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性差医療とその本質とは? 歴史的に医学は成人男性を標準個体とし、その病態や臨床経過・予後、診断から治療に至るまでを確立してきた。しかし近年、危険因子や薬剤の効果においても性差があることが明らかになるにつれ、性差の存在がクローズ・アップされるようになった。この性差という個体の特徴における相違は、生物学的要因としてのホルモンバランスの違いなどがその原因として挙げられている。現代医学は、この性差を無視して成立しなくなったこともあり、性差研究を通して医療に反映させる性差医療が発展してきた。しかし、この性差医療に関し危惧されることがある。それは、性差がもたらすだろう損得を種々追求するがあまり、性差は個体の特徴の1つに過ぎないという本質を失念し、人種や年齢などの寄与度の高い危険因子の存在を無視・偏重して解析することであり、さらに性差がその疾患の予後を規定する普遍の定理かのような提起をしてしまうことである。このことは厳に慎まなければならない。 本論文のポイントは? 本論文のポイントをまとめる。本論文は、女性であることが心房細動の予後規定因子としてより強い心血管イベント/死亡リスクであるのか、30件のコホート研究、計437万1,714例を解析対象として行ったメタ解析研究である。 その結果、心房細動の各アウトカムに対する相対危険の男女比(女性/男性)は、全死亡:1.12(1.07~1.17)、脳卒中:1.99(1.46~2.71)、心血管死:1.93(1.44~2.60)、心イベント:1.55(1.15~2.08)、心不全:1.16(1.07~1.27)であった。したがって、心房細動は、女性であることが心血管イベントや死亡リスクに対し、より強い予後規定因子であると報告している。著者らはその機序として、女性のほうが男性より治療が遅れるのではないかということや、抗凝固薬による出血が多いことが、より強い心血管イベント/死亡リスクとなったのではないかとしているが、あくまでも著者らの推論の域を出ない。 各国の心房細動に対する抗凝固療法ガイドラインにおける性差 心房細動患者の生命予後に対する性差の影響に関しては、わが国も含めてこれまでも多くの研究報告がなされているが、その結果は混沌としていて一定の見解が得られていない。 フラミンガム心臓研究の38年に及ぶ追跡調査では、心房細動の危険度は高血圧があれば男性1.5倍、女性1.4倍とほぼ同等であったが、糖尿病があれば男性1.4倍、女性1.6倍高いという結果が報告された1)。 わが国の心房細動の有無と死亡リスクの関連を検討した、1万人以上の住民を登録したNIPPON DATA80では、非心房細動患者の死亡リスクを1としたとき、心房細動患者の循環器疾患死亡リスクは、男性で1.4倍、女性で4.0倍と多く、総死亡リスクは男性で1.4倍、女性で2.4倍と、女性において心房細動は全死亡あるいは心血管死の独立した危険因子であることが示された2)。しかし、この研究データは1980年~1999年の追跡調査より得られていることから、ワルファリンによる抗凝固療法が普及する以前を反映しているものと考えられ、現状に即応していないものと考えられている。 一方、最近では、心房細動患者の生命予後に関して、女性という因子はそれほど強い危険因子ではないのではないかという報告がなされている。デンマークで行われた、ワルファリン療法を受けていない心房細動患者7万例を登録したコホート研究によると、うっ血栓心不全、高血圧、および糖尿病といったCHADS2スコア1点のリスクと比較して、女性という性差のリスクがきわめて低いことが示された3)。 このような混沌とした結果を受けて、各国のガイドラインも異なった取り扱いをしている。2014年10月にアップデートされた、カナダの心房細動に対する抗凝固療法のガイドラインでは、女性という因子のみはエビデンスがないと抗凝固の対象には入れないとしている4)。これに対して、2015年2月にヨーロッパ心血管プライマリケア学会から出された、心房細動における脳梗塞予防のコンセンサスガイドラインでは、65歳以上の女性あるいは75歳以上の男性であるならば、CHA2DS2-VAScスコアの他のリスクを評価して抗凝固療法の適応を判断することとしており、女性という性差を心房細動の予後規定因子として重要視している5)。 わが国のガイドラインにおいては、65歳未満でほかに器質的心疾患を伴わない心房細動患者において、女性であることは単独の危険因子にならないとし、さらに65~74歳は性別にかかわらず考慮可となりうることから、単独因子として女性という性差は記載されていない6)。さらに、昨年5月に報告されたわが国のJ-RHYTHMレジストリを用いたCHA2DS2-VAScスコアの妥当性を検討した論文では7)、血栓塞栓症は男性(年1.6%)に比較し、女性(年1.2%)ではかえって少ないこと、CHA2DS2-VAScスコアから女性を除いたスコアリングは、血栓塞栓症のリスク層別化の点で有用であり、さらに日本人では、65歳以上や血管疾患もあまりリスク因子として効いていないことから、かえってこれらの因子を含めると予測能が落ちるため、むしろCHADS2スコアで抗凝固薬の使用を評価するのがよいと結論付けられている。はたして女性は心房細動の危険因子なのか? これまでの結果から、心房細動患者に対する抗凝固療法の適応を考慮するとき、女性という性差をその危険因子として考えることよりも、やはり人種による差が大きいといわざるを得ない。その点、この論文は所詮欧米のガイドラインを構築するエビデンスに過ぎず、わが国のガイドラインを左右するほどの影響力は持ち合わせていない。 米国心臓協会 (American Heart Association)の活動として、“Go Red for Women”が提唱されている。この標語は、日本人にとってわかりづらい英語の表現であったこともあり、私が『女性の心血管疾患を減らすことを目的として、女性に積極的に呼びかけていこうという運動の名称』であると知ったのは、かなり経ってからである。米国における女性の心血管疾患罹患の深刻化が問題となっていることの一端であるが、わが国の現状とはかなり異なっているといわざるを得ない。参考文献1)Kannel WB, et al. Am J Cardiol. 1998;82:2N-9N.2)Ohsawa M, et al. Circ J. 2007;71:814-819.3)Olesen JB, et al. BMJ 2011;342:d124.4)Verma A, et al. Can J Cardiol. 2014;30:1114-1130.5)Hobbs FR, et al. Eur J Prev Cardiol. 2016;23:460-473.6)日本循環器学会ほか. 心房細動治療(薬物)ガイドライン(2013年改訂版).PDF (2016.3.1参照)7)Tomita H, et al. Circ J. 2015;79:1719-1726.