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第265回 家庭用洗濯機の病原菌除染は不十分かもしれない

家庭用洗濯機の病原菌除染は不十分かもしれない医療者が自宅で仕事着(ユニフォーム)を洗うことは、抗菌薬耐性感染症を院内で知らずに広めてしまっているかもしれません1,2)。米国や英国の医療者が自宅で仕事着を洗うことはよくあることです。英国の医療者をSARS-CoV-2感染症(COVID-19)流行の最中に調べたところ、ほとんどが看護師で占められる1,277人のうち、実に86%(1,099人)が家庭の洗濯機で仕事着を洗っていました3)。そんな英国では、政府の保健部門NHSが医療者の仕事着を確実に除染して感染が同居人にうつらないようにするための事細かな手段を2020年に示しています4)。たとえば、他の洗濯物と分けて洗うこと、できるだけ熱いお湯で洗うこと、洗濯量が多すぎないようにすること、洗濯機を定期的に洗浄することが推奨されています。とはいえ家庭用洗濯機はNHSが推奨する水温基準を満たして稼働しているかどうかが確認されることなく使われます。それに長く使った場合の性能もよくわかりませんし、使われる洗剤もまちまちで、水の硬度も洗濯性能に影響を及ぼしうることが知られています。そこで英国の大学(De Montfort University)の研究チームは、医療者の仕事着が家庭での洗濯でどれだけ除染できるかを病原性細菌(フェシウム菌)の減少を指標にしていくつかの条件を設定して調べてみました。試した6台の家庭用洗濯機のうち4台は60℃の熱水での標準コース(full-length cycle)でフェシウム菌を十分に減らせました。一方、お急ぎコース(rapid cycle)だと3台の洗濯機は規定水準の60±4℃に達しておらず、フェシウム菌を十分に減らせませんでした。さらに6台の洗濯機を加えた12台の洗濯機からの検体を調べたところ、解析に十分なDNA濃度が得られた8台からの検体に病原性となりうる細菌が見つかりました。抗菌薬抵抗性と関連する遺伝子も検出されました。また、家庭用の洗濯洗剤に細菌が抵抗性を獲得し、それが仇となって抗菌薬耐性も増やしうることも示されました。それらの結果を受けて、害が生じないようにするために医療者の仕事着の自宅での洗濯方針の手直しが必要だと著者は言っています。たとえば、バイオフィルムの蓄積や微生物の混入を減らす定期的な洗浄や抗菌作用がある洗剤の医療者への配給や提示が必要かもしれません。しかし、自宅での洗濯方針を示したところで家庭用洗濯機が除染に必要な水温に達していない恐れがあります。今回の研究でも60℃前後に達するとされているのにそうはならない場合がありました。実際、家庭での洗濯物を発端とする感染流行が発生しています。ゴードニア細菌(Gordonia bronchialis)が定着していた家庭用洗濯機で汚染された手術衣が原因らしい術後感染の3例が2012年に報告されています5)。2019年の報告では、母親の衣類の洗濯用に準備された小児病院の家庭用洗濯機で図らずも洗濯された新生児の帽子や靴下を介して、多剤耐性のクレブシエラ オキシトカが新生児や乳児にうつったとされています6)。できれば医療者任せの洗濯をやめ、適切に管理されて運用される専門の洗濯設備を各職場が準備するか、専門の洗濯会社を利用することで抗菌薬耐性病原体の広がりを防いで患者の安全性を改善できそうです。 参考 1) Cayrou C, et al. PLoS One. 2025;20:e0321467. 2) Home washing machines fail to remove important pathogens from textiles / Eurekalert 3) Owen L, et al. Am J Infect Control. 2022;50:525-535. 4) Uniforms and workwear: guidance for NHS employers / NHS 5) Wright SN, et al. Infect Control Hosp Epidemiol. 2012;33:1238-1241. 6) Schmithausen AE, et al. Appl Environ Microbiol. 2019;85:e01435-19.

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不必要な画像検査は温室効果ガス排出量増加の一因に

 最近の健康ブームに乗って、全身MRI検査やCT検査にお金をかけようとしている人はいないだろうか? もしそうであるなら、その行動が気候変動を加速させる一因になり得ると認識すべきことが、新たな研究で示された。メディケア受給者が受けた分だけでも、不必要な画像検査によって排出された温室効果ガスの二酸化炭素換算量(CO2e)は人口7万2,000人の町の電力消費により排出される年間の温室効果ガス排出量に相当する129.2キロトン(kT)に達することが明らかになった。米レーヘイ・ホスピタル&メディカル・センターのGregory Cavanagh氏らによるこの研究の詳細は、「Journal of the American College of Radiology」に3月28日掲載された。 論文の共著者の1人である米ハーヴィー・L・ニーマン医療政策研究所のElizabeth Rula氏は、「われわれの解析から、不必要な画像検査のオーダーを減らすことで、カーボンフットプリントを大幅に削減できる可能性のあることが明らかになった」と同研究所のニュースリリースの中で述べている。カーボンフットプリントとは、製品やサービスが製造・使用・廃棄・リサイクルされる過程で排出される温室効果ガスの量をCO2eで表したものをいう。 この研究では、2017年から2021年の間に約3000万人のメディケア受給者に対して実施された画像検査(MRI検査、CT検査、X線検査、超音波検査)のデータが解析された。先行研究では、メディケア受給者の患者にオーダーされた画像検査のうち、不必要な検査が占める割合は26%にも達すると推定されていた。研究グループはこのデータを用いて、不必要な画像検査と、それに関連する温室効果ガス排出量を調べた。温室効果ガス排出量はCO2eとして数値化した。 その結果、対象とされた5年間に患者が受けた全種類の画像検査から排出された1年当たりのCO2eの平均は、MRI検査で8.1~136kT、CT検査で25~178kT、X線検査で7.1~46kT、超音波検査で2.7~23kTと推定された。 また、全種類の画像検査に占める不必要な検査の割合は4〜26%と推定された。これらの不必要な検査による年間のCO2eは平均3.55〜129.2kTであり、特にMRI検査とCT検査によるCO2eが多いことも示された(MRI検査:0.621〜33.8kT、CT検査:1.24〜64.8kT)。なお、3.55~129.2kTのCO2eは、それぞれ人口2,000人と7万2,000人の町での1年間の電力使用により排出される温室効果ガスの量に近いという。 Cavanagh氏は、「最大推定値は、画像検査間の待機モードの状態、あるいは次の検査までの稼働段階にある状態のときに必要とされるエネルギーも考慮したものだった」と同ニュースリリースの中で述べている。 一方、共著者の1人で米ミシガン大学アナーバー校臨床分野のJulia Schoen氏は、「画像検査の実施件数は、全体的には過去10年間で持続的に増加していることに加え、気候変動に関連する曝露やイベントによりさらに増加する見込みがある。これらを考慮すると、今後も温室効果ガスの排出量は増え続ける可能性が高い」と同ニュースリリースの中で述べている。 研究グループは、不必要な画像検査を減らすことは地球を守ることにつながると結論付けている。Rula氏は、「今回の研究結果から、不必要な画像検査の利用を減らすべき重要な理由が新たに加わった。不必要な画像検査の削減は、患者のリスクやコスト、医療システムのコストの抑制に加え、放射線科における人手不足の一因となっている大量の画像検査の実施件数を減らすことにもつながる」と述べている。

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退院後1週間で再入院。どうしたら防げた?【こんなときどうする?高齢者診療】第11回

