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英語で「理論的には同意、現実には反対」は?【1分★医療英語】第103回

第103回 英語で「理論的には同意、現実には反対」は?《例文1》It is not practical to do both surgeries at the same time.(両方の手術を同時にやることは現実的ではありません)《例文2》Logistically, it is impossible to use both drugs at the same time.(現実的には、両方の薬を併用することは不可能です)《解説》インターネット、SNSで情報が氾濫する昨今では、患者さんの側からさまざまな治療を提案されることも多く、その中には現実的でない案もあります。そんなときには、このフレーズが便利です。「理論的には=“in theory”」と「現実的には=“in reality”」を対比させることで、相手の意見を認めつつ、自分の意見を述べるための導入になります。類似表現として、“practical/practically”、“logistic/logistically”も、「現実的には」という意味合いで頻用します。“logistic”という単語は、英和辞書では「物流的な」という訳語が出てきますが、私の経験上では「(主に時間的・物理的な制限において)現実的な」という意味合いで頻用される単語です。講師紹介

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第183回 肺炎球菌ワクチン、接種率向上のため専門家が政府に訴えていること

新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)に対するオミクロン株XBB.1.5対応ワクチンの接種が9月20日に開始され、1ヵ月超が経過した。首相官邸のHPで公開されている接種率は、10月17日時点で5.8%、65歳以上の高齢者のみで見ると15.2%。数字だけを見ればあまり高くないが、自治体のサイトでは予約に難渋する。もう90歳近い実家の両親も「11月上旬まで予約が入らなかった」とぼやいていた。その意味では今はそれほど高くない接種率も徐々に上昇してくるだろうと考えられる。一方、この時期からすでにインフルエンザも流行し、こちらのワクチンもなかなか予約が取りづらいという。そして今後のことを考えると、とくに65歳以上の高齢者では小児並みと言えばやや大げさになるが、ワクチン接種スケジュールが複雑になってくる可能性がある。まず、現在の新型コロナワクチンは、定期接種化に向けた議論がすでに始まっているが、高齢者については定期接種になる可能性が高い。また、先日、60歳以上の高齢者を対象としたRSウイルスワクチンが承認されたばかり。これも当然ながら今後は定期接種化が視野に入ってくるはずだ。つまり将来的に高齢者では既存の定期接種であるインフルエンザワクチンと肺炎球菌ワクチンにこれらも加えた4種類のワクチン接種が将来的に求められることを視野に入れておかねばならない。この中で比較的地味な存在が肺炎球菌ワクチンである。ここでは釈迦に説法だが、肺炎球菌は市中の細菌性肺炎の最大の起炎菌で血清型は約100種類、うち病原性がとりわけ高いのは主に8種類。肺炎球菌に感染すると、肺炎を発症するに留まらず、髄液や血液から肺炎球菌が検出される髄膜炎や菌血症を起こした侵襲性肺炎球菌感染症(IPD)に至れば、死亡リスクが上昇する。IPDは感染症法上5類に分類されているが、全数把握対象となっており、国立感染症研究所感染症疫学センターによる2017年の感染症発生動向の集計では致命率は6.08%。成人(そのほとんどが高齢者)ではこれが19%との報告もある。新型コロナの最新の致命率が60代以下では0.1%未満、最も高い90代以上でも2.60%という現実を考えれば、明らかにIPDはよりタチが悪いとも言うことができるだろう。前述の同センターのデータでは、国内全体の人口10万人当たりのIPD報告数は2.467人だが、5歳未満の小児では9.369人、65歳以上の高齢者では5.341人と、この2つの年齢層で極端に高くなる。このため日本での肺炎球菌ワクチン接種は、2013年4月から生後2ヵ月以上5歳未満の小児(最大接種回数4回)、2014年10月から65歳の高齢者、60~64歳で基礎疾患がある人(接種回数1回)を対象に定期接種がスタートした。このうち65歳超の高齢者については、同年以降、経過措置として毎年70~100歳までの5歳刻みの年齢になる人を定期接種の対象者に加え、現在まで継続している。当初、小児への使用ワクチンは、7種類の血清型に対応した沈降7価肺炎球菌結合型ワクチン(PCV7、商品名:プレベナー7)が用いられたが、その7ヵ月後には沈降13価肺炎球菌結合型ワクチン(PCV13、商品名:プレベナー13)に切り替わり、高齢者では23種類の血清型に対応した23価肺炎球菌莢膜多糖体ワクチン(PPSV23、商品名:ニューモバックスNP)が用いられている。このほかには定期接種には用いられていないものの、沈降15価肺炎球菌結合型ワクチン(PCV15、商品名:バクニュバンス)がある。ちなみにワクチンマニアを自称する私の場合、任意接種でPCV13を接種済みである。しかし、とりわけ高齢者での接種率は芳しくない。2019~21年の接種率は13.7~15.8%。もっともこの接種率は、分母となる推計対象人口から過去に接種済みの人を除いていないため、実際の接種率よりは低めの数字と言われている。しかし、現実の接種率がこの2倍だとしても、高齢者のインフルエンザワクチン接種率50%超と比べて明らかに見劣りする。さらに付け加えれば、2022年度から接種勧奨が再開されたヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチンは、その前年の2021年度の3回目接種の接種率ですら26.2%。つまり肺炎球菌ワクチンの接種率は、HPVワクチン並みに低いのが現状である。実際、定期接種開始時に定められた前述の高齢者向けの経過措置は当初5年間限定の予定だったが、2018年10月の厚生科学審議会の予防接種・ワクチン分科会予防接種基本方針部会で、低接種率に対する懸念が寄せられ、2019年からさらに経過措置を5年間延長することが決定した。まさに現在の2023年度は延長された経過措置の最終年度に当たるが、それでもなお接種率が十分とは言えない。専門家が考える2つの理由東邦大学医学部微生物・感染症学講座教授の舘田 一博氏は、低接種率の要因の1つとして接種対象者の仕組みが複雑であることを挙げる。「高齢者を対象にした肺炎球菌ワクチンの定期接種は、公的補助が生涯1回のみにもかかわらず、毎年65歳以上を起点に、70歳、75歳など5歳刻みの人が公費補助対象となるのは一般的には非常にわかりにくい。1回通知が来たくらいでは忘れる人もいるだろうし、それを逃すと次は5年後になると、高齢者では接種機会を事実上失ってしまうことにもなりかねない」この5年刻みという制度は、(1)肺炎球菌ワクチンの抗体価持続期間が5年前後(2)行政上の予算支出の最小化、が理由と言われる。このほかに低接種率の要因と考えられるのが法的位置付けだ。予防接種法で定める定期接種は、集団免疫獲得を念頭に法的な接種努力義務、自治体の勧奨、全額公費負担があるA類疾病、個人的な予防を重視し、接種の努力義務と自治体の勧奨(自治体によって行っている場合もあり)がなく、費用が一部公費補助のB類疾病がある。肺炎球菌ワクチンは後者で公的関与・支援が薄い。B類にはインフルエンザもあるが、こちらの場合は毎年流行する特性ゆえにメディアでの報道も含めて接種の呼びかけがあり、接種者の自己負担額は政令指定都市20都市でみると、おおむね1,500円前後(最低は京都市の75歳以上限定の1,000円、最高は横浜市、川崎市の2,300円)。これに対し、肺炎球菌はインフルエンザほど一般人には知られておらず、接種者の自己負担額も4,500円前後とインフルエンザワクチンの約3倍(最低は横浜市の3,000円、最高は仙台市の5,000円)。その意味で疾患・ワクチンの知名度と経済的負担で不利である。こうしたことを踏まえて日本感染症学会などの23学術団体で構成される予防接種推進専門協議会は2022年9月に厚生労働省健康局長宛に高齢者での肺炎球菌ワクチン接種に関して、努力義務や接種勧奨の要件を再検討するよう要望書を提出している。舘田氏は「これまで5歳刻みの接種対象者で10年実施しても接種率が十分とは言えない現状を鑑みれば、今後、経過措置を延長するとしても65歳以上の任意の時期に1回接種可能など、制度運営に柔軟性を持たせたほうが接種率向上につながりやすいだろう」との見解を示す。これらはいわば一般生活者目線で考えた低接種率の要因だが、医療従事者から見ても接種対象者が5年刻みはやや複雑である。さらに医師側からすると市販の肺炎球菌ワクチンが3種類ありながら、高齢者の定期接種での使用はPPSV23のみという点はわかりやすい反面、これまた柔軟性に欠けるとの指摘もある。たとえば高齢者よりも小児の受診者が多い開業医などではPCV13で在庫を統一できれば効率的だが、現状ではそうはいかない。結果として、これも低接種率に拍車をかけているとの声もある。この使用ワクチンの違いは、PPSV、PCVそれぞれの長所短所に起因している。現状のPPSVはPCVよりも対応血清型が多いが、免疫原性で見ると逆にPPSVよりもPCVのほうが高い。このため免疫細胞が未熟な小児では、PPSVで十分な免疫応答が得られず、PCVが用いられているという事情がある。さらに海外の高齢者向け肺炎球菌ワクチン接種プログラムでは、アメリカやイタリアのように最初にPCV13接種で高い抗体価を獲得後にPPSV23接種で広範囲な血清型に対する抗体を獲得する連続接種が推奨されている事例もある(このうちアメリカは連続接種の代替として日本未承認の20価PCVの接種も推奨)。この点について舘田氏は次のように語る。「PPSV23は対応血清型以外にも使用経験が長く、より安全性が確保されている利点はある。とはいえPCV13やPCV15でもIPDリスクが高い血清型は十分にカバーされ、両ワクチンに共通する血清型に対する抗体価はPCVのほうがやや高く、PCVはPPSVにはない免疫記憶効果もある。ただし、一部の国のように両者の連続接種を行えば、接種体制が複雑になる。これらを考慮すれば、高齢者の肺炎球菌ワクチンの定期接種では、まずは接種率の上昇を目標に、3種類のどれかを接種すれば良いとする運用のほうが妥当ではないか」冒頭で触れたように、今後、高齢者で使用できるワクチンの種類の増加は必至の情勢だ。前述したようにRSウイルスワクチンだけではなく、昨今は新たに使えるようになった帯状疱疹ワクチンに対する啓蒙も盛んに行われ、接種希望者に独自の助成をしている自治体もある。さらに新型コロナワクチンで利用されたメッセンジャーRNA技術の実用化で、これを利用した新たなワクチンの開発競争も激化してくる。舘田氏は「(製薬企業の)ビジネスの観点に単純に流されるのではなく、公衆衛生と公的予算の枠内でのコストパフォーマンスを念頭に、より厳密にどのワクチンが必要かつ優先されるか、という位置付けを国、学会、企業が真剣に考える時期が到来している」と語っている。その意味では、こと肺炎球菌ワクチンに関しては、行政上のコストパフォーマンスに基づく現状の接種体制が接種率向上の最大の阻害要因と言えるかもしれない。

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第184回 線虫がん検査『N-NOSE』、検査精度の疑惑が再燃、日本核医学会の中にあるPET核医学分科会・PETがん検診ワーキンググループが本格調査へ

