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第165回 案から閣議決定までに一部変更?『骨太の方針2023』の医療関連項目をピックアップ

岸田 文雄政権が考える重要課題や来年度予算編成に関する基本的な方向性を示す「経済財政運営と改革の基本方針2023」(通称・骨太の方針2023)が6月16日に閣議決定された。時々、友人・知人から「あの『骨太の方針』って何?」とよく聞かれることがある。この大枠を決めているのは、中央省庁再編が行われた2001年1月、内閣設置法に基づきスタートした「経済財政諮問会議」である。首相を議長に経済関係閣僚と民間有識者で構成され、首相の諮問を受け、構成メンバーが経済全般や財政の運営方針、予算編成の基本方針を調査審議する。経済財政諮問会議の歴史と『骨太の方針』の謂れご存じのように日本では長らく政策立案や予算編成は官僚主導、もっと踏み込んで言えば財務省(旧大蔵省)が官庁の中のキング・オブ・ザ・キングスとして強大な権限を握り、政治家は彼らの担いだ神輿に乗っかるのが慣例だった。これに対して経済財政諮問会議の設置以降、首相の音頭で同会議の経済関係閣僚と民間議員などが政策を議論し、それをまとめたものを基本方針として閣議決定。この閣議決定後に各大臣が基本方針を所轄省庁に持ち帰り、方針内に記述された関連事項を省内で具体的に政策化したうえで再度同会議に持ち帰って発表する手続きとなった。つまり政治主導の政策・予算決定というわけだ。同会議のスタート時は省庁内での政策具体化の際に骨抜きにされる可能性は残ったが、たまたま本格スタート時の首相は、郵政三事業の民営化を掲げ、総裁選では「自民党をぶっ壊す」と叫んでいた政治主導の権化とも言われる小泉 純一郎氏だったこともあり、それなりに政治主導が発揮され、今に至っている。さらに付け加えると、2014年に安倍 晋三氏(故人)の政権下で、各省庁の幹部人事を決定する内閣人事局が内閣官房に設置されたことで省庁側は人事権で首根っこを押さえられた形になり、良くも悪くも政治主導がほぼ完成されている。ちなみになぜ通称で『骨太の方針』と呼ばれているかだが、同会議発足当初、森 喜朗首相の下で財務相を務めていた元首相の宮澤 喜一氏が同会議の議論を「骨太の議論」と呼んだことが始まりとされている。さてこの『骨太の方針』のより具体的な作成プロセスだが、毎年2~4月に同会議で民間委員の提言を受け、各省庁の大臣と民間委員の間で個別テーマについて議論が行われる。そこで『骨太の方針』の骨子案が作成され、5月中旬くらいに各省庁に降りる。各省庁ではその内容が実現可能かを関係各方面との調整や表現の修正検討を行い、それらが再び同会議に意見として提出される。また、同時期には政権与党の部会や関係する議員連盟などからもさまざまな政策提言が行われ、こうしたものも盛り込まれたうえで、『骨太の方針』の案が公表される。今回の『骨太の方針2023』は6月7日に案が公表された。その後は閣議決定までの間に与党の政務調査会などによる事前審査が行われるほか、各省庁や関係団体から与党の有力議員に働き掛けも行われる。その結果、一部文言などが修正された最終案が閣議決定されるという具合だ。「医療」「看護」「薬」「介護」のキーワードで検索、案と閣議決定文を比較さて今回の『骨太の方針2023』は、公表案から閣議決定文に至るまで実に100ヵ所以上の文言が修正されたと報じられている。医療・介護関係でどんな修正があったのだろうか?ざっくりとそれを調べてみた。比較結果を記述する前に簡単に概説すると、近年の『骨太の方針』は、第1章が経済状況の現状分析、第2章が国内を意識した経済成長戦略、第3章が国際的な視野に基づく経済成長戦略、第4章が財政運営方針と次年度以降の予算政策の4章立て。医療・介護については概ね第4章で触れられることがほとんどだ。これは言わずもがな、少子高齢化に伴う社会保障費の増大をどのように抑制するかに力点が置かれているからだ。さてどんなところが変更されていたのだろうか? 最初に目についたのは、第4章:中長期の経済財政運営の2.持続可能な社会保障制度の構築の項の「社会保障分野における経済・財政一体改革の強化・推進」の部分である。下線部分が閣議決定文に追記された。1人当たり医療費の地域差半減に向けて、都道府県が地域の実情に応じて地域差がある医療への対応などの医療費適正化に取り組み、引き続き都道府県の責務の明確化等に関し必要な法制上の措置を含め地域医療構想を推進するとともに、都道府県のガバナンス強化、かかりつけ医機能が発揮される制度の実効性を伴う着実な推進、地域医療連携推進法人制度の有効活用、地域で安全に分娩できる周産期医療の確保、ドクターヘリの推進、救急医療体制の確保、訪問看護の推進、医療法人等の経営情報に関する全国的なデータベースの構築を図る。(骨太の方針 閣議決定文)周産期医療に関しては、おそらく岸田首相が唱える異次元の少子化対策を踏まえたものと考えられる。ちなみに「看護」というキーワードが骨太の方針で登場するのはここだけだ。たぶん案の段階で看護に関する言及が皆無だったことを受け、日本看護協会周辺が働きかけたのではないだろうかと予想している。すぐ後の医療DXに関する一文も軽微ながら変更が加えられている(下線部分)。医療DX推進本部において策定した工程表に基づき、政府を挙げて医療DXの実現に向けた取組を着実に推進する。(骨太の方針 案)↓医療DX推進本部において策定した工程表に基づき、医療DXの推進に向けた取組について必要な支援を行いつつ政府を挙げて確実に実現する。(骨太の方針 閣議決定文)こちらは閣議決定文でより強い表現になっている。以前の本連載でも触れたが、今後の社会保障費増大を抑制するうえでデジタルヘルスの推進は必要不可欠なもの。そこに対する政府の決意の強さを表していると言えようか。今、揉めに揉めているマイナンバー関連では、マイナ保険証への一本化について否定的な世論調査結果も報じられているが、案、閣議決定文とも“2024年秋の健康保険証廃止”という一文は維持されており、それまでに現在の問題点を走りながら修正する意向なのだろう。実際、医療DXについて後に続く一文でも修正がある(下線部分)。※取り消し線部分:案にのみ記載その際、セキュリティを確保しつつ、医療DXに関連するシステム開発・運用主体の体制整備、電子処方箋の全国的な普及拡大に向けた環境整備、標準型電子カルテの整備、医療機関等におけるサイバーセキュリティ対策等を着実に実施する。(骨太の方針 閣議決定文)案ではどちらかというと「従」の扱いだったセキュリティ対策が、医療DXで推進すべき各項目と並列的に記載されている。というか、個人的には「そりゃそうだろう」と言いたいところだが。さてその後の創薬などの医薬品関連でも文言の修正が見て取れた(下線部分)。創薬力強化に向けて、革新的な医薬品、医療機器、再生医療等製品の開発強化、研究開発型のビジネスモデルへの転換促進等を行うため、保険収載時を始めとするイノベーションの適切な評価などの更なる薬価上の措置、全ゲノム解析等に係る計画の推進を通じた情報基盤の整備や患者への還元等の解析結果の利活用に係る体制整備、大学発を含むスタートアップへの伴走支援、臨床開発・薬事規制調和に向けたアジア拠点の強化、国際共同治験に参加するための日本人データの要否の整理、小児用・希少疾病用等の未承認薬の解消に向けた薬事上の措置と承認審査体制の強化等を推進する。これらにより、ドラッグラグ・ドラッグロスの問題に対応する。さらに、新規モダリティへの投資や国際展開を推進するため、政府全体の司令塔機能の下で、総合的な戦略を作成する。医療保険財政の中で、こうしたイノベーションを推進するため、長期収載品等の自己負担の在り方の見直し、検討を進める。大麻に関する制度を見直し、大麻由来医薬品の利用等に向けた必要な環境整備を行うほか、OTC医薬品・OTC検査薬の拡大に向けた検討等によるセルフメディケーションの推進、バイオシミラーの使用促進等、医療上の必要性を踏まえた後発医薬品を始めとする医薬品の安定供給確保、後発医薬品の産業構造の見直し、プログラム医療機器の実用化促進に向けた承認審査体制の強化を図る。また、総合的な認知症施策を進める中で、認知症治療の研究開発を推進する。献血への理解を深めるとともに、血液製剤の国内自給、安定的な確保及び適正な使用の推進を図る。(骨太の方針 閣議決定文)補足することでより正確な記述にしたというのが率直な感想だが、個人的には「プログラム医療機器の実用化促進に向けた承認審査体制の強化を図る」が付け加えられたところにやや目が留まった。実は『骨太の方針』案が公表されるのと同時期に田村 憲久元厚労相らのヘルステック推進議員連盟が加藤 勝信厚労相に提言の申し入れを行っているからである。与党での法案審査をより無難に通過させるためには、こうした議連の提言が盛り込まれることがよくある。一方、血液の安定確保に関しては、確保の方向性だけでなく、医療現場ではやや使い過ぎという声もある血液製剤の適正使用に踏み込んだのは、個人的にはなかなか細かいところに気を遣ったと感じている。さて、介護に関しては本文の修正はなかった。急速な高齢化が見込まれる中で、医療機関の連携、介護サービス事業者の介護ロボット・ICT機器導入や協働化・大規模化、保有資産の状況なども踏まえた経営状況の見える化を推進した上で、賃上げや業務負担軽減が適切に図られるよう取り組む。が、実は欄外の注釈が1ヵ所修正されている(下線部分)。「介護職員の働く環境改善に向けた取組について」(令和4年12月23日全世代型社会保障構築本部決定)では、現場で働く職員の残業の縮減や給与改善などを行うため、介護ロボット・ICT機器の導入や経営の見える化、事務手続や添付書類の簡素化、行政手続の原則デジタル化等による経営改善や生産性の向上が必要であるとされており、取組を推進する。(骨太の方針 閣議決定文)注釈ゆえに大した修正ではないとも言えるかもしれないが、わざわざ最終段階で修正したわけだから一定の意味があると考えるのが自然。そしてこの修正内容を見る限り、介護業界関係団体からの与党議員への働きかけの結果というよりは、厚労省あるいは財務省、あるいはデジタル庁から与党議員への働きかけの結果と解釈するのが妥当と考える。つまり業務効率化により強く国が関与してくる可能性があり、次回の介護報酬改定にこの部分で何らかの改革が行われる可能性を念頭に置いても良いかもしれない。いずれにせよこれらの答え合わせは下半期の“お楽しみ”というところだろうか。一応、はずすのを承知で個人的な予想をすると、もし文言通りにいかないことがあるとするならば、実は政権の強い意向が示されている健康保険証の廃止時期かな、と思っていたりもする。

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第50回 「また接種券が届いたが接種すべき?」にどう答える

