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第278回 コロナ流行株の実効再生産数をおさらい、今冬へ備える

INDEX流行株の変遷ワクチン(規格など)の変遷前回、感染症法上の5類移行後、これまでの新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)の動向について、感染者数、入院者数、死亡者数の観点からまとめてみた。今回は流行ウイルス株の変遷、これに対抗するワクチンの変遷(有効性ではなく規格などの変遷)について紹介する。なお、当初はワクチンや治療薬の有効性に関する変化を今回紹介しようと考えたが、文字数の都合上、それは次回に譲る。流行株の変遷5類移行後の新型コロナウイルスの流行ウイルス株は基本的にオミクロン株系統内で変遷している。5類移行直後の2023年5月頃の流行株はXBB系統のXBB.1.5株とXBB.1.9.1株だったが、7月頃からXBB.1.16株による感染者が急増した。東京大学医科学研究所のグループの検討によると、XBB.1.16株の実効再生産数は、XBB.1.5株に比べて1.13倍高いことがわかっている1)。この後はしばらくXBB系統内で主流株の入れ替わりが起こるが、2023年12月ごろからはXBB系統とは大きく異なるBA.2.86株の感染が目立つようになった。BA.2.86株は2022年に流行したBA.2株の子孫株だが、オミクロンBA.2株と比較してスパイクタンパク質に30ヵ所以上もの変異が認められる。その後、オミクロンBA.2.86株は世界各地で緩やかに流行を拡大させ、実行再生産数はXBB.1.5株を基準にすると1.3倍高く、XBB.1.16株よりも感染力が強いことが明らかになった2)。もっとも流行主流株としてのBA.2.86株の存在は約3週間程度で、その後は同株の子孫株であるJN.1株が日本をはじめ、世界で大流行した。JN.1株の実効再生産数は、XBB系統のEG.5.1株の1.3~1.4倍である3)。XBB系統のXBB.1.5株の実効再生産数がE.G.5.1の約0.9倍なので、XBB.1.5株を基準とすると、JN.1株の実効再生産数はその1.4~1.5倍と算出される。2024年春ごろからはJN.1株に代わってその子孫株であるKP.2株、同年夏からはKP.3.1.1株が流行株となり、JN.1株を基準にしたそれぞれの実効再生産数は1.2~1.3倍、1.4~1.6倍4)。XBB.1.5株の実効再生産数から見れば、KP.2株が1.7~2.0倍、KP.3.1.1株が2.0~2.4倍となる。そして2025年初から流行し始めたのが、やはりJN.1株の子孫株LP.8.1株。こちらの実効再生産数はBA.2.86株の子孫株XEC株基準で約1.1倍、同じ基準でJN.1株が0.7倍である。こちらもXBB.1.5株基準では実効再生産数は2.2~2.4倍となる5)。現在は今春に香港やシンガポールで流行し始め、国内での検出例も増えてきたNB.1.8.1株、通称ニンバスである。同株はオミクロンXDE株とオミクロンJN.1株の組換え体であるオミクロンXDV株から派生した変異株である。その実効再生産数はLP.8.1株比で約1.2~1.3倍、XBB.1.5株比で2.6~3.1倍である6)。このようにしてみると、実効再生産レベルで見れば、5類移行直後からウイルスの感染力は3倍前後になっている現実がある。ワクチン(規格など)の変遷日本国内での新型コロナワクチンについては、5類移行時点で2021年2月に特例承認されたファイザー製のコミナティ、2021年5月に特例承認されたモデルナ製のスパイクバックスの合計2種類のmRNAワクチンと2022年4月に特例承認された米・ノババックス製(国内での製造販売は武田薬品)の組換えタンパクワクチンであるヌバキソビッドの3種類が現実的に使える選択肢だった。すでにこの時点でmRNAワクチンでは、ワクチン全体をプラットフォームと捉え、流行株に合わせて、挿入するmRNAを変更する一部変更申請(一変)が一般的になっていた。5類移行後では、23年9月にファイザー製、モデルナ製のXBB.1.5系統対応のワクチンの一変が承認された。また、同時期の23年8月には、初の国産ワクチンである第一三共製のダイチロナが承認され、同年11月にはダイチロナもXBB.1.5系統対応のワクチンの一変申請が承認された。また、このダイチロナの一変申請承認と同時にMeiji Seikaファルマ製の自己増幅型m-RNAワクチンのコスタイベが承認されたものの、供給開始は2024年秋へとずれ込んでいる。なお、原則としてほぼ全国民が対象となった国による特例臨時接種は2024年3月末で終了となり、以後は60~64歳までの基礎疾患保有者と65歳以上の高齢者を対象とした秋シーズンの定期接種となったため、各社とも夏時点の流行株を軸に一変申請を行い、それに伴って承認されたワクチンが定期接種などで使用されている。2024年では8月にファイザーとモデルナ、9月に第一三共とMeiji Seika ファルマのJN.1 系統対応1価ワクチンの一変申請が承認された。現在、今年の秋の定期接種に向けては、8月にファイザーとモデルナ、武田薬品がJN.1株の子孫株LP.8.1株対応のワクチンの一変申請の承認を受けたばかりだ。なお、実はここまでの段階で意外と世間から忘れられているワクチンがある。塩野義製薬が開発した組換えタンパクワクチンのコブゴーズである。同ワクチンは2024年5月に承認された。ワクチンの申請自体は2023年に行われていたが、最初の23年7月の審議では、臨床試験で対照薬となったアストラゼネカのウイルスベクターワクチン・バキスゼブリアの中和抗体価が「通常想定される値よりも相当程度低い」との指摘があり、この時点では有効性評価が困難として継続審議となった。結果的には追加資料の提出などにより、初回免疫としての有効性は認められるとして、この局面に限定した承認となっている。一方、各ワクチンとも承認直後は1バイアル当たりの接種回数が、コミナティが5~6回、スパイクバックス、バキスゼブリアが10回分(スパイクバックスは追加接種の場合は15回分)であり、それゆえに一度に大量の接種予定者を集めなければならない、あるいは接種予定者の急なキャンセルなどにより、廃棄などの問題が少なからず起きたのは多くの医療者が記憶に新しいと思う。この点については現在、コミナティが現在ではともに希釈不要の12歳以上用のプレフィルドシリンジ製剤と5~11歳用の1人用のバイアル製剤、6ヵ月~4歳用の3人用のバイアル製剤(要希釈)、モデルナは12歳以上では1回分、生後6ヵ月以上12歳未満では2回分となる0.5mLバイアル製剤、ヌバキソビッドは6歳以上で2回接種分となる1mLバイアル製剤となっている。ダイチロナに関しては、もともと12歳以上で2回分、5歳以上11歳以下で4回分となる1.5mLバイアル製剤。また、コスタイベは発売当初は16人分1バイアル製剤だったが、2025年8月に2人分バイアル製剤の一変申請の承認を受けた。さて、次回はワクチンや治療薬の有効性について可能な範囲で現時点までの変遷を紹介するつもりである。 1) Yamasoba D, et al. Lancet Infect Dis. 2023;23:655-656. 2) Uriu K, et al. Lancet Infect Dis. 2023;23:e460-e461. 3) Kaku Y, et al. Lancet Infect Dis. 2024;24:e82. 4) Kaku Y, et al. Lancet Infect Dis. 2024;24:e736. 5) Chen L, et al. Lancet Infect Dis. 2025;25:e193. 6) Uriu K, et al. Lancet Infect Dis. 2025;25:e443.

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逆ハローサイン(Reversed halo sign)【1分間で学べる感染症】第33回

画像を拡大するTake home message免疫不全患者に逆ハローサインが見られた場合は、ムーコル症(Mucormycosis)の頻度が高い一方で、感染性・非感染性ともに多岐にわたる鑑別疾患が存在する。はじめに逆ハローサイン(Reversed halo sign)とは、限局性のすりガラス陰影(GGO:ground-glass opacity)の円形領域が、三日月状または完全な輪状の浸潤影に囲まれている画像所見を指します。画像を拡大するCTで認められるこの特徴的な陰影は、特定の病原体による肺感染症や、さまざまな非感染性疾患の一徴候として現れることがあり、画像を基に適切な鑑別と初期対応ができるかが診療の成否を左右します。感染性疾患逆ハローサインを示す感染症の中で最も重要なのは、ムーコル症(Mucormycosis)です。とくに血液悪性腫瘍や造血幹細胞移植後などの免疫不全状態にある患者では典型的な所見の1つとされ、迅速な抗真菌治療および外科的デブリードマンが必要となる場合があります。そのほかの感染症としては、侵襲性アスペルギルス症、肺炎球菌性肺炎(改善期に一過性に出現することがある)、オウム病(Chlamydia psittaciを病原体とする)、レジオネラ肺炎、結核、ニューモシスチス肺炎(Pneumocystis jiroveciiを病原体とする)、およびヒストプラズマ症などの二相性感染症が含まれます。これらの病原体は、患者の基礎疾患や曝露歴、免疫状態によって鑑別順位が変動するため、全身状態やリスク評価に基づいたアプローチが必要です。非感染性疾患逆ハローサインを示す非感染性の疾患としては、多発血管炎性肉芽腫症(GPA、旧ウェゲナー肉芽腫症)や好酸球性多発血管炎性肉芽腫症(EGPA)などの壊死性血管炎が重要です。これらは肺病変をきっかけに診断に至ることも多く、逆ハローサインが初発の手掛かりとなることがあります。そのほかにもサルコイドーシス、皮膚筋炎に伴う肺病変、肺線維症や肺腺がん、リンパ腫様肉芽腫症、特発性器質化肺炎(COP)、肺塞栓症など、炎症性や腫瘍性、血行障害に基づく病変も含まれます。これらは感染症とは異なる治療戦略が必要となるため、鑑別の誤りが予後に直結する可能性もあります。逆ハローサインを見た際には、「感染性か非感染性か」「免疫状態はどうか」「急性か慢性か」「全身に病変があるか」といった観点から診断アプローチを組み立てることが重要です。このように、逆ハローサインは、幅広い鑑別疾患が原因となって生じる重要なサインです。免疫不全者ではムーコル症を念頭に置きつつ、ほかの感染症や血管炎性疾患も見逃さぬよう、全体像を評価しながら診断を進めることが求められます。1)Georgiadou SP, et al. Clin Infect Dis. 2011;52:1144-1155.2)Godoy MC, et al. Br J Radiol. 2012;85:1226-1235.3)Maturu VN, et al. Respir Care. 2014;59:1440-1449.

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肺炎リスクから考える、ICU患者の「口腔ケア」

 気管挿管後に発症する人工呼吸器関連肺炎(VAP)は、集中治療室(ICU)に入院する患者における主な感染性合併症であり、その発生率は8~28%に上る。今回、ICU患者において口腔ケアを実施することで、口腔内の細菌数が有意に減少することが確認された。また、人工呼吸器の挿管によって、口腔内の細菌叢(マイクロバイオーム)の多様性が低下することも明らかになった。研究は、藤田医科大学医学部七栗歯科の金森大輔氏らによるもので、詳細は「Critical Care」に7月23日掲載された。 米国の研究ではVAPによって、ICU入院患者の死亡率(24~50%)、ICU滞在期間(約6日間延長)、医療費(1件当たり約4万ドル)が増加することが報告されている。したがって、VAPに対しては予防・早期診断・適切な治療が極めて重要とされる。ただし、ICU患者の口腔ケアは、気管チューブの存在や開口制限により困難を伴い、十分に実施されないことも多い。また、従来の研究では「口腔ケアが肺炎リスクを下げる可能性がある」ことは示唆されていたものの、実際にどの程度口腔内の細菌数や微生物の構成が変化するのか、その実態は十分に明らかにされていなかった。そこで本研究では、ICUに入室した気管挿管中の患者を対象に、口腔ケアが口腔内細菌数および細菌叢の多様性に与える影響を検討した。特に、抜管前後での比較や、16S rRNA遺伝子解析による微生物構成の変化に着目することで、VAP予防における口腔ケアの科学的根拠を補強することを目的とした。 この単群縦断的介入試験には、2023年2月から5月にかけて、藤田医科大学病院のICUに入院し、48時間以上人工呼吸器を装着したうえで、期間中に抜管された15名の患者が含まれた。口腔内細菌叢のサンプルは、舌表面をスワブで擦過することで採取した。口腔内細菌数の計測は、挿管中の口腔ケアの前後および抜管後の口腔ケアの前後の、計4回にわたって実施された。細菌叢の解析は、挿管中の口腔ケア前および抜管後の口腔ケア前の2時点で行われ、16S rRNA遺伝子アンプリコンシーケンスを用いて実施された。 口腔ケア前の細菌数は、挿管中の方が抜管後よりも有意に多かった(P=0.009)。口腔ケアの介入により、挿管中(P<0.001)および抜管後(P=0.011)のいずれにおいても、口腔内の細菌数は有意に減少した。 次に抜管前後の口腔内細菌叢の多様性を比較した。α多様性(1サンプル内の菌種の豊かさ)の指標である、Shannon指数およびChao1は、挿管中の方が抜管後よりも有意に高かった(それぞれP=0.0479およびP=0.0054)。一方でβ多様性(サンプル間の菌種の豊かさ)については、両時点間で有意な差は認められなかった(P=0.68)。 また、抜管前後における細菌群の変化を明らかにするため、群間比較解析(LEfSe)を実施した。その結果、抜管後には以下の7種の細菌群(Streptococcus sinensis、Prevotella pallens、Saccharimonas sp.〔CP007496_s〕、Campylobacter concisus、Eubacterium brachy、Eubacterium infirmum、Selenomonas sputigena)で有意な減少が認められた。これにより、気管挿管中は口腔内細菌叢のバランスが乱れ、抜管後に回復している可能性が示唆された。 本研究について著者らは、「本研究は、ICU患者において、抜管前後の両期間で口腔ケアが口腔内細菌数を効果的に減少させることを示した。定量的な減少に加えて、マイクロバイオーム解析により、抜管に伴う口腔内細菌叢の組成変化も明らかになり、気管挿管が細菌数だけでなく微生物コミュニティの構造にも影響を与えることが示唆された。これらの結果は、口腔ケアが細菌叢のバランス維持やディスバイオーシス(微生物の乱れ)の予防に重要であり、VAPなどの合併症の予防にも寄与する可能性があることを示しているが、この可能性を確定するにはさらなる研究が必要である」と述べている。

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3学会がコロナワクチン定期接種を「強く推奨」、高齢者のリスク依然高い

