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双極症に対する気分安定薬使用が認知機能に及ぼす影響〜メタ解析

 気分安定薬は、双極症に一般的に用いられる薬剤である。中国・四川大学のChang Qi氏らは、双極症患者に対する気分安定薬の使用が認知機能に及ぼす影響を評価するため、ランダム化比較試験(RCT)のシステマティックレビューおよびメタ解析を実施した。Journal of Affective Disorders誌オンライン版2025年7月26日号の報告。 PubMed、Web of Science、Embase、Cochrane library、PsycInfoのデータベースよりシステマティックに検索した。データ抽出はPRISMAガイドラインに従い、品質評価はCochrane Handbookに準拠し、実施した。メタ解析には、RevMan 5.4ソフトウェアを用いた。 主な結果は以下のとおり。・RCT9件、双極症患者570例をメタ解析に含めた。・思春期の双極症患者における気分安定薬治療は、感情処理の正確性(標準化平均差[SMD]:-1.18、95%信頼区間[CI]:-1.69〜-0.67、p<0.00001)、反応時間延長(SMD:-0.39、95%CI:-0.73〜-0.05、p=0.02)に対し、有意な影響が認められた。・気分安定薬治療は、青年期の双極症における注意力(SMD:0.21、95%CI:-0.16〜0.58、p=0.27)および作業記憶(SMD:-0.09、95%CI:-2.19〜2.00、p=0.93)、成人期の双極症における全般的認知機能(SMD:0.48、95%CI:-0.49〜1.45、p=0.33)に対し、有意な影響を及ぼさなかった。・リチウム治療は、青年期の双極症における注意力(SMD:0.21、95%CI:-0.16〜0.58、p=0.27)、成人期の双極症における全般的認知機能(SMD:0.43、95%CI:-0.50〜1.35、p=0.37)に対し、有意な影響を及ぼさなかった。 著者らは「気分安定薬治療は、青年期の認知機能全般および特定の認知機能に悪影響を及ぼすことなく、感情処理の正確性を向上させ、反応時間を延長させる可能性が示唆された。これらの知見を裏付けるためにも、さらなる研究が求められる」としている。

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irAE治療中のNSAIDs多重リスク回避を提案【うまくいく!処方提案プラクティス】第68回

今回は、免疫チェックポイント阻害薬による免疫関連有害事象(irAE)の治療でステロイド投与中の高齢がん患者に対し、NSAIDsによる多重リスクを評価して段階的中止を提案した事例を紹介します。複数のリスクファクターが併存する患者では、アカデミック・ディテーリング資材を用いたエビデンスに基づくアプローチが効果的な処方調整につながります。患者情報93歳、男性基礎疾患肺がん(ニボルマブ投与歴あり)、急性心不全、狭心症、閉塞性動脈硬化症、脊柱管狭窄症ADL自立、息子・嫁と同居喫煙歴40本/日×40年(現在禁煙)介入前の経過2020年~肺がんに対してニボルマブ投与開始2025年3月irAEでプレドニゾロン40mg/日開始、その後前医指示で中止2025年6月3日irAE再燃でプレドニゾロン40mg/日再開処方内容1.プレドニゾロン錠5mg 8錠 分1 朝食後2.テルミサルタン錠40mg 1錠 分1 朝食後3.クロピドグレル錠75mg 1錠 分1 朝食後4.エソメプラゾールカプセル10mg 2カプセル 分1 朝食後5.フロセミド錠20mg 1錠 分1 朝食後6.スピロノラクトン錠25mg 1錠 分1 朝食後7.フェブキソスタット錠10mg 1錠 分1 朝食後8.リナクロチド錠0.25mg 2錠 分1 朝食前9.ジクトルテープ75mg 2枚 1日1回貼付本症例のポイント本症例は、93歳という超高齢で複数の基礎疾患を有するがん患者であり、irAE治療のステロイド投与とNSAIDsの併用が引き起こす可能性のある多重リスクに着目しました。患者は肺がんに対する免疫チェックポイント阻害薬の副作用であるirAEに対して、プレドニゾロン40mg/日という高用量ステロイドの投与を受けていました。同時に疼痛管理としてNSAIDsであるジクトルテープ2枚を使用していました。一見すると症状は安定していましたが、薬剤師の視点で患者背景を詳細に評価したところ、見過ごされがちな重大なリスクが潜んでいることが判明しました。第1に胃腸障害リスクです。高用量ステロイドとNSAIDsの併用は消化性潰瘍の発生率を相乗的に増加させることが知られており、93歳という高齢に加え、既往歴も有する本患者ではとくにリスクが高い状況でした。第2に心血管リスクです。患者には急性心不全や狭心症の既往があり、さらに閉塞性動脈硬化症も併存していました。NSAIDsは心疾患患者において心血管イベントのリスクを増加させるため、この併用は極めて危険な状態といえました。第3の最も注意すべきは腎臓リスク、いわゆる「Triple whammy」の状況です。NSAIDs、ループ利尿薬(フロセミド)、ARB(テルミサルタン)の3剤併用は急性腎障害の発生率を著しく高めることが報告されており、高齢者ではとくに致命的な合併症につながる可能性がありました。これらの多重リスクは単独では見落とされがちですが、患者の全体像を包括的に評価することで初めて明らかになる重要な安全性の問題です。医師への提案と経過患者の多重リスクを評価し、服薬情報提供書を用いて医師に処方調整を提案しました。現状報告として、irAE治療でプレドニゾロン40mg/日投与中であり、ジクトルテープ2枚使用で疼痛は安定しているものの、複数のリスクファクターが併存していることを伝えました。懸念事項については、アカデミック・ディテーリング※資材を用いて消化性潰瘍リスク(ステロイドとNSAIDsの併用は潰瘍発生率を有意に増加)、心血管リスク(NSAIDsは既存心疾患患者で心血管イベントリスクを増加)、Triple whammyリスク(3剤併用による急性腎障害発生率の増加)について説明しました。※アカデミック・ディテーリング:コマーシャルベースではない、基礎科学と臨床のエビデンスを基に医薬品比較情報を能動的に発信する新たな医薬品情報提供アプローチ 。薬剤師の処方提案力を向上させ、処方の最適化を目指す。提案内容として段階的中止プロトコールを提示し、ジクトルテープ2枚から1枚に減量、2週間の疼痛評価期間を設定、疼痛悪化がないことを確認後に完全中止するという方針を説明しました。将来的な疼痛悪化時のオピオイド導入準備と疼痛モニタリング体制の強化についても提案しました。医師にはエビデンス資料の提示により多重リスクの危険性について理解が得られ、段階的中止プロトコールが採用となり、患者の安全性を優先した方針変更となりました。経過観察では1週間後にジクトルテープ1枚に減量しましたが疼痛悪化はなく、2週間後も疼痛コントロールが良好であることを確認し、3週間後にジクトルテープを完全中止しましたが疼痛の悪化はありませんでした。現在も疼痛コントロールは良好で、多重リスクからの回避を達成しています。参考文献1)日本消化器病学会編. 消化性潰瘍診療ガイドライン2020(改訂第3版). 南山堂;2020.2)Masclee GMC, et al. Gastroenterology. 2014;147:784-792.3)Lapi F, et al. BMJ. 2013;346:e8525.

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高齢者への不適切処方で全死亡リスク1.3倍、処方漏れで1.8倍

 高齢者に対する薬剤治療においては、ポリファーマシーや処方漏れなどの問題点が指摘されている。イスラエルの研究グループによる長期前向きコホート研究によると、高齢者の80%以上が不適切な処方を受けており、不適切な薬剤を処方された群では死亡リスクが上昇した一方で、必要な薬剤の処方漏れも死亡リスクの上昇と関連していたという。本研究の結果はJournal of the American Geriatrics Society誌オンライン版2025年8月11日号に掲載された。 研究者らは、イスラエルの縦断前向きコホート研究の第3回追跡調査(1999~2007年)で収集されたデータを使用し、地域に住む高齢者1,210例(平均年齢72.9歳、女性53%)を対象に、不適切処方と長期死亡率との関連性を評価した。不適切な処方には「不要あるいは有害になり得る薬剤の処方(Potentially Inappropriate Medications:PIM)」と「必要処方の省略(Prescribing Omissions:PPO)」が含まれており、それらの識別には米国の2023年版Beers基準と欧州のSTOPP/START基準(v3)が用いられた。死亡は診断コードで特定され、主要アウトカムは全死亡率と非がん死亡率だった。参加者は死亡または2022年3月まで追跡され、追跡期間の中央値は13年だった。 主な結果は以下のとおり。・参加者の81.2%が1件以上の不適切な処方を受けており、PIMはBeers基準で52.6%、STOPP基準で45.0%、PPOは59.3%だった。・PIMが2件以上の場合、Beers基準では全死亡リスクが1.3倍(HR:1.31、95%CI:1.04~1.69)、STOPP基準では1.25倍(HR:1.25、95%CI:1.00~1.55)増加した。PIMが2件以上の場合、非がん死亡リスクの増加とも関連した(両基準とも1.4倍)。・PPOが1件の場合、非がん死亡リスクは1.3倍になった。PPOが2件以上の場合、全死亡リスクは1.8倍、非がん死亡リスクは2倍となった。男性ではより強い関連性が認められた(相互作用p=0.012)。 著者らは「薬剤の過剰処方と必要な薬剤の不足の両方が、高齢者の死亡リスクを著しく増加させていた。これは定期的な薬剤処方見直しの必要性、性別に応じた薬剤ガイドラインの確立、処方問題の特定と是正のためのシステム改善の重要性を示している」としている。

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厳格な血圧コントロールは心臓の健康だけでなく費用対効果も改善

 厳格な血圧コントロールは心血管疾患のリスクが高い患者の健康だけでなく、医療費の費用対効果にも良い影響をもたらすことが、新たな研究で示された。収縮期血圧(SBP)の目標値を120mmHg未満に設定することは、それよりも高い目標値を設定する場合と比べて、より多くの心筋梗塞や脳卒中、心不全、そのほかの心疾患の予防につながるほか、費用対効果もより優れていることが明らかになったという。米ブリガム・アンド・ウイメンズ病院のKaren Smith氏らによるこの研究結果は、「Annals of Internal Medicine」に8月19日掲載された。 論文の筆頭著者であるSmith氏は、「この研究は、心血管リスクが高い患者やその診療に当たっている医師にとって、厳格な血圧目標値の達成に向けて取り組むことにさらなる自信を与えるはずだ」とマス・ジェネラル・ブリガム(MGB)のニュースリリースの中で述べている。また同氏は、「われわれの研究結果は、SBPが120mmHg未満という厳格な目標値が、より多くの心血管イベントを予防し、かつ費用対効果も優れていることを示唆している。さらに、このことは測定値が必ずしも完璧でない場合でも当てはまる」と説明している。 現行の血圧管理のガイドラインでは、SBPが130mmHg以上の場合を高血圧と定義している。米国心臓協会(AHA)によると、正常血圧はSBPが120mmHg未満であり、120~129mmHgの場合は血圧上昇とされている。 Smith氏らはこの研究で、画期的な臨床試験として知られるSystolic Blood Pressure Intervention Trial(SPRINT)などの既存の臨床試験や文献のデータ(2013~2018年)を収集・統合した。その上で、そのデータを用いて、50歳以上の心血管疾患のリスクが高い患者がSBPの目標値を、1)120mmHg未満、2)130mmHg未満、3)140mmHg未満に設定した場合の生涯にわたる心臓の健康リスクをシミュレーションした。また、降圧薬による重度の副作用のリスクや、日常的な血圧測定における一般的な誤差も考慮に入れた。 その結果、血圧測定値に誤差が含まれていても、SBPの目標値を120mmHg未満に設定する方が、130mmHg未満に設定する場合よりも多くの心血管疾患を予防できることが示された。一方、降圧の目標値をより厳格に設定することで、処方薬や通院回数が増え、医療費も高くなり、また転倒や腎障害、低血圧、徐脈など治療関連の有害事象の発生頻度も高まることが明らかになった。それでもなお、目標値を120mmHg未満に設定することは、目標値をより高く設定した場合と比べて費用対効果に優れていた。例えば、目標値を120mmHg未満とすることは、質調整生存年(QALY)1年当たり4万2,000ドル(1ドル147円換算で約617万円)のコストと関連していたが、この額は130mmHg未満を目標とした場合と比べてわずか1,300ドル(同約19万円)高いだけであった。 ただしSmith氏は、「降圧薬に伴う有害事象のリスクを考慮すると、厳格な血圧コントロールが全ての患者に適しているとは言えない」と述べ、慎重な解釈を求めている。さらに同氏は、「患者の希望に基づき、患者と医師が協力して適切な治療強度を見極めることが重要だ」と強調している。

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全年齢で130/80mmHg未満を目標に、『高血圧管理・治療ガイドライン2025』発刊/日本高血圧学会

