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第8回 高齢者の運動療法の進め方、工夫のポイントQ1 運動量(負荷)と時間の設定について、基本的な考え方を教えてください高齢の糖尿病患者さんでは、運動療法の効果は血糖降下作用のみにとどまりません。筋肉量や筋力低下の抑制、フレイルや認知機能低下の予防、抑うつ予防、心肺機能の維持、ストレス解消など多岐にわたります。また一口に運動療法といっても、有酸素運動やレジスタンス運動、柔軟性運動(ストレッチ)、バランス運動など様々です。有酸素運動は歩行や水泳などの全身運動を指し、骨格筋などで酸素を取り入れて糖質や遊離脂肪酸を燃焼させ、エネルギー(ATP)を生成する運動です。運動開始から10分ほど経過すると糖質が利用されはじめ、15分ほど経過すると遊離脂肪酸が利用されはじめるので、糖質と遊離脂肪酸の双方が利用されるには20分以上の運動時間が必要となります。また運動強度としては、Borgの自覚的運動強度(rate of perceived exertion;RPE)の「ややきつい」と感じる程度が適当であり、心拍数で120拍/分程度、安静時脈拍の1.5~2倍の拍動数を示すレベルが目安となります(図1)。ただし、自律神経障害がある場合には脈拍が参考にならないこともあるので注意が必要です。画像を拡大するジョギングであれば、「隣の人とおしゃべりしながら走れる程度」を目安とすれば良いと思います。糖尿病患者の糖代謝の改善が持続するのは、運動後12~72時間のため、頻度としては週に3~5回が必要となります。標準的な考え方としては、週に150分以上のウォーキングや自転車こぎなどの有酸素運動を行うと、血糖コントロールの改善や糖尿病合併症の進行予防が期待できます。ウォーキングであれば、1回につき20~30分、1日2回ずつ行うのが理想です。しかし、今まで運動習慣のなかった方がいきなり20分以上の運動量をこなすのは困難です。そのため、実践可能な量から開始していくのが良いでしょう。まずは1日に5分程度でも良いので、ペットを連れて散歩する、ごみを捨てに行く、買い物に行くなどから始めてもらいます。できれば毎日行っていただくよう指導しています。外出することを習慣づけてしまえば、運動量を増やしていくことも容易となるからです。なお、運動は食後1時間程度から開始すると、食後高血糖の抑制効果が得られます。高齢の糖尿病患者は食後高血糖を来しやすいため、食後に運動することを推奨しています。レジスタンス運動とは、ダンベルを利用した体操や、腹筋や腕立て伏せといった筋力トレーニングなどを指します。高齢の糖尿病患者が、軽度の負荷であるレジスタンス運動を継続して行うと、筋肉量が有意に増加したという報告があります1)。最近のメタ解析では、2型糖尿病患者がレジスタンス運動を行うと、筋力だけでなく、血糖コントロールが改善するとも報告されています2)。レジスタンス運動は、少なくとも週2回以上行うことが推奨されています。ただし、フレイルがあってレジスタンス運動が十分施行できない場合には、柔軟性運動から始めて、軽度の負荷のレジスタンス運動を行い、有酸素運動やバランス運動を加えて、さらにレジスタンス運動の負荷を強めていくという流れが良いと思います。こうした運動を多要素の運動といい、タンパク質の十分な摂取と組み合わせると、フレイルや身体機能を改善することが報告されています3)。市町村の運動教室(筋力トレーニングを含むもの)やジムに参加したり、ヨガや太極拳などに参加したりすることも有効です。Q2 効果的な運動の組み合わせってありますか?有酸素運動とレジスタンス運動の併用が有効であることはよく知られていますが、そのベストな割合ははっきりしていません。しかし、どちらから先に始めるのが適当かについて検証した論文はあります。1型糖尿病患者12人に対して、運動中および運動後の血糖変化を測定したもので、レジスタンス運動を先行させた方が血糖変動は少なく、運動後や夜間の低血糖発症頻度も少なくなる可能性が示唆されました4)。また、血管平滑筋の緊張状態はレジスタンス運動で増加し、有酸素運動で緩和されるとも報告されています5)。