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ヘルメットで甲状軟骨骨折【Dr. 倉原の“おどろき”医学論文】第189回

ヘルメットで甲状軟骨骨折いらすとやより使用ヘルメットは、致死的な頭部外傷のリスクを軽減させるとされている装具です(医学的エビデンスはよくわかりません)。道路交通法第63条によると、13歳未満の児童では自転車に乗る場合にも着用努力義務があります。親など大人が運転する自転車に、子どもを乗せる時にも適用されます。ヘルメットにはあごひも(バックル)があり、これが実は頸部に対するリスクになるのでは……、という議論があります。Ostby ET, et al.Helmet Clasp Cracks Larynx? A Case Series and Literature ReviewAnn Otol Rhinol Laryngol . 2018 Apr;127(4):282-284.これは、米国・カリフォルニア州にあるロマ・リンダ大学の単施設のケースシリーズです。自転車とオートバイの交通事故の後、甲状軟骨の骨折があった3人の診療録や画像データを見返すと、興味深いことがわかりました。3人には嗄声や嚥下障害という症状がありました。ヘルメットのあごひも(バックル)が甲状軟骨の直上にある場合、ヘルメットが後ろにずれたタイミングで、ひもが甲状軟骨を骨折させてしまうことがあるのです。通常の装着方法では、甲状軟骨よりももう少し上になってヘルメットも固定されていることが多いですが、やや甘めに装着してしまうと、ヘルメットが脱げたときにあごひも(バックル)が甲状軟骨に大きな力をかけてしまいます。過去の文献検索では、ヘルメットの使用に続発した喉頭損傷の報告は1例のみですが、高エネルギー外傷においては、このあごひも(バックル)による喉頭へのダメージが軽視されている可能性があります。甲状軟骨や輪状軟骨の骨折は、ときに気管の損傷を合併することがあります。Gussackの分類にもあるように(図)、頸部外傷部位に皮下気腫がみられる場合、緊急性が高いです。画像を拡大するとくに、首から掛けて“なんちゃってヘルメット装着”をしている中高生は注意です。ちなみに私が中高生のときは、ノーヘルでした。時代ですな。1)Gussack GS, et al. Laryngotracheal trauma: a protocol approach to a rare injury. Laryngoscope 1986; 96: 660-665

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子供の眼に刺さったものランキング【Dr. 倉原の“おどろき”医学論文】第188回

子供の眼に刺さったものランキングpixabayより使用もう救急現場からは遠のいてしまいましたが、研修医のとき眼外傷ほどこわいものはありませんでした。研修病院は、高速道路のインターチェンジの真横にあったので、たまに交通事故外傷が搬送されて来るんですが、私が人生で最初にみた高エネルギー外傷は、右腕がグニャグニャになったトラックの運転手でした。その人が「思ったほど痛くないッス」と私に話しかけてくれたのですが、その眼球に割れたミラーがブスっと刺さっていて、いまだに夢に出てきます……(ちなみに彼は元気に退院しました)。さて今日紹介するのは、子供の眼外傷に関する論文です。Guo Y, et al.Characteristics of paediatric patients hospitalised for eye trauma in 2007-2015 and factors related to their visual outcomesEye (Lond) . 2020 Jun 9. doi: 10.1038/s41433-020-1002-1.上海の単施設において、2007年1月~2015年12月の間に、眼外傷の治療を受けた16歳未満の子供の入院患者の診療録が収集されました。年齢、性別、外傷の種類、原因、合併症、入退院時の視力について調べました。合計2,211人の患児、合計2,231眼が登録されました。73.7%が男児で、61.2%が0〜6歳の子供でした。機械的な眼外傷は75.3%に見られ、なんと穿通性の損傷が59.8%に見られました。眼外傷の原因となったものは、はさみ(16.3%)、爆竹(8%)、鉛筆(4.9%)という結果でした。爆竹がランクインされるあたり、中国らしいなと思いますが、2倍以上の大差をつけて1位がはさみというのが怖いですね……。鉛筆もそうですが、そのままダイレクトに眼球に刺さるのを想像するだけでちょっと体が震えてしまいます。虹彩脱出、網膜剥離、眼内炎を起こしたケースでは、視力障害の予後不良と有意に関連していました。とにかく、はさみや鉛筆など、子供が触りそうなものには注意が必要です。今は「子供用」のはさみがあるので、日本では眼外傷は少ないと思いますが、鉛筆やペンなどの尖ったものは持たせないよう注意する必要があります。

