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痛くなってからでは遅い帯状疱疹

 帯状疱疹は、60歳以降が好発年齢といわれており、強い痛みと残存する神経痛が患者のQOLに大きな影響を及ぼす。水痘として感染したウイルスによるが、一度感染してしまったウイルスを排除する術は今のところなく、ワクチンで予防することが高齢での発症・重症化を防ぐ唯一の手段となる。 2019年8月27日、武田薬品工業が「帯状疱疹の診療・予防の最新動向」をテーマに、都内にてセミナーを開催した。最新の帯状疱疹診療にはどのようなポイントがあるのだろうか。今後も増え続ける? 高齢者の帯状疱疹 はじめに、川島 眞氏(医療法人社団ウェルエイジング Dクリニック東京 総院長/東京女子医科大学 名誉教授)が「高齢化社会における帯状疱疹診療の方向性」について講演を行った。わが国では年間約60万人が帯状疱疹を発症すると推定されており、そのうち50歳以上が約7割を占める。80歳までに約3人に1人が帯状疱疹を経験するという報告もあり、近年、50歳以上の発症率は増加傾向にある1)。 原因として、小児の水痘ワクチンが2014年に定期接種化されて以降、水痘患者の減少により免疫のブースター効果を受ける機会が減っていることが考えられる。帯状疱疹の発症数と水痘の流行は逆相関することが以前から知られており、帯状疱疹患者は今後も増加していくと予想される。発症予防には細胞性免疫の強化が必須 小豆島における前向き疫学研究(SHEZ study2))において、帯状疱疹の発症率や、発症リスク・重症度と免疫の関連などについて調査が行われた。その結果、発症リスクは水痘皮内反応(細胞性免疫)が強い人ほど低く、一方で、水痘・帯状疱疹ウイルス(VZV)に対する抗体価は発症リスクに影響しないことが明らかになった。帯状疱疹および帯状疱疹後神経痛(PHN)の発症予防には、細胞性免疫が重要だ。 水痘・帯状疱疹ワクチンの接種で、VZV特異的細胞性免疫の強化が期待されている。海外の臨床試験では、水痘・帯状疱疹ワクチンにより、プラセボと比較して帯状疱疹の発症が51.3%、PHNの発症が66.5%減少したという報告3)がある。 川島氏は「帯状疱疹診療は、高齢化に伴い治療から予防へ方針が移ってきている。帯状疱疹を予防するワクチンは50歳以上が対象なので、免疫が低下してワクチンが打てなくなる前に接種勧奨することが重要」と強調した。発症後の経過で、痛みは変化していく 続いて、山口 重樹氏(獨協医科大学 医学部 麻酔科学講座 教授)が「帯状疱疹にまつわる痛みについて」をテーマに語った。帯状疱疹の痛みは、「焼けつくよう」「電気が走るよう」などと表現され、病期に伴い侵害受容性疼痛から神経障害性疼痛へ変化していくことが特徴だ。 山口氏は「痛みとは心身共に影響があるもので、痛みの続く期間が長いほど正常な生活が妨げられ、生命予後にも影響を及ぼすことがわかっている。よって、治療では痛みをできる限り早く改善することが非常に大切だ」と示した。皮膚症状が改善しても、患者の痛みは続いている 帯状疱疹患者の半数以上が、発症時(初診時)から中等度以上の強い痛みを自覚している。皮膚症状は、抗ウイルス薬の投与によって2週間程度で軽減し、4週間程度で消失に至るが、疼痛残存率は21日後で50%、90日後で12.4%、1年後で4.0%という報告4)がある。皮膚症状が重篤であるほど、また高齢であるほど痛みが遷延する可能性が高くなる。 「帯状疱疹は皮膚の病気と思われがちだが、神経の病気でもある。皮膚症状が治まった後も残る疼痛のつらさは、家族や周りの人から理解されにくい面がある」と指摘した。 PHNを疑う兆候として「針で刺されるような痛み」「電気が走るような痛み」など、「しびれ」を連想させる表現がよく用いられるという。とくに、衣服がこすれたり冷風にあたったりするだけで痛む「アロディニア(異痛症)」がある場合は注意しなければならない。