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第5回 加熱式タバコから有害物質は出ない?Key Points加熱式タバコから出る有害物質の量は、紙巻タバコと比べて、少ない物質もあるが、そうではない物質もある。加熱式タバコに含まれる有害物質の種類は、紙巻タバコと同様に多い。現在のところ、アイコスやプルーム・テックといった加熱式タバコ製品が今までのタバコ製品よりも害が少ないという証拠はありません。しかし、加熱式タバコから出る有害物質に関する学術論文が次々に発表されてきており、徐々に、加熱式タバコについて判断を下すための資料、科学的根拠、疫学データ等が集まってきています。まず、紙巻タバコの煙に含まれる有害物質について簡単に触れたいと思います。タバコの煙を専用の機械で分析すると、紙巻タバコの煙には、5,000種類以上の化学物質が含まれていることが分かります。そのうちの70種類は、発がん性があるとされている物質です。従来からの紙巻タバコに含まれる代表的な有害物質は、ニコチンや一酸化炭素、ベンゼン、ホルムアルデヒドといったものです。表1は、国際がん研究機関(IARC)や世界保健機関(WHO)がタバコに関して研究および調査すべきと指摘している、代表的な有害物質の一覧です。IARCグループとは、世界的に収集された科学的根拠に基づき発がん性の有無について判定した発がんリスク分類のことであり、グループ1とは十分な証拠があるため「ヒトに対して発がん性がある」と判定されていることを示します。グループ2Bは「ヒトに対する発がん性が疑われる」であり、グループ3は「ヒトに対する発がん性について分類することができない」を指します。WHO-9とは、WHOが2008年にタバコにおいて低減させるべき9つの有害物質として取り上げたものです。2012 年に米国食品医薬品局(FDA)は、タバコ製品やタバコの煙に含有され、害を引き起こす可能性があるとして、93種類の有害物質のリスト(FDAリスト)を発表し、タバコ会社に物質量を測定し報告するように求めました。リストの中のほとんどの物質で発がん性が認められ、呼吸器系や心血管系の障害、胎児の発育や脳の発達への障害を引き起こす物質も含まれています。画像を拡大するでは、加熱式タバコではこれらの有害物質の量はどうなっているのでしょうか?有力な情報源の1つとして、日本の保健医療科学院の欅田らの研究グループによる実験結果があります。基準となる紙巻タバコおよび、アイコス専用スティックから出る有害物質の量が、それぞれ調べられています(表2)。画像を拡大する紙巻タバコ1本あたり、ニコチンが2,100μg、一酸化炭素が33.0mg、ベンゼンが110μg、ホルムアルデヒドが41μg、タバコ特異的ニトロソアミンが 838.2ng、グリセロールが1,800μg、粒子状物質総量(タール)として34mg、出ていることが分かりました。一方、アイコス・スティック1本当たりでは、ニコチンが1,200μg、一酸化炭素が0.44mg、ベンゼンが0.66μg、ホルムアルデヒドが4.8μg、タバコ特異的ニトロソアミンが 70.0ng、グリセロールが4,000μg、粒子状物質総量としては39mg出ていると分かりました。ここでは、まずは、多くの種類の有害物質がアイコスからも検出された、という事実が重要だと考えます。次に、アイコス以外も含めた加熱式タバコと紙巻タバコの比較をみてみましょう。加熱式タバコに含まれる有害物質の量に関する報告は、しばらくの間、タバコ会社からの情報だけでしたが、2017年以降にはタバコ会社とは独立した研究機関から研究成果が報告されるようになってきました。表3は、これまでに報告された加熱式タバコと紙巻タバコに含まれる有害物質の量を比較した文献の結果一覧です。画像を拡大するここでは、8本の文献からの結果を横に並べています。一番左の文献を例として、表の見かたを説明します。Schallerらによる2016年の研究は、タバコ会社のフィリップモリス社の研究者が実施した研究であり、アイコスのレギュラースティック(表中のR.IQOS:メンソールではないもの)および3R4Fという名前の基準となる紙巻タバコのそれぞれから出る有害物質の量をHCI法という分析手法で測定し、基準となる紙巻タバコから出るそれぞれの有害物質の量を100%とした場合にアイコスのレギュラースティックから出る有害物質の量が何%に相当するのか、という値が%で表されています。たとえば、ベンゼンの量は1%未満であり、一酸化炭素は1%、ホルムアルデヒドは11%、ニコチンは73%、グリセロールが203%、粒子状物質総量が122%だったことを示します。100%より小さな値は加熱式タバコから出る物質の量の方が少ないこと、100%より大きな値は加熱式タバコから出る物質の量の方が多いことを表しています。研究機関の欄をみると、タバコ会社の研究が多くを占め、タバコ会社以外ではベルン大学や日本の保健医療科学院で研究が実施されたと分かります。タバコ会社は自社に都合のいい結果だけを報告する場合があり、データを読み解くうえで注意が必要になります。最も多く調べられたアイコス(R.IQOS)の結果について比べてみると、タバコ会社による結果と保健医療科学院での結果で大きな違いは認められません。ベルン大学の研究では他の研究とはやや異なる値が観察されていますが、分析方法の違いがその原因として考えられます。ベルン大学の研究だけ、異なる条件で研究が実施されていたためです。それぞれの化学物質の量(%)をみると、加熱式タバコでは紙巻タバコと比較して、1%未満~1%程度とかなり少ない物質(1,3-ブタジエン、ベンゼン、一酸化炭素など)、3~9%程度に減っている物質(アクロレイン、ベンゾ[a]ピレン、N-ニトロソノルニコチンなど)、10~100%未満と減っている物質(アセトアルデヒド、ホルムアルデヒド、ニコチン)、100%前後で同量の物質(粒子状物質総量)、100%以上と増えている物質(水、グリセロール)があることがわかります。一律に有害物質が減少しているわけではないのです。“紙巻タバコと比べて有害物質が約90%低減されている”とのタバコ会社の宣伝文句のとおり、ベンゼンやアクロレインなどは確かに少ないと言えるでしょう(表2、表3)。しかし、ホルムアルデヒドやニコチンなど、そんなに減っていない物質もあることがわかります。さらには、プロピレングリコールやグリセロールなど、加熱式タバコの方がかなり多くなっている物質もあるのです。粒子状物質総量(タール)については、加熱式タバコには紙巻タバコとほぼ同じ量が含まれていました。ただし、ほぼタールが同じ量とは言っても、タールの内容がだいぶ違うことに注意が必要です。加熱式タバコではグリセロールがかなり多くを占めており、プルーム・テックではプロピレングリコールも多いという結果が出ています。このことが意味する健康被害については第7回の記事で説明する予定です。第6回は「加熱式タバコに含まれる未知の物質」です。