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NEJM誌に発表された、イタリアの失神患者に関する横断研究(PESIT研究)の結果が議論を呼んでいる。この研究は示唆に富むものであるが、適切に解釈するために(わが国での診療の現状を踏まえると)いくつか注意すべきことがあるように思われる。よりこの研究内容を深く理解するため、とくに下記3点は、抑えておいてもよいのではないか?1. プロトコール通りに失神精査を行っているか?今回の研究では、まず2014年欧州ガイドラインの内容に準じて詳細に問診と身体所見を撮ることとなっている。リストにするとこんな感じだ(英文部はすべて論文のMethodsから抜粋)。●神経調節性失神などコモンな病態をきちんと除外しているか?A medical history was obtained that included the presence of prodromal symptoms of autonomic activation (sweating, pallor, or nausea), the presence of known cardiac disease, recent bleeding, causes of volume depletion or venous pooling, and recent exposure to new or stronger hypotensive drugs or drugs that could potentially cause bradycardia or tachycardia. ●静脈血栓症に関する危険因子を余さず聴取しているか?In addition, study physicians asked patients about symptoms (pain and swelling) in their legs and recorded the presence of risk factors for venous thromboembolism, including recent surgery, trauma, or infectious disease within the previous 3 months; ongoing hormonal treatment; prolonged immobilization of 1 week or longer; active cancer; and history of venous thromboembolism.●心臓性失神のワークアップを適切に行っているか?Patients were evaluated for the presence of arrhythmias, tachycardia (i.e., heart rate >100 beats per minute), valvular heart disease, hypotension (i.e., systolic blood pressure 20 breaths per minute), and swelling or redness of the legs. All patients underwent chest radiography, electrocardiography, arterial blood gas testing, and routine blood testing that included a D-dimer assay. Further diagnostic workup included carotid sinus massage, tilt testing, echocardiography, and 24-hour electrocardiography recording, if applicable.ざっと見ていただいてわかるように、かなり失神について網羅的な問診や身体所見、そして検査が行われている。しかし、その内容は日本式の検査結果を前面に出したものではなく、欧米式の詳細な問診と身体所見の取得を前提としたものである。このことをはたして忙しい日本の病院の救急外来や通常外来で行い得るだろうか?そして、しばしば560例の失神患者のうち97例にPEが見つかった、と紹介されるこの研究であるが、上記を踏まえるとこれは事実ではない。実際は論文中の Figure 1(下記)にある通り、実に2,584例の失神患者が登録されており、これらの患者が上記のプロセスを経て、560例が明確な診断がなく入院し、そのうち97例にPEが見つかったのである。こうした背景を踏まえた解釈を行わないと、造影CTばかりをオーダーしその挙句に「まったくPEが見つからないではないか!」という誤解を生みかねない。あらためて全体を俯瞰してみると、すべての失神患者を母集団とするPEの率というのは97/560(17.3%)ではなく、97/2584となり、実は3.7%にすぎないのである。2. PE/DVTのModified Wells Criteriaを把握しているか?PESIT研究のプロトコールでは、上記のようなプロセスを経て「明確な診断なく入院となった失神患者」を対象としている。そして、さらに細かいことではあるが、その後もModified Wells Criteria(とD-dimer値)に基づいて、PEの可能性が高いか低いかを判断している。そして、この段階で低いと判断された330例(58.9%)については、PEのワークアップは行っていないのである。つまり、●まず1で述べたような標準的な失神のワークアップを行い、入院させる必要があるかどうかを判定●さらにそこからModified Wellsを用いてPEに焦点を当てた術前診断確率を計算する●そして、ある程度PEの可能性がある患者のみに検査(造影CTやV/Qスキャン)を行うということで、ようやく6例に1例(17.3%)という数値にたどりつける。「入院した失神患者」という枠内でもきちんと頭を使うことは必要で、ここでも無分別に造影CTをオーダーしてしまうと「PEが見つからない!」という誤謬に陥ることとなる。3. この研究には実はコントロールがないが、そのことをどう解釈するか?この点が最も識者の意見を分けるところではないだろうか?上記のプロトコールに沿ってPEを見つけたとして、それが失神の原因であると言い切ることができるか。うがった言い方をすれば、この研究は「失神で入院し、従来からの評価法でPEのリスクが高い患者に検査を行ったところ、やはりPEがたくさん見つかった」というようにも解釈できる。もしかすると失神ではなく、「動悸」の患者で同じ研究を行っても同じことになるかもしれない。あるいはまったく関係のない「検査入院」の患者さんではどうだろうか?また、今回のPEの診断で条件となったのが「The criterion for the presence of pulmonary embolism was an intraluminal filling defect on computed tomography」という存外単純な所見にすぎない。こうしたところも1つ批判の材料となりそうである。以上3点、この横断研究を解釈する際の注意点を挙げた。ただ、今回のこのPESIT研究が横断研究の1つの到達点であることは間違いない。現行のガイドラインに沿ってEvidence-Basedに診断のプロセスを進め、それでも判断がつかないところに確定的な検査を行い、これまで「ふわっ」としていたところにきちんとした数値を出すという姿勢は見習いたいと思っている。なにしろ、下手な教科書を読むよりもこの論文を読んだほうが現代的な失神の診断の進め方には詳しくなれそうではあるし、ヨーロッパでの現実的な失神の原因の割合というものも把握することができる。横断研究ならではの本質的な限界はあるにせよ、失神のことで日ごろ悩まれている方には議論のたたき台として一読する価値があるのではないか。