「神経障害性疼痛を感じている患者さんは、着替えや入浴を嫌がったり、罹患部にガーゼを当てたり保湿剤を塗ったりする様子が見受けられることがある」と診断のポイントを示した。強い痛みが改善したあとは、休薬を目指す 長期間強い痛みを感じている患者は、抑うつや不安、不眠、自己肯定感の低下、痛みの破局化(死んだほうがまし、生きている意味がないと感じるなど)など、生活でのさまざまな苦痛を感じている。医療者は、患者の感じている痛みの強弱だけでなく、種々の尺度で痛みを多面的に評価し、治療を進めていくことが求められる。 「私が考える痛み治療の目安は半年間。ピークを超えたら徐々に減薬し、休薬を目指す。神経が損傷している場合、痛みが完全になくなることはないので、元の生活に戻すことを意識して、痛みから気を逸らせる環境(趣味など)を作ることも大切」とまとめた。 帯状疱疹やPHNの予防にはワクチンが有効だが、発症後の早期介入も予後に大きく関わる。院内の待合室などに帯状疱疹のポスターを貼っておくと、患者だけでなく家族の目にも止まり、疾患・ワクチンの啓発につながるかもしれない。

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アナフィラキシーの治療の実際

アナフィラキシーの診断 詳細は別項に譲る。皮膚症状がない、あるいは軽い場合が最大20%ある。 治療(表1)発症初期には、進行の速さや最終的な重症度の予測が困難である。数分で死に至ることもあるので、過小評価は禁物。 ※筆者の私見適応からは、呼吸症状に吸入を先に行う場合があると読めるが、筆者は呼吸症状が軽症でもアナフィラキシーであればアドレナリン筋注が第1選択と考える。また、適応に「心停止」が含まれているが、心停止にはアドレナリン筋注は効果がないとの報告9)から、心停止の場合は静注と考える。表1を拡大する【姿勢】ベッド上安静とし、嘔吐を催さない範囲で頭位を下げ、下肢を挙上して血液還流を促進し、患者の保温に努める。アナフィラキシーショックは、distributive shockなので、下肢の挙上は効果あるはず1)。しかし、下肢拳上を有効とするエビデンスは今のところない。有害ではないので、薬剤投与の前に行ってもよい。【アドレナリン筋肉注射】気管支拡張、粘膜浮腫改善、昇圧作用などの効果があるが、cAMPを増やして肥満細胞から化学物質が出てくるのを抑える作用(脱顆粒抑制作用)が最も大事である。α1、β1、β2作用をもつアドレナリンが速効性かつ理論的第1選択薬である2)。緊急度・重症度に応じて筋注、静注を行う。血流の大きい臀部か大腿外側が薦められる3)。最高血中濃度は、皮下注で34±14分、筋注で8±2分と報告されており、皮下注では遅い4)。16~35%で2回目の投与が必要となる。1mLツベルクリンシリンジを使うと針が短く皮下注になる。1)アドレナリン1回0.3~0.5mg筋注、5~30分間隔 [厚生労働省平成20年(2008)5)]2)アドレナリン1回0.3~0.5mg筋注、5~15分間隔 [UpToDate6)]3)アドレナリン1回0.01mg/kg筋注 [日本アレルギー学会20141)]4)アドレナリン1回0.2~0.5mgを皮下注あるいは筋注 [日本化学療法学会20047)]5)アドレナリン(1mg)を生理食塩水で10倍希釈(0.1mg/mL)、1回0.25mg、5~15分間隔で静注 [日本化学療法学会20047)]6)アドレナリン持続静脈投与5~15µg/分 [AHA心肺蘇生ガイドライン20109)]わが国では、まだガイドラインによってはアドレナリン投与が第1選択薬になっていないものもあり(図1、図2)、今後の改訂が望まれる。 ※必ずしもアドレナリンが第1選択になっていない。 図1を拡大する ※皮膚症状+腹部症状のみでは、アドレナリンが第1選択になっていない。図2を拡大する【酸素】気道開通を評価する。酸素投与を行い、必要な場合は気管挿管を施行し人工呼吸を行う。酸素はリザーバー付マスクで10L/分で開始する。