 日本感染症学会、日本呼吸器学会、日本ワクチン学会の3学会は2025年9月1日、今秋10月から始まる新型コロナウイルス(COVID-19)ワクチンの定期接種を「強く推奨する」との共同見解を発表した。高齢者における重症化や死亡のリスクが依然として高いことや、ウイルスの変異が続いていることを主な理由としている。インフルエンザを大幅に上回る死亡者数 3学会によると、国内のCOVID-19による死亡者数は2024年に3万5,865例に上り、同年のインフルエンザによる死亡者数2,855例を大きく上回っている。COVID-19による死者数のピークだった2022年の4万7,638例からは減少しているものの、依然として高い水準で推移しており、大きな減少はみられていない。 また、2025年に入ってから8月24日までの期間で、COVID-19で入院した患者のうち60歳以上は3万7,000例を超えており、人工呼吸管理が必要な重症者は616例であった。3学会は、高齢者にとってCOVID-19の重症化リスクはインフルエンザと「少なくとも同等かそれ以上」だと指摘し、警戒を呼びかけている。 COVID-19は5類感染症に移行後も流行を繰り返しており、その要因として変異株が繰り返し出現していることが挙げられる。オミクロン株は数ヵ月ごとに変異し、そのたびに免疫を回避する力が強まっているとされている。高齢者施設や医療機関での集団感染も2024年と同レベルで報告されており、感染力は依然として強いことから、今冬の再流行が予想される。新型コロナワクチンの発症・重症化予防効果 2024年秋冬に接種が行われたJN.1対応ワクチンは、国内多施設共同症例対照研究(VERSUS研究)により、65歳以上の発症を52.5%、60歳以上の入院を63.2%予防する効果が確認されている。 しかし、新型コロナワクチンの効果は変異株の影響もあり接種後数ヵ月で減衰するため、インフルエンザワクチンと同様に、その年の流行株に対応したワクチンを毎年接種することが必要になる。2025年度の定期接種では、オミクロンJN.1系統の「LP.8.1」や「XEC」に対応したワクチンが供給される予定だ。【2025/26シーズンに定期接種で用いられる予定のCOVID-19ワクチン】・コミナティ筋注シリンジ12歳以上用(ファイザー)、抗原組成:LP.8.1・スパイクバックス筋注(モデルナ)、同:LP.8.1・ヌバキソビッド筋注1mL(武田薬品工業)、同:LP.8.1・ダイチロナ筋注(第一三共)、同:XEC・コスタイベ筋注用(Meiji Seika ファルマ)、同:XEC また、過去にオミクロン株の感染歴がある場合でも、6ヵ月以上経過すると再感染のリスクが増えることが報告されており、COVID-19感染から3~6ヵ月以上経過していれば、ワクチン接種が望まれる。過去の感染歴があっても新たなワクチン接種によって免疫力をさらに高めることができるとしている。2025年夏に感染した人でも、発症から3ヵ月以上経過していれば、冬の流行に備えて接種を受けることが推奨されている。 新型コロナワクチンには、COVID-19の罹患後症状(long COVID)や、罹患後1年間にわたって増加する心血管疾患や呼吸器疾患、認知機能低下などの続発症を予防する効果も報告されている。 安全性については、接種後に発熱や倦怠感といった一過性の有害事象がみられるものの、その頻度は接種回数を重ねるごとに減少傾向にあると報告されている。また、国内外の研究から、ワクチン接種が死亡リスクを増加させるという関連性はないことが示されている。 3学会は、ワクチンの利益とリスクを科学に基づいて正しく比較し、自身が信頼できる医療従事者と相談のうえで接種を判断するよう呼びかけている。なお、ワクチン接種で感染を完全に回避できるわけではなく、ワクチン接種に加えて、適切なマスクの着用、換気、手洗いなどの基本的な感染予防策を行うことも重要だとしている。

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口の中の健康状態が生活習慣病リスクを高める可能性

 口の中の健康状態が良くないことと、高血糖や脂質異常症、腎機能低下など、さまざまな生活習慣病のリスクの高さとの関連性が報告された。藤田医科大学医学部歯科・口腔外科学講座の吉田光由氏らの研究によるもので、詳細は「Journal of Oral Rehabilitation」に4月17日掲載され、7月10日に同大学のサイト内にプレスリリースが掲載された。 この研究では、機能歯数(咀嚼に役立っている歯の数)や舌苔の付着レベルなどが、空腹時血糖値やHbA1c、血清脂質値などと関連していることが明らかになった。吉田氏はプレスリリースの中で、「われわれの研究結果は全体として、口腔機能の低下が生活習慣病のリスクとなり得ることを示唆している。よって良好な口腔の健康を維持することは、全身の健康を維持するための第一歩と考えられる」と述べている。 吉田氏らは、2021年と2023年に同大学病院で健診を受けた50歳以上の成人118人(男性80人、女性38人)のデータを解析に用いた。全身の健康状態については、空腹時血糖値、HbA1c、善玉コレステロール(HDL-C)、悪玉コレステロール(LDL-C)、尿素窒素(BUN)、推算糸球体濾過率(eGFR)で評価し、それぞれが基準値の範囲内か基準値を外れているかで2群に群分けした。一方、対象者の口腔の状態や機能については、機能歯数、最大舌圧、咀嚼機能、嚥下機能、舌苔指数、口腔乾燥度、および、口唇や舌の運動の滑らかさの指標である「口腔ダイアドコキネシス(OD)」という、計7種類の検査で把握した。なお、ODは、特定の音節を繰り返す速度と正確さを評価する。 解析の結果、全身の健康状態を表す検査値が基準値内か基準値外かで、口腔状態を表す検査の結果に、以下のような有意差が認められた。まず、糖代謝に異常がある(空腹時血糖値やHbA1cが高い)人は、機能歯数が少なくOD値が有意に低かった。また、脂質代謝に異常がある(HDL-Cが低い、LDL-Cが高い)人は、舌苔指数が有意に高くOD値が有意に低かった。さらに、腎機能が低下している(eGFRが低い、BUNが高い)人は、機能歯数が少なくて舌苔指数が高く、OD検査での「た」や「か」の発音の滑らかさが低下していた。 著者らは、「本研究は観察研究であるため、直接的な因果関係の解釈は制限される」とした上で、「認められた全身性疾患と口腔状態の関連性は、逆の方向性を表している可能性もある。つまり、全身の健康状態の悪化が口腔状態を悪化させるというよりも、口腔状態が良くないことが、全身性慢性疾患のリスクを高めるのではないか」と考察。そのメカニズムとして、「口腔ケアが十分でない場合、口の中で細菌が増殖したり、歯肉に炎症が生じたりする。それらが全身の健康状態に悪影響を及ぼすと考えられる」と解説している。 研究チームでは、「口の中の健康と全身性慢性疾患の関係をさらに深く理解するために、より多くの人々を対象とした大規模な研究が必要」としながらも、「口腔検査そのものは、隠れた病気の兆候を見つけ出す機会となり得る。健康診断の際に口腔検査も並行して行うことが、人々の健康増進につながるのではないか」と述べている。

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第279回 「クマ外傷」の医学書が教えてくれるクマ被害の実態、「顔面、上肢の損傷が多く、挿管と出血性ショックに対する輸血が必要なケースも。全例で予防的抗菌薬を使用するも21.1%で創部感染症が発生」

マダニが媒介するウイルス感染症、重症熱性血小板減少症候群(SFTS)の累計患者数が過去最高にこんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。9月に入っても猛暑の日が続きます。この歴史的な暑さのせいもあってか、自然界もいろいろ変調を来しているようです。「第272回 致死率30%!猛威を振るうマダニ感染症SFTS、患者発生は西日本から甲信越へと北上傾向」で取り上げたマダニが媒介するウイルス感染症、重症熱性血小板減少症候群(SFTS:Severe Fever with Thrombocytopenia Syndrome)も急増中です。国立健康危機管理研究機構は8月26日、8月17日までの1週間に全国から報告されたSFTSの患者は5人で、今年の累計の患者数は速報値で143人となり、過去最多だったと発表しました。これまでに感染者が報告されているのは31道府県で、高知県で14人、大分県で11人、熊本県、長崎県で9人、鹿児島県、島根県、兵庫県で8人など、西日本を中心に多くなっていますが、今年はこれまで感染が確認されていなかった関東地方や北海道でも報告されています。「第272回」でも書いたように温暖化などの影響でSFTSウイルスを持ったマダニの生息域が日本で北上しているのは確かなようです。例年、発症が増え始めるのは4月で、5月にピークを迎え、10月くらいまで続くとされていますが、猛暑の今年は11月くらいまで発症が続くかもしれません。1〜2週間前に山や畑などで作業などをしており、謎の発熱や嘔吐、下痢を起こしている患者の診療には、皆さん重々お気を付けください。クマ被害も過去最多の被害者数となった2023年度と同じ水準増えているということでは、クマの被害も急増中です。山での被害はもちろん、麓の町中での被害も増えています。8月7日付のNHKニュースは、「環境省のまとめでは、今年4月から7月末までにクマに襲われてけがをするなどの被害にあった人は、長野県が13人、岩手県が12人、秋田県、福島県、新潟県で、それぞれ4人などの、合わせて55人で、このうち北海道と岩手県、長野県で、それぞれ1人が死亡しました。過去の同じ時期と比べると、年間を通じて過去最多の被害者数となった2023年度は56人で、今年度はほぼ同じ水準」と報じています。この夏、私がとくにショックだったのは、8月14日に起こった北海道・羅臼岳で登山中の26歳男性がヒグマに襲われ死亡した事件です。襲ったと思われる母グマが、15日に子グマ2頭と共に駆除され、その後母グマはDNA鑑定で男性を襲った個体と特定されました。登山者が被害に遭った羅臼岳の登山道はかつて私も下ったことがあります。「アリの巣が多く、クマがよく出る」ことで昔から有名で、熊鈴だけではなく笛も頻繁に吹きながら歩いた覚えがあります。北海道警察の事故の調査結果を報じた8月21日付の共同通信によれば、「男性は襲撃直前、同行者から離れて単独で走り、岩尾別温泉に向かって下山していた。クマ避けの鈴は携帯していた。道幅が狭く見通しの悪いカーブで母グマに遭遇したとみられる」とのことです。突然の遭遇で驚いた母グマが防御反応として襲った可能性が高そうです。もう一つショックだったのは、北アルプスの薬師峠キャンプ場(通称:太郎平キャンプ場、富山市有峰)で、ツキノワグマにより登山者のテント及び食料が持ち去られる被害が発生し、このキャンプ場が閉鎖された事件です。ここは薬師岳だけではなく、雲の平や高天ヶ原、黒部五郎岳などにテント泊で行くためには、必ず泊まるキャンプ場です。薬師峠キャンプが使えなくなることによる登山者への影響は甚大です。ちなみに、私は高校時代から今までにこのキャンプ場に20泊近くしていますが、クマには一度も遭ったことがありません。北アルプスのツキノワグマは、登山者の食料を漁ることが常態化してきたのでしょうか。だとしたらとても恐ろしいことです。山麓の町でも、山の中においても、人とクマの生息域が近くなり過ぎたことが、クマ被害急増の大きな原因だと言われています。町中に不用意にゴミを放置しない、柿などの果実を木に成らしっぱなしにしない、キャンプ場では食料の管理を米国の国立公園並みに厳格にする、などの対策を取るとともに、クマに対して「人の活動領域に行ってもいいことはない」ということを多様な手段で教え込むことも必要だと感じる今日この頃です。2023年度に年間21例の重傷クマ外傷の治療に当たった秋田大医学部付属病院の医師たちが症例をまとめるそんなクマ被害急増の中、クマ外傷に特化した医学書が今年4月に出版され全国紙で取り上げられるなど話題になっています。『クマ外傷 クマージェンシー・メディシン』(新興医学出版社)で編著者は秋田大学医学部 救急・集中治療学講座教授の中永 士師明(なかえ・はじめ)氏です。『クマ外傷 クマージェンシー・メディシン』編著・中永 士師明(秋田大学医学部 救急・集中治療学講座教授)新興医学出版社、A5変型判、88頁、3,960円(税込み)『クマ外傷 クマージェンシー・メディシン』編著・中永 士師明(秋田大学医学部 救急・集中治療学講座教授)新興医学出版社、A5変型判、88頁、3,960円(税込み)同書の序文によれば、「2023年度のクマ類による人身被害は急増し、東北が141件と突出している。(中略)秋田県内の人身被害は70件となっており、秋田大学医学部付属病院では年間21例の重傷クマ外傷の治療に当たった」とのことで、同書では、2023年に搬送された21例のうち20例について症例写真を例示しながら詳細に分析しています。「クマ外傷の特徴」の章にまとめられたその分析では、患者の平均年齢は74.5歳で、男性が13人を占めていました。受傷場所は市街地が15人で、山林が5人。搬送のピークは10月の7人で、受傷の時間帯に傾向はありませんでした。患者は顔面の負傷が9割で、骨折(9人)や眼球破裂(3人)などのほか、頭蓋骨骨折(1人)もありました。ツキノワグマの攻撃力がいかに強大なものであるかがわかります。同書はこれらのデータから得られる医学的知見として、「クマ外傷は秋に人間の生活圏で多く発生していた。上半身(顔面、上肢)の損傷が多く、全身麻酔による緊急手術が必要であった。一部の患者は挿管と出血性ショックに対する輸血が必要であった。全例で予防的抗菌薬を使用したが、21.1%で創部感染症が発生した。死亡退院はなかったが、15.8%で失明などの重大な後遺症が残った」とまとめています。「クマによる最初の一撃はほとんどが爪によるものであり、クマが立ち上がった高さでちょうど手が届く顔面を襲われる」「クマ外傷による顔面外傷の実際」の章では、爪が下眼瞼にひっかかることで下涙小管の断裂が起こりやすいこと、顔面神経の損傷とその修復が大きな課題であることを指摘するとともに、「クマによる最初の一撃はほとんどが爪によるものであり、クマが立ち上がった高さでちょうど手が届く顔面を襲われる。(中略)2023年度の症例のうち眼球損傷と眼筋の障害により3名が片眼を失明した。クマ外傷の後遺症として最も生活に支障をきたす失明を避けるには、まず眼球を守ることを周知しておく必要がある」と書いています。また、多くの患者が、受傷後に不眠やせん妄、急性ストレス反応などを訴えたことから、「クマ外傷による精神的問題」という章も設け、急性ストレス症や心的外傷後ストレス症(PTSD)への対応についても詳細に解説しています。本書は医学書ですが、「クマ外傷の予防策」の章では、クマとの遭遇を避ける方法や、クマを寄せ付けないための方法の解説もあります。コラムも充実しており、「飼い犬は役立つか」、「子グマなら勝てるか?」、「クマのパンチにアッパーカットはない」など興味深いテーマで13本が掲載されています。これから秋を迎え、各地でクマ被害も増えると予想されます。クマに襲われた患者が運ばれてきたときの対処法を学びたい方は、一読をお勧めします。

