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第262回 救急車利用で徴収されたケース、最も多い症状や年代は?

2024年2月、能登半島地震の関連取材で石川県小松市を訪れた時のことだ。小松駅のトイレに入ると妙な掲示が目についた。「救急車はタクシーではありません!」この後に以下のような記述が続いていた。「命にかかわる傷病者が救急車を待っています。このような症状での気軽な119番はお控えください。しゃっくりが止まらない歯が痛い蚊にさされた掲示の主は小松市消防本部である。この時は「そんなことで救急車を呼ぶ人がいるのか?」と驚き呆れたものだ。ここまでひどくはなくとも、従来から救急車による搬送事例に軽症者が多いことはよく知られている。総務省消防庁が先月発表した2024年度の「救急出動件数等(速報値)」1)によると、全国での救急車による救急出動件数は771万7,123件(対前年比1.0%増)、搬送された人の数は676万4,838人(同1.9%増)となり、いずれも1963年の集計開始以来、過去最高を記録した。これら搬送された人の受け入れ医療機関での傷病程度の判定結果では、軽症(外来診療)が316万7,205人で、搬送された人の約半数に当たる 46.8%を占めている。これらの人の多くは、救急車が出動する必要はなかったと言えるだろう。こうした必要性の低い救急搬送はリソースの無駄使いという問題とともに、医療機関の救急診療部門の疲弊によって救える命が救えなくなるという、より深刻な問題を引き起こす。こうした実情を受け、一部の自治体では緊急性が認められなかった救急搬送ケースで搬送された人から選定療養費を徴収するという動きも始まった。全国初のケースは三重県松坂市で、同市の地域医療支援病院である厚生連松阪中央総合病院、済生会松阪総合病院、松阪市民病院に救急搬送され、入院に至らなかった軽症例では7,700円の選定療養費を徴収する制度を2024年6月1日からスタートした。また、都道府県単位では、茨城県が初めて2024年12月2日から県内の22病院に搬送された人のうち、救急車要請時に緊急性が認められなかったと判断された場合には選定療養費を徴収する制度を始めた。徴収される選定療養費は病院ごとに1,100~1万3,200円まで幅があり、22病院中18病院が7,700円。なお、最低の1,100円は白十字総合病院(神栖市)のみ、最高額の1万3,200円は特定機能病院でもある筑波大学附属病院(つくば市)。両地域の制度とも該当者から一律徴収するのではなく、現場で医師の判断に基づき徴収の是非が決定される。こうした制度の導入時に最も懸念されるのが、救急車の呼び控えによる重症化だ。こうした懸念に加え、制度導入が実際の軽症者の救急車の出動要請の抑制につながるかも注目されるところ。この点について、松坂市、茨城県がともに検証調査結果を発表している2)。茨城県の1回目の検証調査結果は3月末に発表されたばかり。そこで今回、茨城県の検証結果を概観してみた。徴収されたケース、患者の症状や年齢、搬送時間は?茨城県は緊急性の判断目安を「搬送後の入院の有無や軽症かどうかではなく、救急車要請時の緊急性が認められないと判断された場合」と定義している。たとえば、熱中症、小児の熱性けいれん、てんかん発作などの症状は、病院到着時に改善し「軽症」と診断された場合でも、救急車を呼んだ時点での緊急性が認められるケースに該当し、徴収の対象とはならない。検証結果によると、制度導入から3ヵ月間(2024年12月〜2025年2月)に対象22病院が受け入れた救急搬送件数は2万2,362件。うち選定療養費が徴収されたのは全体の4.2%に当たる940件である。選定療養費が徴収された事例の主症状で最多は「風邪の症状」が8.8%(83件)、次いで「腹痛」が8.5%(80件)、「発熱」が7.2%(68件)、「打撲」が6.3%(59件)、「めまい・ふらつき」が5.6%(53件)など。検証期間中の1日(全時間帯)当たりの徴収件数は平日(月〜金)が9.6件、土日・祝日は12.3件で、休日に多い傾向が見られる。1時間刻みの時間帯別の徴収件数は平日が0.2~0.8件。最も多い0.8件は「22~23時」「0〜1時」の深夜帯。土日・祝日の場合は0.2~0.9件で、最多の0.9件は「15~16時」、これに次ぐ0.8件は「18~19時」、0.7件が「17~18時」「20~21時」「23~0時」で夕方から深夜にかけて多い傾向があった。年齢別の徴収率は、18歳未満が6.5%(徴収件数103件)、18歳以上65歳未満が6.6%(同408件)、65歳以上の高齢者が3.0%(同429件)。ちなみに18歳未満をより細分化すると、乳幼児(生後28日以上満7歳未満)が6.2%(同56件)、少年(満7歳以上満18歳未満)が7.0%(同47件)だった。このことから、若年層や中年層が比較的軽症で救急車の出動要請をしている実態が浮かび上がる。一方、検証期間中の茨城県全体での救急搬送件数は3万8,041件で、前年同期比で0.5%減少。選定療養費徴収の対象22病院のみの救急搬送件数は前述のように2万2,188件だが、こちらも前年同期比1.6%減となり、搬送全体に占める22病院への救急搬送の割合の58.3% も前年同期比0.7%減となった。他県の救急搬送の状況は?ちなみに参考として近隣の福島県、栃木県、群馬県、埼玉県、千葉県の同時期の救急搬送件数を調査した結果では、対前年同期比で3.8〜8.6%増加していたという。また、検証期間中の県全体の救急搬送で「軽症等」*と判断されたものは1万6,162件で前年同期比9.2%減となった一方、「中等症以上」**は2万1,879件で前年同期比7.1%増。対象22病院での軽症等はこれら病院への救急搬送件数の38.7%に当たる8,577件で、この割合は前年同期比で5.3%も減少した。*総務省消防庁統計での「軽症(入院加療を必要とせず外来診療で対応可)」と「その他(医師の診断がないものなど)」の合計**「中等症(入院診療が必要なものの重症ではない)と「重症(3週間以上の入院加療が必要)」と「死亡」の合計結果を概観すると、茨城県の救急搬送での選定療養費制度導入は、救急搬送件数全体や軽症者の救急搬送件数の抑制に一定の効果があり、本当に緊急性の高いケースへの搬送集中が進んだ可能性が示唆される。運用は成功か、救急電話相談の導入も相まる茨城県の制度導入の効果は、今回の検証調査で明らかになった茨城県運営の救急電話相談(おとな:#7119、こども:#8000)の利用状況からもうかがえる。検証期間中の救急電話相談は3万8,493件あり、前年同期に比べ6.9%増。同時に応答率も前年同期の82.2%から92.1%にまで改善された。ちなみに応答率の改善について茨城県では今回の選定療養費徴収開始に合わせて回線数を増設した影響と分析している。前述の救急電話相談のうち救急車の要請を助言した割合は、おとな相談で前年同期の10.2%から16.4%に上昇した一方で、こども相談では4.9%から3.6%に微減。この実態は救急電話相談を経由して必要な場合のみ救急車を呼ぶ行動が定着しつつあると解釈できる。なお、選定療養費徴収制度の導入開始後1週間で、県民から「救急電話相談に電話したが繋がりづらい」という声が複数寄せられたことを受けて調査した結果、平日16時台の応答率が5割ほどに低下していたことが判明。茨城県は検証期間中の2024年12月12日から該当時間帯の回線数を従前の2回線から順次増設し、12月23日からは6回線に増設した。さらに時間帯別で土曜日の17時~24時台、平日の7時台~16時台に応答率が6割~7割ほどに低下したため、2025年1月14日からはこれら時間帯でも2回線を増設したという。茨城県保健医療部医療局医療政策課では、応答率は随時調査をしながら回線増設などの対応を現在も行っているとしている。そして最も懸念された救急車の呼び控えによる重症化ついては、県内の医療機関、消防本部などに該当事例があれば報告するように要請したものの、これまで報告はなかったという。また、制度開始後、県の医療政策課に寄せられた問い合わせ・意見は計91件。内訳は、「制度への質問」が最多の54件(59.3%)、「肯定的な意見」が7件(7.7%)、「否定的な意見」と「徴収に関する不満の申し立」が各6件(6.6%)、「その他(県への提案等)」が18件(19.8%)。徴収に対する不満の中には「救急電話相談から救急車を呼ぶよう助言されたが徴収された」という事例が報告されている。検証結果の報告書では、この件について「県が個別対応として、病院に事情を説明する対応を行った」と記述されていたが、同課に問い合わせたところ、この事例では患者が病院に救急電話相談で助言があった旨を伝えていなかったことが後に明らかとなり、病院が最終的に徴収した選定療養費の返金対応をしたという。今後、こうしたケースの対応について、同課では「救急電話相談で救急車要請があったことを最大限考慮して病院側が最終判断する」としている。概観すると、全体として制度自体は問題なく運用できていると映る。おそらく各自治体はこうした状況を横目で眺めていることだろう。個人的には今年度この動きが拡大していくか否か、また症例の蓄積により運用基準が今後変更されるかについて注目している。参考 1) 総務省:令和6年中の救急出動件数等(速報値) 2) 茨城県保健医療部:救急搬送における選定療養費の徴収に関する検証の結果について (2024年12月~2025年2月)

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東北大学医学部 臨床腫瘍学分野【大学医局紹介~がん診療編】

