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第35回 尿管結石をどう見抜き、どう診るか【救急診療の基礎知識】

●今回のPoint1)尿管結石らしさを的確に見積もれるようになろう!2)ベッドサイドで診断をつけよう!3)血管病変は常に意識することは忘れないようにしよう!【症例】52歳男性。高血圧、脂肪肝で近医のクリニックに受診している。朝方左側腹部の痛みがあり、目が覚めてしまった。その後、痛みが改善せず救急外来を独歩受診した。待合室で1度嘔吐あり。●受診時のバイタルサイン意識清明血圧152/96mmHg脈拍96回/分(整)呼吸20回/分SpO299%(RA)体温36.4℃瞳孔3/3mm+/+尿管結石はいつ疑うかみなさんは、どんなときに尿管結石を疑いますか?たとえば、中年男性が「身の置き所のない」側腹部痛を訴えていたら、まず疑うでしょう。私自身は経験がありませんが、友人の何人かが本症にかかったことがあり、詳しく話を聞いてみると、みんな口を揃えて「あれは死ぬほど痛い!」と言っていました。救急外来では、尿管結石の症例によく遭遇しますが、本当に患者さんつらそうですよね。冷や汗をかきながら腰に手を当て、何とか楽な姿勢を探そうとするけれども、結局みつからない…そんな様子が典型的です。以前紹介したSTONE score(表1)にもあるように、嘔気や嘔吐、血尿、そして数時間以内に症状がピークに達することが尿管結石らしさを示す特徴です1)。表1 STONE score画像を拡大するただしその際、「尿管結石らしい症状」を示す、見逃してはならない他の疾患も同時に鑑別する必要があります(参考リンク:第19回 侮ってはいけない尿路結石)2)。鑑別すべき疾患については図にまとめましたが、とくに血管病変には注意が必要であることは、ぜひ意識しておきたいポイントです。図 尿管結石の鑑別診断尿検査は施行するかみなさんは、尿管結石を疑った際に尿検査を提出するでしょうか。尿管結石における尿潜血の感度・特異度は、それぞれ84%・48%とされており3)、尿検査のみで診断を確定できる「絶対的な指標」とは言えません。全国の医師を対象にしたあるアンケート調査によると、8,549人の医師の回答者のうち、82%の医師が「尿管結石を疑った際に尿検査を提出する」と回答しています4)。ただし、この設問では「尿管結石を疑った際に尿検査を提出しますか?」とだけ問われており、具体的な臨床状況の設定がなかったため、結果の解釈には注意が必要です。それでも、多くの医師が尿管結石を疑った際に尿検査を施行していることがうかがえます。尿検査は簡便で、かつ迅速に結果が得られるため、診断の補助として行われることが多いでしょう。ただし、重要なのは検査結果そのものよりも、検査前確率(pre-test probability)です。また、尿検査よりも優先して実施すべき、より有用な検査も存在します。腹痛診療における検査腹痛を訴える患者に対して実施すべき検査は何でしょうか。救急外来ではCT検査が多くオーダーされているのが実状ですが、これは決して悪いことではありません。ただし、超音波検査(US)が可能な環境であれば、まずはUSを行うべきでしょう。ベッドサイドで簡便に施行でき、被曝のリスクもありません。2025年に発表された『急性腹症ガイドライン2025第2版』でも、「急性腹症の画像診断で最初に行うべき形態学的検査は何か?」という問いに対して、「非侵襲性、簡便性、機器の普及度などの観点から、スクリーニング目的での超音波検査が第1選択であり、とくに妊婦や小児において推奨される」と記載されています5)。また、急性腹症に対して造影CT検査の適応を判断する上でも、まずUSを実施し、具体的な疾患を想起できるかどうかを評価することが重要です。目的意識なくCT検査を施行しても、その結果を適切に解釈することは困難です。造影剤アナフィラキシーは、以前に問題がなかった造影剤でも起こり得るため、無用な造影剤の使用は避けるべきです。検査は常に明確な目的を持って選択する必要があります。CHOKAI scoreの勧めSTONE scoreよりもお勧めしたいのが、日本発のscoreである「CHOKAI score」です(表2)6)。これはUS所見を含む7項目から構成されており、実臨床に即した評価が可能です。なかでも注目すべきは、US所見に重みが置かれている点であり、その点数配分からもその重要性がうかがえます。表2 CHOKAI score精度の高さも報告されており、実際の診療での有用性は高いと考えられます。ぜひ積極的に活用していただきたいscoreです。水腎症の有無を確認しつつ、大動脈の評価も併せて行えば、血管病変の見逃しも防げて万全でしょう。早期に尿管結石と判断できれば、除痛も迅速に行えるはずです。 1) Moore CL, et al. BMJ. 2014;348:g2191. 2) 坂本壮. 第19回 侮ってはいけない尿路結石【救急診療の基礎知識】 3) Luchs JS, et al. Urology. 2002;59:839-842. 4) 坂本壮. 臨床何でもコントラバシー. 日経メディカル. 2024. 5) 急性腹症診療ガイドライン2025 改訂出版委員会 編集. 急性腹症ガイドライン 2025 第2版. 医学書院.2025. 6) Fukuhara H, et al. Am J Emerg Med. 2017;35:1859-1866.

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“添付文書に従わない経過観察”の責任は?【医療訴訟の争点】第8回

症例薬剤の添付文書には、使用上の注意や重大な副作用に関する記載があり、副作用にたりうる特定の症状が疑われた場合の処置についての記載がされている。今回は、添付文書に記載の症状が「疑われた」といえるか、添付文書に記載の対応がなされなかった場合の責任等が争われた京都地裁令和3年2月17日判決を紹介する。<登場人物>患者29歳・女性妊娠中、発作性夜間ヘモグロビン尿症(発作性夜間血色素尿症:PNH)の治療のためにエクリズマブ(商品名:ソリリス)投与中。原告患者の夫と子被告総合病院(大学病院)事案の概要は以下の通りである。平成28年(2016年)1月妊娠時にPNHが増悪する可能性を指摘されていたため、被告病院での周産期管理を希望し、被告病院産科を受診。4月4日被告病院血液内科にて、PNHの治療(溶血抑制等)のため、エクリズマブの投与開始(8月22日まで、薬剤による副作用はみられず)7月31日出産のため、被告病院に入院(~8月6日)8月22日午前被告病院血液内科でエクリズマブの投与を受け、帰宅昼過ぎ悪寒、頭痛が発生16時55分本件患者は、被告病院産科に電話し、午前中にエクリズマブの投与を受け、その後、急激な悪寒があり、39.5℃の高熱があること、風邪の症状はないこと等を伝えた。電話対応した助産師は、感冒症状もなく、乳房由来の熱発が考えられるとし、本件患者に対し、乳腺炎と考えられるので、今晩しっかりと授乳をし、明日の朝になっても解熱せず乳房トラブルが出現しているようであれば、電話連絡をするよう指示した。21時18分本件患者の母は、被告病院産科に電話し、熱が40℃から少し下がったものの、悪寒があり、発汗が著明で、起き上がれないため水分摂取ができず脱水であること、手のしびれがあること、体がつらいため授乳ができないこと等を伝えた。21時55分被告病院産科の救急外来を受診し、A医師が診察。診察時、血圧は95/62 mmHgであり、SpO2は98%、脈拍は115回/分、体温は36.3℃(17時に解熱鎮痛剤服用)、項部硬直及びjolt accentuation(頭を左右に振った際の頭痛増悪)はいずれも陰性であった。22時45分乳腺炎は否定的であること、エクリズマブの副作用の可能性があること等から、被告病院血液内科に引き継がれ、B医師が診察した。診察時、本件患者の意識状態に問題はなく、意思疎通可能、移動には介助が必要であるものの短い距離であれば介助なしで歩行可能であった。血液検査(22時15分採血分)上、白血球、好中球、血小板はいずれも基準値内であった。23時30分頃経過観察のため入院となった。8月23日4時25分本件患者の全身に紫斑が出現、血圧67/46mmHg、血小板数3,000/μLとなり、敗血症性ショックと播種性血管内凝固症候群(DIC)の病態に陥った。抗菌薬(タゾバクタム・ピペラシリン[商品名:ゾシンほか])が開始された。10時43分敗血症性ショックとDICからの多臓器不全により、死亡。8月24日本件患者の細菌培養検査の結果が判明し、血液培養から髄膜炎菌が同定された。8月29日薬剤感受性検査の結果、ペニシリン系薬剤に感受性あることが判明した。実際の裁判結果本件では、(1)エクリズマブの副作用につき血液内科の医師が産科の医師に周知すべき義務違反、(2)8月22日夕方に電話対応した助産師の受診指示義務違反、(3)8月22日夜の救急外来受診時の投薬義務違反等が争われた。本稿では、このうちの(3)救急外来受診時の投薬義務違反について取り上げる。本件で問題となったエクリズマブの添付文書には、以下のように記載されている。※注:以下の内容は本件事故当時のものであり、2024年9月に第7版へ改訂されている。「重大な副作用」「髄膜炎菌感染症を誘発することがあるので、投与に際しては同感染症の初期徴候(発熱、頭痛、項部硬直、羞明、精神状態の変化、痙攣、悪心・嘔吐、紫斑、点状出血等)の観察を十分に行い、髄膜炎菌感染症が疑われた場合には、直ちに診察し、抗菌薬の投与等の適切な処置を行う(海外において、死亡に至った重篤な髄膜炎菌感染症が認められている。)。」「使用上の注意」「投与により髄膜炎菌感染症を発症することがあり、海外では死亡例も認められているため、投与に際しては、髄膜炎菌感染症の初期徴候(発熱、頭痛、項部硬直等)に注意して観察を十分に行い、髄膜炎菌感染症が疑われた場合には、直ちに診察し、抗菌剤の投与等の適切な処置を行う。髄膜炎菌感染症は、致命的な経過をたどることがある」この「疑われた場合」の解釈につき、患者側は、「疑われた場合」は「否定できない場合」とほぼ同義であり、症状からみて髄膜炎菌感染症の可能性がある場合には「疑われた場合」に当たる旨主張した。対して、被告病院側は、「疑われた場合」に当たると言えるためには、「否定できない場合」との対比において、「積極的に疑われた場合」あるいは「強く疑われた場合」であることが必要である旨を主張した。このため、添付文書に記載の「疑われた場合」がどのような場合を指すのかが問題となった。裁判所は、添付文書の上記記載の趣旨が、エクリズマブは髄膜炎菌を始めとする感染症を発症しやすくなるという副作用を有し、髄膜炎菌感染症には急速に悪化し致死的な経過をたどる重篤な例が発生しているため、死亡の結果を回避するためのものであることを指摘し、以下の判断を示した(=患者側の主張を積極的に採用するものではないが、被告病院側の主張を排斥した)。積極的に疑われた場合または強く疑われる場合に限定して理解することは、その趣旨に整合するものではない少なくとも、強くはないが相応に疑われる場合(相応の可能性がある場合。他の鑑別すべき複数の疾患とともに検討の俎上にあがり、鑑別診断の対象となり得る場合)を含めて理解する必要がある添付文書の警告の趣旨・理由を強調すると、可能性が低い場合かほとんどゼロに近い場合(単なる除外診断の対象となるにすぎない場合)を含めて理解する余地があるその上で、裁判所は、以下の点を指摘し、本件は添付文書にいう「疑われた場合」にあたるとした。『入院診療計画書』には、「細菌感染や髄膜炎が強く疑われる状況となれば、速やかに抗生剤を投与する」ために入院措置をとった旨が記載されており、担当医は、髄膜炎菌感染症を含む細菌感染の可能性について積極的に疑っていなくとも、相応の疑いないし懸念をもっていたと解されること(CRPや白血球の数値が低い点はウイルス感染の可能性と整合する部分があるものの)ウイルス感染であれば上気道や気管の炎症を伴うことが多いのに、本件でその症状がなかった点は、これを否定する方向に働く事情であり、ウイルス感染の可能性が高いと判断できる状況ではなかったといえること(CRPや白血球の数値が低いことは細菌感染の可能性を否定する方向に働き得る事情ではあるものの)細菌感染の場合、CRPは発症から6~8時間後に反応が現れるといわれており、それまではその値が低いからといって細菌感染の可能性がないとは判断できず、疑いを否定する根拠になるものではないこと。同様に、白血球の数値も重度感染症の場合には減少することもあるとされており、同じく細菌感染の疑いを否定する根拠になるものではないことそして、裁判所は「細菌感染の可能性を疑いながら速やかに抗菌薬を投与せず、また、(省略)…細菌感染の可能性について疑いを抱かなかったために速やかに抗菌薬を投与しなかったといえるから、いずれにしても速やかに抗菌薬を投与すべき注意義務に違反する過失があったというべき」として、被告病院担当医の過失を認めた。この点、被告病院は「すぐに抗菌薬を投与するか経過観察をするかは、いずれもあり得る選択であり、いずれかが正しいというものではない」として医師の裁量である旨を主張したが、裁判所は、以下のとおり判示し、添付文書に従わないことを正当化する合理的根拠とならないとした。「あえて添付文書と異なる経過観察という選択が裁量として許容されるというためには、それを基礎づける合理的根拠がなければならないところ、細菌感染症でない場合に抗菌薬を投与するリスクとして、抗菌薬投与が無駄な治療になるおそれ、アレルギー反応のリスク、肝臓及び腎臓の障害を生じるリスク、炎症の原因判断が困難になるリスクが考えられるが、これらのリスクは、髄膜炎菌感染症を発症していた場合に抗菌薬を投与しなければ致死的な経過をたどるリスクと比較すると、はるかに小さいといえるから、添付文書に従わないことを正当化する合理的根拠となるものではない」注意ポイント解説本件では、添付文書において「髄膜炎菌感染症が疑われた場合には、直ちに診察し、抗菌薬の投与等の適切な処置を行う」となっているところ、抗菌薬の投与等がなされないまま経過観察となっていた。そのため、「疑われた場合」にあたるのか、あたるとして経過観察としたことが医師の裁量として許容されるのかが問題となった。添付文書の記載の解釈について判断が示された比較的新しい裁判例である上、添付文書でもよく目にする「疑われた場合」に関する解釈を示した裁判例として注目される。「疑われた場合」の判断において本判決は、その記載の趣旨が、エクリズマブは髄膜炎菌を始めとする感染症を発症しやすくなる副作用を有し、髄膜炎菌感染症は急速に悪化し致死的な経過をたどる例があり、そのような結果を避けるためであることを理由とする。そのため、本判決の判断が、他の薬剤の添付文書の解釈でも同様に妥当するとは限らない。とくに、可能性が低い場合かほとんどゼロに近い場合(単なる除外診断の対象となるに過ぎない場合)を含めて理解する余地があるかについては、生じうる事態の軽重によりケースバイケースで判断されることとなると考えられる。しかしながら、一定の悪しき事態が生じうることを念頭に添付文書の記載がなされていることからすると、添付文書に「疑われた場合」とある場合は、強くはないが相応に疑われる場合(相応の可能性がある場合。他の鑑別すべき複数の疾患とともに検討の俎上にあがり、鑑別診断の対象となり得る場合)を含めるものとされる可能性が高いと認識しておくことが無難である。また、本判決は、添付文書と異なる対応をすることが医師の裁量として許容されるかについて、生じうるリスクの重大性を比較しており、生じ得るリスクの重大性の比較が考慮要素の一つとして斟酌されることが示されており参考になる。もっとも、添付文書の記載に従ったほうが重大な結果が生じるリスクが高い、という事態はそれほど多くはないと思われるうえ、そのような重大な事態が生じるリスクが高いことを立証することは容易ではないと考えられる。このため、前回(第7回:造影剤アナフィラキシーの責任は?)にコメントしたように、添付文書の記載と異なる使用による責任が回避できるとすれば、それは必要性とリスク等を患者にきちんと説明して同意を得ている場合がほとんどと考えられる(ただし、医師の行ったリスク説明が誤っている場合には、患者の同意があったとして免責されない可能性がある)。なお、本件薬剤の投与にあたり、患者に「患者安全性カード」(感染症に対する抵抗力が弱くなっている可能性があり、感染症が疑われる場合は緊急に診療し必要に応じて抗菌剤治療を行う必要がある旨が記載されたもの)が交付されており、診療にあたりすべての医師に示すように伝えられていたものの、このカードが示されなかったという事情がある。しかし、裁判所は、患者からは本件薬剤の投与を受けている旨の申告がされており、このカードの記載内容は添付文書にも記載されているとして、患者からカードの提示がなかったことが医師の判断を誤らせたという関係にはないとしている。医療者の視点本判決の焦点は、添付文書の記載の解釈でした。しかし、一臨床医としてより重要と考えた点は、「普段使用することが少ない薬剤であっても、しっかりと添付文書を確認し、副作用や留意点に目を通しておく必要がある」ということです。本件においても、関係した医療者がエクリズマブという比較的新しい薬剤の副作用を熟知していれば、あるいは処方した医師や薬剤師から情報共有がなされていれば、このような事態は回避できたかもしれません。エクリズマブの適応疾患は非常に限られており、使用経験のある医師は少ないと考えられます。たとえそのような稀にしか使用されることがない薬剤であっても、その副作用を熟知しておかなければならない、という教訓を示した案件と考えました。昨今は目まぐるしい速度で新薬が発表されています。常に知識・情報をアップデートしていないと、本件のようなトラブルを引き起こしかねません。多忙な勤務の中、各科の学会誌やガイドラインを熟読することは困難です。医療系のウェブサイトやSNSなどを有効的に活用し、効率よく情報を刷新していくことも重要と考えます。Take home message普段使用することが少ない薬剤であっても、その副作用や留意点を熟知しておく必要がある。添付文書に「疑われた場合」とある場合は、強くはないが相応に疑われる場合(相応の可能性がある場合。他の鑑別すべき複数の疾患とともに検討の俎上にあがり、鑑別診断の対象となり得る場合)を含めるものとされる可能性が高い。副作用と疑われる症状が発症した場合、副作用であることを念頭に添付文書の推奨に従って対応することが望ましく、もし添付文書と異なる対応をする場合、患者や家族に十分な説明を行う必要がある。キーワード添付文書(能書)の記載事項と過失との関係最高裁平成8年1月23日判決が、以下のように判断しており、これが裁判上の確立した判断枠組みとなっているため、添付文書の記載と異なる対応の正当化には医学的な裏付けの立証が必要であり、それができない場合には過失があるものとされる。「医薬品の添付文書(能書)の記載事項は、当該医薬品の危険性(副作用等)につき最も高度な情報を有している製造業者又は輸入販売業者が、投与を受ける患者の安全を確保するために、これを使用する医師等に対して必要な情報を提供する目的で記載するものであるから、医師が医薬品を使用するに当たって右文書に記載された使用上の注意事項に従わず、それによって医療事故が発生した場合には、これに従わなかったことにつき特段の合理的理由がない限り、当該医師の過失が推定されるものというべきである」

