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1 疾患概要カテコラミン誘発多形性心室頻拍(Catecholaminergic Polymorphic Ventricular Tachycardia:CPVT)は比較的まれな疾患で、その頻度は10,000人に1人程度と言われているが正確な数は不明である1-3)。通常10歳前後で運動や興奮時、カテコラミン投与などにより心室頻拍(VT)や心室細動(VF)を発症し、若年者の失神発作や突然死の原因として重要である4)。無治療では10年生存率が60%程度と推定され2)、きわめて予後不良な疾患である。CPVT患者の安静時心電図は明らかな異常所見はなく、心臓超音波検査、CT、MRIなども正常であり、無症状のCPVT患者を通常の臨床検査から診断することは非常に難しい。一方、器質的心疾患を認めず安静時心電図では異常所見のない40歳未満で、運動もしくはカテコラミン投与により他に原因が考えられない2方向性VT(図1)、多形性VT・期外収縮(PVC)が誘発される場合には、CPVTと比較的容易に診断可能である。また、CPVT患者の60~70%に遺伝子異常がみつかり、CPVTは遺伝学的検査によっても診断可能である。図1 CPVTに特徴的な2方向性心室頻拍(矢印)と心室細動の発生2 診断 (検査・鑑別診断も含む)■ 臨床診断CPVT患者の初発症状は失神発作であり、運動あるいは感情ストレスが誘因となる1、2)。学童期の運動やストレス時の意識消失発作の場合、CPVTを疑う必要がある。最初の失神は主に7~12歳ごろで少なくとも20歳までに発生することが多い5)。初発が心停止の場合もあり、乳幼児突然死症候群や特発性心室細動の原因がCPVTであることもある。トレッドミルなどの運動負荷心電図は、CPVTを診断するうえで最も有力な検査法である(図2)3)。運動により多形性VT、2方向性VT(1拍ごとにQRSの極性が180度変わり、VT波形間の連結期がほぼ一定の頻拍)が出現し、きわめて速いVT/VFが誘発されると失神や突然死を惹起する2)。図2 CPVT1患者のトレッドミル運動負荷検査画像を拡大するA:治療前、B:β遮断薬とフレカイニド治療後、C:検査中の心拍数の変化、D:検査中のPVC数の変化。CPVTの特徴として運動負荷のピーク(心拍数>120bpm)で多形性PVCや二方向性PVC(VT)が出現する。VPB: ventricular premature beat.(島本恵子ほか. 循環器病研究の進歩. 2022;Vol.XLIII No.1:67-75.)一方、未発症(無症状)CPVTに対する臨床診断は容易ではない。2方向性VTはCPVTに特徴的で特異度は高いが、その出現率は必ずしも高くなく感度は50%程度とも言われる。さらに軽症例ではPVCの単発あるいは2段脈しか認められないことがある3)。アドレナリン(エピネフリン)負荷試験は、運動負荷試験を実施できない症例の診断のために有用と考えられるが、やはり特徴的な2方向性PVCやVTが誘発されれば診断的な特異度は高いものの、感度(誘発率)は運動負荷よりさらに低い(28%)。ホルター心電図も日常生活や学校生活上での不整脈検出に有用であるが、実際の不整脈検出率は運動負荷検査よりも低い。なお、心臓電気生理学的検査(EPS)は、CPVTの診断的価値は低く、心臓突然死のリスク評価としてEPSによるVT/VF誘発は禁忌である。鑑別診断としては、失神発作の原因である「てんかん」、パニック発作なども臨床的に鑑別が必要である。とくに「てんかん」と診断されていたが、実際には失神の原因はCPVTによる不整脈が原因であった例は多い。また、同じ遺伝性不整脈の中で先天性QT延長症候群(とくにLQT1型)、Andersen-Tawil症候群(ATS)などは、運動中の失神発作や多形性PVC、2方向性VT/PVCなどCPVTと共通点が多く遺伝子検査による鑑別が重要である。■ 遺伝学的検査CPVTの60~70%に原因遺伝子が同定され、そのほとんどが心筋リアノジン受容体(RyR)の遺伝子RYR2であり常染色体顕性遺伝形式である(表)6)。患者の病歴、家族歴、心電図所見などから臨床的にCPVTと診断あるいは疑われた患者に対して、診断確定のため遺伝学的検査が推奨(クラスI)される(ただし保険適用外)。また、家族に対しては、当該患者(発端者)においてみつかった遺伝子異常の有無を検査することが推奨される。しかし、RYR2遺伝子はエクソンが105個の巨大な遺伝子であり、健常者にも多くのバリアントが報告されている。そのほとんどはCPVTとは無関係または関係性が不明なVUS(Variant of unknown significance)である。したがってRYR2にVUSのバリアントがみつかった場合、表現型あるいは家族整合性が不明瞭な場合には安易にCPVTと診断すべきではない。RYR2の他にはCASQ2を始めCALM1、TECRL、TRDNなど複数の遺伝子が報告されているが、いずれもきわめてまれで、通常CPVTの遺伝子検査としてはRYR2(CPVT1)とCASQ2(CPVT2)が推奨される。