CareNeTVスクール「Dr.樋口の老年医学オンラインサロン」で2025年2月に扱ったテーマ「診療連携とケア移行」から、高齢者診療に役立つトピックをお届けします。ケア移行は、患者を異なる医療・ケア環境へ移る際に、適切な引き継ぎと支援を行うプロセスです。入院・外来・在宅・介護施設など、さまざまな場面で発生します。しかし、ケア移行が適切に行われないと、再入院のリスクが高まり、QOLの低下につながることも少なくありません。とくに高齢患者にとっては、途切れのないサポートが不可欠であるにもかかわらず、致命的な悪化を生じてしまうことは残念ながら少なくありません。今回はケースを通じてシームレスなケア移行を実現するための工夫や受け入れ側の視点を考えてみましょう。78歳女性 心不全。入院期間2週間 → 退院後は自宅療養、外来フォロー予定ケア移行時の問題点処方変更:退院時に変更された薬を患者が自己判断で中断診療継続の途絶(Discontinuity of Care):退院時に外来診察の予約が取れていなかった情報共有不足:患者・家族が心不全悪化の兆候(体重増加など)を認識していなかった 結果として、退院後1週間で心不全が増悪し、再入院となった。ケア移行で陥りがちな3つの落とし穴このケースには、すべてのケア移行に共通する3つのピットフォールが含まれています。順番に見ていきましょう。1.情報共有の不足このケースでは、処方が変更された意図や新しい服薬スケジュールが十分に伝わっていなかったために、患者は服薬を中断してしまいました。情報共有の不足が、医療者と患者・患者と家族の間で起きています。情報共有は、医療者-医療者、医療者-患者、患者-家族などすべての関係において重要です。2.診療継続の途絶(Discontinuity of Care)診察や訪問の予約といったケアプランの調整は、ミスが起きやすいポイントです。こうした調整不足をなくすために、担当者、次のケア提供者(例:外来医・訪問看護・在宅医療など)を明示し退院前に予約記録を皆が確認できる体制が必要です。3.適切な経過観察の欠如このケースでは「こういう症状が出たら症状の悪化が考えられるので、医療者・ケア提供者に連絡しましょう」というような患者・家族への情報共有・教育ができていませんでした。異変があっても、適切なタイミングで受診できなかったことが、再入院を引き起こすきっかけになった可能性があります。チェックリストやハンドアウトなども活用し、患者・家族が自主的に動けるようなフォローアッププランはどのような移行であっても不可欠です。ピットフォールを防ぐ介入のポイントケア移行がうまくいかない理由として、(1)情報共有の不足、(2)移行先の環境を十分に考慮できていないケアプランが挙げられます。このようなケア移行の難しさはアメリカでも認識されており、National Transitions of Care Coalitionが介入のための7つのポイントを作成しています1)。今回はその中から、とくに重要な4つを紹介します。1.薬:ケア移行は、薬剤整理の絶好のタイミング!ケア移行は薬剤整理のタイミングとしてとても適しています。ここで重要なのが「安全・確実に服用を続けられる」ようにすること。移行期には新たな情報や薬・フォローアップの予定と情報量に、患者・家族ともに打ちのめされている場合も少なくありません。そのような状態を考慮し、経済的背景や心理社会面での困難といった社会的決定要因(SDOH)の評価と、それに応じた本人・家族への教育が欠かせません。2.ケア移行計画:異なる環境でも適切なケアが継続できる計画を作成するよいケア移行計画は、ケア提供者のレベルが異なっても必要なケアが継続できるものです。例えば、病院から介護施設への移行した場合、施設の介護士と看護師、またそのほかの職員も協働してケアを提供することになります。介護士と看護師それぞれに依頼したい内容を分けるなど、移行先で実施可能な計画を作成できるとよいですね。そのためできることとしては、計画や実行の責任者を明確に(誰が何を、どこで、いつ、どのように)すること、作成した計画をタイムリーに共有することが重要です。3.患者と家族のエンパワメント:ケア移行に主体的に参加できるよう支援患者と家族に正しい情報と知識を共有しましょう。知識の共有は、患者と家族がケア移行に主体的に参加し、正解がない中で最善を選ぶ手助けになります。そして、ケア移行後にセルフマネジメントができるよう具体的な方法はもちろん、「なぜこの治療が必要なのか?」を患者や家族が理解できるよう説明する、家族も巻き込んで、フォローアップの重要性を共有し実行できるようサポートすることも医療者の重要な役割です。4.コミュニケーション促進:関係者全員がスムーズに連携できる手段を整える関係者全員のコミュニケーションが円滑になる手段を整えることも重要です。医療者間は共通のカルテやレポートなどを使い、情報のヌケ、モレ、ズレがないようにするのが理想です。やりとりのツールは電話やメールなど、何が使いやすいのかを検討します。残りの3つは、ケア移行の組織的改善の方策が示されています。ケアの継続性の確保、ケア移行の標準化、ケア移行の効率と質の評価について、それぞれ具体的な行動や知見が挙げられていますので、ぜひ参考資料をご覧になってみてください。ケア移行の改善、どこから手をつける?いかがでしたか?最後に、医師の皆さんが今日からできるケア移行改善アクションをひとつご紹介します。それは入院時から退院を視野にいれたサマリを作成することです。これによりさまざまなことを前もって準備・調整しやすくなります。たとえば退院時に介護保険を申請する可能性を予想できていたら、承認までの期間を見積もって早めに申請することができます。自分の仕事の中でできることを探してケア移行をよりよいものにしていきましょう! ケア移行のティップスと多職種連携の落とし穴をオンラインサロンでオンラインサロンメンバー限定の講義では、メンバーの悩みを例により実臨床に即したケア移行のコツを解説しています。また、酒井郁子氏(千葉大学大学院看護学研究院附属病院専門職連携教育研究センター長)を迎えた対談動画では、アメリカ型チーム医療とイギリス型専門職連携の違いという、多職種連携がうまくいかない根本の原因に迫ります。参考1)NTOCC, 2022 Recised Care Transitions Bundle; Seven Essential Elements Categories.

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リンパ腫・骨髄腫に対する新たな免疫治療/日本臨床腫瘍学会

 キメラ抗原受容体T(CAR-T)細胞療法や二重特異性抗体など、最近の免疫治療の進歩は目覚ましく、とくに悪性リンパ腫と多発性骨髄腫に対しては生命予後を大幅に改善させている。今後もさらに治療成績が向上することが期待され、最適な治療法を選択していくためには、本邦における免疫治療の現状や課題、今後の治療法の開発状況などについてよく理解しておく必要がある。 2025年3月6~8日に開催された第22回日本臨床腫瘍学会学術集会では、リンパ腫・骨髄腫に対する新たな免疫治療についてのシンポジウムが開催され、国内外の4人の演者が最新の知見や今後の展望などについて講演した。B細胞リンパ腫治療の進歩に重要な役割を果たす二重特異性抗体 「とくに、最近のCD3とCD20を標的とする二重特異性抗体の出現は、B細胞リンパ腫治療に大きな進歩をもたらしている」とGrzegorz Stanislaw Nowakowski氏(Mayo Clinic)は強調する。T細胞の細胞膜上に発現するCD3とB細胞性がん細胞の膜上に発現するCD20の両者に結合し、T細胞の増殖および活性化を誘導することでCD20が発現しているがん細胞を攻撃する治療法で、最近はCD20とは異なる表面分子を標的とする、または複数の表面分子を同時に標的とする二重特異性抗体の研究開発も進行しているという。 CD3とCD20を標的とする二重特異性抗体に関する臨床試験は、CAR-T細胞療法後の再発を含む再発または難治性の進行性リンパ腫を対象に実施され、約50~60%の患者に奏効し、奏効した患者の約半数が完全奏効となっていた。加えて、完全奏効した患者は、その状態が長く持続し、患者の病態や前治療の数や内容などにかかわらず、効果は一貫してみられていた。 一方で、二重特異性抗体の有害事象については、Grade3以上のサイトカイン放出症候群(CRS)のリスクは高くなく、用量漸増や予防薬の前投与によって軽減することが可能となる。Nowakowski氏は、「重要なのは、CRSは管理可能であると認識することである。加えて、治療に関連する神経毒性の発生リスクも高くなく、Grade3以上の神経毒性の発現頻度は非常に低い」と述べた。 さらに、二重特異性抗体による治療のメリットは、化学療法やCAR-T細胞療法などのほかの治療法と組み合わせたり、治療の順番を調整したりすることができる点にあるとNowakowski氏は指摘する。また、特定の二重特異性抗体をCAR-T細胞療法までの橋渡しの治療としても使うことができることを示唆する研究報告もあり、治療効果をより継続したり高めたりする臨床研究が進行中であるという。 最後に、「活動性の高い低悪性度リンパ腫に対しては、化学療法を併用しない二重特異性抗体による単独治療も可能となる。このように、二重特異性抗体はモノクローナル抗体と同様に、複数の治療法で使用できる可能性がある」とNowakowski氏は付け加えた。B細胞リンパ腫に対する早期治療ラインにおけるCAR-T細胞療法の可能性 本邦においても、CD19を標的としたCAR-T細胞療法は、再発または難治性の大細胞型B細胞リンパ腫(LBCL)などのB細胞リンパ腫に適応となっている。CAR-T細胞療法の治療成績は、それまでの再発または難治性LBCLに対する標準治療に比べて群を抜いて高く、治療成績は劇的に改善された。今回、蒔田 真一氏(国立がん研究センター中央病院 血液腫瘍科)は、B細胞リンパ腫に対する早期の治療ラインにおけるCAR-T細胞療法の可能性について言及した。 LBCLに対するCAR-T細胞療法としては、第2世代のCAR-T細胞療法であるtisa-cel、axi-cel、liso-celがそれぞれの単群試験の結果を基に、3rdライン以降の治療薬として本邦では最初に承認された。その後、初回治療に対する治療抵抗例や、初回治療による寛解から12ヵ月以内の再発例を対象としたランダム化比較試験において、化学療法と自家幹細胞移植による標準治療を上回るCAR-T細胞療法の有効性が示されたことで、axi-celとliso-celが2ndラインとしても使用できるようになっている。 蒔田氏は、CAR-T細胞療法を早期ラインで使用することのメリットとして、まず、早期のラインではより多くのブリッジング(橋渡し)治療が可能となり、CAR-T細胞を製造している間の腫瘍進行を抑制することが可能となることを挙げる。さらに、早期ラインでは従来の細胞障害性抗がん薬への曝露が少ないことから、CAR-T細胞療法が効きやすい可能性もあるという。 このような背景の中で、未治療のLBCLに対する1stラインとしてのCAR-T細胞療法の有用性を評価するための臨床試験が現在進行している。「加えて、LBCLに対する二重特異性抗体の臨床試験なども複数進行しており、近い将来、未治療LBCLに対する治療戦略が劇的に変化する可能性がある」と蒔田氏は結んだ。CAR-T細胞療法の効果的な運用に向けて CAR-T細胞療法は、2012年に米国のフィラデルフィアで小児急性リンパ芽球性白血病への最初の使用が報告された免疫細胞療法であり、長期にわたる良好な治療成績が得られている。その後も、CD19を標的としたCAR-T細胞療法はとくに再発または難治性のLBCLの治療戦略を劇的に変化させ、その適応は広がっている。 LBCL患者の約60%は、初回のR-CHOP療法(リツキシマブ、シクロホスファミド、ドキソルビシン、ビンクリスチン、プレドニゾロン)で長期生存を達成するが、再発または難治性となった場合は、化学療法や自家幹細胞移植などの2ndラインの標準治療で治癒に至る患者はわずか10%にすぎない。そのため、再発または難治性のLBCLに対する治療戦略はきわめて重要であると福島 健太郎氏(大阪大学大学院医学系研究科 血液・腫瘍内科学)は述べる。 CAR-T細胞療法を効果的に運用していくためには、まずは適切なCAR-T細胞の製造が重要となる。CAR-T細胞の製造については、製造管理や品質管理の手法が「再生医療等製品の製造管理及び品質管理の基準(GCTP)」に適合する必要があるが、開発企業や医療機関によってアフェレーシス(T細胞採取)の手順や採取されたアフェレーシス産物の製造所への輸送方法などが異なっている。大阪大学ではこれを未来医療センター細胞調製施設(MTR CPC)が担当し、アフェレーシス、CD3陽性細胞率の測定、生細胞率測定、採取産物の濃縮・調整・凍結保存、製品原料の発送などを主治医、輸血部門、中央研究所、MTR CPCなどが連携して実施しているという。 CAR-T細胞療法では、アフェレーシス、製造(遺伝子改変・培養)、輸送、投与前処置など、患者からT細胞を採取してから再び患者に戻すまでの過程があり、これに要する時間(Vein to Vein Time:V2VT)は治療効果や患者の状態管理に大きく影響を与えることになる。そのため、V2VTの短縮は、CAR-T細胞療法における重要な課題となっている。そして、V2VTによっては、アフェレーシス終了後にCAR-T細胞の輸注に先立ってリンパ腫に対する治療を行う橋渡し治療を行うこともある。このように、V2VTの短縮や橋渡し治療などを患者ごとに吟味しながら、CAR-T細胞療法の治療効果を高めていくことが重要と福島氏は指摘する。 さらに、福島氏はCAR-T細胞療法後における二次性のT細胞性悪性腫瘍の発生リスクについて言及した。2024年4月、米国食品医薬品局(FDA)は、CAR-T細胞療法製品の添付文書に新たなT細胞性悪性腫瘍が発生する可能性について警告を表示することを要求した。しかし、その後の新たな研究から、CAR-T細胞療法後の二次性悪性腫瘍の発生頻度は、標準治療後における発生頻度と同程度であることが示されているという。多発性骨髄腫に対する免疫療法の治療効果最大化への課題 これまで、プロテアソーム阻害薬(PI)、免疫調節薬(IMiDs)、抗CD38モノクローナル抗体製剤(抗CD38抗体)などの治療薬が登場し、多発性骨髄腫(MM)患者の生命予後はかなり改善されてきた。しかし、これらの治療を続けていても、多くの場合再発となり、予後不良の再発または難治性のMMとして、現在の重要なアンメットメディカルニーズとなっている。この問題に対処するために、最近はCAR-T細胞療法、二重特異性抗体、抗体薬物複合体(ADC)などが登場し、大いに注目されている。 CAR-T細胞療法や二重特異性抗体、ADCの標的抗原として、とくにMM患者の骨髄腫細胞に高発現しているB細胞成熟抗原(BCMA)が重要であり、BCMAを標的とした免疫療法の現状と、効果を最大限に発揮するための課題などについて、原田 武志氏(徳島大学大学院 血液・内分泌代謝内科学分野)が言及した。現状では、PI、IMiDs、抗CD38抗体による治療の後に再発または難治性となったMMに対して、BCMAを標的としたCAR-T細胞療法、二重特異性抗体、ADCによる治療が有効であることを示唆する結果が複数の臨床試験によって示されている。 このように、BCMAはMMの創薬ターゲットとして注目されているが、これらの薬剤の臨床効果はMM患者にとって普遍的ではなく、治療中に低下することがあり、これが治療効果を最大化するための1つの課題と原田氏は指摘する。現在、薬剤に対する治療抵抗性のメカニズムが精力的に研究されている中で、原田氏らはBCMAを標的とした免疫療法の後には、BCMA発現のダウンレギュレーションが関与していることを明らかにしてきた。また、BCMAとそのリガンドであるB細胞活性化因子(BAFF)とB細胞の発達や自己免疫応答に関与する関連タンパク質(APRIL)との相互作用も治療抵抗性に関与している可能性もあり、MM細胞と破骨細胞におけるBAFF/APRILのBCMAへの結合は、BCMAを標的とした免疫療法の有効性に影響を与える可能性が示唆されていた。さらに、原田氏らは、APRILがBCMAへのBCMAを標的とした二重特異性抗体製剤の結合を妨害し、破骨細胞由来のAPRILはBCMAを標的とした免疫療法の治療効果を減弱させる可能性もあると考えているという。 最近は、MMに対する新たな治療概念として、腫瘍細胞のみでなく腫瘍微小循環を標的とした治療も検討されはじめている。「今後、BCMAを標的とした免疫治療の効果を最大限に発揮するためには、腫瘍細胞と腫瘍微小循環の両者に対する治療戦略が重要となる」と原田氏は結論付けた。

