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抗エストロゲン薬であるタモキシフェンは、エストロゲンを取り込んで増殖するエストロゲン受容体陽性乳がんに有効性が高く、乳がん術後の再発予防の目的でよく処方されます。術後補助療法として、タモキシフェンを5年間投与し、場合によってはさらに5年継続して計10年間投与するという治療選択肢がNCCNやASCOの診療ガイドライン、日本乳癌学会による「乳癌診療ガイドライン」に2014年以降記載されるようになりました。薬局においても、「タモキシフェンは5年よりも10年継続したほうが乳がんの再発率が低いので、10年間服用すると医師に説明を受けた」とおっしゃる患者さんに会った経験が何度もあります。薬剤の服用を5年間延長するということは、服用の手間や経済的負担が少なからず増えますから、そのメリットとデメリットについて相談を受けた経験のある薬剤師さんもいるのではないでしょうか。そこで今回は、なぜタモキシフェンを10年継続するという選択肢が診療ガイドラインに提示されるようになったのか、その背景にある試験を2つ紹介します。1つ目が、2013年にLancet誌に掲載された通称ATLAS試験です。Long-term effects of continuing adjuvant tamoxifen to 10 years versus stopping at 5 years after diagnosis of oestrogen receptor-positive breast cancer: ATLAS, a randomised trial.Davies C, et al. Lancet. 2013;381:805-816.これは、すでに5年間タモキシフェン20mg/日によるホルモン療法を完了した早期乳がんの女性患者1万2,894例を、追加でさらに5年間投与した10年継続群と5年時点で中止した群にランダムに割り付けて比較検討した試験です。結論としては、10年継続群は中止群と比べて、エストロゲン受容体陽性の早期乳がん患者の死亡率および再発率を有意に低下させました。組み入れ患者1万2,894例の内訳を少し詳しく見ると、6,846例(53%)はエストロゲン受容体陽性、1,248例(10%)はエストロゲン受容体陰性、4,800例(37%)は陰性か陽性か不明とされており、治療継続に難ありと見られた場合は除外されています。患者の91%が診断から10年のフォローアップを、77%が15年のフォローアップを完遂しています。エストロゲン受容体陽性の患者に関しての結果は下表のとおりです。期間別に見ると、乳がんによる死亡のリスク比は、5~9年では0.97(95%信頼区間:0.79~1.18)、10年目以降では0.71(95%信頼区間:0.58~0.88)、再発率は5~9年では0.90(95%信頼区間:0.79~1.02)、10年目以降では0.75(95%信頼区間:0.62~0.90)と、有害アウトカムの抑制効果は10年目以降のほうが大きい傾向が見られました。なお、エストロゲン受容体陰性と受容体不明の患者における乳がんアウトカムに有意な差は見いだされませんでした。エストロゲン受容体ステータスと関係なくすべての被験者における副作用リスクの解析では、10年継続で子宮内膜がん(リスク比:1.74、95%信頼区間:1.30~2.34)と肺塞栓症(リスク比:1.87、95%信頼区間:1.13~3.07)の発生率が増加したものの、虚血性心疾患(リスク比:0.76、95%信頼区間:0.60~0.95)および対側乳がん(リスク比:0.88、95%信頼区間:0.77~1.00)は減少傾向にありました。「長く飲んだほうがいいと言っても、10年間服用しても、5年間服用したときより死亡や再発が2%程度減るだけか」と思われる方もいるかもしれませんが、10年続けることで約40~50人に1人が再発ないし死亡を免れるのですから少なからずインパクトがあります。一方で長く続けると、肺塞栓などの血栓症や子宮内膜症、子宮筋腫、子宮内膜がんなどの発症率がやや増えることも示唆されているので注意も必要です。10年継続に有意な再発・死亡抑制効果2つ目の試験として、ATLASと並行して行われていたaTTom試験を紹介します。こちらも、基本的なデザインは似通っており、タモキシフェンによるホルモン療法を5年間受けた早期乳がん患者(6,953例)を、さらに5年間投与した10年継続群(3,468例)と5年時点で中止した群(3,485例)にランダムに割り付け、乳がんの再発率や全死亡を比較したものです。乳がんの再発は、中止群で3,468例中672例(19.3%)、10年継続群で3,485例中580例(16.7%)と2.6%の減少(p=0.003)で、これはタモキシフェン服用期間を5年から10年に延ばすと、およそ38例に1例で乳がん再発予防の恩恵を受けられるだろうという計算になります。一方で、子宮内膜がんによる死亡は中止群で20例(0.6%)、10年継続群で37例(1.1%)と服用期間が延長するとやや増える傾向にあります。10年継続したほうが良好なアウトカムであったという大まかな結果の方向性は、ATLASとそう大きくずれはなく、こうした論文が2本立て続けに出たためか、ASCOのガイドラインは2014年に改訂されています。タモキシフェンを長期服用する場合、ホットフラッシュなどの副作用はある程度認容する必要がありますし、上記で紹介してきた副作用の懸念もあることから、血栓塞栓症の初期症状である痺れ、息切れ、胸痛、めまいや、子宮系の副作用徴候である不正出血などがみられたら受診を促すということも考慮しておくことが大切です。また、何らかの理由でタモキシフェンが使えない場合の選択肢も聞かれたら答えられるとよいかもしれません。いずれにせよ、副作用リスクとベネフィットを十分理解しておきたいところです。1)Long-term effects of continuing adjuvant tamoxifen to 10 years versus stopping at 5 years after diagnosis of oestrogen receptor-positive breast cancer: ATLAS, a randomised trial.Davies C, et al. Lancet. 2013;381:805-816.2)aTTom: Long-term effects of continuing adjuvant tamoxifen to 10 years versus stopping at 5 years in 6,953 women with early breast cancer.Gray RG, et al. J Clin Oncol. 2013;31:suppl 5.3)ASCO Guideline Update Recommends Tamoxifen for Up to 10 Years for Women With Non-Metastatic Hormone Receptor Positive Breast Cancer4)NCCNガイドライン5)日本乳癌学会 乳癌診療ガイドライン閉経前ホルモン受容体陽性乳癌に対する術後内分泌療法として、タモキシフェンおよびLH-RH アゴニストは勧められるか(薬物療法・初期治療・ID10050)