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症例医療訴訟の損害賠償額はどのように決定付けられるのか。腰部脊柱管狭窄症に対する腰椎後方除圧術中に馬尾神経が切断され、患者に重篤な後遺障害が残存した事案についての神戸地裁姫路支部令和7年5月14日判決を紹介する。<登場人物>患者74歳・女性(令和2年当時)原告患者およびその長女被告市立病院を開設する市および執刀医事案の概要は以下の通りである。令和元年(2019年)12月20日腰痛を主訴として被告病院を受診。腰部脊柱管狭窄症が疑われた。令和2年(2020年)1月6~8日検査入院し、脊髄造影検査(ミエログラフィー)などを実施。重度の腰部脊柱管狭窄症と診断された。また、残尿も認められた。1月17日担当医(A医師)から、重度の腰部脊柱管狭窄症であり早期手術が望ましいこと、腎機能がさらに悪化すれば人工透析となる可能性があることなどの説明を受け、患者は手術に同意した。1月20日手術目的で入院。1月22日腰椎後方除圧術(本件手術)を施行。執刀医(A医師)は、第2・第3腰椎間の除圧操作中、視野が十分確保されていないにもかかわらずスチールバーによる骨切除を継続した。その結果、バーが硬膜を損傷し、逸脱した馬尾神経を巻き込んで複数本を切断した。助手医師(上級医である脳神経外科部長)が交代して馬尾神経の修復処置を行い、手術は終了した。手術後患者には、両下肢麻痺、自力での起立・歩行不能、重度の膀胱直腸障害、腰部から下肢にかけての強い神経障害性疼痛が残存した。5月頃主治医がA医師から脳神経外科部長に交代し、その後もリハビリや疼痛管理が継続された。6月病院は、本件医療事故を医療過誤と判断し、患者家族に謝罪した。10月23日神経障害は改善が見込めないとして症状固定と診断された。後遺障害は、自動車損害賠償保障法施行令別表第一1級1号(常時介護を要するもの)相当と評価された。令和3年(2021年)1月28日患者は入院継続中、病室内で転倒し、右脛骨・腓骨骨折などを受傷した。患者にはそれ以前から複数回の転倒歴があり、病院では離床センサー付きベッドなどの転倒防止策を講じていたが、この転倒事故についても病院の安全配慮義務違反があったかが争われた。3月病院は代理人弁護士を通じ、本件医療事故について適正な損害賠償を行う意向を通知した。8月執刀医は病院を退職した。令和4年(2022年)病院は院内事故調査を実施し、本件を含む複数の医療事故について検証を行った。また、記者会見を開き、一連の医療事故について公表・謝罪した。さらに、医療安全管理体制等について外部機関から改善を求められた。令和5年(2023年)患者は約3年間の入院生活を経て退院し、その後は転院、自宅療養及び特別養護老人ホームへの入所を経ながら療養を継続した。 実際の裁判結果本件では、本件手術(腰椎後方除圧術)中の馬尾神経損傷について執刀医に手技上の過失があることについては被告病院側も争っていないため、以下の2点が主な争点となった。(1)本件手術により本件患者に生じた後遺障害に対する損害額、とくに後遺障害慰謝料をどの程度認めるべきか(2)長期入院中に発生した転倒事故について病院に安全配慮義務違反があったか1)本件手術により患者に生じた損害について裁判所は、本件患者につき、以下(1)~(13)の合計約8,670万円を、本件患者の娘につき、固有の慰謝料として200万円を、それぞれ損害として認めた。(1)治療関係費詳細はこちら裁判所は、(ア)本件手術に係る入院日(令和2年1月20日)から本件症状固定日(同年10月23日)までの治療関係費のほか、(イ)本件症状固定日(令和2年10月23日)以降の治療関係費について、「本件症状固定日以降も、本件医療事故による神経障害性疼痛等の症状に対する投薬治療やリハビリ等がされており、主治医は、リハビリを中止した場合、症状が増悪する可能性が高いと診断したことが認められるから、本件症状固定日以降も本件患者に対するリハビリなどの必要性は高く、主治医の判断に基づき継続された治療やリハビリであると認められる」として、これらの合計約76万円を損害として認めた。