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造影剤アナフィラキシーの責任は?【医療訴訟の争点】第7回

症例日常診療において、造影剤を使用する検査は多く、時にその使用が不可欠な症例もある。しかしながら、稀ではあるものの、造影剤にはアナフィラキシーショックを引き起こすことがある。今回は、造影剤アレルギーの患者に造影剤を使用したところアナフィラキシーショックが生じたことの責任等が争われた東京地裁令和4年8月25日判決を紹介する。<登場人物>患者73歳・男性不安定狭心症。経皮的冠動脈インターベンション(PCI)後。原告患者本人(常に両手がしびれ、身体中に痛みがあり、自力歩行ができない状態)被告総合病院(大学病院)事案の概要は以下の通りである。平成14年(2002年)11月不安定狭心症と診断され、冠動脈造影検査(CAG)にて左冠動脈前下行枝に認められた99%の狭窄に対し、PCIを受けた。平成20年(2008年)1月再び不安定狭心症と診断され、CAGにて右冠動脈に50~75%、左冠動脈前下行枝に50%、左冠動脈回旋枝に75%の狭窄が認められ、薬物治療が開始された。平成23年(2011年)1月CAGにて右冠動脈に75%、左冠動脈前下行枝に75%、左冠動脈回旋枝に75%の狭窄が認められ、PCIを受けた。平成29年(2017年)2月28日心臓超音波検査にて、心不全に伴う二次性の中等度僧帽弁閉鎖不全と診断された。3月9日CAGにて右冠動脈に75%、左冠動脈回旋枝に50%の狭窄が認められた。このとき、ヨード造影剤(商品名:イオメロン)が使用され、原告は両手の掻痒感を訴えた。被告病院の医師は、軽度のアレルギー反応があったと判断し、PCIを行うにあたってステロイド前投与を実施することとした。3月14日前日からステロイド剤を服用した上で、ヨード造影剤(イオメロン)を使用してPCIが実施された。アレルギー反応はみられなかった。令和元年(2019年)7月19日ヨード造影剤(オムニパーク)を用いて造影CT検査を実施。使用後、原告に結膜充血、両前腕の浮腫および体幹発赤が見られ、造影剤アレルギーと診断された。9月17日心臓超音波検査にて、左室駆出率が20%に低下していることが確認された。9月25日前日からステロイド剤を服用した上で、CAGのためヨード造影剤(イオメロン)が投与された(=本件投与)。その後、収縮期血圧50 mmHg台までの血圧低下、呼吸状態の悪化が出現し、アナフィラキシーショックと診断された。CAGは中止となり、集中治療室で器械による呼吸補助、昇圧剤使用等の処置が実施された。9月26日一般病棟へ移動10月3日退院実際の裁判結果本件では、(1)ヨード造影剤使用の注意義務違反、(2) ヨード造影剤使用リスクの説明義務違反等が争われた。本稿では、主として、(1) ヨード造影剤使用の注意義務違反について取り上げる。裁判所は、まず、過去の最高裁判例に照らし「医師が医薬品を使用するに当たって、当該医薬品の添付文書に記載された使用上の注意事項に従わず、それによって医療事故が発生した場合には、これに従わなかったことにつき特段の合理的理由がない限り、当該医師の過失が推定される」との判断基準を示した。そして、本件投与がされた令和元年9月時点のイオメロンの添付文書に「ヨード又はヨード造影剤に過敏症の既往歴のある患者」に対しての投与は禁忌と記載されていたことを指摘した上で、原告が過去にヨード造影剤の投与により、両手の掻痒感の症状が生じていたことや、結膜充血、両前腕の浮腫および体幹発赤の症状が生じたことを指摘し、原告は投与が禁忌の「ヨード又はヨード造影剤に過敏症の既往歴のある患者」に当たるとした。そのため、裁判所は「被告病院の医師は、令和元年9月、原告に対してヨード造影剤であるイオメロンを投与し(本件投与)、その結果、原告はアナフィラキシーショックを起こしたから、上記添付文書の記載に従わなかったことにつき特段の合理的理由がない限り、被告病院の医師の過失が推定される」とした。上記から、過失の推定を覆す事情が認められるかが問題となるが、裁判所は、主として以下の3点を指摘し、「実際の医療の現場では、本件提言を踏まえて、過去のアレルギー反応等の症状の程度、ヨード造影剤の投与のリスク及び必要性を勘案して、事例毎にヨード造影剤の投与の可否が判断されていた」と認定した。(1)日本医学放射線学会の造影剤安全性管理委員会は、ヨード造影剤に対する中等度又は重度の急性副作用の既往がある患者に対しても、直ちに造影剤の使用が禁忌となるわけではなく、リスク・ベネフィットを事例毎に勘案してヨード造影剤の投与の可否を判断する旨の提言を出していること(2)被告病院は、提言を踏まえ、リスク・ベネフィットを事例毎に勘案してヨード造影剤の投与の可否を判断していたほか、急性副作用発生の危険性低減のためにステロイド前投与を行うとともに、副作用発現時への対応を整えていたこと(3)「ヨード又はヨード造影剤に過敏症の既往歴のある患者」に対してもリスク・ベネフィットを事例毎に勘案してヨード造影剤の投与の可否を判断していた病院は、他にもあったことその上で裁判所は、「過去のアレルギー反応等の症状の程度、ヨード造影剤の投与のリスク及び必要性等の事情を勘案して原告に対して本件投与をしたことが合理的といえる場合には、上記特段の合理的理由(注:添付文書の記載に従わなかった合理的理由)があったというべき」とした。そして、投与が合理的か否かについて、以下の点を指摘し、投与の合理性を認めて過失を否定した。過去のアレルギー反応等の症状の程度は、軽度又は中等度に当たる余地があるものであったこと原告に対しては心不全の原因を精査するために本件投与をする必要があったこと被告病院の医師は、ステロイド前投与を行うことによって原告にアレルギー反応等が生じる危険性を軽減していたこと被告病院では副作用が発現した時に対応できる態勢が整っていたこと注意ポイント解説本件では、添付文書において「禁忌」とされている「ヨード又はヨード造影剤に過敏症の既往歴のある患者」に対してヨード造影剤が投与されていた。この点、医師が医薬品を使用するに当たって添付文書に記載された使用上の注意事項に従わなかったことによって医療事故が発生した場合には、添付文書の記載に従わなかったことにつき特段の合理的理由がない限り、当該医師の過失が推定されるとするのが判例である(最高裁平成8年1月23日判決)。このため、添付文書で禁忌とされている使用をした場合、推定された過失を否定することは一般には困難である。本件は、この過失の推定が覆っているが、このような判断に至ったのは、学会の造影剤安全性管理委員会が、ヨード造影剤に対する中等度又は重度の急性副作用の既往がある患者に対しても、直ちに造影剤の使用が禁忌となるわけではないとし、添付文書の記載どおりに禁忌となるわけではない旨の提言をしていたこと被告病院だけでなく、他の病院も、提言を踏まえ、リスク・ベネフィットを事例毎に勘案して投与の可否を判断していたことという事情があり、禁忌であっても諸事情を考慮して使用されているという医療現場の実情を立証できたことが大きい。この点に関してさらに言えば、医療慣行が当然に正当化されるわけではない(医療慣行に従っていても過失とされる場合がある)ため、学会の提言を起点として、他の病院でも同様の対応をしていたことが大きな要素と考えられる。これは学会の提言に限らず、ガイドラインのような一般化・標準化されたものであっても同様と考えられる。もっとも、学会やガイドラインが、添付文書で禁忌とされている医薬品の使用について明記するケースは非常に少ないため、本判決と同様の理論で過失推定を覆すことのできる例は多くはないと思われる。そのため、多くの場合は、添付文書の記載と異なる対応を行うことに医学的合理性があること、及び、類似の規模・特性の医療機関においても同様に行っていること等をもって過失の推定を覆すべく対応することとなるが、その立証は容易ではない。したがって、添付文書の記載と異なる使用による責任が回避できるとすれば、それは必要性とリスク等を患者にきちんと説明して同意を得ている場合がほとんどと考えられる。医療者の視点われわれが日常診療で使用する医薬品には副作用がつきものです。とくにアナフィラキシーは時に致死的となるため、細心の注意が必要です。今まで使用したことがある医薬品に対してアレルギーがある場合、そのアレルギー反応がどの程度の重症度であったか、ステロイドで予防が可能であるか、などを加味して再投与を検討することもあるかと思います。「前回のアレルギーは軽症であったろうから今回も大丈夫だろう」「ステロイドの予防投与をしたから大丈夫だろう」と安易に考え、アレルギー歴のある薬剤を再投与することは、本件のようなトラブルに進展するリスクがあり要注意です。医薬品にアレルギー歴がある患者さんに対しては、そのアレルギーの重症度、どのように対処したか、再投与されたことはあるか、あった場合にアレルギーが再度みられたか、ステロイドの予防投与でアレルギーを予防できたか、等々の詳細を患者さんまたは家族からしっかりと聴取することが肝要です。そのうえで、医薬品の再投与が可能かどうかを判断することが望ましいです。Take home message「ヨード又はヨード造影剤に過敏症の既往歴のある患者」に対するヨード造影剤の使用は、学会の提言に従い、リスク・ベネフィットを事例毎に勘案し、リスク発症時の態勢等を整えた上で対応されていれば、責任を回避できる場合もある。もっとも、一般に、添付文書の記載と異なる使用による事故の責任を回避することは容易でないため、必要性とリスクについて患者に対する説明を尽くすことが重要である。キーワード医療水準と医療慣行裁判例上、医療水準と医療慣行とは区別されており、「医療水準は医師の注意義務の基準(規範)となるものであるから、平均的医師が現に行っている医療慣行とは必ずしも一致するものではなく、医師が医療慣行に従った医療行為を行ったからといって、医療水準に従った注意義務を尽くしたと直ちにいうことはできない」とされている。このため、たとえば、他の病院でも添付文書の記載と異なる使用をしているという事情があるとしても、そのことをもって添付文書の記載と異なる使用が正当化されることにはならず、正当化には医学的な裏付けが必要である。