 日本高血圧学会は『高血圧管理・治療ガイドライン2025』(以下、JSH2025)を8月29日に発刊した。6年ぶりとなる今回の改訂にあたり、大屋 祐輔氏(琉球大学名誉教授/高血圧管理・治療ガイドライン2025作成委員長)と苅尾 七臣氏(自治医科大学循環器内科学部門 教授/日本高血圧学会 理事長)が降圧目標や治療薬の位置付けと選択方法などについて、7月25日に開催されたプレスセミナーで解説した。 本書は高血圧患者(140/90mmHg以上)のほか、高値血圧(130~139/80~90mmHg)、血圧上昇に伴い脳心血管リスクが高まる正常高値血圧以上(120/80mmHg以上)のすべての人を対象に作成され、Clinical Question(CQ)全19項目が設けられた。主な改訂点は(1)降圧目標を合併症などを考慮し全年齢「130/80mmHg」*へ、(2)降圧薬選択におけるβ遮断薬の復活、(3)治療の早期介入と治療ステップ、(4)治療アプリの活用など。各パラグラフで詳細に触れていく。*診察室血圧130/80mmHg未満、家庭血圧125/75mmHg未満個別性に配慮し、全年齢で130/80mmHg未満を目指す 日本高血圧学会は2000年から四半世紀にわたってガイドラインを作成し、高血圧の是正問題に力を入れてきた。しかし、高所得国における日本人の高血圧有病率は最も不良であり、昨今の罹患率は2017年の推計値とほぼ同等の4,300万例に上る1)。そこで、今回の改訂では、国民の血圧を下げるために、“理論でなく行動のためのもの、シンプルでわかりやすい、エビデンスに基づくもの”という理念を基に、正常血圧の基準(120/80mmHg未満)や、高血圧の基準(140/90mmHg以上)などの数値は欧米のガイドラインを踏まえて据え置くも、JSH2025作成のために実施されたシステマティック・レビューならびにメタ解析の結果から脳心血管病発症リスクを考慮し、「原則的に収縮期血圧130mmHg未満を降圧目標とする」とした(第2部 5.降圧目標[p.67~69]、CQ4、8、9、12、14参照)。 これについて大屋氏は「降圧目標130/80mmHg。これが本改訂で押さえておくべき値である。前版の『高血圧治療ガイドライン2019(JSH2019)』では75歳以上の高齢者、脳血管障害や慢性腎臓病(蛋白尿陰性)を有する患者などは有害事象の発現を考慮して140/90未満と区別していた。しかし、これまでの国内外の研究からも高値血圧(130~139/80~89mmHg)でも心血管疾患の発症や死亡リスクが高いことから、高血圧患者であれば、120/80mmHg以上の血圧を呈するすべての者を血圧管理の対象とする。また、降圧目標も75歳以上の高齢者も含めて、診察室血圧130/80mmHg未満に定めることとした。ただし、大屋氏は「一律に下げるのではなく、副作用や有害事象に注意しながら個別性を考慮しつつ下げる」と注意点も強調している。 JSH2019発刊後も高血圧の定義が140/90mmHg以上であるためか、降圧目標をこの値に設定して治療にあたっている医師が少なくない。「130/80mmHg未満を目標に、血圧レベルや脳心血管病発症の危険因子などのリスクを総合的に評価し、個々に応じた治療計画を設定することが重要」と同氏は繰り返し強調した。苅尾氏も「とくに朝の血圧上昇がさまざまなリスク上昇に影響を及ぼしているにもかかわらず、一番コントロールがついていない。ガイドライン改訂と血圧朝活キャンペーンを掛け合わせ、朝の血圧130未満の達成につなげていく」と言及した。β遮断薬の処方減に危機感 高血圧に対する治療介入は患者を診断した時点が鍵となる。まず治療を行うにあたり、脳心血管病に対する予後規定因子(p.65、表6-1)を基に血圧分類とリスク層別化(同、表6-2)を行い、そのリスク判定を踏まえて、初診時血圧レベル別の高血圧管理計画(p.67、図6-1)から患者個々の血圧コントロールを進めていく。実際の処方薬を決定付けるには、主要降圧薬の積極的適応と禁忌・重要な注意を要する病態(p.95、表8-1)、降圧薬の併用STEPにおけるグループ分類(p.95、表8-2)を参考とする。今回の改訂では積極的適応がより具体的になり、脳血管障害はもちろん、体液貯留や大動脈乖離、胸部大動脈瘤の既往にも注意を払いたい。 そしてもう1つの変更点は、降圧薬のグループ分類が新設されたことである。「治療薬の選択については、β遮断薬を除外した前回の反省点を踏まえ、単剤でも脳心血管病抑制効果が示されている5種類(長時間作用型ジヒドロピリジン系Ca拮抗薬、ARB、ACE阻害薬、サイアザイド系利尿薬、β遮断薬)を主要降圧薬(グループ1、以下G1降圧薬)に位置付けた(表8-2)」と大屋氏は説明。とくにβ遮断薬の考え方について、「JSH2019では糖尿病惹起作用や高齢者への適応に関してネガティブであったが、それらの懸念は一部の薬剤に限るものであり、有用性と安全性が確立しているビソプロロールとカルベジロールの使用は推奨される。また、耐糖能異常を来す患者への投与について、前版では慎重投与となっていたが重要な注意の下で使用可能な病態とした」とし、「各薬剤の積極的適応、禁忌や注意すべき病態を考慮するために表8-1を参照して処方してほしい。もし積極的適応が表8-1にない場合には、コラム8-1(p.96)のアドバイスを参考にG1降圧薬を選択してもらいたい」ともコメントした。 また、治療を進めていく上では図8-1の降圧薬治療STEPの利用も重要となる。G1降圧薬の単剤投与でも効果不十分であれば2剤併用やG2降圧薬(ARNI、MR拮抗薬)の処方を検討する。さらに降圧目標を達成できない場合にはG1・G2降圧薬から3剤併用を行う必要がある。ただし、それでも効果がみられない場合には、専門医への紹介が考慮される。 なおMR拮抗薬は、治療抵抗性高血圧での追加薬として有用であることから、実地医家の臨床上の疑問に応える形でクエスチョンとしても記されている(p.181、Q10)。薬物療法は診断から1ヵ月以内に 続いて、大屋氏は治療介入のスピードも重要だとし、「今改訂では目標血圧への到達スピード(薬物投与の時期)も押さえてほしい」と話す。たとえば、低・中等リスクなら生活習慣の改善を実施して1ヵ月以内に再評価を行い、改善がなければ改善の強化とともに薬物治療を開始する。一方、高リスクであれば生活習慣の改善とともにただちに薬物療法を開始するなど、降圧のスピードも考慮しながらの管理が必要だという。 ただし、急性腎障害や症候性低血圧、過降圧によるふらつき、高カリウム血症などの電解質異常といった有害事象の出現に注意が必要であること、高齢者のなかでもフレイルや要介護などに該当する患者の対応については、特殊事例として表10-4に降圧指針(p.151)が示されていることには留意したい。利用者や対象者を明確に、血圧管理にアプリの活用も 本書の利用対象者は多岐にわたるため、各利用対象を考慮して3部構成になっている。第1部(国民の血圧管理)は自治体や企業団体や一般市民など、第2部(高血圧患者の管理・治療)は実地医家向け、第3部(特殊な病態および二次性高血圧の管理・治療)は高血圧、循環器、腎臓、内分泌、老年の専門医療に従事する者やその患者・家族など。 新たな追加項目として、第7章 生活習慣の改善に「デジタル技術の活用」が盛り込まれた点も大きい。高血圧治療補助アプリは成人の本態性高血圧症の治療補助として2022年9月1日に保険適用されている。苅尾氏が降圧目標達成に向けた血圧管理アプリの利用について、「デジタル技術を活用した血圧管理に関する指針が発刊されているが、その内容が本ガイドラインに組み込まれた(CQ7)。その影響は大きい」ともコメントしている。現在、日本高血圧学会において、製品概要や使用上の注意点を明記した『高血圧治療補助アプリ適正使用指針(第1版)』を公開している。 同学会は一般市民への普及にも努めており、7月25日からはYouTubeなどを利用した動画配信を行い、血圧目標値130/80mmHgの1本化についての啓発を進めている。あわせてフェイク情報の拡散問題の解決にも乗り出しており、大屋氏は「フェイク情報を放置せず、正確な情報提供が必要だ。本学会からの提言として、『高血圧の10のファクト~国民の皆さんへ~』を学会ホームページならびに本書の付録(p.302)として盛り込んでいるので、ぜひご覧いただきたい」と締めくくった。

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慢性咳嗽のカギ「咳過敏症」、改訂ガイドラインで注目/杏林

 8週間以上咳嗽が持続する慢性咳嗽は、推定患者数が250〜300万例とされる。慢性咳嗽は生活へ悪影響を及ぼし、患者のQOLを低下させるが、医師への相談割合は44%にとどまっているという報告もある。そこで、杏林製薬は慢性咳嗽の啓発を目的に、2025年8月29日にプレスセミナーを開催した。松本 久子氏(近畿大学医学部 呼吸器・アレルギー内科学教室 主任教授)と丸毛 聡氏(公益財団法人田附興風会 医学研究所北野病院 呼吸器内科 主任部長)が登壇し、慢性咳嗽における「咳過敏症」の重要性や2025年4月に改訂された『咳嗽・喀痰の診療ガイドライン2025』に基づく治療方針などを解説した。慢性咳嗽により労働生産性が約3割低下 松本氏は「知ってますか? 『長引く咳』と『咳過敏症』」と題し、慢性咳嗽のQOLへの影響や病態、咳過敏症の臨床像やメカニズムなどについて解説した。 慢性咳嗽はQOLを大きく低下させる。心理的側面では「咳をすると周囲の目線が気になる」「咳をすることが恥ずかしい」「会話や電話ができない」などの悪影響が生じる。また、食事への影響が生じたり、とくに女性では尿失禁が起こったりする場合もある。症状が強い場合には、咳失神や肋骨骨折にもつながる。このように、慢性咳嗽患者は日常生活においてさまざまな困りごとを抱えており、労働生産性の損失率は約30%にのぼるという報告がなされている。 慢性咳嗽の原因はさまざまであり、主な疾患として、喘息、アトピー咳嗽、胃食道逆流症(GERD)、副鼻腔気管支症候群などが挙げられる。そこで問題となるのが、これらの疾患は画像検査や呼吸機能検査、血液検査で特異的な所見がみられないことが多いという点である。そのため、慢性咳嗽の診断・治療では、咳の出やすいタイミングや随伴する症状などを問診で明らかにし、原因疾患に対する治療を行いながら経過を観察していくこととなる。しかし、これらの疾患に対する治療を行っても、約2割が難治性慢性咳嗽となっているのが現状である。難治性慢性咳嗽の背景にある咳過敏症 松本氏は、「難治性慢性咳嗽の背景にあるのが咳過敏症症候群である」と指摘する。咳過敏症症候群は「低レベルの温度刺激、機械的・化学的刺激を契機に生じる難治性の咳を呈する臨床症候群」と定義され1)、煙や香水などの香り、会話や笑うことなどのわずかな刺激により咳が出て止まらなくなる状態である。 2023年に公開された英国胸部学会の最新のガイドライン「成人慢性咳嗽に関するClinical Statement」2)では、慢性咳嗽の「treatable traits(治療可能な特性)」として12項目が示され、このなかの1つに「咳過敏症」が示されている。これについて、松本氏は「慢性咳嗽という大きな括りのなかには、さまざまな原因疾患があり、加えて咳過敏症もあるという考えである。難治化した慢性咳嗽患者は咳過敏症を有していると考えることもできる」と述べ、咳過敏症に対する対応の重要性を強調した。改訂ガイドラインでtreatable traitsを明記 続いて、丸毛氏が「長引く咳に関する診療の進め方-最新の診療ガイドラインをふまえて-」と題して講演した。そのなかで、『咳嗽・喀痰の診療ガイドライン2025』の咳嗽パートの改訂のポイントから、「慢性咳嗽のtreatable traits」「咳過敏症の重要性」「難治性慢性咳嗽についての詳説」の3項目を取り上げ、解説した。 容易に原因の特定ができない狭義の成人遷延性・慢性咳嗽の対応として、本ガイドラインでは、喀痰がある場合は「副鼻腔気管支症候群」への治療的診断を行い、喀痰がない、あるいは少量の場合は「咳喘息」「アトピー咳嗽/喉頭アレルギー(慢性)」「GERD」「感染後咳嗽」に対する診断的治療を行って、咳嗽の改善を評価することが示されている。ここまでは前版と同様であるが、前版では原因疾患への対応で改善がみられない場合の治療法は示されていなかった。しかし、改訂ガイドラインでは、その先の対応として「treatable traitsの検索」「P2X3受容体拮抗薬の使用の検討」が示された。 treatable traitsの概念は、患者の病態のなかで、「明確に評価・測定できる」「臨床的に意義があり、予後や生活に影響する」「有効な介入手段が存在する」という条件を満たすものである。treatable traitsは患者によって単一の場合もあれば、複数の場合もある。また、複数の場合は個々のtraitsが占める割合も患者によって異なる。 従来の診療は、喘息であれば吸入ステロイド薬、COPDであれば気管支拡張薬など、診断名に応じて標準治療を一括適用するという考えであった。しかし、treatable traitsを考慮した治療では、同じ診断名でも個々の病態の構成要素は異なるため、それらをしっかりと見極めて治療を行う。これは「プレシジョン・メディシンに近い考え方である」と丸毛氏は述べる。 改訂ガイドラインでは、英国胸部学会の最新のガイドライン「成人慢性咳嗽に関するClinical Statement」2)で示されたtreatable traitsが採用されており、「GERD」「喘息などの呼吸器系基礎疾患」「睡眠時無呼吸症候群」「肥満」「ACE阻害薬の服用」など、12項目が示されている。そのなかの1つに「咳過敏症」がある。これについて、丸毛氏は「慢性咳嗽の難治化の要因となる咳過敏症がtreatable traitsとして示されたのは非常に重要なことである。改訂ガイドラインは、非専門医の先生方にも個別化医療を実践しやすく作成されているため、ぜひ活用いただきたい」と述べ、ガイドラインの普及による咳嗽診療レベルの向上への期待を語った。選択的P2X3受容体拮抗薬「ゲーファピキサント」の登場 咳過敏症に対する初の分子標的薬が、選択的P2X3受容体拮抗薬ゲーファピキサント(商品名:リフヌア)である。咳のメカニズムの1つとして、P2X3受容体の関与がある。炎症や刺激により気道上皮細胞などから放出されたATPが、感覚神経に存在するP2X3受容体を刺激することで咳過敏性が亢進する。ゲーファピキサントはこれを抑制することで、咳嗽を改善させる。ゲーファピキサントは難治性の慢性咳嗽を改善するほか、日常生活や睡眠の質の改善も報告されている。 ゲーファピキサントは発売から3年以上が経過し、使用経験も積み重ねられている。改訂ガイドラインでも、フローチャートに難治性咳嗽の選択肢として掲載された。これについて、丸毛氏は「咳嗽は非専門医の先生方が多く診られているため、咳嗽の診療に慣れた先生であれば、非専門医であっても選択肢として提示可能であると判断され、ガイドラインにも記載されている」と説明した。 ゲーファピキサントには代表的な有害事象として、味覚に関連する有害事象があり、マネジメントが重要となる。そこで、味覚に関連する有害事象への対応について松本氏に聞いたところ「亜鉛が欠乏すると味覚障害が強くなりやすいため、亜鉛欠乏に注意することが必要である。また、後ろ向き研究ではあるが、麦門冬湯を併用していると味覚障害が軽かったというデータもあるため、麦門冬湯の併用も選択肢の1つになるのではないか」との回答が得られた。

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骨粗鬆症の予防と治療ガイドライン 2025年版

10年ぶり改訂!人生100年時代に必要な、骨粗鬆症の最適な治療法を選択するためのガイドライン骨粗鬆症による骨折は、QOL、ADLを低下させ、生命予後を悪化させる。健康寿命延伸に骨粗鬆症の予防と治療は欠かせない。加齢とともに有病率が高まり、さまざまな疾患と関連する骨粗鬆症についての知識・情報は、専門医のみならず一般医、メディカルスタッフにも必須といえる。2025年版では、新たにCQ(クリニカルクエスチョン)を設定してシステマティックレビューを行い、エビデンスの評価・統合をして推奨文を作成。また、多くの医療従事者が臨床上疑問に思う課題をQ(クエスチョン)として取り上げ、回答を用意した。骨粗鬆症診療における予防と治療、さらに疫学、成因、リエゾンサービス、医療経済など多様な分野を網羅したガイドラインである。画像をクリックすると、内容の一部をご覧いただけます。※ご使用のブラウザによりPDFが読み込めない場合がございます。PDFはAdobe Readerでの閲覧をお願いいたします。目次を見るPDFで拡大する目次を見るPDFで拡大する骨粗鬆症の予防と治療ガイドライン 2025年版定価4,400円(税込)判型A4変形判頁数272頁発行2025年7月編集骨粗鬆症の予防と治療ガイドライン作成委員会(日本骨粗鬆症学会 日本骨代謝学会 骨粗鬆症財団)ご購入はこちらご購入はこちらAmazonでご購入の場合はこちら

