適用できるかはまったく別である。つまり、外的妥当性applicabilityの問題である。そこでは医療者であるわれわれの技量が問われる。その意味において、本論文は糖尿病診療におけるEBMを考えるうえでの格好の教材だろう。 薬剤の作用は多くの交互作用のうえに成立する。そこで注意すべきは、本試験が心血管病の既往を有する2型糖尿病患者における2次予防試験であることである。2次予防で有益性の確立した治療法が1次予防においては有益でないことは、心血管イベント予防におけるアスピリンを考えると理解しやすい。心血管イベント発症絶対リスクの小さい1次予防患者群においては、消化管出血などの不利益が心血管イベント抑制に対する有益性を相殺してしまうためである。同様に、心不全発症絶対リスクの小さい1次予防患者においては、性器感染症やvolume depletionなどの不利益が、心不全発症抑制に対する有益性を相殺してしまう可能性は十分に考えられる。さらに、エンパグリフロジンの長期安全性については現時点ではまったく未知である。 薬剤間の交互作用については、メトホルミン、レニン・アンジオテンシン・アルドステロン系阻害薬、β遮断薬、スタチン、アスピリンなどの標準治療に追加することで、エンパグリフロジンの作用が発揮されている可能性があり、本試験の結果がエンパグリフロジン単剤での作用であるか否かは不明である。それを証明するためには、同様の患者群においてエンパグリフロジン単剤での試験を実施することが必要であるが、その実現可能性は倫理的な観点からもほとんどないと思われる。 糖尿病治療における基礎治療薬(cornerstone)に求められるのは、(1)確実な血糖降下作用、(2)低血糖を生じない、(3)体重を増加しない、(4)真のアウトカムを改善する、(5)長期の安全性が担保されている、(6)安価である、と筆者は考えている。現時点で、このすべての要件を満たすのはメトホルミンのみであり、これが多くのガイドラインでメトホルミンが基礎治療薬に位置付けられている理由である。本試験においても、約75%の患者はベースラインでメトホルミンが投与されており、エンパグリフロジンの総死亡抑制効果は、前述したメトホルミンの持つ心不全患者における総死亡抑制効果との相乗作用であった可能性は否定できない。 ADA/EASDの高血糖管理ガイドライン2015では、メトホルミンに追加する薬剤として6種類の薬剤が横並びで提示されている。メトホルミン以外に、総死亡を減少させるエビデンスのある薬剤のないのがその理由である。最近の大規模臨床試験の結果から、インクレチン関連薬(DPP-4阻害薬およびGLP-1受容体作動薬)の心血管イベント抑制作用は、残念ながら期待できないと思われる。本試験の結果から、心血管イベント、とりわけ心不全発症のハイリスク2型糖尿病患者に対して、エンパグリフロジンがメトホルミンに追加する有用な選択肢としてガイドラインに記載される可能性は十分にある。EMPA-REG OUTCOME試験は、2型糖尿病患者の予後を改善するために実施された多くの大規模臨床試験が期待した成果を出せずにいる中で、ようやく届いたgood newsであろう。参考文献はこちら1)McMurray JJ, et al. Lancet Diabetes Endocrinol. 2014;2:843-851.2)Gilbert RE, et al. Lancet. 2015;385:2107-2117.3)Eurich DT, et al. Circ Heart Fail. 2013;6:395-402.4)Zannad F, et al. N Engl J Med. 2011;364:11-21.関連コメントEMPA-REG OUTCOME試験:試験の概要とその結果が投げかけるもの(解説:吉岡 成人 氏)EMPA-REG OUTCOME試験:SGLT2阻害薬はこれまでの糖尿病治療薬と何が違うのか?(解説:小川 大輔 氏)EMPA-REG OUTCOME試験:それでも安易な処方は禁物(解説:桑島 巌 氏)

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EMPA-REG OUTCOME試験:SGLT2阻害薬はこれまでの糖尿病治療薬と何が違うのか?(解説:小川 大輔 氏)-423

