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心不全患者とポリファーマシーの本質を考える【心不全診療Up to Date】第8回

第8回 心不全患者とポリファーマシーの本質を考えるKey Pointsポリファーマシーの「質」と「量」を考えるポリファーマシーへの対策潜在的不適切処方、有害事象を起こす可能性のある薬剤はないか?本気の多職種連携で各施設・地域に合った効率良い対策を考えるはじめにこれまで、心不全患者において、診療ガイドラインに準じた標準的心不全治療(guideline-directed medical therapy:GDMT)を行うことの重要性を詳しく説明してきた。ただ、その際、常に議論となるのが、ポリファーマシー(多剤併用)問題である。この問題の本質は何か、そしてその対策としてすぐにできることは何か、本稿ではこのポリファーマシーを取り上げてみたい。 ポリファーマシーの「質」と「量」を考えるポリファーマシーを考える上で大切になってくるのが、「質」と「量」という視点である。「質」的なポリファーマシーとは、臨床的に必要とされる以上に多くの薬剤を処方されている状態であり、「量」的なポリファーマシーとは、5種類以上の薬剤内服と定義される。「量」的なポリファーマシーの中でも、10種類以上を内服している場合を“ハイパーポリファーマシー”と呼ぶが、TOPCAT試験(EF≥45%、平均69歳)のサブ解析1)にて、このような症例では入院のリスクが1.2倍であったという報告もあり(図1)、数が多いということも予後に大きく関連することがわかっている。つまり、「質」と「量」の両面から、このポリファーマシーというものをしっかり考えることが、薬剤数を適切に減らすうえで、極めて重要となる。(図1)心不全患者のポリファーマシー画像を拡大するでは、「質」的なポリファーマシーを考えるうえで何が一番重要となるか。それは、患者の生命予後やQOLに最も影響を及ぼす疾患・病態をしっかり把握し、薬剤の中でもできる限りの優先順位をつけておくことであろう。この連載のテーマは、心不全診療であるので、今回は、患者の生命予後やQOLに最も影響を及ぼすものが心不全である場合を考えていきたい。たとえば、駆出率の低下した心不全(HFrEF)患者においては、第1回で説明した通り、生命予後・QOL改善のために、原則4剤(RAS阻害薬/ARNi、β遮断薬、MRA、SGLT2阻害薬)の投与が推奨されており、どれだけ薬剤数が多くて何かを減らしたいとしても、この4剤は原則最後まで残しておくべきである。もちろん、食事摂取状況やADLなどの患者背景、腎機能などの検査所見などから、この4剤のうちどれかを中止せざるを得ない場面に遭遇することもあるが、安易な中断はかえって予後を悪化させるリスクもあり、注意が必要である。さらに例えて言うと、高カリウム血症よりも心不全予後改善薬を中止するほうが、長期的には予後やQOLを悪化させる可能性もあり2)、一旦中止してもその後に再開できないかを常に検討することが重要と考えられる。そして、もしその4剤の中のどれか1つでも投与開始や再開を見送る場合は、その薬剤を『投与しないリスク』についても患者側としっかり共有しておくことも忘れてはならない。そして、ポリファーマシーを考える上で、もう一つのキーとなる言葉が、『服薬アドヒアランス』である。この大きな原因は、患者自身がなぜその薬剤を飲んでいるか理解していないことが挙げられる。ある研究では、心不全患者の41%において、服薬アドヒアランスの低下を認め、この群では、アドヒアランス良好な群と比較して、心不全入院または死亡のリスクが2.2倍に上昇していたと報告されている3) 。つまり、ポリファーマシー対策を考える上で、患者といかに共同意思決定(Shared Decision Making)を行うか、など服薬アドヒアランス向上のための戦略もセットで、それぞれの施設や地域に適した形で考えることも大変意義のあることである。では少し具体的な対策について考えてみたい。ポリファーマシーへの対策1. 潜在的不適切処方(Potentially inappropriate medications:PIMs)、有害事象を起こす可能性がある薬剤(Potentially harmful drug:PHD)はないか?ポリファーマシー改善の第一歩は、PIMsがないか、適宜、処方されているすべての薬剤の見直しを行うことである。とくに、外来主治医が一人ではない場合、システム上それが漏れてしまうことが多く、年に1回でもよいので、総点検を実施することが大切である(できれば病院のシステムとして)。その際に参考となるプロトコル、アルゴリズムを表と図2に示す。(表)処方中止プロトコル画像を拡大する(図2)処方薬の中止/継続を判断するためのアルゴリズム画像を拡大するこのようなものをベースに、それぞれの施設に合った形で実施していただければ、大変効果的であると考える。そして、もう一つ重要なのが、心不全患者で注意すべき有害事象を起こす可能性がある薬剤(PHD)を服用していないか、ということにも注意を払うことである。その薬剤については、米国のガイドラインに明記されており、(1)抗不整脈薬、(2)Ca拮抗薬(アムロジピン以外)、(3)NSAIDs、(4)チアゾリジン薬(商品名:アクトスほか)である10)。とくに、抗不整脈薬は、加齢に伴い生理・代謝機能が低下することで、体内の薬物動態が変化し、本来の目的ではない催不整脈作用や併用薬の相互作用が顕在化するリスクがあるので、きわめて注意が必要である。また、NSAIDsは、腎臓の血管拡張を抑制(低下)させる腎プロスタグランジンの合成を阻害し、太いヘンレ係蹄上行脚や集合管でのナトリウム再吸収を直接阻害することで、ナトリウムと水分の貯留を引き起こし、利尿薬の効果を鈍らせる可能性がある4-9)。いくつかのコホート研究にて、心不全患者がNSAIDsを使用することで罹患率、死亡率が増加すること、また2型糖尿病患者のデータで、1ヵ月以内の短期のNSAIDsの使用であっても、その後の心不全新規発症率上昇と有意に関連していたという報告も最近されており、たとえ短期の使用であっても定期内服はかなり注意が必要と言える11)。 なお、心不全入院からの退院後90日以内に処方された潜在的有害薬物と再入院・死亡との関連をみた観察研究によると、潜在的有害薬物が実際に処方されていた割合は約12%で、最も頻繁に処方されていた薬剤はNSAIDs(6.7%)であった。次に多かったのが、非ジヒドロピリジン系Ca拮抗薬(4.7%)で、Ca拮抗薬はその後の再入院とも有意に関連していた12)。これらのことから、とくに高齢心不全患者では、上記4種の薬剤のなかでも、抗不整脈薬、NSAIDsの定期投与は、必要最小限に留め、処方する場合も常に中止を検討することが望ましいと考える。2. 本気の多職種連携で、それぞれの施設、地域に合った効率良い対策を考えるこれまで述べてきたポリファーマシー対策を効率よく実施し、それを長続きさせるには、医師だけでできることは時間的にも大変限られており、薬剤師、看護師、心不全療養指導士の皆さまにも積極的に介入してもらえるようなシステム作りが重要と考える。薬剤師による介入は、高齢者における薬剤有害事象のリスクを軽減することに有用であるという報告もあるし13)、これらのスタッフ全員がうまく役割分担をして、尊重し合い、サポートし合いながら、ポリファーマシー対策を実施することが、高齢心不全患者が増加しているわが国ではとくに必要であり、今後その重要性はますます増してくるであろう。このような多職種が介入する心不全の疾病管理プログラムの重要性は本邦の心不全診療ガイドラインでも明記されており14)、ぜひ、年に1回は、『処方薬、総点検週間』を設けるなど、積極的なポリファーマシーへの介入を実施していただければ幸いである。1)Minamisawa M, et al. Circ Heart Fail. 2021;14:e008293.2)Rossignol P, et al. Eur Heart Fail. 2020;22:1378-1389.3)Wu JR, et al. J Cardiovasc Nurs. 2018;33:40-46.4)Gislason GH, et al. Arch Intern Med. 2009;169:141-149.5)Heerdink ER, et al. Arch Intern Med. 1998;158:1108-1112.6)Hudson M, et al. BMJ. 2005;330:1370.7)Page J, et al. Arch Intern Med. 2000;160:777-784.8)Feenstra J, et al. Arch Intern Med. 2002;162:265-270.9)Mamdani M, et al. Lancet. 2004;363:1751-1756.10)Yancy CW, et al. J Am Coll Cardiol. 2013;62:e147-239.11)Holt A, et al. J Am Coll Cardiol. 2023;81:1459–1470.12)Alvarez PA, et al. ESC Heart Fail. 2020;7:1862-1871.13)Vinks THAM, et al. Drugs Aging. 2009;26:123-133.14)日本循環器学会/日本心不全学会合同ガイドライン:急性・慢性心不全診療ガイドライン(2017年改訂版)

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急性期広範囲脳梗塞に対する血管内治療の検証(解説:中川原譲二氏)

 大きな梗塞を伴う急性期脳梗塞に対する血管内治療の役割は、さまざまな集団で広く研究されていない。そこで、中国人を対象としたANGEL-ASPECT試験によって、本血管内治療の有効性を検証した。ASPECTSが3~5、または梗塞コア体積が70~100mLの患者を対象 前方循環の急性大血管閉塞症で、Alberta Stroke Program Early Computed Tomographic Score(ASPECTS)が3~5(範囲:0~10、値が低いほど梗塞が大きい)または梗塞コア体積が70~100mLの患者を対象に、中国で多施設、前向き、オープンラベル、無作為化試験を実施した。患者は、最後に元気であることが確認された時刻から24時間以内に、血管内治療群(血管内治療+内科的管理)と内科的管理単独群に1:1の割合でランダムに割り付けられた。主要評価項目は、90日後のmRSのスコア(スコアは0~6で、スコアが高いほど障害が大きい)で、90日後のmRSのスコアの分布に2群間で変化が生じたかどうかを調べた。副次評価項目は、mRSのスコアが0~2の割合、0~3の割合とした。安全性の主要評価項目は、無作為化後48時間以内の症候性頭蓋内出血とした。90日後のmRSスコアの分布は血管内治療群が良好 合計456例の患者が登録され、231例が血管内治療群に、225例が内科的管理単独群に割り付けられた。両群の約28%の患者が静脈内血栓溶解療法を受けた。2回目の中間解析で血管内治療の有効性が確認されたため、試験は早期に中止された。90日後、mRSのスコアの分布は、内科的管理単独よりも血管内治療が有利であることが観察された(一般化オッズ比:1.37、95%信頼区間:1.11~1.69、p=0.004)。症候性頭蓋内出血は、血管内治療群では230例中14例(6.1%)、内科的管理単独群では225例中6例(2.7%)に発生した。あらゆる頭蓋内出血は、血管内治療群では113例(49.1%)、内科的管理単独群では39例(17.3%)であった。副次的なアウトカムの結果は、1次解析の結果をおおむね支持するものであった。広範囲脳梗塞にも24時間以内の血管内治療が有効 日本で行われたRESCUE-Japan LIMIT(Yoshimura S, et al. N Engl J Med. 2022;386:1303-1313.)では、ASPECTSが3~5の大きな梗塞を伴う急性期脳梗塞患者において血管内治療の有効性が示され、あらゆる頭蓋内出血の発生は、それぞれ血管内治療群(血管内治療+内科的管理)58.0%、内科的管理単独群31.4%に認められた(p<0.001)。この試験では203例が、症状が認められてから6時間以内またはFLAIR画像で早期の変化が認められない場合には24時間以内に両群に割り付けられた。一方、中国で実施されたANGEL-ASPECT試験でも、RESCUE-Japan LIMITと同様の結果が得られた。すなわち、ASPECTSが3~5の患者に対して、24時間以内に血管内治療を実施したほうが、内科的管理単独の場合よりも予後が良かったが、頭蓋内出血が多いという結果であった。これらの臨床試験から、急性期広範囲脳梗塞に対する血管内治療の有効性が確定的となった。予後の改善機序については、大きな梗塞を伴う脳梗塞例では、大血管の血流再開による梗塞巣周囲の不完全脳梗塞の回避などが想定されるが、梗塞巣の内部や周囲の虚血域で、どのような組織救済が生じるかについて、さらなる検討が必要と思われる。