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体重を減らしたいなら超加工食品の摂取は控えめに

 体重を減らしたい人は、超加工食品の摂取を控えた方が良いようだ。新たな研究で、加工を最小限に抑えた食品(MPF)を中心とした食事を摂取した場合、超加工食品(UPF)を中心とした食事を摂取した場合と比べて、栄養価が同等であっても体重の減少幅は約2倍であったことが示された。英ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)のChris van Tulleken氏らによるこの研究結果は、「Nature Medicine」に8月4日掲載された。 Van Tulleken氏は、「現在の世界の食料システムは、特に安価で不健康な食品が広く入手できることが原因で、食生活に関連した健康状態の悪化と肥満を促進している。この研究は、脂肪、塩分、砂糖などの栄養素に加え、食品の高度な加工が健康に及ぼす影響の大きさを浮き彫りにしている」とUCLのニュースリリースで語っている。 UPFは、飽和脂肪酸、デンプン、添加糖など、主に自然食品から抽出された物質で作られている。また、味や見た目を良くし、保存性を高めるために、着色料、乳化剤、香料、安定剤など、さまざまな添加物を含んでいる。UPFの例は、パッケージに入った焼き菓子、砂糖添加のシリアル、冷凍ピザ、インスタントスープ、デリのコールドカットなどが挙げられる。 この研究でvan Tulleken氏らは、BMIが25以上40未満の成人55人を対象にクロスオーバー試験を実施し、UPFとMPFの健康への影響を検討した。対象者のうち28人は最初にMPF食を8週間、次いでUPF食を8週間摂取する群に、27人はそれとは逆の順序で同期間ずつUPF食とMPF食を摂取する群に割り付けられた。主要評価項目は、各人の体重変化の差(体重変化率)であった。MPF食は、オートミールや自家製のミートソーススパゲッティなど、加工が最小限に抑えられた食品で構成されていたのに対し、UPF食は朝食用のオーツバーやすぐに食べられる包装されたラザニアなどで構成されていた。ただし、食事量に制限はなく、また、どちらの食事も英国の健康的でバランスの取れた食事に関するガイドラインに沿って栄養的に調整されており、飽和脂肪酸、タンパク質、炭水化物、塩分、食物繊維、果物、野菜の推奨摂取量を満たすものだった。 その結果、それぞれの食事の摂取後の体重変化率は、MPF食で−2.06%であったのに対し、UPF食では−1.05%であり、MPF食の方が体重が有意に減ることが示された(P=0.024)。 論文の筆頭著者であるUCL肥満研究センターのSamuel Dicken氏は、「体重が2%減少してもたいしたことがないように思われるかもしれない。しかしこの減少は、わずか8週間で、しかも積極的に食事の量を減らすことなく達成されたのだ」と述べる。同氏はさらに、「これを1年間にまでスケールアップした場合の体重減少率は、MPF食では男性で13%、女性で9%が見込まれるのに対し、UPF食では男性で4%、女性で5%にとどまると予測される。長期的には、その差は非常に大きくなる可能性がある」とニュースリリースの中で述べている。 さらに研究グループによると、MPF食の摂取中は、塩味の食品への欲求や特定の食品を我慢する難しさがUPF食摂取時に比べて有意に低下する一方で、食欲のコントロール感は有意に向上することも示されたという。 UCL肥満研究センターの名誉教授で上席著者のRachel Batterham氏は、「最良のアドバイスは、総エネルギー摂取量を適度に抑え、塩分、砂糖、飽和脂肪酸の摂取を制限する一方で果物、野菜、豆類、ナッツ類などの繊維質の豊富な食品を優先的に摂取し、栄養ガイドラインをできる限り守ることだ。極度に加工されたパッケージ食品や出来合いの食事ではなく、ホールフードや一から調理する料理など加工度の低い選択肢を選ぶことは、体重、体組成、全体的な健康状態にさらなるメリットをもたらす可能性が高い」と述べている。

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第258回 スマホ保険証は9月19日から開始、院内体制の整備と患者周知を/厚労省

<先週の動き> 1.スマホ保険証は9月19日から開始、院内体制の整備と患者周知を/厚労省 2.新型コロナ感染者、今年最多の3.3万人超 変異株「ニンバス」全国で拡大/厚労省 3.緊急避妊薬の市販化、対面販売義務と面前服用で数ヵ月後販売へ/厚労省 4.治療アプリで慢性疾患医療に変革、アルコール依存症でも/CureApp 5.医療費48兆円で過去最高更新 高齢化で入院費膨張、伸び率は鈍化/厚労省 6.再生医療で女性が死亡、都内クリニックに初の緊急停止命令/厚労省 1.スマホ保険証は9月19日から開始、院内体制の整備と患者周知を/厚労省厚生労働省は9月19日から、マイナンバーカードと一体化した「マイナ保険証」の機能を搭載したスマートフォン(スマホ)による資格確認を全国の医療機関・薬局で順次開始する。専用リーダーを導入した施設で利用可能となり、対応機関にはステッカーが掲示される予定。患者は事前にマイナポータルを通じてスマホにマイナカードを追加登録しておく必要があり、窓口での初期設定は医療機関の負担になるため避けるよう求められている。スマホでの資格確認に失敗した場合には、マイナポータルにログインし資格情報を画面提示する代替手段も認められ、法令改正で新たに規定された。これにより従来のカード持参が不要となるが、初回利用時は真正性確認の観点からマイナカード併用を求める声も医療界からは出ている。実証事業では大きな支障はなかったが、利用率は1%未満と低調。スマホ設定が難しいという声が患者から寄せられる一方、カードを出す手間が省け受付が円滑になる利点も確認された。厚労省は導入支援として汎用カードリーダー購入費を補助し、病院は3台、診療所や薬局は1台まで半額(上限7,000円)を補填する。医師や医療機関にとっては、今後の診療報酬加算(医療DX推進体制整備加算)におけるマイナ保険証利用率基準引き上げを踏まえ、対応が経営上も不可避となる。中央社会保険医療協議会(中医協)では「導入を拙速に進めれば窓口混乱を招く」との懸念が示され、国民への周知徹底とマニュアル整備を要請。対応できる施設は当面限られるとみられ、現場には患者説明やトラブル対応の負担が予想される。医療従事者は制度改正を理解し、来院前準備の重要性を患者に伝えることが求められる。 参考 1) マイナ保険証の利用促進等について(厚労省) 2) 「スマホ保険証」9月19日から全国で順次開始、対応可能な施設にはステッカー掲示へ(読売新聞) 3) スマホを用いた資格確認が2025年9月から順次開始(日経メディカル) 4) スマホ保険証を9月19日から運用開始 汎用カードリーダーの専用ページ、8月29日に開設(CB news) 5) 2025年9月19日の「スマホマイナ保険証」利用開始に向け法令を整理、スマホマイナ保険証対応医療機関はステッカー等で明示-中医協・総会(Gem Med) 2.新型コロナ感染者、今年最多の3.3万人超 変異株「ニンバス」全国で拡大/厚労省新型コロナウイルスの感染が全国的に拡大し、厚生労働省によると8月18~24日の新規感染者数は3万3,275人と前週比5割増で、今年最多を記録した。定点医療機関当たり8.73人で10週連続の増加となり、宮崎21.0人、鹿児島16.8人、長崎14.8人など九州を中心に高水準が続く。愛知2,045人、東京1,880人など大都市圏でも増加が顕著だった。国立健康危機管理研究機構は、国内で検出されたコロナ株の約8割がオミクロン株派生の「ニンバス(NB.1.8.1)」に置き換わったと報告。強烈なのどの痛みが特徴とされ、新学期に伴い10代以下への拡大が懸念される。各地でも警戒が強まっており、新潟では1医療機関当たり12.2人と前週比1.5倍に急増し、インフルエンザ注意報基準を上回った。宮城も10.0人と急増、静岡は7ヵ月ぶりに全県に注意報を発令し、東部がとくに多い。熊本は906人で全国平均を上回り、宮崎も589人と1.5倍に増加し、患者の4割が高齢者、3割が未成年だった。鹿児島でも患者数が1週間で958人に達し、強い咽頭痛を訴えるケースが目立っている。厚労省や自治体は「重症化リスクは従来株と大差ないが、感染拡大防止が重要」とし、手洗い・換気・マスクの着用徹底を呼びかけている。とくに新学期を迎える子ども世代や高齢者との接触には注意が必要で、感染症流行の二重負担を避けるためにも、医療機関には今後の外来・入院需要への対応力が問われる。 参考 1) 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の発生状況(厚労省) 2) コロナ感染者数3万人上回る 前週から5割増加(CB news) 3) 新型コロナ感染者数、ことし最多…10週連続の増加 変異株「ニンバス」のどの強い痛みが特徴(日テレ) 3.緊急避妊薬の市販化、対面販売義務と面前服用で数か月後販売へ/厚労省厚生労働省の専門部会は8月29日、緊急避妊薬レボノルゲストレル(商品名:ノルレボ)の市販化を了承した。医師の処方箋なしで薬局・ドラッグストアで購入が可能となり、区分は要指導(特定要指導)医薬品となる予定。販売については、年齢制限なし・保護者の同意不要で、研修修了薬剤師による対面販売とその場での服用(面前服用)を原則義務付ける。性交後72時間以内の単回内服で妊娠阻止率は約80%、WHOは必須医薬品としてOTCを推奨している。国内では試験販売(2023年度145薬局→2024年度339薬局)を経て、承認審査が進み、正式承認・体制整備後の数ヵ月後から販売を開始する。価格は未定だが試験販売では7,000~9,000円となっていた。販売店舗は厚労省が一覧を公表する予定。面前服用は転売防止などが目的だが、プライバシー侵害やアクセス阻害の懸念もあり、一定期間後に見直しを検討するという。購入時は身分証確認、薬剤師説明→服用、3週間後の妊娠確認を推奨。性暴力が疑われる場合はワンストップ支援センターと連携する。市販化まで約9年を要した背景には、乱用懸念・性教育の遅れ・薬剤師体制などの議論があった。専門家は、緊急避妊薬は最終手段であり、低用量ピル活用やコンドーム併用(STI対策)など平時の避妊行動の対策も求めている。 参考 1) 緊急避妊薬のスイッチOTC化について[審査等](厚労省) 2) 緊急避妊薬の薬局販売承認へ 診察不要に、年齢制限なし(日経新聞) 3) 「緊急避妊薬」医師の処方箋なくても薬局などで販売へ(NHK) 4) 面前服用、販売する薬局数…緊急避妊薬のアクセス改善に課題(毎日新聞) 4.治療アプリで慢性疾患医療に変革、アルコール依存症でも/CureAppアルコール依存症治療の新たな選択肢として、沢井製薬は9月1日から国内初の「減酒」治療補助アプリ「HAUDY(ハウディ)」の提供を開始する。開発は医療IT企業CureAppが担い、国から医療機器として承認を受け、公的医療保険の適用対象となる。患者は日々の飲酒量や体調をスマホに記録し、アプリから助言を受ける仕組みで、データは医師と共有され診察時の行動の振り返りや目標設定に活用される。医師の処方に基づき利用され、自己負担は3割で月額約2,400~3,000円、最大6ヵ月使用が可能。専門医でなくとも治療支援ができる点も特徴で、治験では飲酒量の多い日の減少効果が確認されている。背景には、依存症診療における診察時間の短さや治療継続の難しさがある。アプリは患者と医師のコミュニケーションを補完し、より早期の介入を後押しすると期待される。沢井製薬は、ジェネリック医薬品依存から脱却し、デジタル医療機器を新たな収益源とする戦略を強調している。一方、デジタル治療の普及は高血圧分野でも進展する。日本高血圧学会は『高血圧管理・治療ガイドライン2025』を改訂し、血圧管理アプリによる介入を初めて推奨に盛り込んだ。推奨の強さは「2」、エビデンスの強さは「A」とし、降圧薬に匹敵する効果や費用対効果も確認されている。生活習慣改善や共同意思決定を重視する中で、治療アプリは患者と医師の信頼関係を深めるツールとして位置付けられている。アルコール依存症や高血圧といった慢性疾患領域で、治療アプリが相次ぎ制度化されることは、臨床現場にデジタル治療導入を促し、診療報酬体系や医療経済にも影響を与えるとみられる。 参考 1) アルコール依存症患者のための「減酒」アプリ、沢井製薬が9月提供開始…公的医療保険の適用対象に(読売新聞) 2) 国内初の減酒治療アプリ 沢井製薬が9月1日から販売 専門医でなくても依存症患者に対応(産経新聞) 3) アルコール依存症の治療支援アプリ 医療機器として国が初承認(NHK) 4) 高血圧管理・治療ガイドライン改訂 治療アプリを推奨「患者と医療者がしっかり話し合って共同で降圧」(ミクスオンライン) 5) 高血圧管理・治療ガイドライン2025(日本高血圧学会) 5.医療費48兆円で過去最高更新 高齢化で入院費膨張、伸び率は鈍化/厚労省厚生労働省は8月29日、2024年度の概算医療費(速報値)が48兆円に達し、前年度比1.5%増で過去最高を更新したと発表した。増加は4年連続だが、伸び率は前年の2.9%から鈍化し、コロナ禍前の水準に近付きつつある。概算医療費は労災や全額自費を除いた、公的保険・公費・患者負担を集計したもので、国民医療費の約98%を占める。診療種類別では、入院が2.7%増の19.2兆円と全体を押し上げ、入院外(外来・在宅)は0.9%減の16.3兆円と4年ぶりに減少した。歯科は3.4兆円で3%超の伸び、調剤は8.4兆円で1%強の増加となった。医療機関別では病院25.9兆円(2.0%増)、診療所9.6兆円(1.0%減)で、とくに大学病院は4.2%増と高度医療の影響が大きかった。一方、個人病院は22%減少した。国民1人当たりの医療費は38万8,000円(前年より8,000円増)。75歳以上は97万4,000円に達し、75歳未満(25万4,000円)との差は約4倍に拡大している。高齢化が医療費を押し上げる構造が鮮明となった。疾患別では、新型コロナ関連の医療費は2,400億円と前年度比4割以上減少。感染症流行が落ち着いたことが全体の伸び率鈍化につながった。後発医薬品の普及も進み、ジェネリックの数量シェアは90.6%と初めて9割を超えた。厚労省は「高齢化と医療の高度化の影響は続き、医療費は今後も増加傾向にある」と指摘。入院費膨張や人材確保など医療機関の経営への影響は避けられず、診療報酬や医療提供体制の在り方が改めて問われている。 参考 1) 「令和6年度 医療費の動向」~概算医療費の年度集計結果~(厚労省) 2) 医療費、過去最高の48兆円 4年連続で増加 厚労省(時事通信) 3) 厚労省 令和6年度の医療費の概算48兆円 4年連続で過去最高更新(NHK) 4) 24年度の医療費48兆円、4年連続過去最大 伸び率は鈍化(CB news) 6.再生医療で女性が死亡、都内クリニックに初の緊急停止命令/厚労省厚生労働省は8月29日、東京都中央区の「東京サイエンスクリニック」(旧ティーエスクリニック)で自由診療として再生医療を受けた外国籍の50代女性が死亡した事例を受け、同院に対して再生医療等安全性確保法に基づく緊急命令を出し、当該治療の一時停止を命じた。死亡例を契機とした同法に基づく緊急命令は初めてとなる。併せて、治療に用いた特定細胞加工物を製造した「コージンバイオ株式会社 埼玉細胞加工センター」に対しても製造停止を命じた。厚労省は原因究明を進める方針を示している。厚労省の発表によると、今月20日、同クリニックで慢性疼痛治療を目的に、患者本人の脂肪組織から取り出した間葉系幹細胞を増殖させ、点滴で静脈投与する自由診療が実施された。治療中に女性は急変し、急速に心停止に陥り、搬送先で死亡が確認された。27日、クリニックから法第18条に基づく「疾病等報告」が提出され、死因はアナフィラキシーショックの可能性と説明されたが、原因は未確定であり、さらなるリスク防止のため緊急命令が発出された。命令は、当該クリニックが提供する治療計画「慢性疼痛に対する自己脂肪由来間葉系幹細胞による治療」および類似の細胞加工を用いた再生医療の提供を全面的に停止するもの。加えて、埼玉細胞加工センターにも、同様の製造方法による特定細胞加工物の一時停止を命じた。厚労省は立ち入り検査や詳細な原因究明を進め、再発防止策を徹底するとしている。また、死亡事例後、医療機関および運営法人は名称変更を届け出ていた。22日に「ティーエスクリニック」から「東京サイエンスクリニック」に、25日には「一般社団法人TH」から「一般社団法人日本医療会」に変更されている。厚労省は経緯を精査し、透明性の確保に努める方針。今回の措置について厚労省は「患者が死亡し、その原因が未解明である以上、再生医療との関連が否定できず、さらなる疾病発生を防ぐ必要がある」と説明。再生医療の安全性確保を最優先課題として取り組む姿勢を強調した。 参考 1) 再生医療等の安全性の確保等に関する法律に基づく緊急命令について(厚労省) 2) 再生医療を受けた患者、アナフィラキシーショックで死亡か…医療機関は一時停止の緊急命令受ける(読売新聞) 3) 自由診療の細胞投与で50代女性死亡 クリニックに治療停止命令(毎日新聞) 4) 再生医療で50代女性死亡 厚労省が都内のクリニックに治療停止命令(朝日新聞)

