1529.
2020年12月18日現在、新型コロナPCR確定感染者は世界全体で7,285万人、死者数は164万人(粗死亡率:2.3%)に達する。不顕性感染者を含む総感染者数はPCR陽性者数の約10倍と考えられるので(Bajema KL, et al. JAMA Intern Med. 2020 Nov 24. [Epub ahead of print])、現時点での世界総感染者数は約7.3憶人(世界総人口の約10%)と推察される。このままでは新型コロナによって人類は危機的状況に陥る可能性があり、それを阻止するためにはワクチンによる感染予防/制御が絶対的に必要である。現在、18種類のワクチンに関し第III相試験が進行中、あるいは終了している。しかしながら、12月10日、オーストラリアのQueensland大学で開発中の遺伝子ワクチンの臨床治験が中止されたことが報道された。以上の18種類のワクチンのうち、3種類の遺伝子ワクチンに関する第III相試験の中間結果が報告された(米国/ドイツ・Pfizer/BioNTech社のBNT162b2、米国・Moderna社のmRNA-1273、英国・AstraZeneca社のChAdOx1)。これらの3種類の遺伝子ワクチンは来年度上半期には本邦にも導入される予定であり、それらの基礎的/臨床的特徴を把握しておくことは、2021年の新型コロナ感染症に対する本邦での抜本的対策を構築するうえで最重要課題である。本論評(基礎編)では、遺伝子ワクチンを含めたワクチン全体の本質を理解するうえで必要な基礎的事項を整理する。次の論評(臨床編)では、来年度、本邦に導入されるであろう3種類の遺伝子ワクチンに関する臨床的意義について考察する。 新型コロナウイルスに対するワクチンは、主として下記の3種類に分類される(Abbasi J. JAMA 2020;324:1125-1127.)。1)蛋白ワクチン 全ウイルスを不活化したワクチン(Whole inactivated vaccine)、感染と関連する領域のみを精製したワクチン(Subunit or split vaccine)、遺伝子組み換え技術を駆使してウイルス侵入規定領域であるS蛋白を人工的に作成しワクチンとして用いるものが含まれる。新型コロナに対する不活化ワクチンは、中国を中心に開発が進められている(Sinovac社のCoronaVac、Sinopharm社のBBIBP-CorV)。遺伝子組み換え人工蛋白ワクチンとしては、米国・Novavax社のNVX-CoV2373に関する第I/II相試験が終了し(Keech C, et al. N Engl J Med. 2020;383:2320-2332.)、第III相試験が開始されつつある。NVX-CoV2373も本邦への導入が検討されている。NVX-CoV2373はS蛋白全長に対する遺伝子情報をナノ粒子に封入してBaculovirusに導入、そのBaculovirusを昆虫内で増殖、遺伝子組み換えS蛋白を作成し、免疫原性を増加(ブースター効果)させるアジュバント(Matrix M1)と共に接種するものである。NVX-CoV2373と同様の方法で、インフルエンザウイルスの血球凝集素(HA)を遺伝子組み換え技術を用いて作成した蛋白ワクチン(フランス・Sanofi社のFluBlok)は、米国などで接種され臨床的評価が高い。蛋白ワクチンの主たる作用は液性免疫の賦活であり、下記に述べる遺伝子ワクチンに比べ細胞性免疫の賦活は弱いと考えられている(Keech C, et al. N Engl J Med. 2020;383:2320-2332.)。 Sanofi社とGSK社は共同でS蛋白を標的とした遺伝子組み換え人工蛋白ワクチンの開発を行ってきたが、開発中の蛋白ワクチンのS蛋白に対する特異的IgG抗体産生が高齢者では有効域に達しなかったことにより、本ワクチンの開発を中止することを12月11日に発表した。今後は、新たなワクチンの開発を進めるとしている。2)DNA遺伝子ワクチン ウイルス侵入規定領域であるS蛋白に関する遺伝子情報をDNAに組み込み宿主に導入、S蛋白を作り出したうえで、それに対する液性免疫(抗体産生)、T細胞由来の細胞性免疫を誘導するものである。このために使用されるのがアデノウイルス(Ad)をベクター(輸送媒体)とする方法である。Adは2本鎖DNAによって形成されるウイルスであり、このDNAにS蛋白を規定する遺伝子情報(塩基配列)を組み込み宿主細胞に導入する。Adとして用いられるのは、ヒトに感染病変を起こさないヒトAd5型、ヒトAd26型、チンパンジー型Adである。ヒトAdをベクターとするワクチンは、米国・Johnson & Johnson社のAd26.COV2.S、中国・CanSino社のAd5-nCoV、ロシア・Gamaleya研究所のSputnik Vなどである。