医師の薬物療法ガイドラインの遵守率は一般の人よりも低い

医師はしばしば、患者が処方通りに服薬しないことを批判する。しかし実際には、薬物療法に関するガイドラインの遵守率は医師やその近親者の方が一般の人々よりも低いようだ。米マサチューセッツ工科大学(MIT)経済学分野のAmy Finkelstein氏らが実施した大規模研究の結果で、詳細は、「American Economic Review: Insights」12月号に掲載された。
Finkelstein氏は、「人々がガイドラインを理解していないのではないか、ガイドラインが複雑過ぎて定められた通りに服薬できないのではないか、あるいは人々が医師を信用していないのではないか、など懸念はたくさんある。それなら、薬物療法のガイドラインを最も忠実に守っていると予想される患者は、医師やその近親者であるはずだ。しかし、われわれの結果は、その反対だった。医師やその近親者は一般の人々よりもガイドラインを遵守する確率が低いことが判明し、われわれは衝撃を受けた」と話す。
Finkelstein氏らは今回、スウェーデンのさまざまな疾患の治療に関するガイドラインと、妊婦に対する処方薬の使用に関するガイドラインを取り上げ、それらの中から薬物療法に関する63項目を抽出し、スウェーデンの患者がそれらをどの程度、遵守しているのかを調べた。63項目の内訳は、抗菌薬の使用の6項目、高齢患者に対する薬物療法の20項目、特異な診断に関わる薬物療法の20項目、妊娠中の薬物の使用の17項目であった。また、対象患者は、上記63項目のうちの1項目以上が該当する患者588万7,471人で、このうちの14万9,399人は医師やその近親者だった。受診や診断などの医療データと処方薬購入のデータを用いて、医師による薬剤の処方が患者の医療状況と一致しているかどうかを調べることで、患者の薬物療法に関するガイドラインの遵守状況を推定した。
その結果、全体的なガイドラインの遵守率は、一般の人々で54.4%であり、医師やその近親者ではそれよりも3.8%低いことが明らかになった。また、医師やその近親者は、63項目のうちの41項目において、遵守率が一般の人々よりも低く、このうちの20項目は統計学的な有意差を示した。
こうした結果について研究グループは、「医師が薬物療法に関するガイドラインを遵守しないのは、自分たちがガイドラインに関してより優れた知識を持っていると自負しているからだ。彼らは、その知識を使って自己流に服薬しているのだ」と述べる。
医師やその近親者が一般の人々と比べて最も低い遵守率を示したのは、抗菌薬の使用に関するガイドラインで、一般の人々の遵守率と平均で5.2%の差が認められた。たいていのガイドラインでは、患者には、最初に広域抗菌薬ではなく特定の菌に効果が限定される狭域抗菌薬の投与を推奨している。これは、薬剤耐性菌が増えるリスクを抑えるための治療戦略である。この点についてFinkelstein氏は、「公衆衛生の観点からすると、望ましいのは狭域抗菌薬で標的とする細菌を除去することだ。しかし、誰でも、できるだけ早く自分の感染症を治したいと思うはずだ」と指摘。「このことから、医師が一般の患者よりも抗菌薬に関するガイドラインを守る可能性が低い理由を想像できるだろう。医師は、患者にとって良いことが社会にとって良いことではないと分かった上で行動している」と話す。
この研究ではこのほかに、医師は、副作用に関するエビデンスが弱めの薬剤に関しては、ガイドラインを自己流に変更してその薬剤を使用する確率も高いことが示された。一般の人々のガイドライン遵守率との間には、副作用のエビデンスが弱い薬剤に関するものでは2%以上の開きがあったが、エビデンスの強固な薬剤の場合には、その差は1%程度にとどまっていた。
研究グループは、専門家の間での薬物療法のガイドラインに対する遵守率の低さが、本当により良い結果につながっているのかを調べるべきだとしている。これは、医師の判断がどの程度、的確であるかを明らかにすることでもある。研究グループは、「今後、この研究を進めていく上で重要になるのは、どのような状況ならガイドラインを遵守しなくても患者が最大のベネフィットを得るのかを明らかにすることだ」と述べている。
[2022年12月20日/HealthDayNews]Copyright (c) 2022 HealthDay. All rights reserved.利用規定はこちら
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