たびたび疑惑が向けられてきた線虫検査の“実態”がやっと解明される?こんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。この週末は、新潟・弥彦競輪場で開かれた競輪のG1レース、第32回寛仁親王牌を、ネットのレース中継と、電話投票で楽しみました。決勝レースは大阪の古性 優作選手が他を寄せ付けない圧倒的な強さで優勝しました。なんと、古性選手は今年、全日本選抜、高松宮記念杯に次いで年間3度目となるG1制覇です。暮れのグランプリももぎ取りそうな勢いです。ちなみに私の車券はハズレました。かつては私もよく現場に足を運んだものです。弥彦山の麓、弥彦神社境内にある弥彦競輪場にも幾度か行ったことがあります。ただ最近は、もっぱらネットでレースを観戦しています。便利ですが、競輪場のあの猥雑さやB級グルメを楽しめないのは少々寂しいです。ひと昔、いやふた昔くらい前までは、“コーチ屋”と言われる人が、普通に競輪場にいました。コーチ屋とは、競馬場や競輪場、場外投票券発売所にいて、カモになりそうな客に「いい情報あるよ」と近づき、自分の“特別”の予想を教え、買い目を指示するなどの行為を行ってお金を騙し取る人々のことです。買い目を教えた場合、コーチ屋はレースが終わるまでその客をマークしていて、もし買い目通りに当たった場合、再び客の前に現れ、配当金の中からからコーチ料を支払うよう要求します。逆に外れてしまった場合は客の前からは消えて、知らんぷりを決め込みます。車券や馬券が当たった時だけ、「自分のおかげだ。報酬よこせ」とお金をせびるわけです。もっとも現在は、公営ギャンブルでの詐欺の仕組みは複雑化しており、場内で声をかける古典的コーチ屋は絶滅したと言われています。さて今回は、最近再び話題となっている線虫がん検査について書いてみたいと思います。体長約1mmの線虫を使って人の尿からがんの有無を調べる検査法の精度を検証するため、PET核医学分科会のPETがん検診ワーキンググループのチームが、実態調査を始めたとの報道が10月13日にありました。これまで、幾度か疑惑報道がありましたが、医学会が本格的に動くのは初めてです。検査の手法や精度について、たびたび疑惑が向けられてきた線虫検査の“実態”がやっと解き明かされるかもしれません。1回検査の料金は1万4,800円、50万人以上が検査を受ける線虫を使って人の尿からがんの有無を調べる検査法とは、「15種類のがんを判定できる」と全国展開中のHIROTSUバイオサイエンス(本社:東京都千代田区)の線虫がん検査キット『N-NOSE』です。数年前までは旧ジャニーズ事務所の社長になった東山 紀之氏、最近では女優の仲間 由紀恵氏がテレビCMで宣伝しています。『N-NOSE』は九州大学助教だった広津 崇亮氏が設立したHIROTSUバイオサイエンスが2020年1月に実用化したがんのリスク判定の検査です。がんの「診断」ではなく「リスク判定」と言っている点が、この検査の一つの肝だと言えます。『N-NOSE』は、すぐれた嗅覚を有する線虫(Caenorhabditis elegans)が、がん患者の尿に含まれるにおいに反応することを活用、わずかな量の尿で15種類のがんのリスクを判定する、というものです。同社によればこれまでに50万人以上が検査を受けているとのことです。健康保険適用外で、1回検査の料金は1万4,800円(税込)です。約200施設を対象に、線虫がん検査をきっかけとしてPET検診・検査に訪れた人を調査この『N-NOSE』の精度を検証しようと立ち上がったのは、日本核医学会の中にあるPET核医学分科会・PETがん検診ワーキンググループです。10月13日付けの朝日新聞などの報道によれば、『N-NOSE』の精度に懸念があるとして、PET核医学分科会・PETがん検診ワーキンググループが、共同研究としてアンケート形式による全国調査に着手したとのことです。約200施設を対象に、線虫がん検査をきっかけとしてPET検診・検査に訪れた人数や、実際にがんが見つかった人数、がんの種類、進行度などを10月20日までに報告してもらい、年内に結果をまとめ、この検査の有効性を科学的に評価したいとしています。『N-NOSE』は、尿を調べれば15種類のがんについて、がんになっているリスク(低いほうからA~Eの5段階)がわかると宣伝しています。今年6月に開かれた日本がん検診・診断学会総会では、この線虫がん検査でリスクを指摘された後、より詳しく調べたいと、PET(陽電子放射断層撮影)検査を受けた人の状況が3施設から報告されました。それによると、がんではないのにがんのリスクが高いと判定される「偽陽性」が極めて多いことがわかりました。さらに、ある施設では、がんと診断されたばかりの患者10人の尿を検査してもらったところ、10人全員が低リスク(A、B)の判定が返ってきたとのことです。朝日新聞の記事は、今回の全国調査の副代表を務める厚地記念クリニック(鹿児島市にあるPET検診クリニック)院長の陣之内 正史氏の「がんのない人が高リスクと判定されることで、各地で混乱を招いている恐れがある。また、実際にはがんなのに低リスクとされた結果、がん検診を受けるのが遅れて、がんが進行してしまう恐れもある」というコメントを紹介し、続けて、HIROTSUバイオサイエンス社は今回の調査開始について、「PETにはN-NOSEの感度を検証する能力はなく、PET以外の複数の検査方法を用いたとしても、アンケートは主観的なバイアスがかかりやすい手法だなどとして『信頼のおける検証にはなりえません』とコメントした」と書いています。この調査は別にPETで行うわけではなく、がんがあったかどうかの結果を分析しようというものなので、同社の反論の意味はちょっとよくわかりません。約2年前には週刊文春が“疑惑”を報道さて、『N-NOSE』については、約2年前、週刊文春2021年12月16日号が、「線虫がん検査「精度86%」は問題だらけ 『尿一滴でわかる』で話題」と報道した時に、本連載でも詳しく書きました(第89回:がんが大変だ!線虫がん検査に疑念報道、垣間見えた“がんリスク検査”の闇[後編])。結局、文春報道はこの記事だけに留まり、ほかのマスコミも動かず、真相は藪の中となってしまいました。その一つの大きな理由は、こうした「がん(病気)のリスクを判定する」と喧伝する検査のほとんどが、医療機器でもなく診断薬でもないため、薬機法や医師法、健康保険法といった、厚生労働省所管の法律外にある検査法であるためと考えられます。つまり、仮にインチキだとしてもそれを罰する法律は今のところ日本にはないのです。「罪がないからOK」とは言えないのが医学・医療の難しい点です。陣之内氏のコメントのように、無用な不安を与えたり、不要な検査を強いたり、逆に検査遅れを招いたりしていたとしたら、それはそれで大きな“罪”と言えるからです。NewsPicksに『N-NOSE』の実態に迫る記事が連続掲載今回、再び『N-NOSE』が話題となっているのは、先述の日本がん検診・診断学会総会において、線虫がん検査でリスクを指摘されたPET検診の結果が発表されたこともありますが、同時にニュースサイト、NewsPicksで今年9月11日から『N-NOSE』の実態に迫る記事が連続して掲載されたことも大きく関係していると思われます。NewsPicks副編集長で科学ジャーナリストの須田 桃子氏らの取材班が9月11日以降、NewsPicksに「虚飾のユニコーン 線虫検査の闇」のシリーズタイトルでこれまでに掲載した『N-NOSE』関連記事は実に7本に上ります。「【スクープ】世界初の『線虫がん検査』、衝撃の実態」「【実録】社員が止められなかった『疑惑のがん検査』」「【解剖】『疑惑のユニコーン』を肥大化させたエコシステム」…と刺激的なタイトルが付けられた一連の記事は、先述した6月に開かれた日本がん検診・診断学会総会で発表された偽陽性が極めて多く、がんであっても見逃される偽陰性も多数発生していることや、ベールに包まれた検査のアルゴリズムの中身、『N-NOSE』開発のきっかけとなった論文の実験が再現されないことなどについて、元社員らの証言も交えて詳細にレポートしています。また、9月15日に配信された「嘘をつく『動機がない』。疑惑の渦中で広津社長が語ったこと」というタイトルの記事は、HIROTSUバイオサイエンス社長の広津氏への直撃インタビューですが、検査のアルゴリズムや、日本がん検診・診断学会総会の発表内容、ランダム化比較試験の必要性などについて問われると、広津氏の答えが突然曖昧になっていくのが印象的でした。HIROTSUバイオサイエンスは一連の報道に反論NewsPicksの一連の報道に対し、HIROTSUバイオサイエンスは、「一部メディアの報道について」というプレスリリースを9月18日に出しています。そこでは、「看過しがたい重大かつ悪質な“誤情報”も含まれておりましたので、ここに当該箇所を指摘すると共に訂正いたします」として、なんと30ページにも及ぶ記事への反論を展開しています。ちょっと長過ぎるな、反論もよく理解できないな、と思っていたところ、記事発信サイトのnoteで「手を洗う救急医Taka」氏がこの反論を科学的に検証した記事「HIROTSUバイオサイエンスのNewsPicksに対する反論について」を見つけました。検査というものの感度、特異度、陽性・陰性的中率、そして有病率の意味を解説、その上でHIROTSUバイオサイエンスの反論の意図するところについてわかりやすく説明してくれていますので、興味のある方は読んでみてください。この記事の中で「手を洗う救急医Taka」氏はHIROTSUバイオサイエンスが使う「標準化変換」という独自の言葉に疑問を呈しています。その点は、私自身もプレスリリースを読んでいて、「なんじゃそりゃ?」と疑問を感じた部分です。「手を洗う救急医Taka」氏はその「標準化変換」について、「HIROTSUバイオサイエンスでは、一定数の検体を同時に検査し、その中で検査値が高いものから順にがんと判定しているということではないかと思います。(中略)カットオフを変える行為のことを『標準化変換』と読んでいるのでしょう」と書き、「バッチによってカットオフが変わるんだから、毎回感度と特異度が変わりません?(中略)『弊社は毎回の検査でカットオフを変えていますので、検査に感度と特異度は存在しません』と言わなければいけないのではないでしょうか?」と指摘しています。検査精度に本当に自信があるのならブラインド検査を実施するべき本連載の第89回でも書いたように、臨床検査には、「分析学的妥当性」「臨床的妥当性」「臨床的有用性」という3つの評価基準があります。この3つを証明するデータを、きちんとしたプロトコールによって行った臨床試験等で出し、それが評価されれば、保険診療において使用が認められるし、海外でも用いられるようになります。しかし、こうした「がん(病気)のリスクを判定する」と喧伝する検査の多くは、お金と時間が膨大にかかる臨床試験を敢えて避け、日本だけの一般向け検査でお茶を濁しています。また、お金と時間の節約のためではなく、単に自分たちの検査の精度に自信がない場合も、臨床での使用をはなから諦めて一般向け製品で妥協するケースもあります。HIROTSUバイオサイエンスも、もし検査精度に本当に自信があるのなら、意味不明な数字遊びではなく、「手を洗う救急医Taka」氏も主張するブラインド検査(ランダム化比較試験)を実施するべきでしょう。また、こうした検査によって無用の心配を被験者にさせたり、見落としによって手遅れになったりするケースが増えているとしたら、厚生労働省は法律を作って何らかの規制に乗り出すべきだと考えます。仮に見落としがあったとしたらコーチ屋よりもたちが悪い「第89回」でも書きましたが、検査を受けた人がアコギな医療機関に食いものにされる危険性もあります。提携医療機関の中には、『N-NOSE』陽性の人に対し、自費での高額な検査を勧めるところもあると聞きます。『N-NOSE』はあくまでリスク判定であるため、そこで陽性の判定が出ても、基本的にすぐには保険診療とはなりません。一度、高額な自費検査を挟んで、病気が見つかってはじめて保険診療に進む流れです。またそうではなく、『N-NOSE』で陽性と出て、すぐに保険診療を行っているとしたらそれはそれで問題です。その時点ではまだ“健常者”に保険診療を行っていることになるからです。明らかに健康保険法違反です。最終的にがんが見つかった時だけ、「ほら見つかったでしょう」では、競輪場のコーチ屋や占い師とそう変わりません。仮に見落としがあったとしたら、それはコーチ屋よりもたちが悪いと言えるでしょう。ということで、まずはPET核医学分科会・PETがん検診ワーキンググループの調査結果を待ちたいと思います。