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【第20回】プールの飛び込み失敗で肺挫傷

【第20回】プールの飛び込み失敗で肺挫傷そろそろプールが恋しくなる季節でしょうか。夏休みをどこで過ごすか計画中の医療従事者の方々も多いでしょう。肺挫傷といえば、高エネルギー外傷によって起こる重篤な肺の外傷性病変です。スポーツによる肺挫傷も報告がありますが、やはりフットボールなどの強い衝撃によって起こったものがほとんどです(Clin J Sport Med. 2006;16:177-178. )。しかし、ただのプールの飛び込みで肺挫傷を起こしたアメリカの症例報告があります。ちなみに私は水泳が驚くほど苦手で、プールに飛び込むことすらできません。運動音痴だと思われるのがイヤなので、陸上競技は得意であると、何となく付け加えておきます。Lively MW.Pulmonary contusion in a collegiate diver: a case report.J Med Case Rep. 2011;5:362.この症例報告によれば、19歳の男子大学生がプールの端にあった1メートルほどの飛び込み台からジャンプしたそうです。しかし、タイミングが合わなかったためか飛び込みに失敗してしまい、プールの水で胸を強打したそうです。通常であれば「いってー!」と言いながら赤くなった胸を周りに見せるのでしょうか、医学的にはほとんど問題ない衝撃だろうと思います。しかしながら驚くべきことに、彼の場合は飛び込み後に数mLの喀血を来しました。あわてて病院に搬送してもらったところ、胸部CTで軽度の肺挫傷が確認されました。軽度だったため、翌週には肺挫傷の陰影も消えていたそうです。胸部CT所見は気道出血の吸い込みをみていただけなのかもしれませんが、飛び込みだけでも出血を来すことがあるのですね。飛び込み外傷で多いのは頚椎損傷と誤解されがちですが、実際の頻度としてはかなり少ないそうです(J Trauma. 2001;51:658-662. )。必要がなければプールにはあえて飛び込まないほうが無難かもしれませんね。私のように水泳が得意ではない人は、プールについているハシゴを使って、静かにプールに入りましょう。

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【第1回】電車の上でサーフィンをすると高電圧熱傷のリスク

【第1回】電車の上でサーフィンをすると高電圧熱傷のリスクさて、夏ですから病院での仕事を離れてもいろいろなレジャーで子どもと遊ばなければならない方も少なくないでしょう。花火、キャンプ、バーベキュー、海水浴。初回は、サーフィンの話題を取り上げたいと思います。サーフィンはサーフィンでも、トレイン・サーフィン(Train surfing)です。ちなみに私は、生まれてこのかた、サーフィンをしたことはありません。 (写真注:) そんなことはさておき、トレイン・サーフィンとは読んで字のごとく電車の上でサーフィンをすることです。しかし、そんな危険なスポーツなど許されるはずがありません。トレイン・サーフィンとは運行中の電車の車体の外に乗って移動することを指します。しかし、一部の無謀な若者はスポーツのようにトレイン・サーフィンを楽しんでいるため、社会問題になっている国もあります。近年では、ロシア最速(250km/h)の高速列車「サプサン」へのトレイン・サーフィンがメディアに取り上げられました。写真注:混雑のため、乗客が車両の外側に乗っているバングラデシュの列車(Biswa Ijtema Dhaka Bangladesh Wikipediaより引用) 検索した限り、トレイン・サーフィンを扱った原著論文は1つだけ見つかりました。Lumenta DB, et al.Train surfing and other high voltage trauma: differences in injury-related mechanisms and operative outcomes after fasciotomy, amputation and soft-tissue coverage.Burns. 