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胆道がんのリスク因子とは?大規模データで明らかに

 胆道がんは、進行期で発見されやすく、予後の悪いがんとして知られている。今回、60万人以上を対象とした大規模コホート研究から、胆道がんの各サブタイプに共通するリスク因子に加え、サブタイプごとに特有のリスク因子も明らかになったとする報告が発表された。研究は静岡県立総合病院消化器内科の佐藤辰宣氏、名古屋市立大学大学院医学研究科の中谷英仁氏、静岡社会健康医学大学院大学の臼井健氏らによるもので、詳細は「Scientific Reports」に7月8日掲載された。 胆道がんは、胆管がん(BDC)、胆嚢がん(GC)、乳頭部がん(AC)を含み、その罹患率と死亡率は世界中で増加している。日本では年間2万人以上が新たに罹患し、がん死亡原因の第6位(2019年の全がん死亡者の約3.7%)を占める。また、胆道がんは進行期で発見されることが多く、胆道がんの切除が困難な患者では生存期間の中央値は1年程度とされ、切除可能な時までに発見および診断されることが重要である。早期発見のためにはリスク因子の特定が重要で、胆道がんには肥満や糖尿病、胆石、膵・胆管合流異常など多くの因子が関与すると報告されている。従来の研究では、胆道がんのサブタイプであるBDC、GC、ACについて、それぞれ個別にリスク因子が検討されてきたものの、これらを単一の大規模コホート内で同時に評価した研究はほとんどなかった。またACに関しては、元よりリスク因子に関する情報が乏しかった。そこで本研究では、医療ビックデータから1つの大規模コホートを生成し、各サブタイプに共通するリスク因子および特有のリスク因子を包括的に明らかにすることを目的とした。 本研究では、静岡県市町国保データベースを用いた。解析データセットには、2012年4月1日~2021年9月30日までの保険請求に基づき、適格性を満たす62万5,513人が含まれた。各胆道がんや併存疾患はICD-10コードによって特定された。 胆道がん発症前の研究参加者における追跡期間の中央値は6.2年(最長は8.5年)だった。観察期間中に、それぞれBDCが1,433人、GCが838人、ACが205人発症した。このコホートにおけるBDC、GC、ACの年間発症率は、それぞれ10万人年あたり41.9人(95%信頼区間〔CI〕 39.8~44.1)、24.5人(95%CI 22.9~26.2)、5.9人(95%CI 5.2~6.9)であった。 各胆道がんのリスク因子を同定するため、まず単変量Cox回帰分析で各因子の関連を評価した。変数間の相関はSpearmanの相関係数で確認し、相関の強い2つの変数については1つを選んだ。選ばれたリスク因子候補を多変量Cox回帰モデルに投入した。解析の結果、胆道がんの各サブタイプに共通するリスク因子としては、高齢、男性、肝機能異常、高血圧や糖尿病が挙げられた。また、各胆道がんに特有のリスク因子としては、BDCではB型肝炎ウイルス感染およびC型肝炎ウイルス感染、BDCとGCでは総胆管結石、GCでは胆嚢結石、ACではリウマチ性疾患がそれぞれ同定された。 本研究について著者らは、「本研究の意義は、各胆道がんのリスクを包括的に再評価し、また各サブタイプ特有のリスク因子を明らかにした点にある。これらの知見は胆道がんの早期発見と予後改善に向けた、標的を絞ったスクリーニングおよび予防戦略の策定に役立つ可能性がある」と述べている。

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自己免疫性肺胞蛋白症、GM-CSF吸入薬molgramostimは有効か/NEJM

 自己免疫性肺胞蛋白症(aPAP)は、顆粒球マクロファージコロニー刺激因子(GM-CSF)に対する自己抗体による進行性のサーファクタントの貯留と低酸素血症を特徴とするまれな疾患で、肺胞マクロファージがサーファクタントを除去するにはGM-CSFが必要となる。米国・シンシナティ小児病院医療センターのBruce C. Trapnell氏らIMPALA-2 Trial Investigatorsは、aPAP患者におけるmolgramostim(遺伝子組換えヒトGM-CSF吸入製剤)の有効性と安全性の評価を目的に、第III相二重盲検無作為化プラセボ対照比較試験(IMPALA-2試験)を実施。molgramostimの1日1回吸入はプラセボに比べ肺のガス交換能を有意に改善させたことを報告した。研究の成果は、NEJM誌2025年8月21・28日合併号に掲載された。16ヵ国で164例を登録 IMPALA-2試験は、2021年5月~2023年6月に、日本を含む16ヵ国43施設で参加者を登録し行われた(Savaraの助成を受けた)。 年齢18歳以上、血清中の抗GM-CSF自己抗体濃度の上昇と、胸部CT・肺生検・気管支肺胞洗浄液の細胞診の一致した所見に基づきaPAPの診断を受けた患者164例を対象とした。molgramostim群(300μg、1日1回、吸入)に81例、プラセボ群に83例を割り付け、48週間投与した。 主要エンドポイントは、一酸化炭素肺拡散能(DLCO)*1のベースラインから24週までの変化量(ヘモグロビン濃度で補正、予測値に対する割合として算出)であった。*1:DLCOの変化量はaPAPの重症度(サーファクタント貯留の程度)と相関する。肺線維症では、10%ポイントの変化量が臨床的に意義のある最小差(MCID)とされるが、aPAPにおけるMCIDは確立されていない。24週時のDLCOが有意に改善 被験者の平均(±SD)年齢は、molgramostim群が50.8(±13.0)歳、プラセボ群が48.4(±12.7)歳、それぞれ37例(46%)および29例(35%)が女性であった。 主要エンドポイントであるDLCOのベースラインから24週までの最小二乗平均変化量は、プラセボ群が3.8%ポイント(95%信頼区間[CI]:1.4~6.3)であったのに対し、molgramostim群は9.8%ポイント(7.3~12.3)と有意な改善を認めた(推定群間差:6.0%ポイント[95%CI:2.5~9.4]、p<0.001)。 また、副次エンドポイントのうち、DLCOのベースラインから48週までの最小二乗平均変化量(molgramostim群11.6%ポイントvs.プラセボ群4.7%ポイント、推定群間差:6.9%ポイント[95%CI:2.9~10.9]、p<0.001)、St. George’s Respiratory Questionnaire total(SGRQ-T)*2のスコアのベースラインから24週までの変化量(-11.5点vs.-4.9点、-6.6点[-11.4~-1.8]、p=0.007)が、molgramostim群で有意に優れた。 一方、St. George’s Respiratory Questionnaire activity(SGRQ-A)*2のスコアのベースラインから24週までの最小二乗平均変化量(molgramostim群-13.0点vs.プラセボ群-5.2点、推定群間差:-7.8点[95%CI:-14.1~-1.5])には有意差はみられなかった。*2:SGRQ-T、SGRQ-Aとも0~100点で評価。スコアが高いほど呼吸器系の健康関連QOLが悪化。安全性プロファイルは許容範囲内 48週間の介入期間中に発現した有害事象のほとんどは軽度または中等度で、投与中止に至った有害事象はmolgramostim群で2例、プラセボ群で1例にみられた。重篤な有害事象は、それぞれ14例(17%)および20例(24%)に発現した。 molgramostim群で10%以上に発現した有害事象は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)、咳嗽、発熱、鼻咽頭炎、関節痛、頭痛、下痢であった。COVID-19(22%vs.10%)と下痢(11%vs.2%)は、プラセボ群に比べmolgramostim群で高頻度であった。 著者は、「24週の時点で、プラセボに比べmolgramostimは肺のガス交換能(DLCO)を有意に改善し、この良好な状態が48週時まで維持された」「呼吸器系の健康関連QOL(SGRQ-T)も24週時に改善した」とまとめ、「肺のガス交換能の改善と一致して、すりガラス様陰影スコアと全肺洗浄を受けた患者数が改善したことから、molgramostimによりサーファクタントの負荷が軽減したと考えられる」としている。

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第258回 スマホ保険証は9月19日から開始、院内体制の整備と患者周知を/厚労省