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ハッチンソン・ギルフォード早老症候群〔HGPS:Hutchinson-Gilford progeria syndrome〕

1 疾患概要■ 概念・定義ハッチンソン・ギルフォード早老症候群(Hutchinson-Gilford progeria syndrome:HGPS)は、1886年にJonathan Hutchinsonと1897年にHasting Gilfordが報告したことから命名された疾患である。遺伝性早老症の中でも、とくに症状が重篤な疾患であり、出生後半年頃より著しい成長障害、皮膚の強皮症様変化、禿頭、脱毛、小顎、老化顔貌、皮下脂肪の減少、四肢関節の拘縮を呈する。精神運動機能や知能は正常である。脂質代謝異常、動脈硬化性疾患、心血管系合併症により平均寿命は14.6歳と報告されている。■ 疫学全世界で350~400例の典型HGPS患者が報告されており、米国NPO法人のProgeria Research Foundationには、2024年12月末の時点で151例の典型HGPS患者が登録されている。また、2024年9月30日時点でアメリカのHGPS有病率は約2,000万人に1人と報告されている。中国からの論文では調査した17省の有病率(中央値)は5,300万人に1人で、最も頻度の高い海南省は約2,300万に1人と報告されている。筆者らが2023年に全国調査した結果ではわが国のHGPS有病率は約1,667万人に1人であった。■ 病因ラミンAは核膜を物理的に支える枠組みを構成する。ラミン分子が核構造を物理的に安定化させることでクロマチン構造を維持し、また、安定的な転写因子との共役が機能的にも重要である。変異ラミンAタンパクであるプロジェリン(またはファルネシル化プレラミンA)が蓄積すると核膜構造に異常を来し、物理的影響による損傷を受けやすくなる。また、ヘテロクロマチンの分布や量に変化が生じ、異常なテロメアが形成されることで染色体の機能が変化する。このエピジェネティックな変化はすべての遺伝子発現に大きな影響を与える。ラミンAは発生過程のさまざまな転写調節因子に結合し、種々の遺伝子発現に関与するため、プロジェリンは組織構築の過程に重要なNotchシグナル伝達経路の下流で機能する複数の因子の発現量を変化させ、胎児期から成人期まで細胞と臓器の機能分化に大きな影響を与える。また、HGPS患者において臨床的に最も重篤な合併症は小児期早期からの脳心血管障害である。これはプロジェリンの発現が血管平滑筋細胞に小胞体ストレスや炎症を引き起こし、その結果、アテローム性動脈硬化が進行すると報告されている。■ 病態:プロジェリン産生のメカニズムLMNA遺伝子の典型的変異c.1824C>Tは潜在的なスプライス部位ドナーを活性化することにより異常スプライシングを引き起こし、ラミンAタンパク質の中間部分に50アミノ酸が欠失した変異型プレラミンAが産生される。この変異はC末端CAAXモチーフに影響を与えないため、ZMPSTE24によりカルボキシル末端の3アミノ酸は切断され、末端のシステインはカルボキシメチル化される。ZMPSTE24が認識し切断する配列(RSYLLG)は、異常スプライシングにより欠失した50アミノ酸内に含まれるためエンドペプチダーゼZMPSTE24で切断されない。その結果、恒久的にファルネシル化とカルボキシメチル化された変異型プレラミンA、すなわちプロジェリンが産生される。同様にZMPSTE24が認識するプレラミンA内の配列(RSYLLG)内のミスセンスバリアントによりZMPSTE24で切断を受けない分子病態が報告されている。また、ZMPSTE24遺伝子異常により正常なZMPSTE24が産生されないため、プレラミンAの内部切断が起こらずプロジェリンが産生され、その結果、下顎末端異形成症を発症する。■ 症状正常新生児として出生するが、乳児期から著明な成長障害と皮膚の萎縮・硬化を呈する。乳幼児期から脱毛、前額突出、小顎などの早老様顔貌、皮膚の萎縮・硬化、関節拘縮が観察される。動脈硬化性疾患による重篤な脳血管障害や心血管疾患は加齢とともに顕在化し、生命予後を左右する重要な合併症である。悪性腫瘍は10歳以上の長期生存例に認められる重要な合併症である。■ 分類1)プロジェリンを産生する典型遺伝型を保有するHGPS(典型HGPS)LMNA遺伝子のエクソン11内の点突然変異c.1824C>T(p.Gly608Gly)が原因である。特徴的な臨床表現型のHGPS患者の約9割がこの病的バリアントを保有する。この変異によりスプライシング異常が生じ、変異ラミンAタンパク(プロジェリン)が合成される。2)プロジェリンを産生する非典型遺伝型を保有するHGPS(非典型HGPS)非典型HGPSの臨床的な特徴は典型HGPに類似する。LMNA遺伝子の典型病的バリアント(c.1824C>T)以外でプロジェリンを産生するエクソン11またはイントロン11の病的バリアントが原因である。c.1821G>A(p.Val607Val)、c.1822G>A(p.Gly608Ser)、c.1968+5G>C、c.1968+1G>A、c.1968+2T>A、c.1968+1G>Aなどが報告されている。3)プロセシング不全性のプロジェライド・ラミノパチー(PDPL)LMNA遺伝子内の特定の位置の病的ミスセンスバリアントによりZMPSTE24の認識部位を喪失するため、プレラミンAが内部切断されない。c.1940T>G(p.L647R)が報告されている。また、ZMPSTE24遺伝子のホモ接合性または複合ヘテロ接合性機能喪失型病的バリアント(ZMPSTE24欠損)によりプレラミンAが内部切断されない。いずれもプロジェリンが産生される。■ 予後典型HGPSは10歳代でほぼ全例が死亡し、生命予後は極めて不良である。一方で、非典型HGPSでは40歳以上の長期生存例も報告されているが、動脈硬化性疾患に加え、がんの発生(とくに多重がん)に留意する必要がある。2 診断 (検査・鑑別診断も含む)特徴的な臨床症状とLMNA遺伝子検査による。c.1824C>T(p.Gly608Gly)がヘテロ接合性に確認されれば、典型HGPSと診断される。過去にプロジェリン産生が証明されている病的バリアントがヘテロ接合性に確認されれば、非典型HGPSと診断される。ホモ接合性または複合ヘテロ接合性ZMPSTE24の機能喪失型バリアントによりZMPSTE24遺伝子異常と診断する。わが国の指定難病「ハッチンソン・ギルフォード症候群(告示番号333)」では、臨床症状と遺伝学的検査の組み合わせにより「Definite」と「Probable」を分けて診断する(令和7年に改訂が予定されている)。3 治療 (治験中・研究中のものも含む)プロジェリンが原因であるHGPSに対して、ファルネシル転移酵素阻害薬ロナファルニブ(商品名:ゾキンヴィ)の臨床的効果が証明され、米国食品医薬品局(FDA)は2020年11月に世界で初めてロナファルニブを医薬品として承認した。以降、欧州やオーストラリア、中国でも承認され、わが国においても2024年1月に厚生労働省に薬事承認され同年5月より販売が開始されている。なお、本剤は、典型HGPS、非典型HGPSに加え、プロセシング不全性のプロジェロイド・ラミノパチーも適応症となる。Gordonらは、本剤の内服治療により有意な死亡率の低下を認めたと報告している。4 今後の展望■ 診断法プロジェリンに対する特異的モノクロナル抗体を用いた血漿中プロジェリンの免疫測定法がGordon らの研究グループから報告されている。国内でもLC-MS/MSを用いたラミンAタンパク質バリアントの測定系の確立とその実用化に向けた準備が進められている。■ 治験プロジェリンとラミンAの結合阻害作用を有する低分子化合物Progerininの国際共同治験(Phase I)が2020年より進められている。ほかの国際治験の進捗については、Progeria Research Foundationのホームページで随時公開されている。5 主たる診療科小児科、皮膚科、整形外科、循環器内科、遺伝科※ 医療機関によって診療科目の区分は異なることがあります。6 参考になるサイト(公的助成情報、患者会情報など)診療、研究に関する情報令和6年度 厚生労働科学研究費補助金 難治性疾患等政策研究事業「早老症のエビデンス集積を通じて診療の質と患者QOLを向上する全国研究」研究班(一般利用者向けと医療従事者向けのまとまった情報)NPO法人 Progeria Research Foundation(英語のホームページで詳細な情報・資料を公開/一般利用者向けと医療従事者向けのまとまった情報)Progeria Clinical Care Handbook(プロジェリアの子どもたちの家族と医療従事者のためのガイド第2版)(日本語版のガイドが無料ダウンロードできる/医療従事者向けのまとまった情報)1)Hutchinson J. Med Chir Trans. 1886;69:473-477.2)Gilford H. Med Chir Trans. 1897;80:17-46:25.3)Gordon LB, et al. GeneReviews [Internet]; 1993-2024.4)Wang J, et al. Pediatr Res. 2024;95:1356-1362.5)Gordon LB, et al. Circulation. 2023;147:1734-1744.公開履歴初回2025年2月7日