 2015年9月14日から、ストックホルムで開催された欧州糖尿病学会(EASD)に参加した。今大会でEMPA-REG OUTCOME試験の結果が発表されるとあって、世界中から集まった糖尿病の臨床医や研究者の注目を集めていた。私も当日、発表会場に足を運んだが、超満員でスクリーンの文字がよく見えない位置に座るしかなかった。しかし、EMPA-REG OUTCOME試験の結果は同日論文に掲載されたため、内容を確認することができた1)。 2008年以降、米食品医薬品局(FDA)は新規の糖尿病治療薬に対し、心血管系イベントに対する安全性を評価する、ランダム化プラセボ対照比較試験の実施を義務付けている。そして、SGLT2阻害薬ではエンパグリフロジン、カナグリフロジン、ダパグリフロジンで心血管系の安全性試験が行われている。この3製剤の中で、エンパグリフロジンの試験(EMPA-REG OUTCOME)が最も早く終了し、今回の発表となった。 この試験は、心筋梗塞・脳梗塞の既往や心不全などのある、心血管イベントの発症リスクの高い2型糖尿病患者を対象に、SGLT2阻害薬エンパグリフロジン(商品名:ジャディアンス)10mgあるいは25mgを投与し、プラセボと比較して心血管イベントに対する影響を検討した研究である。主要アウトカムは、心血管死、非致死的心筋梗塞、非致死的脳梗塞のいずれかの初回発現までの期間で、結果の解析はエンパグリフロジン群(10mg群と25mg群をプールしたもの)のプラセボ群に対する非劣性を検定した後に優越性を検定する、とデザインペーパーに記載されている2)。 日本を含む世界42ヵ国、約7,000人がこの試験に参加し、追跡期間の中央値は3.1年であった。主要エンドポイントは、エンパグリフロジン群(10mgと25mgの合計)がプラセボ群より有意に低かった(hazar ratio:0.86、95%CI:0.74~0.99)。また、非致死的心筋梗塞と非致死的脳梗塞では有意差が付かなかったが、心血管死は有意に低下していた(3.7% vs.5.9%、Hazard ratio:0.62、95%CI:0.49~0.77)。また、全死亡も有意に低下しており(5.7% vs.8.3%、Hazard ratio:0.68、95%CI:0.57~0.82)、生命予後を改善することが示唆された。 おそらく多くの方々がこの結果を評価するであろう。これまでの糖尿病治療薬でこれほど心血管イベントを抑制した薬剤はなく、世界中の医療関係者を驚かせた。また、高血圧症や脂質異常症の標準治療をされたうえでも心血管死を減少したというのは特筆すべき結果である。 本稿ではあえて気になった点を列記する。(1)主要エンドポイントはエンパグリフロジン10mg群および25mg群ではいずれも有意差が付いていない。おそらく症例数が少ないことによるものであろう。(2)心血管死の発症は著明に抑制されていたが、一方で心筋梗塞や脳梗塞の発症は抑制されておらず、とくに脳梗塞は、むしろ増加する傾向を認めている点には注意が必要である。(3)心血管死や心不全による入院は試験開始直後から減少しているが、この点をどう解釈するか。これほど早く薬剤の臨床効果が出現するものだろうか。 また、なぜSGLT2阻害薬エンパグリフロジンを投与すると、試験開始早期より心血管死を抑制できたのであろうか。HbA1cはプラセボ群よりたかだか0.5%程度しか低下していない。これまでに行われた糖尿病治療薬の試験でも今回のような効果は認められたことはなく、血糖コントロールの改善が寄与したとは考えにくい。また、血圧に関しても収縮期血圧はおよそ4mmHgの低下を認めるが、血圧低下だけでは十分に説明できない。脂質に関しても、HDLコレステロールの増加はわずか2mg/dL程度であり、むしろLDLコレステロール値は上昇している。1つの機序としては、心血管死と心不全に対する効果が早くかつ大きいことや、これまでの心不全に関する試験においても今回と同様の結果が認められることから、SGLT2阻害薬の利尿作用が関係している可能性がある。また、別の機序として、複数の治療目標を同時に積極介入したSteno-2試験の結果に類似することから、SGLT2阻害薬が血糖のみならず血圧、脂質、肥満などをトータルに改善したことが結果につながったのかもしれない。いずれにしても、この心血管イベント抑制のメカニズムは推測の域を超えない。 この効果がエンパグリフロジンだけに認められる結果なのか、それともほかのSGLT2阻害薬でも認められるのか。今後のカナグリフロジン(CANVAS試験)やダパグリフロジン(DECLARE-TIMI58試験)の結果を待たなければ断言できないが、現時点ではクラスエフェクトと考えるほうが妥当であろう、そうEASDで発表者の一人が質疑応答で返答していた。 EMPA-REG OUTCOME試験により、SGLT2阻害薬の心血管イベントに対する効果のみならず、さらに興味深い結果が得られた。これまで日本では、「若くて肥満のある患者が良い適応だ」とうたわれてきた。しかし、主要アウトカムのサブグループ解析で、高齢者(65歳以上)や非肥満者(BMI 30以下)のほうが、むしろ効果が高いという結果をみると、SGLT2阻害薬の対象となる患者の範囲は案外広いのかもしれない。