サイト内検索|page:5

検索結果 合計:2134件 表示位置:81 - 100

81.

進展型小細胞肺がんへの免疫化学療法、日本の実臨床データ

 進展型小細胞肺がん(ED-SCLC)に対する1次治療として、抗PD-L1抗体とプラチナ製剤を含む化学療法の併用療法(免疫化学療法)が標準治療となっているが、実臨床における報告は限定的である。そこで、平林 太郎氏(信州大学)らの研究グループは、実臨床において免疫化学療法を受けたED-SCLC患者と、化学療法を受けたED-SCLC患者の臨床背景や治療成績などを比較した。その結果、免疫化学療法が選択された患者は、化学療法が選択された患者よりも全生存期間(OS)が良好な傾向にあったが、免疫化学療法が選択された患者は約半数であり、実臨床におけるED-SCLC治療にはさまざまな課題が存在することが示された。本研究結果は、Respiratory Investigation誌2025年9月号に掲載された。 本研究は、日本の11施設が参加した多施設共同後ろ向き研究である。2019年8月~2023年6月に、1次治療として免疫化学療法または化学療法を受けたED-SCLC患者181例を対象とした。対象患者を、免疫化学療法を受けた群(免疫化学療法群、96例)と、プラチナ製剤を含む化学療法のみを受けた群(化学療法群、85例)に分け、患者背景、治療成績、免疫化学療法が選択されなかった理由などを後ろ向きに調べた。 主な結果は以下のとおり。・免疫化学療法群は化学療法群と比較して、75歳以上の割合(28.1%vs.56.5%、p<0.001)、間質性肺炎(IP)合併の割合(9.4%vs.41.2%、p<0.001)が有意に低かった。・OS中央値は、免疫化学療法群15.0ヵ月(95%信頼区間[CI]:12.3~17.6)、化学療法群9.7ヵ月(同:7.3~12.2)であった。1年OS率は、それぞれ59.9%、34.5%であり、2年OS率は、それぞれ17.7%、2.9%であった。・無増悪生存期間中央値は、免疫化学療法群5.1ヵ月(95%CI:4.7~5.5)、化学療法群4.9ヵ月(同:4.5~5.3)であった。・奏効率は、免疫化学療法群80.2%、化学療法群64.7%であり、病勢コントロール率は、それぞれ90.6%、88.2%であった。・1次治療で免疫化学療法が選択されなかった理由として多かったのは、IP合併(18.8%)、高齢(14.9%)、PS不良(13.3%)であった。・治療中止に至った有害事象は、免疫化学療法群12.5%、化学療法群9.4%に発現した。肺臓炎による治療中止の割合は、それぞれ7.3%、1.2%であった。 本研究結果について、著者らは「ED-SCLC患者に対する免疫化学療法の有効性が実臨床でも示唆されたものの、実際にこの治療法が選択されているのは約半数にとどまっていた」と指摘し「IP合併、高齢、PS不良といった背景を有する患者に対して、免疫化学療法と化学療法のいずれを選択すべきか明確な結論は得られておらず、臨床背景や併存疾患に応じた治療選択にはさまざまな課題があり、今後の検証が必要である」と結論付けている。

82.

オランザピンの制吐薬としての普及率は?ガイドライン発刊後の状況を聞く

 『制吐薬適正使用ガイドライン 2023年10月改訂第3版』が発刊され、約2年が経過しようとしている。改訂による大きな変更点の一つは、“高度催吐性リスク抗がん薬に対するオランザピン5mgの使用を強く推奨する“ことであったが、今現在での医師や医療者への改訂点の普及率はどの程度だろうか。前回の取材に応じた青儀 健二郎氏(四国がんセンター乳腺外科 臨床研究推進部長)が、日本癌治療学会のWebアンケート調査「初回調査結果報告書」とケアネットがCareNet.com医師会員を対象に行ったアンケート「ガイドライン発刊から6ヵ月が経過した現在の制吐薬の使用状況について」を踏まえ、実臨床での実態や適正使用の普及に対する課題を語った。 なお、日本癌治療学会は『制吐薬適正使用ガイドライン』普及率に関するWebアンケート調査(第2回)』を現在実施しており、医師・看護師・薬剤師の方々からのアンケート回答を募集している(回答期間は2025年8月22日まで)。発刊6ヵ月後にはオランザピン処方の意義浸透か ガイドライン発刊直前に行われた日本癌治療学会による初回調査は、制吐療法の情報均てん化などの検討を考慮するため、論文等で公表されているエビデンスと実診療の乖離(Evidence-Practice Gap:EPG)の程度、職種、診療科、所属施設ごとの結果を解析した。その調査とケアネットが独自で行った調査を比較し、青儀氏は「乳がん治療での制吐薬処方に関し、われわれの初回調査ではFECでの4剤の処方率は16.8%だった。ガイドライン発刊から半年後の(CareNet.com)調査では、90%以上(該当レジメンを使用する全員に処方している:44%、患者背景を考慮して処方している:50%)であることが明らかとなり、オランザピンを推奨する意義が結果となってみられた印象」と話した。全体的にオランザピン処方の際に患者背景を考慮して処方していると回答した割合が多かった理由について、同氏は「糖尿病や耐糖能異常に加え、ふらつきのリスクを有する、睡眠薬を服用中の患者に処方しづいからではないか」とコメントした。患者の吐き気への不安と医師の処方不安、優先順位を間違えてはいけない オランザピンが向精神薬の位置付けで使用される薬剤であることが処方を慎重にさせる要因と考えられるが、実際に処方医が感じる不安は「糖尿病に禁忌」「耐糖能異常」に対してであることが今回の調査から明らかになった。これについて同氏は、「すでに制吐薬としてステロイドを処方している患者はステロイドによる耐糖能異常リスクを有している。また、オランザピンが推奨される以前より化学療法中の耐糖能異常に対するフォロー不足は問題視されていたので、このフォロー体制をしっかり構築したうえで、オランザピン投与を行ってほしい」とコメント。「オランザピンの制吐薬としての有用性の理解が進めばこの問題はクリアできるのではないか」と有害事象の発生を観察、コントロールしながら使用する価値について説明した。ただし、禁忌とされる糖尿病患者への対応については、従来の3剤併用療法を行うことがガイドラインに示されている(CQ1「高度催吐性リスク抗がん薬の悪心・嘔吐予防として、3剤併用療法[5-HT3受容体拮抗薬+NK1受容体拮抗薬+デキサメタゾン]へのオランザピンの追加・併用は推奨されるか?」参照)。 また、実臨床で多く経験する傾眠への具体的な対応策として、「推奨は5mgではあるが、今後、各施設での使用経験や研究などを基に日本人に適切な投与量を決定していきたい。たとえば、当院ではオランザピン5mgを処方する際、調節できるように2.5mg×2錠で処方している。薬剤師と相談し、副作用を回避しつつ制吐に対する効果が得られるのであれば、2.5mgで処方している」と述べた。適切な制吐薬治療の普及に必要なツール 学会側の調査項目の1つである患者報告アウトカム(Patient-Reported Outcome:PRO)の利用状況や頻度については、「PROについてはまだまだ開発途上。臨床研究などでPROを活用して有害事象を拾い上げることについては広がりつつある。さまざまなPROが出てきていることからも、今後の臨床研究に欠かせないツールになっていくことは間違いないだろう。患者の情報が一つひとつアップデートされて入ってくることが重要なポイント」と述べた。その一方で、PROには紙媒体のものとネット環境が必要なものがあるが、後者はセキュリティー問題やコスト面の影響がある。「紙媒体での評価にも十分な有用性が示されている。当院ではICI投与患者の免疫関連副作用(immune-related Adverse Events:irAE)に関する評価ツールを導入しているが、ネット導入のハードルが高いことから紙媒体で実施している」と述べ、「現状、PROが限られた施設や学会でしか利用されていないため、抗がん剤全般での利用を広めていくことが次の課題」と説明し、まずは紙媒体で評価を進めていくことを推奨した。 最後に同氏は「制吐療法については、単に処方薬を増やすことが良いとは考えていない。次回の改訂までに綿密な使い分けができるようなエビデンスが出てくるのではないか」と締めくくった。<日本癌治療学会アンケート概要>調査内容:発刊直前と発刊1年後に同じ項目のアンケートを実施することで、ガイドラインによる診療動向の変化を調査実施期間:2023年10月2~18日調査方法:インターネット対象:日本癌治療学会ほか、各学会(日本臨床腫瘍学会、日本サイコオンコロジー学会、日本がんサポーティブケア学会、日本放射線腫瘍学会、日本医療薬学会、日本がん看護学会)所属の1,276人《CareNet.comアンケート概要》調査内容:ガイドライン発刊から6ヵ月経過時点の制吐薬の使用状況について実施期間:2024年5月23~29日調査方法:インターネット対象:20床以上の施設に所属するケアネット会員医師206人(乳腺外科:50人、血液内科:50人、呼吸器科:52人、消化器科:36人、外科:18人)

83.

肺がん個別化医療のさらなる進展を目指し、サーモフィッシャーと戦略的提携/国立がん研究センター

 国立がん研究センター東病院は、2025年7月28日、サーモフィッシャーサイエンティフィック ジャパングループと戦略的提携を締結。非小細胞肺がん(NSCLC)を対象とした新たなマルチ遺伝子検査システム「Oncomine Dx Express Test」の臨床導入を目指す。 このシステムはサーモフィッシャーサイエンティフィックの次世代シーケンサー(NGS)「Ion Torrent Genexusシステム」を用いており、高速自動解析により24時間以内に解析結果を提供可能である。これにより、進行肺がん患者の検体から複数の遺伝子を迅速に診断できるようになり、最適な精密医療の推進が期待される。 現在、進行肺がんの治療にはEGFR、ALK、ROS1、BRAF、RET、MET、HER2、KRAS、NTRK1-3などの遺伝子異常を標的とする分子標的薬が推奨されている。しかし、既存のNGS検査は結果判明までに約2~3週間かかることから、結果を確認する前に分子標的薬以外の通常の抗がん剤で治療を開始しなければならない状況もあったという。 国立がん研究センター東病院が主導する「LC-SCRUM-Asia」では、同システムの研究用プロトタイプを2020年9月から導入し、約1万1,000例の肺がん臨床検体の解析実績がある。今回の提携では、この蓄積データを活用し、「Oncomine Dx Express Test」の臨床性能を検証することで、早期の臨床応用、薬事承認、保険収載、そして全国的な普及を目指す。 今回の提携により、日本における肺がんのプレシジョンメディシンを一層推進するものと期待される。

84.

