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海外学会での発表やスピーチが苦手な人にも参考になるイチローのスピーチこんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。7月27日(現地時間)、米国ニューヨーク州クーパーズタウンにある米野球殿堂の式典でイチローが行ったスピーチ、よかったですね。決して流暢とは言えない英語ながら、数々のジョークを混じえながら語られた19分のスピーチは、「これまで殿堂入りした選手のスピーチの中でも、最もすばらしいものの一つだった」と激賞する米国メディアもあるようです。個人的には、「When fans use their precious time to come watch you play, you have a responsibility to perform for them, whether we are winning by 10 or losing by 10, I felt my duty was to motivate the same from opening day through game 162. I never started packing my equipment or taping boxes until after the season’s final out. I felt it was my professional duty to give fans my complete attention each and every game.」の一節が心に響きました。一方、イチロー好きの友人は「dream(夢)」と「goal(目標)」の違いについて語ったところに感激したと話していました。ネット上には実際のスピーチの動画や、英語全文とその訳文が上がっていますので、まだ耳にしていない、目にしていない方はぜひチェックしてみてください。海外学会での発表やスピーチが苦手という人にも参考になるはずです。さて今回は、エーザイと米国バイオジェン社が共同開発したアルツハイマー病治療薬・レカネマブ(商品名:レケンビ)の薬価が「15%引き下げられる」と報道された件について書いてみたいと思います。レカネマブはアルツハイマー病の原因とされるタンパク質(アミロイドβ)を除去する効果があり、認知機能の低下を遅らせる初めての医薬品として2023年9月に日本で承認されました。薬価はなぜ引き下げられることになったのでしょうか。2019年から始まった費用対効果評価制度の対象となっていたレカネマブ7月9日に開催された中央社会保険医療協議会・総会でレカネマブの費用対効果に関する評価結果が提出され、今後、中医協での更なる議論を経て15%引き下げられる見通しとなりました。日本の薬価制度には「費用対効果評価制度」というものがあります。市場規模が大きい、または著しく単価が高い医薬品・医療機器を対象に、費用対効果評価専門組織が分析し、薬価などが調整される制度で2019年に始まりました。レカネマブの薬価は200mg1瓶4万5,777円、500mg1瓶11万4,443円で、ピーク時の予想投与患者数は3.2万人で予想販売金額は986億円と高額になるため、この制度の対象となっていました。ちなみに、平均的な薬剤費は年間1人当たり約300万円とのことです。今回、レカネマブの分析を担当したのは国立保健医療科学院の保健医療経済評価研究センター(C2H:Core to Evidence-Based Health Policy)です。同センターは7月9日に、ホームページで現在の3分の1程度の薬価が妥当とする評価結果を公表しています1)。それによれば、レカネマブのICER(増分費用効果比)は1,000万円/QALY以上で費用対効果は比較対象技術と比べて「低い」との結果でした。ICERは、費用の増加分を効果の指標であるQALYの増加分で割った値で、低いほど費用対効果が良いとされます。「1,000万円/QALY以上」は「高過ぎる」と評価されたわけです。「画期的な認知症治療薬」であり、介護費用の削減効果も期待されていることから特別な対応も「費用対効果が低い」とされたものの、レカネマブは「画期的な認知症治療薬」であり、介護費用の削減効果も期待されていることから、中医協では、レカネマブの費用対効果評価について1)「価格調整範囲の特別ルール」を設ける、2)介護費縮減効果について「勘案する場合・しない場合」それぞれの分析結果を踏まえて対応を改めて中医協で検討する、という特別な対応が取られることになりました。まず価格調整範囲については、費用対効果評価の結果「ICERが500万円/QALYとなる価格」(費用対効果が優れていると判断される基準値)と「見直し前の価格」の差額を算出し、その25%を調整額(引き下げは有用性加算部分だけに留めず、薬価全体が見直し対象に)とするが、価格が引き下げとなる場合には、調整後の価格の下限は「価格全体の85%(調整額は価格全体の15%以下)」とすることになりました。介護費縮減効果については「介護費用縮減効果も勘案して費用対効果評価を行う場合」と「医療部分のみに着目して費用対効果評価を行う場合」との2つのデータを算出することになりました。もっとも、分析結果ではどちらの場合も「ICERが500万円/QALYとなる価格」は現在の薬価の約3分の1、25〜35%程度と大幅に低かったとのことです。というわけで、介護費用を含めても含めなくても薬価は下限の85%、すなわち「15%引き下げ」の見通しとなったわけです。エーザイは「厚労省の評価は薬の費用対効果を過小に評価している」と反論こうした評価に対し、エーザイは7月9日に会見を開き、企業(エーザイ)による分析と公的機関(C2H)による分析・評価手法や対象とした試験に違いがあり、「厚労省の評価は薬の費用対効果を過小に評価している」と反論したとのことです。7月23日付の日経バイオテクの「エーザイのアルツハイマー病薬『レケンビ』で明らかになった費用対効果評価制度の課題」と題された記事は、「要するにエーザイは、レケンビの18ヵ月以降の投与継続によりベネフィットが拡大したというOLE試験(非盲検でのオープンラベル継続投与試験)に基づいて分析を行ったのに対して、公的分析はあくまでも第3相臨床試験の18ヵ月のデータのみで分析したことが違いの最大の要因と言える」と書くと共に、エーザイと費用対効果評価専門組織との間で分析・評価手法に関して考え方の相違があったことについて、「こうしたやりとりから浮かび上がるのは、費用対効果評価の方法論がまだ十分に確立されておらず、モデルやデータの選び方によって大きなばらつきが生じるということだ。分析者によってこれだけ結果に違いがあるものを薬価の調整に用いて、関係者の納得が得られるかは疑問だ」と指摘しています。さらに同記事は、「今回のレケンビに関しては、将来的に重度の認知症患者を減少させるコンセプトの早期アルツハイマー病治療薬の価値を、MCIや軽度認知症患者に18ヵ月間投与した結果だけで評価していいのかには疑問を感じる。費用対効果評価を行うには、実臨床でのデータがまだ十分ではないというのが実情ないだろうか」と国の組織が主体となって行われる公的分析に疑問を投げ掛けています。いずれにせよ、レカネマブの薬価は引き下げられることになりそうです。今後の患者や医療現場への影響はどうなるのでしょうか。(この項続く)参考1)レカネマブ(レケンビ)の評価結果を公開しました/国立保健医療科学院