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北川 一夫 氏東京女子医科大学医学部神経内科学はじめにスタチンは、脂質低下作用以外に多面的作用を有し、脂質低下と抗炎症作用をはじめとしたさまざまな機序により心血管疾患発症予防に寄与していると考えられている。本稿では、最初に脳卒中と血清脂質の疫学的な関連について解説したうえで、スタチンの脳卒中予防効果に関する臨床研究を概説し、最後に本件に関する著者の意見を述べてみたい。脳卒中発症と脂質との関係 ―臨床疫学的検討―脳卒中と脂質の関連は“cholesterol paradox”といわれるほど複雑である1)。疫学的に明確なのは、低コレステロール血症が脳出血のリスクとなる点である2)。臨床疫学研究のメタ解析でもコレステロールが低下すると脳出血リスクが高まることが報告されている。ちょうど30年以上前の日本人の食生活では、蛋白質、脂質の摂取量が少なく低栄養状態であり、かつ塩分摂取が多いため、高血圧とともに低コレステロール血症が脳出血リスクを増大していたと考えられる。近年の茨城県の一般住民を対象としたコホート研究でも、LDLコレステロールが80mg/dL未満の群では脳出血リスクが高いことが報告されている(本誌p.45図1を参照)3)。一方、脳梗塞と血清脂質との関連は明確でない。脳梗塞には、アテローム硬化を基盤として発症するアテローム血栓性脳梗塞、脳細動脈の閉塞が原因のラクナ梗塞以外に、脂質との関連が少ないと考えられる心原性脳塞栓症が含まれ、久山町研究では血清脂質とアテローム血栓性脳梗塞、ラクナ梗塞との関連が示されている(本誌p.45図1を参照)4)。しかし脳梗塞の各病型を含めた解析では、LDLコレステロールで160mg/dL、総コレステロールで260mg/dLまでの軽度から中等度の脂質異常が脳梗塞のリスクとなるかどうかについては明確となっていない。心筋梗塞と血清脂質の関連が各年代でこれら脂質レベルでも明確なのと対照的である5)。また近年、脳梗塞を発症した患者ではむしろ血清脂質レベルが軽度上昇しているほうが、機能予後がよいことが報告されている6)。血清脂質レベルが低下している症例では、全身栄養状態が低下していることが多く、血清脂質レベル低値そのものあるいは、そのことに反映される栄養状態不良のどちらが、脳出血リスクや脳卒中発症後の予後不良に寄与しているのかは明らかとなっていない。スタチンの脳卒中予防効果脳卒中と血清脂質レベルの関連が疫学的に不明瞭であるのと対照的に、スタチンが脳卒中発症予防効果を示すことは多くの臨床試験から示されている。もともと冠動脈疾患の発症、再発予防を目的としたスタチンの介入試験で、副次エンドポイントとして評価されていた脳卒中が20%程度発症抑制されていた7)。特に冠動脈疾患既往を有する患者での臨床試験では一貫して脳卒中発症が抑制されていた。一方、血管疾患の既往を有さない患者を対象としたプラバスタチンの冠動脈疾患の初発予防効果を検証したMEGA研究では、プラバスタチン投与群で脳梗塞発症が低下する傾向がみられたが有意な差に至らなかった8)。海外では血管疾患の既往を有さないが血液高感度CRP濃度が軽度上昇した患者を対象としたJUPITER試験が実施され、ロスバスタチン投与により血清LDLコレステロール値とともに高感度CRP濃度も低下し、心筋梗塞および脳卒中発症が50%近く抑制されていた9)。このように多くの試験でスタチンの脳卒中予防効果が示されているが、発症抑制された脳卒中病型は脳梗塞であった。またスタチンの脂質低下レベルと脳卒中抑制効果には直線的な関係があり、治療開始時の脂質レベルによらず、スタチンを投与してLDLコレステロールが低下するほど脳卒中発症抑制効果が高いことが報告されている7)。一方、脳卒中既往患者を対象とした臨床試験としてSPARCL研究が発表されている。脳卒中または一過性脳虚血発作症例を対象としてアトルバスタチン80mg/日またはプラセボを投与して脳卒中再発を主要エンドポイントとした試験であるが、アトルバスタチン投与群で脳卒中再発が16%抑制され、特に脳梗塞再発が20%抑制されることが明らかとなった(本誌p.46図2を参照)10)。アトルバスタチン投与によりLDLコレステロールが十分に低下した場合に脳卒中、心筋梗塞発症が有意に抑制されていた。脳梗塞病型別の検討ではアテローム血栓性脳梗塞、内頸動脈狭窄を有する症例では、スタチン投与により脳卒中再発とともに心筋梗塞発症が抑制されることが明らかとされた11)。日本では常用量のスタチンであるプラバスタチンを用いた非心原性脳梗塞患者の再発予防効果を検証するJ-STARS試験が終了しており、その結果発表が待たれている12)。