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急性脳内出血後の降圧治療、積極的降圧vs.ガイドライン推奨/NEJM

 発症6時間以内の急性脳内出血患者に対して、1時間以内の収縮期血圧目標値<140mmHgとした積極的降圧治療と、ガイドラインで推奨されている同<180mmHgの場合を比較した、オーストラリア・シドニー大学のCraig S. Anderson氏らによるINTERACT2試験の結果が報告された。死亡および重度身体障害発生の主要転帰について、積極的降圧治療の有意な低下は示されなかったが、試験課程で脳卒中試験に認められたRankinスコアの順序尺度解析(ordinal analysis)では、機能的転帰の改善が示されたという。NEJM誌オンライン版2013年5月29日号掲載の報告より。目標<140mmHgとガイドライン推奨<180mmHgを比較 INTERACT2(Intensive Blood Pressure Reduction in Acute Cerebral Hemorrhage Trial 2)は、脳内出血患者への早期の積極的降圧治療の有効性と安全性を評価することを目的に、2008年10月~2012年8月に21ヵ国144病院から被験者を募り行われた国際多施設共同前向き無作為化非盲検試験だった。 被験者は、発症6時間以内の脳内出血患者は2,839例(平均年齢63.5歳、男性62.9%)で、無作為に、積極的降圧治療を受ける群(1時間以内の収縮期血圧目標値<140mmHg、1,403例)またはガイドライン推奨治療(1時間以内の収縮期血圧目標値<180mmHg、1,436例)に割り付けられた。使用する降圧治療は医師の選択にて行われた。 主要転帰は90日時点での、修正Rankinスケールのスコア3~6で定義される死亡(スコア6)または重大な身体障害(スコア5)とした。また、修正Rankinスコアの事前規定順序尺度解析も行い副次アウトカムとして評価した(スコア0~6の全7段階の身体的機能評価)。その他に重度有害事象イベントの発生率について両群間で比較した。順序解析で積極的降圧治療による機能的転帰の改善が示される 主要転帰の判定を受けたのは2,794例だった。<140mmHg群での主要転帰発生は、719/1,382例(52.0%)、ガイドライン推奨治療群は785/1,412例(55.6%)で、<140mmHg群のオッズ比は0.87(95%信頼区間[CI]:0.75~1.01、p=0.06)で有意差はみられなかった。 一方で、順序解析の結果、修正Rankinスコアの低下は、<140mmHg群が有意であった(より重大な障害に関するオッズ比:0.87、95%CI:0.77~1.00、p=0.04)。 死亡率は、<140mmHg群11.9%、ガイドライン推奨治療群12.0%だった(p=0.96)。 また、非致死的重大有害事象の発生は、それぞれ23.3%、23.6%だった(p=0.92)。 これらの結果から著者は、「積極的降圧治療は、主要転帰を有意に減少しなかった。修正Rankinスコアによる順序解析では、積極的降圧治療による機能的転帰の改善が示された」と結論している。

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NSAIDsは血管・消化管イベントリスクを増大、心不全は約2倍に/Lancet

 非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)投与により、血管・消化管イベントリスクは増大することが明らかにされた。英国・オックスフォード大学のColin Baigent氏らCoxib and traditional NSAID Trialists’(CNT)共同研究グループが、メタ解析の結果、報告した。これまでCOX-2選択的阻害薬や従来型NSAIDs(tNSAIDs)を含むNSAIDsの血管・消化管への影響は、とくに血管疾患を有する患者において明らかではなかった。Lancet誌2013年5月30日号掲載の報告より。合計754件のプラセボ対照試験とNSAIDs間比較試験についてメタ解析 研究グループは、NSAIDsとプラセボについて行った無作為化プラセボ対照比較試験280件(被験者総数12万4,513例)と、NSAIDs間(1種類対その他種類)について行った無作為化比較試験474件(同22万9,296例)について、メタ解析を行い、NSAIDsの血管・消化管イベントリスクへの影響について分析した。 主要アウトカムは、重大血管イベント(非致死的心筋梗塞、非致的死脳卒中、血管死)、重大冠動脈イベント(非致死的心筋梗塞または冠動脈死)、脳卒中、死亡、心不全、上部消化管合併症(穿孔、閉塞、出血)とした。ナプロキセンは重大血管イベントが増加せず 解析の結果、重大血管イベント発生率は、プラセボとの比較で、COX-2とジクロフェナクで3割増しと増大が大きく、率比はそれぞれ1.37(95%信頼区間[CI]:1.14~1.66、p=0.0009)と1.41(同:1.12~1.78、p=0.0036)だった。同リスクの増加は主に、重大冠動脈イベントリスクの増大によるもので、COX-2とジクロフェナクの同イベント率比は1.76(p=0.0001)と1.70(p=0.0032)だった。 プラセボとの比較で、COX-2とジクロフェナクに割り付けられた被験者1,000例のうち、年間で3例以上が重大血管イベントを発症し、うち1例は致死的であった。 イブプロフェンは、重大冠動脈イベントの発生リスクは有意に増大したが(率比:2.22、95%CI:1.10~4.48、p=0.0253)、重大血管イベント発生リスクは有意な増大は認められなかった(同:1.44、95%CI:0.89~2.33)。ナプロキセンも、重大血管イベント発生リスクについて、有意な増大はみられなかった(同:0.93、0.69~1.27)。 血管死リスクは、COX-2(率比1.58、99%CI:1.00~2.49、p=0.0103)とジクロフェナク(同:1.65、0.95~2.85、p=0.0187)で有意な増大がみられた。イブプロフェンでは有意差はみられず(同:1.90、0.56~6.41、p=0.17)、ナプロキセンでは、同リスクが増大しなかった(同:1.08、0.48~2.47、p=0.80)。 なお、重大血管イベントへの影響の割合は、ベースラインでの特性(血管リスクを含む)とは関連していなかった。 心不全発症リスクについては、すべてのNSAIDsでおよそ2倍に増大した。 またすべてのNSAIDsで、上部消化管合併症リスクの増大がみられた。各率比はそれぞれCOX-2が1.81(p=0.0070)、ジクロフェナク1.89(p=0.0106)、イブプロフェン3.97(p<0.0001)、ナプロキセン4.22(p<0.0001)だった。 著者は「高用量のジクロフェナクとおそらくイブプロフェンは、COX-2と比べて血管リスクが高いこと、一方で高用量ナプロキセンはその他のNSAIDsと比べて血管リスクは低いことが示された。NSAIDsは血管・消化管イベントリスクを増大する。しかしそのリスクの大きさは予測可能であり、臨床意思決定に役立つだろう」と報告をまとめている。

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第15回 診療ガイドライン その1:ガイドラインから外れた医療行為は違法か!?

■今回のテーマのポイント1.ガイドラインに反する診療は、紛争化のリスクを上げることから注意する必要がある2.裁判所はおおむねガイドラインに沿った判断をする3.ガイドラインに反する診療であっても、直ちに違法とはならないが、少なくとも「相応の医学的根拠」は必要である事件の概要患者X(死亡時79歳)は、昭和43年より糖尿病にてY病院糖尿病代謝科(主治医A医師)に外来通院していました。平成12年に上部内視鏡検査を行ったところ、食道静脈瘤が認められたことから精査した結果、HBV、HCV感染は認められないものの、初期の肝硬変と診断されました。その後、A医師は、外来で定期的に採血にて肝機能及び血小板数を測定していましたが、いずれも正常範囲内で推移しており、上部内視鏡検査上も食道静脈瘤に著変なく、経過観察をしていました。しかし、A医師は、その間、腫瘍マーカーの測定及び腹部超音波検査、CTなどの画像検査は行っていませんでした。Xは、平成18年8月7日21時頃、自宅トイレで倒れ、意識レベルが低下していたことからY病院に入院しました。その際、撮影した胸部CTにて肝臓に腫瘍性病変が認められたことから精査したところ、多発性肝細胞がんと診断され、同年10月23日に死亡しました。これに対し、Xの遺族は、肝硬変があったXに対し、肝細胞がん発見を目的とした検査を長期にわたり行わなかったとして、Y病院に対し、2,350万円の損害賠償を請求しました。なぜそうなったのかは、事件の経過からご覧ください。事件の経過患者X(死亡時79歳)は、糖尿病にてY病院糖尿病代謝科(主治医A医師)に外来通院していました。昭和61年12月に採血検査にて肝機能障害が認められたことから腹部超音波検査を行ったところ、慢性肝疾患及び脂肪肝の疑いと診断されました。平成12年7月に、糖尿病代謝科入院中に上部内視鏡検査を行ったところ、食道静脈瘤が認められたことから精査した結果、HBV、HCV感染は認められないものの、初期の肝硬変と診断されました。その後、A医師は、外来で定期的に採血にて肝機能及び血小板数を測定していましたが、いずれも正常範囲内で推移しており、上部内視鏡検査上も食道静脈瘤に著変なく経過観察をしていました。しかし、A医師は、その間、腫瘍マーカーの測定及び腹部超音波検査、CTなどの画像検査は行っていませんでした。Xは、平成18年8月7日21時頃、心不全のため自宅トイレで倒れ、意識レベルが低下していたことからY病院に入院しました。その際、撮影した胸部CTにて肝臓に腫瘍性病変が認められたことから精査したところ、AFP 30ng/mL、PIVKA-Ⅱ 7,000mAU/mL以上であり、多発性肝細胞がんと診断されました。Xは高齢であり、全身状態も悪かったため、積極的な治療は行われず、同年10月23日に死亡しました。事件の判決診療ガイドラインは、その時点における標準的な知見を集約したものであるから、それに沿うことによって当該治療方法が合理的であると評価される場合が多くなるのはもとより当然である。もっとも、診療ガイドラインはあらゆる症例に適応する絶対的なものとまではいえないから、個々の患者の具体的症状が診療ガイドラインにおいて前提とされる症状と必ずしも一致しないような場合や、患者固有の特殊事情がある場合において、相応の医学的根拠に基づいて個々の患者の状態に応じた治療方法を選択した場合には、それが診療ガイドラインと異なる治療方法であったとしても、直ちに医療機関に期待される合理的行動を逸脱したとは評価できない。そして、上記認定のとおり肝癌診療ガイドラインにおいてサーベイランス(*肝細胞癌早期発見のための定期的な検査(筆者注))の至適間隔に関する明確なエビデンスはないとされており、推奨の強さはグレードC1(行うことを考慮してもよいが十分な科学的根拠がない)と位置づけられていることからすれば、サーベイランスの間隔については一義的に標準化されているとまでは認めがたいのであるから、上記間隔については医師の裁量が認められる余地は相対的に大きくなるものと解される。・・・・・・・(中略)・・・・・・・そこで、被告医師がどの程度の間隔でサーベイランスを行うべきであったかを検討するに、上記認定のとおり肝癌診療ガイドラインにおいて非ウイルス性の肝硬変は肝細胞癌の高危険群とされ、6か月に一回の超音波検査及び腫瘍マーカーの測定が推奨されている。そして、上記認定説示したとおりXの肝硬変は発癌リスクが否定されるものではなかったことに加え、上記で認定のとおり肝硬変の前段階とされる慢性肝炎であっても発癌リスクが相当程度認められることからすれば、Xの肝硬変が初期のものであったとしても、被告A医師がXに対して肝硬変と診断してから一度も超音波検査等を実施しなかったことが相応の医学的根拠に基づくものとは評価しがたい。なお、後記で認定説示した本件での検査結果から、被告A医師においてXの肝硬変がさほど進行していなかったと判断すること自体は不合理であるとはいえない。したがって、これらの検査結果を根拠として、肝癌診療ガイドラインとは異なるサーベイランスを実施していたとしても、上記で説示したとおりサーベイランスの間隔について医師の裁量を認める余地があることを併せ考慮すれば、直ちに不合理であると断定することができないとの見方もあり得ないではない。しかしながら、本件においては、そもそもサーベイランスそれ自体が全く実施されていないことに加え、被告医師において肝癌診療ガイドラインとは異なるサーベイランスを実施することが相当であるとした場合には具体的なサーベイランスの間隔及び方法をどのようなものにするのが妥当であったかという点や、それを裏付ける医学的根拠はどのようなものかという点について何ら被告における主張立証がない。以上の検討によれば、上記で説示したように医療行為において医師の裁量を尊重する必要があること及び肝癌診療ガイドラインが絶対的な基準ではないことを考慮してもなお、被告は、Xに対し、肝癌発見を目的として6か月間隔で腫瘍マーカー及び超音波検査を実施し、腫瘍マーカーの上昇や結節性病変が疑われた場合には造影CT検査等を実施すべきであったというべきである。(* 判決文中、下線は筆者による加筆)(仙台地判平成22年6月30日)ポイント解説今回は、ガイドラインについて解説いたします。ガイドラインは、添付文書同様、裁判所が個別具体的な事例における「医療水準」を判断するにあたり用いられる文書であり、特に、作成当時の多数の専門家間における合意事項が文書化されていることから、訴訟においては重視される傾向があり、民事医療訴訟において重要な文書であるといえます。ただ、ガイドラインは法的に作成が義務付けられた文書ではないこともあり、第12回で紹介した添付文書のように、「医薬品の添付文書(能書)の記載事項は、当該医薬品の危険性(副作用等)につき最も高度な情報を有している製造業者又は輸入販売業者が、投与を受ける患者の安全を確保するために、これを使用する医師等に対して必要な情報を提供する目的で記載するものであるから、医師が医薬品を使用するに当たって右文書に記載された使用上の注意事項に従わず、それによって医療事故が発生した場合には、これに従わなかったことにつき特段の合理的理由がない限り、当該医師の過失が推定されるものというべきである」(最判平成8年1月23日民集50号1巻1頁)といった過失の推定効は認められていません。しかし、患者・家族が弁護士に相談した際に、弁護士が当該診療が適切か否か、すなわち事件を受任して裁判をするか否かを判断するにあたり、必ず参照する文書でもあることから、ガイドラインは紛争化するか否かを決定する上でも非常に重要な文書であるといえます。■ガイドラインに対する裁判所の傾向それでは、裁判所のガイドラインに対する姿勢はどのようなものかみてみましょう。本事例のような肝硬変の患者に対しては、肝細胞がんの早期発見のため定期的に腫瘍マーカーや腹部超音波検査等によるサーベイランスを行う必要があると考えられています。したがって、肝硬変の患者に対して、適切な検査を行わなかった結果、肝細胞がんの発見が遅れ、死亡してしまった場合には、医療過誤として訴えられることとなります。そして、このサーベイランスの方法や間隔については、平成11年に作成された「日本医師会生涯教育シリーズ 肝疾患診療マニュアル」と平成17年に第1版が作成された「肝癌診療ガイドライン」(平成21年改訂)の2つのガイドラインがあります。これらのガイドライン作成後に患者が死亡し、肝細胞がんに対するサーベイランスを争点として争われた判決は、民間判例データベースから検索すると6つあります(表1)。画像を拡大する表1をご覧いただけれるとわかるように、サーベイランスに関する判決では、ほとんどが原告勝訴となっています。一般に民事医療訴訟の原告勝訴率が20~40%であることを考えると、その差は明らかといえます。なお、唯一、原告が敗訴している(4)の事例は、患者の受診コンプライアンスが悪く、適切なフォローが困難であった事例であり、それでも、おおむね年2回程度は検査が行われていたことから、このような判断となっています。それではこれらの訴訟において、ガイドラインはどのように使われていたのでしょうか。表2にそれぞれの判決において、裁判所が示した適切なサーベイランス頻度を示します。画像を拡大するそして、平成11年に作成された「日本医師会生涯教育シリーズ 肝疾患診療マニュアル」においては、「肝硬変を超高危険群、ウイルス性の慢性肝炎及び非肝硬変のアルコール性肝障害を高危険群、その他の肝障害を危険群と設定し、これらの患者に対して、それぞれ定期的に諸検査を行うよう指針を定めています。同指針は、超高危険群患者に対しては、AFP検査を月に1回、腹部超音波検査を2、3か月に1回、腹部CT検査を6か月に1回、高危険群患者に対しては、AFP検査を2、3か月に1回、腹部超音波検査を4ないし6か月に1回、腹部CT検査を6か月ないし1年に1回並びに危険群に対しては、AFP検査を6か月に1回、腹部超音波検査及び腹部CT検査を1年に1回行う」と記載されています。また、平成17年に作成された「肝癌診療ガイドライン」においては、「一つの案として、超高危険群に対しては、3~4カ月に 1 回の超音波検査、高危険群に対しては、6カ月に 1回の超音波検査を行うことを提案する。腫瘍マーカー検査については、AFP およびPIVKA-Ⅱを超高危険群では 3~4カ月に 1回、高危険群では 6カ月に 1回の測定を推奨する」と記載されています。表2と比較していただければわかるように、(2)と原告敗訴となった(4)を除いた判決においては、裁判所は、判決文中にガイドラインを引用した上で、ガイドラインに沿った判断をしています。このようにしてみると、ガイドラインに違反した結果、患者に損害が生じた場合には、紛争化しやすいと同時に、裁判においても、ガイドラインに沿った判断がなされやすいということがいえます。■ガイドラインは「不磨の大典」ではないこのようなガイドラインに対する裁判所の傾向をみると、皆さんは違和感を覚えるでしょうし、批判もあるかと思います。ただ、添付文書の時にも説明しましたが、現在の裁判所は、添付文書やガイドラインを不磨の大典としてとらえているわけではありません。本判決においても、「もっとも、診療ガイドラインはあらゆる症例に適応する絶対的なものとまではいえないから、個々の患者の具体的症状が診療ガイドラインにおいて前提とされる症状と必ずしも一致しないような場合や、患者固有の特殊事情がある場合において、相応の医学的根拠に基づいて個々の患者の状態に応じた治療方法を選択した場合には、それが診療ガイドラインと異なる治療方法であったとしても、直ちに医療機関に期待される合理的行動を逸脱したとは評価できない。そして、上記認定のとおり肝癌診療ガイドラインにおいてサーベイランスの至適間隔に関する明確なエビデンスはないとされており、推奨の強さはグレードC1(行うことを考慮してもよいが十分な科学的根拠がない)と位置づけられていることからすれば、サーベイランスの間隔については一義的に標準化されているとまでは認めがたいのであるから、上記間隔については医師の裁量が認められる余地は相対的に大きくなるものと解される」と判示されているように、杓子定規に判断するのではなく一定程度の裁量の幅(グレーゾーン)が認められていると考えられます。ただ、その場合においても、「相応の医学的根拠」は必要であり、肝細胞がんのサーベイランスにおいては、単に「気が付いたらずいぶん期間が開いてしまった」ということでは許されませんので、注意する必要があります。裁判例のリンク次のサイトでさらに詳しい裁判の内容がご覧いただけます。(出現順)仙台地判平成22年6月30日最判平成8年1月23日民集50号1巻1頁

