203.
尿グラム染色でグラム陽性球菌が見えたとき何を考える?Teaching point(1)尿からグラム陽性球菌が検出されたときにどのような起因菌を想定するかを学ぶ(2)腸球菌(Enterococcus属)に対して、なぜグラム染色をすることが重要なのかを学ぶ(3)尿から黄色ブドウ球菌(S. aureus)が検出された場合は必ず菌血症からの二次的な細菌尿を考慮する(4)一歩進んだ診療をしたい人はAerococcus属についても勉強しよう《症例1》82歳女性。施設入所中で、神経因性膀胱に対し、尿道カテーテルが挿入されている方が発熱・悪寒戦慄にて救急受診となった。研修医のA先生は本連載の第1~4回(腎盂腎炎の診断)をよく勉強していたので、病歴・身体所見・血液検査・尿検査などから尿路感染症と診断した。グラム染色では白血球の貪食像を伴うグラム陽性の短レンサ球菌が多数みられた。そこから先はよく勉強していなかったA先生は、尿路感染症によく使われる(とA先生が思っている)セフトリアキソン(CTRX)を起因菌も考えず「とりあえず生ビール」のように投与した。A先生は翌朝、自信満々にプレゼンテーションしたが、なぜか指導医からこっぴどく叱られた。《症例2》65歳女性、閉経はしているがほかの基礎疾患はない。1ヵ月前に抜歯を伴う歯科治療歴あり。5日前からの発熱があり内科外来を受診。後期研修医のB先生は病歴・身体所見・血液検査・尿検査を行った。清潔操作にて導尿し採取した尿検体でグラム染色を行ったところ、グラム陽性球菌のcluster像(GPC-cluster)が確認できた。「尿路感染症の起因菌でブドウ球菌はまれって書いてあったので、これはコンタミネーションでしょう! 尿路感染症を疑う所見もないしね!」と考えたA先生は患者を帰宅させた。夕方、A先生のカルテをチェックした指導医が真っ青になって患者を呼び戻した。「え? なんかまずいことした…?」とA先生も冷や汗びっしょりになった…。はじめに尿路感染症を疑い、グラム染色を行った際に「グラム陽性球菌(GPC)」が検出された場合、もしくは細菌検査室から「GPC+」と結果が返ってきた場合、自信をもって対応できるだろうか? また危険な疾患を見逃しなく診療できるだろうか? 今回は、なかなか整理しにくい「尿からグラム陽性球菌が検出されたときの考え方」について解説する。1.尿路感染症の起因菌におけるグラム陽性球菌検出の割合は?そもそも尿路感染症におけるグラム陽性球菌にはどのような種類がいるのか、その頻度はどれくらいなのかを把握する必要がある。表11)は腎盂腎炎の起因菌を男性・女性・入院の有無で分けた表である。なお、このデータは1997〜2001年とやや古く、かつ米国の研究である。表22)にわが国における2010年のデータ(女性の膀胱炎患者)を示すが、表1のデータとほぼ同様であると考えられる。画像を拡大する画像を拡大するほかの文献も合わせて考えると、おおよそ5~20%の割合でグラム陽性球菌が検出され、Staphylococcus saprophyticus、Enterococcus faecalis、Staphylococcus aureus、Streptococcus agalactiaeなどが主な起因菌であるといえる3)。閉経後や尿道カテーテル留置中の患者の場合はどうだろうか? 閉経後に尿路感染症のリスクが上昇することはよく知られているが、その起因菌にも変化がみられる。たとえば若年女性では高齢女性と比較してS. saprophyticusの検出割合が有意に多かったと報告されている2)。また尿道カテーテル留置中の患者の尿路感染症、いわゆるCAUTI(カテーテル関連尿路感染症)においてはEnterococcus属が約15%程度と前述の報告と比較して高いことが知られている4)。グラム陽性球菌が検出されたときにまず考えるべきこと尿からグラム陽性球菌が検出された際にまず考えるべきことはコンタミネーションの存在である。これは女性の中間尿による検体の場合、とくに考慮する必要がある。過去の文献によると、女性の膀胱炎において、S. saprophyticusはコンタミネーションの可能性が低いとされる一方で、Enterococcus属やS. agalactiaeはコンタミネーションの可能性が高いとされている5)。中間尿を用いた検査結果の判断に悩む場合はカテーテル尿による再検を躊躇しない姿勢が重要である。また採取後常温で長時間放置した検体など、取り扱いが不適切な場合もコンタミネーションの原因となるため注意したい。グラム染色でこれらをどう判断する?コンタミネーションの可能性が低いと判断した場合、次に可能な範囲でグラム染色による菌種のあたりをつけておくことも重要である。以下に各菌種の臨床的特徴およびグラム染色における特徴について簡単に述べる。●Enterococcus属Enterococcus属による尿路感染症は一般的に男性の尿路感染症やCAUTIでしばしばみられる一方で、若年女性の単純性尿路感染症では前述のとおり、コンタミネーションである可能性が高いことに注意する必要がある。Enterococcus属は基本的にセフェム系抗菌薬に耐性を示す。言い換えると「グラム染色なしに『尿路感染症なのでとりあえずセフトリアキソン』と投与すると治療を失敗する可能性が高い」ということである。つまり、グラム染色が抗菌薬選択に大きく寄与する菌種ともいえる。Enterococcus属は一般的に2〜10個前後の短連鎖の形状を示すことが特徴である。また、Enterococcus属は一般的にペニシリン系抗菌薬に感受性のあるE. faecalisとペニシリン系抗菌薬への耐性が高いE. faeciumの2種類が多くを占め、治療方針を大きく左右する。一般的にE. faecalisはやや楕円形、E. faeciumでは球形であることが多く、両者を区別する一助になる(図1)。画像を拡大するまた血液培養においては落花生サイン(2つ並んだ菌体に切痕が存在し、あたかも落花生のように見える所見)が鑑別に有用という報告もあるが6)、条件のよい血液培養と異なり、尿検体ではその特徴がハッキリ現れない場合も多い(図2)。