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脊髄小脳変性症〔SCD : spinocerebellar degeneration〕

1 疾患概要■ 概念・定義脊髄小脳変性症は、大きく遺伝性のものと非遺伝性のものに分けられる。非遺伝性のものの半分以上は多系統萎縮症であり、多系統萎縮症では小脳症状に加えてパーキンソン症状(体の固さなど)や自律神経症状(立ちくらみ、排尿障害など)を伴う特徴がある。また、脊髄小脳変性症のうち、遺伝性のものは約3分の1を占め、その中のほとんどは常染色体優性(顕性)遺伝性の病気であり、その多くはSCA1、SCA2などのSCA(脊髄小脳失調症)という記号に番号をつけた名前で表される。SCA3型は、別名「Machado-Joseph病(MJD)」と呼ばれ、頻度も高い。常染色体性劣性(潜性)遺伝形式の脊髄小脳変性症は、頻度的には1.8%とまれであるにもかかわらず、数多くの病型がある。近年、それらの原因遺伝子の同定や病態の解明も進んできており、疾患への理解が深まってきている。多系統萎縮症は一般的に重い病状を呈し、進行がはっきりとわかるが、遺伝性の中には進行がきわめてゆっくりのものも多く、ひとまとめに疾患の重症度を論じることは困難である。一方で、脊髄小脳変性症には痙性対麻痺(主に遺伝性のもの)も含まれる。痙性対麻痺は、錐体路がさまざまな原因で変性し、強い下肢の突っ張りにより、下肢の運動障害を呈する疾患の総称で、家族性のものはSPG(spastic paraplegia)と名付けられ、わが国では遺伝性ではSPG4が最も多いことがわかっている。本症も小脳失調症と同様に、最終的には原因別に100種類以上に分けられると推定されている。細かな病型分類はNeuromuscular Disease CenterのWebサイトにて確認ができる。■ 症状小脳失調は、脊髄小脳変性症の基本的な特徴で、最も出やすい症状は歩行失調、バランス障害で、初期には片足立ち、継ぎ足での歩行が困難になる。Wide based gaitとよばれる足を開いて歩行するような歩行もみられやすい。そのほか、眼球運動のスムーズさが損なわれ、注視方向性の眼振、構音障害、上肢の巧緻運動の低下なども見られる。純粋に小脳失調であれば筋力の低下は見られないが、最も多い多系統萎縮症では、筋力低下が認められる。これは、錐体路および錐体外路障害の影響と考えられる。痙性対麻痺は、両側の錐体路障害により下肢に強い痙性を認め、下肢が突っ張った状態となり、足の曲げにくさから足が運びにくくなり、はさみ歩行と呼ばれる足の外側を擦るような歩行を呈する。進行すると筋力低下を伴い、杖での歩行、車いすになる場合もある。脊髄が炎症や腫瘍などにより傷害される疾患では、排尿障害や便秘などの自律神経症状を合併することが多いが、本症では合併が無いことが多い。以下、本稿では次に小脳失調症を中心に記載する。2 診断 (検査・鑑別診断も含む)■ 鑑別診断小脳失調症については、治療可能なものを調べる必要がある。治療可能なものとして、橋本脳症が多く混ざっていることがわかってきており、甲状腺機能が正常かどうかにかかわらず、抗TPO抗体、抗TG抗体陽性例の測定が必要である。陽性時には、診断的治療としてステロイドパルス療法などの免疫療法の反応性を確認する必要がある。ステロイド治療に反応すれば橋本脳症とするのが妥当であろう。その他にもグルテン失調症などの免疫治療に反応する小脳失調症も存在する。また、抗GAD抗体陽性の小脳失調症も知られており、測定する価値はある。悪性腫瘍に伴うものも想定されるが、実際に悪性腫瘍の関連で起こることはまれで、腫瘍が見つからないことが多い。亜急性の経過で重篤なもの、オプソクローヌスやミオクローヌスを伴う場合には、腫瘍関連の自己抗体が関連していると推定され、悪性腫瘍の合併率は格段に上がる。男性では肺がん、精巣腫瘍、悪性リンパ腫、女性では乳がん、子宮がん、卵巣がんなどの探索が必要である。ミトコンドリア病(脳筋症)の場合も多々あり、小脳失調に加えて筋障害による筋力低下や糖尿病の合併などミトコンドリア病らしさがあれば、血清、髄液の乳酸、ピルビン酸値測定、MRS(MRスペクトロスコピー)、筋生検、遺伝子検査などを行うことで診断が可能である。劣性遺伝性の疾患の中に、ビタミンE単独欠乏性運動失調症(ataxia with vitamin E deficiency : AVED)という病気があり、本症は、わが国でも見られる治療可能な小脳変性症として重要である。本症は、ビタミンE転送蛋白(α-tocopherol transfer protein)という遺伝子の異常で引き起こされ、ビタミンEの補充により改善が見られる。一方、アルコール多飲が見られる場合には、中止により改善が確認できる場合も多い。フェニトインなど薬剤の確認も必要である。おおよそ小脳失調症の3分の1は多系統萎縮症である。まれに家族例が報告されているが孤発例がほとんどである。通常40代以降に、小脳失調で発症することが多く、初発時にもMRIで小脳萎縮や脳血流シンチグラフィー(IMP-SPECT)で小脳の血流低下を認める。進行とともに自律神経症状の合併、頭部MRIで橋、延髄上部にT2強調画像でhot cross bun signと呼ばれる十字の高信号や橋の萎縮像が見られる。SCAの中ではSCA2に類似の所見が見られることがあるが、この所見があれば、通常多系統萎縮症と診断できる。さらに、小脳失調症の3分の1は遺伝性のものであるため、遺伝子診断なしで小脳失調症の鑑別を行うことは難しい。遺伝性小脳失調症の95%以上は常染色体性優性遺伝形式で、その80%以上は遺伝子診断が可能である。疾患遺伝子頻度には地域差が大きいが、わが国で比較的多く見られるものは、SCA1、 SCA2、 SCA3(MJD)、SCA6、 SCA31であり、トリプレットリピートの延長などの検査で、それぞれの疾患の遺伝子診断が可能である。常染色体劣性遺伝性の小脳失調症は、小脳失調だけではなく、他の症状を合併している病型がほとんどである。その中には、末梢神経障害(ニューロパチー)、知的機能障害、てんかん、筋障害、視力障害、網膜異常、眼球運動障害、不随意運動、皮膚異常などさまざまな症候があり、小脳失調以上に身体的影響が大きい症候も存在する。この中でも先天性や乳幼児期の発症の疾患の多くは、知能障害を伴うことが多く、重度の障害を持つことが多い。小脳失調が主体に出て日常生活に支障が出る疾患として、アプラタキシン欠損症(EAOH/AOA1)、 セナタキシン欠損症(SCAR1/AOA2)、ビタミンE単独欠乏性運動失調症(AVED)、シャルルヴォア・サグネ型痙性失調症(ARSACS)、軸索型末梢神経障害を伴う小脳失調症(SCAN1)、 フリードライヒ失調症(FRDA)などがある。このうちEAOH/AOA1、SCAR1/AOA2、 AVED、ARSACSについては、わが国でも見られる。遺伝性も確認できず、原因の確認ができないものは皮質小脳萎縮症(cortical cerebellar atrophy: CCA)と呼ばれる。CCAは、比較的ゆっくり進行する小脳失調症として知られており、小脳失調症の10~30%の頻度を占めるが、その病理所見の詳細は不明で、実際にどのような疾患であるかは不明である。本症はまれな遺伝子異常のSCA、多系統萎縮症の初期、橋本脳症などの免疫疾患、ミトコンドリア病などさまざまな疾患が混ざっていると推定される。3 治療 (治験中・研究中のものも含む)小脳失調症の治療は、正確な原因診断に関わっている。上記の橋本脳症、GAD抗体小脳失調、そのほかグルテン失調症など他の自己抗体の関与が推定される疾患もあり、原因不明であれば、一度はステロイドパルスをすることも検討すべきであろう。ミトコンドリア病では、有効性は確認されていないがCoQ10、L-アルギニンなども治療薬の候補に挙がる。ミトコンドリア脳筋症、乳酸アシドーシス、脳卒中様発作症候群(MELAS)においてはタウリンの保険適用も認められ、その治療に準じて、治療することで奏功できる例もあると思われる。小脳失調に対しては、保険診療では、タルチレリン(商品名: セレジスト)の投与により、運動失調の治療を試みる。また、集中的なリハビリテーションの有効性も確認されている。多系統萎縮症の感受性遺伝子の1つにCoQ2の異常が報告され、その機序から推定される治療の臨床試験が進行中である。次に考えられる処方例を示す。■ SCDの薬物療法(保険適用)1) 小脳失調(1) プロチレリン(商品名:ヒルトニン)処方例ヒルトニン®(0.5mg) 1A~4A 筋肉内注射生理食塩水(100mL) 1V 点滴静注2週間連続投与のあと、2週間休薬 または 週3回隔日投与のどちらか。2mg投与群において、14日間連続投与後の評価において、とくに構音障害にて、改善を認める。1年後の累積悪化曲線では、プラセボ群と有意差を認めず。(2) タルチレリン(同:セレジスト)処方例セレジスト®(5mg)2T 分2 朝・夕食後10mg投与群において、全般改善度・運動失調検査概括改善度で改善を認める。28週後までに構音障害、注視眼振、上肢機能などの改善を認める。1年後の累積悪化曲線では、プラセボ群と有意差を認めず。(3) タンドスピロン(同:セディール)処方例セディール®(5~20mg)3T 分3 朝・昼・夕食後タンドスピロンとして、15~60mg/日有効の症例報告もあるが、無効の報告もあり。重篤な副作用がなく、不安神経症の治療としても導入しやすい。2) 自律神経症状起立性低血圧(orthostatic hypotension)※水分・塩分摂取の増加を図ることが第一である。夜間頭部挙上や弾性ストッキングの使用も勧められる。処方例(1) フルドロコルチゾン(同:フロリネフ)〔0.1mg〕 0.2~1T 分1 朝食後(2) ミドドリン(同:メトリジン)〔2mg〕 2~4T 分3 毎食後(二重盲検試験で確認)(3) ドロキシドパ(同:ドプス)〔100mg〕 3~6T 分3 毎食後(4) ピリドスチグミン(同:メスチノン)〔60mg〕 1T/日■ 外科的治療髄腔内バクロフェン投与療法(ITB療法)痙性対麻痺患者の難治性の症例には、検討される。筋力低下の少ない例では、歩行の改善が見られやすい。4 今後の展望多系統萎縮症においてもCoQ2の異常が報告されたことは述べたが、CoQ2に異常がない多系統萎縮症の例のほうが多数であり、そのメカニズムの解析が待たれる。遺伝性小脳失調症については、その原因の80%近くがリピートの延長であるが、それ以外のミスセンス変異などシークエンス配列異常も多数報告されており、正確な診断には次世代シークエンス法を用いたターゲットリシークエンス、または、エクソーム解析により、原因が同定されるであろう。治療については、抗トリプレットリピートまたはポリグルタミンに対する治療研究が積極的に行われ、治療薬スクリーニングが継続して行われる。また、近年のアンチセンスオリゴによる遺伝子治療も治験が行われるなど、遺伝性のものについても治療の期待が膨らんでいる。そのほか、iPS細胞の小脳への移植治療などについてはすぐには困難であるが、先行して行われるパーキンソン病治療の進展を見なければならない。患者iPS細胞を用いた病態解析や治療薬のスクリーニングも大規模に行われるようになるであろう。5 主たる診療科脳神経内科※ 医療機関によって診療科目の区分は異なることがあります。6 参考になるサイト(公的助成情報、患者会情報など)診療、研究に関する情報難病情報センター 脊髄小脳変性症(一般利用者向けと医療従事者向けのまとまった情報)Neuromuscular Disease Center(医療従事者向けのまとまった情報)患者会情報全国脊髄小脳変性症・多系統萎縮症友の会(患者、患者家族向けの情報)1)水澤英洋監修. 月刊「難病と在宅ケア」編集部編. 脊髄小脳変性症のすべて. 日本プランニングセンター;2006.2)Multiple-System Atrophy Research Collaboration. N Engl J Med. 2013; 369: 233-244.公開履歴初回2014年07月23日更新2019年11月27日

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今シーズンのインフルエンザ診療の動向は?