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【ご案内】ITヘルスケア学会 第7回年次学術集会のお知らせ

 ITヘルスケア学会は、平成25年6月29日に第7回年次学術集会を東京医科歯科大学M&Dタワーにて開催する。第7回学術大会は、いわゆる2025年問題である超高齢社会下の社会システムの再構築へ向けて、急性疾患から慢性疾患への疾病構造が大きく変化していく中での医療ケア・介護ケアの基盤は、生活圏を基本とした在宅医療+地域コミュニティーを中心に再形成されるべきと「在宅医療+地域コミュニティーの創意工夫を活かす」をテーマに行う。《開催概要》【テーマ】 在宅医療+地域コミュニティーの創意工夫を活かす【大会長】 高瀬 義昌 氏(医療法人社団至高会 理事長)【会 期】 平成25年6月29日(土)【会 場】 東京医科歯科大学M&Dタワー2階 共用講義室1 共用講義室2      東京医科歯科大学3号館18階 保健学科講義室1【受 付】 M&Dタワー2階 共用講義室1【交 通】 JR「御茶ノ水」駅 東京メトロ「御茶ノ水」駅 下車【事前登録】 会員=4,000円 非会員=6,000円 学生会員=無料 学生非会員=無料【当日登録】 会員=5,000円 非会員=7,000円 学生会員=無料 学生非会員=1,000円※学生の場合は、受付にて、学生証の提示をお願いします。懇親会費:3,000円【演題プログラム】◆A会場(M&Dタワー2階 共用講義室2)PDF版参照 http://ithealthcare.jp/docs/130629programs_A.pdf・08:50~09:55 大会長 開会のご挨拶  高瀬 義昌 氏(医療法人社団至高会)・09:00~12:00 モバイルヘルスシンポジウム2013  座長:水島 洋 氏(国立保健医療科学院)  「患者参加型医療を実現する~誰のためのヘルスレコードか~」  基調講演:「患者参加による創薬支援プロジェクトをはじめとするICTの今後」/水島 洋 氏(国立保健医療科学院)  講演:「患者参加型医療を実現する革新的ICT技術」/宮川 一郎 氏(習志野台整形外科内科)  講演:「電子カルテを基盤とした社会システムデザイン」/亀田 隆明 氏(医療法人鉄蕉会亀田総合病院)・12:05~12:20 大会長講演  高瀬 義昌 氏(医療法人社団至高会)・12:20~13:10 ランチョンセミナー(提供:日本マイクロソフト株式会社)  講演:「周産期医療における地域連携とPHR」/尾形 優子 氏(株式ミトラ)・13:10~13:20 平成25年度総会(会員限定)・13:20~16:00 健康ビックデータがつなぐ街づくり  座長:高瀬 義昌 氏(医療法人社団至高会)  講演:「ケアサイクルの考え方」/長谷川 敏彦 氏(日本医科大学医療管理学科)  講演:「医療介護の質の向上が果たす使命・社会づくり・街づくり」/田原 一 氏(株式会社イニシア)  講演:「ケアタウンナカノ構想 ~在宅医療連携拠点事業成果報告~」/中野 一司 氏(医療法人ナカノ会ナカノ在宅医療クリニック)  講演:「つくば市健康サポート事業報告 コンティニュアヘルスが繋げる地域と世界」/守田 典宏 氏(NTTレゾナント株式会社)・16:00~18:00 在宅医療におけるIT技術の活用と医療ソフトウェアの薬事法  五十嵐 中 氏(東京大学大学院薬学系研究科)  遠藤 直哉 氏(フェアネス法律事務所)  遠矢 純一郎 氏(医療法人社団プラタナス桜新町アーバンクリニック)  山下 和彦 氏(東京医療保健大学医療保健学部医療情報学科)・18:00~18:05 閉会挨拶◆B会場(M&Dタワー2階 共用講義室1)PDF版参照 http://ithealthcare.jp/docs/130629programs_BC.pdf・09:00~11:20 病院・在宅管理1・13:30~15:50 病院・在宅管理2◆C会場(3号館18階 保健学科講義室1)PDF版参照 http://ithealthcare.jp/docs/130629programs_BC.pdf・09:00~11:40 モニタリング・センサ技術・13:30~15:50 アプリ開発・シュミレーション技術予定は変更になる場合があります。詳細は公式Webサイトへhttp://ithealthcare.jp/docs/130629ithc.html参加事前登録はこちらからhttp://ithealthcare.mobi/registration学術大会+モバイルヘルスシンポジウム合同実行委員会お問い合わせ先:office@ithealthcare.jp

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外傷後の神経痛に対する新規ケモカイン受容体2拮抗薬AZD2423

 新しいケモカイン受容体(CCR2)拮抗薬 AZD2423の、外傷後神経痛に対する有効性および安全性をプラセボと比較検討した多施設共同無作為化二重盲検試験の結果が、スウェーデン・アストラゼネカ社のJarkko Kalliomaki氏らにより発表された。 AZD2423は、安全性および忍容性に問題は無く、神経障害性疼痛評価質問票(NPSI)による評価で特定の疼痛に対する効果が示唆されたことなどが報告された。PAIN誌2013年5月号(オンライン版2013年2月13日号)の掲載報告。 対象は外傷後の神経痛患者133例で、AZD2423 20mg群、150mg群またはプラセボ群に無作為化された。いずれも治験薬を28日間経口投与した。 主要評価項目は、試験終了時におけるベースライン時からの平均疼痛スコア(それぞれ投与の最終5日間ならびに投与開始前5日間の平均値)の変化量であった。疼痛スコアは、0~10までの数値的評価スケールを用いた。 副次的有効性評価項目は、NPSI、疼痛スコア最悪値、患者による全般的印象(PGI)の変化)、睡眠や日常活動に及ぼす影響とした。 主な結果は以下のとおり。・平均疼痛スコアの変化について、投与群間の有意差は認められなかった(AZD2423 20mg群:-1.54、AZD2423 150mg群:-1.53、プラセボ群:-1.44)。・しかしプラセボ群と比較してAZD2423 150mg投与群は、NPSI総スコア、ならびに発作痛および感覚異常に関するNPSIサブスコアが大きく減少する傾向がみられた。・その他の副次的有効性評価項目について投与群間で差はみられなかった。・AZD2423両群の有害事象の頻度と種類はプラセボ群と類似していた。・ケモカインリガンド2血漿中濃度の増加および単球の減少(AZD2423 150mg投与群で-30%)がみられ、AZD2423投与量とCCR2との相互作用が示唆された。~進化するnon cancer pain治療を考える~ 「慢性疼痛診療プラクティス」連載中!・「天気痛」とは?低気圧が来ると痛くなる…それ、患者さんの思い込みではないかも!?・腰椎圧迫骨折3ヵ月経過後も持続痛が拡大…オピオイド使用は本当に適切だったのか?  治療経過を解説・「痛みの質と具体性で治療が変わる?!」痛みと大脳メカニズムをさぐる

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健康診断の採血で右上肢が廃用となったケース

内科最終判決平成14年9月5日 松山地方裁判所 判決概要経験年数20年のベテラン看護師が、健康診断目的で来院した42歳女性の右肘尺側皮静脈から採血を試みた。針を挿入直後に患者が「痛い!」と訴え、血液の逆流がなかったので左側から改めて採血した。ところが、採血直後から右上肢の知覚障害、痛み、浮腫、運動障害が出現し、大学病院整形外科で反射性交感神経異栄養症(RSDS)と診断され、労災等級第7級に相当する後遺障害が残存した。詳細な経過患者情報42歳女性。特記すべき既往症なし経過平成8年7月17日09:40定期健康診断時に、尺側皮静脈から採血するため右腕肘窩部分に針を刺したが、血液の逆流はなく、針が刺された後で「痛い!」といったため針を抜き、針やスピッツを新しいものに変えて、改めて左腕に針を刺して採血は完了した。ところが、採血直後から右手第1-第2指にしびれを自覚し、同日総合病院整形外科を受診して、「右正中神経麻痺、反射性交感神経性萎縮症」と診断された。12月16日大学病院整形外科医師は、右上肢の知覚障害、痛み、浮腫、運動障害があることから「カウザルギー」と診断した。平成11年3月10日労災認定。右上肢手関節と肘関節の中心部より右手指にかけて、常時疼痛を中心とした異常感覚および知覚低下、右上肢肘関節以下の神経症状による運動障害があるとして、障害等級第7級3号に該当すると認定。平成13年11月9日本人尋問。右手、とくに親指の付け根付近から上肢にかけての約20cmの部分に強い痛みがあると訴え、被告ら代理人が少し触れようとすると激しく痛がった。本人の上申書右腕は痛くて伸ばせない右手指も無理に伸ばそうとすると歯の神経にさわったような電撃的な痛みが出るし、不意に痛むこともある右手指から肘までの1/2の範囲は、常時、火傷したようなきりきりとした痛みがある肘の内側にはじくじくとした鈍痛がある肩と肘の真ん中あたりから指先にかけて、いつもむくんでいる右手指のうち、小指以外は何かに触れただけで飛び上がるような痛みがある。指先から遠位指節間関節(指先にもっとも近い関節)までほとんど感覚がないため、物を握れないこのため右手はほとんど用をなさないし、寝る時は右手が下にならないように気をつける。手首を内側に向けて捻っている状態は楽だが、その反対はできないなどの障害が残っている当事者の主張患者側(原告)の主張採血時、血液の逆流がなく血管内に注射針を刺入できていないことがわかったのに、注射針をそのまま抜こうとせず、注射針の先を動かして血管を探すような動作をし、痛みを訴えたにもかかわらず同様の動作を続けた結果、右腕正中神経を注射針の先で傷つけたため、右手第1-第2指にしびれ、疼痛を生じる障害を負った。看護師は肘窩の静脈に針を刺す場合、正中神経を傷つけないように注射針を操作するべき注意義務があるのに、不用意に操作した過失によって正中神経を損傷しRSDSを併発した。病院側(被告)の主張担当看護師は勤続20年のベテラン保健師・看護師であり、通算数千件もの採血を実施しているが、一度もミスなどしたことはない。採血の際は、皮膚から約15度の角度で針先カット面を上にして血管穿刺を行っており、かつ、血液の逆流が認められないため、スピッツを数ミリ手前に引いたのみであり、注射針の先を動かして血管を探すなどした事実はない。このような採血によって皮膚の表面上を走る尺側皮静脈から、遠く離れた深部にある正中神経を傷つけることはあり得ない。また、右腕の痛みに対し星状神経ブロックなどの医師の勧める基本的治療を行わず、痛みのまったくない軽度な治療を行うのみであった。また、日常行動を調査したビデオによれば、右手を普通に用いて日常生活を送っていると認められ、法廷の本人尋問での言動は事実と異なる演技に過ぎない。各医師の診断結果や、これらに基づく労働基準監督署長の判断も、同様に原告が演技をし、またはその訴えたところに従って作成され判断されたものに過ぎず、誤っている。仮に採血による後遺障害が残っているとしても、それは医師から再三の治療上のアドバイスがあったにもかかわらず拒否し、特異な気質と体質により複雑な病態となったものと考えられる。裁判所の判断原告は採血直後から右手のしびれなどを訴えるようになり、現在でも右手は触れられただけでも強い痛みを訴え、大学病院医師は採血を原因とする「右上肢カウザルギー」ないし「RSDS」と診断している。痛みに関する供述にはやや誇張された面があると感じられるが、およそ障害がない、あるいはその障害が軽微であるとの根拠とすることはできない。したがって、採血時に肘窩の尺側皮静脈に注射針を深く刺し、正中神経を傷つけたため右手が使えなくなったのは、採血担当看護師の過失である。原告側合計3,254万円の請求に対し、2,419万円の判決考察たった1回の採血失敗によって、右手が使えなくなるという重度後遺障害が残存し、しかも2,419万円もの高額賠償につながったという衝撃的なケースです。肘の解剖学的な構造をみると、尺側皮静脈は腕の内側を走行し、比較的太い静脈の一つです。ただその深部には、筋膜の内側に上腕動脈と伴走するように正中神経が走行しています。本件では、結果的にはこの正中神経に針が届いてしまい、右腕が使い物にならなくなるほどの損傷をうけて医事紛争に発展しました。本当にこの神経を刺してしまうほど、深く注射針を挿入してしまったのかは、おそらく担当した看護師にしかわからないことだと思いますが、採血直後から正中神経に関連した症状が出現していますので、正中神経に損傷が及んだことを否認するのは難しいと思います。ただし、今回問題となったRSDSには特有の素因があることも知られていて、交感神経過反応者、情緒不安定、依存性、不安定性を示す性格の持ち主であることも知られています。今回の採血では、担当看護師の主張のように、けっして針をブスブスとつき刺すような乱暴な操作をしていないと思います。にもかかわらず重篤な障害に至ってしまったということは、今後私たちが採血や注射を担当する以上、一定の確率で否が応でも今回のような症例に遭遇する可能性があることになります。ではどうすればこのような紛争を未然に防ぐことができるかというと、あらかじめ採血をする時には、危険な部位には針を刺さないようにすることが必要です。通常は肘の外側に太い神経はみられないので、可能な限り内側の尺側皮静脈から採血するのは避け、外側の皮静脈に注射するのが懸命でしょう。もしどうしても採血可能な静脈が内側の尺側皮静脈以外にみつからない場合には、なるべく静脈の真上から針を挿入し、けっして針が深く入らないようにすることが望まれます。また、採血時に普通ではみないほどひどく痛がる患者の場合には、RSDSへと発展しやすい体質的な素因が考えられますので、無理をして何回も針を刺さないように心がけるとともに、場合によっては医師の判断を早めに仰ぐようにするなどといった配慮が必要だと思います。内科

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脱毛症が糖尿病・心臓病による死亡の予測因子に?