画像を拡大する●Staphylococcus属Staphylococcus属は前述のとおり、S. saprophyticusとS. aureusが主な菌種である。S. saprophyticusは若年女性のUTIの原因として代表的であるが、時に施設入所中の高齢男性・尿道カテーテル留置中の高齢男性にもみられる。一方で、S. aureusが尿路感染症の起因菌となる可能性は低く、前述の表1などからも全体の約1〜2%程度であることがわかる。またその多くは妊娠中の女性や尿道カテーテル留置中の患者である。ただし、S. aureus菌血症患者で、尿路感染症ではないにもかかわらず尿からS. aureusが検出されることがある7)。したがって、尿からS. aureusが検出された場合は感染性心内膜炎を含む尿路以外でのS. aureus感染症・菌血症の検索が必要になることもある。Staphylococcus属はグラム染色でcluster状のグラム陽性球菌が確認できるが、S. saprophyticusの同定にはノボビオシン感受性テストを用いることが多く、グラム染色だけでS. saprophyticusとS. aureusを区別することは困難である。●Streptococcus属Streptococcus属ではS. agalactiae(GBS)が尿路感染症における主要な菌である。一般的に頻度は低いが、妊婦・施設入所中の高齢者・免疫抑制患者・泌尿器系の異常を有する患者などでみられることがあり、またこれらの患者では感染症が重篤化しやすいため注意が必要である。グラム染色ではEnterococcus属と比較して長い連鎖を呈することが多い。●Aerococcus属前述の頻度の高い起因菌としては提示されていなかったが、Aerococcus属による尿路感染症は解釈や治療に注意が必要であるため、ここで述べておく。Aerococcus属は通常の検査のみではしばしばGranulicatella属(いわゆるViridans streptococci)と誤認され、常在菌として処理されてしまうことがある。主に高齢者の尿路感染症の起因菌となるが、スルホンアミド系抗菌薬に対して耐性をもつことが多く、Aerococcus属と認識できずST合剤などで治療を行った場合、重篤化してしまう可能性が指摘されている8)。グラム染色では球菌が4つくっついて四角形(四量体)を形成するのが特徴的だが、Staphylococcus属のようにクラスター状に集族することもある。《症例1》のその後また別の日。過去に尿路感染症の既往があり、施設入所中・尿道カテーテル挿入中の80歳女性が発熱で救急搬送された。A先生は病歴・身体所見・検査所見から尿路感染症の可能性が高いと判断した。また、尿のグラム染色からは白血球の貪食像を伴うグラム陽性の短レンサ球菌が多数みられた。1つ1つの球菌は楕円形に見えた。過去の尿培養からもE. faecalisが検出されており、今回もE. faecalisによる尿路感染症が疑われた。全身状態は安定していたため、治療失敗時のescalationを念頭に置きながら、E. faecalisの可能性を考慮しアンピシリンで治療を開始した。その後、患者の状態は速やかに改善した。《症例2》のその後指導医から電話を受けた患者が再来院した。追加検査を行うと、経胸壁エコーでもわかる疣贅が存在した。幸いなことに現時点で弁破壊はほとんどなく、心不全徴候も存在しなかった。黄色ブドウ球菌による感染性心内膜炎が疑われ、速やかに血液培養・抗菌薬投与を実施のうえ、入院となった。冷や汗びっしょりだったA先生も、患者に大きな不利益がなかったことに少し安堵した。おわりに尿グラム染色、あるいは培養検査でグラム陽性球菌が検出された場合の対応について再度まとめておく。尿路感染症におけるグラム陽性球菌ではS. saprophyticus、E. faecalis、S. aureus、S. agalactiaeなどが代表的である。グラム陽性球菌が検出された場合、S. saprophyticus属以外はまずコンタミネーションの可能性を考慮する。コンタミネーションの可能性が低いと判断した場合、Enterococcus属やStreptococcus属のような連鎖状の球菌なのか、Staphylococcus属のようなクラスター状の球菌なのかを判断する。また四量体の球菌をみつけた場合はAerococcus属の可能性を考慮する。また、S. aureusの場合、菌血症由来の可能性があり、感染性心内膜炎をはじめとしたほかの感染源の検索を行うこともある。<謝辞>グラム染色画像は大阪市立総合医療センター笠松 悠先生・麻岡 大裕先生よりご提供いただきました。また、笠松先生には本項執筆に際して数々のご助言をいただきました。この場を借りて厚くお礼申し上げます。1)Czaja CA, et al. Clin Infect Dis. 2007;45:273-280.2)Hayami H, et al. J Infect Chemother. 2013;19:393-403.3)Japanese Association for Infectious Disease/Japanese Society of Chemotherapy, et al. J Infect Chemother. 2017;23:733-751.4)Shuman EK, Chenoweth CE. Crit Care Med. 2010;38:S373-S379.5)Hooton TM et al. N Engl J Med. 2013;369:1883-1891.6)林 俊誠 ほか. 感染症誌. 2019;93:306-311.7)Asgeirsson H, et al. J Infect. 2012;64:41-46.8)Zhang Q, et al. J Clin Microbiol. 2000;38:1703-1705.