結果概要ここ数年、過去最大規模の流行を繰り返すインフルエンザだが、今年は早くも流行が始まっている。現場での診療方針はどのような傾向にあるのだろうか。ケアネットでは先月、会員医師を対象に「今シーズンのインフルエンザ診療について」のアンケートを行い、325人から回答を得た。アンケートでは、早期流行の実感、迅速診断キットの使用頻度、抗インフルエンザウイルス薬の処方頻度、外来での抗インフル薬の選択について答えていただいた。主な結果は、以下のとおり。6割超の医師が、インフルエンザの早期流行を実感している約8割の医師が、迅速診断キットと抗インフル薬をほぼ全例に使用最も処方頻度が高い抗インフル薬はオセルタミビル、次いでザナミビル集計結果の詳細と、寄せられたご意見を以下にまとめた。62%の医師が、早期流行を実感している厚生労働省により、例年より早期の流行開始が報告されたが、実臨床ではどう感じているのだろうか。アンケート回答の結果を見ると、62%の医師がインフルエンザの早期流行を「実感している」と答えた。早期流行は、臨床現場の感覚ともおおむね一致していることが示された。迅速診断キットはほぼ全例に使用されるが、「不要」という意見も「外来でのインフルエンザ診断に、どのくらい迅速診断キットを使用しますか」という設問に対しては、「インフルエンザが疑われる患者のほぼ全員に使用する」と答えた医師が78%に上った。次いで、「ほかの重篤疾患との鑑別など、必要性が高い場合のみ使用する」(13%)、「患者から希望があった場合のみ使用する」(7%)、という結果だった。迅速診断キットについて、日本医師会は「検査は必ずしも全例に実施する必要はない」との見解1)を示しているが、現場に広く受け入れられるには時間がかかりそうだ。インフルエンザのほぼ全例に抗インフル薬が処方次に、「抗インフル薬の外来処方についてお聞かせください」という問いに対し、77%の医師が「発症後48時間以内と想定される患者のほとんどに、抗インフル薬を処方する」と答えた。「高リスク患者には抗インフル薬を処方するが、低リスク患者にはなるべく処方しない」は17%、「抗インフル薬は基本的に処方しない」は5%だった。オセルタミビルの次に多いのはザナミビル薬剤選択に関しては、オセルタミビル(商品名:タミフル)が最も多く61%、次いでザナミビル(同:リレンザ)22%、ラニナミビル(同:イナビル)7%、バロキサビル(同:ゾフルーザ)6%、ペラミビル(同:ラピアクタ)1%という回答結果となった。「処方しない」と答えた医師は3%に留まった。2018年に10代への使用制限が解除され、経口投与かつ剤形選択ができるオセルタミビルを第1候補とする医師が多いと考えられる。高リスク患者にはペラミビル、インフル疑い・48時間経過例には麻黄湯かさらに、「前問で選択した薬剤以外の抗インフル薬を処方するのは、どのような場合ですか?」という記述形式の設問に対しては、「年齢(小児・高齢者など)」、「経口/吸入の可否」、「予防投与の場合」、「妊娠の有無」、「患者アドヒアランス」、「アレルギーや副作用などの既往歴」、「患者負担(経済面)」など、患者の希望や状況によって、処方を調整しているという声が多数寄せられた。また、入院症例や重症例などの高リスク群には、ペラミビルを処方するという意見が多かった。このほか、アンケートの選択肢にはなかったが、麻黄湯を積極的に使うという意見も見られた。全身状態が安定している人や理解がしっかりしている人には説明後、麻黄湯を処方することがある。(小児科・40代・岡山県)症状が強い症例には麻黄湯を併用している。周囲の発生状況を確認している。(内科・50代・高知県)偽陰性を疑う場合は麻黄湯を使う。(内科・50代・京都府)48時間以上経過した場合は麻黄湯を選択する。(循環器内科・60代・埼玉県)耐性ウイルスや、全例における薬物治療に対する懸念の声も最後に、日頃のインフルエンザ診療で取り組んでいる工夫や、困っている点について尋ねたところ、さまざまな意見が寄せられたので、その中から一部を抜粋して紹介する。診療での工夫に関しては、30~40代の医師による意見が目立った。不要な抗インフル薬の処方は減らすよう、心掛けている。(呼吸器内科・30代・大分県)小児症例では危険度が高いと判断し、小児科に受診を勧めている。(内科・40代・大阪府)今年は院内発生があり、感染拡大予防に努めている。(消化器内科・30代・広島県)一方、困っている点に関しては、耐性ウイルスを気にする声が多かった。12歳以下の小児ではザナミビル吸入やオセルタミビルを投与する方針である。(循環器内科・60代・福岡県)耐性ウイルスが疑われ、いったん解熱した患者が再発熱した場合の対応に困る。(消化器内科・50代・愛知県)耐性を気にするが、どちらかというと皆さんが苦しいのを少しでも和らげたいと思うので、効果が出るものを処方したい。(内科・50代・長野県)さらに、抗インフル薬を使用した薬物治療については、疑問の声も挙がった。本当に全症例に抗インフル薬が必要か疑問に思っている。対症療法の方が免疫獲得できていいような気もする。(その他・50代・静岡県)軽症インフルエンザの扱いには疑問を感じることもある。(放射線科・40代・京都府)インフルエンザ診療における情報は、治療薬の選択肢が増えたり、使用上の注意が改訂されたりと、シーズンを問わず更新されている。今年の流行ピークが訪れる前に、最新の情報を確認して、万全の体制で臨みたいところだ。アンケート概要タイトル今シーズンのインフルエンザ診療についてお聞かせください実施日2019年10月28~11月3日調査方法インターネット対象ケアネット会員医師(有効回答数:325人)【分類詳細】内科系:内科、神経内科、循環器内科、消化器内科、血液内科、呼吸器内科、糖尿病・代謝・内分泌内科、腎臓内科、感染症内科、心療内科、総合診療科外科系:外科、整形外科、消化器外科、形成外科、脳神経外科、心臓血管外科、呼吸器外科、乳腺外科その他:小児科、精神科、放射線科、耳鼻咽喉科、リハビリテーション科、眼科、皮膚科、産婦人科、泌尿器科、麻酔科、救急科、腫瘍科、臨床研修医アンケート調査にご協力いただき、ありがとうございました。参考1)インフルエンザ診療で不要なこと:医師会の見解今季インフルエンザ治療のポイントとは?東京都でインフルエンザ流行開始、昨年比で3ヵ月早くゾフルーザに低感受性の変異株に関する調査結果ゾフルーザに「使用上の注意」の改訂指示

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骨パジェット病〔Paget disease〕

1 疾患概要■ 概念・定義骨パジェット病は、1877年、英国のSir James Pagetが変形性骨炎(osteitis deformans)として初めて詳細に報告した。限局した骨の局所で、異常に亢進した骨吸収と、それに続く過剰な骨形成が生じる結果、骨の微細構造の変化と疼痛を伴い、骨の肥大や弯曲などの変形が徐々に進行し、同時に罹患局所の骨強度が低下する疾患である。1ヵ所(単骨性)の骨が罹患する場合と複数ヵ所(多骨性)の場合がある。■ 疫学発症年齢は大半が40歳以降で、年齢とともに頻度が上昇する。発症頻度に明らかな人種差があり、欧米などは比較的頻度が高い(0.1~5%の有病率)が、アジアやアフリカ地域では、有病率がきわめて低い。わが国の有病率は100万人に2.8人ときわめて低い。わが国の患者の平均年齢は64.7歳で、90%以上が45歳以上であり、55歳以上では有病率が人口10万人あたり0.41人と上昇する。高齢者に多いこの年齢分布様式は欧米と大差がない。家族集積性に関しては日本では6.3%と、ほとんどの骨パジェット病の患者が散発性発症であり、欧米での15~40%程度と比較して少ない。また、多数の無症状例潜在の可能性がある。■ 病因骨パジェット病の病因は不明で、ウイルス説、遺伝子異常が考えられている。1970年代に、破骨細胞核内にウイルスのnucleocapsidに似た封入体が発見され、免疫組織学的にも麻疹、RS (respiratory syncytial)ウイルスの抗原物質が証明され、遅延性ウイルス感染説が考えられたが、明確な結論に至っていない。一方、破骨細胞の誘導や機能促進に関与するいくつかの遺伝子異常が、高齢者発症の通常型、早期発症家族性、またはミオパチーと認知症を伴う症候性の骨パジェット病患者に確認されている。好発罹患部位は体幹部と大腿骨であり、これらで75~80%を占める(骨盤30~75%、脊椎30~74%、頭蓋骨25~65%、大腿骨25~35%)。単骨性と多骨性について、わが国では、ほぼ同程度の頻度である。ほかに、脛骨、肋骨、鎖骨、踵骨、顎骨、手指、上腕骨、前腕骨など、いずれの部位も罹患骨となりうる。この分布は欧米と差はない。■ 症状1)無症状X線検査や血液検査で偶然発見される場合も多い。欧米では無症候性のものが多く、有症状の患者は、多い報告でも約30%程度だが、わが国の調査では75%が有症候性であった。2)疼痛最も多い症状は疼痛であり、罹患骨由来の軽度~中等度の持続的骨痛がみられ、夜間に増強する傾向がある。下肢骨では歩行で増強する傾向がみられる。疼痛部位は腰痛、股関節痛、殿部痛、膝関節痛の順に頻度が高い。3)変形疼痛の次に多い症状は、外観上の骨格変形であり、サイズの増大(例:頭)や弯曲変形(例:大腿骨、亀背)がみられ、頭蓋骨、顎骨、鎖骨など目立つ部位の腫脹、肥大や大腿骨の弯曲をみる。顎骨変形に伴い、噛み合わせ異常や開口障害といった歯科的障害を伴うこともある。4)関節障害・骨折・神経障害関節近傍の変形では、二次性の変形性関節症を生じる。長管骨罹患の場合、凸側ではfissure fractureと呼ばれる長軸に垂直な骨折線が全径に広がり、chalkを折ったような横骨折を起こすことがある。わが国の調査では、大腿骨罹患患者の約2割強に骨折が生じている。これは、欧米の骨折率に比して著しく高い。また、変形に伴い、神経障害(例:頭蓋骨肥厚で脳神経圧迫、圧迫骨折で脊髄圧迫)がみられ、難聴、視力障害や脊柱管狭窄症などがみられることがある。5)循環器症状循環器症状は、病変骨の血流増加や動静脈シャントによる動悸、息切れ、全身倦怠感を来し、広範囲罹患例では高送血性心不全がみられる。■ 予後まれだが、罹患骨で骨肉腫や骨原発悪性線維性組織球腫など悪性腫瘍の発生がある。その頻度は欧米で0.1~5%、わが国の調査では1.8%である。したがって、経過中に罹患部位の疼痛増強を来した場合や血清学的な悪化を来した場合には、常に悪性腫瘍の可能性を考えておく必要である。2 診断 (検査・鑑別診断も含む)基本的に単純X線像で診断可能な疾患である(図)。X線像は骨吸収と硬化像の混在、骨皮質の粗な肥厚が一般的であるが、初期病変の骨吸収の著明な亢進があり、まだ骨形成が生じていない時期には、長管骨ではV字状骨吸収(割れたガラス片先端のような骨透過像)と、頭蓋骨ではosteoporosis circumscripta (境界明瞭なパッチ状の吸収像)が特徴的である。その後、骨梁の粗造化と呼ばれる、大きく太い海綿骨の出現や皮質骨の肥厚、骨硬化像がみられ、骨吸収像の部位と混在して存在するようになり、骨の横径や前後径が増加し骨輪郭が拡大する。頭蓋骨では斑点状の骨硬化像と骨吸収像の混在がみられ、綿帽子状(cotton wool appearance)を呈する。これらの多くの変化の中で、診断上、役立つのは骨吸収像ではなく、旺盛な骨形成による骨幅の拡大という形態上の変化であり、特徴的な所見である。骨シンチグラフィーは、病変部に病勢を反映する強い集積像を示す。画像により鑑別すべき疾患は、前立腺がん、乳がんの骨転移や骨硬化をもたらす骨系統疾患である。生化学的には血清アルカリフォスファターゼ(ALP)値とオステオカルシン上昇(骨新生)、尿中ヒドロキシプロリン(HP)値の上昇(骨吸収)が疾患の分布と活動性によりみられる(活動度は尿中HP値が血清ALP値より敏感)。また、骨形成指標の骨型ALP (BAP)と骨吸収マーカーの尿中N-telopeptide of human type collagen (NTX)、C-telopeptide of human type I collagen (CTX)、デオキシピリジノリン(DPD)値は高値を示す。病変が小さい場合は、ALP値が正常範囲のこともあり、わが国の調査で10.4%、欧米でも15%の患者がALP正常である。病理組織像では、多数の破骨細胞による骨吸収と、骨芽細胞の増生による骨形成が混在し、骨梁は層板が不規則になりcement lineを無秩序に形成し、モザイクパターンを示す。画像を拡大する3 治療 (治験中・研究中のものも含む)治療は疼痛や、破骨細胞を標的とした薬物療法、変形に対する装具療法、変形や骨折に対する手術療法が考えられる。■ 薬物療法疼痛には消炎鎮痛薬を使用する。最初の病態は破骨細胞による骨吸収亢進であり、破骨細胞の機能を抑制する、カルシトニン、ビスホスホネートなどの薬剤があるが、カルシトニンを第1選択に使用することはない。ビスホスホネートは日本では第一世代のエチドロン酸ナトリウム(商品名:ダイドロネル)の使用が認められ、最初に広く用いた治療薬だが、現在、第1選択薬に使用することはない。欧米では第二、第三世代のビスホスホネート製剤を主に治療に使用している。わが国では2008年7月に、リセドロン酸ナトリウム(同:ベネットなど) 17.5mg/日の56日連続投与が認可され、ようやく骨パジェット病患者の十分な治療ができるようになったが、現在、保険適用されている第二世代以降のビスホスホネート製剤は、リセドロン酸ナトリウムのみであり、他のビスホスホネートは適用されていない。しかし、リセドロン酸ナトリウムに対して低反応性の症例に、他のビスホスホネートで奏効した報告や、抗RANKL抗体のデノスマブ(同:ランマーク)の方がビスホスホネートより優れている報告もあり、抗RANKL抗体ではないがRANKL-RANK経路を抑制するosteoprotegerin(OPG)のrecombinant体を若年性多骨性の骨パジェット病に投与した報告もある。■ 手術療法長管骨の骨折、二次性変形性関節症、脊柱管狭窄症などに手術を行うこともある。4 今後の展望骨パジェット病のほか、骨粗鬆症やがんの骨転移にも破骨細胞が関与している。これらの疾患では、破骨細胞の活動が亢進しており、それによって、それぞれの疾患がつくり上げられている。現在、破骨細胞の活動を抑制する薬剤には、ビスホスホネートと抗RANKL抗体であるデノスマブ(商品名:ランマーク※)、抗RANKL抗体ではないが、RANKL-RANK経路を抑制するosteoprotegerin(OPG)などがあり、これら薬剤の骨パジェット病に対する有効例の報告がある。今後、治療法の選択肢を増やす意味でも治験の実施、保険の適応などに期待したい。※ 骨パジェット病には未承認5 主たる診療科整形外科※ 医療機関によって診療科目の区分は異なることがあります。6 参考になるサイト(公的助成情報、患者会情報など)診療、研究に関する情報難病情報センター 骨パジェット病(一般利用者向けと医療従事者向けのまとまった情報)1)橋本淳ほか. Osteoporosis Japan. 2007;15:241-245.2)高田信二郎ほか. Osteoporosis Japan. 2007;15:246-249.3)Takata S, et al. J Bone Miner Metab. 2006;24: 359-367.4)平尾眞. CLINICAL CALCIUM. 2011;21:1231-1238.公開履歴初回2013年02月28日更新2019年11月12日

