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第32回 精神科領域の巡回看視義務の範囲は?

■今回のテーマのポイント1.精神科疾患で1番訴訟が多いのは統合失調症、次いでうつ病であり、ともに約1/3を占めている2.統合失調症に関する訴訟では、巡回・看視義務が主として争われている3.統合失調に関する訴訟は、器質的疾患に関する訴訟と比し、原告勝訴率が低いことが特徴である■事件のサマリ原告患者Xの遺族被告Y病院争点不当拘束、診療の不措置、注意義務違反などによる死亡の損害賠償責任結果原告敗訴事件の概要36歳女性(X)。平成7年5月頃より、幻聴、独語、空笑などが出現したため、Y病院に入院し、以後も、情動不安定で興奮状態になることがあり、平成13年までの間に計6回入院して治療を受けていました。平成15年10月14日、被告病院を受診した際、急に暴れだして錯乱状態に陥ったことから、医療保護入院となり、保護室において身体拘束を実施されて治療を受けることとなりました。Xは点滴加療を受けていたものの、状態は不安定で、興奮も見られたことから、Xに対する身体拘束は継続されていました。身体拘束中、Xに対しては、看護師による約30分おきの巡回が行われていました。同月26日午前1時30分ころに行われた巡回時には、特に異常は認められなかったのですが、午前1時52分ころに看護師が巡回した際、Xは心肺停止の状態で発見されました。直ちに蘇生措置がとられ、救急病院への転送がなされましたが、結局、1度も心拍が再開することなく、午前2時55分に死亡が確認されました。これに対しXの遺族は、不必要な身体拘束をしたこと、肺動脈血栓塞栓症に対する予防措置をとるべきであったこと、および、巡回観察義務違反などを理由にY病院に対し、8,425万円の損害賠償請求をしました。事件の判決「約30分おきに臨床的観察等を実施すべき義務の違反」について原告らは、被告病院の担当医師又は担当看護師において、Xに対し、約30分おきに臨床的観察等をすべき義務があったのに、これを怠り、25日午後8時ころのA医師による回診以降、臨床的観察を実施しなかった旨主張する。しかし、上記認定事実によれば、本件において、上記回診以降も約30分おきに臨床的観察は実施され、26日の午前0時30分ころ、午前1時ころ及び午前1時30分ころの観察では異常は発見されず、午前1時52分ころの観察で異常が発見されたと認められるから、約30分おきの臨床的観察が法的に義務づけられるとしても、被告病院の担当の医師又は看護師においてその義務に違反したとはいえない。なお、Xは呼吸停止状態で発見されたこと、別紙知見によれば、呼吸停止後に人工呼吸を開始した時間が2分後だと約90パーセントの救命率があるが、3分後だと75パーセント、5分後だと25パーセント、8分後にはほとんどゼロとなるとされていることを踏まえると、本件において30分おきの観察によってXの異常を救命可能な段階で発見できたと認めるに足りる証拠はないというべきであり、そうすると、30分おきの観察とXの救命との間に相当因果関係を認めることはできない。(*判決文中、下線は筆者による加筆)(東京地判平成18年8月31日)ポイント解説■精神科疾患の訴訟の現状今回は精神科疾患です。精神科疾患で最も訴訟が多いのは、統合失調症、次いでうつ病となっており、2疾患ともに約1/3を占めています。また、その後は境界性人格障害、アルコール依存症などと続いています(表1)。画像を拡大する精神科疾患に関する訴訟の特徴として、患者が疾患により希死念慮や自殺企図を抱き、その結果、入院・外来治療中に自殺したといったケースが多く見られること、そして、平均年齢が若いことから請求額および認容額が高額となることが挙げられます。その一方で、被害妄想や好訴妄想といった疾患自身の症状から訴訟に到ることがあるため、代理人を介さない本人訴訟の割合が高く、その結果、原告勝訴率が低くなっています(表2)。画像を拡大する■統合失調症に関する訴訟統合失調症に関する訴訟において最も多く争点となるのは、巡回・看視義務であり、次いで、薬剤の説明義務、救命措置、救急搬送と続いています(表3)。統合失調症に関する訴訟では、その多くで入院患者が自殺ないし突然死したことを受けて生じているため、これらの争点が多くなっているのです。画像を拡大するしかし、巡回監視義務違反が争われた11事例中、義務違反が認められた事例は3件ありますが、平成14年以降は、1度も巡回看視義務違反は認められていません。それは、そもそも本判決において示されているように、いくら定期的に巡回看視を行ったとしても、それによって自殺や突然死を回避することができないためです。巡回看視義務が争われる類型の1つに「転倒、転落」がありますが、転倒、転落に関する判決においても、「過失があると認められるためには、過失として主張される行為を怠らねば結果を回避することができた可能性(結果回避可能性)が認められることが必要であるところ、転倒はその性質上突発的に発生するものであり、転倒のおそれのある者に常時付き添う以外にこれを防ぐことはできないことからすると、被控訴人の動静を把握できないという上記職員らの行為がなければ本件事故を回避できたものと認めることはできない。(中略)…よって、職員らに、被控訴人の動静の把握を怠ったことを内容とする過失があったということはできない」(福岡高判平成24年12月18日)と本判決と同様の論理構成によって棄却する判断がなされています。裁判例のリンク次のサイトでさらに詳しい裁判の内容がご覧いただけます。(出現順)東京地判平成18年8月31日福岡高判平成24年12月18日:この判例については、最高裁のサイトでまだ公開されておりません。

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酔いがさめたら、うちに帰ろう。(後編)【アルコール依存症

今回のキーワード進化医学報酬系(ドパミン)問題飲酒(プレアルコホリズム)否認共依存心の居場所毒をもって毒を制すどうすればアルコール依存症は良いの?―治療の3つのポイント―これまで、「なぜアルコール依存症になるの?」「なぜアルコール依存症は『ある』の?」という疑問を解き明かしてきました。アルコール依存症は、単にアルコールだけの問題(嗜好の依存症)ではなく、アルコール摂取に至るその人の行動パターンの問題(行動の依存症)でもあり、さらにはその行動パターンを支えてしまう周りとの人間関係の問題(人間関係の依存症)でもあることが分かりました。それでは、この点を踏まえて、どうすればアルコール依存症は良いのでしょうか? ここから、安行の状況に照らし合わせながら、アルコールのコントロール、行動のコントロール、人間関係のコントロールの3つの要素に分けて整理してみましょう。 1)アルコールをコントロールする(1)生涯の断酒安行は、断酒中に「たかがビールだもんな」「大丈夫だよ、これ(1本)くらい」とつい飲んでしまいますが、飲酒が止まらなくなり、最終的には公園で泥酔しています。ここから分かることは、アルコールをコントロールするために必要なのは生涯の断酒です。飲酒量を制限する節酒や期間をもうける期限付きの断酒は無効です。よく聞く断酒の失敗は、アルコール依存症の人が数年間断酒を続けていて、あるお葬式でお酒を勧められた時、一杯だけと思って飲んだら、その後に飲酒が止まらなくなって、元通りになったという話です。これは、脳がアルコールの味(依存物質)をずっと覚えているからです。ちょうどしばらく禁煙してからまた喫煙しても、すぐに元の本数に戻るのと同じです。これは脳がニコチンの「味」をずっと覚えているからです。また、離れ離れになっていた親(愛着対象)と数年間ぶりに再開したら、かつての安心感や安全感がすぐに湧いてくる状態にも似ています。これは脳が一度固く結ばれた絆(愛着)の「味」を覚えているからです。つまり、断酒の基本は、「死ぬまで一滴も飲まない」ということです。(2)薬物療法―表3断酒の補助として、主に3つの種類の薬物療法があります。1つ目は、この映画でも登場する抗酒薬です。この薬は、あえてアルコールに弱い体質(ALDH欠損)になる薬です。つまり、この薬を飲んだ後に、アルコールを摂取すると、悪い二日酔いになります。そうして、飲酒が不快であることを体(脳)に新しく覚えさせて、飲酒行動を抑えるという荒治療です。そのため、この薬を飲もうとする患者に事前に忠告すべきなのは、この薬を飲んだ後に大量飲酒をした場合は、意識障害や劇症肝炎などの重篤な合併症を引き起こすリスクがあることです。2つ目は、睡眠薬や抗不安薬などのベンゾジアゼピン系薬剤です。この薬は、アルコールと同じようにベンゾジアゼピン受容体に作用するので、アルコールの代わりになる薬です。ちょうど、禁煙療法に対して処方されるニコチン代替薬(ニコチン受容体作動薬)と同じ原理です。ただし、ベンゾジアゼピン系薬剤は、アルコールと同じように、依存性があるので、用量用法を守るよう注意を促すことが必要です。3つ目は、2013年から新薬として注目されている抗渇望薬です。この薬は、アルコールによって過剰になった興奮系神経伝達物質のグルタミン酸を抑制します。つまり、お酒を欲しがる気持ち(渇望)を減らし、飲酒そのものを防ぐものです。ただし、効果は限定的のようで、あくまで補助薬であり特効薬ではありません。表3 アルコール依存症の薬物療法 抗酒剤(抗酒薬)抗不安薬、睡眠薬(ベンゾジアゼピン系薬剤)抗渇望薬例ノックビン(ジスルフィラム)シアナマイド(シアナミド)セルシン(ジアゼパム)ベンザリン(ニトラゼパム)レグテクト(アカンプロサート)特徴飲酒行動の抑制アルコールの代替薬飲酒欲求の抑制2)行動をコントロールする(1)認知行動療法安行は、入院して「やっちゃったよ。父さんの真似なんかしたくないのに」「どうしてこうなるんだろう」と自分に問いかけます。健康とお金と人間関係が「底」を突いた瞬間です。これは、「底突き体験」と呼ばれます。依存症の人は、失業、借金、離婚、大病などのどん底を味わうことで、もう頼るものや当てにするものがない現実をようやく思い知るのです。その時、「まだ大丈夫」(否認)ではなく「もう大丈夫じゃない」「何とかしなければ」という考えに至るのです(障害受容)。それを促すように、主治医から「そこまでお酒を飲み続けるようになった理由、自分で言えますか?」「良かったら、あなたの生い立ちを聞かせてきただけますか?」と聞かれます。「いろいろ反省しています」と良い子ぶると、「良い傾向ですね」「で、何、反省してるのかな?」と鋭く突っ込みます。退院間近には、それぞれの患者が、アルコール依存症になった自分の体験発表をしています。このように、自分を振り返ることで、飲酒に至る自分の行動パターンや人間関係のパターンについて、整理して、原因を探ります。そして、生涯の断酒を貫くための別の行動パターンや人間関係のパターンを身に付けていくことができるようになります(認知行動療法)。また昨今の新しい取り組みとして、動機付け面接法があります。これは、「変わるとしたらどうなりますか?」「そのメリットは?」「その経費(コスト)は?」などの質問を通して、変化についての話(チェンジ・トーク)をして、その意識や動機付けを高める技法です。否認や抵抗の根強い人に特に有効であることが分かっています。(2)行動療法病棟で、ある患者が「(禁止されている電話をかけるために)貸してくれよ、20円」と興奮して訴えると、看護師は「貸し借りはだめなの、決まりだから」と諭します。由紀と子どもたちが安行のお見舞いに病院へ訪れた時、「喫煙所内(面接室)に食べ物を持ち込まないこと」という張り紙を気にせずに、差し入れのお弁当を広げていました。それに気付いた看護師が「あれはまずいですよね」と注意しようとします。このように、行動のコントロールの基本は、「ちょっとだけ」ではなく「だめなものはだめ」という一貫した行動の枠組みを作ることです(行動療法)。それは、規則正しい食事や睡眠、規律正しい運動や人間関係など生活の全般に及びます。さらには、飲酒に至る行動パターンを徹底的に避けることです。安行は、アルコール成分が入った一口の奈良漬けから、最終的には連続飲酒に至りました。奈良漬けや洋菓子など少しでもアルコール成分があるものは引き金になるのでだめです。また、ノンアルコールビールも、味を思い出して(条件反射)、本物が飲みたくなりますので、だめです。さらには、例えばギョーザなどお酒のつまみとしていつもセットにしていたものも、お酒を連想させるので(条件反射)、だめです。疲れていらいらしている生活も、お酒で忘れたいと思いやすくなるのでだめです。つまり、できる限り、アルコールから遠ざかる生き方をするということです。断酒の基本は、「死ぬまで一滴も飲まないし、近付かない」ということです。 3)人間関係をコントロールする(1)集団療法病棟では、入院患者たちが自治会をつくり、自治会長をトップとして、食事係や書記係などの役職に就いています。1つの小さな社会です。そのメンバーの1人が、食事係として独りよがりなやり方をしてしまいます。すると、自治会長はそのメンバーに一方的にクビを言い渡たします。そのメンバーはそれに腹を立て、何でも箱(投書箱)に「会長がクビにした。プライドが傷付いた。責任とれ」という投書を入れ、看護師が立ち合う自治会ミーティングの議題に上げます。しかし、最終的には言い争いになり、挑発した安行は殴られてしまいます。このように、依存症の人は、安定した人間関係を築くのがうまくはなく、周りに依存的になるだけでなく、すぐにケンカ沙汰にもなりがちです。そんな人たちが集まって共同生活をする自治会は、まさに人間関係を学ぶ打ってつけの場になります(ソーシャルスキルトレーニング、SST)。その理由は3つあります。まず1つ目は、相手が健常者だと気を回すためトラブルが回避されがちですが、トラブルメーカー同士だとぶつかり合って、お互いのだめな部分が浮き彫りになりやすくなるからです。安行を殴ったメンバーは、周りから除け者にされ、懲りてしおらしくなっています(集団力動)。2つ目は、他のメンバーのダメなところを見ることで、自分のだめなところに気付きやすくなるからです。入院したばかりの患者が、看護師ともめている様子を見て、退院間近の患者たちが、かつての自分を見るようにニヤニヤしています。3つ目は、健常者や権威者(医師や看護師)よりも、自分と同じ境遇の人からの意見は受け入れやすいからです。安行も他の人の体験発表を聞いて、感銘を受けます。まさに、「中毒者」には「中毒者」が相手をする、「毒をもって毒を制す」ということです。また、入院の最終段階や退院後は、自助グループ(AA)に定期的に通所することが勧められます。最初は週2、3回のペースです。そこでの原則は「言いっぱなし、聞きっぱなし」です。これは、何を言っても受け入れ合うことで、お互いが支え合う仲間として「心の居場所」の役割を果たします。彼らは、寂しがり屋の傾向から独りではアルコールを止め続けることが難しいのです。しかし、自助グループで、自分が大切にされている、自分が必要とされているという感覚が得られることで、断酒を継続する大きなモチベーションになるのです。同時に、自助グループやの通所と医療機関への通院を定期的に行うことで、さきほど触れた行動の枠組みの強化にもつながります。さらに、数年以上断酒が継続できた人は、自助グループ関連のスタッフになることもあります。この意義は、アルコール依存症の治療の舞台裏に回ることで、自分自身にとってより治療的な意味合いを持つからです。