2011 Dec;37(8):1427-34.この論文は、オーストリアのウィーン医科大学のLumentaらが報告したもので、1994年1月から2008年12月まで高電圧熱傷で受診した患者さんのうち、12人のトレイン・サーファーと25人の他の原因による高電圧熱傷を比較したレトロスペクティブ試験です。トレイン・サーファーは他の高電圧熱傷の患者さんと比較して、平均年齢が非常に若く(15.8歳 vs. 33.3歳、p<0.0001)、体表面積のうち熱傷面積(%)が広範囲だった(49.7% vs. 21.5%)と報告されています。しかしながら、平均入院日数(52日 vs. 49日)や手術が必要であった患者数(4人 vs. 3人)には影響を与えませんでした。また、筋膜切開、四肢切断も両群とも同等でした。一方で、移植手術は有意にトレイン・サーファーの方が少なく(3人/12人 vs. 18人/25人、p=0.0153)、比較的軽症であったとされています。比較的トレイン・サーファーの熱傷が広範囲であるにもかかわらず、移植手術がさほど必要なかった理由として、トレイン・サーファーが高電圧熱傷を生じる際、電気と接触する時間がきわめて短かったためと考えられています。また、トレイン・サーファーは高電圧熱傷だけでなく、電車からの滑落や接触による外傷、衝突や轢断といった高エネルギー外傷を起こすことがあります。このような危険なトレイン・サーフィン、“百害あって一利なし”と言わざるを得ません。それでも人口の過密や文化的背景から、トレイン・サーフィンが根付いてしまっている地域も少なくなく、その被害者は後を断ちません。願わくは、スポーツとして自己顕示でトレイン・サーフィンをしている若者が、自らの命を落とすようなことがなくなればと思います。いかがだったでしょうか。普段読むことがあまりないような、興味深い医学論文をこれからもご紹介できればと思います。どうぞよろしくお願いします。

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交通事故による高エネルギー外傷の死亡例

救急医療最終判決平成15年10月24日 大阪高等裁判所 判決概要38歳の男性、単独交通事故(乗用車運転席)のケース。来院時の意識レベルはJCS 30であり、頭蓋内疾患を疑って頭部CTを施行したが異常なし。体表面の外傷として頬からあごにかけて、および左鎖骨部から頸肋部にかけて打撲痕がみられた。バイタルサインや呼吸状態は安定し、胸腹部X線は異常なし。血液検査ではCPK上昇197mU/mL(正常値10~130mU/mL)を除いて貧血などもみられなかった。経過観察目的で一般病棟に入院としたが、来院から約2時間後に容態が急変し、心嚢穿刺を含む救急蘇生を行ったが改善せず、受傷から3時間半後に死亡確認となった。詳細な経過患者情報38歳男性経過平成5年10月8日16:23乗用車を運転中、民家のブロック塀に衝突する自損事故で受傷。現場にスリップ痕が認められないことから、通常走行する程度の速度で衝突した事故と考えられた。乗用車は前部が大破しハンドルは作動不能であり、シートベルトは装着しておらず、乗用車にはエアバッグ装置もなかった。救急隊到着時の意識レベルはJCS(ジャパンコーマスケール)で200(刺激で覚醒せず、少し手足を動かしたり、顔をしかめる状態)であった(なお助手席同乗者は当初意識清明であったが、外傷性心破裂のため容態急変し、三次救急医療機関へ転送され18:40死亡)。16:47救急車で搬送。脳神経外科専門医が担当し、救急隊員からブロック塀に自動車でぶつかって受傷したという報告を受けた。初診時不穏状態であり、意味不明の発語があり、両手足を活発に動かしており、呼びかけに対しては辛うじて名字がいえる状態で意識状態はJCS 30R(痛み刺激を加えつつ呼びかけをくり返すと辛うじて開眼する不穏状態)と判断された。血圧158/26mmHg。頬からあごにかけて、および左鎖骨部から頸肋部にかけて打撲痕を認めたものの、呼吸様式、胸部聴診では問題なし。明らかな腹部膨満や筋性防御はなく、腸雑音の消失、亢進はなかった。また、四肢の動きには異常なく、眼位や瞳孔に異常はみられなかったが、振り子状の眼振を認めた。17:00頭部CT検査:異常なし17:12血算:貧血なし生化学:CPK 197mU/mL(正常値10~130mU/mL)17:22頭部、胸部、腹部の単純X線撮影:異常なし以上の所見から、とくに緊急な措置を要する異常はないものと判断し、入院・経過観察を指示。