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Long COVIDの神経症状は高齢者よりも若・中年層に現れやすい

 新たな研究によると、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の罹患後症状(long COVID)のうち、重篤な神経症状は、高齢者よりも若年層や中年層の人に現れやすいことが明らかになった。米ノースウェスタン・メディスン総合COVID-19センターの共同所長を務めるIgor Koralnik氏らによるこの研究結果は、「Annals of Neurology」に11月22日掲載された。 Long COVIDの神経症状は、頭痛、しびれやうずき、嗅覚障害や味覚障害、目のかすみ、抑うつ、不安、不眠、倦怠感、認知機能の低下などである。論文の上席著者であるKoralnik氏は、「COVID-19による死亡者数は減少し続けているが、人々は依然としてウイルスに繰り返し感染し、その過程でlong COVIDを発症する可能性がある」と指摘する。同氏は、「long COVIDは、患者の生活の質(QOL)に変化を引き起こしている。ワクチン接種や追加接種を受けている人でも、COVID-19患者の約30%にlong COVIDの何らかの症状が現れる」と話す。 今回の研究では、2020年3月から2023年3月の間にノースウェスタンメモリアルホスピタルのNeuro-COVID-19クリニックを受診し、新型コロナウイルス検査で陽性が判明した最初の1,300人(COVID-19による入院歴のある患者200人、入院歴のない患者1,100人)を対象に、COVID-19の重症度(入院歴の有無)によるlong COVIDの神経症状の違いを検討した。対象患者は、若年層(18〜44歳)、中年層(45〜64歳)、高齢者(65歳以上)に分類された。 COVID-19の発症から10カ月後の時点で、若年層と中年層では、高齢者に比べてlong COVIDの神経症状の発生率が高く、症状の負担も大きいことが明らかになった。また、入院歴のない患者群では、若年層と中年層で高齢者に比べて、主観的な倦怠感や睡眠障害のスコアが高く、これらの層はQOLへの障害をより強く感じていることが浮き彫りになった。さらに、入院歴のない患者群では、認知機能(実行機能や作業記憶)のスコアが最も低かったのは若年層であることも判明した。一方、入院歴のある患者群では、認知機能の一部(実行機能)に統計学的に有意に近い年齢による差が認められたものの、QOLには年齢による有意な差は確認されなかった。 Koralnik氏は、「long COVIDは、社会の労働力、生産性、革新の多くを担う働き盛りの若年成人に特に大きな影響を及ぼし、健康上の問題や障害を引き起こしている」と述べ、「これは社会全体にとって厳しい状況だ」との見方を示している。 さらにKoralnik氏は、「この研究は、long COVIDに苦しむあらゆる年齢の人々に対し、症状を緩和し、QOLを向上させるために必要な治療とリハビリテーションのサービスを提供すべきことの重要性を浮き彫りにするものだ」と米ノースウェスタン大学のニュースリリースで述べている。

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禁煙すると心房細動のリスクは短期間で低下する

 喫煙は心房細動のリスク因子だが、禁煙に成功するとそのリスクは速やかに低下することが明らかになった。米カリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)のGregory Marcus氏らの研究によるもので、詳細は「JACC: Clinical Electrophysiology」に9月11日掲載された。研究者らは、「元喫煙者だからといって心房細動になると運命付けられてはいない」と述べている。 心房細動は不整脈の一種で、心臓の上部にある心房と呼ばれる部分が不規則に拍動する病気。このような拍動が現れた時の自覚症状として、動悸やめまいなどを生じることがある。しかしより重要なことは、心臓の中に血液の塊(血栓)が形成されやすくなり、その血栓が脳の動脈に運ばれるという機序での脳梗塞が起こりやすくなる点にある。このようにして起こる脳梗塞は、梗塞の範囲が広く重症になりやすい。 喫煙と心房細動の関連について、本論文の上席著者であるMarcus氏は、「喫煙が心房細動のリスクを高めるという強力なエビデンスがある。しかしその一方で、喫煙者が禁煙した場合の心房細動に関するメリットは明らかでなかった」とし、「われわれは禁煙によって心房細動の発症リスクが下がるのか、それともリスクは変わらないのかを知りたかった」と、研究背景を述べている。 この研究には、英国の大規模疫学研究「UKバイオバンク」に参加している現喫煙者や元喫煙者、14万6,772人(平均年齢57.3±7.9歳、女性48.3%)のデータが用いられた。このうち10万5,429人(71.8%)は元喫煙者、3,966人(2.7%)は研究期間中に禁煙した人で、3万7,377人(25.5%)は喫煙を続けていた。 平均12.7±2.0年の追跡で、1万1,214人(7.6%)が心房細動を発症した。年齢、性別、人種、BMI、教育歴、心血管合併症の既往、飲酒習慣、累積喫煙量(パックイヤー)を調整した上で心房細動の発症リスクを比較。すると、現喫煙者を基準として元喫煙者ではリスクが13%低く(ハザード比〔HR〕0.87〔95%信頼区間0.83~0.91〕)、研究期間中に禁煙した人では18%低かった(HR0.82〔同0.70~0.95〕)。 この結果についてMarcus氏は、「喫煙者に対し、今から禁煙したとしても遅すぎることはなく、また過去の喫煙歴があるからといって心房細動を発症する運命にあるわけではないことを示す、説得力のある新たなエビデンスを得られた。現在喫煙している人や長年喫煙してきた人でも、禁煙によって心房細動のリスクを下げられる」と話している。同氏はまた米国心臓病学会発のリリースの中で、「われわれの研究結果はおそらく、禁煙後には速やかに心房細動のリスクが低下することを示しているのではないか」とも述べている。