(2)家族療法―表4安行は、最後に不幸にも末期がんを宣告され、余命が短いことを知ります。そして、ますます子どもたちといっしょにいたいと思うようになります。人生の期限を意識することも、先に触れた行動の枠組みの1つと言えます。そんな安行を見た由紀は、家族の一員として再び安行と同居することを許します。このように、本人が親となる家族(生殖家族)も、重要な「心の居場所」となります。注意したいのは、本人が子どもとなる家族(原家族)は、「心の居場所」として危ういということです。理由は2つあります。1つ目は、安行のように本人が親から「子ども扱い」されがちだからです。2つ目は、親は本人より先にいなくなるため、いつまでも「心の居場所」があるわけではないからです。また、本人が親となる家族でも、かつての由紀のようにパートナー(配偶者)が親のように世話を焼いて本人を「子ども扱い」している場合は危ういです。つまり、人間関係のコントロールのポイントは、本人が「子ども扱い」されない、つまり「大人扱い」されることです。そして、本人が誰かに支えられる側から誰かを支える側に回ることです。それは、特別な誰かのために生きることで、それが生きる原動力にもなります(アスピレーション)。これは、先ほど触れた自助グループのスタッフになることにも通じます。つまり、「心の居場所」とは、誰かに支えられるだけの「子ども扱い」される場でなく、誰かを支えるようにもなる「大人扱い」される場であるということです。本人を「大人扱い」できる機能的な家族(家族機能)とは、ほど良いまとまり具合(凝集性)、ほど良い母性と父性(家族役割)、ほど良い力関係の変化(世代交代)の3つが重要であると言われています。これらの知識や実践を学ぶために、医療機関が家族教室を開いたり、家族同士が集まり、家族会を開いたりしています(家族療法)。具体的に、家族が安行に対してすべきだった「大人扱い」を3つあげてみましょう。a. 周りが流されない―心理的な「大人扱い」1つ目は、問題飲酒(プレアルコホリズム)が続くなら、由紀はもっと早くに別居や離婚を言い渡すことです。これは、周りが流されないという心理的な「大人扱い」です。由紀は離婚するのが遅すぎました。由紀は、酔っ払って絡んでくる安行の相手を一生懸命にしています。由紀が我慢し過ぎた分、安行のアルコール依存症は進行してしまったと言えます。由紀は、おそらく「酒癖が悪いだけ」「酒を飲まなければ良い人」と言うでしょう。これは、アルコール依存症の人をお世話する家族が共通して言う言い回しです。しかし、これは、裏を返せば、酒を飲むなら「良い人」ではないわけですし、「酒癖が悪い」ことを知っていて酒を飲むなら、これまた「良い人」とは言えません。家族は、酔いが醒めた後の本人の平謝りに毎回流され、心理的距離を失っています。家族がすべきことは、絡み酒は無視する、暴力から逃げる、しらふの時の話し合い、暴言、暴力、近所迷惑などの問題が繰り返される場合に別居や離婚などの限界設定をすることです。そのタイミングは、友人や医療機関に相談しても良いでしょう。逆に、家族がすべきでないことは、おだて、説教、絡み酒の相手、暴力に立ち向かうなどです。つまり、問題行動は本人に任せて責任を取らせるのが基本です。 b. 周りが助けすぎない―経済的な「大人扱い」2つ目は、母親はアルコール依存症の安行を実家に引き取らないことです。これは、周りが助けすぎないという経済的な「大人扱い」です。安行の母親は、彼の離婚後に、彼を実家に引き取りました。こうして、彼は、働かなくても、衣食住が確保され、おまけに酒代までも確保されています。見方を変えれば、彼は母親に実家で飼い馴らされているとも言えます。これは、昨今に社会問題となっているひきこもりの問題に通じるものがあります。安行の母親は「かわいそう」「放っとけない」と言うでしょう。これも、アルコール依存症の人をお世話する家族が共通して言う言い回しです。しかし、この言い回しは、言い換えれば、「いつでも助けるわよ」という意味にもなります。もちろん、困った時に親が助けてくれるのはセーフティネットとしてはありがたいのですが、それはいざという時に限定されるべきです。安行の母親は助けすぎていて、心理的距離を失っています。家族がすべきことは、基本的には親と世帯分離をして生活が維持できる定期的な最低限の金銭援助の限界設定をする、金銭管理や生活維持などは本人に任せることです。その金額は、親の懐事情によりますが、生活保護の受給金レベルの生きるために最低限であることが望ましいです。なぜなら、お金が余分にあると、それだけ経済的な自立への動機付けが低まるからです。逆に、家族がすべきでないことは、実家暮らしの受け入れ、本人の要望に沿った金銭援助、借金の肩代わり、飲酒によるトラブルの尻拭いなどです。飲酒によるツケは本人が自分で支払うということを学ぶ必要があります。その人の先々のためを思えば、助けられる限度を先に示し、それ以上は「助けない」「何もしない」のも優しさです。つまり、生活設計は本人に任せて責任をとらせるということです。 c. 周りが手なずけない―身体的な「大人扱い」3つ目は、飲酒による体調不良に対して看病しないことです。これは、周りが手なずけないという身体的な「大人扱い」です。安行の母親も由紀も、安行の体調不良のたびに駆け付けています。そして、酔ってだらしない本人の身の周りのお世話をしすぎています。由紀も安行の母親も「何とかしなきゃ」と思っているでしょう。これも、アルコール依存症の人をお世話する家族が共通して言う言い回しです。もちろん、死にそうな時に救急車を呼ぶなどは必要なことですが、その後に付きっ切りで看病したり、手とり足とりお世話をしないことです。なぜなら、周りがやってあげすぎると本人は困らないので、状況が深刻だと気付かず、「まだ大丈夫」「何とかなる」「誰かが何とかしてくれる」との否認や依存の心理をますます強めてしまうからです。さらには、家族の「何とかしなきゃ」という支援の心理は、やがて「私が何とかしていれば本人も何とかなる」という支配の心理にすり替わっていきます。家族が、何事もなかったように取り繕い、本人の人生をコントロールしている感覚を味わおうとするのです。こうして、本人が「底突き」を味わうのが遅れてしまい、アルコール依存症を進めてしまうのです。特に安行の母親は、安行を手なずけようとして、心理的距離を失っています。家族がすべきことは、断酒をした方が良いと助言はしつつも最終的に飲酒するかは決めるのは本人に任せること、飲酒による体調不良への対応は最低限に止めることです。逆に、家族がすべきでないことは、付きっきりの看病、酒を隠す、欠勤の連絡、家族以外の周りへの取り繕いなど本人の自立を損ねるかかわり方です。ラストシーンで、由紀は「それ(原因)が分かったとしても誰に(飲酒を)止められたでしょうねえ」と言います。母親は「けっきょく私は何の役にも(立たなかった)」と言い、由紀は「同じです、私も」と同意します。家族は最終的に、自分たちではコントロールできないことに気付くのです。コントロールできる、つまりお酒を止められるのは本人だけということです。かかわり方のコツとして、家族は、相手をしているのは、自分の子ども(夫)でなく、お隣のお子さん(夫)であるというイメージを持つことです。子ども(夫)だと思うと心理的距離を失いがちですが、お隣のお子さん(夫)だと思えば、親切に接しつつもやり過ぎは良くないという視点が働くでしょう。つまり、良かれ悪かれ本人の生き方を尊重して、生活習慣などの健康維持は本人に任せて責任をとらせるということです。表4 アルコール依存症への周りのかかわり方 心理経済身体望ましくない流されやすい助けすぎる手なずけたがる例、おだてる、説教、絡み酒の相手、暴力への対抗例、実家暮らし、本人の要望に沿った金銭援助、借金の肩代わり、飲酒によるトラブルの尻拭い例、付きっきりの看病、酒を隠す、欠勤の連絡、家族以外の周りへの取り繕い本人に任せず責任を取らせない(子ども扱い)望ましい流されない助けすぎない手なずけない例、絡み酒の無視、暴力からの逃げ、しらふの時の話し合い、別居や離婚の限界設定例、世帯分離、援助の限界設定例、断酒の助言のみ、飲酒による体調不良への対応の限界設定本人に任せて責任を取らせる(大人扱い)アルコール依存症は本人のせい?病気のせい?由紀の知り合いの医師が由紀に「この病気(アルコール依存症)が他の病気と決定的に違う一番の特徴」「世の中の誰も本当には同情してくれないってことです」「場合によっては医者さえも」と言います。由紀も「みんな自業自得だと思っています」と言います。世の中では、アルコール依存症の人を「意志が弱い」「だらしない」と言う言葉だけで片付けてしまいがちです。しかし、これまで解き明かしてきたアルコール依存症の原因、存在理由、そして治療内容を知った時、アルコール依存症は、単に酒癖(行動のコントロール)の問題だけでなく、体質(生物学的感受性、アルコールのコントロール)の問題や共依存(人間関係のコントロール)の問題などが絡み合っていると理解できます。そして、「アルコール依存症は本人のせいか?または病気のせいか?」との問いへの答えも見えてきます。社会(司法)では、本人のせい(責任)であることが強調されます。これは、社会(司法)は秩序が目的だからです。病気とされて特別扱いされると、社会の秩序が成り立たなくなるからです。ただし、本人のせいで病気のせいじゃないとなると、治療介入が難しくなります。一方、医療では、病気のせい(責任)であることが強調されます。これは、医療は治療が目的だからです。また、アルコール依存症になった人を意志が弱いだけと片付けてしまうのは公平ではないからです。理由は、「意志が弱い」として、同じようにアルコールを摂取しても、体質(生物学的感受性)の違いによって、アルコール依存症になる人とならない人がいるからです。そして、アルコール依存症になった人にとっては、アルコールはコンビニやスーパーで手軽に手に入る「覚せい剤」になっているからです。ただし、病気として治療しつつも、本人の責任(自律性)も重要になってきます。なぜなら、病気のせいで本人のせいじゃないとなると、本人に責任逃れをする口実を与えてしまい、本人を「大人扱い」することができなくなるからです。以上を踏まえると、「意志が弱いから本人のせい」として切り捨てるのも「やめられない体質になったから病気のせい」として抱え込むのもどちらも望ましくないということです。つまり、答えは「アルコール依存症になるのは病気のせい(責任)であるが、治すのは本人のせい(責任)でもある」、言い換えれば、アルコール依存症の発症は本人の責任ではないが、アルコール依存症からの回復は本人の責任であるということです。アルコール依存症になったのはどうしようもないことです。大事なのは、そのなってしまったアルコール依存症とどう向き合うか、その後にどう生きるかということです。注意したいのは、「意志が弱い」「だらしない」などの価値判断は少なくとも医療関係者がするべきではないということです。なぜなら、医療の目的が患者を良くするということを踏まえると、価値判断は患者の自尊心を低くするだけで、マイナスにはなってもプラスにはならないからです。アルコール依存症はどうなっていくの?―グラフ2アルコール依存症に対しての世の中の否定的な味方も相まって、アルコール依存症の予後は不良です。実際にアルコール依存症で入院治療をして、退院後に断酒がどれだけ続けられるかという統計があります。それを見ると、2か月半で50%、1年で70%、2年で80%の人が再びお酒を飲んでいます。2年以上経過すると、もうお酒を飲むことはなくなります。つまり、少なくとも、2年以上の断酒の継続で回復(寛解持続)と言えます。お酒のことが気にならなくなるために、最低1年から2年はかかります。このように、生活習慣を変えるには時間がかかるというわけです。よって、断酒後、少なくとも半年は仕事をしないことが望ましいと言えます。断酒後1年の記念日は「バースデー」と呼ばれていますが、その時につい気が緩んでお酒を飲んでしまうという事態も起きます。そして、前に触れましたが、治癒して再び健康的にお酒が飲めるということはありません。生き方をコントロールする―表5アルコール依存症の人が酔っているのは、お酒だけでなく、行動でもあり、そして人間関係でもあり、つまりは生き方そのものでもあることが分かりました。そして、その治療とは、アルコールをコントロールするだけでなく、行動のコントロールや人間関係のコントロールでもあり、つまりは生き方のコントロールであると言えます。それは、偏った嗜好、偏った行動、偏った人間関係を見つめ直し、バランスの良い嗜好、バランスの良い行動、バランスの良い人間関係を身に付けていくことです。例えば、嗜好品で言えば、破滅的な飲酒から、まだマシな喫煙、コーヒー、スナック菓子、さらにはより健康的な美味しいご飯やグルメに切り替えていくことです。行動で言えば、不安定な仕事やケンカ腰から、より安定した仕事、趣味、スポーツ、そして人生の希望や目標を掲げることです。人間関係でいえば、不安定な依存の関係から「心の居場所」となる安定的な協調の関係を築くことです。前に触れた欲しがる心(嗜癖)のメカニズムを踏まえれば、生き方をコントロールするとは、近付いて欲しがろうとする「何か」をアルコール以外のものや行動や人間関係で占めることです。アルコール依存症の人はいつもお酒のことを考えています。頭がお酒という「毒」(依存対象)で占められています。よって、大事なのは、お酒ではない別のより健康的な「毒」(依存対象)に目を向け、その「毒」でバランスよく頭を占めることです。まさに、これも「毒をもって毒を制す」と言えます。こうして、お酒のことを考えなくても済む生き方をして、お酒からできるだけ遠ざかることです。断酒の基本は、「死ぬまで一滴も飲まないし、近付かなし、代わりに別のいろいろな何かにバランスよく近付く」ということです。言い換えれば、お酒はもはや飲むか飲まないかの問題ではなく、日々をどう振る舞うか、どう人間関係を築くかという本人の生き方の選択の問題でもあるということです。このような生き方のコントロールは、何もアルコール依存症の人たちだけの話でないです。私たちが人生につまずいたり行き詰っている時も、同じように何かの「毒」(依存対象)に心を奪われていることがあります。その「毒」(依存対象)とは、光景・音・臭いなどの記憶や感情、そして社会的意味付けによって味付けられ彩られた快感であるとも言えます。その快感のバランスとは、依存の豊かさ、人生の豊かさでもあります。つまり、私たちは、幸福感のバランスを見つめ直し、新たな夢や目標、人間関係を見いだし、それに近付く喜びを味わうことで、より良い生き方のコントロールができるのではないでしょうか?表5 アルコール依存症の治療 アルコールのコントロール行動のコントロール人間関係のコントロール例生涯の断酒薬物療法抗酒剤抗不安薬抗渇望薬認知行動療法障害受容行動療法規則正しい睡眠と食事規律正しい運動や人間関係集団療法ソーシャルスキルトレーニング自助グループ家族療法家族教室家族会 生き方のコントロール例飲酒↓喫煙、コーヒー、スナック菓子、美味しいご飯、グルメ不安定な仕事、ケンカ腰↓より安定した仕事、スポーツ、人生の希望や目標を掲げる不安定な依存の関係↓安定的な協調の関係1)鴨志田穣:酔いがさめたら、うちに帰ろう。講談社文庫、20102)斎藤学:アルコール依存症に関する12章、有斐閣新書、19863)ディヴィッド・J・リンデン:快感回路、河出文庫、20144)アンソニー・スティーブンズほか:進化精神医学、世論時報社、20115)長尾博:図表で学ぶアルコール依存症、星和書店、2005