なお、若年者の運動・ストレス時の失神発作の場合、LQT1やATSとの鑑別も重要である。臨床的にLQTSと診断または疑われたが遺伝子検査ではLQT関連遺伝子には疾患原因遺伝子を同定できない場合は、RYR2遺伝子も検査を考慮する。以上からCPVTは運動誘発性の失神発作や2方向性VTなど典型的な臨床像を呈する場合は比較的容易に診断可能であるが、逆にそうでない患者・家族などの場合には積極的に疑って負荷心電図検査などを行わないと診断は容易とは言えない。さらに遺伝学的検査も診断確定や鑑別診断に非常に有用である。表 CPVTとその類縁疾患の遺伝子画像を拡大する(日本循環器学会・日本不整脈心電学会合同ガイドライン. 2022年改訂版不整脈の診断とリスク評価に関するガイドライン. 2022;62.)3 治療 (治験中・研究中のものも含む)■ 生活指導CPVTと診断された場合、原則として運動(とくに競技スポーツ)は禁止すべきである。また、日常生活でも、可能な範囲で精神的・肉体的ストレスは避けることが望ましい。ただし、CPVTは運動のピーク時(心拍数≧110bpm)で心室不整脈が出現する場合が多く(図2)、逆に言えば薬物治療により心拍数が110~120まで増加しない程度にコントロールされていれば、通常の日常生活程度で不整脈による失神発作や突然死を来す可能性は低い。■ 薬物治療CPVTと診断された場合、薬物治療としてはβ遮断薬(クラスI適応)、フレカイニド(クラスIIa)の2つが有用である。一般的にはβ遮断薬が第1選択とされ、β遮断薬の中でもナドロール(商品名:ナディック)が推奨される。β遮断薬内服下でも不整脈抑制の効果不十分な場合にフレカイニド(同:タンボコール)を追加投与する。しかし、実際には多くの患者で両方の薬が必要となり、また、β遮断薬は徐脈や血圧低下、倦怠感など副作用のため十分な量を内服できない例も多く、フレカイニドの役割が重要となっている。■ 植込み型除細動器(ICD)ICDは不整脈疾患における心臓突然死を予防するもっとも優れた機器であるが、ICDによる電気的除細動によって交感神経がさらに緊張状態となり、CPVTを惹起しVFストーム化が懸念され、CPVT患者におけるICDの予後改善の効果は疑問視されている。では、薬物治療のみで絶対に安全か? との不安も完全には解消されない。現実的にはVF蘇生後患者では突然死の2次予防目的としてICD植込みが絶対適応(クラスI)とされる。問題は薬物治療下で失神発作を繰り返す場合であるが、最近発表された国際研究の結果からも、薬剤抵抗性のCPVTに対するICD植込みに肯定的な結果7)と否定的な結果8)が報告され結論は出ていない。若年者の場合、突然死予防効果とICD長期留置が及ぼすさまざまなデメリット(感染、リード断線、静脈閉塞、精神的問題など)を検討し、総合的に判断すべきと考える。4 今後の展望CPVTの家系内でRYR2遺伝子変異をもつ同胞(兄弟姉妹)の心イベント発生率は高く、両親、同胞への遺伝学的検査は患者本人のみならず、家族の心臓突然死を防ぐ早期診断、予防的治療介入に非常に有用である。遺伝学的検査の保険診療化が期待される。薬物治療として近年フレカイニドの有効性が報告されたが、β遮断薬とどちらを第1選択とすべきかについては結論が出ていない。また、今後はCPVTに対する新たな薬剤の開発が期待されている。非薬物治療としては、わが国ではあまり実施されていないが、星状神経節ブロックも有効である。今後は薬剤抵抗性患者でICD作動を回避したい患者への効果が期待される。5 主たる診療科循環器内科(できれば遺伝性不整脈専門外来)小児循環器科※ 医療機関によって診療科目の区分は異なることがあります。6 参考になるサイト(公的助成情報、患者会情報など)診療、研究に関する情報小児慢性特定疾病情報センター カテコラミン誘発多形性心室頻拍(一般利用者向けと医療従事者向けのまとまった情報)国立循環器病研究センター カテコラミン誘発多形性心室頻拍(一般利用者向けと医療従事者向けのまとまった情報)1)Leenhardt A, et al. Circulation. 1995;91:1512-1519.2)Sumitomo N, et al. Heart. 2003;89:66-70.3)Lieve KV, et al. Circ J. 2016;80:1285-1291.4)Roston TM, et al. Circ Arrhythm Electrophysiol. 2015;8:633-6425)Shimamoto K, et al. Heart. 2022;108:840-847.6)Priori SG, et al. Circulation. 2001;103:196-200.7)Mazzanti A, et al. JAMA Cardiol. 2022;7:504-512.8)van der Werf C, et al. Eur Heart J. 2019;40:2953-2961.公開履歴初回2023年9月12日