川上 尚人 氏(教授)西條 憲 氏(講師)石川 史織 氏(大学院生)講座の基本情報医局独自の取り組み・特徴東北大学は、国際卓越研究大学として創薬を重点戦略に掲げており、腫瘍内科はその出口となる治療開発の最前線を担います。当科では「患者さんから教わり、学び、患者さんに還元する」をモットーに、がん診療に根ざした臨床的疑問を起点として、新たな治療法やエビデンスを創出できる腫瘍内科医の育成を目指しています。こうした目標のもと、当科では診療に加えて治験や特定臨床研究への関与を通じた実践的な学びを重視しています。とくに、専攻医の段階から症例報告や原著論文の執筆に取り組み、学会参加や発表を積極的に支援することで、将来の専門性・研究力へとつなげます。地域のがん診療における医局の役割宮城県内のすべてのがん診療連携拠点病院が当科の関連施設であり、診療と教育の両面で地域医療の中核的役割を果たしています。腫瘍救急、緩和ケア、ゲノム医療まで幅広い領域に対応できる環境が整っており、多様な臨床力を実地で身につけることができます。今後医局をどのように発展させていきたいか今後は、キャリア支援やメンター制度をさらに充実させていきます。一人ひとりの挑戦を後押しし、それぞれの強みが活かされる組織をつくることで、地域に根ざしながらも世界と勝負できる腫瘍内科医を輩出してまいります。同医局でのがん診療・研究のやりがいと魅力腫瘍内科医には、2つの重要な側面が求められます。進行がんの患者さんとそのご家族に寄り添う人間味あふれる臨床医としての側面と、病態や治療法について客観的かつ論理的に考察する科学者としての側面です。がん薬物療法の分野では、臨床と基礎研究が密接に連携しており、日々の診療で感じる課題や疑問が、研究の出発点となり、新たなシーズとなります。われわれは臨床と基礎の双方の視点から得られたデータをもとに、こうした課題の解決に取り組んでいます。このように、臨床医と科学者としての両側面が融合することが、腫瘍内科の大きな魅力です。そして、その視点を養うことは、医師としての視野を広げ、より高いレベルへと成長するための原動力となります。当科では、腫瘍内科医としての診療スキルはもちろんのこと、この多角的な視点を磨くことを重視しています。ともに世界に向けて、新たなエビデンスを発信していきましょう!力を入れている治療/研究テーマ当科では、多くの治験を含む臨床試験に参加しているほか、独自の特定臨床研究も展開しております。それだけでなく、新規バイオマーカー開発などのトランスレーショナル研究、そしてアンメットメディカルニーズに基づいたまったく新しい作用機序を持った新規抗がん薬開発の前臨床研究にも取り組んでいます。カンファレンスの様子これまでの経歴2020年に東北大学医学部を卒業後、宮城県の大崎市民病院で初期研修を2年間行いました。初期研修修了後に当科に入局し、大崎市民病院で1年半専攻医として診療に携わったのちに東北大学病院に戻ってきました。現在は内科専門研修プログラムを修了し、大学院生として研究を行っています。同医局を選んだ理由元々がんに興味があり医学部を志したこともあり、がん診療に携わることのできる科を希望していました。初期研修で腫瘍内科をローテートした際、積極的な化学療法のみならず、病棟での全身管理や緩和医療の大切さを学びました。そして双方が必要とされる腫瘍内科にやりがいを感じ、腫瘍内科を志望しました。私は岩手県出身であり、東北地方のがん診療を支えたいと思い、母校である東北大学の腫瘍内科への入局を決意しました。現在学んでいること大学院生として研究室に所属し、大腸がんの研究を行っています。データを用いた後方視的な臨床研究から細胞やマウスを用いた基礎研究まで、自分の興味に沿った幅広い研究ができるため非常に取り組み甲斐があります。学会発表や論文作成についても上級医の手厚い指導のおかげで多くの機会をいただきました。ぜひ「BedsideからBenchへ、BenchからBedsideへ」を掲げる腫瘍内科で、一緒にがん治療を発展させていきましょう!東北大学大学院医学系研究科・医学部 臨床腫瘍学分野住所〒980-8575 仙台市青葉区星陵町4-1問い合わせ先dco@grp.tohoku.ac.jp医局ホームページ東北大学大学院医学系研究科 臨床腫瘍学分野専門医取得実績のある学会日本内科学会(内科専門医、総合内科専門医)日本臨床腫瘍学会(がん薬物療法専門医)日本がん治療認定医機構(がん治療認定医)研修プログラムの特徴(1)患者さん一人ひとりと向き合う、実践的な腫瘍内科研修固形がんを中心に、主治医グループの一員として実際の診療を担当し、知識・技術だけでなく「寄り添う力」を育てます。(2)臨床と研究を両立し、世界と戦える医師へ「BedsideからBenchへ、BenchからBedsideへ」の理念のもと、臨床経験を積みながら大学院での研究活動にも取り組み、医学の発展に貢献できる力を養います。(3)国内外で学びを深める、充実の学会支援制度若手医師の学会発表・国際交流を積極的に支援し、新たな知見を取り入れながら成長できる環境を整えています。詳細はこちら(初期研修/後期研修)

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記念日「多様な性にYESの日」(その1)【なんで性は多様なの?(性スペクトラム)】Part 1

今回のキーワード性的指向性自認LGBTQ+性別不合(ICD-11)、性別違和(DSM-5)性分化疾患性スペクトラムクロスドレッシング心理的特性のモザイク5月17日は、「多様な性にYESの日」ですね。正式名称は、ちょっと堅苦しいのですが、「国際反ホモフォビア・トランスフォビア・バイフォビアの日(IDAHO)」です。1990年のこの日、WHO(世界保健機関)が「同性愛」をICD(国際疾病分類)から除外したことを記念して定められました。当時、差別や偏見に苦しむ人たちがたくさんいたわけですが、現在、世の中では性の多様性を自然に受け入れる流れが加速しています。それでは、性はどのように多様なのでしょうか? そもそもなぜ性は多様なのでしょうか? 今回は、シネマセラピーのスピンオフ、「記念日セラピー」と称して、これらの性についての謎に、進化心理学の視点から迫ります。性はどのように多様なの?―LGBTQ+性のあり方(セクシュアリティ)は、大きく4つの要素が挙げられます。1つ目は、身体的性(sex)です。いわゆる生まれた時の性別で、簡単に言えば「体の性」です。2つ目は、性的指向(sexual orientation)です。性的魅力を感じる性で、簡単に言えば「好みの性」です。3つ目は、性自認(gender identity)です。自分が認識する性で、簡単に言えば「心の性」です。最後の4つ目は、性表現(sexual expression)です。ファッション、仕草、言葉遣いなど表現したい性で、いわゆる「男らしさ」「女らしさ」、簡単に言えば「らしさの性」です。つまり、性のあり方とは、この4つの要素が組み合わされたものと考えられています。それでは、実際に性はどのように多様なのでしょうか? 性的指向と性自認の組み合わせから、以下の表にまとめてみました。なお、この2つの要素は、この2つの頭文字をそれぞれ取って合わせてSOGIと呼ばれます。まず、性的指向が異性の状態はストレートと呼ばれ、人口の約92%います。一方で、これ以外の性的少数者(セクシャルマイノリティ)は約8%いて、それぞれの頭文字を取って、LGBTQ+と総称されます。性的指向が同性の状態は、女性ならレズビアン(L)、男性ならゲイ(G)と呼ばれます。両性の状態はバイセクシュアル(B)と呼ばれます。これらのL、G、Bは合わせて人口の約3%強います1)。さらに、性的指向がない状態はアセクシュアル、不明の場合はクエスチョニングと呼ばれます。次に、性自認が身体的性と同じ状態はシスジェンダーと呼ばれます。反対の場合は、トランスジェンダー(T)と呼ばれ、人口の約2%弱います1)。トランスジェンダーの性的指向の多くは、心の性(性自認)に対しての異性、体の性(身体的性)に対しての同性ですが、その逆や両性もいます。つまり、同性愛トランスジェンダー(※本人にとっては異性愛)だけでなく、異性愛トランスジェンダー(※本人にとっては同性愛)、両性愛トランスジェンダー、そして性的指向がクエスチョニングのトランスジェンダーもいます。さらに性自認が、男女どちらにもなりうる状態はジェンダーフルイド、どちらでもない状態はノンバイナリー(Xジェンダー、アジェンダー)、不明の場合はクエスチョニングと呼ばれます。これらの性的指向も、トランスジェンダーと同じく細かく分けられます。以上のうち、レズビアン(L)、ゲイ(G)、バイセクシュアル(B)、トランスジェンダー(T)を除いた残りの性的少数者(Q+)、つまりアセクシュアル、ジェンダーフルイド、ノンバイナリー、そしてクエスチョニングは、人口の約3%います1)。なお、トランスジェンダーとノンバイナリーは、本人たちが苦痛を感じている場合、性別不合(ICD-11)、性別違和(DSM-5)と精神医学的に診断され、ホルモン治療や性別適合手術の対象になります。ちなみに、遺伝子や性ホルモンの異常などの医学的な原因によって、そもそも体の性(身体的性)がはっきりしない状態は、これまでインターセックスと呼ばれていました。しかし、この疾患の当事者たちの多くが、実は性的少数者に含まれることを望んでいません。このような事情からも、インターセックスという呼び名は、ネガティブなニュアンスがあるとの理由で、現在は避けるべきとされています2)。もちろん、当事者たちが困っていたり苦痛を感じている場合、性分化疾患と医学的に診断され、ホルモン治療や外科手術の対象になります。次のページへ >>

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記念日「多様な性にYESの日」(その1)【なんで性は多様なの?(性スペクトラム)】Part 2

なんで性は多様なの?―性スペクトラムそれでは、なぜ性は多様になっているのでしょうか? 進化の視点から、身体的性、性的指向、性自認、性表現の4つの起源に迫り、その答えを解き明かしてみましょう。(1)身体的性の起源―体の性分化の進化約5億年ちょっと前、海綿のような無脊椎動物が有性生殖をするようになり、オスとメスが誕生しました。実際に、現在のメダカやカエルをはじめとする生物から性決定遺伝子が10種類以上発見されています3)。1つ目の段階は、身体的性の起源、つまり体の性分化の進化です。しかし、脳の性分化はまだ進化していません。実際の魚の実験3)では、未成熟のオスは、成熟したメスと一緒にいても性行動をしません。しかし、このオスは男性ホルモンが与えられると性行動をします。さらに、メスが男性ホルモンを与えられるとオス型の性行動をします。つまり、性的指向は、オスメスどちらにも固定化されておらず、性ホルモン(性腺の性)によって両性的であることがわかります。なお、魚類や爬虫類の多くは、受精卵の周りの温度によって性別(身体的性)が決まります4)。しかし、クロダイやクエのように年齢によって性転換する(身体的性を変える)種、カクレクマノミ(熱帯魚)のように周りの群れとの大きさの違いによって性転換する種もいます2)。つまり、魚類において、身体的性が固定化されていない種もいることから、オスとメスは連続的であり多様であることがわかります。これは、身体的性における性スペクトラムと呼ぶことができるでしょう。(2)性的指向の起源―脳の性分化の進化約3億年前に哺乳類が誕生してY染色体が進化し、約1.5億年前に哺乳類(真獣類)特有の性決定遺伝子(SRY遺伝子)が進化したと推定されています4)。この遺伝子によって、胎児期(デフォルト)はもともとメスとして誕生して、遺伝的にメスの場合はそのままメスとして生まれます。一方、遺伝的にオスの場合は、オスにあるY染色体の発現によって自分の精巣から男性ホルモンが分泌され(ホルモンシャワー)、脳を男性化させてオスとして生まれます。そして、この性的指向は一生涯変わることはありません。2つ目の段階は、性的指向の起源、つまり脳の性分化の進化です。体の性分化だけでなく、脳の性分化にも臨界期があり、出生後の性的指向は固定化されるようになります。これは、実際のネズミの実験2)が根拠になります。この実験では、出生前後(ネズミのホルモンシャワーの時期)に、メスは男性ホルモンを与えられると大人になって性周期(脳活動の1つ)は出てこず、さらに男性ホルモンを与えられるとオス型の性行動をします。つまり、オス型の脳(メスへの性的指向)になります。一方、出生前後にオスは精巣を切除されて男性ホルモンをなくしてしまい、大人になって女性ホルモンを与えられると、性周期が出てきてメス型の性行動をします。つまり、メス型の脳(オスへの性的指向)になります。しかし、出生前後の時期を過ぎてからメスが男性ホルモンを与えられても、オスが精巣を切除されて男性ホルモンをなくして女性ホルモンを与えられても、性周期や性行動に変化はありません。また、先ほど触れた性分化疾患の病態も根拠になります。たとえば、遺伝子の異常によって男性ホルモンの受容体がまったく反応しない病態(アンドロゲン不応症)では、男性の場合、胎児期に男性ホルモンが分泌されても体と脳が男性化せず女性傾向になります。性的指向は男性になり性自認は女性になることが多く、その場合の性別は女性とされます。一方、遺伝子の異常によって男性ホルモンの分泌が副腎皮質から出すぎている病態(先天性副腎過形成症)では、女性の場合、体と脳が男性傾向になります。性別は女性のままとされますが、性自認が男性になる人(トランスジェンダー)が5%(一般人は2%)に増え、性的指向が女性になる人(同性愛)が11%(一般人は3%)に増えています5)。以上を根拠として、体の性分化の不具合がなくても、胎児期に何らかの原因で、男性ホルモンが働かなかった男性の性的指向は男性(同性愛)、男性ホルモンが働きすぎた女性の性的指向は女性(同性愛)、男性ホルモンが中程度に働いた男性または女性の性的指向はともに男女どちらとも(両性愛)になると考えられています6)。なお、性的指向を司る脳部位は前視床下部間質核(INAH)であることが特定されています6)。それが何らかの原因で働かない場合、性的指向は男女どちらでもなくなる可能性が考えられます。つまり、哺乳類において、胎児期の男性ホルモンの量によって性的指向はオスとメスで連続的であり多様であることがわかります。これは、性的指向における性スペクトラムと呼ぶことができるでしょう。<< 前のページへ | 次のページへ >>