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急性期脳梗塞の血栓除去術、バルーンガイドカテーテルは有用か/Lancet

 前方循環の大血管閉塞による急性期虚血性脳卒中患者に対する血管内血栓除去術において、従来のガイドカテーテルを使用した場合と比較してバルーンガイドカテーテルは、むしろ機能回復が不良であり、死亡率も高い傾向にあることが、中国・海軍軍医大学長海病院のJianmin Liu氏らが実施した「PROTECT-MT試験」で示された。研究の詳細は、Lancet誌2024年11月30日号に掲載された。中国の無作為化対照比較試験 PROTECT-MT試験は、急性期虚血性脳卒中の血管内血栓除去術におけるバルーンガイドカテーテルの有効性と安全性の評価を目的とする非盲検(エンドポイント評価は盲検下)無作為化対照比較試験であり、2023年2~11月に中国の28の病院で患者を登録した(中国国家自然科学基金などの助成を受けた)。 年齢18歳以上の急性期虚血性脳卒中で、修正Rankin尺度(mRS)のスコア(0[症状なし]~6[死亡]点)が0または1点であり、現地のガイドラインで症状発現から24時間以内に血管内血栓除去術を受けることが可能な患者を対象とした。 これらの患者を、バルーンガイドカテーテルまたは従来のガイドカテーテルを使用する群に、1対1の割合で無作為に割り付けた。臨床アウトカムのデータを収集する医師は、割り付け情報を知らされなかった。 主要アウトカムは機能回復とし、ITT集団における90日後のmRSスコアの変化で評価した。死亡率も高い傾向に 329例を登録し、バルーンガイドカテーテル群に164例、従来型ガイドカテーテル群に165例を割り付けた。全体の年齢中央値は69歳(四分位範囲[IQR]:59~76)、128例(39%)が女性であった。ベースラインのNIHSSスコア中央値は15点(IQR:11~20)、ASPECTS中央値は8点(6~9)だった。 90日の時点におけるmRSスコア中央値は、従来型ガイドカテーテル群が3点(IQR:2~5)であったのに対し、バルーンガイドカテーテル群は4点(2~5)と有意に悪化していた(補正後共通オッズ比:0.66、95%信頼区間[CI]:0.45~0.98、p=0.037)。 また、安全性のアウトカムである90日時の全死因死亡率(mRS 6点)は、数値上はバルーンガイドカテーテル群のほうが高かったが有意差はなかった(39例[24%]vs.26例[16%]、リスク比[RR]:1.51、95%CI:0.97~2.36、p=0.068)。 頭蓋内出血(バルーンガイドカテーテル群36% vs.従来型ガイドカテーテル群32%、RR:1.12、95%CI:0.83~1.51、p=0.46)および症候性頭蓋内出血(15% vs.11%、1.34、0.76~2.38、p=0.31)の発生率には両群間に差を認めなかった。内頸動脈の重度血管攣縮の頻度が高い とくに注目すべき手技関連合併症では、内頸動脈の重度の血管攣縮の頻度がバルーンガイドカテーテル群で高かった(4% vs.1%、RR:7.04、95%CI:1.15~43.75、p=0.037)。ガイドカテーテル関連の血管解離、血栓除去術関連の血管解離、造影剤の血管外漏出、大腿動脈アクセス関連の合併症の発生率には両群間に差はなかった。 著者は、「本試験は早期中止となっており、治療器具の異質性(さまざまな種類のバルーンやカテーテルの使用を許容)や頭蓋内血管の動脈硬化の割合が高かったことなどの限界があるため、今後、これらの結果を確認し、他の集団への一般化可能性を評価する研究が求められる」としている。

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非急性硬膜下血腫、中硬膜動脈塞栓術は有効か/NEJM

 症候性の非急性硬膜下血腫患者(多くが穿頭ドレナージを受けた)の治療において、通常治療と比較して中硬膜動脈塞栓術は、90日の時点での症状を伴う硬膜下血腫の再発または進行の発生率はほぼ同じだが、重篤な有害事象の頻度は有意に低いことが、中国・海軍軍医大学のJianmin Liu氏らMAGIC-MT Investigatorsが実施した「MAGIC-MT試験」で示された。研究の詳細は、NEJM誌2024年11月21日号に掲載された。中国の医師主導型無作為化対照比較試験 MAGIC-MT試験は、中国の31施設で実施した医師主導の非盲検無作為化対照比較試験であり、2021年3月~2023年5月に患者を募集した(Shanghai Shenkang Hospital Development Centerなどの助成を受けた)。 年齢18歳以上、症候性の非急性硬膜下血腫でmass effectがみられ、日常的な活動性が自立している(修正Rankin尺度のスコアが0~2点)患者を対象とした。これらの患者を、外科医の裁量で穿頭ドレナージを行う群または非外科的治療を行う群に割り付け、次いで各群の患者を液体塞栓物質を用いた中硬膜動脈塞栓術を受ける群または通常治療を受ける群に、1対1の割合で無作為に割り付けた。開頭術や緊急血腫除去を要する病態の患者は除外した。 主要アウトカムは、無作為化から90日以内における症候性の硬膜下血腫の再発または進行とした。副次アウトカムにも差はない 722例を登録し、塞栓術群に360例、通常治療群に362例を割り付けた。全体の年齢中央値は69歳(四分位範囲[IQR]:61~74)、596例(82.5%)が男性で、診断時に頭部外傷が379例(52.5%)で確認され、53例(7.3%)が抗血栓薬の投与を受けていた。また、565例(78.3%)が穿頭ドレナージを受け、塞栓術群では99.6%の患者が塞栓術後に穿頭ドレナージを受けた。 90日の時点での症候性硬膜下血腫の再発・進行の発生率は、塞栓術群が6.7%(24例)、通常治療群は9.9%(36例)と、両群間に有意な差を認めなかった(群間差:-3.3%ポイント、95%信頼区間[CI]:-7.4~0.8、p=0.10)。 副次アウトカムである90日後の修正Rankin尺度スコア中央値は、両群とも0点(IQR:0~1)であり、変化量の補正済み共通オッズ比は1.10(95%CI:0.82~1.46)であった。また、他の副次アウトカム(90日後の生活の質[EQ-5D-5Lスコア]、平均入院日数、再入院率、退院後のリハビリテーション病院受診、画像上の血腫の変化など)についても両群間に差はなかった。塞栓術関連合併症の発現率は0.8% 安全性の主要アウトカムである90日間に発生した重篤な有害事象(死亡を含む)の割合は、塞栓術群が通常治療群に比べ有意に少なかった(6.7%[24例]vs.11.6%[42例]、相対リスク:0.58、95%CI:0.34~0.98、p=0.02)。また、90日間の死亡率は、塞栓術群0.6%(2例)、通常治療群2.2%(8例)だった(相対リスク:0.27、95%CI:0.06~1.25)。 塞栓術群では、塞栓術関連合併症が3例(0.8%)で発現した(顔面神経麻痺1例、造影剤に対するアレルギー反応2例)。穿頭ドレナージ関連合併症の発生率は、塞栓術群2.5%(9例)、通常治療群1.1%(4例)だった(相対リスク:2.26、95%CI:0.69~7.40)。 著者は、「先行研究における中硬膜動脈塞栓術後の再発または進行の発生率は1.4~8.9%であり、通常治療は9.3~27.5%であるが、本研究では中硬膜動脈塞栓術群で発生率が有意に低いことは示されなかった」とまとめ、「穿頭ドレナージを再度行うか、レスキューとして行うかの判断は、各参加施設の医師の裁量に任され、治療医とコアラボラトリーのメンバーは試験群の割り当てを知っていたため、アウトカムの評価にバイアスが生じた可能性がある」としている。

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複雑病変へのPCI、OCTガイドvs.血管造影ガイド/Lancet