また、「利尿薬との併用はしてはいけない」ともいわれてきたが、この研究では実に約43%の症例で利尿薬が併用されていたにもかかわらず、体液減少による有害事象の増加は認められなかった。EMPA-REG OUTCOME試験はこれまでの常識を覆す、インパクトのある試験であることは間違いない。参考文献はこちら1)Zinman B, et al. N Engl J Med. 2015 Sep 17. [Epub ahead of print]2)Zinman B, et al. Cardiovasc Diabetol. 2014;13:102.関連コメントEMPA-REG OUTCOME試験:試験の概要とその結果が投げかけるもの(解説:吉岡 成人 氏)EMPA-REG OUTCOME試験:リンゴのもたらした福音(解説:住谷 哲 氏)EMPA-REG OUTCOME試験:それでも安易な処方は禁物(解説:桑島 巌 氏)

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ジゴキシンは本当に死亡を増大するのか/BMJ

 ジゴキシン(商品名:ジゴシンほか)使用と死亡との関連は認められず、一方で入院減少との関連が認められたことを、英国・バーミンガム大学循環器サイエンスセンターのOliver J Ziff氏らが報告した。ジゴキシンは心不全患者の症状軽減や心房細動患者の心拍数コントロールに用いられる頻度が高いが、最近の観察研究で死亡増大との関連が指摘されていた。研究グループは、すべての観察研究、無作為化試験を対象に試験デザインや方法を考慮しつつ、ジゴキシンの死亡および臨床的アウトカムへの影響を明らかにするシステマティックレビューとメタ解析を行った。BMJ誌オンライン版2015年8月30日号掲載の報告。ジゴキシン vs.対照の比較試験をシステマティックレビュー、メタ解析 ジゴキシンの安全性と有効性に関する本検討は、Medline、Embase、Cochrane Libraryおよび参照リスト、さらに現在進行中の前向き試験(PROSPEROデータベースに登録)を検索して行われた。1960年~2014年7月に発表され、ジゴキシンと対照(プラセボまたは無治療)を比較検討した試験を適格とした。 未補正および補正済みデータを、試験デザイン、解析方法、リスクバイアス別にプール。ランダム効果モデルを用いたメタ解析法で、主要アウトカム(全死因死亡)、副次アウトカム(入院など)を評価した。死亡への影響はベースライン差によるもの システマティックレビューにより52試験、被験者62万1,845例が包含された。被験者は、ジゴキシン使用者が対照よりも2.4歳年上で(加重差95%信頼区間[CI]:1.3~3.6)、駆出率が低く(33% vs.42%)、糖尿病者が多く、利尿薬と抗不整脈薬の服用数が多かった。 メタ解析には75件の解析試験(未補正33件、補正後22件、傾向適合13件、無作為化7件)が含まれ、総計400万6,210人年のフォローアップデータが組み込まれた。 結果、対照と比べて、ジゴキシンのプール死亡リスク比は、未補正解析試験データ群で1.76(1.57~1.97)、補正後解析試験データ群で1.61(1.31~1.97)、傾向適合解析試験データ群で1.18(1.09~1.26)、無作為化対照試験データ群で0.99(0.93~1.05)であった。 メタ回帰分析により、ジゴキシンと関連した死亡への有意な影響は、利尿薬使用といった心不全重症度マーカーなど(p=0.004)治療群間のベースライン差によるものであることが確認された。 方法論が良好で、バイアスリスクが低い試験は、ジゴキシンと死亡についてより中立的であると報告する傾向が有意にみられた(p<0.001)。 全試験タイプにわたって、ジゴキシンは、わずかだが有意に、あらゆる要因による入院の減少と関連していた(リスク比:0.92、0.89~0.95、p<0.001、2万9,525例)。 結果を踏まえて著者は、「ジゴキシンは、無作為化試験において死亡との関連は中立的であることが認められ、また全タイプの試験で入院の減少と関連していた」とまとめ、「観察試験でみられたジゴキシンと有害転帰との関連は、ジゴキシン処方を原因とするものではなく、統計的補正によっても軽減されない交絡因子によるものと思われる」と述べている。

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Vol. 4 No. 1 HFpEF駆出率の保たれた心不全に対する診断と治療を考える