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記念日「多様な性にYESの日」(その1)【なんで性は多様なの?(性スペクトラム)】Part 3

(3)性自認の起源―社会性の進化約3億年前に哺乳類が誕生してから、単独行動ではなく群れ行動をする種が現れました。そして、近親相姦を回避するために、基本的に同性だけの群れになるように進化しました。たとえば、リス(ベルディングジリス)は、大人になるとオスは親元を離れますが、メスは親元に残り、メスだけで血縁のある群れ(母系家族)をつくります。その後に誕生した真猿類もそうです。一方、チンパンジーは、大人になると逆にメスが親元を離れて他の群れに加わり、オスは親元に残り、オスたちだけで血縁のある群れ(父系家族)をつくります。このように、同性で群れ行動をするためには、自分がどちらの性なのかの認識(性自認)をする必要があります。逆に、これができなければ、オスだけかメスだけかに偏った群れをつくることができません。3つ目の段階は、性自認の起源、つまり同性の群れ行動のための社会性の進化です。性自認とはそもそも社会的なもので、個人のなかだけでは生まれません。性的指向が出生後に固定化されるのに対して、この性自認は大人になるまで(思春期)に遅れて発達して固定化されるようになります。これは、子供の心理発達の性差が根拠になります。実際に、小学校3、4年から、男の子は男の子同士で集まって対戦や冒険をして、女の子は女の子同士で噂話などのガールズトークを好むように、自然と同性同年代の集団をつくるようになります。この時期はギャングエイジと呼ばれています。また、画像研究も根拠になります。実際に、性自認を司る脳部位(性自認中枢)は分界条床核(BSTc)であることが特定されており、これは男性ホルモンの影響を受けないことも確認されています6)。そして、とくに思春期にその変化が確認できることもわかっています7)。性自認中枢は男性ホルモンの影響を受けないことから、女性が胎児期に男性ホルモンを浴びて性的指向が変わっても、必ずしも性自認は変わらないことがわかります。実際に、先ほども触れたように、胎児期に男性ホルモンが出すぎた女性(先天性副腎過形成症)は性的指向が女性になる人は11%でしたが、そのなかで性自認が男性に変わる人は5%、変わらない人は11-5=6%いることになります。つまり、胎児期の男性ホルモンの量の変化の影響を受けて性的指向が変わっても、性自認中枢が十分に働いていればシスジェンダーのままにとどまり、レズビアン、ゲイ、バイセクシュアルになります。しかし、性自認中枢が十分に働いていなければ、トランスジェンダーになり、同時に同性愛(※本人にとっては異性愛)や両性愛になります。逆に、性自認中枢が十分に働いていなくてトランスジェンダーになりながらも、胎児期の男性ホルモンの量の変化の影響がなければ、性的指向は変わらずに異性愛のまま(※本人にとっては同性愛)になる可能性が考えられます。そして、性自認中枢が安定して働かないと、ジェンダーフルイドとなり、まったく働かないとノンバイナリーになる可能性が考えられます。つまり、群れ行動をする哺乳類において、性自認中枢の機能によって、性自認はオスとメスで連続的であることがわかります。これは、性自認における性スペクトラムと呼ぶことができるでしょう。なお、同性の群れ行動の詳細については、関連記事1をご覧ください。<< 前のページへ | 次のページへ >>

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記念日「多様な性にYESの日」(その1)【なんで性は多様なの?(性スペクトラム)】Part 4

(4)性表現の起源-社会脳の進化約700万年前に人類が誕生して、約300万年前に家族、その後に血縁でつながった部族をつくるようになりました。そして、男性たちは同性集団で狩りをして、女性たちは同性集団で子育てをするようになりました。これは、集団における性役割(性別役割分業)の起源です。この時、子供は思春期になるころ、大人の同性集団に好意を持って迎え入れてもらえるように、男の子は男らしく、女の子は女らしくして、同性の大人のまねをしたでしょう。同時にこれは、同年代の異性への性的アピールになっていたでしょう。逆に言えば、異性のまねはしなくなるということです。これは、集団でうまくやっていくための能力(社会脳)の1つと言えます。4つ目の段階は、性表現の起源、つまり社会脳の進化です。性表現とは、見た目や印象の性差を際立たせることで、集団としての生存戦略であり、個人としての生殖戦略であったというわけです。たとえば、男性なら狩りの能力の高さをほのめかす筋肉質な体型やこだわり(システム化)の仕草であり、女性なら妊娠出産や子育ての能力の高さをほのめかすふくよかな体型や共感的な仕草です。なお、システム化と共感性の起源の詳細については、関連記事2をご覧ください。やがて、約20万年前に言葉を話すようになってから、男性的な話し方、女性的な話し方の性差が生まれました。さらに、約7万年前に、服を着るようになってから、男性的な服装、女性的な服装の性差が生まれました。また、化粧が発明されてから、とくに女性は化粧をして、性的にアピールするようになりました。こうして、男性はより男性らしく、女性はより女性らしく振舞うようになり、この性表現は文化的に固定化されるようになりました。そんななか、現代、性自認が性別と同じで性的指向が異性のマジョリティであっても、性表現において同性ではなく異性の服を着たがる人がとくに男性でいます。サブカルチャーでは、いわゆる 「女装家」「女装子(じょそこ)」「男の娘(おとこのこ)」などと呼ばれていますが、正式にはクロスドレッシングと呼ばれています。これも、本人たちが苦痛を感じている場合、異性装障害(DSM-5)と精神医学的に診断され、精神科治療の対象になります。なお、この診断基準には、自分が女性になることへの性的な興奮(自己女性化性愛)の有無を特定する項目があり、将来的にトランスジェンダーになる可能性の高さが指摘されています1)。このことから、クロスドレッシングは、もともと性自認が中性(ジェンダーフルイド)寄りの人が無意識にも一時的にも異性になりきろうとする行動と捉えることができるでしょう。ちなみに、男性の自己女性化性愛とは対照的に、女性の自己男性化性愛も理屈としては存在するはずですが、臨床的にはまれであるため、診断基準には記載されていません。つまり、原始の時代に性別役割分業をしていた人類において、その文化によって、性表現は男性と女性で連続的であることがわかります。これは、性表現における性スペクトラムと呼ぶことができるでしょう。<< 前のページへ | 次のページへ >>

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記念日「多様な性にYESの日」(その1)【なんで性は多様なの?(性スペクトラム)】Part 5

男性の同性愛は女性化脳、女性の同性愛は男性化脳?性が多様である原因を、進化の視点から解き明かしました。身体的性、性的指向、性自認、性表現のそれぞれにおいて、男性らしさ(男性性)と女性らしさ(女性性)が連続してつながっているからであることがわかりました。これを踏まえると、男性の同性愛は女性化脳、女性の同性愛は男性化脳と言えそうです。実際に、パーソナリティ特性(ビッグファイブによる)の研究8)において、同性愛の男性は平均的な異性愛の女性に近くなる一方、同性愛の女性は平均的な異性愛の男性に近くなります。また、認知能力において、同性愛の男性は男性特有の知覚能力が低く女性特有の言語能力が高くなる一方、同性愛の女性は女性特有の言語能力が低く知覚能力が高くなっています。さらに、脳の画像研究9)においても、大脳の左右差、前交連や脳梁の大きさ、恐怖刺激への偏桃体の興奮パターン、性フェロモンへの視床下部の興奮パターンは、同性愛の男性は異性愛の女性に似ており、逆に同性愛の女性は異性愛の男性に似ています。しかし、その一方で、同性愛の男性のペニスは、女性化して短くなるかと思いきや、逆に異性愛の男性よりも平均的に長いことがわかっています9)。このわけは、ペニスを長くするのは、メインの男性ホルモン(テストステロン)ではなく、その一段階先の生成物であるもう1つの男性ホルモン(ジヒドロテストステロン)だからです。また、同性愛の男性は平均的に性的パートナーの数がとても多く、異性愛の女性のように性的パートナーを限定するわけでないです。このことから、同性愛であるからと言って、必ずしも反対の性別の脳になるわけではなく、典型的な特徴が当てはまりつつも、当てはまらない特徴も織り交ざった心理的特性のモザイクであると考えられています8)。もちろん、個人によって、そのモザイクの「模様」は違います。この点からも、性は多様であると言えるでしょう。ちなみに、男性が同性愛になるのは胎児期に男性ホルモンが働き足りなかったわけですが、逆に働きすぎると男性らしさ(システム化)が際立ち、自閉症になります。一方、女性が同性愛になるのは胎児期に男性ホルモンが働きすぎたわけですが、逆に働き足りない(相対的に女性ホルモンが働きすぎる)と女性らしさ(共感性)が際立ち、情緒不安定性パーソナリティ障害になることが考えられます。この詳細については、関連記事3をご覧ください。このことから、同性愛の男性は、男性ホルモンが働き足りない(相対的に女性ホルモンが働きすぎる)ために共感性が高まり、情緒不安定性パーソナリティ障害になりやすいと推定できます。実際に、異性愛の男性に比べて同性愛の男性は、自傷行為(情緒不安定性パーソナリティ障害の特徴の1つ)が1.6~2倍と高くなっています10)。同じように、同性愛の女性は男性ホルモンが働きすぎるためにシステム化が高まり、自閉症になりやすいと推定できます…と言いたいところですが、よくよく考えると、自閉症は異性を含む他人への興味関心が乏しいという主症状(社会的コミュニケーションの障害)があります。つまり、自閉症になるくらい男性ホルモンが働きすぎているなら、そもそも同性愛にも異性愛にも性的指向が発達せず、むしろ無性愛(性的指向なし)になることが考えられます。この点でも、同性愛は、男性ホルモンの働き具合だけで単純化できない、心理的特性のモザイクと言えるでしょう。1)「性別違和・性別不合へ」p.61、p.106:針間克己、緑風出版、20192)「LGBTQ+ 性の多様性はなぜ生まれる?」pp.7-10、p.29、p.44、p.48、pp.82-83:小林牧人、恒星社厚生閣、20243)「オスとは何で、メスとは何か?」pp.89-91、pp.166-167:諸橋憲一郎、NHK出版新書、20224)「性の進化史」p.133、p.176、p.180:松田洋一、新潮選書、20185)「同性愛は生まれつきか?」pp.69-70:吉源平、株式会社22世紀アート、20206)「LGBTを正しく理解し、適切に対応するために」pp.1004-1007:精神科治療学、星和書店、2016年8月7)「進化が同性愛を用意した」p.92:坂口菊恵、創元社、20238)「進化精神病理学」p.77:マルコ・デル・ジュディーチェ:福村出版、20239)「同性愛の謎」pp.23-24、pp.138-139、pp.143-146:竹内久美子、文春新書、201210)「LGBTを正しく理解し、適切に対応するために」p.1017:精神科治療学、星和書店、2016年8月<< 前のページへ■関連記事女性誌「STORY」(その2)【そもそもなんで溺愛は気持ち悪いの?どうすればいいの?(家族療法)】Part 2海外番組「セサミストリート」(続編・その3)【だから男性はこだわり女性は共感するんだ!だから人差し指の長さが違うんだ!(自閉症と情緒不安定性パーソナリティ障害の起源)】Part 1海外番組「セサミストリート」(続編・その2)【じゃあなんでコミュニケーションの障害とこだわりはセットなの?(共感)】Part 1

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アリピプラゾール持続性注射剤の治療継続に影響する要因

 アリピプラゾール持続性注射剤(LAI)は、有効性が良好であり、臨床現場で広く用いられる薬剤である。注目すべきことに、韓国人集団におけるアリピプラゾールLAIの治療継続に及ぼす要因を検討した研究は、これまでなかった。韓国・Inha University College of MedicineのSoyeon Chang氏らは、アリピプラゾールLAIの治療継続に影響を及ぼす実臨床における要因を明らかにするため、1年間のレトロスペクティブコホート研究を実施した。Clinical Psychopharmacology and Neuroscience誌2025年5月31日号の報告。 韓国・Inha University Hospitalにおいて、アリピプラゾールLAI治療を開始した患者68例を対象に、1年間のレトロスペクティブコホート研究を実施した。患者の診療記録をレビューし、治療継続率、継続中止までの期間、継続中止理由の評価を行った。 主な結果は以下のとおり。・12ヵ月以内にアリピプラゾールLAIを中止した患者の割合は27.9%。・主な継続中止理由は、効果不十分(42.1%)、副作用(31.6%)、経口薬の希望(21.1%)であった。・単変量解析により、継続中止と患者コンプライアンスとの関連が明らかとなった。・社会人口統計学的因子で調整した後、アリピプラゾールLAIの治療継続と関連していた因子は、患者のコンプライアンス、パリペリドンLAIからアリピプラゾールLAIへの移行であった。・社会人口統計学的因子およびコンプライアンスを調整した多重ロジスティック回帰分析では、継続中止とコンプライアンスとの間に有意な関連が認められた。 著者らは「本結果と同様のデザインで実施したパリペリドンLAIの試験結果と比較すると、アリピプラゾールLAIは1年間の継続中止率が低いことから、臨床的な有用性が支持される結果であった。LAIの継続中止に関連する因子を明確にするためには、大規模かつ長期的なプロスペクティブ研究が不可欠であろう」と結論付けている。

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CT検査による将来のがんリスク、飲酒や過体重と同程度?