18:00消化器外科専門医が診察。腹部は触診で軟、筋性防御などの所見はなく、貧血を認めず、X線写真とあわせて経過観察でよいと判断した。脳神経外科医は入院時指示票に病名を頭部外傷II型、バイタルサイン4時間(4時間毎に血圧などの測定や観察)と記載して看護師に手渡した。18:30一般病室へ入院。軽度意識障害は継続していたが、呼吸は安定。点滴が開始された。脳神経外科担当医は家族へ病状を説明し、家族はいったん帰宅した。19:00看護師から血圧測定不能との連絡あり。血液ガス分析のための採血中に突然呼吸停止となり、胸骨圧迫式(体外式)心マッサージ、気管内挿管などの蘇生術を施行。胸部ポータブルX線検査では明らかな異常を認めず。ここで外傷性急性心タンポナーデを疑い、超音波ガイドを使用せずに左胸骨弓の剣状突起起始部から心嚢穿刺を試みたが、液体を得ることはできなかった。その後も懸命の救急蘇生を続けるが効果なし。20:07死亡確認。死亡診断書には胸部打撲を原因とする心破裂の疑いと記載した。病理解剖を勧めたが家族は拒否した。被告病院の救急体制被告病院は院長ほか33名の医師を擁し、二次救急医療機関に指定されている(ただし常勤の救急認定医あるいは救急指導医はいない)。当直業務は医師2名(外科系、内科系各1名)、看護師2名でこなしていたが、時間外にも外科医、麻酔科医、看護師などに連絡し30分程度の準備時間をかければ手術をすることができる態勢を整えていた。なお県内の高度救命三次救急医療機関までは救急車で30分~1時間以上要する距離にあった。当事者の主張患者側(原告)の主張死亡原因は心筋挫傷などによる外傷性急性心タンポナーデのため、胸部超音波検査を実施すれば、心嚢内の血液の貯留を発見し、外傷性急性心タンポナーデによる容態急変を未然に防ぐことができた。病院側(被告)の主張死因を外傷性急性心タンポナーデであると推定するA鑑定がある一方で、腹腔内出血とするB鑑定もあり、わが国の代表的な救急医療専門家でも死因の判断が異なることは、死因を特定するのが難しいケースである。このうちA鑑定は特殊救急部での実践を基準とし、平均的な救命救急センターの実態をはるかに超える人的にも物的にも充実した専門施設を前提とした議論を展開しており、そのレベルの医療機関に適時にアクセスできる救急医療体制の実現を目指した理想論である。本件当時、当該病院周辺にはそのような施設はなく、他府県でも一般的に存在しなかったので、理想論を基準として病院側の過失や注意義務違反を判断することはできない。裁判所の判断患者はシートベルトを装着しない状態で、ブレーキ痕もなくブロック塀に衝突しており、いわゆる「高エネルギー外傷」と考えられる。そして、血液生化学検査によりCPK 197mU/mLと異常値を示していたこと、受傷後約2時間半は循環動態が安定していたにもかかわらず19:00頃に容態急変したこと、心肺蘇生術にもかかわらずまったく反応がなかったことなどは、A鑑定が推測したように外傷性急性心タンポナーデの病態と合致する。一方、腹腔内出血が死亡原因であるとするB鑑定は、胸部正面単純X線撮影で中心陰影が縮小していないことから、急速な腹腔内出血が死亡原因であるとは考えられず、採用することはできない。このような救急患者を担当する医師は、高エネルギー外傷を受けた可能性が高いことを前提として診察をする必要がある。まず着衣は全て取り去り、全身の体表を調べ、外力が及んだ部位を把握し、脈拍数の測定、呼吸に伴う胸壁運動の確認、呼吸音の左右差や心雑音の有無、冷汗やチアノーゼ、頸動脈怒張の有無、意識レベル、腹部所見、四肢の状態を確認する。その後、心嚢液の貯留、胸腔内出血、腹腔内出血に焦点を絞って、胸腹部の超音波検査をする(この検査は数分あれば可能である)。その他動脈血ガス分析、血液生化学検査、さらに胸部と腹部の単純X線撮影、頸椎の正・側面撮影をする。以上の診察および検査は、高エネルギー外傷患者については症状がない場合でも必須である。そして、診察および検査により特別な異常がない場合でも、高エネルギー外傷患者は入院経過観察が必要で、バイタルサインは連続モニターするか頻回に測定する。また、初回の検査で異常がなくても、胸腹部の超音波検査をはじめは1~2時間間隔でくり返し行う。本件の担当医師は、高エネルギー外傷による軽度の意識障害を伴った患者に対し胸腹部の単純X線撮影、頭部CT検査、血液検査は施行したが、高エネルギー外傷で起こりやすい緊急度の高い危険な病態(急性心タンポナーデ、緊張性気胸、腹腔内出血、頸椎損傷など)に対する検査を実施していない。