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本論評ではWinokur氏らの論文をもとに先祖株(武漢原株)とOmicron株BA.1に対応する2価ワクチンの基礎的知見を整理すると共に先祖株/BA.5対応2価ワクチンの基礎的、臨床的意義に言及する(BA.4とBA.5のS蛋白塩基配列は同じで、厳密には“BA.4/5対応”という表現が正しいが本論評では“BA.5対応”と簡略表記する)。さらに、今後のコロナ感染制御に必要な近未来のワクチンについても考察する。2023年におけるコロナ感染症の動向 2021年11月頃からOmicron原株(B.1.1.529)の世界的播種が始まった。2022年の初頭にはBA.1、次いでBA.2、夏場にはBA.5、年末にはBA.2とBA.5から派生した変異株の播種が始まったが、2023年2月現在、感染者数は減少しつつある。遺伝子系統図からは、BA.4、BA.5はBA.2の姉妹株であり、それらから種々の変異株が派生した。2022年10月、WHOはOmicron Subvariants under Monitoring(OSUMと略記)なる新たな分類を提唱し、Omicron派生株の世界的播種に対して注意を喚起した(WHO. Tracking SARS-CoV-2 variants. 10/12, 2022)。OSUMを構成するのはBA.2とBA.5からの派生株であり、BA.2系統としてBA.2.75(BA.2.75.2、BN.1を含む)とXBB(XBB.1、XBB.1.5を含む)、BA.5系統としてBQ.1(BQ.1.1を含む)とBF.7が注目された。世界の状況はWHOのOSUM分類によってすべてが説明されるわけではなく、各地域の特異的分布を考慮する必要がある。たとえば、米国の2023年1月中旬における現状は、BA.5原株がほぼ消失、BA.5系統のBQ.1とBQ.1.1が計27%、BA.2系統のXBB.1とXBB.1.5が計69%を占め、これらの派生株がコロナ感染全体の96%を占めている。とくにXBB.1.5の経時的増加が顕著であり、今後数ヵ月の間にXBB.1.5が米国におけるコロナ感染のほぼ全てを占めるものと予測されている(CDC. COVID Data Tracker. 2/8, 2023)。XBBはBA.2.10.2とBA.2.75.3の遺伝子組み換え体であり、BA.2原株に比べ感染性は高いが病原性はほぼ同等に維持されている。 本邦(東京都)においては、2023年2月2日現在、BA.5原株は45%と明確に低下、BA.5系統の派生株が計38%(BQ.1:4.1%、BQ.1.1:17.0%、BF.7:16.6%)、BA.2系統の派生株が計16%(BA.2.75:3.3%、BN.1:12.5%)と共に増加傾向を示している。一方、BA.2系統のXBBは0.3%と増加していない(東京都新型コロナウイルス感染症モニタリング会議・分析資料. 2/2, 2023)。すなわち、本邦では、米国と異なり、XBBによる感染拡大の可能性は低く、BA.5系統のBQ.1.1とBF.7、BA.2系統のBN.1による感染拡大に注意する必要がある。これらの派生株の感染性は各原株(BA.2、BA.5)よりも高いが病原性はほぼ同等とされている。BA.1対応2価ワクチンから得られた知見 コロナ感染症に対する予防ワクチンとしてはファイザー製、モデルナ製の先祖株(武漢原株)対応1価ワクチン(BNT162b2、mRNA-1273)が中心的役割を果たしてきた。しかし、現在のOmicron派生株に対しては先祖株対応1価ワクチンの追加接種(3回目以降の接種:Booster接種)では十分なる感染予防、重症化予防が得られないことが判明し、先祖株mRNAに加えOmicron株mRNAを同時に封入したOmicron株対応2価ワクチン(BA.1、BA.5対応)が開発された。BA.1対応2価ワクチンがまず承認され、欧州、本邦などで追加接種用として使用されているが(米国では未承認)、BA.1は2022年春頃にはほぼ消滅、かつ、BA.1からの有意な派生株はBA.1.1のみであり、世界でBA.1対応2価ワクチンの追加接種を受けた人の数は限られている。しかし、BA.1対応2価ワクチン接種による中和抗体形成能は詳細に検討され、BA.1対応2価ワクチンはBA.5対応2価ワクチンの臨床的重要性を担保する“象徴的ワクチン”として意義がある。 Winokur氏らによると、BA.1対応2価ワクチンを4回目Booster接種として使用した場合のBA.1に対する中和抗体価は先祖株対応1価ワクチン接種後に比べ1.6倍高かった。一方、両ワクチン接種後のBA.5とBA.2系統の派生株BA.2.75に対する中和抗体価はほぼ同等であり、BA.1対応2価ワクチンのほうが優れているわけではなかった。これらの結果は、標的ウイルスを効果的に中和するためにはウイルスS蛋白特異的mRNAを封入したワクチンが必要であることを意味する。本論文で示されたもう一つの重要な知見はBA.1対応2価ワクチンと先祖株対応1価ワクチンの副反応に明確な差を認めなかったことである。この結果は、今後、種々なるOmicron派生株に対応するmRNAワクチンが開発されたとしても安全性に問題がないことを示唆する。