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英語で「注意を払う」は?【1分★医療英語】第102回

第102回 英語で「注意を払う」は?《例文1》医師ACan you put this patient on your radar?(この患者さんに注意を払ってもらえますか?)医師BSure, I can.(いいですよ)《例文2》医師I am sorry but this patient was not on my radar.(申し訳ないが、この患者のことは知りませんでした)看護師No worries, Dr.(大丈夫ですよ)《解説》“put(be) on one's radar”という表現は、医療現場以外でも使われる、知っておくと有用な表現の1つです。イメージとしては、直訳した「誰かのレーダーに映す」という表現から、「“何か”を“誰か”の意識下におく」といった意味になります。日本語としては「(誰かの)耳に入れる」「注意を払う」「知っておく」といった意味になります。医療現場では、気になる患者さんや情報を誰かと共有したい場合に、主に医師同士の会話で使うことが多いです。日本で学習する表現の中にはまず出てこないと思いますので、ぜひ覚えて使ってみてください。逆に、「意識下から外れている」、つまり「把握していない」と言いたいときには、“under the radar”という表現を使います。講師紹介

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第167回 インフルエンザの早期流行、全国の患者数が急増、早期対応を/厚労省

<先週の動き>1.インフルエンザの早期流行、全国の患者数が急増、早期対応を/厚労省2.利用が低迷する「マイナ保険証」救急医療と生活保護での活用拡大を/政府3.がん治療と仕事の両立、半数以上が困難感/内閣府4.医療・介護連携、主治医もサービス担当者会議に参加を/中医協5.乳幼児健診の公費支援拡大、5歳児と新生児スクリーニングが焦点に/政府6.県立総合病院、患者検体の取り違えで前立腺摘出の医療ミス/静岡県1.インフルエンザの早期流行、全国の患者数が急増、早期対応を/厚労省厚生労働省および国立感染症研究所によると、第41週のインフルエンザ患者報告数が全国平均で1医療機関当たり11.07人となり、注意報基準の10人を超えた。この数字は過去10年で最も早い時期に注意報基準を超えたもので、とくに沖縄、千葉、埼玉などの都道府県で患者数が急増している。感染症専門家は、例年12月以降にこの水準に達することが多いため、今年の流行が異例であると指摘。とりわけ若い世代での感染が多いことから、高齢者での患者数も増加する可能性が高いとの見解を示している。一方、都内のクリニックではインフルエンザの患者が急増し、予防接種の予約が殺到している。特定のクリニックでは、3人に1人以上の患者がインフルエンザに感染しているとの報告もある。この急増を受けて、ワクチンの予防接種が例年よりも早く開始され、多くの市民が接種を受けている。高齢者施設では、新型コロナウイルスの感染拡大を背景に、インフルエンザの流行に対する警戒を強めている。施設内での感染対策は徹底されており、家族の面会制限や職員の定期的な抗原検査などが実施されている。施設関係者は、ワクチン接種を前倒しで行い、予防策を徹底するとともに、感染が確認された場合の迅速な対応を強調している。参考1)インフルエンザの発生状況について(厚労省)2)インフルエンザ患者報告数、全国で注意報レベルに 厚労省が第41週の発生状況を公表(CB news)3)インフルエンザ患者 1医療機関当たり11.07人 注意報基準超える(NHK)2.利用が低迷する「マイナ保険証」救急医療と生活保護での活用拡大を/政府政府はマイナンバーカードに健康保険証の機能を持たせた「マイナ保険証」の活用を拡大する方針を固めている。2024年10月には、救急患者が意識不明の際、その医療情報を同意なしで閲覧・活用することができるようになる。また、2024年3月からは、生活保護受給者の「医療扶助」にもマイナカードが活用される予定で、従来の医療券から切り替えられる。マイナ保険証の利用はまだ低迷しており、誤登録トラブルも相次いで発覚している。とくに他人情報の誤登録やマイナトラブルが影響して、実際の利用率は4.7%に止まっている。政府はこれらの問題を解決し、マイナ保険証を全国民に浸透させるための取り組みを続けているが、多くの課題が残されている。参考1)救急時、同意なく情報閲覧の方針 マイナ保険証で政府、24年にも(共同通信)2)来春からマイナカードで受診把握 生活保護受給者に(同)3.がん治療と仕事の両立、半数以上が困難感/内閣府がん治療と社会生活の両立が困難であると感じる人は、国内で半数以上に上ることが、内閣府の最新の世論調査で明らかになった。とくに治療を受けながら働くのは難しいと考える人が53.5%、また、仮にがんになった場合、治療や検査のために2週間に1度は病院に通う必要がある状況で、働き続けられる環境だと感じていない人は54%に達していた。両立が困難と感じる主な理由として、体力的な問題が28.4%と最も高く、次いで代わりの人材の不足や職場の理解の不足が挙げられた。また、がんの緩和ケアについての意識も調査され、治療開始時からの緩和ケアの必要性を感じる人は49.7%に止まり、2007年の調査開始以降初めて半数を切った。緩和ケアは、がん患者の心身の痛みをやわらげるためのもので、診断時からの提供や周知が国のがん対策の指針とされている。これらの結果を受け、厚労省は引き続き治療と仕事の両立や緩和ケアの提供体制の整備、およびその周知を進めるとの意向を示している。参考1)「がん対策に関する世論調査」の概要(内閣府)2)がん治療と両立困難53%、検診率も低下 内閣府調査(日経新聞)3)「がん治療と仕事の両立は困難」と感じている人は半数以上に(NHK)4.医療・介護連携、主治医もサービス担当者会議に参加を/中医協厚生労働省は、10月20日に開かれた中央社会保険医療協議会の総会で、医師と介護支援専門員(ケアマネジャー)の連携を強化するために、「介護保険のサービス担当者会議へ医師の出席」の義務化を提案した。ケアマネジャーや介護保険の利用者は、サービス担当者会議へ主治医の参加を強く希望しているが、実際の主治医の会議参加率は、地域包括診療料の取得施設で54.0%、取得していない施設では33.9%に止まっている。厚労省は、より的確で質の高い診療機能を評価するために設けられた「機能強化加算」の加算要件に、サービス担当者会議への参加を条件とする提案をしていたが、これに対しては、多様な「意味のある連携」の形があるため、特定の形式に固執することは適切でないとの意見も出されていた。今後、来春の改定に向けて、真の医療・介護連携を実現するために、具体的な施策や取り組みが今後議論される見込み。参考1)個別事項(その3)医療・介護・障害福祉サービスの連携(中医協)2)サービス担当者会議「医師の参加」を必須要件に 「かかりつけ医機能」の報酬、支払側委員(CB news)3)「意味のある医療・介護連携」が重要、「サービス担当者会議への出席」などを機能強化加算等の要件に据えるべきか-中医協総会(1)(Gem Med)5.乳幼児健診の公費支援拡大、5歳児と新生児スクリーニングが焦点に/政府政府は、乳幼児健診における5歳児の健診を公費支援の対象とする方向で検討を進めている。これまで1歳半と3歳児の健診は公費で実施されており、5歳児健診の公費支援導入は、3歳までにみつからなかった発達障害の早期発見を目的としている。また、患者家族の会からは、新生児スクリーニングにSMA(脊髄性筋萎縮症)を対象疾患に追加する要望が提出された。この検査は生後4日頃の新生児の血液を調べるもので、自治体ごとに実施状況に差があるため、全国一律に公費で実施するよう求められている。政府はこれらの健診・スクリーニングの公費支援拡大を通じて、乳幼児期の健康管理の強化を目指している。参考1)「全国一律、全額公費を」 新生児スクリーニング検査の拡大を要望(朝日新聞)2)乳幼児健診、5歳児も公費支援対象に 経済対策に明記へ(日経新聞)6.県立総合病院、患者検体の取り違えで前立腺摘出の医療ミス/静岡県静岡市葵区の静岡県立総合病院で7月に発生した医療ミスが明らかにされた。同病院は、前立腺がんの疑いで行われた検査の際、2人の患者の検体を取り違えてしまい、悪性腫瘍がなかった60代の男性の前立腺を誤って全摘出。一方、悪性腫瘍を持つ80代の男性の治療開始が5ヵ月遅れる結果となった。このミスは、4月に2人の患者が同じ手術室で連続して行われた生体検査(生検)の際に発生。60代の男性は、誤ったデータに基づいて手術を受け、後の病理検査で摘出組織が良性であることが判明。DNA鑑定により、80代の男性との検体取り違えが確認された。60代の男性は手術後に尿漏れなどの症状が出現し、現在も病院での健康管理が続いている。一方、80代の男性は、ホルモン療法を受けている状態。同院は、2人の患者および家族に対して謝罪。再発防止策として、連続での生検を行う場合は患者ごとに部屋を分ける措置や患者のリストバンドと検体容器のバーコード照合などの新しいマニュアルを導入することを明らかにした。参考1)静岡県立総合病院において発生した医療事故について(静岡県)2)県立病院で患者取り違え 前立腺摘出する医療ミス(NHK)3)患者検体取り違え 良性の前立腺摘出 静岡県立総合病院で医療ミス(静岡新聞)

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金の話をする人間は卑しいのか?猫と暮らすQALYを考える【Dr.中川の「論文・見聞・いい気分」】第65回

費用対効果分析の意義世界的なインフレの波が日本にも押し寄せています。日本で物価が上がっていることを実感する機会が増えてきました。しかし、世界の先進国と比べると上昇率はまだ緩やかなのかもしれません。私は2023年8月末にオランダ・アムステルダムで開催された欧州心臓病学会(ESC2023)に参加しました。会場のキオスクで昼食を購入して驚きました。おいしくもないハンバーガーが、14.5ユーロでした。1ユーロが158円でしたので、日本円に換算すると2,291円となります。日本では500円ほど、絶対に1,000円を超えることはない質感でした。円安と日本の国力の低下を痛感しました。出費には、それに見合う対価が求められます。費用対効果、いわゆるコスパです。費用対効果分析は医療の現場でも意義を増し、この分野に特化した学問領域が進化しています。治療に掛かる費用は、安ければ良いというわけではありません。安価でも効かない薬や質の悪い医療では、「安物買いの銭失い」となります。一方で、効果が高くとも、法外に高額な治療では手が届かず、公的医療の枠組みを超えてしまいます。費用に見合う効果のバランスが取れていることが鍵となります。あらゆる疾患に共通する治療効果指標「QALY」医療における費用対効果を分析する場合に、効果をどのように測定するかが問題です。風邪を引いた場合には解熱することが求められ、がんの治療ならば再発せずに長生きすることが求められ、変形性膝関節症では痛みなく日常生活が可能となることが効果として求められます。風邪・がん・変形性膝関節症と、疾患ごとにバラバラの効果指標で費用対効果を算出すると、その解釈も疾患ごとにバラバラとなります。あらゆる疾患に共通する効果指標としてQALYが考案され国際的に活用されています。これは、Quality-Adjusted Life Yearの略語で、「クオリー」と呼ばれ日本語では「質調整生存年」と訳されます。瀕死の病の状態から、医療により同じ1年間を長生きすることができたとしても、思うままにできる元気な1年間と、寝たきりで身動きがとれない1年間では、多くの人は前者のほうが望ましいと考えます。生存期間で見ればどちらも1年ですが、前者は後者よりも質の高い状態なので、治療により得られる1年間の価値も大きくなります。このように、生存している期間に加えて質も同時に反映する評価指標がQALYです。QALYの値は、1(完全な健康)から0(死亡)までの値を取ります。完全な健康状態で過ごした1年間は1QALYであり、人がその年の価値の100%を得ることができたと解釈します。完全な健康状態ではない状態で生きた1年間は、価値の量が低下します。たとえば、効用が0.5の状態で1年間生きた場合、0.5QALYが得られます。この人は、その年に得られる最高の価値の量の50%しか得ていないという意味です。言い換えれば、0.5の健康状態で1年間を生きる価値の量は、完全な健康状態で半年間を生きることと同程度の価値の量があることを意味します。QALYは1QALY、2QALYと数えることができ、0.8の状態で10年間生存すれば0.8×10=8QALYとなります。ICER:1QALY延ばすために要するコスト従来からある標準的な治療と効果が高いと期待される新規治療と比べた場合に、QALYを1単位獲得するのにいくらコストが掛かるかを表す指標をICER(Incremental Cost-Effectiveness Ratio)と呼びます。要は、1QALYを延ばすために要するコストで、この値が医療行為を社会に導入する是非の基準となります。たとえば、新たな治療により比較対照と比べて500万円余分に掛かるけれども、2年間の延命が期待できれば、ICERは500万円/2年=250万円/年となります。これは、追加的に1年間生きるのにあと250万円のコストが掛かるということになります。イギリスでは、1QALY当たりに認めるコストの目安として2万~3万ポンドと設定しています。日本円に換算すると、1QALYを得るのに必要なコストは500万円程度までは容認されるという考えです。ICERが500万円/QALYを超える医薬品は、薬価の引き下げが検討されるなど医療政策に活用されています。今、議論に向き合わなければならないこのように医療の経済的な側面について考えることは、「金の話なんて、卑しいからするな」と感じる方もいるかもしれません。「人の命は地球よりも重い」という言葉がありますが、本当にそうでしょうか。医療費はだれかが負担しなければならないことは間違いありません。今を生きる私たちが費用を負担していないのであれば、いつか誰かがツケを支払わねばなりません。おそらく子や孫の世代です。一般の社会でも、支払い能力を考えずにただ金を使いまくる人間は愚か者と考えられています。国がなんとかしてくれると思考を放棄するのは「ドラ息子」の所業です。あえて目を背けたい事柄だからこそ、歯を食いしばって向き合う必要があります。今を生きる世代の人間は、次の世代や次の次の世代を巻き込むことは避けるべきであり、そのための議論を放棄してはならないと考えます。この困難な話題について原稿を書いていると、わが家の「ドラ息子」ともいえる愛猫の「レオ」が遊んでくれとやってきました。ゴロゴロいってスリスリしてきます。猫と暮らすことの費用対効果を考えてみます。猫の飼育コストには、食事、猫用品(トイレ、ベッド、おもちゃなど)、健康ケア(ワクチン、予防医療、獣医さんへの診療費)などが含まれます。遊んだり、トイレの世話をしたり、愛情を注いだりするために時間とエネルギーを費やすことも経費です。効果については、猫は癒しや楽しみを提供してくれます。彼らの愛らしい行動や一緒に過ごす時間は、ストレス軽減や幸福感向上に寄与します。猫と遊ぶことは、同居する人間にとってもアクティビティの機会になります。猫を飼うことは責任感を養う機会でもあります。猫と暮らす1年は2QALY、いや5QALY以上の価値があります。今回も結局は猫自慢の話になってしまいました。