 男性型脱毛症(AGA)は、男女共に、糖尿病や心臓病による死亡の独立した予測因子であることが、住民ベースの前向きコホート研究の結果、明らかにされた。Lin-Hui Su氏らが台湾で行った研究の成果を報告したもので、「本所見は、中等度~重度のAGA患者では、糖尿病や心臓病のリスク因子に識別するものとして、メタボリックシンドロームの有無にかかわらず、重大な意味を持つ可能性がある」と結論している。JAMA Dermatology誌2013年5月号の掲載報告。 研究グループは、糖尿病や心臓病による死亡の予測因子を特定することは、治療戦略を明確にする一助となり、AGAはそのような予測因子である可能性があるとして本検討を行った。台湾での地域ベースのスクリーニングを統合して行われた調査は、AGAを有することが、潜在的交絡因子補正後、男女を問わず、糖尿病や心臓病による死亡率上昇と関連しているかを調べることを目的とした。 30~95歳の7,252例を対象に、2005年4~6月をベースラインとして、Norwood および Ludwig分類法にてAGA評価を行った。また、メタボリック症候群およびその他可能性のあるリスク因子についての情報も収集した。 その後、同コホートを、2010年12月時点まで、死亡および死因を確認するまで追跡した。主要評価項目は、糖尿病および心臓病による死亡とした。 主な結果は以下のとおり。・完全なデータが得られた7,126例(男性2,429例、女性4,697例)について、追跡期間57ヵ月の間に、糖尿病および心臓病による死亡は70例であった。・年齢、糖尿病および心臓病の家族歴、メタボリックシンドロームで補正後、中等度~重度AGA被験者は、正常あるいは軽度AGA被験者と比べて、糖尿病死亡リスク(補正後HR:2.97、95%CI:1.26~7.01、p=0.01)、心臓病死亡リスク(同:2.28、1.00~5.23、p=0.05)がいずれも有意に高かった。

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若年者への低線量CT検査、発がんリスク増大/BMJ

 CT検査を受けた若年者における発がんの原因のほとんどは、検査による放射線被曝である可能性が、オーストラリア・メルボルン大学のJohn D Mathews氏らの調査で示された。1980年代以降、CT検査の施行率は実質的に上昇している。高線量の電離放射線被曝は発がんの原因となることが知られているが、低線量のCTスキャン(1臓器当たり5~50mGy)の発がんリスクは不明である。最近、英国でCT検査を受けた18万人の若年者の検討で、線量の増加に伴って白血病や脳腫瘍のリスクが増大することが示されていた。BMJ誌オンライン版2013年5月22日号掲載の報告。低線量被曝の発がんリスクをコホート試験で評価 研究グループは、オーストラリアの小児および青少年において、診断的CT検査による低線量電離放射線被曝後の発がんリスクを評価する、地域住民ベースのコホート試験(データ・リンケージ研究)を実施した。 オーストラリア版メディケア(個別支払い制度に基づく保健サービス)の診療記録を使用し、1985年1月1日~2005年12月31日までに出生した0~19歳のオーストラリア人1,090万人を抽出した。 このコホートの中から1985~2005年にメディケアでCT検査を受けた者全員を同定した。オーストラリア健康福祉研究所が運営するがんデータベースおよび全国死亡インデックスとの電子的リンケージにより、2007年12月31日まで追跡を行った。発がんの率比が24%上昇、検査年齢が若いほどリスクが高い 6万674件の発がんが同定され、そのうち3,150件がCT検査を受けたコホート(68万211人)に属していた。CT検査後の平均追跡期間は9.5年だった。 年齢、性別、出生年で調整後、全体の発がん率はCT検査を受けていないコホートよりも受けているコホートが24%高かった(発症率比[IRR]:1.24、95%信頼区間[CI]:1.20~1.29、p<0.001)。線量反応関係がみられ、CT検査が1回追加されるごとにIRRが0.16上昇した。 CT検査の年齢が若いほどIRRが高い傾向がみられ(傾向性検定:p<0.001)、検査年齢が1~4歳のコホートのIRRは1.35、5~9歳のIRRは1.25、10~14歳は1.14、15歳以上は1.24だった。 IRRは、さまざまなタイプの固形がん(消化器、皮膚、軟部組織、女性生殖器、尿路、脳、甲状腺)、白血病、骨髄異形成症、その他のリンパ系腫瘍で有意に上昇していた。 CT検査を受けたコホートにおける過剰な発がん数は608件(脳腫瘍147件、他の固形がん356件、白血病または骨髄異形成症48件、他のリンパ系腫瘍57件)で、2007年12月31日現在、すべてのがんを合わせた過剰発現率(EIR)の絶対値は10万人年当たり9.38であった。1回の検査当たりの実効線量は4.5mSvだった。 著者は、「CT検査後の発がんの原因のほとんどは放射線被曝によるものと考えられた。CT検査を受けたコホートにおける発がんの過剰状態は追跡期間終了時も持続していたことから、CT検査による最終的な発がんの生涯リスクは決定できない」とまとめ、「現在のCTスキャンは1985~2005年の機器に比べ低線量化の傾向にあるものの、発がんリスク上昇の可能性は残る。今後、CT検査の施行は明確な臨床的適応がある場合に限定すべきで、可能な限り低線量で撮像するよう1回の検査ごとに最適化を行う必要がある」と指摘する。

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皮膚がんとの関連研究で判明!アルツハイマー病に特異的な神経保護作用

 米国・アルベルト・アインシュタイン医学校のRobert S. White氏らは、70歳以上住民ベースの縦断的追跡研究の結果、非悪性黒色腫皮膚がんの人は、同皮膚がんを有さない人と比べて、アルツハイマー病(AD)の発症リスクが有意に低いことを明らかにした。同関連は、ADが疑われる例や脳血管性AD、その他あらゆる認知症ではみられなかったことも示され、著者は「アルツハイマー病には特異的な神経保護が存在することが推察された」と報告している。Neurology誌オンライン版2013年5月14日号の掲載報告。 研究グループは、ニューヨーク市民対象のエイジング疫学研究「アインシュタイン・エイジング研究」において、非悪性黒色腫皮膚がん(NMSC)とADとの関連について調べた。対象は、70歳以上のボランティア住民で、年1回の評価と、多領域の医師による診断コンセンサスが続けられた。自己申告に基づき、がんの症状およびタイプの情報を入手し、Cox比例ハザードモデルを用いて、NMSCとその後に発症した認知障害リスクとの関連を調べた。また、ADとNMSCの生物学的特異的関連性を導き出すために、「AD限定群」(見込みあるいは可能性があると診断された症例)、「全AD群」(前記に加えて混合型AD/脳血管性認知症)、「全原因認知症群」の3つのネスティッドアウトカム群を設定して検討した。 主な結果は以下のとおり。・追跡を受けたのは、1,102人(登録時の平均年齢79歳)であった。・人口統計学的および高血圧、糖尿病、冠動脈疾患で補正後の被験者において、NMSC(被験者群で優勢であった)とAD限定群のリスク低下との有意な関連が認められた(ハザード比:0.21、95%CI:0.051~0.87、p=0.031)。・APOE ε4遺伝子型データが入手できた769例について、APOE ε4アレルの数をモデルに組み込んで分析した結果、有意ではなかったが同程度の強さの関連性が認められた。・一方、NMSCと全ADあるいは全原因認知症との有意な関連は認められなかった。・今回の住民ベースの縦断的追跡研究により、70歳以上のNMSC患者は、NMSCではない人と比べて、ADの発症リスクが有意に低いことが示された。・その他のAD(全AD)や全原因認知症と診断された非特異的ADでは、その関連性が減弱あるいは消失したことから、アルツハイマー病に特異的な神経保護が存在することが推察された。関連医療ニュース 日本人の認知症リスクに関連する食習慣とは? “重症にきび”はうつ病のリスク!? 睡眠障害と皮膚疾患、夜間のひっかき行動は睡眠ステージと関連

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鎖骨下静脈穿刺後の無気肺で死亡したケース

感染症最終判決判例時報 1589号106-119頁概要金属プレス機に両手を巻き込まれた19歳男性。救急搬送された大学病院にて、手袋の繊維、機械油で汚れた手をガーゼ、ブラシで洗浄し、消毒、デブリードマンを施行した。左手には有茎植皮術、右手には一時的な創縫合手術を施行し、術後抗菌薬を投与した。投与後、創部から黄緑色の浸出液と刺激臭があり、緑膿菌感染を疑い硫酸ゲンタマイシンンなどを追加。その後、浸出液と刺激臭は消失し、壊死部の除去を含めた右手皮弁切離術、左手小指端形成術を施行した。さらに右手では左胸部有茎植皮術、左手では腹部有茎植皮術を行った。約1週間後に41.1℃の発熱があり、敗血症疑いから血液培養を施行(結果は陰性)。しかし、翌日に軽度の呼吸困難があり、突然の痙攣発作と意識障害が出現したことからエンドトキシンショックを疑い、血管確保の目的で鎖骨下静脈穿刺が行われた。穿刺中に患者が上体を起こしたことから中止し、身体拘束後に再度右鎖骨下静脈にラインを確保した。しかし、胸部X線写真で右鎖骨下に血腫を認めたため、再度右そけい部からカテーテルを挿入した。その後、瞳孔散大傾向、対光反射喪失、嘔吐もみられたので気管内挿管を施行。諸検査を行おうとしたところ、心肺停止状態となり、蘇生が開始されたが、死亡した。詳細な経過患者情報19歳男性経過1990年8月17日12:10金属プレス機のローラーに両手を挟まれて受傷した19歳男性。某大学病院に救急搬送された時には、受傷時につけていた手袋の繊維、機械油などで両手の傷は著しく汚染されていた。13:30頃創洗浄開始。14:45緊急手術のための麻酔開始。同時にガーゼ、ブラシを用いた洗浄、消毒、デブリードマン施行。洗浄用の生食水(500mL)40本使用。左手:手掌皮膚は手関節から基節骨までグローブ状に剥離:有茎植皮術施行右手:手背の皮膚欠損および筋挫滅、一部では骨にまで達する:一時的な創縫合手術施行術後抗菌薬としてセフメタゾールナトリウム(商品名:セフメタゾン)、硫酸ジベカシン(同:パニマイシン)を使用。8月30日はじめて創部から黄緑色の浸出液と刺激臭があり、緑膿菌感染が疑われたため、硫酸ゲンタマイシン(同:ゲンタシン軟膏)、セフタジジム(同:モダシン)を投与。9月4日黄緑色浸出液と刺激臭はほとんど消失。9月10日右手皮弁切離術、左手小指断端形成術(壊死部の除去も行う)。9月26日浸出液が消失する一方、壊死部もはっきりとしてきたので、右手は左胸部有茎植皮術、左手は腹部有茎植皮術施行。術後から38~39℃の発熱が持続。10月1日41.1℃の発熱があり、敗血症を疑って血液培養施行(結果は陰性)。10月2日15:20軽度の呼吸困難出現。15:30突然痙攣発作と意識障害が出現。血圧92mmHg、脈拍140、呼吸回数22回。内科医師の往診を受け、エンドトキシンショックが疑われたため、血管確保目的で鎖骨下静脈穿刺が行われた。ところが穿刺中に突然上体を起こしてしまったため、いったん穿刺を中止。その後身体を拘束したうえで再度右鎖骨下静脈にラインを確保した。ところが、胸部X線写真で右鎖骨下に血腫を認めたため、カテーテルを抜去、右そけい部から再度カテーテルを挿入した。16:30瞳孔散大傾向、対光反射がなくなり、嘔吐もみられたため気管内挿管施行。腰椎穿刺にて採取した髄液には異常なかった。そこで頭部CTを施行しようと検査室に移動したところで心肺停止状態となる。ただちに蘇生が開始されたが反応なし。19:57死亡確認。病理解剖の結果、両肺無気肺(ただし左肺は一部換気)、(敗血症性)脳内小血管炎、脳浮腫、感染脾、全身うっ血傾向、右鎖骨下血腫、右胸水が示された。当事者の主張患者側(原告)の主張生命の危険性、あるいは手指の切断についての説明がないのは説明義務違反がある適切な感染症対策を行わず、敗血症に罹患させたのは注意義務違反である鎖骨下静脈穿刺により、無気肺を生じさせたのは注意義務違反である緑膿菌などに感染し、敗血症性の呼吸困難が生じていたことに加え、鎖骨下静脈穿刺の際に生じた鎖骨下血腫および血性胸水が無気肺をもたらしたことが原因となり、呼吸不全から心停止にいたり死亡した病院側(被告)の主張容態急変する前の9月26日までは順調に経過しており、手術前にその急変を予測して説明を行うのは不可能であった創は著しく汚染されていたので、無菌化することは困難であった。感染すなわち失敗という考え方は妥当ではない鎖骨下静脈穿刺により、無気肺を生じたとしても、患者が突然寝返りを打つなどして動いたことが原因である。患者救命のための緊急事態下で行われた措置であることを考慮すれば、不可抗力であった病理解剖所見では、突然の呼吸停止とまったく蘇生不能の心停止が同時に生じるという臨床的経過と符合しないため、結局突然死と診断されており、死亡原因の特定はできない裁判所の判断1.病院側は原因不明の突然死というが、病理解剖の結果心臓には心停止をもたらすような病変は確認されておらず、敗血症性の感染症および無気肺の存在以外には死亡に結びつく病変は確認されていないので、原告の主張通り、緑膿菌などに感染し、敗血症性の呼吸障害ないしは呼吸機能の低下、ならびに鎖骨下静脈穿刺の際に生じた鎖骨下血腫および血性胸水が無気肺をもたらしたことによる換気能力の低下、呼吸不全から心停止にいたり死亡した2.ゴールデンアワー内に十分な洗浄、消毒、デブリードマンなどを徹底して行い、その後も十分な洗浄、消毒、デブリードマンを行うべき注意義務があったにもかかわらず、これを怠った。その結果、敗血症性の重篤な感染症に罹患させたものである3.鎖骨下静脈穿刺の時にはいつ痙攣や不穏状態が生じるか予測できない状態であったので、穿刺時の不測の体動を予見することは十分に可能であった。そのため、身体を拘束したうえで鎖骨下静脈穿刺を行うべき注意義務を違反した4.説明義務違反は十分な洗浄や消毒を行わなかった過失に含まれる原告側合計7,077万円の請求に対し、5,177万円の判決考察この判決内容を熟読してみて、臨床を熱心に実践されている先生方のご苦労と、ひとたび結果が悪かった時に下される司法の判断との間には、大きな相違があると感じずにはいられませんでした。まず、最大の誤解は、「手の開放創からの感染は、十分な洗浄、消毒、デブリードマンを徹底して施行すれば、ほぼ確実に防止できるものである」と断定していることだと思います。いくら抗菌薬が発達した現代であっても、本件のような難治性の感染症を完全に押さえ込むのが難しいことは、われわれが常日頃感じているジレンマのような気がします。本件で不十分と判断されてしまった創の消毒・洗浄方法をもう一度みてみると、12:40(受傷後30分)救急搬入、バイタルサインが安定していることを確かめた後、両手に付着していた線維などを取り除いたうえで、ポビドンヨード(商品名:イソジン)、クロルヘキシジングルコン酸(同:ヒビテン)で消毒。13:30(受傷後1時間20分)抗菌薬を静注しながら、両腋窩神経、および腕神経叢ブロックを施行したうえで、ただちに創洗浄を開始。14:45(受傷後2時間35分)全身麻酔下の手術が必要と考えたため麻酔導入。麻酔完了後、ガーゼ、ブラシを用いながらヒビテン®液で軟部組織、骨、皮膚に付着した油様のものなどをよく洗浄したうえで消毒し、壊死組織、挫滅組織を切除、さらに生理食塩水でブラッシングしデブリードマンを完了。この間に使用した生食は20L。とあります。裁判ではしきりに、受傷後6時間以内のゴールデンタイムに適切な処置が行われなかったことが強調されましたが、このような病院側の主張をみる限り、けっして不注意があったとか、しなければならない処置を忘れてしまったなどという、不誠実なものではなかったと思います。少なくとも、受傷6時間の間に行った処置は、他人から批判を受けなければならないような内容とはいえないのではないでしょうか。にもかかわらず、「きちんと洗浄、消毒をすれば菌は消える」などと安易に考え、「菌が消えないのならば最初の処置が悪かったに決まっている」と裁判官が即断してしまったのは、あまりにも短絡しすぎていると思います。あくまでも過誤があると主張するのならば、洗浄に用いた生食が20Lでは足りなくて、30Lだったらよかったのでしょうか?そこまで医師の措置を咎めるのであれば、当時の医師たちのどこに不適切な点があって、どのような対策を講じたら敗血症にまでいかずにすんだのか、つまり今回と同様な患者さんが来院した場合には、どうすれば救命することができるのか、(権威ある先生にでも聞いたうえで)示すべきだと思うのですが、裁判官はその点をまったく考慮せず、一方的な判決となってしまいました。それ以外にも、容態急変時の血液ガスで酸素分圧が137.8mmHg(正常値は85~105)という数値をみて、「酸素分圧が正常値を大きく越えるものであり、無気肺により換気能力の低下を来した」と判断している点は、裁判官の勉強不足を如実に示しています。この当時、当然酸素投与がなされているはずですから、酸素分圧が137.8mmHgとなっても不思議に思わないし、それをもって換気障害があるとは判断しないのが常識でしょう。にもかかわらず、ことさら「酸素分圧が正常値を越えた」というだけで「注意義務違反に該当する医療行為があった」と短絡しているのは、どうも最初から「医者が悪い」という結論を導くために、こじつけた結果としか思えません。少なくとも、そのような間違った見解を判決文に載せる前に、専門家に確認するくらいの姿勢はみせるべきだと思います。鎖骨下静脈穿刺についても、同じようなことがいえると思います。当時の内科医師は、鎖骨下静脈穿刺前の局所麻酔の時に、患者がとくに暴れたり痛がったりしなかったので、あえて押さえつけながら穿刺を行わなかったと証言しています。これはごく当たり前の考え方ではないでしょうか。この裁判官の判断が正しいとするならば、意識がもうろうとしている患者さんに注射する時には、全員身体を拘束せよ、という極端な結論となります。実際の臨床現場では、そのようなことまであえてしないものではないでしょうか。病院側は不可抗力であったと主張していますが、そのように考えるのももっともであり、すべてが終わった後で判断する立場でこのような判決文を書くのは、少々行き過ぎのような気がしてなりません。ただ一方で、前途ある19歳の若者が命を落としてしまったのも事実です。その過程では、よかれと思った医療行為が裏目に出て、敗血症に至ったり、鎖骨下血腫を形成して死亡に少なからず寄与しました。しかし、ではどこでどのような反省をして、今後どのような対処をするべきかという、前向きの考え方がなかなかこのケースでは検討しにくいのではないでしょうか。つまり、本ケースのように医療行為の結果が悪くて裁判に発展してしまい、本件のような裁判官に当たると、医師にとって不利な判決にならざるを得ないという、きわめて釈然としない「医療過誤」になってしまうと思います。感染症

