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気管支内視鏡の生検で動脈性の出血が生じ、開胸肺切除を行ったが死亡したケース

呼吸器最終判決判例時報 1426号94-99頁概要グッドパスチャー症候群の疑いがもたれた52歳女性。確定診断のため経気管支肺生検(TBLB)が行われた。そのとき左舌区入口部に直径2~3mmの円形隆起性病変がみつかり、悪性病変を除外するために生検を行った。ところが、生検直後から多量の動脈性出血が生じ、ただちに止血処置を行ったがまもなくショック状態に陥り、人工呼吸、輸血などを行いながら開胸・左肺全摘手術が施行された。しかし意識は回復することなく、3週間後に死亡した。詳細な経過患者情報昭和42年3月28日生まれ32歳経過1987年3月腎機能障害のため某大学病院に入院し、血漿交換、人工呼吸器による呼吸管理、ステロイドなどの投与が行われた52歳女性。諸検査の結果、グッドパスチャー症候群が疑われた。4月10日精査治療目的で関連病院膠原病内科に転院。胸部X線写真では両肺野のびまん性陰影、心臓拡大、胸水などの所見がみられた。グッドパスチャー症候群に特徴的な症状(肺炎様の症状と血尿・蛋白尿)はみられたが、血中の抗基底膜抗体(抗GBM抗体)は陰性であったため、確定診断のために肺生検が予定された。4月20日経気管支肺生検(TBLB)施行。左下葉から4カ所、左上葉上腹側部から1カ所、合計5カ所から肺生検を行った。そのとき左舌区入口部に直径2~3mmの円形隆起性病変がみつかった。その性状から、良性粘膜下腫瘍、悪性新生物、肉芽腫性病変のうちいずれかであり、粘膜表面はやや赤みを帯び、表面は滑らかで、拍動はなく、やや硬い充実性の印象であったので、血管病変ではないと判断された。悪性病変を除外するために生検を行ったところ、直後から動脈性出血を生じ、気管支粘膜直下の気管支動脈を破ったことが判明した。ただちに気管支ファイバースコープを出血部位に押しつけながら出血を吸引し、アドレナリン(商品名:ボスミン)、トロンビンを局所散布した。しかし止血は得られず危篤状態に陥り、人工呼吸、心臓マッサージ、輸血、薬剤投与などの緊急措置が行われたが、動脈性の出血が持続した。4月21日止血目的の開胸手術、さらには左肺全摘術を施行したが、意識は回復せず。6月9日心不全により死亡。病理組織学的検査の結果、問題の気管支動脈は内腔約1mm以下の血管が、ループ状ないしガンマー字状になって気管支粘膜上皮に突出した病変であり、ゴムホースをねじったような走行異常であった。そして、血管壁がむき出しになっていたわけではなく、粘膜の表面が扁平上皮化生(粘膜の表面が本来その場所にはない普通の皮のようになってしまう現象)を起こしていたと推定された。このような気管支動脈の走行異常は、今まで報告されたことのない特殊な奇形であった。当事者の主張患者側(原告)の主張1.予見可能性左舌区入口部の円形隆起性病変が動脈であることを予見することは可能であり、また、予見する義務があった2.生検の必要性そもそも気管支鏡検査の目的はグッドパスチャー症候群の確定診断をつけることであり、出血の原因となった生検は予定外の検査である。しかも、生検の1ヵ月以上前から血液透析を行っており、出血性素因を有していたのだから、膠原病内科の担当医とあらためて生検の必要性を確認してから検査をするべきであり、この時点で検査をする必要性はなかった3.説明義務違反今回の大出血につながった生検は予定外のものであり、患者に対し何の説明もなく、患者の承諾もなく、さらにただちに生命・健康に重大な危険を及ぼす緊急の事情もなかった以上、TBLB終了後施術内容や危険性につき説明を加え、その承諾を得る義務があったのに怠った病院側(被告)の主張1.予見可能性下行大動脈から分岐する気管支動脈が気管支壁を越えて気管支粘膜内に存在することはきわめてまれであり、観察時には動脈性病変を示唆する所見はみられなかった。実際に本件のように非常に小さく、著明な発赤や拍動を欠いたものについては報告はないため、動脈であることの予見可能性はなかった2.生検の必要性TBLBを行った当時は透析中でもあり、肺出血による呼吸不全の既往もあったため、今後気管支鏡検査を実施できる条件の整う機会を得るのは容易ではなかった。しかも今回の病変が悪性のものであるおそれもあったから、生検を実施しないで様子をみるということは許されなかった3.説明義務違反患者から同意を得たTBLBを行う過程で、新たに緊急で生じた必要性のある検査に対し、とくにあらためて個別の説明を行わないでも説明義務違反には当たらない裁判所の判断予見可能性今回の病変は通常動脈があるとは考えられない場所に存在し、しかも扁平上皮化生によって血管の赤い色を識別することができず、血管性病変であることを予見するのは医学的にまったく不可能とは言い切れないとしても、その位置、形状、態様、色彩そのほかの状況からして、当時の医学水準に照らしても血管性病変であることを予見することは著しく困難であった。生検の必要性今回の病変は正体が不明であり、悪性腫瘍の可能性もあり、後日改めて気管支鏡検査をすることができないかもしれないという状況であった。しかも気管支鏡以外にはその病変を診断する的確な方法がなかったため、むしろそのまま放置した時は医師として怠慢であると非難されるおそれさえあったといえる。