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「高齢者の安全な薬物療法GL」が10年ぶり改訂、実臨床でどう生かす?

 高齢者の薬物療法に関するエビデンスは乏しく、薬物動態と薬力学の加齢変化のため標準的な治療法が最適ではないこともある。こうした背景を踏まえ、高齢者の薬物療法の安全性を高めることを目的に作成された『高齢者の安全な薬物療法ガイドライン』が2025年7月に10年ぶりに改訂された。今回、ガイドライン作成委員会のメンバーである小島 太郎氏(国際医療福祉大学医学部 老年病学)に、改訂のポイントや実臨床での活用法について話を聞いた。11領域のリストを改訂 前版である2015年版では、高齢者の処方適正化を目的に「特に慎重な投与を要する薬物」「開始を考慮するべき薬物」のリストが掲載され、大きな反響を呼んだ。2025年版では対象領域を、1.精神疾患(BPSD、不眠、うつ)、2.神経疾患(認知症、パーキンソン病)、3.呼吸器疾患(肺炎、COPD)、4.循環器疾患(冠動脈疾患、不整脈、心不全)、5.高血圧、6.腎疾患、7.消化器疾患(GERD、便秘)、8.糖尿病、9.泌尿器疾患(前立腺肥大症、過活動膀胱)、10.骨粗鬆症、11.薬剤師の役割 に絞った。評価は2014~23年発表の論文のレビューに基づくが、最新のエビデンスやガイドラインの内容も反映している。新薬の発売が少なかった関節リウマチと漢方薬、研究数が少なかった在宅医療と介護施設の医療は削除となった。 小島氏は「当初はリストの改訂のみを行う予定で2020年1月にキックオフしたが、新型コロナウイルス感染症の対応で作業の中断を余儀なくされ、期間が空いたことからガイドラインそのものの改訂に至った。その間にも多くの薬剤が発売され、高齢者にはとくに慎重に使わなければならない薬剤も増えた。また、薬の使い方だけではなく、この10年間でポリファーマシー対策(処方の見直し)の重要性がより高まった。ポリファーマシーという言葉は広く知れ渡ったが、実践が難しいという声があったので、本ガイドラインでは処方の見直しの方法も示したいと考えた」と改訂の背景を説明した。「特に慎重な投与を要する薬物」にGLP-1薬が追加【削除】・心房細動:抗血小板薬・血栓症:複数の抗血栓薬(抗血小板薬、抗凝固薬)の併用療法・すべてのH2受容体拮抗薬【追加】・糖尿病:GLP-1(GIP/GLP-1)受容体作動薬・正常腎機能~中等度腎機能障害の心房細動:ワルファリン 小島氏は、「抗血小板薬は、心房細動には直接経口抗凝固薬(DOAC)などの新しい薬剤が広く使われるようになったため削除となり、複数の抗血栓薬の併用療法は抗凝固療法単剤で置き換えられるようになったため必要最小限の使用となっており削除。またH2受容体拮抗薬は認知機能低下が懸念されていたものの報告数は少なく、海外のガイドラインでも見直されたことから削除となった。ワルファリンはDOACの有効性や安全性が高いことから、またGLP-1(GIP/GLP-1)受容体作動薬は低体重やサルコペニア、フレイルを悪化させる恐れがあることから、高齢者における第一選択としては使わないほうがよいと評価して新たにリストに加えた」と意図を話した。 なお、「特に慎重な投与を要する薬物」をすでに処方している場合は、2015年版と同様に、推奨される使用法の範囲内かどうかを確認し、範囲内かつ有効である場合のみ慎重に継続し、それ以外の場合は基本的に減量・中止または代替薬の検討が推奨されている。新規処方を考慮する際は、非薬物療法による対応で困難・効果不十分で代替薬がないことを確認したうえで、有効性・安全性や禁忌などを考慮し、患者への説明と同意を得てから開始することが求められている。「開始を考慮するべき薬物」にβ3受容体作動薬が追加【削除】・関節リウマチ:DMARDs・心不全:ACE阻害薬、ARB【追加】・COPD:吸入LAMA、吸入LABA・過活動膀胱:β3受容体作動薬・前立腺肥大症:PDE5阻害薬 「開始を考慮するべき薬物」とは、特定の疾患があった場合に積極的に処方を検討すべき薬剤を指す。小島氏は「DMARDsは、今回の改訂では関節リウマチ自体を評価しなかったことから削除となった。非常に有用な薬剤なので、DMARDsを削除してしまったことは今後の改訂を進めるうえでの課題だと思っている」と率直に感想を語った。そのうえで、「ACE阻害薬とARBに関しては、現在では心不全治療薬としてアンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬(ARNI)、β遮断薬、ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬(MRA)、SGLT2阻害薬が登場し、それらを差し置いて考慮しなくてもよいと評価して削除した。過活動膀胱治療薬のβ3受容体作動薬は、海外では心疾患を増大させるという報告があるが、国内では報告が少なく、安全性も高いため追加となった。同様にLAMAとLABA、PDE5阻害薬もそれぞれ安全かつ有用と評価した」と語った。漠然とした症状がある場合はポリファーマシーを疑う 高齢者は複数の医療機関を利用していることが多く、個別の医療機関での処方数は少なくても、結果的にポリファーマシーとなることがある。高齢者は若年者に比べて薬物有害事象のリスクが高いため、処方の見直しが非常に重要である。そこで2025年版では、厚生労働省より2018年に発表された「高齢者の医薬品適正使用の指針」に基づき、高齢者の処方見直しのプロセスが盛り込まれた。・病状だけでなく、認知機能、日常生活活動(ADL)、栄養状態、生活環境、内服薬などを高齢者総合機能評価(CGA)なども利用して総合的に評価し、ポリファーマシーに関連する問題点を把握する。・ポリファーマシーに関連する問題点があった場合や他の医療者から報告があった場合は、多職種で協働して薬物療法の変更や継続を検討し、経過観察を行う。新たな問題点が出現した場合は再度の最適化を検討する。 小島氏らの報告1,2)では、5剤以上の服用で転倒リスクが有意に増大し、6剤以上の服用で薬物有害事象のリスクが有意に増大することが示されている。そこで、小島氏は「処方の見直しを行う場合は10剤以上の患者を優先しているが、5剤以上服用している場合はポリファーマシーの可能性がある。ふらつく、眠れない、便秘があるなどの漠然とした症状がある場合にポリファーマシーの状態になっていないか考えてほしい」と呼びかけた。本ガイドラインの実臨床での生かし方 最後に小島氏は、「高齢者診療では、薬や病気だけではなくADLや認知機能の低下も考慮する必要があるため、処方の見直しを医師単独で行うのは難しい。多職種で協働して実施することが望ましく、チームの共通認識を作る際にこのガイドラインをぜひ活用してほしい。巻末には老年薬学会で昨年作成された日本版抗コリン薬リスクスケールも掲載している。抗コリン作用を有する158薬剤が3段階でリスク分類されているため、こちらも日常診療での判断に役立つはず」とまとめた。