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末梢挿入型中心静脈カテーテルは他のCVCと比べて深部静脈血栓症リスクが高い/Lancet

 末梢挿入型中心静脈カテーテル(PICC)は、他の中心静脈カテーテル(CVC)と比べて、深部静脈血栓症のリスクが高いことが明らかにされた。とくに、重篤患者やがん患者でリスクが高かった。米国・ミシガン大学ヘルスシステムのVineet Chopra氏らによるシステマティックレビューおよびメタ解析による結果で、これまでPICCと静脈血栓塞栓症リスク増大との関連は知られていたが、他のCVCと比べてどれほどのリスクがあるのかは明らかにされていなかった。結果を踏まえて著者は、「PICCを用いるかどうかの判断は、デバイスがもたらすベネフィットと血栓症のリスクを十分に推し量って検討すべきである」と結論している。Lancet誌オンライン版2013年5月20日号掲載の報告より。システマティックレビューおよびメタ解析でPICCとその他CVCのリスクを比較 研究グループは、静脈血栓塞栓症のリスクについて、PICCとその他CVCとの関連を比較するシステマティックレビューおよびメタ解析を行った。 Medline、Embase、Biosis、Cochrane Central Register of Controlled Trials、Conference Papers IndexおよびScopusなど複数のデータベースにて文献検索を行い、手動による参考文献とインターネット探索も行った。また、未公表データについて論文執筆者と連絡をとり入手した。 適格とした試験は、全文、アブストラクトあるいはポスター形式で発表されたすべてのヒト対象試験で、18歳以上成人がPICCを受けていたすべての試験とした。比較群のない試験に関しては、PICCを受けた患者における静脈血栓塞栓症のプール発生頻度を算出した。PICCとその他のCVCを比較した試験については、ランダムエフェクトメタ解析にてサマリーのオッズ比[OR]を算出した。PICCのオッズ比は2.55、肺塞栓症イベントはみられず 文献533件のうち、64試験(比較群あり12試験、なし52試験)・2万9,503例が適格条件を満たし解析に組み込まれた。 無比較群試験において、PICC関連の深部静脈血栓症の頻度は、重篤な疾患患者で最も高く(13.91%、95%信頼区間[CI]:7.68~20.14)、がん患者でも高かった(6.67%、同:4.69~8.64)。 11試験のメタ解析の結果、PICC関連の深部静脈血栓症リスクは、その他CVC関連と比べて有意に高かった(OR:2.55、95%CI:1.54~4.23、p<0.0001)。しかし、肺塞栓症リスクの増大はみられなかった(イベント発生なし)。 ベースラインでのPICC関連の深部静脈血栓症率2.7%とプールOR 2.55から求めた、CVCと比較した有害事象発生に必要な処置数(NNH)は26(95%CI:13~71)であった。■「深部静脈血栓症」関連記事下肢静脈瘤で深部静脈血栓症のリスク約5倍/JAMA

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明日の記憶【アルツハイマー型認知症】[改訂版]