<先週の動き> 1.スマホ保険証は9月19日から開始、院内体制の整備と患者周知を/厚労省 2.新型コロナ感染者、今年最多の3.3万人超 変異株「ニンバス」全国で拡大/厚労省 3.緊急避妊薬の市販化、対面販売義務と面前服用で数ヵ月後販売へ/厚労省 4.治療アプリで慢性疾患医療に変革、アルコール依存症でも/CureApp 5.医療費48兆円で過去最高更新 高齢化で入院費膨張、伸び率は鈍化/厚労省 6.再生医療で女性が死亡、都内クリニックに初の緊急停止命令/厚労省 1.スマホ保険証は9月19日から開始、院内体制の整備と患者周知を/厚労省厚生労働省は9月19日から、マイナンバーカードと一体化した「マイナ保険証」の機能を搭載したスマートフォン(スマホ)による資格確認を全国の医療機関・薬局で順次開始する。専用リーダーを導入した施設で利用可能となり、対応機関にはステッカーが掲示される予定。患者は事前にマイナポータルを通じてスマホにマイナカードを追加登録しておく必要があり、窓口での初期設定は医療機関の負担になるため避けるよう求められている。スマホでの資格確認に失敗した場合には、マイナポータルにログインし資格情報を画面提示する代替手段も認められ、法令改正で新たに規定された。これにより従来のカード持参が不要となるが、初回利用時は真正性確認の観点からマイナカード併用を求める声も医療界からは出ている。実証事業では大きな支障はなかったが、利用率は1%未満と低調。スマホ設定が難しいという声が患者から寄せられる一方、カードを出す手間が省け受付が円滑になる利点も確認された。厚労省は導入支援として汎用カードリーダー購入費を補助し、病院は3台、診療所や薬局は1台まで半額(上限7,000円)を補填する。医師や医療機関にとっては、今後の診療報酬加算(医療DX推進体制整備加算)におけるマイナ保険証利用率基準引き上げを踏まえ、対応が経営上も不可避となる。中央社会保険医療協議会(中医協)では「導入を拙速に進めれば窓口混乱を招く」との懸念が示され、国民への周知徹底とマニュアル整備を要請。対応できる施設は当面限られるとみられ、現場には患者説明やトラブル対応の負担が予想される。医療従事者は制度改正を理解し、来院前準備の重要性を患者に伝えることが求められる。 参考 1) マイナ保険証の利用促進等について(厚労省) 2) 「スマホ保険証」9月19日から全国で順次開始、対応可能な施設にはステッカー掲示へ(読売新聞) 3) スマホを用いた資格確認が2025年9月から順次開始(日経メディカル) 4) スマホ保険証を9月19日から運用開始 汎用カードリーダーの専用ページ、8月29日に開設(CB news) 5) 2025年9月19日の「スマホマイナ保険証」利用開始に向け法令を整理、スマホマイナ保険証対応医療機関はステッカー等で明示-中医協・総会(Gem Med) 2.新型コロナ感染者、今年最多の3.3万人超 変異株「ニンバス」全国で拡大/厚労省新型コロナウイルスの感染が全国的に拡大し、厚生労働省によると8月18~24日の新規感染者数は3万3,275人と前週比5割増で、今年最多を記録した。定点医療機関当たり8.73人で10週連続の増加となり、宮崎21.0人、鹿児島16.8人、長崎14.8人など九州を中心に高水準が続く。愛知2,045人、東京1,880人など大都市圏でも増加が顕著だった。国立健康危機管理研究機構は、国内で検出されたコロナ株の約8割がオミクロン株派生の「ニンバス(NB.1.8.1)」に置き換わったと報告。強烈なのどの痛みが特徴とされ、新学期に伴い10代以下への拡大が懸念される。各地でも警戒が強まっており、新潟では1医療機関当たり12.2人と前週比1.5倍に急増し、インフルエンザ注意報基準を上回った。宮城も10.0人と急増、静岡は7ヵ月ぶりに全県に注意報を発令し、東部がとくに多い。熊本は906人で全国平均を上回り、宮崎も589人と1.5倍に増加し、患者の4割が高齢者、3割が未成年だった。鹿児島でも患者数が1週間で958人に達し、強い咽頭痛を訴えるケースが目立っている。厚労省や自治体は「重症化リスクは従来株と大差ないが、感染拡大防止が重要」とし、手洗い・換気・マスクの着用徹底を呼びかけている。とくに新学期を迎える子ども世代や高齢者との接触には注意が必要で、感染症流行の二重負担を避けるためにも、医療機関には今後の外来・入院需要への対応力が問われる。 参考 1) 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の発生状況(厚労省) 2) コロナ感染者数3万人上回る 前週から5割増加(CB news) 3) 新型コロナ感染者数、ことし最多…10週連続の増加 変異株「ニンバス」のどの強い痛みが特徴(日テレ) 3.緊急避妊薬の市販化、対面販売義務と面前服用で数か月後販売へ/厚労省厚生労働省の専門部会は8月29日、緊急避妊薬レボノルゲストレル(商品名:ノルレボ)の市販化を了承した。医師の処方箋なしで薬局・ドラッグストアで購入が可能となり、区分は要指導(特定要指導)医薬品となる予定。販売については、年齢制限なし・保護者の同意不要で、研修修了薬剤師による対面販売とその場での服用(面前服用)を原則義務付ける。性交後72時間以内の単回内服で妊娠阻止率は約80%、WHOは必須医薬品としてOTCを推奨している。国内では試験販売(2023年度145薬局→2024年度339薬局)を経て、承認審査が進み、正式承認・体制整備後の数ヵ月後から販売を開始する。価格は未定だが試験販売では7,000~9,000円となっていた。販売店舗は厚労省が一覧を公表する予定。面前服用は転売防止などが目的だが、プライバシー侵害やアクセス阻害の懸念もあり、一定期間後に見直しを検討するという。購入時は身分証確認、薬剤師説明→服用、3週間後の妊娠確認を推奨。性暴力が疑われる場合はワンストップ支援センターと連携する。市販化まで約9年を要した背景には、乱用懸念・性教育の遅れ・薬剤師体制などの議論があった。専門家は、緊急避妊薬は最終手段であり、低用量ピル活用やコンドーム併用(STI対策)など平時の避妊行動の対策も求めている。 参考 1) 緊急避妊薬のスイッチOTC化について[審査等](厚労省) 2) 緊急避妊薬の薬局販売承認へ 診察不要に、年齢制限なし(日経新聞) 3) 「緊急避妊薬」医師の処方箋なくても薬局などで販売へ(NHK) 4) 面前服用、販売する薬局数…緊急避妊薬のアクセス改善に課題(毎日新聞) 4.治療アプリで慢性疾患医療に変革、アルコール依存症でも/CureAppアルコール依存症治療の新たな選択肢として、沢井製薬は9月1日から国内初の「減酒」治療補助アプリ「HAUDY(ハウディ)」の提供を開始する。開発は医療IT企業CureAppが担い、国から医療機器として承認を受け、公的医療保険の適用対象となる。患者は日々の飲酒量や体調をスマホに記録し、アプリから助言を受ける仕組みで、データは医師と共有され診察時の行動の振り返りや目標設定に活用される。医師の処方に基づき利用され、自己負担は3割で月額約2,400~3,000円、最大6ヵ月使用が可能。専門医でなくとも治療支援ができる点も特徴で、治験では飲酒量の多い日の減少効果が確認されている。背景には、依存症診療における診察時間の短さや治療継続の難しさがある。アプリは患者と医師のコミュニケーションを補完し、より早期の介入を後押しすると期待される。沢井製薬は、ジェネリック医薬品依存から脱却し、デジタル医療機器を新たな収益源とする戦略を強調している。一方、デジタル治療の普及は高血圧分野でも進展する。日本高血圧学会は『高血圧管理・治療ガイドライン2025』を改訂し、血圧管理アプリによる介入を初めて推奨に盛り込んだ。推奨の強さは「2」、エビデンスの強さは「A」とし、降圧薬に匹敵する効果や費用対効果も確認されている。生活習慣改善や共同意思決定を重視する中で、治療アプリは患者と医師の信頼関係を深めるツールとして位置付けられている。アルコール依存症や高血圧といった慢性疾患領域で、治療アプリが相次ぎ制度化されることは、臨床現場にデジタル治療導入を促し、診療報酬体系や医療経済にも影響を与えるとみられる。 参考 1) アルコール依存症患者のための「減酒」アプリ、沢井製薬が9月提供開始…公的医療保険の適用対象に(読売新聞) 2) 国内初の減酒治療アプリ 沢井製薬が9月1日から販売 専門医でなくても依存症患者に対応(産経新聞) 3) アルコール依存症の治療支援アプリ 医療機器として国が初承認(NHK) 4) 高血圧管理・治療ガイドライン改訂 治療アプリを推奨「患者と医療者がしっかり話し合って共同で降圧」(ミクスオンライン) 5) 高血圧管理・治療ガイドライン2025(日本高血圧学会) 5.医療費48兆円で過去最高更新 高齢化で入院費膨張、伸び率は鈍化/厚労省厚生労働省は8月29日、2024年度の概算医療費(速報値)が48兆円に達し、前年度比1.5%増で過去最高を更新したと発表した。増加は4年連続だが、伸び率は前年の2.9%から鈍化し、コロナ禍前の水準に近付きつつある。概算医療費は労災や全額自費を除いた、公的保険・公費・患者負担を集計したもので、国民医療費の約98%を占める。診療種類別では、入院が2.7%増の19.2兆円と全体を押し上げ、入院外(外来・在宅)は0.9%減の16.3兆円と4年ぶりに減少した。歯科は3.4兆円で3%超の伸び、調剤は8.4兆円で1%強の増加となった。医療機関別では病院25.9兆円(2.0%増)、診療所9.6兆円(1.0%減)で、とくに大学病院は4.2%増と高度医療の影響が大きかった。一方、個人病院は22%減少した。国民1人当たりの医療費は38万8,000円(前年より8,000円増)。75歳以上は97万4,000円に達し、75歳未満(25万4,000円)との差は約4倍に拡大している。高齢化が医療費を押し上げる構造が鮮明となった。疾患別では、新型コロナ関連の医療費は2,400億円と前年度比4割以上減少。感染症流行が落ち着いたことが全体の伸び率鈍化につながった。後発医薬品の普及も進み、ジェネリックの数量シェアは90.6%と初めて9割を超えた。厚労省は「高齢化と医療の高度化の影響は続き、医療費は今後も増加傾向にある」と指摘。入院費膨張や人材確保など医療機関の経営への影響は避けられず、診療報酬や医療提供体制の在り方が改めて問われている。 参考 1) 「令和6年度 医療費の動向」~概算医療費の年度集計結果~(厚労省) 2) 医療費、過去最高の48兆円 4年連続で増加 厚労省(時事通信) 3) 厚労省 令和6年度の医療費の概算48兆円 4年連続で過去最高更新(NHK) 4) 24年度の医療費48兆円、4年連続過去最大 伸び率は鈍化(CB news) 6.再生医療で女性が死亡、都内クリニックに初の緊急停止命令/厚労省厚生労働省は8月29日、東京都中央区の「東京サイエンスクリニック」(旧ティーエスクリニック)で自由診療として再生医療を受けた外国籍の50代女性が死亡した事例を受け、同院に対して再生医療等安全性確保法に基づく緊急命令を出し、当該治療の一時停止を命じた。死亡例を契機とした同法に基づく緊急命令は初めてとなる。併せて、治療に用いた特定細胞加工物を製造した「コージンバイオ株式会社 埼玉細胞加工センター」に対しても製造停止を命じた。厚労省は原因究明を進める方針を示している。厚労省の発表によると、今月20日、同クリニックで慢性疼痛治療を目的に、患者本人の脂肪組織から取り出した間葉系幹細胞を増殖させ、点滴で静脈投与する自由診療が実施された。治療中に女性は急変し、急速に心停止に陥り、搬送先で死亡が確認された。27日、クリニックから法第18条に基づく「疾病等報告」が提出され、死因はアナフィラキシーショックの可能性と説明されたが、原因は未確定であり、さらなるリスク防止のため緊急命令が発出された。命令は、当該クリニックが提供する治療計画「慢性疼痛に対する自己脂肪由来間葉系幹細胞による治療」および類似の細胞加工を用いた再生医療の提供を全面的に停止するもの。加えて、埼玉細胞加工センターにも、同様の製造方法による特定細胞加工物の一時停止を命じた。厚労省は立ち入り検査や詳細な原因究明を進め、再発防止策を徹底するとしている。また、死亡事例後、医療機関および運営法人は名称変更を届け出ていた。22日に「ティーエスクリニック」から「東京サイエンスクリニック」に、25日には「一般社団法人TH」から「一般社団法人日本医療会」に変更されている。厚労省は経緯を精査し、透明性の確保に努める方針。今回の措置について厚労省は「患者が死亡し、その原因が未解明である以上、再生医療との関連が否定できず、さらなる疾病発生を防ぐ必要がある」と説明。再生医療の安全性確保を最優先課題として取り組む姿勢を強調した。 参考 1) 再生医療等の安全性の確保等に関する法律に基づく緊急命令について(厚労省) 2) 再生医療を受けた患者、アナフィラキシーショックで死亡か…医療機関は一時停止の緊急命令受ける(読売新聞) 3) 自由診療の細胞投与で50代女性死亡 クリニックに治療停止命令(毎日新聞) 4) 再生医療で50代女性死亡 厚労省が都内のクリニックに治療停止命令(朝日新聞)

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日本における手術部位感染の分離菌の薬剤感受性~全国サーベイランス

 手術部位感染(SSI)から分離された原因菌に対する各種抗菌薬の感受性について、日本化学療法学会・日本感染症学会・日本臨床微生物学会(2023年には日本環境感染学会も参画)による抗菌薬感受性サーベイランス委員会が、2021~23年に実施した第4回全国サーベイランス調査の結果を報告した。第1回(2010年)、第2回(2014~15年)、第3回(2018~19年)のデータと比較し、主に腸内細菌細菌において抗菌薬感受性が低下した一方、MRSA発生率は減少したことが示された。Journal of Infection and Chemotherapy誌2025年9月号に掲載。 本調査の対象手術は、一般外科、消化器外科、心臓血管外科、呼吸器外科、乳腺内分泌外科の手術で、収集菌種は、バクテロイデス属、黄色ブドウ球菌(MRSA、MSSA)、Enterococcus faecalis、大腸菌、肺炎桿菌、Enterobacter cloacae、緑膿菌の7菌種である。 主な結果は以下のとおり。・腸内細菌細菌のESBL(extended-spectrum β-lactamase)産生株の検出率は、2010年は4.4%、2014~15年は13.5%、2018~19年は6.6%であったが、2021~23年は11.2%に上昇した。2018~19年はタゾバクタム・ピペラシリンに対する感受性が高かったが、2021~23年は71.8%に低下した。タゾバクタム・セフトロザンの幾何平均MICは、2018~19年は0.397、2021~23年は0.778と上昇傾向を示した。・MRSA発生率は、2010年は72%であったが、2014~15年および2018~19年は53%、2021~23年は39%と低下した。・大腸菌および肺炎桿菌において、スルバクタム・アンピシリンおよびセファゾリンに対する感受性が低下した。・バクテロイデス属は、モキシフロキサシン(57%)、セフメタゾール(54%)、クリンダマイシン(44%)に対する感受性が低かった。

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第277回 コロナの今、感染・入院・死亡者数まとめ

INDEX定点報告数推移入院・重症化例死亡者数新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)が感染症法の5類に移行したのが2023年5月8日。それから丸2年以上が経過した。現在、全国的に感染者が増加していると報道されているが、先日の本連載でも報告したように地域の基幹病院では、流行期に苦境を迫られているのが現実だ。もっとも世の中全体が新型コロナについて「喉元過ぎた熱さ」化した今、5類移行以後の新型コロナがどのような経過をたどってきたかについての認識は、医療者の中でも差があるだろう。私自身は医療者ではないが、隠さず言ってしまえば、まさに喉元過ぎた熱さ化しつつあるのが実際である。ということで、自省も込めてこの段階で、5類移行から現在に至るまでの新型コロナの状況について経過をたどってみることにした。今回は感染者数、入院者数、死亡者数についてまとめてみた。定点報告数推移まず、5類移行後の一番大きな変化としては感染者報告が定点報告1)となった点である。その最初となった2023年第19週(5月8~14日)は全国で2.63人。この後は第35週(8月28日~9月3日)の20.50人まで、途中で第31週(7月31日~8月6日)と第32週(8月7~13日)に前週比で若干減少したことを除けば、ひたすら感染者は増加し続けた。ただ、ここからは急速に減少し、わずか4週後の第39週(9月25日~10月1日)には8.83人まで減少。第44週(10月30日~11月5日)には第19週の水準を下回る2.44人となった。16週間かけてピークまで増加した感染者数が9週間で減少したことになる。最終的には第46週(11月13~16日)の1.95人で底を打った。もっともここからは再び増加に転じ、この年の最終週の第52週(12月25~31日)には5.79人と6週間で約3倍まで増加した。2024年第1週(1月1~7日)は6.96人で始まり、第5週(1月29日~2月4日)に16.15人。以後は第18週(4月29日~5月5日)の2.27人まで一貫して減少したが、第19週(5月6~12日)からは2.63人と反転し、第30週(7月22~28日)の14.58人まで増加を続けた。そしてこれ以降は再び減少し始め、第45週(11月4~10日)の1.47人がボトムとなり、最終週の第52週(12月23~29日)は7.01人。7週間で5倍弱に増加した。2025年は第1週(2024年12月30日~2025年1月5日)が5.32人と2024年最終週からは減少したものの、翌第2週(1月6~12日)は7.08人と跳ね上がり、これが冬のピーク。この後は緩やかに減少していき、第21週(5月19~25日)、第22週(5月26日~6月1日)ともに0.84人まで低下。そこから再び一貫した上昇に転じ、最新の第33週(8月11~17日)が6.30人である。このデータを概観すると、1月中が冬のピークで、その後は感染者が減少。5月中下旬から感染者が増加し、7~8月にピークを迎え、そこから11月中旬にかけてボトムとなり、再び増加に転じるという流れが見えてくる。現時点において、この夏まで4つの波が到来している形で、年々ピークの感染者数は低下している。もっとも、これは以前書いたようにウイルスの感染力が低下しているわけではなく、次第に多くの人がコロナ禍を忘れ、喉の痛みや鼻水が大量に出るなどの呼吸器感染症の症状が出ても受診・検査をしていないケースが増えているからだろう。また、注意が必要なのが定点報告医療機関数の変化である。2025年第14週(3月31日~4月6日)までは約5,000医療機関だったが、これが再編されて第15週以後は約3,000医療機関に変更されていることだ。その意味ではもはや定点報告数は大まかに流行を捉えるという位置付けにすぎないといえるだろう。そうした中でこの流行の波形を見ると実は特徴的な地域がある。沖縄県だ。同県の場合、ほかの都道府県に見られる冬期の波がほとんどない。これは同県が日本では唯一の亜熱帯に属する県であることが理由だろう。すなわち冬に暖房を使って屋内に籠ることがほとんどないということだ。つまるところ「暑さや寒さでエアコンを使い換気が悪くなる時期に各地で感染者が増加する」という従来からの定説を如実に裏付けているともいえる。実際、夏前の流行の立ち上がり時期を見ると、九州・沖縄地方は全国傾向と同じ毎年第19週前後だが、北海道や東北地方は第25週前後である。逆に冬期は北海道、東北地方は第42週前後に感染者が増加し始めるが、九州地方では第49週前後である。入院・重症化例最も医療機関にとって負荷がかかるのは新型コロナによる入院患者の増加であることはいうまでもない。厚生労働省では医療機関等情報支援システム(G-MIS)2)のデータから週報とともに重症化事例も公表している。当然ながら、定点報告の感染者数のピーク前後で入院事例が増えると考えられるため、各ピーク期に絞ってその状況を取り上げる。まず、2023年については、夏のピークだった第35週の直前である第34週(8月21~27日)の全国の新規入院患者数1万3,972人がピークである。この時の7日間平均でのICU入院中患者数が228人、ECMOまたは人工呼吸器管理中が140人である。ICU入院中の患者数は第33~36週までは200人超である。2024年の冬季の感染者数ピークは第5週だが、入院患者のピークはその前の第3週(1月15~21日)の3,494人である。夏に比べて一気に入院患者数が減少したようにもみえるが、これは2023年9月25日より、入院患者数をG-MISデータ(約3万8,000医療機関)から全国約500ヵ所の基幹定点医療機関からの届出数に変更したためである。その代わり、この時点から入院患者の年齢別などの詳細が報告されるようになっている。この2024年第3週の入院患者の年齢別内訳を見ると、60歳以上の高齢者(同データは65歳以上の区分なし)が83.1%を占めている。これ自体は驚くことではない。ただ、10歳刻みの年齢区分で見ると、60歳以降の3区分と50~59歳の区分に次いで多いのが1歳未満である。また、この時の入院時のICU入室者は117人、人工呼吸器利用者は57人である。さらに同年夏の入院患者数ピークは、感染者数ピークの第30週の翌週である第31週(7月29日~8月4日)の4,590人。この時も60歳以上の高齢者が84.4%を占め、第3週前後の時と同様に60歳以降の3区分と50~59歳の区分に次いで1歳未満の入院患者が多い。この週のICU入室者は187人、人工呼吸器の利用者は80人。2025年冬の入院患者数ピークは、感染者数ピークと同様の第2週で2,906人。60歳以上の高齢者割合は86.0%。年齢階層別の入院患者数で1歳未満が高齢者層に次ぐのは、この時も同じだ。この週のICU入室者は120人、人工呼吸器の利用者は54人だった。死亡者数人口動態統計3)の年次確定数で見ると、2023年の新型コロナによる死亡者数は3万8,086人。前年の2022年が4万7,638人である。ちなみに2023年のインフルエンザの死亡者数が1,383人である。2024年(概数)は3万5,865人、2025年については現在公表されている3月までの概数が1万1,207人である。ちなみに前年の1~3月は1万2,103人であり、やや減少している。ここでまたインフルエンザの死亡者数を挙げると、2024年が2,855人、2025年1~3月が5,216人である。今年に入りインフルエンザの死亡者は増加しているものの、新型コロナの死者は2023年でその27.5倍、2024年で12.6倍にも上る。この感染症の恐ろしさを改めて実感させられる。次回は流行株の変遷とワクチン、治療薬を巡る状況を取り上げようと思う。 参考 1) 厚生労働省:新型コロナウイルス感染症に関する報道発表資料(発生状況等) 2) 厚生労働省:医療機関等情報支援システム(G-MIS):Gathering Medical Information System 3) 厚生労働省:人口動態調査