説明義務違反検査に当たってはあらゆる事態を想定してあらゆる事柄について事前に説明を施し、そのすべてについて承諾を得なければならないものとはいえない。今回の生検は当初予定していたTBLBの一部ではなく、不可避的な施術であるとはいえないが、新たに緊急に必要性の判明した検査であった。通常この生検が身体に与える影響は著しく軽微であり、TBLBの承諾を得たものであれば生検を拒否するとは到底考えられないため、改めて説明の上その承諾を得なければならないほどのものではなく、医師としての説明義務違反とはいえない。原告側合計4,516万円の請求を棄却考察今回の事案をご覧になって、多くの先生方(とくに内視鏡担当医師)は、複雑な感想をもたれたことと思います。「医療過誤ではない」という司法の判断こそ下りましたが、もし先生方が家族の立場であったのなら、なかなか受け入れがたい判決ではないでしょうか。いくら「不可抗力であった」と主張しても、結果的には気管支動脈を「動脈」とは認識できずに生検してしまい、出血大量となって死亡したのですから、「見立て違い」であったことにはかわりありません。おそらく担当医師にとってはきわめて後味の悪い症例であったと思います。同じようなケースとして、消化器内視鏡検査で食道静脈瘤を誤って生検してしまい、うまく出血をコントロールできずに死亡した事案も散見されます。消化管の内視鏡検査であれば、止血クリップを使うなどしてある程度出血のコントロールは可能ではないかと思いますが、本件のように気管支内視鏡検査で気管支腔に突出した動脈をつまんでしまうと、事態を収拾するのは相当困難であると思います。本件でも最終的には左肺を全摘せざるを得なくなりました。このように、たいへん難しい症例ではありますが、以下の2つの点については強調しておきたいと思います。1. われわれ医師がよかれと思って誠実に行った医療行為の結果が最悪であった場合に、その正当性を証明するには病理学的な裏付けがきわめて重要である本件では気管支動脈からの出血をコントロールするために左肺が全摘されたため、担当医師らが動脈とは認識できなかった「血管走行異常」を病理学的につぶさに検討することができました。その結果、「動脈とは認識できなくてもやむを得なかった」という重要な証拠へとつながり、無責と判断されたのだと思います。もしここで左肺全摘術、もしくは病理解剖が行われなかったとすると、「気管支動脈を誤認した」という事実だけに注目が集まり、まったく異なる判決になっていたかもしれません。ほかの裁判例でも、病理解剖が行われてしっかりと死亡原因が突き止められていれば、医療側無責となったかもしれない事案が数多くみられます。往々にして家族から解剖の承諾を得ることは相当難しいと思われますが、治療の結果が悪いというだけで思わぬ医事紛争に巻き込まれる可能性がある以上、ぜひとも病理学的な裏付けをとっておきたいと思います。2. 侵襲を伴う検査を行う際には細心の注意を払う必要があるという、基本事項の再確認今回の裁判では病院側の主張が全面的に採用されましたが、検査で偶然みつかった病変に対し、はたして本当に生検が必要であったのかどうかは議論のあるところだと思います。そもそも、気管支鏡検査の目的はグッドパスチャー症候群の診断を確定することにありました。そして、検査の直前には腎機能障害のため、血漿交換、人工呼吸器による呼吸管理まで行われていたハイリスク例でしたので、後方視的にみれば「診断をつける」という目的が達成されればそれで十分と考えるべきであったと思います。つまり、今回の生検は「絶対的適応」というよりも、どちらかというと「相対的適応」ではないでしょうか。偶然みつかった正体不明の病変については、「ついでだから生検しておこう、万が一でも悪性であったら、それはそれでがんをみつけてあげたのだから診断に貢献したことになる」と考えるのも同じ医師として理解はできます。しかし、この判決をそのまま受け取ると、「この患者は気管支鏡検査を受けると、ほとんどの医師は気管支内に突出した気管支動脈を動脈とは認識できず、がんの鑑別目的で『誤認』された動脈を生検されてしまい、出血多量で死亡に至る」ということになります。そもそもわれわれ医師の役目は患者さんの病気を治療することにありますので、病気を治す以前の医療行為が直接の原因となって患者さんが死亡したような場合には、いくら不可抗力といえども猛省しなければならないと思います。ぜひとも多くの先生方に本件のような危険なケースがあることを認識していただき、内視鏡検査では「ちょっとおかしいから組織を採取して調べておこう」と気軽に生検する前に、このようなケースがあることを思い出していただきたいと思います。裁判では「気管支鏡以外にはその病変を診断する的確な方法がなかったため、むしろそのまま放置した時は医師として怠慢であると非難されるおそれさえある」という考え方も首肯されはしましたが、もう一度慎重に検討することはけっして怠慢ではないと思います。われわれ医師の責務として、このような残念なケースから多くのことを学び、同じようなことがくり返されることがないよう、細心の注意を払いたいと思います。呼吸器

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