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Dr.白石のLet's エコー 運動器編

第1回 外来超音波診療の実際第2回 MPS(筋膜性疼痛症候群)第3回 エコーガイド下穿刺第4回 肩こり第5回 腰臀部痛(前編)「特異的圧痛点」第6回 腰臀部痛(後編)「筋膜性疼痛症候群」第7回 五十肩(前編)第8回 五十肩(後編)第9回 膝痛 「肩が痛い」、「腰が痛い」、「膝が痛い」・・・そんな訴えをしてくる外来患者に湿布と痛み止めの処方だけで終わらせていませんか?外来超音波診療の達人Dr.白石が、外来で行う運動器 エコーの診療について、実技や実際の診療映像を用い、解説します。エコーのあて方や画像診断はもちろんのこと、身体診察、治療、フォローアップまでをしっかりとカバー。さらに痛みを軽減する手技”ハイドロリリース/Hydrorelease”の方法やコツについても詳しくお教えします。明日からの外来でちょっとエコーをあててみませんか?あなたの外来がガラリと変わります。第1回 外来超音波診療の実際初回は外来法音波診療の実際について解説します。外来のどのような場面で超音波が使えるか、あるいはどのように使えばいいのか、実際の症例の映像を使用しながら解説します。腰痛はもちろん、肋骨骨折、粉瘤、痛風、ばね指など、外来のさまざまな場面で超音波を使って診断、治療ができます。第2回 MPS(筋膜性疼痛症候群)今回はMPS:Myofascial Pain Syndrome(筋膜性疼痛症候群)についてです。MPSの定義や診断基準、トリガーポイントについて、詳しくお教えします。なぜ痛みが発生するのか、関連痛はどのようにして起こるのかをまずはしっかりと確認しましょう。そのうえで、痛みを取るために行う治療、エコー下のFascia(ファシア)を液体でリリースするHydroreleaseについて、実際の症例の映像を見ながら解説します。第3回 エコーガイド下穿刺今回はエコーガイド下で行う穿刺について実技を交えて解説します。さらには、穿刺や異物除去の練習の実際もレクチャー。明日からの超音波診療のためにまずは練習してみませんか?さらには、外来でのプローブの選択や使い方まで、Dr.白石の豊富な経験をもとにお教えします。第4回 肩こりさて、いよいよそれぞれの症状に合わせた診療について入っていきます。肩こりを訴える人は多いもの。しかしながら、これといった治療を行うことはないのが現状ではないでしょうか?そこで外来超音波診療です。今回は肩の筋肉の触診の仕方から、エコーのあて方・見方、Hydroreleaseによる治療、そして、その後の生活指導まで。Dr.白石が実技を交えてしっかりとお教えします。エコーを用いることによって、どこの筋肉が発痛源かがわかり、その治療は即時的な効果を得ることができます。ぜひ、明日からの診療に取り入れてみませんか?第5回 腰臀部痛(前編)「特異的圧痛点」腰痛を訴える患者の80~85%程度は、非特異的腰痛、すなわち、原因のわからない腰痛だと言われています。実は、その非特異的腰痛の多くはワンポイントの圧痛で特定できます。なんと78%は診断可能なのです。腰痛の診察では、まず。特異的腰痛を除外したのち、その圧痛点を探していくことです。触診で圧痛点が確認できたら、そこからはエコーの出番です!エコーで圧痛点を同定し、そのまま治療へと進めていくことができます。腰痛の診断に必要な診療テクニックを、実演および実際の症例を基にDr.白石が詳しく解説します。第6回 腰臀部痛(後編)「筋膜性疼痛症候群」腰臀部痛の中でもとくに多い筋膜性疼痛症候群(MPS)を症例を通して紹介します。腰臀部痛のMPSで代表されるのは「ぎっくり腰」。ぎっくり腰の患者さんにはどのように対処していますか?痛み止めを出すだけでなく、罹患した筋肉をリリースするだけで、劇的に痛みが改善します!そのためにも腰の筋肉をきちんと理解しておくことが重要です。Dr.白石の実演で、エコーをあてながら、腰のそれぞれの筋肉を確認していきます。皆さんも実際にエコーを当てながら、触診することで、触診の技術も向上します。この番組を見て、腰痛の患者さんへエコーをあててみませんか?第7回 五十肩(前編)今回は五十肩(肩関節周囲炎)の超音波診療について取り上げます。五十肩は、肩峰下滑液包炎、腱板断裂、上腕二頭筋長頭腱炎、変形性肩関節症、石灰沈着性腱板炎、凍結型などの疾患が含まれています。その中でX線で診断できる疾患は変形性肩関節症、石灰沈着性腱板炎のみで、五十肩のうちのわずか10%程度であると考えられます。五十肩の原因は肩関節周囲の軟部組織に原因があることが多く、エコーを用いることで診断することができ、さらには治療も可能となります。この番組では、身体診察から、エコーによる診断、治療について、実技と実際の症例を交え、解説します。第8回 五十肩(後編)今回はさらに一歩上の五十肩診療についてみていきます。前回紹介した五十肩の6~7割の患者の痛みを軽減させる「肩峰下滑液包へのヒアルロン酸注射」。その注射後も痛みが取れない場合、考えられる原因とその治療法を提示します。また、肩関節の可動域が制限される凍結肩に対しては行う手技「サイレントマニピュレーション」についても実際の症例映像を見ながら解説します。サイレントマニピュレーションは非観血的肩関節授動術のことで、覚醒下で徒手的に行います。エコーを用いることで、より安全により確実に行うことが可能です。第9回 膝痛膝が痛い、水がたまったなどという訴えは多いもの。その際、どう対応していますが、膝の関節穿刺では太い針を使うので、患者から「痛い!」といわれると心が折れませんか?エコーを使用することで、関節穿刺、注射がより安全にかつ正確に行うことができます。膝痛の患者に対する身体診察方法や、エコーのあて方、見方を実技を交えて、しっかりとお教えします。内側側副靭帯損創、関節液貯留、ベーカー嚢胞、変形性膝関節症など、実際の症例も多数提示。明日からの外来診療で、エコーを使ってみませんか?

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第3回 これぞ心リハによる恩恵!【今さら聞けない心リハ】

第3回 これぞ心リハによる恩恵!今回のポイント心臓リハビリテーション(心リハ)は心血管疾患患者の症状を改善するだけではなく、病因・病態を改善する「心血管治療」である心リハの効果は多くの臨床試験で証明されている心血管疾患を有するすべての患者に心リハが必要~薬剤を追加する前に心リハオーダを~ケアネットの読者の皆さん、心血管疾患患者に対する心リハの効果について、どの程度ご存じでしょうか?「運動耐容能を改善する」「自覚症状を改善する」と答えた方は正解ですが、それだけでは100点満点中30点程度です。心リハは、心血管疾患患者の運動耐容能(全身持久力・筋力・筋量)・自覚症状を改善するだけではなく、糖代謝、脂質代謝、血管内皮機能、自律神経機能を改善することで、疾患の再発・悪化を抑制し、生命予後をも改善させることが多くの臨床試験で示されています(表1)。(表1)心リハの効果画像を拡大する心リハの効果は、多くの薬剤による効果をひとまとめにしたようなものと言えますが、薬剤のような副作用はありません。また、心血管疾患を患うと多くの患者が鬱状態に陥りますが、心リハで運動療法や多職種介入を行うことでうつや不安が改善します(これがホントの“心”リハ!?)。なので「この患者は歩けるから心リハは必要ないだろう」などと言うことは誤りであり、虚血性心疾患や心不全などで通院加療を行うすべての患者に、心血管治療の一環として心リハが必要なのです。~運動制限と安静を一緒にすべからず~「心リハではエルゴメータを用いた自転車こぎ運動をするけれど、高齢で自転車にも乗れないような心不全患者のリハビリはどうなるの?」「慢性腎臓病(Chronic kidney disease:CKD)を合併している患者は運動してもいいの?」など、いろいろな疑問が湧き上がってくる方もいらっしゃるでしょう。まず、フレイルを合併した高齢者ですが、通常のエルゴメータに乗れなくても、普通の椅子に座ったまま専用の器具を使えば下肢の持久性運動は可能ですし、低強度の筋力トレーニングやバランス機能の改善を目的とした運動も生活機能改善や転倒予防に有用です。また、心リハ時に服薬状況の確認や薬剤の微調整を行うことで、病状悪化による再入院を防ぐことができます1)。次に、CKD患者はどうでしょう? 日本の急性心不全レジストリ研究によると、急性心不全の75%に腎機能障害が認められています2)。つまり、心血管疾患患者の多くがCKDを合併しているわけです。CKD患者で、「小さい頃に腎臓病になって以来、運動は制限されてきました。だから運動はしないんです。」と言う方にしばしば出会います。しかし、これは誤解です。小児が体育で長距離走やサッカーなどの激しい運動をすることと、成人がフィットネスとして自転車こぎ運動やウォーキングを行うことは、目的や身体への負荷量がまったく異なります。運動制限=安静ではないのです。~高齢者やCKD患者に適したプラン~中高年のCKD患者では、有酸素運動や軽度の筋力トレーニングを行うことで、腎機能が悪化することなく全身持久力や筋力、筋量を改善することが報告されており、CKDのガイドラインでも肥満やメタボリックシンドロームを伴うCKD合併心不全患者において運動療法は減量および最高酸素摂取量の改善に有効であるため、行うよう提案されています(小児CKDでも、QOLや運動機能、呼吸機能の点から、軽度~中等度の運動を行うよう提案3)されています)。一般的に中年以降は運動不足になりがちですから、意識的に運動習慣を作っていく必要があります。まだ研究数は多くはありませんが、保存期のCKD患者だけではなく、血液透析患者においても運動療法の有用性が明らかにされつつあります。日本では2011年に「日本腎臓リハビリテーション学会」が発足し、CKD患者に対する運動療法のエビデンス確立と普及を目指した活動が展開されつつあります。「えっ、心リハだけじゃなくて、腎リハもあるの?」そう、“腎リハ“もあるんです。CKD合併患者では、そもそも心血管疾患の合併が多く、透析患者の死亡原因の第1位は心不全です。CKD患者の生活の質と予後を改善するために、今後の心リハ・腎リハの普及が期待されています。心血管疾患と運動、本当に奥が深いですね。<Dr.小笹の心リハこぼれ話>実体験から心リハの有用性を学ぶ私が医学生の頃(約20年前)、心リハの講義はありませんでした。当然ながら、当時ほぼすべての医学生が持っていた医師国家試験の「バイブル」的参考書、イヤー・◯-トにも心リハについての記載はなかったと思います。その後、心リハを知ったのは研修医の時。急性心筋梗塞後の患者さんの離床にあたり、ベットサイド立位から1,000m歩行まで、日ごとに安静度をあげていくことを「心リハ」と呼んでおり、その際に立ち会い、12誘導心電図とモニタ心電図を確認することが研修医のDutyでした(今から思うと急性期の離床リハビリのみで、退院後の運動指導などはあまりできていませんでした)。当時、CCU(Coronary Care Unit)管理の重症患者を含め最大29人もの入院患者を担当し常にあくせくしていた私にとって、「心リハ」の時間はかなりゆったりとした、半ば退屈な時間でした。恥ずかしながら、その頃の私は、「循環器医の本命は救急救命医療!」と思っており、心リハの立ち会いは雑多なDutyの一つという認識でしかなかったのです。そんなある日、印象的な出来事が起こりました。“心リハ”プログラムの一環として、患者さんが500m歩行終了後、次のステップとして初回のシャワー浴前後で心電図・バイタルチェックがあり、シャワー後の心電図確認に呼ばれました。病室に入ると、ベッドに横たわり心電図検査中のその70代男性患者さんは「久々のシャワーは気持ちよかったです」と上機嫌でした。次の瞬間、「さっぱりしましたか、よかったですねー」と言いながら、12誘導心電図を見た私は凍りつきました。研修医の私が見てもびっくりするほど、心電図の胸部誘導でST部分が4~5mmほど“ガバ下がり”していたのです。「○○さん、胸、苦しくないですか!?」と尋ねると、「そういえば、ちょっともやもや…」とシャワーに入れた喜びもちょっと冷めて、少し不安そうな患者さん。ニトロを舌下すると、症状は少し改善しましたが、心電図は完全には戻りません。すぐに主治医へ連絡して、緊急カテーテル検査となりました。冠動脈造影では、2週間前に留置された前下行枝中間部のステント内に血栓性閉塞を認め、同部位に再度PCIを行いました。いわゆる亜急性ステント血栓症(Subacute stent thrombosis:SAT)でした。その後、2週間程度で患者さんは無事に自宅退院されましたが、あのとき、心リハでルーティンのシャワー後の心電図をとっていなかったら、その患者さんは元気に退院できていなかったかもしれません。この症例を含め、重篤な症状が明らかとなってから救命救急医療を行うのではなく、症状が出ていないうちから早期に異常を発見し対応することの大切さを、いくつもの症例で経験しました。病状が安定しているように見える場合であっても、循環器疾患の患者さんでは、“急変”がしばしば認められます。担当医とて一生懸命治療に取り組んでいるのに、なぜ急変してしまう患者さんがいるのか…それは常に後手後手に回っていた自分の診療姿勢や、患者さんのこれまでの生活歴・治療歴にも問題がある、と考えるようになりました。「発症してから、あるいは急変してから治療しても、できることは限られている…“急変”させないように早期から介入することが大事だ」-医師として3年目、もっと心血管疾患予防を学びたいと、私は大学院入学を決めていました。「患者さん自身が教科書である」とは、医学教育の父と言われるウィリアム・オスラーの名言ですが、私が今も心リハを専門にしているのは、研修医時代に担当させていただいた患者さんたちと、指導していただいた先生方のおかげです。1)Rich MW, et al. New Engl J Med. 1995;333:1190-1195.2)Yaku H, et al. Circ J. 2018;82:2811-2819.3)日本腎臓学会編. CKD診療ガイドライン2018

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大腿骨近位部骨折は社会的損失も大

 日本整形外科学会(理事長:松本 守雄氏[慶應義塾大学医学部整形外科学教室 教授])は、「骨と関節の日(10月8日)」を前に、9月5日に都内で記者説明会を開催した。説明会では、学会の概要や活動報告、運動器疾患の現況と今後の取り組みについて説明が行われた。また、「大腿骨近位部骨折とロコモティブシンドローム」をテーマに講演も行われた。ロコモティブシンドロームのさらなる認知度向上にむけて はじめに理事長挨拶として松本氏が登壇し、1926年の学会設立以来、順調に会員を増やし、現在では2万5,126名の会員数を誇る世界有数規模の運動器関連学会であると説明。従来の変性疾患、外傷、骨・軟部腫瘍、骨粗鬆症などのほか、今日ではロコモティブシンドローム(ロコモ)の診療・予防に力を入れ、ロコモの認知度向上だけでなく、ロコモ度テストの開発・普及、ロコモーショントレーニング(ロコトレ)の研究・普及などにも積極的に活動していることを紹介した。寝たきりになると介護・医療費は6.7倍に 続いて、澤口 毅氏(富山市民病院 副院長)が「大腿骨近位部骨折」をテーマに、本症の概要や自院の取り組み、予防への動きについて講演を行った。 大腿骨頸部/転子部骨折の患者は女性に多く、2017年の調査で約20万例の骨折が報告されているという。また、骨折が起きる場所として屋内が約70%、屋外が約20%であり、原因では約80%が「立った高さからの転倒」という日常生活内で起こることが説明された。 骨折後1年後の死亡率と機能障害では、死亡が20%、永続的機能障害が30%、歩行不能が40%、ADLの1つでも自立不能が80%と多大なリスクとなることも示された1)。同時に同部位の骨折で高齢者で寝たきりになった場合、寝たきりにならない場合と比べ、介護・医療費が約6.7倍(約1,540万円)と高く、このため家族が介護離職を余儀なくされ、復職できないなど、社会的経済損失も大きいという。 骨折の治療では、「合併症が少なく、生存率が高く、入院期間が短い」という理由から、早期の手術がガイドラインでは推奨されている(Grade B)。しかし、わが国の入院から手術までの日数は、平均4.2日と欧米の平均2日以内と比較しても長いことが問題となっている。また、入院期間についてもわが国は平均36.2日であるのに対し、欧米では数日~10日以内と大きく差があることが示された2)。この原因として、手術室の確保、麻酔科医の不足、執刀医の不在など医療機関側に問題があることを指摘した。 一方、オーストリアやドイツなど欧州では、高齢者の骨折に対し、医師、看護師、ソーシャルワーカー、理学療法士によるチーム医療が行われ、とくに整形外科と老年病科の医師の連携により、入院中や長期死亡率の減少、入院期間の短縮、重篤な合併症と死亡率の低下、再入院の減少、医療費の低下に成果をあげているという。手術待機日数、平均1.6日への取り組み 次に同氏が所属する富山市民病院の高齢骨折患者への取り組みを紹介した。同院では、2013年よりチーム医療プロジェクトを開始し、「骨折を有する高齢患者を病院全体で治療する」ことを基本方針に、さまざまな改革を行ったという。その一例として、電子カルテの専用テンプレート導入、職種・経験の有無にかかわらない統一・均一な初療体制の構築などが行われた。 現在では、大腿骨近位部骨折と診断されると3~5時間で手術を行うことができ、術後は病棟薬剤師による鎮痛やせん妄への対処、リハビリテーション科による早期離床と早期立位・歩行へのフォロー、精神科によるせん妄予防、肺炎予防、栄養管理(骨粗鬆症予防も含む)、高齢診療科医師による術後管理、退院サポートなどが行われている。 とくに大腿骨近位部骨折をした患者の再骨折率は高く2)、同院では転倒防止教室や電話によるフォロー、「再骨折予防手帳」の活用を行っているという。そして、これらの取り組みにより、「手術待機日数は平均1.6日(全国平均4.2日)、在院日数は平均19.6日(全国平均36.2日)と短縮されたほか、患者1人あたりの平均入院総医療費も全国平均に比べ少なくなっている」と成果を語った。運動で防ぐ骨折、再骨折 次に大腿骨近位部骨折とロコモについて触れ、「『大腿骨頸部/転子部骨折診療ガイドライン 改訂第2版』では、骨折の原因となる転倒予防に運動療法は有効(Grade A)となっている。開眼片脚立ちなどのロコトレを行うことで、骨粗鬆症予防と転倒予防に役立つと学会では推奨している」と説明。また、全国で行われている骨折予防の取り組みとして患者向けに「再骨折予防手帳」の発行、患者の退院後のフォローを専門スタッフが行う「骨折リエゾンサービス」の実施や地域連携として「骨粗鬆症地域連携手帳」の発行の取り組みなどを紹介した。 最後に同氏は、「将来、アジア地域で骨折患者の爆発的な発生も予想される。今のうちから各国間で診療ネットワーク作りをして備えたい」と展望を語り、講演を終えた。