しかも看護師に対しバイタルサイン4時間等チェックという一般的な注意をしただけで、連続モニターしなかったのは不適切である。本件は受傷から2時間半後に容態急変した外傷性急性心タンポナーデが疑われる症例なので、もし入院・経過観察とした時点で速やかに胸部超音波検査を実施していれば、心嚢内の出血に気づき、ただちに心嚢穿刺により血液を吸引除去し、あるいは手術的に心嚢を開放(心嚢切開または開窓術)することによって確実に救命できた可能性が高い。もし心嚢切開または開窓術を実施できなければ、すみやかに三次救急医療機関に搬送すれば救命することができたので、担当医師の過失・注意義務違反は明らかである。我が国では年間約2千万人の救急患者が全国の病院を受診するのに対し、日本救急医学会によって認定された救急認定医は2,000名程度にすぎず、救急認定医が全ての救急患者を診療することは現実には不可能である。救急専門医(救急認定医と救急指導医)は首都圏や阪神圏の大都市部、それも救命救急センターを中心とする三次救急医療施設に偏在しているのが実情である。そのため大都市圏以外の地方の救急医療は、救急専門医ではない外科や脳外科などの各診療科医師の手によって支えられているのが我が国の救急医療の現実である。したがって、本件病院が二次救急医療機関として、救急専門医ではない各診療科医師による救急医療体制をとっていたのは、全国的に共通の事情であること、一般的に、脳神経外科医は研修医の時を除けば心嚢穿刺に熟達できる機会はほとんどなく、胸腹部の超音波検査を日常的にすることもないことなどは、被告担当医師の主張の通りである。そのような条件下では、被告医師は自らの知識と経験に基づき、脳神経外科医としては最善の措置を講じたと考えられるため、脳神経外科医に一般に求められる医療水準は十分に実践したことになる。しかし救急医療機関は、「救急医療について相当の知識および経験を有する医師が常時診療に従事していること」とされ、その要件を満たす医療機関を救急病院などとして都道府県知事が認定することになっている(救急病院などを定める省令1条1項)。また、救急医療機関に勤務する医師は、「救急蘇生法、呼吸循環管理、意識障害の鑑別、救急手術要否の判断、緊急検査データの評価、救急医療品の使用などについての相当の知識および経験を有すること」が求められている(昭和62年1月14日厚生省通知)から、担当医の具体的な専門科目によって注意義務の内容、程度が異なるというわけではなく、二次救急医療機関の医師として、救急医療に求められる医療水準の注意義務をはたさなければならない。したがって、二次救急医療機関に勤務する医師である以上、本件のような高エネルギー外傷患者には初診時から胸部超音波検査を実施し、心嚢内出血と診断をしたうえで必要な措置を講じるべきであり、もし必要な検査や措置を講じることができない場合には、ただちにそれが可能な医師に連絡を取って援助を求めるか、三次救急医療機関に転送することが必要であった。以上のとおり、被告医師には明らかな注意義務違反を認めることができる。原告側6,645万円の請求に対し、4,139万円の判決考察この判決では、医療現場の実情がほとんど考慮されず、理想論ばかりが展開されて担当医師のミスと断言されたようにも思います。おそらく、救急専門医にとっては「preventable death」と考える余地があるケースでしょうけれども、日本の救急医療を支えている多くの外科医、脳神経外科医、整形外科医などからみれば、きわめて不条理な判断ではないかと思われます。なぜなら、この裁判が指摘したのは、「外傷患者に胸部超音波検査を施行できない医師は二次救急医療機関の外科系当直をするな」、ということにもつながるからです。症例は38歳の男性、単独交通事故のケースでした。来院時の意識レベル30、バイタルサインは異常なし、すぐに頭蓋内疾患を疑って頭部CTを施行したが異常なし。体表面の外傷として頬からあごにかけて、および左鎖骨部から頸肋部にかけて打撲痕がありました。その他、胸腹部X線、血算でも貧血などの異常はなく、CPKが197mU/mL(正常値10~130mU/mL)と上昇していました。緊急で処置するべき病態はなかったものの、意識障害がみられたためとりあえず経過観察の入院としたことは、妥当な判断と思われます。ところが、入院後の経過はきわめて急激でした。