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「AYA世代」の緩和ケア、特有の難しさって?【非専門医のための緩和ケアTips】第49回

第49回 「AYA世代」の緩和ケア、特有の難しさって?緩和ケアを提供する患者さん、高齢の方が大半、というケースが多いのではないでしょうか。しかし、長く緩和ケアに関わっていると、終末期の若年者をケアする機会も出てきます。こうしたケースでは、高齢者へのケアとは異なる難しさを感じる方も多いのではないかと思います。今日の質問30歳の子宮頸がん患者さんへの訪問診療の依頼がありました。大学病院に通っていたそうですが、病状の進行に伴い訪問診療が必要になったとのこと。まだお子さんが5歳と小さく、多方面の支援が必要になりそうです。こうした若い方への緩和ケアは、どのような観点から考えればよいでしょうか?若年の終末期患者さんに対するケア、支援者自身が負担を感じることも多いでしょう。私も同世代のがん患者さんや、年下の患者さんを受け持った経験があり、今でも時々思い出します。若年患者は、がん領域ではしばしば「AYA(Adolescent and Young Adult:アヤ)世代」と呼ばれ、このカテゴリーで議論されることも多くあります。一般的には思春期の15歳ごろから30代までを指します。日本においては、年間約2万人のAYA世代ががんに罹患するとされ、罹患全体の2%程度を占めています。割合としてはそれほど多くないものの、総数はそれなりになるので、大学病院やがんセンター勤務でなくても、若年のがん患者さんと接する機会のある方は多いでしょう。AYA世代のがんとして多いのは、白血病などの血液腫瘍や生殖細胞から発生する胚細胞腫瘍・性腺腫瘍、脳腫瘍など小児に多い腫瘍や、乳がん・子宮頸がんなどの婦人科腫瘍です。希少がんと呼ばれる悪性腫瘍も含まれます。こうした点から基幹病院の専門医との連携も重要になります。また、今回のご質問のように、患者さんが小さい子供を抱えていたり、収入基盤が脆弱だったりすることもしばしばです。とくに「子供にどう病状を伝えるか」について、誰にも相談できずにいるというケースが多くあります。AYA世代の患者さんは、小さなお子さんを含めた家族や周囲の方との関わり方、仕事や収入の確保、時には通学といった、高齢者ではあまり経験しない幅広い支援が必要になることが特徴です。基幹病院や大学病院であれば、認定看護師や臨床心理士など、経験ある専門職と連携してケアに取り組むことができますが、プライマリ・ケアの現場では現実的に難しいことも多いでしょう。つまり、日常的に対応しない方ほど、この分野についてあらかじめ学んでおく必要があるのです。この機会に国立がん研究センターが運営するサイト「がん情報サービス」を確認するだけでも、とても役立つと思います。今回のTips今回のTipsAYA世代の緩和ケア、日常的に対応しない人ほど勉強が必要。

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第5回AYAがんの医療と支援のあり方研究会学術集会の開催について【ご案内】

 一般社団法人AYAがんの医療と支援のあり方研究会は、5月13~14日に『第5回 AYAがんの医療と支援のあり方研究会学術集会』を開催する。今回は、「Co-Creation ―対話からはじめる共創―」とし、長期的健康管理や身体活動性の維持、新規就労など社会とのつながりにおける課題、AYA世代と家族、終末期医療などAYA世代のがん医療を取り巻く多様な課題について取り上げる。大会長の渡邊 知映氏(昭和大学 保健医療学部)は、「この学術集会を通して、当事者と家族・医療者・支援者それぞれが向き合いながら、ときには立場を超えた対話をすることに挑戦したい」としている。 本研究会は、思春期・若年成人(Adolescent and Young Adult,:AYA)のがん領域の学術活動、教育活動、社会啓発および人材育成などを行うことにより、わが国の思春期・若年成人がん領域における医療と支援の向上に寄与することを目的としている。 開催概要は以下の通り。【日時】現地開催:2023年5月13日(土)~14日(日)オンデマンド配信:5月下旬~6月末 予定※一部プログラムをオンデマンド配信【会場】昭和大学上條記念館〒142-0064 東京都品川区旗の台1丁目1番地20アクセスはこちら【会長】渡邊 知映氏(昭和大学 保健医療学部)【テーマ】Co-Creation ―対話からはじめる共創―【参加登録】下記URLから参加登録が可能https://eat-sendai.heteml.net/jcs/ayaken-cong5/regist/index.html【プログラム(抜粋)】会期前日5月12日(金) 19:00~20:30 ライブ配信(後日オンデマンド配信あり)市民公開講座 「AYA研ラジオ」AYA世代でがんを経験した患者さんから、そのエピソードを大会長と副大会長をMCに進行する予定。オンラインでどこからでもつながることができる。また、スペシャルなゲストも招く企画も進行中のため、乞うご期待!<5月13日(土)>シンポジウム1 「AYAがん患者における運動器障害マネジメント~がんであっても動きたい!」塚本 泰史氏(大宮アルディージャクラブアンバサダー 事業本部 社会連携担当)五木田 茶舞氏(埼玉県立がんセンター整形外科/希少がん・サルコーマセンター)岡山 太郎氏(静岡県立静岡がんセンター リハビリテーション科)パネルディスカッション1 「AYA世代がん患者と家族 親との関わりに着目して」前田 美穗氏(日本医科大学)山本 康太氏(東京ベイ・浦安市川医療センター 事務部総務課)枷場 美穂氏(静岡県立静岡がんセンター 緩和医療科)国際連携委員会企画米国におけるAYAがん支援プログラムの活動体制、支援内容、活動評価についてProf. Bradley J. Zebrack氏(University of Michigan School of Social Work)<5月14日(日)>シンポジウム2 「青年期および若年成人(AYA)がんサバイバーの長期的健康管理」三善 陽子氏(大阪樟蔭女子大学 健康栄養学部健康栄養学科 臨床栄養発育学研究室)志賀 太郎氏(がん研究会有明病院 腫瘍循環器・循環器内科)理事長企画おばさん(おじさん)どもに思春期なんてわかるもんか~コロナ世代のコミュニケーションと未来~大野 久氏(立教大学名誉教授)【主催】一般社団法人AYAがんの医療と支援のあり方研究会【お問い合わせ】運営事務局 第5回AYAがんの医療と支援のあり方研究会学術集会E-mail: ayaken-cong.5@convention.co.jp

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英語で「痛みはどれくらいですか」は?【1分★医療英語】第74回

第74回 英語で「痛みはどれくらいですか」は?On a scale of 1 to 10, how would you score your pain?(1から10のスケールでいうと、痛みはどれくらいですか?)I would say 7.(7くらいです)《例文1》Could you describe your pain for me?(痛みはどのような感じですか?)《例文2》Could you rate your pain?(痛みを評価してもらえますか?[どのくらい痛いですか?])《解説》「痛みスケール」を使って患者さんに痛みの強度を表現してもらうとき、“Could/Would you rate/score your pain on a scale of 1 to 10, 1 being the lowest and 10 being the highest? ”(1が最も弱くて、10が最大の痛みとすると、あなたの痛みはどれくらいですか?)という言い方をよく使います。“score”や“rate”は、共に「点数を付ける」といった意味で、数字で答えてもらうスケールの質問に使いやすい動詞です。スケールを0~10として“0 means no pain and 10 is the worst pain that you can imagine. How are you feeling?”(痛みがないのがゼロ、想像できる最大の痛みが10だとすると、今はどんな感じですか?)という聞き方も可能です。 どのような種類の痛みなのかを詳しく知りたいときには“Could you describe/explain your pain?”(どんな痛みなのか説明してもらえますか?)と尋ねます。この時の患者さんからの期待される回答としては、“It is a sharp/dull/stubbing pain.”(鋭い/鈍い/刺すような 痛み)などとなります。講師紹介

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第157回 抗肥満薬の体重減少効果と維持期間は?

ノボ ノルディスク ファーマによると、肥満症を治療する同社のGLP-1受容体作動薬(以下、GLP-1薬)セマグルチド(商品名:ウゴービ皮下注)で体重は有意に減るものの、一般的に肥満症治療薬は使用を止めると多くの場合2~3年後には体重減少は半分ほどとなり、5年ほどもすると残念ながらほぼ元通りの体重に逆戻りしてしまうようです1,2,3)。医療の進歩について話し合うConsumer News and Business Channel(CNBC)主催の会議Healthy Returns Summitで同社の創薬部門リーダーKarin Conde-Knape氏がそう述べました。ノボ ノルディスク ファーマはもともとGLP-1薬による2型糖尿病治療を開発し、その過程で同剤の生理作用がかなり多岐にわたることを見出し、肥満治療としての検討にも着手しました。その甲斐あって誕生したのが先月末に日本で承認された肥満症治療薬ウゴービです。肥満は2型糖尿病の主因の1つであり、ウゴービは2型糖尿病の予防を担う薬剤になりつつあるとノボ ノルディスク ファーマのCEO・Lars Fruergaard Jorgensen氏は同会議で言っています。われわれの体に備わる生来のGLP-1は腸から放出され、空腹感や満腹感をもたらす脳の食欲調節領域に至って信号を伝達します。しかし肥満になりやすい人はどうやらその伝達に支障があり、それゆえ生来のGLP-1の働きを助けるウゴービのような薬剤が有用です。週1回皮下注射するウゴービの成分セマグルチドのアミノ酸配列は生来のGLP-1と94%同一で、生来のGLP-1と同様にGLP-1受容体を活性化し、カロリー摂取を抑えて体重減少をもたらします4)。半減期は投与間隔と同じ約1週間で、最後の投与から5~7週間は血液循環に残存します。Conde-Knape氏によるとウゴービ治療患者の約30%が体重の20%減少を達成しており、他のこれまでの治療にはるかに勝ります。Conde-Knape氏は肥満症治療薬を止めたあとの体重リバウンドの一般的な傾向をCNBCの会議で話しましたが、ウゴービに限った解析結果も同社はすでに把握済みです。昨春2022年4月に論文報告されたその解析結果は後にウゴービとして世に出るセマグルチド2.4mg週1回皮下注射の効果を調べた第III相試験STEP 1の被験者の追跡結果に基づきます。STEP 1試験には糖尿病ではない肥満成人2千人近く(1,961人)が参加し、68週間のセマグルチド2.4mg投与で体重が平均17.3%減少しました。その体重減少の70%ほど(11.6%)がセマグルチド投与を止めてから120週後までに悲しいかな復活し、17.3%だった体重の下げ幅はわずか5.6%に縮小していました。肥満症治療薬を止めたあとに体重が戻ってしまう仕組みについてさらなる研究が必要ですが、ともあれ肥満は頑固であり、体重減少の維持には治療を継続しなければいけないようです。ウゴービ投与で体重減少を維持できるのは今のところ最長で2~3年だとデータで示されていますが、さらに長期の治療の経過が依然として必要だとConde-Knape氏は言っています。肥満対策は生活習慣の改善だけに委ねるだけではもはや不十分との認識がウゴービのような肥満症治療薬の普及を背景にして世界で共有されつつあるようであり、低~中所得国政府の薬剤調達の指針となる必須薬一覧(essential medicines list)への肥満症治療薬の追加の検討を世界保健機関(WHO)が始めています5)。近々特許が失効して安価な後発品が作れるようになるノボ ノルディスク ファーマの肥満症治療薬Saxendaの有効成分liraglutideを必須薬一覧に含めることを米国の研究者と医師3人は要請しており、WHOに助言する専門家一同が今月中に検討に当たります。新たな必須薬一覧は今秋9月には完成する見込みです。参考1)People taking obesity drugs Ozempic and Wegovy gain weight once they stop medication / CNBC2)Novo Nordisk says stopping obesity drug may cause full weight regain in 5 years / Reuters3)CNBC Transcript: Novo Nordisk A/S CEO Lars Fruergaard Jorgensen & Global Drug Discovery SVP Karin Conde-Knape Speak with CNBC’s Meg Tirrell During CNBC’s Healthy Returns Summit Today / CNBC4)Wegovy Prescribing Information5)Exclusive: WHO to consider adding obesity drugs to 'essential' medicines list Reuters