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鼻水が止まりません…【漢方カンファレンス2】第3回

鼻水が止まりません…以下の症例で考えられる処方をお答えください。(経過の項の「???」にあてはまる漢方薬を考えてみましょう)【今回の症例】20代後半女性主訴水様性鼻汁既往気管支喘息(小児期)、アレルギー性鼻炎病歴3日前、帰宅途中に雨に濡れた。翌朝、寒気がして咽頭痛と水様性鼻汁が出現。市販の感冒薬を飲んで様子をみたが、37.5℃の発熱、さらに翌日には咳嗽も出現したため受診した。水様性鼻汁が止まらずに困っている。現症身長169cm、体重56kg。体温37.4℃、血圧108/70mmHg、脈拍70回/分 整、SpO2 98%、咽頭発赤なし、扁桃肥大なし、白苔なし、頸部リンパ節腫脹なし、呼吸音異常なし。経過受診時「???」エキス2包を外来で内服。15分後水様性鼻汁が軽減「???」エキス3包 分3で処方。(解答は本ページ下部をチェック!)(帰宅して安静にし、2〜3時間おきに内服するように指導)翌日帰宅後、2回目を内服して布団に入った。悪寒がなくなり体が温かくなり解熱した。2日後咽頭痛と咳嗽が改善した。問診・診察漢方医は以下に示す漢方診療のポイントに基づいて、今回の症例を以下のように考えます。【漢方診療のポイント】(1)病態は寒が主体(陰証)か、熱が主体(陽証)か?(冷えがあるか、温まると症状は改善するか、倦怠感は強いか、など)(2)虚実はどうか(症状の程度、脈・腹の力)(3)気血水の異常を考える(4)主症状や病名などのキーワードを手掛かりに絞り込む【問診】<陰陽の問診> 寒がりですか? 暑がりですか? 悪寒がありますか? 体熱感がありますか? 横になりたいほどの倦怠感はありませんか? 普段は寒がりです。 少し寒気があって上着を1枚羽織っています。 体熱感はありません。 横になりたいほどの倦怠感はありません。 のどは渇きますか? いま、飲み物は温かい物と冷たい物のどちらを飲みたいですか? のどは渇きません。 温かい飲み物が飲みたいです。 <鼻汁の性状> 鼻水はどのような性状ですか? 色はついていますか? 無色で水のようにタラッと垂れてきます。 <ほかの随伴症状> のどの痛みは強いですか? 体の節々が痛みますか? 汗をかいていますか? 口の苦味や食欲低下はありませんか? 咳はひどいですか? 痰は絡みますか? のどは少し痛いくらいです。 体の痛みはありません。 汗は少しかいています。 口の苦味はなく、食欲もあります。 咳はそこまでひどくありません。 痰は絡みません。 普段から冷え症でむくみやすいですか? 冷え症で夕方に足がむくみます。 【診察】顔色はやや蒼白。脈診は、やや浮で、反発力は中程度、幅の細い脈であった。舌は淡紅色で腫大と歯痕があり、湿潤した白苔が少量、腹診では腹力は中等度より軟弱で、心窩部に振水音あり。胸脇苦満(きょうきょうくまん)は認めなかった。触診では、皮膚はわずかに湿潤傾向、四肢の冷感はなし。カンファレンス 今回は風邪の症例ですね。風邪の治療は漢方治療の基本ですからしっかり押さえておきましょう。 感冒(風邪)では、咳、鼻、のどの症状が同程度に現れるのが典型です。本症例でも咳嗽と咽頭痛もありますが、水様性鼻汁が目立つことから、鼻型の風邪(急性鼻炎)といえそうです。 風邪の漢方治療では、発症直後で悪寒のある太陽病(たいようびょう)、その後、生体内に病邪が侵入した少陽病(しょうようびょう)として治療するのでした。 よく覚えていますね。一般的には太陽病は発症2~3日で、それ以降は少陽病に移行することが多いです。 本症例は発症3日目ですからどちらか判断は難しいですね。 そうだね。脈が浮で自覚症状として寒気があるから太陽病でいいだろう。診断では、悪寒の有無に加えて、脈診で脈が浮であることが大事なポイントだ(太陽病については本ページ下部の「今回のポイント」の項参照)。 本症例は、脈はやや浮、上着を羽織りたくなるような寒気があるということで太陽病と診断できそうです。 そうですね。さらに問診で少陽病の特徴である口の苦味や食欲低下がないこと、そして診察で舌の厚い舌苔や腹部の胸脇苦満がないことを確認して、少陽病を除外していますね。少陽病の特徴も覚えておきましょう。 太陽病ということは漢方診療のポイント(1)の「陰陽(いんよう)」は陽証ということになりますか? 今回は、寒がり、温かい飲み物を好む、顔面蒼白とあまり熱が主体の陽証とは考えにくいですね。太陽病の葛根湯(かっこんとう)や麻黄湯(まおうとう)では、悪寒と同時かその後に、熱を示唆する所見、顔面紅潮や強い咽頭痛など熱があるのでしたよね? いいところに気付いたね。今回は太陽病だけど、陽証らしくないというのがポイントだよ。では質問だけど、陰証の風邪によく用いる漢方薬を覚えているかい? えっと… 麻黄附子細辛湯(まおうぶしさいしんとう)です。麻黄附子細辛湯は全身に冷えと強い倦怠感がある陰証、少陰病(しょういんびょう)に用います。麻黄附子細辛湯の風邪は、水様性鼻汁、チクチクとした咽頭痛、倦怠感といった症状が特徴で、脈が沈でした。さらに風邪のひき始めが少陰病から始まる場合を「直中少陰(じきちゅうのしょういん)」(直(ただ)ちに少陰に中(あ)たる)とよびます。漢方カンファレンス第5回「風邪で冷えてきつい…」で学びました。 しっかり復習しておきます。本症例では「横になりたいほどの倦怠感がありますか?」と問診し、さらに四肢の冷えを触診で確認しています。本症例ではどちらも該当せず少陰病ではないようです。やはり陽証・太陽病らしいですね。 脈がやや浮ということから太陽病と診断できるけれど、脈診は初学者には難しいこと、麻黄附子細辛湯でも例外的に脈が浮いている場合があるからね1)。必ず全身倦怠感の程度と触診などで冷えの有無を確認して、少陰病の麻黄附子細辛湯の風邪でないか、常に考える必要があるね。 漢方診療のポイント(2)である「虚実」はどうでしょう? 脈は強弱中間、触診で汗をかいているようなので、虚証でしょうか? そうですね。ただし、脈の力は強弱中間と弱ではなく、発汗の程度も軽度なので虚実間としましょう。太陽病・虚証では発汗が自他覚的にも明らかなことが多いです。陰陽・六病位・虚実の判定まできました。漢方診療のポイント(3)気血水の異常に移りましょう。 水様性鼻汁は水毒ですね。 下肢が浮腫みやすいことや腹診の振水音も水毒です。本症例は、太陽病だけど熱はあまり目立たず、水毒があるといえますね。まとめてみましょう。 【漢方診療のポイント】(1)病態は寒が主体(陰証)か、熱が主体(陽証)か?悪寒がある。横になりたいほどの倦怠感はない、脈がやや浮温かい飲み物を好む、顔面蒼白(陽証:太陽病、熱よりも冷えが目立つ)(2)虚実はどうか脈:強弱中間、軽度の発汗傾向→虚実中間(3)気血水の異常を考える水様性鼻汁、下肢浮腫、振水音→水毒(4)主症状や病名などのキーワードを手掛かりに絞り込む水様性鼻汁、振水音解答・解説【解答】本症例は太陽病・虚実間証で、水毒がある場合に用いる小青竜湯(しょうせいりゅうとう)で治療しました。【解説】小青竜湯は太陽病・虚実間に分類されますが、特殊な位置付けです。太陽病で陽証といいながらも、体内に冷え(寒)がある病態に用いられます。ちょっと冷えがあって水っぽいイメージです。そのため小青竜湯は、太陽病でありながらその病態の一部は太陰病にまたがっているとも解説されています。構成生薬は、葛根湯や麻黄湯などと同様に発汗作用のある麻黄(まおう)と桂皮(けいひ)が含まれることは共通ですが、熱薬である乾姜(かんきょう)、細辛(さいしん)に加え、利水作用や鎮咳作用のある半夏(はんげ)・五味子(ごみし)を含みます。そのためあまり熱感が目立たない水様性鼻汁を伴う風邪やアレルギー性鼻炎によい適応です。日頃からむくみやすい、振水音があるなどの水毒の傾向をもつ人が風邪をひいたり、寒さにあたって鼻汁が出たりする場合に、小青竜湯の適応となることが多いようです。なお、小青竜湯は、通年性アレルギー性鼻炎に対する小青竜湯の効果を示した二重盲検RCT2)が存在し、『鼻アレルギー診療ガイドライン 2024年版』にも掲載されている漢方薬です。ほかの太陽病の漢方薬と趣が異なるため悪寒のある急性期に限定せず、より幅広い時期に用いることができます。今回のポイント「太陽病」の解説風邪のひき始めのように、悪寒に加え、脈が浮である時期を太陽病(陽の始まりという意味)といいます。太陽病の病位は表(ひょう:体表)で闘病反応が起こっている時期で、葛根湯や麻黄湯などの発汗作用のある漢方薬で治療します。太陽病は図(太陽病のチェックリスト)の順に診断、虚実の判定、漢方薬の選択を行います。診断には、悪寒の有無に加えて、脈診で脈が浮であることが大事なポイントです。橈骨動脈を橈骨茎状突起の高さに第2~4指をそろえて触知します。軽く置いたときに表在性に触れることができれば浮(ふ:浮いている)と表現します。指を沈めていって初めてはっきり触れてくれば沈(ちん:沈んでいる)になります。発症からの時期(多くは2~3日以内)も参考にして診断します。次に虚実の判定を行います。脈を押しこんで全体から受ける反発力をみて脈の「強弱」の判定をします。少しの力でペシャンとつぶれて触れなくなるような脈は「弱」、反発力が充実していれば「強」と診断します。さらに太陽病の虚実の判定には、汗の有無を参考にします。悪寒があるにもかかわらず皮膚のしまりがなくて、発汗している状態は闘病反応が弱い(虚)、汗がなく皮膚がサラッと乾いている場合は闘病反応が強い(実)と判定します。また虚実の判定には咽頭痛などの上気道炎症状の強さも参考になります。最後に、漢方薬ごとの特異的徴候として、項(うなじ)のこわばり(葛根湯)、多関節痛(麻黄湯)、水様性鼻汁(アレルギー性鼻炎)などを確認して処方を決定します(図)。太陽病は漢方薬をクリアカットに選択できるため、しっかりマスターしてください。今回の鑑別処方水様性鼻汁は冷えと水毒と考えますが、膿性鼻汁では炎症(熱)が強い病態と考えて治療します。葛根湯加川芎辛夷(かっこんとうかせんきゅうしんい)は太陽病の葛根湯に川芎(せんきゅう)と辛夷(しんい)が加わった処方で、頭痛や項のこわばりに加えて、鼻閉・前頭部の圧迫感が目立つ場合に適応になります。太陽病ですから副鼻腔炎の急性期がよい適応です。越婢加朮湯(えっぴかじゅつとう)は、アレルギーによる粘膜の炎症や浮腫(漢方医学的には熱と水毒)を改善させる効果があり、鼻閉が強い場合や目や鼻のかゆみを訴える場合にも有効です。葛根湯加川芎辛夷、越婢加朮湯とも麻黄が含まれるため、内服期間が長くなる場合は胃もたれ、不眠、動悸などの副作用の出現に注意する必要があります。辛夷清肺湯(しんいせいはいとう)は石膏(せっこう)・黄芩(おうごん)・知母(ちも)といった清熱作用のある生薬が含まれ、炎症(熱)の強い急性期の副鼻腔炎で、副鼻腔に熱感を感じる場合によい適応です。荊芥連翹湯(けいがいれんぎょうとう)は中耳炎・副鼻腔炎・ニキビなど頭頸部に炎症を繰り返しやすい体質で、慢性化した副鼻腔炎に用います。皮膚が浅黒く乾燥傾向のある場合がよい適応になります。参考文献1)藤平健, 中村謙介 編著. 傷寒論演習 緑書房. 1997;577-584.2)馬場駿吉 ほか. 耳鼻臨床. 1995;88:389-405.