小細胞肺がんへのタルラタマブ、プラチナ製剤後の2次治療に有効(DeLLPhi-304)/NEJM

 白金製剤ベースの化学療法の施行中または終了後に病勢が進行した小細胞肺がん(SCLC)の2次治療において、化学療法と比較してタルラタマブ(二重特異性T細胞誘導[BiTE]分子製剤)は、全生存期間(OS)が有意に延長し、無増悪生存期間(PFS)も有意に良好で、がん関連呼吸困難や咳嗽が少ないことが、ギリシャ・Henry Dunant Hospital CenterのGiannis Mountzios氏らDeLLphi-304 Investigatorsが実施した「DeLLphi-304試験」で示された。研究の成果は、NEJM誌2025年7月24日号で報告された。30ヵ国の第III相無作為化試験の中間解析 DeLLphi-304試験は、SCLCの2次治療におけるタルラタマブの有効性と安全性の評価を目的とする第III相非盲検無作為化対照比較試験であり、2023年5月~2024年7月に日本を含む30ヵ国166施設で参加者を登録した(Amgenの助成を受けた)。今回は、事前に規定された中間解析の結果が報告された(データカットオフ日:2025年1月29日)。 年齢18歳以上、白金製剤ベースの化学療法による1次治療中または終了後に病勢が進行したPS0~1のSCLC患者を対象とした。脳転移を有する場合も症状がなく、病態が臨床的に安定していれば組み入れ可能とした。被験者を、タルラタマブまたは化学療法薬(トポテカン[和名:ノギテカン]、lurbinectedin、アムルビシンから選択[日本での選択肢はアムルビシンのみ])の投与を受ける群に1対1の割合で無作為に割り付けた。主要評価項目はOSであった。客観的奏効、奏効期間も良好 509例を登録し、タルラタマブ群に254例、化学療法群に255例を割り付けた。化学療法は、185例(73%)でトポテカン、47例(18%)でlurbinectedin、23例(9%)でアムルビシンが投与された。ベースラインの全体の年齢中央値は65歳(範囲:20~86)で、45%が脳転移を、35%が肝転移を有しており、71%が過去にPD-1またはPD-L1阻害薬による治療を受けていた。 ITT集団におけるOS中央値は、化学療法群が8.3ヵ月(95%信頼区間[CI]:7.0~10.2)であったのに対し、タルラタマブ群は13.6ヵ月(11.1~未到達)と有意に延長した(死亡の層別化ハザード比[HR]:0.60[95%CI:0.47~0.77]、p<0.001)。6ヵ月OS率は、タルラタマブ群が76%、化学療法群が62%、12ヵ月OS率はそれぞれ53%および37%だった。 また、12ヵ月時のPFSの境界内平均生存期間(restricted mean survival time:RMST)は、化学療法群の4.3ヵ月に比べ、タルラタマブ群は5.3ヵ月であり有意に優れた(p=0.002)。無作為化から3ヵ月の前後のイベント数で重み付けした、病勢進行または死亡の区分加重平均HRは0.71(95%CI:0.59~0.86)であった。6ヵ月PFS率は、タルラタマブ群が31%、化学療法群が23%、12ヵ月PFS率はそれぞれ20%および4%だった。 客観的奏効率は、タルラタマブ群35%(完全奏効3例[1%]、部分奏効86例[34%])、化学療法群20%(同0例、52例[20%])、奏効期間中央値はそれぞれ6.9ヵ月および5.5ヵ月であった。サイトカイン放出症候群、ICANSはほとんどが軽度 患者報告アウトカムのうち、ベースラインから19週までに化学療法群に比べタルラタマブ群で有意な改善を示したものとして、呼吸困難(症状スコアの変化量の群間差:-9.14点[95%CI:-12.64~-5.64]、p<0.001)と、咳嗽(咳スコア低下のオッズ比:2.04[95%CI:1.17~3.55]、p=0.01、咳スコア低下のリスク比:1.74[95%CI:0.99~2.49])を認めた。 Grade3以上の有害事象(54%vs.80%)、投与中止に至った有害事象(5%vs.12%)は、いずれもタルラタマブ群のほうが低頻度であった。治療関連のGrade3以上の有害事象(27%vs.62%)、投与中止に至った治療関連の有害事象(3%vs.6%)もタルラタマブ群で少なかった。また、治療関連の重篤な有害事象は、タルラタマブ群の28%、化学療法群の31%に認めた。 タルラタマブ群では、サイトカイン放出症候群を56%に認めたが、多くがGrade1(42%)または2(13%)で、Grade3は1%、Grade4/5は発現しなかった。免疫エフェクター細胞関連神経毒性症候群(ICANS)はタルラタマブ群の6%(15例)にみられ、1例(Grade5)を除きGrade1または2であった。 著者は、「この再発例を対象とした研究の結果は、より早期の治療ラインにおいてタルラタマブの評価を行うことの重要性を強調しており、そのような試験(DeLLphi-305、DeLLphi-306、DeLLphi-312)が進行中である」としている。

85.

セマグルチドやペムブロリズマブなど、重大な副作用追加/厚労省

 厚生労働省は7月30日、セマグルチドやペムブロリズマブなどに対して、添付文書の改訂指示を発出。該当医薬品の添付文書の副作用の項に、重大な副作用が追記されることとなった。 該当医薬品と改訂内容は以下のとおり。GLP-1受容体作動薬:セマグルチド(商品名:ウゴービ、オゼンピック、リベルサス)GIP/GLP-1受容体作動薬:チルゼパチド(同:マンジャロ、ゼップバウンド)インスリン/GLP-1受容体作動薬配合薬:インスリン グラルギン/リキシセナチド(同:ソリクア配合注ソロスター) イレウス関連症例を評価した結果、重大な副作用の項に「イレウス」(腸閉塞を含むイレウスを起こすおそれがある。高度の便秘、腹部膨満、持続する腹痛、嘔吐等の異常が認められた場合には投与を中止し、適切な処置を行うこと)を追記。また、合併症・既往歴等のある患者の項に「腹部手術の既往又はイレウスの既往のある患者」を追記した。抗PD-1抗体:ペムブロリズマブ(同:キイトルーダ) 血管炎関連症例を評価した結果、重大な副作用の項に「血管炎」(大型血管炎、中型血管炎、小型血管炎[ANCA関連血管炎、IgA血管炎を含む]があらわれることがある)を追記した。抗PD-L1抗体:アベルマブ(同:バベンチオ) 硬化性胆管炎関連症例を評価した結果、重大な副作用の項の「肝不全、肝機能障害、肝炎」に「硬化性胆管炎」を追記した。また、重要な基本的注意の項の「肝不全、肝機能障害、肝炎」に関する記載に「硬化性胆管炎」に関する注意を追記した。チロシンキナーゼ阻害薬:アファチニブマレイン酸塩(同:ジオトリフ)抗エストロゲン薬:フルベストラント(同:フェソロデックス) 各製剤においてアナフィラキシー関連症例を評価した結果、重大な副作用の項に「アナフィラキシー」を追記した。キナーゼ阻害薬:スニチニブリンゴ酸塩(同:スーテント) 高アンモニア血症関連症例を評価、専門委員の意見も聴取した結果、肝機能異常を伴わずに発現する高アンモニア血症の症例が認められ、本剤との因果関係が否定できない症例が集積したことから、重大な副作用の項に「高アンモニア血症」を追記した。

86.