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セマグルチドを使用しても自殺リスクは上昇せず

 肥満症治療薬であるGLP-1受容体作動薬のセマグルチドの人気が急上昇する一方で、その潜在的な副作用に対する懸念も高まりを見せている。しかし、新たな研究により、そのような懸念の一つが払拭された。米ペンシルベニア大学ペレルマン医学大学院ペン自殺予防センター所長のGregory Brown氏らによる研究で、セマグルチドの使用により抑うつ症状や自殺念慮、自殺行動のリスクは増大しないことが示されたのだ。セマグルチドを有効成分とするオゼンピックやウゴービを製造するノボ ノルディスク社の資金提供を受けて実施されたこの研究の詳細は、「JAMA Internal Medicine」に9月3日掲載された。 2型糖尿病治療薬として開発されたセマグルチドは、臨床試験で肥満症治療薬としての有効性が明らかにされて以降、大きな注目を集め、今や医師が患者に週1回のセマグルチドの皮下注射を処方することは珍しいことではなくなっている。実際に、2023年には500万人もの米国人がセマグルチドを処方されており、そのような人の10人に4人は体重管理のために同薬を使用しているという。 この研究では、セマグルチドに関する4つの主要な臨床試験(第3a相STEP1、2、3試験および第3b相STEP5試験)の対象者から得たデータを用いて、週に1回のセマグルチド2.4mgの皮下注射が精神面にどのような影響を与えるのかが、プラセボとの比較で検討された。STEP1、2、3試験の対象者は総計3,377人(平均年齢49歳、女性69.6%)、STEP5試験の対象者は304人(平均年齢47歳、女性77.6%)で、いずれも肥満または過体重であり、STEP2参加者は2型糖尿病にも罹患していた。対象者の抑うつ症状はPatient Health Questionnaire(PHQ-9)で、自殺念慮と自殺行動はコロンビア自殺重症度評価尺度(C-SSRS)で評価されていた。 STEP1、2、3試験対象者のベースライン時のPHQ-9スコアは、セマグルチド群で2.0点、プラセボ群で1.8点であり、抑うつ症状は「ない/最小限」と判定されていた。治療開始から68週目でのPHQ-9スコアは、同順で2.0点と2.4点であり、解析からは、68週間にわたる治療により、プラセボ群と比べてセマグルチド群のPHQ-9スコアの重症度カテゴリーが上昇する可能性は低いことが示された(オッズ比0.63、95%信頼区間0.50〜0.79、P<0.001)。自殺念慮や自殺行動については、治療中に両群ともに1%未満の対象者が自殺念慮を抱いたことを報告していたが、両群間に有意差はなかった。STEP5対象者の結果も、これらの結果と同様であった。 Brown氏は、「セマグルチドを使用している過体重や肥満の人が抑うつ症状、自殺念慮や自殺行動を経験する可能性は確かにあるが、本研究結果は、セマグルチドを使用していない人が自殺念慮や自殺行動を経験する可能性も同程度であることを示唆している」と言う。 研究グループは、「これらの結果は、米食品医薬品局(FDA)によるセマグルチドの継続的な調査結果と一致している」とペンシルベニア大学のニュースリリースの中で指摘している。最新のデータ分析では、セマグルチドの使用が自殺念慮や自殺行動を引き起こすという証拠は見つからなかったことが報告されているという。 しかし研究グループは、今回の研究に精神障害を有する人が含まれていなかったことを踏まえ、「うつ病やその他の重篤な精神障害罹患者に対するセマグルチドの効果については、さらなる研究で検討する必要がある」と話している。

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お酒の種類と血圧の関係

 アルコールの摂取量が血圧と強い正の相関関係を示すことが報告されているが、アルコールの種類が血圧に及ぼす影響についてのデータは十分ではなく、赤ワインは女性において血圧を低下させる可能性、ビールは血管内皮機能に有益な効果を有する可能性が指摘されている。デンマーク・University of Southern DenmarkのGorm Boje Jensen氏らによる10万人以上を対象とした大規模研究の結果、アルコール摂取量は用量依存的に血圧の上昇と関連しており、その影響はアルコールの種類によらず同様であった。The American Journal of Medicine誌オンライン版2024年5月14日号の報告より。 アルコールの種類と摂取量はアンケートにより収集された。参加者は赤ワイン、白ワイン、ビール、スピリッツ、デザートワインの週当たりの摂取量を報告。アルコールの週当たりの総摂取量に応じ、7群に層別化された(0/1~2/3~7/8~14/15~21/22~34/35杯以上、1杯のアルコール量は約12gとして評価)。血圧はデジタル自動血圧計で測定され、週当たりのアルコール摂取量と血圧の関係の評価には、多変量線形回帰モデルを使用。年齢・性別により層別化され、関連する交絡因子が調整された。各アルコールの種類別の評価については、他の種類のアルコールについて調整済みのモデルで解析された。 主な結果は以下のとおり。・Copenhagen General Population Studyから、2003年11月25日~2015年4月28日に20〜100歳の10万4,467人が登録された。・8.0%(8,402人) がまったくアルコールを飲まなかったのに対し、2.6%(2,767人)が週に35杯以上のアルコールを摂取していた。・73.7%(7万6,943人)が週に2種類以上のアルコールを摂取していたのに対し、12.6%(1万2,093人)は赤ワインのみ、4.5%(4,288人)はビールのみ、1.9%(1,815人)は白ワインのみ、1.0%(926人)はスピリッツとデザートワインのみを摂取していた。・週当たりのアルコール総摂取量と収縮期血圧(SBP)および拡張期血圧(DBP)の間には用量反応関係が認められた(p<0.001)。・アルコール摂取量が多いグループ(週 35 杯以上)と少ないグループ(週1~2杯)の間で、SBPは11mmHg、DBPは7mmHgの差(crude difference)が確認された。・アルコールの種類がSBPとDBPに与える影響についてみると、系統的な差異は確認されなかった。赤ワイン、白ワイン、ビールの週当たり1杯の摂取により、SBPは0.15~0.17 mmHg、DBPは0.08~0.15 mmHg高くなった。・年齢と性別で層別化した結果、女性と60歳未満では影響がわずかに大きかった。

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高リスクHR+/HER2-乳がんの術前療法、レトロゾール+アベマシクリブ12ヵ月投与vs.化学療法(CARABELA)/ESMO BREAST 2024

 高リスクのHR+/HER2-早期乳がんに対する術前療法として、レトロゾール+アベマシクリブ12ヵ月投与を化学療法と比較した第II相無作為化非盲検CARABELA試験で、主要評価項目であるResidual Cancer Burden(RCB)インデックス0~Iの割合は達成できなかったが、臨床的奏効率(CRR)は同様であった。スペイン・Instituto de Investigacion Sanitaria Gregorio MaranonのMiguel Martin氏が、欧州臨床腫瘍学会乳がん(ESMO Breast Cancer 2024、5月15~17日)で報告した。・対象: HR+/HER2-、Ki67≧20%、StageII/IIIの乳がん・試験群(レトロゾール+アベマシクリブ群):レトロゾール2.5mg+アベマシクリブ300mg±LHRHアナログを12ヵ月投与(100例)・対照群(化学療法群):アントラサイクリン(4サイクル)→タキサン(weeklyパクリタキセルを12サイクルもしくは3週ごとドセタキセルを4サイクル)(100例)・層別化基準:TMN Stage(II vs.III)、閉経の有無、Ki67(<30% vs.≧30%)・評価項目:[主要評価項目]RCBインデックス0~Iの割合[副次評価項目]MRIによるCRR、RCBインデックスの分布、RCBインデックス中央値、安全性など 主な結果は以下のとおり。・レトロゾール+アベマシクリブ群と化学療法群で年齢中央値は共に53歳、閉経後が56%と58%、StageIIが78%と80%、Ki67≧30%が78%と76%であった。・RCBインデックス0~Iの割合は、レトロゾール+アベマシクリブ群が13%(95%信頼区間:7~21)で化学療法群の18%(同:12~26)と同等ではなかった。・RCBインデックスの中央値は、レトロゾール+アベマシクリブ群が2.8、化学療法群が1.9だった(p=0.0182)。・RCBインデックスの分布は、レトロゾール+アベマシクリブ群(98例)で0~Iが13例、IIが60例、IIIが25例、化学療法群(98例)で順に18例、57例、23例だった(p=0.62)。・CRRはレトロゾール+アベマシクリブ群78%、化学療法群71%で有意差はなかった(p=0.26)。・有害事象による治療中止は、レトロゾール+アベマシクリブ群9例(9%)、化学療法群 4例(4%)であった。 現在、レトロゾール+アベマシクリブで最大のベネフィットを得られる患者を同定するべく、分子的研究を実施中。

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慢性疾患治療薬のサロゲートマーカーでの効果判定、エビデンスの強さは?/JAMA

 非腫瘍性慢性疾患の治療薬に関して、米国食品医薬品局(FDA)の承認を裏付ける臨床試験の主要エンドポイントとして使用された代替マーカー(サロゲートマーカー)の半数以上が、この代替マーカーを用いて評価した治療効果と臨床アウトカムとの関連を検討したメタ解析が公表されておらず、少なくとも1つのメタ解析を確認したサロゲートマーカーも、その多くが臨床アウトカムとの関連について高い強度のエビデンスを欠いていることが、米国・エモリー大学のJoshua D. Wallach氏らの調査で明らかとなった。研究の成果は、JAMA誌オンライン版2024年4月22日号で報告された。代替マーカーを用いた臨床試験のメタ解析を系統的に要約 研究グループは、非腫瘍性慢性疾患の治療薬に関して、代替マーカーを用いて評価した治療効果と臨床アウトカムとの関連性の強さを検討した臨床試験のメタ解析(メタ解析、系統的レビューとメタ解析、統合解析)から得られたエビデンスの要約を目的に系統的レビューを行った(Arnold Ventures to the Yale Collaboration for Regulatory Rigor, Integrity, and Transparency[CRRIT]の助成を受けた)。 解析には、FDAの成人代替エンドポイント表(FDA Adult Surrogate Endpoint Table)に掲載され、2023年3月19日の時点でMEDLINEに登録されていた文献から得た32の固有の非腫瘍性慢性疾患の臨床試験で、主要エンドポイントとして使用されていた37の代替マーカーのデータを用いた。 これらの慢性疾患と代替マーカーの組み合わせには、たとえばアルツハイマー病におけるアミロイドβ、喘息における呼気1秒量(FEV1)、慢性腎臓病(CKD)における血清クレアチニン値、HIV-1における血清HIV抗体などが含まれた。59%で、代替マーカーで評価した効果とアウトカムの関連を検討したメタ解析がない 21の慢性疾患の22(59%)の代替マーカーについては、適格なメタ解析が同定できなかった。一方、14の慢性疾患の15(41%)の代替マーカーについては、少なくとも1つのメタ解析を特定した。メタ解析の総数は54件で、1つの代替マーカー当たりのメタ解析数の中央値は2.5件(四分位範囲[IQR]:1.3~6.0)だった。 また、1つのメタ解析に含まれた試験数中央値は18.5件(IQR:12.0~43.0)、患者数中央値は9万56例(2万109~17万14)であった。高い強度のrまたはR2を示したのは17% 54件(14件[26%]は製薬企業による助成を受けた)のメタ解析では、代替マーカーと臨床アウトカムの109件の組み合わせについて報告していた。 このうち少なくとも1つの相関係数(r)または決定係数(R2)の報告が行われていたのは59件(54%)で、少なくとも1つのrまたはR2が高い強度(r≧0.85またはR2≧0.72)に分類されていたのは10件(17%)であった。 これに対し、残りの50件(46%)では、傾き(slope)、効果推定値(effect estimate)、メタ回帰分析(meta-regression analysis)の結果のみを報告しており、このうち少なくとも1つの統計学的に有意な結果を示したのは26件(52%)だった。 著者は、「これらの知見は、FDAによる慢性疾患治療薬の承認に使用される可能性のある代替エンドポイントを支持するエビデンスの要約を、一般に公開することの重要性を強調するものである」としている。