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来てもらう力 ――“受援力”の不足が命取りになることもある【実例に基づく、明日はわが身の災害医療】第5回

「支援を断ってしまった」現場のリアルとある災害発生から数日が経過し、ある中規模病院では断水と停電が続く中、自家発電で最低限の機能を維持していました。しかしスタッフは疲弊し、外来は停止、入院患者への対応も限界を迎えていました。物資の枯渇や搬送困難な重症患者の滞留など、課題は山積みでした。そんな状況下で、DMAT、日本赤十字、NGOなど複数の医療支援チームが到着し、「支援に入ります」と申し出ました。しかし現場責任者は、困惑しながら以下のように返答しました。「申し訳ありません。今は受け入れ調整の余裕がなく、対応できません…」支援が不要だったのではなく、支援チームを“受け止める”仕組みが整っていなかったため、自己紹介や物資配置、指揮命令系統の確認など受け入れ調整作業自体が大きな負担となり、断念せざるを得なかったのです。この事例は、「支援が来ても、それを受け入れる余力がなければ活用できない」という受援側の構造的課題を示しています。受援力とは何か──BCPへの組み込みと演習の重要性災害が起きたとき、医師や看護師の多くは「支援する側」としての役割を想定しがちです。しかし、この災害大国・日本では、病院勤務医も、開業医も、福祉施設の関係者も、「支援される側」になることが十分にありえます。支援チームを受け入れることは、単に「来た人に任せる」ことではありません。誰が案内し、どこに待機させ、どの業務を任せるのか。その想定ができていなければ、せっかくの支援も混乱の原因になりかねません。“受援力”とは、外部支援を的確に受け入れ、医療体制に組み込み、機能させる能力を指します。被災地ではサージキャパシティを超えた状況が常態化するため(表1, 2)、平時からBCP(事業継続計画)に「受援計画」を明確に盛り込み、定期的な訓練や教育を通じて体験的に習熟しておくことが必要です1)。(参考文献1より引用)信頼できる支援者を見極める視点もうひとつ見落とされがちなポイントとして、支援者の信頼性評価があります。支援チームの中にはDMATのようにトレーニングされた組織だけでなく、被災地での活動経験が浅い組織や、連携体制が不十分なチームも玉石混交で集まっています。支援チームが似たようなユニフォームや車両を用いて活動している場合、見た目だけでは識別が難しいです。だからこそ、災害救助法の改正により進められている「被災者援護協力団体の登録制度2)」や、EMT(Emergency Medical Team)国際ガイドライン3)に準じた認証制度のような、公的な裏付けを知ったうえで確認することも重要です。また、支援チーム同士が集約され、被災地の医療・福祉・行政との調整を図る保健医療福祉調整本部のような体制があれば、窓口として連携することで混乱を最小化できます4~6)。支援を受ける覚悟と責任「支援を受ける側の責任」という表現に抵抗を感じる方もいるかもしれません。しかし、支援チームは無尽蔵ではなく、来ることが「当然」ではありません。とくに南海トラフや首都直下地震のような広域同時多発災害が想定される場合、支援リソースは限られ、先着順で枯渇する可能性があります。そのため、受援は準備と覚悟を要する「戦略的行動」です。支援を断るリスクは、医療の停滞だけでなく、スタッフの疲弊、患者への不利益、地域全体の対応力低下など、多方面に及びます。「来てもらう力」は、命をつなぐ力災害対応では、「助けてほしい」と言える勇気と、「助けを使いこなす」力が求められます。支援を受けるという行為は、無力さではなく、連携と合理性の象徴です。自分たちだけで乗り切ることが正義ではありません。限られた人員と資源のなかで、いかに外部の力を活かすか。これからの災害医療において、“受援力”こそが生死を分ける力となるのです。複数の支援団体が被災地で活動する 写真提供:筆者 1) 国立保健医療科学院・厚生労働省. 医療機関のための災害時受援計画作成の手引き. 2020年7月. 2) 内閣府 防災情報のページ. 被災者援護協力団体の登録制度 3) World Health Organization. Classification and minimum standards for emergency medical teams. Geneva: WHO; 2021. 4) 厚生労働省. 大規模災害時の保健医療福祉活動に係る体制の強化について. 2025年3月31日. 5) 厚生労働省. 災害時保健医療福祉活動支援システム(D24H). 6) 厚生労働省. 大規模災害時における「災害時保健医療福祉活動支援システム(D24H)」の活用について. 2025年3月25日.

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心アミロイドーシスの生存率向上に新たな治療選択肢/アルナイラム

 トランスサイレチン型心アミロイドーシス(ATTR-CM)治療薬として、2025年6月25日に国内で適応追加承認を取得した核酸医薬のブトリシラン(商品名:アムヴトラ)。この治療薬が果たす役割について、7月に開催されたアルナイラムのメディアセミナーで北岡 裕章氏(高知大学医学部 老年病・循環器内科学 教授)が解説した。高齢者心不全では心アミロイドーシスの想起を 心アミロイドーシスは心不全の原因疾患の1つで、2025年3月に発刊された『2025年改訂版 心不全診療ガイドライン』においてもその項目が設けられ、心不全として鑑別診断が重要な疾患として位置付けられた(推奨表57参照)。しかし現状は、「循環器医でもアミロイドーシスの概念をあまり持っていない医師も少なくない」と北岡氏は問題提起する。その理由について、「たった10年前には患者が300例ほどしかいないとされ、原因として疑うのは非常に難しい時代だった」とコメント。しかし、時代は変わり、核医学検査による診断法が確立したことで、120万人いると推定される心不全患者の10%程度をATTR-CMが占めることも明らかになってきている。とくにATTR-CMwt*は加齢に起因することから、高齢者で診断されることが“まれではない”状況になっているが、2019年に治療薬として四量体安定化薬が処方できるようになったことで、「指数関数的に治療を受けられる患者数が増加している」と説明した。*wild type(野生型)の略治療薬の使い分けにも期待 心アミロイドーシスの原因となるトランスサイレチン(TTR)は、肝臓から産生され、四量体の状態であれば甲状腺ホルモンやビタミンAを運搬する役割を果たすが、単量体に解離することでアミロイド線維を形成し、臓器に沈着する。さらに近年では、肝臓から直接ミスフォールディングされたTTRが産生されることも示唆されている。その結果、アミロイド沈着が心不全症状の発現前より始まり、時間経過とともにBNPやトロポニンなどのバイオマーカーの上昇、心機能やQOL低下などに影響を与え、生命予後を脅かすようになる。これについて同氏は「以前と比較して早期診断により生存率は高くなっているが、年齢から想定される生存率と比較すると、ATTR-CM患者の生存率はいまだに低い状況にある」と述べ、潜在患者の発掘と治療法普及の加速化が課題であることについて言及した。 しかし、今回のブトリシランの適応追加はATTR-CMに対する治療選択を広げ、心アミロイドーシス診療の追い風となるだろう。既存治療薬はTTR四量体の安定化を図るものであったが、ブトリシランはさらに上流部分に作用し、効果を発揮する。その作用機序は、ブトリシランが肝臓特異的に取り込まれRNA誘導サイレンシング複合体(RNA-induced silencing complex:RISC)と結合することで肝臓内においてTTR mRNAを分解し、TTR産生を抑制(ノックダウン)させる。本薬剤が適応追加承認に至ったHELIOS-B試験の対象者のうち約40%は、既存薬(タファミジスまたはタファミジスメグルミン)が投与されていた患者であったが、投与有無によらず主要評価項目**を達成している。この結果を踏まえ、「本薬剤により全死亡リスクが低下し、一般集団の生存率に近づいた」と同氏は説明。新たな治療薬が加わったことで、実臨床では治療薬の使い分けがトピックになっており、本薬剤がATTR-CM治療の第1選択薬となりうるとして期待されているとも話した。**全体集団/ブトリシラン単剤投与部分集団における二重盲検期間の全死因死亡および再発性心血管関連イベントの複合エンドポイントRNA干渉(RNAi)とその治療薬 RNAiは植物のペチュニアと線虫から発見された遺伝子サイレンシングで、DNA配列を変化させることなく遺伝子発現・タンパク質を抑制することができる。この原理を応用した低分子干渉RNA(small interfering RNA:siRNA)製剤は、生体内に備わる自然なプロセス(RISCを介して繰り返しmRNAを切断)において効果を発揮する。これまで、細胞内に送達されたsiRNAが体内で作用する際の課題として、(1)体内で分解されやすい、(2)細胞膜の通過が困難、(3)オフターゲット作用の懸念があったが、同社は独自のドラッグデリバリーシステム(DDS)を開発し、解決に導いたという。現在国内では同社の開発により4つのsiRNA製剤(パチシラン[商品名:オンパロット]、ギボシラン[同:ギブラーリ]、ブロリシラン[同:アムヴトラ]、インクリシラン[同:レクビオ])が発売されている。

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白血病治療薬が高リスク骨髄異形成症候群にも効果を発揮

 最近承認された白血病治療薬が、致命的な骨髄疾患と診断された一部の患者にも有効である可能性が、パイロット試験で示された。骨髄異形成症候群(MDS)患者の約5人に3人が、米食品医薬品局(FDA)が2022年に、急性骨髄性白血病(AML)患者向けに承認したオルタシデニブ(商品名レズリディア)による治療に反応を示したという。米マイアミ大学シルベスター総合がんセンター白血病部門主任のJustin Watts氏らによるこの研究結果は、「Blood Advances」に7月16日掲載された。 オルタシデニブは、腫瘍の発生に関与する変異型イソクエン酸脱水素酵素1(IDH1)を選択的に阻害する薬である。FDAは、IDH1遺伝子変異陽性の再発または難治性AML成人患者に対してオルタシデニブを承認している。Watts氏らによると、AML患者の約10%にIDH1遺伝子変異が見られるという。しかし、この変異はMDS患者の約3〜5%にも見られるため、同氏らは、オルタシデニブがこの疾患の治療においても有効なのではないかと考えた。 米国がん協会(ACS)によると、前白血病またはくすぶり型白血病とも呼ばれるMDSは、骨髄内の造血細胞に異常が生じて血球が正常に成熟できなくなって発症し、貧血や感染症、出血傾向、免疫機能の低下などが生じる。MDSはAMLへ進行することが多いという。 Watts氏らは、IDH1遺伝子変異陽性で中等度から極めて高リスクのMDS患者22人(年齢中央値74歳、男性59%)を対象に、オルタシデニブの単剤療法と、AMLやMDSに対する標準的な抗がん薬であるアザシチジンとの併用療法の有効性を検討した。対象者のうち6人が単剤療法(再発/難治性4人、初回治療2人)、16人が併用療法(再発/難治性11人、初回治療5人)を受けた。 その結果、全奏効率(ORR)は全体で59%(完全寛解率27%〔6/22人〕、骨髄における完全寛解率32%〔7/22人〕)、治療に対する反応の評価が可能だった19人では68%(完全寛解率32%〔6/19人〕、骨髄における完全寛解率37%〔7/19人〕)であった。治療法別のORRは、単剤療法群で33%(2/6人)、併用療法群で69%(11/16人)であった。奏効に至るまでの期間(TTR)は中央値2カ月、奏効期間(DOR)は中央値14.6カ月、全生存期間(OS)は中央値27.2カ月であった。さらに、ベースライン時に輸血依存だった患者のうち、62%が赤血球輸血非依存(56日間)に、67%が血小板輸血非依存に到達したことも示された。 Watts氏は、「非常に高リスクのMDS患者集団において、奏効率だけでなく、血球数の改善、DORの延長、OSの改善など、実に注目すべき成果が得られた」とマイアミ大学のニュースリリースで述べている。また、研究グループは、「以前の研究では治療抵抗性MDS患者の生存期間は6カ月未満だったことを考えると、本研究結果は心強い」と述べている。 研究グループによると、この研究結果はすでに治療基準の変更につながっており、国立総合がんセンターネットワークのガイドラインにおいて、IDH1遺伝子変異陽性のMDS患者に対してオルタシデニブによる治療が推奨されている。研究グループは現在、どのAML患者とMDS患者がオルタシデニブに長期的に反応する可能性があるかを検討しているところだという。

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小児心停止における人工呼吸の重要性、パンデミックで浮き彫りに