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変形性手関節症の症状軽減に効果的な治療法とは?

 変形性手関節症に対する一般的な治療法であるステロイド薬やヒアルロン酸の注射は、ガイドラインでも推奨されているにもかかわらず、実際には症状を緩和する効果がないとする研究結果が報告された。Parker研究所(デンマーク)リウマチ科のAnna Døssing氏らによるこの研究結果は、「RMD Open」に9月21日掲載された。 Døssing氏らは、MEDLINE、Embase、およびCochrane Central Register of Controlled Trials(CENTRAL)を検索して、2021年12月26日までに発表された、変形性手関節症の患者に対する薬物療法の効果に関するランダム化比較試験(RCT)を65件選出。これらの研究結果から痛みに対する治療の効果量を計算し、それぞれの治療法の効果をネットワークメタアナリシスおよびペアワイズメタアナリシスで評価した。これらのRCTでは、総計5,975人を対象に、29種類の治療法について検討されていた。 解析の結果、プラセボに比べて、経口非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)と経口糖質コルチコイドには変形性手関節症の痛みを軽減する効果のあることが示された〔効果量はNSAIDsで−0.18(95%信頼区間−0.36〜0.02)、経口糖質コルチコイドで−0.54(同−0.83〜−0.24)〕。また、NSAIDsでは、手の機能、患者全般評価、握力に改善が、糖質コルチコイドでは、手の機能、患者全般評価、健康関連QOLに改善が認められた。 これに対して、研究対象者の多くが母指手根中手関節症(母指CM関節症)に対する治療として受けていたヒアルロン酸や糖質コルチコイドの関節内注射、全身性エリテマトーデスや関節リウマチなどに使用されるヒドロキシクロロキン、および局所NSAIDsがプラセボよりも変形性手関節症の症状軽減に有効であることを示す結果は得られなかった。また、痛みに対する局所クリームやジェルの有効性に関する明確なエビデンスは得られなかった。 この研究報告を受けて、米レノックス・ヒル病院ニューヨーク手関節センターの共同ディレクターであるDaniel Polatsch氏は、「変形性手関節症、特に母指CM関節症に対しては、以前より糖質コルチコイドの関節内注射が基本的な治療法として実施されている。しかし、今回の研究により、この治療法の有効性に対するエビデンスが驚くほど欠如していることが明らかになった」と話し、「自分も含めた多くの手外科医が共有している考え方や、臨床現場で経験していることとは真逆の結果だ」と驚きを表す。 Polatsch氏は、変形性手関節症の治療は個別化されるべきだとの考えを示す。「私は常に、最もリスクの低い選択肢から治療を開始するべきことを提唱している。経口NSAIDsや経口糖質コルチコイドの短期使用は、その意味で合理的なアプローチだと言える」と話す。とはいえ、これらの薬の長期使用は副作用を引き起こす可能性があることにも留意すべきだ。例えば、NSAIDsの長期使用は、出血性潰瘍と関連することが指摘されている。また、経口ステロイド薬の長期間の服用は、高血圧、体重増加、皮膚の菲薄化、感染症を招く可能性がある。 Polatsch氏は、「変形性手関節症の患者は、医療従事者とさまざまな治療法について話し合い、一緒に計画を立てるべきだ」と助言する。また、「症状が長引く患者は、薬物療法、スプリント療法、ハンドセラピー、注射、そして最終手段として手術など、あらゆる選択肢を徹底的に評価できる手外科医に診てもらうのも良いだろう」と話している。

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英語で「任せます」は?【1分★医療英語】第101回

第101回 英語で「任せます」は?《例文1》Please leave it to me.(私に任せてください)《例文2》I’ll leave it to you whether you start the medication today or not.(この薬を今日から飲み始めるかどうかは、あなたにお任せします)《解説》“leave”には「離れる」や「置いておく」といった意味がありますが、これに関連して「任せる」という意味もあります。同じく“leave”の動詞を使って「仕事を託す」といったイメージで、”I'll leave it to you.” または“I’ll leave it in your hands.”(あなたにお任せします)といったように使います。また、何か仕事を進めてもらうような状況では、“Please go ahead.”(どうぞ進めてください)という表現もよく使われます。また、「仕事を引き継いでもらう」といった状況では、“Over to you.”(よろしく)という表現もよく使われますが、目上の人にはやや失礼に当たるので注意しましょう。「任せる」という意味の表現には、“It’s up to you”というものもあります。これは「あなた次第です」と訳されることが多いですが、言い方によっては突き放した表現にも聞こえてしまうため、使う際には注意が必要です。上の表現にも出てきた“hand”を使って「仕事を託す」というイメージで、“It’s in your hands now.”(今からお任せします)という言い方も可能です。講師紹介

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C. difficile感染症の原因、大半は患者間の感染ではない?

 院内感染症の一つで、致死的にもなり得るClostridioides difficile感染症(CDI)の発生は、病院よりも患者自身に起因する可能性の大きいことが、新たな研究で示唆された。Clostridioides difficile(C. difficile)と呼ばれる細菌を原因菌とするCDIは、十分な院内感染対策を講じている病院でもよく起こるが、この研究結果はその原因解明の一助となる可能性がある。米ミシガン大学医学部微生物学・免疫学准教授のEvan Snitkin氏らによるこの研究の詳細は、「Nature Medicine」に9月18日掲載された。 米疾病対策センター(CDC)によると、米国では年間約50万件のCDIが発生しており、1万3,000人~1万6,000人がこの細菌により死亡していると推定されている。CDIの罹患や死亡の多くは入院患者間での感染が原因と考えられてきた。しかし、最近の研究では、CDIの院内感染例の大部分は感染した他の入院患者からの感染では説明できないことが報告されているとSnitkin氏は言う。 今回の研究によると、米シカゴ、ラッシュ大学医療センターの集中治療室(ICU)に入室した1,111人(平均年齢62.7歳、ICU入室件数1,289件)の患者から採取した3,952点の直腸スワブおよび糞便検体の分析が行われた。その結果、研究期間中に毒素を産生するC. difficileが認められた患者の割合(期間有病率)は9.3%(120/1,289件のICU入室)であった。また、検体の中で、同一のC. difficile株はほとんど見つからなかったため、院内感染の可能性は低いと考えられた。患者間での感染が確認されたのはわずか6人で、無症状のC. difficileのキャリア(保有者)が症状を伴うCDIに移行するリスクの方が高いことが示された。実際、入院時にC. difficileが腸管に定着していることが確認されたキャリアでは、C. difficileの非キャリアと比べて医療機関でのCDIの発症リスクが24倍高かった(ハザード比24.4)。 ただし、これらの研究結果は、院内感染の予防対策が不要であることを示しているわけではない。実際、こうした対策のおかげで現在の低い感染率が維持されている可能性が高いとSnitkin氏は言う。同氏は、「この研究結果は、医療従事者の手指衛生の遵守率の高さの維持やC. difficileに有効な消毒薬による日常的な環境消毒、病室の個室化など、ICUで講じられていた感染対策が有効であったことを示唆している」と説明。その上で、「このことは、患者のCDI発症をさらに防ぐためには、無症状のC. difficileキャリアにCDIを発症させるきっかけとなるものが何なのかを解明する必要があることを意味する」と指摘している。 今回の研究には関与していない米レノックス・ヒル病院感染予防部門シニア・ディレクターを務めるHannah Newman氏は、「症状が現れていれば、見つけ出して感染拡大を防ぐための必要な予防対策を講じることは簡単だ。しかし、腸管にC. difficileが存在していても症状はない場合もある。この状態は、定着と呼ばれている」と説明する。C. difficileのキャリアで活動性の感染症が引き起こされる明確な要因は不明だが、抗菌薬使用の関与が疑われている。「今回の研究結果からは、現行の感染予防対策を続ける一方で、無症状のC. difficileのキャリアを見つけ出し、感染リスクを低下させる方法を明らかにする必要性が示唆された」とNewman氏は言う。 一方、Snitkin氏は、抗菌薬の使用だけが唯一の原因ではないことを強調。「抗菌薬による腸内細菌叢の乱れがCDI発症の引き金となっていることは支持されているが、原因が他にもあることは確実だ。なぜなら、抗菌薬が投与されたC. difficileのキャリア全てがCDIを発症するわけではないからだ」と指摘している。 今回の研究には関与していない米ノースウェル・ヘルスのDonna Armellino氏は、高齢患者と入院歴のある患者がC. difficileの保有リスクが高いことを強調した上で、「正常な消化管の細菌叢の多くは手術や抗菌薬の使用、あるいは他のメカニズムによって変化する可能性がある。そして症状が現れ、抗菌薬による治療が行われることになる」と説明。通常、CDIの発症を予防する目的で患者に抗菌薬が投与されることはないが、同氏は、「この点については、研究で検討する必要がある」と話している。また、多くの病院では患者たちが浴室を共有し、至近距離で過ごすが、今回の研究は個室のあるICUの患者を対象としていたことを指摘。そのことが、この研究で示された患者間の感染率の低さの要因となっている可能性があるとの見方を示している。

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大手術後の炎症を阻害すると...(解説:後藤信哉氏)