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高齢入院患者のせん妄、認知症リスクが増加/BMJ

 認知症がなく、せん妄のエピソードを少なくとも1回経験している65歳以上の入院患者が初発の認知症の診断を受けるリスクは、せん妄のない患者のほぼ3倍に達し、せん妄のエピソードが1回増えるごとにリスクが20%増加することが、オーストラリア・クイーンズランド大学のEmily H. Gordon氏らの調査で示された。研究の成果は、BMJ誌2024年3月27日号で報告された。ニューサウスウェールズ州の後ろ向きコホート研究 研究グループは、認知症のない高齢患者におけるせん妄と認知症発症との関連を評価する目的で、後ろ向きコホート研究を行った(オーストラリア国立保健医療研究評議会[NHMRC]の助成を受けた)。 2001年7月~2020年3月に、オーストラリア・ニューサウスウェールズ州の公立・私立病院に入院した65歳以上の患者のデータを収集した。ベースラインで認知症の患者は除外。個人的特性と臨床的特性をマッチングすることで、せん妄ありとなしの患者の組み合わせを決定し、5年以上追跡した。 主要アウトカムは、せん妄と死亡、およびせん妄と認知症発症との関連とし、せん妄とアウトカムの用量反応関係を定量化した。せん妄による認知症リスクは男性のほうが高い マッチングを行った5万5,211組(11万422例、平均年齢83.4[SD 6.5]歳、男性48%)を解析の対象とした。63ヵ月(5.25年)の追跡期間中に、58%(6万3,929例)が死亡し、17%(1万9,117例)が新たに認知症と診断された。 せん妄のない患者と比較して、せん妄を有する患者は、死亡リスクが高く(ハザード比[HR]:1.39、95%信頼区間[CI]:1.37~1.41)、初発の認知症のリスクも顕著に高かった(部分分布のHR:3.00、95%CI:2.91~3.10)。 また、せん妄と認知症との関連は、女性よりも男性で強力であった(部分分布のHR:男性3.17、女性2.88、p=0.004)。せん妄の予防、治療で、認知症の疾病負担軽減の可能性 せん妄のエピソードが1回増えるごとに、死亡のリスクが10%増加し(HR:1.10、95%CI:1.09~1.12)、認知症のリスクは20%増加した(部分分布のHR:1.20、95%CI:1.18~1.23)。 著者は、「これらのデータは、せん妄が認知症の原因となり得ることを示している」と述べ、「認知症の潜在的な修正可能なリスク因子として、せん妄の臨床的な意義は大きい。せん妄の予防と治療は、認知症の世界的な疾病負担を軽減する可能性がある」としている。

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口臭は特定の細菌の共生が原因?

 口臭は誰にとっても嫌なものだが、それがどこから発生しているのかは不明だった。こうした中、日本の研究グループが、特定の口腔細菌が共生することで、メチルメルカプタン(CH3SH)と呼ばれる化学物質の産生量が増加することが口臭の一因であることを突き止めた。研究グループは、今後の口臭や体臭を予防するケア製品の開発につながる研究成果だとの見方を示している。大阪大学大学院薬学研究科先端化粧品科学(マンダム)共同研究講座の原武史氏らによるこの研究の詳細は、「mSystems」に1月30日掲載された。 CH3SHは口臭と歯周病との関連が強い主な口臭原因物質の一つであり、微量でも強い臭気を発することが知られている。原氏らは今回、嫌気条件下で2種類の細菌を接触させることなく共培養する方法を構築して、ヒトの口腔内に生息する主要な細菌の相互作用とCH3SH産生について調べた。 その結果、歯周病に関連する口腔常在菌のフソバクテリウム・ヌクレアタム(Fusobacterium nucleatum)がメチオニンを代謝する過程でCH3SHが産生されることが確認された。また、F. nucleatumが、歯の表面に付着して初期段階のプラーク形成に関与する口腔レンサ球菌のStreptococcus gordoniiと共生していると、CH3SHの産生量が最大で3倍になることも示された。研究グループは、これらの細菌の共生によるCH3SHの産生量増大の仕組みを「口臭増強機構」と呼んでいる。その具体的な経路は、S. gordoniiから分泌されるアミノ酸の一種のオルニチンがF. nucleatumによる生理活性物質ポリアミンの合成を促進することでメチオニン代謝経路が活性化し、CH3SHの産生量の増加につながるというものであるという。 原氏は、「これらの知見は、口腔内でのCH3SH産生が、S. gordoniiとF. nucleatumの相互作用によって促進されることを示唆している」と大阪大学のニュースリリースで述べている。 この研究は開始されてまだ間もないが、研究グループは、効果的な口臭予防法や治療薬の開発が、この口臭増強機構に基づいて進む可能性に期待を寄せている。また、口臭問題のリスク因子としてよく知られている歯周病の予防や治療に役立つ可能性もあると述べている。

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「継続は力なり」は勃起機能にも当てはまる?

 「継続は力なり」という諺は、男性の勃起機能にも当てはまる可能性があるようだ。マウスを用いた研究から、定期的に勃起することが勃起機能にとって重要である可能性が示されたのだ。この研究では、その鍵を握っているのが線維芽細胞と呼ばれる結合組織細胞であることも示唆された。カロリンスカ研究所(スウェーデン)細胞・分子生物学分野のEduardo Guimaraes氏らによるこの研究結果は、「Science」に2月9日掲載された。 研究グループによると、マウスかヒトかにかかわりなく、陰茎の組織で最も豊富なのは線維芽細胞であることは知られているが、その役割は不明であったという。今回、Guimaraes氏らが、遺伝子ターゲティングと光遺伝学(optogenetics)により陰茎海綿体の線維芽細胞の脱分極を誘導して検討した結果、線維芽細胞が陰茎の血管の収縮や拡張に重要な役割を果たしていることが明らかになった。また、線維芽細胞はノルアドレナリンの供給量を調節することで陰茎の血管を拡張させて勃起を促していることも示された。 論文の上席著者である同研究所のChristian Goritz氏は、「哺乳類での勃起の基本的なメカニズムは、解剖学的構造や細胞の構成などの点で、種を問わず非常によく似ている」と話す。ただし、「ヒトの陰茎に骨はないのに対し、ヒト以外のほとんどの哺乳類の陰茎には骨があるという違いはある」と同氏は指摘し、「このことは、効果的な血流調節がヒトの生殖にとってより重要であることを意味する」と説明している。 さらに今回の研究では、マウスの勃起回数が多ければ多いほど、勃起を促す線維芽細胞が陰茎組織内に増加することも明らかになった。この結果についてGoritz氏は、「さほど驚くような結果ではない。体は、酷使すればそれに順応するものだ。定期的にランニングをしていれば、徐々にランニング中でも楽に呼吸できるようになる。それと同じように、勃起の頻度が増えれば、勃起を可能にする線維芽細胞も増えるということだ」と話す。逆に、勃起の頻度が減ると、線維芽細胞の数も減るのだという。 このほか、高齢のマウスは陰茎の線維芽細胞の数が少なく、血流も少ない傾向にあることも示された。この結果は、勃起の問題に直面することの多いヒトの高齢男性にも当てはまるのだろうか。研究グループは、「その可能性はある」と述べる。そして、ジムでのトレーニングが筋力維持に役立つように、定期的な勃起「トレーニング」が勃起障害の予防に役立つのではないかとの考えを示している。Goritz氏は、「この考えは研究で証明されたわけではないため推測の域を出ない。それでも、定期的に勃起していれば勃起しやすくなるというのは、合理的な解釈だろう」と話している。 研究グループは、この研究結果が、勃起障害に対するより良い治療法の開発に役立つことに期待を示している。研究グループによると、男性の5〜20%が勃起障害に悩まされているという。

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脳梗塞発症後4.5~24時間のtenecteplase、転帰改善せず/NEJM