 「子どもを助けたい」。その一心で行うはずの心肺蘇生だが、コロナ流行期では人工呼吸を避ける傾向が広がった。日本の最新研究が、この“ひと呼吸”の差が小児の救命に大きな影響を与えていたことを明らかにした。コロナ流行期では、胸骨圧迫のみの心肺蘇生が増加し、その結果、死亡リスクが高まり、年間で約10人の救えるはずだった命が失われていた可能性が示唆されたという。研究は岡山大学学術研究院医歯薬学域地域救急・災害医療学講座の小原隆史氏、同学域救命救急・災害医学の内藤宏道氏らによるもので、詳細は「Resuscitation」に7月4日掲載された。 子どもの院外心停止はまれではあるが、社会的に大きな影響を及ぼす。小児では窒息や溺水などの呼吸障害が心停止の主な原因であることから、人工呼吸を含む心肺蘇生(Cardiopulmonary resuscitation:CPR)の実施が強く推奨されてきた。一方、成人では心疾患が主な原因であることに加え、感染対策や心理的・技術的ハードルの高さから、蘇生の実施率を高める目的で「胸骨圧迫のみ」のCPR(Compression-only CPR:CO-CPR)が広く普及している。また、成人においては、新型コロナウイルス感染症の流行下では、たとえ講習やトレーニングを受けた市民であっても、感染リスクを理由に人工呼吸の実施を控えるよう促される状況が続いていた。しかしながら、こうした行動変化が小児の救命にどのような影響を及ぼしたかについては、これまで十分に検証されてこなかった。このような背景をふまえ著者らは、全国データを用いて、コロナ流行前後における小児の院外心停止に対する蘇生法の変化と、それが死亡や後遺症に与えた影響を検証した。 解析のデータベースには、総務省消防庁が管理し、日本全国で発生した院外心停止の事例を記録・収集する「All-Japan Utstein Registry(全国ウツタイン様式院外心停止登録)」が用いられた。解析には、2017~2021年にかけて発生した17歳以下の小児の院外心停止7,162人が含まれた。主要評価項目は30日以内の死亡率とした。 2017~2021年の間に、目撃者によってCPRが実施されたのは3,352人(46.8%)だった。そのうち人工呼吸を含むCPRが実施された割合は、コロナ流行前(2017~2019年)には33.0%だったが、コロナ流行期(2020~2021年)には21.1%と、11.9%の減少が認められた。 次に、CO-CPRと臨床転帰(30日以内の死亡など)との関連を評価するため、交絡因子を調整したうえで、ロバスト分散付きPoisson回帰モデルによる多変量解析を実施した。解析の結果、CO-CPRは30日以内の死亡(調整後リスク比〔aRR〕1.16、95%信頼区間〔CI〕1.08~1.24)や不良な神経学的転帰(aRR1.10、95%CI 1.05~1.16)と有意に関連していた。この傾向は、呼吸原性心停止(呼吸の停止が原因で心臓が停止する状態)で顕著だった(aRR1.26、95%CI 1.14~1.39)。 また、コロナ流行期にCO-CPRが増加したことによる影響を、過去のリスク比をもとに概算したところ、人工呼吸の実施率の低下によって、2020年~2021年の2年間で計21.3人(年間換算で10.7人)の小児が救命されなかった可能性があると推定された。 本発表後に行われた追加解析では、この人工呼吸の実施率の低下は緊急事態宣言解除後の2022年(16.1%)から2023年(15.0%)にかけても維持されていた。これは、コロナ流行期に人工呼吸を伴うCPRからCO-CPRへの移行が加速し、流行後もその傾向が続いていることを示唆している。 本研究について著者らは、「本研究は、小児の心停止患者に対して、人工呼吸が極めて重要であることをあらためて裏付けるものであり、今後の小児向け蘇生教育のあり方、感染対策を講じた安全な人工呼吸法の手技の確立、人工呼吸補助具(例:ポケットマスクなど)の開発や普及啓発など、社会全体で取り組むべき課題が多々あることを示している」と述べている。 さらに、人工呼吸の実施については、「国際蘇生連絡委員会(ILCOR)や欧州蘇生協議会(ERC)などでは、小児に対する最適なCPRとして胸骨圧迫と人工呼吸の両方を行うことが強調されている。しかしパンデミック以降、人工呼吸に対する心理的・技術的なハードルが一層高まり、ガイドラインを周知するだけでは実施が進みにくい状況にある。そのため、安心して子どもを救える社会を実現するには、CPRトレーニングプログラムを活用するなど、平時からの準備と理解の促進に取り組むことが重要である」と付け加えた。

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第257回 新型コロナ感染9週連続増加 変異株「ニンバス」拡大、百日咳も同時流行/厚労省

<先週の動き> 1.新型コロナ感染9週連続増加 変異株「ニンバス」拡大、百日咳も同時流行/厚労省 2.消化器外科医、2040年に約5,000人不足 がん手術継続に黄信号/厚労省 3.医療ネグレクト対応、緊急時の同意なし医療に法的責任問わず/こども家庭庁 4.往診5年で4割増 高齢者中心に需要拡大も過剰提供を懸念/厚労省 5.末期がん患者に未承認治療3千件超 都内クリニックに措置命令/厚労省 6.がん治療後の肝炎再活性化で患者死亡、情報共有不足が背景に/神戸市 1.新型コロナ感染9週連続増加 変異株「ニンバス」拡大、百日咳も同時流行/厚労省新型コロナウイルスの感染者が全国的に増加している。厚生労働省によると、8月11~17日に約3,000の定点医療機関から報告された感染者数は2万2,288人で、1医療機関当たり6.3人となり、9週連続で前週を上回り、入院患者も1,904人と増加した。例年、夏と冬に流行のピークがあり、今年もお盆や夏休みの人の移動を背景に感染拡大が続いている。流行の中心はオミクロン株の派生型「NB.1.8.1」で、俗称「ニンバス」と呼ばれる株。国立健康危機管理研究機構によれば20日時点で国内検出の28%を占め、同系統を含めると全体の8割以上になる。感染力は従来株よりやや強いが、重症化リスクは大きく変わらないとされている。症状は、発熱や咳に加え「カミソリを飲み込んだような強い喉の痛み」が特徴で、筋肉痛や関節痛を伴う例も報告されている。ワクチンは重症化予防に有効と考えられており、WHOも監視下の変異株に指定している。都道府県別では、宮崎が最多の14.7人、鹿児島12.6人、埼玉11.5人と続き、東京や大阪など大都市圏では比較的低水準に止まっている。厚労省は「手洗いや咳エチケット、エアコン使用時の換気など基本的な感染対策を徹底してほしい」と呼びかけている。新学期開始で人の動きが再び活発化する9月中旬ごろまで増加が続く可能性が指摘される。一方、百日咳も同時流行しており、8月10日までの週に3,211人が報告され、年初からの累計は6万4千人超となった。子供を中心に長引く咳を呈し、乳児では重症化するリスクが高い。国内外で増加傾向にあり、厚労省は原因を分析中。コロナと百日咳が並行して拡大する中、専門家は体調不良時には早めに医療機関を受診し、感染拡大防止に努めるよう求めている。 参考 1) 変異ウイルス「NB.1.8.1」“感染力やや強い”(NHK) 2) 新型コロナ感染者、全国平均で9週続けて増加 例年夏に流行 厚労省(朝日新聞) 3) “カミソリをのみ込んだような強烈な喉の痛み” 新型コロナ「ニンバス」感染拡大 百日せきも流行続く(読売テレビ) 2.消化器外科医、2040年に約5,000人不足 がん手術継続に黄信号/厚労省厚生労働省の「がん診療提供体制のあり方に関する検討会」は、2040年にがん手術を担う消化器外科医が約5,000人不足するとの推計をまとめた。需要側では初回手術を受ける患者数が2025年の約46万5千人から40年には約44万人へ微減する一方、供給側の減少が急速に進む。外科医の約7割を占める消化器外科では、日本消化器外科学会の所属医師(65歳以下)が25年の約1万5,200人から40年に約9,200人へ39%減少し、需給ギャップは5,200人規模に拡大すると見込まれている。背景には若手医師の敬遠がある。消化器外科は10時間を超える食道がん手術や夜間・休日の救急対応など負担が大きい一方、給与水準は他科と大差がない。修練期間も長く、労働と報酬のバランスが「割に合わない」とされ、2002年から20年間で医師数は2割減少した。他方、麻酔科や内科は増加しており、診療科間での偏在が深刻化している。こうした現状に、学会や大学病院は人材確保策を模索する。北里大学は複数医師で患者を担当し、緊急時の呼び出しを減らし、富山大学は長時間手術の交代制を導入、広島大学は若手の年俸を1.3倍に引き上げた。学会は拠点病院への人材集約により休暇確保や経験蓄積を両立させたい考えを示している。報告書はまた、放射線治療では、装置の維持が難しくなる可能性や、薬物療法では地域格差が生じやすい点にも言及。今後は都道府県単位で医療機関の集約化やアクセス確保を検討し、効率的な医療提供体制を整える必要があるとしている。高齢化が進み85歳以上のがん患者は、25年比で45%増えると見込まれる中、医師不足は治療継続に直接影響し得る。厚労省は、就労環境や待遇改善に報酬面での配慮を進め、がん医療の持続可能性確保に向けた施策を急いでいる。 参考 1) 2040年を見据えたがん医療提供体制の均てん化・集約化に関するとりまとめ(厚労省) 2) がん手術担う消化器外科医、2040年に5000人不足 厚労省まとめ(毎日新聞) 3) 消化器外科医の不足深刻…厳しい勤務で若手敬遠、「胃や腸のがん患者の命に関わる」学会に危機感(読売新聞) 4) 消化器外科医「5,000人不足」 がん診療「病院集約を」厚労省検討会、40年推計(日経新聞) 3.医療ネグレクト対応、緊急時の同意なし医療に法的責任問わず/こども家庭庁こども家庭庁は8月、保護者の思想や信条を理由に子供に必要な医療を拒否される「医療ネグレクト」について、緊急時に医療機関が保護者の同意なく治療を実施した場合でも、刑法や民法上の責任は基本的に問われないと定め、7日付の事務連絡で明示するとともに、法務省とも協議済みとしている。救命手術などで同意が得られなくても「社会的に正当と認められる医療行為」であれば刑事責任は生じず、急迫の危害を避ける行為であれば悪意や重大な過失がない限り、民事責任も免れると解説している。背景には医療現場からの実態報告がある。こども家庭庁が救命救急センターを有する88医療機関を対象に行った調査では、2022年4月~24年9月までに24機関から計40件の医療ネグレクト事例が報告された(回答施設の3割弱に相当)。多くの事例では保護者への説明を尽くし同意を得る努力が行われたが、同意取得が不可能または時間的猶予がない場合、医療機関の判断で治療が行われていた。調査では対応の工夫として「児童相談所と事例を共有」が75%、「日頃から顔の見える関係作り」が59%と挙げられた。一方で、児相との「切迫度認識の差」や「帰宅可否を巡る判断の齟齬」など課題も指摘された。児相のノウハウ不足を補うため、具体的事例や対応方法を管内で共有することの重要性も強調されている。こども家庭庁は、平時からの地域ネットワーク構築や事例共有を通じ、迅速かつ適切な対応体制の整備を自治体に要請。現場の医師にとっても、緊急時に同意がなくとも治療に踏み切れる法的整理は大きな後押しとなるが、児相との連携強化や判断基準の共有が今後の課題となる。 参考 1) 令和6年度子ども・子育て支援等推進調査研究事業の報告書の内容及びそれを踏まえた取組(こども家庭庁) 2) 緊急時の保護者同意ない医療「法的責任負わず」こども家庭庁(MEDIFAX) 3) 救命救急センターの3割弱で医療ネグレクトの報告 思想などに起因する事例、22年4月-24年9月に40件(CB news) 4) 令和6年度 保護者の思想信条等に起因する医療ネグレクトに関する調査研究報告書(三菱UFJ) 4.往診5年で4割増 高齢者中心に需要拡大も過剰提供を懸念/厚労省厚生労働省の統計によると、医師が自宅を訪ねる往診が過去5年で1.4倍に増加した。2024年は月27万5,001回と前年比11.2%増で、とくに75歳以上の高齢者が利用の8割を占め、前年比19.6%増の23万件超となった。在宅高齢者の急変時対応や有料老人ホームなどでの需要が増え、夜間・休日対応を外部委託する医療機関の広がりが背景とみられる。一方、コロナ禍では15歳未満の往診が急増。外来受診制限や往診報酬の特例引き上げにより、2023年には月1万7,000件を超えた。深夜の乳幼児往診では1回5万円弱の報酬が得られるケースもあり、自治体の小児医療無償化と相まって都市部で利用が拡大した。しかし、2024年度の報酬改定で特例は縮小され、15歳未満の往診は63.8%減少した。往診の拡大は救急搬送の抑制につながる利点がある一方、診療報酬目的で必要性の低い往診を増やす事業者がいるとの指摘もある。厚労省もこの問題を把握しており、必要に応じて中央社会保険医療協議会(中医協)で、在宅医療報酬の見直しを議論する考えを示している。訪問診療は計画的に実施される在宅医療の柱で、2024年は月208万回、患者数110万人。これに対し往診を受けた患者は約20万人に止まる。往診の増加が高齢社会に不可欠な在宅医療の充実につながるのか、それとも過剰提供の温床となるのか、制度の在り方が問われている。 参考 1) 令和6年社会医療診療行為別統計の概況(厚労省) 2) 医師の往診5年で4割増 高齢者の利用拡大、過剰提供の懸念も(日経新聞) 5.末期がん患者に未承認治療3千件超 都内クリニックに措置命令/厚労省厚生労働省と環境省は8月22日、東京都渋谷区の「北青山D.CLINIC」(阿保 義久院長)に対し、カルタヘナ法に基づく措置命令を出した。自由診療に対する同法の命令は初めて。同院は2009年以降、末期がん患者らに「CDC6shRNA治療」と称する遺伝子治療を提供してきたが、必要な承認を得ていなかった。治療には遺伝子を組み込んだレンチウイルスが用いられ、製剤は院長が中国から個人輸入していた。これまでに3千件以上行われたが、有効性や安全性は科学的に確認されていない。患者への同意文書では「がん細胞に特異的に発生するCDC6というたんぱくを消去する遺伝子を投与する」と説明されていた。両省は製剤の不活化・廃棄と再発防止策の報告を命じた。現時点で健康被害や外部漏洩は確認されていないという。クリニックは6月以降治療を中止しており、今後は法に基づき申請するとしている。厚労省によると、自由診療での遺伝子治療は、科学的根拠が不十分なまま患者が全額自費で受けるケースが国内で広がっている。昨年の法改正で「再生医療等安全性確保法」の対象にも加わったが、今回の事例は十数年にわたり違法状態が続いていたことを示している。厚労省は今後、医療機関に法令順守の徹底を求めている。 参考 1) 「遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律」に基づく措置命令について(厚労省) 2) 未承認「がん遺伝子治療」に措置命令 カルタヘナ法、自由診療で初(毎日新聞) 3) がん自由診療に措置命令 都内クリニック手続き怠り(東京新聞) 4) がんに対する自由診療の遺伝子治療めぐり、厚労省などが措置命令(朝日新聞) 6.がん治療後の肝炎再活性化で患者死亡、情報共有不足が背景に/神戸市8月21日、神戸市立西神戸医療センターは、70代男性患者が医療事故で死亡したと発表した。男性は2023年10月に悪性リンパ腫と診断され、B型肝炎ウイルスを保有していることを自ら申告していた。化学療法にはB型肝炎ウイルスを再活性化させる作用を持つ薬が含まれるため、予防目的で核酸アナログ製剤が併用処方されていた。しかし、2024年に悪性リンパ腫が完全寛解した後、担当医が患者のB型肝炎感染を失念し、薬の処方を中止。継続されていたウイルス量の検査でも増加傾向を見落とし、2025年1月に男性は急性肝炎を発症し、入院から18日後に死亡した。男性の担当医は免疫血液内科の医師で、B型肝炎治療を専門とする消化器内科ではなかった。事故後、病院は消化器内科以外の医師が核酸アナログ製剤を処方できない仕組みを導入するなど再発防止策を取っている。北垣 一院長は会見で「重大な結果を招いたことは大変残念で、深く反省している」と謝罪、遺族にも経緯を説明し、理解を得たとしている。B型肝炎の再活性化をめぐっては、化学療法や免疫抑制療法の患者における発症リスクが広く知られており、定期的な検査と予防的投薬の継続が学会ガイドラインでも推奨されている。今回の事故は、がん治療後も必要な薬の中止と検査結果の見落としが重なり、致死的転帰を招いた典型例となった。同様の事故は他施設でも発生しており、今年5月には名古屋大学医学部附属病院で、リウマチ治療を受けていた70代女性が検査不備によりB型肝炎再活性化で死亡していたことが公表されている。専門家は、複数診療科にまたがる患者管理における情報共有とチェック体制の徹底が再発防止に不可欠だと指摘している。 参考 1) B型肝炎ウイルス感染を失念、投薬を誤って中止し患者死亡…西神戸医療センターが遺族に謝罪(読売新聞) 2) 薬剤処方を誤って中止、患者死亡 神戸の市立病院が謝罪(共同通信) 3) 「担当医が患者の申告を失念」 70代男性が急性肝炎で死亡 神戸(朝日新聞)