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足の親指が腫れて痛みます【漢方カンファレンス2】第2回

足の親指が腫れて痛みます以下の症例で考えられる処方をお答えください。(経過の項の「???」にあてはまる漢方薬を考えてみましょう)【今回の症例】50代男性主訴左母趾の痛み既往高血圧、高尿酸尿症、痛風発作病歴数日前から左母趾に違和感があった。1日前から腫れて痛みを伴うようになったため手持ちのNSAIDsを内服したが痛みがつらく、歩行困難が続くため発症から2日目に受診した。現症身長162cm、体重75kg。体温36.8℃、血圧140/80mmHg、脈拍70回/分 整。左母趾に熱感・腫脹あり。経過初診時ロキソプロフェン錠60mg 3錠 分3を継続し、「???」エキス3包 分3で治療を開始。(解答は本ページ下部をチェック!)2日後腫れがひいて、痛みは半分程度まで軽減した。5日後痛みはほとんどなくなって普通に歩けるようになった。問診・診察漢方医は以下に示す漢方診療のポイントに基づいて、今回の症例を以下のように考えます。【漢方診療のポイント】(1)病態は寒が主体(陰証)か、熱が主体(陽証)か?(冷えがあるか、温まると症状は改善するか、倦怠感は強いか、など)(2)虚実はどうか(症状の程度、脈・腹の力)(3)気血水の異常を考える(4)主症状や病名などのキーワードを手掛かりに絞り込む【問診】<陰陽の問診> 寒がりですか? 暑がりですか? 体の冷えを自覚しますか? 入浴ではお湯に長く浸かりますか? 暑がりです。 冷えの自覚はありません。 長風呂ではありません。 患部に熱感を感じますか? 冷水で冷やすと痛みはどうですか? 入浴で温めるとどうですか? 左母趾を中心に体全体が熱っぽいです。 冷ますと痛みが楽です。 あまりお風呂で温めたくありません。 <飲水・食事> のどが渇きますか? 冷たい飲み物と温かい飲み物のどちらを飲みたいですか? 1日どれくらい飲み物を摂っていますか? 食欲はありますか? 胃腸は弱いですか? のどが渇いて冷たい水が飲みたいです。 1日およそ1.5L程度です。 食欲はあります。 もともと胃は丈夫です。 <汗・排尿・排便> 汗はかいていますか? 尿は1日何回出ますか? 夜、布団に入ってからは尿に何回行きますか? 便は毎日出ますか? 便秘や下痢はありませんか? 少し汗ばみます。 尿は1日4〜5回です。 夜間にトイレは行きません。 毎日、形のある便が出ます。 <ほかの随伴症状> よく眠れますか? 足がむくみませんか? 倦怠感はありませんか? 足はつりませんか? 足の痛みでよく眠れません。 左足が腫れてむくみっぽいです。 倦怠感はありません。 足はつりません。 ほかに困っている症状はありますか? 困っているのは足の痛みだけです。腫れているので靴が履けません。 【診察】顔色はやや紅潮。脈診ではやや浮・やや強の脈。また、舌は乾燥した白黄苔が中等量、舌下静脈の怒張あり、腹診では腹力は中等度より充実、腹直筋の緊張を認めた。皮膚は発汗し湿潤傾向で、患部は紅斑・腫脹・熱感があった。カンファレンス 今回の診断は既往にもある痛風発作ですね。NSAIDsを内服しているので標準的治療はすでに行っています。アレルギーや消化性潰瘍などのためNSAIDsが用いにくい場合はプレドニゾロンという選択肢もあります。 痛風発作の治療は現代医学的な治療で十分でしょう…と思いたくなりますね。とはいえここは漢方カンファレンス、痛風発作を漢方だけで治療というわけにはいきませんが、漢方薬の併用も考えていきましょう。さあ、漢方診療のポイントに沿ってみていきましょう。 漢方診療のポイント(1)の病態の陰陽は、暑がり、体熱感があり、冷水を好む、患部にも熱感があることなどから陽証です。 今回のような急性疾患では慢性疾患より陰陽の判断がわかりやすいね。一般的に病気の発症初期は、熱が主体の陽証で始まることが多いといえるよ。ただし急性の腰痛などで、温めたほうが気持ちがよいという場合は陰証の場合もあるから注意が必要だね。 漢方診療のポイント(2)の虚実は闘病反応の程度だからわかりやすいですね。今回のように患部の局所反応が盛んな症例は闘病反応が充実していると考えて、実証と考えてよいでしょう。 今回の症例は、暑がり、冷えの自覚なし、冷水を好む、患部の熱感などから陽証、さらに局所反応も熱感や腫脹がありますし、脈:やや強、腹力:充実と実証ですね。 そうですね。さらに冷水で冷ますと痛みが楽というのも前回の症例の「入浴で温めると楽になる痛み」とは逆で陽証ですね(陽証については本ページ下部の「今回のポイント」の項参照)。現代医学的にも、足関節捻挫で、氷で冷やしたり、冷湿布を貼ったりして治療します。足関節捻挫の急性期にお風呂で温めても楽にはならないですね。 前回の帯状疱疹後神経痛と同じく足関節捻挫もよい例だね。局所の炎症反応は時間の経過とともに消退して、古傷になると熱感や腫脹はなくなるけど冷えると悪化するなどという特徴が出てくれば、陰証・虚証になっていくとイメージできるね。 漢方治療では同じ足関節捻挫でも、陰陽に応じて治療が変わるのが特徴です。冷湿布を使うか、温湿布を使うかのイメージでしょうか。 そうだね。どちらの湿布を貼りたいかという情報も陰陽の判断に使えるかもね。ただし温湿布は皮膚がかぶれてしまう人が多いから、漢方で温めた方がよいよね。 症例に戻りましょう。陽証・実証まで確認できました。漢方診療のポイント(3)気血水の異常はどうですか? 患部の腫脹や下肢の浮腫は水毒です。舌下静脈の怒張があるので瘀血です。食欲不振や倦怠感はないので気虚はないようです。 尿の回数が4〜5回/日と少なめなことは尿不利、口渇があることも水毒としてよいでしょう。 今回の症例をまとめよう。 【漢方診療のポイント】(1)病態は寒が主体(陰証)か、熱が主体(陽証)か?顔面やや紅潮、暑がり、冷水を好む、患部の熱感→陽証(2)虚実はどうか脈:やや強、腹:やや充実、強い局所反応→実証(3)気血水の異常を考える尿不利・口渇、患部の腫脹・下肢浮腫→水毒、舌下静脈の怒張→瘀血(4)主症状や病名などのキーワードを手掛かりに絞り込む局所の熱感・腫脹解答・解説【解答】本症例は、陽証・実証で熱と水毒に対応する越婢加朮湯(えっぴかじゅつとう)で治療しました。【解説】越婢加朮湯は、関節の紅斑・腫脹・熱感が使用目標になります。越婢加朮湯には麻黄(まおう)、石膏(せっこう)、朮(じゅつ)が含まれ、熱を冷ましながら浮腫を改善させる作用(清熱利水[せいねつりすい]作用)があります。石膏を含むため、自汗傾向・口渇などの自覚症状も使用目標です。陽証・実証の水毒に対する漢方薬で、体表面を主とする水毒、体内に熱がこもった状態と考えて六病位では太陽病〜少陽病に分類されます。本症例のような急性関節炎、蜂窩織炎、帯状疱疹などに歴史的に活用されており、膝関節炎に用いた症例1)やNSAIDsが無効、または投与困難な急性腰痛症やcrowned dens syndromeなどの整形外科の疼痛性疾患に対して越婢加朮湯と大黄牡丹皮湯(だいおうぼたんぴとう)の併用が有効であった2)とする症例報告があります。使用上の注意点として、麻黄が含まれることから胃弱、虚血性心疾患の既往、前立腺肥大など尿閉のリスクがある場合は慎重投与です。今回のポイント「陽証」の解説漢方治療では生体に外来因子が加わった際の生体反応の形式について、熱性の病態を「陽証」、寒性の病態を「陰証」の2型に分類します。寒熱のほか、陽証では活動性、発揚性、陰証では非活動性、沈降性などの特徴があります。大まかに寒熱≒陰陽と考えてよいですが、一般的に寒熱は局所の病態を表し、陰陽では体全体の性質を総合的に判断します。一方、病因と生体の闘病反応の程度・病態の充実度を虚実とよびます。闘病反応が充実している場合を実証、闘病反応が乏しい病態が虚証です。主に虚実は脈や腹壁の反発力・緊張度により判定しますが、本症例のように局所反応の程度も参考になり、患部の熱感や腫脹などの局所の炎症が強い場合も実証を示唆します。陽証は、太陽病、少陽病、陽明病の3つに分類でき、病位は、太陽病が体表面の表(ひょう)、陽明病では裏(り)、少陽病はその中間の半表半裏(はんぴょうはんり)になります。一方、陰証の太陰病・少陰病・厥陰病ではすべて病位は裏になります。陽証では体力も充実していることから実証となりやすい傾向にありますが、体力が低下して闘病反応が弱い陽証・虚証の漢方薬も数多く存在します。陽明病は、熱の極期で闘病反応が充実していることから実証のみになります。今回の鑑別処方越婢加朮湯以外にも陽証の関節・皮膚疾患に用いる漢方薬を紹介します。越婢加朮湯よりもややマイルドな作用の桂枝二越婢一湯(けいしにえっぴいっとう)は長期投与に向きますが、エキス剤がないため桂枝湯と越婢加朮湯で代用します。黄連解毒湯(おうれんげどくとう)は浮腫や腫脹(水毒)が目立たず、熱感と暗赤色の紅斑が主体の皮膚疾患に適応になります。柴苓湯(さいれいとう)は、小柴胡湯(しょうさいことう)と五苓散(ごれいさん)を組み合わせた漢方薬で、抗炎症作用と利水作用をもちます。少陽病ですから体表面より少し病気が侵入した場合に用いるのが典型ですが、蕁麻疹やリンパ浮腫に対してしばしば使用されています。麻杏薏甘湯(まきょうよくかんとう)は、石膏が含まれず、清熱作用は弱くなりますが、利水作用をもつ薏苡仁(よくいにん)が含まれ、熱感や腫脹があまり目立たない関節痛や筋肉痛に用いられます。本症例も時間が経過して局所反応が軽減したものの痛みが持続する場合は麻杏薏甘湯の適応になるでしょう。また麻杏薏甘湯は経験的に疣贅や頭のフケなどの皮膚疾患にも使用されます。薏苡仁湯(よくいにんとう)はさらに慢性化した関節痛や筋肉痛に適応となります。足底腱膜炎やアキレス腱炎など筋腱の痛みによいとされます。さらに皮下出血を認める打撲や局所の血流障害を伴う場合は瘀血と考えて治打撲一方(ぢだぼくいっぽう)を用いる、もしくは併用する場合もあります。 1) 星野綾美 ほか. 日東医誌. 2008;59:733-737. 2) 福嶋祐造 ほか. 日東医誌. 2019;70:35-41.

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第21回 タバコを吸わないのになぜ? 見えてきた肺がんの「真犯人」―大規模ゲノム解析が暴く肺がんの身近なリスク

「タバコは吸わないから、肺がんの心配はない」。そう考えている人は少なくないかもしれません。しかし近年、喫煙経験のない人、とくに女性やアジア人での肺がんが世界的に増加しており、大きな謎とされてきました。なぜ、最大の原因であるタバコを避けてきた人々の肺が蝕まれるのでしょうか。この長年の疑問に、ゲノム科学の力で迫った画期的な研究1)がNature誌に発表されました。世界4大陸28地域から集められた871例の非喫煙者肺がん患者の「がんゲノム(がん細胞の全遺伝情報)」を解読。その設計図に刻まれた無数の傷跡から、がんを引き起こした「犯人の指紋」を探し出すという、前例のない規模の研究です。この研究は、これまで原因として疑われてきた大気汚染や受動喫煙の影響をDNAレベルで初めて検証し、私たちの常識を覆すような数々の事実を明らかにしました。発見1:大気汚染PM2.5は、がんの「種を蒔き、育てる」二重の脅威だった研究チームはまず、大気汚染の指標である微小粒子状物質「PM2.5」とがんゲノムの関係に着目しました。PM2.5は工場や自動車の排ガスなどに含まれるきわめて小さな粒子で、吸い込むと肺の奥深くまで到達します。また、血管の壁まで通過し、血液中からも検出されることが知られています。患者が住む地域のPM2.5濃度で「高汚染」と「低汚染」のグループに分けてゲノムを比較したところ、意外な結果がみられました。高汚染地域の患者のがん細胞では、DNAの変異(遺伝子の傷)の総量が明らかに増加していたのです。さらに、PM2.5濃度が高いほど変異の数も比例して増える「用量反応関係」も確認されました。これは、因果関係に迫る上で大切な知見です。とくに重要だったのが、「変異シグネチャー」の解析です。これは、がんゲノムに残された変異のパターンを分析し、その原因(紫外線、タバコ、特定の化学物質など)を特定する技術で、いわば「犯行手口を示す指紋」のようなものです。この解析により、高汚染地域の患者からは、主に2つの特徴的な「指紋」が検出されました。1.シグネチャー「SBS4」の増加これは本来、タバコ喫煙者のがんに典型的な指紋です。この「指紋」が非喫煙者から見つかったことは、大気汚染物質の中に、タバコの煙に含まれるような発がん性物質が含まれており、それがDNAに直接傷をつけている(イニシエーターとして機能している)可能性を強く示唆します。2.シグネチャー「SBS5」の増加これは「時計様シグネチャー」と呼ばれ、細胞が分裂するたびに一定の割合で刻まれる、加齢に伴う自然な傷です。この「時計」の進みが速いということは、大気汚染が肺に慢性的な炎症を引き起こし、傷ついた細胞の修復のために細胞分裂を異常に活発化させていることを意味します。これにより、がんの元となる細胞の増殖が促されている(プロモーターとしても機能している)と考えられます。つまり、PM2.5はDNAを直接傷つけてがんの“種”を蒔くだけでなく、細胞分裂を促してその“芽”を育てるという、二重の役割を担っている可能性が考えられたのです。発見2:受動喫煙の意外な事実――ゲノムに残る「指紋」は薄かったこれまで非喫煙者肺がんの有力な原因とされてきた受動喫煙。しかし、今回のゲノム解析では、意外な結果が出ました。受動喫煙にさらされた患者とそうでない患者の間で、ゲノム上の変異の量やパターンに明確な差はみられなかったのです。タバコ由来の「SBS4」の指紋も、受動喫煙との関連は認められませんでした。これは、受動喫煙にリスクがないという意味ではありません。むしろ、「受動喫煙による発がんのメカニズムは、これまで考えられていた直接的なDNA変異誘発とは異なる可能性がある」ことを示唆しています。たとえば、DNAを傷つけるのではなく、主に炎症を介してがんの発生を促進しているのかもしれません。この発見は、今後のリスク評価に新たな視点をもたらすものです。発見3:世界各地で異なるリスク――台湾で見つかった「漢方薬」の影この研究のもう一つの大きな成果は、非喫煙者肺がんの原因が世界共通ではないことを示した点です。とくに台湾の患者のがんゲノムからは、「アリストロキア酸」という化学物質に特徴的な変異シグネチャー「SBS22a」が多数見つかりました。アリストロキア酸は、かつて一部の漢方薬などに含まれていた強い発がん性を持つ物質です。この発見は、台湾などの地域で非喫煙者肺がんが多い一因を解明する手がかりとなり、地域に根差した公衆衛生や予防策の重要性を浮き彫りにしました。暮らしの中のPM2.5対策――最も身近な発生源「家庭料理」に注意大気汚染やPM2.5と聞くと環境破壊の話、屋外の話で個人レベルでは防ぎようがないと考えがちですが、実は私たちの暮らしの中で最も高濃度のPM2.5にさらされる瞬間の一つが「料理」です。とくに、油を使った炒め物や揚げ物では、屋外の汚染レベルをはるかに超えるPM2.5が発生します2)。では、なぜ料理でPM2.5が発生するのでしょうか。鍵を握るのは「油の種類と温度」です3)。1.植物油(サラダ油、ごま油など)これらに多く含まれる不飽和脂肪酸は、化学構造が不安定で熱に弱い性質があります。高温で加熱されると酸化・分解しやすく、その過程で有害なアルデヒド類などと共に、油の微粒子としてPM2.5を大量に発生させます。2.動物性脂肪(ラード、バターなど)こちらに多い飽和脂肪酸は構造が安定しており、比較的高温に強いため、植物油に比べてPM2.5の発生量は少なくなります。だからといって動物性脂肪を使うのは、心臓病など別の健康問題につながるため、重要なのは換気です。以下にできる対策をまとめます。料理中は換気扇をつける調理開始前から終了後しばらくまで回し続けるのが理想です。窓を開けて換気する可能なら窓も開け、空気の通り道を作りましょう。低PM2.5調理法を選ぶ炒め物や揚げ物より、「蒸す」「茹でる」「煮る」といった調理法や、エアフライヤーの活用はPM2.5の発生を大幅に抑制できます。空気清浄機の活用HEPAフィルター付きの空気清浄機を稼働させるのも有効かもしれません。ただし、これらが直接発がんリスクなどの低下につながるかについては、追加の研究が必要です。今回ご紹介した研究は、非喫煙者肺がんという病気の複雑な全体像を初めて描き出しました。その原因は一つではなく、大気汚染のようなグローバルな要因、地域特有の環境要因、そしてまだ解明されていない内なる要因が複雑に絡み合っているようです。 1) Diaz-Gay M, et al. The mutagenic forces shaping the genomes of lung cancer in never smokers. Nature. 2025 Jul 2. [Epub ahead of print] 2) Tang R, et al. Impact of Cooking Methods on Indoor Air Quality: A Comparative Study of Particulate Matter (PM) and Volatile Organic Compound (VOC) Emissions. Indoor Air. 2024 Nov 25. [Epub ahead of print] 3) Torkmahalleh MA, et al. PM2.5 and ultrafine particles emitted during heating of commercial cooking oils. Indoor Air. 2012;22:483-491.