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難治転移大腸がんへのfruquintinib、日本人患者にも有用/日本臨床腫瘍学会

 転移のある大腸がん患者に対する血管内皮増殖因子受容体 (VEGFR) -1、2、3を標的とするfruquintinibの有効性を示したFRESCO-2試験。本試験における日本人サブグループの解析結果を、2023年3月16~18日に開催された第20回日本臨床腫瘍学会学術集会(JSMO2023)のPresidential Session 4(消化器)で、国立がん研究センター東病院の小谷 大輔氏が発表した。 FRESCO-2試験は米国、欧州、オーストラリア、日本で実施された国際共同第III相試験であり、fruquintinib+最善の支持療法(BSC)またはプラセボ+BSCに2:1で無作為に割り付けられた。fruquintinib(F群)またはプラセボ(P群)を1日1回投与(5mgを28日周期で3週間投与し、1週間休薬)した。主要な患者選択基準には、標準化学療法が不応または不耐であること、抗VEGF 療法歴を有すること、RAS野生型の場合は抗EGFR療法歴を有すること、適応がある場合は免疫チェックポイント阻害薬またはBRAF阻害薬治療歴を有すること、またトリフルリジン/チピラシルとレゴラフェニブの両方もしくはいずれかの治療歴を有することが含まれた。 主要評価項目は全生存期間(OS)、副次的評価項目は無増悪生存期間(PFS)、客観的奏効率(ORR)、病勢コントロール率(DCR)、安全性であった。全体集団におけるOS中央値はF群7.4ヵ月 vs.P群4.8ヵ月、ハザード比(HR):0.66 (95%信頼区間[CI]:0.55~0.80、p<0.001)、PFS中央値は3.7ヵ月 vs.1.8ヵ月、HR:0.32(95%CI:0.27~0.39、p<0.001)だった。 主な結果は以下のとおり。・691例が登録され、うち日本人は56例(8%、F群40例・P群16例/男性27例・女性39例)だった。追跡期間中央値はF群が9.2ヵ月、P群が8.6ヵ月だった。・日本人サブグループは、OS中央値(F群6.9ヵ月 vs.P群5.6ヵ月、HR=0.42、[95%CI:0.19~0.92]、p=0.055)およびPFS中央値(3.6ヵ月 vs.1.8ヵ月、HR=0.27[95%CI:0.13~0.56]、p=0.004)についてF群がP群と比較して良好な結果であった。DCRは62.5% vs.25.0%、ORRは2.5% vs.0%だった。・Grade3以上の有害事象はF群71.8% vs.P群29.4%で発生した。F群で5%以上発生した主な有害事象は高血圧(23.1% vs.0%)、手足症候群(17.9% vs.0%)、蛋白尿(7.7% vs.0%)で、いずれも非日本人と比較して発症率が高い傾向であった。 小谷氏は「fruquintinibは、日本人サブグループにおいて、OSおよびPFSが臨床的に意味のある改善を示し、安全性プロファイルはFRESCO-2の結果および確立された単剤治療のプロファイルと一致していた。有害事象も休薬・減量などでコントロール可能であった」とした。また、会場での質疑応答において、日本人で高血圧などの毒性が多く出た理由を問われ、「過去のレゴラフェニブのCORRECT試験サブグループにおいても日本人は非日本人よりと比較してこれらの有害事象発現頻度が高い傾向であったこと、また本試験においてレゴラフェニブ投与歴を持つ患者の割合が日本人集団では非日本人集団より高かったことが、有害事象発現頻度の違いにつながった可能性がある」と回答した。

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ICIの継続判断にも有用、日本初のOnco-cardiologyガイドライン発刊

 本邦初となる『Onco-cardiologyガイドライン』が第87回日本循環器学会学術集会の開催に合わせて3月10日に発刊された。これまで欧州ではESC(European Society of Cardiology、欧州心臓病学会)などがガイドラインを作成・改訂しており、国内でもガイドライン発刊が切望されていたことから、日本臨床腫瘍学会と日本腫瘍循環器学会が協働しMindsに準拠したものを作成した。今回、学術集会の会長企画シンポジウム6「OncoCardiology:診断と治療Up-to-Date」において、Onco-cardiologyガイドラインのポイントについて発表された。Onco-cardiologyガイドラインは重要臨床課題10項目を選定 Onco-cardiologyガイドラインの目的は、(1)がん診療において心機能を正確に評価し、心血管疾患を適切に管理すること、(2)がん治療を中断することなく可能な限り継続することで、本ガイドラインの利用によってがん患者の全生存率とQOL改善が期待される。 Onco-cardiologyガイドラインは重要臨床課題を以下のように10項目を選定し、がん患者が薬物治療を行う過程からその後のがん治療関連心血管毒性(静脈血栓塞栓症、肺高血圧症、心不全)発現時の対応方法に関するquestionが盛り込まれている(p.9 総説1-9参照)。<重要臨床課題>1)がん薬物療法中の心機能のモニター2)心血管イベントを発症した患者に対する薬物療法の選択3)トラスツズマブのマネジメント4)血管新生阻害薬のマネジメント5)プロテアソーム阻害薬のマネジメント6)免疫チェックポイント阻害薬のマネジメント7)がん薬物療法における静脈血栓塞栓症のマネジメント8)がん薬物療法における肺高血圧症のマネジメント9)心毒性を有するがん薬物療法のマネジメント10)がん薬物療法における心血管イベントの予防 上記の2)を担当した矢野 真吾氏(東京慈恵会医科大学腫瘍・血液内科 診療部長/教授)は、「がん薬物療法中の心血管イベントを理由にがん薬物療法を中止することは再発率の増加や全生存期間の短縮につながることから、『Background question(BQ)2:がん薬物療法中に心血管イベントを発症した患者に対して、がん薬物療法を継続することは推奨されるか?』を設定した」とコメント。また、「欧米のガイドラインと比較して、Onco-cardiologyガイドラインはエビデンスのあるquestionはシステマティックレビューを行いCQとしたが、エビデンスのないquestionはBQまたはfuture research question(FRQ)にした点に注目してほしい」と述べ、「がん薬物療法が有効でかつ治療継続が可能と判断できる場合は、モニタリングと対症療法を行いながらがん治療の継続を検討する。治療継続が困難な場合は代替療法について検討することをこのBQのステートメントにした」と説明した。Onco-cardiologyガイドラインにICIと心筋炎の関係性 Onco-cardiologyガイドラインで、免疫チェックポイント阻害薬(ICI)と心筋炎の関係性について解説した庄司 正昭氏(国立がん研究センター中央病院総合内科・循環器内科)は、「ICIによる心筋炎は直接的なものと間接的なものがあるが、いずれもスクリーニングにはトロポニンや心電図などが重要」と話し、「トロポニンはICI心筋炎患者の94%で上昇を認めたが、トロポニンが上昇しても臨床的な心筋障害を認めないケースも報告されている。また、心電図異常はICI心筋炎患者の89%で認められた1)」と述べた(FRQ6-1:ICI投与中の心筋障害診断のスクリーニングは有用か?)。 さらに、心筋障害発生時のステロイドの使用(BQ6-2:ICIによる心筋障害発生時、その治療としてステロイド療法は有用か?)について、「使用すべき種類・投与経路・用量は定まっていないが有用な可能性があるため、ステロイドを選択しない手はない」とコメントし、座長ならびに演者を務めた阿部 純一氏(MDアンダーソンがんセンター 教授)からの“ICIで発症リスクの高い虚血性心疾患との鑑別”に関する問い対して、同氏は「虚血性心疾患では胸痛などの症状が見られることから、それらの患者の訴えにしっかり耳を傾けることがスクリーニング検査とともに重要」と回答した。Onco-cardiologyガイドラインにがん患者の高血圧治療 高血圧の視点からOnco-cardiologyについて解説した赤澤 宏氏(東京大学医学部付属病院 循環器内科)によると、がん患者における高血圧の管理や治療に関するエビデンスがほとんどない状況だという。実際に、高血圧治療ガイドライン2019(JSH2019)では『第7章:他疾患を合併する高血圧』にも項目立てられておらず、『第13章:二次性高血圧-薬剤誘発性高血圧 4)その他』の1つとして、がん分子標的薬、主として血管新生阻害薬(抗VEGF抗体医薬あるいは複数のキナーゼに対する阻害薬など)により高血圧が誘発される。発症率については薬剤、腫瘍の種類などにより異なるが、これらの薬剤使用時には血圧変化に注意する。通常の降圧薬を用いた治療を行うと、ESCのポジションペーパー同様の記載がなされている。このような現状を踏まえ、「JSH2025年改訂版には腫瘍循環器としてのCQを提案していきたい」と意気込んだ。なお、Onco-cardiologyガイドラインでは、『BQ4:血管新生阻害薬投与中の患者に対し、血圧管理が必要か?』が設定されており、血管新生阻害薬投与中の患者においても、非がん患者と同等の血圧コントロールをすることが望ましく、「がん患者における高血圧治療のエビデンスは乏しく、降圧治療の適応や強度は、がんの治療内容や予後、パフォーマンスステイタス、年齢や併存疾患、臓器障害、脳心血管リスクなどのさまざまな背景を考慮して、個別に対応する必要がある」と強く訴えた。

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アルツハイマー病治療薬lecanemab、FDAフル承認への優先審査に指定/エーザイ・バイオジェン

 エーザイとバイオジェン・インクは3月6日付のプレスリリースにて、同社のアルツハイマー病治療薬lecanemab(米国での商品名:LEQEMBI)について、迅速承認かららフル承認への変更に向けた生物製剤承認一部変更申請(supplemental Biologics License Application:sBLA)が米国食品医薬品局(FDA)に受理されたことを発表した。本申請は優先審査に指定され、審査終了目標日であるPDUFA(Prescription Drugs User Fee Act)アクションデートは2023年7月6日に設定された。 本剤は、米国において、2023年1月6日にアルツハイマー病の治療薬として迅速承認され、同日にフル承認に向けたsBLAがFDAに提出されていた。ヒト化IgG1モノクローナル抗体のlecanemabによる治療は、アミロイドβ病理が確認されたアルツハイマー病による、軽度認知障害または軽度認知症患者を対象としている。今回のsBLAは、大規模グローバル臨床第III相検証試験であるClarity AD試験のデータに基づく。

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ハチミツでなくとも甘くてトロリとしたものなら鎮咳効果がある?【Dr. 倉原の“おどろき”医学論文】第229回

ハチミツでなくとも甘くてトロリとしたものなら鎮咳効果がある?Pixabayより使用ハチミツって咳をおさめる効果があるとされる唯一の食材なのですが、実はかなり議論の余地があります。私はハチミツの味が苦手なので使いませんが、子供の咳に対して有効とする報告はこれまでいくつもあります。たとえば、就寝前に「スプーン1杯(2.5mL)のハチミツを取るグループ」、「咳止めを飲むグループ」、「何もせず様子をみるグループ」のいずれかにランダムに割り付けた研究では、ハチミツを与えられた患児で、有意に咳が減少することが示されました1)。コクランレビューでも2018年の時点では、急性の咳に対するハチミツは、何もしないよりは咳止めの効果があり、「既存の咳止めと大差がないほど効果的だ」という結論になっています2)。Nishimura T, et al.Multicentre, randomised study found that honey had no pharmacological effect on nocturnal coughs and sleep quality at 1-5 years of age.Acta Paediatr. 2022 Nov;111(11):2157-2164.これは上気道炎による急性咳嗽を呈した1~5歳児を対象としたランダム化二重盲検プラセボ対照試験です。日本国内の複数の小児科クリニックから患児を登録しました。参加者には、ハチミツまたはハチミツ風味のシロップ(プラセボ)を2晩連続で、眠前1時間のタイミングで摂取してもらいました。夜間咳嗽と睡眠について、7段階のリッカート尺度で評価しました。161人が登録され、78人がハチミツ群、83人がプラセボ群にランダム化されました。この分野ではかなり多い登録数だと思います。結果、確かに夜間の咳嗽の改善はみられたのですが、ハチミツ群とプラセボ群の有意差が観察されなかったのです。つまり、ハチミツによる有効性はプラセボ効果をみているのか、あるいはシロップのような甘いものであれば鎮咳効果があるのか、どちらかの可能性が高そうです。過去の研究が正しいとするなら、後者のほうが妥当な解釈かなと思います。となると、甘くてトロリとしたものであれば、ハチミツでなくてもよいのかもしれませんね。1)Paul IM, et al. Effect of honey, dextromethorphan, and no treatment on nocturnal cough and sleep quality for coughing children and their parents. Arch Pediatr Adolesc Med. 2007 Dec;161(12):1140-1146.2)Oduwole O, et al. Honey for acute cough in children. Cochrane Database Syst Rev. 2018 Apr 10;4(4):CD007094.