「おれがおれじゃなくなっても平気か?」みなさんにとって、認知症の人にかかわるのは、大変なことでしょうか?それでは、認知症になった人自身はどんな気持ちなのでしょうか?私たちは、認知症ではないので、正直なところ、実体験はありません。ただ、想像を膨らませることはできます。そのために、今回、映画「明日の記憶」を取り上げます。主人公は、忘れていくことや分からなくなっていく中で、妻に訊ねます。「おれがおれじゃなくなっても平気か?」と。この映画は、認知症になり自分が自分でなくなってしまう恐怖と受容が、主人公の目線で描かれています。そんな主人公や彼を支える妻の生き様に、私たちは強く共感し、考えさせられます。それでは、認知症が進んでいく主人公の目から見た世界を追いながら、認知症について学んでいきたいと思います。前駆期―認知症の一歩手前主人公の佐伯は、49歳の広告会社のサラリーマン。働き盛りの中年というどこにでもいそうな男性で、そして舞台はどこにでもありそうな会社と家庭です。男として仕事に油が乗ってきているさなか、身の回りで今まで決してなかったことが次々と彼の身に降りかかります。まず、会社でのシーン。「え~名前、何て言ったかな・・・」「丸メガネで、髭生やした、ほら」と、別部署の親しい知人の名前が思い出せません(語健忘)。私たちも、人の名前を度忘れすることがありますが、それはあくまであまり親しくない人が相手の場合であり、親しい人の名前が思い出せないことはあまりありません。また、佐伯は広告会社の営業部長であるにもかかわらず、有名な外国人俳優の名前が出てこなくなります。部下から「(おっしゃりたいのは)ディカプリオ?」と聞かれて、「『デカ』プリオ」と言い間違え(錯語)、周りからからかわれてしまいました。さらに、佐伯は、会社の得意先との仕事の打ち合わせをすっぽかしてしまいます。しかもその約束をしたことすら覚えていない事態が起こったのです。こんなことは今までになく、「年のせいか」「50を迎えるというのはこういうことなのか」と考え、焦りと諦めが入り混じります(病識)。このように、年齢と比べて記憶力が極端に落ちてきている(記憶力低下)、自覚がある(病識)、その他の精神活動(認知機能)や日常生活動作(ADL)に問題がない状態(軽度認知機能障害<MCI>)は、認知症の一歩手前(前駆期)と呼ばれています。初期症状―認知症のなりかけ佐伯は、車のキーを置き忘れたり、通り慣れている高速道路の出口を見過ごしてしまうなど、ぼうっとすることが目立つようになります(抑うつ)。また、頭痛、めまい、だるさなどの体の不調もあり、いら立っています(不安焦燥)。これは、認知症のなりかけの特徴です(初期症状)。もちろん、過労や飲酒の影響もありそうです。また、うつ病と誤診されることもよくあります。そんな彼の異変を身近で見ていた妻は、さらに気付きます。彼は、毎回、シェービングクリームを買ったことを覚えておらず(健忘、記憶障害)、洗面所にいくつも貯め込んでいたのです。そして、心配した妻に連れられ病院に行きます。佐伯はサラリーマンとしてのプライドがあるだけに、診察した医者の前で何の問題もないように振る舞ってしまいます。しかし、認知症のスクリーニング検査(改訂長谷川式簡易知能評価スケール)で、ついさっき聞いたことや見たことを思い出せないことが判明します(即時記憶障害)。この検査は30点満点で20点未満であれば認知症が疑われますが、主人公は19点でした(表1)。表1 主人公・佐伯の長谷川式の結果質問内容評価項目配点(1)お歳はおいくつですか?(※2歳以内までの誤差は正解)(2)今日は何年何月何日ですか?何曜日ですか?(3)ここはどこですか?家?、病院?、施設?の問いに正解したら1点。 時間見当識場所見当識1/14/42/2(4)次の言葉を言ってください。後でまた聞きますのでよく覚えておいてください。AかBのどちらかとする。A. (a)桜(b)電車(c)猫 / B. (a)梅(b)犬(c)自動車   言語性記銘   3/3(5)100から7を引いてください(100-7=?)。そこから7を引くと? (※最初の問題が不正解→打ち切り) 計算1/11/1(6)これから言う数字を後ろから(逆に)言ってください。2-7-4 ? 8-3-5-9 ? (※最初の問題が不正解→打ち切り)逆唱注意/集中1/11/1(7)先ほどの3つ言葉を言ってください。次のヒントで正解した場合はそれぞれ1点とする。(a)植物(b)乗り物(c)動物  遅延再生1/21/21/2(8)これから5つの品物を見せます。それを隠しますので何があったか言ってください。例、ハンカチ、コイン、腕時計、ペン、名刺  視覚性記銘  2/5(9)野菜の名前をできるだけ多く言ってください。5つ以下→0点、 6つ→1点、7つ→2点、8つ→3点、9つ→4点、10つ→5点  流暢性  0/5合計点19/30悪い知らせ(告知)の伝え方―間(ま)と共感その後、精密検査が進められます。頭の中の画像写真(MRI)で記憶を司る海馬を中心とした全体的な脳の縮み(全般性脳萎縮)が見られます。さらに、脳血流の検査(SPECT)では、脳のある部分(後部帯状回)が著しく血の巡りが悪くなっていることが確認できました。日常生活上の問題(臨床症状)、スクリーニング検査、精密検査を総合的に判断の上、アルツハイマー病(アルツハイマー型認知症)と診断されます。主治医は、「アルツハイマー病で間違いありません」と、裁判官が審判を下すように、険しい表情ではっきりと言います(審判的態度)。そして、矢継ぎ早に今後の方針を早口でまくしたてています。一般的に、患者は、悪い知らせ(告知)を聞いた時、2つのパターンの反応をします。ショックの余りに呆然として人ごとのようにして話を聞いていないパターンと(否認)、「どうしておれが!?」と込み上げた怒りで主治医に八つ当たりするパターンです(怒り)。この主治医の態度は佐伯の怒りを逆なでしているのが生々しく描かれています。佐伯は、主治医に「おまえいくつなんだ?」「医者になって何年になる?」「慣れちゃったんだよな」と絡んでいきます。主治医は、律儀に質問に答え、すかさず「セカンドオピニオンを勧めるのは・・・」と話を続けます。もしかしたら、主治医は緊張していたのかもしれません。その後、佐伯は、「病気のことは分かっても、それを言われる奴の気持ちのことなんて考えたことないだろ!」と吐き捨てます。この告知のシーンから学ぶことができるのは、まずは告知された時の患者の気持ちを受け止めることの大切さです(受容)。そのために、必要なことは、2つです。1つは、間(ま)を置くことです。「とても大切な話があります」「大変残念なのですが」と前置きをして相手に心の準備をさせたり、理解が進んでいるかを相手の表情を見ながら確認することです。もう1つは、共感することです。険しい表情をするのではなく、やや申し訳なさそうな表情をして、相手の心に寄り添うことです。受容と家族の支えアルツハイマー病と告知された後も、佐伯はその現実を受け止められず、あまりのショックで取り乱し、思わず屋上に上がりフェンスを越えて、衝動的に飛び降り自殺しようとします。なぜなら、会社で大きな仕事を任された大事な時期であり、そのギャップに耐えられなかったからです。一般的に、認知症の発病年齢は、70代です。つまり、自分の子どもが巣立ち退職年齢を過ぎてしばらく経ってからというタイミングです。佐伯のように65歳未満で発症した場合(若年性)は、単に年齢が若いというだけでなく、体力的には健康であり、仕事をし、家族の中でまだまだ中心的な役割を担っており、本人にとってまだやり残したことが多すぎるのです。やれると思っていたことが、少しずつやれなくなっていく恐怖や苦しみから絶望的になるのです。追いかけてきた主治医が佐伯に言い諭します。「死ぬということは、人の宿命です」「でもだからと言って何もできないわけではありません」「僕にはできることがある」「自分にできることをしたい」と。それは、同時に佐伯にも当てはまるメッセージでもありました。まさに「できること」が刻々と限られていく佐伯にとって、その瞬間、その瞬間を精一杯生きることが自分らしさであることに気付かせてくれます。「もし今までの自分が消えてしまうのなら、何かを残したい」と。若年性での発病ならではの発想です。生きた証が欲しいのです。佐伯は妻に問いかけます。「ゆっくり死ぬんだよ」「おれがおれじゃなくなっても平気か?」と。妻は「私だって恐い」「家族だもの」「私がずうっとそばにいます」と言い、寄り添います。夫婦など家族の支えの頼もしさを感じます。病気に対して一丸となって向き合うことで、夫婦の愛と絆を確認し合い、夫婦の結束が生まれ、主人公は勇気付けられます。中核症状―中核となる症状(表2)認知症には、まず、中核となる症状(中核症状)があります。これには、主に5つのポイントがあります。佐伯の症状を例にとって、見ていきましょう。1つ目は、もの忘れ(健忘、記憶障害)です。会社のロビーを歩いていた彼は急に立ち止まり、自分が何をしているのか見当がつかなくなります。そして、ポケットの中に入っていた「10月29日(金)退社」のメモで我に返るシーンがあります。今がいつでここがどこなのかという時間や場所の見当がつかなくなってきます(見当識障害)。進行すると、ある出来事の一部分ではなく、丸ごと忘れてしまいます(記憶の抜け落ち)。忘れている自覚(病識)がなく、つまり「忘れていることを忘れている」状態に陥っています。「忘れたことを覚えている」という度忘れやうっかり忘れ(不注意)ではないのです。そして、忘れる内容は、最近の出来事から(近時記憶障害)、徐々に昔へと遡っていくのです(遠隔記憶障害)。2つ目は、言葉がちゃんと出なくなり、うまく話せなくなることです(失語)。主人公は会話の中で、たびたび人やものの名前が出てこなくなり、指示も「あれ」「それ」などの代名詞が多くなっていきます(語健忘)。また、前述の「『デカ』プリオ(ディカプリオ)」に加えて、ラストシーンで登場する陶芸の師匠が発した「『パラ』ライス(パラダイス)」などの言い間違え(錯語)も当てはまります。症状が進めば、やがて無言になっていきます。3つ目は、体の動かし方が分からなくなることです(失行)。彼は、携帯ストラップの先のヒモを携帯電話の本体のヒモ穴に入れられず、不器用になっています(運動失行)。また、歯磨きの仕方が分からなくなり(観念失行)、妻の歯磨きのマネをしています。症状が進めば、やがて、動くことをやめて、寝たきりになります(無動)。4つ目は、人やものごとの認識ができなくなることです(失認)。前半のシーンで、彼が部下と行った食堂で、見慣れた部下たちの顔が一時的に分からなくなっています(相貌失認)。また、通勤で使う駅付近の見慣れた街並みに違和感を抱いて、迷子になります(街並み失認)。ちょうど私たちにとって外国人の顔や外国の街並み、外国語の文字の区別がしづらいように、全てが見慣れない顔や景色として目に映ってしまうのです。症状が進めば、顔、街並み、色彩、文字などのあらゆる違いが分からなくなっていき、人やものごとが全て同じように見えていきます。5つ目は、計画を立ててやり遂げられなくなること(実行機能障害)です。彼は、電車に乗って遠出するなどの計画を立てることが自分だけでは困難になっていました。表2 主人公・佐伯の認知症の経過軽度認知機能障害認知症前駆期初期中期後期年齢49歳~51歳~55歳~病識ありなし中核症状記憶力低下記憶障害(即時記憶→近時記憶→遠隔記憶)失語(語健忘、錯誤)失行(運動失行、観念失行)失認(相貌失認、街並み失認)実行機能障害無言寝たきり(無動)周辺症状なし抑うつ不安焦燥錯覚、幻覚、せん妄、徘徊、妄想、感情失禁、攻撃性、パーソナリティ変化ADL自立部分介助全介助周辺症状―中核症状から広がっていく症状(表2)もう1つの認知症の症状は、中核症状から広がっていく症状です(周辺症状)。これは、認知症が進むことにより、脳の働きが弱まるので、全ての精神症状が起こり得ます。佐伯の症状を例にとって、見ていきましょう。佐伯は、会社の会議でプレゼンをしている、ある部下の顔が白黒で見慣れない顔に歪んで見えてしまい(錯視、錯覚)、戸惑っています。また、会社内を歩いていると、急に、見えている世界が歪んでいきます。これは、脳の働きが弱まっていることで、意識(意識の量)が落ちていき、見ている世界が暗く、曇って、もやもや濁ってしまいやすくなる状態です(意識レベルの低下)。さらに、会社の人たちが全員自分を見て何やらヒソヒソ話しているように見えたり(錯覚)、いるはずのない妻や娘の婚約者が何人も出てきたり、高校生の娘や小学生の娘が現れて話しかけられたり、自分自身が現れ、話しかけられたりします(幻覚)。これは、意識レベルの低下から、意識(意識の質)が揺らいでまどろみ、寝ぼけたように白昼夢を見ているような状態です(せん妄)。主人公の目線で描かれているため、その時の恐怖感が生々しいです。★意識(意識の量)がさらに落ちていけば、意識を失うので、せん妄はなくなります。中期の症状佐伯は、認知症が発病して2年が経った51歳の頃から、さらに様々な症状が出てきます(中期の症状)。ネクタイを締めて「今日、会議あるから」と会社に行こうとして、近所をうろうろするようになります(徘徊)。その後、生活費のために妻が働き出しますが、彼は「お前、誰と会ってるんだ?外で」「誰かいい奴、いるんだろ」と妻に迫ります。これは嫉妬の思い込みです(嫉妬妄想)。そして、「こんな男でゴメンな」と泣きじゃくります(感情失禁)。やがて、彼は、表情も乏しくなり、目つきも変わっていきます。そして、妻の前でぼやきます。「邪魔だったら言ってくれよ」「なあ、オレ、生きてるだけで迷惑なんだろ」「オレの病気が嫌だったら出てけよ」と。それに妻がつい感情的に言い返すと、気が付いた時には、彼は角皿で妻の頭を殴り、流血させてしまっていたのでした(攻撃性)。このように、病状が進むにつれて、人格(パーソナリティ)そのものが変わってしまうのです(パーソナリティ変化)。治療―かかわり方のコツ佐伯は、進行を遅らせる抗認知症薬の内服を始めました(薬物療法)。また、日記をつけたり手先を使う陶芸をしたりするなどして、脳への刺激を高めています(認知症リハビリテーション)。妻が感情的に巻き込まれてしまったために、彼が暴力を振るってしまうシーンでは、彼と妻は家では2人きりで、感情的に巻き込まれるリスクがあることが分かります。このように、感情的に接すること、抱え込むことは、本人の感情を煽って病状を悪くさせるだけでなく、家族を心理的に追い込むことにもなることということがよく分かります。その直後に、妻は彼と自分自身に「あなたのせいじゃない」「あなたの病気がやったことなの」と冷静に言い聞かせようとします(客観化)。逆に言えば、かかわる家族が客観的になれるかで、本人の病状を落ち着かせられるかが変わってきます。本人ができるという自尊心が守られ、自分の居場所があると実感することで、暴力などの周辺病状が落ち着くのです。本人が戸惑わないように、家の至るところに張り紙をして、指示を分かりやすくすることも効果があります。「おれがおれじゃなく」なった瞬間佐伯は、かつて妻にプロポーズした思い出の陶芸の窯の場所に、昔の妻の幻覚に導かれながら彷徨い着きます。昔に過ごした場所は覚えており、思い出の場所まで辿りつくことができるのでした。そこには、若かりし頃の自分や妻の幻覚がいます。そこで再会を果たした陶芸の窯主の師匠も認知症を患っており、佐伯よりも認知症の症状が進んでいました。しかし、山小屋での独り暮らしを続け、陶芸のやり方は覚えています。そして、佐伯は師匠の指導を受け、野焼きで陶器を完成させます。熱せられて醸成された器は、あたかも血流の低下により縮んでしまった主人公の脳に重なり、施設での彼の寝たきりのシーンでは、その器には妻により温かいお茶が注がれているのが象徴的でした。師匠は力強く言い放ちます。「わしはボケてなんかおらんぞ」「そんなことはおれが決める!」「生きてりゃいいんだよ」と。そして、焚き火で焼いた玉ねぎを主人公に振る舞います。主人公が焼けた玉ねぎを丸ごと食べる様子は、自然に帰り素朴に生きる力強さや喜びに溢れています。それは、主人公がかつて勤めていた会社が求めていたようなスピード、効率、生産性が求められる世界とは真反対です。現代の情報化社会で求められている価値観に警鐘を鳴らしているようです。まるで、老いることへの現代の価値観が認知症の患者を作り上げ、彼らを追いやっているような感覚にさえ囚われてしまいます。そして、ついに捜索にやってきた妻を目の前にして、もはや妻が妻であると分からず、25年間連れ添った妻に対して自己紹介します。その姿は、妻にとってまさに彼が「おれがおれじゃなく」なった瞬間でした。さらに認知症が進んだことを物語っています。悲しくもありますが、同時にまた彼が妻を立ち止まって待っている様子からすると、それは、彼の心の中では妻との思い出が丸ごとなくなり、ちょうど妻に出会う若い頃に若返り、また一から好きになり始めているということをほのめかしているようです。経過―赤ちゃん返りこの映画では、月日が経つにつれて、佐伯が、精神的に少しずつ赤ちゃんに帰っていく様子が描かれています(赤ちゃん返り)。孫娘には、すでに遊びの主導権を握られています。庭に植えられた木を見つめているシーンは、まるで彼が植物に変わりゆくのを悟っているようにも見えます。日差しが心地良く、雨が嬉しいようです。アルツハイマー型認知症の原因ははっきりとは分かっていませんが、脳細胞の変性と言われ、一度発病すると脳細胞がどんどん死んでいき、それに従って脳は縮んでいきます。進行には個人差がありますが、生存年数はだいたい5年~10年です。彼の場合は、発病から6年で、55歳にして、ほぼ寝たきりになっていました(後期の症状)。傍らに、孫娘の成長の写真が飾られていますが、孫の成長と彼の病気の進行は、絶妙なコントラストになっています。写真に映る6歳の孫がピアノ発表会で生き生きとしているのに対して、安らかな表情でほとんど動かない彼はもはや眠り続ける赤ちゃんです。もう認知症が進むことに苦悩することもありません。「明日の記憶」というタイトルは逆説的です。私たちも主人公の立場に立ち、いろいろなことを忘れて行き、自分が忘れて行くという運命を受け止めた時に、最後に忘れてはならないものを考えさせられます。記憶とは、自分だけのものではありません。それは、自分と相手とを結び付け、さらには、分かち合い信頼し合うことを通して、自分が相手の中で生き続けるものでもあります。そして、その記憶こそが、「明日の記憶」であると言えるのではないでしょうか?1)「明日の記憶」(光文社文庫) 萩原浩 20072)「標準精神医学」(医学書院) 野村総一郎 2010

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基準通り抗がん剤を投与したにもかかわらず副作用で急死した肺がんのケース