BA.5対応2価ワクチンの液性免疫、細胞性免疫、予防効果 先祖株/BA.5対応2価のワクチンを用いたBooster接種は、2022年秋以降、本邦を含め世界の先進国で開始された。2023年に入り、当ワクチンをBooster接種として用いることの正しさを支持する知見が集積されつつある。Collier氏らはファイザー製、モデルナ製の先祖株対応1価ワクチンを3回接種終了した対象に追加Booster接種として先祖株対応1価ワクチンあるいはBA.5対応2価ワクチンを接種した場合のBA.5を中心とする複数のOmicron派生株に対する中和抗体価(液性免疫)、BA.5特異的記憶B細胞、CD4-T細胞、CD8-T細胞の活性化(細胞性免疫)について検討した(Collier ARY, et al. N Engl J Med. 2023;388:565-567.)。その結果、BA.1、BA.2、BA.5に対する中和抗体価はBA.5対応2価ワクチンのBooster接種後により高い値を示すことが判明した。一方、BA.5特異的記憶B細胞、CD4-T細胞、CD8-T細胞の賦活化には先祖株対応1価ワクチンとBA.5対応2価ワクチンのBoosterで著明な差を認めなかった。以上の結果は、BA.5対応2価ワクチンのBooster効果は主として液性免疫の賦活化に起因するもので細胞性免疫の賦活化の関与は少ないことを示唆する。 Zou氏らはXBB.1、BA.2.75、BQ.1.1など今後世界を席巻する可能性があるOmicron派生株を中心にPfizer社のBA.5対応2価ワクチンのBooster接種による中和抗体形成能を報告した(Zou J, et al. N Engl J Med. 2023 Jan 25. [Epub ahead of print])。彼らの解析によると、BA.5対応2価ワクチンのBooster接種はBA.5系統の派生株BQ.1.1、BA.2系統の派生株BA.2.75に対しては比較的高い中和抗体価を示すがBA.2系統の派生株XBB.1に対する中和抗体は低値であった。 Miller氏らは本邦にとって重要なBA.5系統の派生株BF.7に対するBA.5対応2価ワクチンのBooster効果を検討し、BF.7に対する中和抗体価はBA.5に対する値よりも少し低いものの(BA.5の1/1.5倍)BA.2系統のBA.2.75に対する値の2.7倍、XBB.1に対する値の14倍と高い中和抗体価を示すことを報告した(Miller J, et al. N Engl J Med. 2023;388:662-664.)。Zou氏、Miller氏らの報告は、BA.2ならびにBA.5系統の派生株感染が主流になるであろう2023年度にあってはBA.2とBA.5に対応したワクチンの開発が必要になる可能性を示唆する。 Link-Gelles氏らはBA.2、BA.5系統の派生株感染に対するBA.5対応2価ワクチンの感染予防効果について報告した(Link-Gelles R, et al. MMWR Morb Mortal Wkly Rep. 2023;72:119-124.)。BA.5対応2価ワクチンのBooster接種によりBA.2系統派生株に対する感染予防効果は37~52%、BA.5系統派生株に対する感染予防効果は40~49%であり、BA.5対応2価ワクチンの感染予防効果はBooster接種後少なくとも3ヵ月は維持された。 Lin氏らは、入院ならびに死亡を指標としてBA.5対応2価ワクチンの重症化予防効果を評価した(Lin DY, et al. N Engl J Med. 2023 Jan 25.[Epub ahead of print])。観察時期に蔓延していたウイルスはBA.4.6、BA.5、BQ.1、BQ.1.1であった。以上の状況下でBA.5対応2価ワクチンのBooster接種後の重症化予防効果は54~64%であったが、その効果はBooster接種1ヵ月後から低下した。コロナ感染症に対する今後の至適ワクチン 2023年2月8日、厚労省は厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会予防接種基本方針部会を開催し、2023年度以降のコロナワクチン接種に関して以下の議論を開始した;(1)2023年度は全世代に対してワクチンの公費負担を継続、(2)2023年度のワクチン接種は秋から冬にかけて施行、(3)ワクチンの種類として幅広い抗原に対する免疫を獲得するためのもの、あるいは、流行株に特化したものが考えられるとした。幅広い抗原に対するワクチンとしては現行のBA.5対応2価ワクチンが該当するが、武漢原株の重要性が消失しつつある現在、武漢原株mRNAをワクチンに組み込む必然性はないはずである。本邦において流行株に特化したワクチンとしては、BA.5系統のBQ.1.1、BF.7、BA.2系統のBN.1に特化した1価あるいは2価ワクチン、米国においては、BA.2系統のXBBに特化した1価ワクチンが考えられるが、流行株に特化し過ぎるとウイルス播種の状況が現在と乖離した場合にワクチンが無効となり忌々しき社会問題を引き起こす。それゆえ、現在の流行ウイルスがBA.2、BA.5由来の派生株が主体であることを鑑み、2023年度においては、汎用性が担保された至適ワクチンとしてBA.2とBA.5に対応する2価ワクチンを開発すべきではないだろうか? 2024年度以降は流行株の厳密なモニターから新たなワクチンを模索する必要性を念頭に置くべきであろう。