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これまでにない作用の統合失調症治療薬を米国が承認ここ数十年なかった新しい作用機序の統合失調症治療薬Cobenfyが米国で先月末26日に承認されました1,2)。その承認により、統合失調症患者にこれまで処方されてきた薬剤とは一味違う抗精神病薬の使用が同国で可能になります。Cobenfyは神経伝達に携わるコリン作動性受容体の1つであるムスカリン受容体を標的とします3)。それらの受容体を活性化することは幻覚や妄想などの統合失調症を特徴づける症状の源である神経伝達物質ドーパミン放出に影響することが知られています。ムスカリン伝達は認知や感情の処理に携わる脳回路を調節することも知られています。ムスカリン伝達を手入れするCobenfyはそれゆえドーパミン活性の抑制を主とする他の統合失調症治療薬に比べてよりあまねく効果があるようです。Cobenfyの道のりCobenfyの歴史は古く、その始まりは米国の製薬会社Eli Lillyが1990年代の初めにキサノメリン(xanomeline)という化合物の開発を始めたことに端を発します3)。キサノメリンはムスカリン受容体の作動薬です。もっぱらアルツハイマー病患者の記憶の改善を目指して開発が始まりましたが、統合失調症の治療の可能性も検討されていました。幸いキサノメリンはアルツハイマー病患者や統合失調症患者を募った試験で認知機能や精神症状の改善効果を示しました4,5)。しかし、どうやら消化管のムスカリン受容体活性化のせいで、キサノメリン投与群には悪心や嘔吐などの胃腸有害事象が多く生じました。たとえばアルツハイマー病患者342例が参加した試験ではキサノメリン高用量投与群の半数強(52%)が有害事象で脱落しており4)、用量依存的な有害事象はもっぱら胃腸系でした。Lillyは最終的にキサノメリンの開発から手を引くことになります。Lillyが手を引いてからしばらくしてキサノメリンの復活を図る取り組みが始まります。2009年に米国のボストンにバイオテクノロジー企業Karuna Therapeuticsを設立したAndrew Miller氏は、ムスカリン受容体作動薬と脳の外でのその働きを打ち消す化合物を組み合わせた薬なら大した胃腸障害を生じることなく認知や精神症状への有益効果を保てるのではないかと思いつきました。そこでKarunaはLillyから権利を手に入れたキサノメリンと血液脳関門(BBB)を通過しないムスカリン受容体拮抗薬であるトロスピウム(trospium)を組み合わせた薬を作りました。それがCobenfyです。Cobenfyはキサノメリンが胃腸に手出しするのをトロスピウムによって防ぎ、脳に限って作用するようにすることを目指します。その後の臨床試験は順調に進み、最終的に2つの第III相試験(EMERGENT-2とEMERGENT-3)でCobenfyの統合失調症症状改善効果がプラセボを有意に上回りました。陽性・陰性症状評価尺度(PANSS)の合計点がCobenfy投与群5週時点ではベースラインに比べて21点ほど低く、プラセボ群の約12点低下を10点弱ほど上回りました6)。胃腸の有害事象はプラセボに比べてどうしても多かったものの、たいていは1週間か2週間で解消しました3)。Cobenfyとプラセボ群の有害事象での脱落率は似たりよったりでどちらも5%ほどです(それぞれ6%と4%)6)。Cobenfyで心配なことCobenfyはいくつか悩ましいことがあります。いまや抗精神病薬の多くは年に数回の注射で事足りる持効性製剤をそろえていますが、Cobenfyは1日2回の服用が必要です。頻繁な投与を要する薬は続けることが困難であり、中止してしまう統合失調症患者が多いようです7)。また、Cobenfyはご多分にもれずいい値段で、1ヵ月あたりの定価は1,850ドル、1年間では2万ドル強かかります。医療経済の専門家は他の薬剤に比べてその価格が効果に見合ったものかどうかを心配しています3)。そんな心配をよそに製薬業界のアナリストのほとんどはCobenfyの需要は大きいとみており、やがて数十億ドルの年間売り上げに達すると予想しています。そういう期待を背景にしてBristol Myers Squibb(BMS)は140億ドルも払ってKaruna Therapeuticsを今春3月に手中に収めました8)。BMSは米国の患者が今月遅くにCobenfyを入手できるようにするつもりです。長期効果は有望Cobenfyの長期使用の成績は有望で、この4月に発表された52週間のEMERGENT-4試験では同剤投与患者のPANSS合計点がベースラインと比べて約33点低下しました9)。EMERGENT-4試験は上述した5週間の二重盲検第III相試験2つのいずれかを完了した患者を募って実施されています。参考1)FDA Approves Drug with New Mechanism of Action for Treatment of Schizophrenia / PRNewswire2)U.S. Food and Drug Administration Approves Bristol Myers Squibb’s COBENFY? (xanomeline and trospium chloride), a First-In-Class Muscarinic Agonist for the Treatment of Schizophrenia in Adults / BUSINESS WIRE3)Revolutionary drug for schizophrenia wins US approval / Nature 4)Bodick NC, et al. Arch Neurol. 1997;54:465-473.5)Shekhar A, et al. Am J Psychiatry. 2008;165:1033-1039.6)OBENFY U.S.:Prescribing Information7)Zacker C, et al. Clinicoecon Outcomes Res. 2024;16:567-579.8)Bristol Myers Squibb Completes Acquisition of PureTech's Founded Entity Karuna Therapeutics for $14 Billion / BUSINESS WIRE9)Bristol Myers Squibb Presents New Interim Long-Term Efficacy Data from the EMERGENT-4 Trial Evaluating KarXT in Schizophrenia at the 2024 Annual Congress of the Schizophrenia International Research Society / BUSINESS WIRE