 多くの患者が血栓溶解療法後に血栓回収療法を受けていた脳梗塞の集団において、発症から4.5~24時間後のtenecteplaseによる血栓溶解療法はプラセボと比較して、良好な臨床転帰は得られず、症候性頭蓋内出血の発生率は両群で同程度であることが、米国・スタンフォード大学のGregory W. Albers氏が実施した「TIMELESS試験」で示された。tenecteplaseを含む血栓溶解薬は、通常、脳梗塞発症後4.5時間以内に使用される。4.5時間以降のtenecteplaseの投与が有益であるかどうかについての情報は限られていた。研究の詳細は、NEJM誌2024年2月22日号で報告された。北米112施設の無作為化プラセボ対照比較試験 TIMELESS試験は、米国の108施設とカナダの4施設が参加した二重盲検無作為化プラセボ対照比較試験であり、2019年3月~2022年12月の期間に患者の無作為割り付けを行った(Genentechの助成を受けた)。 年齢18歳以上、最終健常確認から4.5~24時間が経過した脳梗塞で、発症前に機能的自立(修正Rankin尺度[mRS、スコア範囲:0~6点、点数が高いほど機能障害が重度で6点は死亡を示す]のスコア0~2点)を保持していた患者を、tenecteplase(0.25mg/kg、最大25mg)を投与する群、またはプラセボを投与する群に無作為に割り付けた。脳梗塞は、NIHSSスコアが5点以上で、中大脳動脈M1/M2部または内頸動脈の閉塞を有し、灌流画像で救済可能組織を確認した患者であった。 主要アウトカムは、90日後のmRSの順序スコアとした。副次アウトカムの正式な仮説検証は行わず 458例を登録し、tenecteplase群に228例(年齢中央値72歳[四分位範囲[IQR]:62~79]、女性53.5%)、プラセボ群に230例(73例[63~82]、53.5%)を割り付けた。354例(77.3%)が、血栓溶解療法後に血栓回収療法を受けた。最終健常確認から無作為化までの時間中央値は、tenecteplase群が12.3時間(IQR:9.2~15.6)、プラセボ群は12.7時間(8.7~16.5)であった。 90日後の時点でのmRSスコア中央値は、tenecteplase群が3点(IQR:1~5)、プラセボ群も3点(1~4)だった。90日時のプラセボ群に対するtenecteplase群のmRSスコア分布の補正共通オッズ比は1.13(95%信頼区間[CI]:0.82~1.57)であり、両群間に有意な差を認めなかった(p=0.45)。 有効性の主要アウトカムに有意差がなかったことから、副次アウトカムの正式な仮説検証は行わなかったが、90日時の機能的自立(mRSスコア≦2点)の割合は、tenecteplase群が46.0%、プラセボ群は42.4%であり(補正オッズ比:1.18、95%CI:0.80~1.74)、24時間後の再疎通の割合はそれぞれ76.7%および63.9%(1.89、1.21~2.95)、血栓回収療法後の再灌流の割合は89.1%および85.4%(1.42、0.75~2.67)であった。死亡:19.7% vs.18.2%、症候性頭蓋内出血:3.2% vs.2.3% 安全性のアウトカムの解析では、90日時の死亡がtenecteplase群19.7%(43例)、プラセボ群18.2%(39例)、36時間以内の症候性頭蓋内出血はそれぞれ3.2%(7例)および2.3%(5例)で発生した。また、有害事象、重篤な有害事象、有害事象による試験からの脱落の発生にも両群間に差を認めなかった。 著者は、「発症から4.5時間以内のアルテプラーゼ投与について検討したさまざまな試験における静脈内投与から動脈穿刺までの時間中央値は25分であり、本試験では15分と短かったが、血栓回収療法前の再疎通の割合は同程度であった」としている。

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幼児期初期の自閉症をAIが高精度で診断

 米ルイビル大学の研究グループが、特殊なMRI画像から生後24カ月から48カ月の幼児の自閉症を98.5%の精度で診断する人工知能(AI)システムを開発したと発表した。同大学神経学教授で米ノートン小児自閉症センター所長のGregory N. Barnes氏らによるこの研究結果は、北米放射線学会年次総会(RSNA 2023、11月26〜30日、米シカゴ)で発表された。 この研究グループの一員である同大学のMohamed Khudri氏は、「われわれの開発したアルゴリズムは、自閉症の子どもと正常に発達している子どもの脳のパターンを比べて異なるところを見つけ出すように訓練されており、その結果に基づいて自閉症かどうかを診断するものだ」と述べている。 このAIシステムは、拡散テンソル磁気共鳴イメージング(DT-MRI)と呼ばれる画像診断技術を用いたもの。DT-MRIは、白質路と呼ばれる脳内ネットワークに沿って水分子がどのように移動するのかを検出する特殊な技術である。AIシステムは、DT-MRIスキャンから脳組織画像を分離し、水分子の拡散パターンに基づいて脳領域間の結合レベルを調べる。その後、機械学習アルゴリズムが、その拡散パターンに基づいて自閉症の子どもと正常に発達した子どもの脳を比較するという仕組みだ。Barnes氏は、「自閉症は、主として脳内の神経回路や神経細胞間の不適切な結び付きが原因で生じる。DT-MRIは、自閉症の子どもにしばしば認められる社会的コミュニケーションの障害や反復行動などの症状に関連するこれらの異常な結合を捉えるものだ」と説明している。 Barnes氏らは、Autism Brain Imaging Data Exchange-IIから抽出した、生後24カ月から48カ月の幼児226人の脳のDT-MRI画像を用いて、このAIシステムの診断性能を検証した。対象児のうち100人は正常に発達していたが、126人は自閉症だった。その結果、このAIシステムは、97%の感度と98%の特異度で自閉症児を検出し、全体的な正確度は98.5%であることが示された。このことから、AIシステムが自閉症児と非自閉症児を非常に高い精度で区別できることが明らかになった。 Khudri氏は、「われわれのアプローチは、2歳未満の幼児における自閉症の早期発見に向けた、新たな進歩となるものだ。3歳になる前に治療的介入を行うことで、自閉症児がより高い自立性やIQを達成するなどの転帰改善につながると考えている」と述べている。Barnes氏は、「早期介入の背後にある考え方は、脳の可塑性、つまり治療によって機能を正常化する脳の能力を利用することだ」と説明する。 米疾病対策センター(CDC)が発表した2023年の自閉症に関する報告によると、自閉症児のうち3歳までに発達評価を受けているのは半数以下であり、自閉症の基準を満たす子どもの30%は8歳までに診断を受けていないという。Barnes氏は、自閉症の診断が遅れる理由として、検査センターのリソース不足などを挙げている。Khudri氏は、このAIシステムは、影響を受けている脳経路を特定し、それが及ぼしている影響の程度や介入の指針として利用できる重症度スコアに関するレポートを生成するため、診断の迅速化に役立つ可能性があるとの見方を示す。研究グループは、米食品医薬品局(FDA)からAIソフトウェアの認可を得るために、申請中であるという。 なお、学会発表された研究結果は、査読を受けて医学誌に掲載されるまでは一般に予備的なものと見なされる。

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早期乳がん、術前MRIで術後放射線療法の省略を判定可能?(PROSPECT)/Lancet

 MRI検査で単病巣性の乳がん(unifocal breast cancer)が認められた病状良好な女性患者は、術後の放射線療法を安全に省略できることが示された。オーストラリア・王立メルボルン病院のGregory Bruce Mann氏らが、多施設共同前向き2アーム非無作為化試験「PROSPECT試験」の結果を報告した。早期乳がんに対する術後の乳房放射線治療は、標準的な乳房温存療法として行われているが、多くの女性にとって過剰治療となる可能性が示唆されている。また、乳房MRIは、局所腫瘍の最も感度の高い評価法である。本試験は、MRIと病理学的所見の組み合わせによって、放射線治療を安全に回避可能な局所乳がんを有する女性の特定が可能であることを見極める目的で行われた。Lancet誌オンライン版2023年12月5日号掲載の報告。単病巣性の乳がんで術後のpT1N0またはN1miは放射線治療省略、5年後IIRRを評価 PROSPECT試験は、術前のMRI検査と術後の腫瘍の病理学的所見により選択した患者を対象とした、放射線治療省略に関する試験であり、オーストラリアの大学病院4施設で行われた。cT1N0非トリプルネガティブ乳がんで50歳以上の女性を適格とした。 適格となった女性のうちMRIで単病巣性の乳がんが認められた患者は、乳房温存手術(BCS)を受け、pT1N0またはN1miの場合は放射線治療が省略された(グループ1)。それ以外の患者には、MRIで検出された他のがん切除など標準治療が行われた(グループ2)。また、全患者が薬物療法を受けた。 主要評価項目は、グループ1の5年後の同側浸潤性乳がん再発率(IIRR)とした。 主要解析は、グループ1で100人目の患者の追跡調査が5年に到達した後に行われた。本試験の鑑別法(PROSPECT pathway)により治療を受けた患者の質調整生存年(QALY)と費用対効果についても分析した。5年後IIRRは1.0%、再発1件目は4.5年時点 2011年5月17日~2019年5月6日に、乳がん患者443例がMRI検査を受けた。年齢中央値は63.0歳。MRI検査によって48例(11%)で、指標となるがんとは別に61個の潜在的な悪性病変が検出された。 放射線治療を省略したBCSを受けたグループ1(201例)において、5年後のIIRRは1.0%(95%信頼区間[CI]上限値:5.4%)であった。グループ1の局所再発は、1件目が4.5年時点で、2件目が7.5年時点で報告された。 グループ2(242例)では、9例が乳房切除術を受けており(コホート全体の2%)、5年IIRRは1.7%(95%CI上限値6.1%)であった。 コホート全体で報告された唯一の遠隔転移は、指標となるがんとは遺伝子学的に異なるものであった。 PROSPECT pathwayにより、QALYが0.019(95%CI:0.008~0.029)増加し、患者1例当たり1,980オーストラリアドル(95%CI:1,396~2,528)(953ポンド[672~1,216])の節減効果が認められた。