アナフィラキシーショックでは原因物質の使用中止を忘れない。【輸液】hypovolemic shockに対して、生理食塩水か、リンゲル液を開始する。1~2Lの急速輸液が必要である。維持輸液(ソリタ-T3®)は血管に残らないので適さない。【抗ヒスタミン薬、H1ブロッカー】経静脈、筋注で投与するが即効性は望めない。H1受容体に対しヒスタミンと競合的に拮抗する。皮膚の蕁麻疹には効果が大きいが、気管支喘息や消化器症状には効果は少ない。第1世代H1ブロッカーのジフェンヒドラミン(ベナスミン®、レスタミン®)クロルフェニラミンマレイン酸塩(ポララミン®)5mgを静注し、必要に応じて6時間おきに繰り返す。1)マレイン酸クロルフェニラミン(ポララミン®)2.5~5mg静注 [日本化学療法学会20047)]2)ジフェンヒドラミン(ベナスミン®、レスタミン®)25~50mg緩徐静注 [AHA心肺蘇生ガイドライン20109)] 保険適用外3)ジフェンヒドラミン(ベナスミン®、レスタミン®)25~50mg静注 [UpToDate6)]4)経口では第2世代のセチリジン(ジルテック®)10mgが第1世代より鎮静作用が小さく推奨されている [UpToDate6)] 経口の場合、効果発現まで40~60分【H2ブロッカー】心収縮力増強や抗不整脈作用がある。蕁麻疹に対するH1ブロッカーに相乗効果が期待できるがエビデンスはなし。本邦のガイドラインには記載がない。保険適用外に注意。1)シメチジン(タガメット®)300mg経口、静注、筋注 [AHA心肺蘇生ガイドライン9)] シメチジンの急速静注は低血圧を引き起こす [UpToDate6)]2)ラニチジン(ザンタック®)50mgを5%と糖液20mLに溶解して5分以上かけて静注 [UpToDate6)]【βアドレナリン作動薬吸入】気管支攣縮が主症状なら、喘息に用いる吸入薬を使ってもよい。改善が乏しい時は繰り返しての吸入ではなくアドレナリン筋注を優先する。気管支拡張薬は声門浮腫や血圧低下には効果なし。1)サルブタモール吸入0.3mL [日本アレルギー学会20141)、UpToDate6)]【ステロイド】速効性はないとされてきたが、ステロイドのnon-genomic effectには即時作用がある可能性がある。重症例ではアドレナリン投与後に、速やかに投与することが勧められる。ステロイドにはケミカルメディエーター合成・遊離抑制などの作用により症状遷延化と遅発性反応を抑制することができると考えられてきた。残念ながら最近の研究では、遅発性反応抑制効果は認められていない10)。しかしながら、遅発性反応抑制効果が完全に否定されているわけではない。投与量の漸減は不要で1~2日で止めていい。ただし、ステロイド自体が、アナフィラキシーの誘因になることもある(表2)。とくに急速静注はアスピリン喘息の激烈な発作を生じやすい。アスピリン喘息のリスクファクターは、成人発症の気管支喘息、女性(男性:女性=2:3~4)、副鼻腔炎や鼻茸の合併、入院や受診を繰り返す重症喘息、臭覚低下。1)メチルプレドニゾロンコハク酸エステルナトリウム(ソル・メドロール®)1~2mg/kg/日 [UpToDate6)]2)ヒドロコルチゾンコハク酸エステルナトリウム(ソル・コーテフ®)100~200mg、1日4回、点滴静注 [日本化学療法学会20047)]3)ベタメタゾン(リンデロン®)2~4mg、1日1~4回、点滴静注11) 表2を拡大する【グルカゴン】βブロッカーの過量投与や、低血糖緊急時に使われてきた。グルカゴンは交感神経を介さずにcAMPを増やしてアナフィラキシーに対抗する力を持つ。βブロッカーを内服している患者では、アドレナリンの効果が期待できないことがある。まずアドレナリンを使用して、無効の時にグルカゴン1~2mgを併用で静注する12)。β受容体を介さない作用を期待する。グルカゴン単独投与では、低血圧が進行することがあるので注意。アドレナリンと輸液投与を併用する。急速静注で嘔吐するので体位を側臥位にして気道を保つ。