(2)入院付添費詳細はこちら裁判所は、「本件病院は完全看護で医師による付添看護の指示が明確にあったとは認められない」としつつも、[1]本件患者が、馬尾神経を切断損傷されたことにより、本件手術終了直後から神経損傷により右足が動かず、自力での起立・歩行は不可能であり、その後も腰部から両下肢にかけての激しい疼痛としびれや、膀胱直腸障害が生じるという重篤な障害を負っていること、[2]本件患者が思い詰めやすい性格であり自殺未遂をした経験があること、[3]本件医療事故の直後から、本件患者に前向きにリハビリに取り組んでもらえるよう、本件患者の娘と本件病院の職員が協力し合う方針が確認され、定期的に面談を行っていることを指摘し、「本件医療事故を境に突如として重度の障害を負った本件患者を精神的に支え、さらなる状況の悪化を避けるべくリハビリを継続させるため、本件患者の娘が本件患者に付き添う必要性があり、本件病院も、本件患者の娘の付添を許容・依頼していたものというべき」として、症状固定日前日までの付添費として、その期間の1/3の92日に相当する期間の入院付添費約60万円を損害として認めた。(3)入院雑費詳細はこちら裁判所は、本件手術日から症状固定日前日までの入院期間(275日)の入院雑費約41万円を損害として認めた。(4)休業損害詳細はこちら裁判所は、本件患者が本件手術前から、要介護4の認定を受け、ヘルパーによる入浴介助を受けており、娘及びその夫と同居し、在宅で仕事をする娘が家事や買い物をしていたことを指摘し、「本件患者が一家の家事を担っていたとはいえず、休業損害は認められない」として、休業損害を否定した。(5)入通院慰謝料詳細はこちら本件症状固定日までの入院期間や症状を考慮して、入通院慰謝料として298万5,000円が認められた。(6)後遺障害慰謝料詳細はこちら裁判所は、主に以下の3点など、本件に現れた一切の事情を総合考慮し、慰謝料3,300万円(一般的な後遺障害1級事案における慰謝料2,800万円より高額の慰謝料)を認めた。ア本件手術における執刀医の手技上の過失の重大性(出血等により視認性の確保が十分ではないのに止血をこまめにしないままスチールバーによる骨切除を進め、本件医療事故を起こしたものであり、経験のある医師において危険を感じさせる手技であったこと、及び、執刀医が本件病院に入職してから約9ヵ月の間に手術に関与した11事例が医療事故として検証の対象とされたことなど)イ患者に残存した重篤な後遺障害及び強い神経障害性疼痛ウ病院の事故後の対応に十分でない点があったこと(執刀医が本件医療事故後に原告らに対し馬尾神経を切断損傷したことを明確に説明しなかったこと、本件病院は、令和2年4月、本件医療事故が医療過誤であると判断し、同年6月に原告ら家族に口頭で謝罪したほか、令和3年3月に代理人弁護士を通じて、損害賠償をする意向を通知しているが、A医師が関与した医療事故11例についての調査を終え、記者会見を開いて一連の医療事故を謝罪したのは令和4年6月であることに加え、調査内容の開示を求める原告らの要望への対応にも時間を要したことなど)(7)後遺障害逸失利益詳細はこちら裁判所は、休業損害と同様、本件患者が一家の家事を担っていたとはいえないことを指摘し、逸失利益の損害は認められないとした。(8)退院後の治療費、施設入所費詳細はこちら裁判所は、退院後に本件患者らが治療関係費などとして支払った退院後の治療費、施設入所費合計約103万円を損害として認定した。