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LP.8.1対応組換えタンパクコロナワクチン、一変承認を取得/武田

 武田薬品工業は8月27日のプレスリリースで、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のオミクロン株LP.8.1を抗原株とした組換えタンパクワクチンの「ヌバキソビッド筋注1mL」について、厚生労働省より一部変更承認を取得したと発表した。ヌバキソビッド筋注は、同社がノババックスから日本での製造技術のライセンス供与を受けたもので、LP.8.1対応ワクチンは9月中旬以降に供給が開始される予定。 2025年5月28日に開催された「厚生科学審議会 予防接種・ワクチン分科会 研究開発及び生産・流通部会 季節性インフルエンザワクチン及び新型コロナワクチンの製造株について検討する小委員会」において、2025/26シーズンの定期接種で使用する新型コロナワクチンの抗原組成は、WHOの推奨と同様に、「1価のJN.1、KP.2もしくはLP.8.1に対する抗原又は令和7年5月現在流行しているJN.1系統変異株に対して、広汎かつ頑健な中和抗体応答又は有効性が示された抗原を含む」とされている1)。 今回の承認は、抗原株の変更に係るデータに加え、LP.8.1を抗原株としたヌバキソビッド筋注が、直近の新型コロナ変異株(LP.8.1、LP.8.1.1、JN.1、KP.3.1.1、XEC、XEC.4、NP.1、LF.7およびLF.7.2.1)に対しても中和抗体を産生することが認められた非臨床データに基づく。 本剤は、6歳以上を対象とした初回免疫(1、2回目接種)および12歳以上に対する追加免疫(3回目接種以降)の適応を取得している。用法・用量は、12歳以上には1回0.5mLを筋肉内に接種する。また、6歳以上12歳未満には、初回免疫として、1回0.5mLを2回、通常、3週間の間隔をおいて、筋肉内に接種する。

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人工甘味料はがん免疫療法の治療効果を妨げる?

 マウスを用いた新たな研究で、一般的な人工甘味料であるスクラロースの使用は、がん患者の特定の免疫療法による治療を妨げる可能性のあることが示唆された。この研究ではまた、マウスに天然アミノ酸であるアルギニンのレベルを高めるサプリメントを与えると、スクラロースの悪影響を打ち消せる可能性があることも示された。米ピッツバーグ大学免疫学分野のAbby Overacre氏らによるこの研究結果は、「Cancer Discovery」に7月30日掲載された。 Overacre氏は、「『ダイエットソーダを飲むのをやめなさい』と言うのは簡単だが、がん治療を受けている患者はすでに多くの困難に直面しているため、食生活を大幅に変えるよう求めるのは現実的ではないだろう」と話す。同氏はさらに、「われわれは、患者の現状に寄り添う必要がある。だからこそ、アルギニンの補給が免疫療法におけるスクラロースの悪影響を打ち消すシンプルなアプローチとなり得るのは非常に喜ばしいことだ」と述べている。 研究グループによると、がん治療における免疫チェックポイント阻害薬の効果は患者の腸内細菌の組成と関連付けられている。しかし、食事がどのように腸内細菌や免疫反応に影響を及ぼすのかについては明確になっていないという。今回の研究では、一般的な人工甘味料であるスクラロースの摂取が腸内細菌叢やT細胞の機能、免疫療法に対する反応に与える影響を、マウスおよび進行がん患者を対象に検討した。 まず、抗PD-1抗体による治療を受けた進行性メラノーマ患者91人と、進行性非小細胞肺がん(NSCLC)患者41人、および術前に抗PD-1抗体とTLR9アゴニスト(vidutolimod)による治療を受けた高リスク切除可能メラノーマ患者25人を対象に、スクラロースの摂取が抗PD-1抗体による治療効果に与える影響を検討した。自記式食事歴法質問票(DHQ III)を用いて評価したスクラロース摂取量に基づき、対象者を高摂取群と低摂取群に分類し、客観的奏効率(ORR)と無増悪生存期間(PFS)を評価した。 解析の結果、高摂取群ではメラノーマ患者でORRの低下傾向が認められ、NSCLC患者ではORRが有意に低下していた。PFSについては、メラノーマ患者(低摂取群:中央値13.0カ月、高摂取群:同8.0カ月、P=0.037)とNSCLC患者(低摂取群:同18.0カ月、高摂取群:同7.0カ月、P=0.034)の双方で有意な短縮が認められた。一方、高リスク切除可能メラノーマ患者では、病理学的奏効率(MPR)の低下、およびPFSの有意な短縮(低摂取群:中央値25.0カ月、高摂取群:同19.0カ月、P=0.012)が確認された。 次に、マウスを用いた実験で、腺がんやメラノーマなどのがんを意図的に発症させたマウスの食事にスクラロースを加え、その影響を観察した。その結果、マウスの腸内細菌叢の組成に変化が生じ、免疫機能の向上に重要なアミノ酸であるアルギニンが腸内細菌により代謝されて減少し、その結果、抗PD-1抗体による治療が阻害されて腫瘍の増大と生存率の低下につながることが示された。一方、スクラロースを摂取したマウスに、アルギニンや、より効率的に血中アルギニン濃度を上げると考えられているシトルリンを投与したところ、免疫療法の効果が回復した。 Overacre氏は、「スクラロースが引き起こした腸内細菌叢の組成の変化によってアルギニンレベルが低下すると、T細胞は正常に機能しなくなる。その結果、スクラロースを摂取したマウスでは免疫療法の効果が低下した」と説明する。 もちろんマウスでの実験と同じ結果が人間でも得られるとは限らない。それでも、論文の共著者であるピッツバーグ大学医学部のDiwakar Davar氏は、「これらの結果は、高レベルのスクラロースを摂取する患者に的を絞った栄養補給など、プレバイオティクスによる介入の設計を検討すべきことを示唆している」との見方を示している。同氏によると、シトルリンの補給が、がん免疫療法におけるスクラロースの有害な影響を逆転させ得るかを検討する試験を計画中であるという。

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米国の小児におけるインフルエンザ関連急性壊死性脳症(IA-ANE)(解説:寺田教彦氏)

 本報告は、米国2023~24年および2024~25年シーズンにおける小児インフルエンザ関連急性壊死性脳症(IA-ANE)の症例シリーズである。 IA-ANEは、インフルエンザ脳症(IAE)の重症型で、米国2024~25年シーズンのサーベイランスにおいて小児症例の増加が指摘されていた(MMWR Morb Mortal Wkly Rep 2025 Feb 27)。同レポートでは、小児インフルエンザ関連死亡例の9%がIAEによる死亡と報告され、早期の抗ウイルス薬使用と、必要に応じた集中治療管理、インフルエンザワクチン接種が推奨されていた。 本研究では、2024~25年シーズンで大規模小児医療センターの医師からIA-ANEが増加していると指摘があり、主症状、ワクチン接種歴、検査結果および遺伝学的解析結果、治療介入、臨床アウトカム(修正Rankinスケールスコア)、入院期間、機能的アウトカムを主要アウトカムとして調査結果が報告された。詳細は「インフルエンザ脳症、米国の若年健康児で増加/JAMA」に記載のとおりである。 本研究のdiscussionでは、サーベイランス結果と同様に、速やかな診断と集中治療管理、ならびにインフルエンザワクチン接種の有用性が強調されている。前者については、死亡例の多くが入院後1週間以内(中央値3日)に発生し、主因が脳浮腫に伴う脳ヘルニアであった点から指摘されている。後者については、米国における2023~24年および2024~25年シーズンの小児インフルエンザワクチン接種率がそれぞれ55.4%、47.8%であったのに対し、本研究に登録されたIA-ANE患者で接種歴を有したのは16%にとどまっていた点から指摘されている。 また、本研究では、アジア系の子供で急性壊死性脳症(ANE)が多かった。日本を中心としたアジアではANEが多い可能性が指摘されており、日本では2015~16年シーズン以降、IAEは新型コロナウイルス感染症の世界的な流行期間を除き毎年約100~200例が報告されており、2023~24年シーズンは189例が報告されていた(「インフルエンザ流行に対する日本小児科学会からの注意喚起」日本小児科学会)。本研究でもアジア人が登録された割合は高かったが、ANEに関連する可能性があるRANBP2やその他の遺伝的変異はアジア系の子供で多いわけではなく、非遺伝的要因が関与している可能性がある。 ANEは健康な小児でも発症することがあり、頻度は低いが壊滅的な神経学的合併症を来し、死亡することもある疾患である。日本での急性脳症の予後の報告でも、平成22年度の報告書では、急性脳症全体/急性壊死性脳症(ANE)で治癒56%/13%、後遺症(軽・中)22%/2%、後遺症(重)14%/33%、死亡6%/28%、その他・不明1%/3%だった。 本報告は米国におけるANEの臨床像と深刻さを明確に示すとともに、日本においても適切なワクチン接種の実施、IA-ANEの早期診断と集中管理、治療プロトコルの標準化が急務であることを再確認させられた。

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第25回 医師の服装、白衣はもう古い?最新研究が明かす意外な“正解”

病院を訪れたとき、診察室に入ってきた医師の服装を見て、無意識に「頼りになりそう」「話しやすそう」といった第一印象を抱いた経験はないでしょうか。長年、医師の象徴とされてきた「白衣」ですが、実は患者が本当に信頼を寄せる服装は、状況によってまったく異なることが最新の研究で明らかになっています。BMJ Open誌で発表された論文1)は、医師の服装に対する患者の認識に関する28件の研究を分析したものです。その結果、患者の好みは診察を受ける場所、医師の専門分野、さらには医師の性別によっても大きく変化することが示唆されています。単なる身だしなみの問題ではなく、服装が患者との信頼関係を左右する重要なコミュニケーションツールであることが、改めて浮き彫りになりました。かつて医師の服装は、19世紀後半に衛生観念と科学の象徴として「白衣」が標準となった歴史があります。しかし、多様化する現代の医療現場において、その常識は変わりつつあるのかもしれません。救急外来ではスクラブ、専門外来では白衣?場所で変わる「理想の医師像」今回の研究で最も明確になったのは、患者が医師に求める服装は「TPO」によって決まるという点です。たとえば、一刻を争う救急初療室や手術室といった緊張感の高い環境では、患者は圧倒的に「スクラブ(手術着)」を好む傾向にありました。これは、スクラブが清潔さや専門性、そして「いつでも動ける準備ができている」という頼もしさを感じさせるためだと考えられています。実際に、コロナウイルスのパンデミックを経て、衛生管理への意識が高まったことで、スクラブや個人防護具(PPE)に対する好意的な見方が強まったようです。実際、私の働くニューヨークでも、パンデミック前には「スーツ+ネクタイ」が男性医師のスタンダードのようになっていましたが、パンデミック後はスクラブが定着しました。一方、かかりつけ医のようなプライマリーケアの現場では、少し事情が異なります。長期的な関係構築やコミュニケーションが重視されるため、カジュアルな服装に白衣を羽織ったスタイルが「親しみやすい」として好まれると報告されています。さらに、専門分野による違いも興味深いところです。たとえば、皮膚科や脳神経外科、眼科の患者は伝統的な白衣を好む一方で、麻酔科や消化器内科ではスクラブ姿の医師が好まれる傾向がみられました。これは、患者がその専門分野の性質(処置が多いか、対話が中心かなど)を無意識に理解し、それに合った服装を医師に期待していることの表れかもしれません。男性医師はスーツで信頼度UP、女性医師は白衣で「看護師」に?服装に潜む無意識の偏見今回の研究で、もう一つ注目すべきは服装の印象が医師の性別によっても大きく異なるという点です。論文によると、男性医師がスーツに白衣といったフォーマルな服装をしていると、患者から「よりプロフェッショナルで信頼できる」と評価される傾向が強くみられました。ところが、女性医師が同様の服装をしていても、患者から看護師や他の医療スタッフと誤解されてしまうケースが頻繁に報告されたのです。これは、患者側に根強く存在する「医師は男性」「看護師は女性」といった無意識のジェンダーバイアスが、服装の認識にも影響を与えていることを示唆しているのかもしれません。女性医師は男性医師よりも外見で判断されやすいという指摘もあり、服装が意図せずして性別による壁を生み出している現実が浮き彫りとなりました。この研究は、「画一的なドレスコード」ではなく、状況や患者の期待に合わせた、より柔軟な服装規定の必要性を示唆しています。医師の服装は、単なる「ユニフォーム」ではありません。患者に安心感を与え、円滑なコミュニケーションを促し、治療効果を高める可能性を秘めた、重要な一要素なのです。参考文献・参考サイト1)Kim J, et al. Patient perception of physician attire: a systematic review update. BMJ Open. 2025;15:e100824.