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酔いがさめたら、うちに帰ろう。(前編)【アルコール依存症

今回のキーワード進化医学報酬系(ドパミン)問題飲酒(プレアルコホリズム)否認共依存心の居場所毒をもって毒を制すアルコール依存症の映画とは?皆さんは、アルコール依存症の人たちとかかわったことはありますか? 彼らは、なぜアルコール依存症になるのでしょうか? そもそもなぜアルコール依存症は「ある」のでしょうか? そして、どうすれば良いのでしょうか?これらの疑問を解き明かすために、今回、2010年の映画「酔いがさめたら、うちに帰ろう。」を取り上げます。 この映画の原作者は、「毎日かあさん」などを代表作とする漫画家の西原理恵子さんの元夫です。実際にアルコール依存症になり、最後は末期がんが判明するまでの彼とその家族の様子が赤裸々に描かれ、 笑いと共感を誘います。また、描写が忠実であるため、アルコール依存症の理解を深める教材としても最適です。 この映画を通して、依存症の心理を、進化医学的な視点で解き明かし、回復のポイントを探っていきましょう。どんな症状がある?―表1主人公の安行は38歳の元戦場カメラマン。 本を書いたことはありましたが、定職には就かず、毎日、酒をひたすら飲み続けてきました。 彼は、それを「朝から晩までのノンストップの飲酒マラソン」と言い表します(連続飲酒)。 かつて、酒を飲んでは妻の由紀に絡み、暴言を吐き、引っぱたくなどの暴力を振るい、 挙句の果てに、妻が一生懸命に描いた大切な漫画の原稿を破り捨てたことがありました(脱抑制)。 そして、「(実の子どもたちを)おれの子じゃねえ」「太田(安行の親友)とやったんだろ!?」と言い出し、怒り出したこともありました。 アルコール依存症の人は、自分に引け目があるため、妻が自分に愛想を付かせて浮気をするのではないかという不安から妄想に発展しやすくなります(嫉妬妄想)。現在、安行は、由紀とは離婚し、2人の子どもとも別れて、実家で母親と暮らしています。居酒屋では飲み過ぎて気を失い(ブラックアウト)、嫌がる店員たちに介抱されます。意識がもうろうとする中、介抱する由紀と子どもたちの幻覚が現れます。帰り道に酒を買い、自宅でさらに飲み続けると、「何とかなるよ、まあ酒でも飲めよ」という自分に都合の良い幻覚も現れます(願望充足型の幻覚)。 その後、失禁をして、吐血もします。吐血(食道静脈瘤破裂)はとうとう10回目に達していました。安行は、断酒を決意します。クリニックで処方された抗酒薬(アルコールを飲むと体調不良になる薬)を飲むのですが、それも束の間。すぐにお酒が欲しくてたまらなくなり(渇望)、ふらふらと探し求め(探索行動)、けっきょくお酒を飲んでしまいます。そして、抗酒薬の効き目で倒れてしまいます。安行の様子は、以下のアルコール依存症の診断基準に照らし合わせると、11項目のほぼ全てを満たしています。安行は、典型的なアルコール依存症です。表1 アルコール使用障害(アルコール依存症)の診断基準(DSM-5) 精神依存身体依存耐性項目(1)長期間で大量の摂取(2)コントロールの失敗(3)探索行動(4)渇望(5)無責任(6)対人的問題(7)のめり込む(仕事や他の娯楽の放棄)(8)身体的な危険性(9)身体的または精神的問題(10)離脱(11)耐性備考上記11項目中2つ以上苦痛があるなぜアルコール依存症になるの?―表2由紀の友人の医師が「(原因は)環境もありますね」「挫折感とか劣等感とかそういったものが引き金になることもある」と言います。ここで、安行がアルコール依存症になった原因として、その危険因子を、個体因子と環境因子に分けて、整理してみましょう。(1)個体因子個体因子としては、まず体質(生物学的感受性)、つまりアルコールの欲しやすさ(嗜癖性) が挙げられます。これは、お酒が好きになる人とならない人という個人差です。嗜癖性が強ければ強いほど、機会飲酒から習慣飲酒、そして連続飲酒に至りやすくなります。昨今の双子研究や養子研究により、酒好き(嗜好性)は約50%遺伝することが分かっています。実際に安行の父親もアルコール依存症でした。さらに、アルコール摂取が1日5合以上、週5日以上、5年以上で多くの人はアルコールをやめられなくなる、つまりアルコール依存症になることが指摘されています。一方、法律で禁止されている覚醒剤は、一度摂取するとすぐにやめられなくなります。つまり、アルコールは、欲する体質に加えて、量と時間をかけることで、人にとって覚醒剤と同じものになってしまうということです。 もう1つは、アルコール依存症に関連した独特の気質、つまりアルコール依存症ならではの性格(パーソナリティ特性)が挙げられます。これには、3つの特徴があります。1つ目は、ついやってしまう軽々しさです(衝動性)。安行は、10回目の吐血をした時、由紀に「あーごめん、またやっちゃったよ」と謝ります。断酒を誓って抗酒剤を飲んだ直後、食べた奈良漬けのアルコール分が引き金となり、「たかがビールだもんな」「大丈夫だよ、これくらい」とつい飲んでしまいます。また、入院中に、制限されている食事であると言われているのに、診察中に「(回復の兆し)だったらカレー食わせろよ!」と主治医につい怒鳴っています。この特徴は、注意欠如多動性障害(ADHD)との関連も指摘されています。2つ目は、とても寂しがり屋であることです(愛着不全)。安行は再び飲んでしまう直前に、由紀と子供たちと別れて「寂しいよ」「悲しい」とつぶやいています。この特徴は、 反応性愛着障害との関連も指摘されています。3つ目は、助けを当てにすることです(依存性)。安行は、「ほんとのほんとに(酒を)やめるよ」と断酒の宣言を繰り返しています。飲んだ直後に、抗酒薬の影響で、倒れて頭を打って流血して、由紀と母親にまた迷惑をかけた時、呆れて何も言わない2人に向かって「なんか言わないの?」「説教とかないんだ」と物足りなく感じています。説教されることで関係性が保たれ、今後も助けてもらえる保証を得たいのです。この特徴は、依存性パーソナリティ障害との関連も指摘されています。 これらの性格の傾向が強ければ強いほど、お酒をやめられなくなります。さらに、長期間の大量の飲酒によって、頭の働きが弱まり(認知機能障害)、この特性がますます際立っていくのです。(2)環境因子環境因子としては、まずストレスが適度に一定ではないことが挙げられます。安行は、もともと戦場カメラマンです。危険な仕事であることやフリーランスで収入が不安定であることは大きなストレスです。そのストレスが多ければ多いほど、そのストレスを和らげるための飲酒量が増えていきます。それでは、逆にストレスが全くない状況が良いでしょうか? 仕事をしていないなどやることがない状況では、刺激を求めて暇つぶしで飲酒量が増えてしまいます。これは、仕事人間だったサラリーマンが退職後に暇を持て余して、朝からお酒を飲み続けてしまうことと同じです。つまり、ストレスは、多すぎることもなく少なすぎることもなく、適度で一定であることが望ましいのです。もう1つは、アルコール依存症を助長する周りとの独特な人間関係(共依存)が挙げられます。これには、3つの特徴があります。1つ目は、周りが流されやすいことです(同調)。母親のかかわり方をみてみましょう。安行が病院で3日ぶりに目覚めて起き上がろうとすると、母親は「だめ!ベッドで安静にって言われてる」と言いつつ、「ちょっとだけ上げてみよっか」と言います。この「ちょっとだけ」は依存症の人たちやその家族がよく使うキーワードです。「だめなものはだめ」とは対照的な言い回しです。2つ目は、周りが助けすぎることです(過保護)。母親は「そんなに死にたけりゃ独りでどっか行って勝手に死んでちょうだい」「家族を巻き添えにしないで」「あとはどうとでも好きにすればいいわ」と厳しく言っていますが、無職の安行を実家で養い、酒を買う金を与え、毎回、トラブルが起きると助けます。入院中も付きっきりです。放っておかずに、毎回、巻き込まれています。言っていること(言語的コミュニケーション)とやっていること(非言語的コミュニケーション)が一致しません(ダブルバインド)。このような状況では、やっていることの方がまさって伝わるため、けっきょく厳しい言葉に逆の意味が込められてしまいます。それは、このパターンが繰り返されることで、「(なんだかんだ言うけど)けっきょくどんな時もあなたを助けるわよ」という逆のメッセージとして強調されて伝わっていくのです。由紀も同じコミュニケーションのパターンをとっています。由紀が入院中の安行のお見舞いに来た時、「そのうちコロッと逝くね、あんた」と子どもたちの前で悪い冗談を言います。そして、子どもたちがいなくなると、「このばかちん」と言い、すでに離婚しているのに、安行にキスをします。由紀は、子どもたちのためとは言え、けっきょく安行が好きで放っておけないのです。3つ目は、周りが手なずけたがることです(過干渉)。母親は、アルコール依存症の専門病棟に入院させるために、有無を言わさず安行を連れ出し、「ここは精神病院。あなたは入院するんです」と一方的に言い放ちます。安行が手ぶらなのに対して、母親は安行の重そうな荷物を運んでいます。なお、映画では強制的に入院されているように描かれていますが、実際は、人権擁護の観点から、そして本人の主体性が治療動機に重要であるという観点から、依存症病棟には、本人の同意による任意入院が一般的です。表2 安行がアルコール依存症になった原因個体因子環境因子体質(生物学的感受性)遺伝気質(パーソナリティ特性)ついやってしまう軽々しさ(衝動性)寂しがり屋(愛着不全)助けを当てにする(依存性)ストレスが適度に一定ではない危険な仕事不安定な収入やることがない共依存的な人間関係周りが流されやすい(同調)周りが助けすぎる(過保護)周りが手なずけたがる(過干渉)依存症の3つの要素とは?―図1依存とは、「依(よ)って存(あ)ること」、つまり何かに頼って生きることで、私たち人間に必要なことです。その何かとは、食べ物や飲み物など体に取り入れるもの(物質の依存)であり、生活習慣などの行動パターン(過程の依存)であり、家族やその周囲とのつながり(人間関係の依存)です。そして、依存症とは、これらにのめり込んでコントロールできなくなること、つまりはやめたくてもやめられなくなることです。 ここから、安行の状況に照らし合わせながら、アルコール依存症を、飲酒そのもの(嗜好の依存症)、飲酒までに至る行動パターン(行動の依存症)、その行動パターンを支える人間関係(人間関係の依存症)の3つの要素に分けて整理してみましょう。(1)アルコールをコントロールできない―嗜好の依存症―図2安行は、入院してしばらくの間、アルコールによる胃腸の障害から、食事が制限されていたため、定期的に献立になっているカレーライスを食べることができませんでした。その後に食事制限がなくなり、目の前のカレーライスを見た時、彼の胸は高まります。そして、病院食の普通のカレーライスを格別な気分で幸せそうに頬張るのです。また、私たちは喉がカラカラの時に水をとてもおいしく感じます。しかし、普段、水はただの水で、おいしいとは感じません。水に限らず、塩、糖、タンパク質、脂肪などもともと自然界にあるものも同じです。このように、私たちの脳は、不足すると気になり(サリエンス)、欲しくなります(渇望)。摂取すると気持ち良くなります(快感)。そして満足すると飽きてきます(無関心)。そうなるように調節が働き(フィードバック)、一定の健康状態を維持しています(恒常性)。これは、私たちがより適応的な行動をするために進化したメカニズムです(報酬系)。ここで、私たちの脳を車に例えてみましょう。すると、報酬系のメカニズムはエンジン(ドパミン)です。何かが足りないストレスの状態(興奮)では、アクセル(ノルアドレナリン)が踏まれ、そのアクセルでエンジン(ドパミン)の回転数も上がります。一方、満たされているリラックスの状態(抑制)では、ブレーキ(GABA)が踏まれ、そのブレーキでエンジン(ドパミン)の回転数も下がります。ところが、アルコールを摂取すると、代わりのブレーキ(ベンゾジアゼピン受容体)が踏まれ、リラックスの状態になります。それは、本家のブレーキ(GABA)の働きを阻み、このブレーキ(GABA)が利かなくなることでエンジン(ドパミン)の回転数が逆に上がってしまうのです。これが、酩酊感や高揚感という気持ちの良い状態です。さらに、多量のアルコール摂取によってエンジン(ドーパミン)の回転数が上がりすぎる、つまり空回転するとどうなるでしょうか? これが、酒乱(中毒せん妄)、泣き上戸や笑い上戸(脱抑制)と呼ばれる悪酔いの状態です。この状態は昔では宗教的な意味付けがされていました。アルコール摂取の問題点は、エンジン(ドパミン)の回転数を上げるばかりで下げるメカニズムがないので、やがていつも欲しくなってしまうのです(精神依存)。お酒が世界の全てになってしまい、起きている時はお酒のことしか考えず、問題が起きてもお酒を飲み続けます。さらには、アルコールが一定濃度、体に満たされ続けるとやがてそれが定常状態になる、つまりアルコールが脳にとって「あるべきもの」になります。よって、アルコールを切らしてしまうと、脳が異常と誤って感知して、禁断症状(離脱症状)が出てしまうようになります(身体依存)。こうして、アルコールの摂取をコントロールできなくなるのです(物質の依存症)。 なお、覚せい剤では、エンジン(ドパミン)の回転数を直接的に上げるため、高揚感を伴う興奮が得られます。よって、アルコールが「ダウナー」(抑制性薬物)と呼ばれるのに対して、覚せい剤は「アッパー」(興奮性薬物)と呼ばれます。ちなみに、ベンゾジアゼピン系薬剤である睡眠薬や抗不安薬も、副作用としてアルコールと同じように「悪酔い」(脱抑制、中毒せん妄)を引き起こすリスクがあります。しかし、精神科を専門としない医師がよくやってしまう間違いとして、もともとの脱抑制やせん妄の患者に対して、落ち着かせようとしたり眠らせようとして、ベンゾジアゼピン系薬剤を投薬し、その後に症状を悪化させるケースがあります。脱抑制やせん妄には、原則として、ベンゾジアゼピン系薬剤を投薬しないように注意する必要があります。(2)行動をコントロールできない―行動の依存症安行は、入院中、周りの患者たちがカレーライスを食べているのに自分だけ食べられないことに腹を立てて、「何だよ、ケンカを売る気かよ」「売られたケンカは買ってやろうじゃないの」とわざと独り言を言って看護師を威圧しています。患者同士が言い争いをしている時、安行は直接関係がないのに、良く思っていない方に「てめえが帰れ、くそじじい」とぼそっと小さな声でわざと挑発し、殴られてしまいます。また、かつて戦場カメラマンとして命の危険にさらされたり、作家として生計を立てようとしたりと、ギャンブルのような不安定な生活をあえて選んでいます。一見、男らしくも見えます。この男らしさに由紀は惚れてしまっているのでした。このように、安行にはアルコール依存症ならではの独特な行動パターンがあります。本来、行動パターンとは、生存や生殖に有利になるために進化した本能・習性や学習能力です。これは、脳の神経回路に刻み込まれるもので、一度覚えたらなかなか忘れません。例えば、自転車の運転や水泳のような運動神経から、食事や睡眠リズムのような生活習慣、プラス思考やマイナス思考のような思考パターンまで様々あります。生存や生殖という目的に向かって、遺伝的な傾向をもとに記憶や経験が快感(報酬)と結び付いて、そう行動するようにエンジン(ドパミン)の回転数が上がるというわけです。安行の行動パターンの問題点は、アルコールをコントロールできていない以前に、自分の感情や行動をコントロールできていないことです(行動の依存症)。言うならば、飲む前から酔っ払っている、つまり、しらふでも行動が酔っ払っています(空酔い、ドライドランク)。これは、アルコール依存症にまだなっていない人で、アルコールでトラブル(問題飲酒)を繰り返し起こす人にも当てはまります(プレアルコホリズム)。本来、アルコール依存症にならない人は、ストレスを溜め込んで飲酒量が増えたり、問題飲酒などうまく行かないことが起きた時点で、周りの意見に耳を傾け、自分を振り返り、早い段階で行動パターンを修正します。しかし、アルコール依存症になる人は、この修正をなかなかしません。その原因は、「まだ大丈夫」「それほど重くない」「やめようと思えばやめられる」と考えて、問題の深刻さに薄々気付いてはいるのですが、それをはっきり認めようとしない否認の心理があるからです。アルコール依存症は「否認の病」とも呼ばれます。この否認の心理によって、アルコール依存症を完成させてしまうのです。それでは、安行にはなぜ否認の心理があるのでしょうか? その答えは、彼の父親が「教えた」からです。安行は、母親から「2人の子どものことだけはよーく考えてください」と言われると、「おやじは考えてくれなかったよね、子ども(安行)のこと」と言い返します。実際に、「(父親は)毎日のように酒を飲んでは母親に暴力をふるっていました」と入院患者たちに語っています。ここから分かるのは、彼の父親は、子ども(安行)のことだけでなく、自分のことも考えることができない不安定な行動パターン(否認)の悪いお手本(モデル)を見せていたことです。そして、安行は、父親から否認の仕方を「学んだ」のでした。安行は飲酒を中学生から始めています。本来、父親というものは子どもに生き方(社会)のルールを教える役割(父性)があるはずですが、それがないのです(父性不在)。安行は、入院中に「やっちゃったよ。父さんの真似なんかしたくないのに」と嘆いています。体験発表で「けっきょく嫌いだった父親と同じことをしてしまっていたんです」と振り返ります。一方、お見舞いに来た小学生の息子は、安行に「父さん、何やってんだよ」と笑っていいます。まさに否認という行動パターンの「文化」が脈々と受け継がれようとしている危うさが読み取れます(世代間連鎖)。(3)人間関係をコントロールできない―人間関係の依存症安行は、入院して、初対面の若い看護師にいきなり下の名前を聞き出します。また、主治医の女医に「なんでコンタクトにしないんですか?」と個人的な質問をします。人懐っこくて相手の懐に飛び込むのにとても長けていることが分かります。このように、安行には心理的距離が近すぎる独特の人間関係があります。本来、人間関係とは、生存や生殖に有利になるために、約300万年前に進化した社会性(社会脳)です。これは、周りとうまくやる能力であり、助け合い(協力)の心理であり、人間関係における行動パターンとも言えます。安行が築く人間関係の問題点は、心理的距離が近すぎて相手との境界(バウンダリー)が弱まっているために、その人間関係をコントロールできていないことです(人間関係の依存症)。言うなれば、人間関係も酔っ払っています。例えば、安行は、母親の保護や由紀の支援に甘んじて頼り切ってしまい、迷惑をかけっぱなしです。「すいまんせん」「反省しています」と言うわりに、同じことを繰り返しています。これは依存の心理(依存パーソナリティ)です。それでは、安行にはなぜ依存の心理があるのでしょうか? その答えは、彼の母親が「教えた」からです。彼女のかかわり方は、良く言えば優しくて献身的ですが、悪く言えば過保護で過干渉で支配的です。彼女は、必要とされることを必要としている、言い換えれば依存されることに依存しています(共依存)。そのかかわり方を、かつてアルコール依存症の自分の夫にし続けました。彼女は華道の先生ですが、生徒たちに「この枝は『私はここ(生ける場所)に入りたい』と言っていました」「なんて、枝がそんなこと言うわけありませんよね」「ただ私が勝手にそう思っただけです」「でも昔、私はこの勘で夫の浮気を見破りました(笑)」と冗談を交えて説くシーンにその傾向が現れています。そして、当時に同じようなかかわり方を子ども時代の安行にもし続けてきたのです。安行は、母親を相手に人間関係での依存の仕方を小さい頃から「学んだ」のでした。本来、母親というものは子どもに安心感や安全感を与える役割(母性)があるはずですが、それが行きすぎています(母性過剰)。そして、実は、由紀はこの安行の母親と似ています。由紀の父親もアルコール依存症で、由紀の母親はそんな夫に尽くしてきました。由紀はその母親の悪いお手本(モデル)を見て育ちました。そして、由紀は、父親と同じような依存的な安行に惚れてしまい、母親と同じように共依存的に接するのです。このように、アルコール依存症を助長する家族などの周りをイネーブラー(enabler)と呼びます。アルコール依存症を「enable(可能にする)+er(人)」という意味です。そもそもアルコール依存症でい続けるには、依存する体だけでなく、依存するためのお金や依存する相手が必要です。つまり、安行の望ましくない行動パターンを下支えしてしまっているのは、母親や由紀です。逆に言えば、健康とお金と人間関係が続く限り、依存症はなかなか回復しないということです。由紀と安行の子どもである息子と娘は、由紀と安行が夜中に激しい夫婦喧嘩をしていても、寝たふりをして静かにしています。由紀は「大丈夫。あの子(娘)は泣いた顔を人に見せない子です」と胸を張って言っています。娘も息子も、母親の由紀の姿を見て、もの分りが良く我慢をする「良い子」にもなっています。そして、彼らが思春期になった時、その我慢の反動により依存的に振れるか、またはその我慢の順応により共依存的に振れるか、さらにはその両方を行ったり来たりするかといういずれかのこのような極端で独特の人間関係を築いてしまうのです。まさに依存と共依存の「文化」が脈々と受け継がれようとしている危うさが読み取れます(世代間連鎖)。なぜアルコール依存症は「ある」の?―図3これまで、「なぜアルコール依存症になるのか?」という疑問の答えを解きあかしてきました。それでは、そもそもなぜアルコール依存症は「ある」のでしょうか? その答えを探るために、アルコールの歴史をひも解いてみましょう。アルコールの自然発酵が発見されたのは、旧石器時代(数万年前?)と考えられています。それは、人類が手にした最も古いバイオテクノジーです。当時から、アルコールの摂取による一時の酩酊感や高揚感は、非日常(非現実)を味わう神秘体験の道具として祝祭(宗教的儀式)で重宝されてきました。しかし、当初はまだアルコール依存症として問題になることはほとんどありませんでした。その理由は、製造技術が原始的なために、低純度で希少で高価で、手に入りにくかったからです。その後、1万5千年前に農耕牧畜が開発され、それまでの狩猟採集社会から農耕牧畜社会へと社会構造が変わっていきました。特に東アジアでは早くから米作が広まり、それに伴い早くからアルコールの醸造が広まっていたと考えられています。なお、このことが原因で、ヨーロッパ人(コーカソイド)やアフリカ人(ネグロイド)と比べて、東洋人(モンゴロイド)はアルコールに弱い体質が多くなったという説があります。実際に、飲酒後すぐに表れる赤ら顔はフラッシング反応と呼びますが、東洋人に独特であるため、別名はオリエンタルフラッシュ(Oriental flush)と呼ばれます。例えば、日本人は、アルコールに強い人(ALDH1型)が50%強、アルコールに弱い人(ALDH2型部分欠損型)が45%弱、アルコールが全く飲めない人(ALDH2型完全欠損型)が5%です(グラフ1)。この東洋人はアルコールに弱いという説の根拠として、3つの可能性が考えられます。1つ目は、アルコールに強い遺伝子の淘汰がより早い時代からあった可能性です。これは、アルコールに強い人は、それだけアルコールを多く飲むので、アルコール依存症になりやすいということです。そして、アルコール依存症によって、働けなくなります(生存の困難)。また、配偶者として選ばれにくくなり(生殖の困難)、子孫を残しにくくなります。かつてアルコールは「きちがい水」とも呼ばれていました。結果的に、アルコールに強い遺伝子を持つ人は減っていくということです。2つ目は、アルコールに強い遺伝子の淘汰がより広い地域であった可能性です。狩猟採集民族が多く残るヨーロッパやアフリカは、狩りなどで衝動性や独自性が求められる社会です。そこでは、アルコールに強い人に寛容になります。その理由は、衝動性からアルコールを多く飲み酔っぱらって一時だらしなくなっても、酔いから醒めて、また本人のペースで狩りをすれば良いからです。また、飲みっぷりの良さは、豪快さ(衝動性)として男らしさに結び付いていきました。その価値観は現在でも根強いです。もともと狩猟採集と衝動性(ADHD)は関連性が高いですが、同時にアルコール依存症と衝動性(ADHD)も関連性が高いと言えます。一方、農耕牧畜民族が多く広まった東アジアは、田植えや稲刈りなどで計画性や協調性が求められる社会です。そこでは、アルコールに強い人に不寛容になります。その理由は、アルコールを多く飲み酔っぱらって一時でもだらしなくなったら、計画的にそして協調的に働けないからです(生存の困難)。そして、配偶者として選ばれにくくなり(生殖の困難)、子孫を残しにくくなります。結果的に、アルコールに強い遺伝子を持つ人は減っていくということです。3つ目は、アルコールに弱い遺伝子の選択がより多くあった可能性です。これは、アルコールに弱い方がより適応的であるという逆転の発想です。もともとアルコール摂取は、単なる気晴らしなどの娯楽ではなく、神聖な儀式の一環でした。この時、少しのアルコールですぐに酔えて非日常を味わえるアルコールに弱い人は、より神に近付ける人としてステータスが高まります。結果的に、アルコールに弱い遺伝子を持つ人は、配偶者として選ばれやすくなり、子孫を残しやすくなります。つまり、アルコールに弱い遺伝子を持つ人は増えていくということです。なお、アルコールが全く飲めない遺伝子は、ほんの少しのアルコールですぐに気持ち悪くなるだけで酔えないので、神に近付くことはできないため、この遺伝子を持つ人は増えなかったという解釈ができます。アルコール依存症が世界的に社会問題となっていったのは、18世紀の産業革命です。その理由は、10世紀以降にアルコールの蒸留法が発明されて純度を高めることが可能になった上に、産業革命による大量生産や広範囲の流通が可能になったからです。つまり、高純度で大量で安価で、手に入りやすくなったからです。もともとアルコールは、自然界に限りあるもので、人はなかなかアルコール依存症になれませんでした。しかし、文明が進歩した現在、ほとんど限りなく手に入るようになり、人は簡単にアルコール依存症になれるようになってしまったのです。つまり、アルコール依存症とは、文明の代償と言えます。もともと自然界にある水、糖、塩、タンパク質、脂肪などの物質は、調節をするメカニズムが進化しています。ところが、アルコールは、人工的に作られ始めてからまだせいぜい1万5千年です。そのため、その調節(フィードバック)をするメカニズムが進化するには、あと数万年以上は必要と思われます。もしかしたら東洋人(モンゴロイド)にアルコールに弱い体質が多いのは、その進化の先駆けかもしれません。 なぜ欲しがる心(嗜癖)は「ある」の?ここまで、アルコール依存症の起源が明らかになってきました。それでは、アルコール依存症などの嗜好の依存症(物質依存)から、行動の依存症(過程依存)、人間関係の依存症(関係依存)までを全て含んで、そもそもなぜ欲しがる心(嗜癖)は「ある」のでしょうか? 由紀と安行の生き方を通して、進化心理学的に解き明かしてみましょう。安行の母親は、「(安行は)何から逃げるためにあんなにお酒飲むのか」と由紀に呆れて言います。一方、安行は主治医に「(夢で)何か探してるんだけど、探しているものが何か分からなくてイライラする」と言います。由紀は、知り合いの医師から「離婚した相手のことをどうしてそんなに心配するんですか?」と聞かれて、「一度好きになった人はなかなか嫌いになりにくいし」と答えます。また、「体を満たしているのがたとえ(安行を末期がんで失う)悲しみであっても、とにかく体がいっぱい満たされているわけだから、悲しいんだか嬉しいだか分かんなく(なって)」と言っています。安行と由紀に共通する心理は、心が「何か」で満たされていないことです。そして、その「何か」を「代わりの何か」で満たそうと駆り立てられ、必死で追い求めます(渇望)。これが、欲しがる心(嗜癖)です。安行は、戦場カメラマンとしてベストショットを追い求め、がむしゃらで無茶でギャンブルのような生き様をしました。そして、追い求めるものはお酒にすり替わっていきました。由紀は、離婚しても安行を追い求め、安行を最期はがんで失うという「悲しみ」で心を満たそうとしています。この映画のラストシーンで、由紀は安行の母親に「子どもたちのいる場所だと思います、(死期が間近な)あの人の帰るところ」と言うと、母親は「居場所があるのねえ、まだあの子に」と言います。ここでようやく、心を満たす「何か」とは、家族の絆という心のよりどころ、つまりは「心の居場所」であることが分かります。安行や由紀は、この「心の居場所」の感覚が幼少期にうまく育まれなかったため、この感覚が充分に満たされていないのです。この心理は、オキシトシンとドパミンという神経伝達物質によって調整されています。この心理が満たされないと、オキシトシンと結び付いているドパミンによって、他の「何か」を欲しがる心理(嗜癖)が強まってしまうのです。オキシトシンが「心の居場所」の心理として働くようになったのは、私たちの祖先が人類として社会脳が進化して大家族をつくるようになった約300万年前と考えられます。さらに、このオキシトシンの起源は、私たちの祖先が哺乳類として授乳(哺乳)するようになった2億年以上前です。ドパミンの起源は、さらに遡って、私たちの祖先が原始生物として捕食対象に接近するようになった数億年前以上前です。これが私たちの欲しがる心(嗜癖)の起源であると言えます。私たちは、本能的に何かに近付いて欲しがる心(嗜癖)を持っており、問題はその相手(対象)や程度であるということです。 1)鴨志田穣:酔いがさめたら、うちに帰ろう。講談社文庫、20102)斎藤学:アルコール依存症に関する12章、有斐閣新書、19863)ディヴィッド・J・リンデン:快感回路、河出文庫、20144)アンソニー・スティーブンズほか:進化精神医学、世論時報社、20115)長尾博:図表で学ぶアルコール依存症、星和書店、2005