 米国では、年間6,200万人の患者に対して約9,300万件のCT検査が行われている。CT検査は診断に役立つが、被曝によってがんリスクを高める可能性がある。2009年の分析では、2007年の米国におけるCTの使用により将来約2万9,000件のがんが発症するとの推定が報告されたが、2007年以降、年間に実施されるCT検査数は30%以上増加しているという。 CT使用に関連する将来的ながん発症率の予測値を更新するため、カリフォルニア大学サンフランシスコ校疫学・生物統計学部のRebecca Smith-Bindman氏らは、2018年1月~2020年12月にカリフォルニア大学国際CT線量レジストリの検査データ12万1,212件を使用し、リスクモデルを用いた分析を実行した。放射線シミュレーションで18の臓器の線量を推定し、国立がん研究所の放射線リスク評価ツールを使用して将来的な放射線誘発がんリスクを予測した。データ解析は2023年10月~2024年10月に実施された。JAMA Internal Medicine誌オンライン版2025年4月14日号掲載の報告。 主な結果は以下のとおり。・米国において2023年に推定6,151万人が9,300万件のCT検査を受けた。そのうち257万人(4.2%)が小児、5,894万人(95.8%)が成人、3,260万人(53.0%)が女性だった。・これらの検査から、約10万3,000件の放射線誘発がんの発症が予測された。放射線誘発がんリスクは小児と青少年で高かったものの、成人におけるCT検査の活用率の高さによって、放射線誘発がん症例のほとんど(9万3,000件、91%)が成人によるものだった。・がん種別で多かったがんは、肺がん(2万2,400件)、大腸がん(8,700件)、白血病(7,900件)、膀胱がん(7,100件)で、女性患者では乳がんが2番目に多かった(5,700件)。・検査部位別では、成人では、腹部および骨盤CT検査によるものが最多(3万7,500件、37%)で、次いで胸部CT検査(2万1,500件、21%)が続いた。小児においては頭部CT検査が最多だった(53%)。・CT検査1回当たりのがんリスクは1歳未満の小児で最も高く、たとえば15~17歳の女子のがんリスクは1,000回当たり2件だったのに対し、1歳未満の女子では1,000回当たり20件だった。・小児は検査1回当たりのリスクが高かったものの、高齢者はCT検査の実施頻度が高く、全体では成人のリスクが高かった。たとえば、モデル予測では50~59歳の成人におけるCT検査の実施頻度ががん発生予測数(女性1万400件、男性9,300件)と最も高い相関関係にあったことが示された。 研究者らは「本研究では、現在のCT利用状況と放射線線量レベルに基づいて、2023年のCT検査が被曝患者の生涯にわたって約10万3,000件の将来のがんを引き起こすと推定された。現在の診療慣行が継続された場合、CT関連がんは最終的に年間新規がん診断の5%を占める可能性があり、そうなるとCTはアルコール摂取(5.4%)や体重過多(7.6%)といったほかの重要なリスク要因と同等になるだろう」とした。 一方、研究に関連しないほかの専門家からは「この研究は放射線被曝によるがんリスクの推定モデルであり、特定のCTスキャンと個々のがん症例との直接的な因果関係を示すものではないことに注意が必要だ」、「10万人のがん患者増という数字は憂慮すべきものだが、個人の生涯におけるがん発症リスクとしてはわずかな追加リスクに過ぎない」、「この結果は医師が必要と判断した場合にもCT検査を避けるべきだという意味ではない」といったコメントが寄せられている1)。

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アトピー性皮膚炎への新規外用薬、既存薬と比較~メタ解析

 アトピー性皮膚炎に対する治療薬として、2020年1月にデルゴシチニブ、2021年9月にジファミラストが新たに承認された。長崎大学の室田 浩之氏らは、これらの薬剤と既存の標準的な外用薬について、臨床的有効性および安全性を評価するためシステマティックレビューおよびネットワークメタ解析を実施し、結果をDermatology and Therapy誌2025年5月号で報告した。 Medline、Embase、Cochrane、ならびに医中誌から対象となる文献を選定し、有効性の評価項目として、Eczema Area and Severity Index(EASI)スコアおよびInvestigator Global Assessment(IGA)スコアを使用した。安全性の評価項目には、重篤な有害事象、ざ瘡、および皮膚感染症が含まれた。 固定効果モデルを用いたベイジアン多重処理ネットワークメタ解析が実施され、アトピー性皮膚炎に対する各種外用薬(プラセボを含む)の転帰を比較するために、オッズ比(OR)および95%信用区間(CrI)が用いられた。 主な結果は以下のとおり。・アトピー性皮膚炎の成人患者(重症度は異なる)を対象とした、11件の無作為化比較試験がネットワークメタ解析に組み入れられた。・システマティックレビューの結果、ジファミラスト0.3%および1%、タクロリムス0.1%においてEASIスコアの改善が認められた。また、ジファミラスト1%、デルゴシチニブ3%、およびタクロリムス0.1%でIGAスコアの改善が認められた。・ネットワークメタ解析の結果、4週時点において、ジファミラスト1%(1日2回投与、BID)はプラセボと比較して、IGAスコアおよびベースラインからのEASIスコア変化率のいずれにおいても有意な改善を示した。一方で、ほかの治療薬との比較においては、点推定値は数値的にはジファミラスト1%に有利であったものの、統計学的な有意差は認められなかった。・ジファミラスト1%(BID)は、デルゴシチニブ0.3%(BID)と比較して、ざ瘡の発生率が有意に低かった。・重篤な有害事象、ざ瘡、および皮膚感染症の発生率において、プラセボやほかの治療薬との間で統計学的に有意な差は認められなかった。

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obicetrapib/エゼチミブ配合剤、LDL-コレステロール低下に有効/Lancet

 obicetrapibとエゼチミブの固定用量配合剤(FDC)は、最大耐用量の脂質低下療法を受けている動脈硬化性心血管疾患(ASCVD)既往または高リスク患者のLDL-コレステロール(LDL-C)値を、各単独投与あるいはプラセボと比較して有意に低下させたことが示された。米国・Cleveland ClinicのAshish Sarraju氏らが、米国の48施設で実施した第III相無作為化二重盲検プラセボ対照比較試験「TANDEM試験」の結果を報告した。著者は、「この経口・配合剤単剤療法は、ASCVD既往または高リスク患者におけるLDL-C管理を改善する可能性がある」とまとめている。obicetrapibはコレステリルエステル転送蛋白(CETP)阻害薬で、非ASCVD患者を対象とした小規模な第II相試験で、単独投与またはエゼチミブとの併用投与でLDL-C値を低下させることが示されていた。Lancet誌オンライン版2025年5月7日号掲載の報告。obicetrapib/エゼチミブ配合剤、各単独、プラセボのLDL-C低下効果を比較 研究グループは、ASCVD またはヘテロ接合型家族性高コレステロール血症の既往を有する、またはASCVD の複数のリスク因子を有する患者で、エゼチミブを除く最大耐用量の脂質低下療法を安定的に受けているにもかかわらず空腹時LDL-C値が1.8mmol/L(70mg/dL)以上、あるいはスタチン不耐の18歳以上の患者を、obicetrapib10mg+エゼチミブ10mg併用群(FDC群)、obicetrapib10mg群、エゼチミブ10mg群、またはプラセボ群に1対1対1対1の割合で無作為に割り付け、1日1回84日間経口投与した。 主要エンドポイントは、ITT集団におけるLDL-C値のベースラインから84日目までの変化率で、FDC群とプラセボ群、エゼチミブ群およびobicetrapib群、ならびにobicetrapib群とプラセボ群の4つを比較した。obicetrapib/エゼチミブ配合剤、プラセボと比較しLDL-C値が48.6%低下 2024年3月4日~7月3日に407例が無作為化された(FDC群102例、obicetrapib群102例、エゼチミブ群101例、プラセボ群102例)。患者背景は、年齢中央値が68.0歳(四分位範囲:62.0~73.0)、女性が177例(43%)で、ベースラインの平均LDL-C値はFDC群2.5mmol/L、obicetrapib群2.6mmol/L、エゼチミブ群2.5mmol/L、プラセボ群2.4mmol/Lであった。 84日時点でのLDL-C低下率のFDC群と各群との差(最小二乗平均差)は、プラセボ群で-48.6%(95%信頼区間:-58.3~-38.9)、エゼチミブ群で-27.9%(-37.5~-18.4)、obicetrapib群で-16.8%(-26.4~-7.1)であり、obicetrapib群とプラセボ群との差は-31.9%(22.1~41.6)であった。 有害事象の発現率は、FDC群51%(52/102例)、obicetrapib群54%(55/102例)、エゼチミブ群53%(54/101例)で3群は同程度で、プラセボ群が37%(38/102例)と最も低かった。 重篤な有害事象は、FDC群で3例(3%)、obicetrapib群で6例(6%)、エゼチミブ群で7例(7%)、プラセボ群で4例(4%)に発現した。 死亡は、FDC群1例(1%)、obicetrapib群1例(1%)、エゼチミブ群1例(1%)に認められ、プラセボ群では死亡例の報告はなかった。

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慢性C型肝炎、ソホスブビル/ダクラタスビルvs.ソホスブビル/ベルパタスビル/Lancet