第21回 タバコを吸わないのになぜ? 見えてきた肺がんの「真犯人」―大規模ゲノム解析が暴く肺がんの身近なリスク

「タバコは吸わないから、肺がんの心配はない」。そう考えている人は少なくないかもしれません。しかし近年、喫煙経験のない人、とくに女性やアジア人での肺がんが世界的に増加しており、大きな謎とされてきました。なぜ、最大の原因であるタバコを避けてきた人々の肺が蝕まれるのでしょうか。この長年の疑問に、ゲノム科学の力で迫った画期的な研究1)がNature誌に発表されました。世界4大陸28地域から集められた871例の非喫煙者肺がん患者の「がんゲノム(がん細胞の全遺伝情報)」を解読。その設計図に刻まれた無数の傷跡から、がんを引き起こした「犯人の指紋」を探し出すという、前例のない規模の研究です。この研究は、これまで原因として疑われてきた大気汚染や受動喫煙の影響をDNAレベルで初めて検証し、私たちの常識を覆すような数々の事実を明らかにしました。発見1:大気汚染PM2.5は、がんの「種を蒔き、育てる」二重の脅威だった研究チームはまず、大気汚染の指標である微小粒子状物質「PM2.5」とがんゲノムの関係に着目しました。PM2.5は工場や自動車の排ガスなどに含まれるきわめて小さな粒子で、吸い込むと肺の奥深くまで到達します。また、血管の壁まで通過し、血液中からも検出されることが知られています。患者が住む地域のPM2.5濃度で「高汚染」と「低汚染」のグループに分けてゲノムを比較したところ、意外な結果がみられました。高汚染地域の患者のがん細胞では、DNAの変異(遺伝子の傷)の総量が明らかに増加していたのです。さらに、PM2.5濃度が高いほど変異の数も比例して増える「用量反応関係」も確認されました。これは、因果関係に迫る上で大切な知見です。とくに重要だったのが、「変異シグネチャー」の解析です。これは、がんゲノムに残された変異のパターンを分析し、その原因(紫外線、タバコ、特定の化学物質など)を特定する技術で、いわば「犯行手口を示す指紋」のようなものです。この解析により、高汚染地域の患者からは、主に2つの特徴的な「指紋」が検出されました。1.シグネチャー「SBS4」の増加これは本来、タバコ喫煙者のがんに典型的な指紋です。この「指紋」が非喫煙者から見つかったことは、大気汚染物質の中に、タバコの煙に含まれるような発がん性物質が含まれており、それがDNAに直接傷をつけている(イニシエーターとして機能している)可能性を強く示唆します。2.シグネチャー「SBS5」の増加これは「時計様シグネチャー」と呼ばれ、細胞が分裂するたびに一定の割合で刻まれる、加齢に伴う自然な傷です。この「時計」の進みが速いということは、大気汚染が肺に慢性的な炎症を引き起こし、傷ついた細胞の修復のために細胞分裂を異常に活発化させていることを意味します。これにより、がんの元となる細胞の増殖が促されている(プロモーターとしても機能している)と考えられます。つまり、PM2.5はDNAを直接傷つけてがんの“種”を蒔くだけでなく、細胞分裂を促してその“芽”を育てるという、二重の役割を担っている可能性が考えられたのです。発見2:受動喫煙の意外な事実――ゲノムに残る「指紋」は薄かったこれまで非喫煙者肺がんの有力な原因とされてきた受動喫煙。しかし、今回のゲノム解析では、意外な結果が出ました。受動喫煙にさらされた患者とそうでない患者の間で、ゲノム上の変異の量やパターンに明確な差はみられなかったのです。タバコ由来の「SBS4」の指紋も、受動喫煙との関連は認められませんでした。これは、受動喫煙にリスクがないという意味ではありません。むしろ、「受動喫煙による発がんのメカニズムは、これまで考えられていた直接的なDNA変異誘発とは異なる可能性がある」ことを示唆しています。たとえば、DNAを傷つけるのではなく、主に炎症を介してがんの発生を促進しているのかもしれません。この発見は、今後のリスク評価に新たな視点をもたらすものです。発見3:世界各地で異なるリスク――台湾で見つかった「漢方薬」の影この研究のもう一つの大きな成果は、非喫煙者肺がんの原因が世界共通ではないことを示した点です。とくに台湾の患者のがんゲノムからは、「アリストロキア酸」という化学物質に特徴的な変異シグネチャー「SBS22a」が多数見つかりました。アリストロキア酸は、かつて一部の漢方薬などに含まれていた強い発がん性を持つ物質です。この発見は、台湾などの地域で非喫煙者肺がんが多い一因を解明する手がかりとなり、地域に根差した公衆衛生や予防策の重要性を浮き彫りにしました。暮らしの中のPM2.5対策――最も身近な発生源「家庭料理」に注意大気汚染やPM2.5と聞くと環境破壊の話、屋外の話で個人レベルでは防ぎようがないと考えがちですが、実は私たちの暮らしの中で最も高濃度のPM2.5にさらされる瞬間の一つが「料理」です。とくに、油を使った炒め物や揚げ物では、屋外の汚染レベルをはるかに超えるPM2.5が発生します2)。では、なぜ料理でPM2.5が発生するのでしょうか。鍵を握るのは「油の種類と温度」です3)。1.植物油(サラダ油、ごま油など)これらに多く含まれる不飽和脂肪酸は、化学構造が不安定で熱に弱い性質があります。高温で加熱されると酸化・分解しやすく、その過程で有害なアルデヒド類などと共に、油の微粒子としてPM2.5を大量に発生させます。2.動物性脂肪(ラード、バターなど)こちらに多い飽和脂肪酸は構造が安定しており、比較的高温に強いため、植物油に比べてPM2.5の発生量は少なくなります。だからといって動物性脂肪を使うのは、心臓病など別の健康問題につながるため、重要なのは換気です。以下にできる対策をまとめます。料理中は換気扇をつける調理開始前から終了後しばらくまで回し続けるのが理想です。窓を開けて換気する可能なら窓も開け、空気の通り道を作りましょう。低PM2.5調理法を選ぶ炒め物や揚げ物より、「蒸す」「茹でる」「煮る」といった調理法や、エアフライヤーの活用はPM2.5の発生を大幅に抑制できます。空気清浄機の活用HEPAフィルター付きの空気清浄機を稼働させるのも有効かもしれません。ただし、これらが直接発がんリスクなどの低下につながるかについては、追加の研究が必要です。今回ご紹介した研究は、非喫煙者肺がんという病気の複雑な全体像を初めて描き出しました。その原因は一つではなく、大気汚染のようなグローバルな要因、地域特有の環境要因、そしてまだ解明されていない内なる要因が複雑に絡み合っているようです。 1) Diaz-Gay M, et al. The mutagenic forces shaping the genomes of lung cancer in never smokers. Nature. 2025 Jul 2. [Epub ahead of print] 2) Tang R, et al. Impact of Cooking Methods on Indoor Air Quality: A Comparative Study of Particulate Matter (PM) and Volatile Organic Compound (VOC) Emissions. Indoor Air. 2024 Nov 25. [Epub ahead of print] 3) Torkmahalleh MA, et al. PM2.5 and ultrafine particles emitted during heating of commercial cooking oils. Indoor Air. 2012;22:483-491.

87.

肺がんに対する免疫療法、ステロイド薬の使用で効果減か

 非小細胞肺がん(NSCLC)患者に対しては、がんに関連した症状の軽減目的でステロイド薬が処方されることが多い。しかし新たな研究で、免疫チェックポイント阻害薬(ICI)による治療開始時にステロイド薬を使用していると、ICIの治療効果が低下する可能性のあることが示された。米南カリフォルニア大学(USC)ケック・メディシンの腫瘍内科医であり免疫学者でもある伊藤史人氏らによるこの研究の詳細は、「Cancer Research Communications」に7月7日掲載された。伊藤氏は、「がんの病期や進行度といった複数の要因を考慮しても、ステロイド薬の使用は特定の免疫療法で効果が得られないことの最も強い予測因子であった」と話している。 伊藤氏らはこの研究で、ICI単独、またはICIと他の治療法の併用のいずれかによる治療を受けたNSCLC患者277人(USCの患者189人、ロズウェルパーク総合がんセンターの患者88人)の医療記録を分析した。これらの患者のうちの21人(8%)は、ICI開始時にステロイド薬を使用していた。ステロイド薬はがん患者の倦怠感や嘔吐、脳の腫れ、肺の炎症といった症状を軽減するために広く使用されており、免疫系を抑制することで炎症を軽減する作用がある。 分析の結果、ICIによる治療開始時にステロイド薬を使用していることは奏効率の低下と関連することが明らかになった。また、ICIによる治療開始時にステロイド薬を使用していた患者では、使用していなかった患者に比べて無増悪生存期間(PFS)と全生存期間(OS)が有意に短いことも示された。さらに、ICIによる治療開始時のステロイド薬の使用はPFSとOSの独立した予後不良因子であり、ステロイド使用者では非使用者と比べて、病態の進行リスクが2.7〜4.3倍、死亡リスクが2.4〜3.2倍高かった。 ステロイド薬を使用している患者では、ベースライン時にがん進行の指標となる血液中を循環する免疫のバイオマーカー(CX3CR1+CD8+T細胞)が有意に少ないことも示された。伊藤氏は、「この血中バイオマーカーがないと、がんの治療方針を判断する手がかりを得ることができず、腫瘍内科医は最適な治療を行えなくなる。その結果、患者が最善の治療を受けられなくなる可能性がある」と言う。このほか、実験用マウスを用いた検討からは、ICIによる治療前または治療中にステロイド薬を投与すると、T細胞が成熟する過程が妨げられることも示された。 伊藤氏は、「この研究結果から、ステロイド薬は体にもともと存在している免疫細胞であるT細胞の成熟を妨げることが明らかになった。その結果、T細胞は通常のようにがん細胞を攻撃することができず、患者の予後が悪化するのだ」と言う。同氏はまた、「ステロイド薬が免疫療法に干渉する可能性があることは他の研究でも示されているが、本研究は、その推定される因果関係を示した最初の研究の一つだ」と話している。 伊藤氏らは、本研究で認められた関連性をより深く理解するためには、さらなる研究が必要であるとの見解を示している。伊藤氏は、「患者によっては、がんの症状を管理する上でステロイド薬が不可欠だ。ステロイド薬が今後も肺がん治療において重要な役割を果たすことは間違いないが、その限界についても理解しておくことが重要である。自身のニーズに最も適した治療計画を立てるために、どの患者も主治医とよく話し合うべきだ」と助言している。

88.