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第152回 欧州医薬品評価委員会がモルヌピラビル承認を支持せず

Merck社がRidgeback Biotherapeutics社と組んで開発した新型コロナウイルス感染症(以下「コロナ」)治療薬モルヌピラビル(商品名:ラゲブリオ)を、欧州連合(EU)の医薬品審査の実質的な最終意思決定の場である欧州医薬品評価委員会(CHMP)が承認すべきでないと判断しました1)。クリニカルベネフィットが示されていないとCHMPは判断していますが、Merck社は不服を申し立てて再検討を求める予定です2)。高リスクのコロナ患者の入院/死亡リスクがモルヌピラビルでおよそ半減することを示した2021年10月発表の試験結果3)は世間を沸かせました。その翌月にはPfizer社もコロナ薬ニルマトレルビル・リトナビル(日本での商品名:パキロビッドパック)の有望な試験成績を発表します。ニルマトレルビル・リトナビルはコロナ患者の入院/死亡率を89%低下させました4)。モルヌピラビルは今では25を超える国々で認可/承認されており、400万人を超える患者に投与され2)、昨年の売り上げは約57億ドルでした。しかし今年のモルヌピラビルの売り上げは約10億ドルになるとMerck社は予想しています5)。一方、Pfizer社は今年のニルマトレルビル・リトナビルの売り上げは約80億ドルになると見込んでいます6)。米国は取り急ぎの認可の6ヵ月ほど前の2021年6月にモルヌピラビル170万回治療分を12億ドルで購入する約束を交わし7)、今月19日時点までに取得した290万回治療分のうち約120万回分を使っています8)。Pfizer社のニルマトレルビル・リトナビルはというと約1,228万回治療分のうち約821万回分が使われています。昨夏2022年7月に米国FDAは薬剤師がPfizer社のニルマトレルビル・リトナビルを処方できるようにしましたが9)、モルヌピラビルはそうではありません。昨秋2022年10月に発表されたコロナワクチン接種患者を主とする英国での試験結果では、モルヌピラビルの入院や死亡の予防効果が認められませんでした10)。その翌月に英国は公的医療でのモルヌピラビル使用を却下する暫定方針を示しています11)。昨春2022年4月にPfizer社はコロナ患者の同居人にニルマトレルビル・リトナビルを投与しても感染を防げなかったという試験結果を発表しました12)。Merck社のモルヌピラビルも残念ながら同じ結果で、先週発表された国際試験結果でコロナ患者の同居人の感染を減らすことができませんでした13)。参考1)Meeting highlights from the Committee for Medicinal Products for Human Use (CHMP) 20 - 23 February 2023 / EMA2)Merck and Ridgeback Provide Update on EU Marketing Authorization Application for LAGEVRIO? (Molnupiravir) / BUSINESS WIRE3)Merck and Ridgeback’s Investigational Oral Antiviral Molnupiravir Reduced the Risk of Hospitalization or Death by Approximately 50 Percent Compared to Placebo for Patients with Mild or Moderate COVID-19 in Positive Interim Analysis of Phase 3 Study / BUSINESS WIRE4)Pfizer’s Novel COVID-19 Oral Antiviral Treatment Candidate Reduced Risk of Hospitalization or Death by 89% in Interim Analysis of Phase 2/3 EPIC-HR Study / BUSINESS WIRE5)Merck Announces Fourth-Quarter and Full-Year 2022 Financial Results BUSINESS WIRE6)PFIZER REPORTS RECORD FULL-YEAR 2022 RESULTS AND PROVIDES FULL-YEAR 2023 FINANCIAL GUIDANCE BUSINESS WIRE7)Merck Announces Supply Agreement with U.S. Government for Molnupiravir, an Investigational Oral Antiviral Candidate for Treatment of Mild to Moderate COVID-19 / BUSINESS WIRE8)COVID-19 Therapeutics Thresholds, Orders, and Replenishment by Jurisdiction9)Coronavirus (COVID-19) Update: FDA Authorizes Pharmacists to Prescribe Paxlovid with Certain Limitations FDA10)Molnupiravir Plus Usual Care Versus Usual Care Alone as Early Treatment for Adults with COVID-19 at Increased Risk of Adverse Outcomes (PANORAMIC): Preliminary Analysis from the United Kingdom Randomised, Controlled Open-Label, Platform Adaptive Trial. Posted: 17 Oct 202211)NATIONAL INSTITUTE FOR HEALTH AND CARE EXCELLENCE Draft guidance consultation Therapeutics for people with COVID-1912)Pfizer Shares Top-Line Results from Phase 2/3 EPIC-PEP Study of PAXLOVID? for Post-Exposure Prophylactic Use / Pfizer13)Merck Provides Update on Phase 3 MOVe-AHEAD Trial Evaluating LAGEVRIO? (molnupiravir) for Post-exposure Prophylaxis for Prevention of COVID-19 / BUSINESS WIRE

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広範囲脳梗塞にも24h以内の血管内治療が有効/NEJM

 中国で行われた試験で、主幹動脈閉塞を伴う梗塞が大きい患者において、発症後24時間以内の血管内治療と薬物治療の併用は薬物治療のみと比較して、頭蓋内出血の発生は多かったものの3ヵ月後の機能予後は良好であった。中国・Beijing Tiantan HospitalのXiaochuan Huo氏らが、無作為化非盲検試験「ANGEL-ASPECT試験」の結果を報告した。日本で行われたRESCUE-Japan LIMITでは、ASPECTS(Alberta Stroke Program Early Computed Tomographic Score)が3~5の患者において血管内治療の有効性が示されていた。ANGEL-ASPECT試験も、従来の試験とは異なり大きな梗塞を有する急性期虚血性脳卒中患者における血管内治療の有効性の検証が目的であった。NEJM誌オンライン版2023年2月10日号掲載の報告。ASPECTSが3~5、またはASPECTS 0~2かつ梗塞領域容積70~100mLの患者を対象 研究グループは、中国の46施設において、18~80歳、発症から24時間以内、NIHSSが6~30(範囲:0~42、スコアが高いほど神経学的症状の重症度が重い)、後ろ向きに評価した発症前のmRSスコアが0~1で、中大脳動脈(M1部、M2部)または内頸動脈(ICA)の主幹動脈閉塞が確認された患者を、最終健常確認から24時間以内に血管内治療(ステントリトリーバーまたは吸引システムによる血栓除去術、必要に応じてバルーン形成術、ステント留置、動脈内血栓溶解療法)+薬物治療群と薬物治療単独群に1対1の割合で無作為に割り付けた。 画像所見の適格基準は、発症後24時間以内の非造影CTに基づくASPECTSが3~5(範囲:0~10、スコアが低いほど梗塞が大きい)、またはASPECTSが0~2かつ梗塞領域容積が70~100mL、とした。 主要アウトカムは90日後のmRSスコアで、90日後のmRSスコアの分布のずれについて仮定のない順序数解析によりウィルコクソン-マン・ホイットニー一般化オッズ比(OR)とその95%信頼区間(CI)を算出した。副次アウトカムは90日後のmRSスコア0~2の割合、mRSスコア0~3の割合など、安全性の主要評価項目は無作為化後48時間以内の症候性頭蓋内出血(Heidelberg出血分類に基づく)などであった。90日後のmRSスコアの分布は血管内治療群が良好 2020年10月2日~2022年5月18日の間に計456例が登録され、231例が血管内治療群に(うち1例は無作為化直後に同意を撤回したため、解析から除外)、225例が薬物治療単独群に割り付けられた。患者背景は年齢中央値68歳、女性が176例(38.7%)であった。両群とも約28%の患者に静脈内血栓溶解療法が行われた。 事前に計画された第2回中間解析(2022年5月17日)において、血管内治療の有効性が認められたため、試験は早期中止となった。最終追跡調査日は2022年8月13日である。 90日後のmRSスコアの分布は、薬物治療単独群より血管内治療群が有意に良好であることを示していた(一般化OR:1.37、95%CI:1.11~1.69、p=0.004)。90日後のmRSスコア0~2の割合は血管内治療群30.0%、薬物治療単独群11.6%(相対リスク[RR]:2.62、95%CI:1.69~4.06)、mRSスコア0~3の割合はそれぞれ47.0%、33.3%(RR:1.50、95%CI:1.17~1.91)であった。 48時間以内の症候性頭蓋内出血は、血管内治療群で230例中14例(6.1%)、薬物治療単独群で225例中6例(2.7%)に認められた(RR:2.07、95%CI:0.79~5.41、p=0.12)。48時間以内のすべての頭蓋内出血はそれぞれ113例(49.1%)、39例(17.3%)に発生した。