 コルヒチンは歴史の長い抗炎症薬である。LoDoCo(Low Dose Colchicine)試験にて冠動脈疾患の二次予防効果が証明されて、循環器内科領域に注目されることになった。多くの循環器疾患に炎症が関与する。各種のがん治療などの非心臓疾患の手術時の心房細動の発症予防効果の有無が本研究にて検証された。非心臓性手術後の心房細動と心筋梗塞の発症例では炎症マーカーの高値が報告されている。そこで、本研究では強力な抗炎症薬であるコルヒチンに、非心臓の大手術時の心房細動および心筋障害発症予防効果の有無がランダム化比較試験により検証された。 非心臓の大手術症例へのコルヒチンの使用は、一見とっぴに見える。しかし、術中・術後の心房細動、心筋障害が炎症により引き起こされているのであれば、抗炎症薬を用いたランダム化比較試験実施には意味がある。3,209例を対象としたランダム化比較試験の結果は信頼できる。コルヒチンの抗炎症効果が発現されていることは、コルヒチン群の感染と敗血症の増加により確認されている。コルヒチンの副作用である消化管障害もコルヒチン群で増えている。 臨床試験の実施については英国・オックスフォード大学、米国・ハーバード大学、デューク大学が長けているが、カナダ・マクマスター大学も引けを取らない。ランダム化比較試験による臨床的仮説の検証研究では、日本はとても追い付けない。個別最適化医療の理論化と実践では是非、先行したいものだ。

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ノーベル生理学・医学賞、mRNAワクチン開発のカリコ氏とワイスマン氏が受賞

 2023年のノーベル生理学・医学賞は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に対するメッセンジャーRNA(mRNA)ワクチンの開発を可能にしたヌクレオシド塩基修飾の発見に対して、カタリン・カリコ(Katalin Kariko)氏とドリュー・ワイスマン(Drew Weissman)氏に授与することを、スウェーデン・カロリンスカ研究所のノーベル委員会が10月2日に発表した。カリコ氏とワイスマン氏の画期的な発見は、mRNAがヒトの免疫系にどのように相互作用するかという理解を根本的に変え、人類に対して最大の脅威の1つとなったCOVID-19パンデミックにおいて、前例のないワクチン開発に貢献した。授賞式は12月10日にストックホルム市庁舎にて開催される。 ノーベル委員会はプレスリリースにて、カリコ氏とワイスマン氏の業績を紹介している1)。以下に抜粋して紹介する。「mRNAワクチン」という有望なアイデア ヒトの細胞では、DNAにコードされた遺伝情報がmRNAに伝達され、これがタンパク質生産の鋳型として使われる。1980年代、細胞培養なしにmRNAを生産する効率的な方法が導入された。この決定的な一歩は、いくつかの分野における分子生物学的応用の発展を加速させた。mRNA技術をワクチンや治療に利用するアイデアも浮上したが、その前に障害が待ち構えていた。in vitroで転写されたmRNAは不安定で、送達が困難であると考えられていたため、mRNAを脂質ナノ粒子によってカプセル化する必要があった。さらに、in vitroで産生されたmRNAは炎症反応を引き起こした。そのため、臨床目的のmRNA技術開発に対する熱意は、当初は限られたものであった。 ハンガリー出身の生化学者であるカリコ氏は、このような障害にも挫けずに、mRNAを治療に利用する方法の開発に力を注いだ。同氏が米国・ペンシルベニア大学の助教授だった1990年代初頭、自身のプロジェクトの意義について研究資金提供者を説得するのが困難であったにもかかわらず、mRNAを治療薬として実用化するというビジョンに忠実であり続けた。ペンシルベニア大学の同僚であった免疫学者のワイスマン氏は、免疫監視とワクチン誘発免疫応答の活性化において重要な機能を持つ樹状細胞に興味を持っていた。新しいアイデアに刺激され共同研究が始まり、異なるタイプのRNAが免疫系とどのように相互作用するかに焦点を当てた。ブレークスルー カリコ氏とワイスマン氏は、樹状細胞がin vitroで転写されたmRNAを異物として認識し、活性化と炎症シグナル分子の放出につながることに気付いた。哺乳類細胞からのmRNAは同じ反応を起こさないため、in vitroで転写されたmRNAはなぜ異物として認識されるのか疑問に感じ、何らかの重要な特性が、異なるタイプのmRNAを区別しているに違いないと考えた。 RNAにはA、U、G、Cの4つの塩基があり、DNAのA、T、G、Cに対応している。カリコ氏とワイスマン氏は、哺乳類細胞のmRNAの塩基は頻繁に化学修飾されるが、in vitroで転写されたmRNAの塩基は化学修飾されないことを認めており、in vitroで転写されたRNAの塩基が変化していないことが、好ましくない炎症反応の説明になるのではないかと考えた。これを調べるため、研究チームは塩基に独自の化学修飾を施したさまざまな変異型mRNAを作製し、樹状細胞に投与した。結果は驚くべきもので、mRNAに塩基修飾を加えると、炎症反応はほとんど消失した。これは、細胞がどのようにしてさまざまな形のmRNAを認識し、それに反応するかという理解にパラダイム変化をもたらすものであった。カリコ氏とワイスマン氏は自らの発見がmRNAを治療に利用するうえで重大な意味を持つことを理解し、この画期的な結果は2005年に発表された2)。これはCOVID-19が流行する15年前であった。 カリコ氏とワイスマン氏が2008年3)と2010年4)に発表したさらなる研究で、塩基を修飾して作成したmRNAを送達すると、修飾していないmRNAに比べてタンパク質産生が著しく増加することを示した。この効果は、タンパク質産生を制御する酵素の活性化が抑制されたことによるものであった。カリコ氏とワイスマン氏は、塩基修飾が炎症反応を抑制し、タンパク質産生を増加させるという発見を通して、mRNAの臨床応用に至る重要な障害を取り除いた。mRNAワクチンの可能性 mRNA技術への関心が高まり始め、2010年にはいくつかの企業が開発に取り組んでいた。ジカウイルスや、SARS-CoV-2と関連が深いMERS-CoVに対するワクチンの開発が進められていた。COVID-19パンデミック発生後、SARS-CoV-2のスパイクタンパク質をコードする2つの塩基修飾mRNAワクチンが記録的なスピードで開発された。約95%の予防効果が報告され、両ワクチンとも2020年12月に承認された。 mRNAワクチンの驚くべき柔軟性と開発スピードは、この新たなプラットフォームをほかの感染症に対するワクチンにも利用する道をひらくものだ。将来的には、この技術は治療用タンパク質の送達や、ある種のがんの治療にも使用されるかもしれない。 SARS-CoV-2に対して、mRNAワクチンとは異なる方法論に基づくワクチンも急速に導入され、合わせて130億回以上のCOVID-19ワクチンが世界中で接種された。このワクチンによって何百万人もの命が救われ、さらに多くの人々の重症化を防ぐことができた。今年のノーベル賞受賞者たちは、mRNAにおける塩基修飾の重要性という根本的な発見を通じて、現代の最大の健康危機における変革的発展に大きく貢献した。 カタリン・カリコ氏は、1955年ハンガリーのソルノク生まれ。1982年にセゲド大学で博士号を取得後、1985年までセゲドにあるハンガリー科学アカデミーで博士研究員として勤務。その後渡米し、テンプル大学(フィラデルフィア)とUniformed Services University of the Health Sciences(USUHS)(ベセスダ)で博士研究員として勤務。1989年にペンシルベニア大学の助教授に任命され、2013年まで在籍。その後、BioNTech社副社長、後に上級副社長に就任。2021年よりセゲド大学教授、ペンシルベニア大学ペレルマン医学部非常勤教授。 ドリュー・ワイスマン氏は1959年米国マサチューセッツ州レキシントン生まれ。1987年にボストン大学で医学博士号を取得。ハーバード大学医学部のベス・イスラエル・ディーコネス医療センターで臨床研修を受け、米国国立衛生研究所(NIH)で博士研究員として研究。1997年、ペンシルベニア大学ペレルマン医学部に研究グループを設立。The Roberts Family Professor(ワクチン研究)、ペンシルベニア大学RNAイノベーション研究所所長。

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蘇生後呼吸管理でのPaCO2のターゲットはどこに置くか?(解説:香坂俊氏)

 「心肺蘇生の現場はドラマに溢れている…」などと思われがちだが、実は1から10までかなりプロトコールがはっきりと決められており、現代医療であまりそこに情緒が介在する余地はない。カギは低酸素性脳損傷(hypoxic brain injury)をいかに防ぐかというところであり、その思想にのっとりABCのうちのCが優先され、ACLSの手順も細かく決められ、低体温療法など蘇生後のケアも規定される。 しかし、蘇生後の「呼吸管理」についてはどうだろうか?この領域はいまだに解明されていない側面が多い。たとえば、蘇生後のPaCO2の目標値についてもはっきりとした規定はなされておらず、現時点でのガイドラインで推奨されているのは70~100mmHgあるいは酸素飽和度94~98%を目指す、というかなり広いターゲットが設定されている。 今回のTAME試験では、PaCO2の目標値の設定に関してランダム化が行われた。院外の蘇生後の患者1,700例を対象に、軽度のHypercapniaをターゲットとする群(50~55 mmHg)と正常PaCO2(35~45mmHg)にランダム化が行われ、6ヵ月後の神経学的転帰が比較されたが、軽度Hypercapnia群と正常PaCO2群で、ほとんど差は認められなかった(P値は0.76)。この試験の結果からどういった意味を見出すか? 先に述べたとおり、心肺蘇生後の患者管理においては、すでに高度に洗練されたプロトコールが存在し、ガイドラインも提供されている。今回のTAME試験の結果は、これらに大幅な変更をもたらすものではない。しかし、蘇生後管理はあまりミスが許容されない分野であり、呼吸管理で無理にHypercapniaの方向に持っていく必要がない、ということが示されたことは、かなり現場の助けとなるのではないだろうか(注意を向けなくてはならないことが1つ減れば、別のことに注意を向けられるようになる)。ただ、このTAME試験は、並行して低体温療法のランダム化も実施されており、もしかすると、そこに隠れた交互作用があったかもしれず、また、かなり自由度の高い試験プロトコールであったため、かなり現場判断が介在する余地があった(頭蓋内圧のモニターも全例で実施されていなかった)。この辺りは、試験の解釈に注意を要する点となるだろう。

