【GET!ザ・トレンド】脳神経細胞再生を現実にする(4)

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近年の研究で、ヒトの脳神経細胞にも再生機能があることが明らかになった。そのようななか、慢性脳卒中患者の機能を再生する細胞治療の臨床治験が行われている。これらの治験の中心的役割を担い、Stroke誌2018年4月18日号に総説「Cell Therapy for Chronic Stroke*を発表したピッツバーグ大学 神経科 Lawrence R. Wechsler氏に、世界における慢性脳卒中の細胞治療の現状を聞いた。

慢性脳卒中治療の現状について教えていただけますか。

慢性脳卒中は、米国および世界のアンメット・メディカルニーズを代表するものでしょう。脳卒中診療の進化に多くの時間と労力を費やしてきたこともあり、急性期については、t-PAや機械的血栓除去といった進行抑制に介入する新たな治療法がいくつか出てきています。また、亜急性期では、理学療法である程度障害を改善することはできます。しかし、慢性期になると、障害改善のためにできることはほとんどありません。脳卒中の問題は、イベント発症後、数ヵ月および数年後にあります。

米国では毎年約80万人の脳卒中が発症しており、後遺症による障害をかかえる患者さんは、4〜500万人と推定されています。現状では最大の努力をしても障害が残ってしまう、そういった患者さんを助ける試みが是が非でも必要です。

先生の総説に代表されるように、慢性脳梗塞において、細胞治療が注目されていますが、細胞治療にどのような期待をお持ちですか。

細胞療法が脳卒中の後遺症を持つ患者さんの機能を改善できるかに注目しています。少なくとも今この段階で、細胞治療は期待以上のものだと思います。発症前の状態に戻すことができれば、喜ばしいことですが、現段階ではまだ多くのハードルがあります。とはいえ、小さな機能の変化でも、その人の人生に大きな影響を与えることができます。たとえば、歩けなかった患者さんが、介助付きで歩けるようになる。手が麻痺した方がコップやペンを持てるようになる。話せなかった方が、コミュニケーションできるようになる。たとえ元に戻っていなくても、細胞治療でこういったことが実現できれば、患者さんの世界は大きく変わります。

細胞治療はどのような機序で効果を発揮すると考えられますか。

複数の機序があると思います。細胞タイプ、投与方法で、作用機序は変わってくる可能性があります。細胞がなぜ、いつ、どのように機能するのか、現時点では完全には理解されていません。ただ、一般的な細胞治療である間葉系幹細胞(mesenchymal stem cell、以下MSC)において最も可能性が高いメカニズムは、免疫系の調節であると考えています。

脳卒中後は激しい免疫応答があることがわかっており、その免疫応答の一部が回復の阻害する可能性があると考えています。この免疫応答や、有害な成分を抑制することによって、アウトカムを改善できるかもしれないと考えています。

また、移植した細胞が、インターロイキンなどのサイトカイン、成長因子などを分泌して、生き残った細胞の機能回復を促進するパラクラインメカニズムにより、不可逆的に傷害された脳の領域を補うことが主な作用であると考えています。これらの要素が、神経細胞形成、血管新生の増加、グリア反応の減少、抗炎症作用などを生み出します。貢献度合いは定かではありませんが、こういったものの組み合わせが、何らかのベネフィットにつながる、と考えています。

移植細胞自体が増殖再生するわけではないということですか。

おそらく移植した細胞が、損傷した脳細胞に置き換わるような機能はないと思われます。不可逆的に損傷した脳の周辺には、修復反応を再生し回復を促進する機能を持った細胞がまだ存在します。細胞治療のターゲット領域はここで、周囲の細胞つまり再生反応をつないでいく細胞を活性化して、ダメージを受けた領域を補うと思われます。

細胞治療の効果を有効に活用するために、どのような試みがなされていますか。

MSC以外にも、神経前駆細胞、不死化腫瘍細胞などいくつかの細胞がありますが、最近、最も一般的に使用されているのはMSCです。そのMSCにも、骨髄の単核細胞由来のもの、歯髄、脂肪組織由来のものなどがあります。しかし、最も一般的なソースは骨髄です。

骨髄由来のMSCの移植方法として、自家移植と同種(他家)移植がありますが、自家移植では手技の侵襲、高齢者の骨髄から採取した幹細胞の量と質の問題などがあります。一方、骨髄由来のMSCは同種(他家)移植でも拒絶反応がなく、免疫抑制が不要なこと、治療に十分な細胞量を産み出せることから、自家移植よりも同種(他家)移植が多く行われます。同種(他家)移植では、骨髄バンクから骨髄由来細胞を取り出し、企業が開発した方法で増殖し、いわゆる「Off the Shelf Product」を作り、脳卒中を起こした患者に、細胞を投与することが可能になります。

細胞の投与経路も研究されています。静脈内投与、髄腔内投与、直接動脈内投与もできます。しかし、多くの研究で行われているのは、脳の穿刺孔から小さな針を入れ、細胞を脳に直接注入する方法です。投与経路を考えるうえで、脳卒中発症後の時間と、細胞の働きは重要です。発症後早い段階では、脳が発するシグナル(ホーミングシグナル)があり、動脈や静脈、髄腔内に投与された細胞は、損傷領域に引き込まれます。しかし、慢性期には、そのシグナルは消えてしまいます。つまり、慢性期では、静脈、動脈、髄腔内投与ではなく、損傷部位に直接注入しないと、そこで効果を発揮するのはむずかしいのです。そのため、慢性脳卒中モデルにおいては、定位脳手術を用いて、細胞を梗塞領域に直接注射することが最善のアプローチであるとされています。