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第6回 東京医科歯科大学「がんを考える」市民公開講座【ご案内】

 東京医科歯科大学医学部附属病院 腫瘍センター、同医学部附属病院 消化器化学療法外科、同大学院臨床腫瘍学分野、同大学院未来がん医療プロフェッショナル養成プランは、2019年9月23日(月・祝)に、第6回東京医科歯科大学「がんを考える」市民公開講座を開催する。本講座は、同学が地域がん診療連携拠点病院の活動の一環として、がんに関するさまざまなテーマで開催する公開講座の6回目となる。今回は『広がるがん治療の選択肢』をテーマに、最近話題の治療、新たに保険適用となった治療のメリットや留意点、自分に最適な治療を決めるためのサポートなどについて、さまざまな立場から情報提供する。各種ブース展示や体験コーナーなど、楽しく学べる企画が予定されている。 開催概要は以下のとおり。【日時】2019年9月23日(月・祝)《ブース展示》12:00~17:00《セミナー》13:00~16:40【場所】東京医科歯科大学 M&Dタワー2F 鈴木章夫記念講堂〒113-8519 東京都文京区湯島1-5-45【参加費】無料(※参加申し込み不要)【テーマ】広がるがん治療の選択肢【予定内容】《セミナー》鈴木章夫記念講堂 司会:佐藤 信吾氏(東京医科歯科大学医学部附属病院 腫瘍センター/整形外科)13:00~13:15 開会挨拶 日本のがん治療の現状 三宅 智氏(東京医科歯科大学医学部附属病院 腫瘍センター/緩和ケア科)13:15~13:45 講演1 広がる低侵襲手術(腹腔鏡からロボット手術まで) 徳永 正則氏(東京医科歯科大学医学部附属病院 胃外科)13:45~14:15 講演2 広がる薬物療法の選択肢(分子標的薬や免疫チェックポイント阻害剤など) 坂下 博之氏(横須賀共済病院 化学療法科)14:15~14:45 講演3  がんゲノム医療ってどんなもの? 加納 嘉人氏(東京医科歯科大学医学部附属病院 腫瘍センター/がんゲノム診療科)14:45~15:05 休憩15:05~16:35 シンポジウム 広がるがん治療の選択肢 ~自分にとって最適な治療を決めるためには~ 座長:三宅 智氏(1)がん治療医の立場から   石川 敏昭氏(東京医科歯科大学医学部附属病院 消化器化学療法外科)(2)精神科/心療内科医の立場から   竹内 崇氏(東京医科歯科大学医学部附属病院 精神科/心身医療科)(3)緩和ケア看護師の立場から   本松 裕子氏(東京医科歯科大学医学部附属病院 緩和ケア認定看護師)(4)がん相談支援センターの立場から   渡井 有紀氏(東京医科歯科大学医学部附属病院 認定がん専門相談員)(5)患者の立場から   濱島 明美氏(再発乳がん患者)16:35~16:40 閉会挨拶 川﨑 つま子氏(東京医科歯科大学医学部附属病院 看護部長)《ブース展示》講堂前ホワイエ 12:00~17:00 ■がんと栄養・食事 (東京医科歯科大学医学部附属病院 臨床栄養部)■お口の楽しみ、支えます (東京医科歯科大学歯学部 口腔保健学科)■「がんのリハビリテーション」ってどんなもの? -筋力維持のリハビリテーションと生活の工夫など- (東京医科歯科大学医学部附属病院 リハビリテーション部)■教えて!がんゲノム医療 (東京医科歯科大学医学部附属病院 がんゲノム診療科)■抗がん剤治療の味方「CVポート」ってどんなもの? (株式会社メディコン)■がん患者と家族へのピアサポートの紹介 (特定非営利活動法人 がん患者団体支援機構)■ウィッグを楽しもう! (株式会社東京義髪整形)■リレー・フォー・ライフ・ジャパン(RFLJ)のご紹介 (RFLJ御茶ノ水実行委員会)■その情報、図書館で調べられます (東京都立中央図書館)■「わたしらしく生きる」をサポートします (東京医科歯科大学医学部附属病院 がん相談支援センター)■「もっと知ってほしい」シリーズ冊子 (認定NPO法人 キャンサーネットジャパン)■看護師よろずミニ相談 (東京医科歯科大学医学部附属病院 専門・認定看護師チーム)【問い合わせ先】東京医科歯科大学医学部附属病院 腫瘍センター〒113-8519 東京都文京区湯島1-5-45TEL:03-5803-4886(平日 9:00~16:30)【共催】東京医科歯科大学医学部附属病院 腫瘍センター東京医科歯科大学医学部附属病院 消化器化学療法外科東京医科歯科大学大学院 臨床腫瘍学分野東京医科歯科大学大学院 未来がん医療プロフェッショナル養成プラン【協力】認定NPO法人キャンサーネットジャパン【後援】東京医科歯科大学医師会/東京都/文京区/東京都医師会詳細はこちら

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第2回 心臓リハビリ、誰に、何する、どうやって【今さら聞けない心リハ】

第2回 心臓リハビリ、誰に、何する、どうやって今回のポイント心臓リハビリテーション(心リハ)の保険診療上の適用疾患は7疾患心リハは患者の心血管疾患の治療状況に応じた運動療法を中心に生活全般の患者指導を行うプログラムであるQOLの改善・心血管疾患の再発悪化を予防することを目的とする医師・看護師のほか、理学療法士・栄養士などの多職種で患者の生活機能評価を行い、プログラム内容を決定第1回では、心リハの知識が心血管患者の診療だけではなく、ケアネット読者の皆様の健康のためにも大切であることを書きました。今回は、心リハの保険診療について説明します。~心リハ対象疾患は?~日本で心リハが初めて保険適用となったのは1988年のこと。当時、保険適用の疾患は急性心筋梗塞のみでした。その後、心リハの有用性についてのエビデンスが蓄積するに伴い対象疾患が追加され、2019年7月現在、以下の7つが心リハの対象疾患となっています。(表1)心大血管リハビリテーションの対象疾患画像を拡大するよくある質問として、『心リハには年齢制限はありますか?』というものがありますが、年齢制限はありません。100歳でも心リハを受けていただけます。ただし、心リハは、あくまで運動療法を中心に生活全般の患者指導を行うプログラムですので、たとえば、“認知機能の低下などによりベッド上で可動域訓練を行う介入”しかできないような患者では、通常は心リハではなく、廃用症候群リハビリテーションとして行われます。(図1)病期と心臓リハビリプログラム画像を拡大する心血管疾患の急性発症により入院となった患者に対し、初期治療を受けて血行動態が安定した後、心リハのオーダーが出されます。そして、心リハ担当医や看護師のほか、理学療法士、栄養士などの多職種で患者の生活機能評価、心リハ計画の立案などを分担し、インフォームドコンセントを通じてプログラム内容を決定します(急性期心リハ)。心リハの目的はQOL(生活の質)の改善と心血管疾患の再発悪化を予防することですので、心血管疾患の重症度や治療状況、ADL(日常生活動作)や運動耐容能のほか、栄養状態、嗜好品、鬱・認知症、仕事や家庭環境など、疾患の管理に影響するような項目を評価し、患者の希望を確認した上で具体的な運動指導・生活指導を行います。退院後も外来心リハを継続し、運動負荷試験や基礎代謝量の測定、体成分分析検査などの検査も定期的に行い、指導の効果についても1~3ヵ月ごとに経時的に評価していきます(回復期心リハ)。このような評価を行う中で、何らかの専門的介入が必要と考えられる状態が認められれば、専門医にコンサルトすることもしばしばあります。まれではありますが、心リハの評価としての体成分分析検査の結果、四肢の筋萎縮が著明・中心性肥満を認め、内分泌内科にコンサルトしたところ、クッシング症候群と診断された症例もあります。このような症例では、どんなに運動・栄養療法を理想的に実施しても、クッシング症候群の病態を改善しなければ筋量・運動耐容能の改善はなかなか得られないでしょう。~心リハは継続が力なり~心リハは、1単位=20分間、1回3単位を基本とし、発症日あるいはリハ開始日から150日間の算定が認められています。また、すべての疾患について、月13単位までであれば150日を超えて継続可能です(維持期心リハ)。このように、維持期にも算定が認められているのは心リハの特徴の一つです。心リハは手術治療のように1回の治療で大きな改善が得られるような治療ではありませんが、継続的に行うことで、その効果が現れてきます。こうした心リハの特性を踏まえ算定期間が定められているようです。ただし、多くの医療機関では維持期の患者を受け入れるだけの枠がないことが多いため、維持期の患者の多くは、心リハを続けることができていないのが現状です。維持期の心リハについて、若い患者ではスポーツクラブと積極的に連携をとっていく、高齢者では介護保険制度のリハへ繋げていくことが必要と考えられます。急性期・回復期・維持期の心リハ普及と発展を目指して、1995年に日本心臓リハビリテーション学会が、2005年にはジャパンハートクラブが設立されました。ご興味のある方はぜひ、ホームページをのぞいてみてください。<Dr.小笹の心リハこぼれ話>8番目の保険適用も間近?さて、保険診療上の対象疾患7つを見て、“あれ、なんで『経カテーテル大動脈弁置換術後?』”と違和感をおぼえた方はいらっしゃいませんか? そうです、7番目の“経カテーテル大動脈弁置換術(TAVI)後”だけが、特定の治療法後に限定した心リハの適応を示しています。こちらが2018年に新たな心リハの対象疾患として認可されたのには理由(わけ)があります。2013年にわが国でTAVIが認可されたことで、これまで、重度の大動脈弁狭窄症があっても大動脈弁置換術などの根本治療が適用されず、予後不良であった超高齢患者や重複障害をもつ患者が、治療を受けられるようになりました。その後2018年までの5年間に本邦でTAVIを施行された患者は6,000例を上回り、TAVIの実施施設は年々増加しています。TAVIを施行された患者は循環障害や症状により術前からあまり動けていないことが多く、筋量が減少し、筋力・持久力ともに低下しています。TAVIにより心臓の問題が解決しても、残念ながら筋量・筋力・持久力は直ちに改善するわけではなく、これらの患者が退院後自立していくために、あるいは介護負担を減らすために、術後のリハビリが非常に重要となります。現在、85歳、90歳、95歳でも、TAVIを受ける患者が多くいます。術後の心リハがなければ、これらの患者は“手術をして心臓は良くなっても、歩けない”という悲しい結果に陥ってしまいます。このため、TAVI後はほぼ全例に対し心リハがオーダーされます。この新しい治療法は、急速に心リハの適用患者を増加させることになったのです。循環器領域では最近、TAVI以外にも構造的心疾患(SHD:Structural Heart Disease)に対するさまざまな新しい治療法が次々と開発、臨床応用されており、SHDインターベンションと呼ばれています。SHDインターベンションを受ける患者が最終的に目標としているのは、健康寿命の延伸にほかなりません。治療に成功したら、その後の心リハはセットです。今後、SHDインターベンションは、新たな心リハの適用患者をどれほど生み出すことになるのでしょうか。

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内側に限局する膝OAに対してはTKRよりPKRが望ましい?― TOPKAT試験より(解説:小林秀氏)-1106

 内側型の末期変形性膝関節症(膝OA)に対する人工膝関節置換手術は、TKR(total knee replacement:全置換)とPKR(partial knee replacement:単顆置換[unicompartmental knee replacement]として知られる)の2種類に大別できる。TKRの多くは十字靭帯を切除し骨切除量も多くなるが、PKRでは内側コンパートメントのみを置換するため十字靭帯も温存でき骨切除量も少なく、早期回復が可能となる。TKRは古くから行われ、安定した長期成績が報告されているが、一方で患者満足度は約80%程度とされており、人工股関節手術に比べ術後満足度が低いことが知られている。近年PKRは、手術手技が改善され、侵襲の少なさから高い術後満足度が期待され普及しつつあるが、一方で手術適応(どこまでの変形に対して適応となるか)、長期成績、合併症の問題も懸念されるためか、施設によってはまったく施行されていないという現状がある。TKRとPKRの術後成績の比較は、適応のばらつきが大きく、確固たるエビデンスがほとんど示されていなかったため、今回のTotal or Partial Knee Arthroplasty Trial(TOPKAT)試験は多施設共同無作為化比較試験であり、これらの疑問に答える大変興味深い試験となった。 結果は術後5年後のオックスフォード膝スコア(Oxford Knee Score:OKS)で有意な差はなかったが、PKRがTKRに比べ、わずかにアウトカムが良好であった。過去の報告ではPKRは再置換率が高いとされていたが、本試験においては再置換率については両群間で差がなく、合併症についてはPKRよりもTKRのほうが多いという結果であった。また費用対効果の分析でも、PKRがTKRよりも5年の追跡期間中の効果が高く、医療費が削減されたことがわかった。 以上から、PKRの適応となる内側型の末期膝OAに対してはPKRが第1選択になるという結論が得られたことは妥当な結果と考えられた。前提として手術手技をしっかりと行うことが重要なことは言うまでもないが、今後の課題としては、どこまでの変形に対してPKRを行うべきか、併発する外側コンパートメントや膝蓋大腿関節の変形をどこまで許容するか、というPKRの適応の限界を知ることが重要となるだろう。

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手術不要な心不全患者の救急搬送を減らすには?

