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デルタ株優勢の感染流行にワクチンが苦戦新型コロナウイルス感染症(COVID-19)ワクチンは重症化や死亡を依然としてよく食い止めていますが、デルタ変異株が優勢の目下の流行下で残念ながらワクチン接種完了者の感染は防ぎきれていないようです1)。米国全域の老人ホーム入居者を調べたところ、PfizerやModernaの新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)mRNAワクチン感染予防効果は今年初め(3~5月)の段階では75%でしたが、デルタ変異株が優勢となったその後の6~7月には53%に下落していました2)。英国でも予防効果の減弱が伺えます。無作為に選んだ30万人超を定期的に検査した結果、アルファ変異株優勢の去年2020年12月から今年2021年5月16日のPfizerワクチンBNT162b2接種完了者のCOVID-19発症予防効果は97%でしたがデルタ変異株優勢の5月17日から8月1日には84%に低下していました1,3)。AstraZenecaワクチンAZD1222(ChAdOx1)接種完了者のCOVID-19発症予防効果も同様で、アルファ変異株優勢のときには97%だったのがデルタ変異株優勢になってからは71%に低下していました。また、ワクチン接種完了にもかかわらずデルタ変異株に感染した人の鼻や喉のウイルス量はワクチン接種完了後でもアルファ変異株に感染した人より多めであり、他の試験でも示唆されているように、ワクチン接種完了者といえどもデルタ変異株に感染すれば他の人に広まりうるようです。ニューヨーク州のデータでもワクチン効果の衰えが示唆されています。米国FDAが取り急ぎ認可したワクチンのSARS-CoV-2感染予防効果は同州でデルタ変異株が他を凌駕するようになった今年5月から7月にはそれ以前の92%から80%に落ち込んでいました4)。ただしデルタ変異株が跋扈する現在でもワクチンの重症化予防は依然として健在です。たとえばニューヨーク州のデータではワクチンはCOVID-19による入院の95%近くを防いでいます4)。イスラエルのデータでは、ワクチンは50歳までの比較的若い人の92%、50歳を超えるより高齢の人の85%の重症化を防いでいます5)。重症化が防げているからこれまで通りで十分とする向きがある一方で軽症のCOVID-19予防効果をワクチン追加接種で底上げする価値はあるとみる専門家もいます。イェール大学の岩崎 明子(Iwasaki Akiko)氏はその一人で、とくに心配な人へのワクチン接種が第一なことは言うまでもないが、もしワクチンの備えに余裕があるなら追加接種は価値があると考えています。ワクチン接種完了にもかかわらず感染した人のウイルス量は年齢を問わず多く、たとえば20歳代でさえ多めです。ゆえに防御免疫を底上げしてウイルスを抑制することは感染の伝播阻止に貢献するでしょう。防御免疫の底上げはCOVID-19感染後の長引く症状(後遺症)の予防にも役立ちそうです。COVID-19後遺症はワクチン接種完了者の感染後にも生じうることが知られています。ワクチン接種完了者の感染後のCOVID-19後遺症の発現率がたとえわずか1%だったとしてもその危険性は無視できるものではなく、COVID-19後遺症を防ぐための手を尽くす必要があると岩崎氏は言っています1)。イスラエルではすでにPfizerのCOVID-19ワクチンの3回目接種が始まっていてその効果の片鱗が伺えるようになっています。同国の人口930万人の約4人に1人を受け持つ医療提供会社Maccabiの先週水曜日の発表によると、60歳を超える人の3回目接種はその1週間後からの感染の86%を防いでいます6)。イスラエル保健省もこの週末に3回目接種の予防効果改善を発表しています7)。追加接種に理想的なワクチン追加接種をするのであれば当面はイスラエルがそうであるように手持ちのワクチンが使われるでしょうが、これからを見据えるならデルタ変異株のみならずコロナウイルス全般に有効なワクチン接種手段が開発できれば理想的です。そういう理想的なワクチンの設計のヒントとなりそうな試験結果が先週のNEJM誌に報告されています8)。目下のCOVID-19流行を引き起こしているサルベコウイルスの一員・SARS-CoV-2とゲノム配列がおよそ80%一致する別のサルベコウイルス・SARS-CoVはより凶悪で、約20年前の2002~03年に8,000人超の感染を招き、それらの10人に1人近い700人超を死に追いやりました。そのSARS-CoV感染(SARS)を切り抜けて生き残り、Pfizer/BioNTechのCOVID-19ワクチンBNT162b2接種を最近済ませた8人の血液を調べたところSARS-CoV中和抗体が向上していました。そして驚くべきことに、既知のヒト感染SARS-CoV-2変異株・アルファ、ベータ、デルタのみならずコウモリやセンザンコウが保有するヒトに感染可能と思しきコロナウイルスの数々も阻止しうる汎サルベコウイルス中和抗体一揃いも備わっていました8)。調べた8人はSARS-CoV感染の後にSARS-CoV-2に対するmRNAワクチンを接種しました。逆にSARS-CoV-2に対するワクチンをまず接種して次にSARS-CoVに対するワクチンを接種することでも8人と同様に汎サルベコウイルス中和抗体が備わるかどうかを今後調べる必要があります。もしその接種の順番で汎サルベコウイルス中和抗体が備わるならSARS-CoV-2ワクチン接種が完了した人へ追加接種として理想的なのはSARS-CoVへのワクチンとなるかもしれません。参考1)Do Delta ‘breakthroughs’ really mean vaccine protection is waning, and are boosters the answer? / Science2)Effectiveness of Pfizer-BioNTech and Moderna Vaccines in Preventing SARS-CoV-2 Infection Among Nursing Home Residents Before and During Widespread Circulation of the SARS-CoV-2 B.1.617.2 (Delta) Variant - National Healthcare Safety Network, March 1-August 1. Morbidity and Mortality Weekly Report (MMWR) August 18, 2021. 3)Impact of Delta on viral burden and vaccine effectiveness against new SARS-CoV-2 infections in the UK / COVID-19 Infection Survey4)New COVID-19 Cases and Hospitalizations Among Adults, by Vaccination Status - New York, May 3-July 25, 2021. Morbidity and Mortality Weekly Report (MMWR) August 18, 2021. 5)Israeli data: How can efficacy vs. severe disease be strong when 60% of hospitalized are vaccinated? / Covid-19 Data Science6)Third Pfizer dose 86% effective in over 60s, Israeli HMO says / Reuters7)Israel finds COVID-19 vaccine booster significantly lowers infection risk / Reuters8)Tan CW,et al. N Engl J Med. 2021 Aug 18. [Epub ahead of print]