 複雑病変に対し薬剤溶出ステント(DES)の留置が必要な患者において、光干渉断層撮影(OCT)ガイド下の経皮的冠動脈インターベンション(PCI)は血管造影ガイド下PCIと比較し、1年後の主要有害心血管イベント(MACE)の発生率が有意に低下した。韓国・延世大学校のSung-Jin Hong氏らが、同国20病院で実施した医師主導の無作為化非盲検優越性試験「Optical Coherence Tomography-guided Coronary Intervention in Patients with Complex Lesions trial:OCCUPI試験」の結果を報告した。PCI施行中にOCTは詳細な画像情報を提供するが、こうした画像診断技術の臨床的有用性は不明であった。Lancet誌2024年9月14日号掲載の報告。DESによるPCI施行予定患者を無作為化、1年後のMACEを評価 研究グループは、DESによるPCIが適応と判断された19~85歳の患者を登録してスクリーニングを行い、1つ以上の複雑病変を有する患者をOCTガイド下PCI群(OCT群)またはOCTを用いない血管造影ガイド下PCI群(血管造影群)に1対1の割合で無作為に割り付けた。 複雑病変の定義は、急性心筋梗塞、慢性完全閉塞、long lesion(ステント長≧28mm)、石灰化病変、分岐部病変、非保護の左主幹部病変、小血管疾患(血管径<2.5mm)、冠動脈内血栓、ステント血栓症、ステント内再狭窄、バイパスグラフト病変であった。 アウトカム評価者は割り付けについて盲検化されたが、患者、追跡調査の医療従事者、データ解析者は盲検化されなかった。PCIは、エベロリムス溶出ステントを用いて従来の標準的方法に従って実施された。 主要アウトカムは、PCI施行1年後のMACE(心臓死、心筋梗塞、ステント血栓症、虚血による標的血管血行再建の複合)で、ITT解析を行い、優越性のマージンはハザード比1.0とした。MACE発生率、OCT群5% vs.血管造影群7%、ハザード比は0.62 2019年1月9日~2022年9月22日に、複雑病変へのDESによるPCIを必要とする患者1,604例が無作為化された(OCT群803例、血管造影群801例)。患者背景は、1,290例(80%)が男性、314例(20%)が女性で、無作為化時の平均年齢は64歳(四分位範囲:57~70)であった。1,588例(99%)が1年間の追跡調査を完了した。 主要アウトカムのイベントは、OCT群で803例中37例(5%)、血管造影群で801例中59例(7%)に発生した。絶対群間差は-2.8%(95%信頼区間[CI]:-5.1~-0.4)、ハザード比は0.62(95%CI:0.41~0.93)であり、有意差が認められた(p=0.023)。 副次アウトカムの脳卒中、出血イベント(BARC出血基準タイプ3または5)、造影剤誘発性腎症の発生率に、両群間で有意差はなかった。 なお、著者は、追跡期間が短いこと、完全な盲検化が困難であったこと、血管造影ガイド下PCIは術者の経験に影響される可能性があること、韓国のみで実施されたことなどを研究の限界として挙げている。

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急性冠症候群へのPCI、血管内超音波ガイド下vs.血管造影ガイド下/Lancet

 急性冠症候群患者に対する最新の薬剤溶出性ステントを用いた経皮的冠動脈インターベンション(PCI)において、血管造影ガイド下と比較して血管内超音波ガイド下では、心臓死、標的血管心筋梗塞、臨床所見に基づく標的血管血行再建術の複合アウトカムの1年発生率が有意に良好であることが、中国・南京医科大学のXiaobo Li氏らが実施した「IVUS-ACS試験」で示された。研究の成果は、Lancet誌オンライン版2024年4月8日号に掲載された。4ヵ国58施設の無作為化臨床試験 IVUS-ACS試験は、4ヵ国(中国、イタリア、パキスタン、英国)の58施設で実施した無作為化臨床試験であり、2019年8月~2022年10月に患者の登録を行った(Chinese Society of Cardiologyなどの助成を受けた)。 年齢18歳以上の急性冠症候群患者3,505例(年齢中央値62歳、男性73.7%、2型糖尿病31.5%)を登録し、血管内超音波ガイド下PCIを受ける群(1,753例)、血管造影ガイド下PCIを受ける群(1,752例)に無作為に割り付けた。1年間の追跡を完了したのは3,504例(>99.9%)であった。 主要エンドポイントは標的血管不全とし、無作為化から1年時点における心臓死、標的血管心筋梗塞、臨床所見に基づく標的血管血行再建術の複合の発生と定義した。心臓死には差がない、安全性のエンドポイントは同程度 主要エンドポイントの発生は、血管造影ガイド群が128例(7.3%)であったのに対し、血管内超音波ガイド群では70例(4.0%)と有意に良好であった(ハザード比[HR]:0.55、95%信頼区間[CI]:0.41~0.74、p=0.0001)。 心臓死(血管内超音波ガイド群0.5% vs.血管造影ガイド群1.1%、HR:0.56[95%CI:0.24~1.29]、p=0.17)には有意差を認めなかったが、標的血管心筋梗塞(2.5% vs.3.8%、0.63[0.43~0.92]、p=0.018)と標的血管血行再建術(1.4% vs.3.2%、0.44[0.27~0.72]、p=0.0010)は血管内超音波ガイド群で有意に優れた。 1年の追跡期間中、安全性のエンドポイントの発生率は両群で同程度であった。ステント血栓症(definite、probable)(血管内超音波ガイド群0.6% vs.血管造影ガイド群0.9%、HR:0.82[95%CI:0.35~1.90]、p=0.64)、全死因死亡(0.8% vs.1.5%、0.64[0.32~1.27]、p=0.20)、大出血(0.9% vs.1.5%、0.57[0.30~1.08]、p=0.09)は、いずれも両群間に有意な差を認めなかった。 著者は、「血管内超音波ガイドは安全であったが、手技の所要時間が長くなり、必要な造影剤がわずかに多かった。これは、早期および晩期における心臓の重大な有害事象のリスクが低いこととのトレードオフとしては許容範囲内であった」としている。

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多枝病変のSTEMI、FFRガイド下完全血行再建か責任病変のみPCIか/NEJM

 多枝病変を有するST上昇型心筋梗塞(STEMI)または超高リスクの非ST上昇型心筋梗塞(NSTEMI)患者において、追跡期間4.8年時点の全死因死亡、心筋梗塞または予定外の血行再建術の複合リスクは、血流予備量比(FFR)ガイド下完全血行再建術と責任病変のみの経皮的冠動脈インターベンション(PCI)で差は認められなかった。スウェーデン・カロリンスカ研究所のFelix Bohm氏らが、スウェーデン、デンマーク、セルビア、フィンランド、ラトビア、オーストラリア、ニュージーランドの7ヵ国32施設で実施した無作為化試験「FFR-Guidance for Complete Nonculprit Revascularization trial:FULL REVASC試験」の結果を報告した。多枝病変を有するMI患者およびSTEMI患者におけるFFRガイド下完全血行再建術の有益性は明らかになっていなかった。NEJM誌オンライン版2024年4月8日号掲載の報告。計1,542例を責任病変に対する初回PCI成功後に無作為化 研究グループは、責任病変へのPCIが予定された多枝病変を有するSTEMI患者、または超高リスクのNSTEMIで多枝病変を有し緊急PCIを受けた患者を、責任病変に対する初回PCI成功後6時間以内に、入院期間中FFRガイド下完全血行再建術を施行する群、または入院期間中はそれ以上の血行再建術を行わない(責任病変のみのPCI)群に、1対1の割合で無作為に割り付けた。 主要アウトカムは、全死因死亡、心筋梗塞または予定外の血行再建術の複合とした。また、全死因死亡または心筋梗塞の複合、ならびに予定外の血行再建術を、重要な副次アウトカムとした。 2016年8月8日~2019年9月11日の間に、計1,542例が無作為化され、764例がFFRガイド下完全血行再建術群に、778例が責任病変のみのPCI群に割り付けられた。各患者の最終追跡調査日は2023年4月15日~7月17日であった。複合イベント発生19.0% vs.20.4%、有意差認められず 追跡期間中央値4.8年(四分位範囲[IQR]:4.3~5.2)において、主要アウトカムの複合イベントは、FFRガイド下完全血行再建術群で145例(19.0%)、責任病変のみPCI群で159例(20.4%)に発生した(ハザード比[HR]:0.93、95%信頼区間[CI]:0.74~1.17、p=0.53)。 重要な副次アウトカムについても、全死因死亡または心筋梗塞の複合(HR:1.12、95%CI:0.87~1.44)、予定外の血行再建術(0.76、0.56~1.04)のいずれも両群間で有意差は認められなかった。 安全性について、造影剤に関連した急性腎障害と神経学的合併症に関しては、グループ間に明らかな差は認められなかった。また、全追跡期間中、脳卒中、大出血、心不全による再入院の発生率に明らかな群間差はみられなかった。 なお本試験は、COMPLETE試験(ジャーナル四天王「STEMI合併多枝冠動脈疾患、完全血行再建術は有効か/NEJM」)の結果が2019年9月に発表された後、実行可能性と倫理的な理由から患者の登録が中止されている。当初の重要な副次アウトカムが主要アウトカムに変更され、追跡期間1年以降に発生したイベントは主要解析に含まれた。

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第205回 アドレナリンを「打てない、打たない」医者たちを減らすには(後編) 「ここで使わなきゃいけない」というタイミングで適切に使えていないケースがある