 救急車で運ばれた心不全患者のうち、約8割の患者は手術が不要であったことが、厚生労働省作成による診断群分類毎の集計結果(2017年)から明らかになった。これはいったい何を意味しているのだろうか-。2019年8月8日に開催されたメディアセミナー『ハート・トーク2019』において、磯部 光章氏(榊原記念病院 院長/東京医科歯科大学名誉教授)が「脳卒中・循環器病対策基本法について」、代田 浩之氏(順天堂大学大学院医学研究科循環器内科学)が「心臓病の二次予防と心臓リハビリテーション」について講演。トークセッションでは、俳優の渡辺 徹氏が心筋梗塞の発症当時のエピソードや再発予防策について語った(日本心臓財団、アステラス・アムジェン・バイオファーマ株式会社共催)。手術不要な心不全患者を救急搬送しないために 昨年12月、『脳卒中・循環器病対策基本法』が衆議院本会議で可決、成立した。この法律における基本的施策には、疾患予防、禁煙、救急搬送・受け入れ体制の整備、救急隊員の研修や患者のQOL向上、そして医療者教育などの項目が盛り込まれており、急性期治療に対する改革がなされることで、再発・再入院の予防や退院後のQOLの担保などが期待される。磯部氏はがん対策基本法を例に挙げ、「法律の公布によって専門医の養成、病院の拠点化、緩和医療の普及、健診事業が大きく進歩した」と述べ、医療の発展にいかに基本法が重要であるかを説明した。 しかしながら、特定健康診査(特定健診)の日本全体での受診率は51.4%とまだまだ低い。加えて、心不全の有無を確認できる項目は、医師が必要と判断した者にしか適用されないことから、「特定健診への心電図検査やBNP(NT-proBNP)測定の導入は、心不全を早期発見できるため全員必須にすべき」と訴えた。また、急性心筋梗塞や解離性大動脈瘤のように手術要否の割合がまったく異なる疾患が同じ“心不全”として扱われ、救急搬送されている現状に同氏は疑問を呈し、「今回の法律が成立したことを機に、治療内容や発症数が異なる急性疾患を同じ様に扱う現システムを見直し、手術が必要な患者へ効率の良い治療が行えるようになったら良い」と主張した。心不全患者の93%、外来心リハによる恩恵を受けられず 心不全の発症病態は、軽症、重症、そして突然死に分けられる。一命をとりとめた患者はその後、適切な治療や食事療法などにより回復する者もいれば、急性増悪を繰り返し、その都度入院を要する者もいる。磯部氏は「再発による再入院を予防するために日常管理が重要」とし、心臓リハビリテーション(心リハ)の活用を提唱。代田氏は急性冠症候群の二次予防(脳卒中・循環器病の早期治療と再発予防)の観点からLDL-Cの低下と心リハの有用性を説明。冠動脈プラークの変化率が運動によって変動した研究から「心リハが心筋梗塞や心不全予防への最善の鍵となる」と解説した。さらに、同氏は「回復ではなく“再発・発症予防”の概念の浸透が重要」と述べ、二次予防に対し、運動療法に薬物治療や食事療法などを複合させた『包括的心臓リハビリテーション』の導入を推奨した。心不全の治療方法も変われば患者像も変わる  既存の心リハ概念は1950年代に提唱された。当時は心筋梗塞の治療としてカテーテルや血行再建術はなく、6~8週間もベッドで安静に過ごして梗塞巣の瘢痕化を待つのが通常であった。その後、エビデンスが構築され早期離床が普及するようになると、安静臥床で起こる身体調節異常(デコンディショニング)の是正を目的として、心リハが始まった。1980年代には外来での心リハが開始、2000年代には心不全へ心リハが適用となった。代田氏は「長期臥床から積極的な再発予防対策が求められる時代」とし、「新たな心リハ概念には、フレイル予防や疾病管理が追加され有用である。しかし、心リハの社会認知度は低く、国内での普及活動が喫緊の課題」と語った。 近年、慢性心不全の患者像が変化し、それに伴い診療形態にも変化が求められている。このような現状の中でとくに問題となっているのが、心不全患者の高齢化に伴うフレイル発症である。身体・精神・社会的活動の3つを脅かすとされるフレイルについて、代田氏は「高齢心不全患者の予後規定因子」とコメント。磯部氏は、「治す医療から“治し支える”医療へ、生活習慣病予防からフレイル予防へ視野を広げる」など、循環器医に対し診療のシフトチェンジを求めた。心筋梗塞の“胸痛”以外の症状を広めてほしい 渡辺氏が心筋梗塞を発症した時、自覚症状は歩行速度の低下や階段昇降時の息切れが主で、 胸部症状は感じなかったという。しかし、渡辺氏にとって、“心臓病=胸の痛み”というイメージが強かったことから、まさか自分の心臓が危険な状態であるとは思わなかったそうだ。渡辺氏は「心臓の病気は心臓が痛くなると思っていたが、病院に行くときにその症状はなかった。息切れや疲れやすさが心臓病のサインであることを、医療者からも発信してほしい」と強調し、「治療を終えた後、主治医から『私は処置をしただけです。これから自分で治療を行うのです』という一言で、治療したからおしまいではなく、これから再発しない努力が必要なのだと感じた」と再発リスクを認識した当時を振り返った。現在は家族の協力のもとで食事や運動を意識した日々を過ごしている。 なお、日本心臓財団とアステラス・アムジェン・バイオファーマが行った「心筋梗塞患者さんとご家族の意識調査」によると、再発リスクの認知は低く、回答者の4割が認識していない、または誤解していたと回答した。

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医師は仕事でSNSを使っている? 会員医師アンケート

「仕事上で最も利用している」のはYouTube多くの人が日常的に使っているソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)。人によっては、仕事上の情報収集・情報発信の目的で利用しているケースもある。では、医師の場合、研究や日常診療に役立つ情報を収集するために、どのSNSを利用しているのだろうか。ケアネットでは、2019年7月にCareNet会員医師を対象にSNS利用動向についてのアンケートを行った。アンケートは、2019年7月4日(木)~19日(金)の期間にインターネットで行われ、会員医師400人(20~30代・40代・50代・60代以上の各年代100人)から回答を得た。SNSの種類をFacebook、Twitter、Instagram、YouTubeの4つに絞ったうえで、それぞれについて「書き込み・投稿する」「閲覧のみ」「まったく利用しない」を選択してもらった(仕事上の利用動向調査を主目的としたため、プライベートでの利用が多いことが想定されるLINEは選択肢から除外した)。次に「4つのうち、仕事上で最も利用しているSNS」を選択してもらい、併せてその理由を聞いた。「書き込み・投稿する」と回答した人が最も多かったSNSはFacebookで14.2%、続いてTwitterで9.7%だった。特徴的な結果となったのがYouTubeで、「書き込み・投稿する」と答えた人は9.2%とTwitterと大きな差はなかったが、「閲覧のみ」と答えた人が71.5%と、ほかのSNSと比べて突出して多かった。「仕事上で最も利用しているSNS」への回答でもYouTubeが57%と最も多く、その理由しては「動画が診療に役立つ」との声が多く挙がった。一方、「仕事上では利用しない」「エビデンスの乏しい情報が多い」と情報の正確性を危惧し、「利用には慎重になる」という意見もあった。回答者は男性90%、20床以上が75%回答者400人(4区分の年代別に各100人)の内訳は、男性が90%、病床数別では、20床以上が約3/4だった。画像を拡大する「閲覧のみ」の利用率はYouTubeが突出して高いFacebook、Twitter、Instagram、YouTubeの4つのSNSの利用状況について、「利用している/書き込み・投稿する」「利用している/閲覧のみ」「利用していない」の3つから選択してもらった。「書き込み・投稿する」と回答した人数が最も多かったのはFacebookで14.2%(57人)、続いてTwitterで9.7%(39人)だった。YouTubeは、「書き込み・投稿する」と答えた人は9.2%(37人)とTwitterと大きな差はなかったが、「閲覧のみ」と回答した人が71.5%(286人)と、ほかのSNSに比べて突出して多かった点が特徴的だった。Instagramは「書き込み・投稿する」と「閲覧のみ」を合計しても109人と、最も利用者が少なかった。画像を拡大する世代別の差が少ないFacebook・YouTube、若年層中心のTwitter・Instagram年代別に見ると、どのSNSも年齢層が上がるにつれ「利用していない」比率が増える傾向はあるものの、Facebookはどの年代でも利用者と非利用者の比率が拮抗していた。YouTubeも年代を問わずに利用されているが、利用の仕方は「閲覧のみ」とする人が多かった。一方、Twitter・Instagramでは「書き込み・投稿する」ユーザーは、40代までの比較的若い層に偏っていた。画像を拡大する画像を拡大する女性のほうが利用に積極的利用者の比率を男女別で見たところ、大きな差は見られないケースが多かったものの、Twitterの利用率(書き込み・投稿する:女性20% vs.男性8%、閲覧のみ:女性28% vs.男性24%)、Instagramの利用率(書き込み・投稿する:女性18% vs.男性5%、閲覧のみ:女性25% vs.男性20%)などで女性のほうが高かった。画像を拡大する「仕事に使っている」のはYouTube「4つのSNSのうち、診療に関する情報を集めるために最も頻繁に使っているものを1つ選んでください」という設問では、YouTubeが57%(227人)で圧倒的な1位となった。続いてFacebookが23%(91人)、Twitterが11%(45人)となり、Instagramは2%(9人)だった。画像を拡大する診療科別では内科系でYouTubeの比率高い上記質問の回答を診療科別(内科系・外科系・その他)で分類したところ、内科系ではほかと比べてYouTubeの比率が高く、「手技の動画が便利」(内科・40代・男性)、「動画主体でわかりやすい」(呼吸器内科・30代・男性)といった声が挙がった。内科系では開業医の比率が高いことから勤務医よりも幅広い診療情報を求める傾向がある、とも考えられる。一方、外科系ではYouTubeの比率が相対的に低かった。「その他」ではTwitterの比率が最も高かったが、ここには臨床研修医が一定数含まれており、年代的な偏りが反映されているのかもしれない。画像を拡大する【分類詳細】内科系: 内科、神経内科、循環器内科、消化器内科、血液内科、呼吸器内科、糖尿病・代謝・内分泌内科、総合診療科外科系: 外科、整形外科、消化器外科、形成外科、脳神経外科、心臓血管外科その他: 小児科、精神科、放射線科、耳鼻咽喉科、リハビリテーション科、眼科、皮膚科、臨床研修医リアルのつながり維持するFacebook、多様性&専門性のTwitter最後に「仕事で最も頻繁に使っているSNS」で、それぞれを選んだ理由について聞いた。利用者の最も多かったYouTubeでは、「診察手技や患者の所見の動画を見ることがある」(内科・30代・男性)「手技や神経学的徴候の参考にするため」(神経内科・30代・女性)「テキストではわかりにくい手技の実際や解説を動画で確認することがある」(その他・40代・男性)「オペ動画を見るため」(耳鼻咽喉科・50代・男性)といったように、診療や手術の動画を手軽に見られる、という利便性を挙げる声が多かった。Facebookを選んだ人からは、「医療関係者とつながっているSNSであるため」(小児科・30代・男性)「医師が実名で情報提供・情報共有をしているから」(その他・30代・女性)「年配の先生が使っている場合も多いため」(臨床研修医・20代・女性)といったように、リアルでつながりがある医師や職場の同僚・上司の発言をフォローしておくため、実名制で著名な医師の発言を検索できるため、医療者同士のFacebookグループに入っているから、といった理由が挙がった。Twitterを選んだ人からは、「その分野で権威のある方の意見を聞けるから」(外科・30代・男性)「勝手に情報が流れてくる。本音が聞けて面白い」(精神科・男性・40代)「専門家が集結するから」(放射線科・20代・男性)と、直接の知り合いではなくても有名医師の意見やそれに対するディスカッションを見ることができる、多くの専門家の意見を知ることができる、といった理由が挙がった。匿名でも使えることから、より本音に近い内容が見られたり、議論が盛り上がりやすかったり、という点を評価する人も多いようだ。Instagramは利用者自体が限られ、利用もプライベート目的がほとんどの様子。仕事上の情報収集・発信には、まだほとんど使われていないようだ。YouTube以外は「利用していない」が半数超「閲覧のみ」の利用者が7割を超えたYouTube以外では、「利用していない」との回答者が全体の半数を超えた。全体を通して目立ったのは、「診療に関する情報を集めるためには使っていない」(小児科・40代・男性)「エビデンスがない情報が多い」(精神科・60代・男性)「参考程度にしている」(循環器内科・60代・男性「実際に診療に使うことはほとんどない」(外科・60代・男性)といった「SNSと仕事には一定の距離を置いている」という声だ。SNSの炎上リスクはもとより、守秘義務事項が多い仕事特性、多忙さ、勤務中にPC・スマートフォンを操作できる状況にある人が少ない、といった医師特有の事情も相まって、仕事に関して積極的にSNSを利用する医師はごく一部にとどまっている様子がうかがえる。欧米では著名医師や研究室、ジャーナルなどがSNSを積極的に利用している例が多く、公式アカウントの開設・運営や限定公開設定の利用などによって、日本でも医師のSNS利用はもう少し広がる余地がありそうだ。実際、2019年の日本循環器学会学術集会では講演内容をTwitterで投稿する、日本抗加齢医学会総会では専用ハッシュタグを作って会期中にTwitterでの投稿を促すなど、SNS活用の取り組みが広がっている。参考までに、総務省が行った全国規模のネット利用動向調査※1内の各SNSの利用動向と今回の結果を比較した。すると、各SNSツールの利用動向では、「自ら情報発信や発言を積極的に行っている」とする人はFacebook:5.3%(今回の医師調査:14.2%)、Twitter:7.7%(同:9.7%)、Instagram:3.9%(同:6.5%)といずれも医師調査で高くなっており、「利用はしているが閲覧中心」とする利用者の比率も、すべてのSNSにおいて医師調査のほうが高かった※2。「積極的には使っていない」という慎重派が多いとはいえ、日本全体の平均値と比較した場合には、医師群の利用率の高さを予測できる結果となった。※1「ICTによるインクルージョンの実現に関する調査研究」(2018年)※2「利用はしているが閲覧中心」:今回の医師調査では「利用している/閲覧のみ」の回答者、総務省統計は「自ら情報発信や発言することよりも他人の書き込みや発言等を閲覧することのほうが多い」「ほとんど情報発信や発言せず、他人の書き込みや発言等の閲覧しか行わない」の回答者を合計したもの。

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乳がんリンパ浮腫のセルフケア、Webとパンフレットどちらが効果的

 乳がん治療関連リンパ浮腫(breast cancer-related lymphedema:BCRL)患者のケアに対するウェブベースのマルチメディアツールを用いた介入(Web Based Multimedia Intervention:WBMI)の結果が示された。米国・ヴァンダービルト大学のSheila H. Ridner氏らによる検討で、WBMIを受けた患者は、対照(パンフレットのみ)より生物行動症状(気分)が改善し、介入に対する知覚価値も高いことが示されたという。ただし、WBMI群は完遂率が低く、他の評価項目については大きな違いはみられなかったとしている。Journal of Women's Health誌オンライン版2019年7月17日号掲載の報告。 研究グループは、BCRLを有する女性患者の症状負荷、機能、心理面の健康、費用および腕の体積に対するWBMIの効果を評価する目的で、患者をWBMI群(80例)および対照群(80例)に無作為に割り付けた。WBMIは12項目から成り、それぞれ約30分を要した。対照群へは、パンフレットを提供するのみで、読むのに約2時間を要した。 介入前および介入後1、3、6および12ヵ月時に症状負荷、心理面の健康、機能および経費に関するデータを収集し、45例のサブグループは介入前および介入後3、6および12ヵ月時に腕の細胞外液量を生体インピーダンス法で測定した。また、介入に対する知覚価値についても調査した。 主な結果は以下のとおり。・介入の完遂率は、WBMI群58%、対照群77%で、統計学的に有意な差があった(p=0.011)。・Lymphedema Symptom Intensity and Distress Scale-Arm(LSIDS-A)に基づく症状の評価では、生物行動症状(気分)数はWBMIで減少を示したが、その他の症状については2群間で統計学的な有意差がなかった(効果量:0.05~0.28、p>0.05)。・他の変数の変化については、2群間で有意差は観察されなかった。・WBMIは、パンフレットよりもセルフケア情報が優れていると認識されていた(p=0.001)。 WBMIは生物行動症状を改善し、より質の高い情報と認識された。他の変数において統計的な有意に至らなかったのは、WBMI患者の介入完遂率の低さが影響している可能性があると筆者は結んでいる。