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平熱は人によってさまざま

 人間の「平熱」は37.0℃だと長らく考えられてきた。しかし、新たな研究で、体温には個人差があり、誰にでも当てはまるような平均体温というものは実際には存在しないことが明らかになった。人間の体温は、年齢、性別、身長や体重によって異なり、また1日の中でも時間帯によって変動することも示されたという。米スタンフォード大学医学部教授のJulie Parsonnet氏らによるこの研究の詳細は、「JAMA Internal Medicine」に9月5日掲載された。 同大学の研究グループが実施した過去の研究によると、米国人の平均体温は19世紀以来10年ごとに37.0℃から0.05℉ずつ(摂氏に換算すると0.0278℃)低下しているという。これは、健康状態や生活環境の改善により体内での炎症が抑制されるようになったことに起因すると考えられている。 現在の「人間の平熱は37.0℃」という概念は、1860年代に発表されたドイツの研究に由来する。しかしその当時でも、研究者らは、男性や高齢者の体温が女性や若年成人よりも低いことや、午後の方が体温が高いことを指摘していた。 今回の研究では、2008年4月28日から2017年6月4日の間にスタンフォードヘルスケア内の内科と家庭医療科を受診した成人外来患者の61万8,306件の診察データの分析が行われた。いずれの診察でも口腔温の測定が行われていた。研究グループは、LIMIT(Laboratory Information Mining for Individualized Thresholds)フィルタリングアルゴリズムを用いて、極端に高いまたは低い体温と関わる診断や投薬を特定して除外し、体温に関連しないデータのみを解析に用いた。また、各患者の主な診断、投薬内容、年齢、性別、身長、体重、診察の時間帯、診察が行われた月の情報を入手し、年齢、性別、身長、体重、診察の時間帯により体温がどの程度変わるのかを調べた。 LIMITフィルタリングアルゴリズムにより、35.92%の診察データが除外された。除外された診断として最も多かったのは高体温に関連する感染症(76.81%)であり、また、低体温に関連する診断として2型糖尿病が15.71%を占めていた。これにより、12万6,705人の患者(平均年齢52.7歳、女性57.35%)に関する39万6,195件の診察データが解析対象とされた。 その結果、平均体温は、アルゴリズムにかける前のデータでは36.71℃であったのが、不適切と見なされたデータの除外後には36.64℃に低下していた。体温は、男女ともに、年齢が高いほど、また身長が高いほど低くなり、体重が多いほど高くなり、また、男性は女性より平均体温が低い傾向が認められた。診察の時間帯による影響も確認され、体温は午後4時ごろに最も高くなっていた。さらに、このような体温の個人差の最大25.52%は、年齢、性別、身長、体重、診察の時間帯によるものであることも示された。このことは、本研究で検討されていない他の要因、例えば、衣服、身体活動、月経周期、測定誤差、天候、熱い飲み物や冷たい飲み物の摂取などが影響している可能性のあることを意味している。 Parsonnet氏は、このような体温に影響を与える患者ごとの要因を考慮することで、体温がより正確で有用なバイタルサインになる可能性があると話す。同氏は、今後の研究で、発熱の個人的な定義や、常に高めあるいは低めの体温が寿命に影響するかどうかを調べることも視野に入れているとし、「体温のデータは世界中に山とあるため、体温について更なる知見を得るチャンスはいくらでもある」と話している。

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英語で「付き添い人」は?【1分★医療英語】第99回

第99回 英語で「付き添い人」は?I require a chaperon for the physical examination. Could you please accompany me to the examination room?(身体検査の際に付き添い人が必要です。診察室に同席してもらえませんか?)Sure!(もちろんです!)《例文1》医師We will obtain consent for the surgery, and will have a chaperon present. Is that okay?(手術の同意を取るので付き添い人に同席してもらいます。よろしいですか?)患者OK.(わかりました)《解説》今回は英単語の紹介です。“chaperon”(シャペロン)は、英語で「付き添い人」という意味を持つ単語です。医療現場において、患者と医師の間で行われる診察や手続きの際に第三者として同席する役割を指します。これによって医療行為の透明性を保ち、誤解や不適切な行為を防ぐ目的があります。とくに“chaperon”を必要とする場面としては、医師が異性の患者の身体診察をする場合や、手術や延命処置などの重要な意思決定の際に自分や相手を守るための証人として第三者の目を必要とする場合があります。日本の医療現場でも、身体診察の際に看護師などに同席をお願いすることがありますよね。多くの病院では“chaperon”という特定の職業があるわけではなく、単に「付き添い人」という意味合いなので、私もよく看護師やほかの医療スタッフに“Could you stay here as a chaperon?”(chaperonとして同席してくれませんか?)と依頼しています。講師紹介

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「爪白癬は外用薬で治す」は誤解?

 昨年6月にイムノクロマト法を用いた白癬菌抗原キット「デルマクイック爪白癬」が発売されたことを契機に、以前に比べ、内科医でも爪白癬の診断に対応できるようになったのをご存じだろうか。今回、常深 祐一郎氏(埼玉医科大学医学部皮膚科 教授)が『本邦初の白癬菌抗原検査キットによる爪水虫診断と正しい治療法~爪水虫診療は新たなステージへ~』と題し、今年4月に発表された爪白癬の治療実態調査の結果、新たな抗原キットなどについて説明した(佐藤製薬・マルホ共催メディアセミナー)。爪白癬は外用薬で治せる、という誤解 日本人の10人に1人は爪白癬に罹患しており、その多くが高齢者である。高齢者では足の爪白癬が転倒リスク1)やロコモティブシンドローム、フレイルの原因になるほか、糖尿病などの合併症を有する患者においては白癬病変から細菌感染症を発症し、蜂窩織炎や時には壊死性筋膜炎を発症するなど命を脅かす存在になる場合もあるため、完全治癒=臨床的治癒(爪甲混濁部の消失)+真菌学的治癒(直接鏡検における皮膚糸状菌が陰性)を目指す必要がある。 爪白癬の治療は診断さえついてしまえば、外用薬を処方して継続を促せば…と思われることが多いのだが、その安易な判断が「治療の長期化につながり、結局治癒に至らない」と常深氏は指摘した。外用薬は白癬菌が爪の表面に存在する表在性白色爪真菌症(SWO)には効果が高いが、その他の病型では経口抗真菌薬が優れているという。また、「遠位側縁爪甲下爪真菌症(DLSO)の軽症であれば外用薬でも治せると考えられているが、治癒まで時間を要し、その間に次に述べるように脱落が多くなってしまうことから、軽症の間に経口薬で治癒させることが望ましい。もちろんDLSOの中等症以上では経口薬が必要であるし、近位爪甲下爪真菌症(PSO)、全異栄養性爪真菌症(TDO)では経口薬による治療が推奨される」と、病態ごとの剤型の使い分けが重要であることに触れた。皮膚科専門医でも、経口薬を避ける傾向に そうはいっても、とくに高齢者への経口薬処方は、ポリファーマシーの観点や肝機能への影響から敬遠される傾向にある。これに対し、同氏は治療継続率のデータを引用2)し、「経口薬のほうが外用薬より治療継続率が高く、脱落しにくいことが明らかになっている。外用薬の場合は投与開始から1ヵ月時点ですでに4割強が脱落してしまう。一方で、経口薬は投与開始3ヵ月時点でも6割の人が継続している。爪白癬治療に年齢は関係ない」と説明した。 上述のように、治癒率や患者の治療継続率からも爪白癬への経口薬処方が有効であることは明確だが、診断に自信がないと、外用薬で様子を見てしまうということが多そうだ。また、皮膚科専門医は顕微鏡を用いたKOH直接鏡検法で診断することができるが、他科の医師においては視診で判断していることが多いのが実情である。この点について、「皮膚科医であっても視診のみで診断を行うと30%程度は誤った判断をするため3)、やはり検査は必要。爪甲鉤弯症などが爪白癬と誤診されることもある4)」と述べたうえで、「経口薬は外用薬と比較して検査で確定診断がつかないと処方しづらく、“本当に薬を処方していいのか”という不安が処方医に生じる」と医療者側の問題点を挙げた。<爪白癬と誤診されやすい疾患>・掌蹠膿疱症の爪病変・緑色爪(green nail)・黄色爪症候群(yellow nail syndrome)・爪甲鉤弯症・厚硬爪甲 昨年に上市された検査法『イムノクロマト法』は迅速および簡便で感度が高く、皮膚科専門医が行うKOH直接鏡検法や真菌培養法に比べ、技術や検査時間も不問であることから視診による誤診も防ぐことが可能である。同氏は「鏡検できる医師がいない場合、顕微鏡がない施設や往診先での検査に適しており、また、鏡検での見落としを防ぐために検査を併用するのも有用」と述べ、皮膚科専門医ならびに一般内科医に向けて、「精度の高い検査を患者に提供して確定診断が得られた後に適切な薬剤を処方する、という正しい診断フローに沿った治療にもつながる」とコメントした。 最後に同氏はクリニカル・イナーシャ(clinical inertia)5)という言葉に触れ、「これは直訳すると“臨床的な惰性or慣性”。患者が治療目標に達していないにも関わらず治療が適切に強化されていない状態を意味する」と定義を説明し、「患者側がクリニカル・イナーシャに陥る要因は、治療効果の正しい知識不足や経口薬による副作用への懸念、飲み合わせへの懸念などが漠然とある。一方、医師側の要因には完治が必要であるとの認識不足、治癒への熱意や責任感不足などがあり、両者のクリニカル・イナーシャが相乗的に負の方向に働き、外用薬が漫然と使用されてしまう。しかし、爪白癬の治療意義、新たな検査法や経口薬の有用性を理解していけば解決できる」と締めくくった。

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第178回 コロナワクチン廃棄の件、政府が国民に伝えていないこと

報道する側にとって、データとは時に取り扱いが難しいものである。とくに、ある種の公表データの事実関係だけを淡々と伝えるのが良いのか、それとも解釈まで含めて伝えるほうが良いのかはケースバイケースであるが、まさにそう思う報道を目にしたばかりだ。それは今月20日から新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)のオミクロン株XBB.1.5対応ワクチン接種の開始に伴い、廃棄される既存の新型コロナワクチンに関する読売新聞の報道である。数字だけを中心に事実関係だけを淡々と書くのは、それはそれで記事の手法としてはある種極めて真っ当なのだが、ことこの件に関してはもう少し解釈も伝えたほうが良いのではないかと考えている。とりわけ、この記事が引用掲載されたYahoo!ニュースのコメント欄やSNSで、かなりとんちんかんな指摘が散見されるのを目の当たりにし、よりその思いが強くなる。しかも、そうしたとんちんかんなコメントの中に、識者と言われる人たちも含まれているのを見ると、やや頭が痛い。少なくとも、見出しと記事本文で共に指摘を受けている「ワクチン1回当たりの購入単価の非公表」というのは、契約上の問題があるとはいえ、税金を投入し、大勢の国民に接種している以上、国としての説明責任を果たしているとは言えず、ただ廃棄見込み数量を示すのはやや誤解を招くのではないかと思う。まず、ファイザー製の武漢株対応1価ワクチンの廃棄数が約880万回という結果については、かなり上出来だったのではないかと思う。武漢株対応ワクチンについては、長らく打つ手がなかったパンデミックの抑え込みの目的がありながら、需要が読み切れず、全国民に2回接種しても余りある量を用意しなければならなかったという事情があるからだ。約880万回分は、大雑把に2回接種分ならば約440万人分、3回接種分ならば約293万人分であり、総人口の占める割合で言えばそれぞれ3.7%、2.4%である。もちろんこの数字には、これまでに有効期限を迎えて廃棄済みのものは含まれていないが、それを含めても10%前後ではないだろうか? 国単位で見れば、これ自体は過剰な廃棄とは言えないと個人的には考えている。一方、オミクロン株対応の2価ワクチンについて言えば、国が供給を受けたのはファイザー製が約1億2,510万回分、モデルナ製が約7,000万回分。こちらは1回接種であり、日本の総人口をやや超える回数となる。しかし、当時は重症化リスクのある人に対して武漢株対応1価ワクチンを応急的に3回目接種で使用したりなど、やや混乱状態にあり、これに加え1、2回目の接種率が思いのほか高かったこと、オミクロン株となってから急速に感染者が増加したことなどを考慮すれば、事前に接種率を読み切るのはやはり困難だったろう。その意味では日本の総人口を上回る供給量を確保しなければならなかったと考えるのが自然である。このうち廃棄見込みはファイザー製が約2,650万回分、モデルナ製が約5,150万回分と公表されている。前述の報道にもあるように供給量に対する廃棄量の割合は、ファイザー製が2割強、モデルナ製に至っては7割強となる。全般的に見れば、オミクロン株対応ワクチンの廃棄量が増えた原因は、度重なる追加接種やオミクロン株出現後のワクチンの感染・発症予防効果の低下で、新型コロナワクチンそのものへの飽きとも言うべき状況が生まれ、接種率が低下したことが大きな要因だろう。もっともファイザー製については、政府や厚生労働省にとっては想定内だったかもしれないが、モデルナ製については確かに廃棄割合が多過ぎる。この点はいくつかの理由が考えられる。モデルナ製ワクチンの廃棄割合が高い理由一つは副反応の問題である。1~2回目接種時からファイザー製よりモデルナ製のほうが副反応出現率は高いと報告され、とりわけ稀とは言え、若年者での心筋炎の副反応はモデルナ製のほうが明らかに頻度は高かった。このため一般人の間では1価ワクチンの段階からファイザー製に比べ、忌避されがちだった。加えて日本でのオミクロン株対応ワクチンの承認はやや“特殊”な経過を辿っている。日本では2022年9月12日に両社のオミクロン株BA.1対応ワクチンを承認したが、すでに当時は世界的に流行株の主流がBA.4/5に移行していた時期。米国食品医薬品局(FDA)は6月末時点で両社にBA.4/5対応ワクチンの製造を求める声明を発表しており、8月中には両社ともこの対応ワクチンの申請を行っていた。結局、アメリカに倣う形で両社とも2022年9月以降に、日本でもBA.4/5対応2価ワクチンの申請を行ったが、とりあえずBA.1対応2価ワクチンでの公費接種が9月20日に開始され、後に承認されたBA.4/5対応2価ワクチンに現場が切り替えていった。このためオミクロン株BA.1対応ワクチンについては廃棄予定ワクチンに一定程度含まれていたのではないかと思われる。また、アメリカではファイザーとモデルナは1日違いで承認申請を行ったが、日本ではモデルナがファイザーに半月遅れで申請を行っているため、これがさらにモデルナ製の廃棄割合の増加に拍車をかけたとみられる。その意味では、日本でのワクチン購入政策に批判的吟味を加えるならば、廃棄量そのものの多寡ではなく、なぜBA.4/5への切り替えが遅れたのか、アメリカでほぼ同時に申請していながら、日本ではなぜモデルナが半月遅れたか、そこに医薬品医療機器総合機構(PMDA)との齟齬がなかったかどうかを検証すべきだ。今回、オミクロン株XBB.1.5 対応1価ワクチンについて、厚労省はファイザー製2,000万回分、モデルナ製500万回分の追加購入で合意に至っており、すでに量的には慎重になっている。今後、この数字がどのくらいに収まっていくのか、これも注目点と言えるだろう。

