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蠕動運動を促し、炎症を防ぐ腸神経の圧感知タンパク質を発見加圧や運動に応じて腸の運動を調節し、病的な腸の炎症を鎮める神経のタンパク質が同定されました1)。平滑筋の息が合った収縮と弛緩、すなわち蠕動運動によって食物が腸を下っていきます。神経細胞が腸の蠕動を支えることは100年以上も前から知られていますが、いったいどうやってそうするのかはよくわかっていませんでした2)。免疫細胞のイオンチャネルPIEZO1が呼吸で加わる力を感知する役割を担い、肺での炎症を誘発することが先立つ研究で示されています3)。PIEZO1が胃腸の蠕動にも寄与するかもしれないとハーバード大学の免疫学の助教授Ruaidhri Jackson氏らは想定し、マウスやヒトの腸の神経を調べてみました。すると、PIEZO1を生成する遺伝子の活発な発現が認められました。神経伝達物質のアセチルコリンを放出して腸の筋肉の収縮を誘発する興奮性神経でPIEZO1は盛んに発現していました。正常なマウスの腸は加わる圧が高まるほど収縮します。一方、PIEZO1遺伝子を欠くマウスの腸組織は圧が加わっても収縮できず、PIEZO1が加圧センサーとして腸の動きを助けることが判明しました。マウスのPIEZO1発現細胞を活性化したところ、腸内の小さなガラス玉が通常のマウスに比べて2倍早く排出されました。一方、腸のPIEZO1発現神経を薬品で働かないようにすると消化がよりゆっくりになりました。すなわちPIEZO1発現神経は腸の内容物の排出を早める働きを担うようです。揺れや他の臓器との接触によって腸に圧を加えうる運動が排便を促すことが随分前から知られています。その作用にもPIEZO1が関わっているらしく、PIEZO1遺伝子を有するマウスは回し車を10分も走れば排便しましたが、PIEZO1が損なわれると運動に応じた腸の運動亢進が認められませんでした。炎症性腸疾患(IBD)も炎症刺激により腸の運動を高めることが知られています。IBDマウスでもPIEZO1は排便を促す働きを担うようであり、PIEZO1が働かないようにすると排便が遅くなりました。しかしPIEZO1を失って生じる影響は排便の遅れだけではなく、先立つ研究で免疫細胞のPIEZO1欠損が肺炎症を減らしたのとはいわば真反対の副作用をもたらしました。すなわち腸神経のPIEZO1欠損は意外にもIBD症状の悪化を招きました。PIEZO1欠損マウスはPIEZO1が正常なマウスに比べてより痩せ、腸粘液やその生成細胞を失っていきました。腸神経PIEZO1欠損マウスでの炎症悪化は、平滑筋の活性を促すのみならず抗炎症作用も担うアセチルコリンが乏しくなることに起因するようです。IBDが引き起こす炎症でPIEZO1が活動することで腸神経は炎症を鎮めるアセチルコリンをどうやら盛んに作れるようになり、同時にIBDの特徴である腸運動の亢進ももたらすのだろうとJackson氏は予想しています2)。今回の成果は腸神経のPIEZO1の活性調節でIBDが治療できるようになる可能性を示唆しています。また、便秘や下痢などの腸運動が絡む病気の治療の開発にも役立ちそうです。ただし、PIEZO1は諸刃の剣で、場所柄で一利一害あるようです。腸神経のPIEZO1欠損がIBD悪化を招きうることを示した今回の結果とは対照的に、免疫系のマクロファージのPIEZO1を省くことはIBDの進行をむしろ防ぎうることが最近の別の研究で示されています4)。その結果は上述した肺での免疫細胞のPIEZO1の働きと一致します。PIEZO1狙いの治療はその存在場所によって働きが異なりうることを念頭において取り組む必要があるのでしょう。 参考 1) Xie Z, et al. Cell. 2025 Mar 20. [Epub ahead of print] 2) Study Identifies Gut Sensor That Propels Intestines To Move / Harvard Medical School 3) Solis AG, et al. Nature. 2019;573:69-74. 4) Wang T, et al. Cell Mol Gastroenterol Hepatol. 2025:101495.