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胃がんの罹患者・死亡者数は減少傾向にあるものの、依然として日本人の主要ながんであり、2022年の罹患数は約12万例、死亡数は約4万例と報告されている1)。胃がんはその大部分がHelicobacter pylori(H. pylori)感染に起因するとされ、H. pyloriの診断と除菌治療は胃がんの1次予防として極めて重要である。日本では2013年より陽性判定者の除菌治療が保険適用となり、広く行われるようになっている。そして、H. pylori感染診断・除菌治療が一般的になった今、H. pylori検査や胃がんを巡る新たな問題が生じているという。H. pylori研究の第一人者である大分大学・兒玉 雅明氏に、今医療者が知っておくべきポイントを聞いた。Q1. 日本においてH. pylori感染率は低下しているか? 若年層においてH. pylori感染率は著しく低下している。30代でも20%を下回り、さらに10歳未満では10%を下回るなど欧米並みの水準だ。これは親世代も未感染または除菌済みであること、衛生状態の改善などによるものと考えられる。一方、60代以上では除菌例を含めた陽性率は7~8割と非常に高率で、2極化が進んでいる2)。Q2. H. pylori検査はどの方法を選ぶべきか? H. pylori感染検査には多くの方法があるが、目的に応じて使い分ける。 感染診断: 尿素呼気試験(UBT)、便中抗原測定法、迅速ウレアーゼ検査(RUT)、抗H. pylori抗体検査、血清ペプシノゲン検査(PG:補助的)など 除菌判定:UBT、便中抗原測定法、PG(補助的)など このうち、UBT、RUT、PGはPPI服用による偽陰性の可能性があるので検査の2週間前から休薬する必要がある。逆に言えばほかの検査ではPPI休薬の必要はない。この点は近年エビデンスが更新されており、昨年刊行した「H. pylori感染の診断と治療のガイドライン2024改訂版」(日本ヘリコバクター学会ガイドライン作成委員会 編)にも明記された。Q3. H. pylori除菌治療は全員に必要か? 基本的に、陽性判定者全員に除菌治療が推奨される。日本では2013年以降、陽性者全員に保険適用で除菌治療ができるようになった。高齢であっても併存疾患により薬剤が服用できないなどの事情がない限り、除菌治療が推奨される。若年者の場合、何歳から除菌治療をすべきかについてはエビデンスが少なく、現時点で確定した推奨はできない。すでに複数の自治体が独自に中学生を対象に感染検査、除菌治療を行っている例もあり、こうした研究のエビデンスが蓄積されてゆけば、若年者の推奨年齢も定まってくるだろう。Q4. 除菌治療はどのレジメンを使うべきか? 現在の標準治療は、PPIもしくはPCAB(例:ボノプラザン)+アモキシシリン+クラリスロマイシン、2次除菌はPPIもしくはPCAB+アモキシシリン+メトロニダゾールの3剤併用療法となっている。PPIは現在4種類が存在しているが、直接比較で除菌率に差がないことが報告されている。一方で、PCABはPPIと比較して酸分泌抑制効果が有意に高いことが報告されており3)、こちらを優先して使っている医師が多いと考えられる。Q5. 除菌すれば胃がんリスクはなくなるか? 除菌が胃の活動性胃炎を抑え、胃粘膜萎縮と腸上皮化生を改善し、胃がん抑制効果を示すことは明らかになっている。しかし、リスクは低下するものの、ゼロにはならない。すでに萎縮や腸上皮化生が進行している場合、除菌後も発がんリスクが残存する。除菌後に胃がんが抑えられる割合は3分の1から4分の1という研究報告がある4)。よって、除菌後も定期的に内視鏡検査を受けることが必要だ。医師側も、除菌後の患者には除菌後も胃がんリスクがあることを説明し、定期的な受診を促してほしい。Q6. 除菌後胃がんのリスク因子は? ここ5年ほどで、胃がんにおけるH. pylori陽性胃がんと除菌後胃がんの割合が逆転し、すでに除菌後胃がんが大半を占めるようになっている。とくに除菌時に萎縮が認められた例、萎縮が強かった例において、除菌後胃がんのリスクが高いことがわかっている5)。除菌後10年が経過しても軽度から中等度の萎縮の症例において、悪性度の高いびまん型(diffuse-type)症例のリスク増も報告されている。しかし、萎縮の認められない症例であっても胃がんリスクを排除することはできないため、「H. pylori感染の診断と治療のガイドライン」では除菌後の全症例に対し、長期的なサーベイランスを行うことを推奨している。私の行った研究でも、フォローアップをしていなかった症例は、悪性度の高い胃がんの罹患リスクが高いことがわかっている6)。Q7. 除菌後胃がんの特徴は? H. pylori菌感染で胃粘膜にメチル化異常が生じる。除菌によりある程度低下するものの、完全にはなくならず、残ったメチル化異常の程度が発がんリスクと相関すると考えられる。時間が経ってからがん化した症例には、悪性度の高いものも含まれる。また、除菌後の胃がんは病変が小さく表層の胃炎様所見、腫瘍の境界が不明瞭など、内視鏡診断が難しいという特徴もあり、経験のある内視鏡医による診断が必要になる。まとめ・メッセージ H. pyloriの感染診断、除菌治療が一般化し、胃がんを取り巻く状況は大きく変わっている。年齢調整後の胃がんの罹患数・死亡数は減少傾向にあるものの、患者の多数を占める高齢者が増える状況においては、まだまだ油断のできない疾患だ。「除菌後」の時代を見据え、メチル化などのバイオマーカーを使ったリスク層別化、耐性菌対策、AIによる画像診断補助などの関連研究も進んでいる。ぜひ、ガイドラインや学会で、最新の情報をキャッチアップいただきたい。■参考文献 1)がんの統計2024/公益財団法人がん研究振興財団 2)Inoue M, Gastric Cancer. 2017;20:3-7. 3)Murakami K, et al. Gut. 2016;65:1439-1446. 4)Fukase K, et al. Lancet. 2008;372:392-397. 5)Take S, et al. J Gastroenterol. 2020;55:281-288. 6)Kodama M, et al. PLoS One. 2023;18:e0282341.