癌・腫瘍最終判決判例時報 1734号71-82頁概要息切れを主訴としてがん専門病院を受診し、肺がんと診断された66歳男性。精査の結果、右上葉原発の腺がんで、右胸水貯留、肺内多発転移があり、胸腔ドレナージ、胸膜癒着術を行ったのち、シスプラチンと塩酸イリノテカンの併用化学療法が予定された。もともと軽度腎機能障害がみられていたが、初回シスプラチン、塩酸イリノテカン2剤投与後徐々に腎機能障害が悪化した。予定通り初回投与から1週間後に塩酸イリノテカンの単独投与が行われたが、その直後から腎機能の悪化が加速し、重度の骨髄抑制作用、敗血症へといたり、化学療法開始後2週間で死亡した。詳細な経過患者情報12年前から肥大型心筋症、痛風と診断され通院治療を行っていた66歳男性経過1994年3月中旬息切れが出現。3月28日胸部X線写真で胸水を確認。細胞診でclass V。4月11日精査治療目的で県立ガンセンターへ紹介。外来で諸検査を施行し、右上葉原発の肺がんで、右下肺野に肺内多発転移があり、がん性胸膜炎を合併していると診断。5月11日入院し胸腔ドレナージ施行、胸水1,500mL排出。胸膜癒着の目的で、溶連菌抽出物(商品名:ピシバニール)およびシスプラチン(同:アイエーコール)50mgを胸腔内に注入。5月17日胸腔ドレナージ抜去。胸部CTで胸膜の癒着を確認したうえで、化学療法を施行することについて説明。シスプラチンと塩酸イリノテカンの併用療法を予定した(シスプラチン80mg/m2、塩酸イリノテカン60mg/m2を第1日、その後塩酸イリノテカン60mg/m2を第8日、第15日単独投与を1クールとして、2クール以上くり返す「パイロット併用臨床試験」に準じたレジメン)。医師:抗がん剤は2種類で行い、その内の一つは新薬として承認されたばかりでようやく使えるようになったものです。副作用として、吐き気、嘔吐、食欲低下、便秘、下痢などが生じる可能性があります。そのため制吐薬を投与して嘔吐を予防し、腎機能障害を予防するため点滴量を多くして尿量を多くする必要があります。白血球減少などの骨髄障害を生じる可能性があり、その場合には白血球増殖因子を投与します患者:新薬を使うといわれたが、具体的な薬品名、吐き気以外の副作用の内容、副作用により死亡する可能性などは一切聞いていない5月23日BUN 26.9、Cre 1.31、Ccr 40.63mL/min。5月25日シスプラチン80mg/m2、塩酸イリノテカン60mg/m2投与。5月27日BUN 42.2、Cre 1.98、WBC 9,100、シスプラチンによる腎機能障害と判断し、輸液と利尿薬を継続。6月1日BUN 74.1、Cre 2.68、WBC 7,900。主治医は不在であったが予定通り塩酸イリノテカン60mg/m2投与。医師:パイロット併用臨床試験に準じたレジメンでは、スキップ基準(塩酸イリノテカンを投与しない基準)として、「WBC 3,000未満、血小板10万未満、下痢」とあり、腎機能障害は含まれていなかったので、予定通り塩酸イリノテカンを投与した。/li>患者:上腹部不快感、嘔吐、吃逆、朝食も昼食もとれず、笑顔はみせるも活気のない状態なのに抗がん剤をうたれた。しかもこの日、主治医は学会に出席するため出張中であり、部下の医師に申し送りもなかった。6月3日BUN 67.5、Cre 2.55、WBC 7,500、吐き気、泥状便、食欲不振、血尿、胃痛が持続。6月6日BUN 96.3、Cre 4.04、WBC 6,000、意識レベルの低下および血圧低下がみられ、昇圧剤、白血球増殖因子、抗菌薬などを投与したが、敗血症となり病態は進行性に悪化。6月8日懸命の蘇生措置にもかかわらず死亡。当事者の主張患者側(原告)の主張1.シスプラチンと塩酸イリノテカンの併用投与当時は副作用について十分な知識がなく、しかも抗がん剤使用前から腎機能障害がみられていたので、腎毒性をもつシスプラチンとの併用療法はするべきではなかった2.塩酸イリノテカンの再投与塩酸イリノテカン再投与前は、食欲がなく吐き気が続き、しかも腎機能が著しく低下していたので、漫然と再投与を行ったのは過失である。しかも、学会に出席していて患者の顔もみずに再投与したのは、危険な薬剤の無診察投与である2.インフォームドコンセント塩酸イリノテカン投与に際し、単に「新しい薬がでたから」と述べただけで、具体的な薬の名前、併用する薬剤、副作用、死亡する可能性などについては一切説明なく不十分であった。仮にカルテに記載されたような説明がなされたとしても、カルテには承諾を得た旨の記載はない病院側(被告)の主張1.シスプラチンと塩酸イリノテカンの併用投与シスプラチン、塩酸イリノテカンはともに厚生大臣(当時)から認可された薬剤であり、両者の併用療法は各臨床試験を経て有用性が確認されたものである。抗がん剤開始時点において、腎機能は1/3程度に低下していたが、これは予備能力の低下に過ぎず、併用投与の禁忌患者とされる「重篤な腎障害」とはいえない2.塩酸イリノテカンの再投与塩酸イリノテカン研究会の臨床試験実施計画書によれば、2回目投与予定日に「投与しない基準」として白血球数の低下、血小板数の低下、下痢などが記載されているが、本件はいずれにも該当しないので、腎機能との関係で再投与を中止すべき根拠はない。なお当日は学会に出席していたが、同僚の呼吸器内科医師に十分な引き継ぎをしている2.インフォームドコンセント医師は患者や家族に対して、詳しい説明を行っても、特段の事情がない限りその要旨だけをカルテに記載し、また、患者から承諾を得てもその旨を記載しないのが普通である裁判所の判断1. 腎機能悪化の予見可能性抗がん剤投与前から腎機能障害が、シスプラチンの腎毒性によって悪化し、その状態で塩酸イリノテカンの腎毒性によりさらに腎機能が悪化し、骨髄抑制作用が強く出現して死亡した。もし塩酸イリノテカンを再投与していなければ、3ヵ月程度の余命が期待できた。2. 塩酸イリノテカンの再投与塩酸イリノテカン再投与時、腎機能は併用療法によって確実に悪化していたため、慎重に投与するかあるいは腎機能が回復するまで投与を控えるべきであったのに、引き継ぎの医師に対して細かな指示を出すことなく、主治医は学会に出席した。これに対し被告はスキップ基準に該当しないことを理由に再投与は過失ではないと主張するが、そもそもスキップ基準は腎機能が正常な患者に対して行われる併用療法に適用されるため、投与直前の患者の各種検査結果、全身状態、さらには患者の希望などにより、柔軟にあるいは厳格に解釈する必要があり、スキップ基準を絶対視するのは誤りである。3. インフォームドコンセント被告は抗がん剤の副作用について説明したというが、診療録には副作用について説明した旨の記載はないこと、副作用の説明は聞いていないという遺族の供述は一致していることから、診療録には説明した内容のすべてを記載する訳ではないことを考慮しても、被告の供述は信用できない。原告側合計2,845万円の請求に対し、536万円の判決考察本件のような医事紛争をみるにつけ、医師と患者側の認識には往々にしてきわめて大きなギャップがあるという問題点を、あらためて考えざるを得ません。まず医師の立場から。今回の担当医師は、とてもまじめな印象を受ける呼吸器内科専門医です。本件のような手術適応のない肺がん、それも余命数ヵ月の患者に対し、少しでも生存期間を延ばすことを目的として、平成6年当時認可が下りてまもない塩酸イリノテカンとシスプラチンの併用療法を考えました。この塩酸イリノテカンは、非小細胞肺がんに効果があり、本件のような腺がん非切除例に対する単独投与(第II相臨床試験;初回治療例)の奏効率は29.8%、パイロット併用試験における奏効率は52.9%と報告されています。そこで医師としての良心から、腫瘍縮小効果をねらって標準的なプロトコールに準拠した化学療法を開始しました。そして、化学療法施行前から、BUN 26.9、Cre 1.31、クレアチニンクリアランスが40.63mL/minと低下していたため、シスプラチンの腎毒性を考えた慎重な対応を行っています。1回目シスプラチンおよび塩酸イリノテカン静注後、徐々に腎機能が悪化したため、投与後しばらくは多めの輸液と利尿薬を継続しました。その後腎機能はBUN 74.1、Cre 2.68となりましたが、初回投与から1週間後の2回目投与ではシスプラチンは予定に入らず塩酸イリノテカンの単独投与でしたので、その当時シスプラチン程には腎毒性が問題視されていなかった塩酸イリノテカンを投与することに踏み切りました。もちろん、それまでに行われていたパイロット併用試験におけるスキップ基準には、白血球減少や血小板減少がみられた時は化学療法を中止しても、腎障害があることによって化学療法を中止するような取り決めはありませんでした。したがって、BUN 74.1、Cre 2.68という腎機能障害をどの程度深刻に受け止めるかは意見が分かれると思いますが、臨床医学的にみた場合には明らかな不注意、怠慢などの問題を指摘することはできないと思います。一方患者側の立場では、「余命幾ばくもない肺がんと診断されてしまった。担当医師からは新しい抗がん剤を注射するとはいわれたが、まさか2週間で死亡するなんて夢にも思わなかったし、副作用の話なんてこれっぽっちも聞いていない」ということでしょう。なぜこれほどまでに医師と患者側の考え方にギャップができてしまったのでしょうか。さらに、死亡後の対応に不信感を抱いた遺族は裁判にまで踏み切ったのですから、とても残念でなりません。ただ今回の背景には、紛争原因の一つとして、医師から患者側への「一方通行のインフォームドコンセント」が潜在していたように思います。担当医師はことあるごとに患者側に説明を行って、予後の大変厳しい肺がんではあるけれども、できる限りのことはしましょう、という良心に基づいた医療を行ったのは間違いないと思います。そのうえで、きちんと患者に説明したことの「要旨」をカルテに記載しましたので、「どうして間違いを起こしていないのに訴えられるのか」とお考えのことと思います。ところが、説明したはずの肝心な部分が患者側には適切に伝わらなかった、ということが大きな問題であると思います(なお通常の薬剤を基準通り使用したにもかかわらず死亡もしくは後遺障害が残存した時は、医薬品副作用被害救済制度を利用できますが、今回のような抗がん剤には適用されない取り決めになっています)。もう一つ重要なのは、判決文に「患者の希望を取り入れたか」ということが記載されている点です。本件では抗がん剤の選択にあたって、「新しい薬がでたから」ということで化学療法が始まりました。おそらく、主治医はシスプラチンと塩酸イリノテカンの併用療法がこの時点で考え得る最良の選択と信じたために、あえて別の方法を提示したり、個々の医療行為について患者側の希望を聞くといった姿勢をみせなかったと思います。このような考え方は、パターナリズム(父権主義:お任せ医療)にも通じると思いますが、近年の医事紛争の場ではなかなか受け入れがたい考え方になりつつあります。がんの告知、あるいは治療についてのインフォームドコンセントでは、限られた時間内に多くのことを説明しなければならないため、どうしても患者にとって難解な用語、統計的な数字などを用いがちだと思います。そして、患者の方からは、多忙そうな医師に質問すると迷惑になるのではないか、威圧的な雰囲気では言葉を差し挟むことすらできない、などといった理由で、ミスコミュニケーションに発展するという声をよく聞きます。中には、「あの先生はとても真剣な眼をして一生懸命話してくれた。そこまでしてくれたのだからあの先生にすべてを託そう」ですとか、「いろいろ難しい話があったけれども、最後に「私に任せてください」と自信を持っていってくれたので安心した」というやりとりもありますが、これほど医療事故が問題視されている状況では、一歩間違えると不毛な医事紛争へと発展します。こうした行き違いは、われわれすべての医師にとって遭遇する可能性のあるリスクといえます。結局は「言った言わないの争い」になってしまいますが、やはり患者側が理解できる説明を行うとともに、実際に患者側が理解しているのか確かめるのが重要ではないでしょうか。そして、カルテを記載する時には、いつも最悪のことを想定した症状説明を行っていること(本件では抗がん剤の副作用によって死亡する可能性もあること)がわかるようにしておかないと、本件のような医事紛争を回避するのはとても難しくなると思います。癌・腫瘍

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中等度~重症の尋常性乾癬へのインフリキシマブ長期療法、継続的vs.間欠的

 中等度~重症の尋常性乾癬患者に対するインフリキシマブ(商品名:レミケード)治療について、間欠的投与よりも継続的投与のほうが効果的である可能性が、長期延長無作為化試験の結果、報告された。ドイツ・Dermatologikum HamburgのK. Reich氏らによる報告で、「間欠療法群では注射投与に関する重大反応の発生が認められた。中等度~重症の尋常性乾癬患者においては間欠療法を回避すべきであることを示唆するものである」と結論している。British Journal of Dermatology誌オンライン版2013年4月30日号の掲載報告。 長期延長無作為化試験RESTORE2は、RESTORE1の延長試験で、ベースラインで26週間のインフリキシマブ治療を完了し、PASI75(PASIのベースラインスコアから75%以上改善)を達成した患者を組み込んで行われた。 被験者を無作為に1対1の割合で、継続療法群(インフリキシマブ5mg/kgを8週ごと)または間欠療法群(PASI改善率>50%損失までインフリキシマブを投与しない)に割り付け、有効性と安全性について評価した。 主な結果は以下のとおり。・継続療法群には222例が、間欠療法群には219例が割り付けられた。・数量的にいうと、注射投与関連の重大反応は、継続療法群(1/222例、<1%)よりも間欠療法群(8/219例、4%)で多く認められた。・継続療法群のインフリキシマブ曝露の平均期間は40.12週(SD 27.55)、平均投与回数は5.8回(範囲:0~16)であった。間欠療法群は、同22.78週(SD 22.98)、3.4回(0~16)であった。・フォーマルな有効性解析は行われなかったが、数的には52週時点でのPASI 75達成者は継続療法群のほうがより多かった(継続療法群:81/101例・80%、間欠療法群:39/83例・47%)。また、その他いくつかの有効性評価において、同様の傾向が認められた。

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プライマリ・ケアでの肺炎診断、症状と徴候による診断がベスト/BMJ

 プライマリ・ケアにおいて、急性の咳症状から肺炎を予測するには、軽度あるいは重度の患者では症状と徴候に基づくクリニカルルールが最も適していることが、オランダ・ユトレヒト大学医療センターのSaskia F van Vugt氏らによる検討の結果、示された。また、CRP>30mg/Lの至適カットオフ値の情報は診断情報を改善するが、プロカルシトニン(PCT)値は診断には役立たないことも示された。BMJ誌オンライン版2013年4月30日号掲載の報告。肺炎の診断については症状と徴候の精度を検討した試験はあるが、プライマリ・ケアでの適用のエビデンスは乏しかった。一方で、CRPやPCTの検査値を加味した場合の診断精度は不明であった。炎症マーカーは役立つのか予測診断精度を定量化し検証 研究グループは、症状と徴候に選択的炎症マーカーの情報を加えた場合の肺炎の予測診断精度を定量化することを目的とし、2007~2010年にかけて診断的試験を行った。 被験者は、病歴が確認でき、初回診察日に、身体的診察とCRPおよびPCT検査を受けており7日以内に胸部X線を受けていた急性咳症状で来院した患者とした。試験はヨーロッパ12ヵ国のプライマリ・ケアセンターで行われた。 主要評価項目は、その他の臨床情報については知らされなかった放射線専門医により、X線写真のみで肺炎と診断された場合とした。 試験適格患者は3,106例で、そのうち286例は胸部X線写真が紛失または不鮮明等により除外された。残る2,820例の患者について検討された。CRP>30mg/Lは役立つがプロカルシトニン値は役に立たない 2,820例(平均年齢50歳、男性40%)のうち、肺炎を有していたのは140例(5%)であった。1,675例について胸部X線写真の再評価を行った結果、94%(κ:0.45、95%信頼区間[CI]:0.36~0.54)で結果が一致した。 6つの公表されている“症状と徴候のモデル”によってそれらの識別は異なった[ROC曲線下面積範囲:0.55(95%CI:0.50~0.61)~0.71(同:0.66~0.76)]。 本研究患者から導き出された予測のための最適な組み合わせは、「鼻汁は認めない」「息切れがある」「聴診でのクラックルと呼吸音減弱」「頻脈」「発熱」で、ROC曲線下面積は0.70(95%CI:0.65~0.75)であった。 CRP>30mg/Lのカットオフ値情報を加味した場合、ROC曲線下面積は0.77(95%CI:0.73~0.81)に上昇し、診断分類が改善された(ネット再分類改善率28%)。症状、徴候、CRP>30mg/Lで肺炎の“低リスク”(<2.5%)と分類した1,556例において、肺炎の有病率は2%であった。一方、“高リスク”(>20%)と分類した132例における肺炎の有病率は31%であった。肺炎の低・中・高リスクの陽性尤度比はそれぞれ、0.4、1.2、8.6であった。 PCT値の情報は、付加的な診断情報とはならなかった。 症状、徴候、CRP>30mg/Lに基づく簡略化診断スコアと肺炎が結びついた割合は、低・中・高リスク群においてそれぞれ0.7%、3.8%、18.2%であった。

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医師の3割が“僻地医療”に携わった経験あり

 ケアネットは16日、自社で運営するケアネット・ドットコムの医師会員に対し実施した、“僻地医療”に対する意識調査の結果を発表した。本調査では、僻地医療に携わった経験や関心の有無などについて尋ねた。アンケートは2013年4月26日に実施し、1,000人が回答した。 僻地医療に携わった経験を尋ねたところ、全体の63.8%は『携わったことがない』と回答した。現在『常勤で携わっている』が全体の7.5%。パートタイム、巡回、ドクターヘリなど『常勤以外』で携わっている医師が4.8%、「医局からの派遣」などで『以前携わっていた』とした医師は23.9%。全体の3割以上が何らかの形で僻地医療に携わった経験を持つことが明らかとなった。 現在携わっていない(経験者含む)医師に対し、今後の考えを尋ねたところ、『将来的には考えたい』7.9%、『勤務体制次第』12.1%、『待遇次第』14.7%という結果となり、全体の34.7%が検討の可能性があることがわかり、30代以下では48.9%に上った。一方、“携われない”と回答した医師の割合は、30代以下で51.1%、60代以上で76.9%と年代と共に上昇傾向にあった。『全く関心がない』という回答は逆に減る傾向にあり「気持ちはあるが体力がついていかない」など、『関心はあるが携われない』という回答が多くみられた。 また、僻地医療を経験した医師のコメントや寄せられた意見なども、あわせて公開した。「自分には関係ない」「定年後にはアリかな」…“僻地医療”、どうお考えですか?

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「自分には関係ない」「定年後にはアリかな」…“僻地医療”、どうお考えですか?