第253回 消化器外科医は 4割減見通し、地域別がん医療再編が急務/厚労省

<先週の動き> 1.消化器外科医は4割減見通し、地域別がん医療再編が急務/厚労省 2.AI+医師1人読影が標準に? 自治体がん検診の体制再設計へ/政府 3.日本人の女性の平均寿命87.13歳で40年連続世界一、男性は6位/厚労省 4.専攻医は過去最多だが、地域偏在は解消せず、シーリング制度見直しへ/厚労省 5.来年度改定に向け、診療報酬“物価連動”の仕組み求める声強まる/全自病ほか 6.マイナ保険証、医療DX推進体制整備加算10月から新基準に/中医協 1.消化器外科医は4割減見通し、地域別がん医療再編が急務/厚労省厚生労働省は、がん診療提供体制のあり方に関する検討会で、2040年に向けたがん医療提供体制の提言を取りまとめ、都道府県に対し「手術・放射線・薬物療法ごと」、「技術の難易度ごと」、「地域特性ごと」に集約化と均てん化の検討を求める方針を示した。2040年には、がん患者数が3%増加して105.5万人に達する一方で、消化器外科医は39%減少すると推計され、手術療法の継続が困難になる恐れがある。とくに手術療法は、患者数が5%減少する中で医師数も大幅に減少し、症例の集約による技術維持が必要とされている。その一方で、放射線療法は需要が24%増と見込まれるが、高額な装置の効率的配置が課題となり、需要が少ない地域では装置維持が難しくなる可能性がある。薬物療法は15%増が見込まれ、拠点病院以外でも提供できるよう均てん化が望まれる。さらに、希少がんや小児がん、粒子線治療、高度薬物療法などは都道府県単位での集約化が求められ、がん検診や内分泌療法、緩和ケアは地域医療機関での提供を推進すべきとされた。また、がんゲノム医療の体制整備も進行中で、エキスパートパネル運用の柔軟化やデータベース(C-CAT)の改善が報告された。都道府県と協議会は、地域の実情を踏まえた具体的な体制構築と、住民への丁寧な説明を行い、医療資源の最適化と質の高いがん医療の維持を図る必要がある。厚労省は、今後、各都道府県に正式通知を行い、地域の検討を促進する予定。 参考 1) 第19回がん診療提供体制のあり方に関する検討会[資料](厚労省) 2) がん診療提供体制のあり方に関する検討会 とりまとめ案(同) 3) がん医療体制、集約化を提言 手術や放射線療法、外科医不足で-検討会まとめ・厚労省(時事通信) 4) 学会の消化器外科医40年に4割減、「集約化を」がん手術で 厚労省検討会が取りまとめ(CB news) 5) がん医療の集約化、「地域ごと」「手術・放射線・薬物の療法ごと」「技術の難易度ごと」に各都道府県で検討せよ-がん診療提供体制検討会(Gem Med) 2.AI+医師1人読影が標準に?自治体がん検診の体制再設計へ/政府政府は、医師不足や読影精度のばらつきへの対応策として、自治体が実施するがん検診におけるAI活用を正式に検討し、2025年度内にも指針を改定する方針を明らかにした。現行の指針では肺がんや乳がん、胃がん検診に原則2人以上の医師による読影が求められているが、今後はAIと医師1人による組み合わせで対応可能とする案が有力視されている。これにより、とくにX線診断医不足の深刻な地方での対応力向上と検診精度の両立が期待される。さらに政府は、がん検診データ、健診情報、医療レセプトなどを統合した包括的データプラットフォームを構築し、AIを用いたリスク層別化や個別介入を推進する。江戸川区や神戸市など先進自治体では、AIによるがんリスク予測と個別化勧奨によって未受診層の受診率や早期発見数を大幅に改善した実績が報告されている。また、2025年6月には、胃内視鏡AI支援の有効性を評価する大規模疫学研究も開始され、北海道・東北の6医療機関で実施。AIを用いた1次読影による負担軽減と発見率向上の可能性が検証されている。加えて厚生労働省は、企業などで実施される職域がん検診の情報を市町村が把握可能とする仕組み整備も進めており、検診データの統合的管理体制を強化する構え。今後は、エビデンスに基づく新規検診項目の全国展開も、モデル事業を経て段階的に行われる見通しである。国はこうした技術・制度両面の改革により、がん検診の質と効率を飛躍的に高め、住民主体のがん対策を再構築しようとしている。 参考 1) 自治体がん検診にAI 政府、指針改定へ(日経新聞) 2) がん検診(行政情報ポータル) 3) 胃カメラがん検診、AI活用で医師の負担軽減なるか 疫学研究開始へ(朝日新聞) 3.日本人の女性の平均寿命87.13歳で40年連続世界一、男性は6位/厚労省厚生労働省が2025年7月に公表した2024年の簡易生命表によると、日本人の平均寿命は女性が87.13歳、男性が81.09歳となり、前年からほぼ横ばいだった。女性は0.01歳減、男性は変化なしで、女性は40年連続で世界1位を維持。男性は前年の5位から6位に後退した。国別では、男性の平均寿命トップはスウェーデン(82.29歳)、次いでスイス、ノルウェー。女性は日本に次いで韓国(86.4歳)、スペイン(86.34歳)が続いた。死因別にみると、2023~24年にかけて心疾患や新型コロナ感染症による死亡は減少した一方、老衰や肺炎による死亡が増加。これにより、平均寿命は全体として伸び悩んだと考えられる。新型コロナによる死亡者数は男女とも2年連続で減少し、2024年の死亡者数は約3万5,865人と推定された(前年比約2,200人減)。また、2024年に生まれた人が将来、がん・心疾患・脳血管疾患で死亡する確率は女性40.29%、男性45.41%でいずれも前年より低下。老衰による死亡は女性で20.75%、男性で8.39%、肺炎による死亡はそれぞれ4.35%、5.89%だった。コロナ禍による影響で2021~22年は平均寿命が縮小傾向となったが、2023年に回復傾向をみせ、2024年は横ばいで推移。厚労省は、長期的には医療水準や健康意識の向上により、平均寿命の延伸は続くとの見方を示している。 参考 1) 令和6年簡易生命表の概況(厚労省) 2) 日本人平均寿命、24年は横ばい 女性は世界1位を維持(日経新聞) 3) 日本人の平均寿命 女性は87.13歳で40年連続1位 男性81.09歳(NHK) 4) 日本人の平均寿命、前年とほぼ同じ 女性は世界首位の87.13歳(朝日新聞) 4.専攻医は過去最多だが、地域偏在は解消せず、シーリング制度見直しへ/厚労省厚生労働省は、7月24日に第2回医道審議会医師分科会 医師専門研修部会を開き、2025年度の専攻医採用と2026年度の専攻医募集について議論した。この中で、2025年度の専攻医採用数は過去最多の9,762人に達したが、日本専門医機構は、地域・診療科偏在の是正という観点では「シーリング制度と特別地域連携プログラムの効果は限定的」と総括した。大都市圏の抑制は一定成果を見せた一方で、増加分は周辺県に集中し、真の医師少数地域への効果は薄かった。特別地域連携プログラムも採用は41人と低迷している。これを受け、2026年度からの専攻医採用枠(シーリング)は見直される。新たな算定式では、各診療科の全国採用実績と都道府県人口を基に基本枠を算出、小児科は15歳未満人口で補正する。さらに、医師少数地域への指導医派遣実績に応じて、基本枠の最大15%まで加算可能となる。この加算は人年ベースで計算され、派遣の量と質が問われる。ただし、実績に基づく加算と制度上限との乖離が大きく、都道府県別に1~3枠の追加調整が議論されている。一方、日本専門医機構は、医師のキャリアには「若年期に専門性を追求し、高齢期には総合的な診療に従事する」という2面性があるとし、この移行に対応するリカレント教育の必要性を提唱。総合診療や一般内科、救急領域などで“Generalist”として機能する医師と、臓器別・疾患別に特化した“Specialist”との役割と必要数を区分し、中長期的な人材構造の再設計を進めている。今後は「集約化すべき領域」と「均てん化すべき領域」の見極め、ならびにライフステージに応じた教育設計が焦点となる。9月には必要医師数ワーキンググループの中間報告も予定されており、専門医制度の将来像が問われる転換点を迎えている。同機構では、若手時代に専門性を深め、後年には総合的診療へ移行する医師のライフサイクルを見据え、リカレント教育やリスキリングを含む教育体制の整備も進行中である。機構は“Generalist(総合診療医など)”と“Specialist(臓器別専門医)”の必要数を区別して算出する研究も開始し、9月のシンポジウムで中間報告する予定。 参考 1) 令和7年度第2回医道審議会医師分科会 医師専門研修部会(厚労省) 2) 令和7年度の専攻医採用と令和8年度の専攻医募集について(日本専門医機構) 3) 2025年専攻医は過去最多も、シーリングの効果は「不十分」(日経メディカル) 4) 医師の「若手時代は専門性を追求し、高齢になると総合的な診療を行う」との特性踏まえたリカレント教育など研究-日本専門医機構・渡辺理事長(Gem Med) 5.来年度改定に向け、診療報酬“物価連動”の仕組み求める声強まる/全自病ほか2026年度診療報酬改定に向け、医療現場から「病院をなおし、支える」視点での抜本的見直しを求める声が相次いでいる。7月23日に開かれた中央社会保険医療協議会(中医協)では、日本医師会の江澤 和彦委員が、急激な物価・人件費上昇と過小な診療報酬設定により病院経営が破綻寸前にある現状を訴え、「今の制度では入院患者を抱えたまま倒れる病院も出かねない」と警鐘を鳴らした。とくに包括期(地域包括ケア病棟等)を担う入院医療については、必要なコストを踏まえた入院料の適正化を早急に進める必要があるとの意見が強調された。人員確保が困難な中、医療の質を維持するには、成果(アウトカム)評価の導入や人員基準の柔軟化も不可欠とされている。この背景には、全国自治体病院協議会(全自病)の緊急調査による「85%が経常赤字」「95%が医業赤字」という異常事態がある。補助金が減った2024年度決算では、コロナ前を大きく上回る赤字比率となり、診療報酬の6~10%引き上げが必要とする見解も示された。また、全国知事会も医療機関の経営安定化を重視し、「物価・賃上げを適時に反映できる診療報酬制度の確立」や期中改定を含む財政支援の恒常化を政府に要望。公立病院支援を強化すべきとの意見も相次いだ。一方で、「骨太方針2025」では「病床削減」や「OTC類似薬の保険給付見直し」といった効率化策も盛り込まれており、現場では「拙速な施行は混乱を招く」として丁寧な議論と制度設計を求める声が強まっている。医療の持続性確保のため、制度の根幹からの見直しが焦点となっている。 参考 1) 医療経営「なおし支える報酬改定を」診療側(CB news) 2) 24年度赤字の自治体病院が85% 暫定値 全自病会長「記憶にないくらい高い数字」(同) 3) 2024年度の自治体病院決算は85%が経常赤字、95%が医業赤字の異常事態、診療報酬の大幅引き上げが必要-全自病・望月会長(Gem Med) 4) 2040年を見据えた医療・介護提供体制の構築に向けた提言(全国知事会) 5) 地域医療の医師の確保目指す「知事の会」が提言取りまとめ 『医師不足に関する』ものと『医療機関の経営安定に向けた』ものの2つ(青森テレビ) 6.マイナ保険証、医療DX推進体制整備加算10月から新基準に/中医協厚生労働省は、7月23日に開いた中央社会保険医療協議会(中医協)で、2024年度に新設された「医療DX推進体制整備加算」について、マイナ保険証利用率の実績要件を段階的に引き上げる見直しを提示し、了承された。2025年10月~2026年2月までは、利用率要件を加算区分に応じて現行より15~20ポイント引き上げ、さらに2026年3~5月までは最大70%まで引き上げる。加算1・4は45→60→70%、加算2・5は30→40→50%、加算3・6は15→25→30%と段階的に強化される。一方で、小児患者の多い医療機関については、小児科特例として要件を3ポイント緩和する措置を継続。6歳未満の外来患者が全体の3割以上を占める医療機関では、たとえば加算3・6の要件が22→27%とされる。子供のマイナ保険証利用率が成人より依然として低いための配慮とされる。また、医療DXの柱である「電子カルテ情報共有サービス」への参加要件については、関連法案の未成立と現場の整備状況を踏まえ、2026年5月末まで経過措置の延長が決定された。これにより、参加体制が未整備でも一時的に加算算定が可能とみなされる。委員からは、診療報酬でDXを推進する方針自体は評価されつつも、「利用率は医療機関の努力だけでは改善できない」、「国による周知や環境整備が不可欠」との指摘が相次いだ。とくに、2025年下期には保険証の有効期限切れによる混乱や、スマートフォンによるマイナ保険証の利用開始も控えており、国民・医療現場双方の負担軽減に向けた準備が急務となっている。今後、2026年度の診療報酬改定に向けては、マイナ保険証・電子処方箋・電子カルテ連携の進捗を踏まえた評価方法の再検討が重要課題となる見通しである。 参考 1) 医療DX 推進体制整備加算等の要件の見直しについて(厚労省) 2) DX加算実績要件見直し-マイナ保険証利用率上げ(薬事日報) 3) 医療DX推進体制整備加算、マイナ保険証利用率基準を2段階で引き上げ、電子カルテ情報共有サービス要件の経過措置延長-中医協総会(Gem Med)

89.