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第20回日本臨床腫瘍学会の注目演題/JSMO2023

 2023年2月16日、日本臨床腫瘍学会はプレスセミナーを開催し、会長の馬場 英司氏(九州大学)らが、第20回学術集会(2023年3月16~18日)の注目演題などを発表した。 今回のテーマは「Cancer, Science and Life」で、科学に基づいた知⾒ががん医療の進歩を支え、患者さんが満⾜できる⽣活、実りある⼈⽣を送る助けになることを目的とする。演題数は1,084であり、うち海外演題数は289と過去2番⽬の多さになる。プレジデンシャルセッション プレジデンシャルセッションでは発表者の他に、国内外の専門家がディスカッサントとして研究成果の意義を解説する。演題は学術企画委員会が厳正に審査を行い、全分野より合計19演題が選定された。<呼吸器>2023年3月16日(木)15:10〜17:101.既治療の進行・再発非小細胞肺癌に対するニボルマブ(NIV)対NIV+ドセタキセルのランダム化比較第II/III相試験:TORG1630 古屋 直樹氏(聖マリアンナ医科大学病院呼吸器内科)2.First Report of Cohort3 and Mature Survival Data From the U31402-A-U102 Study of HER3-DXd in EGFR-Mutated NSCLC  林 秀敏氏(近畿大学医学部腫瘍内科)3.完全切除されたII-IIIA期の非扁平上皮非小細胞肺癌に対するPEM/CDDPとVNR/CDDPを比較する第III相試験:JIPANG最終解析 山崎 宏司氏(国立病院機構九州医療センター呼吸器外科)4.Adjuvant osimertinib in resected EGFR-mutated stageII-IIIA NSCLC:ADAURA Japan subgroup analysis 釼持 広知氏(静岡県立静岡がんセンター呼吸器内科)5.Sotorasib versus Docetaxel for Previously Treated Non-Small Cell Lung Cancer with KRAS G12C Mutation:CodeBreaK 200 Phase3 Study 岡本 勇氏(九州大学大学院医学研究院呼吸器内科学)<その他がん>2023年3月17日(金)8:20〜10:201.MOMENTUM:Phase3 Study of Momelotinib vs Danazol in Symptomatic and Anemic Myelofibrosis Patients post-JAK Inhibition Jun Kawashima氏(Sierra Oncology, a GSK company, San Mateo, CA, USA)2.Brexucabtagene Autoleucel in Relapsed/Refractory Mantle Cell Lymphoma(R/R MCL) in ZUMA-2:Durable Responder Analysis  Javier Munoz氏(Banner MD Anderson Cancer Center, Gilbert, AZ, USA)3.Pembrolizumab+chemoradiation therapy for locally advanced head and neck squamous cell carcinoma(HNSCC):KEYNOTE-412 田原 信氏(国立がん研究センター東病院頭頸部内科)4.APOBEC signature and the immunotherapy response in pan-cancer Ya-Hsuan Chang氏(Institute of Statistical Science, Academia Sinica, Taipei, Taiwan)5.FGFR2融合/再構成遺伝子を有する肝内胆管がん患者に対するFutibatinibの第2相試験:FOENIX-CCA2試験の日本人サブグループ解析結果 森実 千種氏(国立がん研究センター中央病院肝胆膵内科)<乳腺>2023年3月17日(金)16:25〜18:051.Overall survival results from the phase3 TROPiCS-02 study of sacituzumab govitecan vs chemotherapy in HR+/HER2-mBC Hope Rugo氏(Department of Medicine, University of California-San Francisco, Helen Diller Family Comprehensive Cancer Center, San Francisco, CA, USA)2.HER2低発現の手術不能又は再発乳癌患者を対象にT-DXdと医師選択治療を比較したDESTINY-Breast04試験のアジアサブグループ解析 鶴谷 純司氏(昭和大学先端がん治療研究所)3.T-DM1による治療歴のあるHER2陽性切除不能及び/又は転移性乳癌患者を対象にT-DXdと医師選択治療を比較する第III相試験(DESTINY-Breast02) 高野 利実氏(がん研究会有明病院乳腺内科)4.Phase1/2 Study of HER3-DXd in HER3-Expressing Metastatic Breast Cancer:Subgroup Analysis by HER2 Expression 岩田 広治氏(愛知県がんセンター乳腺科部)<消化器>2023年3月18日(土)9:45〜11:451.切除不能局所進行食道扁平上皮癌に対する化学放射線療法後のアテゾリズマブの有効性・安全性をみる第II相試験:EPOC1802 陳 勁松氏(がん研究会有明病院消化器化学療法科)2.PD-1 blockade as curative intent therapy in mismatch repair deficient locally advanced rectal cancer Andrea Cercek氏(Memorial Sloan Kettering Cancer Center, USA)3.RAS野生型切除不能進行再発大腸癌に対するm-FOLFOXIRI+cetuximab vs. bevacizumabの生存解析:DEEPER試験(JACCRO CC-13) 辻 晃仁氏(⾹川⼤学医学部臨床腫瘍学講座)4.PARADIGM試験における早期腫瘍縮小割合および最大腫瘍縮小割合に関する検討 室 圭氏(愛知県がんセンター薬物療法部)5.Efficacy and safety of fruquintinib in Japanese patients with refractory metastatic colorectal cancer from FRESCO-2  小谷 大輔氏(国立がん研究センター東病院消化管内科) また、プレスセミナーでは、他の注目演題として下記が紹介された。がん免疫療法ガイドライン 下井 ⾠徳氏(国⽴がん研究センター中央病院)によるがん免疫に関するレクチャーの後、3月発刊予定の「がん免疫療法ガイドライン第3版」のアウトラインが紹介された。昨今注目されているがん免疫療法において、医療者へ適切な情報を提供するためのがん種横断的な治療ガイドラインの改訂版である。学術大会では委員会企画として、第3版改訂のポイント、新しいがん免疫療法、がんワクチン療法と免疫細胞療法のエビデンスが解説される。委員会企画4(ガイドライン委員会2)第1部:がん免疫療法ガイドライン改訂第3版の概要3⽉16⽇(⽊)15:50〜17:20(第1部 15:50〜16:35)がんゲノム医療 田村 研治氏(島根大学医学部附属病院)によって、がん治療におけるゲノム医療の流れや課題などが紹介された。学術大会では、マルチコンパニオン検査とCGP検査の使い分けについて解説した上で、近未来の「がんゲノム医療」はどうあるべきかを専門医が討論する。解決すべき問題の例として「コンパニオン診断薬として承認されている遺伝子異常と、ゲノムプロファイリング検査としての遺伝子異常を同じ遺伝子パネルで検査すべきか?区別すべきか?」などが挙げられた。シンポジウム8遺伝子異常特異的かつ臓器横断的な薬剤の適正使用、遺伝子パネルの在り方とは?3月16日(木)8:30〜10:00患者支援の最前線 佐々木 治一郎氏(北里大学医学部附属新世紀医療開発センター)によって、わが国におけるがん患者支援の現状が紹介された。より総合的ながん患者支援が求められる中、支援活動の質の担保や最低限のルールの確立などのための教育研修が必要となっている。学術大会では、国、学会、NPOの演者ががん患者支援者への教育研修について発表・議論される。会長企画シンポジウム4患者支援者の教育研修:我が国における現状と課題3月16日(木)14:00〜15:30デジタル化が進めるがん医療 佐竹 晃太氏(日本赤十字医療センター)によって、治療用アプリとヘルスケアアプリとの違い、実臨床における活用方法、国内における開発状況などが紹介された。治療用アプリの活用により、重篤な有害事象の減少、QOLの改善、生存期間の改善などが期待されている。学術大会では、新しい治療アプローチの昨今の動向や、臨床導入する上での潜在的課題について議論される。シンポジウム4将来展望:予防・治療を目的としたモバイルアプリの開発3月16日(木)15:50~17:20

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英語で「薬剤誘発性」は?【1分★医療英語】第68回

第68回 英語で「薬剤誘発性」は?I feel dizziness lately.(最近、めまいがするんです)It might be drug-induced hypoglycemia.(薬剤誘発性の低血糖かもしれません)《例文1》The patient has a history of drug-induced liver injury due to overdose of acetaminophen.(アセトアミノフェン過剰摂取による薬物誘発性肝障害の病歴があります)《例文2》These are common stress-induced symptoms.(それらは、一般的なストレス起因性の症状です)《解説》“○○-induced”で、「○○誘発性(○○によって引き起こされる、○○由来の)」という意味になります。“heparin-induced thrombocytopenia(HIT)”(ヘパリン起因性血小板減少症)など、病名にも使われます。薬物治療による副作用に対して、新たな処方をすることを、“prescribing cascade”(処方カスケード)と呼びますが、どんどん薬が足されてしまうことを避けるためにも、患者さんが抱えている症状が“drug-induced”の症状でないかを丁寧に確認することが大切です。講師紹介

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トラセミド、お前もか?―心不全における高用量利尿薬の功罪(解説:原田和昌氏)

 心不全は心血管系の器質的および機能的不全であり、多くは体液量の異常と神経体液性因子の異常を伴う。過剰な体液量状態すなわちうっ血をとるため利尿薬を用いるが、急性心不全に利尿薬を大量投与するとWRFを起こし予後を悪化する可能性がある。また、長期の高用量利尿薬投与はRAS系の亢進を起こし心不全の予後を不良にする。これまで生命予後をエンドポイントとした利尿薬の大規模臨床試験は基本的にネガティブ・スタディであった。 聞くところによると、利尿薬は心不全の予後改善治療ではないということで、2016年のESC心不全ガイドラインの最終稿の直前まで割愛されていたが、最後になって加えられたとか、Voors先生が担当したCKDの項が大幅に減らされたとぼやいておられたことは記憶に新しい。近年、多少の利尿作用を有し心不全の予後を改善する治療薬が使用可能になり、利尿薬に対する理解が深まってきた。 心不全に利尿薬を使用すると心臓の伸展が減弱し、ANPやBNPが低下する。一方、ARNIでANPが増えるとアルドステロンとバソプレッシンが低下することが知られるようになった。すなわち、利尿薬はANP低下を介してアルドステロンとバソプレッシンを増加し、また腎臓の血流量低下から輸入細動脈の壁にある傍糸球体細胞のレニン分泌を来してアルドステロンを増加する。したがって、利尿薬の使用の際には、バソプレッシンやアルドステロンをブロック(MRAの使用等)しなければ、理論的に体液量もイベントも十分低下しない。 フロセミドは心不全患者において最も一般的に用いられているループ利尿薬であるが、短時間作用型のためRAS系をより亢進させ、心不全の予後を悪化するといわれている。これに対して、長時間作用型で一部抗アルドステロン作用を有するトラセミドの有用性を示唆する研究やメタ解析が報告されてきた。そこで、デューク大学のMentz氏らは米国の60施設で非盲検無作為化試験TRANSFORM-HF試験を行った。LVEFにかかわらず心不全で入院後、退院した患者2,859例をトラセミド群またはフロセミド群にランダムに割付し、中央値17.4ヵ月追跡したが、全死亡に有意差は認められなかった。追跡調査は電話で行い、転帰は医療記録や国民死亡記録など複数のデータソースで確認した。値段が安い利尿薬の試験は、このようにプラグマティックな方法で行われることが多い。 著者らはトラセミド群で20%以上の生命予後の改善を予想したそうであるが、これまでのメタ解析でもトラセミドは心不全入院を改善するが、生命予後の改善は示されていない。また、トラセミド10~20mg対フロセミド20~40mg(1対2)を標準用量としたものの、結果的にトラセミド約80mgまたはフロセミド約80mgが投与された。わが国ではトラセミド8mg対フロセミド40mg程度が標準用量であるため、はるかに多い量のトラセミドが投与されたことになる。利尿薬の高用量投与はその利尿効果のトレードオフとして、より強いアルドステロン拮抗作用が必要なのであるが、トラセミドにそれほどの抗アルドステロン作用がなかったのかもしれない。また、本試験の年齢の中央値は65歳であるが、高齢者の多い当院の実臨床では、併存症のためMRAを投与しづらい、CKDを有する高齢者に低用量のトラセミドを使用して比較的良好な結果を得ている。したがって、K値やCr値、体液量の状態などの追加情報が欲しいところである。 著者らは「結果の解釈には、追跡不能、治療のクロスオーバー、アドヒアランス不良により限界がある」としている。利尿薬は患者の症状や体液量に応じて担当医師が調整する必要があるため盲検化が困難であり、治療方法の検証を除き、個々の利尿薬が心不全の予後を改善するかの検証は難しい。しかし、長時間作用型のアゾセミドを用いたわが国のJ-MELODIC試験(PROBE法)にて心血管死+心不全入院の低下が示されており、もう少しプラグマティックでない方法であれば違う結果が得られた可能性はある。

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イバブラジン・ベルイシグアト【心不全診療Up to Date】第5回