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双極性障害発症のリスク因子を解析

 双極性障害(BD)の発症に対する環境リスク因子については十分にわかっていない。イタリア・Centro Lucio BiniのCiro Marangoni氏らは、長期研究によりBDの有病率、罹病期間、環境曝露の予測値を評価した。Journal of affective disorders誌2016年3月15日号の報告。 著者らは、2015年4月1日までのPubMed、Scopus、PsychINFOのデータベースより、関連キーワード(出生前曝露、母体内曝露、トラウマ、児童虐待、アルコール依存症、大麻、喫煙、コカイン、中枢興奮薬、オピオイド、紫外線、汚染、地球温暖化、ビタミンD、双極性障害)と組み合わせて体系的に検索し、当該研究を抽出した。追加の参照文献は相互参照を介して得た。(1)長期コホート研究または長期デザインの症例対照研究、(2)初期評価時に生涯BDの診断がなく、フォローアップ時に臨床的または構造化評価でBDと診断された患者の研究が含まれた。家族性リスク研究は除外した。研究デザインの詳細、曝露、診断基準の詳細と双極性障害リスクのオッズ比(OR)、相対リスク(RR)またはハザード比(HR)を計算した。 主な結果は以下のとおり。・2,119件中、22件が選択基準を満たした。・識別されたリスク因子は、3つのクラスタに分類可能であった。(1)神経発達(妊娠中の母体のインフルエンザ;胎児発育の指標)(2)物質(大麻、コカイン、その他の薬;オピオイド薬、精神安定剤、興奮剤、鎮静剤)(3)身体的/心理的ストレス(親との別れ、逆境、虐待、脳損傷)・唯一の予備的エビデンスは、ウイルス感染、物質またはトラウマの曝露がBDの可能性を高めることであった。・利用可能なデータが限られたため、特異性、感度、予測値を計算することができなかった。関連医療ニュース うつ病と双極性障害を見分けるポイントは 双極性障害I型とII型、その違いを分析 双極性障害治療、10年間の変遷は

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薬物使用と精神疾患発症との関連

 いくつかの研究において、思春期のマリファナ使用が、統合失調症の早期発症を予測することを示唆されており、これは重要な予後指標となる。しかし、多くの調査において、薬物使用と疾患発症の明確な時間関係を正確に立証できていなかった。米国・エリモー大学のMary E Kelley氏らは、この関連を明らかにするため、検討を行った。Schizophrenia research誌オンライン版2016年1月16日号の報告。 6つの精神科ユニットより、初回エピソード精神疾患患者247例を登録し、そのうち210例の患者から、生涯のマリファナ、アルコール、タバコの使用および前駆症状と発症年齢に関する情報を収集した。発症前使用のさまざまな因子が精神疾患発症に及ぼす影響について、ハザード比(HR)を定量化するため、Cox回帰(生存)分析を用いた。 主な結果は以下のとおり。・発症前5年間のマリファナ使用の増加(たとえば、非使用~毎日使用)は、発症リスク上昇の高い予測因子であった(HR 3.6、p<0.0005)。・時間特性測定の分析によると、アルコール、タバコの同時使用で調整後、毎日のマリファナ使用は発症率を約2倍にした(HR 2.2、p<0.0005)。・これまでの研究を踏まえ、マリファナの累積使用は、性別や家族歴とは関係なく、精神疾患発症率の増加と関連していることが示された。これはおそらく、マリファナ開始時の年齢が本コホートにおける発症率と関連しているためだと思われる。関連医療ニュース アルコール依存症治療に期待される抗てんかん薬 統合失調症のカフェイン依存、喫煙との関連に注意 青年期からの適切な対策で精神疾患の発症予防は可能か

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循環器内科 米国臨床留学記 第4回

第4回:大学病院、退役軍人病院、プライベート病院特徴のあるローテーション先の病院米国には、大きく分けて3つの病院があります。多くの大学のプログラムは、University Hospital (大学病院)に加えて、VA(退役軍人)病院、場合によってプライベート病院をローテートします。University Hospital (大学病院)University Hospitalは、メインの研修先となります。最先端の治療が行われるため、自然と重症患者が集まります。University Hospitalはフェローやレジデントが主戦力ですから、われわれがいないと仕事が先に進みません。近年、レジデントは労働時間の制限(週80時間労働)、Caps制度(受け持てる患者の数が決まっている)があります。結果的に、そのしわ寄せがフェローに来ます。先月はCCU(冠動脈疾患ケアユニット、重症の心疾患を扱う集中治療室)でしたが、レジデントより遅くまで病院にいることも多かったです。私のプログラムではCCUをローテートする月の平日は毎晩オンコールでERや院内からの循環器コンサルトが頻回にかかってきます。病院のカルテに家からアクセスできるため、心電図の確認のコールが頻回にかかってきます。夜中にST上昇心筋梗塞が来たら、心電図を確認した上でカテ室を起動させなければなりません。その他、緊急心エコーなどのオーダーもあります。そのため、4時間以上連続して寝られることはありませんでした。University Hospitalとしても酷使しても給料を増やさなくて良くて、かつ労働時間の制限がないフェローは使い勝手が良いのです。University Hospitalでは、医師の給料はプライベートホスピタルと比べると安いので、大学で働くことを希望する人は教育をしたい、もしくは研究をしたい人が中心となります。University of Californiaでは、すべての職員の給料が公開されています。循環器フェロー卒業直後の給料は、25万ドル程度です。EP(不整脈)や冠動脈インターベンションの教授のトップクラスは50万ドル以上にもなります。Veterans Affairs Hospital(VA: 退役軍人病院)VA(退役軍人)病院は、多くのUniversity Hospitalのプログラムとつながっており、ローテーションすることが義務付けられています(写真:ロングビーチVA病院)。全米のレジデントの約30%がVAをローテートし、ローテートしたフェローやレジデントの給料の一部はVAの財源から補われます。ロングビーチVA病院安価で医療を受けられると聞くと聞こえがいいが、VAはさまざまな問題を抱えている。VAで働くと、アメリカという国が、いかにインセンティブで動いているかを強く感じる。VA病院には、働いた人にしかわからない特別な雰囲気があります。基本的に米国というのは、能力や成果に応じて給料が決められる出来高制や年棒制で医師の給料が決まっており、これが労働意欲につながっています。VA病院はsocialized medicineです。つまり、政府によって運営され、患者は退役軍人です。彼らの多くはVA病院に来るしか選択肢がありません。病院からすれば、頑張らなくたって患者は来ますし、医師やスタッフの給料も固定されていますから、頑張って働く必要はありません。できることなら患者を減らして、早く帰りたいと思っている人がほとんどです。公的サービスが優れている日本なら、これでもみんな一生懸命働くでしょう。私は全米の3つのVA病院で働きましたが、共通して医療従事者の労働意欲は低く、VA病院はうまく機能しているとは思えなかったです。実際2014年にVA病院の医療が大きな問題となりました。多くの患者が何ヵ月にもわたって、外来の予約待ちで適切な診察を受けられず、診察を待っている間にがん患者が死亡するという問題が生じました。これに基づくさまざまな問題は、エリック・シンセキという日系の退役軍人長官の辞任につながりました。循環器領域でいうと、冠動脈カテーテルなら1日3件、アブレーションでも1日1件など、他の病院では考えられないような手技件数です。医師でさえも、外来の患者や心エコーの件数を減らすために、心エコーや外来のコンサルトのスクリーニングをすることが仕事になっている上司までいます。金曜日は15時を過ぎると、人はまばらになり、何も機能しなくなります。労働時間が短く、負荷も少ない割に、福利厚生は充実しているので、QOL重視の人にとっては最高の環境です。医師でいえば、60歳を超え、引退を控えた人、研究に時間を割きたいような人、急かされて手技などをやりたくない人が集まってきます。さらに一度、この生ぬるい環境に慣れると、なかなか他の病院では働けなくなります。周りの若手医師で、将来VA病院で働きたいと思っている人はいません。患者は退役軍人の人たちで、ざっくばらんに言えば、いいおじさんたちといった感じの人が多く、付き合いやすい人たちばかりです。しかしながら、経済的に貧しい人が多く、ホームレスの患者もたくさんいます。よく知られていることですが、退役した後は仕事に就けず、またベトナム、韓国、イラクなどで覚えた麻薬などを止められず、薬物やアルコール依存、PTSDなどに悩まされます(イラク、アフガニスタンからの帰還兵の10%が薬物やアルコール依存症との報告があります)。犯罪率も高いようで、死刑囚の10%が退役軍人という報告もあります。悲しいことに、アメリカの街角で「退役軍人です、お金を恵んでください」と書かれたプラカードを持っている人をよく見かけます。幸い、ホームレスでも退役運人である限り、医療は無料で受けられますので、外来にこういった方がたくさんいらっしゃいます。研究もVA病院では盛んに行われます。退役軍人の人は、VA病院にしかかからないためフォローがしやすいこと、また、退役軍人の方はいい人が多く、医師が研究を勧めると文句も言わず応じてくれる人が多いように感じます。無料で医療を受けているという引け目があるのかもしれません。研究に対価が払われることなどもあります。私も何度か目のあたりにしましたが、他の病院や日本では少しありえない実験的な研究が行われているのも事実です。VA病院からいい論文が出るのは、こういった側面があると思われます。実際、VA病院の医療の質に疑問を抱いている人も多く、退役軍人でお金を持っている患者はVA病院にかからないという方もいます。プライベートホスピタルプライベートホスピタルは当然ですが、収益第一です。収益につながらないようなことはしません。循環器の冠動脈インターベンショニストやEP(不整脈)の医師の仕事は、カテ室に空きがないようにどんどん手技を行うことです。1日に行う手技の数が、大学と比べても断然に多くなりますし、プライベートの循環器医師は、手技も比較的早い人が多いです。逆に言うと、1つの症例で粘ったりすると、他のスケジュールに支障が出るため、あきらめが早いほうがいい場合もあります。心房細動のアブレーションで肺静脈隔離という手技を行いますが、大学病院であるUC San Diegoにいた頃は、完全に隔離できるまで、上司が粘り、手技が大幅に遅れることがよくありました。患者さんのことを考えて粘ってやっているわけですが、プライベートホスピタルでは、そういうわけにはいきません。結果として、Cryoballoonといったような、時間短縮につながるデバイスが使用される傾向にあります。また、プライベートホスピタルでは、フェローやレジデントがいない環境に慣れているため、カテーテル手技後の止血や簡単なオーダーなどは看護師やNP(ナースプラクティショナー)がやってくれます。医師は、手技のリポートを作り、次の患者に備えます。収益を上げるべく、医師には医師だけができる仕事に専念させます。General Cardiologist(一般循環器専門医)も、コンサルトをどんどん見ることが自分や病院の収益につながります。出来高制ですからUniversity Hospitalでは怒られてしまいそうな、くだらないコンサルトでもお金になるため、喜んで引き受けてくれます。NPが一緒にラウンドし、雑用は彼らがこなし、医師は患者を見て、せっせとノートを作ります。教育面では、仕事のペースが落ちるためレジデントやフェローと関わるのを避ける人も結構います。悲しいですが、リサーチが病院の収益に結び付かないと判断されると、リサーチはもちろん行われません。中規模のプライベートホスピタルではリサーチをほとんどやっていないところが多いです。ファンディングを持っていて、研究を積極的に行うような大規模な病院もありますが、医師が臨床の時間を割かなくても良いように、リサーチのナースなどが積極的に関与し、サポート体制が充実しています。プライベートホスピタルにおける医師への待遇は、大学やVAと比べて格段に良いです。駐車場は無料で、食事、飲み物、スナック類も食べ放題なところが結構あります。給料も大学より、だいぶ良く、卒後すぐの循環器医師でもCaliforniaで30万ドル、以前住んでいたOhio州では40万ドルから50万ドルにもなります。プライベートホスピタルでは、トップクラスのインターベンショニストになると100万ドル以上稼ぐこともあります。このように、異なった種類の病院をローテートすることで、どういった病院が自分に合っているかをフェローの間に考えられるという側面もあります。

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1分でわかる家庭医療のパール ~翻訳プロジェクトより 第18回

第18回:高齢者における意図しない体重減少へのアプローチ方法監修:吉本 尚(よしもと ひさし)氏 筑波大学附属病院 総合診療科 高齢者の体重減少は、外来でよく出会う愁訴の1つです。まず真っ先に思い浮かぶのは悪性腫瘍ですが、それ以外にも考えるべき鑑別診断がいくつかあります。外来ではまず、食事摂取がどの程度できているかを、その方の社会的背景を踏まえて評価するかと思います。また、疾患を見つけた場合に治療が可能かどうかを想像しながら、検査の適応を判断しなければいけませんが、非常に個別性が高く、毎回悩ましい問題だと感じています。 以下、American Family Physician 2014年5月1日号1)より意図しない体重減少は高齢者の15~20%に起こり、ADLの低下、病院内での疾病罹患率の上昇、女性の大腿骨頚部骨折、全死亡率の上昇の原因となる。有意な体重減少とは、6~12ヵ月以内に5%以上の体重減少があった場合、などと定義されるが、このような意図しない体重減少に関する適切な評価や管理のためのガイドラインは、現在、存在していない。しかし、もし存在したとしても、このような非特異的な病態に対する適切な検査を決定するのは難しいだろう。体重は通常60歳代をピークとして、70歳代以降は毎年0.1~0.2kgずつ減少する。それ以上の減少であれば、年齢相応の体重減少とは言えない。最もよくある理由としては、悪性腫瘍、非悪性の胃腸疾患、うつや認知症といった精神疾患であるが、全体の割合としては、非悪性の疾患が悪性腫瘍を上回っている。また、6~28%は原因不明である。(表1) 【表1:意図しない高齢者の体重減少】 悪性腫瘍(19~36%) 原因不明(6~28%) 精神疾患(9~24%) 非悪性の胃腸疾患(9~19%) 内分泌(4~11%) 心肺疾患(9~10%) アルコール関連(8%) 感染症(4~8%) 神経疾患(7%) リウマチ関連(7%) 腎疾患(4%) 全身性炎症疾患(4%) 鑑別の記憶法としては、MEALS‐ON‐WHEELS[「食事宅配サービス」の意味、(注1)]あるいは高齢者の9D's(注2)として覚える。薬剤の副作用もよくある原因だが、しばしば見逃される。多剤服薬は味覚に干渉するとみられ、食思不振を生じ、体重減少の原因となりうる。さらには貧困、アルコール問題、孤立、財政的制約などといった、社会的な要素とも体重減少は関連している。Nutritional Health Checklist(表2)は栄養状態を簡単に評価するツールである。各項目に当てはまれば、質問の後ろにある得点を加算し、合計得点を算出する。0~2点は良好、3~5点は中等度のリスク、6点以上はハイリスクである。 【表2:Nutritional Health Checklist】 食事量が変わるような病状がある 2点 食事の回数が1日2回より少ない 3点 果物、野菜、乳製品の摂取が少ない 2点 ほとんど毎日3杯以上のビール、蒸留酒、ワインを飲んでいる 2点 食べるのが困難になるほどの歯や口腔の問題がある 2点 いつも必要なだけの食料を購入するお金がない 4点 ひとりで食事をする事が多い 1点 1日3種類以上の処方か市販薬を服用している 1点 過去6ヵ月で4.5kg以上の予期しない体重減少がある 2点 いつも買い物や料理、自力での食事摂取を身体的に行えない 2点 推奨される一般的な検査としては、CBC、肝・腎機能、電解質、甲状腺機能、CRP、血沈、血糖、LDH、脂質、蛋白・アルブミン、尿酸、尿検査がある。また、胸部レントゲン、便潜血検査は行うべきであり、腹部超音波も考慮されても良いかもしれない。これらの結果が正常だとしても、3~6ヵ月間の注意深い経過観察が必要である。治療には食事、栄養補助、薬物療法などがあるが、研究結果がさまざまであったり、副作用の問題があったりして、体重減少がある高齢者の死亡率を改善するような明確なエビデンスのある治療法は存在しない。(注1:MEALS‐ON‐WHEELS)M:Medication effects(薬剤性)E:Emotional problems, especially depression(気分障害、とくにうつ)A:Anorexia nervosa; Alcoholism(神経性食思不振症、アルコール依存症)L:Late-life paranoia(遅発性パラノイア)S:Swallowing disorders(嚥下の問題)O:Oral factors, such as poorly fitting dentures and caries(口腔内の要因、たとえば合っていない義歯、う歯など)N:No money(金銭的問題)W:Wandering and other dementia-related behaviors(徘徊、その他認知症関連行動)H:Hyperthyroidism, Hypothyroidism, Hyperparathyroidism, andHypoadrenalism(甲状腺機能亢進および低下、副甲状腺機能亢進、副腎機能低下)E:Enteric problems; Eating problems, such as inability to feed oneself(腸管の問題;摂食の問題、たとえば手助けなしに一人では食べられないなど)L:Low-salt and Low-cholesterol diet(低塩分、低コレステロール食)S:Stones; Social problems, Such as isolation and inability to obtain preferred foods(結石;社会的問題、たとえば孤独、好きな食べ物を手に入れられないなど)(注2:高齢者の9D's)Dementia(認知機能障害)Dentition(歯科領域の問題)Depression(抑うつ)Diarrhea(下痢)Disease [acute and chronic](急性・慢性疾患)Drugs(薬剤)Dysfunction [functional disability](機能障害)Dysgeusia(味覚異常)Dysphagia(嚥下困難)※本内容は、プライマリケアに関わる筆者の個人的な見解が含まれており、詳細に関しては原著を参照されることを推奨いたします。 1) Gaddey HL, et al. Am Fam Physician. 2014; 89: 718-722.

