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The LancetやCellなどを発行するオランダのElsevier社で起きた事件こんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。この週末は、リアルな山登りの予定だったのですが、急遽予定を変更して、“ハイラル平原”や“サトリ山”の散策に出かけ、2日間をつぶしました。そう、任天堂から5月12日に発売された、Nintendo SwitchのアクションRPG、「ゼルダの伝説 ティアーズ オブ ザ キングダム」です。Nintendoのゲームと言えば、「スーパーマリオブラザーズ」シリーズが最も有名ですが、もう一つの大看板、「ゼルダの伝説」シリーズは、その時々の任天堂のゲームマシンの能力を最大限に引き出すことを大きな目的として作られます。独特のアクションとトリッキーな謎解きも、1986年ファミリーコンピューターのディスクシステム向けの第1作、「ゼルダの伝説」から脈々と受け継がれており、不朽の名作と言われるスーパーファミコンの「ゼルダの伝説 神々のトライフォース」(1991年)、Nintendo64の「ゼルダの伝説 時のオカリナ」(1998年)などは、今でもNintendo Switch Onlineで遊ぶことができます。今回発売された「ゼルダの伝説 ティアーズ オブ ザ キングダム」は、Nintendo Switch発売直後の2017年に発売され、世界で3,000万本売り上げた「ゼルダの伝説 ブレス オブ ワイルド」の続編です。前作の世界観がさらに広がり、楽しみ方も重層的になっています(この新作も既に1,000万本を売り上げたとの報道もありました)。Switchのゼルダの特徴は、前作のタイトル「ブレス オブ ワイルド(BREATH OF THE WILD)」の言葉の通り、ゲームの中の平原や山、川、空の息吹を感じられることです。ゲームの進行(ボス倒し)は二の次に、ハイラルの世界をブラブラ、狩りや洞窟探検、料理や道具作りだけをコツコツと楽しんでいる人も少なくないようです。確かに仕事で疲れて帰ってきて、2時間ほどハイラルの世界にいると、疲れも吹き飛ぶような気もします。私自身、「ブレス オブ ワイルド」のクリアには半年ほどかかりましたが、今作は1年以上かかりそうな気もします。さて今回は、The LancetやCellなどを発行するオランダのElsevier社の神経画像の論文誌「NeuroImage」の編集委員会の委員を務めていた40人以上の研究者全員が辞任したニュースを取り上げます。欧米の論文誌を中心に拡大し続けているオープンアクセス誌ですが、高額な論文掲載料(Article Publishing Charge:APC)など問題も少なくありません。今回の辞任は、同誌の高額な論文掲載料に対し、編集委員会の委員が反旗を翻したことで起きました。「Elsevierは学界を食い物にし、科学に貢献せずに莫大な利益を主張」英国の一般紙、The Guardianは5月7日付で「‘Too greedy’: mass walkout at global science journal over ‘unethical’ fees(「貪欲すぎる」:「非倫理的な」手数料を理由に世界的科学論文誌で多数が辞任)」というタイトルの記事を同紙のウェブサイトに掲載しました。同記事によれば、オランダのElsevier社の神経画像の論文誌「NeuroImage」で編集委員会の委員を務めていた40人以上の研究者全員が、編集委員を辞任したとのことです。辞任の理由として挙げられたのは、同誌の掲載料が高額過ぎるということです。Elsevier社の業績が高い利益率を確保していることから、編集委員会はElsevier社に対して掲載料の引き下げを要求していました。ところが、Elsevier社がその要求を拒否したため、編集委員会の委員全員が辞任するという事態に至ったのです。「NeuroImage」は購読料の支払いがないオープンアクセス誌で、研究者は論文を発表するため3,450ドルを支払う必要があるとのことです。同記事によれば、辞めた委員の1人は、「Elsevierは学界を食い物にし、科学にほとんど貢献せずに莫大な利益を主張している」と語ったそうです。そのElsevier社の利益率ですが、同記事によれば2019年の決算でのElsevier社の利益率は約40%と、GoogleやApple、Amazonといった世界的企業をも上回る莫大な利益を上げていたとのことです。2022年の売上高も10%増加していました。40%の利益率とは驚きです。インパクトファクターを餌に貧乏研究者たちからお金を搾り取る一流科学論文誌発行は「アコギな商売」と言われますが、この高い利益率からもその一端を窺い知ることができます。掲載料を3,450ドルから2,000ドル以下に引き下げるよう要請したもののElsevier社は応じずこの編集委員の辞任騒動、日経バイオテクも5月23日付で「Elsevier社の神経系論文誌、全エディターが辞任し独自に非営利論文誌を創刊」というタイトルのニュースで報じています。同記事によれば、「NeuroImage」は1992年創刊で、現在のインパクトファクターは7.4。2020年に完全オープンアクセス化されています。元編集委員たちは「2022年6月以降、掲載料を2,000ドル(約27万6,000円)以下に引き下げるよう要請したもののElsevier社は応じなかった。2023年3月、引き下げに応じない場合エディター全員が辞任すると通達したが、応じないとの回答があったため辞任した」とのことです。元編集委員たちは新たな論文誌のウェブサイト1)を立ち上げ、声明を発表しています。声明によれば、新たな論文誌は「Imaging Neuroscience」と名付けられ、7月中旬を目処に同じくオープンアクセス誌として始動する予定だそうです。そして、「論文掲載料は可能な限り低く抑え、低所得国または中所得国では免除します。私たちの目標は、Imaging Neuroscience が NeuroImage に代わってこの分野のトップジャーナルになることです。編集委員会のチームは、NeuroImageのときと同じです」としています。ちなみに、通常の論文掲載料は1,600ドルと半額以下にする予定だそうです。マイナーな専門領域での“反乱”がその他の論文誌にも広がっていくか?オープンアクセス誌は、購読料がないことから従来型の論文発表と比較してより多くの人の目に留まりやすくなると言われています。研究成果に誰でもアクセスできるようになれば研究人脈が広がったり、被引用件数が増えたりなど、研究者としてさまざまなメリットも期待できます。しかし、一方で、購読料収入がないため、研究者が支払う論文掲載料がオープンアクセス誌の収入源となります。オープンアクセス誌の多くは、Elsevier社やSpringer Nature社など大手出版社が発行している高いインパクトファクターをもつ学術誌であり、結果、数千ドル〜1万ドル近い“強気”の掲載料をふっかけられることになるわけです。なお、オープンアクセス誌については、著者から論文掲載料を得ることを第一目的として、インパクトファクターを詐称したり、十分な査読を行わないなどといった粗悪な論文誌、通称“ハゲタカジャーナル”も増えてまた別の問題となっています。今回の「NeuroImage」の編集委員退職は、大手で著名なElsevier社で起こったことなので、別問題のようには見えます。しかし、結局はお金、利益を第一義としている点では、“ハゲタカ”度合いは似たようなものかもしれません。その意味で、論文掲載料が高額でElsevier社の利益率も高いにもかかわらず、編集委員会の委員への報酬が「最低レベルだった」と批判されている点も興味深いです。高いインパクトファクターをもつ学術雑誌を発行する大手出版社は、高額の論文掲載料、高い購読料(購読誌の場合)にもかかわらず、編集委員やレビュアーの報酬は決して高くはなく、研究者たちから度々「強欲」と批判されてきたからです。神経画像の専門誌という若干マイナーな専門領域での“反乱”が、その他の論文誌にも広がっていくのかどうか、今後の動きが気になります。参考1)Imaging Neuroscience