チンパンジー型Adをベクターとするワクチンが、英国・AstraZeneca社のChAdOx1(Voysey M, et al. Lancet. 2020 Dec 8. [Epub ahead of print])である。 Adをベクターとして用いるときの重要な問題点は、生体はAdを異物として認識し、それに対する特異抗体を産生することである。この抗体産生はAdの種類によらず発現する。その結果、ブースター効果を意図して投与される2回目のワクチン接種時には、遺伝子情報を封入したAdが1回目のワクチン投与時に形成された特異抗体の攻撃を受け、その一部は破壊される。その結果、Adをベクターとするワクチンでは、2回目のワクチン接種時、遺伝子情報封入Adの一部しか宿主に導入されず、ブースター効果が不十分で液性/細胞性免疫賦活化が阻害される(Ramasamy MN, et al. Lancet. 2021;396:1979-1993.)。その意味で、Adをベクターとする遺伝子ワクチンは、2回目のワクチン接種の意義が薄く、単回接種を基本とするワクチンと考えるべきである。この原則にのっとって第II相試験が施行されたのが、CanSino社のヒトAd5型をベクターとしたAd5-nCoVワクチンである。Ad5-nCoVの単回接種1ヵ月後には有意な液性/細胞性免疫が惹起されることが示された(Zhu FC, et al. Lancet. 2020;396:479-488.)。一方、ヒトAd5型とAd26型をベクターとしたSputnik V(Logunov DY, et al. Lancet. 2020;396:887-897.)ならびにチンパンジーAdをベクターとしたChAdOx1(Folegatti PM, et al. Lancet. 2020;396:467-478.)においては、1回目ワクチン接種後21日目あるいは28日目に、2回目のワクチンが接種される。両ワクチンとも2回目接種後にブースター効果を認め、S蛋白に対する特異的IgG抗体はさらに上昇するが、回復期血漿中のIgG抗体価を凌駕するものではなかった。この結果は、Adをベクターとするワクチンでは2回目の接種でブースター効果は発現するものの、その程度は弱いことを意味する。RamasamyらはS蛋白に対するIgG抗体産生は、Adに対するIgG抗体価に逆比例することを証明した(Ramasamy MN, et al. Lancet. 2021;396:1979-1993.)。 DNAワクチンのもう1つの欠点は、DNAに組み込まれた遺伝子情報は、まず細胞核内に取り込まれ、その情報がmRNAに転写される必要があることである。その後、細胞質に移行したmRNAを介する翻訳過程を経てS蛋白が産生される。すなわち、DNAワクチンでは転写と翻訳という2段階の過程を経る必要があるため、標的蛋白(S蛋白)の産生効率が悪い。3)RNA遺伝子ワクチン S蛋白の遺伝子情報(塩基配列)をmRNAとして生体に導入し、宿主細胞内でS蛋白の合成とそれに対する液性/細胞性免疫の発現を促す。この方法だとDNAワクチンと異なり、複雑な蛋白合成経路を経ずにS蛋白が宿主細胞質で産生されるので、DNAワクチンに比べ液性/細胞性免疫発現効率が良い(外から導入したmRNAの95%が宿主細胞に取り込まれる)。しかしながら、mRNAは陰性荷電を有する大きな分子であるため、裸のままでは宿主細胞に導入することができない。この問題を解決するため、mRNAをオイル様の性状を有する脂質ナノ粒子(LNP:lipid nanoparticle)に封入して宿主細胞に導入する方法が提唱された。Pfizer/BioNTech社のBNT162b2(Polack FP, et al. N Engl J Med. 2020 Dec 10. [Epub ahead of print])、Moderna社のmRNA-1273(Jackson LA, et al. N Engl J Med. 2020;383:1920-1931.)がこれに該当する。LNPは抗原性を有さず、生体に導入した場合、不要な免疫反応を惹起しない。さらに、LNPは免疫形成に関してアジュバント効果を発揮し、液性/細胞性免疫を上昇させると考えらえている。すなわち、LNP封入RNAワクチンでは、2回目のワクチン接種は確実なブースター効果を発揮するので、BNT162b2、mRNA-1273は2回接種を原則とするワクチンと考えてよい。これら2つのLNP封入mRNAワクチンを用いた場合には、Adをベクターとして用いるChAdOx1ワクチンなどとは異なり、2回目のワクチン接種後のS蛋白特異的IgG抗体価は回復期血漿中のそれを明確に凌駕していた(Walsh EE, et al. N Engl J Med. 2020;383:2439-2450. , Jackson LA, et al. N Engl J Med. 2020;383:1920-1931.)