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80)簡単にできるアルコール依存症テストで生活指導【糖尿病患者指導画集】

患者さん用説明のポイント(医療スタッフ向け)■診察室での会話患者尿酸値が高いといわれて、ビールから焼酎に変えてみたんですけど……。医師なるほど。アルコールの種類も大切ですが、アルコールに飲まれていないかどうかも大切ですね。ちょっと、チェックしてみましょう。まず、飲酒量を減らさなければならないと思ったことがありますか?(Cut down=減酒)患者いいえ。楽しく飲んでますが、ちょっと尿酸値は気になります。医師次は、他人から飲酒を非難され、気に障ったことがありましたか?(Annoyed=他者からの批判への煩わしさ)患者それはしょっちゅうですね。女房がうるさくて……。医師次は、飲酒について罪悪感を感じたことがありますか?(Guilty=飲酒への罪悪感)患者それはありません。医師最後に迎え酒をして、神経を鎮めたり、二日酔いを治そうとしたことがありますか?(Eye-opener=朝の迎え酒)患者それもありません。医師わかりました。アルコール依存症の可能性は低いようです。アルコール依存の方は禁酒、それ以外の方は節酒が基本となります。●ポイントアルコール依存症の人は禁酒、それ以外の人は節酒であると伝える!●資料【CAGEの質問】 アルコール依存症のスクリーニング検査1、2)。4項目のうち2項目以上当てはまればアルコール依存症の可能性が高い(敏感度77.8%、特異度92.6%)3)。 他に、KAST(男性版、女性版)やAUDITがある。 参考文献 1) McCusker MT, et al. QJM. 2002; 95: 591-595. 2) Burns E, et al. Addiction. 2010; 105: 601-614. 3) 廣尚典. 日本臨床. 1997; 55: 589-593.

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アルコール依存症治療に期待される抗てんかん薬

 先行研究により、トピラマートはアルコール依存症におけるエチルアルコール摂取を減じるが、認知障害を含むいくつかの有害事象の発現をもたらすことが示唆されている。一方で、ゾニサミドは構造的にアルコール依存症治療薬としての見込みがあり、トピラマートよりも忍容性が大きい可能性があるといわれている。米国・ボストン大学医学部大学院のClifford M. Knapp氏らは、ゾニサミドのアルコール消費への有効性と、アルコール依存症患者における神経毒性作用を調べた。Journal of Clinical Psychopharmacology誌オンライン版2014年11月25日号の掲載報告。抗てんかん薬ゾニサミドはアルコール依存症治療として有効 研究グループは、ゾニサミド(400mg/日)のアルコール消費への有効性と、アルコール依存症患者における神経毒性作用を調べた。検討は、二重盲検プラセボ対照試験にて行われ、比較群としてトピラマート(300mg/日)、認知障害をもたらさないレベチラセタム(2,000mg/日)の2つの抗てんかん薬が用いられた。試験薬の投与期間は14週間(2週間の漸減期間含む)。Brief Behavioral Compliance Enhancement Treatmentを用いてアドヒアランスの助長が図られた。神経毒性作用の評価は、神経心理学的テストとAB-Neurotoxicity Scaleで行われた。 抗てんかん薬のアルコール依存症治療薬としての有効性を調査した主な結果は以下のとおり。・プラセボ群と比較して、抗てんかん薬のゾニサミド群とトピラマート群は、1日アルコール摂取量、飲酒日数割合、深酒をした日数割合が有意に低下した。・深酒日数割合についてだけは、抗てんかん薬のレベチラセタム群でも有意な低下が認められた。・トピラマート群は、11週、12週時点でプラセボと比較して、Neurotoxicity Scaleのサブスケールによる評価で唯一、神経機能低下が有意に増大していた。・トピラマート群とゾニサミド群はいずれも、言葉の流暢さやワーキングメモリ(作業記憶)においてわずかだが低下が認められた。・これらの所見から、抗てんかん薬のゾニサミドは、アルコール依存症治療に有効であり、その効果サイズはトピラマートと同等であることが示唆された。また両剤とも、認知障害の発現パターンは類似していたが、トピラマート群のみで、精神機能低下の顕著な増大が報告された。関連医療ニュース 過食性障害薬物治療の新たな可能性とは 「抗てんかん薬による自殺リスク」どう対応すべきか 片頭痛の予防に抗てんかん薬、どの程度有用か

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【医療ニュース トップ100】2014年、最も読まれた「押さえておくべき」医学論文は?

今年も、4大医学誌の論文を日本語で紹介する『ジャーナル四天王』をはじめ、1,000本以上の論文をニュース形式で紹介してきました。その中で、会員の先生方の関心の高かった論文は何だったのでしょう? ここでは、アクセス数の多いものから100本を紹介します。 1位 日本男性の勃起硬度はアレと関連していた (2014/11/13) 2位 日本人若年性認知症で最も多い原因疾患は:筑波大学 (2014/1/7) 3位 子供はよく遊ばせておいたほうがよい (2014/3/28) 4位 思春期の精神障害、多くは20代前半で消失/Lancet (2014/1/27) 5位 なぜコーヒーでがんリスクが低下? (2014/7/31) 6位 メロンでかゆくなる主要アレルゲンを確認 (2014/4/15) 7位 新たな輸液プロトコル、造影剤誘発急性腎障害の予防に有効/Lancet (2014/6/9) 8位 体幹を鍛える腹部ブレーシング、腰痛に効果 (2014/5/7) 9位 コーヒーを多く飲む人は顔のシミが少ない (2014/8/7) 10位 スタチンと糖尿病リスク増大の関連判明/Lancet (2014/10/9) 11位 スルピリドをいま一度評価する (2014/5/16) 12位 米国の高血圧ガイドライン(JNC8)のインパクト/JAMA (2014/4/16) 13位 インフルエンザワクチン接種、無針注射器の時代に?/Lancet (2014/6/16) 14位 新規経口抗凝固薬4種vs.ワルファリン-心房細動患者のメタ解析-/Lancet (2013/12/25) 15位 アルコール依存症、薬物治療の減酒効果は?/JAMA (2014/5/29) 16位 SGLT2阻害薬「トホグリフロジン」の日本人への効果 (2014/2/28) 17位 大人のリンゴ病 4つの主要パターン (2014/7/29) 18位 脳動脈瘤、コイルvs. クリッピング、10年転帰/Lancet (2014/11/12) 19位 ACE阻害薬を超える心不全治療薬/NEJM (2014/9/8) 20位 アルツハイマーに有用な生薬はコレ (2014/11/14) 21位 塩分摂取と死亡リスクの関係はJカーブ/NEJM (2014/8/25) 22位 スタチン投与対象者はガイドラインごとに大きく異なる/JAMA (2014/4/14) 23位 食後血糖によい食事パターンは?(低脂肪vs低炭水化物vs地中海式) (2014/3/27) 24位 成人ADHDをどう見極める (2014/5/21) 25位 各種ダイエット法の減量効果/JAMA (2014/9/16) 26位 牛乳1日3杯以上で全死亡リスクが2倍/BMJ (2014/11/13) 27位 腰痛持ち女性、望ましい性交体位は? (2014/11/21) 28位 ロマンチックな恋愛は幸せか (2014/3/26) 29位 無糖コーヒーがうつ病リスク低下に寄与 (2014/5/8) 30位 下肢静脈瘤、ベストな治療法は?/NEJM (2014/10/10) 31位 せん妄管理における各抗精神病薬の違いは (2014/9/18) 32位 降圧薬投与量の自己調整の有用性/JAMA (2014/9/11) 33位 深部静脈血栓症の除外診断で注意すべきこと/BMJ (2014/3/20) 34位 StageII/III大腸がんでのD3郭清切除術「腹腔鏡下」vs「開腹」:ランダム化比較試験での短期成績(JCOG 0404) (2014/2/26) 35位 たった1つの質問で慢性腰痛患者のうつを評価できる (2014/2/21) 36位 スタチン時代にHDL上昇薬は必要か/BMJ (2014/8/7) 37位 就寝時、部屋は暗くしたほうがよいのか:奈良医大 (2014/8/29) 38位 認知症のBPSD改善に耳ツボ指圧が効果的 (2014/10/28) 39位 統合失調症患者の突然死、その主な原因は (2014/4/18) 40位 うつ病と殺虫剤、その関連が明らかに (2014/7/9) 41位 帯状疱疹のリスク増大要因が判明、若年ほど要注意/BMJ (2014/5/26) 42位 慢性のかゆみ、治療改善に有用な因子とは? (2014/7/1) 43位 女性の顔の肝斑、なぜ起きる? (2014/5/8) 44位 DES1年後のDAPT:継続か?中断か?/Lancet (2014/7/30) 45位 駆出率が保持された心不全での抗アルドステロン薬の効果は?/NEJM (2014/4/23) 46位 レビー小体型認知症、パーキンソン診断に有用な方法は (2014/10/30) 47位 アトピー性皮膚炎患者が避けるべきスキンケア用品 (2014/2/6) 48位 タバコの煙を吸い込む喫煙者の肺がんリスクは3.3倍:わが国の大規模症例対照研究 (2014/6/18) 49位 世界中で急拡大 「デング熱」の最新知見 (2014/10/17) 50位 円形脱毛症とビタミンDに深い関連あり (2014/4/10) 51位 不眠の薬物療法を減らすには (2014/7/23) 52位 オメプラゾールのメラニン阻害効果を確認 (2014/11/6) 53位 タバコ規制から50年で平均寿命が20年延長/JAMA (2014/1/16) 54位 ICUでの栄養療法、静脈と経腸は同等/NEJM (2014/10/15) 55位 認知症のBPSDに対する抗精神病薬のメリット、デメリット (2014/3/17) 56位 COPDにマクロライド系抗菌薬の長期療法は有効か (2014/1/13) 57位 座りきりの生活は心にどのような影響を及ぼすか (2014/5/12) 58位 PSA検診は有用か:13年後の比較/Lancet (2014/8/22) 59位 気道感染症への抗菌薬治療 待機的処方 vs 即時処方/BMJ (2014/3/17) 60位 血圧と12の心血管疾患の関連が明らかに~最新の研究より/Lancet (2014/6/19) 61位 マンモグラフィ検診は乳がん死を抑制しない/BMJ (2014/2/21) 62位 機能性便秘へのプロバイオティクスの効果 (2014/8/14) 63位 超高齢の大腸がん患者に手術は有用か:国内での検討 (2014/2/14) 64位 糖尿病予防には歩くよりヨガ (2014/8/4) 65位 乳がん術後リンパ節転移への放射線療法、効果が明確に/Lancet (2014/3/31) 66位 75歳以上でのマンモグラフィ検診は有効か (2014/8/11) 67位 大腸がん術後の定期検査、全死亡率を減少させず/JAMA (2014/1/23) 68位 「歩行とバランスの乱れ」はアルツハイマーのサインかも (2014/5/13) 69位 食事由来の脂肪酸の摂取状況、国によって大きなばらつき/BMJ (2014/4/28) 70位 心房細動合併の心不全、β遮断薬で予後改善せず/Lancet (2014/9/19) 71位 薬剤溶出ステントの直接比較、1年と5年では異なる結果に/Lancet (2014/3/24) 72位 ピロリ除菌、糖尿病だと失敗リスク2倍超 (2014/8/21) 73位 認知症にスタチンは有用か (2014/7/25) 74位 RA系阻害薬服用高齢者、ST合剤併用で突然死リスク1.38倍/BMJ (2014/11/20) 75位 腰痛へのアセトアミノフェンの効果に疑問/Lancet (2014/8/6) 76位 食べる速さはメタボと関連~日本の横断的研究 (2014/9/12) 77位 うつになったら、休むべきか働き続けるべきか (2014/9/16) 78位 英プライマリケアの抗菌治療失敗が増加/BMJ (2014/10/1) 79位 総胆管結石疑い 術前精査は必要?/JAMA (2014/7/21) 80位 歩くスピードが遅くなると認知症のサイン (2014/10/8) 81位 前立腺がん、全摘vs.放射線療法/BMJ (2014/3/10) 82位 緑茶が認知機能低下リスクを減少~日本の前向き研究 (2014/6/3) 83位 高力価スタチンが糖尿病発症リスクを増大させる/BMJ (2014/6/16) 84位 乳がんの病理学的完全奏効は代替エンドポイントとして不適/Lancet (2014/2/27) 85位 Na摂取増による血圧上昇、高血圧・高齢者で大/NEJM (2014/8/28) 86位 抗グルタミン酸受容体抗体が神経疾患に重大関与か (2014/8/15) 87位 歩数を2,000歩/日増加させれば心血管リスク8%低下/Lancet (2014/1/8) 88位 肩こりは頚椎X線で“みえる”のか (2014/3/19) 89位 地中海式ダイエットと糖尿病予防 (2014/4/7) 90位 閉塞性睡眠時無呼吸、CPAP vs. 夜間酸素補給/NEJM (2014/6/26) 91位 揚げ物は肥満遺伝子を活性化する?/BMJ (2014/4/3) 92位 6.5時間未満の睡眠で糖尿病リスク上昇 (2014/9/4) 93位 セロトニン症候群の発現メカニズムが判明 (2014/3/14) 94位 日本発!牛乳・乳製品を多く摂るほど認知症リスクが低下:久山町研究 (2014/6/20) 95位 肥満→腰痛のメカニズムの一部が明らかに (2014/8/8) 96位 低炭水化物食 vs 低脂肪食 (2014/8/7) 97位 認知症患者の調子のよい日/ 悪い日、決め手となるのは (2014/3/21) 98位 統合失調症患者は、なぜ過度に喫煙するのか (2014/7/2) 99位 血糖降下強化療法の評価―ACCORD試験続報/Lancet (2014/8/20) 100位 小児BCG接種、結核感染を2割予防/BMJ (2014/8/21) #feature2014 .dl_yy dt{width: 50px;} #feature2014 dl div{width: 600px;}

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人間失格【傷付きやすい】[改訂版]