(9)症状固定日後の入院入所付添費詳細はこちら裁判所は、本件症状固定日(令和2年10月23日)から自宅介護開始日(令和5年8月1日)までの期間の入院入所付添費につき、本件患者が重篤な後遺障害を負い、リハビリや常時介護を要した上、強い痛みやしびれに苦しみ、精神的に不安定な状態が続いて転倒リスクのある危険行動や単独行動を起こしていたため、家族の付添いによる精神的な支えが必要な状態であったこと、令和4年6月頃までは、本件患者の娘がほぼ毎日のように面会し、相当程度頻繁に本件患者に付き添ったことを指摘し、本件症状固定日(令和2年10月23日)から令和4年6月末日までの616日間の約1/3である205日分の付添費約133万円を損害として認めた。(11)装具費、自宅改造費など詳細はこちら裁判所は、以下をそれぞれ損害として認めた。本件医療事故により両足が動かなくなったことに伴い、本件患者が両下腿原発性リンパ浮腫を来たし、医師より両下肢を常時圧迫する必要があるとの装着指示を受けて購入した装具費用2万2,000円本件症状固定日から入院先病院退院日(令和5年7月12日)まで(993日間)の入院雑費約149万円自宅介護開始後の物品のレンタル及び購入費6万3,000円自宅介護の開始にあたり購入した入浴時用車いす購入費7,100円自宅介護を開始するにあたり要した自家用車改造費47万円なお、特別養護老人ホーム短期入所期間中の介護雑費については、治療やリハビリがされた様子はなく、また、おむつ代は介護保険の範囲に含まれているとみられることを踏まえれば、別途、日常生活品として必要なものを超えた雑費の支出があったと認められないとして、損害とされなかった。(11)自宅介護費用詳細はこちら裁判所は、令和5年8月1日から令和6年2月29日までの213日間の自宅介護における近親者介護費用約170万円を損害として認めた。(12)将来介護費用詳細はこちら裁判所は、以下を損害として認めた。令和6年11月1日(特別養護老人ホームに正式入所した日より後の日)から口頭弁論終結日(令和7年2月12日)の期間に支出した費用33万3,840円(日額3,210円×104日)口頭弁論終結日(令和7年2月12日)以後の期間につき、日額約1万3,000円を症状固定時の平均余命までの期間について、中間利息(一括で支払いが受けられることによる運用益)を控除した金額である約3,460万円(13)弁護士費用詳細はこちら上記(1)~(12)の合計金額の1割の約788万円。2)転倒事故の安全配慮義務違反について病室内で発生した転倒事故については、患者は事故以前から危険行動や単独行動を繰り返していたものの、事故直前には看護師がその都度訪室して危険行動がないことを確認しており、当時の病棟の人員配置なども踏まえると、看護師が患者に付き添い続ける義務までは認められないとして、病院の責任を否定した。注意ポイント解説本件は、腰椎後方除圧術中の手技上の過失により馬尾神経が切断され、患者に重度の後遺障害が残存した事案である。手技上の過失自体については当事者間に争いがなく、裁判では主として損害額が争点となったものである。医療過誤訴訟の損害賠償は、(1)治療費、介護費などの積極的損害、(2)休業損害、逸失利益、入通院慰謝料、死亡慰謝料または後遺障害慰謝料などの消極的損害が賠償費目となる。そして、これらの損害は、交通事故と同様に算出されることとなり、積極的損害については実際の支出を踏まえた金額消極的損害については、入通院慰謝料については入通院期間をふまえた所定の計算式に基づいた金額死亡慰謝料や後遺障害慰謝料は、死亡の結果が生じた被害者が家庭の中で占めている役割に応じた所定の金額(2,000万円~3,000万円など)、後遺障害の場合には障害の程度に応じた金額(最も重い後遺障害等級1級の場合で2,800万円)消極的損害のうち、休業損害や逸失利益については、基礎収入に、障害の程度に応じた所定の労働能力喪失率と、就労可能期間を乗じる等して算出した金額が、それぞれ損害として認められる扱いとなっている。すなわち、医療過誤訴訟の損害は、交通事故の場合と同様に、所定の計算式に基づいての機械的計算ということとなるため、医療訴訟特有の事情により高額化するといったことはほとんどない。