。 遺伝子ワクチンの臨床的効果を考えるうえで重要な事項は、(1)ワクチン由来の液性/細胞性免疫が自然感染の場合に比べ質的/量的に同等のものであるか否か、(2)ワクチン接種による液性/細胞性免疫の持続時間がどの程度であるか、これらを把握することである。1)自然感染とワクチンによる模擬感染における液性/細胞性免疫の差異 自然感染初期にウイルスが宿主内に存在するBリンパ球細胞から分化した形質細胞を刺激し、IgGを中心とするウイルス特異的抗体を産生する(液性免疫)。この機序を担当する形質細胞の寿命は短く、感染発症後2~3週で死滅する(短命形質細胞)。しかしながら、ウイルスはCD4+-helper T細胞の一種であるTh2細胞を刺激し、Th2細胞はB細胞から形質細胞への分化を持続的に誘導する。このようにして形成されたB細胞は抗原情報を細胞内に保持し骨髄で長期に生存する(記憶B細胞)。また、このB細胞から誘導された形質細胞も生存期間が長く、IgG抗体の持続的産生を維持する(長寿形質細胞)。さらに、ウイルスはCD4+-T細胞の一種であるTh1細胞を賦活、IL-2存在下で胸腺のナイーブT細胞をCD8+-T細胞(細胞傷害性T細胞)に分化させる。CD8+-T細胞はウイルスに感染した細胞を殺傷/処理する(細胞性免疫)。新型コロナ感染症ではすべてのTh系細胞が幅広く賦活化されるが、Th1細胞の賦活が優位であると報告されている(Dan JM, et al. bioRxiv. 2020 Dec 18.)。感染初期に賦活化されたT細胞は1~2週間でその90%が死滅する。しかしながら、残り10%のT細胞は抗原情報を保持したまま記憶T細胞としてリンパ組織内で長期に生存する。記憶B細胞、記憶T細胞はウイルスの二次感染時に効率よく液性免疫、細胞性免疫を発現する(二次感染の予防)。 RNAワクチンによるウイルス模擬感染における液性免疫(特異的IgG抗体産生)の発現は、自然感染の場合に較べ有意に高いことが確認されている。しかしながら、T細胞系反応の全貌については、現時点で確実な報告はない。暫定的解析では、RNAワクチン接種によってTh1細胞反応は賦活されるが、Th2細胞反応はむしろ抑制されると報告された(Jackson LA, et al. N Engl J Med. 2020;383:1920-1931.)。RNAワクチン接種によってTh2細胞反応が低く維持されたことは、Th2経路の活性化と関連する抗体依存性感染増強(ADE:Antibody-dependent enhancement of infection)が発生し難いことを意味し、RNAワクチンの安全性を担保する重要な知見である。長期にわたる感染予防のためには、液性免疫に加えTh1系を中心とした細胞性免疫の持続的賦活化も重要な因子であり、今後、ワクチン接種後の細胞性免疫の動態・推移について詳細な検討が望まれる。2)自然感染とワクチンによる模擬感染における液性/細胞性免疫の持続時間 新型コロナの初回感染後に液性/細胞性免疫がどの程度の期間持続するかについての確実な報告はない。新型コロナパンデミック発生初期に出版された論文では、不顕性感染者の40%、有症状感染者の13%で、感染より2ヵ月後(回復期)にはIgG抗体価が無効域まで低下すると報告された(Long QX, et al. Nat Med. 2020;26:1200-1204.)。しかしながら、最近の論文では、S蛋白特異的IgG抗体産生、記憶B細胞、記憶T細胞(CD4+-T細胞、CD8+-T細胞)の賦活化は、感染後少なくとも8ヵ月は維持されることが報告された(Dan JM, et al. bioRxiv. 2020 Dec 18.)。Danらの結果を外挿すると、自然感染によって誘導された種々の免疫機序は、最低でも1年間は持続すると考えてよさそうである。 RNAワクチン接種後(ブースター効果を得るための2回目のワクチン接種後)における液性/細胞性免疫の持続時間に関しては、ワクチン接種後の観察期間が短く確実な結論を導き出せない。しかしながら、S蛋白の受容体結合領域(RBD)に対する特異的IgG抗体産生は、2回目のワクチン接種後少なくとも3ヵ月は持続することが確認された(Widge AT, et al. N Engl J Med. 2020 Dec 3. [Epub ahead of print])。一方、ワクチン接種後の記憶B細胞、T細胞に由来する細胞性免疫の持続期間についての報告はない。ワクチン接種による模擬感染の液性/細胞性免疫持続時間が自然感染のそれと同等あるいはそれ以上であるならば、ワクチンによる二次感染予防効果は、ほぼ1年は持続することになり(すなわち、ワクチン接種は年1回で十分)、人類にとって大きな福音である。