今回のキーワード愛着障害境界性パーソナリティ障害空虚感情緒不安定自己愛依存「そんなに傷付く!?」みなさんが患者さんや学生さんと接している時、「そんなに傷付く!?」とびっくりしてしまったことはありませんか?世の中にはいろんな人がいます。気が強い人もいますし、逆に感じやすい人もいます。できることなら誰とでもうまくやっていきたいですよね。でも、うまくいかなくなった時、どう考えたら良いでしょうか? どう接したら良いでしょうか?「大人とは、裏切られた青年の姿である」今回は、この感じやすい心について、2010年の映画「人間失格」を取り上げてみました。原作は、永遠の青年文学と言われる太宰治の代表作であり、また彼の人生そのものであるとも言われています。いまだに多くの人たち、特に迷える若者たちの心をわしづかみにしています。彼の名言の1つに「大人とは、裏切られた青年の姿である」という文があります。この「裏切られた」という感傷的な表現をあえて使い、裏切るか裏切らないか、つまり人を信じることについて敏感になっているのは、そもそも人間不信が根っこにあり、人に対しての信頼感が揺いでいることがうかがえます。主人公はなぜ傷付きやすいのか? なぜ人間不信があるのか? そして、私たちはなぜ彼が気になるのか? これらの疑問も踏まえて、これからストーリーを追って詳しく探っていきましょう。トラウマ―心の傷まずは、冒頭の幼少期のシーンです。主人公の葉蔵が独りつぶやきます。「生まれて、すいません」と。いきなりの謎です。なぜ、子どもがそんなことを言うことができるのでしょうか? その謎の答えは、映画では描かれていません。しかし、原作で告白されています。実は、葉蔵にはトラウマ(心的外傷)があったのです。そのうちの1つは、家の女中や下男から性的虐待を受けていた可能性があることです。原作では「哀しい事を教えられ、犯されていました」という表現だけのため、どの程度なのか、または象徴的な言い回しなのかなどの解釈が分かれるところです。もう1つは、家族のような存在である女中や下男たちがお互いの悪口を陰で言い合っているのを幼少期から聞かされました。一貫して信じたい人を信じられなくさせる矛盾した二重の縛り、ダブルバインドです。さらに、太宰本人は実際に幼少期に、育ての母親とも言える女中と突然別離させられています(喪失体験)。だからでしょうか? 作品中では葉蔵の母親は登場しません。しかし、彼は物分かりが良すぎたのです。そして、それらを全て受け入れたのでした。そして、子ども心ながら「生き残りたい」「これ以上誰にも見捨てられたくない」という思い込みから、その究極の答えとして、自分を抑圧して本心を言えずに言われたままに従う良い子、そしてみんなの気を引く道化役を死に物狂いで演じ始めました。これが、彼の人間不信、自己否定の原点であったようです。だからこそ、生存の謝罪が口から突いて出てきたのでした。代償性過剰発達―研ぎ澄まされた能力生き残るためのサバイバーとしての必死の演技は、葉蔵に特別な能力を開花させました。それは、嫌われないようにそして演技がばれないようにするため、常に彼は相手の顔色を伺い、表情、動作、言動に敏感になっていきました。そして、観察力、感受性が研ぎ澄まされていったのです(代償性過剰発達)。ちょうど視覚障害者の聴覚が敏感になるように、生きづらさを代わりの能力で補いカバーしようとして、その能力が過剰に発達することです。自分の生き死にがかかっていることのない普通の家庭で育った子どもは、このような能力は備わらず、無邪気なままです。数々の太宰作品はなぜ感性が鋭く描かれているのかにも納得がいきます。学校での彼は、笑い者として実に見事に演じ、常にお茶目で人気者でした。ある時、学校の体育の時間にいつものように面白おかしく失敗してクラスメートたちみんなの笑いを誘うことに大成功をおさめます。しかし、その演技はよりによって、あるサエないクラスメートの竹一にだけこっそり見破られるのです。その瞬間、葉蔵は心の底から震え上がります。道化役に全てを捧げていた彼にとっては自分が自分でなくなるような感覚でしょうか。次に彼のとった行動は、竹一を自分の友人として味方につけて、取り込んだのでした。そもそも竹一ももしかしたら「さえない生徒」を演じていたのかもしれません。葉蔵と同じように観察力が鋭いのであれば、演技で人を欺くことができます。二人はそんな同じ匂いに惹き合ったようにも見えます。失体感症―失われる空腹感原作では、幼少期から葉蔵は空腹感を感じない体質であると描かれています。この原因は、トラウマによる不安や葛藤を押し殺す抑圧の心理メカニズムにより、空腹感などの身体的欲求などの感覚までもが押し殺され鈍くなっている状態が考えられます(失体感症)。私たちにも、周りへ気を使い過ぎると(過剰適応)、体の感覚が鈍くなる症状として現れます。さらに、自分の感情そのものにも鈍くなってしまう場合もあります(失感情症)。愛着障害―結べなくなる絆太宰が母親代わりの女中を喪失した外傷体験の代償は、計り知れません。もともと父親は地元の名士で議員でもあり、多忙でほとんど家を空けており、お世話をする女中たちや下男たちや兄姉たちとのかかわりがほとんどで、親からの愛情によるかかわりが乏しかったことが伺えます。そもそも、親、特に母親という特別な存在から無二の愛情を受けることで、子どもは自分が特別な存在であると実感します。自分にとって親が特別であり、同時に親にとっても自分が特別であること、この特別な結びつきの感覚こそ信頼感を育み、愛着という強く固い絆を生み出します。その絆の安心感を基に、やがて成長した青年は、様々な人たちと巡り会い、自分が選び同時に選ばれるというプロセスを経て、親友や恋人などとの新たな絆を作ろうとします。そして、選び取ること、選び取られることの大切さを知り、その特別な絆を深めようとします。葉蔵は、もともとこの愛着という絆がうまく育まれていなかったのでした(愛着障害)。愛着障害により、そもそも相手を信頼する時に安心感がないのです。その代わりに、「いつか捨てられるんじゃないか」「裏切られるんじゃないか」という強い恐れ(見捨てられ不安)が常に彼を支配していました。その後も、多くの女性が彼を求め、その女性たち全てが彼の居場所となりました。しかし、同時に、彼の心そのものはどこにも居場所がありませんでした。なぜなら、彼は、戦場のような場所で過ごした幼少期の体験によって、安心できる「居場所」という感覚そのものがなかったからです。そして、自分が選び抜いた誰か特別な人に愛情(愛着)を持つという発想そのものがなかったからです。空虚感―全てが空しい映画では、原作には登場しない中原中也との出会いが描かれます。最初は、絡み酒です。中原中也は「おまえは何の花が好きだ」「戦争の色は何色だ」と吹っかけてきます。その強がりは、彼の作風に反映されている不安や寂しさの裏返しであることが垣間見えます。見捨てられ不安で蝕まれた心は、世界が広がる青年期の多感な時期を迎えると、空しさで空っぽになってしまいます(空虚感)。自分の弱さや存在の危うさに敏感で繊細な点で、葉蔵と中原中也は似た者同士で、やがて惹き合っていきます。中原中也は、葉蔵にとって憧れであり、唯一の友情らしき感覚を味あわせてくれる存在でした。葉蔵が大切にしていた画集を質入れした直後に、中原中也が買い取り、葉蔵に渡すシーンは印象的です。しかし、葉蔵と中原中也はお互いに通じるものがあったのにもかかわらず、中原中也は自殺してしまいます。この出来事は、葉蔵の空虚感をさらに助長させていきます。操作性―巧みな人使い見捨てられ不安や空虚感があると、人はそれを満たすため、自分から人に働きかけて自分の思い通りにしようとして、人の気を惹くのがうまくなります(操作性)。葉蔵が従姉に優しくする場面が印象的ですが、何をしたら相手が喜ぶか完全に心得ています。その後も、持ち前のルックスに加えて、この操作性で次々と女性と関係を持つようになります。細かいところにも目が行き届くため、キャバレーであえて目立たない女給の常子にさり気なくお礼を言い、惚れられます。原作でも「女は引き寄せて、突っ放す」と語られています。情緒不安定―感受性の鋭さの裏返し子持ちの未亡人の静子と同棲するようになった時です。その娘から「本当のお父ちゃんがほしいの」という何気ない無邪気な言葉に、葉蔵は傷付き、打ちのめされます。彼は、感受性があまりに強くて繊細なため、子どもの言うことだから仕方がないとは思えないです。葉蔵の鋭い感受性は、裏を返せば、傷付きやすさを意味しています(情緒不安定)。その時に「裏切られた」「自分の敵だ」と感じたのでした。その後、静子が娘に「お父ちゃんは好きでお酒を飲んでいるのではないの」「あんまり良い人だから」と葉蔵を幸せそうにかばう会話を盗み聞きして、決意します。そして、そのまま立ち去り、二度と戻って来ることはありませんでした。その真意は、「自分のような馬鹿者は平和な家庭を壊してしまう」という自己否定、この幸せに自分は入れないという疎外感や嫉妬心(人間不信)、そして自分が消え去ることでこの幸せに水を差して懲らしめたいという懲罰欲などの複雑な思いが絡んでいそうです。スプリッティング(分裂)―貫けない愛情葉蔵は、「敵か味方か」「完璧な家庭でなければ別れる」と極端に白黒付けようとする感覚に囚われています(スプリッティング、分裂)。良い感情と悪い感情がバランスよく保てず、その中間のグレーゾーンであるちょうど良い「ほどほど」の関係性やささやかな「ほどほど」の幸せを実感するのでは物足りず、納得いかないのです。彼が求めるのは、究極的な信頼であり、究極的な幸福でした。発想が極端なのです。だからこそ、その後に出会うタバコ屋の良子とあっさり結婚してしまうのもうなずけます。良子は、葉蔵が酔っ払い断酒を破ったと打ち明けているのに、「だめよ、酔ったふりなんかして」「お芝居がうまいのね」といっこうに信じず、葉蔵に「信頼の天才」と言わしめたのでした。しかし、のちに妻の良子が不幸にも顔見知りにレイプされている現場に遭遇しても、彼は何とも声をかけられず、その場を立ち去ってしまいます。その後は、良子とは情緒的な交流なく、表面的に接することしかできません。彼は、完璧な信頼や幸福を失うという凄まじい恐怖におののいているばかりで、けっきょくその現実に向き合えず、良子と辛さを分かち合えず、逃げ出してしまいます。持ち前の意気地のなさとスプリッティングにより、たとえ不幸があっても何とか現状を維持して乗り越えていこうとするバランス感覚が欠けているのでした。パーソナリティの偏り葉蔵は、家財を遊びの軍資金にするため次々と質入れしています。そして、財産を食い潰す放蕩ぶりが仇となり、父親の引退をきっかけに、経済的に困窮し、落ちぶれていきます。現実が行き詰れば、空虚感はやがて自殺衝動を駆り立てます。そして、初めて自分が恋した常子と共に入水自殺を図ります。しかし、常子だけ死なせてしまい、自分は生き延びるのです。実際に、太宰も何度も自殺を企てています。そして、毎回違う女性が一緒でした。彼の自殺衝動は、本気で死を決しているというよりは、「生と死のギリギリの境をさ迷うスリルをあえて味わいたい」「そのスリルを通して生きている実感を噛みしめたい」という無意識の心理が働いているようです。他人を巻き込み、手の込んだことをするのは、逆に、生への執着を確かめたいからとも言えます。この心理は、昨今、話題になるリストカットや過量服薬などの自傷行為につながる心の揺らぎと言えます。葉蔵は、情緒不安定、空虚感、見捨てられ不安、スプリッティング、操作性、自殺衝動などの症状が揃っており、境界性パーソナリティ障害(情緒不安定性パーソナリティ障害)があると言えます。ただ、パーソナリティとは、あくまでその人のものごとの捉え方(認知)や感情の偏りなので、その良し悪しは周りとの相性や見方によって二面性があるとも言えます(表1)。表1 葉蔵の情緒不安定の二面性マイナス面プラス面「情緒不安定」「単純」「短絡的」「愛が重い」「感受性豊か」「観察力が鋭い」「純粋」「繊細(ナイーブ)」「愛が深い」自己愛―何ごとも自分の思いどおりにしたい葉蔵は、幼い頃から召使いを何人も抱えるお屋敷に住み、端正な顔立ちで何人もの幼なじみの女の子たちにチヤホヤされて過ごしてきました。そんな家柄、経済力、容姿に恵まれてしまったら、何ごとも自分の思い通りにしたいという気持ち(自己愛)が強く、思い通りにならなくなった時に、そのギャップで傷付きやすさも強まります。実際に、太宰も名誉欲しさに芥川賞の推薦を選考委員の大御所に懇願したという逸話はあまりにも有名です。葉蔵は、定職に就かず、ヒモのような生活を続け、「きっと偉い絵描きになってみせる」「今が大事なとこなんだ」といつまでも叶わぬ夢を追い、不健康なこだわりを持ち続けて、健康的なあきらめができないのです。幸せの青い鳥を追い続ける「青い鳥症候群」とも呼ばれ、現代でもある程度の年齢を重ねても「いつかビッグになる」と言い続ける男性や「いつか白馬の王子様が迎えに来る」と言い続ける女性が当てはまりそうです。ただ、自己愛のパーソナリティも二面性があり、高過ぎる理想と現実のギャップに苦しむ一方、自分を大切に思う気持ちが向上心として生きる原動力になることもあります(表2)。依存―すがりつき、のめり込み、歯止めが利かない葉蔵の空虚感は、果てしない底なし沼であり、人間関係ではけっきょく満たされません。この満たされない心は、やがてお酒や薬物で満たされるようになります。バーで居候していた時は、いつも酔っ払い、痩せていきます。何かにすがり、のめり込み、歯止めが利かないのです。健康的な人の「もうこれぐらいで止めておこう」という節度、限度の加減がないのです。例えば、「もっと命がけで遊びたい」「生涯に一度のお願い」「そこを何とか頼む」などの葉蔵のセリフが分かりやすいです。このようにある一定の枠組み(決めごと)から外れやすい性格傾向は、依存と呼ばれます。人間関係に溺れるだけでなく、アルコールに溺れ、やがて、睡眠薬、麻薬にも溺れていき、依存の対象が広がっていきます。依存のパーソナリティも二面性があります(表2)。人間関係に溺れるためには、相手をしてくれるだれかがいなければなりません。そのため、とても甘え上手になっていきます。さらに、特にアルコール、薬物などの依存物質を乱用してしまうと、やがて止めることだけで手足が震えたり自律神経が乱れたりする離脱症状(いわゆる禁断症状)と呼ばれる体が欲して言うことを聞かなくなる症状が現れ、アルコール依存症や薬物依存症に陥っていきます。最終的に、アルコールと薬物で体がボロボロになってしまった葉蔵は、後見人の平目の助けにより、入院隔離されます。ようやく、断酒、断薬が強制的ながら徹底されるのです。依存症の患者は、もともと枠組みが外れやすいということがあるので、生活や考え方の枠付けを徹底する治療を行います。例えば、規則正しい生活リズムや「ダメなものはダメ」というルールを守ることです。表2 葉蔵のパーソナリティの偏りの特徴特徴マイナス面プラス面情緒不安定性感じやすく、常に生きるか死ぬかの極限にいる。感受性が豊かで、観察力が鋭く、気配りに長けている。自己愛性高過ぎる理想と現実のギャップに苦しむ。自分を大切に思う気持ちが、向上心として生きる原動力になる。依存性すがりつき、のめり込み、溺れやすい。甘え上手共依存―依存されることに依存する病葉蔵の、美形に加えて、陰のある物憂げな表情や、漂う孤独の匂い、弱弱しくよろめきそうなたたずまいは、女性に助けてあげたいという気にさせる魅力や魔力が潜んでいるようです。これは、実際の太宰のポートレートを見てもそう感じさせます。また、雰囲気だけでなく、「金の切れ目が縁の切れ目ってのはね、解釈が逆なんだ」とさりげなく知性を披露するインテリぶりや、言葉少なげで独特の間があることは、守ってあげたいという女性の母性本能をさらにくすぐるようです。実際に、彼が巡り会う女性は、人一倍世話焼きで母性本能が強いです。「いいわよ、お金なんか」という下宿先の世話焼きな礼子、「うちが稼いであげてもダメなん?」という女給の常子、居候させマンガの仕事の依頼をとってきてあげる静子、「信頼の天才」である良子、キスされて麻薬を渡してしまう寿、そして母性本能に溢れる鉄など強烈なキャラが多いです。彼女たちに共通するのは、特別に華があるわけではなく、どこか訳ありで陰や引け目があり、彼女たちは自分に対する自己評価が低く劣等感がありそうです。このような劣等感のある女性が「この人の苦しみを分かってあげられるのは私だけ」と優越感に浸ることができるからこそ、葉蔵はもてはやされるのです。世話焼きとしてお世話をすることで、「私はこんなにこの人の役に立っている」と、自己評価を保とうとします。葉蔵の方も、そんな劣等感や母性本能の強い匂いのする女性をあえて嗅ぎ分けています。このように、必要とされることを必要とする、言い換えれば、依存されることに依存する状態は、共依存と呼ばれます。ややこしいですが、これも一つの依存の形です。そして、実際に、依存症の人が依存症であり続けることができる大きな原因として、その人のパートナーや家族が共依存であり、依存症の治療の妨げになっていることがよくあります。ただ、この共依存のパーソナリティも二面性があり、その良し悪しは人それぞれとも言えます(表3)。表3 葉蔵を取り巻く女たちの共依存の二面性マイナス面プラス面「お節介」「過保護」「過干渉」「押しつけがましい」「甘やかし」「世話焼き」「母性本能に溢れる」「面倒見がいい」「尽くす」「献身的」「優しい」退行―幼少期の生き直し父親の死に伴い、一切の面倒を見るという兄の働きかけにより、葉蔵は故郷の津軽に帰り、療養生活という名目で、年老い世話係の鉄と二人で暮らすことになります。父親にゆかりのある人ということで、どうやら昔の父親の愛人のようです。もともと子どもに恵まれなかった鉄は、葉蔵に強い母性的な無二の愛情を注ぎます。「こんな僕でも許してくれるのか」と言う葉蔵に対して、鉄は優しくそして力強く言い放ちます。「いいんだ」「神様には私が謝るので」「何があっても私が護(まも)る」と。その後に、駐在とのやり取りで、鉄が葉蔵をかばう様子は母そのものです。母性本能の強い鉄と過ごす日々は、葉蔵に安らぎを与えてくれました。どんどんと子ども返り、赤ちゃん返りしていきます(退行)。童心に返ったように無邪気に海岸ではしゃぎ、子守唄で心地良くなります。胎内回帰の寝像のポーズは、子宮の中にいる心地良さを表しているようです。退行を通して、かつて手に入らなかった愛着を育み、幼少期を生き直そうとしているようです。客観視―自分を俯瞰(ふかん)して見つめ直す視点原作では、鉄との愛着を育む他愛のない日々が綴られ、締めくくられます。そして、葉蔵は最後に語ります。「今の自分には幸福も不幸もありません」「ただ、一切は過ぎていきます」と。最後は、「現実は何も解決してくれない」という受身の虚しさに堕ちていく退廃的な美学を描こうとしているようです。諸行無常の響きさえ聞こえてきそうなエンディングです。実際に、太宰はこの作品の完成後に自殺を遂げています。一方、映画ではもう一つのエンディングが用意されていました。原作とは一味違った展開です。葉蔵は、鉄の愛情に育まれてついに巣立つのです。愛情に満たされた、平穏でのどかな故郷から東京に出発する電車の中では、軍人たちの間で戦争に入っていくという緊張感ある会話がなされ、現実世界に引き戻されています。その後、突然、乗客が過去に出会った全ての人たちに変わり、楽しく騒ぎます。まるで走馬灯のように過去を振り返る幻想的なシーンです。その中には、子ども時代の自分と向き合うシーンがあります。それは、過去から現在に至る自分を俯瞰(ふかん)して見つめ直す視点が身に付いたことを象徴しているようです。そして、葉蔵はつぶやきます。「今の自分には幸福も不幸もありません」「ただ、一切は過ぎていきます」と。そこには、かすかな希望が見えます。スプリッティングという両極端なものごとの捉え方による「阿鼻叫喚」な生き様を乗り越えて、安定した情緒で「現実を見つめ直して受け入れていく」という、淡々として自分を客観視できる能動的な人生へと回復していく可能性をほのめかしているようにも思えます。コミュニケーションのコツ臨床現場などで、患者さんやその家族が私たちに対して「よくしてくれる」とか「ちゃんとしてくれない」とかと感じる(転移)と、それが態度に表れることがあります。そんな態度を見た私たちも彼らを「良い人だ」とか「困った人だ」と感じてしまい(逆転移)、最悪のシナリオは、関係がとても悪くなり、関係を続けることが難しくなることです(巻き込まれ)。これは、教育の現場で、学生が相手でも同じです。もしも患者や学生が、葉蔵のような情緒不安定なパーソナリティの偏りがある人だった時、どうすればいいでしょうか?その人は、相手が良い人と思ったらすぐに大好きになり、いつもべったりになります(理想化)。一方、期待し過ぎるあまりちょっとした行き違いが起こると、すぐに裏切られたと思い込み、大嫌いになって、絶交します(幻滅)。このように、すぐに近付いたり、すぐに遠ざかったりして、安定していないのです。そのような時、私たちがその人の不安定な対人距離をよく理解すると、コミュニケーションのコツが見えてきます。巻き込まれコミュニケーションのコツは、3つあります。まず、相手をよく知ることです。相手の心(認知パターン)をよく理解し、次の動き(行動パターン)を予測することです。「世の中に怖いものはない。怖いものがあるとすれば、それは理解がないことだ」(キュリー夫人)という名言がありますが、ものごとは、得体が知れないと不気味ですが、正体が知れると面白味があるものです。私たちは、むしろ興味を持って、「不思議な人だな」とじっくり観察する心の余裕を持つことが大切です。次に、こちらがどっしりと構え、その人の動きに振り回されないことです。つまり、もともとあるべき一定の心の間合い(心理的距離)をとり続けることです。例えば、その人に好かれているから、または文句を言われるからとの理由で特別扱いをして対応を変えないこと、つまり間合いを詰めないことです。近付きすぎたら一歩退きますが、逆に、遠ざかっても見放さず、温かく見守り続けることです。この間合いが、長い目で見ると本人に安心感を与えます。スタッフで足並みを揃えるのも大事です(標準化)。また、たとえ「傷付いた」と言われても、むやみに動揺せず、「この人はこういう人なんだ」と受け流すことです(客観視)。しかし、だからと言って見限らず、見捨てず、見守ることです。相手を怖がってとにかく距離を置くのと、相手をよく理解して必要だから距離を置くのでは、その心の余裕は全く違います。もう1つは、その人は私たちに何かと期待し過ぎる傾向があるので、私たちが自分にできることとできないことの線引き(限界設定)をして、その人になるべく前もって伝えることです。「言った、言わない」のドツボにはまらないために、誠実に、さりげなく書面にするのも得策です。これらのコツは、「巻き込み」「巻き込まれ」を防ぐために、私たちのためだけでなく、その人のためにもなります。表4 コミュニケーションのコツ相手をよく知る相手の心(認知パターン)をよく理解する。次の動き(行動パターン)を予測する。じっくり観察する心の余裕を持つ。心の間合いどっしりと構えて対応を変えない(心理的距離)。スタッフ同士で足並みを揃える(標準化)。「この人はこういう人なんだ」と受け流す(客観視)線引きできることとできないことを線引きする(限界設定)。前もって伝える。書面にする。「人間失格」を乗り越えて「人間合格」になる私たちは10代から20代の間の多感な青年期に、勉強、部活、仕事、恋愛を通して、人間関係の幅や深みが一気に広がり、世界が開けていきます。そして、気付かないうちに人の心を傷付けたり、逆に傷付けられたりする経験を通して、人をどこまで信じていいのか不安や迷いが生まれます。そんな時期に、その感受性を過激に、そして必死に体現してくれるこの「人間失格」の葉蔵は、さ迷える私たちに衝撃を与え、重なり合い、そして自分の状況を振り返らせ、人を信じることとはどうあるべきかを気付かせてくれます。この作品を足がかりとして、その青年期の信じることの危うさを乗り越えた私たちは、ほどよい信頼感や自信(自己肯定感)を実感できる「大人」に成長しているのではないでしょうか?そんな私たちは「人間合格」と胸を張ることができるのではないでしょうか?1)「人間失格」(集英社文庫) 太宰治2)「愛着障害」(光文社新書) 岡田尊司3)「境界性パーソナリティ障害」(幻冬舎新書) 岡田尊司4)「リストカット」(講談社現代新書) 林直樹