 慢性C型肝炎患者において、ソホスブビル/ダクラタスビルのソホスブビル/ベルパタスビルに対する非劣性が示された。英国・インペリアル・カレッジ・ロンドンのGraham S. Cooke氏らが、ベトナムの公立病院2施設で実施した2×4要因デザインの無作為化非盲検非劣性試験の結果を報告した。WHOは、C型肝炎ウイルス感染症に対して3種類の抗ウイルス薬の併用療法のいずれかを8~12週間行うことを推奨しているが、これらのレジメンを比較した無作為化試験はなく、より短い治療期間で高い治癒率を達成できる可能性が示唆されていた。今回の結果を踏まえて著者は、「新たな戦略で高い有効性が認められたことから、治療へのアクセスが困難な集団への治療アプローチに役立つ可能性がある」と述べている。Lancet誌オンライン版2025年5月7日号掲載の報告。ソホスブビル/ダクラタスビル vs.ソホスブビル/ベルパタスビルで、4つの治療戦略を検討 研究グループは、軽度~中等度の肝線維化を有する18歳以上の慢性C型肝炎患者を、施設およびウイルス遺伝子型(1~5型vs.6型)で層別化し、ソホスブビル400mg+ダクラタスビル60mg(ソホスブビル/ダクラタスビル群)またはソホスブビル400mg+ベルパタスビル100mg(ソホスブビル/ベルパタスビル群)の各配合錠群に1対1の割合で無作為に割り付けた。 同時に、それぞれ次の4つの治療戦略に1対1対1対1の割合で無作為に割り付けた。(1)12週間連日投与(標準治療)、(2)4週間連日投与+週1回ペグインターフェロン アルファ-2a皮下注(計4回)、(3)2週間連日投与後、平日5日間投与10週間(導入・維持療法)、(4)7日目のウイルス量に基づき治療期間(4・8・12週間)を調整する治療反応性ガイド(RGT)療法。 主要アウトカムは、治療終了後12週時のウイルス学的著効(SVR)とし、実際に受けた治療にかかわらず主要アウトカムを評価できるすべての患者を解析対象集団とした。非劣性マージンは、薬剤比較では5%、治療戦略比較では10%とし、安全性は無作為化された全患者で評価した。ソホスブビル/ダクラタスビルはソホスブビル/ベルパタスビルに対し非劣性 2020年6月19日~2023年5月10日に624例が無作為化された。患者背景は、年齢中央値42歳(四分位範囲:37~51)、男性470例(75%)、女性154例(25%)で、遺伝子型1~5型は328例(53%)、遺伝子型6型は296例(47%)であった。 主要アウトカムを評価できた患者は609例(98%)で、SVRの達成率はソホスブビル/ダクラタスビル群で97%(294/302例)、ソホスブビル/ベルパタスビル群で95%(292/307例)、両群のリスク差は2.2%(90%信用区間[CrI]:-0.2~4.8)であり5%の非劣性マージン内であった(ソホスブビル/ダクラタスビルがソホスブビル/ベルパタスビルより有効である確率93%)。 治療戦略別では、SVRの達成率は、標準治療群で99%(148/150例)、4週間+インターフェロン群で94%(143/152例)(対標準治療のリスク群間差:-4.5%、90%CrI:-8.3~-1.3)、導入・維持療法群で99%(151/152例)(0.6%、-1.1~2.7)、RGT群で93%(144/155例)(-5.7%、90%CrI:-9.6~-2.3)であり、すべて10%の非劣性マージン内であった。 重篤な有害事象は、ソホスブビル/ベルパタスビル群で11例(4%)、ソホスブビル/ダクラタスビル群で6例(2%)に認められたが、両群間に差はなかった(リスク群間差:-1.6%、95%CrI:-4.2~0.8、p=0.90)。一方、副作用は、標準治療群3%(5/154例)、4週間+インターフェロン群70%(109/156例)、導入・維持療法群4%(6/156例)、RGT群3%(5/158例)に発現し、4週間+インターフェロン群で多く認められた(標準治療群とのリスク群間差:66.8%、95%CrI:59.2~74.0、p<0.0001)。

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“スマートシャツ”で心臓病を予測

 心電図センサーが縫い込まれている“スマートシャツ”の着用が、心臓病のリスクが高い人の特定に役立つ可能性を示す研究結果が報告された。米イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校のManuel Hernandez氏らの研究によるもので、詳細は「IEEE Journal of Biomedical and Health Informatics」に3月11日掲載された。 Hernandez氏らは、心臓病のリスクが高い人を特定するためのアルゴリズムの構築を目指しており、今回の研究では、運動に伴う心拍変動を測定できるウェアラブルデバイスとして、Carre Technologies社が開発した、心電図機能を備えているスマートシャツを実験に用いた。 このシャツにより運動負荷前から負荷後の心拍数の変化を測定。運動負荷中に上昇した心拍数が、いかに速やかに低下するかという、心拍数の回復(heart rate recovery;HRR)の程度を評価した。なお、HRRは交感神経と副交感神経の活動のバランスの指標と考えられていて、HRRの低下は心血管疾患や代謝疾患に関係していることが多い。HRR低下を見いだすことで、心臓病ハイリスク者を特定できる可能性がある。 研究には38人(年齢20~76歳、女性55.26%、高血圧患者7人)が参加。トレッドミルによる負荷後のHRRが28回以下(運動負荷終了後1分間での心拍数の低下が28回以下)の場合をハイリスクと定義した。機械学習を応用した解析の結果、このスマートシャツがハイリスク者の特定に有用であることが明らかになった(予測能〔AUC〕が0.86)。 著者らは、「この研究は、心臓病の個人的リスクをより深く理解するための第一歩だ」と述べている。Hernandez氏も、「この技術を使って心血管機能の基礎について、より深い洞察を得たいと考えている。そして、いずれは臨床的に応用可能なデバイスにしたい」と話している。 また、論文の共著者である同大学のRichard Sowers氏は、「ウェアラブルデバイスから大量のデータを取得し、そのデータを医師のいる場所に送信して、医師がそれを検討することができるようにしたい」と述べている。同氏は、「そのようなシステムは、農村部などの医療アクセスが良くない地域に住む人々に、特に役立つだろう」と期待を寄せている。 本論文の著者らは今後、研究対象者数を増やし、より長期間にわたる追跡調査を予定している。一方、スマートシャツの潜在的な可能性を検討している研究グループはほかにもある。 3月に開催された欧州泌尿器科学会(EAU2025、3月21~24日、スペイン・マドリッド)で、ローマ・ラ・サピエンツァ大学(イタリア)のAntonio Pastore氏らは、入院患者が退院した後にバイタルサインを追跡可能なスマートシャツの設計を発表した。同氏は、「われわれの研究参加者はこのシャツの使い勝手の良さに気付き、9割以上の患者が自宅療養中に『常に気遣われているようで安全に感じる』と報告した」と話している。

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子宮頸がんワクチンの接種率は近隣の社会経済状況や地理に関連か

 子宮頸がんはほとんどの場合ヒトパピローマウイルス(HPV)の感染により発症する。HPVにはワクチンが存在していることから、子宮頸がんは「予防できるがん」とも呼ばれる。この度、HPVワクチンの接種率が近隣地域の社会経済状況、医療機関へのアクセスに関連するという研究結果が報告された。近隣地域の社会経済状況が高く、医療機関へのアクセスが容易なほどHPVワクチンの接種率が高かったという。大阪医科薬科大学総合医学研究センター医療統計室の岡愛実子氏(大阪大学大学院医学系研究科産科学婦人科学教室)、同室室長の伊藤ゆり氏らの研究によるもので、詳細は「JAMA Network Open」に3月13日掲載された。 子宮頸がんは女性で4番目に多く、ステージが上がるほどその予後は悪くなる。よって、早期のHPVワクチンの接種が必要とされるが、日本におけるHPVワクチンの接種率は高所得国の中で最も低い。これは、厚生労働省がメディアの報道を受けて、2013~2021年にかけて接種勧奨を停止していたことに起因する。2022年度より接種勧奨を再開し、停止期間に接種を受けられなかった女性に対して、無料のHPVワクチン接種(キャッチアップ接種)を行ってきたが、接種率は勧奨停止前のレベルまで回復していない。 これまでの海外の研究で、裕福な地域や都市部に住む女性でHPVワクチンの接種率が高いことが報告されている。一方で、日本のHPVワクチンの接種率を向上させるには、国内の接種状況や、それに影響を及ぼすと考えられる地域要因に関する研究が必要とされていた。このような背景から、岡氏らはワクチンの定期接種プログラムが導入された2013年からのデータが保管されている大阪市のデータを用い、累積接種率と地域ベースの社会経済指標およびアクセス指標との関連を調査した。 調査には、大阪市から提供された2013~2022年度の定期接種およびキャッチアップ接種データを含む個別のHPVワクチン接種データを利用した。対象は、1997年度から2010年度に生まれ、大阪市でHPVワクチン接種を受けた女性とした。地域の社会経済指標(Areal Deprivation Index: ADI)を近隣地域の社会経済状況の指標、各地域の代表地点から500mの範囲内にあるHPVワクチン接種を提供する医療機関の数をアクセス指標として、それぞれ用いた。HPVワクチン接種の累積率とADIおよび医療施設へのアクセスとの関連は、ロバスト誤差分散を用いたポアソン回帰モデルによって評価した。 大阪市では18万5,373人の女性がHPVワクチンの接種対象であり、そのうち1万8,688人(10.1%)が接種を受けた。最も貧困度の高い地域に住む女性(2万8,078人中2,539人〔9.0%〕)と比較して、最も貧困度の低い地域に住む女性(4万2,170人中5,862人〔11.6%〕)の累積HPVワクチン接種率は高かった(Prevalence Ratio PR1.25〔95%信頼区間1.16~1.34〕)。さらに、医療施設へのアクセスが低い地域に住む女性(5万5,055人中5,128人〔9.3%〕)と比較して、アクセスが良好な地域に住む女性(5万4,740人中5,862人〔10.7%〕)で累積ワクチン接種率は高くなっていた(PR1.09〔1.03~1.16〕)。 累積HPVワクチン接種は、定期接種ではADIと有意に関連していたが(最富裕層 vs 最貧困層:PR1.46〔1.33~1.61〕)、キャッチアップ接種では関連していなかった(最富裕層 vs 最貧困層:PR1.01〔0.92~1.11〕)。 本研究について著者らは、「今回の横断研究では、社会経済状況が高く、医療施設へのアクセスが高いほど、累積HPVワクチンの接種率が高くなることが示された。これらの知見はHPVワクチン接種の不平等を減らすために、社会環境アプローチを含むさらなる戦略が必要であることを示唆している」と総括した。 本研究の限界点として、対象者の健康リテラシーやHPVワクチンに対する認識などの潜在的な交絡因子を調整していないこと、政府が接種勧奨を停止する前にワクチンを受けていた1994~1996年度生まれの対象者を含む2012年度までの接種者が除外されていたため、大阪市の累積接種率が過小に評価された可能性があることなどを挙げている。

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静注鎮静薬―機械呼吸管理下ARDSの生命予後を改善(解説:山口佳寿博氏/田中希宇人氏)