第5回 イバブラジン・ベルイシグアトKey Points4人の戦士“Fantastic Four”を投入したその後の戦略はいかに?過去の臨床試験を紐解き、イバブラジン・ベルイシグアトが必要な患者群をしっかり理解しよう!はじめに第4回までで、左室駆出率の低下した心不全(HFrEF:Heart Failure with reduced Ejection Fraction)に対する“Fantastic Four”(RAS阻害薬/ARNi、β遮断薬、MRA、SGLT2阻害薬)の役割をまとめてきた。そして今回は、「その4剤併用療法(First-Line Quadruple Therapy)を開始、用量最適化後の次のステップ(Add-on Therapies)は?」という観点から、かかりつけの先生方の日常診療に役立つ内容を最新のエビデンスも添えてまとめていきたい。4人の戦士“Fantastic Four”を投入したその後の戦略はいかに?まず、第4回までで説明してきたとおり、大原則として、医療従事者(ハートチーム)が、目の前のHFrEF患者に対して、相加的な予後改善効果が証明されているガイドラインClass 1推奨薬4剤“Fantastic Four”をできる限り速やかにすべて投与する最大限の努力をし、最大許容用量まで漸増することが極めて重要である。なお、もしその中のどれか1つでも追加投与を見送る場合は、その薬剤を『試さないリスク』についても患者側としっかり共有しておくことも忘れてはならない。では、それらをしっかり行ったとして、次のステップ(追加治療)はどのような治療がガイドライン上推奨されているか。その答えは、米国心不全ガイドラインがわかりやすく、図1をご覧いただきたい1)。まず、β遮断薬投与にもかかわらず、心拍数≧70拍/分の洞調律HFrEF患者には、イバブラジンの追加投与がClass 2aで推奨されている。また、最近心不全増悪を認めた高リスクHFrEF患者では、ベルイシグアトの追加投与がClass 2bで推奨されている。その他RAAS阻害薬投与中の高カリウム血症に対するカリウム吸着薬(sodium zirconium cyclosilicate[商品名:ロケルマ]など)がClass 2bで推奨されているなどあるが、今回はイバブラジン(商品名:コララン)、ベルイシグアト(商品名:ベリキューボ)2つの薬剤について少しDeep-diveしていこう。画像を拡大する1.イバブラジン(ivabradine)イバブラジンとは、洞結節にある過分極活性化環状ヌクレオチド依存性(HCN)チャネルを阻害する、新たな慢性心不全治療薬である。と言われても何のことかわかりにくいが、この薬剤の特徴を一言でいうと、「陰性変力作用なく心拍数だけを減らす」というものであり、適応を一言で言うと、「心拍数の速い洞調律のHFrEF患者」である。では、このHCNチャネルとは何者か。HCNチャネルは主に洞結節に存在する6回膜貫通型膜タンパク質であり、正電荷アミノ酸(アルギニンやリジン)が多く配置されている第4膜貫通ドメイン(HCN4)が電位センサーの中心となっている。洞結節において電気刺激が自発的に発生する自発興奮機能(自動能)形成に寄与する電流は、”funny” current(If)と呼ばれ、HCNチャネル(主にHCN4)を介して生成される2,3)。イバブラジンは、このHCN4チャネルを高い選択性をもって阻害することで、Ifを抑制し、拡張期脱分極相におけるペースメーカー活動電位の立ち上がり時間を遅延させ、心拍数を減少させる。イバブラジンは用量依存的に心拍数を低下させるが、この特異的な作用機序の結果として、心臓の変力作用や全身血管抵抗に影響を与えずに心拍数だけを低下させることができる4,5)。そして、心拍数を減らすことによって、心筋酸素消費量を抑え、左室充満と冠動脈灌流を改善させ、その結果左室のリバースリモデリングを促し、心不全イベントを抑制するというわけである6)。本剤は、2005年欧州においてまず安定狭心症の適応で承認され、その後慢性心不全の適応で2012年に欧州、2015年に米国で承認された(図2)7)。その流れを簡単に説明すると、冠動脈疾患を有する左室収縮機能障害患者へのイバブラジンの心予後改善効果を検証したBEAUTIFUL試験の結果は中立的なものであったが、心拍数≧70拍/分の患者におけるイバブラジンの潜在的な有用性(冠動脈疾患発生抑制効果)について重要な洞察をもたらした8)。この結果は、次に紹介するSHIFT試験の基礎となった。画像を拡大するSHIFT試験は、NYHA II-IV、LVEF≦35%、洞調律かつ70拍/分以上の心不全患者6,505例(日本人含まず)を対象に、イバブラジンの効果を検証した第III相試験である(図2)9)。この試験の結果、主要評価項目である心血管死または心不全入院は、イバブラジン群で18%減少していた(HR:0.82、95%信頼区間[CI]:0.75~0.90、p<0.001)。ただ、これは主に心不全入院の26%減少によってもたらされたものであった。また、サブグループ解析の結果、ベースラインの安静時心拍数が中央値77拍/分より高いサブグループにおいてのみ、イバブラジンによる有意な治療効果が認められ(交互作用に対するp値=0.029)、その後の事後解析において、安静時心拍数≧75拍/分の部分集団では心不全入院だけではなく、心血管死も有意に抑制していた(HR:0.83、95%CI:0.71~0.97、p=0.017)10)。ただし、これらの知見を解釈する際には、SHIFT試験に参加した患者の大多数(約70%)が虚血性心不全をベースに持ち、植込み型除細動器の使用が少なく(不整脈イベント抑制効果は期待できない可能性あり)、β遮断薬ガイドライン推奨用量の50%以上を投与するという要件を満たした症例は56%に過ぎなかったことを念頭に置くことが重要である。以上のような経緯から、その後日本人慢性HFrEF患者を対象に実施されたJ-SHIFT試験においては、「安静時心拍数が75拍/分以上」というのが組み入れ基準の1つとして採用された11) 。その結果、SHIFT試験との結果の類似性が確認されたため、添付文書上、心拍数≧75拍/分の患者が適応となっている。なお、イバブラジンはCYP3A4による広範な肝初回代謝を受け、詳細は省くが、この点がいくつかの薬剤(ベラパミル、ジルチアゼム、その他のCYP3A4阻害薬)において薬物相互作用と関連すること、また光視症(視細胞のHCN1チャネルを阻害するためであり、可逆的)には注意が必要である。個人的には、β遮断薬の増量や導入が困難なHFrEF患者には早期からイバブラジンを投与することで、リバースリモデリングが得られ、その結果β遮断薬のさらなる増量や導入が可能となることをよく経験するため、ぜひβ遮断薬の用量をより最適化する橋渡し的な道具としても実臨床で活用いただきたい。2.ベルイシグアト(vericiguat)ベルイシグアトは、心不全を引き起こす原因の1つである内皮機能障害を調節する新しい心不全治療薬である。血管内皮は通常、一酸化窒素(NO)を生成し、可溶性グアニル酸シクラーゼ(sGC)を介した環状グアノシン一リン酸(cGMP)産生を促進する。同様に、心内膜内皮もNOに感受性があり、細胞内のcGMPを上昇させることにより収縮性や拡張能を調節している。心不全ではこの過程がうまく制御できず、NO-sGC-cGMPの不足を招き、拡張期弛緩障害と微小血管機能障害を引き起こすとされている。ベルイシグアトは、メルク社とバイエル社が共同開発したsGC刺激薬で、sGCをNO非依存的に直接刺激するとともに、内因性NOに対する感受性を増強させ、NOの効果を増強してcGMP活性を増加させるというわけである(図3)12,13)。画像を拡大するこのようなコンセプトのもと、臨床的に安定した慢性心不全患者に対するベルイシグアトの有効性を検証すべく、第II相SOCRATES-REDUCED試験が実施された(表1)14)。本試験の主要評価項目であるNT-proBNP値のベースラインから12週までの変化において、ベルイシグアトの有意な効果は認められなかったが、探索的二次解析により、高用量のベルイシグアトがNT-proBNP値のより大きな低下と関連するという用量反応関係が示唆された。画像を拡大するこのデータをもとに、その後第III相VICTORIA試験が最近入院または利尿薬静脈内投与を受けたナトリウム利尿ペプチド上昇を認める慢性心不全(EF<45%)患者5,050例を対象に実施された(無作為化30日以内のBNP≧300pg/mLもしくはNT-proBNP≧1,000pg/mL[心房細動の場合BNP≧500pg/mLもしくはNT-proBNP≧1,600pg/mL])(表1)15)。本試験のデザイン上の重要なポイントは、これまでの心不全臨床試験よりもNT-proBNP値が高く(中央値2,816pg/mL)、より重症の心不全患者を組み入れたことであり、これにより高いイベント発生率がもたらされた。また、患者はこれまでの大規模な心不全臨床試験よりも高齢であることも特徴的であった。なお、目標用量については、上記で述べたSOCRATES-REDUCED試験で得られた知見に基づき、1日1回10mgで設定された。結果については、主要評価項目である心血管死または心不全による初回入院の複合エンドポイント発生率が、プラセボ投与群と比較してベルイシグアト投与群の方が有意に低かった(ハザード比:0.90、95%CI:0.82~0.98、p=0.02)。ただし、この結果はベルイシグアト投与群の心不全入院率の低さに起因しており、全死亡には群間差は認められなかった。なお、ベルイシグアトによる副作用については両群間で有意差を認めるものはなかったが(重篤な有害事象:ベルイシグアト群32.8% vs.プラセボ群34.8%)、プラセボ投与群と比較してベルイシグアト投与群において症候性低血圧や失神がより多い傾向を認めた(表1)。以上より、ベルイシグアトは、最新の米国心不全ガイドラインにて最近心不全増悪を認めた高リスクHFrEF患者においてClass 2bで推奨されており1)、わが国のガイドラインにおいても今後期待される治療として紹介されている16)。今回は、“Fantastic Four”の次の手について説明した。繰り返しとなるが、まずは“Fantastic Four”を可能な限りしっかり投与いただき、そのうえで上記で述べた条件を満たす患者に対しては、イバブラジン、ベルイシグアトの追加投与を積極的にご検討いただければ幸いである。1)Heidenreich PA, et al. Circulation. 2022;145:e895-e1032.2)DiFrancesco D. Circ Res. 2010;106:434-446.3)Postea O, et al. Nat Rev Drug Discov. 2011;10:903-914.4)Simon L, et al. J Pharmacol Exp Ther. 1995;275:659-666.5)Vilaine JP, et al. J Cardiovasc Pharmacol. 2003;42:688-696.6)Seo Y, et al. Circ J. 2019;83:1991-1993.7)Koruth JS, et al. J Am Coll Cardiol. 2017;70:1777-1784.8)Fox K, et al. Lancet. 2008;372:807-816.9)Swedberg K, et al. Lancet. 2010;376:875-885.10)Böhm M, et al. Clin Res Cardiol. 2013;102:11-22.11)Tsutsui H, et al. Circ J. 2019;83:2049-2060.12)Evgenov OV, et al. Nat Rev Drug Discov. 2006;5:755-768.13)Armstrong PW, et al. JACC: Heart Failure. 2018;6:96-104.14)Gheorghiade M, et al. JAMA. 2015;314:2251-2262.15)Armstrong PW, et al. N Engl J Med. 2020;382:1883-1893.16)Tsutsui H, et al. Circ J. 2021;85:2252-2291.

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第29回 新型コロナワクチンは年1回の接種へ?

FDA(米国食品医薬品局)が先陣を切るかFDA(米国食品医薬品局)の本決定はまだですが(この記事が出る日に話し合われる予定)、新型コロナワクチンは、インフルエンザと同じく、健康な人は年1回の接種にする方針のようです。ただし、高齢者、子供の一部、免疫が低下している人については年2回の接種となる見込みです。基本的に2価ワクチンが勧奨される見込みです。年1回接種にするとしても、いつの変異ウイルスに合わせてワクチンを改変していくのか難しいところですが、mRNAワクチンはそういった改変を速やかに行えるメリットがあり、たとえば春~夏に流行した変異ウイルスに合わせて秋に接種などのような形が想定されています。エビデンスがあるというよりも、そういう落としどころでウィズコロナしましょうという側面が強く、年1回がベストとは限りません。今後の研究によっては、全員年2回のほうがよいというデータが出てくるかもしれません。FDAが勧奨するであろう2価ワクチンを提供しているのは、現在ファイザー社とモデルナ社の2社だけになると思われます。もう他の企業は追随できませんね、差が付いてしまった。XBB.1.5は日本ではまれご存じのとおりワクチンの感染予防効果は経時的に減衰していきますが、現在接種されているオミクロン株対応の2価ワクチンは、とりわけ高齢者では高い入院予防効果を有しています。イスラエルにおける65歳以上の高齢者に対するオミクロン株対応ワクチンは、入院予防効果81%、死亡予防効果86%と報告されています1)。オミクロン株対応ワクチンを追加接種しても、XBB.1株は免疫逃避が従来株やBA.5株よりかなり高いことが報告されています2)。また、中和活性についても従来株、BA.2系統、BA.5系統よりも顕著に低いことがわかっています3)。中和抗体の上昇が期待できるとされつつも3,4)、基本的にmRNAワクチンの改変が必要とされている状況です。XBB.1.5株は現在アメリカで猛威を振るっていますが、日本でもXBB.1.5株がいつか優勢になってくるかもしれません(図)。画像を拡大する図. ゲノム解析結果の推移(週別)(東京都新型コロナウイルス感染症モニタリング会議・分析資料より5))mRNAワクチンは、新型コロナとインフルエンザの両方に適用可能な技術であるため、将来的には1本のワクチンで両方を予防できるなんて時代が来るかもしれませんね。参考文献・参考サイト1)Arbel R, et al. Effectiveness of the Bivalent mRNA Vaccine in Preventing Severe COVID-19 Outcomes: An Observational Cohort Study. Preprints with The Lancet. 2023 Jan 3.2)Miller J, et al. Substantial Neutralization Escape by SARS-CoV-2 Omicron Variants BQ.1.1 and XBB.1. N Engl J Med. 2023 Jan 18. [Epub ahead of print]3)Uraki R, et al. Humoral immune evasion of the omicron subvariants BQ.1.1 and XBB. Lancet Infect Dis. 2023 Jan;23(1):30-32.4)Davis-Gardner ME, et al. Neutralization against BA.2.75.2, BQ.1.1, and XBB from mRNA Bivalent Booster. N Engl J Med. 2023 Jan 12;388(2):183-185.5)東京都新型コロナウイルス感染症モニタリング会議・分析資料 変異株調査(令和5年1月19日12時時点)