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アルコール使用障害の治療に関するメタ解析に驚く話(コメンテーター:岡村 毅 氏)-CLEAR! ジャーナル四天王(210)より-

一般的な研修コースを歩んだ精神科医師は、さまざまな症例の経験を経て、順調に行けば卒後5年強で精神保健指定医となる(近年は専門医制度も確立したが、私の頃は整備がなされていなかった)。 指定医になるには、治療論や法的側面などを緻密に書かないと落とされてしまう症例レポートの提出が義務付けられており、「依存症」も課題の一つだった。多くの同僚は、症例に遭遇する確率が高いこともありアルコール依存症でレポートを書いたもので、研修コースにはアルコール病棟のある病院が多く含まれていた。 正直に告白すると、私はアルコール依存症のマネジメントはあまり得意ではなかった。アルコール依存症のレポートでは、意識清明となった患者に対してあらためて断酒意欲を確認し、ピア・サポートなどの助けも借りながらアルコールの有害性を学習し、断酒意欲を強化し、断酒維持に向かって伴走する、というような入院、退院、外来治療の経過を書くことが求められていたと記憶している。そこでは薬物治療の出る幕はあまりなく、あくまで離脱や二次的不眠等の対症療法であった。あるいは抗酒薬(飲酒してしまうと不快感が生じる物質を本人納得のもとに使用する)というものもある。 しかし、そもそもアルコールは日本中どこでも売っていて、いわゆる違法薬物ではない。アルコールで人生が破綻した悲惨なケースをたくさん見てきたし、破綻したからアルコールに走ったというケースも多々あった。そういう人が死ぬ思いで断酒しているのに、数十メートルも歩けば簡単に手に入る状況というのも理不尽にも思えて、真にアルコールの弊害を解決したければ国家として禁酒をしたほうがいいのではないか、などと考えもした。 また、アルコール依存の人は内科治療が必要な割にはずいぶん縁遠い人生を歩むことが多い(真面目に治療を受けなかったりするため)が、人生の最終局面では肝硬変と静脈瘤破裂で一瞬だけ内科の患者さんになっていたりする。「私は無力だ」そう思ったので得意ではなかったのだろう。これを読んでご不快に感じられた依存症の専門家がおられたら、専門外の人間の浅い理解と嗤っていただきたい。 いずれにせよ、アルコール依存症の症例レポートを書くためというのもあり、不思議な穏やかさと仲間意識の混在する梅雨どきのアルコール専門病棟にてしばらく働いたことを思い出した。 なんだかまったりしたエッセイになってしまったが、本論文を読んで、まずは外来でのアルコール使用障害(AUD)治療における薬物治療のメタ解析であることに驚いた。前述のような私の経験(入院中心の心理教育)とは、ずいぶんと距離がある。 本論文の考察において、「米国でもプライマリ・ケア医はAUDの治療には障壁があり専門機関に紹介する傾向があった」、「しかしプライマリ・ケアの段階での治療をすることが望まれる」と書いてあり、すわAUD治療のノーマライゼーションかと驚く。もっともAUDの1/3以下しか治療を受けていない、10%以下しか薬物治療を受けていない、とも記載されているので理念の表明なのだろう。時代の潮流を見極める必要がある。 次に、エビデンスがあるAUDの外来薬物療法が確立したことは素晴らしいことであるが、医学モデルが問題解決に必要十分と早とちりしないことも重要である。 極端な例だが、アルコール問題のあるホームレスの人には、治療を受けるならば居住施設に入ってもらうという姿勢よりも、治療を受ける受けないにかかわらず、まずは住居を提供することで、結果的に生活が安定しアルコールの問題も減るのではないかと考えられないだろうか? 実際、そのような報告がJAMAでなされている(Larimer ME, et al. JAMA. 2009 ;301(13):1349-1357.)。 私は本論文を批判しているのではなく、筆者らはこんなことは当然承知のうえだ。考察では、疫学研究ではさまざまな因子が飲酒に関連することに言及しているし、プライマリ・ケアでAUDの治療をするためにはメンタルヘルスの専門家との連携が鍵となることを公平に記載している。 いずれにしろ、この論文は新しい時代の羅針盤となるべき重要な論文かもしれない。2013年からアカンプロサートは本邦でも発売されている。多くの方が救われることを心から願う。 なお、最新の米国精神医学会の診断マニュアル(DSM-5)からはアルコール依存症と乱用という2分法は消滅してしまい、アルコール使用障害(AUD)という概念が使われている。

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アカンプロサートとナルトレキソンのアルコール依存症治療の減酒効果/JAMA

 外来でのアルコール依存症治療について、アカンプロサート(商品名:レグテクト)と経口ナルトレキソン(国内未承認)は、いずれも同等に再飲酒を防止する効果があることを、米国・ノースカロライナ大学のDaniel E. Jonas氏らが、システマティックレビューとメタ解析の結果、報告した。アルコール依存症に対する薬物治療はあまり行われておらず、減酒薬治療を受けている人に限ってみれば10%未満であるという。研究グループは、大規模な報告例をレビューし、米国FDAおよびその他が承認する薬物療法の有効性、健康アウトカムの改善や有害事象について明らかにするため本検討を行った。JAMA誌2014年5月14日号の掲載報告。アカンプロサート、ナルトレキソンまたは両者を評価した試験が大半 研究グループは、PubMed、Cochrane Library、PsycINFO、CINAHL、EMBASE、FDAウェブサイト、臨床試験レジストリを介して、1970年1月1日~2014年3月1日の報告論文を検索。2名のレビュワーが、試験期間が12週間以上で適格アウトカムを報告していた無作為化試験、および健康アウトカムや有害事象を報告していた直接比較の前向きコホート試験を適格とし、論文の選択を行った。 メタ解析はランダム効果モデルを用いて行い、有益性に関する必要治療数(NNT)または有害性に関する必要治療数(NNH)を算出し、アルコール消費(あらゆる再飲酒、大量飲酒に回帰、飲酒日数など)、健康アウトカムのアクシデント(自動車衝突事故、外傷、QOL、機能性、死亡)、有害事象について評価した。 検索の結果、無作為化試験122本、コホート試験1本(計2万2,803例)を解析に組み込んだ。大半が、アカンプロサート(27試験、7,519例)、ナルトレキソン(53試験、9,140例)または両者を評価した試験だった。アカンプロサートと経口ナルトレキソンは同等の減酒効果 あらゆる再飲酒防止のNNTは、アカンプロサートは12(95%信頼区間[CI]:8~26、リスク差[RD]:-0.09、95%CI:-0.14~-0.04)、経口ナルトレキソン(50mg/日)は20(同:11~500、-0.05、-0.10~-0.002)だった。 大量飲酒回帰防止のNNTは、アカンプロサートでは改善との関連は認められなかった。経口ナルトレキソン(50mg/日)は12(同:8~26、-0.09、-0.13~-0.04)だった。 アカンプロサートとナルトレキソンの比較試験のメタ解析からは、あらゆる再飲酒(RD:0.02、95%CI:-0.03~0.08)、大量飲酒回帰(同:0.01、-0.05~0.06)について、両者間の統計的な有意差はみられなかった。 ナルトレキソン注射薬のメタ解析では、あらゆる再飲酒(同:-0.04、-0.10~0.03)、大量飲酒回帰(同:-0.01、-0.14~0.13)との関連はみられなかったが、大量飲酒日数短縮との関連はみられた(加重平均差[WMD]:-4.6%、95%CI:-8.5~-0.56%)。 一方、適応外薬では、ナルメフェン(国内未承認)とトピラマート(抗てんかん薬として商品名:トピナ)で中程度のエビデンスが認められた。ナルメフェンは、1ヵ月当たりの大量飲酒日数(WMD:-2.0、95%CI:-3.0~-1.0)、1日当たりの飲酒(同:-1.02、-1.77~-0.28)について、トピラマートは、%でみた大量飲酒日数(同:-9.0%、-15.3~-2.7%)、1日当たりの飲酒(同:-1.0、-1.6~-0.48)について効果がみられた。 ナルトレキソンとナルメフェンの、有害事象による試験中止のNNHは、48(95%CI:30~112)、12(同:7~50)であった。なおアカンプロサート、トピラマートでは、リスクについて有意な増大はみられなかった。 結果を踏まえて著者は、「アカンプロサートと経口ナルトレキソンは、減酒との関連が認められ、それらはアルコール依存症患者の飲酒アウトカム改善に最善のエビデンスを有していた。直接比較試験では、両者に有意な差はみられなかった」と述べ、「適応外薬では、ナルメフェンとトピラマートに若干だが改善と関連する中程度のエビデンスがみられた」とまとめ、投薬頻度や予想される有害事象および治療の有効性などの要因は薬物治療の選択においてガイドとなるだろうとまとめている。

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学生の飲酒節制、ネット介入の効果なし/JAMA

 大学生を対象としたインターネットによるアルコール使用障害の特定と介入プログラムは、飲酒頻度や総飲酒量、学業問題や気晴らし飲酒、深酒について、改善効果を認めなかったことが明らかにされた。一方で、典型的な行事における飲酒量については、介入プログラムにより有意に減少したという。オーストラリア・ニューカッスル大学のKypros Kypri氏らが、約1万5,000人の大学生を対象に行った試験で明らかにした。先行研究では、健常者の飲酒、とくに若い人の飲酒は、グローバルな疾患負荷に結びつくこと、またシステマティックレビューではインターネットによるスクリーニングと介入は有効であることが示唆されていた。JAMA誌2014年3月26日号掲載の報告より。AUDIT-Cスコア4以上の被験者を無作為化 試験はニュージーランド7校の大学生、合わせて1万4,991人を対象に行われた二重盲検並行群間比較の無作為化試験だった。研究グループは2010年4~5月にかけて、アルコール使用障害特定の3項目からなる「簡易版AUDIT-C」へのリンクアドレスを含む電子メールを送信した。被験者の年齢は17~24歳だった。 回答の得られた5,135人のうち、AUDIT-Cスコアが4以上だった3,422人を無作為に2群に分け、一方の群にはAUDITテストの追加質問やLeeds依存に関する質問票(LDQ)調査を行い、その結果についての評価と、リスクを減らす方法、血中アルコール濃度のピーク値、アルコール依存症などについてフィードバックする介入を行った。もう一方は対照群として、スクリーニング試験のみを実施した。典型的行事における飲酒量のみ介入群で有意に中央値1杯減少 5ヵ月後、典型的な行事における飲酒量や飲酒頻度など、6項目について両群を比較した。その結果、有意な差(p値の閾値0.0083)がみられたのは、典型的な行事における飲酒量についてで、対照群は中央値が5杯(四分位範囲:2~8)だったのに対し、介入群では4杯(同:2~8)と有意な減少がみられた(リスク比:0.93、99.17%信頼区間[CI]:0.86~1.00、p=0.005)。 一方で、飲酒頻度(p=0.08)や総飲酒量(p=0.33)については、両群で有意差はみられなかった。また、学業問題スコアの改善(p=0.14)、気晴らし飲酒(p=0.04)や深酒(p=0.03)のリスク改善についても、介入による有意な効果は認められなかった。

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救急搬送患者に対する抗精神病薬の使用状況は

 最近の専門ガイドラインでは、救急部門(ED)に搬送されてきた激しい興奮を呈する患者へのファーストライン治療として、第二世代抗精神病薬(SGA)の経口投与が推奨されているが、現実的にはほとんど投与は行われておらず、処方の増加もみられないことが判明した。また投与されている場合は通常は経口投与で、しばしばベンゾジアゼピン系薬の併用投与を受けており、アルコール依存症患者への処方頻度が最も高かったことも明らかになった。米国・UC San Diego Health SystemのMichael P. Wilson氏らが報告した。Journal of Emergency Medicine誌オンライン版2014年3月21日号の掲載報告。 これまでEDにおいて、どのような薬物投与が行われているのか、SGAがどれくらい処方されているのかは不明であった。研究グループは、1)患者特性、ベンゾジアゼピン系の併用投与を調べ、またSGAの使用についてハロペリドールまたはドロペリドールの使用と比較すること、2)ED患者へのSGA処方率の経時的変化を調べた。2つの大学EDを2004~2011年に受診した患者コホートを後ろ向きに分析した。コホートの患者は、アリピプラゾール、オランザピン、クエチアピン、リスペリドン、ジプラシドン(国内未発売)の処方を受けていた。記述的分析法にて年齢、性別、ハロペリドール/ドロペリドールなど第一世代抗精神病薬(FGA)の使用、ベンゾジアゼピン系薬併用使用の割合を比較。線形回帰分析法にてSGA処方が時間とともに増大しているかを調べた。 主な結果は以下のとおり。・試験期間中にEDを受診しSGA処方を受けていた記録は、患者1,680例、1,779件であった。・EDでSGA処方を受けた患者の大半は、経口投与であった(93%)。・ベンゾジアゼピン系薬の併用は、受診者の21%でみられた。また受診者の21%がアルコールに関連した患者であった。・EDにおけるSGA使用の割合は、時間とともに増加はしていなかった。関連医療ニュース 統合失調症の再入院、救急受診を減らすには 急性期精神疾患に対するベンゾジアゼピン系薬剤の使用をどう考える 自閉症、広汎性発達障害の興奮性に非定型抗精神病薬使用は有用か?

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アルコール依存症に介入療法は有効か?/JAMA

 アルコールおよび薬物依存症患者に対し、医療・福祉サービスを調整・包括して提供する慢性疾患ケア管理(chronic care management:CCM)の有効性について検討した結果、通常プライマリ・ケアによるサービス提供と比べて、12ヵ月時点の離脱率に有意差はみられなかったことが報告された。米国・ボストン医療センターのRichard Saitz氏らが、無作為化試験「AHEAD」を行い報告した。依存症患者は、健康問題を抱え高度な医療を受けていたり、併存症を有している頻度が高いが、多くの場合、質の低い治療を受けているとされる。CCMは、同患者への治療およびアウトカムを改善するアプローチとして提唱された。JAMA誌2013年9月18日号掲載の報告より。563例をCCM群と通常プライマリ・ケア群に無作為化 AHEAD(Addiction Health Evaluation and Disease Management)試験は、ボストンの病院ベースのプライマリ・ケア診療所で、AHEADクリニックを設定して行われた。被験者は、2006年9月~2008年9月の間に、独立した宿泊設備がある依存症治療ユニットおよび都市部にある教育病院、募集広告によって集められた。2,731例がスクリーニングに参加し、563例が無作為化を受けてCCM群(282例)または非CCM(通常プライマリ・ケア、281例、対照)群に割り付けられた。 CCM群は、プライマリ・ケア医間の調整を図った横断的な治療、依存症克服のための動機付けの強化療法、再発予防カウンセリング、オンサイトでの併存症治療、依存症治療、精神科治療、社会福祉支援および照会などを含めた介入を受けた。 対照群は、プライマリ・ケアの面談を受け、カウンセリングを自ら手配するため電話番号を記した治療ソースのリストを受け取るという介入であった。 主要アウトカムは、オピオイド、興奮剤、大量飲酒について自己申告に基づく離脱状況であった。オピオイド、興奮剤、大量飲酒の12ヵ月時点の離脱率はCCM群44%、対照群42% 被験者563例のうち95%が、12ヵ月間の追跡調査を完了した。 同時点でオピオイド、興奮剤、大量飲酒について離脱を自己申告した割合は、CCM群44%、対照群42%で有意差はみられなかった(補正後オッズ比:0.84、95%信頼区間[CI]:0.65~1.10、p=0.21)。 副次アウトカムとして評価した、依存症重症度、健康関連QOL、薬物問題についても有意差はみられなかった。 また、被験者をアルコール依存症群、薬物依存症群とサブグループで評価した場合においても、アルコール依存症群のCCMにより飲酒問題が減少したという有意な効果はみられなかった(12ヵ月時点の平均スコア:10対13、発生率比:0.85、95%CI:0.72~1.00、p=0.48)。 上記の結果について著者は、「アルコールおよびその他薬物依存症患者へのCCMは通常プライマリ・ケアと同等で、12ヵ月間の自己申告に基づく離脱率を増加しなかった。より強化した介入または長期の介入が有効かについてさらなる調査が必要である」とまとめている。

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統合失調症患者、合併症別の死亡率を調査

 統合失調症は、重大な併存疾患と死亡を伴う主要な精神病性障害で、2型糖尿病および糖尿病合併症に罹患しやすいとされる。しかし、併存疾患が統合失調症患者の超過死亡につながるという一貫したエビデンスはほとんどない。そこで、ドイツ・ボン大学のDieter Schoepf氏らは、一般病院の入院患者を対象とし、統合失調症の有無により併存疾患による負担や院内死亡率に差異があるかどうかを調べる12年間の追跡研究を行った。European Archives of Psychiatry and Clinical Neuroscience誌オンライン版2013年8月13日号の掲載報告。統合失調症の併存疾患の大半は糖尿病合併症またはその他の環境因子に関与 対象は、2000年1月1日から2012年6月末までにマンチェスターにある3つのNHS一般病院に入院した成人統合失調症患者1,418例であった。1%以上の発現がみられたすべての併存疾患について、年齢、性別を適合させたコントロール1万4,180例と比較検討した。多変量ロジスティック回帰解析により、リスク因子(例:院内死亡の予測因子としての併存疾患など)を特定した。 統合失調症の併存疾患を比較検討した主な結果は以下のとおり。・統合失調症患者はコントロールに比べ緊急入院の割合が高く(69.8 vs. 43.0%)、平均入院期間が長く(8.1 vs. 3.4日)、入院回数が多く(11.5 vs. 6.3回)、生存期間が短く(1,895 vs. 2,161日)、死亡率は約2倍であった(18.0 vs. 9.7%)。 ・統合失調症患者では、うつ病、2型糖尿病、アルコール依存症、喘息、COPDに罹患していることが多く、併存疾患としては23種類も多かった。また、これらの大半は糖尿病合併症またはその他の環境因子に関与していた。・これに対し、高血圧、白内障、狭心症、脂質異常症は統合失調症患者のほうが少なかった。・統合失調症患者の死亡例において、併存疾患として最も多かったのは2型糖尿病で、入院中の死亡の31.4%を占めていた(試験期間中、2型糖尿病を併発している統合失調症患者の生存率はわずか14.4%であった)。・統合失調症患者においては、アルコール性肝疾患(OR:10.3)、パーキンソン病(OR:5.0)、1型糖尿病 (OR:3.8)、非特異的な腎不全(OR:3.5)、虚血性脳卒中(OR:3.3)、肺炎(OR:3.0)、鉄欠乏性貧血(OR:2.8)、COPD(OR:2.8)、気管支炎(OR:2.6)などが院内死亡の予測因子であることが示された。・コントロールとの比較において、統合失調症患者の高い死亡率に関連していた併存疾患はパーキンソン病のみであった。パーキンソン病以外の併存疾患に関しては、統合失調症の有無による死亡への影響に有意差は認められなかった。・統合失調症患者の死亡例255例におけるパーキンソン病の頻度は5.5%、試験期間中に生存していた1,163例におけるパーキンソン病の頻度は0.8%と、統合失調症患者の死亡例で有意に多かった(OR:5.0)。・また、統合失調症死亡例はコントロール死亡例に比べ、錐体外路症状の頻度が有意に高かった(5.5 vs. 1.5%)。・12年間の追跡調査により、統合失調症患者はコントロールに比べて多大な身体的負担を有しており、このことが不良な予後と関連していることが判明した。・以上のことから、統合失調症において、2型糖尿病および呼吸器感染症を伴うCOPDの最適なモニタリングと管理は、鉄欠乏性貧血、糖尿病細小血管障害、糖尿病大血管障害、アルコール性肝疾患、錐体外路症状の的確な発見ならびに管理と同様に細心の注意を払う必要がある。関連医療ニュース 検証!抗精神病薬使用に関連する急性高血糖症のリスク 抗精神病薬によるプロラクチン濃度上昇と関連する鉄欠乏状態 抗精神病薬と抗コリン薬の併用、心機能に及ぼす影響