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小児心停止における人工呼吸の重要性、パンデミックで浮き彫りに

 「子どもを助けたい」。その一心で行うはずの心肺蘇生だが、コロナ流行期では人工呼吸を避ける傾向が広がった。日本の最新研究が、この“ひと呼吸”の差が小児の救命に大きな影響を与えていたことを明らかにした。コロナ流行期では、胸骨圧迫のみの心肺蘇生が増加し、その結果、死亡リスクが高まり、年間で約10人の救えるはずだった命が失われていた可能性が示唆されたという。研究は岡山大学学術研究院医歯薬学域地域救急・災害医療学講座の小原隆史氏、同学域救命救急・災害医学の内藤宏道氏らによるもので、詳細は「Resuscitation」に7月4日掲載された。 子どもの院外心停止はまれではあるが、社会的に大きな影響を及ぼす。小児では窒息や溺水などの呼吸障害が心停止の主な原因であることから、人工呼吸を含む心肺蘇生(Cardiopulmonary resuscitation:CPR)の実施が強く推奨されてきた。一方、成人では心疾患が主な原因であることに加え、感染対策や心理的・技術的ハードルの高さから、蘇生の実施率を高める目的で「胸骨圧迫のみ」のCPR(Compression-only CPR:CO-CPR)が広く普及している。また、成人においては、新型コロナウイルス感染症の流行下では、たとえ講習やトレーニングを受けた市民であっても、感染リスクを理由に人工呼吸の実施を控えるよう促される状況が続いていた。しかしながら、こうした行動変化が小児の救命にどのような影響を及ぼしたかについては、これまで十分に検証されてこなかった。このような背景をふまえ著者らは、全国データを用いて、コロナ流行前後における小児の院外心停止に対する蘇生法の変化と、それが死亡や後遺症に与えた影響を検証した。 解析のデータベースには、総務省消防庁が管理し、日本全国で発生した院外心停止の事例を記録・収集する「All-Japan Utstein Registry(全国ウツタイン様式院外心停止登録)」が用いられた。解析には、2017~2021年にかけて発生した17歳以下の小児の院外心停止7,162人が含まれた。主要評価項目は30日以内の死亡率とした。 2017~2021年の間に、目撃者によってCPRが実施されたのは3,352人(46.8%)だった。そのうち人工呼吸を含むCPRが実施された割合は、コロナ流行前(2017~2019年)には33.0%だったが、コロナ流行期(2020~2021年)には21.1%と、11.9%の減少が認められた。 次に、CO-CPRと臨床転帰(30日以内の死亡など)との関連を評価するため、交絡因子を調整したうえで、ロバスト分散付きPoisson回帰モデルによる多変量解析を実施した。解析の結果、CO-CPRは30日以内の死亡(調整後リスク比〔aRR〕1.16、95%信頼区間〔CI〕1.08~1.24)や不良な神経学的転帰(aRR1.10、95%CI 1.05~1.16)と有意に関連していた。この傾向は、呼吸原性心停止(呼吸の停止が原因で心臓が停止する状態)で顕著だった(aRR1.26、95%CI 1.14~1.39)。 また、コロナ流行期にCO-CPRが増加したことによる影響を、過去のリスク比をもとに概算したところ、人工呼吸の実施率の低下によって、2020年~2021年の2年間で計21.3人(年間換算で10.7人)の小児が救命されなかった可能性があると推定された。 本発表後に行われた追加解析では、この人工呼吸の実施率の低下は緊急事態宣言解除後の2022年(16.1%)から2023年(15.0%)にかけても維持されていた。これは、コロナ流行期に人工呼吸を伴うCPRからCO-CPRへの移行が加速し、流行後もその傾向が続いていることを示唆している。 本研究について著者らは、「本研究は、小児の心停止患者に対して、人工呼吸が極めて重要であることをあらためて裏付けるものであり、今後の小児向け蘇生教育のあり方、感染対策を講じた安全な人工呼吸法の手技の確立、人工呼吸補助具(例:ポケットマスクなど)の開発や普及啓発など、社会全体で取り組むべき課題が多々あることを示している」と述べている。 さらに、人工呼吸の実施については、「国際蘇生連絡委員会(ILCOR)や欧州蘇生協議会(ERC)などでは、小児に対する最適なCPRとして胸骨圧迫と人工呼吸の両方を行うことが強調されている。しかしパンデミック以降、人工呼吸に対する心理的・技術的なハードルが一層高まり、ガイドラインを周知するだけでは実施が進みにくい状況にある。そのため、安心して子どもを救える社会を実現するには、CPRトレーニングプログラムを活用するなど、平時からの準備と理解の促進に取り組むことが重要である」と付け加えた。

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第257回 新型コロナ感染9週連続増加 変異株「ニンバス」拡大、百日咳も同時流行/厚労省

<先週の動き> 1.新型コロナ感染9週連続増加 変異株「ニンバス」拡大、百日咳も同時流行/厚労省 2.消化器外科医、2040年に約5,000人不足 がん手術継続に黄信号/厚労省 3.医療ネグレクト対応、緊急時の同意なし医療に法的責任問わず/こども家庭庁 4.往診5年で4割増 高齢者中心に需要拡大も過剰提供を懸念/厚労省 5.末期がん患者に未承認治療3千件超 都内クリニックに措置命令/厚労省 6.がん治療後の肝炎再活性化で患者死亡、情報共有不足が背景に/神戸市 1.新型コロナ感染9週連続増加 変異株「ニンバス」拡大、百日咳も同時流行/厚労省新型コロナウイルスの感染者が全国的に増加している。厚生労働省によると、8月11~17日に約3,000の定点医療機関から報告された感染者数は2万2,288人で、1医療機関当たり6.3人となり、9週連続で前週を上回り、入院患者も1,904人と増加した。例年、夏と冬に流行のピークがあり、今年もお盆や夏休みの人の移動を背景に感染拡大が続いている。流行の中心はオミクロン株の派生型「NB.1.8.1」で、俗称「ニンバス」と呼ばれる株。国立健康危機管理研究機構によれば20日時点で国内検出の28%を占め、同系統を含めると全体の8割以上になる。感染力は従来株よりやや強いが、重症化リスクは大きく変わらないとされている。症状は、発熱や咳に加え「カミソリを飲み込んだような強い喉の痛み」が特徴で、筋肉痛や関節痛を伴う例も報告されている。ワクチンは重症化予防に有効と考えられており、WHOも監視下の変異株に指定している。都道府県別では、宮崎が最多の14.7人、鹿児島12.6人、埼玉11.5人と続き、東京や大阪など大都市圏では比較的低水準に止まっている。厚労省は「手洗いや咳エチケット、エアコン使用時の換気など基本的な感染対策を徹底してほしい」と呼びかけている。新学期開始で人の動きが再び活発化する9月中旬ごろまで増加が続く可能性が指摘される。一方、百日咳も同時流行しており、8月10日までの週に3,211人が報告され、年初からの累計は6万4千人超となった。子供を中心に長引く咳を呈し、乳児では重症化するリスクが高い。国内外で増加傾向にあり、厚労省は原因を分析中。コロナと百日咳が並行して拡大する中、専門家は体調不良時には早めに医療機関を受診し、感染拡大防止に努めるよう求めている。 参考 1) 変異ウイルス「NB.1.8.1」“感染力やや強い”(NHK) 2) 新型コロナ感染者、全国平均で9週続けて増加 例年夏に流行 厚労省(朝日新聞) 3) “カミソリをのみ込んだような強烈な喉の痛み” 新型コロナ「ニンバス」感染拡大 百日せきも流行続く(読売テレビ) 2.消化器外科医、2040年に約5,000人不足 がん手術継続に黄信号/厚労省厚生労働省の「がん診療提供体制のあり方に関する検討会」は、2040年にがん手術を担う消化器外科医が約5,000人不足するとの推計をまとめた。需要側では初回手術を受ける患者数が2025年の約46万5千人から40年には約44万人へ微減する一方、供給側の減少が急速に進む。外科医の約7割を占める消化器外科では、日本消化器外科学会の所属医師(65歳以下)が25年の約1万5,200人から40年に約9,200人へ39%減少し、需給ギャップは5,200人規模に拡大すると見込まれている。背景には若手医師の敬遠がある。消化器外科は10時間を超える食道がん手術や夜間・休日の救急対応など負担が大きい一方、給与水準は他科と大差がない。修練期間も長く、労働と報酬のバランスが「割に合わない」とされ、2002年から20年間で医師数は2割減少した。他方、麻酔科や内科は増加しており、診療科間での偏在が深刻化している。こうした現状に、学会や大学病院は人材確保策を模索する。北里大学は複数医師で患者を担当し、緊急時の呼び出しを減らし、富山大学は長時間手術の交代制を導入、広島大学は若手の年俸を1.3倍に引き上げた。学会は拠点病院への人材集約により休暇確保や経験蓄積を両立させたい考えを示している。報告書はまた、放射線治療では、装置の維持が難しくなる可能性や、薬物療法では地域格差が生じやすい点にも言及。今後は都道府県単位で医療機関の集約化やアクセス確保を検討し、効率的な医療提供体制を整える必要があるとしている。高齢化が進み85歳以上のがん患者は、25年比で45%増えると見込まれる中、医師不足は治療継続に直接影響し得る。厚労省は、就労環境や待遇改善に報酬面での配慮を進め、がん医療の持続可能性確保に向けた施策を急いでいる。 参考 1) 2040年を見据えたがん医療提供体制の均てん化・集約化に関するとりまとめ(厚労省) 2) がん手術担う消化器外科医、2040年に5000人不足 厚労省まとめ(毎日新聞) 3) 消化器外科医の不足深刻…厳しい勤務で若手敬遠、「胃や腸のがん患者の命に関わる」学会に危機感(読売新聞) 4) 消化器外科医「5,000人不足」 がん診療「病院集約を」厚労省検討会、40年推計(日経新聞) 3.医療ネグレクト対応、緊急時の同意なし医療に法的責任問わず/こども家庭庁こども家庭庁は8月、保護者の思想や信条を理由に子供に必要な医療を拒否される「医療ネグレクト」について、緊急時に医療機関が保護者の同意なく治療を実施した場合でも、刑法や民法上の責任は基本的に問われないと定め、7日付の事務連絡で明示するとともに、法務省とも協議済みとしている。救命手術などで同意が得られなくても「社会的に正当と認められる医療行為」であれば刑事責任は生じず、急迫の危害を避ける行為であれば悪意や重大な過失がない限り、民事責任も免れると解説している。背景には医療現場からの実態報告がある。こども家庭庁が救命救急センターを有する88医療機関を対象に行った調査では、2022年4月~24年9月までに24機関から計40件の医療ネグレクト事例が報告された(回答施設の3割弱に相当)。多くの事例では保護者への説明を尽くし同意を得る努力が行われたが、同意取得が不可能または時間的猶予がない場合、医療機関の判断で治療が行われていた。調査では対応の工夫として「児童相談所と事例を共有」が75%、「日頃から顔の見える関係作り」が59%と挙げられた。一方で、児相との「切迫度認識の差」や「帰宅可否を巡る判断の齟齬」など課題も指摘された。児相のノウハウ不足を補うため、具体的事例や対応方法を管内で共有することの重要性も強調されている。こども家庭庁は、平時からの地域ネットワーク構築や事例共有を通じ、迅速かつ適切な対応体制の整備を自治体に要請。現場の医師にとっても、緊急時に同意がなくとも治療に踏み切れる法的整理は大きな後押しとなるが、児相との連携強化や判断基準の共有が今後の課題となる。 参考 1) 令和6年度子ども・子育て支援等推進調査研究事業の報告書の内容及びそれを踏まえた取組(こども家庭庁) 2) 緊急時の保護者同意ない医療「法的責任負わず」こども家庭庁(MEDIFAX) 3) 救命救急センターの3割弱で医療ネグレクトの報告 思想などに起因する事例、22年4月-24年9月に40件(CB news) 4) 令和6年度 保護者の思想信条等に起因する医療ネグレクトに関する調査研究報告書(三菱UFJ) 4.往診5年で4割増 高齢者中心に需要拡大も過剰提供を懸念/厚労省厚生労働省の統計によると、医師が自宅を訪ねる往診が過去5年で1.4倍に増加した。2024年は月27万5,001回と前年比11.2%増で、とくに75歳以上の高齢者が利用の8割を占め、前年比19.6%増の23万件超となった。在宅高齢者の急変時対応や有料老人ホームなどでの需要が増え、夜間・休日対応を外部委託する医療機関の広がりが背景とみられる。一方、コロナ禍では15歳未満の往診が急増。外来受診制限や往診報酬の特例引き上げにより、2023年には月1万7,000件を超えた。深夜の乳幼児往診では1回5万円弱の報酬が得られるケースもあり、自治体の小児医療無償化と相まって都市部で利用が拡大した。しかし、2024年度の報酬改定で特例は縮小され、15歳未満の往診は63.8%減少した。往診の拡大は救急搬送の抑制につながる利点がある一方、診療報酬目的で必要性の低い往診を増やす事業者がいるとの指摘もある。厚労省もこの問題を把握しており、必要に応じて中央社会保険医療協議会(中医協)で、在宅医療報酬の見直しを議論する考えを示している。訪問診療は計画的に実施される在宅医療の柱で、2024年は月208万回、患者数110万人。これに対し往診を受けた患者は約20万人に止まる。往診の増加が高齢社会に不可欠な在宅医療の充実につながるのか、それとも過剰提供の温床となるのか、制度の在り方が問われている。 参考 1) 令和6年社会医療診療行為別統計の概況(厚労省) 2) 医師の往診5年で4割増 高齢者の利用拡大、過剰提供の懸念も(日経新聞) 5.末期がん患者に未承認治療3千件超 都内クリニックに措置命令/厚労省厚生労働省と環境省は8月22日、東京都渋谷区の「北青山D.CLINIC」(阿保 義久院長)に対し、カルタヘナ法に基づく措置命令を出した。自由診療に対する同法の命令は初めて。同院は2009年以降、末期がん患者らに「CDC6shRNA治療」と称する遺伝子治療を提供してきたが、必要な承認を得ていなかった。治療には遺伝子を組み込んだレンチウイルスが用いられ、製剤は院長が中国から個人輸入していた。これまでに3千件以上行われたが、有効性や安全性は科学的に確認されていない。患者への同意文書では「がん細胞に特異的に発生するCDC6というたんぱくを消去する遺伝子を投与する」と説明されていた。両省は製剤の不活化・廃棄と再発防止策の報告を命じた。現時点で健康被害や外部漏洩は確認されていないという。クリニックは6月以降治療を中止しており、今後は法に基づき申請するとしている。厚労省によると、自由診療での遺伝子治療は、科学的根拠が不十分なまま患者が全額自費で受けるケースが国内で広がっている。昨年の法改正で「再生医療等安全性確保法」の対象にも加わったが、今回の事例は十数年にわたり違法状態が続いていたことを示している。厚労省は今後、医療機関に法令順守の徹底を求めている。 参考 1) 「遺伝子組換え生物等の使用等の規制による生物の多様性の確保に関する法律」に基づく措置命令について(厚労省) 2) 未承認「がん遺伝子治療」に措置命令 カルタヘナ法、自由診療で初(毎日新聞) 3) がん自由診療に措置命令 都内クリニック手続き怠り(東京新聞) 4) がんに対する自由診療の遺伝子治療めぐり、厚労省などが措置命令(朝日新聞) 6.がん治療後の肝炎再活性化で患者死亡、情報共有不足が背景に/神戸市8月21日、神戸市立西神戸医療センターは、70代男性患者が医療事故で死亡したと発表した。男性は2023年10月に悪性リンパ腫と診断され、B型肝炎ウイルスを保有していることを自ら申告していた。化学療法にはB型肝炎ウイルスを再活性化させる作用を持つ薬が含まれるため、予防目的で核酸アナログ製剤が併用処方されていた。しかし、2024年に悪性リンパ腫が完全寛解した後、担当医が患者のB型肝炎感染を失念し、薬の処方を中止。継続されていたウイルス量の検査でも増加傾向を見落とし、2025年1月に男性は急性肝炎を発症し、入院から18日後に死亡した。男性の担当医は免疫血液内科の医師で、B型肝炎治療を専門とする消化器内科ではなかった。事故後、病院は消化器内科以外の医師が核酸アナログ製剤を処方できない仕組みを導入するなど再発防止策を取っている。北垣 一院長は会見で「重大な結果を招いたことは大変残念で、深く反省している」と謝罪、遺族にも経緯を説明し、理解を得たとしている。B型肝炎の再活性化をめぐっては、化学療法や免疫抑制療法の患者における発症リスクが広く知られており、定期的な検査と予防的投薬の継続が学会ガイドラインでも推奨されている。今回の事故は、がん治療後も必要な薬の中止と検査結果の見落としが重なり、致死的転帰を招いた典型例となった。同様の事故は他施設でも発生しており、今年5月には名古屋大学医学部附属病院で、リウマチ治療を受けていた70代女性が検査不備によりB型肝炎再活性化で死亡していたことが公表されている。専門家は、複数診療科にまたがる患者管理における情報共有とチェック体制の徹底が再発防止に不可欠だと指摘している。 参考 1) B型肝炎ウイルス感染を失念、投薬を誤って中止し患者死亡…西神戸医療センターが遺族に謝罪(読売新聞) 2) 薬剤処方を誤って中止、患者死亡 神戸の市立病院が謝罪(共同通信) 3) 「担当医が患者の申告を失念」 70代男性が急性肝炎で死亡 神戸(朝日新聞)