新型コロナワクチンの推奨が相次いで追補Pixabayより使用最近、「6回目の接種券が届いたんですけど…接種したほうがよいでしょうか?」と患者さんから質問を受けることが増えました。今日も外来だったのですが、10人以上に質問を受けました。これまでは、接種券が届いたら周囲に相談することなく接種していた患者さんのほうが多かったのですが、最近は「本当に接種し続ける意味があるのか」と疑問を持っている人が増え、躊躇しておられる印象です。そんな国民の逡巡を見越してか、日本感染症学会と日本小児科学会から相次いでワクチンに関する提言が追補されました。■日本感染症学会:「COVID-19ワクチンに関する提言(第7版)」の公表に際して1)「わが国での流行はまだしばらく続くためワクチンの必要性に変わりはありません。COVID-19ワクチンが正しく理解され、安全性を慎重に検証しながら、接種がさらに進んでゆくことを願っています。」■日本小児科学会:小児への新型コロナワクチン接種に対する考え方(2023.6追補)2)「国内小児に対するCOVID-19の脅威は依然として存在することから、これを予防する手段としてのワクチン接種については、日本小児科学会としての推奨は変わらず、生後6か月~17歳のすべての小児に新型コロナワクチン接種(初回シリーズおよび適切な時期の追加接種)を推奨します。」新型コロナワクチンのエビデンスは驚異的なスピードで積み上げられていて、パンデミック初期の頃と比べると不明な点が減りました。患者さんを相手に診療をしていると、リスクとベネフィットを天秤にかける瞬間というのは何度か経験しますが、新型コロナワクチンについてはほぼエビデンスは明解を出しているので接種推奨の意見を持つ人のほうが多いはずですが、なぜか医療従事者でも接種しなくなった人が増えている現状があります。EBM副反応がしんどいというのは1つの理由です。「しんどい思いをしてまで接種する理由がない」というのはまっとうな理由ですし、私もそれに否定的な見解は持っていません。そのほかの理由として、「もういいや」といワクチン疲れしている人が増えていることです。ワクチン接種に懐疑的な報道やSNSのコメントがあるという理由で、「もう接種しなくていいと思う」と患者さんに持論を伝える医療従事者も次第に増えてきました。さすがに政府や学会が上記のような推奨を出しているさなか、それはまずいなと思います。私は対象の集団が多いほどエビデンスの威力は大きいと思っていて、たとえば喘息の初期治療にロイコトリエン受容体拮抗薬単剤を使うより吸入ステロイドを使うほうが患者さんのQOLは向上しますし、市中肺炎のエンピリック治療ではテトラサイクリン系抗菌薬よりもβラクタム系抗菌薬のほうがおそらく多くの人を救えます。普段の診療でわりとEBMを重視するのに、対象の集団が多いワクチンについてEBMを軽視するというのが、私にはよく理解できないです。まとめ繰り返しますが、個々でワクチンを接種しないと決めるのは個人の自由です。ただ、医療機関に勤務している人については通常の推奨度よりも高く、また基礎疾患のある患者さんに対しては学会も接種を推奨しているということは、納得できないとしても「医療従事者として理解しておく」必要があります。おそらく次第に接種間隔を空けていくことになるでしょうが、ひとまず9月以降はXBB対応ワクチンを接種することになります。参考文献・参考サイト1)日本感染症学会:「COVID-19ワクチンに関する提言(第7版)」の公表に際して2)日本小児科学会:小児への新型コロナワクチン接種に対する考え方(2023.6追補)

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第166回 医師、医学生にも“縁”深い刑法の改正、性犯罪厳罰化と「撮影罪」新設で思い出した滋賀医大生事件の今

大きく変わる刑法の性犯罪規定こんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。MLBはロサンゼルス・エンゼルスの大谷 翔平選手が大変なことになっていますね。先週(6月12~18日)は打者では7試合で23打数10安打の打率4割3分5厘、6本塁打、12打点の成績でした。投手でも、やや不調を引きずりながらも1勝を挙げています(投げた日も降板後ホームランを放ちました)。故障者続出の割にエンゼルスも好調で、6月19日現在アメリカン・リーグの西地区2位。大谷の好調が続けば、ひょっとしたらワールドシリーズを目指すポストシーズン進出も夢ではないかもしれません。今を生きる歴史的人物がワールドシリーズに出場するとなると、もうそれは歴史的事件です。秋に米国取材でも入れようかと考え始めた今日この頃です。さて、先週も「経済財政運営と改革の基本方針2023」(骨太の方針)の閣議決定など、医療関係者にも関係する政治的な出来事がたくさんありました。今年の「骨太」については回を改めて書くこととし、今回は、医師や医学生も比較的“縁”深いと思われる、刑法の性犯罪規定の改正について書いてみたいと思います。「強制性交罪」「準強制性交罪」は一本化して「不同意性交罪」に性犯罪の成立要件を見直す刑法改正案などが6月16日、参院本会議において全会一致で可決、成立しました。「強制性交罪」、「準強制性交罪」は一本化して「不同意性交罪」と改め、処罰要件も大幅に見直されました。現在の「強制わいせつ罪」も「不同意わいせつ罪」に変わります。性犯罪に対し、的確かつ厳格に対処するのが狙いで、今夏にも施行されます。これまで、強制性交罪の成立には「被害者の抵抗を著しく困難にする程度の暴行や脅迫を用いること」が必要とされてきました。しかし、暴行や脅迫がなくても、恐怖などで体が動かない状態に陥ったり、レイプ・ドラッグなどで意識が不明瞭となり、抵抗できずに被害に遭ったりすることがありました。改正法では「不同意性交罪」の要件を「同意しない意思を形成、表明、もしくは全うすることが難しい状態」と定め、その要因となる8つの項目(「暴行・脅迫」「心身の障害」「アルコール・薬物の摂取」「意識が不明瞭」「拒絶するいとまを与えない」「恐怖や驚愕」「虐待」「経済的・社会的地位に基づく影響力」)を具体的に明示しました。つまり、同意のない性行為は厳しく処罰されることになったのです。被害を言い出しにくい性犯罪の特性を踏まえ、公訴時効は現在の強制性交罪で15年(現行10年)に延長されました。性的行為に関する意思決定ができるとみなす「性交同意年齢」も13歳から16歳に引き上げられます。ただし、被害者が13~15歳だった場合、加害者が処罰されるのは5歳差以上だった場合となります。「性的グルーミング」も処罰、「撮影罪」も新設今回の改正ではその他、わいせつ目的で16歳未満の人に繰り返し面会を要求する行為を処罰する規定も新たに設けられました。16歳未満の子どもを手なずける、いわゆる「性的グルーミング」を罰する罪です。また、性器や下着、性交の様子などを盗撮したり、画像や動画を他人に提供したりする行為を処罰するため「撮影罪」も新設されました。それぞれ3年以下の拘禁刑などの罰則が科されます。不特定多数の人に提供した場合は5年以下の拘禁刑などとなります。これまでは、軽犯罪法や都道府県ごとに定められている迷惑防止条例などによって処罰されていた盗撮行為が、国の法律で罰せられることになるわけです。なお、単に撮影するだけでなく、画像を提供したり、ネット上にアップしたり、提供のために保管したりする行為も処罰対象になります。今回の法改正は、性暴力被害者の声が国を動かし、法律を変えたと言われています。2019年、性暴力事件の無罪判決が相次いだことで被害者が立ち上がり、実態調査などを敢行、国に訴えてきたのです。「不同意性交等罪」への罪名変更や、性交同意年齢の条件付き引き上げは、被害者の声を反映させるかたちで行われました。元滋賀医大生は実刑判決も控訴、残りの2人は無罪を主張、卒業後国試を受けたとの噂もさて、医師や医学生による強制性交罪と言えば、昨年3月に起きた滋賀医大生による集団暴行事件が記憶に新しいところです。本連載の「第120回 滋賀医大生3人を強制性交で逮捕・起訴、“エリート”たちがいつまでたってもパーティーを止めない理由とは?」「第144回 滋賀医大生による集団暴行事件、主犯格の被告に懲役5年6ヵ月の実刑判決」でも詳しく書きましたが、その後について付記しておきましょう。滋賀医大・医学部6年生(当時)の3人が女子学生を集団で暴行、動画撮影も行っていたこの事件、主犯格の被告1人には、大津地裁は今年1月、強制性交罪の罪で懲役5年6ヵ月(求刑懲役8年)の実刑判決を言い渡しています。その後、この被告は判決を不服として、大阪高裁に控訴しています。残り2人の裁判はまだ結審していません。強制性交罪に問われている2人は今年3月の裁判で、無罪を主張したとのことです。京都新聞の報道によれば、被告の弁護人は「被害者が拒むような態度はなく、撮影された動画が拡散することを防ぐため(被害者が)事件化した」と主張したとのことです。この事件、改正刑法ならば「不同意」の定義が明示されたことに加え、「撮影罪」も新設されるので、罰し方は大きく異なってくると考えられます。今後なら相当な厳罰になるかもしれないところ、“古い規則”で罰しなければならない点は、法律というものの一つの限界と言えるでしょう。ところで、滋賀医大は、主犯格の被告の初公判後、被告を退学処分にしています。残る2人の被告については、「裁判の動向を踏まえた上で対処する」としましたが、事件時に6年生だったので、ひょっとしたら卒業してしまっているかもしれません。ネット上では、「卒業して医師国家試験も受けたらしい」との噂もあるようです。仮に国試を受けて合格し、医籍を登録していたとしたら、既に医療現場で働いていることになります。合格後、医籍登録を保留していることも考えられます(無罪を主張しているのでその可能性もあるでしょう)。もし、この2人が有罪となったら、医療職の行政処分についての答申を行う医道審議会は、医師になる前の罪を理由に、医師免許剥奪や停止の処分を行うことになるのでしょうか。あるいは、滋賀医大が卒業を取り消し、自動的に国試の受験資格はなかったという筋道になるのでしょうか。法律上の処分は、事件発生時の刑法の規定に則ることになるでしょうが、“医道”を審議する場では、その時々の最新の倫理観が優先されるべきだと思います。そういった意味でも、残る2人の裁判の行方が気になります。

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英語で「今日はどうされましたか」は?【1分★医療英語】第85回

第85回 英語で「今日はどうされましたか」は?How can I help you today?(今日はどうされましたか?)I have a chest pain.(胸が痛いです)《類似表現》What brings you here today?What can I do for you today?(今日はどうされましたか?)《解説》問診では、日本語では「今日はどうされましたか?」というオープンクエスチョンで始める場合が多いと思いますが、意外と英語で言うのは難しいかもしれません。親しい間柄の人に「どうしたの?」と聞く場合は、“What happened?”、“What is the problem?”、“What’s the matter with you?”といったフレーズがよく知られていますが、これらは「何があったの?」といったニュアンスの砕けた表現であり、医師と患者さんの会話で使うのは避けるべきです。また“Why are you here today?”(なぜあなたはここにいるのですか?)という表現も、間接的に「来るべきではなかった」という意味になってしまうためNGです。その代わりに、“How can I help you today?”、“How may I help you today?”といった表現や、類似表現として挙げたような、“What brings you here today?”、“What can I do for you today?”という表現を使うことによって、スムーズに問診をスタートさせることができるでしょう。講師紹介

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第164回 ワクチン否定派がコロナワクチン接種に踏み切った、ある薬の功罪