インタビュー: 海老澤 元宏氏(国立病院機構相模原病院 臨床研究センター長)昨年11月8日掲載の、本連載「第186回 エピペンを打てない、打たない医師たち……愛西市コロナワクチン投与事故で感じた、地域の“かかりつけ医”たちの医学知識、診療レベルに対する不安」は、2023年に公開されたケアネットのコンテンツの中で最も読まれた記事でした。同記事が読まれた理由の一つには、この事故を他人事とは思えなかった医師が少なからずいたためと考えられます。そこで、前回に引き続き、この記事に関連して行った、日本アレルギー学会理事長である海老澤 元宏氏(国立病院機構相模原病院 臨床研究センター長)へのインタビューを掲載します。愛西市コロナワクチン投与事故の背景には何があったと考えられるのか、「エピペンを打てない、打たない医師たち」はなぜ存在するのか、「アナフィラキシーガイドライン2022」のポイントなどについて、海老澤氏にお聞きしました。(聞き手:萬田 桃)造影剤、抗がん剤、抗生物質製剤などなんでも起こり得る(前回からの続き)――「薬剤の場合にこうした呼吸器症状、循環器症状単独のアナフィラキシーが起こりやすく、かつ症状が進行するスピードも早い」とのことですが、どういった薬剤で起こりやすいですか。海老澤造影剤、抗がん剤、抗生物質製剤などなんでも起こり得ます。とくにIV (静脈注射)のケースでよく起こり得るので、呼吸器単独でも起こり得るという知識がないとアナフィラキシーを見逃し、アドレナリンの筋注の遅れにつながります。ちなみに、2015年10月1日〜17年9月30日の2年間に、医療事故調査・支援センターに報告された院内調査結果報告書476件のうち、死因をアナフィラキシーと確定または推定したのは12例で、誘引はすべて注射剤でした。造影剤4例、抗生物質製剤4例、筋弛緩剤2例などとなっていました。――病院でも死亡例があるのですね。海老澤IV(静脈注射)で起きたときは症状の進行がとても速く、時間的な余裕があまりないケースが多いです。また、心臓カテーテルで造影剤を投与している場合は動脈なので、もっと速い。薬剤ではないですが、ハチに刺されたときのアナフィラキシーも比較的進行が速いです。こうしたケースで致死的なアナフィラキシーが起こりやすいのです。2001~20年の厚労省の人口動態統計では、アナフィラキシーショックの死亡例は1,161例で、一番多かったのは医薬品で452例、次いでハチによる刺傷、いわゆるハチ毒で371例、3番目が食品で49例でした。そして、そもそもアナフィラキシーを見逃すことは致命的ですが、対応しても手遅れとなってしまうケースもあります。病院の救急部門などで治療する医師の中には、「ルートを取ってまず抗ヒスタミン薬やステロイドで様子を見よう」という方がまだいるようです。しかし、その過程で「ここでアドレナリンを使わなきゃいけない」というタイミングで適切に使えていないケースがあるのです。先程の死亡例の中にもそうしたケースがあります。点滴静注した後の経過観察が重要――いつでもどこでも起き得るということですね。医療機関として準備しておくことは。海老澤大規模な医療機関ではどこでもそうなっていると思いますが、たとえば当院では、アドレナリン注シリンジは病棟、外来、検査室、処置室などすべてに置いてあります。ただ、アドレナリンだけで軽快しないケースもあるので、その後の体制についても整えておく必要があります。加えて重要なのは、薬剤を点滴静注した後の経過観察です。抗がん剤、抗生物質、輸血などは処置後の10分、20分、30分という経過観察が重要なので、そこは怠らないようにしないといけません。ただ、処方薬の場合、自宅などで服用してアナフィラキシーが起こることになります。たとえば、NSAIDs過敏症の方がNSAIDを間違って服用するとアナフィラキシーが起こり、不幸な転帰となる場合があります。そうした点は、事前の患者さんや家族からのヒアリングに加えて、歯科も含めて医療機関間で患者さんの医療情報を共有することが今後の課題だと言えます。抗ヒスタミン薬とステロイド薬で何とか対応できると考えている医師も一定数いる――先ほど、「僕らの世代から上の医師だと、“心肺蘇生に使う薬”というイメージを抱いている方がまだまだ多い」と話されましたが、アナフィラキシーの場合、「最初からアドレナリン」が定着しているわけでもないのですね。海老澤アナフィラキシーという診断を下したらアドレナリン使っていくべきですが、たとえば皮膚粘膜の症状だけが最初に出てきたりすると、抗ヒスタミン薬をまず使って様子を見る、ということは私たちも時々やることです。もちろん、アドレナリンをきちんと用意したうえでのことですが。一方で、抗ヒスタミン薬とステロイド薬でアナフィラキシーを何とか対応できると考えている医師も、一定数いることは事実です。ルートを確保して、抗ヒスタミン薬とステロイド薬を投与して、なんとか治まったという経験があったりすると、すぐにアドレナリン打とうとは考えないかもしれません。PMDAの事例などを見ると、アナフィラキシーを起こした後、死亡に至るというのは数%程度です。そういった数字からも「すぐにアドレナリン」とならないのかもしれません。アナフィラキシーやアレルギーの診療に慣れている医師だと、「これはアドレナリンを打ったほうが患者さんは楽になるな」と判断して打っています。すごくきつい腹痛とか、皮膚症状が出て呼吸も苦しくなってきている時に打つと、すっと落ち着いていきますから。打てない、打たない医者たちを減らしていくには――打つタイミングで注意すべき点は。海老澤血圧が下がり始める前の段階で使わないと、1回で効果が出ないことがよくあります。「血圧がまだ下がってないからまだ打たない」と考える人もいますが、本来ならば血圧が下がる前にアドレナリンを使うべきだと思います。――「打ち切れない」ということでは、食物アレルギーの患者さんが所持している「エピペン」についても同様のことが指摘されていますね。海老澤文科省の2022年度「アレルギー疾患に関する調査」1)によれば、学校で子供がアナフィラキシーを発症した場合、学校職員がエピペン打ったというのは28.5%に留まっていました。一番多かったのは救急救命士で31.9%、自己注射は23.7%でした。やはり、打つのをためらうという状況は依然としてあるので、そのあたりの啓発、トレーニングはこれからも重要だと考えます。――教師など学校職員もそうですが、今回の事件で浮き彫りになった、アドレナリンを「打てない」「打たない」医師たちを減らしていくにはどうしたらいいでしょうか。海老澤エピペン注射液を患者に処方するには登録が必要なのですが、今回、コロナワクチンの接種を契機にその登録数が増えたと聞いています。登録医はeラーニングなどで事前にその効能・効果や打ち方などを学ぶわけですが、そうした医師が増えてくれば、自らもアドレナリン筋注を躊躇しなくなっていくのではないでしょうか。立位ではなく仰臥位にして、急に立ち上がったり座ったりする動作を行わない――最後に、2022年に改訂した「アナフィラキシーガイドライン」のポイントについて、改めてお話しいただけますか。海老澤診断基準の2番目で、「典型的な皮膚症状を伴わなくてもいきなり単独で血圧が下がる」、「単独で呼吸器系の症状が出る」といったことが起こると明文化した点です。食物によるアナフィラキシーは一番頻度が高いのですが、9割方、皮膚や粘膜に症状が出ます。多くの医師はそういったイメージを持っていると思いますが、ワクチンを含めて、薬物を注射などで投与する場合、循環器系や呼吸器系の症状がいきなり現れることがあるので注意が必要です。――初期対応における注意点はありますか。海老澤ガイドラインにも記載してあるのですが、診療経験のない医師や、学校職員など一般の人がアナフィラキシーの患者に対応する際に注意していただきたいポイントの一つは「患者さんの体位」です。アナフィラキシー発症時には体位変換をきっかけに急変する可能性があります。明らかな血圧低下が認められない状態でも、原則として立位ではなく仰臥位にして、急に立ち上がったり座ったりする動作を行わないことが重要です。2012年に東京・調布市の小学校で女子児童が給食に含まれていた食物のアレルギーによるアナフィラキシーで死亡するという事故がありました。このときの容態急変のきっかけは、トイレに行きたいと言った児童を養護教諭がおぶってトイレに連れて行ったことでした。トイレで心肺停止に陥り、その状況でエピペンもAEDも使用されましたが奏効しませんでした2)。アナフィラキシーを起こして血圧が下がっている時に、急激に患者を立位や座位にすると、心室内や大動脈に十分に血液が充満していない”空”の状態に陥ります。こうした状態でアドレナリンを投与しても、心臓は空打ちとなり、心拍出量の低下や心室細動など不整脈の誘発をもたらし、最悪、いきなり心停止ということも起きます。――そもそも動かしてはいけないわけですね。海老澤はい。ですから、仰臥位で安静にしていることが非常に重要です。とにかく医療機関に運び込めば、ほとんどと言っていいほど助けられますから。アナフィラキシーは症状がどんどん進んで状態が悪化していきます。そうした進行をまず現場で少しでも遅らせることができるのが、アドレナリン筋注なのです。(2024年1月23日収録)参考1)令和4年度アレルギー疾患に関する調査報告書/日本学校保健会2)調布市立学校児童死亡事故検証結果報告書概要版/文部科学省

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世界での血管内イメージングデバイス使用率は、日本に追いつくのか?(解説:山地杏平氏)

 OCTOBER試験は、ILUMIEN IV試験と同時に発表された試験で、それぞれOCT (optical coherence tomography、光干渉断層法)を用いたPCI (percutaneous coronary intervention、経皮的冠動脈形成術)と、通常の血管造影のみで行ったPCIとで比較をしています。近年では、長い病変や、慢性完全閉塞といった複雑病変において、IVUS(intravascular ultrasound、血管内超音波)を用いたPCIのほうが、有意に結果が優れていたという報告が複数なされており、これらのランダム化比較試験の結果を受けて、米国では、血管内イメージングデバイスの使用は5%程度の施行率から、15%程度まで増加していると伺っています。OCTは、IVUSに比較して10倍空間分解能に優れていますが、一方で、造影剤もしくは低分子デキストランなどの使用にて赤血球除去が必要であり、それぞれ一長一短があります。この新たな血管内イメージングデバイスであるOCTを用いたPCIと、通常の血管造影のみで行ったPCIとで比較した試験が、米国と欧州が中心となって行われ、それぞれILUMIEN IV試験、OCTOBER試験としてESC(欧州心臓病学会)2023で報告されています。 OCTOBER試験では、分岐部病変を有する1,200症例が登録されており、OCTを用いたほうが、その後2年の臨床イベントが有意に少なかったという結果でした。その一方で、ILUMIEN IV試験では、OCTを用いたPCIのほうが、ステントの拡張された大きさは大きいものの、臨床イベントでは差はみられませんでした。この臨床イベントでの結果の違いがなぜみられたかと疑問になりますが、OCTOBER試験では左主幹部病変が約19%で、左前下行枝と対角枝の分岐部病変が71%でみられており、登録された病変が大きな冠動脈支配領域であったと予想されます。一方で、ILUMIEN IV試験では、複雑病変を有する症例が登録されていますが、この内訳として、長い病変長を有する病変が多く含まれており、分岐部病変はそれほど多くなかったようです。また、左前下行枝病変は52%であり、そのほかは左回旋枝、右冠動脈病変でした。このような病変背景の違いが、それぞれの試験結果の臨床イベントの差になったのではないでしょうか。ステントのパフォーマンスは、OCTを用いたPCIのほうが良く、さらには、大きな還流域をもつ分岐部病変だと、臨床予後にも影響を与えると理解してよさそうです。 本邦で行われているPCIは、すでに90%近くの症例でOCTやIVUSといった血管内イメージングデバイスを用いて行われています。血管内イメージングデバイスを使えない場合には、より確実に十分なステント留置ができるように、1つサイズの大きいステントや、バルーンを選択することが多いでしょうし、すでに血管内イメージングが広く普及している本邦では、これらのデバイスの有無を比較する試験の遂行は困難と考えられます。OCTOBER試験結果を踏まえて、われわれの日常臨床を変えることはないとは思いますが、少なくとも間違ったことはしていないことが追認されたと理解してよさそうです。

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心筋梗塞における完全血行再建はいつ行うべきか?(解説:上田恭敬氏)

 血行動態が安定しているST上昇型急性心筋梗塞症例において、非責任病変に対するPCIを急性期に同時に行う群(immediate群)が、19〜45日後にstaged PCIとして行う群(staged群)と比べて非劣性であることを検証する、無作為化非劣性試験(MULTISTARS AMI)の結果が報告された。主要エンドポイントは、1年の時点での、死亡・心筋梗塞・脳卒中・予定外の血行再建・心不全入院の複合エンドポイントである。 対象患者はimmediate群418症例とstaged群422症例に割り付けられた。主要エンドポイントの発生頻度は、immediate群で8.5%、staged群で16.3%であり、非劣性のみならず優位性の検定においてもp<0.001と有意であった。心筋梗塞(2.0%対5.3%)、予定外の血行再建(4.1%対9.3%)がstaged群で多くなっている。また、死亡、脳卒中、心不全入院については、群間で差はなさそうである。 本試験の結果から判断すると、血行動態が安定しているST上昇型急性心筋梗塞症例においては、非責任病変に対しても責任病変と同時に急性期にPCIを行うimmediate PCIは、staged PCIに劣らないことが証明されただけでなく、心筋梗塞の発生や予定外の血行再建を予防できる効果がありそうだ。 もちろん、どんな臨床試験についても言えることであるが、試験で設定された条件の範囲内に当てはまる結果である。「血行動態が安定しているST上昇型急性心筋梗塞症例」以外は対象外である。ほかにも、左冠動脈主幹部症例やCTO症例、CABG既往症例が本試験から除外されている。また、「死亡・心筋梗塞・脳卒中・予定外の血行再建・心不全入院の複合エンドポイント」によって評価した結果なので、それ以外のイベントが多いか少ないかは考慮されていない。難易度の高いPCIとなる場合や造影剤量が多くなる場合、患者さんの背部痛のために長時間の手技が困難な場合には、割り付けに反してstaged PCI群へcross-overさせているようであり、この点は実臨床に合った内容である。著者らは他のimmediate PCI のメリットとして、合計の造影剤量や被ばく線量の減少、入院期間の短縮、動脈穿刺回数の減少を指摘している。しかし、immediate PCIの多くは夜間や時間外に行われるため、staged PCIとは異なる医療スタッフや条件下で行われることになる施設もあるだろう。そのような背景の違いも考慮して、本試験の結果を実臨床に適用する必要がある。

12.

急性期脳梗塞、単純CT診断下で血管内血栓除去術vs.薬物治療単独/Lancet

 患者を選定する画像診断に、造影剤を用いない単純CTを用いる環境下では、主幹動脈閉塞の大梗塞が認められた急性期虚血性脳卒中患者において、血管内血栓除去術は機能的アウトカムの改善および死亡率低下と関連することが、ドイツ・ハイデルベルク大学病院のMartin Bendszus氏らによる、前向き多施設共同非盲検無作為化試験の結果で示された。最近のエビデンスとして、急性期脳梗塞では血管内血栓除去術の有益な効果が示されている。しかしながら、それらの試験はマルチモーダル脳画像に依拠しており、臨床現場で使用されているのは主に単純CTであることから本検討が行われた。Lancet誌オンライン版2023年10月11日号掲載の報告。血管内血栓除去術+薬物治療vs.薬物治療単独を評価 試験は欧州の40病院とカナダの1施設で行われた。被験者は、ASPECTSスコア3~5の脳主幹動脈閉塞および大梗塞が認められた急性期虚血性脳卒中の患者で、中央のWebベースシステムを用いて無作為に1対1の割合で、脳卒中発症から12時間以内に、血管内血栓除去術+薬物治療または薬物治療単独(たとえば標準的なケア)を受ける群に割り付けられた。 主要アウトカムは90日時点の機能的アウトカムで、治療割り付けをマスクされた研究者により修正Rankinスケールの全範囲スコアを用いて評価された(ITT集団で解析)。安全性のエンドポイントには、死亡率、症候性頭蓋内出血率などが含まれた(受けた治療に基づき全患者を含めた安全性集団で解析)。90日時点の機能的アウトカム改善および死亡率低下と関連 2018年7月17日~2023年2月21日に253例が無作為化された(血管内血栓除去群125例、薬物治療単独群128例)。両群の人口統計学的特徴および臨床特性は類似しており、両群合わせた被験者の年齢中央値は74歳(四分位範囲[IQR]:65~80)、女性が123/253例(49%)であった。ベースラインのNIHSSスコア中央値は、血管内血栓除去群19(IQR:16~22)、薬物治療単独群18(15~22)、単純CTベースでベースラインASPECTS評価が行われたのは、それぞれ104/125例(83%)、104/128例(81%)であった。登録時にCT画像診断が用いられたのは208/253例(82%)。 試験は、事前に計画された最初の中間解析で有効性が確認され、早期に終了された。 90日時点で、血管内血栓除去群は、修正Rankinスケールのスコア分布がより良好なアウトカムへとシフトしており(補正後共通オッズ比[OR]:2.58、95%信頼区間[CI]:1.60~4.15、p=0.0001)、死亡率の低下とも関連していた(ハザード比[HR]:0.67、95%CI:0.46~0.98、p=0.038)。 症候性頭蓋内出血は、血管内血栓除去群で7例(6%)、薬物治療単独群で6例(5%)報告された。