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座って過ごすことは眠っているよりも心臓の健康に悪い

 心臓の健康にとって、座って過ごすことほど悪いことはないことが、新たな研究で確認された。研究論文の筆頭著者である、英ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)スポーツ・運動・健康研究所のJoanna Blodgett氏は、「われわれの研究から得られた大きな収穫は、活動量を少し増やすだけでも心臓の健康に良い影響を与えることができるということと、その強度も重要だということだ」と述べている。Blodgett氏らの研究では、心臓の健康に最も効果的なのは、たとえ数分でも、座って過ごす時間をランニングや早歩きなどの心拍数と呼吸数を上げるような中等度から高強度の運動(moderate to vigorous physical activity;MVPA)に置き換えることであり、立っていることや眠っていることでさえ、座っているよりは良いことが示されたという。この研究結果は、「European Heart Journal」に11月10日掲載された。 心血管疾患は世界の死因の第1位を占める疾患だ。研究グループによると、2021年には3人に1人が心血管疾患により死亡し、1997年以来、世界中で心血管疾患の罹患者数は倍増しているという。 この研究では、Prospective Physical Activity, Sitting, and Sleep(ProPASS)コンソーシアムから6件の研究(5カ国の対象者の総計1万5,253人、平均年齢53.7±9.7歳)のデータを抽出し、5種類の身体活動と6種類の肥満度および心血管代謝の指標との関連を調べた。5種類の身体活動とは、睡眠、座位行動、立位行動、低強度の運動(light intensity physical activity;LIPA)、MVPAで、6種類の指標とは、BMI、ウエスト周囲径、HDLコレステロール(HDL-C)、総コレステロール(TC)とHDL-Cの比(TC/HDL-C比)、トリグリセライド(中性脂肪)、HbA1cであった。対象者は、太ももに装着するウェアラブルデバイスで1日の活動量を測定していた。 対象者は平均して、睡眠に7.7時間、座位行動に10.4時間、立位行動に3.3時間、LIPAに1.5時間、MVPAに1.3時間を費やしていた。解析からは、座位行動と比べた場合に心臓の健康に最も良い影響をもたらすのはMVPAであり、次いで、LIVP、立位行動、睡眠の順であることが明らかになった。また、1日の中に占める座位行動、立位行動、LIPA、睡眠の時間の一部をMVPAに置き換えるだけで、検討した指標の全てが改善することも示された。例えば、BMIが26.5の54歳女性の場合、30分の座位時間をMVPAに置き換えることで、BMIが0.64、ウエスト周囲径が2.5cm、HbA1cが1.33mmol/mol減少した(それぞれ、2.4%、2.7%、3.6%の減少)。心血管代謝を改善させるためにMVPA以外の身体活動をMVPAに置き換えるのに必要な最小の時間には、3.8分(LIPAをMVPAに置き換えることでHbA1cが改善)から12.7分(座位をMVPAに置き換えることで中性脂肪が改善)の幅があった。 本研究に資金を提供した英国心臓財団のアソシエイトメディカルディレクターであるJames Leiper氏は、「運動が心血管の健康に実質的な効果をもたらすことはすでに知られている。今回の研究結果は、毎日のルーチンを少し調整するだけで心筋梗塞や脳卒中の発症リスクを低下させられることを示したもので、励みになる」とコメントしている。 Leiper氏は、「毎日を活動的に過ごすのは、容易なことではない。どのようなものであれ心拍数が上がるような活動を長く楽しみながら続けるには、何らかの変化を加えることが重要となる。電話をかけながら歩く、時計のアラームをセットして1時間おきに立ち上がってスタージャンプをするなどの『運動スナック』を取り入れることは、1日の活動の中に身体活動を取り入れるための良い方法だろう」と述べている。

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20分強の身体活動でも座位時間の悪影響を相殺できる可能性

 座位時間が長い人では死亡リスクが高まるが、1日にわずか20分強の中強度から高強度の身体活動(moderate-to-vigorous physical activity;MVPA)を行うことで、そのリスクを相殺できる可能性が、新たな研究で示唆された。ノルウェー北極大学(UiT)のEdvard Sagelv氏らによるこの研究の詳細は、「British Journal of Sports Medicine」に10月24日掲載された。Sagelv氏は、「何らかの理由で1日の大半を座位で過ごす人でも、少量の身体活動を行うことで死亡リスクは大幅に低減し得る」と述べている。 Sagelv氏らは、ノルウェー、スウェーデン、米国で実施された4件の前向きコホート研究のデータ(対象者の総計は1万1,989人、女性50.5%)を用いて、MVPAが座位時間と死亡リスクとの関連にどのような影響を及ぼすのかを検討した。腰に装着する加速度計で計測された対象者の1日当たりの身体活動量と座位時間のデータを用いて、いずれも中央値を基準に、座位時間は10.5時間未満の「短い」と10.5時間以上の「長い」で、身体活動量は「22分未満」と「22分以上」で分類した。 中央値5.2年の追跡期間中に対象者の6.7%(805人)が死亡していた。解析の結果、1日当たりのMVPAが22分未満の人では、1日当たりの座位時間が8時間の場合と比べて、12時間の場合だと死亡リスクが38%(ハザード比1.38、95%信頼区間1.10〜1.74)、13時間の場合だと98%(同1.98、1.53〜2.57)上昇することが明らかになった。一方、1日当たりのMVPAが22分以上の人では、1日当たりの座位時間が12時間以上でも死亡リスクの上昇は認められなかった。死亡リスクは座位時間の長短に関係なく、MVPAの時間が長いほど低下していたが、この関連にはMVPAの量が大きく影響していることも示された。例えば、MVPAを1日10分増やした場合の死亡リスクの低下の幅は、1日当たりの座位時間が10.5時間未満の人では15%であるのに対し、座位時間が10.5時間以上の人では35%であった。 ただし、本研究により、身体活動が死亡リスクを低下させることが証明されたわけではなく、両者の関連性が示されたに過ぎない。それでも、本研究には関与していないTrue Health Initiativeの代表を務めるDavid Katz氏は、「この研究は、われわれが自身の身体から活力を得るためには、まずは体を動かすことが必要なことを再確認するものだ」と述べている。 Sagelv氏は、先進国の多くでは、成人が1日に9〜10時間も、その大部分は仕事のために、座位で過ごしていると説明する。そのため、一部の職場では、立ってでも座ってでも仕事ができるような場所を設けたりするなど、座位時間を減らすための試みがなされている。これに対して、仕事以外の時間に、人々に身体活動を行うための安全な場所を提供することはより困難であると同氏は指摘する。同氏は、安全にサイクリングやウォーキングを行える場所や、都市に緑地を増やすことの必要性に言及し、「公的資金をもっと投入して安全に運動できるスペースを増やせば、より多くの疾患予防につながり、それが早期死亡の減少につながる」と主張している。 なお、Sagelv氏によれば、MVPAとは、一般に考えられているほど激しい運動ではなく、安静時よりもやや呼吸の上がる程度の身体活動だということだ。MVPAの例としては、早歩きする、普通のペースで坂道を上る、普通のペースで自転車を漕ぐ、ガーデニングをする、子どもと遊ぶ、などが挙げられるという。さらに同氏は、「運動を始めるのに遅過ぎるということはない。活動的であればあるほど、筋力や心臓の健康の低下を防ぐことができる」と強調している。

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体重維持には朝に運動するのがベスト

 スリムな体型を保つには、タイミングこそが全てかもしれない。日常的に早朝に中等度から高強度の身体活動(moderate-to-vigorous physical activity;MVPA)を行う成人は、遅い時間帯にMVPAを行う成人に比べて太り過ぎや肥満になる可能性の低いことが、新たな研究で示された。米フランクリン・ピアス大学運動生理学分野のTongyu Ma氏らによるこの研究の詳細は、「Obesity」に9月4日掲載された。 Ma氏らはこの研究で、2003〜2004年と2005〜2006年の米国国民健康栄養調査(NHANES)参加者から抽出した5,285人のデータを用いて、MVPAを行う時間帯(早朝、昼間、夕方)と肥満(BMI、腹囲)との関連を検討した。参加者は7日連続で、起きている時間帯に腰部加速度計を装着するよう指示されており、週末を1日以上含む4日間(1日の装着時間が10時間以上)のデータがそろった場合を有効データとして用いた。このデータを基に参加者の身体活動(PA)のパターンを「朝」(642人)、「昼」(2,456人)、「夕方」(2,187人)の3群に分類した。 その結果、運動パターンが「朝」の参加者では、「昼」と「夕方」の参加者と比べて、BMIと腹囲の値が低いことが明らかになった。調整済みの平均BMIは、「朝」の参加者で27.4、「昼」の参加者で28.4、「夕方」の参加者で28.2であり、腹囲は同順で、95.9cm、97.9cm、97.3cmであった。また、PAに関するガイドラインで推奨されている週に150分以上のMVPAを行っていた参加者における調整済みの平均BMIは、「朝」の参加者で25.9、「昼」の参加者で27.6、「夕方」の参加者で27.2であり、腹囲は同順で、91.5cm、95.8cm、95.0cmであった。 このような結果についてMa氏は、「定期的に運動を行っている場合、朝に運動を行っている人の方が昼や夕方に運動を行っている人よりも、BMIが2単位低く、腹囲が1.5インチ(約3.8cm)小さかった」と述べ、「朝のワークアウトは、体重管理において有望な手段である」と主張している。ただしMa氏は、この研究により朝の運動が体重と関連することが示されたに過ぎず、両者の因果関係が明らかになったわけではないことも強調している。 Ma氏はまた、予想外の結果として、運動パターンが「朝」の参加者は、3群の中で座位時間が最も長かったことに言及。この点について同氏は、朝に運動をする人は、ソファーで過ごす時間が長いとしても、昼間や夕方に運動する人の活動量をしのぐ、「しっかりとした朝のワークアウトセッション」を行っている可能性が高いとの見方を示している。さらに、運動パターンが「朝」の参加者は、食生活が全体的に健康的であり、運動パターンが「昼」や「夕方」の参加者よりも摂取カロリーが少なかったという。 では、朝の運動が体型維持に有利となる理由は何なのだろうか。Ma氏は、「一晩の絶食を経た後の早朝には、われわれの体は低エネルギー状態にある。そのため、脂肪を使って運動に必要なエネルギーを作り出すことが多くなる。おそらくはこれが、朝の運動が体重管理に適している理由なのだろう」と述べている。 米国の栄養と食事のアカデミーの元会長であるConnie Diekman氏は、今回の結果についてはさらなる研究で検討する必要があるとしながらも、「結果に驚きはなかった」と話す。同氏は、「われわれは以前より、朝一番の運動がより効果的であるとして推奨してきた。現時点で得られたエビデンスは、朝の運動が代謝を高めるというベネフィットに焦点を当てているが、そのエビデンスの強さは、『朝に運動をしなければならない』と言い切れるほど強いものではない」と説明する。 Diekman氏は、自分の都合に合わせて運動を行うことを勧めており、「健康な体を維持するためには、PAを日課にする必要がある。これが、管理栄養士である私からの最も重要なアドバイスだ。週に150分以上のPAを、自分の毎日/毎週のルーチンに最も適した方法で行うように努力してみてほしい」と話している。

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