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交通事故診療で困ることとその対応(2)

ケアネットをご覧の皆さま、こんにちは。整形外科医の濱口 裕之です。前回の「交通事故診療で困ることとその対応」はいかがでしたでしょうか?やっぱり交通事故診療は面倒くさいとか言わないでくださいね。それでは、今回も交通事故診療の疑問にお答えしましょう!自分の患者さんが、どのような基準で後遺障害に認定されるのかわかりません。後遺障害診断書をしっかり記載したのに非該当になって、患者さんに愚痴られたことがあります自賠責保険の後遺障害認定基準はブラックボックスであり、詳細は公開されていません。このため、自分の患者さんが後遺障害に認定されるか否かを正確に予測するのはほぼ不可能です。これまで、私たちのグループは、全国から寄せられる数千例に及ぶ事案に取り組んできました。それらの事案を分析した結果、自賠責保険は以下の認定基準にしたがって後遺障害の審査を行っていると推察されます。事故の規模症状の一貫性通院頻度適切な専門科の受診の程度身体所見と画像所見の一致の程度症状固定までの期間患者さんが受傷した部位ごとに細かい認定基準があるため、私たちのように年間約1,000例もの症例に取り組んでいても、正確に後遺障害等級を予測できるわけではありません。このため、自分の患者さんの後遺障害等級を予測するのは困難だと割り切りましょう。事故と症状の因果関係が疑わしい患者さんをときどき見かけます。単なる外傷性頸部症候群(頸椎捻挫)なのに、めまい、耳鳴、目のかすみなどの訴えは理解できません交通事故での外傷性頸部症候群(頸椎捻挫)といえば、首の痛みを想像する人が多いと思います。確かに、外傷性頸部症候群の症状として最も多いのは、後頸部から腕にかけての痛みやしびれです。しかし、外傷性頸部症候群では、めまい、耳鳴、目のかすみ、目の疲れなど自律神経失調症の症状を併発する症例があります。外傷の影響で交感神経が刺激されて前庭迷路の血流が減少します。これによって、めまいや耳鳴が起きるといわれています。外傷性頸部症候群に自律神経失調症が合併した状態を、バレリュー症候群と呼びます。バレリュー症候群は、整形外科医の間でさえ一般的な傷病とは言い難いです。しかし、交通事故診療では比較的よく見かける傷病です。患者さんがめまい、耳鳴、目のかすみ、目の疲れなどを訴えると、精神疾患や詐病を連想しがちです。しかし、外傷性頸部症候群では、一定の確率で自律神経失調症を併発します。バレリュー症候群である可能性を念頭に置いて診療しましょう。症状固定の時に、治療終了となることに対して患者さんが納得しなくて困っています。症状固定とは、治療してもそれ以上改善しない状態を指します。具体的には、消炎鎮痛剤の服用やリハビリテーションにより一過性に軽快するものの、すぐ元に戻ってしまう状態です。症状が一進一退になれば、症状固定の時期と思って良いでしょう。症状固定は医学的な概念ではなく、損害保険会社や裁判で慣習的に使われている用語です。そのため、患者さんだけでなく医師が症状固定の意味を正確に理解していなくても不思議ではありません。自賠責保険は、すべての交通事故被害者が完治するとは考えていません。治療効果がなくなった時点で治療を終了し、後遺症に対しては後遺障害を認定して救済します。限りある保険料収入を最大限有効活用することで、公的な利益を追求しています。そのため、治療しても根本的に改善する可能性がなくなったにもかかわらず、延々と治療を続けることには問題があります。患者さんの立場では、交通事故に巻き込まれて後遺症を負ったので、完全に治るまで補償して欲しいと思いがちです。症状固定に納得しない患者さんには、自賠責保険の公的な存在意義を説明するしかないと思います。なお、症状固定しても自賠責保険での治療が終了するだけです。健康保険で症状緩和の治療を続けられることは申し伝えましょう。診断書へ絶対に記載してはいけない事項は何でしょうか?自賠責保険は、醜状などの一部を除いて、すべて書類審査です。したがって、医師が作成した診断書は、患者さんの後遺障害認定に極めて大きな影響を及ぼします。そのため、診断書は自賠責保険のルールに則って記載する必要があります。そうは言っても、特別に勉強する必要はなく、普通の感覚で診断書を作成すればよいでしょう。ただし後遺障害診断書の左下にある「障害内容の増悪・緩解の見通し」については、慎重に記載する必要があります。この欄に、症状は改善する見込みがあるなどと記載すると、患者さんは確実に後遺障害非該当になります。そもそも、症状固定の定義は「治療してもそれ以上改善しない状態」です。症状が改善する見込みがあるのなら、まだ症状固定ではありません。症状固定は医学用語ではないので、多くの医師が症状固定の定義を知らないのは当然といえるでしょう。だからといって、患者さんに不利益になることをあえて記載する理由はありません。主治医として、この点だけは知っておいて損はないと思います。自覚症状だけで他覚所見が乏しい場合の対応はどうすればよいのでしょうか?交通事故診療で最も多い外傷性頸部症候群では、他覚所見に乏しい症例が多いです。身体所見や画像所見と比較して症状の訴えの強い患者さんを診ると、どうしても詐病が頭をよぎります。しかし、私たちの数千例に及ぶ経験では、交通事故診療で明らかに詐病と思われる症例は、さほど多くないのが実情です。たしかに、外傷性頸部症候群では自覚症状だけで他覚所見が乏しい症例は多いですが、彼らが全員ウソをついているわけではありません。単に現在の医療水準では、画像検査などで痛みなどの症状の原因を捉えきれていないだけだと考えるべきでしょう。私たち医師ができることは、客観的に診療することだけです。詐病が強く疑われるケースを除けば、粛々と治療を続けることが望まれます。

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第179回 驚きの新閣僚人事、武見厚労相は日医には大きな誤算?“ケンカ太郎”の息子が日医とケンカをする日