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第146回 マウスの老化を巻き戻し / 武田薬品の紫斑病薬が承認申請される

山中因子でマウスの老化を巻き戻し10年ほど前に京都大学の山中伸弥教授をノーベル賞へと導いたiPS細胞(人工多能性幹細胞)の素が個体の老化を巻き戻して若返らせうることを2つの研究チームが報告しました。今では山中教授の名を冠して山中因子と呼ばれるそのiPS細胞の素は4つのタンパク質(転写因子)で構成され、分化した成体細胞を多能性の幹細胞(iPS細胞)へと変えることで知られます。今回米国・カリフォルニア州サンディエゴのバイオテック企業Rejuvenate Bio社のチームはそれら山中因子のうちの3つOct4、Sox2、Klf4を届ける遺伝子治療で老化マウスがより長生きになったことを報告しました1,2)。ハーバード大学の抗老化治療研究者David Sinclair氏が率いる別のチームはRejuvenate社と同様の手段により、マウスの老化状態を若い状態へと回復させうることを示しました3,4)。頭文字をとってOSKと呼ばれるOct4、Sox2、Klf4はそれらどちらの研究でもメチル化などのDNA取り巻き・エピゲノムをより若い状態へと回復させたようです5)。Rejuvenate社はヒトの治療に即した手段を検討するべく、ヒトの遺伝子治療で使われているアデノ随伴ウイルス(AAV)を運搬役としてOSK遺伝子を老齢(生後124週間)のマウスに投与しました。するとその後の余命はより長くなり、対照群マウスが9週間ほどしか生きられなかったのに対してOSK遺伝子投与マウスはその約2倍の約18週間生存しました。加えて、健康指標が向上してより丈夫になったことがうかがわれました。分子レベルでもどうやら若返りしており、より若い頃に特有なメチル化特徴の幾らかをどうやら取り戻していました。山中因子はがんを生じやすくしうることが先立つ研究で示唆されていますが、幸いにも取るに足る害は今のところ認められていないとRejuvenate社の最高科学責任者(CSO)Noah Davidsohn氏は言っています5)。ハーバード大学のSinclair氏のチームが目指したのはDNA切断などのDNA配列の乱れではなくDNA取り巻きのエピゲノム情報の損失こそ老化の原因であるという仮説(information theory of aging)が正しいことの証明です。同チームはICE(inducible changes to the epigenome)という一工夫を加えたマウス(ICEマウス)のゲノムの20箇所のDNAをいったん切断してその後完全に修復させました5)。するとDNA切断の完全な修復とは裏腹にDNAメチル化や遺伝子発現は広範囲に渡って変化し、マウスのエピゲノムはメリハリの乏しい老化マウスにより似たものとなりました6)。また体調も損なわれ、体毛や色素を失い、弱々しくなって組織の老化を呈しました。エピゲノム情報の損失が老化の原因であるなら若返りをもたらす治療でエピゲノム情報も回復するはずです。そこでSinclair氏のチームもRejuvenate社と同様にOSK遺伝子を老けて見えるICEマウスに投与したところ、果たせるかなエピゲノム情報の回復が認められ、組織も若返りの兆候を呈しました。戻すことも可能なエピゲノム情報損失こそ老化の原因であることを今回の結果は示しているとSinclair氏のチームは結論していますが、若返りを研究するAltos Labs社が去年開設したAltos Cambridge Institute of Scienceの長Wolf Reik氏はそう断言するのは時期尚早と見ています。エピゲノム変化を引き出した大掛かりなDNA切断(とその修復)は他にも影響があったかもしれず、そうして生じたDNAエピゲノム変化を老化の原因とするのは困難であるとReik氏は言っています。それに、DNA切断(とその修復)を強いたマウスが自然に老化したマウスとどれだけ似ているかも分かっていません。米国・Albert Einstein College of Medicineの遺伝学者Jan Vijg氏によると、老化は種々の要因が絡んで進行していくものであることを忘れてはいけません。今回の2つの報告でのOSK遺伝子投与の効果はそれほどでもなく、1つでは寿命がいくらか伸びた程度で、もう1つでは強いて発生させた症状が部分的に解消したに過ぎません。老化は戻すことが可能な情報処理(program)であるとそれらの研究をもって結論することはできないとVijg氏は言っています。そのような批評はさておきRejuvenate社もSinclair氏のチームも臨床試験へと駒を進めることを目指します。Rejuvenate社はOSK治療効果の仕組みを研究し、治療の体内への運搬手段や成分の手直しをしています。同社の上述のCSO・Davidsohn氏によると治療成分はOSKに決定しているわけではありません。Sinclair氏はエピゲノム情報を回復させる治療に取り組むバイオテック企業Life Biosciencesを設立し、まずは霊長類の視力を改善させる研究を進めています6)。サルの眼へのOSK遺伝子投与の試験が進行中であり、その試験が成功してヒトにも十分安全らしいことがわかれば失明疾患の臨床試験の開始をすぐに米国FDAに申請するとSinclair氏は言っています5)。前々回紹介の武田薬品の紫斑病薬が承認申請される本連載の前々回(第144回)で取り上げた武田薬品の紫斑病薬TAK-755が良好なピボタル(主要な)第III相試験中間解析結果を受けて承認申請されます7,8)。今月5日に発表されたその中間解析の結果、同剤が投与された先天性血栓性血小板減少性紫斑病(cTTP)患者の血小板減少症事象は標準治療である血漿製剤使用群に比べて60%少なくて済み、その95%信頼区間の上限は100%未満に収まっていました(95%信頼区間:30~70%)。cTTPは血液凝固の制御に携わる血中タンパク質ADAMTS13の欠乏によって生じます。TAK-755はその不足を補う人工のADAMTS13です。【前々回の記事の誤解の訂正】前々回の記事で人工ADAMTS13(TAK-755)は現在第III相試験(NCT04683003)9)が進行中と記しましたが、その試験とそれに先立つもう1つの第III相試験(281102 試験/NCT03393975)10)が実施されています。前々回の記事で抜けていた281102 試験こそ今月5日に武田薬品が中間結果を発表したピボタル第III相試験です。Clinicaltrials.govによるとどちらの試験も本記事執筆時点で被験者組み入れが進行中です。お詫びして修正いたします。参考1)Gene Therapy Mediated Partial Reprogramming Extends Lifespan and Reverses Age-Related Changes in Aged Mice. bioRxiv. January 05, 2023. 2)Rejuvenate Bio Announces New Preclinical Research Evaluating Cellular Reprogramming for Age Reversal / BUSINESS WIRE3)Yang JH, et al. Cell Jan 9:S0092-8674.01570-7[Epub ahead of print].4)Loss of Epigenetic Information Can Drive Aging, Restoration Can Reverse It / Harvard Medical School5)Two research teams reverse signs of aging in mice / Science 6)Epigenetic Manipulations Can Accelerate or Reverse Aging in Mice / TheScientist7)Takeda Announces Favorable Phase 3 Safety and Efficacy Results of TAK-755 as Compared to Standard of Care in Congenital Thrombotic Thrombocytopenic Purpura (cTTP) / BUSINESS WIRE8)先天性血栓性血小板減少性紫斑病(cTTP)に対する標準治療と比較したTAK-755の良好な安全性および有効性を示す臨床第3相試験の結果について / 武田薬品9)A Study of TAK-755 in Participants With Congenital Thrombotic Thrombocytopenic Purpura(Clinical Trials.gov)10)A Study of BAX 930 in Children, Teenagers, and Adults Born With Thrombotic Thrombocytopenic Purpura (TTP) (Clinical Trials.gov)

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早くも選考の時期!1年半後のフェローシッププログラムに応募【臨床留学通信 from NY】第42回

第42回:早くも選考の時期!1年半後のフェローシッププログラムに応募さて、3年間の循環器フェローシッププログラムも、この12月でようやく折り返し地点に来ました。次の所属先を決めるにはまだかなり早い気もしますが、1年半後の循環器カテーテル治療フェロー(Interventional Cardiology Fellowship)の選考があったことを報告します。通常はERAS(electronic residency application system)というウェブサイトを通じて応募し、プログラム側が均一化されたフォーマットをもとに応募者を選定し、面接に呼び、最終的にマッチングシステムのNRMP(national ranking matching program)を通して作成されたランキングを基にマッチングするという仕組みになっています。その点は、日本の研修病院選びと大差はないでしょう。通常だと、7月のプログラム開始に合わせて、フェローの場合は、前年の7月に申請が始まり、11月まで面接があり12月にマッチングの発表が行われます。レジデントの場合は、9月より申請が始まり、プログラム開始の5ヵ月前の3月に結果が出るため、ビザ申請などを含めるとあまり余裕がない日程になっています。しかしながら、循環器カテーテル治療フェローの選考はERASを経由して候補者が申請し、プログラム側がそれを審査するところまでは同じなのですが、申請開始時期が前々年の12月からと非常に早く、さらに不公平なことに現時点ではマッチングシステムを採用していません。プログラム側が選定した候補者と面接をした後に随時オファーを送り、候補者側は48時間以内にそれを受けるか判断しなければいけないという仕組みになっています。たとえば、より良い病院の面接を控えている状況で、少しランクの落ちる病院からのオファーが来た時に、候補者側が大変悩ましい選択を強いられるような仕組みです。あまり魅力的でないオファーを蹴って、ランクの高い病院に勝負をかけてもいいのですが、逆にオファーを蹴ったことで、よりランクの落ちる病院になる可能性もあります。はたまた、循環器のサブスペシャリティの中でInterventional Cardiologyは最も競争が激しいため、アンマッチになることもありえます。この仕組みはプログラム側が有利だと言えます。また、ある程度上位のプログラムは内部生で固まってしまうため、外部から有名な病院のプログラムには入りにくくなっています。このような不公平さへの批判から、この仕組みはわれわれの学年までで終了し、1学年下からはNRMPを通じたマッチングシステムに変わります。病院がNRMPのシステムを採用すると、マッチング外からの採用は禁止されるため、さらに多くの病院が参加することとなります。さて、システムの逆境の中ではありましたが、私はなんとか2024年7月から、ハーバード・メディカルスクール マサチューセッツ総合病院(Massachusetts General Hospital, Harvard Medical School)のカテーテルフェローのポジションを獲得できました。そのプロセスについて、次回お伝えしたいと思います。Column先日、JAMA Pediatricsにコロナワクチンと若年者の心筋炎に関する論文を掲載したので、ここに報告させていただきます。筆頭著者は大学テニス部の時のダブルスパートナーで、まさに二人三脚で挑んだ2本目のダブルス論文です。また、共同筆頭著者の先生は臨床留学を目指しているとのことで、今後もアカデミックに頑張ってほしいと思います。Yasuhara, J, Masuda K, Kuno T, et al. Myopericarditis After COVID-19 mRNA Vaccination Among Adolescents and Young Adults: A Systematic Review and Meta-analysis. JAMA Pediatr. 2022 Dec 5. [Epub ahead of print]