高齢化が進む日本。過疎化も手伝って、全国各地で増加中なのが「限界集落」です。“人口の50%以上が65歳以上の高齢者となって、冠婚葬祭など社会的共同生活の維持が困難になっている集落”のことだそうですが、こういった地域の増加に伴ってますます重要になっているのが「僻地医療」。身も心もその地に…の“Dr.コトー”のイメージが強い僻地医療、しかし実際はドクターヘリや交代医師派遣、巡回診療など、現地に常駐する以外の形で僻地をサポートしている先生方も多くいらっしゃいます。今回はそんな僻地医療に対する先生のお考えを聞いてみました!コメントはこちら結果概要医師の3割以上が 『僻地医療に携わった経験がある』僻地医療に関する経験を尋ねたところ、全体の63.8%は『携わったことがない』と回答。現在『常勤で携わっている』が全体の7.5%。パートタイム、巡回、ドクターヘリなど『常勤以外』で携わっている医師が4.8%、「医局からの派遣」などで『以前携わっていた』とした医師は23.9%。全体の3割以上が何らかの形で僻地医療に携わった経験を持つことが明らかとなった。30代以下の約半数『条件次第で考えたい』、年を重ねる毎に『関心はあるが携われない』増加現在携わっていない(経験者含む)医師に対し、今後の考えを尋ねたところ、『将来的には考えたい』7.9%、『勤務体制次第』12.1%、『待遇次第』14.7%という結果となり、全体の34.7%が検討の可能性があると回答。30代以下では48.9%に上った。一方、“携われない”と回答した人の割合は30代以下で51.1%、60代以上で76.9%と年代と共に上昇。『全く関心がない』とする人は逆に減る傾向にあり「気持ちはあるが体力がついていかない」など、『関心はあるが携われない』人が多く見られた。若手「都市部でキャリアアップしたい」、中堅 「子供の教育が」、ベテラン「専門科以外自信がない」『携われない/関心がない』と回答した医師にその理由を尋ねたところ、『教育・介護などで住まいを移せない』36.1%、『多忙で余裕がない』32.8%、『開業しているため』27.1%などと続き、『自分が携わる必要があると思わないため』は7.2%であった。若手医師から「僻地ではキャリアアップにつながる仕事ができない」、ベテラン医師からは「医師が少ない中では診療科を問わず広く診る必要があるが、もう自分の専門科以外を診る自信がない」といったコメントが寄せられた。濃密な人間関係、ひとりにかかる重い責任…現状打開の鍵のひとつは“チーム制”携わるにあたってのハードルとして、経験者から「人員・設備不足の中で都市部と同レベルの医療を求められ、訴訟社会の今はリスクが高すぎる」「プライバシーがない・よそ者扱いされるなど人間関係の難しさ」といったことが挙げられた。ひとりの医師に24時間の負担をかけるのではなく、チーム制・輪番・期間限定などの体制を組めば携わる医師が増え、状況が改善するのでは、といった意見も複数見られた。設問詳細現在、全国各地で高齢化が進み、中山間地域・離島を中心とした地方では、過疎化と共に“限界集落”※が増加しているといわれています。※人口の50%以上が65歳以上の高齢者となって、冠婚葬祭など社会的共同生活の維持が困難になっている集落このような状況下、僻地診療所や小規模な病院による医療提供のほかに、診療所と大規模病院の連携・一時的な交代医師派遣・専門医による巡回診療・ドクターヘリの出動なども含めたかたちの“僻地医療”の充実が望まれています。医療分野における“僻地“とは:厚生労働省により『交通条件及び自然的、経済的、社会的条件に恵まれない山間地、離島その他の地域のうち、医療の確保が困難である地域。無医地区、無医地区に準じる地区、僻地診療所が開設されている地区等が含まれる』と定義されていますそこで先生にお尋ねします。Q1.現在、僻地医療に携わっていらっしゃいますか常勤で携わっている常勤以外(パートタイム・巡回・ドクターヘリなど)で携わっている以前携わっていた携わったことがない(「以前携わっていた」「携わったことがない」の回答者のみ)Q2.僻地医療に携わることについて、先生のお考えに近いものをひとつお選び下さい将来的には考えたい勤務体制(期間/曜日限定、要請時のみなど)次第で考えたい待遇(報酬・休息時間など)次第で考えたい関心はあるが携われない全く関心がない(「関心はあるが携われない」「全く関心がない」回答者のみ)Q3.僻地医療に携われない・関心のない理由をお聞かせ下さい(複数回答可)開業しており、自分の交代要員がいないため多忙で他の業務に携わる余裕がないため診療科を問わず総合的な診療を行うことが不安なため自分の専門科の必要性が薄いと思うため設備の充実していない施設での医療提供が不安なため医療技術が遅れないか不安なため住民・風土に馴染めるか不安なため僻地の生活環境で暮らせないと思うため子供の教育・親の介護など、現在の住まいを移せないため自分が携わる必要があると思わないためその他Q4.コメントをお願いします(現在携わっている/以前携わっていた先生はその内容、充実している点・困った点など日々感じることやエピソード、携わっていない先生は理由・懸念点、そのほか僻地医療に関わることであればどういったことでも結構です)2013年4月26日(金)実施有効回答数1,000件調査対象CareNet.com会員コメント抜粋(一部割愛、簡略化しておりますことをご了承下さい)「住民にとっては無医村解消であっても、自分にとっては無医村なのが心配。医療はチームで考えるべき」(青森県,50代,循環器科)「僻地病院で約1週間単位での交代勤務をしている。常勤はやはりつらいと感じる。1週間交代での勤務は、医師によって「先送り診療」が生じ患者さんに不利益が生じることがある。もう少し長いスパンでの交代も望ましいかと思う。」(北海道,40代,産婦人科)「満足できる報酬と住民の理解が得られる事が最低条件。住民が「自分たちの税金で雇っている」という感覚で、いつでも診察を要求したり、生活を見張っていたりするような地域では、医師は居着かないのでは」(宮崎県,50代,循環器科)「赴任に関しては、ある程度の行政指導などの強制力(1-2年間くらい?)が必要なのかも」(福岡県,50代,外科)「僻地の方は病院へ2時間移動はざらですから、診療所が近くにあると喜ばれる。これだけでもやりがいに」(愛知県,50代,麻酔科)「本当に医療を必要に感じている人は自ら都会へ足を運びます。僻地医療という閉鎖的な響きを払拭し、各都市間で横の連携を深めないと、この時代に「あかひげ先生」を奨励してもしょうがないと思う」(北海道,40代,消化器科)「島に一人の医師でした。かなり重圧…」(京都府,50代,内科)「学会専門医や単位がいつとれるのか、維持できるのか?大学におけるインセンティブがとれるのか、不安になったことがあります。そのとき思ったのが交代制。必ず期間を区切ること、将来のキャリアアップにつなげることができれば、地域医療に一時的にかかわるのは悪くないと思いました」(北海道,40代,内科)「基幹病院の立場から協力しています。僻地の先生から無理難題を押し付けられることもありますが、できる範囲でこれからも協力したいと思います」(愛媛県,60代以上,脳神経外科)「東北の沿岸部で常勤。自然が豊かで、ダイビング・釣りなどできる。困ったのは、医師も住民も権利意識が強いこと、医療のレベルが低いこと(正しい医療より、保険点数重視)。今の病院・前の勤め先も津波でえらい目にあったが、楽しく前向きに仕事してます」(岩手県,60代以上,内科)「私のような特殊領域を専門とする医師は僻地の医療機関に常勤医としては不要である。但し、僻地の診療所の非専門医からのコンサルテーションは積極的に受託している。現在は当該医療機関の医師と私の個人的信頼感に基づいているが、公的ネットワーク(病理組織の遠隔診断のような)の構築が必要と思われる。」(京都府,50代,その他)「強制的にやっても無理でしょう。志のある人にやってもらえばいいと思う」(神奈川県,60代以上,消化器科)「広範囲の疾患に対応する必要があり、経験豊富な医師でないと務まらない」(秋田県,50代,内科)「一番の懸念は『一人きりの医師』として拘束される時間。それが解決できれば考える余地はある」(鹿児島県,50代,麻酔科)「期間限定ならかまいません。いろいろなところでの医療に携われるのは経験にもなって良いと思う」(北海道,40代,精神・神経科)「以前携わっていたのは風光明媚な所で、勤務ものんびりしていた。家族としては幸せだったらしいが、キャリアとしてはこのままではだめだという意識が常にあり、結局短期間でそこを離れることになった」(福島県,40代,内科)「定義によっては僻地とみなされない地域で勤務しています。子弟の教育に不利で、ちょっとした研究会への参加が困難。県庁所在地(むしろ医学部所在地か)や中央へ行くことが多く移動で疲労する。食事をする店もありません」(広島県,40代,内科)「非常勤で勤務していた先で、治療が必要な患者さんを診ても送り先を探すのに苦労した。人口も医療資源も少ない地域では現実的にできることは限られるし、勤務のストレスは大きくなる。医局制度があった当時のほうがまだよかったが、もう戻らない」(愛知県,40代,神経内科)「定年退職後、僻地とはいえませんが九州から北海道東部の重症心身障害児施設へ月に1週間けいれん患者の診療に行っています。そもそも重症心身障害児医療に従事する医師が少ない上に道東地区は医師の絶対数が少ない。多くの重症心身障害児を一人の医師が診て、巡回診療もしている。何とかならないかと愚考しています」(大分県,60代以上,小児科)「週2回、へき地のコミュニティーセンターの1室で1時間診療を行なっている。検査は心電図しかないが、患者さんには喜んでもらっています」(香川県,60代以上,循環器科)「常勤。郷里ではありますが、人間関係が濃厚すぎて…」(長崎県,40代,内科)「短期ボランティアで各地に行きます。外からの継続的な支援が、ずっと僻地医療に関わっている医療者の助けになればと」(神奈川県,30代以下,内科)「自分の老後にボランティア感覚で貢献したいとは思うが、現役バリバリのときはキャリアアップにつながる仕事をしたいので僻地医療をしているヒマはない」(京都府,30代以下,呼吸器科)「以前は数年おき交代の派遣で維持されていたが,医局制度の崩壊により片道切符になった」(石川県,40代,循環器科)「僻地医療は24時間の対応が必要でボランティア的な要素が大きい。自分の郷里若しくはお世話になった地域等でなければなかなかモチベーションを保てないのではないか。」(埼玉県,60代以上,内科)「50代後半にもなって僻地で生活したいとは思わない。24時間オンコールのような状態で、患者の転送システムもうまくいっている地域はごくわずかであろう。年収が3倍にでもしてくれないと」(宮城県,40代,内科)「へき地ではないが、田舎での勤務は経験あります。月に1週間、1年くらい通いました。どんな飲食店にいっても顔を知られていて、人々の話を時間的に並べるとその日の自分の行動が丸わかりになる。ちょっとしんどかった1年でした」(京都府,50代,呼吸器科)「僻地で長期間を経れば、現在の医療について行かれなくなり、離任した頃には次の行く先を失ってしまう。一定期間での確実な交代が不可欠であり、全く無関係の医師が行くことも好ましくない。かつてのように、医局単位で同門者から脈々と勤務者が派遣されることは、連続性という意味でも、非常に好ましい制度であったように感じている。」(東京都,50代,呼吸器科)「子供が成長して、一緒にいなくてもよくなれば考えるかも」(神奈川県,40代,小児科)「僻地医療の重症受け入れ機関で働いていたが、かかりつけ医との役割分担が不十分で、何でもかんでも大きな病院という患者が多く、体制づくりが必要と感じた」(千葉県,30代以下,総合診療科)「専門バカになっており、ジェネラリストとしてやっていけるかどうかが不安」(東京都,40代,神経内科)「家族の生活や子供の教育を考えると、一家揃って僻地に赴くことは現時点で不可能。ひとりで一手に引き受けるのも負担が大きく、複数の担当者でチームとして診療に当たれるような体制が望まれる」(福岡県,40代,泌尿器科)「離島での産科医療は、即断即決で常に背水の陣にあり、重圧を常に感じる。特に悪天候の折には、ヘリも高速ボートも使えず覚悟がいる」(佐賀県,60代以上,産婦人科)「以前は大学からのパートで僻地に行っていた。当時より高齢化しており、長期的には都市部に医療資源を集めるべきだと思うので、そちらに計画的に移ってもらうのが理想。それとは別に、医師全員が研修医の時期など一定期間必須で携わるべきだと思う。総合科の医療はそこにあるので勉強になる」(徳島県,40代,消化器科)「以前、僻地の公立病院に勤務。盆と正月は最悪。都会から患者の息子ら帰省、東京並みの医療を求めてクレーム。「しばらく見ないうちにこんなに弱っている。いったい今まで何を管理していたのか!」老親「先生、すみませんねえ」と申し訳なさそうに言うも、お亡くなりになれば、文句を言ってくるのは都会の息子らなので、もうこんな僻地ではやってられないと退職、都会に避難。僻地に住むなら、僻地で提供できる医療の範囲をわきまえてほしい」(大阪府,40代,呼吸器科)「妻帯者が通勤困難な僻地に単身赴任するのは家庭崩壊に繋がる為、独身の医師でないと務まらないと思われる」(宮城県,40代,循環器科)「お手伝いが出来ればいくらでもしたいという気持ちはあるが、かなりの専門性が問われるようになり、大変厳しい時代になっていると思う」(東京都,50代,皮膚科)「そもそも医療に限らず十分なサービスを望むものはそれが充実した地域に移住すべきだと考えています。僻地に住むのは、不便であることを含めて住むということ。よって、医療サービスを無理して僻地に持っていく必要は全くないと思う」(福岡県,40代,皮膚科)「若い時期は自分の能力を向上させるため僻地にとどまることができないと思うし、年をとると体力的に役立つことができなくなるしで、結局僻地医療に従事できなかった。 一度僻地に行くと交代の医師がいない限りやめることができない懸念があるので、派遣の形でも交代医師を確保する体制が必要だと思います。僻地医療の良さもあるはずですので、誰もが一度は経験する機会を制度として組み込むのも良いかと思う」(神奈川県,60代以上,精神・神経科)「5km四方に医療機関はなく救急車もないような山奥の寒村に、短期間ではあったが一人でいた。数十年前の話では参考にもならないだろうが、オートバイで峠を越えての往診で帰路の降雨で峠を越せず、患者宅に戻り車を預けて熊でも出そうな夜の山道を帰ってきて半日を消費し、その間の外来患者さんを診られなかったことや、簡単な手術と思ってもたった一人で実施したことなどを振り返ると、何も起こらなかったのはただ幸運だっただけ。実は冷や汗ものだったので、若気の至りでもなければ出来る事ではない」(東京都,60代以上,産婦人科)「私自身はいい思い出しかありません。住民の方も優しい方が多かったですし、むしろ地域病院で臨床力をつけたと思っています」(和歌山県,50代,内科)「単なる人員確保として高額な給与を提示したり、医学生や研修医の囲い込みを図っているようにしか見えないが、非効率な上に役にたたず、問題だらけだと思う。一番良いのは「経験もあって」「人脈もしっかりしていて」「自分の家族、特に子育てを終了している」一般に定年を過ぎた老人医師でグループを形成し(一人や二人にすべて押し付けるのではなく!)週2~3日程度の勤務であれば、人は集まると思うし実際の役に立つ。資源(老人医師)の有効活用にもなる。そういう勤務なら田舎暮らししようという気になる連中はたくさん知っている。 あとは、過疎地域の社会生活をどうやって成り立たせて行くのか、統廃合するのか、もっと高い視点から俯瞰した行政のビジョンと手腕が必要である。けして小手先の対応策に逃げないでほしい」(長野県,50代,外科)「常勤です。田舎なのでのんびりしてますが、子供を通わせたい進学校は遠く、いずれ息子を下宿させるか、自分が単身赴任するかを選ばなくてはいけなくなっています。 買い物も週に2回車で40分かかるスーパーに行ってますが、更に奥の部落からだと1時間半、救急車が指定病院に到着するまでも同じくらい掛かります」(秋田県,40代,内科)「自分の診療所を閉めたら考えたいが、その時自分は役に立たないかもしれません」(東京都,50代,内科)「僻地にも医師は不足していると思うが、都会でも医師が充実しているところは一部で、現職場では全くの人材不足。また、やはり家族の問題が大きい。