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パッチ検査でメラノーマを早期発見できる日は近い?

 将来的には、自宅で行う新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の簡易検査のように、メラノーマ(悪性黒色腫)の検査ができるようになるかもしれない。米ミシガン大学の研究グループが、マイクロニードルが埋め込まれた「ExoPatch」と呼ばれるシリコンパッチにより、マウスのメラノーマと健康な皮膚を区別することができたとする研究結果を報告した。同大学の化学工学教授のSunitha Nagrath氏は、「成功すれば、このパッチが皮膚がん検出に革命を起こす可能性がある」と述べている。米国立衛生研究所(NIH)の資金提供を受けて実施されたこの研究の詳細は、「Biosensors and Bioelectronics」10月1日号に掲載された。 ExoPatchに使われているマイクロニードルは長さわずか0.6mm、針先の幅は100nm(0.0001mm)未満と非常に細い。針は、アネキシンV(Annexin V)というタンパク質を含む特殊なゲルでコーティングされていて、それがエクソソームという物質を皮膚から吸着する。エクソソームは細胞から放出される小さな膜状の小胞で、タンパク質やDNA、RNAなどを含んでいる。エクソソームは細胞間コミュニケーションに重要な役割を担っており、がんをはじめとするさまざまな疾患の発症や進行に関与していると考えられている。がん細胞が放出するエクソソームは、周囲の組織や遠隔部位においてがんの転移や進行を促進する環境を形成することが報告されており、がんの早期発見や診断マーカーとしての応用が期待されている。 パッチを皮膚からはがした後に酸性の液体に浸すと、ゲルが溶けて針に付着していたエクソソームが溶液中に放出される。その後、この溶液に検査用の試験紙を浸すと、結果が表示されるという仕組みだ。もし検体にメラノーマ由来のエクソソームが含まれていれば、試験紙には2本線(陽性)、含まれていなければ1本線(陰性)が現れる。 研究では、マウスの皮膚組織サンプルを用いてこの試験の精度が検証された。サンプルの半分は健康なマウスから、もう半分はヒトのメラノーマ由来の腫瘍片を注入したマウスから採取されたものだった。Nagrath氏らがマウスの皮膚にパッチを15分間貼り付けてからはがし、それを走査電子顕微鏡で観察したところ、想定されていたサイズである30〜150nmのエクソソームがマイクロニードルにしっかりと付着していることが確認された。次に、このゲルを溶液に溶かして試験紙で検査をした。その結果、両者を明確に識別することに成功し、メラノーマ由来の皮膚サンプルでは、正常な皮膚と比べて試験紙の線が3.5倍濃く現れていることが確認された。 Nagrath氏は、「これは、皮下液から疾患特異的なエクソソームを捕捉するように設計された初のパッチであり、その潜在的な応用範囲は広範だ」と述べる。同氏はまた、「色白でほくろが多い人はメラノーマのリスクが高いため、通常は6カ月ごとに皮膚科で診察を受け、疑わしいほくろがあれば生検で悪性か良性かを調べてもらう必要がある。しかし、この検査があれば自宅ですぐに結果が分かり、陽性の結果のときのみ皮膚科を受診して追加の検査を受ければ良くなる」と話している。 今後は、ヒトを対象にした予備的研究を経て、このパッチに関する臨床試験が行われる予定である。研究グループは、このパッチの特許保護を申請済みであるという。

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症例報告の類似事例の誤診・見落とし?【医療訴訟の争点】第14回