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万引き家族(後編)【親が万引きするなら子どももするの?(犯罪心理)】Part 2

万引きをしないためにはどうすれば良いの?「万引き」(反社会的行動)の遺伝を「なかったこと」にしたいのは、差別になる、不平等になる、懲らしめられなくなるという私たちの思いがあることがわかりました。そして、その思いの根底にあるのは、私たちはもともと「善」であり、「同じ」であり、「意思」があるという心理でした。ただし、これらの心理は、原始の時代の村で進化してきたものです。その村は、血縁関係でつながり、共通点が多く、お互いのことをよく知っていて、助け合って、信頼できる平等社会です。一方、現代の国家ではどうでしょうか? 多様化して共通点が少なく、お互いのことをよく知らず、直接助け合っておらず、信頼できるかわからない格差社会です。私たちの心はほとんど原始の時代のままなのに、現代の社会構造(環境)があまりにも変わってしまっています。「万引き」(反社会的行動)の「芽」がより出やすくなっているように思えます。だからこそ、私は、犯罪と遺伝の関係という「不都合な真実」を伝える必要があると思います。そして、その「真実」を踏まえてこその対策があると思います。それでは、万引きをしないためにはどうすれば良いでしょうか? 遺伝、家庭環境、家庭外環境にわけてそれぞれ考えてみましょう。(1)遺伝-本人の特性を強みとして生かす-ストレングスモデル家族団らんのシーンで、亜紀の気に入っている客が無口だったと聞いた信代は「あー男は無口なくらいがちょうどいいよ。おしゃべりはダメ」と言って、遠くから治を箸で指し、からかいます。すると、治は、「何?おれのこと呼んだ?」とツッコミを入れて、祥太とじゅりに手品を披露します。ここで分かるのは、治の良さは、おしゃべりでノリが良いこと、観察力があり器用であることです。これは、万引きの手際の良さから言うまでもありません。その後、信代が罪をすべてかぶったため、治は、罰を逃れました。しかし、定職に就くこともなく、一人暮らしをしているようです。治は、これで良いのでしょうか?1つ目の対策は、もともとの本人の特性を強みとして生かすことです(ストレングスモデル)。治は、抽象的思考が苦手なため、相手の指示の意図や段取りがわからないです。よって、建築作業員や事務員などは向いていないと言えます。また、飽きっぽさから、信代がやっていたようなクリーニング工場での単純機械作業も向いていないでしょう。向いているのは、単純な接客など、対人的でその場のやり取りに限定した仕事でしょう。もちろん、知的障害が判明すれば、障害者枠就労も現実的でしょう。もちろん、治に反省を促すことはできます。しかし、すでに説明した通り、抽象的思考が苦手なため、その反省は表面的で一時的でしょう。そもそも治には前科があるということが後に判明します。このように、ポイントは、犯罪歴があり再犯リスクのある個人に対して、懲らしめとして社会から疎外して、ひたすら反省を促すのではありません(ソーシャルエクスクルージョン)。一定の制限は設けつつも、むしろ社会復帰をするリハビリテーションを促すことです(ソーシャルインクルージョン)。行動遺伝学的に言えば、反社会性の「芽」が出てしまっていても、対極の社会性の「芽」には「水やり」をし続けることです。それは、社会への信頼と誇りを育むことです。これをしないと、結局、反社会性の「芽」が出たままで、行動化という「花」をまた勝手に咲かせるかもしれません。つまり、反社会性の「芽」が出てしまっている人にこそ、社会から疎外して放置するのではなく、またその「花」を咲かせないような予防介入をすることが重要になります(個別的予防介入)。そもそも、「万引き」(反社会的行動)をする人たちだけが、その「種」を持っているわけではありません。私たち一人一人の心の中にも、量の差はあれ、その「種」を持っており、あるきっかけで「芽」が出てくるかもしれません。そう考えると、犯罪と遺伝の関係を受け入れても、差別になるという発想は出てこないでしょう。つまり、私たちは、もともと「善」でも「悪」でもないと冷静に理解する必要があります。(2)家庭環境-親が子育てを勉強する-ペアレントトレーニング信代がじゅりに洋服を買ってあげようとした時、じゅりから「叩かない?」「あとで、叩かない?」と繰り返し確認されます。その瞬間、信代は、じゅりの母親が毎回服を買った後に叩いていたことを確信し、「大丈夫、叩いたりしないよ」と優しく言います。じゅりの母親もまた夫からDVを受けており、じゅりの家庭では暴力がコミュニケーションの1つの形になっています。じゅりの母親は、体罰をしつけの一環としており、虐待の自覚がないようです。2つ目の対策は、親が子育てを勉強することです。かつて大家族で、見守ってくれる周りの目がたくさんありました。そして、教えてくれる先輩の親がいました。しかし、現在は、核家族化が進んでおり、見守る目はあまりなく、ママ友はいたとしても、家に一緒にいて教えてくれたり、助けてくれる先輩ママはなかなかいません。すると、子育てが独りよがりになってしまいます。それが、じゅりの家庭の暴力、治と信代の家庭の万引きです。このような反社会的モデルにならないという子育てのやり方をまず親が勉強する社会的な仕組み作りが必要です。たとえば、自閉症やADHDをはじめとする発達障害で、療育に並んで早期に行われる親への心理教育(ペアレント・トレーニング)と同じです。行動遺伝学的に言えば、反社会性の「種」を多く持っている可能性がある子どもにこそ、社会性の「種」への「水やり」を丁寧にする必要があることをまずその親が自覚することが重要になります(選択的予防介入)。そもそも、「万引き」(反社会性)に限らず、私たちは、それぞれ違う「種」を持っています。生まれながらにして、私たちは、心も体も「不平等」です。ただし、生まれてから、教育や福祉によって、将来的になるべく不平等にならないような社会の仕組み作りをすることはできます。そう考えると、犯罪と遺伝の関係を受け入れても、不平等になるという発想は出てこないでしょう。つまり、私たちは、もともと「同じ」ではないと冷静に理解する必要があります。(3)家庭外環境-社会とのつながりを持つ-社会的絆理論刑事は、祥太から「学校って、家で勉強できない子が行くんじゃないの?」と聞かれて、「家だけじゃできない勉強もあるんだ」「(友達との)出会いとか」と答えています。その後、祥太は「国語のテストで8位になった」と喜ぶシーンもあります。祥太の人生が、大きく開けてきています。3つ目は、社会とのつながりを持つことです(社会的絆理論)。祥太にとって、その初めての「出会い」は、駄菓子屋のおじいさんでした。さらに、学校に行くというかかわり(インボルブメント)や勉強や部活動をがんばるという目標(コミットメント)です。さらに、マクロな視点で考えてみましょう。初枝は訪問に来た民生委員を追い払っていました。このように、治、信代、初枝は、こそこそと暮らし、孤立していました。そこには、行き詰まり感も描かれています。つながりの希薄さは、ちょうど非正規雇用、非婚、ひきこもりなどの昨今の社会問題にもつながります。そうではなくて、役所をはじめ、周りに相談し、福祉サービスを受けることです。たとえば、初枝は、治と信代と世帯分離をすれば、持ち家があっても生活保護の受給が可能になります。治は、就労支援や障害者枠雇用が可能になります。信代は、ハローワークを介して再就職が可能になります。このような社会とのつながりや援助によって格差が減ることで、彼らの社会への復讐心は減っていくでしょう。行動遺伝学的に言えば、反社会性の「種」があっても、「芽」が出ていても、「花」が咲かないように、その「水やり」をしない取り組みを社会全体ですることが重要になります(全体的予防介入)。そもそも、「万引き」(反社会性)に限らず、「種」から「芽」が出て、「花」が咲くかどうかは、それまでの「水やり」の加減次第です。そういう意味では、私たちたちの行動は、遺伝だけでなく、やはり環境によっても決まっていると言えます。ある行動に対しての「意思」は、私たちが思っている以上に、周りによって揺れているのかもしれないと思えてきます。つまり、「万引き」(反社会的行動)は、他人事ではないということです。原始の時代は、その極限状況から、「万引き」をした人の排除という手段しか残されていなかったわけです。排除すれば、死んでしまう可能性が高いため、再犯リスクはほぼ0です。しかし、現代は違います。「万引き」をした人は生き続けると同時に、彼らの教育や福祉にコストをかける社会の余裕があります。懲らしめることが全てではないです。そう考えると、犯罪と遺伝の関係を受け入れても、懲らしめられなくなるという単純な発想は出てこないでしょう。つまり、私たちの「意思」は、思っているよりも流されやすいと冷静に理解する必要があります。「本当の社会」とは?刑事が祥太に「本当の家族だったらそういうことしないでしょ」と言うシーンがありました。祥太をはっとさせると同時に、私たちをもはっとさせるインパクトのあるセリフです。同じように考えれば、「本当の社会」だったら、どうでしょうか? その「不都合な真実」と向き合うでしょう。なぜなら、その社会は、本当に「万引き」(反社会的行動)が減ってほしいと願うからです。そして、より良い社会になってほしいと願うからです。これは、すでに行われている犯罪加害者の教育政策や福祉政策を支持するものです。犯罪に対して厳しい目で見たり、排除したくなる気持ちは、私たちの心の中に、もちろんあります。ただし、同時に私たちが、その「不都合な真実」に向き合った時、そして、排除することが次の犯罪を誘発するという逆説に気付いた時、その逆説を踏まえた対策を理解することができるでしょう。その時、「不都合な真実」は「都合がつけられる事実」であったと納得できるのではないでしょうか?■関連記事ムーンライト【マイノリティ差別の解消には?】積木崩し真相アイアムサム【知能】告白【いじめ(同調)】Part 1■参考スライド【パーソナリティ障害】2019年1)万引き家族:是枝裕和、宝島社文庫、20192)犯罪心理学 犯罪の原因をどこに求めるのか:大淵憲一、培風館、20063)遺伝マインド:安藤寿康、有斐閣Insight、20114)言ってはいけない:橘玲、新潮新書、2016<< 前のページへ

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膝OAの人工膝関節置換術、部分vs.全置換術/Lancet

 晩期発生の孤立性内側型変形性膝関節症(膝OA)で人工膝関節置換術が適応の患者に対し、人工膝関節部分置換術(partial knee replacement:PKR)と人工膝関節全置換術(total knee replacement:TKR)はともに、長期の臨床的アウトカムは同等であり、再手術や合併症の頻度も同程度であることが示された。英国・Botnar Research CentreのDavid J. Beard氏らによる、528例を対象とした5年間のプラグマティックな多施設共同無作為化比較試験「Total or Partial Knee Arthroplasty Trial(TOPKAT)試験」の結果で、Lancet誌オンライン版2019年7月17日号で発表した。費用対効果はPKRがTKRに比べ高いことも示され、著者は「PKRを第1選択と考えるべきであろう」と述べている。PKRとTKRはいずれも晩期発生の孤立性内側型膝OAに適応される治療だが、選択のばらつきが大きく、選択のための確たるエビデンスがほとんど示されていなかった。5年後のオックスフォード膝スコアと費用対効果を比較 研究グループは、英国27ヵ所の医療機関を通じて、専門的知見かつ平等の観点で選出した孤立性内側型膝OAでPKRが一般に適応となる患者を対象に試験を行った。同グループは被験者を無作為に2群(1 vs.1)に分け、一方にはPKRを、もう一方にはTKRを行った。執刀医は、PKR専門医およびTKR専門医で、被験者は、いずれの手技も受けられるように割り付けられ、専門的観点で割り付けられた手技の実施有無が決められた。 主要エンドポイントは、5年後のオックスフォード膝スコア(Oxford Knee Score:OKS)だった。英国の2017年時点における医療費と、費用対効果についても評価した。PKRがTKRより手術・フォローアップともに低コスト 2010年1月18日~2013年9月30日に、962例が試験適格の評価を受けた。431例(45%)が除外され(121例[13%]が包含基準を満たさず、310例[32%]は参加を辞退)、528例(55%)が無作為化を受けた。そのうち94%が術後5年の追跡調査を完了した。 術後5年時点のOKSは両群で有意な差はなかった(平均群間差:1.04、95%信頼区間[CI]:-0.42~2.50、p=0.159)。 試験内費用対効果の分析で、PKRがTKRよりも5年の追跡期間中の効果が高く(追加のQALY:0.240、95%CI:0.046~0.434)、医療費は低額だった(-910ポンド、95%CI:-1,503~-317)。分析結果は、PKRがTKRに比べ、わずかだがアウトカムが良好であり、手術コストは低額で、フォローアップにかかる医療費も低額であることを示すものだった。

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第1回 今さら聞けない心臓リハビリ【今さら聞けない心リハ】