山本 一博 氏鳥取大学医学部病態情報内科HFpEFとは左室駆出率が保持された心不全(HFpEF:heart failure with preserved ejection fraction)という概念が定着してきたのはこの10年程度と日が浅く、いまだ全容は明らかとなっていない。疫学調査の結果から明らかにされている特徴は、左室駆出率が低下した心不全(HFrEF:heart failure with reduced ejection fraction)と比較して高齢者と女性の占める割合が高いことである。地域住民を対象とした調査のなかで心不全患者のEFの分布をみると二峰性を示し、2つの峰の間にある“谷”に当たる位置のEFの値は、HFrEFとHFpEFを臨床的に分けているEFのカットオフポイントにあたる1)。このような結果をみるとHFrEFとHFpEFは異なる病態として扱うべきと考えられる。HFpEFの診断HFpEF診断の基本は心不全であることの臨床診断左室駆出率が保持されているが、左室拡張機能障害が認められるである。1. 心不全の臨床診断心不全に伴う自覚症状や他覚所見には、心不全に特異的なものがない。現在のところ血中Bタイプナトリウム利尿ペプチド(BNPないしNT-proBNP)の濃度が上昇している場合は、心不全に基づく症状や所見の可能性が高いと判断することになる。この基準値であるが、BNPでは100pg/mL、NT-proBNPであれば400pg/mLが目安になると思われる。2. 左室流入血流速波形を用いた拡張機能評価に関する誤解以前より左室流入血流速波形が拡張機能の指標として用いられてきたが、ここに大きな認識の誤りがある。左室駆出率が低下している症例においてE/Aは左室充満圧と正比例しE波の減衰時間(DT)は左室充満圧と負の相関を示すことから2)、拡張機能障害のために二次的に生じている左室充満圧上昇の検出を通じて間接的に左室拡張機能障害の評価に左室流入血流速波形は用いうる。一方、HFpEFのように左室駆出率が保持されている症例では、E/AやDTは左室充満圧と相関しない2)。つまり、左室流入血流速波形をワンポイントで計測しても、拡張機能障害のために二次的に起きてくる左室充満圧上昇の有無を判断することは不可能である。では、左室流入血流速波形のみを用いて直接的に拡張機能を評価できるか? 答えは「NO」である。E/Aの低下は拡張機能障害を表すかのようにいわれているが、これを裏づけるデータはほとんどない。1980年代にKitabatakeらが心疾患患者においてE/Aの低下やDTの延長が認められることを報告し3)、その後、左室拡張機能障害、特に弛緩障害が起きるとE/Aが低下しDTが短縮するという研究結果が報告されたこともあり、E/Aの低下とDTの延長を認めれば左室弛緩障害を有していると判断できると信じ込まれてきた。確かに左室弛緩障害が起きるとE/Aは低下しDTは延長するとはいえるが、E/Aが低下しDTが延長していれば弛緩障害が存在するとはいえない。これまでに行われてきた多くの臨床研究の結果をみると、E/Aと左室弛緩評価のゴールドスタンダードである時定数Tauとの間には相関を認めないとする報告がほとんどである。最近わが国で集められた臨床データをみても、E/Aが低下している症例であってもTauは異常値ではない症例が少なくないことが示されている4)。3. 左室駆出率が保持された患者における拡張機能評価これについては、確立した指標がない。現段階で受け入れられている、左室充満圧上昇の検出に用いうる指標としてパルスドプラ法で記録する左室流入血流速波形のE波と、組織ドプラ法で記録する急速流入期の僧帽弁輪部運動のピーク速度e’の比(E/e’)の上昇肺静脈血流速波形および左室流入血流速波形の心房収縮期波の幅の差の増加左房径/容積の増加E波とe’波の開始時間の差であるTE-e’、連続波ドプラにおいて左室流入血流速波形と左室流出路波形を同時記録して求める等容性弛緩時間IVRTの比(IVRT/TE-e’)の低下Valsalva法により急速前負荷軽減を行った際のE/Aの過大な低下などが挙げられるが、いずれの指標も単独で用いうるほどの信頼性はない。また、心エコー図検査は安静時にデータ収集を行っているので、これらを用いて診断できるのは病期がある程度進行し安静時から左房圧が上昇している患者のみである。安静時に左房圧は上昇しておらず、労作時に拡張機能障害により急激な左房圧上昇を来すために運動耐容能が低下している患者も少なくなく(図1)、このような患者を診断するには左室拡張機能(主に左室弛緩とスティフネス)を直接的に評価する必要がある。図1 労作時の左室拡張末期容積および拡張末期圧の変化のシェーマ画像を拡大する左室弛緩を直接的に評価しうる指標としてe’が挙げられる。e’は左室弛緩障害により減高し、簡便に記録できるので臨床的にも有用性が高い。また、弛緩障害はe’波の開始を遅らせるため、E波の開始とe’波の開始の時間差であるTE-e’もTauと相関すると報告されている。