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アマゾン・ドット・コム、日本で処方薬のネット販売へこんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。今年の夏は天候もぱっとせず、大した山に行っていないなあ、と思っていたところ、知人から「富士山に連れて行ってくれないか」との依頼がありました。ということで、9月10日土曜の夏山閉山日(17時登山道閉鎖)に最短ルートである富士宮口五合目から頂上をピストンして来ました。前日金曜に三島に入って夜に鰻を食べ、翌日に日帰り弾丸登山、帰京というスケジュールです。富士山は、今年最後の夏山登山可能日ということで、初心者からベテラン風な人まで、結構な人出でした。天気はそこそこでしたが、標高2,400メートルの登山口から、一気に1,400メートル近く登る行程はそれなりにハードです。3,500メートル近辺からは高山病症状からか座り込む人が続出。我々の下山時には朝のバスで一緒だったパーティが8合目辺りをまだ登っていたりして、今日中に下山できるのだろうか(7合目より上の小屋はすでに休業中)と心配になってしまいました。今夏も、富士山では遭難者が相次いだそうです。身動きが取れなくなった初心者が救助を呼ぶケースも多かったとか。皆さんも夏の富士山に登るときは、高山病と寒さ(頂上は外界より20℃近く低いです)に気をつけてください。さて、今回は日本経済新聞が9月6日付朝刊1面でスクープした、米アマゾン・ドット・コム(以下、アマゾン)が日本で処方薬のネット販売に乗り出すことになった、というニュースについて書いてみたいと思います。その1週間ほど前、事情があって最近都内で増えてきた零売(れいばい)薬局(医療用医薬品を処方箋なしで購入できる薬局)で、湿布薬など何種類かの薬を購入しました。DXの最先端アマゾンとアナログの極みとも言える零売薬局……。そこには大きな違いがありますが、日本の薬局が抱える“欠点”に対するアンチテーゼ、という意味では共通点もあると感じました。中小薬局と組み服薬指導の新たなプラットフォームを9月6日付の日本経済新聞は、アマゾンが日本で処方薬のネット販売への参入を検討していることが複数の関係者への取材からわかった、と報じました。なお、アマゾンジャパンは日本経済新聞の取材に対し「コメントは差し控える」と回答したとのことです。報道によれば、アマゾンは中小薬局と組んで、患者がオンラインで服薬指導を受ける新たなプラットフォームをつくるのだそうです。サービスの開始時期は日本で「電子処方箋」システムの運用が始まる2023年を予定。当面はアマゾン自体が薬局を運営して直接販売する形ではなく、薬剤の在庫は持たないとのことです。アマゾンは今後、国内の中小の薬局を中心に参画を呼びかけ、システムの構築を目指すそうです。電子処方箋の控えとマイナ保険証を使い患者が薬局を選んで処方薬を申し込みアマゾンは、「患者が医療機関を受診後、薬局に立ち寄らずに薬の受け取りまでネットで完結するシステムをつくる」とのことですが、その具体的な流れについて日経新聞は以下のように解説しています。「患者はオンライン診療や医療機関での対面診療を受けた後、電子処方箋を発行してもらい、アマゾンのサイト上で薬局に申し込む。薬局は電子処方箋をもとに薬を調剤し、オンラインで服薬指導する。その後、アマゾンの配送網を使って薬局から薬を集荷し、患者宅や宅配ロッカーに届ける仕組みを検討している」。「電子処方箋を発行してもらい、アマゾンのサイト上で薬局に申し込む」という点が少々わかりづらいです。電子処方箋そのものはネット上にあるためです。運用開始が来年の2023年1月とされている電子処方箋ですが、モデル事業は今年10月末からやっと始まる状況で、その詳細はまだ確定していません。記事内容からアマゾンの仕組みを想像するに、患者には電子処方箋発行と同時に「引き換え番号」が印刷された「処方内容(控え)」が手渡される予定なので、患者や家族はそこに印刷されたQRコードなどの情報とマイナ保険証を用いてアマゾンの専用サイト上から利用する提携薬局を選び、調剤と服薬指導を申し込む、という流れではないかと考えられます。背景にはオンライン診療、オンライン服薬指導の普及・定着と電子処方箋の運用開始オンライン診療、オンライン服薬指導は、新型コロナウイルス禍の特例措置で初診や初回指導でも利用可能となり、今年4月からは特例ではなく恒久化されました。オンライン診療については、初診対面の原則が大幅に緩和され、新患を含む初診からのオンライン診療が可能となっています。オンライン診療、オンライン服薬指導の普及・定着により、処方薬の受け取り方も多様化しています。これまで、薬局で受け取ることが前提とされていましたが、配送により家で受け取ることができるようになったり、コンビニでの受け取りが可能になったりと利便性が向上しています。たとえば、イオンは同社の食品などの宅配網を使い、処方薬を注文当日に自宅に届ける即日配送を千葉市内の店舗で始めています。 2022年中に東京や大阪などの店舗でも始め、2024年度には31都府県の約270店に対象を広げる予定とのことです。こうした動きの背景には、オンライン診療、オンライン服薬指導の普及・定着に加え、電子処方箋の運用開始決定があります。電子処方箋が運用されれば、処方箋のやりとりだけでなく、処方薬の流通にも効率化が求められるようになるに違いないからです。