保険適用なし。1)グルカゴン1~5mg、5分以上かけて静注 [UpToDate6)]【強力ミノファーゲンC】蕁麻疹単独には保険適用があるがアナフィラキシーには効果なし。観察 いったん症状が改善した後で、1~8時間後に、再燃する遅発性反応患者が4.5~23%存在する。24時間経過するまで観察することが望ましい。治療は急いでも退室は急ぐべきではない13)。 気管挿管 上記の治療の間に、嗄声、舌浮腫、後咽頭腫脹が出現してくる患者では、よく準備して待機的に挿管する。呼吸機能が悪化した場合は、覚醒下あるいは軽い鎮静下で挿管する。気道異物窒息とは違い準備する時間は取れる。 筋弛緩剤の使用は危険である。気管挿管が失敗したときに患者は無呼吸となり、喉頭浮腫と顔面浮腫のためバッグバルブマスク換気さえ不能になる。 気管挿管のタイミングが遅れると、患者は低酸素血症の結果、興奮状態となり酸素マスク投与に非協力的となる。 無声、強度の喉頭浮腫、著明な口唇浮腫、顔面と頸部の腫脹が生じると気管挿管の難易度は高い。喉頭展開し、喉頭を突っつくと出血と浮腫が増強する。輪状甲状靭帯穿刺と輪状甲状靭帯切開を含む、高度な気道確保戦略が必要となる9)。さらに、頸部腫脹で輪状軟骨の解剖学的位置がわからなくなり、喉頭も皮膚から深くなり、充血で出血しやすくなるので輪状甲状靭帯切開も簡単ではない。 絶望的な状況では、筆者は次の気道テクニックのいずれかで切り抜ける。米国麻酔学会の困難気道管理ガイドライン2013でも、ほぼ同様に書かれている(図3)14)。 1)ラリンゲアルマスク2)まず14G針による輪状甲状靭帯穿刺、それから輪状甲状靭帯切開3)ビデオ喉頭鏡による気管挿管 図3を拡大する心肺蘇生アナフィラキシーの心停止に対する合理的な処置についてのデータはない。推奨策は非致死的な症例の経験に基づいたものである。気管挿管、輪状甲状靭帯切開あるいは上記気道テクニックで気道閉塞を改善する。アナフィラキシーによる心停止の一番の原因は窒息だからだ。急速輸液を開始する。一般的には2~4Lのリンゲル液を投与すべきである。大量アドレナリン静注をためらうことなく、すべての心停止に用いる。たとえば1~3mg投与の3分後に3~5mg、その後4~10mg/分。ただしエビデンスはない。バソプレシン投与で蘇生成功例がある。心肺バイパス術で救命成功例が報告されている9)。妊婦対応妊婦へのデキサメタゾン(デカドロン®)投与は胎盤移行性が高いので控える。口蓋裂の報告がある15)。結語アナフィラキシーを早期に認識する。治療はアドレナリンを筋注することが第一歩。急速輸液と酸素投与を開始する。嗄声があれば、呼吸不全になる前に準備して気管挿管を考える。 1) 日本アレルギー学会監修.Anaphylaxis対策特別委員会編.アナフィラキシーガイドライン. 日本アレルギー学会;2014. 2) Pumphrey RS. Clin Exp Allergy. 2000; 30: 1144-1150. 3) Hughes G ,et al. BMJ.1999; 319: 1-2. 4) Sampson HA, et al. J Allergy Clin Immunol. 2006; 117: 391-397. 5) 厚生労働省.重篤副作用疾患別対応マニュアルアナフィラキシー.平成20年3月.厚生労働省(参照2015.2.9) 6) F Estelle R Simons, MD, FRCPC, et al. Anaphylaxis: Rapid recognition and treatment. In:Uptodate. Bruce S Bochner, MD(Ed). UpToDate, Waltham, MA.(Accessed on February 9, 2015) 7) 日本化学療法学会臨床試験委員会皮内反応検討特別部会.抗菌薬投与に関連するアナフィラキシー対策のガイドライン(2004年版).