左房容積は左房圧と相関をするので、純粋に拡張機能だけを反映しているとはいえないが、左室拡張機能障害による慢性的な左房負荷を反映して左房が拡大することから、拡張機能評価における左房容積は糖尿病評価におけるHbA1cのような位置づけにあるとも考えられている5)。American Society of Echocardiographyから出されているガイドラインにおいて、拡張機能障害の有無を検出するfirst lineの指標として用いられているのはe’と左房容積である6)。一方、HFpEF発症には左室弛緩障害以上に左室スティフネス亢進が寄与しており、その評価が重要であると考えているが、確立した非侵襲的評価法がない。われわれは拡張期の左室壁心外膜面の動きに着目した7)。線形弾性理論に基づくと、“やわらかい”物質と“硬い”物質に圧を加えた場合、圧を加えた面の反対面の動きが前者に比べ後者では大となる。この法則を左室自由壁の拡張期の動きに当てはめ(図2)、かつ簡便化した定量的指標がであり、心筋スティフネス係数と有意な負の相関関係にある。DWS低値は糖尿病患者においてHFpEF発症の独立した危険因子であること8)、HFpEF患者においてDWSは、年齢、性、E/e’、左室駆出率、左室重量係数、肺動脈圧、血中BNP濃度とは独立した予後規定因子であることも明らかにした9)。ただし、まだ広く受け入れられている指標ではないので、今後の検討が必要である。間接的に左室拡張機能障害の存在を示唆する形態的な異常所見が左室肥大である。ただし、HFpEF症例の60%では左室肥大は存在しないので、左室肥大が存在しないからといって拡張機能障害を否定することはできない。図2 「やわらかい」左室自由壁と「硬い」左室自由壁のM-モード画像を拡大するHFpEFの治療基礎疾患として高血圧を有する患者では血圧コントロールが必須である。虚血性心疾患患者では、虚血が自覚症状の原因と判断されれば血行再建を行う。心房細動で心室レートが過剰に亢進している場合には、これを抑える薬剤を用いる。このような基礎疾患に対する治療ないし対症療法を除き、HFpEFに特異的な治療として有効性が確立しているものは現段階ではない。1. 利尿薬HFpEFの自覚症状に体液貯留が関与している場合は、自覚症状軽減を目的として、つまり代表的な対症療法として利尿薬を用いる。利尿薬の選択については、わが国で実施したJ-MELODIC試験の結果を考慮すると、短時間作用型のフロセミドよりも長時間作用型のアゾセミドを選択するほうが好ましい10)。利尿薬は、現在認識されているように単に自覚症状を軽減することだけを目的として使用する薬剤なのか否かを検討する余地がある。心不全入院歴がなく、かつ心不全症状を認めない患者において利尿薬を中断すると、1年以内に再開せざるをえなくなる患者が少なくない11)。われわれの検討において、HFpEF患者を多く含むクリニカルシナリオ1の病態を呈する急性心不全は冬季発症が多く(本誌p.17図を参照)、冬季に発症が増える危険因子はループ利尿薬を服用していないことであるという結果が導かれた12)。心不全増悪のほとんどは心拍出量の低下ではなくうっ血によるものであり、その原因となる左室充満圧上昇はある程度進行しなければ臨床所見として捉えることができない13)。したがって、現在のように症状を基準として利尿薬の投与を中止した場合、まだ左室充満圧が上昇している状況、つまり心不全発症リスクが十分に低下していない状況での利尿薬中止に至る。心不全の増悪を繰り返すことが、結果的に病態の悪化を招くことは広く知られているところであり、このような病態の“揺れ”を招かない心不全コントロールを行うには、安易な利尿薬の中止は避けるべきかもしれない。2. レニン-アンジオテンシン-アルドステロン系の阻害これまでの介入試験の結果に基づき、レニン-アンジオテンシン-アルドステロン系の阻害はHFpEFには有効性が期待できないと結論づけられているが、果たしてその結論を安易に受け入れてよいものであろうか?アンジオテンシン受容体拮抗薬(ARB)はHFpEFに対して無効であるという結果を提示したI-PRESERVE試験のサブ解析は、投与開始前のNT-proBNP値が低い患者ではARBは有用であることを示唆している14)。I-PRESERVE試験より軽症の患者を多く含むCHARM-Preserved試験では、ARBは心不全悪化による入院リスクを有意に低下させている15)。PEP-CHF試験では追跡1年経過後に多くの症例が割付治療から逸脱していたため90%の症例が割付治療を行っていた割付後1年目の時点での解析を行うと、アンジオテンシン変換酵素阻害薬(ACEI)投与群で1次エンドポイント発生率は低下傾向を認め、心不全入院は有意に減少し、NYHA心不全機能分類および6分間歩行も有意に改善した16)。