家族が立ち会えること【非専門医のための緩和ケアTips】第104回

家族が立ち会えることお看取りの際、「家族が間に合うかどうか」という点が議論になる場面はしばしばあります。多くの医療者は「間に合わせてあげたい」と感じると思うのですが、実際は難しいことも多いですよね。今回の質問救急対応中、もう亡くなりそうな状態で搬送されてきた高齢患者さん。心停止時はDNRと決まっていたのですが、家族は到着まで1時間以上かかるとのこと。昇圧薬を使用して介入しましたが、結局、家族の到着を待たず心停止に至りました。私としては何とか会わせてあげたかったのですが、ほかのスタッフからは「昇圧薬を使用するのは過剰だったのでは?」という声もありました。答えの出ない問題だとは思いますが、緩和ケアの専門医としてはどのように考えますか?私も救急の業務をすることがあるので、質問者の方の状況はよくわかります。また、こういった急な死別でなくても、「最期は家族に立ち会わせてあげたい」と考えるスタッフは、緩和ケア領域にも多くいます。この議論を考えるうえで興味深い研究があるので紹介します。オランダの研究で、「家族からみた望ましい死」はどういった要因と関係があったかという調査です。この中に「家族の立ち会い」にも触れられています1)。結論からいえば、「家族の立ち会い」の要素は、家族が「望ましい死と感じたかどうか」に関連しませんでした。では何が関連したかといえば、「家族がお別れを言えた」という要素です。もちろん、これはオランダの調査なので、日本人で同じ調査をしたら結果は異なるかもしれません。ここからは私見になりますが、この結果をみた時に私が考えたのは「最期に立ち会えるかはさまざまな要素に左右されるが、たとえ心停止に間に合わなくても、別れを告げる場を提供することはできる」ということです。ここからはさらに私個人の意見になります。「立ち会わせてあげたい」と思うのは当然の感情ですが、家族が遠方にいたり予想しない経過やタイミングで患者さんが亡くなったりすることは、医療者が頑張って何とかなる問題ではありません。私も実家から離れて暮らしているので、「親の死に目に会えない」ことを心の片隅で覚悟しています。これは私と親の生活、もっといえば人生レベルの選択の結果として発生している状況です。「死に目に会えるか」という、医療以外の要素も大きく関わる問題とその結果を、医療者がすべて背負い込む必要はありません。丁寧にすべき配慮をしていれば、たとえ最期に間に合わなかったとしても自分たちの対応を責める必要もありません。こう言うと、少しドライに感じられるかもしれません。ただ、「死に目に会わせてあげたい」という気持ちが強すぎると、それが果たせなかった時に「残念なお看取りだった」という印象を家族に与えてしまうことがあります。間に合わなくとも、「最期にお別れを言うために、何の支援ができるか」を考えるほうが、つらい状況に直面した家族に対する本質的な支援だと思います。今回のTips今回のTips望ましい死とは何かといった観点から、家族が立ち会えることについて考えてみるのも良いかもしれません。1)Witkamp FE, et al. J Pain Symptom Manage. 2015;49:203-213.

91.

診療科別2025年上半期注目論文5選(呼吸器内科編)

Addition of Macrolide Antibiotics for Hospital Treatment of Community-Acquired PneumoniaWei J, et al. J Infect Dis. 2025;231:e713-e722.<リアルワールドでの市中肺炎におけるマクロライド追加の有効性>:βラクタム薬にマクロライドを追加しても死亡率を改善せず英国のリアルワールドデータを用いた研究で、市中肺炎におけるβラクタム薬へのマクロライド系抗菌薬の追加は30日死亡率や入院期間に改善をもたらさないことが示されました。ACCESS試験後、マクロライド系抗菌薬追加を支持する声が高まる中、このデータはルーチンでの使用を支持しません。重症例への追加は国際ガイドラインで支持されていますが、すべての入院症例に併用が必要かについては議論が続くでしょう。Dupilumab for chronic obstructive pulmonary disease with type 2 inflammation: a pooled analysis of two phase 3, randomised, double-blind, placebo-controlled trialsBhatt SP, et al. Lancet Respir Med. 2025;13:234-243.<BOREAS・NOTUS試験統合解析>:デュピルマブは2型炎症を伴うCOPDの増悪を抑制COPD治療におけるIL-4/13受容体阻害薬デュピルマブの効果についての統合解析です。BOREAS試験とNOTUS試験の結果から、血中好酸球数が300/μL以上のCOPD患者に対し、デュピルマブがプラセボよりも有意に増悪を抑制することが示されました。「2型炎症」が関与するCOPDに対する新たな治療選択肢として期待されています。GOLDガイドライン2025でもデュピルマブが推奨に含まれました。Tarlatamab in Small-Cell Lung Cancer after Platinum-Based ChemotherapyMountzios G, et al. N Engl J Med. 2025 Jun 2. [Epub ahead of print]<DeLLphi-304試験>:タルラタマブ、進展型小細胞肺がんの2次治療に新標準を確立小細胞肺がん(SCLC)の治療における朗報です。プラチナ製剤抵抗性のSCLC患者に対する2次治療として、DLL3を標的とするBiTE免疫療法薬タルラタマブが標準化学療法より全生存期間(OS)を有意に延長しました(中央値13.6ヵ月vs.8.3ヵ月)。有効性が高く、Grade3以上の有害事象の頻度も低い(54%vs.80%)ため、今後はSCLC2次治療における標準治療となる可能性があります。Phase 3 Trial of the DPP-1 Inhibitor Brensocatib in BronchiectasisChalmers JD, et al. N Engl J Med. 2025;392:1569-1581.<ASPEN試験>:第III相試験でbrensocatibは気管支拡張の増悪を抑制本研究では、気管支拡張症患者において、brensocatib(ブレンソカチブ、10mgまたは25mg)の1日1回投与は、プラセボよりも肺増悪の年間発生率を低下させ、25mg用量のbrensocatibではプラセボよりもFEV1の低下が少なくなりました。これまで治療薬が存在しなかった気管支拡張症における待望の薬剤となります。世界初の気管支拡張症治療薬として、米国、日本で今後承認が期待されています。Nerandomilast in Patients with Idiopathic Pulmonary FibrosisRicheldi L, et al. N Engl J Med. 2025;392:2193-2202.<FIBRONEER-IPF試験>:nerandomilastが第III相試験でFVCの低下を抑制特発性肺線維症(IPF)に対する新規治療薬nerandomilast(ネランドミラスト)の第III相試験の結果です。本薬は、既存の抗線維化薬(ニンテダニブやピルフェニドン)を服用している患者も対象としており、その併用下でも努力肺活量(FVC)の低下を有意に抑制することが示されました。ただし、nerandomilast 9mg群においては、ピルフェニドン群で効果が落ちており、nerandomilastとの薬物相互作用が原因と考えられました。IPFの治療選択肢が増えることは、患者にとって大きな福音と考えられます。

92.

リンパ浮腫について相談されたら【非専門医のための緩和ケアTips】第103回

リンパ浮腫について相談されたら乳がん患者さんの緩和ケアをしていると、よく相談を受けるのが「リンパ浮腫」についてです。手術による合併症として予見されるもので、最近は手術前から説明を受ける患者さんも多いようです。皆さんはリンパ浮腫について、どのくらいご存じでしょうか?今回の質問外来通院している乳がん術後の患者さんですが、リンパ浮腫で困っているようです。ほかの浮腫と違って、どのように対応すべきかよくわからないのですが、どのようなアドバイスができるでしょうか?ご質問ありがとうございます。心不全や肝不全の浮腫と違い、リンパ浮腫への対応は、あまり学んでこなかった方が多いのではないでしょうか? 私も緩和ケアを専門とするまでの内科医のトレーニング中は、あまり考えたことがありませんでした。リンパ浮腫とは、蛋白を多く含む体液であるリンパ液が慢性的に貯留する状態を指します。がん患者では手術などにより局所的に生じ、機能・運動障害を呈することがあります。リンパ節郭清や放射線治療によりリンパ管が閉塞することで治療早期に生じることが一般的ですが、リンパ節転移など病態の進行で徐々に生じる場合もあります。乳がんにおける症例が有名ですが、子宮がんや前立腺がんといった骨盤底に影響を及ぼすがん種でも生じます。リンパ浮腫の治療は、用手的リンパドレナージと弾性包帯による圧迫が中心です。私は用手的リンパドレナージの手技は自分では実施できないので、研修を受けた看護師やリハビリスタッフに介入を依頼しています。弾性包帯もサイズが重要であり、その測定を含めてリハビリの一環として介入を依頼しています。このあたりは施設の体制によって対応範囲が異なる部分かと思います。もう1つ大切なのは、生活指導です。リンパ浮腫を悪化させないことや、リンパ浮腫のために生じやすい感染などの合併症を防ぐために指導を行います。生活指導の具体例を以下に紹介します。下肢のリンパ浮腫では正座、上肢の場合は腕枕を避ける。患肢を長時間下げた状態を避ける。適宜、屈伸運動をする。虫よけなどを用いて、虫刺されを予防する。爪切り、脱毛は慎重に行い、傷をつくらない。採血は健側で行う。蜂窩織炎について情報を提供し、初期症状で受診するよう促す。いかがでしょうか? こうした知識を持ち、注意して過ごしてもらうことでリンパ浮腫の悪化を防ぎ、蜂窩織炎などの合併症リスクを低下させることができます。リンパ浮腫は「クスリを出せば解決」といった対応が難しい症状ですので、複合的なケアの観点から介入を考えることが大切です。ぜひ実践してみてください。今回のTips今回のTipsリンパ浮腫の介入を理解し、指導できるようになりましょう。※本稿公開後、読者から指摘をいただきました。「第109回 リンパ浮腫のコメントへの返事と知識のアップデート」も合わせてご覧ください。

93.

左右の肺がんで死亡リスクに差~日本のがん登録データ

 肺がん罹患率は、解剖学的、遺伝的、環境的要因の影響により右肺と左肺で異なる可能性がこれまでの研究で示唆されている。今回、千葉県がんセンターの道端 伸明氏らが日本のがん登録データで調べたところ、右側肺がんが左側肺がんより多く、死亡リスクは男性では右側肺がんが高かったが、女性では差がなかったという。Cancer Epidemiology誌オンライン版2025年6月24日号に掲載。 本コホート研究では、千葉県がん登録(2013~20年)のデータを用いて、原発性肺がん3万6,502例を対象とし、患者特性を右側肺がんと左側肺がんで比較した。年齢、性別、病期、組織型、その他の共変量で調整した死亡率の左右差を、カプランマイヤー生存曲線、ログランク検定、Cox比例ハザードモデルを用いて評価した。  主な結果は以下のとおり。・右側肺がん(60%)は左側肺がん(40%)よりも多かった。・右側肺がんの死亡率は左側肺がんよりわずかに高かった(ハザード比[HR]:1.05、95%信頼区間[CI]:1.02~1.08、p=0.003)。・男女別に分析すると、男性では右側肺がんの死亡リスクが高かったが(HR:1.08、95%CI:1.04~1.12、p<0.001)、女性では左右差は有意ではなかった。 著者らは「右側肺がんの有病率が高いのは、解剖学的な違いやL858R変異の割合が高いなどの遺伝的要因によるのかもしれない」と考察し、「左右差による臨床的な影響は小さいものの、これらの結果は肺がんの病態に関する見識を提供し、個別化医療の進展に寄与する可能性がある」としている。

94.