日本化学療法学会(参照2015.2.9) 8) 日本小児アレルギー学会食物アレルギー委員会.第9章治療.In:食物アレルギー診療ガイドライン2012.日本小児アレルギー学会(参照2015.2.9) 9) アメリカ心臓協会.第12章 第2節 アナフィラキシーに関連した心停止.In:心肺蘇生と救急心血管治療のためのガイドライン2010(American Heart Association Guidelines for CPR & ECC). AHA; 2010. S849-S851. 10) Choo KJ, et al. Cochrane Database Syst Rev. 2012; 4: CD007596. 11) 陶山恭博ほか. レジデントノート. 2011; 13: 1536-1542. 12) Thomas M, et al. Emerg Med J. 2005; 22: 272-273. 13) Rohacek M, et al. Allergy 2014; 69: 791-797. 14) 駒沢伸康ほか.日臨麻会誌.2013; 33: 846-871. 15) Park-Wyllie L, et al. Teratology. 2000; 62: 385-392.

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抗菌薬静脈内投与後のアナフィラキシーショックによる死亡

消化器最終判決平成16年9月7日 最高裁判所 判決概要S状結腸がんの開腹術後に縫合不全を来たした57歳男性。抗菌薬投与を中心とした保存的治療を行っていた。術後17日、ドレーン内溶液の培養結果から、抗菌薬を一部変更してミノサイクリン(商品名:ミノマイシン)を静脈内投与したが、その直後にアナフィラキシーショックを発症して心肺停止状態となる。著しい喉頭浮腫のため気道確保は難航し、何とか気管内挿管に成功して救急蘇生を行ったが、発症から3時間半後に死亡した。詳細な経過患者情報平成2年7月19日 注腸造影検査などによりS状結腸がんと診断された57歳男性。初診時の問診票には、「異常体質過敏症、ショックなどの有無」欄の「抗菌薬剤(ペニシリン、ストマイなど)」の箇所に丸印を付けて提出した経過平成2(1990)年8月2日開腹手術目的で総合病院に入院。看護師に対し、風邪薬で蕁麻疹が出た経験があり、青魚、生魚で蕁麻疹が出ると申告。担当医師の問診でも、薬物アレルギーがあり、風邪薬で蕁麻疹が出たことがあると申告したが、担当医師は抗菌薬ではない市販の消炎鎮痛薬であろうと解釈し、具体的な薬品名など、薬物アレルギーの具体的内容、その詳細は把握しなかった。8月8日右半結腸切除術施行。手術後の感染予防目的として、セフォチアム(同:パンスポリン)およびセフチゾキシム(同:エポセリン)を投与(いずれも皮内反応は陰性)。8月16日(術後8日)腹部のドレーンから便汁様の排液が認められ、縫合不全と診断。保存的治療を行う。8月21日(術後13日)ドレーンからの分泌物を細菌培養検査に提出。8月23日(術後15日)38℃前後の発熱。8月25日(術後17日)解熱傾向がみられないため、抗菌薬をピペラシリン(同:ペントシリン)とセフメノキシム(同:ベストコール)に変更(いずれも皮内反応は陰性)。10:00ペントシリン® 2g、ベストコール® 1gを点滴静注。とくに異常は認められなかった。13:00細菌培養検査の結果が判明し、4種類の菌が確認された。ベストコール®は2種の菌に、ペントシリン®は3種の菌に感受性が認められたが、4種の菌すべてに感受性があるのはミノマイシン®であったため、ベストコール®をミノマイシン®に変更し、同日夜の投与分からペントシリン®とミノマイシン®の2剤併用で様子をみることにした。22:00看護師によりペントシリン® 2g、ミノマイシン® 100mgの点滴静注が開始された(主治医から看護師に対し、投与方法、投与後の経過観察などについて特別な指示なし)。ところが、点滴静注を開始して数分後に苦しくなってうめき声を上げ、付き添い中の妻がナースコール。