高齢の糖尿病患者では動脈硬化性変化も大きいことから、血管平滑筋の緊張状態を緩和する意味からも、レジスタンス運動を先に行い、その後有酸素運動を行う方が良いのではないかと考えています。Q3 膝や腰の悪い患者さんに、推奨できる運動はありますか?多くの高齢糖尿病患者が、膝や腰の痛みを抱えており、思うように運動療法が施行できないことが多々あります。また、腎障害や網膜症、大血管障害などの合併症を有することも多いため、十分な運動の施行はさらに難しくなるのが悩ましいところです。有酸素運動とレジスタンス運動の双方を満たし、さらに膝や腰などへの負担が少ない運動としては、水中歩行があります(図2)。普段から積極的にジムへ通っている方などには、週2回程度、水中をゆっくり30分程度歩いていただくことを推奨しています。画像を拡大するしかし、プールやジムに通う習慣がないと、新たに始めるのを躊躇される方も多いのが実情です。このような患者さんには、運動を行うための準備段階として、軽度の身体活動の機会をできるだけ増やし、日常生活の中で簡単に行うことができるプログラムを提供することが重要と考えられます。最近ではNEAT(non exercise activity thermogenesis:普段の生活の中で座ったり家の中をうろうろ動き回ったりするなど、日常生活活動で消費するエネルギーのこと)の効果が注目されており6)、軽度の身体活動でも高齢糖尿病患者における体力の維持に寄与する可能性は十分あると考えられます。そのため、まずは、坐位や臥位の時間をできるだけ短くすることを指導します。次に、家の中でもできる運動を開始するように勧めます。たとえば、椅子に座ったままで足踏みをしたり、膝を高く持ち挙げたり、下肢を水平に上げて保持するなどの運動は、テレビを観ながらでも行うことができます。これらは歩行時の足の振出しや、階段での足の持ち上げに有効な、腸腰筋群を強化します(図3)。画像を拡大するQ4 転倒・骨折リスク低減に、推奨できる運動はありますか?転倒・骨折リスクの低減には、バランス運動が効果的です。例えば片足立ちは、体幹を支える大腿四頭筋の筋力維持に有効です。転倒防止に机や椅子につかまって行っても構わないので、片足立ちを左右30秒ずつ、1日3回程度から開始して、徐々に時間を延ばしていきます。これらの運動は道具も不要で膝などへの負担も少ないため、取り組みやすく、おススメです。最近では、慢性腎臓病においても運動は腎機能を悪化させず、一部は改善するという報告があります。また、定期的な運動を行っている血液透析患者の生命予後は、運動を行っていない患者に勝るという報告もあります7)。合併症があり、思うように運動できない場合でも、「家の中の掃除や簡単な料理など、家事を行ってみる」ところから始めて、「少しでも外出してみる」方向へ進み、徐々に自信がついてから、「これなら続けられる」と感じて自己効力感を高めていくことができれば、運動の効果が期待できると思います。また、1つの運動に飽きてしまったら、いくらでも別の運動に変えていって構いません。高齢糖尿病患者に対する運動療法の目的は、健康寿命を延ばすことです。個人差が大きいため、個々に合った運動療法が見つかるまで色々な方法を提案し、その中から患者さん自身が選び、継続していけるようになることが望ましいでしょう。1)Singh NA, et al. J Am Med Dir Assoc.2012; 13: 24-30.2)Lee J, et al. Diabetes Therapy.2017; 8: 459-473.3)Liao C-D, et al. Nutrients.2018.Dec 4[Epub ahead of print]4)Yardley JE, et al. Diabetes Care.2012; 35: 669-675.5)Okamoto T, et al. J Appl Physiol.2007; 103: 1655-1661.6)Levine JA, et al. Science.2005; 307: 584-586.7)Greenwood SA, et al. J Kidney Dis.2015; 65: 425-434.