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今回は動物咬傷の処置を紹介します。一概に動物といっても種類は無数にあり、Review報告の頻度が高いのは想像どおり犬や猫ですが、それ以外にも蛇やげっ歯類、馬、クモ、サメ、アリゲーター/クロコダイルなどが報告に挙がっています1)。私は医師3年目のときに、アメリカの救急医向けの著書「Tintinalli's Emergency Medicine」でアナコンダにかまれたときの対処法を学びましたが、「人生で遭遇する機会はないだろうなぁ」と思いながら読んでいました2)。実際に私が経験する機会の多い咬傷の第1位は犬で、次いで猫、そして人です。蛇咬傷については第5回をご参照ください。今回は犬咬傷で、創が比較的小さく(3cm未満)、四肢をかまれた場合の処置に限定します。犬と猫は基本的には治療は変わりませんが、しいて言えば猫のほうが歯が細くて鋭く、創が小さく深い傾向にあります。創が大きい、もしくは美容的に縫合が必要な場合(顔面など)はアプローチが別になります。<症例>72歳男性主訴飼い犬にかまれた高血圧、糖尿病で定期通院中。受診2時間前に飼い犬のマルチーズに手をかまれた。自宅にあった消毒液で消毒し、包帯を巻いた状態で定期受診。診察が終わったときに自分から「今日手をかまれて血が出て大変だったんだよ」と言い、犬咬傷が判明。既往歴糖尿病、高血圧アレルギー歴なしバイタル特記事項なし右前腕2ヵ所に1cm程度の創あり。発赤なし。内科外来をしていると上記のようなことを偶然聴取することがあります。さて、これは「そうなんだ。大変だったね~」とこのまま帰してよいのでしょうか?報告によると、犬咬傷は咬傷全体の80%を占め、若い男性に多く、餌を取り上げるなど犬に不快感を与えたときにかまれることが多いそうです3)。私が小さいころ、田舎の犬が食事をしていたときに、いつもは喜ぶ頭なでなでをしたら吠えられて驚いた記憶があります。この患者さんはとくに理由もなくほぼ毎日かまれているそうですが、ここまで深くかまれたのは初めてだったとのことです。ちなみに、犬咬傷の次に多いのが猫咬傷で全体の10%程度、若い女性に多いようです1)。咬傷で危険なのは、かみ傷が神経や血管を損傷することですが、感染も同等に危険です。口腔内には多種多様な菌がいて、感染のリスクが高いです。動物にかまれた後1~2日してから病院を受診した患者では、入院や外科的処置が必要になるリスクが3.5~7倍高くなるという報告があります4)。早期に適切な処置をして感染を防ぐことが重要ですので、治療をステップに分けて説明します。(1)鎮痛、創の深さ・異物の有無の確認創に対して処置を行うのでしっかりと鎮痛しましょう。動物咬傷は感染リスクが高いため可能な限り縫合は避けます。縫合しない場合は、私は鎮痛薬としてキシロカインの注射剤ではなく、ゼリー剤を用います。塗布してガーゼで覆い、5分ほど待ってから創の深さと異物の有無を確認しましょう。私はこういった小さな創に対しては眼科用ピンセットを用いて深さや異物の有無を確認しています。創部内の観察が困難な場合もありますが、動物咬傷で異物となるのは歯ですので、疑わしい場合はレントゲンを撮影しましょう。本症例は眼科攝子を入れたところ創は浅く、可視範囲に異物はないと判断しました。(2)洗浄、消毒この患者が自宅で行った処置は創に消毒液を塗ったことだけでした。非医療者はこういった処置で終わることが非常に多い印象があります。しかし、咬傷は創の入口が狭くて深いことが多く、唾液などの汚染物質が創部内に残ります。ですので、表面だけを洗ったり消毒したりするだけでは十分な処置とはいえません。汚染された創を洗浄するためには、8psi(Pound per Square Inch)の圧が理想とされていて、図1のように20mLのシリンジの先に20ゲージの静脈留置針の外套を付けるとちょうどよい値になります5)。図1 20mLのシリンジに20G静脈留置針を装着画像を拡大する私は創が小さい場合、眼科用ピンセットがあればピンセットで入り口を広げ、シリンジを用いて圧をかけながら外から洗浄します。創の入り口を広げるのが難しい場合は、そのまま外から圧をかけて洗浄します。この際に「針を創に入れて洗浄すればよいのでは?」と思われるかもしれませんが、かけた圧力の逃げ場がないため、皮下に大きな死腔を作ってしまうことがありますので控えてください(図2)。洗浄の量は傷1cm当たり100~200mLが推奨されています6)。図2 入り口が狭い創に圧をかけると皮下に死腔ができる画像を拡大する創の消毒に関して有効性が示唆された報告はなく、ポピドンヨードや次亜塩素酸ナトリウムは組織障害性が強いこともあり、すべて症例に積極的な推奨はされていません7)。