22:10看護師が訪室。抗菌薬の点滴開始直後から気分が悪く体がピリピリした感じがするという言葉を聞き、各薬剤の投与を中止してドクターコール。22:15「オエッ」というような声を何回か発した後、心肺停止状態となる。数分後に医師が到着し、ただちにアンビューバッグによる人工呼吸、心臓マッサージを開始。22:30気管内挿管を試みたが、喉頭浮腫が強く挿管不能のため、喉頭穿刺を行う。22:40気管内挿管に成功するが心肺停止状態。アドレナリン(同:ボスミン)投与をはじめとした救急蘇生を続けるが、心肺は再開せず。8月26日(術後18日)01:28死亡確認。死因はいずれかの薬剤によるアナフィラキシーショックと考えられた。当事者の主張患者側(原告)の主張今回使用した抗菌薬には、アナフィラキシーショックなど重篤な副作用を生じる可能性があるのだから、もともと薬剤アレルギーの既往がある本件に抗菌薬を静脈内投与する場合、異常事態に備えて速やかに対応できるよう十分な監視体制を講じる注意義務があった。ところが、医師は看護師に特別な監視指示を与えることなく、漫然と抗菌薬投与を命じたため、アナフィラキシーショックの発見が遅れた。しかも、重篤な副作用に備えて救命措置を準備しておく注意義務があったにもかかわらず、気道確保や強心剤投与が遅れたため救命できなかった。病院側(被告)の主張本件で使用した抗菌薬は、従前から投与していた薬剤を一部変更しただけに過ぎず、薬物アレルギーの既往症があることは承知していたが、それまでに使用した抗菌薬では副作用はなかった。そのため、新たに投与した(皮内反応は不要とされている)ミノマイシン®投与後にアナフィラキシーショックを生じることは予見不可能であるし、そのような重篤な副作用を想定して医師または看護師が付き添ってまで経過観察をする義務はない。そして、容態急変後は速やかに当直医師が対応しており、救急蘇生に過誤があったということはできない。裁判所の判断高等裁判所の判断医師、看護師に過失なし(1億2,000万円の請求を棄却)。最高裁判所の判断(平成16年9月7日)原審(高等裁判所)の判断は以下の理由で是認できない。薬剤が静注により投与された場合に起きるアナフィラキシーショックは、ほとんどの場合、静脈内投与後5分以内に発症するものとされており、その病変の進行が急速であることから、アナフィラキシーショック症状を引き起こす可能性のある薬剤を投与する場合には、投与後の経過観察を十分に行い、その初期症状をいち早く察知することが肝要であり、発症した場合には、薬剤の投与をただちに中止するとともに、できるだけ早期に救急治療を行うことが重要である。とくに、アレルギー性疾患を有する患者の場合には、薬剤の投与によるアナフィラキシーショックの発症率が高いことから、格別の注意を払うことが必要とされている。本件では入院時の問診で薬物アレルギーの申告を受けていたのだから、アナフィラキシーショックを引き起こす可能性のある抗菌薬を投与するに際しては、重篤な副作用の発症する可能性を予見し、その発症に備えてあらかじめ看護師に対し、投与後の経過観察を指示・連絡をする注意義務があった。担当看護師は抗菌薬を開始後すぐに病室から退出してしまい、その結果、心臓マッサージが開始されたのが発症から10分以上経過したあとで、気管内挿管が試みられたのが発症から20分以上、ボスミン®投与は発症後40分が経過したあとであり、救急措置が大幅に遅れた。これでは投与後5分以内に発症するというアナフィラキシーショックへの対応は明らかに不適切である。以上のように、担当医師や看護師が注意義務を怠った過失があるから、判決の結論に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があるため、死亡との因果関係をさらに審理をつくさせるため、本件を高等裁判所に差し戻すこととする。考察またまた医師にとっては驚くべき裁判官の考え方が示されました。