先日、久しぶりに会った友人から次のように言われた。「半年ほど肩こりがひどかったんだけど、近くのクリニックに行って薬をもらって飲んだら、驚くほど良くなってさ。本当にびっくり。いつもお前(筆者)に『薬を不当に悪者にするな』と言われていたけど、その意味がよくわかった」ちなみにこの友人は大の医療機関嫌い、薬嫌いである。もちろんワクチンはもってのほかという人物である。ただし、余計なワクチン陰謀論にはまっていないことだけは唯一の救いでもある。約1年前に会った時は新型コロナウイルス感染症のワクチンも接種していなかったが、この肩こりが治ったのを機に新型コロナワクチンを接種したと聞いて驚いた。これほど人は変わるものかと思いながら話を聞いていると、彼が微妙に引っかかることを口にした。「その肩こりの薬がすごいのよ。気分もすっきりしてさ」嫌な予感がした。さりげなく、どのような薬を飲んでいるのかを尋ねてみると、ごそごそとカバンから取り出して見せてくれた。ああ、やっぱりか。2錠ほどすでに服用済みのシートには、はっきりと「デパス0.5mg」と印刷されていた。精神安定薬のデパスこと、エチゾラムという薬そのものに罪はないし、個人的にもまったく恨みつらみもない。しかし、本連載の読者にはもはや言うまでもなく、依存をはじめとする問題が少なくない薬である。「うん? どうした? なんかまずい薬?」友人は私の表情の変化に気付いてしまったらしい。私がとっさに「まあ、効果が強めの薬だからね。肩こりが治ったのなら、次の受診の時に先生と話して、薬を終わりにするのも選択肢の1つかな」と言ったのに対し、「うん、そのつもり。治ったのに薬を飲み続ける必要もないしね」とにっこり笑ったのを見て、少し安堵した。しかし、非医療従事者と医療の話をするのは本当に難しい。とりわけこの友人のように医療不信を根底に抱えた人だと余計に気を遣う。しかも、この薬がきっかけで、今まで拒否していた新型コロナワクチンの接種まで至ったならば、なおさらである。そんなこんなで久しぶりにNDBオープンデータを開いてみた。最新の令和2年度のレセプト情報によると、デパスの汎用規格である0.5mg錠の外来(院外)処方量は約2億5,334万錠。同データの精神神経用剤の分類では堂々の第1位である。この数字は年々減少してはいるが、ジェネリック品(以下、GE)で最も処方が多いエチゾラム錠0.5mg「トーワ」の外来(院外)処方量が約9,830万錠であり、先発品であるデパスはダブルスコアで上回っている。昨今のGE使用促進策、とくに後発医薬品調剤体制加算の影響で処方量の多い薬ほどGEに切り替えが進んでいる。GE登場から約半年で、数量ベースで先発品の約7割がGEに置き換わるというアメリカ市場に限りなく近い状況が日本でも珍しくなくなった。にもかかわらず、デパスについてはこの“有様”である。念のためNDBオープンデータをざっと眺めまわしてみたが、GE登場から10年以上経過してもなお、先発品の処方量が、同一規格で適応症も同じGEの最多処方量の銘柄を上回っているのはデパスと認知症治療薬のアリセプトD錠5mg(一般名・ドネペジル)くらいだ。実際、過去に私がデパスの依存性問題を取材した際、「この薬の場合、GEに切り替えようとしても服用者が拒否をしがち。『デパスという名前が入っていないと嫌』とまで言われる」という趣旨の話を複数の薬剤師から聞かされている。まさにこれこそ依存の極みと言っても過言ではないだろう。そしてNDBオープンデータの性別・年齢別の処方量を見ると、相変わらず70~80代前半にボリュームゾーンがある。ざっくり言えば、現役世代の頃に服用し始めた人が依存性のために止められず、キャリーオーバーしていると捉えるのが最も妥当な解釈だろう。しかし、肩こりを訴えた現役世代にポンとこの種の薬が処方されてしまう現象がいまだあることにはやや首をかしげざるを得ない。そんなこんなをつらつら思ってしまったのは、厚生労働省で6月12日に開催された「医薬品の販売制度等に関する検討会」での議論に関する報道を目にしたからである。報道によると、同検討会では若年者で増加しているOTC薬の鎮咳薬や総合感冒薬の濫用問題に関して、防止策としてこれらOTC薬の“小包装化”を厚生労働省が提案。これに賛同する医師側委員などと、家庭内常備薬として大包装販売を訴える販売者側が意見対立したというもの。厚生労働省の提案には一理あるが、改めてこのデパスの問題に遭遇し、データで現実を俯瞰すると、それと同時というか、むしろその前にやらなければならないことがあるのでは? と思うのだが。

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英語で「利益が不利益を上回る」は?【1分★医療英語】第84回

第84回 英語で「利益が不利益を上回る」は?I feel my new medication is causing lots of problems. Can we stop it?(私の新しく始めた薬は問題が大きいように感じます。服用を中止してもよいですか?)I understand that this medication has side effects, but I still believe the benefits outweigh the harm.(この薬に副作用があることは理解しています。それでも、利益が不利益を上回っていると信じています)《例文1》We should continue this therapy as long as the benefits outweigh the harm.(利益が不利益を上回っている限りは、この治療を続けるべきです)《例文2》Unfortunately, the potential benefits do not seem to outweigh the obvious risks for that alternative medicine.(残念ながら、その代替療法の潜在的な利益は、明らかである不利益を上回らないと思います)《解説》“the benefits outweigh the harm”(利益が不利益を上回る)というこの表現は、さまざまな場面で頻用できて便利です。とくに医療現場では、利益と不利益を天秤にかけて議論する場面が多くあります。“the benefits outweigh the risks”も同様の文脈で頻用します。元になっている動詞は、“重さを測る”という意味の“weigh”(wayと同じ発音)であり、“outweight”ではないことに注意が必要です。同様に、“weigh the benefits and harms”もしくは、“weigh the risk-benefit balance”などのようにも言い換えられます。講師紹介

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第163回 マウスピース矯正で集団訴訟、歯科ならではの診療報酬が影響か

ここで歯科領域の話を扱うのは初めてだが、6月6日に歯列矯正をめぐって300人以上が総額4億5,000万円の損害賠償を求めて、集団提訴した事件が報じられた。歯列矯正というと、ちょっと昔の世代は歯に接着したブラケットにワイヤーを通して歯に力を掛けて矯正するワイヤー矯正を思い浮かべがちだ。矯正中に歯を見せて笑うと、歯に装着されたワイヤーにドキッとしてしまうアレだ。このワイヤー矯正は見た目の問題以外に加え、ワイヤーで引っ張るために時に痛みを感じる、装着した歯では食事や歯磨きがしにくいなど患者にとっては生活に一定の影響がある。これに対し、近年登場してきたのがマウスピース矯正である。患者の歯列に合わせた透明な薄い樹脂製のマウスピースを作成し、これを1日20時間以上装着して矯正状況に応じてマウスピースを1~2週間ごとに交換する。治療期間は2~2.5年といわれている。目立たない、食事や歯磨きの際に取り外し可能、ワイヤー矯正ほど痛くないうえに、実は治療費も45~70万円くらいでワイヤー矯正よりも安価、と患者にとってはかなりメリットが多いと言われる。デメリットはワイヤー矯正と比べて適応が限られることである。今回の事件ではこのマウスピース矯正を希望する人をモニターとして集め、まずは歯科医院に1人あたり150万円前後を支払って、マウスピース矯正を開始。モニター謝礼としてクリニック側が毎月5万円をキャッシュバックして実質無料にするというものだった。しかし、途中でキャッシュバックの支払いが止まり、歯科医院も閉院して矯正治療も中断されたというものだ。一部報道ではこのモニター制度に関わった運営会社や関連会社、歯科医院の関係者それぞれが取材に応じ、自身のほうが騙された旨の発言をしているが、現時点でどの主張が本当かはわからない。もっとも個人的にはこの件を見るにつけ、歯科医療そのものの構造的な問題を感じてしまう。1つはご存じのように歯科治療の場合、医科よりも自由診療が占める部分が大きい。このため国内で自由診療扱いになるものに関しては、医科ほどには信頼性が高いエビデンスがあるとは言い難い。加えて今回の歯列矯正に加え、ホワイトニングもそうだが、治療目標が定めがたい。と言うのも、治療目標が患者の期待値に縛られていることが多く、医科のように明確なエンドポイントが設定しにくい。もっといえば歯列矯正やホワイトニングは、必ずしも医学的必要から行われるものばかりではなく、患者が歯の見た目(審美性)を重視するために行われるケースも多くを占める。その意味では、患者の持つコンプレックスに一部の不埒な歯科の専門性を持つものが付け込みやすい構造が存在する。しかも、そこに自由診療という金目の問題までもが入り込みやすい。今回の事件にそんな意味でため息をついていた矢先、政府が「経済財政運営と改革の基本方針(通称・骨太の方針)」の2023年版の案を公表し、その中身を見た。昨今、高齢者の医療・介護で口腔ケアが重視され始めているのは、多くの医療関係者にとっては周知のことだろうが、今回の骨太の方針案では、昨年初めて「国民皆歯科健診」が盛り込まれ、今年もこの方針が堅持された。また、従来から口腔ケアと全身の健康状態との関連のエビデンスを国民に広く伝えていく姿勢を強調している。しかしだ、こうした普及をすること以前に歯科が取り組まなければならないのは、自由診療という枠内で行われている治療行為や処置に関するより信頼性の高いエビデンスの構築ではないだろうか? こういうと「いや自由診療で行われていることにもエビデンスはある」という声も出てくるだろうが、医科領域と比べるとチャンピオンデータの強調という側面がぬぐい切れないものが多いと私は感じている。参考(1)経済財政運営と改革の基本方針2023(仮称) (原案)

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英語で「患者を椅子に座らせる」は?【1分★医療英語】第83回

第83回 英語で「患者を椅子に座らせる」は?Would you be able to get the patient up on the chair ?(患者さんを[ベッドから]椅子に座らせることはできますか?)Definitely.(もちろんです)《例文1》医師Let’s get the patient up and walking today.(今日は患者さんに立って歩いてもらいましょう)看護師Understood.(わかりました)《例文2》医師No worries. We will get you ready for the surgery.(手術に臨めるように手配します)患者Thank you so much.(ありがとうございます)《解説》この表現は、日々の診療の中で患者さんの状態について話すときに非常によく使われます。“get”の後に目的語である“the patient”(この患者さん)、その後に状態を表す形容詞や動名詞を続けることで、「この患者さんを~の状態にする」という意味になります。《例文》のように、治療の過程で状態変化を伴うときによく使われます。日常会話でも“get”の後にさまざまな名詞と形容詞を付けることでいろんな使い方ができます。たとえば、“get you dressed”だと「服を着てきなさい」という意味になります。非常に使いやすいのでぜひマスターしてください。講師紹介

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第163回 Elsevier社のオープンアクセス論文誌、“ハゲタカ”ばりの貪欲さに編集委員が反発、全員辞任し新しい論文誌創刊へ