日医の族議員が2人も入閣こんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。日本のプロ野球は、セ・リーグで阪神タイガースの18年振りの優勝が決まりました。岡田 彰布監督が開幕前から「アレ」と言い続け半ば流行語になった「アレ」ですが、優勝後は「コレ」と言うのでしょうか。クライマックスシリーズ、そして、日本シリーズが楽しみです。それにしても、前任の矢野 燿大監督から岡田監督に代わっただけで翌年優勝とは。MLBで、オークランド・アスレチックスからボルチモア・オリオールズにチームが変わっただけで突然制球が良くなった元阪神の藤浪 晋太郎投手も謎ですが、阪神も相変わらず謎が多い球団ですね。さて今回は9月13日に発足した、第2次岸田第2次改造内閣について書いてみたいと思います。驚きだったのは、日本医師会の政治団体、日本医師連盟の支援を受けてきた武見 敬三参議院議員と、自見 英子参議院議員が、それぞれ厚生労働大臣と地方創生担当大臣(沖縄及び北方対策、他も担当)に起用されたことです。とくに1950年代から80年代まで長く日医会長を務め、政権や厚生省(当時)と渡り合った武見 太郎氏の三男である武見 敬三氏が厚生労働大臣に抜擢されたことは驚きを超え、一部からは呆れ声すら上がっています。武見 敬三氏は1995年の参議院議員選挙比例区で日本医師連盟推薦候補として初当選、その後東京選挙区に移りました。現在、武見氏の後援会会長は東京都医師会会長の尾崎 治夫氏です。武見氏が今でも日医系のいわゆる“族議員”であることは間違いありません。たとえば、ネットニュースを配信するアゴラは、9月13日、「医師会そのものが厚生労働大臣に?:武見敬三氏の起用で広がる波紋」と題するニュースを掲載、X(旧ツイッター)の投稿などで、「医師会そのものが大臣になったようなものだという痛烈な批判がみられます」「岸田政権は『利権に配慮し過ぎる』傾向があるという指摘も」「もはや現政権は一線を超えたとも言えます」などと書いています。岸田総理大臣のしたたかな日本医師会対策か?しかし、本当にそうなのでしょうか?単純に見れば、団体の族議員を関連の大臣として入閣させれば、その団体のやりたいように政策を進められると考えがちですが、私はむしろ逆ではないかと思います。むしろ、今回の武見氏入閣は、岸田 文雄総理大臣のしたたかな日本医師会対策に見えて思えてなりません。日医幹部たちは、表向き武見大臣誕生を喜びながら、内心「やられた!」と思っているかもしれません。閣僚経験なし、71歳の武見氏に任せる理由厚生労働大臣は今や要職です。一般会計歳出の実に3分の1が社会保障費で、最も国の予算を使うのが厚労省です。さらに、マイナ保険証に代表される医療DXの推進、2024年に予定される診療報酬・介護報酬同時改定、そして医師の働き方改革など、大きな課題が山積しています。そんな重要な役所である厚労省を、議員経験が長く医療や社会保障に詳しいと言われてきたものの、大臣経験がない、71歳という高齢の武見氏に任せる理由は何でしょう。もちろん、長年の厚労行政への関与に対する論功行賞的な意味合いもあるでしょう。また、これから推し進めようとする医療DXには日医をはじめとする医療関係団体の協力が不可欠、という理由も大きいでしょう。ただ、それよりも大きなポイントと考えられるのは、来年の診療報酬・介護報酬同時改定、すなわち医師に入る“カネ”の問題です。同時改定に向けて政府と日医の間で激しい攻防の予感次期改定を巡っては、物価高や賃上げの影響もあり、医療関係団体は報酬の引き上げを求めています。しかし、政府は少子化対策の財源に医療の歳出抑制を当て込んでおり、例年以上に難しい調整が予想されます。6月16日に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針2023」(骨太方針2023)は、少子化対策・こども政策のメニューが拡充された一方で、財源確保策をどうするかについて岸田首相は年末(診療報酬の改定率決定もこの頃)に先送りしました。今年の骨太には、「歳出改革等によって得られる公費の節減等の効果及び社会保険負担軽減の効果を活用することによって、国民に実質的な追加負担を求めることなく、『こども・子育て支援加速化プラン』を推進する」と書かれています。この文言を真に受けるなら、社会保険負担軽減、すなわち診療報酬・介護報酬の圧縮によって財源確保を行うことになります。もちろん、次期改定で物価高や人件費増は反映されるでしょうが、それ以外のプラスはほとんど考慮されないかもしれません。政府と日医の間で激しい攻防が予想されます。岸田首相の財務省寄りのスタンスは今でも変わっていないこの連載では、政府と日医の力関係について度々書いてきましたが、岸田首相の財務省寄りのスタンスは今でも変わっていないと考えられます(「第80回 『首相≒財務省』 vs.『厚労省≒日本医師会』の対立構造下で進む岸田政権の医療政策」参照)。その一つの表れが首相秘書官人事です。2023年7月、岸田首相の秘書官の一人に財務省主計局主計官の一松 旬氏が就任しました。一松氏は奈良県副知事や主計局調査課長などを歴任、前任の宇波 弘貴氏同様、社会保障分野に長く関わってきました。2018年、奈良県がぶち上げた地域別診療報酬構想(全国一律1点10円を都道府県ごとに設定できるようにする)を考えた人物とも言われています。仮に1点8円になれば、その県の診療報酬の総額は単純計算で20%減ります。当時、単純かつ効率的な医療費削減策ということで医療関係者の注目を集めました。この時は日医の猛反対もあり、地域別診療報酬の議論は広がりませんでした。しかし、そんな医療費削減に関して“急進派”の財務官僚を秘書官として登用する岸田氏が、日医の利益のために族議員を大臣にするとは考えられません。族議員として日医の意向を政府に伝える役回りだった武見氏を、厚労大臣という診療報酬の元締め役に就けることで、逆に日医の説得役、なだめすかし役として機能してもらうというのが岸田首相の本音のように見えますが、穿ち過ぎでしょうか。就任会見で「医療関係団体の代弁者ではない」と武見大臣日医の松本 吉郎会長は9月13日、改造内閣が発足したことを受けてコメントを発表、武見氏の入閣について「日本医師会と致しましては、誠に喜ばしい限りです。(中略)。エビデンスに基づく冷静沈着な分析と、その一方でラガーマンとして培われた熱血漢としての側面を持ち合わせる稀有の存在と尊敬しています。これまでの様々なご経験をもとに厚生労働行政においてその手腕を遺憾なく発揮されることと期待しております」とエールを送っています。一方、9月14日、厚労大臣として初の記者会見に臨んだ武見氏は、「新型コロナウイルス感染症への対応など、感染症対策の強化、更に安心安全なマイナ保険証を含む医療DX、医療介護福祉の向上に確実に取り組む。また、持続的な賃上げの実現に向けて、リスキリングによる能力向上支援、そして多様な人材が活躍できる環境整備に取り組みたい」と抱負を述べました。さらに、過去の選挙において日本医師連盟など医療関係団体の推薦を受けたことについて質問されると、「医療関係団体の代弁者ではない。国民の立場に立ってどのような政策を実現するべきかを考えるのが従来から私の一貫した立場だ」と語りました。ゴリゴリの政治家、というよりはどちらかというと学者肌の政治家武見氏は、政府と日医の間の調整役を担わされることになるでしょう。国や財務省の意向を大臣の立場で日医幹部に伝えるというのは、族議員としては相当タフな仕事と言えそうです。大臣就任後の記念撮影で武見氏の顔に笑顔がなかったのは、そのせいかもしれません。ところで武見氏は、元日医会長、太郎氏の三男ですが、医師ではありません。慶應義塾大学大学院で政治学を学んだ後、大学教員となり、テレビのニュースキャスターなどでも活躍、その後、参議院議員となっています。グローバルヘルスの分野では、国際的なネットワークを持っており、2011年に医学雑誌Lancetが日本特集号「国民皆保険達成から50年」を発刊した際は、日本国際交流センター・シニアフェローの立場で同号の国内実行委員会委員長を務めています。また、2019年には、世界保健機関(WHO)のユニバーサル・ヘルス・カバレッジ(UHC)親善大使に就任しています。そういった取り組みからも、武見氏はゴリゴリの政治家というよりは、どちらかというと学者肌の政治家と言えそうです。13期25年間も日本医師会長を務めた父親、太郎氏は、政府や厚生省の官僚に対する強い対決姿勢から“ケンカ太郎”とも呼ばれましたが、息子の敬三氏は父親の敵方とも言える厚労大臣になってしまいました。おそらく次の総選挙までの“つなぎ”の大臣だとは思われますが、はたして、武見大臣が日医と“ケンカ”をする日は来るのでしょうか。「医療関係団体の代弁者ではない」と言い切った武見氏の活躍に期待したいと思います。

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英語で「治療に当たる」は?【1分★医療英語】第98回

第98回 英語で「治療に当たる」は?This acute respiratory failure is likely due to heart failure exacerbation. Should we call cardiology?(この急性呼吸不全は心不全増悪による可能性が高いと思います。循環器内科にコンサルトすべきでしょうか?)Cardiology has already been on board.(循環器内科もすでに[この患者の]治療に当たっていますよ)《例文1》Both GI and general surgery are on board.(消化器内科と一般外科が共に[この患者の]治療に当たっています)《例文2》Is palliative care team on board?(緩和ケアチームは治療に当たって[コンサルト済み]ですか?)《解説》ここで出てくる“on board”の“board”は、もともとは「board=船などの床板」に由来しています。乗船時や飛行機の搭乗の際に、“Welcome on board.”という言葉を聞いたことがあるのではないでしょうか。すなわち、“on board”は「(船や飛行機などの)乗り物に乗り込む」という意味合いで、“Welcome on board.”と言えば、「ご搭乗ありがとうございます」という意味になります。そこから転じて、「研修医のローテーターや医学生が、病院やチームに新しく加入してきた」というようなシーンで、“Welcome on board.”(新しいチームにようこそ)という意味で使うことができるフレーズです。この“on board”は一般的な表現ですが、今回の例のように、医療者同士でのコミュニケーションでもよく使われます。“XX is on board.”という言い回しで、「XX科がフォローしています」「コンサルト済みです」といった意味になるのです。イメージとしては、「患者さんという船」に、「主治医チーム」のほかに「コンサルタントとして他科(たとえば循環器内科)」も乗船してきた、という感じです。そんなイメージを持って“Cardiology is on board.”と聞くと、「循環器内科も患者の診療に参加している」という意味合いがつかめるのではないでしょうか。もちろん、もっと直接的に“We consulted cardiology.”、“Cardiology is following this case.”などと言うこともできますが、英語はイディオム(習慣的な言い回し)が好まれる言語なので、このような表現も医療現場ではよく使われています。講師紹介

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第177回 コロナ前に逆戻りする人ほど、医療崩壊を見くびる傾向?

新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)の感染者報告が増加し続けている。ご存じのように新型コロナの感染拡大状況に関しては、感染症法上の分類が5類に移行してからは、定点報告に切り替わっている。その最初が2023年第19週(5月8〜14日)だが、この時の全国での定点当たりの感染者数は2.63人。その後、この数字はほぼ一貫して右肩上がりの増加を続け、最新の第35週(8月28日~9月3日)には20.50と約10倍にまで達している。しかし、東京都心の様子を見ている限りは、「どこ吹く風?」くらいの雰囲気だ。そうした中で、第35週の定点当たりの報告数が32.54人となり、都道府県別では全国第2位(1位は岩手県の35.24人)の宮城県医師会の会見を報じたテレビニュース映像がインターネット上で流れている。会見した宮城県医師会会長の佐藤 和宏氏の「医療現場は非常にひっ迫。助けられる命も助けられない」「これが医療崩壊。私はこの言葉が好きではないが、実際起こってみるとこれが医療崩壊なんだと思います。今はすでに『第9波』の中にいる」「やはりコロナはまだ終わっていないと思う。今更そんなこと言うなと、楽しくやりたい気持ちも私も十分わかるけど、身を守って、高齢者などの命を守るためには、まずマスクをしてほしい」という発言は、かなりの切迫感がこもっている。この発言、たまたま私は同じ宮城県出身であるため痛いほどわかる側面がある。宮城県と言えば、県庁所在地は杜の都で有名な仙台市で、事実上の東北地方の首都のような扱いでもある。その意味では医療的にも恵まれている部分もある。しかしながら、それは仙台市レベルで見ればであって、宮城県全体で俯瞰すると、やや状況が変わってくる。とくに病床数の多い総合病院の偏在はここでも大きな課題である。実際、私の実家のある町は、市区町村でいう町だが、人口は3万人を超える。にもかかわらず、町内には有床診療所しかない。確かに電車に乗って30分程度で仙台市内に辿り着けるし、車で10分程度も走れば隣接する自治体の総合病院にも行ける。「何も問題はないじゃないか?」と言われるかもしれないが、それは電車や自動車での移動に問題がないことが前提だ。このような医療提供体制で、新型コロナの定点報告数が30人を超えたらどのようになるかは容易に想像がつく。これは実際のデータからも窺い知ることができる。令和3(2021)年医療施設(動態)調査・病院報告によると、宮城県全体での人口10万人当たりの病床数は病院で1075.9床、一般診療所で61.6床。実は東北6県の中では最低値だ(もちろん多ければいいものではないことは百も承知である)。ちなみに人口約227万人の宮城県にいる日本感染症学会専門医は36人。これを、新型コロナの定点報告数が一時期30人を超えた沖縄県で見てみると、人口10万人当たりの病床数は病院で1267.4床、一般診療所で55.9床。人口約147万人に対する前述の感染症専門医数は26人。これに加え、宮城県の面積が沖縄県の3倍という事情を加味すれば、実のところ宮城県のほうが医療提供体制、感染症診療体制ともに脆弱と言っても過言ではない。さてこの報道に関する反応はざっくり言えば真っ二つである。医療従事者やある程度医療に知見のある人の多くは、この報道を淡々と引用し、注意喚起を促す方向が多いが、医療とはほぼ無縁の一般人では「また補助金目当てか?」「過去のインフルエンザ(以下、インフル)の流行時でこんなに騒いだか?」的な反応が散見される。「インフルで医療崩壊しなかったのにコロナで医療崩壊するのはおかしい」理論は時に医療従事者の一部も使う。確かにインフルの場合、厚生労働省・感染症サーベランス事業により発出される流行発生警報の基準は定点報告数30人が基準で、過去の警報発出時期に各地の医師会から医療崩壊を訴えることはほとんど聞かなかった。しかし、過去から繰り返しこの連載でも触れているように、新型コロナとインフルは大きく異なる。そもそも感染力が異なり、市中より明らかに警戒度・感染防止対策が進んでいるはずの医療機関内でも院内感染が容易に起こるという現実がある。当然ながら、受け入れる医療機関は相当警戒度を高めなければならず、スペック上の病床数や人員数は十分に機能しなくなる。しかも一般人側は、新型コロナに対し未だインフルほどの馴染みはないため、新型コロナ以前はインフルの疑いがあっても受診しなかった人の一部が、今は風邪様症状で受診する傾向がある。こうなれば当然、前述の医療崩壊が現実となる。よく「医療崩壊は日本の医療制度の欠陥が原因」という言説も耳にする。これは一理ありかもしれない。だが、その制度上の欠陥とは、大雨時に常にダムが無調整で放流を続けているかのような医療のフリーアクセスに行きつく。こうした主張をする人は、このフリーアクセスを制限したら、本当に日常の医療提供体制に満足するのだろうか? 私個人は甚だ疑問である。医療知識のない一般人の主張ならば、時と場合によって戯言と流しても良いが、医療従事者の一部がそういう主張をすると、いい加減にしてほしいと思うのは私だけではないだろう。新型コロナの5類移行以後を「ポストコロナ」時代と定義するなら、その時代に入り、いつまでこうした不毛な論争を続けなければならないのだろう。

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