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主治医は大病院です! さぁ困った!【救急外来・当直で魅せる問題解決コンピテンシー】第8回

主治医は大病院です! さぁ困った!Point多疾患併存では多職種連携、専門医とプライマリ・ケア医(かかりつけ医)の連携が重要。予後予測や再入院予測ツールをうまく使って患者の状態の概要を把握しよう。患者の身体機能や価値観や嗜好を聞き取り、治療やケアの方針決定に役立てよう。患者側の能力と治療による負荷のバランスから手掛かりを探ろう。症例84歳男性が某大学病院救急外来に失神したと来院した。少し離れて別居している息子が付き添いで一緒に来院した。かかりつけ医は大学病院だという。心筋梗塞でステント留置後、心房細動、慢性心不全で循環器内科にかかり、COPDで呼吸器内科に、陳旧性多発ラクナ梗塞と認知症で脳神経内科に、変形性膝関節症と腰部脊柱管狭窄症で整形外科に、大腸がん(手術適応はなく経過観察)で消化器外科にかかり、なんと5科にまたがり通院中であった。ここ1年で心不全の増悪で3回入院している。内服処方は抗凝固薬・抗血小板薬含め合計15剤もあり、失神を起こしやすい薬剤も数種類含んでいた。すべての薬剤を俯瞰的にみてくれる「かかりつけ医」は不在の状況であった。貧血を認めるものの以前とは大きく変化はなかった。頭部CTで軽度の左慢性硬膜下血腫を認め、脳神経外科にコンサルトするも、血腫の大きさや全身状態から入院や手術の適応はないとのこと。ダメ元で他科のDr.と相談するも「それはうちでの入院の適応じゃないですねぇ」と予想どおりのお返事。本人は以前の入院時に体幹抑制された経験から入院したくないとの希望だが、息子は憔悴した様子で「家は段差も多くて、年々歩き方もぎこちなくなり、また転倒しそうなので、何とか入院させてほしいのですが…」と入院を希望し、苛立ち始めている。主科が決まらず方針は絶賛迷走中。救急で担当した研修医、上級医は途方に暮れていた。おさえておきたい基本のアプローチマルモってなんだ!?主治医が大病院であるときに起きやすい問題にはどんなものがあるだろうか。慢性疾患で在宅ケア・緩和ケアへの移行を考慮する事例。慢性疾患が複数あり(多疾患併存)、各科に担当医がいて(ポリドクター)方針がまとまらない事例。ポリドクターのために起こるポリファーマシー(たとえば別の担当医の薬剤に対する副作用に薬剤が処方されるなど)。老年医学のアプローチが必要だが介入できていない事例。主治医が多忙ゆえに多職種連携がうまく機能していない事例。上記に加え心理・社会・家族問題が絡み合う複雑・困難な事例などだ。ここでは、主に多疾患併存とそこから起きる問題を論ずる。皆さんは多疾患併存という言葉があることはご存じだろうか? 筆者自身それについて学生時代に講義を受けた記憶はなく、最初「マルチモビディティ」と聞いたらなんか強そうだなというイメージをもった。マルサなら国税局査察部、マルボウなら暴力団の事案を取り扱う警視庁組織犯罪対策部、マルモはマルチモビディティ(多疾患併存:multimorbidity)のこと。歴史をひもとくと、おおよそ2003年ごろから急激に出版物でみられるようになった。多疾患併存の定義は、長期にわたり2つ以上の慢性疾患が併存している状態である1)。「疾患とその合併症のことでしょう?」と誤解されがちだ。たとえば、糖尿病が悪化して、末梢神経障害や網膜症、腎障害を合併した事例の場合は中心に糖尿病、そのほかは治療コントロール不良で発症した合併症という関係だから、多併存疾患とは異なる。多疾患併存の場合、罹患期間の長短あれども慢性疾患が併存している状態を指す。言葉は知らなくても、多疾患併存の患者は皆さんの外来にもよく来るはずだ。日本では外来患者に多疾患併存患者が占める割合は52.3%にのぼり、ポリファーマシーとの強い相関を認める2)。併存疾患が2つの多疾患併存患者は全く慢性疾患のない患者と比較しER受診は1.28倍、併存疾患が4つ以上で2.55倍になり、また入院も多疾患併存患者全体では2.58倍高くなる3)。多疾患併存患者の医療コストは、概して倍以上に膨れ上がっており、今後多疾患併存患者への対応は医療経済における大きな課題だ。家庭医をかかりつけ医にするメリット多疾患併存患者は俯瞰的・総合的にみてくれるかかりつけ医の存在が大きい。家庭医の定義ともいえるACCCAは保たれているだろうか(表1)。今後高齢化社会が進み、大病院志向の患者が途方に暮れる機会も増えてくるだろう。表1 家庭医をもつメリットと大病院を主治医にもつデメリット画像を拡大する多疾患併存患者で困難な症例では、家庭医をかかりつけ医にもつのが一番よい。疾患の性格上、大病院にかからざるを得ない場合は、予後に最も影響を与え中心となる慢性疾患の担当医に主治医の役割を果たしてもらうか、多疾患併存患者対応が得意な医師(場合によっては別の病院や診療所の医師でもよい)にかかりつけ医となってもらうことがお勧めだ。責任の所在がわからないと、患者や家族はたらい回しにされたと感じ不快に思うだろう。現代の医原病ともいえる。マルモ(Multi-morbidity)のアプローチ法多疾患併存患者のアプローチ法は、Up to dateやNICE guideline、米国老年学会でそれぞれ紹介されているが、筆者はアリアドネの原則をお勧めする4)(図1)。ギリシア神話の逸話(テセウスを迷宮から脱出させるのにアリアドネが糸で手助けした)より、そのように名付けられた由緒正しい(?)アプローチ法だ。日本ではさしづめ、蜘蛛の糸アプローチもしくは、芥川アプローチとでもいえようか(いや全然違うし、ネーミングに絶望感が漂っている泣)。図1 アリアドネの原則画像を拡大するまず、このアプローチのポイントは、実現可能な治療目標を、患者、医師、多職種間で共有していくことだ。多疾患併存の患者のケアに乗り出すきっかけは、併存する疾患、もしくはそれらの治療薬の相互作用が生じてしまったときだ。実現可能な治療目標を考えるときに、まず患者の心身状態や治療の相互作用を評価するところから始まる。その評価には、性格などの心理的問題、住環境や社会的サポートのレベル、孤独などの社会的環境、患者自身の疾患への理解も影響する。次に、患者の嗜好を考慮に入れたうえで、患者の健康問題への治療介入の優先順位を付ける。多疾患併存の患者では、各科担当医がそれぞれの疾患に対し治療方針を立てるが、それらが競合することはしばしばある。治療の優先順位付けには、患者の予後のみならず、患者の価値観、嗜好も考慮に入れねば、治療目標を患者、医療者の双方が納得して共有することはできない。そして、優先順位を付けた治療介入を患者に最適化したマネジメントまで高める。この段階では介入によって予測される利益が有害事象より勝っているかに注目する。こうして評価、問題の優先順位付け、マネジメントを実行し、必ずフォローアップする。また、新たな状況の変化(たとえば、新たな病気への罹患や周囲の環境の変化)によって、再度評価からアプローチが必要になる。多疾患併存患者へのアプローチは流動的に千変万化するんだ。女心と秋の空、そして多併存疾患患者は状況が変わりやすい。ここまでアプローチの原則について解説してきたが、思い起こせば何十年も前から出来上がった多疾患併存患者の複雑な事例だ。救急外来での一期一会で解決できるようなことはめったにない。しかし、少しでも問題を解きほぐす手助けなら救急外来でもできるはずだ。そのために重要なポイントを学んでおこう。落ちてはいけない・落ちたくないPitfalls「既往症も内服薬もたくさんあったので難治性の便秘かと思って経過観察にしたら、大腸がんでした」多疾患併存患者が救急外来に今までになかった症状で来院すると、併存疾患や内服薬の影響ではないかと思考がとらわれやすい。多疾患併存患者では一般外来において診断エラーが1.83倍起こりやすいとの報告がある5)。とくに、高齢患者には多疾患併存患者の割合が多く、悪性腫瘍の見逃しは避けたいところだ。Point多疾患併存患者は診断エラーが起こりやすい!「多疾患併存患者の状態や治療の評価って、忙しい救急外来で何をしたらよいのでしょう?」多疾患併存患者の状態評価を、多忙な救急外来でどのようにしていけばよいのか? 前述のとおり、多疾患併存患者は高齢者に多いので、高齢者総合評価(comprehensive geriatric assessment:CGA)は全体像の評価に有効だろう。しかし、忙しい救急外来で初診患者にくまなく行うことは難しい。ここではより簡略化したstart up CGAを紹介する(表2)。評価可能なものからやってみて、必要があれば外来主治医や入院担当医に引き継いで評価してもらおう。表2 start up CGA画像を拡大するPoint救急外来では多疾患併存患者の包括的評価はstart up CGAで簡潔に行うべし「多疾患併存患者の評価には心理・社会的問題も大事らしいけど、どのように評価すれば…?」多疾患併存患者の状態には心理・社会的問題も大きな影響を及ぼす。多疾患併存患者に精神疾患を合併すると救急外来への頻回受診が大きく増加すると報告されている6)。また、ホームレスの多疾患併存の患者の割合は一般人口の60代に相当し、救急外来受診率も一般人口と比べて60倍近くあると報告されている7)。救急外来で心理的問題を評価するにはMAPSO問診やPHQ-4が使いやすいだろう。また、社会的問題の把握にはsocial vital signs(HEALTH+P)がもれなく把握できて有用だよ8,9)(表3)。表3 social vital signs(HEALTH+P)(https://drive.google.com/file/d/1MZJRnd8ruUpE4kNjNO6ZmOOQ_50s_Yee/view)より改変画像を拡大するPoint多疾患併存患者の心理・社会的問題の評価にはMAPSO問診、PHQ-4やHEALTH+Pを使うべし多疾患併存患者の治療目標には予後予測が大事って聞くけど、どうすればいい?それぞれの慢性疾患が下降期(たとえば、急性増悪による入退院を繰り返す状態)でなければ、10年間の予測死亡率を算出する有用なツールがある。ePrognosisというサイト内でSuemoto indexが計算できる10)。サイトで患者の診療セッティングと、居住地で米国以外を選択すると入力画面が表示される。それぞれの項目を選択すると算出してくれる。一方、慢性疾患下降期で急性増悪を繰り返す場合、再入院を予測するツールとしてLACE indexがある11)。表4に算出方法を示す。A-scoreの重症か否かの判断は救急外来からの入院かどうかでする。4点以下が低リスク、5〜9点が中等度のリスク、10点以上が高リスクと判断する。表4 LACE index画像を拡大する終末期では予後に最も影響する疾患の予後予測ツールを用いるのがよい。一方で、複数臓器の障害ではPalliative Prognostic Scoreで30日死亡率をある程度予測可能だ12)。いずれの予測ツールも、ある程度イメージをつけるためと割り切って利用する。そこから、主治医や多職種で話し合い、在宅医療へ移行したり、advance care planningにつなげたりすればよいのだ。Point疾患ステージに合う予後予測ツールで状況を把握してよりきめ細やかなケアにつなげよう「前回救急受診した患者がまた来院しました。どうやら受診科、内服薬が多かったため、いくつかを勝手にやめていたようです」多疾患併存患者では治療負担(treatment burden)の増大が、自分の能力(capability)の許容量を越えてしまい病状が悪化することがある。かぜのときに毎食前に漢方薬を飲むだけでも飲み忘れてしまう筆者からすれば、毎食後に10剤近く間違えずに内服できる人はマジリスペクトです。内服薬だけでお腹いっぱいになってご飯が食べられない人、よくみるよねぇ。多疾患併存患者かつ内科病棟入院患者の約4割が薬剤関連の問題が原因で入院し、とくに薬剤の副作用やアドヒアランスの問題がきっかけだった13)。また、救急外来から入院した多疾患併存患者の約半数に治療上の対立を認めた(たとえば抗凝固薬を内服した患者に消化管出血を認めたなど)14)。お薬手帳にところせましと並べられた大量の薬剤名の記載をみると、カルテへの記録も面倒くさくなる。しかし、とくに多疾患併存患者では丁寧にチェックしないと足元をすくわれる。「くすりもリスク」、整理できる薬剤は主治医や処方医に依頼して減らすことで、患者の内服アドヒアランスも向上し有害事象も減って患者も医療者もハッピーになること請け合いだ。また、患者の能力に見合わない過度な生活習慣の指導がなされていることがある。多疾患併存患者にはガイドラインどおりにすべての生活指導を行うと、それがかえって治療負担となり逆にアドヒアランスが悪くなることがある。想像してみても、生活するために毎日朝から晩まで仕事をしながら、毎食後に血糖を測定しながら、毎日8,000歩を歩いて、週3で有酸素運動、食事は塩分制限…となると、患者も医療者もアンハッピーになる。優先順位に従い実現可能な生活習慣から指導するようにしよう。患者の生活を守るために生活指導をするのであって、生活指導して患者の生活が台なしになったのならとても笑えないのだ。Point内服アドヒアランスや薬剤有害事象に目を光らせ、治療対立が起きないように注意しよう「有害事象があったから薬剤中止ね。え? 薬が一包化されてる!?」薬剤有害事象が起きたので、その薬剤中止を患者に説明し主治医にも報告、まではよかったが、詰めが甘〜い! キャラメルマキアートの上の部分くらい甘〜い!! あなたがもし一包化されたものから色と印字を手がかりに目的の薬剤のみ取り出すことができるなら、海賊王にだってなれるはず!? 独居や老老介護で、周囲のサポートが得られない場合には絶望しかない。「〇〇えもん、たすけて〜」、「大丈夫だよ、□□太くん。多職種連携〜」。そう、こんなときのための多職種連携。ケアマネジャーやソーシャルワーカーから薬剤師や看護師、ヘルパーに連絡を取り、これ以上の薬剤有害事象を防ごう。とくに大病院の主治医で、訪問診療をした経験がない場合、どんなに想像力をたくましくしても、自宅で患者がどんな生活して、どんなことで困っているのかは診察室からは計り知れないものだ。実際に、自宅で患者と会っているケアマネジャーやヘルパー、訪問看護師の声に耳を傾けよう。ちなみに、多疾患併存患者に多職種連携とテレメディスンとを組み合わせることで救急外来で一泊入院するのと比較して22%コスト削減できたという15)。安い、早い、うまい! 多職種連携って本当に素晴らしいですね!Point多職種との連携を密にして、重要な指示をチームでもれなく伝えて不要な受診を防ごうワンポイントレッスン患者の対応能力と治療負担のバランス患者の対応能力(capability)と治療負担(treatment burden)のバランスに注目するとアプローチしやすい。どのようなバランスかを図2、表5に示す。図2 患者の対応能力と治療負担のバランス画像を拡大する表5 患者の対応能力と治療負担患者の対応能力を上げて、治療負担を減らす方向に働きかけることで崩れかけたバランスをもち直すことができる。どの要素が負担になっているのか、もしくは対応能力が足りないのかを把握することで、複雑な事例のなかでレバレッジポイントを見出し問題解決の糸口がつかめる。何事もバランスが大事だ。遊びも勉強も大事。お金も大事だが、学際的な仕事をすることも大事。給料が安いなんて文句言わないで、勉強できる環境で仕事ができることをありがたいと思おう、ネ、〇〇センセ!?勉強するための推奨文献 Farmer C, et al. BMJ. 2016;354:i4843. Muth C, et al. BMC Med. 2014;12:223. Muth C, et al. J Intern Med. 2019;285:272-288. Boyd C, et al. J Am Geriatr Soc. 2019;67:665-673. Mercer S, et al., eds. ABC of Multimorbidity. John Wiley& Sons. 2014. 佐藤健太 著. 慢性臓器障害の診かた、考えかた 中外医学社. 2021. 参考 1) NICE guideline 2016 2) Aoki T, et al. Sci Rep. 2018;8:3806. 3) Soley-Bori M, et al. Br J Gen Pract. 2020;71:e39-e46. 4) Muth C, et al. BMC Med. 2014;12:223. 5) Aoki T, Watanuki S. BMJ Open. 2020;10:e039040. 6) Gaulin M, et al. CMAJ. 2019;191:E724-E732. 7) Bowen M, et al. Br J Gen Pract. 2019;69:e515-e525. 8) Mizumoto J, et al. J Gen Fam Med. 2019;20:164-165. 9) Terui T, et al. J Gen Fam Med. 2020;21:92-93. 10) Suemoto CK, et al. J Gerontol A Biol Sci Med Sci. 2017;72:410-416. 11) Wang H, et al. BMC Cardiovasc Disord, 14:97, 2014 12) Maltoni M, et al. J Pain Symptom Manage. 1999;17:240-247. 13) Lea M, et al. PLoS One. 2019;14:e0220071. 14) Markun S, et al. PLoS One. 2014;9:e110309. 15) Pariser P, et al. Ann Fam Med. 2019;17:S57-S62. 執筆