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PTSDを伴うアルコール依存症への組み合わせ治療の効果/JAMA

 心的外傷後ストレス障害(PTSD)を伴うアルコール依存症の治療について、ナルトレキソン(国内未承認)投与によりアルコール摂取(日単位)を減じられることが、米国・ペンシルベニア大学のEdna B Foa氏らによる無作為化試験の結果、明らかになった。その際、PTSDの認知行動療法の一つである持続エクスポージャー(Prolonged Exposure:PE)療法を同時に行っても、アルコール摂取の助長にはつながらないことも示された。アルコール依存症とPTSDは併存している割合が高いが、その最良の治療方法についてはほとんど明らかになっていない。アルコール依存症でPTSDを伴う患者は治療抵抗性が認められ、一方でPTSDのためのPE療法は、アルコール摂取を助長する可能性が懸念されていた。JAMA誌2013年8月7日号掲載の報告より。ナルトレキソン、PE療法または支援カウンセリングの有効性を検討 アルコール依存症治療の先行研究では、PTSD患者は除外されることが一般的で(PTSD治療のベネフィットをアルコール依存症治療が損なう可能性への懸念などから)、除外されない場合もその症状改善が治療目標にされることはなかったという。 研究グループは、米国でアルコール依存症のエビデンスのある治療として承認されているナルトレキソン投与と、PTSDのエビデンスのある治療であるPE療法の、単独または組み合わせ、およびPE療法の代わりに支援カウンセリングを組み合わせた場合の有効性について単盲検無作為化試験にて検討した。 試験は、ペンシルベニア大学とペンシルベニア退役軍人局にて行われた。被験者登録は2001年2月8日に開始され、2009年6月25日に終了し、2010年8月12日にデータの収集を完了した。 被験者はアルコール依存症でPTSDを伴う165例で、(1)PE療法(90分間セッションを12週連続、その後隔週で6回)+ナルトレキソン(100mg/日)(40例)、(2)PE療法+プラセボ経口薬(40例)、(3)支援カウンセリング+ナルトレキソン(100mg/日)(42例)、(4)支援カウンセリング+プラセボ経口薬(43例)に無作為に割り付けられた。なお支援カウンセリング(30~45分間セッション18回)は全患者に行われた。 主要評価項目は、アルコール摂取日の割合についてはTimeline Follow-Back Interview法で、PTSD重症度についてはPTSD Symptom Severity Interview法で、また飲酒渇望についてはPenn Alcohol Craving Scaleで評価し検討した。評価は治療前(0週)、治療後(24週)、治療中断後6ヵ月(52週)に行った。PE療法有効性の統計的有意差はないが、同治療群の飲酒反復は最小 全4治療群の被験者はいずれも、アルコール摂取日の割合が大きく減少した。各群の変化の平均値は、(1)群-63.9%(95%信頼区間[CI]:-73.6~-54.2%)、(2)群-63.9%(同:-73.9~-53.8%)、(3)群-69.9%(同:-78.7~-61.2%)、(4)群-61.0%(同:-68.9~-53.0%)だった。 なかでも、ナルトレキソン投与を受けた患者のほうが、プラセボ投与を受けた患者よりも有意にアルコール摂取日の割合が低かった(平均差:7.93%、p=0.08)。 一方、PTSDの減少も全4治療群でみられたが、こちらについてはPE療法の有効性について統計的有意差はみられなかった。 治療終了後6ヵ月時点のアルコール摂取日の割合は、全4治療群とも増加していた。そのなかで、PE療法群の増加が最小だった。

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だめんず・うぉ~か~【共依存】

「放っとけないわ!」みなさんは、困っている人を見かけると、「放っとけないわ!」と居ても立ってもいられなくなりますか?「だからこそ、医療現場で働いているんだ」とお答えする人もいるでしょうか?困っている人を助けたいという純粋な気持ちはもちろん良いことです。ただ、逆に、その気持ちが強すぎて、やりすぎてしまい、結果的に相手も自分もだめにしてしまうことはないでしょうか?今回は、このような「世話焼き」「抱え込み」の心理をテーマにして、2006年のテレビドラマ「だめんず・うぉ~か~」を取り上げました。ドキュメンタリーマンガのテレビドラマ化で、コミカルな展開と、リアルな気持ちが絶妙に描かれています。「だめんず」とは、様々なダメ男たちを総称した造語で、「だめんず・うぉ~か~」は、ダメ男たちを渡り歩くダメ女という意味です。もともとは、雑誌「Men's Walker」を文字っているようです。ドラマでは、「だめんず」っぷりを発揮するダメ男たちがメインで紹介されています。浮気男、マザコン男、優柔不断男、嘘つき男、借金男、暴力男、ナルシスト男、見栄っ張り男、没落男など様々です。ここでは、そんなダメ男たちにどうしてもハマってしまう「だめんず・うぉ~か~」であるダメ女たちの心理にスポットライトを当ててみたいと思います。そして、メンタルヘルスの視点から、より良いコミュニケーションのコツについて、みなさんといっしょに掘り下げていきたいと思います。まりあ―どうしてもダメ男を放っとけない主人公のまりあは、大手商社に勤めるベテラン美人秘書です。気立てもよく、仕事もできて、魅力的です。女性にも優しく、みんなの頼れる姉的存在でもあります。しかし、今まで彼女が恋に落ちた相手は、何人もの放っておけないダメ男たちばかりでした。これだけ痛い経験を積んで懲りているだけに、彼女は、ダメ男を見抜く鋭い目を持っています。後輩のナツが、ダメ男に騙されそうになるたびに、「あんな男、やめなさいよ」とお節介も言います。そして、ナツからは「放っといてください」と毎回、嫌な顔をされますが、そのアドバイスがことごとく当たってしまうのです。そんなまりあは、逆に、しっかり者で真面目なIT社長にプロポーズされた時には戸惑ってしまいます。「分かっているんだけど、ときめかない」「だめなのは、男の方じゃなくて、その(ダメな)男を選んでしまう私」と自覚もしています。こうして、まりあは、どうしてもダメ男を放っとけない世話焼きな「だめんず・うぉ~か~」なのでした。友子―1人のダメ男を一途に支え続けるまりあの同期で心許せる友人の友子も、「だめんず・うぉ~か~」です。彼女には、小説家を目指す無職の恋人がいます。彼は言います。「おれさあ、絶対ベストセラー作家になって友子を楽にさせてやるから」と。一見すると好青年ですが、実は、大嘘つきで、二股や三股は当たり前の浮気男でした。そんな彼のことを友子はよく分かっています。そして、嘘がばれるたびに激怒もしますが、彼は「嘘をつくつもりはない」「ただ人を喜ばせたい、面白がらせたいだけなんだよ」と言い、開き直ります。友子は、そんな彼と決して別れようとはしません。それどころか、友子はまりあに打ち明けます。「彼は私がいないとだめなの」「肝腎なことが本当なら、小さな嘘はいいの」と。「肝腎なこと」とは、「おまえのことが一番大切なんだよ」「生涯ずっといっしょにいたいんだよ」との彼の言葉ですが、それすら嘘かもしれないのに、友子は、ダメ男を一途に支える「だめんずうぉ~か~」なのでした。ナツ―イケメンやセレブという外見に気を取られすぎまりあの後輩のナツは、セレブなイケメンとの結婚を目指して、日々、合コンを繰り返しています。とても堅実です。しかし、彼女は、相手がセレブでイケメンという条件をひとたびクリアすると、その男性たちの誘いにすぐに飛び乗ってしまい、自分を売り込もうとするばかりに、自分を安売りしてしまいます。大会社の御曹司からは、「(愛人として)日陰の女になってくれ」と言われて、一瞬、まんざらでもないと思ってしまってもいます。自分の思い描くうわべの幸せに必死すぎるのでした。ナツは、イケメンやセレブという外見に気を取られすぎて、優しさや真面目さや我慢強さなどの男性の内面性が自分に合うかあまり目を向けていません。この心理は、見栄っ張りでケチな金持ち男と結婚したゆり子(まりあの元同級生)や、イケメンで気位が高い没落男を見捨てない久美(まりあの同僚)にも当てはまります。「だめんずうぉ~か~」には、ナツやゆり子や久美のような体裁重視タイプと、まりあや友子のような母性本能タイプの2タイプに分けられそうです(表1)。体裁重視タイプの心理は分かりやすいのですが、母性本能タイプの心理は、実は、対人援助職に就く私たちの心理とも関係が深いので、もっと掘り下げていきましょう。体裁重視タイプ母性本能タイプ(=共依存)特徴相手の外見や経済力にこだわる相手をどうしても放っておけない例ナツゆり子久美まりあ友子共依存―依存されることに依存する母性本能とは、そもそも自分の子どもをどんなことがあっても守ろうとする母親の本能です。この本能は、対人関係における心理として、男女問わず、多かれ少なかれ見られます。特に、まりあのように責任感のあるしっかり者は、そのしっかりしている能力を発揮したいだけに、周りに守るべきダメな人がいてくれる必要があるわけです。そして、ダメな人を放っておけない、自分を頼ってくれるダメな人を探し求めてしまいます。これは、「世話焼き」「お節介」でもあります。やりすぎてしまうと、相手をさらにダメにしてしまう恐れがあります。これは、必要とされることを必要とする、言い換えれば、依存されることに依存する関係性の依存(共依存)です。ややこしい言い回しですが、これは、アルコールや薬物などの物質の依存とは違うタイプの依存です。ダメ男がダメ男として生き続けていけるわけは、ダメ男を好んで支え続ける共依存の女性たちがいるからこそなのです。もちろん、この心理は、人それぞれの相性により、良くも悪くも二面性があります(表2)。困った面良い面「お節介」「ありがた迷惑」「過保護」「過干渉」「押しつけがましい」「甘やかし」「恐妻家」「独占欲」「自己犠牲」「悲劇のヒロイン」「世話焼き」「面倒見がいい」「尽くす」「献身的」「優しい」「世話女房」「一心同体」「チャリティー精神」支援が支配へ―支えたい気持ちが手なずけたい欲望へ最強の「だめんず・うぉ~か~である友子は、まりあにダメ男と別れられない理由を漏らします。「彼、私とだけは別れたくないって言ってくれたの「私のことが一番だって」「そんなこと言ってくれる人、他にいないもんと。とても興味深いセリフです。ここから分かることは、友子には劣等感があることです(低い自己評価)。そして、「あたしくらい彼を信じてあげないと彼ダメダメになっちゃうからね」とも言います。彼女は、ダメ男を支えることで自尊心を取り戻し、自分だけはこの人を救えるという優越感に浸ろうとしているのでした(救世主コンプレックス)。さらに、友子の「彼は私がいないとダメなの(何もできない)という独占的な支援の心理は、「私がいないと彼には何もさせない」という支配の心理(独占欲)にすり替わる重たさや危うさがあります。つまり、支えたい気持ちは、「飼い主」として手なずけたい欲望へと変わりうるのです。この共依存の根っこにある母性本能は、良くも悪くも相手を子ども扱いして、下手をすればペット扱いしてしまい、相手の自立を大きく阻んでしまう恐さがあると言えます。このような共依存の危うさが典型的に見られるのが、アルコール依存症の夫のお世話をし続ける妻の心理です。どんなに夫が酔っ払って、夜中に騒いだり暴れたりして近所迷惑をかけても、妻が代わりに謝罪行脚をして夫の尻拭いをしてしまうのです。妻は謝罪をすることで「悲劇のヒロイン」である自分に酔ってしまうという一面もあり、夫は夫で事の深刻さに気付かず、ますますアルコール依存症が重症になってしまい、やがては夫婦共倒れとなるのです。また、近年、社会問題となっている引きこもりも、支援する過保護な親がいてこそ成り立つ共依存の心理が潜んでいると言えます。共依存の源(1)―機能不全家族それでは、まりあや友子は、なぜ共依存的な性格なのでしょうか?性格は、もともとその人が持っている素質(個体因子)に加えて、その人の生い立ちや家族背景(環境因子)が大きく影響します。ドラマでは、単に母性本能が強い性格として描かれているだけで、彼女たちの生い立ちや家族背景は触れられていません。しかし、実際には、共依存的な性格の源は、幼少期の家族関係がうまく行かず、家族同士の心理的距離が不安定な家庭環境(機能不全家族)に遡ることができます(表3)。まず特徴的なのは、父親が、単身赴任、仕事の多忙、離婚、愛人問題などにより、本来の役割を果たしていない状況です(父性欠如)。すると、もともと父性の特徴である「ものごとはこういうもんなんだ」という規範的な視点(客観化)や、「ここまでは良いが、それ以上は良くない」という冷静な線引きの感覚(限界設定)が育まれにくくなります。もう1つの特徴は、父親がいない分、相対的にも母親が子どもにべったりしてしまうことです(母性過剰)。父親が、いなかったり問題を抱えている状況で、母親は神経質になり、その不安な気持ちの矛先を子どもに向けてしまい、口出しが多くなっていきます(母子密着)。このような母親に育てられた子どもは、やはり同じように過干渉なコミュニケーションスタイルを受け継いでいき(家族文化)、社会生活においても、その心の間合い(心理的距離)は、どうしても接近してしまい、一定に保つことが難しくなってしまうのです。父性欠如母性過剰特徴単身赴任、仕事の多忙、離婚、愛人問題、アルコール依存症、DV(家庭内暴力)など母子密着→過保護、過干渉子どもへの影響限界設定が育まれにくい。母親と同じく過干渉になり、心理的距離が取りにくい。共依存の源(2)―アダルトチルドレンさらには、父親がアルコール依存症やDV(家庭内暴力)で、共依存的な母親がその状況に耐えている家庭環境であれば、子どもは、小さいながらその状況に適応していくために物分かりがよくなっていき(代償性過剰発達)、事態を丸く収めようと、騒ぐ父親をかばったり、殴られる母親を守ったりして、大人びた「良い子」を演じていきます(アダルトチルドレン)。そして、やがては、ダメな父親がいるという引け目(劣等感)を持ったしっかり者になっていくのです。このしっかり者は、しっかり者ぶりを発揮したいために、選ぶ職業は、医療、福祉、教育などの対人援助職であることが多いです。これは、まさに対人援助職に就いている私たちの心理に重なるかもしれません。さらに、選ぶパートナーは、特に女性の場合、母性本能をくすぐる男性や手のかかりそうなやんちゃで危険な香りのする男性になってしまいがちなのです。そして、結果的に、皮肉にも、選んだパートナーがダメな父親と重なってしまい、こうして歴史は繰り返されていくのです(世代間連鎖)。実際に、特に女性の看護師さんが結婚した男性は、年下が多いこと、アルコールやギャンブルなどの問題を抱えている人が多い印象があります。コミュニケーションのコツ(1)―限界設定恋人からどんなにひどい目に遭っても、友子はけっきょく許してしまうのに対して、まりあはビンタをして関係を終わらせようとする違いがあります。まりあのように、これ以上は許せないという見極めや線引きをすること(限界設定)は、特にダメ男に対して大切なことです。まりあの限界設定が甘いところは、まりあがプロポーズを断った相手が、その後に宿なしになり困っていたら、居候をさせてしまうことです。助けることに関しては、距離を置かなければならない相手であっても全力投球をして、結果的に相手を苦しめてしまうのでした。「同情と愛情がごっちゃ」と突っ込まれてもいます(表4)。母親が子どもを大切に思う気持ちに限界はありません。多くの母親が、自分が死んでも子どもを守ると言い切るでしょう。これが、まさしく母性です。相手が子どもなら、もちろんこれは大切なことですが、相手がもういい大人の場合はどうでしょうか?対人援助職の私たちが、困っている人をどこまで支えるかという見極めや線引きをすることは、実は、大きな課題です。なぜなら、私たちは、人助けしたくてこの仕事をしているわけですから。ついついいろいろやってあげたいという「母性本能」を発揮してしまい、良かれとやったことが裏目に出てしまいがちでもあるのです。私たちは、どこまでできるか、つまり、できることとできないことの線引きがブレないように、自分自身のやっていることを意識して(セルフモニタリング)、定期的に職場の仲間たちと足並みを揃えること(客観化)が大切であると言えます。コミュニケーションのコツ(2)―心理的距離エンディングで、まりあは言います。「たとえ選んだのがダメな男でも、愛して寄り添って、一緒に生きていける相手ならそれでいい」と。周りにどんなにダメ出しをされても、自分が相手を許せて幸せなら、確かにそれがその人の価値観であり、生き様と言えます。ただ、問題は、ダメな男がどの程度ダメなのかということです。それを見極めるためには、ほど良い心の間合い(心理的距離)を保つ必要があることです。相手のことで頭がいっぱいになり、近付きすぎてべったりとなってしまったら、相手がどんどん調子に乗っていく姿も、自分がどんどんボロボロになっていく姿もよく見えなくなってしまうからです。ある関連の本には、「(ダメな)男は変わらない。変えられるのは自分の選択だけだ」「危険な男(=ダメな男)と付き合う女性は、(運の悪い)犠牲者ではなく、志願者だ」という言葉があります。「だめんず・うぉ~か~」たちは、「だめんず・うぉ~か~」である理由を単に男運や「男を見る目がない」という能力のせいにするのではなく、あえてダメな男を嗅ぎ分けて選んでしまう自分自身の心のあり方に目を向ける必要があります。このドラマから学べること―「だめんず・め~か~」にならないために私たちは、「だめんず・うぉ~か~ならぬ、「だめんず・め~か~」にもなりうる潜在能力を秘めた対人援助職に就いています。このドラマから学べることは、困っている人を目の前にして、自分はどこまで助けられるか、相手にとって果たして良いことかなどを見極め、線引きをして(限界設定)、ほど良い心の間合い(心理的距離)を保つことです。パートナーシップにおいても、対人援助職においても、自分が無理していないか、相手にとってやりすぎじゃないかという視点を持って、自分自身や相手との関係を見つめ直すことは、より良い人間関係を築く上でとても大切なことではないでしょうか?1)「だめんずうぉ~か~」1巻~19巻(扶桑社) 倉田真由美2)「その男とつきあってはいけない! (飛鳥新社) サンドラ・L・ブラウン3)「共依存」(朝日文庫新刊) 信田さよ子4)「共依存―自己喪失の病 (中央法規出版) 吉岡隆5)「依存症の真相」(ヴォイス) 星野仁彦

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