オピオイド使用がん患者へのナルデメジン、便秘予防にも有用~日本のRCTで評価/JCO

 オピオイドは、がん患者の疼痛管理に重要な役割を果たしているが、オピオイド誘発性便秘症を引き起こすことが多い。オピオイド誘発性便秘症に対し、ナルデメジンが有効であることが示されているが、オピオイド誘発性便秘症の予防方法は確立されていない。そこで、濵野 淳氏(筑波大学医学医療系 緩和医療学・総合診療医学 講師)らの研究グループは、ナルデメジンのオピオイド誘発性便秘症の予防効果を検討した。その結果、ナルデメジンはオピオイド誘発性便秘症に対する予防効果を示し、QOLの向上や悪心・嘔吐の予防効果もみられた。本研究結果は、Journal of Clinical Oncology誌2024年12月号に掲載された。試験デザイン:国内多施設共同二重盲検無作為化比較試験対象:初めて強オピオイドを使用するがん患者99例試験群:ナルデメジン(0.2mg、1日1回)を朝食後14日間内服(ナルデメジン群、49例)対照群:プラセボを朝食後14日間内服(プラセボ群、50例)評価項目:[主要評価項目]14日目におけるBowel Function Index(BFI)※28.8未満の患者割合[副次評価項目]自発排便(SBM)の頻度、QOL(EORTC QLQ-C15-PAL、PAC-QOL、PAC-SYM)、オピオイド誘発性悪心・嘔吐(OINV)の頻度など※:排便の困難さ、残便感、便秘の個人的評価について、VAS(0~100)で評価。28.8未満を便秘なしとする。 主な結果は以下のとおり。・ナルデメジン群、プラセボ群の年齢中央値はそれぞれ67.8歳、66.4歳であり、女性の割合はそれぞれ51.0%、68.0%であった。・がん種の内訳は、肝がん・胆道がん・膵がん(35例)、消化管がん(18例)、婦人科がん(10例)、乳がん(8例)、泌尿器がん(8例)、肺がん(7例)などであった。・主要評価項目の14日目におけるBFI 28.8未満の患者割合は、ナルデメジン群64.6%、プラセボ群17.0%であり、ナルデメジン群が有意に良好であった(p<0.0001)。・14日目における1週間当たりのSBM回数が3回以上の割合は、ナルデメジン群87.5%、プラセボ群53.2%であり、ナルデメジン群が有意に多かった(p=0.0002)。14日目における1週間当たりの完全自発排便回数が3回以上の割合は、それぞれ70.8%、36.2%であり、ナルデメジン群が有意に多かった(p=0.0007)。・14日目におけるQOLは、いずれの指標もナルデメジン群が有意に良好であった。・3日目までの制吐薬の使用割合は、ナルデメジン群10.6%、プラセボ群51.1%であり、ナルデメジン群が有意に少なかった(p<0.0001)。・1~3日目の悪心・嘔吐の発現は、いずれの日においてもナルデメジン群が有意に少なかった(いずれの日もp<0.0001)。・有害事象の発現割合はナルデメジン群29.2%、プラセボ群61.7%であった。嘔吐の発現割合はナルデメジン群12.5%、プラセボ群40.4%であり、ナルデメジン群が有意に少なかった(p=0.0072)。

95.

非喫煙者の肺がん、よく料理する人ほどリスク高い?

 家庭内空気汚染が非喫煙者における肺がんの潜在的な原因であるというエビデンスが蓄積され、空気中の粒子状物質、家庭用家具から発生する揮発性有機化合物、調理煙への曝露が肺がんリスクを高める可能性がある。今回、英国・レスター大学のBria Joyce McAllister氏らが、家庭内空気汚染の1つである調理煙への曝露と非喫煙者の肺がんとの潜在的関連について高所得国で検討し、関連性が認められたことを報告した。1日1食調理する女性に対し1日3食調理する女性の肺がんのオッズ比(OR)は3.1と発症リスクが高かった一方、換気フード使用のORは0.49と予防効果が示唆された。BMJ Open誌2025年6月20日号に掲載。 世界では肺がんの10~25%が非喫煙者に発症すると推定されている。低中所得国では、非喫煙者における肺がんの環境リスク因子、とくに暖房や調理用バイオマスの燃焼による家庭内空気汚染が広く調査されてきたが、高所得国においても近年エビデンスが発表され始めている。本研究では、Embase、Scopus、Cochrane library、CINAHLをそれぞれの開始時から2024年3月まで検索し、高所得国における家庭内空気汚染とその非喫煙者の肺がんへの影響に焦点を当てた症例対照研究を対象に系統的レビューを実施した。抽出された研究は、曝露評価や報告方法が異なりメタ解析が不可能であったため、ナラティブシンセシスを行った。 主な結果は以下のとおり。・解析には3件の研究の計3,734人が含まれた。すべての研究は台湾または香港で実施され、伝統的な中華料理の調理法を用いる中国人女性が対象であった。・Chenらの研究では、生涯の調理煙への曝露を測定する「調理時間・年」によって肺がんリスクを評価し、曝露が最高レベルの場合のORは3.17(95%信頼区間[CI]:1.34~7.68)であった。・Yuらの研究では、調理煙への曝露の指標として「調理皿・年」を使用し、曝露が最高レベルの場合のORは8.09(95%CI:2.57~25.45)であった。一方、Koらの研究では、調理年数よりも毎日の調理皿数のほうがリスク指標として重要であることが示され、1日1食調理する女性に対する1日3食調理する女性のORは3.1(95%CI:1.6~6.2)であった。・換気フードは非喫煙者の肺がんの予防効果があり、調整ORは0.49(95%CI:0.32~0.76)であった。 この3件の研究のレビューの結果から、著者らは「高所得国における調理煙への曝露と非喫煙者の肺がん発症リスクに関連がある可能性が示唆された。これは、低中所得国における調理煙曝露と非喫煙者の肺がんとの関連を示す多くのエビデンスを裏付けるものであり、曝露のリスクを明確に裏付けている」とした。

97.