第1回 今さら聞けない心リハケアネット読者の皆さん、「心臓リハビリテーション」についてどの程度ご存じでしょうか? 「心臓リハビリ」「心リハ」「Cardiac rehabilitation」、これらはすべて同じことを意味しています。日本では「心大血管疾患リハビリテーション料」という名称で、保険適用されています。『何それ、聞いたことないよ』『心臓病は自分の専門分野と違う』『循環器領域の患者を診ることなんてない』というあなた。実は、心臓リハビリテーション(以下、心リハ)の知識はご自身の健康管理上でもなくてはならないものなのです。そんな方にこそ、心リハを知ってもらいたく、この連載を執筆することになりました。医療に携わるケアネット読者の皆さんなら、生活習慣病の予防・治療に運動や食事が重要ということはすでにご存じと思います。運動不足や不健康な食習慣により、高血圧症・脂質異常症・糖尿病などの生活習慣病が生じやすくなることは、もはや“日本人の常識”と言えるでしょう。でも、具体的にどんな運動をどれくらいすればいいのか? 何をどのように食べればいいのか? となると、途端に答えられなくなる人が多いようです。生活習慣病、そしてその先にある心血管疾患に対して、健康を維持するための具体的な運動療法・食事療法を提案し、継続的に実践することをサポートする医学的介入…それが心リハです。生活習慣病をまだ発症していない、「未病」の段階から予防のための運動習慣・食習慣を実践することも、広い意味では心リハと呼べます。いかがでしょう、心リハを知りたい気持ちになっていただけましたか?~運動は医師自身にも必要~早く知りたい!手短に!というあなたのために、まずは運動の極意をお伝えしましょう。健康な方でも、生活習慣病や心血管疾患をすでに発症している方でも基本は同じ。キーワードは、『1日20~60分間の有酸素運動』です。有酸素運動=ジョギングではありません。有酸素運動とは、好気的代謝によりゆっくりとエネルギー(ATP)を消費する、長時間続けて行う運動です。好気的代謝の能力には個人差がありますので、有酸素運動と一口に言っても、一人ひとりで適切な強度が異なります。ゆっくり1時間歩くこと(時速2~3km程度)は、多くの方にとって有酸素運動ですが、若い人では強度が弱すぎて運動の効果がなかなかでません。一方で、ジョギング(時速5~6km程度)は、運動習慣を持たない中高年にとって無酸素運動となり持続することができません。では、あなたにとってのベストな有酸素運動とは、どのような運動でしょう?~ベストな運動強度の調べ方~心リハでは、患者さん一人ひとりにとって最適な運動強度を決定するために、心肺運動負荷試験(CPET:Cardiopulmonary exercise testing[CPX])という検査を行います。写真は当院でのCPXの様子です(図1)。(図1)心肺運動負荷試験[CPX]の実施風景画像を拡大する心肺~と呼ばれるのは、通常の運動負荷試験のように運動中の心電図・血圧を評価するだけではなく、口と鼻をすっぽりと覆うマスクを装着して、運動中の酸素摂取量・二酸化炭素排出量・換気量を測定するためです。運動の強度(自転車エルゴメータの仕事量[ワット数]、またはトレッドミルでの歩行速度・傾斜角度)を徐々に増加させたときに、ある強度以上で酸素換気当量(換気量/酸素摂取量)・呼吸商(二酸化炭素排出量/酸素摂取量)が急激に増加し始めます。この強度が嫌気性代謝閾値(AT:Anaerobic Threshold)であり、嫌気性代謝が始まる点です。最も効果的な有酸素運動は、ATの時点より少しだけ強度の低い運動、ということになります。AT未満の運動は、心血管疾患においても交感神経の活性化による過度の血圧上昇や不整脈を生じにくく、安全に実施しやすいため、心リハでの運動指導に用いられています。実際に運動する際は、検査で求められたAT時点の心拍数を維持することを目標に20分間以上の運動を行うようにします。有酸素運動は代謝・自律神経系の異常や血管内皮機能を改善し、さらには心血管疾患の増悪による入院率低下と生命予後の改善が数々の臨床試験で示されており、心血管疾患の治療手段の一つとして「運動療法」と呼ばれています。~自分の有酸素運動レベルを知っておく~あなたも、CPXを受けてご自身の有酸素運動レベルを知ってみたくありませんか? 「心臓ドック」の一環としてCPXの様子を行っている施設もあるみたいです。でも、なかなか検査を受けに行く時間をとれませんよね。大丈夫、特別な心血管疾患のない方であれば、AT時点の心拍数を以下の式で推定することができます。運動時の至適心拍数=安静時心拍数+0.6×(予測最大心拍数-安静時心拍数)1)一般的に、「予測最大心拍数=220-年齢」で推定できるので、たとえば、40歳で安静時心拍数が80bpmという場合、AT時点の心拍数=80*+0.6×(220-40**-80*)=80+0.6×100=140bpm*:安静時心拍数、**:予測最大心拍数と計算され、心拍数が140bpmとなるような早さで20~60分間歩く、もしくはジョギングする、というのが“ちょうどいい運動”ということになります。~心電図モニターの装着が鍵~病院で行う心リハでは、心拍計だけではなく心電図モニターを装着してもらい、心拍数のほかに不整脈も確認しながら運動を行います。頻発性の期外収縮や心房細動を有する患者などでは、通常の心拍計では正確に心拍数を評価しにくいため、心電図モニタリングが有用です。心リハの保険適用期間は5ヵ月間を基本としており、心リハ開始から5ヵ月が経過し病状が安定している患者では、病院での心電図モニター監視下での運動療法は終了し、一般のスポーツ施設や自宅などで運動療法を継続してもらうことになります。病状がまだ安定していないと考えられる場合は、期間を延長して病院での運動療法を継続します。Take home messageいかがでしたか? 今回は心リハでの運動療法と健常人が生活習慣病・心血管疾患を予防するための運動強度の決定法を中心にご紹介しました。ご自身の健康のためにも、ぜひ有酸素運動を始めてみてください。1日20~60分、と書きましたが、まずは10分でも大丈夫です。とにかく、始めることが大切。厚生労働省も『健康づくりのための身体活動指針(アクティブガイド)』で、「+10(プラス・テン)から始めよう!」(今より10分多くからだを動かすだけで、健康寿命を伸ばせます)とうたっています。勇気を出して、まずは一歩を踏み出すことが大切ですよ。次回は、心リハの対象・プログラムの内容について具体的にお話しします。ご期待ください。<Dr.小笹の心リハこぼれ話>ケアネット読者の心リハ認知度は?2010年に行われた一般健常人5,716名を対象とした心臓リハビリの認知度に関するインターネット調査では、心臓リハビリという言葉やその内容を「知っている」と回答した人はわずか7%で、「知らない」、「聞いたことはあるが内容は知らない」と答えた人が合わせて93%であったと報告されています2)。では、ケアネット読者の心リハ認知度はどうなのでしょう。実は、この連載を開始するに当たり、2019年4月、ケアネット読者(内科医102名)に任意のアンケート調査を行いました(図2)。「心リハという言葉を知らない」と答えた医師は7%とさすがに少なかったものの、「心リハという言葉は知っているが治療内容については知らない」と答えた医師は54%でした。日本はフィットネス後進国とも言われていますが、このような状況では、日本の内科医は患者の健康はおろか、自らの健康を守ることも難しいのではないかと考えられます。医療の進歩により、生活習慣病・心血管疾患を発症しても“長生き”は当たり前になった昨今ですが、運動習慣なくして“元気に長生き”はできません! 向学心旺盛なケアネット読者の皆さんには、この連載を通じて、ぜひとも心リハの基礎知識を身に付けていただきたいと願っています。(図2)ケアネット企画・心リハについての認知度調査1)JCS Joint Working Group. Circ J. 2014;78:2022-2093.2)後藤葉一. 日本冠疾患学会雑誌. 2015;21:58-66.

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第24回 心電図の壁~復刻版~(前編)【Dr.ヒロのドキドキ心電図マスター】

第24回:心電図の壁~復刻版~(前編)今でこそ心電図に関するさまざまなテキストを出版し、多くの講義・セミナーの機会をいただいているDr.ヒロですが、かつては心電図や不整脈が不得手だったのです…多くの人と同じか、それ以上に苦労して何度もくじけそうになりました。そんなボクだからこそ、いかにして困難を乗り越えたかを語ることで、心電図学習で悩む人へ勇気を与えられるのではないかと、かつて、医学書院の「内科医の道」という若手医師向けのシリーズ企画の中で、あるエッセイ*を執筆しました。このシリーズは、著名な先生方が若手に向けたメッセージをWEB上で発信するもので、ボク自身も時々興味深く読んでいた企画でした。もちろん自分には分不相応だとは思いつつ…当時のボクは承諾してしまいました。その時つけたタイトルが『心電図の壁』。大先輩でもある養老 孟司先生の影響を受けていないとは言いません(笑)。*杉山裕章. 内科医の道[電子版エッセイ]. 医学書院;2012.第48回. (※2018年に公開終了)ニガテ・キライ・ムリの状態から、どう“壁”を乗り越えてきたか-そのプロセスが心電図を学びたい“迷える子羊”たちのお役に少しでも立てればと懸命に書きました。この自分の成長日記とも言えるエッセイも、今では時の流れで“閲覧不能”となってしまいましたが、医学書院と交渉し、自らツッコミ的な補足も追加しつつ、本連載の番外編として2回シリーズでお届けできることになりました。いつものようなレクチャー調でもなく、気軽にご笑読いただけたら嬉しいです。では、はじまり、はじまり~。注)黄緑枠部分がエッセイ、グレー枠部分が現在のDr.ヒロによるツッコミです。原稿依頼をいただいた時、若手医師へ向けたWebエッセイ企画とのことで、本当はお断りしたかった。なぜって、自分こそ“読者”たるべき若者1)だから。でも、いろいろと考えた挙句、心電図についての“苦労話”を皆さんに聞いてもらうことで、少しはお伝えできることもあろうかと思ってお引き受けした。学生時代を思い返してみると、お世辞にも真面目とは言えなかったと思う。でも、外部病院実習2)で配属になった循環器の先生方のカテーテル室やCCUを駆け回るパワフルな姿がとてもカッコ良く見え、自分もやってみたくなったのだ3)。でもオレって…シンデンズとか全然ダメじゃん(泣)。当時は何だかよくわからないけれど心電図が循環器の“象徴”な気がして、試験そのほかでもひどい目にあった記憶が頭から離れなかったからかもしれない。とにかく心電図が大のニガテだった。1:当時33~34歳。冷静になってみるとそんなに若くはないか…。2:とくに印象的だったのは、T病院とM病院の2つ。3:今も最前線で活躍されておられる某医師。当時、若くてバリバリの彼に向けられたナースたちの眼差しはとても印象的だった。容姿もカッコよく、しかもデキる…まさに“完璧”!そんな自分を少しだけ変えたのは、ひょんなことから参加した学内の“心電図ゼミ”だった。有志の勉強会なんてものに参加したことなんて一度もなかったが、わらをもつかみたい気持ちが背中を押してくれたか4)。それは毎週1人1枚、ナマの心電図波形が与えられ、ノーヒントの状態で担当教授と十数人の同級生の前で自分なりの診断・解釈を述べるものであった。ボクが普段やっている“マルチョイ”方式のクイズとはレベルが違う。今で言う、“リアル・ガチ”だ(頼みの綱の自動診断結果も消されていた…)。ほかの人が読んできた心電図もコピーして配布されるため、1回このゼミに行くと、必ず十数個の新しい課題が生まれた。正しく読み切れたときもあれば、全然アサッテの診断をしてしまったことも多々あった5)。出席者の多くも皆、それなりに間違った。しかし、その教授は、たとえ間違った診断をしても決してけなすことなく、その場で“どう読むのか”を、逐一教えてくれた6)。プロ(循環器)の視点に触れた瞬間はしばしば身震いがした。4:実は、当時仲良くしていた友人が参加すると言ったため、何か不安になって一緒について行った。5:今でこそ「系統的判読法」などと1枚の心電図から漏れなく所見を拾い上げることの重要性を強調してるが、当時は指定教科書とブツ(心電図)とをウンウンうなって見比べながら恥をかきたくない一心で必死でやっていたっけなぁ(その甲斐なく敗れさったことも数知れず)。6:同教授は退官されるまで毎年同ゼミを開催されていたそう。心電図はいわんや、まさに教育のプロフェッショナル!約半年間、なぜだか休まず通った。必修の授業だってサボることのあった“劣等生”が。いつしか、自分が担当でない問題にも自分なりの所見をつけてからセッションに参加するようにもなった7)。ただ、その後は苦労の連続だった。国家試験にどうにか通って医師1年目、大学病院で入院サマリーや諸雑用に追われ、心電図はおろか、ほとんど勉強なんてできなかった。もともと自分の要領が悪く、種々のストレスや疲労にも悩まされることもあったのだが。ゼミで築いた“土台”も見事に退化してしまった。7:学生時代に用いていた教科書の大半は廃棄したが、この心電図“教材”は捨てずにファイリングして残してあるほど愛着アリ。2年目は“野戦病院”8)に出た。当然、心電図の講義なんてない。でも、そこでダメ研修医に再度転機が訪れた。1つ上の先生が、「あなた、循環器に興味があるのなら、心電図の“下読み”してみたら? ○○先生が添削してくれるから勉強になるわよ」と勧めてくれたのがキッカケだった9)。それは、院内で毎日記録される山のような心電図の所見を他科のドクターにもわかるよう紙に記載する仕事だった10)。この“下読み”に、コワモテ循環器部長が目を通し、間違っていれば赤ペンで修正してくれるというのだ。しかも、生理検査室の人は、訂正が入った心電図と“正解”できたものとを別に分けておいてくれた11)。それ以後1年近くの間、頼まれてもないのに院内ほぼすべての心電図に目を通す、出来の悪い下読み工場をオープンさせた。はじめのうちはドン引きするくらい直され、不整脈やペースメーカーの心電図などは最後までまったく歯が立たなかった。だが、毎回ドキドキしながら添削結果と向き合った経験は貴重ではあり、一度は失いかけた心電図への“情熱”が徐々に湧き上がってくるのを感じた12)。 8:飲み屋街としても有名な神楽坂付近の病院で、名称は変わっても現在も同じ場所にある。 9:何度か一緒に飲みに行き(ご馳走になっていた)、「腎臓内科の紹介でこの病院に来たんですけど、今更ながらやっぱり循環器やりたいなぁって思ってるんです」なーんて相談したような気が…。10:当時はまだ電子カルテはなく、複写式の短冊状の紙にボールペンで所見を書いた。個々人に“ポケベル”が手渡されており、それが鳴るたび近くの電話機にダッシュしていたなぁ…。11:悩みに悩んでつけた所見が予想通り“誤り”であったもの、そして逆に自分では難なく診断できたと思っていたのに訂正が入り、「そう考えるのか」と多々学ぶことも。悩んだ末に出した回答が“正解”だった時は、ニコニコとスキップして病棟に戻るくらい喜んだなぁ。12:現在でも循環器レジデントなどのdutyとして心電図“下読み”があるようだが、“添削”まで入る環境は比較的少ないのでは。研修自体はいろいろ苦労もしたけれど、この点は恵まれていたと思う。今回はここまで。今振り返ると、かつての教授や部長と同じような立ち居振舞いや試みは、現時点でのボクにはできていません。時勢も変化も踏まえ、Dr.ヒロが選んだのは書籍やWEBでの連載による講義に重点を置くという道です。ただ、それでも“胸のうちは一つ。医学生や研修医・レジデント諸氏に以下のTake home messageを実践してもらいたい―それだけです。今回はDr.ヒロのライフ・ワークの根幹に触れる話をお届けしました。次回は、循環器医になってからの“心電図の壁”への挑戦ストーリーをお届けします。お楽しみに!Take-home Message教科書や問題集だけではなく“生”の心電図に数多く触れよ!心電計の自動診断や先輩の読みに頼らず、自分なりの所見・診断をつける“訓練”をすべし!自分がわからなかった心電図をプロ(循環器医)がどう読んだかチェックして真似よ!【古都のこと~心リハ学会2019教育講座】今回は夏休み特別編をお送りします。2019年7月13日、大阪国際会議場にて第25回日本心臓リハビリテーション学会学術集会(大会長:木村 穣氏[関西医科大学健康科学科])が開催され、Dr.ヒロは教育基礎講座『心電図とのつき合い方、教えます!~心臓リハビリテーション編~』*のレクチャーをする機会に恵まれました。実は、本学術集会への参加は初めてだったのですが、医師もさることながら、理学療法士や看護師などのコメディカルの方々の熱気がダイレクトに伝わってくる、本当に素晴らしい学会であり、今まで不参加であった自分を恥じました。当日は600人収容の会場が超満員、立ち見が数十人どころか会場の外まで人がギッシリ! こうした状況で講演をさせてもらえることは非常に光栄に感じます。さらに、ボクがレジデント時代を過ごした際の恩師が座長という別のプレッシャーもありました(笑)。ただ、いざ始まってしまえば、いつも通り「心電図・不整脈が好きだー」という情熱を前面に押し出す“熱血講義”スタイルで行うことができました。写真はタイトルスライドで、本連載での著者紹介イラスト、背景は伏見稲荷大社(伏見区)の千本鳥居の様子です。心電図は循環器領域の“言葉”の一つであり、その重要性はもちろん心臓リハビリテーションの世界でも変わらないと思います。聴講してくださった皆さんが、レクチャーから何かしらの「ヒント」を感じ取り、ひいては彼ら彼女らが担当する患者さんの健康回復につながるとしたら、演者冥利に尽きるものです。*:当日使用したスライド資料はこちらから