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多枝病変を有するSTEMIのPCI、即時vs.段階的/NEJM

 ST上昇型心筋梗塞(STEMI)と多枝冠動脈病変を有し、血行動態が安定した患者の治療では、全死因死亡、非致死的心筋梗塞、脳卒中、予定外の虚血による血行再建術、心不全による入院の複合リスクに関して、即時的な多枝経皮的冠動脈インターベンション(PCI)の施行は段階的な(staged)多枝PCIに対して非劣性であるとともに、優越性をも示したことが、スイス・チューリッヒ大学病院のBarbara E. Stahli氏らが実施した「MULTISTARS AMI試験」の結果、報告された。研究の成果は、NEJM誌オンライン版2023年8月27日号に掲載された。欧州37施設の医師主導型無作為化非劣性試験 MULTISTARS AMI試験は、欧州の37施設が参加した医師主導の非盲検無作為化非劣性試験であり、2016年10月~2022年6月に患者のスクリーニングが行われた(Boston Scientificの助成を受けた)。 対象は、症状発現から24時間以内の急性期STEMIで、多枝冠動脈病変を有し、少なくとも1つの冠動脈の非責任病変を持ち、責任動脈へのPCIが成功した後の血行動態が安定した患者であった。 これらの患者を、1回の手技中に、責任病変の血行再建術を行った後、即時に非責任病変に対し多枝PCIを施行する即時完全血行再建術群(即時群)、または責任病変に対しPCIを行った後、19~45日目に非責任病変に対し段階的に多枝PCIを施行するstaged完全血行再建術群(staged群)に無作為に割り付けた。 主要エンドポイントは、1年後の全死因死亡、非致死的心筋梗塞、脳卒中、予定外の虚血による血行再建術、心不全による入院の複合とした。大出血の頻度には差がない 840例を登録し、即時群に418例(年齢中央値66歳[四分位範囲[IQR]:58~74]、男性76.8%、白人97.8%)、staged群に422例(64歳[55~73]、80.8%、98.6%)を割り付けた。 1年の時点で、主要エンドポイントのイベントはstaged群が68例(16.3%)で発生したのに対し、即時群は35例(8.5%)であり、即時群のstaged群に対する非劣性とともに優越性が示された(リスク比:0.52、95%信頼区間[CI]:0.38~0.72、非劣性検定のp<0.001、優越性検定のp<0.001)。 1年後の非致死的心筋梗塞(即時群2.0% vs.staged群5.3%、ハザード比[HR]:0.36[95%CI:0.16~0.80])と予定外の虚血による血行再建術(4.1% vs.9.3%、0.42[0.24~0.74])の発生は即時群で良好であった。一方、全死因死亡(2.9% vs.2.6%、1.10[0.48~2.48])、脳卒中(1.2% vs.1.7%、0.72[0.23~2.26])、心不全による入院(1.2% vs.1.4%、0.84[0.26~2.74])の発生は両群で同程度だった。 大出血(BARC タイプ3または5)は、即時群が13例(3.1%)、staged群は21例(4.8%)で発生した(HR:0.65、95%CI:0.32~1.31)。重篤な有害事象は、即時群が104例、staged群は145例で認められた。 著者は、即時多枝PCIの利点として、「造影剤の総量と放射線被曝を低減し、動脈穿刺の追加、後の段階での血行再建術、2回目の入院の必要性を回避する可能性がある」とし、「非責任病変の治療を遅らせることは患者にとって不安であるため、即時の多枝PCIが好まれる場合もある」と指摘している。

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多枝病変の高齢心筋梗塞、完全血行再建術vs.責任病変のみ/NEJM

 心筋梗塞と多枝病変を有する75歳以上の患者の治療において、生理学的評価ガイド下(physiology-guided)完全血行再建術は、責任病変のみへの経皮的冠動脈インターベンション(PCI)と比較して、1年後の時点での死亡、心筋梗塞、脳卒中、血行再建術の複合アウトカムのリスクが低下し、安全性アウトカムの指標の発生は同程度であったことが、イタリア・フェラーラ大学病院のSimone Biscaglia氏らが実施した「FIRE試験」で示された。研究の成果は、NEJM誌2023年9月7日号で報告された。欧州3ヵ国の医師主導無作為化臨床試験 FIRE試験は、欧州3ヵ国(イタリア、スペイン、ポーランド)の34施設が参加した医師主導の無作為化臨床試験であり、2019年7月~2021年10月に患者のスクリーニングを行った(イタリア・Consorzio Futuro in Ricercaの助成を受けた)。 対象は、年齢75歳以上、ST上昇型心筋梗塞(STEMI)または非ST上昇型心筋梗塞(NSTEMI)で入院し、責任病変へのPCIが成功し、冠動脈に1つ以上の非責任病変が存在する多枝病変を有する患者であった。 被験者を、責任病変のPCIに加えて生理学的評価ガイド下完全血行再建術を行う(完全血行再建術)群、または責任病変以外への血行再建術は行わない(責任病変のみ血行再建術)群に無作為に割り付けた。完全血行再建術群では、プレッシャーワイヤーまたは血管造影で機能的に重要な非責任病変を特定し、そのすべてにPCIを施行した。 主要アウトカムは、1年時点での死亡、心筋梗塞、脳卒中、虚血による血行再建術の複合とした。完全血行再建術群で予後改善、心血管死と心筋梗塞の複合も良好 1,445例を登録し、完全血行再建術群に720例、責任病変のみ血行再建術群に725例を割り付けた。全体の年齢中央値は80歳(四分位範囲[IQR]:77~84)、528例(36.5%)が女性、509例(35.2%)がSTEMIによる入院患者であった。入院期間中央値は5日(IQR:4~8)で、責任病変のみ血行再建術群(5日[IQR:3~7])に比べ完全血行再建術群(6日[4~8])で長かった。 主要アウトカムのイベントは、責任病変のみ血行再建術群が152例(21.0%)で発現したのに対し、完全血行再建術群は113例(15.7%)と有意に少なかった(ハザード比[HR]:0.73、95%信頼区間[CI]:0.57~0.93、p=0.01)。この有益性は、4つの項目のうち脳卒中を除く3項目の減少によってもたらされた。1つのイベントを防止するための治療必要数(NNT)は19例であった。 主な副次アウトカムである心血管死と心筋梗塞の複合は、責任病変のみ血行再建術群では98例(13.5%)で発現したのに対し、完全血行再建術群は64例(8.9%)と低い値を示した(HR:0.64、95%CI:0.47~0.88)。NNTは22例だった。 安全性のアウトカム(造影剤関連の急性腎障害、脳卒中、出血[BARCタイプ3、4、5]の複合)の発現は、完全血行再建術群では162例(22.5%)、責任病変のみ血行再建術群では148例(20.4%)で認め、両群間に有意な差はなかった(HR:1.11、95%CI:0.89~1.37、p=0.37)。 著者は、「待機的な侵襲性の冠動脈手術は、若年患者に比べ高齢患者では施行される可能性が低いが、今回の試験では、先行試験と一致して、高齢患者における生理学的評価ガイド下完全血行再建術によるリスクの低減を認めた。最初の1年間のKaplan-Meier曲線では経時的に2群間の乖離が進み、完全血行再建術の有益性の増加が観察された」としている。

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新たなCT技術で高リスク患者での冠動脈疾患の診断精度が向上

 超高精細CTによる冠動脈の血管造影検査(UHR CCTA)により、重度の冠動脈石灰化があったりステントを留置している高リスク患者でも冠動脈疾患を正確に診断できることが新たな研究で示された。フライブルク大学(ドイツ)のMuhammad Hagar氏らによるこの研究結果は、「Radiology」に6月20日掲載された。 冠動脈疾患は、狭心症、心筋梗塞の総称であり、冠動脈の内壁にコレステロールなどが蓄積することで血管が狭まって血流が悪くなり、心筋への血液供給が不足したり途絶えたりすることで生じる。静脈から造影剤を注入して、冠動脈内に脂肪やカルシウムの沈着がないかなどをCTで確認する非侵襲的なCCTAは、冠動脈疾患のリスクが低度から中等度の患者では、同疾患の除外診断に極めて有効な手段だ。しかし、冠動脈の石灰化が進んでいたり、すでにステントを留置していることの多い高リスク患者に対するCCTAの場合には、石灰化が実際以上に広範囲に描写されることがあり、それが閉塞やプラークの過大評価、偽陽性判定の多発につながる。「その結果、患者に、本来は不必要で多くの場合は侵襲的な検査が行われることになる。このため、現行のガイドラインでは、高リスク患者に対するCCTAの使用は推奨されていない」とHagar氏は説明する。 今回の研究は、こうしたCCTAの欠点を克服できる可能性が期待されている、フォトンカウンティング検出器を搭載した次世代CTによる冠動脈の血管造影検査(UHR CCTA)の臨床上の有効性を検討したもの。フォトンカウンティング検出器はX線の最小単位であるフォトン(光子)を個々に検出し、そのエネルギーレベルを測定できるため、従来のCTよりも高精細でコントラスト表現の豊かな画像を取得することができる。 研究対象者は、重度の大動脈弁狭窄症を有し、経カテーテル的大動脈弁置換術(TAVR)のためのCT検査が必要な68人(平均年齢81±7歳、男性32人、女性36人)。全対象者に、UHR CCTAが実施された。これらの対象者は、臨床上のルーチンとして侵襲的冠動脈造影(ICA)も受けていた。 その結果、UHR CCTAで取得した画像の総合画質スコアは、1を「非常に優れている」とする5点満点で1.5点(中央値)と高いことが示された。次に、ICAを参照基準として、UHR CCTAによる冠動脈疾患の検出能をROC曲線下面積(AUC)で検討したところ、狭窄が50%以上の冠動脈疾患検出のAUCは、対象者レベルで0.93、血管レベルで0.94、血管セグメントレベルで0.92と算出された。また、UHR CCTAの狭窄が50%以上の冠動脈疾患検出に対する感度、特異度、精度は、対象者レベルで96%、84%、88%、血管レベルで89%、91%、91%、血管セグメントレベルで77%、95%、95%であった。こうした結果から、研究グループは、UHR CCTAは冠動脈疾患の高リスク患者においても同疾患を正確に診断できることが示されたと結論付けている。 Hagar氏は、「フォトンカウンティング検出器の技術開発により、非侵襲的CCTAにより恩恵を受けることができる患者を大幅に増やせる可能性がある」と述べ、「これは、患者や画像診断業界にとって素晴らしいニュースだ」と喜びを表す。 ただし、UHR CCTAは、解像度を向上させるためにより多くの光子を放出するため、従来のCTスキャナーよりも放射線被曝量が増加するという問題がある。とはいえ、この技術はまだまだ初期段階にあり、放射線被曝量を減らすための方法の開発も進められているとHagar氏は説明する。 Hagar氏は、「現状では、この技術による検査を行う対象は、ベネフィットがリスクを上回る冠動脈疾患の高リスク患者に限定すべきだ。だが、この技術は今後10年以内にもっと普及する可能性がある」との期待を示す。そして、「30年前のマルチスライスCTが登場したときと同様に、フォトンカウンティングCTは次世代のCTスキャナーの始まりだと私は確信している。今後の展開が楽しみだ」と話している。