The LancetやCellなどを発行するオランダのElsevier社で起きた事件こんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。この週末は、リアルな山登りの予定だったのですが、急遽予定を変更して、“ハイラル平原”や“サトリ山”の散策に出かけ、2日間をつぶしました。そう、任天堂から5月12日に発売された、Nintendo SwitchのアクションRPG、「ゼルダの伝説 ティアーズ オブ ザ キングダム」です。Nintendoのゲームと言えば、「スーパーマリオブラザーズ」シリーズが最も有名ですが、もう一つの大看板、「ゼルダの伝説」シリーズは、その時々の任天堂のゲームマシンの能力を最大限に引き出すことを大きな目的として作られます。独特のアクションとトリッキーな謎解きも、1986年ファミリーコンピューターのディスクシステム向けの第1作、「ゼルダの伝説」から脈々と受け継がれており、不朽の名作と言われるスーパーファミコンの「ゼルダの伝説 神々のトライフォース」(1991年)、Nintendo64の「ゼルダの伝説 時のオカリナ」(1998年)などは、今でもNintendo Switch Onlineで遊ぶことができます。今回発売された「ゼルダの伝説 ティアーズ オブ ザ キングダム」は、Nintendo Switch発売直後の2017年に発売され、世界で3,000万本売り上げた「ゼルダの伝説 ブレス オブ ワイルド」の続編です。前作の世界観がさらに広がり、楽しみ方も重層的になっています(この新作も既に1,000万本を売り上げたとの報道もありました)。Switchのゼルダの特徴は、前作のタイトル「ブレス オブ ワイルド(BREATH OF THE WILD)」の言葉の通り、ゲームの中の平原や山、川、空の息吹を感じられることです。ゲームの進行(ボス倒し)は二の次に、ハイラルの世界をブラブラ、狩りや洞窟探検、料理や道具作りだけをコツコツと楽しんでいる人も少なくないようです。確かに仕事で疲れて帰ってきて、2時間ほどハイラルの世界にいると、疲れも吹き飛ぶような気もします。私自身、「ブレス オブ ワイルド」のクリアには半年ほどかかりましたが、今作は1年以上かかりそうな気もします。さて今回は、The LancetやCellなどを発行するオランダのElsevier社の神経画像の論文誌「NeuroImage」の編集委員会の委員を務めていた40人以上の研究者全員が辞任したニュースを取り上げます。欧米の論文誌を中心に拡大し続けているオープンアクセス誌ですが、高額な論文掲載料(Article Publishing Charge:APC)など問題も少なくありません。今回の辞任は、同誌の高額な論文掲載料に対し、編集委員会の委員が反旗を翻したことで起きました。「Elsevierは学界を食い物にし、科学に貢献せずに莫大な利益を主張」英国の一般紙、The Guardianは5月7日付で「‘Too greedy’: mass walkout at global science journal over ‘unethical’ fees(「貪欲すぎる」:「非倫理的な」手数料を理由に世界的科学論文誌で多数が辞任)」というタイトルの記事を同紙のウェブサイトに掲載しました。同記事によれば、オランダのElsevier社の神経画像の論文誌「NeuroImage」で編集委員会の委員を務めていた40人以上の研究者全員が、編集委員を辞任したとのことです。辞任の理由として挙げられたのは、同誌の掲載料が高額過ぎるということです。Elsevier社の業績が高い利益率を確保していることから、編集委員会はElsevier社に対して掲載料の引き下げを要求していました。ところが、Elsevier社がその要求を拒否したため、編集委員会の委員全員が辞任するという事態に至ったのです。「NeuroImage」は購読料の支払いがないオープンアクセス誌で、研究者は論文を発表するため3,450ドルを支払う必要があるとのことです。同記事によれば、辞めた委員の1人は、「Elsevierは学界を食い物にし、科学にほとんど貢献せずに莫大な利益を主張している」と語ったそうです。そのElsevier社の利益率ですが、同記事によれば2019年の決算でのElsevier社の利益率は約40%と、GoogleやApple、Amazonといった世界的企業をも上回る莫大な利益を上げていたとのことです。2022年の売上高も10%増加していました。40%の利益率とは驚きです。インパクトファクターを餌に貧乏研究者たちからお金を搾り取る一流科学論文誌発行は「アコギな商売」と言われますが、この高い利益率からもその一端を窺い知ることができます。掲載料を3,450ドルから2,000ドル以下に引き下げるよう要請したもののElsevier社は応じずこの編集委員の辞任騒動、日経バイオテクも5月23日付で「Elsevier社の神経系論文誌、全エディターが辞任し独自に非営利論文誌を創刊」というタイトルのニュースで報じています。同記事によれば、「NeuroImage」は1992年創刊で、現在のインパクトファクターは7.4。2020年に完全オープンアクセス化されています。元編集委員たちは「2022年6月以降、掲載料を2,000ドル(約27万6,000円)以下に引き下げるよう要請したもののElsevier社は応じなかった。2023年3月、引き下げに応じない場合エディター全員が辞任すると通達したが、応じないとの回答があったため辞任した」とのことです。元編集委員たちは新たな論文誌のウェブサイト1)を立ち上げ、声明を発表しています。声明によれば、新たな論文誌は「Imaging Neuroscience」と名付けられ、7月中旬を目処に同じくオープンアクセス誌として始動する予定だそうです。そして、「論文掲載料は可能な限り低く抑え、低所得国または中所得国では免除します。私たちの目標は、Imaging Neuroscience が NeuroImage に代わってこの分野のトップジャーナルになることです。編集委員会のチームは、NeuroImageのときと同じです」としています。ちなみに、通常の論文掲載料は1,600ドルと半額以下にする予定だそうです。マイナーな専門領域での“反乱”がその他の論文誌にも広がっていくか?オープンアクセス誌は、購読料がないことから従来型の論文発表と比較してより多くの人の目に留まりやすくなると言われています。研究成果に誰でもアクセスできるようになれば研究人脈が広がったり、被引用件数が増えたりなど、研究者としてさまざまなメリットも期待できます。しかし、一方で、購読料収入がないため、研究者が支払う論文掲載料がオープンアクセス誌の収入源となります。オープンアクセス誌の多くは、Elsevier社やSpringer Nature社など大手出版社が発行している高いインパクトファクターをもつ学術誌であり、結果、数千ドル〜1万ドル近い“強気”の掲載料をふっかけられることになるわけです。なお、オープンアクセス誌については、著者から論文掲載料を得ることを第一目的として、インパクトファクターを詐称したり、十分な査読を行わないなどといった粗悪な論文誌、通称“ハゲタカジャーナル”も増えてまた別の問題となっています。今回の「NeuroImage」の編集委員退職は、大手で著名なElsevier社で起こったことなので、別問題のようには見えます。しかし、結局はお金、利益を第一義としている点では、“ハゲタカ”度合いは似たようなものかもしれません。その意味で、論文掲載料が高額でElsevier社の利益率も高いにもかかわらず、編集委員会の委員への報酬が「最低レベルだった」と批判されている点も興味深いです。高いインパクトファクターをもつ学術雑誌を発行する大手出版社は、高額の論文掲載料、高い購読料(購読誌の場合)にもかかわらず、編集委員やレビュアーの報酬は決して高くはなく、研究者たちから度々「強欲」と批判されてきたからです。神経画像の専門誌という若干マイナーな専門領域での“反乱”が、その他の論文誌にも広がっていくのかどうか、今後の動きが気になります。参考1)Imaging Neuroscience

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英語で「服用禁忌」は?【1分★医療英語】第82回

第82回 英語で「服用禁忌」は?Hi Dr. Smith, the patient has a history of angioedema and ACE are contraindicated.(スミス先生、患者さんは血管浮腫の病歴があるのでACE剤は服用禁忌です)Oh okay, let’s change the med then.(そうか、では、処方を変えましょう)《例文1》A bleeding disorder is a contraindication for taking aspirin.(出血性疾患はアスピリンの服用禁忌です)《例文2》Are steroids contraindicated in cancer?(ステロイドはがん患者に服用禁忌でしょうか?)《解説》薬剤を処方するときにお馴染みの「適応」という表現。英語では“indication”で表現します。これに「反対、逆」の接頭語である“contra”を付けた“contraindication”が「禁忌」という意味になります。形容詞的に“contraindicated”として使う場合もあります。米国の場合、添付文書に記載されている警告は3段階あります。注意warnings and precautions禁忌contraindications最大級の警告boxed warning(black box warning)“black box warning”とは文字どおり「黒枠で囲まれた警告」であり、添付文書の一番初めに強調して記載されている、特筆すべき警告です。ちなみに、添付文書は“package insert”といいます。これも文字どおりで、「パッケージに挿入(insert)されたもの」だからですね。医薬品情報収集はスピードが命。私も多岐にわたる医薬品情報については、スマホからでもすぐに見つけられるよう、普段から準備をしています。講師紹介

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第162回 止められない人口減少に相変わらずのんきな病院経営者、医療関係団体(後編) 「看護師に処方権」「NP国家資格化」の行方は?