SPARCL研究では、脳卒中および脳梗塞再発は有意に抑制したが、アトルバスタチン投与群で脳出血が1.68倍増加したため、スタチンの脳出血リスクが危惧された。SPARCL試験のサブ解析では、脳出血のリスクとなる因子として、脳出血の既往、男性、高血圧が抽出されたが、LDLコレステロール値と脳出血との間には関連がみられず、LDLコレステロール値が50mg/dL未満の群でも脳出血リスクが高まる傾向はみられなかった13)。またスタチンを用いた臨床試験の大規模なメタ解析も行われ、スタチン投与と脳出血リスクとの間には関連がないことが報告されている14)。ただSPARCL研究のサブ解析では、脳梗塞のなかでも脳内小血管の疾患であるラクナ梗塞ではスタチン投与群で脳出血リスクが有意に高まっており、基盤に脳小血管病(脳出血、ラクナ梗塞)を有する患者では、スタチン投与に際して脳出血リスクを念頭におく必要があると考えられる。脳卒中再発予防にスタチンを使用すべきか?前述の内容をもとに、脳卒中再発予防におけるスタチンの意義について考察する。まず脳卒中のなかでも出血性脳卒中―脳出血、くも膜下出血―では脂質異常の関与は少ないため、脂質管理は動脈硬化疾患ガイドラインに沿ってLDLコレステロールが140mg/dL未満であれば、スタチンの投与は必要ないと考えられる。脳梗塞では、病型ごとにスタチンの投与を考えるべきであり、アテローム血栓性脳梗塞およびラクナ梗塞では、スタチンは脳卒中、特に脳梗塞再発抑制効果が期待できるため積極的に投与すべきと考えられる。一方動脈硬化疾患ガイドラインでは、これら脳梗塞病型ではLDLコレステロールを120mg/dL未満に管理することが推奨されているが、スタチンには血管炎症抑制効果15)があるため、LDLコレステロールの値にかかわらず投与したほうがよいという考えもあり、筆者も同意見に賛成である。内頸動脈狭窄や脳主幹動脈病変を有する場合は積極的なスタチン投与の適応と考えられ、脳卒中再発のみならず冠動脈疾患発症抑制効果も期待できる。一方、SPARCL研究で危惧されたスタチンの脳出血リスクについては、脳血管事故の既往のない症例ではメタ解析の結果から心配する必要はないと思われる。しかし脳卒中既往症例については、SPARCL試験の成績を念頭におく必要があろう。すなわち脳出血、ラクナ梗塞など脳小血管病の既往のある症例では、スタチン投与により脳出血リスクが高まる可能性が示唆されており、ラクナ梗塞でのスタチン投与に際しては、血圧管理を厳格に行うべきと考えられる。MRI検査の発達により、無症候性脳小血管病として脳微小出血(図)が検出されるようになり16)、脳微小出血が観察される症例についてもスタチンを投与する際には血圧管理を特に厳格にすべきであろう。脳梗塞既往患者ではほとんどの症例が抗血栓薬を内服しており、抗血栓薬、スタチンを併用しているラクナ梗塞患者では、収縮期血圧130mmHg未満をめざした管理が望ましいと考えられる。図 脳微小出血(脳MRI T2*画像)a. 健常者に観察される皮質下微小出血 (→で示す)画像を拡大するb. 遺伝性脳小血管病患者で観察される 多数の微小出血(→で示す)画像を拡大する脳卒中再発予防にスタチン以外の脂質低下手段は有効か?スタチン以外の脂質低下薬については、フィブラート、ナイアシンでは脳卒中発症予防に有効とのエビデンスは示されていない17)。近年、次々と新規薬剤が開発されているが、これらの薬剤について脳卒中予防効果は検討されていない。日本で脂質異常を有する患者にエイコサペンタエン酸(EPA)を常用量のスタチンに追加投与したJELIS試験が実施された。脳卒中発症に関しては全症例ではEPA投与の有用性は示されなかったが、卒中既往症例に限った解析ではEPAにより脳卒中再発が抑制されることが示されている18)。しかしpost hoc解析であり、脳卒中発症から登録までの期間も明らかでないため、強いエビデンスを示すには至っていない。おわりに表題の脳卒中再発予防にスタチンは有効か、という問いかけに対しては、出血性脳卒中、心原性脳塞栓症では有効性は低く、非心原性脳梗塞であるアテローム血栓性脳梗塞、ラクナ梗塞では有効であるというのが現時点のコンセンサスであろう。なかでも内頸動脈狭窄、頭蓋内動脈閉塞・狭窄を伴いアテローム硬化の強い症例では、脂質レベルに関わりなくスタチンは積極的に投与すべきであろう。一方、ラクナ梗塞既往があり脳MRIで微小出血を有する症例ではスタチン投与の有効性は十分期待できるが、脳出血リスク低減のため血圧管理を厳格にした上でスタチンを使用すべきであるというのが著者の考えである。文献1)Amarenco P Steg PG. 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