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その痛み、お風呂で温まるとどうなりますか?【漢方カンファレンス2】第1回

その痛み、お風呂で温まるとどうなりますか?以下の症例で考えられる処方をお答えください。(経過の項の「???」にあてはまる漢方薬を考えてみましょう)【今回の症例】80代男性主訴左顔面の痛み既往高血圧、腰部脊柱管狭窄症、79歳:大腸がん手術病歴X年7月、左三叉神経領域の帯状疱疹で2週間の入院加療を行った。退院後、NSAIDs・鎮痛補助薬などを服用したがピリピリとした痛みが持続。9月上旬、胃もたれがひどくなり食事量が減少、また両下肢痛が悪化して歩行困難になったと家族から往診依頼があった。現症身長162cm、体重54kg。体温35.2℃、血圧142/62mmHg、脈拍60回/分整。顔面に皮疹・発赤なし。両下肢浮腫あり・下肢の筋力低下あり。経過初診時「???(1)」エキス3包 分3で治療を開始。(解答は本ページ下部をチェック!)2週後痛みは半分程度まで軽減した。まだ体が冷える。「???(2)」エキス3包 分3を併用開始。(解答は本ページ下部をチェック!)4週後痛みは30%程度で、NSAIDsは中止できた。下肢浮腫が軽減してリハビリもできている。胃の調子がよくなって食欲も出てきた。6週後痛みはほぼなくなった。杖歩行ができるようになった。問診・診察漢方医は以下に示す漢方診療のポイント(漢方カンファレンス第1回参照)に基づいて、今回の症例を以下のように考えます。【漢方診療のポイント】(1)病態は寒が主体(陰証)か、熱が主体(陽証)か?(冷えがあるか、温まると症状は改善するか、倦怠感は強いか、など)(2)虚実はどうか(症状の程度、脈・腹の力)(3)気血水の異常を考える(4)主症状や病名などのキーワードを手掛かりに絞り込む【問診】<陰陽の問診> 寒がりですか? 暑がりですか? 体の冷えを自覚しますか? 体のどの部位が冷えますか? 寒がりです。 手足や腰、下肢が冷えます。 入浴で長くお湯に浸かるのは好きですか? 冷房は苦手ですか? 入浴は長く湯船に浸かります。 冷房は顔が痛くなるので使っていません。 入浴で温まると顔の痛みはどうなりますか? お風呂に入った後は少し楽になります。 飲み物は温かい物と冷たい物のどちらを好みますか? のどは渇きませんか? のどは渇きません。 温かい飲み物をよく飲んでいます。 <飲水・食事> 1日どれくらい飲み物を摂っていますか? 食欲はありますか? 胃腸は弱いですか? だいたい1日1L程度です。 胃もたれがして食欲がありません。 もともと胃は弱いです。 <汗・排尿・排便> 汗はよくかくほうですか? 尿は1日何回出ますか? 夜、布団に入ってからは尿に何回行きますか? 便秘や下痢はありませんか? 汗は少しかきます。 尿は1日7〜8回です。 夜は2〜3回トイレに行きます。 便は毎日出ます。 下痢はありません。 <ほかの随伴症状> よく眠れますか? 昼食後に眠くなりませんか? 足がむくみませんか? 足がつることはありませんか? 皮膚が乾燥してかゆくありませんか? 顔と足の痛みで眠れないことがあります。 昼食後の眠気はありません。 足がむくんで、重だるいです。 足はつりません。 皮膚のかゆみ、乾燥はありません。 ほかに困っている症状はありますか? 訪問リハビリも受けているのですが 足がふらついてなかなか思うように動けずに困っています。 【診察】顔色はやや不良。脈診では沈・弱の脈。また、舌は湿潤した白苔が中等量、舌下静脈の怒張あり、腹診では腹力は軟弱、腹直筋の緊張、小腹不仁(しょうふくふじん)を認めた。下肢には浮腫があり、触診で冷感があった。カンファレンス 漢方診療で最初に考えることは何でしたか? 最初に寒が主体の病態の陰証か? 熱が主体の病態の陽証か? を考えるのでした。「寒がりですか? 暑がりですか?」、「体が冷えますか?」と最初に問診します。 よいね! 漢方診療は「陰陽の判断で始まる」といってよいのだ。とくに陰証である寒(=冷え)を見逃さないように心がけることが大事だよ。実際の臨床では、寒がり、厚着の傾向、温かい湯茶を好む、長湯ができる、冷房が嫌い、症状が温まると改善する・冷えると悪化するなどの問診や、脈診が沈であったなどの診察により総合的に判断するんだ(陰証については本ページ下部の「今回のポイント」の項参照)。 今回の症例は、寒がり、冷えの自覚、入浴時間が長い、冷房は嫌いなど寒(冷え)が主体の陰証を示唆する特徴が揃っていますね。 そうですね。さらに痛みが主訴の症例ではとくに、「痛みは入浴で温まると楽になりますか?」という質問が有用です。今回の症例でも入浴で温まると軽減するということから、冷えの関与を考えます。 逆に冷えると悪化するという情報も問診できるとよいね。具体的には、気温が低い日に増悪するとか、スーパーの冷凍食品売り場に行くと痛みが悪化するとか、具体的な問診ができるといいね。本症例でも冷房で悪化するという発言があるね。 また実際に触診して他覚的な冷感を確認します。本症例でも下肢に冷感があることも陰証と考える所見です。 帯状疱疹では、急性期は局所に熱や水疱があって、慢性化すると局所の反応は乏しくなるけど、痛みが持続するという経過は、熱から寒の病態へ、つまり陽証から陰証への流れがわかりやすい疾患といえるね。 下肢の足首から前脛骨部を触診して、こちらの体温が患者に吸われていくようにひんやりと感じる場合は、熱薬である附子(ぶし)を含む漢方薬の適応です。附子はトリカブトの根を減毒処理したもので、温める作用と鎮痛作用を併せもつので、今回の症例でも大事な生薬です。 それでは漢方診療のポイント(2)の虚実の判断はどうでしょう。虚実は、いわば「闘病反応の程度」でした。 虚実は、脈やお腹の反発力などから判断するのでしたね。脈は弱、腹力も軟弱とあるので闘病反応が弱い虚証です。 そうだね。顔面の患部の局所反応も乏しいね。さらにNSAIDsによる胃腸障害や歩行困難から下肢の筋力低下が疑われ、これらも虚証と考えられる所見だね。 漢方診療のポイント(3)気血水の異常はどうでしょうか? 食欲不振は気虚、下肢浮腫は水毒と考えます。ほかには舌下静脈の怒張は瘀血です。 気血水の異常をよく理解できているね。 夜に尿2〜3回と夜間頻尿があり、下肢の冷えや腹部所見で下腹部の抵抗が減弱した小腹不仁があります。これらは加齢症状と考える腎虚でしたね。今回の症例をまとめましょう。 【漢方診療のポイント】(1)病態は寒が主体(陰証)か、熱が主体(陽証)か?寒がり、手足、腰、下肢が冷える、下肢の冷感→陰証(2)虚実はどうか脈:弱、腹:軟弱→虚証(3)気血水の異常を考える食欲不振→気虚、下肢浮腫→水毒、舌下静脈の怒張→瘀血、夜間頻尿、小腹不仁→腎虚(4)主症状や病名などのキーワードを手掛かりに絞り込む神経痛、胃腸障害解答・解説【解答】本症例は、冷えを伴う体表面の痛みやしびれに用いる桂枝加朮附湯(けいしかじゅつぶとう)で治療をしました。さらに再診で、真武湯(しんぶとう)を併用しました。【解説】桂枝加朮附湯は、冷えを伴う体表面の痛みやしびれ、具体的には関節痛や神経痛、筋肉のこわばりなどに用いられる漢方薬です。桂枝加朮附湯は太陽病・虚証に用いる桂枝湯(けいしとう)に朮(じゅつ)と附子が加わった漢方薬です。附子が含まれることから適応は陰証で、六病位では太陰病〜少陰病に分類されます。朮には利水作用があり、朮と附子の組み合わせで温める作用、利水作用、鎮痛作用があります。慢性化した痛みは、寒い日や雨の日に悪化する、こわばりを伴うなど漢方医学的には冷えと水毒の関与することが多くなり、朮と附子を加えて治療します。桂枝加朮附湯には胃腸に負担がかかる生薬が含まれず、NSAIDsで胃腸障害が出る場合にもよい適応で、鎮痛薬を減量・中止できることもあります。ヘバーデン結節などの手指変形性関節症において桂枝加朮附湯の症例集積研究があり、とくに四肢末梢の冷えが強い冷え症の症例ではすべての症例(11例)で手指足趾の先端が暖まり、疼痛の改善がみられたと報告されています1)。なお、再診時に冷えや痛みが残存していたことから、桂枝加朮附湯の治療効果を高めることを目的として真武湯を併用しています。真武湯にも朮と附子が含まれ、さらに利水作用のある茯苓(ぶくりょう)が含まれています。真武湯を併用すると、この茯苓、朮、附子の組み合わせで温める作用、利水作用、鎮痛作用を高めることができます。桂枝加朮附湯のほかに桂枝湯に茯苓、朮、附子の加わった桂枝加苓朮附湯(けいしかりょうじゅつぶとう)という漢方薬もあります。今回のポイント「陰証」の解説漢方治療は陰陽の判断が出発点です。陰陽は生体に外来因子が加わった際の生体反応の形式で、熱が主体の病態を「陽証」、寒が主体の病態を「陰証」の2型で捉えます。寒≒陰証と考えてよいですが、非活動性、沈降性などの特徴もあります。基本的には多くの病気は陽証で始まり、陰証に向かって進みます。陰証では病因に対して体力が劣り、闘病反応が弱い時期になります。そのため、虚弱者、高齢者、慢性疾患など、長期にわたる疾患では陰証になることが多くなります。実際の臨床では、寒がり、厚着の傾向、温かい湯茶を好む、長湯ができる、冷房が嫌い、症状が温まると改善する・冷えると悪化するなどの問診や、脈診が沈であったなどの診察により総合的に判断します。わずかな冷えを見逃さないように注意深く問診・診察をする必要があります。陽証と陰証はさらに3つずつの病期に分類され、陰証では、太陰病、少陰病、厥陰病に分かれます。さらに一見陽証にみえても、倦怠感が強い、治りが悪いといった場合は陰証が隠れていることもあります。今回の鑑別処方現代医学の臨床推論で鑑別診断を挙げるように、漢方治療でもその鑑別処方を挙げることができるようになると漢方治療が上達します。本連載では症例ごとに鑑別処方の解説をします。葛根加朮附湯は主に上半身の冷えを伴う痛みに用います。桂芍知母湯(けいしゃくちもとう)は冷えと関節の変形が強い場合に用います。附子とともに麻黄が含まれ、実証寄りの漢方薬になります。さらに知母(ちも)には関節のこもった熱を冷ましながら潤すという作用があります。関節リウマチで体全体は冷える傾向にあるものの、関節には局所の熱感がある場合や、関節変形の強い変形性膝関節症やヘバーデン結節などに適応になります。八味地黄丸(はちみじおうがん)は加齢に伴うさまざまな症状を腎虚として、腰以下の冷えと痛み、しびれや夜間頻尿がある場合に用います。本症例も高齢者で下肢の冷えや痛みなどの腎虚の所見があるため鑑別に挙がりますが、胃弱の人には適さないため、胃もたれがある初診時に処方することはないでしょう。大防風湯(だいぼうふうとう)は十全大補湯(じゅうぜんたいほとう)を用いたいような気血両虚があって、さらに多関節痛がある場合に用います。気血両虚に用いる十全大補湯に附子+鎮痛作用のある生薬が加わった処方で、全身倦怠感や皮膚枯燥のある痛みの症例に用います。本症例でさらに痛みが遷延した場合は大防風湯を使用する可能性があるでしょう。参考文献1)大塚稔. 日東医誌. 2021;72:239-243.