オンライン診療を受診したことのある知人は、「オンライン診療自体は手軽で簡単だけど、現物の紙の処方箋がすぐに届かず、薬がすぐに入手できないのが不便だった」と話していました(「第101回 私が見聞きした“アカン”医療機関 オンライン診療、新しいタイプの“粗診粗療”が増える予感」参照)。電子処方箋が運用されれば、そうした点は多少は解消されることになります。しかし、薬を渡す時の「服薬指導」をどうするかがもう一つの問題点として浮上します。「服薬指導なんて、現状薬剤情報提供書を渡すだけで実質何もしていないのだから、本当に必要な時以外は“なし”にしてもいいのに」と至極真っ当な意見を述べる人もいます。しかし、そこをクリアしておかないと“次”に進めません。アマゾンが当面は薬剤の在庫は持たず、提携薬局の服薬指導に注力するのは、その後の処方薬の流通革命を見据え、地域の薬局をネットワーク化しておきたいためだと考えられます。米国ではオンライン薬局「Amazon Pharmacy」を立ち上げ、処方薬の販売に本格参入日本経済新聞の記事でも、「国内の大手薬局は独自アプリなどでオンライン服薬指導に取り組んでいる。オンラインで診療や服薬指導できるシステムをメドレーなどが開発し、医療機関や薬局への導入実績がある。アマゾンと同様のサービスは日本企業も提供可能だが、多くの利用者を抱えるアマゾンとの競争を迫られる」と、オンライン服薬指導に焦点を当てた形となっていますが、アマゾンの狙いは将来的な調剤と配送の集中化にあるのは確かでしょう。日本経済新聞は9月7日にも「『アマゾン薬局』成否は配送」と続報を掲載しています。その記事では、「ヘルスケア分野でアマゾンの存在感が高まっている」として、米国の状況について「2018年にオンライン薬局大手の米ピルパックを7億5,300万ドルで買収。20年11月にはこの事業をもとに、オンライン薬局『Amazon Pharmacy』を立ち上げて処方薬の販売に本格参入した。ウェブサイトやアプリで処方薬を購入でき、有料のプライム会員は注文から2~3日程度で配達を受けられる」と書いています。報道では、「当面はアマゾン自体が薬局を運営して直接販売する形ではなく、薬剤の在庫は持たないと」とのことですが、近い将来、アマゾンが運営する薬局において集中調剤、集中配送が行われるようになる可能性は否定できません。アマゾンの真の狙いは集中調剤、集中配送かそれを予感させる動きもあります。7月11日に厚生労働省が公表した「薬局薬剤師の業務及び薬局の機能に関するワーキンググループ」の「とりまとめ〜薬剤師が地域で活躍するためのアクションプラン〜」には、調剤業務の外部委託の方向性が書かれています1)。「とりまとめ」では、外部委託に関してまずは一包化業務に限定し、他法人の薬局(当面の間は同一の三次医療圏内)にも認める方針が示されました。現在、外部委託は法律で認められていないため薬剤師法の改正が行われることになります。その後、安全性、地域医療への影響、外部委託の提供体制や提供実績、地域の薬局の意見等の確認を行い、その結果を踏まえ、必要に応じて遵守事項や委託元と委託先の距離について見直しが行われる予定です。「薬局薬剤師の対人業務の推進のために、対物業務の効率化を図る」ことを目的に議論を重ねてきた同ワーキンググループが、当面は「一包化」だけとは言え、調剤業務の外部委託を認める方向性を出した意味は大きいと言えます。そこから見えてくるのは、アマゾンが各都道府県につくった「アマゾン薬局」において処方薬が集中的に調剤され、当日中もしくは翌日までに配送も完了する、というとても“便利な”未来です。書店に行かなくても翌日に読みたい本が届くのと同じことが、処方薬でも起きるかもしれないのです。9月7日付の日本経済新聞は「プライム会員には配達料を無料にするなどユーザーにメリットを提供できれば、消費者を囲い込める可能性がある」と書いています。アマゾンに対抗、「かかりつけ薬剤師機能を高めていく」と日本保険薬局協会会長この報道に、関係団体も少なからぬ衝撃を受けたようです。ミクスOnlineなどの報道によれば、日本保険薬局協会の首藤 正一会長(アインホールディングス 代表取締役専務)は9月8日の記者会見で、「アマゾンがやろうとしていることに関して、我々にできないことは基本的にはないと思っている」と語るとともに、「我々がどれだけリアル店舗を患者にとってなくてはならないものだという認識を与えるようなものに仕上げていくか。かかりつけ薬剤師機能を含めて、機能をどれだけ高めていけるかにかかっている」とコメントしたそうです。このコメントを読んで、首をかしげてしまいました。世の中で「かかりつけ薬剤師」は「かかりつけ医師」よりさらに曖昧で遠い存在と言えるでしょう。私自身、これまでにリアルな調剤薬局のありがたみを感じたことはほとんどありませんし、「かかりつけ薬剤師」を持ったこともありません。「かかりつけ薬剤師がいる」という知人も周囲にいません。そんな曖昧なものに力を入れることで、果たして巨大アマゾンに対抗できるのでしょうか。そんなことを考えていたら、1週間ほど前に利用した都内の零売薬局のことを思い出しました。私がこれまで利用してきた調剤薬局(門前が多い)より、そこの零売薬局の薬剤師の方がよほど「かかりつけ」らしかったからです。(この項続く)参考1)「薬局薬剤師の業務及び薬局の機能に関するワーキンググループ」の「とりまとめ」/厚生労働省