しかも、最高裁判所の担当判事4名が全員一致した判断というのですから、医師と法律専門家との考え方には、どうしようもなく深い溝があると思います。本症例は、S状結腸がんの開腹手術後8日目に縫合不全を来たし(これはやむを得ない合併症と考えられます)、術後17日でそれまで投与していた抗菌薬を変更、その後に報告された細菌培養の結果から、より効果の期待できるミノマイシン®を点滴投与したところ、その直後にアナフィラキシーショックを発症しました。ショック発現までの時間経過を振り返ると、22:00ミノマイシン®開始。数分後に苦しくなりうめき声を上げたので家族がナースコール。22:10看護師が訪室、各薬剤の投与を中止してドクターコール。22:15心肺停止状態。数分後に医師が到着し、救急蘇生開始。22:30喉頭浮腫が強く挿管不能のため、喉頭穿刺を行う。22:40気管内挿管に成功するが心肺停止状態。となっています。今回の病院は約350床程度の規模で、上記の対応をみる限り、病院内の急変に対する体制としてはけっして不十分ではないと思います。最高裁判所の判事は、アナフィラキシーショックは5分以内の発見が大事である、という文献をもとに、もし看護師がミノマイシン®開始後ずっと付き添っていれば、もっと早く救急措置ができたであろう、という根拠で医師の過失と断じました。ところが当時の状況は、大腸がんの開腹手術後17日が経過し、すでに集中治療室から一般病室へ転室していると思われ、何とか縫合不全を保存的治療で治そうとしている状況でした。しかも、薬剤アレルギーの既往症が申告されていたとはいえ、それまでに使用したパンスポリン®、セフチゾキシム®、ベストコール®、ペントシリン®では何ら副作用の問題はなかったのですから、抗菌薬の一部変さらに際して看護師に特別な指示を出すべき積極的な理由はなかったと思います。ましてや、ミノマイシン®は皮内反応が不要とされている抗菌薬なので、裁判官のいうようにアナフィラキシーショックを予見して、22:00からのミノマイシン®開始に際して看護師をつきっきりで貼り付けておくことなど、けっして現実的ではないように思います。もし、看護師がベッドサイドでずっと付き添っていたとして、救命措置をどれくらい早く開始することができたでしょうか。側に付き添っていた家族が異変に気づいたのは、ミノマイシン®静脈注射開始後数分でしたから、おそらく22:05頃にドクターコールを行い、22:10くらいには院内の当直医が病室へ到着することができたと思われます(おそらく5~10分程度の短縮でしょう)。その時点から救急蘇生が開始されることになりますが、果たして22:15の心肺停止を5分間の措置で防ぎ得たでしょうか。しかもアナフィラキシーショックに関連した喉頭浮腫が急激に進行し、気道を確保することすらできず、やむなく喉頭穿刺まで行っていますので、けっして茫然自失として事態をやり過ごしたとか、注意義務を果たさなかったというような診療行為ではないと思います。つまり、本件のような激烈なアナフィラキシーショックの場合、医師が神業のような処置を行っても救命できないケースが存在するのは厳然とした事実です。にもかかわらず、医師や看護師がつきっきりでみていなかったのが悪い、救急措置をもう少し早くすれば助かったかもしれないなどという考え方は、病気のリスクを紙面でしか知り得ない裁判官の偏った考え方といえるのではないでしょうか。このように、医師にとっては防ぎようのないと思われる病態をも、医療ミスとして結果責任を問う声が非常に大きくなっていると思います。極論すると、個々の医療行為に対してすべてのリスクを説明し、それでもなお治療を受けると患者が同意しない限り、医師は結果責任を免れることはできません。すなわち本件でも、患者およびその家族へ、術後の縫合不全や感染症にはミノマイシン®が必要であることを十分に説明し、アレルギーがある患者ではミノマイシン®によってショックを起こして死亡することもありうるけれども、それでも注射してよいか、という同意を求めなければならない、ということですが、そのような説明をすることはきわめて不自然でしょう。