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多遺伝子リスクスコアと冠動脈石灰化スコアを比較することは適当なのか?(解説:野間重孝氏)

 pooled cohort equations(PCE)はACC/AHA心血管ガイドラインの一部門であるリスク評価作業部会によって開発されたもので、2013年のガイドラインにおいて、これを使用して一次治療においてアテローム性動脈硬化性心血管病のリスクが高いと判断された患者(7.5%以上)に対する高強度、中強度のスタチンレジメンが推奨され話題となった。現在PCEを計算するためのサイトが公開されているので、興味のある方は開いてみることをお勧めする(https://globalrph.com/medcalcs/pooled-cohort-2018-revised-10-year-risk/)。わが国であまり用いられないのは国情の相違によるものだろうが、米国ではPCE計算に用いられていない付加的指標を組み合わせることにより、精度の向上が議論されることが多く、現在その対象として注目されているのが冠動脈石灰化スコア(CACS)と多遺伝子リスクスコアだと考えて論文を読んでいただけると理解しやすいのではないかと思う。 「多遺伝子リスクスコア」とは一体何なのか、と疑問を持たれている方も多いのではないかと思う。少々極端なたとえになるが、臨床医ならばだれしも初診患者の診察をする際に家族歴を尋ねるのではないだろうか。また、少し年配の方で疫学に関係したことのある方なら、心筋症の家族歴の調査にかなりの時間を費やした経験をお持ちの方もいらっしゃるのではないかと思う。そこに2003年、ヒトゲノムが解読されるという大事件が起こったのである。その発症に遺伝が関係すると考えられる疾患の基礎研究で、研究方法がゲノム解析に向かって大きく舵を切られたことが容易に理解されるだろう。 一部のがんや難病では単一のドライバー遺伝子変異もしくは原因遺伝子によって説明できることがあるが、糖尿病・心筋梗塞・喘息・関節リウマチ・アルツハイマー認知症etc.など多くの問題疾患はいずれも多因子疾患であり、多数の遺伝的バリアントによって構成される多遺伝子モデル(ポリジェニック・モデル)に従うと考えられる。間接的、網羅的ゲノム解析であるSNPアレイを用いたゲノムワイド関連解析(GWAS)により、この15年ほどの間に多くの多因子疾患の遺伝性を明らかにされた。さらに近年、数万人を超える大規模なGWASによって、非常に多数の遺伝因子を用いて多遺伝子モデルに従う予測スコア、すなわちいわゆる多遺伝子スコア(ポリジェニック・スコア)が構築され、医療への応用可能性を論じることが可能となってきた。しかしその一方で問題点や限界も明らかになってきており、直接的な臨床応用にはまだ限界があることを考えておかなければならない。また、GWASは主に欧州系の白人を対象に研究された経緯から、他の人種にどのように応用できるかには検討の余地がある。本研究で取り上げられた2つの大規模臨床モデルがいずれも欧州系白人を対象としているのは、このような理由によるものと考えられる。 一方冠動脈石灰化スコア(CACS)は造影剤を用いない心電図同期CTで計測可能な指標で、冠動脈全体の石灰化プラークの程度について石灰化の量にCT値で重み付けすることにより求められ、現在冠動脈全体の動脈硬化負荷の代替指標として確立しているといえる。しかし心筋梗塞や不安定狭心症は必ずしも高度狭窄から起こるわけではなく、プラークの不安定性を評価する指標も必要となる。CCTAでもプラークの不安定性を示す指標がいくつか知られているが、臨床応用にはまだ研究の余地があるといえる。とはいえ、FFR-CTまで含め、冠動脈CT検査は直接的な臨床応用が可能である点がゲノム解析にはない利点であることは確かだといえる。実際ゲノム解析には大変な手間・費用が掛かり、その将来性を否定するものではないが、現段階においてはその臨床応用範囲が、まだ限定的であることは否定できないだろう。 なお、多遺伝子リスクスコアがPCEに加えられることによって予想確度が上がるか否かについては2020年の段階で意見が分かれており、いずれもジャーナル四天王で取り上げられているのでご参考願いたい (「多遺伝子リスクスコアの追加、CADリスク予測をやや改善/JAMA」、「CHD予測モデルにおける多遺伝子リスクスコアの価値とは/JAMA」)。 今回の研究はさまざまな議論を踏まえ、多遺伝子リスクスコアを加えること、CACSを加えることのいずれがPCE予測値をより改善するかを検討したものである。結果は多遺伝子リスクスコア、CACSそれぞれ単独では冠動脈疾患発生を有意に予測したが、PCEに多遺伝子リスクスコアを加えても予測確度は上昇しなかった。一方CACSを加えることによりPCEの予測確度は有意に上昇した。 この研究の結論はそれ自体としては大変わかりやすいものなのだが、そもそも多遺伝子リスクスコアとCACSを同じ土俵で比較することが適当なのか、という疑問が残る。何故なら多遺伝子リスクスコアは原因・素因というべきであり、CACSはいわば結果であるからだ。素因と現にそこに起こっている現象とでは意味が違うのではないだろうか。こうした批判は関係する後天的な因子の果たす役割の大きい生活習慣病を考える場合、重要な視点なのではないかと思う。普段ゲノム研究を覗く機会の少ないものとしては大変勉強になる論文ではあったが、そんな素朴な疑問が残った。

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Complex PCIにおけるイメージングガイドPCIの有用性(解説:上田恭敬氏)

 韓国の20施設において、約2年間の心臓死・標的血管関連心筋梗塞・TVRの複合エンドポイントを用いて、イメージングガイドPCIとアンジオガイドPCIの成績を比較した無作為化比較試験の結果である。 Complex PCIとして規定される登録対象病変は、1)側枝径2.5mm以上の分岐部病変、2)CTO病変、3)unprotected LM病変、4)必要ステント長38mm以上と予想される病変、5)2枝以上の主要冠動脈枝のPCIを同時に行うもの、6)3本以上のステント使用が必要な病変、7)ステント内再狭窄病変、8)高度石灰化病変、9)主要冠動脈枝の入口部病変である。 イメージングガイド群1,092例、アンジオガイド群547例と、1,639例の対象患者が2:1に割り付けられている。イメージングガイドとしては、術者の選択によってIVUSまたはOCTが使用可能であったが、実際には74.5%でIVUS、25.5%でOCTが使用されていた。複合エンドポイントは7.7%対12.3%(p=0.008)とイメージングガイド群で有意に低値となった。ステント血栓症や造影剤腎症の発生頻度に群間差はなかった。 Complex PCIに限定せず1,448例のAll-comerの対象患者で、イメージングガイドPCIとアンジオガイドPCIの成績を比較した無作為化比較試験であるULTIMATE試験においても同様に、1年間の心臓死・標的血管関連心筋梗塞・TVRの複合エンドポイントが、2.9%対5.4%(p=0.019)とイメージングガイド群で有意に低値となっている。ULTIMATE試験においては、IVUSで定義されるoptimal PCIが達成された場合とそうでない場合で、イメージングガイド群の中でも同エンドポイントが1.6%対4.4%(p=0.029)と大きな差が生じている。 当然のことではあるが、イメージングをただ使うだけではだめで、イメージングを使って種々の手技を実施してoptimal PCIを達成することによって初めて、PCIの成績向上につながっているといえる。多くの試験ではバルーンによるステントの追加拡張を行うか否かの違いしかないようであるが、ロータブレーターやカッティングバルーン等によるステント留置前の病変プレパレーションや各種テクニックによって、よりoptimalな結果が得られれば、PCIの成績はさらに向上することが期待されるだろう。

18.

急性腎障害、造影剤は腎予後に影響せず

 急性腎障害(AKI)の既往を有する患者における、造影剤使用と腎予後の関係に関するエビデンスは不足しているのが現状である。そこで、米国・ジョンズ・ホプキンス大学のMichael R. Ehmann氏らは、AKI患者に対する造影剤静注とAKI持続の関係を検討し、造影剤は腎予後に影響を及ぼさなかったことを報告した。Intensive Care Medicine誌オンライン版2023年1月30日号掲載の報告。 2017年7月1日~2021年6月30日の間に救急受診し、入院した18歳以上の患者のうち、KDIGO(Kidney Disease Improving Global Outcomes)基準のクレアチニン値に基づいてAKI(血清クレアチニン値が0.3mg/dL以上上昇もしくは1.5倍以上に上昇)と診断された1万4,449例を対象として、後ろ向きに追跡した。評価項目は、退院時のAKI持続、180日以内の透析開始などであった。傾向スコア重み付け法やエントロピーバランス法を用いて、造影剤静注あり群となし群の背景因子を調整して解析した。 主な結果は以下のとおり。・対象患者1万4,449例中、12.8%が集中治療室に入室した。造影剤静注を受けた患者の割合は18.4%、退院前にAKIから回復した患者の割合は69.1%であった。・多変量ロジスティック回帰モデル(オッズ比[OR]:1.00、95%信頼区間[CI]:0.89~1.11)、傾向スコア重み付け法(OR:0.93、95%CI:0.83~1.05)、エントロピーバランス法(OR:0.94、95%CI:0.83~1.05)のいずれの方法を用いても、造影剤静注と退院時のAKI持続に関連は認められなかった。・集中治療室に入室した患者サブグループにおいても、AKI持続に関する結果は同様であった。・180日以内の透析開始は対象患者の5.4%にみられたが、造影剤静注と180日以内の透析開始リスクとの関連は認められなかった。

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褐色細胞腫・パラガングリオーマ〔PPGL:pheochro mocytoma/paraganglioma〕