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全医師が遭遇しうる薬剤性肺障害、診断・治療の手引き改訂/日本呼吸器学会

 がん薬物療法の領域は、数多くの分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬(ICI)、抗体薬物複合体(ADC)が登場し、目覚ましい進歩を遂げている。しかし、これらのなかには薬剤性肺障害を惹起することが知られる薬剤もあり、薬剤性肺障害が注目を集めている。そのような背景から、2025年4月に『薬剤性肺障害の診断・治療の手引き第3版2025』が発刊された。本手引きは、2018年以来の改訂となる。本手引きの改訂のポイントについて、花岡 正幸氏(信州大学病院長/信州大学学術研究院医学系医学部内科学第一教室 教授)が第65回日本呼吸器学会学術講演会で解説した。いま薬剤性肺障害が注目される理由 花岡氏は、「いまほど薬剤性肺障害が注目を集めているときはない」と述べ、注目される理由として以下の5点を挙げた。(1)症例数の増加ICIなどの新規薬剤の登場に伴って薬剤性肺障害の報告が増加している。(2)人種差国際比較により、日本人で薬剤性肺障害の発症率が高い薬剤が存在する。(3)予後不良な病理組織パターン重症化するびまん性肺胞傷害(DAD)を呈する場合がある。(4)多様な病型非常に多くの臨床病型が存在し、肺胞・間質領域病変だけでなく気道病変、血管病変、胸膜病変も存在する。(5)新たな病態ICIによる免疫関連有害事象(irAE)など、新規薬剤の登場に伴う新たな病態が出現している。改訂のポイント8点 本手引きでは、改訂のポイントとして8点が挙げられている(p.viii)。これらについて、花岡氏が解説した。(1)診断・検査の詳説 今回の改訂において「図II-1 薬剤性肺障害の診断手順」が追加された(p.13)。薬剤性肺障害の疑いがあった場合には、(1)しっかりと問診を行って、原因となる薬剤の使用歴を調査し、(2)諸検査を行って他の原因疾患(呼吸器感染症、心不全、原病の悪化など)を否定し、(3)原因となる薬剤での既報を調べ、(4)原因となる薬剤の中止で改善するかを確認し、(5)再投与試験によって再発するか確認するといった流れで診断を実施することが記載されている。 肺障害の発症予測や重症化予測に応用可能なバイオマーカーの確立は喫緊の課題であり、さまざまな検討が行われている。そのなかから国内で報告されている3つのバイオマーカー候補分子(stratifin、lysophosphatidylcholine[LPC]、HMGB1)について、概説している。(2)最新の画像所見の紹介 薬剤性肺障害の画像所見が「表II-3 薬剤性肺障害の一般的なCT所見」にまとめられた(p.21)。薬剤性肺障害の代表的な画像パターンは、以下の5つに分類される。・DADパターン・OP(器質化肺炎)パターン・HP(過敏性肺炎)パターン・NSIP(非特異性間質性肺炎)パターン・AEP(急性好酸球性肺炎)パターン なお、今回の改訂において、特定の薬剤の肺障害としてALK阻害薬、ADCに関する画像所見が追加された。(3)薬物療法の例の追加 薬物療法のフローについて「図III-2 薬剤性肺障害の薬物療法の例」が追加された(p.50)。重症度別にフローを分けており、すべての症例でまず被疑薬を中止するが、無症状・軽症の場合は中止により改善がみられれば経過観察とする。被疑薬の中止による改善がみられない場合や中等症の場合は、経口プレドニゾロン(0.5~1.0mg/kg/日)を投与する。これで改善がみられる場合はプレドニゾロンを漸減し、2~3ヵ月以内に中止する。経口プレドニゾロンで改善がみられない場合や重症・DADパターンでは、ステロイドパルス療法(メチルプレドニゾロン1,000mg/日×3日)を行い、経口プレドニゾロンに切り替える。改善がみられる場合は漸減し、改善がみられない場合はステロイドパルスを繰り返すか、免疫抑制薬の追加を行う(ただし、免疫抑制薬に薬剤性肺障害に対する保険適用はないことに注意)。(4)予後不良因子の追加 薬剤性肺障害の予後を規定する要因として報告されているものを以下のとおり列挙し、解説している。・背景因子(高齢、喫煙歴、喫煙指数高値、既存の間質性肺炎、喘息の既往[ICIの場合]など)・発症様式(低酸症血症、PS2~4など)・胸部画像所見(DADパターンなど)・血清マーカー(KL-6、SP-D、stratifinなど)・気管支肺胞洗浄液(BALF)所見(剥離性の反応性II型肺上皮細胞)・ICIによる肺障害と抗腫瘍効果 ICIについては、irAEがみられた集団で抗腫瘍効果が高いこと、ニボルマブによる肺障害が生じた症例のうち、腫瘍周囲の浸潤影を呈した症例は抗腫瘍効果が高かったという報告があることなどが記されている。(5)患者指導の項目の追加 薬剤の投与中に新たな症状が出現した場合は速やかに医療機関や主治医に報告するよう指導すること、とくに抗悪性腫瘍薬や関節リウマチ治療薬を使用する場合には、既存の間質性肺疾患の合併の有無を十分に検討することなどが記載された。また、抗悪性腫瘍薬の多くは医薬品副作用被害救済制度の対象外である点も周知すべきことが示された。(6)抗悪性腫瘍薬による肺障害を詳説 とくに薬剤性肺障害の頻度が高いチロシンキナーゼ阻害薬、ICI、抗体製剤(とくにADC)について詳説している。(7)irAEについて解説 ICIによって生じた間質性肺炎では、BALF中のリンパ球の増加や制御性Tリンパ球の減少、抗炎症性単球の減少、炎症性サイトカインを産生するリンパ球・単球の増加など、正常分画とは異なる所見がみられることが報告されている。このようにirAEに特異的な所見がみられる場合もあることから、irAEの発症機序について解説している。(8)医療連携の章の追加 本手引きについて、花岡氏は「非専門の先生や診療所の先生にも使いやすい手引きとなることを目指して作成した」と述べる。そこで今回の改訂で「第VI章 医療連携」を新設し、非呼吸器専門医が薬剤性肺障害を疑った際に実施すべき検査について、「図VI-1 薬剤性肺障害を疑うときの検査」にまとめている(p.123)。また、専門医への紹介タイミングや、かかりつけ医・非呼吸器専門医と呼吸器専門医のそれぞれの役割について「図VI-2 かかりつけ医と専門医の診療連携」で簡潔に示している(p.124)。すべての薬剤が肺障害を引き起こす可能性 花岡氏は、薬剤性肺障害の定義(薬剤を投与中に起きた呼吸器系の障害のなかで、薬剤と関連があるもの)を紹介し、そのなかで「薬剤性肺障害の『薬剤』には、医師が処方したものだけでなく、一般用医薬品、生薬、健康食品、サプリメント、非合法薬などすべてが含まれることが、きわめて重要である」と述べた。それを踏まえて、薬剤性肺障害の診療の要点として「多種多様な薬剤を扱う臨床医にとって、薬剤性肺障害は必ず鑑別しなければならない。すべての薬剤は肺障害を引き起こす可能性があることを念頭において、まず疑うことが重要であると考えている」とまとめた。

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呼吸器病の漢方治療ガイド プライマリ・ケアで役立つ50処方