ASCO2025 レポート 肺がん

レポーター紹介ASCO Lung、Lung ASCOと呼ばれるほど、肺がんに関しては当たり年であった2024年のASCOとは異なり、2025年のASCOは肺がんのPlenary演題もないなど、やや小ぶりな前評判であった。ただ、実際に演題が発表されてみると、DeLLphi-304試験では小細胞肺がん(SCLC)の二次治療において初めて全生存期間(OS)を延長したタルラタマブの成績が報告され、肺がんのコミュニティとしてはPlenaryセッションでもよかったのではとの声も聞こえてきた。さらに日本では未承認であるが、進展型SCLC(ES-SCLC)の維持療法として、lurbinectedinが、無増悪生存期間(PFS)、OSともに延長を示したIMforte試験にも注目が集まった。IMforte試験の演者はスペインのLuis Paz-Ares先生で、くしくもPARAMOUNT試験において非小細胞肺がん(NSCLC)におけるペメトレキセドの維持療法をASCOで発表したのもPaz-Ares先生であり、印象的であった。これらの日常診療を変えうる発表に加え、将来につながる発表が、周術期領域、抗体医薬品の開発に関連して複数発表されている。周術期領域においては、EGFR遺伝子変異陽性肺がんに対してNeoADAURA試験の結果が、ALK遺伝子転座陽性肺がんに対してALNEO試験の結果が報告された。抗体医薬品の開発は引き続き盛んであり、抗体薬物複合体(ADC)、T-cell Engager(TCE)、さらにはCAR-T療法など、今後に期待が持たれる発表が、とくに中国から続いた。そんななか、新薬を使うのでも、手術をするのでもなく、免疫チェックポイント阻害薬の投与タイミングにより、治療効果に大きな違いをもたらした臨床試験の結果が中国から発表された。免疫チェックポイント阻害薬の奥の深さを感じるとともに、このようなタイムリーな研究成果が中国から報告されることに、新規薬剤の開発だけでなく、臨床試験の実施体制としても中国の成熟が感じられた。[目次]DeLLphi-304試験IMforte試験NeoADAURA試験ALNEO試験CheckMate 816試験HERTHENA-Lung02試験抗体医薬品の展開Time-of-Day試験最後にDeLLphi-304試験再発SCLCに対する治療選択肢の1つとして期待されているDLL3とCD3を標的としたTCEであるタルラタマブの有効性と安全性を評価した第III相試験がDeLLphi-304試験である。本試験は、プラチナ製剤ベースの初回化学療法を終了後、病勢進行を経験した再発SCLC患者を対象に、タルラタマブ(0.3mgで開始後、10mgを2週ごと投与)と化学療法(トポテカン、lurbinectedin、アムルビシン)を比較する国際共同多施設無作為化比較試験で、全体で509例が登録された。主要評価項目はOS、副次評価項目にはPFSや奏効割合(ORR)、安全性が設定された。主要評価項目であるOSにおいて、タルラタマブ群は化学療法群と比較して有意な生存期間延長を示し、OSの中央値はタルラタマブ群で13.6ヵ月、化学療法群で8.3ヵ月であり、ハザード比は0.60(95%CI:0.47~0.77)、p<0.001と統計学的に有意であった。PFSについても良好な傾向が認められ、中央値は4.2ヵ月と3.7ヵ月、ハザード比は0.71(95%CI:0.59~0.86)であった。ORRについても40%と17%とタルラタマブ群で良好であった。安全性の観点では、タルラタマブ群に特徴的なサイトカイン放出症候群(CRS)は56%にみられたが、大半はGrade1~2で管理可能であり、免疫エフェクター細胞関連神経毒性症候群(ICANS)などの神経学的有害事象も既知のプロファイルと一致した。治療関連死亡はなかった。今回のDeLLphi-304試験の成功により、20年以上にわたって進展のなかった再発SCLC治療において、新たな標準治療の登場が視野に入った意義深い試験結果である。DLL3はSCLCに特異的かつ高発現する治療標的として注目されており、新たなモダリティとしてTCEが治療の基軸になる状況が現実となった。今後、初回治療や限局型への展開、あるいは他がん腫への応用など、免疫系を活用した治療開発の広がりが期待される。IMforte試験ES-SCLCでは一次治療後の病勢進行率が高く課題とされてきた。lurbinectedinはアルキル化作用を持つ転写阻害剤であり、プラチナ製剤ベース化学療法後に病勢進行したSCLC患者において抗腫瘍活性が示されてきた。IMforte試験は、ES-SCLC患者において一次導入化学療法(アテゾリズマブ+カルボプラチン+エトポシド)後に病勢進行しなかった患者を対象として、アテゾリズマブによる維持療法にlurbinectedinを上乗せすることの意義を検証する国際共同多施設無作為化非盲検第III相試験である。患者はlurbinectedin(3.2mg/m2)とアテゾリズマブ(1,200mg)を3週ごとに併用投与する試験治療群、またはアテゾリズマブ(1,200mg)を3週ごとに単独投与する標準治療群に1:1の割合で無作為に割り付けられた。主要評価項目はIRF-PFS(独立画像判定によるPFS)およびOSとされた。試験治療群には242例、標準治療群には241例が登録された。試験治療群はIRF-PFSにおいて標準治療群に対して、PFS中央値5.4ヵ月と2.1ヵ月、ハザード比0.54(95%CI:0.43~0.67)、pNeoADAURA試験EGFR遺伝子変異陽性の切除可能なNSCLCに対する術前治療として、オシメルチニブ単剤または化学療法併用の有効性と安全性を検証する第III相試験がNeoADAURA試験である。本試験は、StageII~IIIB(N2)に相当する切除可能EGFR遺伝子変異陽性(Exon19delまたはL858R)NSCLCを対象に、術前オシメルチニブ単剤群、オシメルチニブ+化学療法併用群、化学療法単独群を比較する国際共同無作為化試験で、全体で358例が登録された。主要評価項目はmajor pathologic response(MPR)であり、副次評価項目には無イベント生存期間(event-free survival;EFS)、病理学的完全奏効割合(pCR)、ORR、手術実施率、R0切除率、安全性などが含まれた。MPRにおいては、化学療法群で2%であったのに対して、オシメルチニブ単剤、併用群では25%、26%であり、オシメルチニブ併用による統計学的な優越性が確認された。pCRにおいては、化学療法群が2%であったのに対して、併用群で4%、オシメルチニブ単剤群で9%という結果であった。R0切除率はいずれの群でも90%以上と高率であり、手術遅延や手術不能例も少なく、安全に根治切除に導ける治療であることが示唆された。まだイベント数が少ない状態ではあるがEFSについても報告され、化学療法群に対して、ハザード比は併用療法群で0.50、オシメルチニブ単剤群で0.73であった。術後治療としては全例にオシメルチニブによる補助療法が予定されており、長期予後の追跡が期待される。ADAURA試験で術後オシメルチニブの有効性が示されて以来、EGFR遺伝子変異陽性NSCLCの治療パラダイムは大きく変化したが、本試験は術前段階からEGFR-TKIを導入することの意義を検討している。免疫チェックポイント阻害薬において病理学的奏効割合は高めだが画像上の奏効は50%程度にとどまっているという課題を有しており、画像上の高い奏効割合が期待できるEGFR-TKIの立ち位置については、今後さまざまな議論が展開されることになる。ALNEO試験ALNEO試験では、アレクチニブ600mgを1日2回術前に投与し、手術後も術後療法として継続することの有効性と安全性を検討する第II相試験である。主要評価項目はBICRによるMPRとされた。本試験にはイタリアの20施設が参加し、2021年5月から2024年7月にかけて患者が登録された。33例が登録され、全例が術前治療を完了し、28例が手術を受け、26例が術後療法を開始した。手術を受けなかった5例のうち、2例は患者の拒否、2例は臨床的判断、1例は臨床的進行のためであった。術後療法を受けなかった2例は、いずれもR0切除が得られなかったことがその理由であった。主要評価項目であるBICRによるMPRは42%(95%CI:28~58)であり、信頼区間の下限が事前に設定された閾値の20%を超えたことから、統計学的にも有意な結果であった。pCRは12%であった。副次評価項目として、ORRは67%であった。特筆すべきは、同時に報告されたNeoADAURA試験やこれまでのオシメルチニブによる術前治療において、pCRが0~10%未満にとどまっているのに対して、アレクチニブにおいては若干高めのMPRやpCRが報告されており、同じドライバー陽性肺がんにおいても標的や薬剤によって病理学的奏効に違いがあることが示唆されている点にある。今後、術前治療にドライバー遺伝子変異に伴うTKIを中心とした治療が導入されていくことが期待されているが、他の標的、他の薬剤による病理学的効果を含む効果についても注目したい。CheckMate 816試験すでに実臨床に導入されているCheckMate 816試験は、切除可能なStageIB(腫瘍径4cm以上)~IIIAのNSCLC患者(TNM分類第7版による)を対象とした第III相試験で、既知のEGFR遺伝子変異またはALK転座がない患者が登録された。患者はニボルマブ360mgと化学療法を3週間ごとに3サイクル併用するニボルマブ群、または化学療法単独を3週間ごとに3サイクル行う化学療法群に1:1の割合で割り付けられた。主要評価項目は、独立中央病理審査(BIPR)によるpCRおよびEFSで、OSは有意水準αも割り付けられた主要な副次評価項目として設定され、今回、最低5年間の追跡期間で最終解析が行われた。ニボルマブ群は化学療法群に対して、ハザード比0.72(95%CI:0.523~0.998)、p=0.0479と統計学的に有意なOSの改善を示し、5年OS割合も65%と55%であり、10%の上乗せを示した。ニボルマブと化学療法の併用は、肺がん特異的生存期間においても化学療法単独と比較して継続的な効果を示した。安全性プロファイルはこれまでの報告と一貫していた。CheckMate 816試験は、切除可能な固形がんにおいて、術前化学免疫療法のみ(3サイクル)が統計学的に有意なOSのベネフィットを示すことを検証した唯一の第III相試験であり、術前+術後化学免疫療法によるKEYNOTE-671試験に続いて、周術期免疫チェックポイント阻害薬においてOSの延長を示した重要な試験となった。術前のみ、術前+術後いずれの免疫チェックポイント阻害薬による補助療法においてもOSの延長が示された状況は肺がんにおいてのみであり、術前+術後の治療方法しか存在しない他のがん腫との明らかな違いが生じている。今後その違いに基づき、さらなる議論が展開されることは間違いないと考えられる。HERTHENA-Lung02試験HERTHENA-Lung02試験は、第3世代EGFR-TKI後に病勢進行した局所進行または転移を有するEGFR変異陽性NSCLC患者を対象とした国際共同多施設無作為化非盲検第III相試験である。患者は、HER3-DXd(5.6mg/kg、3週ごと)群または標準治療(シスプラチンまたはカルボプラチンを3週ごとに4サイクル投与後、ペメトレキセド維持療法実施)群に1:1の割合で割り付けられた。主要評価項目は、BICRによるPFSとされ、主要な副次評価項目はOS、それ以外の副次評価項目として安全性、頭蓋内PFS、HER3タンパク発現と有効性の関連性評価とされた。本試験には586例の患者が登録され、HER3-DXd群に293例、標準治療群に293例が割り付けられた。HER3-DXd群のPFS中央値は5.8ヵ月であったのに対し、標準治療群は5.4ヵ月であり、ハザード比は0.77(95%CI:0.63~0.94)、p=0.011で、統計学的に有意な結果であった。ただ、中央値での差異は0.4ヵ月にとどまっていた。さらに、今回OSの解析結果として、OSの中央値がHER3-DXd群、標準治療群それぞれで16.0ヵ月、15.9ヵ月、ハザード比0.98(95%CI:0.79~1.22)であり、OSについてはNegative trialであることが明らかになった。ポジティブな結果が多かった今年のASCOにおいて、期待されていたADCについてNegativeな結果が報告されたことのインパクトは大きかった。DXd(デルクステカン)ベースのADCとしては、昨年TROP2-ADCであるDato-DXdが、同様の肺がん二次治療において、全体集団でのOSでNegativeであったことが報告されている。Dato-DXdについてはTROP2の発現についてAIも用いたタンパク発現の評価方法TROP2 QCS-NMR(Normalized Membrane Ratio of TROP2 by Quantitative Continuous Scoring)が効果予測になりうることが報告されている。そのため、HER3-DXdにおいても、HER3の発現について今後同様の試みがされることに期待したい。抗体医薬品の展開BL-B01D1(iza-bren)は、EGFRとHER3の二重特異性ADCであり、新規のトポイソメラーゼI阻害薬(Ed-04)をペイロードとしている。EGFR遺伝子変異陽性NSCLCに対しては、63.2%のORRを示したことがすでに報告されている。今回は、上記以外のドライバー遺伝子変異を持つNSCLC患者83例が登録され、EGFR exon20挿入変異・Uncommon mutation(14例)、HER2変異(19例)、ALK/ROS1/RET融合(24例)、KRAS/BRAF/MET変異(26例)を有する患者が登録された。全患者のORRは46.2%、PFS中央値は7.0ヵ月であった。ORRはそれぞれ、EGFR exon20挿入変異・Uncommon mutation 69.2%、HER2変異52.9%、KRAS/BRAF/MET変異40%、KRAS G12C変異44.4%、ALK/ROS1/RET融合34.8%であった。ABBV-400(Telisotuzumab Adizutecan、Temab-A)はc-Met標的抗体(Telisotuzumab)とトポイソメラーゼIペイロードを組み合わせたものである。今回、プラチナベース化学療法およびTKIによる治療を受けた進行固形がん患者を対象とし、3ライン以上の治療歴のあるEGFR変異非扁平上皮NSCLCコホートのデータが報告された。その結果、ORRは63%であり、耐性変異の有無にかかわらず幅広い効果が確認された。ABBV-706は、高悪性度神経内分泌腫瘍(NENs)に発現しているSEZ6(Seizure-Related Homolog Protein 6)を標的としたTop1阻害薬をペイロードとしたADCである。NEN全体を対象としたコホートでは、ORRが36.9%、PFS中央値が7.62ヵ月であり、LCNECに限定した解析結果では、ORRが33.3%、PFS中央値が5.78ヵ月であることが報告された。低酸素応答性CEA CAR-T細胞療法の再発NSCLCに対する第I相試験についても報告された。ORRは47%、DCRは87%であり、一定の効果が示されたが、奏効期間(DoR)中央値は2ヵ月であり、この点についてはまだまだ改善の余地があることが示された。PRを達成した患者では、ベースライン血清CEAレベルが有意に高いなどのサブグループ解析も報告された。Time-of-Day試験Time-of-Day(ToD)試験は、進行NSCLC患者における化学免疫療法を、早めの時間(15:00より前)と遅い時間(15:00以降)で投与した場合の比較を行った無作為化第III相試験である。概日リズムは睡眠、疾患、治療に影響を与えることが知られており、前臨床試験では概日リズムと免疫細胞機能・分布の関連性、および免疫療法の有効性への影響が示唆されていた。また、20報以上の後ろ向き研究のメタ解析では、免疫チェックポイント阻害薬の投与が「遅い時間」よりも「早い時間」に行われた場合に効果の改善が示されている。StageIIIC~IV期のNSCLC患者210例が、標準化学療法と免疫チェックポイント阻害薬(ペムブロリズマブまたはsintilimab)の初回4サイクルについて、早めの時間(15:00より前)または遅い時間(15:00以降開始)に無作為に割り付けられた。主要評価項目はBICRによるPFS、副次評価項目はOS、BICRによるORR、全血リンパ球サブセット解析であった。早い時間に投与した場合のPFS中央値は11.3ヵ月であったのに対し、遅い時間では5.7ヵ月であり、ハザード比は0.42(95%CI:0.31~0.58)、p<0.0001で、統計学的に有意に早い時間に投与することの優越性が示された。OSにおいても、中央値がNot reachedと16.4ヵ月、ハザード比は0.45(95%CI:0.30~0.68)、p<0.0001であり、明らかに早い時間の投与で延長することが示された。有害事象発現割合については、若干の違いは認めるものの大きな違いは認められなかった。循環T細胞の解析では、早い時間群でCD8+T細胞とCD4+T細胞の有意な増加が示された一方で、遅い時間群では減少傾向がみられ、今回の試験結果を裏打ちする情報として示された。高額の薬剤を用いて新たな治療方法が模索されるなかで、投与時間の調整のみで大きなPFS、OSの違いをもたらした結果が、中国で実施された臨床試験から得られたことを会場の参加者は驚きをもって受け止めた。今後おそらくいくつかの追試が実施されるとともに、最適な投与時間のカットオフ(15時が最適か)についても検討が進められる見込みである。最後に今年のASCOは、肺がんによるPlenary演題はなかったものの、Plenaryであってもおかしくないインパクトを有する演題は複数発表された。注目すべきは、抗体医薬品を中心とした新たな薬剤の発表が続いたことだけでなく、周術期や免疫チェックポイント阻害薬の投与タイミングなど、肺がんの治療開発が実に幅広い領域で展開していることである。引き続き目が離せない状態が続くと考えられる。