しかし、創の汚染が強いときに消毒することを否定する根拠もありませんので、状況に合わせて消毒を行うことをお勧めします。私は、「創の汚染が強いとき」「初回のみ」消毒しています。水道水や生理食塩水の代わりに、消毒液を用いて洗浄することは効果的ではないので控えましょう。次に必要になるのは創の処置です。口腔内には嫌気性菌を含めた細菌が多数いるため、動物咬傷では口腔内の汚染物質が創に入り込みます。入り口を塞ぐと、(1)空気に触れない、(2)創内のドレナージができない、という事態が生じて感染リスクが上がるとされているので、可能であれば縫合しません。もし美容的に問題がある場合はリスク・ベネフィットを説明して縫合します。今回のような小さく深い創の場合は、ナイロン糸を用いたドレナージが有効です。私は1-0から3-0の太さのナイロン糸1本を図3のように先端が輪っかになるように結び、輪っか側の先端を創に挿入してテープで固定します。図3 ドレナージ用のナイロンの作り方とドレナージの方法画像を拡大する創には抗菌薬入りの軟膏を塗ったガーゼを被せ、1日1回水道水で洗浄してから軟膏ガーゼを交換するように指導しています。若手医師からドレナージ抜去のタイミングに関して聞かれることがありますが、私は受傷2~3日して感染兆候がなければ除去しています。ガーゼを頻回(1日2回以上)交換しなければならないほど浸出液が多い場合は留置を継続しますが、長くても1週間としています。本症例は、嫌気性菌のカバーを目的に、アモキシシリン・クラブラン酸配合剤250mg+アモキシシリン単剤250mgを3錠ずつ5日分処方して帰宅としました。また、破傷風の予防接種を受けたことがなかったため、破傷風トキソイドも投与しました。患者には3日後に来院してもらい創を観察したところ、ナイロン糸は残っており、浸出液は少量で感染兆候がなかったため、糸ドレナージを除去しました。抗菌薬は飲み切り終了し、毎日のガーゼ交換は継続してもらったところ、1週間後の診察で創はきれいになっていたため、咬傷に対する通院は終了としました。軟膏ガーゼは浸出液が付かなくなるまで継続してもらい、何かあれば再診を指示しましたが、次の定期受診までとくに問題はありませんでした。患者さんは相変わらず毎日犬にかまれているものの、「犬と接する際はなるべく手袋、長袖を着るようにした」と工夫していました。そもそも犬にかまれないようにする何かよい方法はないのかなと思いましたが、私は犬を飼ったことがないため何もアドバイスできませんでした…。軽症の動物咬傷は患者自身が処置して感染症を引き起こすことがあり、より大きな処置が必要になることがあります。適切な診断・加療が必要ですので参考にしてください。動物咬傷の豆知識感染してしまったとき今回の症例で、もし残念ながら感染してしまった場合はどうしましょうか? この場合、ドレナージが十分にできていない可能性があります。そのため、糸ドレナージは抜去して、創内を十分にドレナージできる程度に切開する必要があります。自信がなければ専門科に相談しましょう。十分なドレナージと抗菌薬でほとんどの動物咬傷の感染は改善します。感染が関節にかかっている場合感染が関節にかかっている場合は、化膿性関節炎の可能性や手の咬傷でカナベルの4徴(屈筋腱に沿った圧痛、患指の腫脹、患指の軽度屈曲位、受動的に患指を伸展すると激痛を訴える)を認める場合は化膿性屈筋腱炎の可能性があり、専門的な処置が必要なためコンサルトしましょう8)。1)Savu AN, et al. Plast Reconstr Surg Glob Open. 2021;9:e3778.2)Tintinalli JE, et al. Tintinalli’s Emergency Medicine: A Comprehensive Study Guide 8th edition. McGraw-Hill Education;2016.3)Basco AN, et al. Public Health Rep. 2020;135:238-244.4)Speirs J, et al. J Paediatr Child Health. 2015;51:1172-1174.5)Shetty R, et al. Indian J Plast Surg. 2012;45:590-591.6)Moscati RM, et al. Acad Emerg Med. 2007;14:404-409.7)Chisholm CD, et al. Ann Emerg Med. 1992;21:1364-1367.8)Kennedy CD, et al. Clin Orthop Relat Res. 2016;474:280-284.