自分一人なら良いが、家族も一緒には連れて行けないし離れて暮らすつもりはない」(兵庫県,40代,内科)「僻地医療の充実に必要なコストと僻地に住む人が病院にアクセスできるよう道路整備を行うコストを比較してよりコストパフォーマンスの高い方法を選択すると良いのでは?僻地に常勤医は医療資源の無駄遣いのように思います。医療の不充実などのデメリットを承知の上で住んでいると思う。限られた予算ですべての要求を満たすことは不可能でしょ」(広島県,30代以下,整形外科)「僻地に都市並みの医療機関は必要ない。現状の僻地医療は補助金で運営されているのが現状であり、受益者負担になっていない。一票の格差同様、極めて不平等である」(北海道,40代,内科)「スタッフが多かった頃は離島の応援業務に出ていましたが、今は人数的に不可能です。離島に関しては、常勤を希望するDrが不在の場合は、回り持ちで応援するシステムを構築するのが理想だと思います。」(京都府,50代,産婦人科)「現在常勤である。敷居は高くないので、多くの先生方に積極的に関わって頂きたい」(長野県,50代,呼吸器科)「24時間365日の待機体制。1日外来数100名。有床診で重症者多数。深夜0時以降も毎日のように呼び出され、週1~2回は地域の集会にも呼ばれる。感謝されることもあるが、「当然」と思っている住民が多く、身が持たない。離島の診療所で2年間勤務したが、一時期は医師を辞めることも考えたくらいで、疲弊して帰ってきた。今は地方の病院勤務だが、二度と関わりたくない」(鹿児島県,40代,内科)「放射線治療をずっとやってきたので、大病院での勤務が続いたが、定年退職後は総合診療医としてへき地医療を考えている」(岡山県,60代以上,放射線科)「僻地医療に機会があれば一度は携わりたいと思います。しかし僻地医療に携わるためには総合内科としてのスキルがある程度必要であり、ある程度医療経験が必要であり、若いうちに行くことは難しいと思います。逆に30-40歳になると家庭があり難しい面もあると考えます」(香川県,30代以下,内科)「40才前半で医局より派遣。学位と引き換えでしたが。すべて1人ということで24時間勤務。対応をある程度断らないと自分の体がもたない。自分の体と、家庭、使命感のはざまでした。3~4人で埋めればなんとかなるのだろうが。人件費等を考えると、へき地医療は公立病院の使命ではないか。公費、税金でマイナスを補てんしているのですから。めんどくさいことはすべてお断り、9時~5時ただいるだけというような公立病院は廃止して、その分へき地医療に充てればよい。」(東京都,50代,内科)「家族のため現在は難しいのですが、その状況が変化すれば考えてみたいです。好きな地方があるのでそこへ行きたいです」(東京都,30代以下,泌尿器科)「結局、余所者という立場からは脱却できないのではないかという懸念がある。高待遇で呼ばれても、村長が『自分より高い給料はけしからん』といって待遇が変われば、それらの付加価値はすぐなくなるであろう。それに対して地元民が擁護してくれるとは思えず、結局使い捨てになるのではないか?自然の中でのんびりは幻想だと思う」(滋賀県,40代,小児科)「以前の勤務先で、無医地区での健診を行っていた。その際は自分の専門範囲のみ、1日ずつだったので、大きな支障はなかった。しかし、とかくそうした地域では、一人の医師に広範囲の役割を求められるので、長期にわたって「何でも屋になれ」と言われると、まったく自信がないしお役に立てない。」(北海道,40代,小児科)「山間部のへき地病院に大学から派遣されたことがあるが、給与は自治医大出身の先生の半分以下。同じ仕事をしているのに、とやる気が失われた。公平な対応が必要では」(佐賀県,40代,内科)「現在の職場を辞められないため無理ですが、嫌いではありません。またやってみたい気持ちはあります」(秋田県,40代,外科)「以前関わっていたが、地域住民・行政の理解が得られないことが多々あり、責任の押し付けをされる、協力してもらえない等、精神的に過酷な状況に追い込まれる医療であった」(北海道,40代,循環器科)「僻地において医療だけを充実させることは無理 すべてのインフラに対する投資が必要。投資をしないならば僻地から住民を都市部に移動させるしか選択枝は無い」(京都府,40代,皮膚科)「不定期の診療では、患者さんの変化に応じた医療の提供が難しい」(北海道,50代,泌尿器科)「24時間身をささげる覚悟(在宅死の看取りなど)はないが、慢性疾患の管理であれば考えたい」(熊本県,30代以下,循環器科)「現在携わっており、200床程度の病院、常勤医は18名のみ。小児科医師は私一人でして、限界を感じながらも奮闘中です」(熊本県,60代以上,小児科)「勤務は総合病院ですが、地理的に僻地。一番困るのは、信頼されていないこと。手術適応の患者は都会での手術を希望し、面倒くさい検査やその後の経過観察のみを要求します。そのため、紹介する時は終診として、今後の診察を拒否させてもらっています。医師としての態度が歪んでいると批判されるかもしれませんが、歪みの原因は患者側にもあると思っています」(青森県,40代,泌尿器科)「僻地医療の過疎化は以前からあったが、厚労省主導の新臨床研修制度により、ますますひどくなったのが現実。今や、東京の一人勝ちでしょう?何故各県に一医大を作って行ったのか、その原点に戻るべきじゃないのかな。僻地医療はその延長線上にあるんだから」(千葉県,40代,循環器科)「輪番制で強制的にいく制度を作るしかないと考えます」(北海道,50代,内科)「私は400床程度の急性期病院の院長です。近隣の国保の診療所にて週一度、半日の代診をしています。人口3000人余のこの地域は、地理条件的にへき地とはいえませんが常勤の医師がいません。しかし交通事情が良いので、住民は近郊の町の医療機関にかかっており、診療所を利用する方は多くありません。在宅医療などのニーズ把握が十分でなく、潜在的なニーズ把握調査を行ってくれる保健師などもおらず受身の代診医の限界を感じています。行政に働き掛けていますが、なかなかうまくいきません」(香川県,60代以上,外科)「病院の医師の数が少なく、研究会や講演会、学会などに参加する機会がほとんど与えられなかった。そのあたりの改善がはかられたら、うれしいです。」(大阪府,40代,精神・神経科)「現在の仕事に加えての僻地医療に関しては、まず時間を割くことが困難。 個人で関わるのではなくチームやグループで対応しないと個人の負担があり途中で疲弊してしまうのではないだろうか。現在の医療の実態・限界・経営面なども僻地に暮らす住民も含め相談し検討する必要がありと思われる。」(福岡県,40代,内科)「患者さんも僻地と認識しているので、当院でできる治療であっても、都会に行ってしまう傾向が残念」(北海道,30代以下,内科)「医療のみならず生活を支える様々なインフラの整備が困難となっており、医師・スタッフを派遣すれば問題が解決するわけではないと考える。経済性や効率面などから、居住地の集約化の議論が避けられないのでは」(岡山県,40代,血液内科)「子育てが落ち着き、ある程度の設備が整っていれば、一度は携わってみたいと思う」(三重県,30代以下,眼科)「皮膚科以外は全く診療不能なため、自分は無理」(神奈川県,40代,皮膚科)「できない、やるべきでないのに田舎でも高次医療を求められる」(広島県,40代,内科)「『リタイアしたら考えても良い』『リタイアしたら、もう医療はしたくない』との思いの間で揺れています。しかし実際に赴任するとなると、引っ越しや家族の説得、新たな人間関係の構築など、煩わしいことがいっぱいあるため、なかなか踏み出せないのが実情。そういう思いの高齢の先生方が実は多いのでは?そこをクリアできれば潜在的な供給源はあるようにも思う」(大阪府,60代以上,内科)「僻地医療は専門分野をまたいで様々な疾患を広く浅く診られなくてはいけない。 その点が足かせになっているのではないか」(秋田県,40代,消化器科)「以前過疎地に勤務していた先輩が、地域の政治対立に巻き込まれ辞任せざるをえなくなったのを経験しました。秋田の医師追い出し事件や愛媛での町立病院高給訴訟など、僻地住民が自分の土地に医療を必要としているのか、疑問に感じる事件を多々目にします。必要だと思ってもらえないなら、誰もそんな所に行きたくないのでは」(愛媛県,40代,代謝・内分泌科)「中山間地域の在宅医療に関わっています。今後高齢化が更に進むと病院へ足を運ぶことが困難な患者が更に増えていくため巡回診療等も必要ではないかと考えています」(静岡県,50代,外科)「関わっていた当時(約20年前)に比べると、必要な医療情報の入手は格段に容易となった。都市部の「地域医療」とは異なった独特の魅力を持つ「僻地医療」は、将来の選択肢の一つである」(北海道,50代,整形外科)「僻地医療の限界を、患者や住民、マスコミがある程度理解しないと医師は減り続けると思う。都会の高度医療圏と同じレベルの医療を受けることを当然としている人々が多すぎる」(北海道,40代,循環器科)「僻地にコストをかけて十分な医療を提供するのは国家にとってかなりの負担になる。住民にもしっかり負担させるべき」(長崎県,30代以下,皮膚科)「都市部の多忙な病院勤務で空き時間がないため携われていないし、子供の教育の問題で僻地に赴くことができない 年に何回か1~2週間ずつであれば行ける可能性がある」(兵庫県,50代,外科)「研修医です。将来携わる予定です。日本では在学中にそういう経験をする機会が少ないからか、僻地医療を見下したり興味がないと言い切れる先生が多いことを悲しく思っています」(石川県,30代以下,内科)「以前携わっていたが、とにかくよそ者に対する住民の目がうるさい」(静岡県,50代,呼吸器科)「地方で開業していますが、患者さんのブランド志向や家族の入院施設入所志向は強く、時間外診療とか往診等で苦労しても知らないうちに入院していたり、急に入院目的の紹介を頼まれたりして、自分の時間を削ったのにと思ったりします。心底信頼されるとか金銭になるとかの見返りを求めない方なら良いが、いろいろな意味で僻地診療は困難と思います(政府は在宅在宅といいますが、若い方で親の在宅医療を希望される方は今はごく少数派)」(広島県,50代,内科)「当科の診療には高度な検査機器が必要なため,僻地現場での精査・加療は困難である.むしろ,地域のネットワークでドクターヘリなどが広く準備される環境が望ましいと考える」(石川県,50代,脳神経外科)「奥能登など人口の著しい減少地帯では、もう手遅れではないかと思う。医師の倫理観だけでは何もできない。社会的な対応が必要である。」(富山県,50代,精神・神経科)「時々代診に行くのを楽しみにしています。普段は専門領域のみですが、代診で幅広い領域を診察したり、往診に行ったりするのは医師になった原点を思い出すことにもなりいい経験です。豪雪だと、行き帰りが大変で困りますが」(福井県,40代,循環器科)「携わるべき人材の育成をしないと成り立たない。自治医大が出来た時には各県から2名ずつ程、奨学金を貰って卒業し卒業後は県に戻るとなっていたが、結局お金を払って自分の選んだコースへ進む人が大部分で僻地へは行かない状況です。『僻地医療大学』でも作って、卒業したら20年位は僻地医療への従事義務を負わせる事にでもしないと解決出来ないと思います」(神奈川県,60代以上,泌尿器科)「30年間専門科のみの診療を行ってきており、言ってみれば大学卒業直後の研修医より他の診療科の知識が乏しい。自分の専門科として僻地病院で勤務するのなら可能だろうが、総合診療、一般救急を担当することは困難と考える」(新潟県,50代,産婦人科)「研修医のときに関わりました。結構楽しく充実した日々でしたが、自分の生活もあり長期では出来ないと思いました」(千葉県,30代以下,精神・神経科)「伊豆諸島のひとつに1ヶ月間いた。当時の住民人口約700人プラス観光客に対して、医師は自分一人。診療所の勤務は月曜から土曜の午前中だけであったが、交代の医師が来るまで島に缶詰なので、一人で24時間オンコール体制であった。夜中にステルベンがあったり、緊急でヘリや船をチャーターして患者を本土に送ったりしたときは大変で早く戻りたかったが、のんびりした時間が心地よく、帰る頃には『もう少し居たい」と思うようになった。」(東京都,50代,呼吸器科)「現在常勤。行政や議会が医療崩壊の実態に無理解で、自分たちのこととして考えていない。行政は医療になるべく金をかけまいとし、病院をお荷物であるかのように扱う。 定期的に医師の交替があるのに、住民は「田舎に来る医師は都市部よりレベルが低い」と信じ込んでいる。へき地であっても、コンビニ受診、クレームも多い。開業医は夜間診ないで中核病院に押し付ける。医師偏在があるのに大学は医師を引き上げて都市部へ異動させる」(大分県,50代,外科)「医療に対する目が厳しく、こちらが良しと考え行った治療も、結果が悪ければ訴えられる時代であり、困難な症例の場合、相談する医師のいない僻地ではリスクが大きすぎる。」(兵庫県,50代,代謝・内分泌科)「人口3000人程度の村の診療所に勤務していたが(診療所の2階に居住)、夜間・休日に遠方へ出かけた際、時間外の診察に応じられなかったことがある。特に義務があるわけでもないし、緊急の診察依頼でもなかったが(風邪程度)、拘束されている感じがしてかなりストレスだった。代診も頼めず、研修などを急遽中止したこともある」(鳥取県,40代,内科)「子供の教育を考えると難しい。子供を犠牲にしてまで僻地医療に貢献しなければならない、とは思わない。非常勤で月に何回か手伝いに行くという形でなら,もしくは報酬次第では手伝いに行きたい、という医師は多いだろう」(東京都,30代以下,小児科)「都会で生活している身には正直あまり考えたことない内容でしたが、僻地医療は大切だと思います。ただ、小規模な病院をたくさん作るよりは、基幹病院を充実させ、そことの連携を図る方が重要だと考えます」(大阪府,30代以下,呼吸器科)「地方都市の郊外で開業していますが、当医院より山奥はまさに僻地で、限界集落ばかりです。人口が少なく、医療機関の新規立地は困難。開業医も高齢化しつつあり、医療格差が広がっていると思います。僻地医療にインセンティブでもないとやっていられない」(新潟県,50代,内科)「できれば協力したいと考えている方ですが、休みの予定が全く立たないような勤務は私の年齢では無理です。ある程度の医師のいる施設や、非常勤や外来だけであれば将来的には可能」(熊本県,50代,循環器科)「医療圏に僻地を含んだ総合病院に勤務していた。僻地からの患者は、医療を受けず/受けられず、いよいよ重症という時になってようやく救急車で運ばれてくる、というパターンが多かった」(東京都,30代以下,代謝・内分泌科)「四十数年前に大学の医局から派遣されたことがある。大都会での研修ばかりでなく、制度として昔のように大学から赴任させる制度の復活が望まれる」(兵庫県,60代以上,小児科)「自分の専門性が活かせるとは思うが、家族の理解が得られない」(京都府,50代,総合診療科)「僻地自治体の取り組みに温度差が大きく、すぐに医師が辞めてしまう話を聞きます。地域住民も意識が低いようです。給与を多くすると住民が離れ、安いと誰も赴任してきません。私の元本籍地の現状です」(京都府,50代,産婦人科)「以前に僻地医療を行っていたことがあるが、特権意識がある、あるいは赴任してくる医師を小馬鹿にしたような意識がある方が住民の一部におられる。住民も街の医療機関への志向が強いようであり、医療機関がそこにある必要性がないのであろう」(広島県,50代,脳神経外科)「僻地勤務ですが,地域救急病院への搬送は遠くても40分以内で可能です。加齢と共に勤務は大変になってきましたが、気力のある限りは留まりたいと考えています」(岐阜県,60代以上,内科)「週一回、大学より山奥へ土日の一泊で行っていた。急患の手術必要時は麓まで下ろしていた。空気はうまいし人は温かかった」(徳島県,60代以上,内科)「自分は携わっていませんが、実家がへき地の診療所なので苦労は聞いています。家族含めて住民とその土地の雰囲気に慣れるか、教育レベルを維持できるか、給料格差に対して妬みなど受けないかなど気を使うことが多いようで、自分にはできないなと思います」(埼玉県,50代,代謝・内分泌科)「赴任期間が長くなると、近隣の市中病院との医療レベルの差が顕著に。意識的な自己研鑽の時間が必要になると思う」(青森県,50代,皮膚科)

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