呼吸器疾患の漢方がわかると診察力が大幅アップ外来医師必携の漢方処方ガイド。総論として、漢方の概念や考え方、診察方法、漢方薬の成り立ちと副作用、西洋薬と漢方薬の違い、呼吸器疾患に頻用する漢方薬の特徴、各論では、かぜ症候群、インフルエンザ、COVID-19などのウイルス感染症の急性期や遷延期治療、喘息、慢性閉塞性肺疾患、副鼻腔気管支症候群、逆流性食道炎、嚥下性肺炎、非定型抗酸菌症、肺癌に関する漢方治療を解説。さらに本書で解説のある50処方の適応イラストを掲載。画像をクリックすると、内容の一部をご覧いただけます。※ご使用のブラウザによりPDFが読み込めない場合がございます。PDFはAdobe Readerでの閲覧をお願いいたします。目次を見るPDFで拡大する目次を見るPDFで拡大する呼吸器病の漢方治療ガイド プライマリ・ケアで役立つ50処方定価3,850円(税込)判型A5判(並製)頁数136頁(写真・図・表:119点)発行2025年4月著者加藤 士郎(筑波大学附属病院臨床教授)ご購入(電子版)はこちらご購入(電子版)はこちら紙の書籍の購入はこちら医書.jpでの電子版の購入方法はこちら紙の書籍の購入はこちら

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最新の鼻アレルギー診療ガイドラインの読むべき点とは

 今春のスギ・ヒノキの花粉総飛散量は、2024年の春より増加した地域が多く、天候の乱高下により、飛散が長期に及んでいる。そのため、外来などで季節性アレルギー性鼻炎(花粉症)を診療する機会も多いと予想される。花粉症診療で指針となる『鼻アレルギー診療ガイドライン-通年性鼻炎と花粉症- 2024年 改訂第10版』(編集:日本耳鼻咽喉科免疫アレルギー感染症学会)が、昨年2024年3月に上梓され、現在診療で広く活用されている。 本稿では、本ガイドラインの作成委員長である大久保 公裕氏(日本医科大学耳鼻咽喉科学 教授)に改訂のポイントや今春の花粉症の終息の見通し、今秋以降の花粉飛散を前にできる対策などを聞いた。医療者は知っておきたいLAR血清IgE陰性アレルギー性鼻炎の概念 今回の改訂では、全体のエビデンスなどの更新とともに、皮膚テストや血清特異的IgE検査に反応しない「LAR(local allergic rhinitis)血清IgE陰性アレルギー性鼻炎」が加わった。また、図示では、アレルギー性鼻炎の発症機序、種々発売されている治療薬について、その作用機序が追加されている。そのほか、「口腔アレルギー症候群」の記載を詳記するなど内容の充実が図られている。それらの中でもとくに医療者に読んでもらいたい箇所として次の2点を大久保氏は挙げた。(1)LAR血清IgE陰性アレルギー性鼻炎の概念の導入: このLAR血清IgE陰性アレルギー性鼻炎は、皮膚反応や血清特異的IgE抗体が陰性であるにもかかわらず、鼻粘膜表層ではアレルギー反応が起こっている疾患であり、従来の検査や所見でみつからなくても、将来的にアレルギー性鼻炎や気管支喘息に進展する可能性が示唆される。患者さんが来院し、花粉症の症状を訴えているにもかかわらず、検査で抗体がなかったとしても、もう少し踏み込んで診療をする必要がある。もし不明な点があれば専門医へ紹介する、問い合わせるなどが必要。(2)治療法の選択の簡便化: さまざまな治療薬が登場しており、処方した治療薬がアレルギー反応のどの部分に作用しているのか、図表で示している。これは治療薬の作用機序の理解に役立つと期待している。また、治療で効果減弱の場合、薬量を追加するのか、薬剤を変更するのか検討する際の参考に読んでもらいたい。 実際、本ガイドラインが発刊され、医療者からは、「診断が簡単に理解でき、診療ができるようになった」「『LAR血清IgE陰性アレルギー性鼻炎』の所見をみたことがあり、今後は自信をもって診療できる」などの声があったという。今春の飛散終息は5月中~下旬頃の見通し 今春の花粉症の特徴と終息の見通しでは、「今年はスギ花粉の飛散が1月から確認され、例年より早かった一方で、寒い日が続いたため、飛散が後ろ倒しになっている。そのために温暖な日が続くとかなりの数の花粉が飛散することが予測され、症状がつらい患者さんも出てくる。また、今月からヒノキの花粉飛散も始まるので、ダブルパンチとなる可能性もある」と特徴を振り返った。そして、終息については、「例年通り、5月連休以降に東北以外のスギ花粉は収まると予測される。また、東北ではヒノキがないので、スギ花粉の飛散動向だけに注意を払ってもらいたい。5月中~下旬に飛散は終わると考えている」と見通しを語った。 今秋・来春(2026年)の花粉症への備えについては、「今後の見通しは夏の気温によって変わってくる。暑ければ、ブタクサなどの花粉は大量飛散する可能性がある。とくに今春の花粉症で治療薬の効果が弱かった人は、スギ花粉の舌下免疫療法を開始する、冬季に鼻の粘膜を痛めないためにも風邪に気を付けることなどが肝要。マスクをせずむやみに人混みに行くことなど避けることが大事」と指摘した。 最後に次回のガイドラインの課題や展望については、「改訂第11版では、方式としてMinds方式のCQを追加する準備を進める。内容については、花粉症があることで食物アレルギー、口腔アレルギー症候群(OAS)、花粉-食物アレルギー症候群(PFAS)など複雑に交錯する疾患があり、これが今問題となっているので医療者は知っておく必要がある。とくに複数のアレルゲンによる感作が進んでいる小児へのアプローチについて、エビデンスは少ないが記載を検討していきたい」と展望を語った。主な改訂点と目次〔改訂第10版の主な改訂点〕【第1章 定義・分類】・鼻炎を「感染性」「アレルギー性」「非アレルギー性」に分類・LAR血清IgE陰性アレルギー性鼻炎を追加【第2章 疫学】・スギ花粉症の有病率は38.8%・マスクが発症予防になる可能性の示唆【第3章 発症のメカニズム】・前段階として感作と鼻粘膜の過敏性亢進が重要・アレルギー鼻炎(AR)はタイプ2炎症【第4章 検査・診断法】・典型的な症状と鼻粘膜所見で臨床的にARと診断し早期治療開始・皮膚テストに際し各種薬剤の中止期間を提示【第5章 治療】・各治療薬の作用機序図、免疫療法の作用機序図、スギ舌下免疫療法(SLIT)の効果を追加〔改訂第10版の目次〕第1章 定義・分類第2章 疫学第3章 発症のメカニズム第4章 検査・診断第5章 治療・Clinical Question & Answer(1)重症季節性アレルギー性鼻炎の症状改善に抗IgE抗体製剤は有効か(2)アレルギー性鼻炎患者に点鼻用血管収縮薬は鼻噴霧用ステロイド薬と併用すると有効か(3)抗ヒスタミン薬はアレルギー性鼻炎のくしゃみ・鼻漏・鼻閉の症状に有効か(4)抗ロイコトリエン薬、抗プロスタグランジンD2(PGD2)・トロンボキサンA2(TXA2薬)はアレルギー性鼻炎の鼻閉に有効か(5)漢方薬はアレルギー性鼻炎に有効か(6)アレルギー性鼻炎に対する複数の治療薬の併用は有効か(7)スギ花粉症に対して花粉飛散前からの治療は有効か(8)アレルギー性鼻炎に対するアレルゲン免疫療法の効果は持続するか(9)小児アレルギー性鼻炎に対するSLITは有効か(10)妊婦におけるアレルゲン免疫療法は安全か(11)職業性アレルギー性鼻炎の診断に血清特異的IgE検査は有用か(12)アレルギー性鼻炎の症状改善にプロバイオティクスは有効か第6章 その他Web版エビデンス集ほかのご紹介

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女性を悩ます第3の狭心症や循環器障害の指標とは/日本循環器協会

 日本循環器協会が主催するGo Red for Women Japan健康セミナー「赤をまとい女性の心臓病を考える2025」が、2月8日に東京大学の安田講堂で開催された。循環器疾患において、症状の違いや診断精度、治療法に対する性差がが明らかになっている昨今、日本国内でもそれらを学ぶための機会として、2024年より本イベントが始まった。本稿では、赤澤 純代氏(金沢医科大学総合内科学 臨床教授/女性総合医療センター センター長)と高橋 佐枝子氏(湘南大磯病院 副院長)の講演内容において、とくに患者に知っておいてほしい内容にフォーカスし、お届けする。循環器障害の指標となるむくみ、意識したい身体部位 まず、赤澤氏が「女性の健康と循環~むくみの鑑別と漢方~」と題し、漢方治療において重要な3本柱である気血水の“気”の生成や働き、その異常(気鬱、気逆、気虚)により生じるむくみについて解説。むくみを患者に意識してもらうことは、女性の各ライフステージの健康を考えていくうえでも重要であり、とくに更年期以降の女性の心疾患の罹患率の上昇にも影響を及ぼすことから、「たかがむくみ、されどむくみ」と強調した。むくみ改善のための血管の透過性を整えるための漢方としては、桂皮、桂枝、人参が重要で、治療薬の例として桃核承気湯の気逆への有効性などを挙げた。また、一言でむくみと言っても、その症状にはさまざまな疾患が隠れていることから、一般参加者に向けて、「スネを10秒押しても皮膚の変化が見られない場合は甲状腺機能低下症を、熱感がある場合は蜂窩織炎を、40秒以内に戻る場合は低アルブミン血症を疑う。そして、40秒以上戻らない場合には心疾患や腎疾患が発症している可能性を考慮し、一度、病院受診してほしい」と呼びかけた。このほか同氏は、舌診によりむくみや血流の悪さがわかるので舌の変化にも意識を向けること、1週間で2~3kgの体重変化がないか、などの注意すべき身体変化について啓発した。女性を悩ます第3の狭心症 続いて、高橋氏が「女性に多い微小血管狭心症」について説明した。胸痛を有する患者のうち心臓CTやカテーテル検査で狭窄や閉塞が目視できない患者が存在し、狭心症としての診断が遅れるケースが散見される。その原因が虚血性非閉塞性冠疾患(INOCA:Ischemic Non-obstructive Coronary Artery disease)の1つの微小血管狭心症である。INOCAは2020年にESCからVijay Kunadian氏ら専門家によるコンセンサスドキュメントの発表1)などをきっかけに診断方法などが提唱され、国内でも2015年に発刊された初版が『2023年JCS/CVIT/JCC ガイドライン フォーカスアップデート版 冠攣縮性狭心症と冠微小循環障害の診断と治療』2)にアップデートされている。胸痛があり冠動脈造影にて狭窄を認めなかったのは、男性が30%だったのに対して女性は60~70%に上り、微小血管狭心症の罹患には性差があると示唆されている。同氏は「微小血管狭心症の主な症状として、典型的な狭心症症状以外にも、発作時間が長い、ニトログリセリンの効果が薄い、症状に強弱があったり倦怠感などの訴えもあり循環器系の疾患ではないと診断されることも多い」とコメント。治療法について、「微小血管の循環障害、微小血管攣縮それぞれの治療法があるが、併存している患者も含まれるため、個々の対応が重要」とも説明した。最後に同氏は「微小血管狭心症は女性に多い疾患で、症状が非典型的であるために診断がつきにくいものの確立してきている。治療に関しては患者さんごとのカスタムメイドが必要」と締めくくった。Go Red for Womenとは Go Red for Womenは、“心臓病が女性の最大の死因であることを多くの人に知ってもらう”ために、米国心臓協会(AHA)が2004年から始めた女性の循環器疾患の予防・啓発のための活動である。「教育」「疾患啓発」の2本柱を中心に、毎年2月第1週金曜日に赤い何かを身に付けるなどして啓発活動を行っている。この活動が今では世界50ヵ国以上に広がっており、国内では日本循環器協会が中心となり2024年よりこの活動がスタートした。今回は上記2名の医師による講演のほか、パネルディスカッションにはタレントの山瀬まみ氏を迎え、一般参加者を盛り上げた。なお、今年は東京会場のほかに大阪・梅田スカイビルでも2月22日に開催が予定されている。

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1月9日 風邪の日【今日は何の日?】

【1月9日 風邪の日】〔由来〕寛政7(1795)年の旧暦の今日、第4代横綱で63連勝の記録を持つ谷風 梶之助が風邪で亡くなったことに由来して制定。インフルエンザや風邪が流行する季節でもあることから、医療機関や教育機関で風邪などへの予防啓発で周知されている。関連コンテンツこじれた風邪には…【漢方カンファレンス】風邪で冷えてきつい…【漢方カンファレンス】風邪の予防・症状改善に亜鉛は有用か?~コクランレビュー“風邪”への抗菌薬処方、医師の年齢で明確な差/東大小児の風邪への食塩水点鼻、有症状期間を2日短縮か/ERS2024