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転移乳がんへのCDK4/6阻害薬、1次治療と2次治療でOSに差なし~メタ解析

 CDK4/6阻害薬は、HR+/HER2-転移乳がんに対して、1次治療での使用が2次治療での使用より無増悪生存期間(PFS)の改善が認められたことから、1次治療としてガイドラインで推奨されている。一方、1次治療からの使用は累積毒性とコストの増加に関連することがSONIA試験で示唆されており、1次治療と2次治療の生存期間を比較したデータは少ない。今回、ブラジル・サンパウロ大学のLis Victoria Ravani氏/米国・マサチューセッツ総合病院のZahra Bagheri氏らがメタ解析を行った結果、2次治療での使用は1次治療からの使用と比べ、PFS2(無作為化から2次治療で進行するまでの期間)は悪化したが、全生存期間(OS)は同等であることが示唆された。Breast Cancer Research誌2025年8月13日号に掲載。 本研究は、PubMed、Embase、Cochrane、学会プロシーディングを検索し、CDK4/6阻害薬による1次治療と2次治療の両方もしくはどちらかを受けた患者を含む観察研究および無作為化試験の系統的レビューおよびメタ解析を行った。1次治療からCDK4/6阻害薬を投与された患者は1次治療群に、1次治療でCDK4/6薬を投与されず2次治療から投与された患者は2次治療群に割り付けた。PFS2とOSをプール解析し、さらに試験デザインによる感度分析も行った。 主な結果は以下のとおり。・7,602例を対象とした9件の研究(無作為化試験5件、観察研究4件)が組み入れられ、6,475例(85.1%)が1次治療からCDK4/6阻害薬を投与され、1,127例(14.8%)が2次治療で投与された。・1次治療群は2次治療群より有意にPFS2が長かったが(ハザード比[HR]:2.08、95%信頼区間[CI]:1.90~2.27)、RCTのみの感度分析では有意差は認められなかった(HR:1.10、95%CI:0.94~1.30)。・OSは、1次治療群と2次治療群で有意差は認められず(HR:1.09、95%CI:1.00~1.18)、RCTのみの感度分析でも有意差は認められなかった(HR:1.03、95%CI:0.84~1.26)。 著者らは「本結果は、2次治療から1次治療への治療シフトは毒性とコストは増加するが普遍的に転帰を改善する、という想定に異議を唱えるものである」と結論している。

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症例報告の類似事例の誤診・見落とし?【医療訴訟の争点】第14回

症例本稿では、診療における画像所見の解釈や疾患の鑑別の適否が争点となった一例として、プロラクチノーマ(下垂体腺腫)を嗅神経芽細胞腫と誤診し、放射線・抗がん剤治療を受けた結果、重篤な後遺障害が残った事案についての東京高裁令和2年1月30日判決を紹介する。なお、本件の争点は多岐にわたるため、本稿では鑑別診断に関係する部分を取り上げるものとする。<登場人物>患者43歳(初診時)・男性原告患者、患者の配偶者被告A大学病院、B大学病院、C放射線治療専門病院、Dがん専門病院事案の概要は以下の通りである。事案の概要を見る平成19年12月18日患者は、慢性副鼻腔炎の症状(鼻出血・鼻漏・鼻閉・眼の奥の痛みなど)を訴えて、A大学病院の耳鼻咽喉科を受診(初診)。12月22日A大学病院にてCT検査。放射線科医の報告は以下のとおり。「篩骨洞と蝶形骨洞に軟部組織陰影を認める。蝶形骨洞の病変は頭蓋内への進展が疑われるが、MRIによる精査が望まれる。両側の上顎洞、左篩骨洞、前頭洞に軟部組織陰影や液体貯留像はない。慢性副鼻腔炎。」平成20年1月8日A大学病院にて、MRI検査。放射線科医の読影報告は以下のとおり。「蝶形骨洞を中心に篩骨洞領域に広がる軟部陰影を認める。T2強調像で中等度高信号を呈し、一部高信号域も認められる。斜台は腫瘤により圧排を受けており、下垂体も下方から押されており、境界が不明瞭となっている。腫瘤性病変を疑う。強い浸潤傾向ではないと思われるが、下垂体機能などはチェックが必要であると思われる。脳実質や眼窩方向への進展は現時点ではあまりはっきりしない。脳の浮腫性変化は不明瞭。内耳道の拡張・腫瘤形成像は特に認められない。出血・水頭症なども特に認められない。」1月12日「慢性副鼻腔炎又は副鼻腔腫瘍」との病名でA大学病院に入院。1月15日A大学病院耳鼻咽喉科にて、本件患者の右慢性副鼻腔炎に対し、右内視鏡下鼻内副鼻腔開放術を施行。中鼻甲介鼻中隔側から総鼻道にかけて本件腫瘍を認め、これを切除し、病理検査を依頼。病理検査の結果は、以下のとおり。「組織学的には既存の粘膜構造は消失し、出血壊死あるいは肉芽様変化を伴った組織内への浸潤性増殖を呈する腫瘍を認める。腫瘍細胞は比較的小型で円形~類円形核を有し、細胞質は淡明あるいはわずかに微細顆粒状であり、細胞境界の不明瞭な腫瘍細胞巣を形成している。一部にはロゼット様配列も認められる。また、腫瘍細胞の血管内への侵襲もみられる。synaptophysin/NSEが陽性であり、chromogranin Aも一部陽性反応を認める。S-100蛋白は腫瘍細胞巣の辺縁の支持細胞の一部に陽性像をみる。右副鼻腔の嗅神経芽細胞腫として矛盾しない所見であり、腫瘍細胞及び増殖形態などからグレード2~3に相当する状態と考えられる。」1月22日A大学病院の担当医は、原告ら(本件患者及びその妻)に対し、本件腫瘍につき嗅神経芽細胞腫と診断されること及び当該疾病の概要等を説明の上、当該疾病の治療にはB大学病院が優れているとして、「病名又は症状」を「嗅神経芽細胞腫」、「目的」を「加療のお願い」とするB大学病院の専門医宛の診療情報提供書を作成してこれを交付し、その際、CT、MRI、病理組織検査報告書のコピーを添付した。1月29日A大学病院の担当医は、原告らの要望を受け、Dがん専門病院頭頸科宛の診療情報提供書を作成してこれを交付し、その際、CT、MRI、病理組織検査報告書のコピー、病理標本のプレパラートを添付した。2月4日原告は、診療情報提供書、CT、MRI、病理組織検査報告書のコピーを持参し、B大学病院頭頸部腫瘍センターを受診。診察した専門医は、MRI画像等を踏まえ、本件腫瘍につき嗅神経芽細胞腫であると考え、本件患者に対し、サイバーナイフ(ロボット誘導型定位的放射線治療装置)による治療が適当ではないかと勧めた。また、本件患者の持参したMRIの画質が悪かったため、本件腫瘍について精査する目的で、外部検査機関にてMRIを取り直すことを指示するとともに、A大学病院における病理標本のプレパラートも持参するよう求めた。2月5日原告は、外部検査機関にて副鼻腔造影MRI検査を受けた。同検査機関医師の報告は以下のとおり。「両側海綿静脈洞、トルコ鞍内、右篩骨洞後部及び右中頭蓋窩にかけて約43×35×30mm大の良好に造影される腫瘍を認める。両側内頚動脈内には良好な血流を認めるが、狭窄の有無は不明。右篩骨洞粘膜は肥厚しているが、同部に腫瘍性病変が存在するかは不明。腫瘍は右中頭蓋窩に進展しているが、側頭葉への浸潤の有無ははっきりしない。嗅神経芽細胞腫。」2月6日原告は、A大学病院の診療情報提供書、CT、MRI、病理組織検査報告書のコピー、プレパラート標本を持参し、Dがん専門病院を受診。同病院にてプレパラート標本の病理検査が行われ、病理医の報告は以下のとおり。「線維性結合織の中に胞巣状をとり浸潤する腫瘍を認める。胞巣内部は比較的均一な類円形核を有する腫瘍細胞からなり、神経細線維様基質はほとんどみられないが、Abortiveなrosette構造がみられる。嗅神経芽細胞腫、鼻副鼻腔未分化がん、内分泌がん(小細胞型/未分化型)、未分化神経外胚葉性腫瘍/ユーイング肉腫などが鑑別上挙がるが、嗅神経芽細胞腫を最も考える。」Dがん専門病院の医師は、病理検査の結果やMRI画像等を踏まえ、本件腫瘍につき、嗅神経芽細胞腫と診断し、本件患者に対し、B大学病院の医師の勧めているサイバーナイフによる治療を選択することでよいと思われる旨を伝えた。2月8日本件患者は、プレパラート標本を持参してB大学病院を受診。B大学病院の病理医の報告は以下のとおり。「組織学的には円い核と比較的淡明な胞体を持つ腫瘍細胞のシート状の増殖がみられる。Rosetteの形成は必ずしも明瞭でないが、免疫組織化学的に腫瘍細胞は神経内分泌マーカーに陽性を示す。嗅神経芽細胞腫に合致する所見。」2月9日B大学病院の担当医は、外部検査機関で撮影したMRIや同院の病理診断の結果等を踏まえ、本件腫瘍について嗅神経芽細胞腫と診断した。担当医は、本件患者に対し、同人に神経症状がなく腫瘍も限局していることなどから、治療法としてはサイバーナイフ治療が適当と考えられることなどを説明したところ、本件患者が同治療を受けることを希望したため、C放射線治療専門病院を紹介し、同病院宛の診療情報提供書を作成、交付した。2月12日本件患者は、B大学病院の診療情報提供書及び外部検査機関MRIを持参のお上、C放射線治療専門病院を受診し、放射線を正確に病変部に照射できるように位置を決めるための造影CT及び単純MRI(MRA含む)撮影を実施。2月18日同日から22日までの間、5日間連続でサイバーナイフ治療を受けた。その後本件患者は、B大学病院を数回受診したが、なお腫瘍は残存しており、その大きさはサイバーナイフ治療前から不変であった。7月23日B大学病院の担当医は、本件患者に対し、現状ではサイバーナイフ治療による有意な効果が得られていないことや化学療法等について説明。本件患者が化学療法を受けることを希望したため、Dがん専門病院を紹介し、同病院宛の診療情報提供書を作成し、交付した。その後本件患者は、Dがん専門病院に入院し、抗がん剤治療を受けた。12月21日MRI検査の結果、本件腫瘍は、同年7月と比較して明らかに縮小していた。平成21年3月16日本件患者は、鼻から鼻水とは違うねばねばした透明の液体が出てくるようになったことから、Dがん専門病院の医師に相談したところ、耳鼻科受診を勧められた。4月20日本件患者は、A大学病院の耳鼻科を受診。4月24日A大学病院にて、副鼻腔CT撮影。4月27日A大学病院の医師は、副鼻腔CTを踏まえ、鼻漏が認められ、蝶形骨洞周囲の骨の破壊像はあるが、これについてはDがん専門病院でフォローされているはずであり、同病院で治療を行ったほうがよい旨説明し、同院宛の診療情報提供書を作成。その後Dがん専門病院を複数回受診し、たびたび鼻水を訴える。9月9日Dがん専門病院の医師は、髄液漏ではないかと疑い、頭頚科へコンサルトし、10月6日に頭頸科を受診。10月12日不穏状態や39度以上の発熱がみられ、救急搬送され、E基幹病院に入院。髄液や血液培養から肺炎球菌が検出され、肺炎球菌を起因菌とする急性細菌性髄膜炎と診断。その後B大学病院、別のF基幹病院での診療加療を受けた後、さらに別のG基幹病院にて、血液検査の結果、プロラクチン(PRL)が660と高値(正常値:4.4~31.2ng/mL)を示したことから、プロラクチン産生腺腫が疑われた。G基幹病院にてA大学病院のプレパラート標本を取り寄せて病理診断をしたところ、本件腫瘍は、嗅神経芽細胞腫ではなく、良性の下垂体腺腫であるプロラクチノーマであることが判明した。平成23年1月24日G基幹病院にて髄液瘻閉鎖手術を実施。なお、以上の経過の中で行われた治療の副作用により、記憶障害や視力障害、嗅覚・味覚の喪失などの後遺症が残った。実際の裁判結果本件の裁判では、大きくは、誤診(プロラクチノーマを嗅神経芽細胞腫と誤認)と、髄液鼻漏の見落としが問題となったが、本稿では、前者を取り上げることとする。本件患者らは、浸潤性の下垂体腺腫の存在については、複数の大学医学部で学生の教科書として使用されている脳外科領域の成書に記載があるから、本件診療当時の耳鼻科医においても、その存在についての知見を有することが医療水準(過失=注意義務違反の有無の判断基準)となっていた旨を主張した。これに対し、まず、裁判所は、医療水準の判断基準につき、「医療訴訟において、医師の有すべき注意義務の基準となるべきものは、診療当時のいわゆる臨床医学の実践における医療水準であるところ…上記医療水準については、医療機関の性格、その所在する地域の医療環境の特性等のほか、医師の専門分野を考慮すべきであり、診療当時、ある地域の大学病院の脳外科医においては、知悉していてしかるべき知見であっても、同病院の耳鼻科医においては、これが困難な知見については、その知見を有していなかったとしても、これをもって、上記耳鼻科医に過失があるということはできないというべき」とした。その上で、裁判所は、以下の点などを指摘し、「脳外科領域の成書に浸潤性の下垂体腺腫の存在についての記載があることをもって、本件診療当時の耳鼻科医において、その存在についての知見を有することが医療水準となっていたと直ちに認めることはできない」とした。本件患者らの調査した大学医学部7校のうち、脳外科領域の科目において、本件患者らの指摘する成書を教科書として指定しているのは、1校だけであり、教科書・参考書として指定しているのも1校に留まり、他校は参考書の一例として指定しているにすぎないこと。A大学病院、B大学病院、Dがん専門病院の耳鼻科医師は、証人尋問にて、いずれも浸潤性の下垂体腺腫の存在についての知見を有していなかった旨の証言をしていること。原告の診療に当たった医師らは、下垂体原発の腫瘍であれば、通常は下垂体を中心として腫大し、軟らかい脳実質や視神経の交差部の方向(上方)に進展するものであるが、本件腫瘍にそのような進展はみられず、下垂体腫瘍に特徴的な所見はない旨の意見を述べていること。また、本件患者らは、耳鼻咽喉科領域においても、大学病院からだけでなく、地方の医療機関等からも、浸潤性の下垂体腺腫の診断をすることができたとの多数の症例報告(約90件)が昭和年代からされており、これは、本件診療当時(平成20年頃)、浸潤性の下垂体腺腫が存在するとの知見に基づく診療が地方の医療機関においても相当程度普及し、実施されていることを示すものである旨主張した。これに対し、裁判所は、以下の点などを指摘し、「数例の報告があるからといって、直ちに、同様又は類似の症例において浸潤性の下垂体腺腫を疑い鑑別診断を行うことが臨床医学の実践における医療水準として確立されていたと認めることはできない」と判断した。「症例報告は、一般に、特殊な疾患の発見や治療法の確立のために有用なものということができるものの、医学的証拠の階層では下位に位置付けられるものであるから、症例報告があることをもって、直ちに臨床医学の実践における医療水準となっていたということはできず、この点は、仮に症例報告が相当数にのぼっていたとしても、同様というべきである」「医学的証拠の階層の上位に位置付けられると考えられる「日本頭頸部癌学会編 頭頸部癌診療ガイドライン2009年版」には、頭頸部のがんの原発巣の診断に関し、浸潤性の下垂体腺腫の存在について言及した部分はない」本件患者らの指摘する症例報告は、脳外科ないし内分泌科等、耳鼻咽喉科以外の領域の医学雑誌に掲載されたものであり、耳鼻咽喉科領域の医学雑誌に掲載されたものではない。本件患者らの指摘する症例報告には、浸潤性の下垂体腺腫について、まれと報告するものが多いこと。なお、本件において、A大学病院の耳鼻咽喉科医師が、プロラクチノーマと嗅神経芽細胞腫の鑑別が問題となった平成10年の症例の症例報告をしているとして、浸潤性の下垂体腺腫が存在するとの知見があったとの主張がなされた。これに対し、裁判所は、「医師が過去に経験した特殊な症例によって得られた知見が診療当時の医師の有すべき知見とはいえない場合において、医師がその後、当該知見を失念したり、当該知見が現に診療中の患者に当てはまるか否かの検討が必ずしも十分でなかったりしたとしても、これをもって、当該医師に過失があったと直ちにいうことはできない」とし、以下の点などを指摘し、過失があったとは言えないと判断した。医師が過去に経験した特殊な症例やその際に得た知見をすべて記憶しておくべきであるとはいえない。症例報告をした医師は、本件患者の主治医ではなかったこと。過去の症例報告事例では、左上顎洞がんの疑いで紹介を受け、病理医から小細胞がんと診断された事例であったのに対し、本件では、慢性副鼻腔炎の疑いで紹介され、病理医から嗅神経芽細胞腫と診断された事例であったこと。本件では、他院である大学病院Bにおいて、本件腫瘍が嗅神経芽細胞腫であるかについて改めて診断することが予定されていたと考えられること。注意ポイント解説本件は、大学病院を含む複数の医療機関において診療が行われるも、結果として、良性の腫瘍を悪性腫瘍と誤信して診療していたことが判明し、それまでの治療において後遺症が残存した事案である。そのため、当時の各医療機関の医療水準のもとで、良性腫瘍であると診断することができたかが問題となった。具体的には、本件では、患者の主訴は耳鼻科領域のものであったが、真実は脳外科領域のものであったことから、他の診療科において知己していて然るべき知見が医療水準を構成するかが問題となった。そして、本裁判所の判断のうち「医療訴訟において、医師の有すべき注意義務の基準となるべきものは、診療当時のいわゆる臨床医学の実践における医療水準である」とするのは判例上確立された基準であるため、特に目新しいところはない。他方で、本裁判所が「医療水準については、医療機関の性格、その所在する地域の医療環境の特性等のほか、医師の専門分野を考慮すべきであり、診療当時、ある地域の大学病院の脳外科医においては、知悉していてしかるべき知見であっても、同病院の耳鼻科医においては、これが困難な知見については、その知見を有していなかったとしても、これをもって、上記耳鼻科医に過失があるということはできないというべき」とし、医師の専門分野を考慮すべきとした判断は、必ずしも明言されてこなかったところであり、注目に値する。また、併せて、医療水準の判断において、本裁判所が成書、症例報告、ガイドラインの位置付けなどに関し、「症例報告は、…医学的証拠の階層では下位に位置付けられるものであるから、症例報告があることをもって、直ちに臨床医学の実践における医療水準となっていたということはできず、この点は、仮に症例報告が相当数にのぼっていたとしても、同様」「医学的証拠の階層の上位に位置付けられると考えられる「日本頭頸部癌学会編 頭頸部癌診療ガイドライン2009年版」には、…」として、医学的知見の掲載された文献等の医療水準判断における位置付けを明示している点も、必ずしも明言されてこなかったところであり、注目に値する。本件においては、結果として、良性の腫瘍を悪性腫瘍と誤信して診療していたことが過失ではないと判断されたものの、それは、患者の主訴に合致する診療科(耳鼻咽喉科)において、各医療機関において然るべき検査が行われていたこと。いずれの検査においても、患者の主訴に合致する診療科(耳鼻咽喉科)の悪性腫瘍を指摘する一方、真実の疾患の可能性をうかがわせる読影レポートなどがなされていないこと。本件腫瘍が、真実の疾患の典型的な例とは異なり、鑑別が困難なものであったこと。患者の主訴に合致する診療科(耳鼻咽喉科)において、真実の疾患に関する症例報告はほとんどない上、症例報告があるものにおいても本件腫瘍の発生頻度が稀とされているものであったこと。等の事情があったためと考えられる。このため、然るべき検査が行われていなかったり、検査において真実の疾患を疑わせるレポートがあったり、他診療科でも知っていて然るべき疾患であったりする場合(診療科を問わない医学書やガイドラインに記載されている等)には、本件と異なる判断がされる可能性があるものであり、本裁判所の判断は必ずしも一般化できないことに留意して診療にあたる必要がある。医療者の視点本件は、自らの専門領域の疾患との鑑別が問題となる他科の疾患にどう向き合うかという、実臨床でしばしば遭遇する課題について、司法の判断が示された重要な事例です。裁判所が「医師の専門分野」を考慮し、耳鼻科医が脳神経外科領域の稀な疾患である「浸潤性の下垂体腺腫」の知見を有していなかったとしても、直ちに注意義務違反(過失)にはあたらないと判断した点は、臨床現場の実感に近いものと言えます。患者さんの主訴(鼻出血や鼻閉など)から耳鼻咽喉科を受診し、担当医がその専門領域の疾患を念頭に鑑別診断を進めることは、ごく標準的な診療プロセスだからです。しかし、実臨床の現場では、診断に少しでも迷う点や非典型的な所見があれば、専門分野に固執せず、他科へコンサルテーションを行うことが極めて重要です。本件でも、初期のMRI検査の放射線科レポートには「下垂体機能などはチェックが必要であると思われる」との記載がありました。このようなサインをどう受け止め、脳神経外科や内分泌内科といった他科へ相談するアクションを起こせたかどうかが、患者さんの診断結果を左右した可能性があります。この判決は、専門外の知識不足が直ちに法的責任に問われるわけではないことを示しており、臨床医の過度な萎縮を防ぐ意義があります。一方で、私たちは「医療水準」という基準だけでなく、常に患者さんにとっての最善は何かを考えなければなりません。非典型的な症例に対しては、専門の壁を越えて柔軟に他科の専門医の知見を求める姿勢が、これまで以上に重要になると考えさせられる事例です。Take home message自身の診療科領域の疾患との鑑別が問題となる他科の疾患(成書やガイドラインに記載のあるもの、比較的頻度の高いもの)については、知見をアップデートしておく必要がある。患者の主訴から疑われる疾患の鑑別に必要な検査を行い、他科の専門疾患が疑われれば速やかにコンサルトする必要がある。キーワード他科領域の知見、成書、症例報告、ガイドライン、医療水準