ジャニーズの性加害問題報道でNHKが「反省」の弁こんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。この週末、メディアはG7広島サミットの話題に加え、ジャニーズ事務所の「謝罪」動画、歌舞伎役者の自殺未遂事件など社会部ネタが頻発し、バタバタだった模様です。ジャニー喜多川氏によるジャニーズJr.の少年への性的虐待については、この連載の「第155回 日本はパワハラ、セクハラ、性犯罪に鈍感、寛容すぎる?WHO葛西氏解任が日本に迫る意識改造とは?(後編)」でも簡単に触れたのですが、「謝罪」動画公開後の5月17日にNHKで放送された「クローズアップ現代」(クロ現)はなかなか興味深い内容でした。「“誰も助けてくれなかった” 告白・ジャニーズと性加害問題」と題されたこの回の「クロ現」では、元ジャニーズJr.の男性が実名で登場、自身が受けた性被害の詳細を語っていました。印象的だったのは、桑子 真帆キャスターが、「なぜこの問題を報じてこなかったのか。私たちの取材でもこうした声を複数いただきました。海外メディアによる報道がきっかけで波紋が広がっていること。私たちは重く受けとめています」と反省の弁を述べ、番組の最後に「私たちは、これからも問題に向き合っていきます」と語ったことです。日本で長年に渡って起こっていた性被害事件にもかかわらず、日本のメディアで報道してきたのは週刊文春などごくわずかです。英国BBCのドキュメンタリーが放映されたので渋々動きました、というのではNHKも報道機関としての存在意義が問われても仕方ありません。今回、NHKの顔とも言えるキャスターが番組で反省の弁を述べたというのは、とても大きな意味があることだと思います。逆に言えば、ジャニーズ事務所に忖度し、BBCのドキュメンタリーや今回の「謝罪」動画に関しても、お茶を濁した報道しかしていない民放(「クロ現」ではジャーナリストの松谷 創一郎氏が「民放の人たち、テレビ朝日やフジテレビなんかはとくにそうですけれども」と名指しして批判していました)は、報道機関としては完全に“失格”と言えそうです。人口減少に対する、医療関係団体の希薄過ぎる危機感さて、今回も4月26日に厚生労働省の国立社会保障・人口問題研究所が公表した「将来推計人口」に関連して、日本の医療に及ぼす影響について考察してみます。前回は、一向に進まない地域医療構想や、病院の役割分担の明確化や病床削減などへ取り組みの遅れなど、医療提供体制における問題点について書きました。今回は、急速に進む人口減少が招くであろう医療・介護人材難に対して、日本医師会や日本薬剤師会といった医療関係団体の危機感が希薄過ぎる点について書きます。訪問看護ステーションに配置可能な医薬品の拡大案に「断固反対」と日本薬剤師会会長5月12日付のメディファクス等の報道によれば、日本薬剤師会の山本 信夫会長は5月10日に開かれた三師会の会見で、政府の規制改革推進会議で議論が進められている、訪問看護ステーションに配置可能な医薬品の拡大案について、「配置可能薬を拡大するということについては断固反対という立場だ」と述べたとのことです。この案は、規制改革推進会議の医療・介護・感染症対策ワーキング・グループで3月6日、医師の佐々木 淳専門委員(医療法人社団 悠翔会理事長)と弁護士の落合 孝文専門委員が提案したものです。佐々木氏は関東を中心に在宅医療専門のクリニックを複数ヵ所運営する医療法人を経営しています。佐々木氏らが提案したのは、訪問看護ステーションに配置する薬剤の種類を増やし、訪問看護師がある程度自由に使用できるようにするための新しいスキームです。現状では看護師が薬局で薬剤を入手してから患者宅に向かうか、看護師から連絡を受けた薬剤師が薬剤を配達しているのですが、このスキームによって患者への薬剤提供が効率化される、としています。このスキームでは、薬剤師はオンラインで訪問看護ステーションに配置された薬剤を遠隔管理(倉庫室温、ピッキングの適切性、在庫など)し、薬局がステーションに随時医薬品を授与します。一方、ステーションの看護師は、必要に応じて医師の指示内容を薬局と共有、処方箋の写しに基づいてステーションの倉庫から薬剤をピッキング、患者に投薬します。なお、倉庫内に配置する薬剤としては、脱水症状に対する輸液、被覆剤、浣腸液、湿布、緩下剤、ステロイド軟膏、鎮痛剤などを想定しているとのことです。薬剤師の調剤権を著しく侵害することにつながり「極めて問題がある」現状、薬剤師法などで、調剤を行えるのは、医師、歯科医師、獣医師が自己の処方箋により自ら調剤するときを除いて薬剤師に限られています。山本会長は、この改革案は医師の処方権、薬剤師の調剤権を著しく侵害することにつながり「極めて問題がある」と述べたそうです。その上で、在宅医療の提供について、「チームを組んで医療を提供するのが本来の姿。専門職が集まってその患者さんに対してどんな医療が必要か、医師や看護師、薬剤師など各専門職種が議論していくことが大前提だ。それを抜きにして、ただ置けばいいという発想について私どもとしては大変断固反対だ」と述べたとのことです。他の医療・看護・介護拠点が薬局機能を代替して何が悪い?「薬局の遠隔倉庫」案と呼ばれるこの案、患者が薬剤を手に入れるまでの時間が短縮されるだけでなく、調剤をする薬局自体がない地域や、土日や夜間は営業しない薬局しかない地域では、とても便利で現実的な方策に見えます。「薬剤師の調剤権を侵害」「チーム医療が本来の姿」と山本会長は語っています。しかし、そもそも薬局薬剤師が機能しない地域や時間帯があるなら、ほかの医療・看護・介護拠点がその機能を代替して何が悪いというのでしょう。山本会長の発言は、薬剤師のことは考えているが、患者のことは考えていないように感じます。ちなみに、令和4年度の厚生労働白書によれば、2020年度において、無薬局町村は34都道府県で136町村あるそうです。「包括指示」の仕組みを活用、「訪問看護師に一定範囲内の薬剤の処方箋を発行できるようにする」案も規制改革推進会議の医療・介護・感染症対策ワーキング・グループは先週、5月15日にも開かれ、佐々木氏は「薬局の遠隔倉庫」案をベースとした、もう一歩踏み込んだ改革案を提案しています。5月16日付のCBnewsマネジメントの報道によれば、佐々木氏は一定の条件下で訪問看護師が処方箋を発行して投薬できる規制緩和策を検討すべきだと提案したとのことです。具体的には、医師に連絡がついたものの処方箋を発行できない場合、看護師は医師の指示に基づいて処方箋を発行できる医師と連絡がつかない場合、看護師は医師の包括的指示に基づいて処方箋を発行できる24時間対応を標榜する薬局がある場合、薬剤師は迅速・確実に患者宅に薬剤を届ける。24時間対応の薬局がなければ訪問看護事業所に薬剤を配備し、看護師がその備蓄から薬剤を使用することができる24時間対応する薬局の有無にかかわらず、訪問看護事業所内への輸液製剤の配備を可能とするなお、佐々木氏は、これらの対象となる薬剤(輸液製剤を含む)の範囲をあらかじめ指定しておくことも提案しています。医師から看護師への「包括指示」の仕組みを活用して、「訪問看護師に一定範囲内の薬剤の処方箋を発行できるようにする」という大胆な提案です。日本薬剤師会が再び激怒しそうですが、働き方改革や人材難を背景に、タスクシフト/タスクシェア推進が叫ばれる中、とても理に適った提案ではないでしょうか。「NPを導入し、国家資格として新たに創設するというのは適切ではない、反対だ」と日本医師会政府の規制改革会議ですが、その議論や提案はいつもラジカルで、旧態依然とした医療関係団体を時折怒らせています。2月13日、規制改革推進会議の医療・介護・感染症対策ワーキング・グループは、医師と看護師のタスクシェア、とくにナース・プラクティショナー(NP)について日本医師会等にヒアリングを実施しました。NPとは、端的に言えば、医師と看護師の中間的な技量を有した医療専門資格です。現行の特定行為研修を修了した看護師ができる医療行為の範囲を超えて、“医師のように”自主的に医療行為が行える新しい国家資格(NP)をつくろうというのがNPの国家資格化のコンセプトです。米国においてNPは医師の指示・監督がなくても診察、診断、治療・処方のオーダーができる資格として確立しています。この回のワーキング・グループに日本医師会から参加した常任理事の釜萢 敏氏は「外国で行われているものを日本に導入すれば必ずうまくいくというものでは決してない。特定行為研修の修了者を増やしていくという方向に大きく踏み出したので、まずそれをしっかり実現することが喫緊の課題。NPという新たな職種を導入し、国家資格として新たに創設するというのは、現状において適切ではない、反対だ」と述べました。日本医師会などが慎重な姿勢を示してきたため業務範囲の拡大は遅々として進まず医療・介護分野のタスクシェア・タスクシフトを巡っては、これまで日本医師会などが慎重な姿勢を示してきました。そのため、実際の医療現場での業務範囲の拡大は遅々として進んでいません。2021年5月の医療法等改正においても、業務範囲が拡大されたのは診療放射線技師、臨床検査技師、臨床工学技士、救急救命士のみで、“本丸”とも言える看護師には踏み込んでいません(「第66回 医療法等改正、10月からの業務範囲拡大で救急救命士の争奪戦勃発か」参照)。政府の規制改革推進会議が昨年5月に決めた令和4年度の最終答申には「医療・介護分野のタスクシェア・タスクシフトの推進」は記述されていますが、より本格的な検討は今期の同会議の“宿題”となりました。その後、議論を進めてきた規制改革推進会議は、昨年12月に当面の改革テーマに関する中間答申をまとめました。そこには、医師や看護師が職種を超えて業務を分担する「タスクシェア」の推進が明記され、医師の業務の一部を看護師らに委ねる「タスクシフト」も進めると書かれました。それを踏まえ、看護師らが担える業務の対象拡大を主要テーマとして、医療・介護・感染症対策ワーキング・グループが議論を進めてきた、というのがこれまでの流れです。6月にまとめられる規制改革推進会議の最終答申に注目それにしても、医師や薬剤師がタスクシェア・タスクシフトをこうも毛嫌いする理由はなんでしょう。自分たちの仕事が、「看護師ごときには対応できないほど高度なもの」とでも考えているのでしょうか。あるいは逆に、「意外に簡単で誰にでもできそうであることがバレるのが怖い」のでしょうか。確か、日本医師会は医師増(医学部新設)にも反対していましたから、単に自分たちの既得権を守りたいだけなのかもしれません。前回の冒頭で書いた青森の下北半島ではないですが、現状、医師確保にあえいでいる地域は全国にたくさんあります。人口減が今以上に進めば、無医町村も増えていくでしょう。そんな中、相応の資格を得た訪問看護ステーションなどの看護師が、処方を含む医療行為を自らの判断で行うことができるようになれば、地域医療に一定の安心感を与えるのではないでしょうか。また、老人保健施設や介護医療院は医師でなければ施設長になれませんが、高齢者医療を専門とするNPが施設長になることができれば、貴重な医師人材の節約にもつながります。今年6月にもまとめられる予定の令和5年度の規制改革推進会議の最終答申に、医師から看護師への包括指示の活用や、訪問看護師への処方権付与、NP国家資格化といった、ワーキング・グループで議論されてきた内容がどれくらい盛り込まれることになるか、注目されます。

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英語で「もう一度言ってもらえますか?」は?【1分★医療英語】第81回

第81回 英語で「もう一度言ってもらえますか?」は?Could you repeat it for me, please? (もう一度言ってもらえますか?)Sure.(もちろんです)《例文1》Could you say that again for me?(もう一度言ってもらえますか?)《例文2》Could you rephrase it?(別の言い方で言ってもらえますか?)《解説》英語でのやりとりで聞き逃したり、オンライン会議で聞き取りにくかったりという状況はよくあることかと思います。相手にもう一度繰り返してほしいときの表現はたくさんあります。一番使いやすく、シンプルかつ丁寧なのは、“Could you say that again?/Could you repeat it again?”などでしょう。“I’m sorry I didn’t get it/catch it.”(すみません、よくわかりませんでした/よく聞き取れませんでした)、または“I don’t(quite)follow”(よくわかっていません)と付け加えると、より丁寧かもしれません。また、言っていることは聞き取れたものの、単語や表現がわからないときには“Could you rephrase it?”(別の言い方で言ってもらえますか?)と言って言い換えをしてもらうよう頼んでみましょう。患者さんとのやりとりでも、スラングや非医療者特有の表現で意味が理解できない、といったこともしばしばです。聞いたことを正しく理解できているか自信がない場合には、“Do you mean〜?/Does it mean〜?”と言って、自分の理解が合っているかを確認するようにしましょう。講師紹介

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第161回 止められない人口減少に相変わらずのんきな病院経営者、医療関係団体。取り返しがつかなくなる前に決断すべきこととは…(前編)