 成人呼吸促迫症候群(ARDS:acute respiratory distress syndrome)の概念が提唱されて以来約70年が経過し、多種多様の治療方針が提唱されてきた。しかしながら、ARDSに対する機械呼吸管理時の至適鎮静薬に関する十分なる検討結果は報告されていなかった。本論評では、フランスで施行された非盲検無作為化第III相試験(SESAR試験:Sevoflurane for Sedation in ARDS trial)の結果を基に成人ARDSにおける機械呼吸管理時の至適鎮静薬について考察するが、その臨床的意義を理解するために、ARDSの病態、薬物治療、機械呼吸管理など、ARDSに関する臨床像の全体を歴史的背景を含め考えていくものとする。ARDSの定義と病態 ARDSは1967年にAshbaughらによって提唱され、多様な原因により惹起された急激な肺組織炎症によって肺血管透過性が亢進し、非心原性急性肺水腫に起因する急性呼吸不全を招来する病態と定義された(Ashbaugh DG, et al. Lancet. 1967;2:319-323.)。ARDSの同義語としてacute lung injury(ALI:急性肺損傷)が存在する。ALIは1977年にMurrayらによって提唱された概念で、ALIの重症型がARDSに相当する(Murray JF. Am Rev Respir Dis. 1977;115:1071-1078.)。 ARDS発症1週以内は急性期と呼称され、肺胞隔壁の透過性亢進に起因する肺水腫を主体とするびまん性肺組織損傷(DAD:diffuse alveolar damage)を呈する。発症より1~2週が経過すると肺間質の線維化、II型肺胞上皮細胞の増殖が始まる(亜急性期)。発症より2~4週以上が経過すると著明な肺の線維化が進行し、肺組織破壊に起因する気腫病変も混在するようになる(慢性期)。本論評では、ARDS発症より2週以内をもって急性期、2~4週経過した場合を亜急性期、4週以上経過した場合を慢性期と定義する。 ARDSにおける肺の線維化は特発性間質性肺炎(肺線維症)の末期像に相当するものであり、10年の経過を要する肺線維症の病理像がわずか数週間で確立してしまう恐ろしい病態である(急性肺線維症)。急性期ARDSの主たる死亡原因が急性呼吸不全(重篤な低酸素血症)であるのに対して、慢性期のそれは急性肺線維症に起因する慢性呼吸不全に関連する末梢組織/臓器の多臓器障害(MOF:multiorgan failure)である。以上のように、ARDSにおける急性期病変と慢性期病変は質的に異なる病態であり、治療方針も異なることに留意する必要がある。急性期ARDSの薬物治療―歴史的変遷 新型インフルエンザ、新型コロナなど、人類が免疫を有さない新たな感染症のパンデミック時期を除いて、ARDSの年間発症率は2~8例/10万例と想定されており、急性期の致死率は25~40%である。ARDS発症に関わる分子生物学的病態解明に対する積極的な取り組み、それらを基礎とした多種多様の急性期治療が試みられてきた。しかしながら、ARDSの急性期致死率は上記の値より少し低下してきているものの、2025年現在、明確な減少が確認されていないのが現状である。 世界各国において独自のARDS診療ガイドラインが作成されているが、本邦でも、日本呼吸療法医学会(1999年、2004年)、日本呼吸器学会(2005年、2010年)ならびに、日本集中治療医学会、日本呼吸器学会、日本呼吸療法医学会の3学会合同(2016年、2021年)によるARDS診療ガイドラインが作成された。これらの診療ガイドラインにあって2021年に作成された3学会合同のガイドラインには、成人ARDSに加え小児ARDSの治療、呼吸管理に関しても項目別にコメントが示されており臨床的に有用である(ARDS診療ガイドライン2021作成委員会編. 日集中医誌. 2022;29:295-332.)。 以上のARDS診療ガイドラインの臨床現場における有用性は、2020年3月~2023年5月の約3年間にわたる新型コロナパンデミックに起因する中等症II(呼吸不全/低酸素血症を合併)、重症(ICU入院、機械呼吸管理を要する)のARDSを基に検証が進められた。新型コロナ惹起性重症ARDSに対する薬物治療にあって最も重要な知見は、免疫過剰抑制薬としての低用量ステロイドによるARDS発症1ヵ月以内の生命予後改善効果である(RECOVERY Collaborative Group. N Engl J Med. 2021;384:693-704.)。以上に加え、低用量ステロイド併用下で免疫抑制薬であるIL-6拮抗薬トシリズマブ(商品名:アクテムラ)が新型コロナ関連ARDSの早期生命予後を改善することが報告された(RECOVERY Collaborative Group. Lancet. 2021;397:1637-1645.)。さらに、抗ウイルス薬レムデシビル併用下で免疫抑制薬JAK-STAT阻害薬であるバリシチニブ(商品名:オルミエント)が新型コロナによる早期ARDSの生命予後を改善することも示された(RECOVERY Collaborative Group. Lancet. 2022;400:359-368.)。 以上の結果を踏まえ、本邦における中等症II以上の重篤な新型コロナ感染症に対する急性/亜急性期の基本的薬物治療として上記3剤の使用が推奨されたことは記憶に新しい。しかしながら、以上の結果は、早期の新型コロナ感染に対する知見であり、感染後1ヵ月以上経過した慢性期(肺線維症形成期)に対するものではない。 ARDSの慢性期においてステロイドを持続的に投与すべきか否かに関する確実な検証(投与量、期間)はなされておらず、ARDSの慢性期を含めた長期生命予後に対してステロイドがいかなる効果をもたらすかは今後の重要な検討課題の1つである。さらに、ARDSの病態を呈しながら中/高用量のステロイド投与の効果が証明されているARDSも存在することを念頭に置く必要がある(脂肪塞栓、ニューモシスチス肺炎、胃酸の誤飲、高濃度酸素曝露、異型性肺炎、薬剤性、急性好酸球性肺炎などに起因するARDS)。一方、グラム陰性桿菌の敗血症に起因する重症ARDSに対しては、新型コロナ感染症の場合と同様に低用量ステロイド投与を原則とする(Bone RC, et al. N Engl J Med. 1987;317:653-658.)。以上のように、重症ARDSに対する初期ステロイドの投与量はARDSの原因によって異なることに留意する必要がある(山口. 現代医療. 2002;34(増3):1961-1970.)。ARDSの呼吸管理―静注鎮静薬による生命予後の改善 重症ARDSの呼吸管理は、非侵襲的陽圧換気(NPPV:non-invasive positive pressure ventilation)や高流量鼻カニュラ酸素療法(HFNC:high flow nasal cannula)など、気管挿管なしの非侵襲的呼吸補助から始まる。しかしながら、気管挿管の遅れはARDSの死亡リスクを上昇させる危険性が指摘されている。非侵襲的手段で呼吸不全が管理できない場合には、気管挿管下の呼吸管理に早期に移行する必要がある。 気管挿管下の呼吸管理は、一回換気量(TV:tidal volume)を抑制したlow tidal ventilation(L-TV、TV=4~8mL/kg)に比較的高い呼気終末陽圧呼吸(PEEP:positive end-expiratory pressure、PEEP=10cmH2O以上)を加味して開始される(肺保護換気)。L-TVはARDSで損傷した肺組織のさらなる損傷悪化を抑制すると同時に生体内CO2貯留を許容する換気法でpermissive hypercapniaとも呼称される。L-TVの効果を上昇させるものとして腹臥位呼吸法がある(肺の酸素化効率を上昇)。急性期ARDSに対するpermissive hypercapniaの臨床的重要性(早期の生命予後改善効果)は1990年から2000年代初頭にかけて世界で検証が試みられたが、確実に“有効”と結論できるものではなかった(cf. Acute Respiratory Distress Syndrome Network. N Engl J Med. 2000;342:1301-1308.)。人工呼吸器管理で酸素化が維持できない場合に、肺保護の一環として体外式膜型人工肺(ECMO:extracorporeal membrane oxygenation)が適用される。ECMOによる肺保護治療が注目されたのは、2009年の新型インフルエンザパンデミックの発生時であった。その教訓を生かし、2020年における本邦のECMO設置率は50病床に1台と、世界有数のECMO保有国に成長した。しかしながら、高額医療であるECMO導入によって急性期ARDSの生命予後が真に改善するかどうかに関する臨床データは不十分であり、今後の検証が望まれる。 以上のように、現在のところ、呼吸管理法としていかなる方法がARDSの生命予後改善に寄与するかを確実に検証した試験は存在しない。今回論評するSESAR試験は、フランス37ヵ所のICUで施行された侵襲的機械呼吸施行時における吸入鎮静薬(セボフルラン、346例)と静注鎮静薬(プロポフォール、341例)の比較試験である。SESAR試験は、新型コロナ感染症が猛威を振るった2020~23年に施行されたもので、試験対象の50%以上が新型コロナに起因する中等症以上の成人ARDSであった。しかしながら、敗血症、誤飲、膵炎、外傷など、他の原因によるARDSも一定数含まれ、ARDS全体の動向を近似的に反映した試験と考えてよい。本試験において、ARDSの重症度、抗菌薬、ステロイド、機械呼吸の内容を含め、鎮静薬以外の因子は両群でほぼ同一に維持された。primary endpointとして試験開始28日以内の機械呼吸なしの日数、key secondary endpointとして試験開始90日での死亡率が検討された。その結果、28日以内の機械呼吸なしの日数、90日での死亡率はともに、静注鎮静薬プロポフォール群で有意に優れていることが判明した(90日目の死亡率:プロポフォール群でセボフルラン群に比べ1.3倍低い)。以上の内容は、ARDS発症後の慢性期(ARDS発症後4週以上で肺線維症形成期)に対しても静注鎮静薬による急性期呼吸管理が有利に働くことを示したものであり、ある意味、驚くべき結果と言ってよい。 以上、静注鎮静薬による初期呼吸管理がARDS慢性期の生命予後を有意に改善することが示されたが、今後、多数の侵襲的呼吸管理法の中でいかなる方法が急性~慢性期のARDSの生命予後改善に寄与するかに関し、組織的な比較試験が施行されることを望むものである。

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特定行為研修のお手伝い【Dr. 中島の 新・徒然草】(580)

五百八十の段 特定行為研修のお手伝い大阪ではここしばらく、曇天や小雨の日々が続いております。まるで一足先に梅雨がやって来たかのよう。どんよりとした天気では、なかなか前向きな気持ちになれません。そんな中、私は看護師の特定行為研修をお手伝いすることになりました。こちらの専門は無視されているのか、最初の実習は血液ガス分析です。チラッと教材を眺めてみると「アニオン・ギャップ」だの「A-aDO2(肺胞気動脈血酸素分圧較差)」だのといった用語が並んでいます。用語だけでなく計算する必要もあり、思わず「知らんがな」と言いたくなりました。こういうことを熟知している内科医もいるでしょうが、それはあくまで人によるはず。すべての内科医が当たり前のように理解しているとは到底思えません。ましてや、私のような脳神経外科医にとっては最も縁のない分野です。かつて麻酔科やICUで修業していたときは、血液ガスの値を見ながらレスピレーターの調整をしていました。しかしその時ですら、不揮発酸がどうとかを真剣に考えたことなど1度もありません。HCO3-やPCO2をざっくり見て「こんなもんだろう」といった感覚で乗り切っていたのが正直なところです。「そんなこと言ったって、中島先生は総合診療外来もやっているじゃないですか!」そういう突っ込みが来ることは十分承知しています。しかし私のやっているのは、なんちゃって総合診療。誰も診たくないが誰かが診かなくてはならない、専らそんな愁訴に対応しているだけ。正統な内科的思考には程遠いわけです。とはいえ、血液ガス分析を当てられたからには、最低限のことは知っておかなくてはなりません。そう思って教材を読み始めました。まずは基本です。大気圧が760mmHgで、そのうち酸素は21%。なるほど、なるほど。そうすると酸素分圧は160mmHgになるはず。だったら、なぜ動脈血中の酸素分圧が100mmHg前後なのか?いきなり躓いてしまいました。こんな時は、ChatGPTに尋ねるに限ります。まずは気道で加湿された吸気の飽和水蒸気圧が47mmHg。これが吸気中の酸素と窒素を押しのけるのだとか。さらに酸素より拡散能が高い二酸化炭素が、瞬時に血液から肺胞腔へと拡散されます。これが肺胞内の酸素を押しのけるわけですね。これらの要素を加味して計算すると、酸素分圧が……100mmHgとなる……わけ……か。「ふむふむ」と思いつつ、なぜか眠気が……そういえば、この日はオンライン英会話のレッスンも予約していました。これはこれで、また別のプレッシャー!レッスンの開始時刻が迫ってくるにしたがって、さらに眠気が加速されてきます。ついには「もうダメだ」と観念し、不本意ながらレッスンをキャンセルしてしまいました。ところが、その瞬間に急に気持ちが軽くなり、眠気も引いていきました。特定行為研修の教材に並ぶ数字が、少しだけ意味を持って見えるようになってきたのです。やはり「英会話レッスンをキャンセルしてしまった」という罪悪感が、血液ガス分析の勉強の駆動力になったのでしょうか。改めて考えてみると「低酸素血症を見たらA-aDO2を計算せよ。話はそれからだ」ってことのようですね。A-aDO2が開大していれば、拡散障害やシャントを考えなくてはなりません。また「代謝性アシドーシスを見たら、まずはアニオン・ギャップを計算せよ」とも言えそうです。アニオン・ギャップが開大していれば、乳酸アシドーシスやケトアシドーシスなど、いくつか想起すべき疾患があるのだとか。こうして勉強したという手応えを徐々に感じるに至りました。もちろん、まだまだわからないことがいっぱい!幸い数日あるので、何とか実習に対応できるレベルになりたいと思います。ということで最後に1句迎へ梅雨(むかえつゆ) 勉強邪魔する 睡魔かな