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宇宙医学研究の成果を高齢者医療に役立てる

 骨密度低下と聞けば高齢者をイメージするが、無重力空間に滞在する宇宙飛行士もそれが問題視されている。しかし、宇宙飛行士と高齢者の骨密度減少の原因と程度にはどのような違いがあるのだろうか? 2019年6月14日、大島 博氏(宇宙航空研究開発機構、整形外科医)が「非荷重環境における骨・筋肉の減少と対策」において、宇宙飛行士に対する骨量減少と筋萎縮の実態と対策について講演した(第19回日本抗加齢医学会総会 シンポジウム2)。高齢者と宇宙飛行士の骨量減少の違いは? 高齢者の骨粗鬆症と30~60歳の宇宙飛行士の骨量減少の原因は異なる。高齢者では加齢によるCa吸収の低下や女性ホルモン減少により骨吸収亢進と骨形成低下から、骨量は年間1~2%ずつ低下する。一方で、宇宙飛行や長期臥床では骨への荷重負荷が減少し、著しい骨吸収亢進と骨形成低下が生じる。そのため、骨粗鬆症とともに尿路結石のリスクも高まる。 宇宙飛行士の大腿骨頚部の骨量を1ヵ月単位でみると、骨密度(DXA法で測定)は1.5%、骨強度(QCT法で測定)は2.5%も減少していた。大島氏は「宇宙飛行士の骨量は骨粗鬆症患者の約10倍の速さで減少する。骨量減少は荷重骨(大腿骨転子部や骨盤など)で高く、非荷重骨(前腕骨など)では少ない」とし、「体力ある宇宙飛行士でも半年間の地球飛行を行うと、帰還後の回復に3~4年も要し、次の飛行前までに回復しないケースもある」と、報告した。宇宙飛行士×ビスフォスフォネート薬 宇宙飛行士の骨量減少を地上で模擬し医学的な対策法の妥当性を検証するため、JAXAは欧州宇宙機関などと共同で“90日間ベッドレスト研究”を実施。この地上での検証結果をもとに、宇宙飛行における骨量減少予防対策としてJAXAとNASA共同による“ビスフォスフォネート剤を用いた骨量減少予防研究”を行った。長期宇宙滞在の宇宙飛行士から被験者を募りアレンドロネートの週1回製剤(70mg)服用群と非服用群に割り付けた。それぞれ、食事療法(宇宙食として2,500kcal、Ca:1,000mg/日と、ビタミンD:800IU/日含む)と運動療法(筋トレと有酸素運動を2時間、週6日)は共通とした。その結果、ビスフォスフォネート剤を予防的に服用すれば、骨吸収亢進・骨量減少・尿中Ca排泄は抑制され、宇宙飛行の骨量減少と尿路結石のリスクは軽減できることが確認された1)。宇宙で1日分の筋萎縮変化は高齢者の半年分 加齢に伴い、60歳以降では2%/年の筋萎縮が生じる。宇宙飛行では、背筋や下腿三頭筋などの抗重力筋が萎縮しやすく、約10日間の短期飛行で下腿三頭筋は1%/日筋肉は萎縮した。同氏は「宇宙で1日分の筋萎縮変化は、臥床2日分、高齢者の半年分に相当する。宇宙飛行士には、専属のトレーナーから飛行前から運動プログラムが処方され、飛行中も週6回、1日2時間、有酸素トレーニングと筋力トレーニングからなる軌道上運動プログラムを実施し、筋萎縮や体力低下のリスクを軽減している。」という2)。宇宙医学は究極の予防医学を実践 「宇宙飛行は加齢変化の加速モデル。予防的対策をきちんと実践すれば、骨量減少や筋萎縮のリスクは軽減できる」とコメント。「骨・筋肉・体内リズムなどは、宇宙飛行士と高齢者に共通する医学的課題であり、宇宙医学は地上の医学を活用して宇宙飛行の医学リスクを軽減している。宇宙医学の成果は、中高年者の健康増進の啓発に活用できる」と地上の医学と宇宙医学の相互性を強調した。「宇宙医学は、ガガーリン時代にサバイバル技術として始まったが、現在は究極の予防医学を実践している。地上の一般市民に対しては、病気を俯瞰して理解し、予防対策の重要性の啓発に利用できる」と締めくくった。

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慢性炎症性脱髄性多発ニューロパチー〔CIDP:chronic inflammatory demyelinating polyneuropathy〕

1 疾患概要■ 概念・定義慢性炎症性脱髄性多発ニューロパチー(chronic inflammatory demyelinating polyneuropathy: CIDP)は、2ヵ月以上にわたる進行性、または再発性の経過を呈し、運動感覚障害を特徴とする免疫介在性の末梢神経疾患(ニューロパチー)である。診断は、主に臨床所見と電気生理所見に基づいて行われ、これまでにいくつかの診断基準が提唱されている。とくに有名なものとして、“American Academy of Neurology(AAN)”の診断基準と“European Federation of Neurological Societies/Peripheral Nerve Society(EFNS/PNS)”の診断基準の2つがあり、現在はEFNS/PNSの診断基準が頻用されている。■ 疫学わが国におけるCIDPの有病率と発症率は、EFNS/PNSの診断基準より以前に作成されたAANの診断基準を採用した調査によると、それぞれ10万人当たり1.61人と0.48人であった。AANの診断基準は、現在頻用されているEFNS/PNSの診断基準と比較すると、より厳格で感度が低いことから、実際の患者数はさらに多いと考えられる。■ 病因自己免疫性の機序が推測されているが、後述するように多様な病型が存在し、複数の病態が関与していると考えられており、詳細は明らかになっていない。病理学的にはマクロファージが、末梢神経系の髄鞘を貪食することによって生じる脱髄像が本疾患の特徴であり、髄鞘の障害が神経の伝導障害を引き起こすと考えられてきた(図1)1)。近年、CIDP患者の1割程度で、傍絞輪部の髄鞘終末ループと軸索を接着させる機能を持つneurofascin 155とcontactin 1に対する抗体が陽性となることが明らかになった。これらの抗体陽性例では、マクロファージによる髄鞘の貪食像がみられず、抗体の沈着によって傍絞輪部における髄鞘の終末ループと軸索の接着不全が生じることが明らかにされている(図2)2)。一方、古典的なマクロファージによる脱髄と関連した自己抗体はいまだ明らかになっていない。画像を拡大する髄鞘を囲む基底膜(矢頭)内に入り込んだマクロファージ(M印)の突起(矢印)が髄鞘を破壊している。有髄線維の軸索を★印で示す。腓腹神経生検電顕縦断像。酢酸ウラン・クエン酸鉛染色。Scale bar=1μm。画像を拡大する髄鞘の終末ループと軸索の間隙を矢印で、有髄線維の軸索を★印で示す。腓腹神経生検電顕横断像。酢酸ウラン・クエン酸鉛染色。Scale bar=0.3μm。■ 症状現在頻用されているEFNS/PNS診断基準では、2ヵ月以上にわたる慢性進行、階段状増悪、あるいは再発型の経過を呈し、四肢対称でびまん性の筋力低下と感覚異常を来すものを典型的CIDP(typical)と定義している。典型的CIDPでは感覚障害よりも運動障害が目立つ場合が多く、自律神経症候は通常みられない。感覚障害に関しては、四肢のしびれ感を自覚する場合が多いが、痛みを訴えることは少ない。CIDPに類似した症状を有する患者で痛みを訴える場合は、リンパ腫やPOEMS症候群や家族性アミロイドポリニューロパチーなどの他疾患の可能性を考慮して、精査を進める必要がある。また、次に述べるような左右非対称や遠位部優位の障害分布を呈するCIDP患者も存在する。■ 分類EFNS/PNS診断基準では、先に述べたようなtypical CIDPのほかに、非典型的CIDP(atypical CIDP)として、遠位優位型(distal acquired demyelinating symmetric:DADS)、非対称型(multifocal acquired demyelinating sensory and motor neuropathy:MADSAM)、局所型、純粋運動型、および純粋感覚型の5種類の亜型を挙げている。近年報告されるようになった抗neurofascin 155抗体と抗contactin 1抗体陽性の患者は、typical CIDPかDADSの病型を呈するが、経静脈的免疫グロブリン(intravenous immunoglobulin:IVIg)療法に対して抵抗性であり、感覚性運動失調や振戦が高率にみられるなどの特徴を有し、従来型のCIDPとは異なる一群と考えられるようになってきている。■ 予後多くの患者は免疫治療によって症状の改善がみられるが、再発性の経過をとることが多く、症状が持続することによって軸索障害も生じると考えられている。軸索障害が目立つ患者では、筋萎縮がみられるようになり、免疫治療への反応性が不良であることが知られている。また、治療抵抗性で重度の機能障害に陥ることもあり、なかには呼吸障害や感染症により死亡することもある。一方、短期間の治療で長期間の寛解が得られたり、自然寛解もみられることが知られており、CIDPの予後は多様である。2 診断 (検査・鑑別診断も含む)先に述べたtypical CIDP、DADS、MADSAM、局所型、純粋運動型、純粋感覚型といった臨床病型に照らし合わせながら、神経伝導検査、脳脊髄液検査、MRIなどの所見を併せて総合的に診断する。EFNS/PNS診断基準では、神経伝導検査所見に基づいた電気診断基準が定められており、伝導速度の遅延、終末潜時の延長、伝導ブロック、時間的分散、F波の異常など、末梢神経の脱髄を示唆する所見を見いだすことが重要である。脳脊髄液検査では、細胞数の増多を伴わない蛋白の上昇、いわゆる蛋白細胞解離がみられる。典型例の神経生検では節性脱髄、再髄鞘化、オニオンバルブなどの脱髄を示唆する所見と神経内鞘の浮腫がみられることがある。3 治療 (治験中・研究中のものも含む)CIDP患者に対する第1選択の治療としてはIVIg療法、副腎皮質ステロイド薬、血漿浄化療法があり、効果は同等といわれている。IVIg療法は効果の発現が早く、簡便に施行できることから、最初の治療として選択されることが多いが、一定の割合で無効例が存在することと、再発を繰り返す患者も多いことを念頭に置く必要がある。IVIg療法は、1回目に明らかな効果がみられない場合でも、2回目の投与で有効性を示す場合もあることから、無効と判断するには2回までの投与は試みる価値があるとされている。抗neurofascin 155抗体や抗contactin 1抗体陽性の患者は、IVIg療法に対する反応性が乏しい場合が多い反面、副腎皮質ステロイド薬や血漿浄化療法は有効とされている。これらの抗体の主な免疫グロブリンサブクラスはIgG4であり、免疫吸着療法はIgG4を吸着しにくいことを考慮に入れる必要がある。4 今後の展望先に述べたとおりIVIg療法は、効果発現が早く簡便に施行できることから臨床の現場で頻用されているが、再発を生じることが多く、再発の度に繰り返しのIVIg療法を必要とすることも多い。IVIg療法で再発を繰り返す場合には、副腎皮質ステロイド薬や免疫抑制薬の併用や血漿浄化療法への切り替えやIVIgの追加という選択肢もあるが、再発前にIVIgを定期的に投与する方法、すなわち維持療法の有用性も報告されており、わが国でも承認された。IVIgによる維持療法は疾患の増悪を未然に防ぎ、軸索障害の進行も抑制すると考えられることから、今後広く用いられるようになることが予想される。また、2019年3月に効能が追加され使用できるようになったハイゼントラ皮下注のように高濃度の免疫グロブリン製剤の皮下投与も、CIDPに対して有効であることが示されており、近い将来、治療の選択肢の1つとなることが予想される。5 主たる診療科脳神経内科※ 医療機関によって診療科目の区分は異なることがあります。6 参考になるサイト(公的助成情報、患者会情報など)診療、研究に関する情報難病情報センター 慢性炎症性脱髄性多発神経炎/多巣性運動ニューロパチー(一般利用者向けと医療従事者向けのまとまった情報)患者会情報全国CIDPサポートグループ(患者とその家族および支援者の会)1)Koike H, et al. Neurology. 2018;91:1051-1060.2)Koike H, et al. J Neurol Neurosurg Psychiatry. 2017;88:465-473.公開履歴初回2019年5月28日

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第8回 腹部の痛み【エキスパートが教える痛み診療のコツ】

第8回 腹部の痛み腹痛の愁訴は外来診療ではよく見られ、誰もが経験する痛みでもあります。治療の必要性がないケースも多いのですが、急性的な痛みや重症度の高い痛みは、重篤な腹部疾患を疑わなければならないこともあり得るので、十分注意する必要があります。なかには生命を脅かすケースもあり、迅速な診断と外科的な処置が必要となることもあります。今回は、この腹部の痛みを取り上げたいと思います。腹痛の発生源は3分類で考える腹部の痛みの発生源は、大きく分けて内臓痛、体性痛、関連痛に分類されます。1)内臓痛自律神経を主とした腹部臓器に由来する痛みですので、そのものの局在性は不明確です。また、その特徴は鈍い、しくしくした、不快な痛みです。時に疝痛(せんつう)と呼ばれる非常に痛い思いをすることもあります。胃腸など管腔臓器では、内腔壁の痛み受容器が伸展拡張に対して過敏であるためです。腸管閉塞による疝痛がこれに当たります。しかも、内腔壁に炎症や充血などが生じていれば、ほんのわずかな刺激によっても激痛として感じることになります。2)体性痛壁側腹膜に刺激を受けると突き刺すような鋭い痛みを感じます。これはAδ神経線維を主体とする、体性神経が刺激されるためです。感染などによって惹起される炎症刺激に反応します。痛みの程度は内臓痛よりも強く、持続性です。したがって、鋭い痛みで局在性が明確です。そのため、疼痛部位は病変臓器あたりに限局していますし、非対称的な痛みになります。3)関連痛内臓痛そのものの局在性は不明確ですが、同じ脊髄節支配の皮膚に投射されて痛みを感じる「関連痛」が存在します。この関連痛は、痛みの部位が明確です。図に、内臓の知覚支配と関連痛の現れる部位を示します。この関連痛の投射部位である皮膚におきましては、疼痛過敏や異常知覚を伴なったり、筋肉の緊張、自律神経の異常興奮が見られることもあります。画像を拡大する腹痛の部位と鑑別診断については、表に示しております。それぞれの疾患が疑われれば、それに対応する検査、身体所見を詳細にとり対応します。必要があれば、専門診療科に委ねることも大切です。画像を拡大する次回は腰痛について述べます。1)花岡一雄ほか監修. 痛みマネジメントupdate 日本医師会雑誌. 2014;143: 142-1432)山村秀夫ほか編集 痛みを診断する 有斐閣選書1984;143:20-38

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