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片頭痛予防に有効な食事パターンは?

 片頭痛は、患者の生活の質に重大な影響を及ぼす一般的な神経疾患である。食事パターンは、片頭痛の予防とマネジメントにおいて、潜在的に重要な因子として認識されている。イラン・Kerman University of Medical SciencesのVahideh Behrouz氏らは、地中海式ダイエット、高血圧予防のための食事療法DASH食、神経発生遅延のための地中海-DASH食介入(MIND)、ケトジェニックダイエット、低脂肪食、低血糖食、グルテンフリーダイエット、断食ダイエットなど、さまざまな食事パターンを比較分析し、片頭痛の予防とマネジメントにおける有効性を評価し、その根底にあるメカニズムを明らかにするため、システマティックビューを実施した。Brain and Behavior誌2025年7月号の報告。 2023年8月までに公表された観察研究および介入研究をPubMed、Web of Science、Scopusデータベースよりシステマティックに検索した。 主な結果は以下のとおり。・地中海式ダイエット、DASH食、MIND、ケトジェニックダイエット、低脂肪食、低血糖食、グルテンフリーダイエットなどの特定の食事パターンに従うことは、とくにグルテン過敏症の患者において、片頭痛の症状改善に有望な結果が示された。・地中海式ダイエット、DASH食、MINDといった植物性食事パターンに多く含まれる植物性ポリフェノール、野菜、食物繊維、脂肪分の多い魚、豆類、低脂肪乳製品の摂取量増加は、片頭痛の症状改善との関連が認められた。・片頭痛の臨床的特徴は、食事の脂肪の種類と量の変化に伴って改善することが示唆された。・ケトジェニックダイエットとω3脂肪酸の摂取を重視した低脂肪食は、いずれも片頭痛の臨床的特徴に対する有望な介入である可能性が示された。・断食や食事を抜くことは、片頭痛発作の悪化と関連が認められた。・全体として、これらの食事療法は、ミトコンドリア機能の改善、神経保護、血管緊張の調節、酸化ストレス/神経炎症の抑制、片頭痛の病因に関与するカルシトニン遺伝子関連ペプチドのレベルの低減など、さまざまな細胞経路において主要な役割を果たす可能性が示唆された。 著者らは「特定の食事療法を選択することは、片頭痛患者にとって実行可能なアプローチとなる可能性があり、明確なガイドラインを確立するためにもさらなる研究が求められる」と結論付けている。

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「高齢者の安全な薬物療法GL」が10年ぶり改訂、実臨床でどう生かす?

 高齢者の薬物療法に関するエビデンスは乏しく、薬物動態と薬力学の加齢変化のため標準的な治療法が最適ではないこともある。こうした背景を踏まえ、高齢者の薬物療法の安全性を高めることを目的に作成された『高齢者の安全な薬物療法ガイドライン』が2025年7月に10年ぶりに改訂された。今回、ガイドライン作成委員会のメンバーである小島 太郎氏(国際医療福祉大学医学部 老年病学)に、改訂のポイントや実臨床での活用法について話を聞いた。11領域のリストを改訂 前版である2015年版では、高齢者の処方適正化を目的に「特に慎重な投与を要する薬物」「開始を考慮するべき薬物」のリストが掲載され、大きな反響を呼んだ。2025年版では対象領域を、1.精神疾患(BPSD、不眠、うつ)、2.神経疾患(認知症、パーキンソン病)、3.呼吸器疾患(肺炎、COPD)、4.循環器疾患(冠動脈疾患、不整脈、心不全)、5.高血圧、6.腎疾患、7.消化器疾患(GERD、便秘)、8.糖尿病、9.泌尿器疾患(前立腺肥大症、過活動膀胱)、10.骨粗鬆症、11.薬剤師の役割 に絞った。評価は2014~23年発表の論文のレビューに基づくが、最新のエビデンスやガイドラインの内容も反映している。新薬の発売が少なかった関節リウマチと漢方薬、研究数が少なかった在宅医療と介護施設の医療は削除となった。 小島氏は「当初はリストの改訂のみを行う予定で2020年1月にキックオフしたが、新型コロナウイルス感染症の対応で作業の中断を余儀なくされ、期間が空いたことからガイドラインそのものの改訂に至った。その間にも多くの薬剤が発売され、高齢者にはとくに慎重に使わなければならない薬剤も増えた。また、薬の使い方だけではなく、この10年間でポリファーマシー対策(処方の見直し)の重要性がより高まった。ポリファーマシーという言葉は広く知れ渡ったが、実践が難しいという声があったので、本ガイドラインでは処方の見直しの方法も示したいと考えた」と改訂の背景を説明した。「特に慎重な投与を要する薬物」にGLP-1薬が追加【削除】・心房細動:抗血小板薬・血栓症:複数の抗血栓薬(抗血小板薬、抗凝固薬)の併用療法・すべてのH2受容体拮抗薬【追加】・糖尿病:GLP-1(GIP/GLP-1)受容体作動薬・正常腎機能~中等度腎機能障害の心房細動:ワルファリン 小島氏は、「抗血小板薬は、心房細動には直接経口抗凝固薬(DOAC)などの新しい薬剤が広く使われるようになったため削除となり、複数の抗血栓薬の併用療法は抗凝固療法単剤で置き換えられるようになったため必要最小限の使用となっており削除。またH2受容体拮抗薬は認知機能低下が懸念されていたものの報告数は少なく、海外のガイドラインでも見直されたことから削除となった。ワルファリンはDOACの有効性や安全性が高いことから、またGLP-1(GIP/GLP-1)受容体作動薬は低体重やサルコペニア、フレイルを悪化させる恐れがあることから、高齢者における第一選択としては使わないほうがよいと評価して新たにリストに加えた」と意図を話した。 なお、「特に慎重な投与を要する薬物」をすでに処方している場合は、2015年版と同様に、推奨される使用法の範囲内かどうかを確認し、範囲内かつ有効である場合のみ慎重に継続し、それ以外の場合は基本的に減量・中止または代替薬の検討が推奨されている。新規処方を考慮する際は、非薬物療法による対応で困難・効果不十分で代替薬がないことを確認したうえで、有効性・安全性や禁忌などを考慮し、患者への説明と同意を得てから開始することが求められている。「開始を考慮するべき薬物」にβ3受容体作動薬が追加【削除】・関節リウマチ:DMARDs・心不全:ACE阻害薬、ARB【追加】・COPD:吸入LAMA、吸入LABA・過活動膀胱:β3受容体作動薬・前立腺肥大症:PDE5阻害薬 「開始を考慮するべき薬物」とは、特定の疾患があった場合に積極的に処方を検討すべき薬剤を指す。小島氏は「DMARDsは、今回の改訂では関節リウマチ自体を評価しなかったことから削除となった。非常に有用な薬剤なので、DMARDsを削除してしまったことは今後の改訂を進めるうえでの課題だと思っている」と率直に感想を語った。そのうえで、「ACE阻害薬とARBに関しては、現在では心不全治療薬としてアンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬(ARNI)、β遮断薬、ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬(MRA)、SGLT2阻害薬が登場し、それらを差し置いて考慮しなくてもよいと評価して削除した。過活動膀胱治療薬のβ3受容体作動薬は、海外では心疾患を増大させるという報告があるが、国内では報告が少なく、安全性も高いため追加となった。同様にLAMAとLABA、PDE5阻害薬もそれぞれ安全かつ有用と評価した」と語った。漠然とした症状がある場合はポリファーマシーを疑う 高齢者は複数の医療機関を利用していることが多く、個別の医療機関での処方数は少なくても、結果的にポリファーマシーとなることがある。高齢者は若年者に比べて薬物有害事象のリスクが高いため、処方の見直しが非常に重要である。そこで2025年版では、厚生労働省より2018年に発表された「高齢者の医薬品適正使用の指針」に基づき、高齢者の処方見直しのプロセスが盛り込まれた。・病状だけでなく、認知機能、日常生活活動(ADL)、栄養状態、生活環境、内服薬などを高齢者総合機能評価(CGA)なども利用して総合的に評価し、ポリファーマシーに関連する問題点を把握する。・ポリファーマシーに関連する問題点があった場合や他の医療者から報告があった場合は、多職種で協働して薬物療法の変更や継続を検討し、経過観察を行う。新たな問題点が出現した場合は再度の最適化を検討する。 小島氏らの報告1,2)では、5剤以上の服用で転倒リスクが有意に増大し、6剤以上の服用で薬物有害事象のリスクが有意に増大することが示されている。そこで、小島氏は「処方の見直しを行う場合は10剤以上の患者を優先しているが、5剤以上服用している場合はポリファーマシーの可能性がある。ふらつく、眠れない、便秘があるなどの漠然とした症状がある場合にポリファーマシーの状態になっていないか考えてほしい」と呼びかけた。本ガイドラインの実臨床での生かし方 最後に小島氏は、「高齢者診療では、薬や病気だけではなくADLや認知機能の低下も考慮する必要があるため、処方の見直しを医師単独で行うのは難しい。多職種で協働して実施することが望ましく、チームの共通認識を作る際にこのガイドラインをぜひ活用してほしい。巻末には老年薬学会で昨年作成された日本版抗コリン薬リスクスケールも掲載している。抗コリン作用を有する158薬剤が3段階でリスク分類されているため、こちらも日常診療での判断に役立つはず」とまとめた。