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産業医の組織への戦略―理想と現実の狭間で【実践!産業医のしごと】

産業医として「組織の上流から職場を変える」――。この理想と現実の壁の間で葛藤する産業医は少なくありません。とくに嘱託産業医の立場では、このギャップがより鮮明です。熱意を持ってキャリアを始めても、形骸化した衛生委員会や単調な面談に埋もれ、当初の志とのズレに悩んでいませんか?産業医は「組織を診る医師」といわれますが、実際に経営層と対話し、変革を起こせる例はわずかです。多くの場合、人事部長とさえ十分な関係構築ができない現状があります。組織浸透を妨げる要因としては、以下が挙げられるでしょう。1.組織文化の壁企業によっては、健康管理は「コスト」や「義務」と捉えられ、経営戦略の一部として位置付けられていないことがあります。2.産業医の立場の限界嘱託産業医は基本的に非常勤であり、外部専門家として認識されています。組織の主体ではないため、制約が生じることがあります。3.産業医への期待値の違い企業側と産業医側で、産業医に期待する役割が異なることがあり、このミスマッチが組織への介入を難しくすることがあります。こうした壁に直面し続け、知らず知らずのうちに、「複数企業の嘱託産業医を効率的に回す」ことが現状になっている方もいると思います。正直、私自身も「食い込めていない企業が多い」という恥ずかしい現実があります。役員や社長と直接つながれていない企業も多いのですが、この点は戦略的に考える必要があります。組織に影響を与える現実的アプローチ産業医が組織に影響を及ぼすためには、産業保健スタッフなどのチームとして、「組織を動かせる経営層の理解と協力を得る」ことが現実的な目標となります。そのためには、以下のステップが1つの参考になります。戦略的な関係構築のステップ1)関係者の信頼の確立まずは産業保健スタッフや人事担当者など、日常的に接点を持つ関係者との間で、信頼関係を構築することが重要です。丁寧なコミュニケーションを心掛け、与えられた仕事を着実に行う姿勢が大切です。それだけでも人事部の信頼を獲得することはできるでしょう。2)関係者と課題の共有課題の解決には、産業医単独では難しく、保健師や人事などの協力者が必要です。産業医の職場巡視やストレスチェックなどのデータから組織課題を「見える化」することで、現状の組織課題を、保健師・衛生管理者や人事担当者などの関係者と共有し、課題解決のゴールを共有することが重要です。3)段階的アプローチ可視化された課題は、安全衛生委員会などのテーマに挙げるなど、社内のキーパーソン(人事課長、役職者、現場リーダー等)とコミュニケーションを取り、課題の認識と理解を得るように努めます。私の例で言えば、ある製造業の企業において、職場巡視で発見した腰痛リスクについて、安全衛生委員会で関係部署の管理者を巻き込んだディスカッションを行いました。現場からの改善提案を促し、最終的に生産設備の一部を改善することで、腰痛による休業が減少しました。この成功事例が経営層にも伝わり、その後の産業医としての提案が通りやすくなりました。4)課題を経営とリンクさせる中間層の理解と支援を得られたら、徐々にトップへ接触するタイミングを探ります。人事担当経由でこのチャンスが得られることが多いです。経営層は、メンタルヘルスによる休職率や離職率の低下を目的とした取り組み、競合他社の健康経営事例などに関心を持ちやすく、とくに自社が「乗り遅れる」ことへの危機感を持っているケースが多いため、こうしたテーマが「刺さり」ます。普段からこのようなテーマを温めておくと経営層の信頼と協力を得られるチャンスとなります。タイミングよく説明できるよう、あらかじめ社内のキーパーソンに依頼しておくことも必要でしょう。産業医は、医学的知見に基づく健康リスク評価と対策を提案できることが核心的価値であり、この専門性をいかに経営層に対して翻訳して伝えられるかがカギとなります。現実的成功のためのマインドセットと向き合い方私自身の経験からは、身近な関係者との信頼構築から始め、ボトムアップからミドルアップダウンへと段階的に影響力を拡大する「複合戦略」が効果的だと考えます。私も理想と現実のギャップに悩みながらも、組織戦略の機会を常に模索しています。組織を上流から変えるのは難しくとも、地道な活動の積み重ねによって組織が変わる糸口が得られることもあります。タイミングを待つことも必要ですが、その挑戦こそが産業医の仕事の醍醐味であり、真価が問われるのです。

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入院させてほしい【救急外来・当直で魅せる問題解決コンピテンシー】第6回

入院させてほしいPointプライマリ・ケアの適切な介入により入院を防ぐことができる状態をACSCsという。ACSCsによる入院の割合は、プライマリ・ケアの効果を測る指標の1つとされている。病診連携、多職種連携でACSCsによる入院を減らそう!受け手側は、紹介側の事情も理解して、診療にあたろう!症例80歳女性。体がだるい、入院させてほしい…とA病院ERを受診。肝硬変、肝細胞がん、2型糖尿病、パーキンソン病などでA病院消化器内科、内分泌内科、神経内科を受診していたが、3科への通院が困難となってきたため、2週間前にB診療所に紹介となっていた。採血検査でカリウム7.1mEq/Lと高値を認めたこともあり、幸いバイタルサインや心電図に異常はなかったが、指導医・本人・家族と相談のうえ、入院となった。内服薬を確認すると、消化器内科からの処方が診療所からも継続されていたが、内容としてはスピロノラクトンとカリウム製剤が処方されており、そこにここ数日毎日のバナナ摂取が重なったことによるもののようだった。おさえておきたい基本のアプローチプライマリ・ケアの適切な介入により入院を防ぐことができる状態をAmbulatory Care Sensitive Conditions(ACSCs)という。ACSCsは以下のように大きく3つに分類される。1:悪化や再燃を防ぐことのできる慢性疾患(chronic ACSCs)2:早期介入により重症化を防ぐことのできる急性期疾患(acute ACSCs)3:予防接種等の処置により発症自体を防ぐことのできる疾患(vaccine preventable ACSCs)2010年度におけるイギリスからの報告によると、chronic ACSCsにおいて最も入院が多かった疾患はCOPD、acute ACSCsで多かった疾患は尿路感染症、vaccine preventable ACSCsで多かった疾患は肺炎であった1)。実際に、高齢者がプライマリ・ケア医に継続的に診てもらっていると不必要な入院が減るのではないかとBarkerらは、イギリスの高齢者23万472例の一次・二次診療データに基づき、プライマリ・ケアの継続性とACSCsでの入院数との関連を評価した。ケアが継続的であると、高齢者において糖尿病、喘息、狭心症、てんかんを含むACSCsによる入院数が少なかったという研究結果が2017年に発表された。継続的なケアが、患者-医師間の信頼関係を促進し、健康問題と適切なケアのよりよい理解につながる可能性がある。かかりつけ医がいないと救急車利用も増えてしまう。ホラ、あの○○先生がかかりつけ医だと、多すぎず少なすぎず、タイミングも重症度も的確な紹介がされてきているでしょ?(あなたの地域の素晴らしいかかりつけ医の先生の顔を思い出してみましょう)。またFreudらは、ドイツの地域拠点病院における入院患者のなかで、ACSCsと判断された104事例をとりあげ、紹介元の家庭医にこの入院は防ぎえたかというテーマでインタビューを行うという質的研究を行った。この研究を通じてプライマリ・ケアの実践現場や政策への提案として、意見を提示している(表)。地域のリソースと救急サービスのリンクの重要性、入院となった責任はプライマリ・ケアだけでなく、病院なども含めたすべてのセクターにあるという合意形成の重要性、医療者への異文化コミュニケーションスキル教育の重要性など、ERの第一線で働く方への提言も盛り込まれており、ぜひ一読いただきたい。ACSCsは高齢者や小児に多く、これらの提言はドイツだけでなく、世界でも高齢者の割合がトップの日本にも意味のある提言であり、これらを意識した医師の活躍が、限られた医療資源を有効に活用するためにも重要であると思われる。表 プライマリ・ケア実践現場と政策への提言<プライマリ・ケア実践チームへの提言>患者の社会的背景、服薬アドヒアランス、セルフマネジメント能力などを評価し、ACSCsによる入院のリスクの高い患者を同定すること処方を定期的に見直すこと(何をなぜ使用しているのか?)。アドヒアランス向上のために、読みやすい内服スケジュールとし、治療プランを患者・介護者と共有すること入院のリスクの高い患者は定期的に症状や治療アドヒアランスの電話などを行ってモニタリングすること患者および介護者にセルフマネジメントについて教育すること(症状悪化時の対応ができるように、助けとなるプライマリ・ケア資源をタイミングよく利用できるようになるなど)患者に必要なソーシャルサポートシステム(家族・友人・ご近所など)や地域リソースを探索することヘルステクノロジーシステムの導入(モニタリングのためのリコールシステム、地域のリソースや救急サービスのリンク、プライマリ・ケアと病院や時間外ケアとのカルテ情報の共有など)各部署とのコミュニケーションを強化する(かかりつけ医と時間外対応してくれる外部医師間、入退院支援、診断が不確定な場合に相談しやすい環境づくりなど)<政策・マネジメントへの提言>入院となった責任はプライマリ・ケア、セカンダリ・ケア、病院、地域、患者といったすべてのセクターにあるという合意を形成すべきであるACSCsによる入院はケアの質の低さを反映するものでなく、地理的条件や複雑な要因が関係していることを検討しなければならないACSCsに関するデータ集積でエキスパートオピニオンではなく、エビデンスデータに基づいた改善がなされるであろう医療者教育において異文化コミュニケーションスキル教育が重視されるだろう落ちてはいけない・落ちたくないPitfalls紹介側(かかりつけ医)を、責めない!前に挙げた症例のような患者を診た際には、「なぜスピロノラクトンとカリウム製剤が処方されているんだ!」とついつい、かかりつけ医を責めたくなってしまうだろう! 忙しいなかで、そう思いたくなるのも無理はない。でも、「なんで○○した?」、「なんで△△なんだ?」、「なんで□□になるんだよ」などと「なんで(why)」で質問攻めにすると、ホラあなたの後輩は泣きだしたでしょ? 立場が違う人が安易に相手を責めてはいけない。後医は名医なんだから。前医を責めるのは医師である前に人間として未熟なことを露呈するだけなのである。まずは紹介側の事情をくみ取るように努力しよう。この症例でも、病院から紹介になったばかりで、関係性もあまりできていないなかでの高カリウム血症であった。元々継続的に診療していたら、血清カリウム値の推移や、腎機能、食事の状況など把握して、カリウム製剤や利尿薬を調節できたかもしれない。また紹介医を責めると後々コミュニケーションが取りにくくなってしまい、地域のケアの向上からは遠ざかってしまう。自分が紹介側になった気持ちになって、診療しよう。Pointかかりつけ医の事情を理解し、診療しよう!起きうるリスクを想定しよう!さらにかかりつけ医の視点で考えていきたい。この方の場合はまだフォロー歴が短いこともあって困難だったが、前医からの採血データの推移の情報や、食事摂取量や内容の変化でカリウム値の推移も予測可能だったかもしれない。糖尿病におけるsick dayの説明は患者にされていると思うが、リスクを想定し、かつ対処できるよう行動しよう。いつもより体調不良があるけど、なかなかすぐには受診してもらえないときには、電話を入れたり、家族への説明をしたり、デイケア利用中の患者なら、デイケア職員への声掛けも有効だろう! そうすることで不要な入院も避けられるし、患者家族からの信頼感アップも間違いなし!!「ERでは関係ない」と思わないで、患者の生活背景を聞き出し、患者のサポートシステム(デイケア・デイサービスなど)への連絡もできるようになると、かっこいい。かかりつけ医のみならず、施設職員への情報提供書も書ける視野の広い医師になろう。Point「かかりつけ医の先生とデイケアにも、今回の受診経過と注意点のお手紙を書いておきますね!」かかりつけ医だけに頑張らせない!入院のリスクの高い患者は、身体的問題だけでなく、心理的・社会的問題も併存している場合も少なくない。そんな場合は、かかりつけ医のみでできることは限られている。患者に必要なソーシャルサポートシステムや地域リソースを患者や家族に教えてあげて、かかりつけ医に情報提供し、多職種を巻き込んでもらうようにしよう! これまでのかかりつけ医と家族の二人三脚の頑張りにねぎらいの言葉をかけつつ(頑張っているかかりつけ医と家族を褒め倒そう!)、多くの地域のリソースを勧めることで、家族の負担も減り、ケアの質もあがるのだ。「そんな助けがあるって知らなかった」という家族がなんと多いことか。医師中心のヒエラルキー的コミュニケーションでなく、患者を中心とした風通しのよい多職種チームが形成できるように、お互いを尊重したコミュニケーション能力が必要だ! 図のようにご家族はじめこれだけの多職種の協力で患者の在宅生活が成り立っているのだ。図 永平寺町における在宅生活を支えるサービス画像を拡大するPoint多職種チームでよりよいケアを提供しよう!ワンポイントレッスン医療者における異文化コミュニケーションについてERはまさに迅速で的確な診断・治療という医療が求められる。患者を中心とした多職種(みなさんはどれだけの職種が浮かぶだろうか?)のなかで、医師が当然医療におけるエキスパートだ。しかし、病気の悪化、怪我・事故は患者の生活の現場で起きている。生活に目を向けることで、診断につながることは多い。ERも忙しいだろうが、「患者さんの生活を普段支えている人たち、これから支えてくれるようになる人たちは誰だろう?」なんて想像してほしい。ERから帰宅した後の生活をどう支えていけばよいかまで考えられれば、あなたは超一流!職能や権限の異なる職種間では誤解や利害対立も生じやすいので、患者を支える多職種が風通しのよい関係を築くことが大事だ。医療者における異文化コミュニケーション、つまり多職種連携、チーム医療は、無駄なER受診を減らすためにも他人ごとではないのだ。病気や怪我さえ治せば、ハイ終わり…なんて考えだけではまだまだだ。もし多職種カンファレンスに参加する機会があれば、積極的に参加して自ら視野を広げよう。ACSCsへの適切な介入とは? ─少しでも防げる入院を減らすために─入院を防ぐためには、単一のアプローチではなかなか成果が出にくく、複数の組み合わせたアプローチが有効といわれている2)。具体的には、患者ニーズ評価、投薬調整、患者教育、タイムリーな外来予約の手配などだ。たとえば投薬調整に関しては、Mayo Clinic Care Transitions programにおいても、皆さんご存じの“STOP/STARTS criteria”を活用している。なかでもオピオイドと抗コリン薬が再入院のリスクとして高く、重点的に介入されている3)。複数の介入となると、なかなか忙しくて一期一会であるERで自分1人で頑張ろうと思っても、入院回避という結果を出すまでは難しいかもしれない。そこで先にもあげたように多職種連携・Team Based Approachが必要だ4)。それらの連携にはMSW(medical social worker)さんに一役買ってもらおう。たとえば、ERから患者が帰宅するとき、患者と地域の資源(図)をつないでもらおう! MSWと連絡とったことのないあなた、この機会に連絡先を確認しておこうね!ACSCsでの心不全の場合は、専門医やかかりつけ医といった医師間の連携はじめ、緩和ケアチームや急性期ケアチーム、栄養士、薬剤師、心臓リハビリ、そして生活の現場を支える職種(地域サポートチーム、社会サービス)との協働も必要になってくる。またACSCsにはCOPDなども多く、具体的な介入も提言されている。有症状の慢性肺疾患には、散歩などの毎日の有酸素トレーニング30分、椅子からの立ち上がりや階段昇降、水筒を使っての上肢の運動などのレジスタンストレーニングなどが有効とされている。家でのトレーニングが、病院などでの介入よりも有効との報告もある。「家の力」ってすごいよね。理学療法士なども介入してくれるとより安心! 禁煙できていない人には、禁煙アドバイスをすることも忘れずに。ERで対応してくれたあなたの一言は、患者に強く響くかもしれない。もちろん禁煙外来につなぐのも一手だ! ニコチン補充療法は1.82倍、バレニクリンは2.88倍、プラセボ群より有効だ5)。勉強するための推奨文献Barker I, et al. BMJ. 2017:84:356-364.Freud T, et al. Ann Fam Med. 2013;11:363-370.藤沼康樹. 高齢者のAmbulatory care-sensitive conditionsと家庭医. 2013岡田唯男 編. 予防医療のすべて 中山書店. 2018.参考 1) Bardsley M, et al. BMJ Open. 2013;3:e002007. 2) Kripalani S, et al. Ann Rev Med. 2014;65:471-485. 3) Takahashi PY, et al. Mayo Clin Proc. 2020;95:2253-2262. 4) Tingley J, et al. Heart Failure Clin. 2015;11:371-378. 5) Kwoh EJ, Mayo Clin Proc. 2018;93:1131-1138. 執筆