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ARNi【心不全診療Up to Date】第4回

第4回 ARNiKey PointsARNi誕生までの長い歴史をプレイバック!ARNiの心不全患者に対するエビデンス総まとめ!ARNiの認知機能への影響は?はじめに第4回となる今回は、第1回で説明した“Fantastic Four”の1人に当たる、ARNiを取り上げる。第3回でSGLT2阻害薬の歴史を振り返ったが、実はこのARNiも彗星のごとく現れたのではなく、レニンの発見(1898年)から110年以上にわたる輝かしい一連の研究があってこその興味深い歴史がある。その歴史を簡単に振り返りつつ、この薬剤の作用機序、エビデンス、使用上の懸念点をまとめていきたい。ARNi開発の歴史:なぜ2つの薬剤の複合体である必要があるのか?ARNiとは、Angiotensin Receptor-Neprilysin inhibitorの略であり、アンジオテンシンII受容体とネプリライシンを阻害する新しいクラスの薬剤である。この薬剤を理解するには、心不全の病態において重要なシステムであるレニン・アンジオテンシン・アルドステロン系(RAAS)とナトリウム利尿ペプチド系(NPS)を理解することが重要である(図1)。アンジオテンシンII受容体は説明するまでもないと思われるが、ネプリライシン(NEP)はあまり馴染みのない先生もおられるのではないだろうか。画像を拡大するネプリライシンとは、さまざまな心保護作用のあるナトリウム利尿ペプチド(ANP、BNP、 CNP)をはじめ、ブラジキニン、アドレノメデュリン、サブスタンスP、アンジオテンシンIおよびII、エンドセリンなどのさまざまな血管作動性ペプチドを分解するエンドペプチダーゼ(酵素)のことである。その血管作動性ペプチドにはそれぞれに多様な作用があり、ネプリライシンを阻害することによるリスクとベネフィットがある(図2)。つまり、このNEP阻害によるリスクの部分(アンジオテンシンIIの上昇など)を補うために、アンジオテンシン受容体も合わせて阻害する必要があるというわけである。画像を拡大するそこでまずはACEとNEPの両方を阻害する薬剤が開発され1)、このクラスの薬剤の中で最も大規模な臨床試験が行われた薬剤がomapatrilatである。この薬剤の心不全への効果を比較検証した第III相試験OVERTURE(Omapatrilat Versus Enalapril Randomized Trial of Utility in Reducing Events)、高血圧への効果を比較検証したOCTAVE(Omapatrilat Cardiovascular Treatment Versus Enalapril)にて、それぞれ心血管死または入院(副次評価項目)、血圧をエナラプリルと比較して有意に減少させたが、血管性浮腫の発生率が有意に多いことが報告され、市場に出回ることはなかった。これはomapatrilatが複数のブラジキニンの分解に関与する酵素(ACE、アミノペプチダーゼP、NEP)を同時に阻害し、ブラジキニン濃度が上昇することが原因と考えられた。このような背景を受けて誕生したのが、血管性浮腫のリスクが低いARB(バルサルタン)とNEP阻害薬(サクビトリル)との複合体であるARNi(サクビトリルバルサルタン)である。この薬剤の慢性心不全(HFrEF)への効果をエナラプリル(慢性心不全治療薬のGold Standard)と比較検証した第III相試験がPARADIGM-HF (Prospective Comparison of ARNi With ACE Inhibitors to Determine Impact on Global Mortality and Morbidity in HF)2)である(図3、表1)。この試験は、明確な有効性と主要評価項目が達成されたことに基づき、早期終了となった。つまり、ARNiは、長らく新薬の登場がなかったHFrEF治療に大きな”PARADIGM SHIFT”を起こすきっかけとなった薬剤なのである。画像を拡大する画像を拡大するARNiの心不全患者に対するエビデンス総まとめARNiの心不全患者を対象とした主な臨床試験は表1のとおりで、実に多くの無作為化比較試験(RCT)が実施されてきた。2010年、まずARNiの心血管系疾患に対する有効性と安全性を検証する試験(proof-of-concept trial)が1,328例の高血圧患者を対象に行われた3)。その結果、バルサルタンと比較してARNiが有意に血圧を低下させ、咳や血管浮腫増加もなく、ARNiは安全かつ良好な忍容性を示した。その後301人のHFpEF患者を対象にARNiとバルサルタンを比較するRCTであるPARAMOUNT試験が実施された(表1)4)。主要評価項目である投与開始12週後のNT-proBNP低下量は、ARNi群で有意に大きかった。36週後の左室充満圧を反映する左房容積もARNiでより低下し、NYHA機能分類もARNiでより改善された。そして満を持してHFrEF患者を対象に実施された大規模RCTが、上記で述べたPARADIGM-HF試験である2)。この試験は、8,442例の症候性HFrEF患者が参加し、エナラプリルと比較して利尿薬やβ遮断薬、MR拮抗薬などの従来治療に追加したARNi群で主要評価項目である心血管死または心不全による入院だけでなく、全死亡、突然死(とくに非虚血性心筋症)も有意に減少させた(ハザード比:主要評価項目 0.80、全死亡 0.84、突然死 0.80)。本試験の結果を受け、2015年にARNiは米国および欧州で慢性心不全患者の死亡と入院リスクを低下させる薬剤として承認された。このPARADIGM-HF試験のサブ解析は50本以上論文化されており、ARNiのHFrEFへの有効性がさまざまな角度から証明されているが、1つ注意すべき点がある。それは、サブグループ解析にてNYHA機能分類 III~IV症状の患者で主要評価項目に対する有効性が認められなかった点である(交互作用に対するp値=0.03)。その後、NYHA機能分類IVの症状を有する進行性HFrEF患者を対象としたLIFE(LCZ696 in Advanced Heart Failure)試験において、統計的有意性は認められなかったものの、ARNi群では心不全イベント率が数値的に高く、進行性HF患者ではARNiが有効でない可能性をさらに高めることになった5)。この結果を受けて、米国心不全診療ガイドラインではARNiの使用がNYHA機能分類II~IIIの心不全患者にのみClass Iで推奨されている(文献6の [7.3.1. Renin-Angiotensin System Inhibition With ACEi or ARB or ARNi])。つまり、早期診断、早期治療がきわめて重要であり、too lateとなる前にARNiを心不全患者へ投与すべきということを示唆しているように思う。ではHFpEFに対するARNiの予後改善効果はどうか。そのことを検証した第III相試験が、PARAGON-HF(Prospective Comparison of ARNi With ARB Global Outcomes in HF With Preserved Ejection Fraction)である7)。本試験では、日本人を含む4,822例の症候性HFpEF患者を対象に、ARNiとバルサルタンとのHFpEFに対する有効性が比較検討された。その結果、ARNiはバルサルタンと比較して主要評価項目(心血管死または心不全による入院)を有意に減少させなかった(ハザード比:0.87、p値=0.06)。ただ、サブグループ解析において、女性とEF57%(中央値)以下の患者群については、ARNiの有効性が期待できる結果(交互作用に有意差あり)が報告され、大変話題となった。性差については、循環器領域でも大変重要なテーマとして現在もさまざまな研究が進行中である8,9)。EFについては、その後PARADIGM-HF試験と統合したプール解析によりさらに検証され、LVEFが正常値(約55%)以下の心不全症例でARNiが有用であることが報告された10)。これらの知見に基づき、FDA(米国食品医薬品局)は、ARNiのHFpEF(とくにEFが正常値以下の症例)を含めた慢性心不全患者への適応拡大を承認した(わが国でも承認済)。このPARAGON-HF試験のサブ解析も多数論文化されており、それらから自分自身の診療での経験も交えてHFpEFにおけるARNiの”Sweet Spot”をまとめてみた(図4)。とくに自分自身がHFpEF患者にARNiを処方していて一番喜ばれることの1つが息切れ改善効果である11)。最近労作時息切れの原因として、HFpEFを鑑別疾患にあげる重要性が叫ばれているが、BNP(NT-proBNP)がまだ上昇していない段階であっても、労作時には左室充満圧が上がり、息切れを発症することもあり、運動負荷検査をしないと診断が難しい症例も多く経験する。そのような症例は、だいたい高血圧を合併しており、もちろんすぐに運動負荷検査が施行できる施設が近くにある環境であればよいが、そうでなければ、ARNiは高血圧症にも使用できることもあり、今まで使用している降圧薬をARNiに変更もしくは追加するという選択肢もぜひご活用いただきたい。なお、ACE阻害薬から変更する場合は、上記で述べた血管浮腫のリスクがあることから、36時間以上間隔を空けるということには注意が必要である。それ以外にも興味深いRCTは多数あり、表1を参照されたい。画像を拡大するARNi使用上の懸念点ARNiは血管拡張作用が強く、それが心保護作用をもたらす理由の1つであるわけだが、その分血圧が下がりすぎることがあり、その点には注意が必要である。実際、PARADIGM-HF試験でも、スクリーニング時点で収縮期血圧が100未満の症例は除外されており、なおかつ試験開始後も血圧低下でARNiの減量が必要と判断された患者の割合が22%であったと報告されている12)。ただ、そのうち、36%は再度増量に成功したとのことであった。実臨床でも、少量(ARNi 50mg 2錠分2)から投与を開始し、その結果リバースリモデリングが得られ、心拍出量が増加し、血圧が上昇、そのおかげでさらにARNiが増量でき、さらにリバースリモデリングを得ることができたということも経験されるので、いったん減量しても、さらに増量できるタイミングを常に探るという姿勢はきわめて重要である。その他、腎機能障害、高カリウム血症もACE阻害薬より起こりにくいとはいえ13,14)、注意は必要であり、リスクのある症例では初回投与開始2~3週間後には腎機能や電解質、血圧等を確認した方が安全と考える。最後に、時々話題にあがるARNiの認知機能への懸念に関する最新の話題を提供して終わりたい。改めて図2を見ていただくと、アミロイドβの記載があるが、NEPは、アルツハイマー病の初期病因因子であるアミロイドβペプチド(Aβ)の責任分解酵素でもある。そのため、NEPを持続的に阻害する間にそれらが脳に蓄積し、認知障害を引き起こす、あるいは悪化させることが懸念されていた。その懸念を詳細に検証したPERSPECTIVE試験15)の初期結果が、昨年のヨーロッパ心臓病学会(ESC2022)にて発表された16)。本試験は、592例のEF40%以上の心不全患者を対象に、バルサルタン単独投与と比較してARNi長期投与の認知機能への影響を検証した最初のRCTである(平均年齢72歳)。主要評価項目であるベースラインから36ヵ月後までの認知機能(global cognitive composite score)の変化は両群間に差はなく(Diff. -0.0180、95%信頼区間[CI]:-0.1230~0.0870、p=0.74)、3年間のフォローアップ期間中、各時点で両群は互いに類似していた。主要な副次評価項目は、PETおよびMRIを用いて測定した脳内アミロイドβの沈着量の18ヵ月時および36ヵ月時のベースラインからの変化で、有意差はないものの、ARNi群の方がアミロイドβの沈着が少ない傾向があった(Diff. -0.0292、95%CI:0.0593~0.0010、p=0.058)。これは単なる偶然の産物かもしれない。ただ、全体としてNEP阻害がHFpEF患者の脳内のβアミロイド蓄積による認知障害リスクを高めるという証拠はなかったというのは間違いない。よって、認知機能障害を理由に心不全患者へのARNi投与を躊躇する必要はないと言えるであろう。1)Fournie-Zaluski MC, et.al. J Med Chem. 1994;37:1070-83.2)McMurray JJ, et.al. N Engl J Med. 2014;371:993-1004.3)Ruilope LM, et.al. Lancet. 2010;375:1255-66.4)Solomon SD, et.al. Lancet. 2012;380:1387-95.5)Mann DL, et.al. JAMA Cardiol. 2022;7:17-25.6)Heidenreich PA, et.al. Circulation. 2022;145:e895-e1032.7)Solomon SD, et.al. N Engl J Med. 2019;381:1609-1620.8)McMurray JJ, et.al. Circulation. 2020;141:338-351.9)Beale AL, et.al. Circulation. 2018;138:198-205.10)Solomon SD, et.al. Circulation. 2020;141:352-361.11)Jering K, et.al. JACC Heart Fail. 2021;9:386-397.12)Vardeny O, et.al. Eur J Heart Fail. 2016;18:1228-1234.13)Damman K, et.al. JACC Heart Fail. 2018;6:489-498.14)Desai AS, et.al. JAMA Cardiol. 2017 Jan 1;2:79-85.15)PERSPECTIVE試験(ClinicalTrials.gov)16)McMurray JJV, et al. PERSPECTIVE - Sacubitril/valsartan and cognitive function in HFmrEF and HFpEF. Hot Line Session 1, ESC Congress 2022, Barcelona, Spain, 26–29 August.

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