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ChatGPTで英語革命! 生成AI、Chat GPTとは?【タイパ時代のAI英語革命】第2回

Generative AI(生成AI)とは生成AIとそれにまつわる言葉が、ここ数年で急速に一般化しつつありますが、それと同時に混乱しやすい状況も起こっています。似た概念の多くの用語が飛び交うので、多くの人が「AIって具体的に何?」「機械学習とディープラーニングは何が違うの?」「生成AIとLLMの違いは?」といった疑問を抱くのも無理はありません。医療英語という専門分野でAIを活用するためには、皆が用語を正しく理解しておくことで混乱や誤った使い方を防ぐことができます。本章では、ChatGPTをはじめとする「Generative AI(生成AI)」の位置付けを明確にするために、周辺の用語を階層構造にして、整理しながら解説します。画像を拡大する人工知能(AI:Artificial Intelligence)人工知能とは、「人間のように知的にふるまうことを目指す技術」の総称です。最も広義な概念です。AIと聞くとつい最近のことかと思われますが、AIという言葉自体は1956年に生まれており、実は70年もの歴史があります。特化型AI(Narrow AI)AIには大きく「汎用型AI(Strong AI とSuper AI)」と「特化型AI(Narrow AI)」というカテゴリーがありますが、現在実用化されているAIは特定のタスクに特化した特化型AIといわれます。人間が指示したことに対して応えてくれる画像解析、音声認識、チャットボットなどがこれに当たります。汎用型AIとは、いわゆる人間と同じく自分で考え動き、宗教観や価値観などの複雑な感情を持つことができるものですが、まだ実現化されていません。機械学習(Machine Learning)Narrow AIのカテゴリーの中でテクノロジーの中核を担うのが機械学習です。人間がルールを一つひとつ書くのではなく、データからパターンを学習させて判断や予測を行う仕組みです。ディープラーニング(Deep Learning)機械学習の中でも、とりわけ人工ニューラルネットワーク(ANN)を構成したモデルがディープラーニングです。簡単にいうと、より複雑な機械学習のモデルです。たとえば、画像を読み込む、パターンを認識して解析する、それを音声で伝えるといった、目、脳、言語という人間のさまざまな感覚を組み合わせたような複雑な処理を指します。ディープラーニングは、昨今のAIの性能が大幅に向上するきっかけとなりました。生成AI(Generative AI)ディープラーニングのサブカテゴリーに当たる生成AI(Generative AI)は、与えられた情報を基に新しいコンテンツ(文章、画像、音声など)を生成するものです。従来のAIは「分類」や「予測」が主でしたが、Generative AIは「創造する」という点で大きく異なります。名前の知られたChatGPTやGemini、Copilotといったチャットボットはすべて生成AIに当たります。大規模言語モデル(Large Language Models:LLM)Generative AIの中でも、とくに言語(テキスト)を扱うモデルがLLM(日本語では大規模言語モデル)です。膨大なテキストデータを基に文脈を理解し、自然な文章を生成することができます。ChatGPTの中核はLLMです。GPT(Generative Pre-trAIned Transformer)GPTとは、OpenAIという会社が開発したLLMのうちの1つです。LLMを「クルマ」という大きなカテゴリーだとすると、Open AIはそのうちの超大手会社「トヨタ自動車」、GPTはその会社が作っているクルマに当たります。ChatGPTようやく皆さんが最も身近に聞き慣れているものが出てきましたが、多くの人が日常的に使用しているChatGPTは、先ほどのGPTという頭脳(最新バージョンはGPT-4)を使って作られた対話型アプリのことです。この図と説明でAIに関わるさまざまな用語を階層的に整理できたのではないでしょうか。最後に、ChatGPTを含む「生成AI」でできることを確認しておきましょう。生成AIの力前段で生成AIとは、「コンテンツを創造するAI」であると説明しました。しかし、具体的に何ができるのかを理解するには、実際の分類を見ていくことが重要です。本章では、Generative AIの機能を人間の能力に例えて、以下の3つに大別してご紹介します。1)言語能力これはChatGPTが最も得意とする分野で、人間でいえば「読む」「話す」「書く」といった言語力(脳)、発声(口)、筆記(手)を司ります。自然言語を理解し、意味のある文章として出力するタスクです。以下のような応用が含まれます。質問応答例:医師が「COVID-19の現在の治療指針は?」と尋ねると、ガイドラインを基に要約された回答が返ってきます。感情分析例:自分の打った文章の内容やSNSの投稿から、「満足」「不満」「怒り」といった背後にある人間の感情を読み解くことができます。指示応答例:「5歳の子供にもわかるように糖尿病を説明して」と入力すれば、年齢に応じた表現で文章を生成します。2)感覚・知覚能力生成AIは人間でいう目、耳といった感覚器官の働きも司ります。画像の説明例:病理画像やX線画像を入力すると、「肺の右下葉に浸潤影が見られます」などと自動で解説を生成することができます。視覚質問への応答例:画像と質問を同時に入力し、「このMRI画像に異常はあるか?」と聞くと、それに対して回答を返すことが可能です。知的処理これは人間の「考える」「要約する」といった知能(脳)を司るものです。情報抽出例:カルテ内の大量のデータから患者の病名・検査値だけを自動抽出します。要約例:論文やガイドラインの長文を、数行に簡潔に要約できます。構造化データ解析例:データから傾向を読み取り、「この患者群におけるA薬の副作用発現率は?」といった分析を行います。このように生成AIは、人間が生み出せるもののほとんどの機能を、人間からの的確な指示によって代替します。医療英語分野では生成AIの「言語機能」の面で主にサポートを受けますが、「知的処理」に関しても触れていきます。それでは、今までの知識を踏まえながら、次回から医療英語のためのChatGPTの使い方を見ていきましょう!

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死亡診断のために知っておきたい、死後画像読影ガイドライン改訂

 CT撮影を患者の生前だけではなく死亡時に活用することで、今を生きる人々の疾患リスク回避、ひいては医師の医療訴訟回避にもつながることをご存じだろうか―。2015年に世界で唯一の『死後画像読影ガイドライン』が発刊され、2025年3月に2025年版が発刊された。改訂第3版となる本書では、個人識別や撮影技術に関するClinical Questionや新たな画像の追加を行い、「見るガイドライン」としての利便性が高まった。今回、初版から本ガイドライン作成を担い、世界をリードする兵頭 秀樹氏(福井大学学術研究院医学系部門 国際社会医学講座 法医学分野 教授)に、本書を活用するタイミングやCT撮影の意義などについて話を聞いた。死亡診断にCTを活用する 本書は全55のClinical Question(CQ)とコラムで構成され、前版同様に死後変化や死因究明、画像から得られる状態評価に関する知見を集積、客観的評価ができるよう既発表論文の知見を基に記述が行われている。また、「はじめに」では死後画像と生体画像の違いを解説。死後画像では生体画像でみられる所見に加え、血液就下、死後硬直、腐敗などの死体特有の所見があること、心肺蘇生術による変化、死後変化などを考慮する点などに触れている。また、本ガイドラインに係る対象者は、院外(在宅)での死亡例、救急搬送後の死亡例、入院時の死亡例であることが一般的なガイドラインと異なっている。以下、実臨床における死亡診断に有用なCQを抜粋する。―――CQ2 死後CT・MRIで血液就下・血液凝固として認められる所見は何か?(p.7)CQ10 死後CT・MRIは死因推定に有用か?(p.34)CQ11 死後CTは院外心肺停止例の死因判定に有用か?(p.38)CQ14 死後画像を検案時に用いることは有用か(p.49)CQ33 死後CTで死因となる血性心タンポナーデの読影は可能か?(p.119)CQ35 死後画像で肺炎の判定に有用な所見は何か?(p.127)―――死者の身体記録を行う意義と最も注意すべきポイント 日本における死後画像読影や本書作成については、2012年の「医療機関外死亡における死後画像診断の実施に関する研究」に端を発する。死後画像読影が2014年に「死因究明等推進計画」の重要施策の一環となり、2020年に「死因究明等推進基本法」が施行されたことで、本格的に稼働しはじめた。現在、院外死亡例の死後画像読影は法医学領域に限定すると全国約50ヵ所での実施となるが、CT画像装置があれば解剖医や放射線診断医の在籍しない病院やクリニックでも行われるようになってきている。その一方で、本書の対象に含まれる“入院中に急変などで亡くなった方”については、「“CT撮影から解剖へ”という理解が進んでいない」と兵頭氏は指摘する。「解剖を必要としないような例であっても、亡くなった段階の身体の様子を記録に残すことは医療訴訟の観点からも重要」と強調。「ただし、全例を撮ることが実際には可能だが、CTを撮れば必ず死因がわかるわけではない」ことについても、過去に広まった誤解を踏まえて強調した。 撮影する意義について、「死後画像読影は、その患者にどのような治療過程があったのかを把握するために実施する。生前は部位を特定する限定的な撮影を行うが、死後は全体を撮影するため見ていなかった点が見えてくる。併せて死後の採血や採尿を実施することで、より死因の確証に近づいていく」と説明した。そのうえで、死後画像読影の判断を誤らせる医療行動にも注意が必要で、「救急搬送された患者にはルート確保などの理由で生理食塩水(輸液)を投与することがあるが、その生理食塩水の投与量がカルテに入力されていないことがよくある。輸液量は肺に影響を及ぼすことから、海外では医療審査官が来るまでは、点滴ルートを抜去してはいけないが、国内ではすぐにエンゼルケアを実施してしまう例が散見される。そうすると、適切な医療提供の是非が不明瞭になってしまう。家族へ患者を対面させることは問題ないが、エンゼルケア後の死後画像を実施すると真の死因解明に繋がらず、医療訴訟で敗訴する可能性もある」と強調した(CQ19:心肺蘇生術による輸液は死後画像に影響するのか?」)。 そして、多くの遺族は亡くなった患者のそばにいたい、葬儀のことも考えなくてはいけないといった状況にあるため、懲罰的なイメージを連想させる解剖を受け入れてもらうのはなかなか難しい。だからこそ「遺族には死後画像読影と解剖を分けて考えてもらい、一緒に死因を確認する方法として提案することが重要である。入院患者の死亡原因を明らかにするためと話せば、撮影に協力してもらいやすい」とコメントした。実際に解剖に承諾してくださる方が減少する一方で、画像読影のニーズは増加しているという。他方、在宅など院外で亡くなった方においては、「感染症リスクなどを排除する観点からも、CT撮影せずに解剖を行うのは危険を伴う」とも指摘している。医師も“自分の身は自分で守る”こと 医療者側のCT撮影・読影のメリットについて、「万が一、遺族が医療訴訟を起こした場合、医療施設がわれわれ医師を守ってくれるわけではない。死後画像読影は死者や遺族のためでもあるが、医師自らを守るためにも非常に重要な役割を果たす。遺族に同意を得てCT画像として身体記録を残しておくことは、医療事故に巻き込まれる前段階の予防策にもつながる」と強調した。このほかのメリットとして、「医師自身が予期できなかった点を発見し、迅速に家族へ報告することもできる。きちんとした医療行為を行ったと胸を張って提示できるツールにもなる」と話した。 なお、撮影技術に関しては、放射線技師会において死後画像撮影に関するトレーニングが実施されており、過去のように、生きている人しか撮らないという医療者は減っているという。死後画像撮影の課題、院外では診療報酬が適用されず 同氏は本ガイドライン作成のもう1つの目的として「都道府県ごとの司法解剖の均てん化を目指すこと」を掲げているが、在宅患者の死後画像撮影を増やしていくこと、警察とかかりつけ医などが協力し合うことには「高いハードルがある」と話す。近年では、自宅での突然死(院外での死亡)の場合には、各都道府県の予算をもって警察経由で検視とともに画像撮影の実施が進み、亡くなった場所、生活環境・様式(喫煙、飲酒の有無など)を把握、病気か否かの死因究明ができる。ところが、「かかりつけの在宅患者が亡くなった際に実施しようとすると、死者には診療報酬が適用されないのでボランティアになってしまう。CT撮影料以外にも、ご遺体の移動、読影者、葬儀会場へのご遺体の持ち込み方法など、画像撮影におけるさまざまな問題点が生じる」と現状の課題を語った。死後画像が生きる人々の危険予測に 本書の作成経緯や利用者像について、同氏は「2015年、2020年と経て、項目の整理ができた。エビデンスが十分ではないため、新たな論文公開を基に5年ごとの更新を目指している。法医学医はもちろんのこと、放射線技師や病理医など読影サポートを担う医療者に対して、どこまで何を知っておくべきかをまとめるためにガイドラインを作成した」とし、「ガイドラインの認知度が上がるにつれて利用者層が増え、今回は救急科医にも作成メンバーとして参加してもらった」と振り返る。 最後に同氏は「本書は他のガイドラインとは趣が少々異なり、読影の現状を示すマイルストーンのような存在、道しるべとなる書籍だと認識いただきたい。エビデンスに基づいた記述だけでは国内の現状にそぐわないものもあるため、それらはコラムとして掲載している。今年、献体写真がSNSで大炎上したことで、死後画像読影に関する誤った情報も出回ってしまったが、海外をリードする立場からも、死後画像読影によって明らかになっていない点を科学的に検証し、今を生きる人々の危険回避に役立つ施策を広めていきたい」と締めくくった。

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