1 疾患概要褐色細胞腫・パラガングリオーマ(PPGL)は副腎髄質または傍神経節のクロム親和性細胞から発生するカテコールアミン産生腫瘍で、前者を褐色細胞腫、後者をパラガングリオーマ、総称して「褐色細胞腫・パラガングリオーマ」と呼ぶ。カテコールアミン過剰分泌による症状と腫瘍性病変による症状がある。カテコラミン過剰により、動悸、頭痛などの症状、高血圧、糖代謝異常などの種々の代謝異常、心血管系合併症、さらには各種の緊急症(高血圧クリーゼ、たこつぼ型心筋症による心不全、腫瘍破裂によるショックなど)を呈することがある。すべてのPPGLは潜在的に悪性腫瘍の性格を有し、実際、約10〜15%は悪性・転移性を示す。それ故、早期の適切な診断と治療が極めて重要である。原則として日本内分泌学会「褐色細胞腫・パラガングリオーマ診療ガイドライン2018」1)(図)に基づき、診断と治療を行う。図 褐色細胞腫・パラガングリオーマの診療アルゴリズム画像を拡大する2 診断 (検査・鑑別診断も含む)■ PPGLを疑う所見カテコラミン過剰による頭痛、動悸、発汗、顔面蒼白、体重減少、悪心・嘔吐、心筋梗塞類似の胸痛、不整脈などの多彩な症状を示す。肥満はまれである。高血圧を約85%に認め、持続型、発作型、混合型があるが、特に発作性高血圧が特徴的である。持続型では治療抵抗性高血圧の原因となる。発作型では各種刺激(運動、ストレス、過食、排便、飲酒、腹部触診、メトクロプラミド[商品名:プリンペラン]静注など)で高血圧発作が誘発される(高血圧クリーゼ)。さらに、急性心不全、肺水腫、ショックなどを合併することもある。発作型の非発作時には、まったくの「無症候性」であることも少なくない。また、高血圧をまったく呈さない無症候性や、逆に起立性低血圧を示すこともある。副腎や後腹膜の偶発腫瘍として発見される例も多い。■ スクリーニングの対象PPGLは二次性高血圧の中でも頻度が少なく、希少疾患に位置付けられるため、全高血圧でのスクリーニングは、費用対効果の観点から現実的ではない。PPGLガイドラインでは、特に疑いの強いPPGL高リスク群(表)での積極的なスクリーニングを推奨している。表 PPGL高リスク群1)PPGLの家族歴ないし既往歴(MEN、Von Hippel-Lindau病など)のある例2)特定の条件下の高血圧(発作性、治療抵抗性、糖尿病合併、高血圧クリーゼなど)3)多彩な臨床症状(動悸、発汗、頭痛、胸痛など)4)副腎偶発腫特に近年、副腎偶発腫瘍、無症候例の頻度が増加しているため、慎重な鑑別診断が必須である。スクリーニング方法カテコールアミン過剰の評価に際しては、運動、ストレス、体位、食品、薬剤などの測定値に影響する要因を考慮する必要がある。まず、外来でも実施可能な血中カテコールアミン(CA)分画(正常上限の3倍以上)、随時尿中メタネフリン分画(メタネフリン、ノルメタネフリン)(正常上限の3倍以上または500ng/mg・Cr以上)の増加を確認する。メタネフリン、ノルメタネフリンはカテコールアミンの代謝産物であり、随時尿でも安定であるため、スクリーニングや発作型の診断に有用である。近年、海外で第1選択である血中遊離メタネフリン分画も実施可能となったが、海外とは測定法が異なるため注意を要する。機能診断法上記のスクリーニングが陽性の場合、24時間尿中カテコールアミン分画(≧正常上限の2倍以上)、24時間尿中総メタネフリン分画(正常上限の3倍以上)の増加を確認する。従来実施された誘発試験は著明な高血圧を来すため推奨されない。アドレナリン優位の腫瘍は褐色細胞腫、ノルアドレナリン優位の腫瘍はパラガングリオーマが多い。画像診断臨床的にPPGLが疑われる場合は腫瘍の局在、広がり、転移の有無に関する画像診断(CT、MRI)を行う。約90%は副腎原発で局在診断が容易であり、副腎偶発腫瘍としての発見も多い。約10%はPGLで時に局在診断が困難なため、CT、 MRI、123I-MIBGシンチグラフィなどの複数のモダリティーを組み合わせる。(1)CT副腎腫瘍確認の第1選択。造影剤使用はクリーゼ誘発の可能性があるため、わが国では原則禁忌であり、実施時には患者への説明・同意とフェントラミンの準備が必須となる。(2)MRI副腎皮質腫瘍との鑑別診断、頭頸部病変、転移性病変の診断に有用である。(3)123I-MIBGシンチグラフィ疾患特異性が高いが偽陰性、偽陽性がある。PGLや転移巣の診断にも有用である。ヨウ化カリウムによる甲状腺ブロックを行う。(4)18F-FDG PET多発性病変や転移巣検索に有用である。病理学的診断(1)良・悪性を鑑別する病理組織マーカーは未確立である。組織所見とカテコールアミン分泌パターンを組み合わせたスコアリング(GAPP)が悪性度と予後判定に有用とされる。(2)コハク酸脱水素酵素サブユニットB(SDHB)の免疫染色の欠如はSDHx遺伝子変異の存在を示唆する。遺伝子解析(1)PPGLの30~40%が遺伝性で、19種類の原因遺伝子が報告されている2)。(2)若年発症(35歳未満)、PGL、多発性、両側性、悪性では生殖細胞系列の遺伝子変異が示唆される2)。(3)SDHB遺伝子変異は遠隔転移が多いため悪性度評価の指標となる。(4)全患者において遺伝子変異の頻度と臨床的意義、遺伝子解析の利益と不利益の説明を行うことが推奨されるが、必須ではなく、[1]遺伝カウンセリング、[2]患者の自由意思による判断、[3]質の担保された解析施設での実施が重要である。3 治療 (治験中・研究中のものも含む)過剰カテコールアミンを阻害する薬物治療と手術による腫瘍摘除が治療原則である。1)薬物治療α1遮断薬が第1選択で、効果不十分な場合、Ca拮抗薬を併用する。頻脈・頻脈性不整脈ではβ遮断薬を併用するが、α1遮断薬に先行しての単独投与は禁忌である。循環血漿量減少に対して、術前に高食塩食あるいは生理食塩水点滴を行う。α1遮断薬でのコントロール不十分な場合はカテコールアミン合成阻害薬メチロシン(商品名:デムサー)を使用する。2)外科的治療小さな褐色細胞腫では腹腔鏡下副腎摘除術、悪性度が高い例では開腹手術を施行する。潜在的に悪性であることを考慮して、腫瘍被膜の損傷に注意が必要である。家族性PPGLや対側副腎摘除後の症例では副腎部分切除術を検討する。悪性の可能性があるため、全例で少なくとも術後10年間、悪性度が高いと判断される高リスク群では生涯にわたる経過観察が推奨される。3)悪性PPGL131I-MIBG内照射、CVD化学療法、骨転移に対する外照射などの集学的治療を行う。治癒切除が困難でも、原発巣切除術による予後改善が期待される。■ 診断と治療のアルゴリズム上述の日本内分泌学会診療ガイドラインの診療アルゴリズム(図)を参照されたい。PPGL高リスク群で積極的にスクリーニングを行う。外来にて血中カテコラミン、随時尿中メタネフリン分画などを測定、疑いが強ければ、蓄尿でのCA分画と画像診断を行う。内分泌異常と画像所見が合理的に一致していれば、典型例での診断は容易である。無症候性、カテコールアミン産生能が低い例、腫瘍の局在を確認できない場合の診断は困難で、内分泌検査の反復、異なるモダリティーの画像診断の組み合わせが必要である。単発性病変であれば、α1ブロッカーによる適切な事前治療後、腫瘍摘出術を行う。術後、長期にわたり定期的に経過観察を要する。悪性・転移性の場合は、ガイドラインに準拠して集学的な治療を行う。診断と治療は専門医療施設での実施が推奨される。4 今後の展望今後解決すべき課題は以下の通りである。PPGL疾患概念の変遷:分類、神経内分泌腫瘍との関連診療アルゴリズムの改変診断基準の精緻化機能検査:遊離メタネフリン分画の位置付け画像検査:オクトレオチドスキャンの位置付け、68Ga-DOTATEシンチの応用遺伝子検査の臨床的適応頸部パラガングリオーマの診断と治療内科的治療:デムサの適応と治療効果核医学治療:123I-MIBG、ルテチウムオキソドトレオチド(商品名:ルタテラ)の適応と実態5 主たる診療科初回受診診療科は一般的に代謝・内分泌科、循環器内科、泌尿器科、腎臓内科など多岐にわたるが、以下の場合には専門医療施設への紹介が望ましい。(1)PPGLの家族歴・既往歴のある患者(2)高血圧クリーゼ、治療抵抗性高血圧、発作性高血圧などの患者(3)副腎偶発腫瘍で基礎疾患が不明な場合(4)PPGLの局所再発や遠隔転移のある悪性PPGL(5)遺伝子解析の実施を考慮する場合6 参考になるサイト(公的助成情報、患者会情報など)診療、研究に関する情報難治性副腎疾患プロジェクト(医療従事者向けのまとまった情報)1)成瀬光栄、他. 厚生労働科学研究費補助金難治性疾患克服研究事業「褐色細胞腫の実態調査と診療指針の作成」研究班 平成22年度報告書.2010.2)Lenders JW、 et al. J Clin Endocrinol Metab. 2014;99:1915-1942.3)日本内分泌学会「悪性褐色細胞腫の実態調査と診療指針の作成」委員会(編).褐色細胞腫・パラガングリオーマ診療ガイドライン2018.診断と治療社;2018.公開履歴初回2023年1月5日

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ガイドライン改訂ーアナフィラキシーによる悲劇をなくそう

 アナフィラキシーガイドラインが8年ぶりに改訂され、主に「1.定義と診断基準」が変更になった。そこで、この改訂における背景やアナフィラキシー対応における院内での注意点についてAnaphylaxis対策委員会の委員長である海老澤 元宏氏(国立病院機構相模原病院 臨床研究センター長)に話を聞いた。アナフィラキシーガイドライン2022で診断基準が改訂 改訂となったアナフィラキシーガイドライン2022の診断基準では、世界アレルギー機構(WAO)が提唱する項目として3つから2つへ集約された。アナフィラキシーの定義は『重篤な全身性の過敏反応であり、通常は急速に発現し、死に至ることもある。重症のアナフィラキシーは、致死的になり得る気道・呼吸・循環器症状により特徴づけられるが、典型的な皮膚症状や循環性ショックを伴わない場合もある』としている。海老澤氏は「基準はまず皮膚症状の有無で区分されており皮膚症状がなくても、アナフィラキシーを疑う場面では血圧低下または気管支攣縮または喉頭症状のいずれかを発症していれば診断可能」と説明した。◆診断基準[アナフィラキシーガイドライン2022 p.2]※詳細はガイドライン参照 以下の2つの基準のいずれかを満たす場合、アナフィラキシーである可能性が非常に高い。1.皮膚、粘膜、またはその両方の症状(全身性の蕁麻疹、掻痒または紅潮、口唇・下・口蓋垂の腫脹など)が急速に(数分~数時間で)発症した場合。さらに、A~Cのうち少なくとも1つを伴う。  A. 気道/呼吸:呼吸不全(呼吸困難、呼気性喘鳴・気管支攣縮、吸気性喘鳴、PEF低下、低酸素血症など)  B. 循環器:血圧低下または臓器不全に伴う症状(筋緊張低下[虚脱]、失神、失禁など)  C. その他:重度の消化器症状(重度の痙攣性腹痛、反復性嘔吐など[特に食物以外のアレルゲンへの曝露後])2.典型的な皮膚症状を伴わなくても、当該患者にとって既知のアレルゲンまたはアレルゲンの可能性がきわめて高いものに曝露された後、血圧低下または気管支攣縮または喉頭症状が急速に(数分~数時間で)発症した場合。 また、アナフィラキシーガイドライン2022はさまざまな国内の研究結果やWAOアナフィラキシーガイダンス2020に基づいて作成されているが、これについて「国内でもアナフィラキシーに関する疫学的な調査が進み、ようやくアナフィラキシーガイドライン2022に反映させることができた」と、前回よりも国内でのアナフィラキシーの誘因に関する調査や症例解析が進んだことを強調した。アナフィラキシーガイドライン2022に盛り込まれた変更点 今回の取材にて、同氏は「アナフィラキシーに対し、アドレナリン筋注を第一選択にする」ことを強く訴えた。その理由の一つとして、「2015年10月1日~2017年9月30日の2年間に医療事故調査・支援センターに報告された院内調査結果報告書476件のうち、アナフィラキシーが死因となる事例が12件もあった。これらの誘因はすべて注射剤で、造影剤、抗生物質、筋弛緩剤などだった。アドレナリン筋注による治療を迅速に行っていれば死亡を防げた可能性が高いにもかかわらず、このような事例が未だに存在する」と、アドレナリン筋注が必要な事例へ適切に行われていないことに警鐘を鳴らした。 ではなぜ、アナフィラキシーに対しアドレナリン筋注が適切に行われないのか? これについて「アドレナリンと聞くと心肺蘇生に用いるイメージが固定化されている医師が一定数いる。また、アドレナリン筋注を経験したことがない医師の場合は最初に抗ヒスタミン薬やステロイドを用いて経過を見ようとする」と述べ、「アドレナリン筋注をプレホスピタルケアとして患者本人や学校の教員ですら投与していることを考えれば、診断が明確でさえあれば躊躇する必要はない」と話した。 アナフィラキシーを生じやすい造影剤や静脈注射、輸血の場合、症状出現までの時間はおよそ5~10分で時間的猶予はない。上記に述べたような症状が出現した場合には、原因を速やかに排除(投与の中止)しアドレナリン筋注を行った上で集中治療の専門家に委ねる必要がある。 また、アドレナリン筋注と並行して行う処置として併せて読んでおきたいのが“補液”の項目(p.24)である。「これまでは初期対応に力を入れて作成していたが、今回はアナフィラキシーの治療に関しても委員より盛り込むことの提案があった」と話した。 以下にはWAOガイダンスでも述べられ、アナフィラキシーガイドライン2022に盛り込まれた点を抜粋する。◆治療 2.薬物治療:第一選択薬(アドレナリン)[アナフィラキシーガイドライン2022 p.21]・心疾患、コントロール不良の高血圧、大動脈瘤などの既往を有する患者、合併症の多い高齢患者では、アドレナリン投与によるベネフィットと潜在的有害事象のリスクのバランスをとる必要があるものの、アナフィラキシー治療におけるアドレナリン使用の絶対禁忌疾患は存在しない1)・アドレナリンを使用しない場合でもアナフィラキシーの症状として急性冠症候群(狭心症、心筋梗塞、不整脈)をきたすことがある、アドレナリンの使用は、既知または疑いのある心血管疾患患者のアナフィラキシー治療においてもその使用は禁忌とされない1)・経静脈投与は心停止もしくは心停止に近い状態では必要であるが、それ以外では不整脈、高血圧などの有害作用を起こす可能性があるので、推奨されない2)◆治療 2.薬物治療:第二選択薬(アドレナリン以外)[アナフィラキシーガイドライン2022 p.23]・H1およびH2抗ヒスタミン薬は皮膚症状を緩和するが、その他の症状への効果は確認されていない3) このほか、同氏は「食物アレルギーの集積調査が進み、国内でも落花生やクルミなどのナッツ類や果物がソバや甲殻類よりも誘因として高い割合を示すことが明らかになった」と話した。さらに「病歴の聞き取りが不十分なことで起こるNSAIDs不耐症への鎮痛薬処方なども問題になっている」と指摘した。 なお、アナフィラキシーガイドライン2022は小児から成人までのアナフィラキシー患者に対する診断・治療・管理のレベル向上と、患者の生活の質の改善を目的にすべての医師向けに作成されている。日本アレルギー学会のWebからPDFが無料でダウンロードできるのでさまざまな場面でのアナフィラキシー対策に役立てて欲しい。

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