16:23交通事故16:47救急搬送17:00頭部CT検査:異常なし17:12血算:貧血なし、生化学:CPK 197mU/mL(正常値10~130mU/mL)17:22頭部、胸部、腹部の単純X線撮影:異常なし18:00消化器外科医の診察で腹部異常所見なし18:30一般病室へ入院、家族はいったん帰宅19:00血圧測定不能、呼吸停止20:07死亡確認、死体解剖せず脳神経外科担当医は、来院から約1時間10分で一通りの初期評価を行い、頭蓋内出血など緊急で対応しなければならない病態は除外し、バイタルサインや呼吸状態は安定していたため一般病棟に観察入院としました。ところが病棟へ上がった30分後に容態急変、外傷性急性心タンポナーデも考えて研修医時代に経験したことのある心嚢穿刺にもトライしましたが血液は得られず、蘇生への反応はなく死亡したという経過です。けっしてこのケースは見逃し、怠慢、不注意などといった、最近のマスコミがしきりに喧伝しているような事故状況ではありませんでした。しかも、結果からいえば救命できなかった残念なケースですが、死体解剖の同意は得られず死亡原因も確定しませんでした。もし当初から血圧が低いとか、呼吸状態が悪いなどの所見がみられたのであれば、胸腹部損傷を積極的に疑って急変前から精査を勧めていたと思います。しかし、胸部X線写真で肋骨骨折や血気胸はなかったし、頭部CTでも異常がなければ、それ以外の命に関わる病態を想定して(たとえ無症状でも)胸部超音波検査を積極的に施行したり、自分で検査できなければ容態が安定しているうちに高次医療機関へ転送するというのは、非常に難しい判断であったと思います。それにもかかわらず、裁判官は以下のように考えました。死亡原因は外傷性急性心タンポナーデがもっとも疑われる(注:確定されていない!)患者の受傷形態は高エネルギー外傷であった高エネルギー外傷であれば最初から胸腹部損傷を考えて、たとえ症状がなくても胸腹部超音波検査をしなければならない(数分でできる簡単な検査である)初回検査で異常なくても、胸腹部超音波検査をはじめは1~2時間間隔でくり返し行うそうしていれば心タンポナーデを診断できた心タンポナーデとわかれば心嚢穿刺または心嚢切開で確実に救命できた心タンポナーデの診断・治療ができないのなら、受傷から容態急変までの約2時間半は循環動態も安定していたので、はじめから三次救急医療機関に搬送していればよかったこのように、裁判官はすべて「仮定」を前提とした論理を展開しているのがわかると思います。そもそも、直接の死亡原因すら確定していない状況で、「外傷性急性心タンポナーデ」と診断を決めつけ、それならば数分でできる胸部超音波検査で診断できるはずだ、診断できれば心嚢穿刺で血を抜くだけで助かるはずだ、だから医者の判断ミスだ、とされました。しかし、今回担当したような脳神経外科を専門とする医師に、胸部超音波検査で外傷性急性心タンポナーデをきちんと診断しなさい、とまで要求するのは、現実的には不可能ではないでしょうか。ましてや、搬送直後には循環器系、呼吸器系の異常もはっきりしなかったのですから、専門医にコンサルトするといった考えもまったくといってよいほどなかったと思います。ところが裁判官は法令の記述を引用して、二次救急医療機関には「救急蘇生法、呼吸循環管理、意識障害の鑑別、救急手術要否の判断、緊急検査データの評価、救急医療品の使用などについての相当の知識および経験を有する」医師をおかなければいけないから、たとえ専門外とはいえ外傷性急性心タンポナーデを適切に診断する注意義務がある、と断言しました。となれば、高エネルギー外傷が疑われる交通事故患者には無症状であってもルーチンで胸部超音波検査を施行せよとなり、さらに胸部超音波検査に慣れていない一般的な脳神経外科医は二次救急医療機関の当直をするべきではない、という極論にまで発展しかねません。一方救急専門医は、外傷による死亡には多くの「preventable death」が含まれているという苦い教訓から、ことあるごとに警鐘を鳴らしています。とくに外傷急性期の「preventable death」の原因としては、以下の「TAFなXXX」が重要です。心嚢内出血(cardiactamponade)気道閉塞(airway obstruction)フレイルチェスト(flaii chest)緊張性気胸(tension pneumothorax)開放性気胸(open pneumothorax)大量血胸(massive hemothorax)本件では救急専門医による鑑定で心嚢内出血による死亡と推測されました。そのため救急医の立場では、交通事故で胸を打った患者が運ばれてきたならば、初診時にバイタルサインや呼吸状態は落ち着いていても、「頬からあごにかけて、および左鎖骨部から頸肋部にかけて打撲痕を認めた」のならば、すぐさまFAST(focused assessment with sonography for trauma)をするべきだという考え方となります。