そしてまた、上記のような計算式により損害額が算定されるため、被害者に重度の障害が残り、介護費用が生じる場合被害者が若年者である場合(逸失利益算出にあたっての就労可能期間が長期となる場合)被害者が高額の収入を得ている場合(休業損害・逸失利益算出にあたっての基礎収入額が高額となる場合)などにより損害賠償額が高額化することとなる。本判決についても、(1)治療関係費、(2)入院付添費、(3)入院雑費、(5)入通院慰謝料、(8)退院後の治療費、施設入所費、(9)症状固定日後の入院入所付添費、(10)装具費、自宅改造費等、(11)自宅介護費用、(12)将来介護費用、(13)弁護士費用の算出は、損害賠償実務に沿った算出・認定となっている。また、本件では、(4)休業損害と(7)後遺障害逸失利益は認められていないが、事故前の就労の事実が認定されていないことからすれば、これもまた損害賠償実務の通例の判断である。このような中、本判決は、(ⅰ)患者が自力歩行不能となり、重度の膀胱直腸障害に加えて耐え難い神経障害性疼痛が残存したこと、(ⅱ)執刀医の手技上の過失が重大であったことに加え、(ⅲ)病院による事故後の説明や情報開示、院内調査などの対応が不十分な点があったことなど、本件に現れた一切の事情を総合考慮し、通常より高額の慰謝料を認定した点に特徴がある。とくに、病院は比較的早い段階で医療過誤を認めて謝罪し、適正な賠償を行う意思も表明していたにもかかわらず、裁判所は、院内調査や情報開示の進め方、医療安全体制の検証状況などを含めた事故後の一連の対応についても判断資料とし、マイナスの評価をしていることから、医療事故発生後の病院の対応全体が慰謝料額に影響し得ることを示唆した点は注目される。もちろん、本判決は、「事故後対応に問題があれば直ちに慰謝料が増額される」と判示したものではなく、事故後対応のみを独立した慰謝料増額事由としたものでもない。しかし本件のように、重大な後遺障害が残存した事案では、事故後の説明、情報提供、調査及び再発防止に向けた取組を含めた病院の対応が、患者や家族の精神的苦痛を評価する事情の1つとなり得ることが示されており、今後、事故後の対応において留意する必要がある。医療者の視点本件の判決では、手技上の重大な過失や重篤な後遺障害の残存に加え、事故後の病院側の対応(説明不足や情報開示・院内調査の遅れ)が、慰謝料増額の要因として考慮されました。実臨床の現場において、医療事故が発生した際、事実関係の正確な把握や院内事故調査委員会の開催、外部機関を交えた専門的な検証には、どうしても多大な時間がかかります。本件のように関連する複数事例の検証を併せて行う場合、年単位の時間を要することも決して珍しくありません。医療者側は「正確な原因究明を行ってから、責任をもって説明したい」と考えがちですが、患者やその家族からすれば、その空白の時間が「事実を隠蔽しようとしている」「対応が不誠実だ」と映ってしまいます。実際に裁判所も、この調査や開示に要した時間を「迅速に説明を尽くしたと評価するには不足」と判断しました。また、難易度やリスクの高い手術を多く手掛ける医師ほど合併症を経験する確率が高くなりますが、訴訟においては過去の事例が「技量不足」の根拠として扱われるリスクがある点にも注意が必要です。正確な調査には時間がかかるという実臨床ならではのジレンマはありますが、調査中であっても進捗状況をこまめに共有し、患者側との誠実なコミュニケーションを途絶えさせないことが、結果的に紛争の激化を防ぐ上で極めて重要であるといえます。Take home message医療事故の損害賠償額は、一般に交通事故実務に準じて算定されるため、医療事故であるという理由のみで慰謝料が増額されるものではない。本判決は、重大な結果が生じた事案(死亡事案、重大な後遺障害の残存事案)においては、過失の内容に加え、事故後の説明、情報開示、院内調査等を含めた病院の対応が、慰謝料額の判断事情として考慮され得る。キーワード馬尾神経損傷、後遺障害慰謝料、神経障害性疼痛、医療安全、医療事故後対応