症例本稿では、診療における画像所見の解釈や疾患の鑑別の適否が争点となった一例として、プロラクチノーマ(下垂体腺腫)を嗅神経芽細胞腫と誤診し、放射線・抗がん剤治療を受けた結果、重篤な後遺障害が残った事案についての東京高裁令和2年1月30日判決を紹介する。なお、本件の争点は多岐にわたるため、本稿では鑑別診断に関係する部分を取り上げるものとする。<登場人物>患者43歳(初診時)・男性原告患者、患者の配偶者被告A大学病院、B大学病院、C放射線治療専門病院、Dがん専門病院事案の概要は以下の通りである。事案の概要を見る平成19年12月18日患者は、慢性副鼻腔炎の症状(鼻出血・鼻漏・鼻閉・眼の奥の痛みなど)を訴えて、A大学病院の耳鼻咽喉科を受診(初診)。12月22日A大学病院にてCT検査。放射線科医の報告は以下のとおり。「篩骨洞と蝶形骨洞に軟部組織陰影を認める。蝶形骨洞の病変は頭蓋内への進展が疑われるが、MRIによる精査が望まれる。両側の上顎洞、左篩骨洞、前頭洞に軟部組織陰影や液体貯留像はない。慢性副鼻腔炎。」平成20年1月8日A大学病院にて、MRI検査。放射線科医の読影報告は以下のとおり。「蝶形骨洞を中心に篩骨洞領域に広がる軟部陰影を認める。T2強調像で中等度高信号を呈し、一部高信号域も認められる。斜台は腫瘤により圧排を受けており、下垂体も下方から押されており、境界が不明瞭となっている。腫瘤性病変を疑う。強い浸潤傾向ではないと思われるが、下垂体機能などはチェックが必要であると思われる。脳実質や眼窩方向への進展は現時点ではあまりはっきりしない。脳の浮腫性変化は不明瞭。内耳道の拡張・腫瘤形成像は特に認められない。出血・水頭症なども特に認められない。」1月12日「慢性副鼻腔炎又は副鼻腔腫瘍」との病名でA大学病院に入院。1月15日A大学病院耳鼻咽喉科にて、本件患者の右慢性副鼻腔炎に対し、右内視鏡下鼻内副鼻腔開放術を施行。中鼻甲介鼻中隔側から総鼻道にかけて本件腫瘍を認め、これを切除し、病理検査を依頼。病理検査の結果は、以下のとおり。「組織学的には既存の粘膜構造は消失し、出血壊死あるいは肉芽様変化を伴った組織内への浸潤性増殖を呈する腫瘍を認める。腫瘍細胞は比較的小型で円形~類円形核を有し、細胞質は淡明あるいはわずかに微細顆粒状であり、細胞境界の不明瞭な腫瘍細胞巣を形成している。一部にはロゼット様配列も認められる。また、腫瘍細胞の血管内への侵襲もみられる。synaptophysin/NSEが陽性であり、chromogranin Aも一部陽性反応を認める。S-100蛋白は腫瘍細胞巣の辺縁の支持細胞の一部に陽性像をみる。右副鼻腔の嗅神経芽細胞腫として矛盾しない所見であり、腫瘍細胞及び増殖形態などからグレード2~3に相当する状態と考えられる。」1月22日A大学病院の担当医は、原告ら(本件患者及びその妻)に対し、本件腫瘍につき嗅神経芽細胞腫と診断されること及び当該疾病の概要等を説明の上、当該疾病の治療にはB大学病院が優れているとして、「病名又は症状」を「嗅神経芽細胞腫」、「目的」を「加療のお願い」とするB大学病院の専門医宛の診療情報提供書を作成してこれを交付し、その際、CT、MRI、病理組織検査報告書のコピーを添付した。1月29日A大学病院の担当医は、原告らの要望を受け、Dがん専門病院頭頸科宛の診療情報提供書を作成してこれを交付し、その際、CT、MRI、病理組織検査報告書のコピー、病理標本のプレパラートを添付した。2月4日原告は、診療情報提供書、CT、MRI、病理組織検査報告書のコピーを持参し、B大学病院頭頸部腫瘍センターを受診。診察した専門医は、MRI画像等を踏まえ、本件腫瘍につき嗅神経芽細胞腫であると考え、本件患者に対し、サイバーナイフ(ロボット誘導型定位的放射線治療装置)による治療が適当ではないかと勧めた。また、本件患者の持参したMRIの画質が悪かったため、本件腫瘍について精査する目的で、外部検査機関にてMRIを取り直すことを指示するとともに、A大学病院における病理標本のプレパラートも持参するよう求めた。2月5日原告は、外部検査機関にて副鼻腔造影MRI検査を受けた。同検査機関医師の報告は以下のとおり。「両側海綿静脈洞、トルコ鞍内、右篩骨洞後部及び右中頭蓋窩にかけて約43×35×30mm大の良好に造影される腫瘍を認める。両側内頚動脈内には良好な血流を認めるが、狭窄の有無は不明。右篩骨洞粘膜は肥厚しているが、同部に腫瘍性病変が存在するかは不明。腫瘍は右中頭蓋窩に進展しているが、側頭葉への浸潤の有無ははっきりしない。嗅神経芽細胞腫。」2月6日原告は、A大学病院の診療情報提供書、CT、MRI、病理組織検査報告書のコピー、プレパラート標本を持参し、Dがん専門病院を受診。同病院にてプレパラート標本の病理検査が行われ、病理医の報告は以下のとおり。「線維性結合織の中に胞巣状をとり浸潤する腫瘍を認める。胞巣内部は比較的均一な類円形核を有する腫瘍細胞からなり、神経細線維様基質はほとんどみられないが、Abortiveなrosette構造がみられる。嗅神経芽細胞腫、鼻副鼻腔未分化がん、内分泌がん(小細胞型/未分化型)、未分化神経外胚葉性腫瘍/ユーイング肉腫などが鑑別上挙がるが、嗅神経芽細胞腫を最も考える。」Dがん専門病院の医師は、病理検査の結果やMRI画像等を踏まえ、本件腫瘍につき、嗅神経芽細胞腫と診断し、本件患者に対し、B大学病院の医師の勧めているサイバーナイフによる治療を選択することでよいと思われる旨を伝えた。2月8日本件患者は、プレパラート標本を持参してB大学病院を受診。B大学病院の病理医の報告は以下のとおり。「組織学的には円い核と比較的淡明な胞体を持つ腫瘍細胞のシート状の増殖がみられる。Rosetteの形成は必ずしも明瞭でないが、免疫組織化学的に腫瘍細胞は神経内分泌マーカーに陽性を示す。嗅神経芽細胞腫に合致する所見。」2月9日B大学病院の担当医は、外部検査機関で撮影したMRIや同院の病理診断の結果等を踏まえ、本件腫瘍について嗅神経芽細胞腫と診断した。担当医は、本件患者に対し、同人に神経症状がなく腫瘍も限局していることなどから、治療法としてはサイバーナイフ治療が適当と考えられることなどを説明したところ、本件患者が同治療を受けることを希望したため、C放射線治療専門病院を紹介し、同病院宛の診療情報提供書を作成、交付した。2月12日本件患者は、B大学病院の診療情報提供書及び外部検査機関MRIを持参のお上、C放射線治療専門病院を受診し、放射線を正確に病変部に照射できるように位置を決めるための造影CT及び単純MRI(MRA含む)撮影を実施。2月18日同日から22日までの間、5日間連続でサイバーナイフ治療を受けた。その後本件患者は、B大学病院を数回受診したが、なお腫瘍は残存しており、その大きさはサイバーナイフ治療前から不変であった。7月23日B大学病院の担当医は、本件患者に対し、現状ではサイバーナイフ治療による有意な効果が得られていないことや化学療法等について説明。本件患者が化学療法を受けることを希望したため、Dがん専門病院を紹介し、同病院宛の診療情報提供書を作成し、交付した。その後本件患者は、Dがん専門病院に入院し、抗がん剤治療を受けた。12月21日MRI検査の結果、本件腫瘍は、同年7月と比較して明らかに縮小していた。平成21年3月16日本件患者は、鼻から鼻水とは違うねばねばした透明の液体が出てくるようになったことから、Dがん専門病院の医師に相談したところ、耳鼻科受診を勧められた。4月20日本件患者は、A大学病院の耳鼻科を受診。4月24日A大学病院にて、副鼻腔CT撮影。4月27日A大学病院の医師は、副鼻腔CTを踏まえ、鼻漏が認められ、蝶形骨洞周囲の骨の破壊像はあるが、これについてはDがん専門病院でフォローされているはずであり、同病院で治療を行ったほうがよい旨説明し、同院宛の診療情報提供書を作成。その後Dがん専門病院を複数回受診し、たびたび鼻水を訴える。9月9日Dがん専門病院の医師は、髄液漏ではないかと疑い、頭頚科へコンサルトし、10月6日に頭頸科を受診。10月12日不穏状態や39度以上の発熱がみられ、救急搬送され、E基幹病院に入院。髄液や血液培養から肺炎球菌が検出され、肺炎球菌を起因菌とする急性細菌性髄膜炎と診断。その後B大学病院、別のF基幹病院での診療加療を受けた後、さらに別のG基幹病院にて、血液検査の結果、プロラクチン(PRL)が660と高値(正常値:4.4~31.2ng/mL)を示したことから、プロラクチン産生腺腫が疑われた。G基幹病院にてA大学病院のプレパラート標本を取り寄せて病理診断をしたところ、本件腫瘍は、嗅神経芽細胞腫ではなく、良性の下垂体腺腫であるプロラクチノーマであることが判明した。平成23年1月24日G基幹病院にて髄液瘻閉鎖手術を実施。なお、以上の経過の中で行われた治療の副作用により、記憶障害や視力障害、嗅覚・味覚の喪失などの後遺症が残った。実際の裁判結果本件の裁判では、大きくは、誤診(プロラクチノーマを嗅神経芽細胞腫と誤認)と、髄液鼻漏の見落としが問題となったが、本稿では、前者を取り上げることとする。本件患者らは、浸潤性の下垂体腺腫の存在については、複数の大学医学部で学生の教科書として使用されている脳外科領域の成書に記載があるから、本件診療当時の耳鼻科医においても、その存在についての知見を有することが医療水準(過失=注意義務違反の有無の判断基準)となっていた旨を主張した。これに対し、まず、裁判所は、医療水準の判断基準につき、「医療訴訟において、医師の有すべき注意義務の基準となるべきものは、診療当時のいわゆる臨床医学の実践における医療水準であるところ…上記医療水準については、医療機関の性格、その所在する地域の医療環境の特性等のほか、医師の専門分野を考慮すべきであり、診療当時、ある地域の大学病院の脳外科医においては、知悉していてしかるべき知見であっても、同病院の耳鼻科医においては、これが困難な知見については、その知見を有していなかったとしても、これをもって、上記耳鼻科医に過失があるということはできないというべき」とした。その上で、裁判所は、以下の点などを指摘し、「脳外科領域の成書に浸潤性の下垂体腺腫の存在についての記載があることをもって、本件診療当時の耳鼻科医において、その存在についての知見を有することが医療水準となっていたと直ちに認めることはできない」とした。本件患者らの調査した大学医学部7校のうち、脳外科領域の科目において、本件患者らの指摘する成書を教科書として指定しているのは、1校だけであり、教科書・参考書として指定しているのも1校に留まり、他校は参考書の一例として指定しているにすぎないこと。A大学病院、B大学病院、Dがん専門病院の耳鼻科医師は、証人尋問にて、いずれも浸潤性の下垂体腺腫の存在についての知見を有していなかった旨の証言をしていること。原告の診療に当たった医師らは、下垂体原発の腫瘍であれば、通常は下垂体を中心として腫大し、軟らかい脳実質や視神経の交差部の方向(上方)に進展するものであるが、本件腫瘍にそのような進展はみられず、下垂体腫瘍に特徴的な所見はない旨の意見を述べていること。また、本件患者らは、耳鼻咽喉科領域においても、大学病院からだけでなく、地方の医療機関等からも、浸潤性の下垂体腺腫の診断をすることができたとの多数の症例報告(約90件)が昭和年代からされており、これは、本件診療当時(平成20年頃)、浸潤性の下垂体腺腫が存在するとの知見に基づく診療が地方の医療機関においても相当程度普及し、実施されていることを示すものである旨主張した。これに対し、裁判所は、以下の点などを指摘し、「数例の報告があるからといって、直ちに、同様又は類似の症例において浸潤性の下垂体腺腫を疑い鑑別診断を行うことが臨床医学の実践における医療水準として確立されていたと認めることはできない」と判断した。「症例報告は、一般に、特殊な疾患の発見や治療法の確立のために有用なものということができるものの、医学的証拠の階層では下位に位置付けられるものであるから、症例報告があることをもって、直ちに臨床医学の実践における医療水準となっていたということはできず、この点は、仮に症例報告が相当数にのぼっていたとしても、同様というべきである」「医学的証拠の階層の上位に位置付けられると考えられる「日本頭頸部癌学会編 頭頸部癌診療ガイドライン2009年版」には、頭頸部のがんの原発巣の診断に関し、浸潤性の下垂体腺腫の存在について言及した部分はない」本件患者らの指摘する症例報告は、脳外科ないし内分泌科等、耳鼻咽喉科以外の領域の医学雑誌に掲載されたものであり、耳鼻咽喉科領域の医学雑誌に掲載されたものではない。本件患者らの指摘する症例報告には、浸潤性の下垂体腺腫について、まれと報告するものが多いこと。なお、本件において、A大学病院の耳鼻咽喉科医師が、プロラクチノーマと嗅神経芽細胞腫の鑑別が問題となった平成10年の症例の症例報告をしているとして、浸潤性の下垂体腺腫が存在するとの知見があったとの主張がなされた。これに対し、裁判所は、「医師が過去に経験した特殊な症例によって得られた知見が診療当時の医師の有すべき知見とはいえない場合において、医師がその後、当該知見を失念したり、当該知見が現に診療中の患者に当てはまるか否かの検討が必ずしも十分でなかったりしたとしても、これをもって、当該医師に過失があったと直ちにいうことはできない」とし、以下の点などを指摘し、過失があったとは言えないと判断した。医師が過去に経験した特殊な症例やその際に得た知見をすべて記憶しておくべきであるとはいえない。症例報告をした医師は、本件患者の主治医ではなかったこと。過去の症例報告事例では、左上顎洞がんの疑いで紹介を受け、病理医から小細胞がんと診断された事例であったのに対し、本件では、慢性副鼻腔炎の疑いで紹介され、病理医から嗅神経芽細胞腫と診断された事例であったこと。本件では、他院である大学病院Bにおいて、本件腫瘍が嗅神経芽細胞腫であるかについて改めて診断することが予定されていたと考えられること。注意ポイント解説本件は、大学病院を含む複数の医療機関において診療が行われるも、結果として、良性の腫瘍を悪性腫瘍と誤信して診療していたことが判明し、それまでの治療において後遺症が残存した事案である。そのため、当時の各医療機関の医療水準のもとで、良性腫瘍であると診断することができたかが問題となった。具体的には、本件では、患者の主訴は耳鼻科領域のものであったが、真実は脳外科領域のものであったことから、他の診療科において知己していて然るべき知見が医療水準を構成するかが問題となった。そして、本裁判所の判断のうち「医療訴訟において、医師の有すべき注意義務の基準となるべきものは、診療当時のいわゆる臨床医学の実践における医療水準である」とするのは判例上確立された基準であるため、特に目新しいところはない。他方で、本裁判所が「医療水準については、医療機関の性格、その所在する地域の医療環境の特性等のほか、医師の専門分野を考慮すべきであり、診療当時、ある地域の大学病院の脳外科医においては、知悉していてしかるべき知見であっても、同病院の耳鼻科医においては、これが困難な知見については、その知見を有していなかったとしても、これをもって、上記耳鼻科医に過失があるということはできないというべき」とし、医師の専門分野を考慮すべきとした判断は、必ずしも明言されてこなかったところであり、注目に値する。また、併せて、医療水準の判断において、本裁判所が成書、症例報告、ガイドラインの位置付けなどに関し、「症例報告は、…医学的証拠の階層では下位に位置付けられるものであるから、症例報告があることをもって、直ちに臨床医学の実践における医療水準となっていたということはできず、この点は、仮に症例報告が相当数にのぼっていたとしても、同様」「医学的証拠の階層の上位に位置付けられると考えられる「日本頭頸部癌学会編 頭頸部癌診療ガイドライン2009年版」には、…」として、医学的知見の掲載された文献等の医療水準判断における位置付けを明示している点も、必ずしも明言されてこなかったところであり、注目に値する。本件においては、結果として、良性の腫瘍を悪性腫瘍と誤信して診療していたことが過失ではないと判断されたものの、それは、患者の主訴に合致する診療科(耳鼻咽喉科)において、各医療機関において然るべき検査が行われていたこと。いずれの検査においても、患者の主訴に合致する診療科(耳鼻咽喉科)の悪性腫瘍を指摘する一方、真実の疾患の可能性をうかがわせる読影レポートなどがなされていないこと。本件腫瘍が、真実の疾患の典型的な例とは異なり、鑑別が困難なものであったこと。患者の主訴に合致する診療科(耳鼻咽喉科)において、真実の疾患に関する症例報告はほとんどない上、症例報告があるものにおいても本件腫瘍の発生頻度が稀とされているものであったこと。等の事情があったためと考えられる。このため、然るべき検査が行われていなかったり、検査において真実の疾患を疑わせるレポートがあったり、他診療科でも知っていて然るべき疾患であったりする場合(診療科を問わない医学書やガイドラインに記載されている等)には、本件と異なる判断がされる可能性があるものであり、本裁判所の判断は必ずしも一般化できないことに留意して診療にあたる必要がある。医療者の視点本件は、自らの専門領域の疾患との鑑別が問題となる他科の疾患にどう向き合うかという、実臨床でしばしば遭遇する課題について、司法の判断が示された重要な事例です。裁判所が「医師の専門分野」を考慮し、耳鼻科医が脳神経外科領域の稀な疾患である「浸潤性の下垂体腺腫」の知見を有していなかったとしても、直ちに注意義務違反(過失)にはあたらないと判断した点は、臨床現場の実感に近いものと言えます。患者さんの主訴(鼻出血や鼻閉など)から耳鼻咽喉科を受診し、担当医がその専門領域の疾患を念頭に鑑別診断を進めることは、ごく標準的な診療プロセスだからです。しかし、実臨床の現場では、診断に少しでも迷う点や非典型的な所見があれば、専門分野に固執せず、他科へコンサルテーションを行うことが極めて重要です。本件でも、初期のMRI検査の放射線科レポートには「下垂体機能などはチェックが必要であると思われる」との記載がありました。このようなサインをどう受け止め、脳神経外科や内分泌内科といった他科へ相談するアクションを起こせたかどうかが、患者さんの診断結果を左右した可能性があります。この判決は、専門外の知識不足が直ちに法的責任に問われるわけではないことを示しており、臨床医の過度な萎縮を防ぐ意義があります。一方で、私たちは「医療水準」という基準だけでなく、常に患者さんにとっての最善は何かを考えなければなりません。非典型的な症例に対しては、専門の壁を越えて柔軟に他科の専門医の知見を求める姿勢が、これまで以上に重要になると考えさせられる事例です。Take home message自身の診療科領域の疾患との鑑別が問題となる他科の疾患(成書やガイドラインに記載のあるもの、比較的頻度の高いもの)については、知見をアップデートしておく必要がある。患者の主訴から疑われる疾患の鑑別に必要な検査を行い、他科の専門疾患が疑われれば速やかにコンサルトする必要がある。キーワード他科領域の知見、成書、症例報告、ガイドライン、医療水準

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肝臓がんの60%は予防可能

 進行が早く致死的となることも多い肝臓がんの60%は、重要なリスク因子を回避または治療することで予防できることが、新たな国際的研究で明らかにされた。重要なリスク因子とは、ウイルス性肝炎への罹患、アルコールの乱用、または肥満に関連する危険な肝脂肪の蓄積などであるという。論文の筆頭著者である香港中文大学(中国)のStephen Chan氏は、「各国がこれらのリスク因子に焦点を絞り、肝臓がんの発生を防いで人々の命を救う大きな機会があることを浮き彫りにする結果だ」と述べている。この研究は、肝臓がんに関する特別報告書として、「The Lancet」に7月28日掲載された。 Chan氏らによると、肝臓がんは世界で6番目に多いがんであり、がんによる死因の第3位である。肝臓がんの影響の大きさは国によって異なり、特に中国は、主にB型肝炎の蔓延により、世界の肝臓がん症例の42.4%を占めるほど症例数が多い。同氏らの報告書では、何らかの介入を行わなければ、世界の肝臓がん症例は2050年までにほぼ倍増し、年間150万件を超えると予測している。報告書の上席著者である復旦大学(中国)のJian Zhou氏は、「肝臓がんは、治療が最も難しいがんの一つであり、5年生存率は約5〜30%程度だ。現状を逆転させるための対策を今すぐにでも講じなければ、今後四半世紀で肝臓がんの症例数と死亡数がほぼ倍増する恐れがある」と危機感を示している。 肝臓がんの多くは予防可能である。予防可能な原因の一つである代謝機能障害関連脂肪肝疾患(MASLD)は、肝臓内に脂肪がゆっくりとだが着実に蓄積していく疾患で、肥満と関係していることが多い。Zhou氏らによると、世界人口の最大3分の1が何らかのレベルのMASLDに罹患しており、肥満率の上昇に伴いこの疾患の症例数も増加することが予測されているという。Zhou氏らは、2040年までに米国人の55%がMASLDに罹患し、肝臓がんの発症リスクも上昇すると予測している。  共著者の一人である米ベイラー医科大学のHashem El-Serag氏は、「肝臓がんはかつて、主にウイルス性肝炎、またはアルコール性肝障害の患者に発生すると考えられていた。しかし今日では、肥満率の上昇に伴いMASLDが増え、それに起因する肝臓がんが増加傾向にある」と指摘している。 一方、B型肝炎ウイルス(HBV)およびC型肝炎ウイルス(HCV)については、治療法の進歩により、肝炎が肝臓がんの発症に与える影響は弱まりつつあるという。Zhou氏らは、「HBVに関連する肝臓がん症例の割合は、2022年の39.0%から2050年には36.9%に、一方HCV関連の症例は同期間に29.1%から25.9%に減少すると予測されている」と述べている。研究グループは、B型肝炎ワクチンの接種やC型肝炎の検査・治療の強化により、肝臓がんの発生率をさらに低下させることができる可能性があるとしている。  肝臓がんの発生を低下させるためには、MASLDの診断と治療も役に立つ。El-Serag氏は、「肝臓がんリスクが高い患者を特定する方法の一つは、肥満、糖尿病、心血管疾患などのMASLDリスクが高い患者を対象に、日常的な医療行為に肝障害のスクリーニングを導入することだ。このスクリーニングは、健康的な食事と定期的な運動に関する啓発活動の強化に役立つだろう」と付け加えている。  研究グループは、肝臓がんの年齢標準化罹患率を年間2~5%削減するだけで、2050年までに世界中で880万~1730万件の新たな肝臓がん症例を予防できる可能性があるとしている。これは、最大1510万人の命を救うことを意味するという。

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