5月の連休、北海道のテレビが放送されている下北半島で考えたことこんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。5月の連休、私は山仲間と青森県の八甲田山に行って来ました。豪雪で有名な酸ヶ湯温泉から地獄湯の沢を登って大岳(八甲田山の主峰です)、毛無岱を経て酸ヶ湯に戻る周回コース。幸い好天で残雪の春山を堪能できたのですが、やはりここ八甲田山でも雪は例年より少なく、地元の人は「季節が変わるのが2週間は早い」と話していました。八甲田山を登った後はレンタカーで下北半島巡りをしました。恐山霊場を参拝した後、下風呂温泉の宿に泊まったのですが、その宿のテレビでは北海道の民放が普通に放送されていました。もちろんCMも北海道の企業のものばかりです。下北半島の北エリアはテレビ的には青森ではなく距離が近い函館圏内、ということなのでしょう。ちなみにマグロで有名な下北半島の先端にある大間町と函館市の距離は直線(フェリー)で約46キロ、大間町と青森間は国道を使って約150キロです。となると仕事柄、医療提供体制についても気になるので、源泉かけ流しの温泉に浸かった後、ちょっと調べてみました。下北半島が位置する下北地域には4つの病院があります。基幹病院である一部事務組合下北医療センター・むつ総合病院(454床)以外は、国民健康保険大間病院(48床)、自衛隊大湊病院(30床)、むつリハビリテーション病院(120床)と、中小病院とリハビリ病院しかありません。実質的にむつ総合病院が、この地域の急性期医療を一手に引き受けていることになります。ただし、大間町からむつ市までは陸路で48キロもあり、距離的には函館とほぼ同じです。医療、とくに救急などの急性期医療に迅速に対応するには微妙な距離です。北海道のドクターヘリが自由に使えれば、ある意味”函館医療圏”と言ってもいいくらいでしょう。翌日我々は、人口減に苦しむ僻地の医療の大変さを実感しながら、約2時間半をかけてむつ市経由で青森まで車を走らせました。日本の人口、50年後の2070年には3,900万人減少し8,700万人にということで今回は、ゴールデンウイーク直前の4月26日に厚生労働省の国立社会保障・人口問題研究所が公表した「将来推計人口」と、日本の医療提供体制への影響について書いてみたいと思います。「将来推計人口」は国勢調査を基に5年に1度公表する日本の人口の長期予測です。今回は新型コロナウイルスの影響で2017年4月以来、6年ぶりの公表となりました1)。それによれば、最も実現性の高いとされるケースで、2020年に1億2,615万人だった日本の人口は、50年後の2070年には3,915万人減少し、8,700万人になるとのことです。女性1人が生涯に産む子供の推定人数「合計特殊出生率」は2070年に1.36と推計されました(2020年は1.33)。推計には、日本に住む外国人も含まれ、933万人で人口の約1割になるとしています。人口が1億人を割るのは2056年で、前回推計の2053年より3年遅くなりました。そして2067年には9,000万人を下回るとしています。「生産年齢人口」は人口の52.1%まで減少65歳以上の高齢者の割合である高齢化率は2020年に28.6%だったのが、今後も上昇し2070年には38.7%まで高まるとしています。高齢者数のピークは前回推計では2042年の3,935万人でしたが、今回は1年遅い2043年の3,953万人となりました。15歳から64歳までの「生産年齢人口」は2020年で7,509万人(全人口の59.5%)だったものが、2070年には4,535万人、全人口の52.1%まで減少するとしています。ただし、外国人の流入もあり、前回(4,281万人)よりは働き手を多く確保できる推計となっています。平均寿命は2020年で男性81.58歳、女性87.27歳だったものが、2070年には男性85.89歳、女性91.94歳にまで延びるとしています。人口が減れば医療・介護のマーケットは縮小、今以上の人手不足が起こる以上が、最新の「将来推計人口」の概要です。6年前の推計と比べ、人口1億人割れの時期は3年遅くなったものの、日本の人口減の勢いはまったく弱まらないようです。人口が減るということは、都道府県、市町村の人口が減り、医療・介護のマーケット(つまり患者数)が縮小、同時に、労働集約型産業の側面が大きい医療・介護の分野での人手不足が今以上に深刻になることを意味します。日本の医療の現場では現在、そうした事態に備えた準備を着実に進めていると言えるでしょうか。私は2つの側面からみて、現場の医療者の多くはまだまだ他人事として、のんきに構えているようにしか見えません。遅々として進まない病院の役割分担の明確化や再編成に向けての動き1つ目の側面は医療提供体制における、病院の役割分担の明確化や再編成、病床削減などの取り組みです。将来の地域の医療提供体制(医療機関の役割分担)を形づくる国の仕組みとしては、医療法で定められた「医療計画」と「地域医療構想」があります。医療計画は現在、各都道府県で第8次医療計画(2024〜28年)の策定が進められています。地域医療構想については当面は策定された2025年の目標に向けての取り組みが進められていることになっています(次の地域医療構想は2040年頃を視野に入れつつ策定予定ですが、詳細は未定)。しかし、大規模な再編が本格化しようとした矢先、新型コロナウイルス感染症のパンデミックが起こり、地域の病院再編は先延ばしとなってしまいました(「第32回 遅れに遅れた地域の病院再編、コロナに乗じた「先延ばし」はさらなる悲劇に」参照)。コロナ禍で、補助金などにより一時的に地域の公立・公的病院の経営状況が上向いたことや、地域の病院病床の必要性が”再確認”されたこともあり、病院の役割分担の明確化や再編成に向けての動きは活発化していません。実際、財務省もそんな状況にやきもきしています。4月28日に開かれた医療や介護など社会保障分野の改革を検討する政府のワーキンググループにおいて、財務省は地域医療構想について「過去の工程表と比較して進捗がみられない」「目標が後退していると言われかねない」などと指摘しています。山形県米沢市では公立、民間が病院機能を再編するケースももっとも、そんな中でも先を見越し、大胆な再編計画を進める地域もあります。厚生労働省が3月1日に開いた第11回地域医療構想及び医師確保計画に関するワーキンググループでは、山形県米沢市でのユニークな取り組みが紹介されました。米沢市では、米沢市立病院(322床)と民間(一般財団法人 三友堂病院)の三友堂病院(185床)と三友堂リハビリテーションセンター(120床)の再編計画が進行中です。3つの病院の機能分化と連携強化を推し進め、急性期は米沢市立病院が、それ以外の回復期や慢性期などは三友堂病院が担うことにしたのです。また、各病院とも老朽化が進んでいたことから、現在、米沢市立病院がある敷地に三友堂病院(三友堂リハビリテーションセンターを統合)が移転し、通路を挟んでそれぞれが新病院を建設することになりました。開院予定は今年11月です。人口減と高齢化を背景に、公と民の病院が生き残りを賭けたこの計画、病床数は米沢市立病院が59床減の263床、三友堂病院が106床減の199床になる予定です。公立病院と民間病院の組み合わせということで完全な統合はせず、それぞれ経営が独立したまま「地域医療連携推進法人」を設立し、人材交流や物資の共同利用を進める方針です。この連載でも地域医療連携推進法人については度々書いてきましたが、公立・公的と民間というように、経営母体が違う法人同士の連携を進める上では、使い勝手の良い制度と言えるでしょう(「第138回 かかりつけ医制度の将来像 連携法人などのグループを住民が選択、健康管理も含めた包括報酬導入か?」参照)。ちなみに、この米沢市のケースを想定してか、国の認定再編計画に基づいて再編を行う病院同士を併設する場合、施設や構造設備を共用できるのは「再編対象病院が同一の地域医療連携推進法人に参加していること」とする厚生労働省医制局長通知(医政発0331第10号「病院の併設について」)が今年の3月31日に発出されています。相変わらずのんきな日本医師会、日本薬剤師会「自分たちだけは大丈夫」と考え、依然再編には無関心の病院経営者も少なくないようですが、このケースのように高齢化、人口減、患者減、医師・看護師などの医療者確保難が深刻化している地域では、ドラスティックな再編に乗り出す医療機関がこれからも増えることでしょう。しかし一方で、相変わらずのんきなのは日本医師会や日本薬剤師会といった医療関係団体のトップです。人口減が招くであろう人材難に対する危機感が希薄過ぎるのです。(この項続く)参考1)日本の将来推計人口(令和5年推計)/国立社会保障・人口問題研究所

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英語で「病棟を任せます」は?【1分★医療英語】第80回

第80回 英語で「(病棟などを)任せます」は?I will eat a quick lunch. Please hold down the fort while I am away from the floor unit.(簡単に昼食を済ませてきます。その間、[病棟を]任せますよ)Sure, enjoy your lunch!(もちろんです。昼食楽しんできてください!)《例文1》医師AI will hold down the fort because she has a vacation and is off work next week.(彼女は来週休暇で職場に来ないので、その間は私が責任を持って対応する予定です)医師BOkay I will keep that in mind.(わかりました。覚えておきますね)《解説》“hold(down)the fort”という慣用句について解説します。「Cambridge Dictionary」によると、“to have responsibility for something while someone is absent”という訳になっています。元々の英語の直訳では“the fort”(砦)を“hold down”(護る、保つ)という意味から来ているようですね。それが慣用句となり、日本語で訳すならば、「誰かがいない間に、その場の責任を任せます」といった意味ですね。一見使える場面が限られるように思われますが、実は米国の医療現場で働く際に使われる場面にたびたび出くわし、私もそこでこの表現を学びました。日本人は聞き慣れなくても、ネイティブの方々がよく使う表現の一つといえるでしょう。医療現場において、「自分が一時的にその場を離れないといけないが、誰かに患者や状況を見ていてもらう必要がある際」にぴったり当てはまる表現です。さらに具体的にいうと、夜間救急当直などでチームメンバーや上司が少し休憩をとる際に「その間、頼んだよ」といった感じで使います。また、この表現は一般慣用句で医療場面以外でも使えますので、もっと幅広く「留守番を頼んだよ」というようなニュアンスでも使えます。そう捉えると、日本語でも頻繁に使われる表現ですよね。また、使い方としては“hold down the fort”そのままの表現で聞くことが多い印象ですが“down”を省略した“hold the fort”でも使用できます。こうした英語の慣用句をさらりと日常で使いこなせるようになると格好良いですね。講師紹介

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第159回 5類移行でマスク着脱議論が再び炎上、それって誰の何のため?

5月8日から、ついに新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)は、感染症法上の5類扱いとなった。とは言っても、多くの一般人にとっては5月7日と5月8日で一気にガラリと生活が変わるわけではないだろう。ただ、接客が伴う各種業界ではこの日を機に以下のようにさまざまな変化が起こることが報じられている。『ローソン店員のマスク着用は「任意」に、一方で高島屋は「継続」 新型コロナ「5類」変更でも分かれる対応』(TBS)『「3年間お世話になりました」処分か保管?アクリル板どうする「5類移行」正式決定』(テレビ朝日)こうした身近な変化から、多くの人はいわゆる「コロナ禍」という言葉が有していた深刻さから徐々に解放されていくのだろう。そんな最中、国内でホテルリゾート業を営む星野リゾート代表取締役社長の星野 佳路氏は、5月8日から同社従業員が一斉にマスクを外すとTwitterで宣言し、いわゆる炎上案件になったことを一部の人はご存じかと思う。このツイートは文字通り読むと、従業員に一斉にマスク外しを指示したようにも読めてしまうのだが、ほかの記事を読むと、どうやら完全一律というわけではなさそうである。そんな最中、SNSで知人がある投稿をしていたのに目が留まってしまった。彼はこの星野リゾートの件をフックに「これでもマスクを外せない人は、一生顔を隠して生きていくの?」という記述とともに、学校で教職員や来訪する保護者のマスク外しが進んでおらず、これでは同調圧力で子供は外せないだろうという趣旨の書き込みをしていた。さらに「『外すのも付けるのも自由』なんて言うのは無責任の極み」ともダメ押しで記述していた。「大人が外せなければ、子供は…」のくだりは概ね同意はできるが、そのほかに関しては、私個人としてはなかなか賛同できず、ついコメント欄に書き込みし、数日間にわたって応酬となった。最終的には互いに穏便なところに落ち着いたが、改めて思ったのはこの問題の根深さである。この3年間、新型コロナに関しては嵐のように大量のニュースが流れた。その時々で伝わった情報を理解しつつも、状況が頻繁に変化するため、多くの人が混乱しただろう。私なりにいまだに残るこのウイルスの厄介さを箇条書きにすると以下のようになる。感染力が既存の感染症の中でもかなり高いほうに分類される重症化・死亡リスクが集団によって大きく異なる短期間で感染の主流をなすウイルス株(変異株)が入れ替わったウイルス株の入れ替わりとともにワクチンの効果が変動した(とくにオミクロン株出現以降)感染力のピークが発症前にあるなかでも最後の性質は、今回のユニバーサル・マスク対策の根拠となっている。また、日常会話の飛沫で容易に感染してしまうことから、人との接触を避けることが対策の核となり、飲食業を中心に一部の業態が深刻なダメージを被った。ちなみに前述の知人も飲食業ではないが、深刻なダメージを食らった業種の人である。その意味で社会の中でもコロナ禍に対する「恨み」にはかなりの濃淡がある。一方、感染症法上の5類になったところでウイルスそのものは根絶されたわけでも何でもなく、重症化・死亡リスクの高い人たちは依然として一定の警戒が必要である。その結果、そうした人の中にはなかなかマスクを手放せない人もいる。これらを総合すると、新型コロナを巡る問題はどうしても社会の分断を招きやすい性質を有してしまう。私自身は以前、屋内も含めたマスク着用を“個人の判断”とした政府の宣言に対し、その伝え方には一言モノ申したが、宣言そのものについてはまったくその通りだと思っている。いわずもがな、個々人の置かれた環境や保有するリスク因子はかなり異なるからだ。前述の知人の主張をざっくりまとめると、子供がマスクを外しやすくなるように、この5類化を機に学校では教職員や来訪する保護者は半ば強制的かつ一律的にマスクを外すことを求めている(少なくとも私はそう受け取って応酬した)。しかし、これはかなり困難な話だ。学校にも一定数はいるはずの重症化・死亡リスクの高い人に対し、公権力はリスクが上昇する方向への行動変容を強いることはできないからだ。文部科学省の都道府県・指定都市教育委員会の教育長などへの通知でも原則は「マスクの着用を求めないことを基本とする」としつつも、「基礎疾患があるなど様々な事情により、感染不安を抱き、マスクの着用を希望したり、健康上の理由によりマスクを着用できない児童生徒もいることなどから、学校や教職員がマスクの着脱を強いることのないようにすること」と付記している。もっとも知人が指摘する大人が醸し出してしまう「同調圧力」もまったくわからないわけではない。ただ、学校の場合、もう一つの難しい問題は、基本的に年功序列システムが維持されている組織であること。何かというと、学校長が比較的高齢であるため新型コロナでの重症化・死亡リスクが高い集団に分類される可能性が高く、トップがマスクを外しにくい可能性も少なくないからだ。いずれにせよ新型コロナに関して現時点の知見が維持される限り、私自身の主張が今後も大きく変わることはない。一方、一律的に常時マスクを外して元の生活にシンプルに戻りたいと考える人の気持ちもわからないわけではない。多分、今後は医療従事者の皆さんもこうした一般人の思いと医学・公衆衛生学的な知見が軽く火花を散らす局面にたびたび遭遇するだろう。これは「コロナ禍」ならぬ「ポスト・コロナ禍」とも言うべきだろうか?