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第11回 コロナ感染で“脳の老化”が2年分進む?

「コロナ感染で2年分“脳の老化”が進む」――そんなことを示唆する研究報告がありました。今回はその研究の詳細をご紹介していきます。見えない敵が進行させる脳の老化今回取り上げる研究は、英国の大規模なデータ「UK Biobank」から、コロナに感染した626例と、年齢・性別・人種などを厳密にマッチングしたコロナに感染していない626例の計1,252例を対象にしています1)。その方たちからパンデミックの前後で採取した血液を比較しました。注目したのはアルツハイマー病に関連する「バイオマーカー」です。この研究で用いられた検査では、脳内に溜まるアミロイドβの前駆物質である「Aβ42」と「Aβ40」、そして「pTau-181」という値を測定しています。COVID-19感染がこれらの値にどう影響するかを調べたのです。簡単に補足をしておくと、Aβ42とAβ40は、どちらもタンパク質を切り出した産物なのですが、このAβ42とAβ40の比が小さいほど、すなわち後者の比率が多いほど、脳でタンパク質の異常な沈着が進んでいる(すなわち、アルツハイマー病で起こる変化が脳で起こっている)と解釈できることがわかっています。また、pTau-181は神経細胞内でタウ蛋白が過剰にリン酸化されたもので、こちらもアルツハイマー病の初期から上昇することが知られています。血液が教える認知機能への警告サイン本研究では、感染後にこのAβ42とAβ40の比率が平均で2.0%低下し、年齢による変化でいえば約4年分に相当することを明らかにしました。さらに、入院を要した重症例では非入院例の2倍以上(5.5%)の低下を示していました。加えて、pTau-181の増加も同様に見られており、とくに高齢者や高血圧がある方など、脳のダメージを受けるリスクの高い人ほど、感染後のpTau-181増加やAβ42とAβ40の比率の減少が顕著でした。こうした変化は、実際の認知機能にも現れています。UK Biobankの認知テストから算出された「全般的認知能力スコア」は、感染していない人と比べコロナ感染者で平均1.99%低下しており、これは年齢による低下に換算すると、約2年分に相当していました。また、自己申告による「全体的な健康状態」の評価も感染者で2.39%悪化していました。こうした研究結果は、コロナ感染とアルツハイマー病の因果関係を保証するものではありませんが、帯状疱疹ワクチンの認知症予防に関する最近の研究などとともに、「感染症が認知症を近づけ、ワクチンがそれを遠ざける」という仮説をさらに強固にするものだと思います。私たちにできること私たちが知っておくべき重要な点は、たとえ軽症や中等症のCOVID-19であっても、こうした「目に見えにくい脳の老化プロセス」が加速するリスクがある点、そしてそれが重症なほど、より認知症が近づくかもしれないという点です。それを防ぐのは、ワクチンの定期接種やマスク着用、こまめな手洗いといった感染症予防です。それが感染予防だけでなく、認知症予防にもつながる可能性があるのです。これを読んでいる多くの人にとって、認知症は「将来のことで現実味がない」かもしれません。しかし、「脳の健康」は日々のパフォーマンスの要でしょう。私たちにできることは、パンデミック後も持続可能なセルフケア・感染予防を1つでも多く取り入れ習慣にしていくことです。 1) Duff EP, et al. Plasma proteomic evidence for increased β-amyloid pathology after SARS-CoV-2 infection. Nat Med. 2025;31:797-806.

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重症精神疾患に対する抗精神病薬+メトホルミン併用の有用性

 メトホルミンは、重症精神疾患患者における第2世代抗精神病薬(SGA)誘発性体重増加を軽減するための薬理学的介入の候補薬剤である。英国・ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンのLuiza Farache Trajano氏らは、SGAによる治療を開始する重症精神疾患患者におけるメトホルミン併用の割合、有病率、人口統計学的パターンを明らかにし、SGA開始後2年間におけるメトホルミン併用が体重変化に及ぼす影響を推定するため、コホート研究を実施した。BMJ Mental Health誌2025年4月2日号の報告。 Clinical Practice Research Datalinkのプライマリケアデータを用いて、2005〜19年にアリピプラゾール、オランザピン、クエチアピン、リスペリドンによる治療を開始した重症精神疾患患者を対象に、コホート研究を実施した。メトホルミン併用の累積割合、期間有病率を推定し、人口統計学的および臨床的因子による併用処方率の違いを調査した。交絡因子を考慮し、SGA単独またはSGA+メトホルミン併用で治療された患者の体重変化について線型回帰法を用いて比較した。 主な結果は以下のとおり。・SGA治療を開始した患者2万6,537例のうち、メトホルミン併用患者は4,652例、非併用患者は2万1,885例であった。・2年間のメトホルミン初回処方割合は3.3%であった。・SGA+メトホルミン併用群は、民族的に多様性であり、社会的貧困度が高く、合併症割合が高く、ベースライン時の体重が多かった(平均体重:90.4kg vs.76.8kg)。・SGA開始後2年間での平均体重の変化は、SGA単独群では4.16%増加(95%信頼区間[CI]:−1.26〜9.58)したのに対し、SGA+メトホルミン併用群では0.65%の減少が認められた(95%CI:−4.26〜2.96)。・交絡因子で調整したのち、SGA+メトホルミン併用群における2年間の平均体重差は、女性で1.48kg(95%CI:−4.03〜1.07)、男性で1.84kg(95%CI:−4.67〜0.98)の減少がみられた。 著者らは「メトホルミンは、SGA誘発性体重増加の軽減に有効であることがガイドラインにも示されているにもかかわらず、併用されることは少ないことが明らかとなった。1次、2次医療の連携を強化し、併用処方の障壁に対処する必要があることが示唆された」と結論付けている。

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