98.

がん診断後の運動習慣が生存率と関連

 がんと診断された後の運動習慣が、生存率と関連しているとする研究結果が報告された。年齢やがんのステージなどの影響を考慮しても、運動量が多いほど生存率が高いという。米国がん協会(ACS)のErika Rees-Punia氏らの研究によるもので、詳細は「Journal of the National Cancer Institute」に5月21日掲載された。 運動が健康に良いことは古くから知られている。しかしがん診断後には、がん自体や治療の影響で体力が低下しやすく、運動が困難になることも少なくない。たとえそうであっても習慣的な運動が予後にとって重要なようだ。Rees-Punia氏は、「われわれの研究結果は、がん診断後に活動的に過ごすことが生存の確率を有意に高める可能性を示唆する、重要なエビデンスだ」と述べている。 この研究は、米国を拠点として行われた6件のコホート研究のデータを統合し、がんサバイバー9万844人(診断時の平均年齢67±10歳、女性55%)を対象として実施された。習慣的な運動量は、がん診断後1年以上経過した時点で評価されていた。10.9±7.0年の追跡期間中に4万5,477人が死亡。死亡リスクに影響を及ぼし得る因子(年齢、性別、人種/民族、喫煙・飲酒状況、がんのステージ・治療内容)は、統計学的に調整した。 解析の結果、運動を全くしていない人に比べ、ある程度の運動を行っている人の死亡リスクは平均約29%低いことが明らかになった。また、ガイドラインで推奨されている運動量(週に中強度運動を150分、または高強度運動を75分)を満たしている人ではリスクが平均約42%低く、さらに推奨量の2~3倍の運動をしている人は約57%低リスクだった。なお、米疾病対策センター(CDC)は、中強度の運動の例として、早歩き、社交ダンス、軽い庭仕事、ヨガなど、高強度運動の例として、ランニング、水泳、高速でのサイクリング、土の掘り起こしといった庭仕事などを挙げている。 運動により死亡リスクが抑制される可能性のあるがんは10種類あり、ガイドラインが推奨する運動を行っていた場合のリスク低下の程度(ハザード比〔95%信頼区間〕)は以下のとおり。口腔がん(0.44〔0.27~0.73〕)、子宮内膜がん(0.50〔0.34~0.76〕)、肺がん(0.51〔0.38~0.68〕)、直腸がん(0.51〔0.36~0.71〕)、呼吸器がん(0.51〔0.29~0.72〕)、膀胱がん(0.53〔0.40~0.72〕)、腎臓がん(0.53〔0.37~0.77〕)、前立腺がん(0.60〔0.49~0.74〕)、結腸がん(0.61〔0.50~0.76〕)、乳がん(0.67〔0.55~0.81〕)。なお、これら10種類のがんのうち8種類については、追跡開始後の最初の2年以内に死亡した参加者を除外した解析でも有意なリスク低下が認められた。 Rees-Punia氏はこの結果に基づき、「がん治療によって肉体的・精神的な消耗を来しやすいため、運動は大変だと感じられるかもしれない。しかし、全く運動をしないよりは少しでもした方が良い。自分が楽しめる運動を見つけたり、友人と一緒に運動してみたりすると良いのではないか」とアドバイスしている。

99.

便利な持続皮下注射【非専門医のための緩和ケアTips】第102回

便利な持続皮下注射内服薬を継続しているがん患者さんが病状進行とともに内服が難しくなった際、強い味方になるのが持続皮下注射です。緩和ケア分野では広く活用されている投与法ですが、注意点もあります。一緒に学んでみましょう。今回の質問在宅で診ている患者さんにオピオイドの持続皮下投与をしていますが、刺入部に発赤が出てきました。このような場合、感染を疑うべきでしょうか?オピオイドの注射薬の投与経路として、持続皮下投与は非常に便利な方法です。とくに在宅領域ではその簡便さから広く活用されています。しかし、注意点もいくつかあります。最も注意すべきなのが、今回の質問にもある「感染」です。刺入部位の発赤や疼痛、腫脹は感染を疑う所見として、適切に対応する必要があります。皮下注射自体は清潔操作で刺入されていれば毎日刺し替える必要はありませんが、感染を疑う所見がないかは毎回観察する必要があります。患者さんや家族に「ここが赤く、痛く腫れた場合は教えてくださいね」と伝えておくのもよい工夫です。もう1つは、持続皮下投与で鎮痛効果が不十分であった際の対応です。一般的に、持続皮下投与は1時間当たり1mL程度の投与量を超えると吸収が不十分になるといわれています。そのためフェンタニルのように製剤として濃度が低いオピオイドの場合、あまり多くの投与量を確保できません。必要なオピオイド量が多い場合は、別のオピオイドに変更するか、静脈注射に変更する必要が生じます。最後に、在宅で持続皮下投与を行う際に注意すべきなのが、ルートの折れ曲がりによる閉塞などの物理的なトラブルです。当たり前ですが、在宅療養は医療者の目が届きにくい環境であり、ルートの管理が行き届かないことがあります。ルートにトラブルが生じると薬液が適切に投与されないだけでなく、アラームが鳴って患者さんや家族に不安が生じ、在宅療養が困難となることもあります。ルート内の気泡などにも要注意です。入院環境であれば巡回する看護師が気付きますし、ナースコールにもすぐに対応できるのであまり問題になりませんが、在宅はすぐに駆け付けられない環境なので、いつも以上に注意する必要があります。以上、持続皮下注射の注意点をお話ししました。簡便で広く用いられている手法だからこそ、当たり前のレベルを上げていくことが重要な分野だと思います。今回のTips今回のTips持続皮下注射の注意点「感染、投与量、ルート確保」を理解して実践しましょう。

100.

腫瘍内細菌叢が肺がんの予後を左右する

 細菌は外的因子としてがんの発生に寄与するが、近年、腫瘍の中にも細菌(腫瘍内細菌叢)が存在していることが報告されている。今回、肺がん組織内の腫瘍細菌叢の量が、肺がん患者の予後と有意に関連するという研究結果が報告された。研究は、千葉大学大学院医学研究院分子腫瘍学(金田篤志教授)および呼吸器病態外科学(鈴木秀海教授)において、越智敬大氏、藤木亮次氏らを中心に進められ、詳細は「Cancer Science」に4月11日掲載された。 近年、がんの予後と腫瘍内細菌叢の関係が注目されている。その中でも、肺がんに関する研究は、喀痰や気管支肺胞洗浄液に含まれる腫瘍外部の細菌に焦点を当てたものがほとんどであり、腫瘍内細菌叢とその予後への影響について検討したものは限られている。そのような背景を踏まえ著者らは、腫瘍内細菌叢が肺がん患者の予後に与える影響を評価するために、単施設のコホート研究を実施した。 本研究では、最も一般的な肺がんの2つの組織型、肺腺がん(LUAD)と肺扁平上皮がん(LUSC)が解析された。肺がんの腫瘍サンプルは、千葉大学医学部付属病院で2016年1月~2023年12月の間に手術を受けた507人(LUAD 369人、LUSC 138人)より採取された。再発手術と術前化学療法を行った症例は除外した。腫瘍内細菌叢のゲノムDNA(bgDNA)の定量はqPCR法により行い、bgDNAが大量に検出された症例については、蛍光in situ ハイブリダイゼーション法(FISH)により、腫瘍組織内の局在が確認された。 腫瘍サンプルのqPCRの結果、391サンプル(77.1%)で、定量範囲下限以上のbgDNAが検出された。LUADおよびLUSCサンプルを用いたFISH解析により、組織中に細菌が存在することが示されたが、LUSCにおいては、細菌は間質に多く存在していた。 次に性別、病期(I~III)、組織型(LUAD、LUSC)などの患者特性ごとに、細菌叢のbgDNAのコピー数を調べた。その結果、他の患者特性では有意な差は認められなかったが、組織型では、LUSCと比較しLUADで有意に細菌叢のbgDNAのコピー数が多いことが分かった(P=1×10-7)。 定量化された391の検体は、bgDNAの定量値に基づき、細菌叢高容量群、低容量群、超低容量群の3群に分類し、全生存率(OS)と無再発生存率(RFS)との相関が検証された。その結果、LUADでは、細菌叢の量はOSやRFSのいずれとも有意に相関していなかった。しかしLUSCでは、Cox比例ハザードモデルを用いた単変量および多変量解析の結果、OSおよびRFSと有意に関連し、病期とは独立した予後因子として特定された。 本研究について金田教授は、「腫瘍内細菌叢は組織型に差異はあるものの、多くの肺がん組織で認められた。この細菌叢の量は、予後の悪い肺扁平上皮がんを層別化する上で有用なマーカーとなる可能性がある」と述べており、鈴木教授は、「これら細菌の肺がん発症や進展への寄与については今後さらなる研究が必要である」と付け加えた。

検索結果 合計:2134件 表示位置:81 - 100