慢性脳卒中における細胞治療の臨床試験について教えていただけますか。

まず、完了した試験についてお話しします。最初の試験群は10~15年前に行われた、Layton BioScience社の不死化腫瘍細胞の小規模な早期試験です。この細胞は、若年男性の奇形がん患者から単離され、定位脳手術によって、脳の損傷領域に直接移植しています。この研究は12例と、18例の2つの試験で行われました。非常に新しい研究であり、これらの細胞が腫瘍や重篤な反応を引き起こすか知見はありませんでしたが、細胞自体は安全で問題は生じませんでした。また、限定的な試験であったものの、有効性のヒントはいくつか示しました。

さらに、ブタ胎児の細胞を用いた別の研究ありました。それも小規模な研究でしたが、合併症があり、5例の患者で中止になっています。この合併症は細胞に関連していなかったことが、判明しましたが、その懸念から、研究は再開されませんでした。

その約10年後に、一連の新たな研究が行われました。まずピッツバーグ大学とスタンフォード大学が共同で行ったSanBio社の細胞(SB623)の第I相試験です。SB623は、骨髄由来のMSCであり、プラスミドを用いて、Notch-1を遺伝子導入した同種(他家)移植の製品です。脳卒中発症後6~60ヵ月の患者の梗塞部位の周辺に、定位脳手術で投与されました。このSB623の試験でも、手術に関連するもの以外に安全性の問題はありませんでした。

また、小規模でコントロール群がないので、細胞の効果を証明できるような試験ではありませんでしたが、細胞が何らかの作用を示したのであろう、臨床的改善の示唆がいくつかありました。次のレベルの研究へ進むと決断するに十分な有効性を示すヒントがありました。

もう1つはReNeuron社が行った試験です。この細胞はc-Mycという遺伝子を導入した神経前駆細胞(CTX0E03)です。CTX0E03の注入部位は脳梗塞部位ではなく被殻で、同じく定位脳手術で行われました。CTX0E03の試験も、安全性は適切で、一部の患者では臨床的に改善の徴候が見られました。

細胞治療による改善の状況についてもう少し詳しく教えていただけますか。

これらの早期試験では、一般的な脳卒中の機能スコアの一部に改善が見られました。グループ全体ではそれほど差は表れませんでしたが、患者さん個人を「ベースラインはここ、6ヵ月目はここ、12ヵ月目はここ」と、いろいろなスケールをとおして見ていくと、少なくともそこには細胞治療のベネフィットを示唆するシグナルがありました。

その改善効果は一貫したもので、改善は最初の年に見られ、その後治療前の状態に悪化することなく、そのまま維持される傾向にありました。

進行中および今後の試験についてはいかがですか。

SanBio社のSB623で前述の第I相に続く、第IIb相試験ACTIsSIMAの組み入れが完了しています。患者の追跡期間は1年間なので結果が出るのはこれからですが、これは非常に興味深い研究です。その理由は、まず大規模な研究ということです。100例以上の患者が登録されています。そして、コントロールとしてSham(偽)手術群を登録していることです。

Sham手術の患者は手術室で、細胞を投与された患者と同レベルの鎮静を与えられ、(表層レベルですが)頭蓋骨の穿刺孔施術も同様の手技で施行されます。脳に細胞を注入すること以外、すべてが同じように行われるわけです。また、手術チームと患者をフォロー・評価するチームを分けて、盲検が厳しく順守されるよう努力をしています。まだ結果は出ていませんが、本当に改善が認められるかどうか、とても示唆に富む試験だと思います。私たちはこの研究結果を心待ちにしています。

また、ReNeuron社のCTX0E03細胞の第IIb相試験であるPISCES-IIIも行われます。トライアルのデザインは、Sham手術を採用し、盲検でチームを分離するなど、SanBio社のACTIsSIMA試験よく似ています。

ACTIsSIMAおよびPISCES-III双方の研究でポジティブな結果がでれば、細胞治療が慢性脳卒中にとって、効果的な治療法であるという、強い示唆を与えてくれるでしょう。

細胞治療で改善した患者さんの効果について、Wechsler先生はどのような印象をお持ちですか。

興味深い質問です。というのも、測定していない項目において、ポジティブな変化を報告した患者が数多くいたのです。それらの患者さんのコメントは、記憶が良くなった、精神機能が改善された、活力がわいた、考えが明確になった、というものでした。

運動機能については、スケールに表れた変化のみならず、評価指標には表れない小さな変化も患者さんから報告されています。手がうまく使えた、バランスをとって歩けた、といったものです。

こういたものが、実際の効果なのか、(良くなりたいという患者さん思いからくる)プラセボ効果なのか、適切コントロール試験が重要になってきます。

日本の臨床医にメッセージをいただけますか。

慢性脳卒中の細胞治療は有望で、その結果は期待できるものです。しかし、まだ証明されたものではありません。実際にこれが効果的な治療になるかどうかを、進行中の研究で、最後まで調べる必要があります。

細胞治療が、慢性脳卒中治療の選択肢に加わり、多くの患者さんを助けられるのであれば歓迎すべきことです。私は細胞治療が成功することを期待していますし、現状のすべての徴候を見るかぎり、効果があると言えるでしょう。

また、細胞治療の発展形として、成長因子やサイトカインといった細胞の分泌物を同定・分離し、それらの物質を適正な標的に与えることができれば、細胞を注入する必要性すらなくなるかもしれません。

私たちの最終目標は、脳を再構成することだと考えています。機能が失われた脳については、まだゴールから少し離れたところにありますが、進歩は続いています。いつかは、細胞を投与することで、残っている機能を増強させるだけでなく、脳を置き換えることができるようになる。そうすれば、さらに高い効果を得られるようになるでしょう。それが、われわれが今細胞治療で目指していることです。

    Lawrence R. Wechsler氏インタビュー動画ハイライト

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