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第44回 WHO緊急事態宣言解除、「コロナ禍終了」でOK?

緊急事態宣言が解除コロナ禍3年経って、ようやくWHOの緊急事態宣言が解除されました。感染症としての動向・予防策・治療の予測が可能となり、また以前ほど肺への毒性が強くないということで、国際的に脅威として対応し続けるよりもウィズコロナを選択するという意味合いが含まれています。しかし、「もう怖い感染症ではない」と誤認を招くのではないかという懸念もあります。実際、WHOは緊急事態宣言の解除に当たって注意を付記しています。それは以下のようなものです。「“The worst thing any country could do now is to use this news as a reason to let down its guard, to dismantle the systems it has built, or to send the message to its people that COVID19 is nothing to worry about”(今、どの国も一番やってはいけないことは、このニュースを理由に警戒を解き、構築したシステムを解いて、国民にCOVID-19は心配ないとメッセージを送ることだ)」"The worst thing any country could do now is to use this news as a reason to let down its guard, to dismantle the systems it has built, or to send the message to its people that #COVID19 is nothing to worry about"-@DrTedros— World Health Organization (WHO) (@WHO) May 5, 2023 日本では結構「緊急事態宣言が終了」というニュースが好意的に報道されたため、「5類」移行期とぴったりマッチしたこともあり、「もう大丈夫」という希望を持った人が多いと思います。ウィズコロナを続けていく上で、感染したら大変なことになるという警戒は以前ほど必要ありませんが、「一気に感染対策をゼロに」という時代が戻ってきたわけではありません。「希望は持ってよいが、油断はできない」というのがWHOの本音でしょう。日本は、欧米と違って非常に低い致死率でCOVID-19を抑えることができました。これはひとえに、日本国民の感染予防意識の高さと医療アクセスの良さによるものだろうと思っています。しかしその反作用として、苦しめられたという思いを持っている国民が多いのも事実です。患者数が増えれば、同じような医療逼迫を繰り返すことになる構図は変わりませんが、もはやそれは「禍」ではなく、1つの日常と受け取られることになるのかもしれません。医療従事者の努力私たち医療従事者は、まさに力戦奮闘、よく頑張りました。不気味な肺炎を起こす感染症には、二度と遭遇したくありません。「“At one level, this is a moment for celebration. We have arrived at this moment thanks to the incredible skill and selfless dedication of health and care workers; The innovation of vaccine researchers and developers; The tough decisions governments have had to make in the face of changing evidence; And the sacrifices that all of us have made as individuals, families, and communities to keep ourselves and each other safe”(ある意味、祝福の瞬間です。私たちがこの瞬間に立つことができたのは、医療・介護従事者の驚くべき技術と献身のおかげです。ワクチンの研究者や開発者の革新性、変化するエビデンスに直面しながらも政府が下した難しい決断、そして、私たち全員が、自身とお互いの安全を守るために、個人として・家族として・コミュニティとして、犠牲を払ってきたことによるものです)」"At one level, this is a moment for celebration.We have arrived at this moment thanks to the incredible skill and selfless dedication of health and care workers;The innovation of vaccine researchers and developers;The tough decisions governments have had to make in the face…— World Health Organization (WHO) (@WHO) May 5, 2023 コロナ禍を締めくくって感傷的になっているさなか、第9波がやってきてまた国内が混乱するということもあるかもしれません。感染対策も一気にゼロというわけではないため、各医療機関で少しずつ引き算していく苦労がしばらくは続くでしょう。とりあえず、情報発信する側に立ってきた人間として、コロナ禍はできるだけ後世に伝えていきたいと思っています。

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英語で「臨機応変」は?【1分★医療英語】第79回

第79回 英語で「臨機応変」は?I was wondering how much fluid we should give.(補液をどのくらい投与すればよいか悩んでいました)It depends on his urine output, so let’s play it by ear.(それは尿量によるから、臨機応変にやろう)《例文1》I’m not sure what time the round starts, but let’s play things by ear.(回診が何時に始まるかわからないけど、臨機応変にやろう)《例文2》She didn’t know what to do on the first day, but she played things by ear.(彼女は初日に何をすべきかわからなかったが、臨機応変に対応した)《解説》この“play it by ear”というのは、「状況に応じてやることを決めていく」、「臨機応変に対応する」という意味を持つイディオムです。このイディオムは、元々は音楽の世界から来たものです。楽器を演奏する際に、決められた音を予定どおりにきっちり演奏するには、楽譜をしっかりと目で追いかけなければならないでしょう。一方、“by ear”すなわち「耳で演奏する」という場合には、楽譜は見ないということになり、耳で聞こえる音だけを頼りにフレキシブルに演奏することになりますよね。そこから転じて、「状況に応じて臨機応変に対応する」という意味で用いられるようになりました。医療現場でも、物事が全て予定通りに進むわけではなく、患者さんの容態が突然変化した際など、状況に応じた臨機応変な対応が求められることは多いと思います。そんなとき、シンプルに“Let’s play it by ear.”(臨機応変にやろうよ)と、チームに声を掛けられれば、フレキシブルに動く心の準備ができるかもしれません。これは、院内外で耳にすることの多い表現だと思います。TPOに合わせてこのイディオムを使えれば、まるでネイティブのような“音色”を奏でられることでしょう。講師紹介

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第159回 働き方改革まであと1年、大学病院の医師約3割が年960時間超の残業見込み。危惧される派遣先からの医師引き揚げ

全国医学部長病院長会議が全国の81大学病院の医師の勤務実態を調査こんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。ゴールデンウィークに突入しましたが、皆さんお休みは取れていますか?私は連休前半、所用があって久しぶりに渋谷に出たのですが、人の多さ、中でも外国人観光客の多さに驚きました。渋谷のスクランブル交差点は、外国人にとってはもはや日本の名所らしく、携帯やカメラで撮影しながら歩く外国人だらけ。2年前、3年前の同時期との違いに、感動すら覚えました。それにしても、長い休暇を取って日本にわざわざやって来て、お金を落としていってくれる外国人はとても有り難い存在です。しかし、心持ち繁華街の飲食店の料金も高めにシフトしているようです。もちろん物価高の影響もあるとは思いますが、観光客増はいいことばかりではないようです。さて、今回は医師の働き方改革について書いてみたいと思います。全国医学部長病院長会議は4月17日、全国の81大学病院の医師の勤務実態を調査した結果を公表しました1)。現状では、約3割が医師の働き方改革がスタートする来年度(2024年度)、時間外労働の上限となる年間960時間を超える見込みであることがわかりました。原則年960時間まで、1,860時間のB水準は2035年度末まで一般の労働者から4〜5年遅れて、来年2024年4月から始まる医師の働き方改革では、医師の休日・時間外労働が原則年960時間までとなります。地域医療に貢献する病院などは年1,860時間までとする特例が設けられます。細かくは、年間の時間外労働が960時間以下の医師は「A水準」、960~1,860時間の医師については、地域医療確保暫定特例水準として「B水準」と「連携B水準(兼業等により960時間を超える医師)」、集中的技能向上のための水準として「C-1水準(臨床研修医や専攻医)」と「C-2水準(医籍登録後の臨床従事6年目以降の者の特定高度技能水準)」に区分けされます。特例の「B水準」と「連携B水準」は2035年度末(2036年3月末)には廃止される予定です。「助教」の15%が研究に割く時間が週0時間、約半数が1~5時間程度今回の調査は、文部科学省の委託事業として昨年7月11日~8月31日、全国の大学が運営する81病院と医師個人を対象にそれぞれ調査を行いました。病院調査では、対象となる医師4万4,183人の時間外労働の実態を聞いたところ、24.6%にあたる1万852人が「連携B水準」、7.0%にあたる3,088人が「B水準」、2.5%にあたる1,099人が「C-1水準」、0.1%にあたる31人が「C-2水準」でした。つまり、全体の34%にあたる約1万5,000人が、2024年度の時間外労働が年960時間を上回る見込みとなっていたのです。結果として、すべての大学病院が特例の適用を求める申請を予定しており、内訳は「B水準」が33大学(40.7%)、「連携B水準」が69大学(85.2%)、「C-1水準」が22大学(27.2%)、「C-2水準」が3大学(3.7%)でした。大学病院の医師の多くは、大学病院以外の医療機関でも週に数日勤務するのが一般的です。一方、こうしたケースでの労働時間の実態把握は十分ではなく、それが長時間勤務の常態化にもつながっているとの指摘もありました。また、981人から回答があった医師個人調査では、「今後、我が国の教育、研究の主力を担う」とされる「助教」の15%が研究に割く時間が週0時間、約半数が1~5時間程度に留まっていました。以上を踏まえ、同会議は「医師の労働時間の短縮が教育・研究に与える影響は大きい。日本の研究力低下が深刻視される中、医師の時間外・休日労働時間の上限規制に伴い研究にさらなる打撃が加わることは、我が国の医学・医療と日本の将来に重大な影響を及ぼしかねない。このために医師の増員はもとより、教育・研究の効率化を図るためのICT化の推進が必要」と提言しています。また、NHKの報道によれば、全国医学部長病院長会議の横手 幸太郎会長は記者会見で、調査結果に関して「働き方改革を進めるうえで医療機関だけで解決できない問題も多く、大学病院の機能を維持するため、医師も行政も国民も一緒になって取り組む必要がある」と語ったとのことです。「宿日直許可」の取得、3割で許可得られずもう何年も前から準備が進んでいるはずなのに、制度のスタートまで1年を切った段階でのこの状況は、いろいろな意味で厳しいと言わざるを得ません。この調査では、大学病院による「宿日直許可」の取得状況も集計しています。それによると、希望通りの宿日直許可を受けているのは81病院のうち54病院(66.7%)で、残り27病院(33.3%)では希望通りの許可を得られていませんでした。宿日直許可とは、一般の労働者と働き方が著しく異なる業種を対象に設けられた例外措置です。たとえば、夜間の勤務について病院が「断続的宿直又は日直勤務許可申請書」を労働基準監督署に提出し、審査を受けて「断続的宿直又は日直勤務許可書」を交付されれば、宿日直として当該夜間勤務は労働時間にはカウントされません。しかし、この許可を得ていなければ、夜間の勤務は労働時間にカウントされます。夜間勤務が労働時間にカウントされれば、当然時間外労働が長くなり、960時間を超えてしまいます。夜間や休日の診療業務が当たり前となっている救急病院などでは、ほとんど許可が下りない状況のようです。再び大学の医師引き揚げが起こる可能性も今後、大学病院は、自院のみならず、医師をアルバイトなどで派遣している病院についても、しっかりと労働時間のマネジメントを行わないと、それこそ大学病院自体の診療や研究に大きな影響が出るでしょう。一方で、大学からのアルバイト医を受け入れている医療機関は、宿日直許可を受けないと医師を派遣してもらえなくなるかもしれません。昨年暮れに会った九州地方のある民間病院の院長は、「うちは1次・2次救急に力を入れているので、夜は寝当直というわけにいかず、宿日直許可を受けるのは難しい。2004年に臨床研修制度が始まったとき大学の医師引き揚げが問題となったが、同じようなことが全国で起きる可能性はある」と浮かない顔でした。個々の医療機関の働き方改革に対する取り組み遅れだけではなく、実際に現場で働く医師の間でも働き方改革に対する認知や理解が進んでいないようです。ただ、幸いなことにまだ時間はあります。働き方改革を優先した結果、地域医療が崩壊してしまった、とならないような“現実解”(働き盛りの中堅医師が該当するC-2水準の新解釈や活用などが最近議論されているようです)を導き出してほしいと思います。参考1)大学病院における医師の働き方に関する調査研究報告書について/全国医学部長病院長会議