これは救急専門医だからこそ求められるのではなく、「外傷初期治療での必須の手技」、すなわち外傷医ならば救急室のエコー検査に習熟せよ、とまでいわれるようになりました(詳細は外傷初期診療の日本標準テキスト:JATEC Japan Advanced trauma Evaluation and Careを参照ください)。つまり医学の進歩に伴って、二次救急医療機関の当直医に求められる医療水準がかなり高くなってきているということがいえます。とはいうものの、二次救急医療機関で働く多くの外科医、脳神経外科医、整形外科医などに、当直帯で外傷性急性心タンポナーデを適切に診断し救命せよというのは、今の医療現場ではかなり厳しい要求ではないでしょうか。このあたりのニュアンスは、実際に医師免許を取得して二次救急医療機関で働かなければわからないと思われ、たとえこのような判決が出ようとも、同じような症例がこれからもくり返される可能性が高いと思います。しかし、たとえ救急医ではなくても「preventable death」とならないように配慮する義務がわれわれ医師にはありますので、やはり外科系当直を担当する立場では、超音波検査で出血の有無だけはわかるようにしておかなければならないと思います。そして、本件のように最初は状態が安定していても、あっという間に急変して死亡に至るケースがあることを想定しつつ、患者およびその家族へ「万が一」のことを事前に説明することが大事でしょう。本件では受傷から約2時間後に「検査の結果は大丈夫です」と説明して、家族へは帰宅を許可しました。ところがその30分後には容態急変しましたので、「誤診があったのではないか」と家族が不審に思うのも無理はないと思います。このように救急患者の場合には、できる限り「病態悪化を想定した対応」が望まれ、そうすることによって不毛な医事紛争を未然に防ぐことができるケースも数多くあると思います。救急医療

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Dr.林の笑劇的救急問答6

第3回「気胸に絶叫 ! ? 」第4回「感染巣を捜し出せ ! 」 第3回 「気胸に絶叫 ! ? 」交通事故外傷などで、特に見逃してはならないのが緊張性気胸です。緊張性気胸の対応は一刻を争うため、全ての所見が揃わなくても処置をしなくてはならないケースがしばしば発生します。そこで、今回は次の3 点を到達目標に解説していきます。 1. 緊張性気胸に強くなる ! 2. 胸腔チューブ速攻裏技をゲットする ! 3. 気胸を見つける名人になる !実際の臨床現場で遭遇するのは希なことですが、命に関わる疾患のため、しっかりおさえてきっちり対応できるようにしておきましょう。 35歳男性 車対車の交通事故外傷で救急車搬送されてきた。車は大破。血圧90/70mmHg、脈拍120/m、15L酸素投与でSpO2 92%。病院到着時には意識喪失。気管挿管直後、脈が触知できなくなった。 28歳男性 交通事故の高エネルギー外傷だが意識はあり胸を痛がっている。右の呼吸音が減弱、皮下気腫(+)。血圧90/70mmHg、脈110/m、SpO2 94%。研修医は胸腔穿刺を実施しようとするがDr.林はそれを止める…第4回 「感染巣を捜し出せ ! 」Focus 不明の発熱では身体のどこかに感染症が潜んでいると疑われますが、患者が高齢で認知症や麻痺がある場合や、所見が揃わない場合など感染巣を特定するのが難しい事もあります。そんなとき感染巣を捜し出すには、患者の背景や生活スタイルをよく考えること、病歴から推察すること、そして何より身体所見を隈なくしっかり取ることがとても大事です。“患者さんの感染巣はどこにあるのか”を症例提示ドラマで一緒に考えながらご覧ください ! 88歳男性 深夜、発熱を主訴に数年前から入所しているナーシングホームから連れて来られた。認知症と脳梗塞後遺症で右片麻痺がある。研修医は各種検査を試みるも発熱の原因を特定できない。血圧130/60mmHg、脈100/m、体温38. 8℃、SpO2 98%。 82歳男性 Focus不明な高熱で孫がインフルエンザを疑い心配して来院した。前立腺肥大で同院に通院中のほか特記すべき既往はない。血圧100/50mmHg 、脈拍125 /m 、体温39.0℃、10L酸素投与後のSpO2 100%。

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