さらに最近発表された大規模観察研究では、ACEIないしARBの服用はHFpEFの予後改善に結びつくとの結果が示されている17)。アルドステロンの作用を抑制するミネラロコルチコイド受容体拮抗薬のHFpEFにおける有用性を検討したTOPCAT試験は2014年に結果が発表された18)。スピロノラクトンは設定された1次エンドポイント(心血管死、突然死、心不全入院)の低下をもたらさなかったが、心不全入院は有意に減少させている。TOPCAT試験の対象患者もNYHAⅡ度の比較的軽症の患者が多い。以上の介入試験の主論文の結論からは、ARB、ACEI、ミネラロコルチコイド受容体拮抗薬はHFpEFに無効という意見が導かれるが、日常診療においてHFpEF患者の抱える大きな問題の1つが高い再入院率であることなども念頭においたうえでこのようなサブ解析の結果を眺めると、これらの薬剤に効果を期待できる患者群が存在すると推察すべきではないかと考える。3. β遮断薬HFrEF治療で有用性が確立しているβ遮断薬のHFpEFにおける効果を検討した介入試験はほとんど行われていなかったが、わが国で実施したJ-DHF試験の結果を2013年に発表した。カルベジロール投与群と非投与群の比較ではイベント発生率に差異を認めなかったが、カルベジロール群をカルベジロール投与量中間値の7.5mg/日で分けて検討したところ、7.5mg/日より大の投与群では心血管死ないし心血管系の原因による入院という複合エンドポイント発生率を有意に低下させていた(本誌p.18図を参照)19)。この結論はDobreらの観察研究から導かれた結論とも一致しており20)、現在進行中のβ-PRESERVE試験の結果が待たれる。4. 非心臓因子に着目した薬物治療HFpEFの重症化には非心臓因子も関与しており、その点に焦点をあてる治療法の有用性にも期待がかかる。しかしこれまでのところ、肺血管抵抗低下作用のあるphosphodiesterase-5阻害薬のシルデナフィル、貧血改善目的で使用されるエリスロポエチンには有用性が確認されなかった。おわりに以上、HFpEFの診断と治療について概説した。治療法については、ARBとneprilysin阻害薬の作用を有するLCZ696、イバブラジンなどの効果を検討する臨床試験が進行中であり、それらの結果に期待したい。文献1)Dunlay SM et al. Longitudinal changes in ejection fraction in heart failure patients with preserved and reduced ejection fraction. Circ Heart Fail 2012; 5: 720-726.2)Yamamoto K et al. Determination of left ventricular filling pressure by Doppler echocardiography in patients with coronary artery disease: critical role of left ventricular systolic function. J Am Coll Cardiol 1997; 30: 1819-1826.3)Kitabatake A et al. Transmitral blood flow reflecting diastolic behavior of the left ventricle in health and disease--a study by pulsed Doppler technique. Jpn Circ J 1982; 46: 92-102.4)Yamada S et al. Limitation of echocardiographic indexes for the accurate estimation of left ventricular relaxation and filling pressure: interim results of SMAP, a multicenter study in Japan (in Japanese). Jpn J Med Ultrasonics 2012; 39: 449-456.5)Douglas PS. The left atrium: a biomarker of chronic diastolic dysfunction and cardiovascular disease risk. J Am Coll Cardiol 2003; 42: 1206-1207.6)Nagueh SF et al. 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