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英語で「脂っこい食べ物」は?【1分★医療英語】第78回

第78回 英語で「脂っこい食べ物」は?How can I control my cholesterol?(コレステロールをコントロールするにはどうしたらよいですか?)That is a good question. Don't eat greasy food too much.(良い質問ですね。脂っこいものを食べ過ぎないようにしましょう)《例文1》My stomach pain gets worse when I eat greasy food.(脂っこいものを食べると、お腹の痛みが悪化します)《例文2》How often do you eat greasy food?(どれくらいの頻度で脂っこいものを食べますか?)《解説》“greasy”は馴染みのない単語かもしれませんが、「脂っこい」「ギトギトした」という意味の単語で、“greasy food”は「脂っこい食べ物」を表します。発音は「グリースィー」で、“r”の発音に注意して話すと伝わりやすくなります。患者さんへの栄養指導や、食事摂取歴を聞く際によく使います。“oily”や“fatty”も同様に「脂っこい」という意味の単語ですので、一緒に覚えておくとよいでしょう。米国では日本のコンビニのように安くヘルシーな食べ物を入手できる場所が少なく、安い食べ物はピザやハンバーガー、フライドポテトなどの“greasy food”ばかり…。生活水準の差が肥満や糖尿病などの健康問題に直結している印象です。講師紹介

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第158回 またまた医師退職問題を起こしていた京都府立医大、移植チームの体制整え1年ぶりに腎移植再開

昨年春から腎移植の手術ができなくなっていた府立医大こんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。この週末は野球観戦三昧でした。MLBだけでなく、日本のプロ野球も時折観ているのですが、セ・リーグでは読売ジャイアンツの低調ぶりが気になります。原 辰徳監督の采配や言動、オフでの首脳陣人事報道などを読むと、素人目にも少々“古臭いのでは”と感じるのは私だけでしょうか。選手を信頼し、選手に一定部分を任せ切ったWBCでの栗山 英樹監督のマネジメント手法との違いは明らかです。ジャイアンツの岡本 和真選手がWBC終了後の記者会見で「野球ってこんなに面白かったんだなあと思いました」と語ったそうですが、今のジャイアンツの野球が「面白くない」と言っているようで、なかなか興味深かったです。次のジャイアンツの監督に誰がなるのかについて、早くもマスコミは騒ぎ始めています。上から目線の古臭い権威主義や指導方法は、スポーツの世界からも一掃されていく流れなのかもしれません。権威主義と言えば、その最たるものがアカデミア、とくに大学医学部の世界です。ということで今回は、京都府立医科大学附属病院(京都市)で昨年春から腎移植の手術ができなくなっていた問題を取り上げます。4月11日、同大は再開後の1例目となる腎移植手術を3月末に実施した、と発表しました。同病院では昨年、移植外科の医師5人が相次いで退職。春以降、腎臓の移植手術ができない状態になっていました。市立大津市民病院の大量退職と並行して起こっていた移植外科での退職府立医大に関連する医師退職事件としては、昨年にこの連載でも何度か取り上げた地方独立行政法人・市立大津市民病院(大津市)の医師大量退職が記憶に新しいところです。昨年2月に発覚したこの事件では、府立医大病院勤務後に、大津市民病院の理事長となった医師(府立医大名誉教授)が、同病院の複数の診療科の医師を、京大出身者から府立医大出身者に半ば強引に入れ替えようとして、京大出身医師の大量退職を招きました。30人近くの医師が退職意向を示したことで地域医療は大混乱、結局、理事長、院長の交代と相成りました(「第121回 大量退職の市立大津市民病院その後、今まことしやかに噂されるもう一つの“真相”」ほか参照)。府立医大病院での腎移植の手術中止は、まさに大津市民病院の大量退職が起こっていた時期と並行して起きていたわけです。懲りないというか、流石というか、患者や地域医療は二の次に、大学の体面(やジッツ拡大)を優先する府立医大のスタンスは相変わらず揺るぎないようです。移植外科に所属していた6人のうち5人が退職府立医大病院で腎移植ができなくなっていることが表沙汰になったのは昨年10月でした。10月15日付の大阪読売新聞の報道によれば、府立医大学病院の移植外科に所属していた6人のうち5人が退職し、昨年4月以降、腎移植手術ができなくなっていました。移植外科は2018年に教授が定年退職した後、教授不在が続いていました。2022年2月に医師1人が転職を理由に辞めた後、3~4月にも3人が転職や留学を理由に退職。5月には同科のトップだった准教授も退職して医師が1人になり、手術停止に追い込まれました。各紙報道によれば、府立医大病院における2020年の腎臓移植手術件数は27件で、府内全体の約9割を占めていたそうです。2022年3月時点で、25組が生体腎移植を希望し、一部は検査を終えて手術が決まっていたとのことです。また、亡くなった人から提供される腎臓の移植手術(献腎移植)の待機患者も約200人いたそうです。生体腎移植を希望する25組のうち14組は京大医学部附属病院に紹介し、11組は他病院での手術を希望するか、府立医大病院で手術再開を待つことになりました。「前任教授の退職後から現在まで新たな医師の受け入れはゼロ」同病院は腎移植停止が発覚した10月時点で、医師たちの退職理由を明らかにしませんでしたが、2022年12月8日付の京都新聞は「『患者不在』学内からも批判 京都府立医大病院 腎臓移植中断問題」と題する記事で、その背景や理由について報じています。同記事は「退職の背景に教授の不在があった」と書いています。移植外科では2018年に当時の教授が定年退職してから約5年間、教授ポストの空席が続いていました。その結果、大学や病院内での移植外科の地位が低下、「前任教授の退職後から現在まで新たな医師の受け入れはゼロだった。それまで実施していた肝移植もできなくなり、在籍医師のキャリア選択の幅も狭まった」とのことです。「医師4人の退職意向が分かった今年1月下旬から2月上旬にかけ、准教授は残った2人で手術の継続は難しいと考え、泌尿器科などから支援を受けられないか掛け合ったものの、病院幹部らは消極的だった」と同記事は書いています。准教授(病院教授という肩書は持っていました)が病院幹部から受け取ったメールには「(移植外科)OBの意向を無視して(泌尿器科の協力を得るのは)現時点では困難」と記され、対応してもらえなかったそうです。また、同記事によれば、准教授は4人の医師の一斉退職の責任を押しつけられる形になり、結果、退職に追い込まれたとのことです。退職後、准教授はパワハラなどによって精神的な苦痛を受けたとして大学に対して申立書を提出、これに対し学長ら学内の管理職でつくるハラスメント対策会議は11月中旬までに「業務目的を大きく逸脱した言動とは言えない」とパワハラに該当しないと結論付けています。同記事は「准教授の代理人弁護士によると、准教授は病院幹部らから『新しい移植体制では君をリーダーにすることはあり得ない』と責められた」とも書いています。泌尿器科内に移植チームを急遽立ち上げ腎移植停止が表沙汰になったことで流石に慌てたのか、各紙報道によれば、府立医大は泌尿器科内に急遽移植チームを立ち上げ、同科の3人の医師が移植手術を、腎臓内科をはじめとする複数科のスタッフが術後管理などを行う体制を整え、11月には日本腎臓学会に腎臓移植施設資格の再認定を求める申請書を提出しました。再認定後、2023年1月から新規の外来受け付けを再開、3月29日に再認定後1例目となる生体腎移植が実施され、4月11日の公表に至ったというわけです。メディアが報じる10月まで府立医大は腎移植停止を公表せずそれにしても、府立医大の関連病院である大津市民病院の医師大量退職事件とほぼ時を同じくして、“本丸”である府立医大病院でも退職問題が起こっていたとは驚きです。しかも、移植外科の医師退職と腎移植の停止は、メディアが報じる10月まで、その事実を公表していませんでした。それまで府内の腎移植のほとんどを手掛けており、患者にとってはまさに生きるか死ぬかの問題だったにもかかわらず、です。さらに、移植外科の准教授が病院幹部に対して泌尿器科への協力依頼を行っていたにもかかわらず、医局の都合を優先してか「現時点では困難」と判断していました(その後の報道で事態が表沙汰になってから、泌尿器科による移植チームを編成)。移植を待つ患者は二の次で、大学や医局の都合を重視するかのような対応からは、大津市民病院の医師退職の時の同病院元理事長の言動と共通するものを感じます。それはある意味、府立医大の“学風”と言えるかもしれません。准教授のパワハラの申し立てに対し、学長ら学内の管理職でつくるハラスメント対策会議が「パワハラに該当しない」と結論付けている点も気になります。少なくともこうした調査や判定は第三者によって行われるべきものです。自分たちもパワハラの当事者かもしれないのに、内部者だけで調査し、結論を下すのは言語道断でしょう。確か、大津市民病院の大量退職に際しても、一部の医師からパワハラとの主張があったものの、当初は病院内部の検証で否定されていました(その後、事件が大きくなってから第三者委員会を組織)。2010年代、度々世間を騒がせた府立医大2010年代、府立医大はディオバン事件(バルサルタン臨床研究:Kyoto Heart Study論文撤回)、暴力団総長の虚偽診断書作成事件(当時の病院長の指示で虚偽の診断書や意見書をつくったとされる事件。病院長は不起訴となるも総長との関係が指摘された当時の吉川 敏一学長は再任を辞退)、名誉教授強制わいせつ事件など、さまざまな事件を起こし、世間を騒がせました。そう言えば、暴力団総長の虚偽診断書作成は移植外科が舞台で、当時の移植外科の教授が病院長でした。この教授の退官後、移植外科の教授の空席が続き、残った准教授が、病院教授の肩書を持ちつつも移植外科の教授にはならないまま腎移植を切り盛りしていた結果、医局が破綻してしまったというのが今回の流れのようです。大学を去った元准教授はメスを捨て、京都の山奥の国保診療所で地域医療に従事しているという情報もあります。2020年代も府立医大は、本来の診療や研究以外の部分で世の中を騒がせ続けるのでしょうか。『白い巨塔』の世界のような古臭い権威主義は、医療の世界からそろそろ消えてもらいたいところなのですが……。

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