本件は「医師や看護師の過失はない」と考えた高等裁判所へ差し戻されていますが、ぜひとも良識のある判断を期待したいと思います。一方、抗菌薬の取り扱いに関して、2004年10月に日本化学療法学会から「抗菌薬投与に関連するアナフィラキシー対策のガイドライン」が発表されました。それによると、これまで慣習化していた抗菌薬投与前の皮内反応は、アナフィラキシー発現の予知として有用性に乏しいと結論付けています。具体的には、アレルギー歴のない不特定多数の症例には皮内反応の有用性はないとする一方で、病歴からアレルギーが疑われる患者に抗菌薬を投与せざるを得ない場合には、あらかじめ皮内反応を行った方がよいということになります。そして、抗菌薬静脈内投与に際して重要な基本的事項として、以下の3点が強調されました。事前に既往症について十分な問診を行い、抗菌薬などによるアレルギー歴は必ず確認すること投与に際しては必ずショックなどに対する救急処置のとれる準備をしておくこと投与開始から投与終了後まで、患者を安静の状態に保たせ、十分な観察を行うこと。とくに、投与開始直後は注意深く観察することこのうち、本件のようなケースには第三項が重要となります。これまでは、抗菌薬静脈内注射後にはまれに重篤な副作用が現れることがあるので経過観察は大事ですよ、という一般的な認識はあっても、具体的にどのようにするのか、といった対策まで講じている施設は少ないのではないでしょうか。しかも、抗菌薬投与の患者全員に対し、「投与開始から投与終了後まで十分な観察を行う」ことは、実際の医療現場では事実上不可能ではないかと思われます。ところが、このようなガイドラインが発表されると、不幸にも抗菌薬によるアナフィラキシーショックを発症して死亡し紛争へ至った場合、この基本三原則に基づいて医師の過失を判断する可能性がきわめて高くなります。当時は急患で忙しかった、看護要員が足りずいかんともし難い、などというような個別の事情は、一切通用しなくなると思います。またガイドラインの記述は、「抗菌薬投与開始直後は注意深く観察すること」という漠然とした内容であり、ではどのようにしたらよいのか、バイタルサインをモニターするべきなのか、開始直後とは何分までなのか、といった対策までは提示されていません。ところが、このガイドラインのもとになった「日本化学療法学会臨床試験委員会・皮内反応検討特別部会の報告書(日本化学療法学会雑誌 Vol.51:497-506, 2003)」によると、「きわめて低頻度であるがアナフィラキシーショックが発現するので、事前に抗菌薬によるショックを含むアレルギー歴の問診を必ず行い、静脈内投与開始後20~30分における患者の観察とショック発現に対する対処の備えをしておくことが必要である」とされました。すなわち、ここではっきりと「20~30分」という具体的な基準が示されてしまいましたので、今後はこれがスタンダードとされる可能性が高いと思います。したがって、抗菌薬の初回静脈内投与では、全例において、点滴開始後少なくとも20分程度は誰かが付き添う、モニターをつけておく、などといった注意を払う必要があることになります。これを杓子定規に医療現場に当てはめると、かなりな混乱を招くことは十分に予測されますが、世の中の流れがこのようになっている以上、けっして見過ごすわけにはいかないと思います。今回の症例を参考にして、ぜひとも先生方の施設における方針を再確認して頂ければと思います。日本化学療法学会「抗菌薬投与に関連するアナフィラキシー対策のガイドライン(2004年版)」日本化学療法学会「抗菌薬投与に関連するアナフィラキシー対策について(2004年版概要)」日本化学療法学会臨床試験委員会・皮内反応検討特別部会報告書(日本化学療法学会雑誌 Vol.51:497-506, 2003)」消化器

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