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12月11日 胃腸の日【今日は何の日?】

【12月11日 胃腸の日】〔由来〕「いに(12)いい(11)」(胃にいい)の語呂合わせから日本大衆薬工業協会(現:日本OTC医薬品協会)が2002年に制定。師走に1年間を振り返り、大切な胃腸に負担をかけてきたことを思い、胃腸へのいたわりの気持ちを持ってもらうのが目的。胃腸薬の正しい使い方や、胃腸の健康管理の大切さなどをアピールしている。関連コンテンツ慢性下痢症診療の最新知識【診療よろず相談TV】便通異常症 慢性便秘(1)便秘の定義【一目でわかる診療ビフォーアフター】食欲不振には六君子湯?【漢方カンファレンス】糞便中ヘリコバクター・ピロリ抗原検査、胃がん予防に有効か/JAMAベンラリズマブ、好酸球性食道炎に有効か?/NEJM

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急性期脳出血、中医薬FYTF-919は有効性示せず/Lancet

 FYTF-919は、中国で脳出血の治療に用いられている主に4種の生薬から成る経口薬で、血腫の除去を促進し、死亡率を低下させ、脳出血後の回復を改善する可能性が示唆されているが、エビデンスは十分でないとされる。中国・広州中医薬大学のJianwen Guo氏らCHAIN investigatorsは、「CHAIN試験」において、本薬には中等症から重症の脳出血患者の機能回復、生存、健康関連QOLを改善する効果はないことを示した。研究の詳細は、Lancet誌オンライン版2024年11月12日号に掲載された。中国の無作為化プラセボ対照比較試験 CHAIN試験は、中国の26の病院で実施した実践的な二重盲検無作為化プラセボ対照比較試験であり、2021年11月~2023年12月に参加者の無作為化を行った(Key-Area Research and Development Program of Guangdong Provinceの助成を受けた)。 年齢18歳以上、症状発現(または最終健常確認)から48時間以内の症候性の非外傷性脳出血(脳画像で確認)と診断され、中等度~重度の神経障害(NIHSSスコアが8点以上、またはGCSスコアが7~14点)を有する患者を対象とした。 被験者を、FYTF-919の経口液剤33mL(嚥下障害のある場合は経鼻胃管で25mL)またはプラセボのいずれかを、24時間かけて投与(8時間ごと[経鼻胃管の場合は6時間ごと]に食後30分以上経過してから投与)し、これを28日間継続する群に無作為に割り付けた。 有効性の主要アウトカムは、90日時点での効用加重修正Rankin尺度(mRS)のスコアとした。mRSは7段階の順序尺度で、0~1点は症状の有無を問わず機能障害がなく良好なアウトカムを示し、2~5点は機能障害と他者への依存度が増加し、6点は死亡と定義した。副次アウトカムにも差はない 1,641例を修正ITT解析に含め、FYTF-919群に815例、プラセボ群に826例を割り付けた。全体の平均年齢は67.1(SD 12.0)歳で、34.2%が女性であった。出血部位は1,346例(83.7%)が大脳基底核または視床であり、ベースラインのNIHSSスコア中央値は15点(四分位範囲:10~20)、30.3%が早期減圧術を受け、発症から無作為化までの時間中央値は15.3時間(7.4~25.8)、平均収縮期血圧は172(SD 29)mmHgだった。 1,242例(75.7%)が試験薬の80%以上を服用し、994例(60.6%)が28日までに試験薬をすべて服用した。90日の時点での効用加重mRSスコアの平均値は、FYTF-919群が0.44点、プラセボ群も0.44点であり、両群間に有意な差を認めなかった(群間差:0.01点、95%信頼区間:-0.02~0.04、p=0.63)。調整分析、感度分析、per-protocol解析でも結果は変わらなかった。 副次アウトカム(死亡または機能障害[mRS:4~6]、死亡、機能障害[mRS:4~5]、Barthel指数、EQ-5D-5L効用値、肺炎、28日までの退院など)にも両群間に差はなかった。重篤な有害事象の頻度も同程度 全体として、有害事象(FYTF-919群79.8% vs.プラセボ群80.5%)および重篤な有害事象(41.5% vs.43.3%[90日間の追跡期間中])の頻度に有意差はなかった。とくに注目すべき有害事象(13.6% vs.9.4%、p=0.01)はFYTF-919群で多く、このうち下痢がそれぞれ10.6%および6.5%に発現した。 著者は、「両群間で重篤な有害事象の頻度に有意差がなかったことから、FYTF-919は安全と考えられる」「これらの結果は、FYTF-919に効果がないという決定的なエビデンスを提供するものである」とし、「この研究は、中国ですでに広く使用されている伝統的な中医薬の有用性の評価において、大規模で方法論的に厳格な無作為化比較試験が実行可能であることを示している」と指摘している。

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寄り道編(12)虫を原材料とする漢方薬【臨床力に差がつく 医薬トリビア】第61回

 ※当コーナーは、宮川泰宏先生の著書「臨床力に差がつく 薬学トリビア」の内容を株式会社じほうより許諾をいただき、一部抜粋・改変して掲載しております。今回は、月刊薬事63巻6号「臨床ですぐに使える薬学トリビア」の内容と併せて一部抜粋・改変し、紹介します。寄り道編(12)虫を原材料とする漢方薬Question虫を原材料にした漢方には何がある?

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第234回 医療政策のレベル高し?立憲、公明党、国民民主党、社民党の公約

さて前回に引き続き、衆院選の各党の政策紹介と独断と偏見に基づくその評価の第二段である。ちなみに現在の各種報道を参照すると、与党である自民党・公明党による過半数獲得が微妙とのこと。正直、個人的には予想外である。久々に目が離せない選挙となった。さて今回は前回予告したように、公示前議席数で偶数順位の政党を順に取り上げる。立憲民主党(2位:98議席)もはや説明も要らぬ野党第1党である。以前紹介した代表選の結果、党内でも保守色が強い元首相の野田 佳彦氏が代表に就任。報道各社の情勢分析によると、かなり議席を増やす可能性があるらしい。その意味ではあくまで同党はチャンスであるためか、「7つの約束 政権交代こそ、最大の政治改革。」を掲げる。さて同党の200ページ超の分厚い政策集から主なものを拾ってみた。『デジタル・IT』の項目ではマイナ保険証に関して以下のような記述となっている。医療DXの推進は喫緊の課題であるものの、「不安払拭なくしてデジタル化なし」です。国民の不安を払拭し、国民皆保険の下、誰もが必要なときに、必要な医療が受けられる体制を堅持するために、2024年12月の健康保険証の廃止を延期し、一定の条件が整うまで現在の健康保険証を存続させます。現行法においてマイナンバーカードの取得が申請主義であることを踏まえ、マイナ保険証の利用は、リスクと便益を自分で判断して決めるべきであり、本人の選択制とします。ちなみに『厚生労働』の医療保険制度関連で「レセプト審査の効率化、医療ビッグデータのさらなる活用によって、保険者機能の強化、医療費適正化、健康課題への活用を推進します」とあることも考慮すれば、マイナ保険証にむしろ内心では肯定的な見解もうかがえる。マイナ保険証全否定の日本共産党、れいわ新撰組、社民党と比べれば、かなり穏健かつ現実的な方向性に舵を切っていると言える。この辺からもこれら3党との共闘は、野田氏の代表就任から衆院選まで時間があったとしても難しかっただろうと推察できる。一方で社会保険料負担に関しては「上限額を見直し、富裕層に応分の負担を求めます」とある。これだけでは具体性に欠くのだが、後段では「世代間公平に配慮しつつ、重点化と効率化によって、子どもから高齢者にわたる、持続可能で安心できる社会保障制度を構築します」「被用者保険からの大幅な拠出金が課題となっている高齢者医療制度については、医療保険制度の持続可能性の強化と現役世代のさらなる負担軽減を含めて、抜本的な改革を目指します」などの記述があるため、日本維新の会や後述の国民民主党とかなり似た制度設計が念頭にあるのだろう。また、『経済政策』『厚生労働』では創薬・バイオ、ゲノム医療を成長分野に位置付けており、以下のような関連項目の記述がある。ワクチン開発を支援し、日本企業の国際競争力を高めます。iPS細胞を利用した再生医療研究等の促進、創薬への支援や創薬の環境整備を進め、日本の先進医療、画期的な新薬などの医療技術を海外に輸出するための産業育成、発信力強化を図ります開発途上国が必要とする医薬品の開発を支援し、日本の医薬品が海外で使用される基盤づくりを進めます後発医薬品の質の確保、先発品の特許切れ後の値下げを進めます。漢方薬など伝統的医薬品は、現行の薬価改定方式では薬価が下がり続けるばかりであることから、生産を維持するための歯止めを設けます。医薬品の安定供給、イノベーション創出の基盤を強固にし、国民に品質の高い医薬品を安定して供給できるようにするため、中間年薬価改定を廃止し、2年に1度の改定とします。まあ、この中では漢方薬に言及したのは、各政党の中で唯一なのだが、そもそもこの点については、OTC類似薬の保険給付の是非も含めて議論すべきことかと私見ながら思う。しかし、「ワクチン国産化」「iPS細胞研究の推進」は、率直に言ってやや時代遅れではないだろうか? 創薬の世界的潮流や実態を知らないのだろう。ちなみにワクチンに関連して、「新型コロナウイルス感染症のワクチン対策」と称して、ワクチン接種体制の円滑な確保と同時に▽リスクコミュニケーション強化▽新型コロナワクチンの副反応に特化した検討会議体の設置▽健康被害救済制度の周知▽死亡事例に関する認定審査体制の充実、などを掲げている。これを読むと、「うわっ、反ワクチンか!」と思う人もいるだろうが、こうした副反応対策やリスクコミュニケーション強化は、少なくとも今後のワクチン接種を進めていくためには必須のことと個人的には考えている。現状は少なくともSNSでワクチンに批判的言説が多く出回っている以上、放置するのは最悪である。もっともここまで是々非々で考えられるなら、ワクチンに関する陰謀論をSNSで拡散する同党の一部議員を何とかしてほしいと思うのだが…。公明党(4位:32議席)ご存じ、日蓮正宗系宗教法人・創価学会を支持母体とする政党である。過去からの政策を見ると、とにかく「現物・現金支給」に著しく偏り、自民党よりもバラマキ色が強い政党という印象がある。今回の「2024公明党 衆院選重点政策」は全部で10の大項目を掲げる。まず、『1 物価高克服へ、暮らしを守る!所得向上!』では、「医療・介護等の持続的な賃上げ・処遇改善」で、“医療・介護・障がい福祉・保育など公的に価格が決まる部門で働く方々の賃金については、引き続き、物価上昇を上回る引き上げ分を確保するとともに、さらなる処遇改善に向けて取り組みます“と謳っている。この辺は他党もおおむね同じである。社会保障、医療・介護については「3 健康・命を守る、高齢者支援」の項目で掲げられている中項目を一部抜粋する。健康な暮らしの確保と健康寿命延伸による高齢者のウェルビーイング(満足度)の向上医療提供体制の充実医療DX の推進がんとの共生社会を創るがん医療提供体制の充実メンタルヘルスケアが社会の当たり前に医薬品の安定供給・品質の確保帯状疱疹ワクチンの円滑な接種地域包括ケアシステムの推進難聴に悩む高齢者等に対する支援介護人材の確保各項目とも詳細な説明があるものの、中身は定性的なものがほとんどで、ですます調の官僚文書を読んでいるかのような印象がある。この中で私自身が注目したのは「難聴に悩む高齢者等に対する支援」。これも昨今、盛んに言及されるようになったことだが、認知症のリスクファクターの1つに難聴が指摘され、早期の補聴器使用が軽度認知障害への進行速度を低下させるなどの報告もある。公明党はこの政策の中で、「加齢による聴力低下を早期に発見し、適切な支援につなげるため、身近なところで聴力チェックが受けられる体制」「難聴に悩む高齢者が医師や言語聴覚士などの助言のもとで、自分にあった聴覚補助機器等を使用する体制」の整備と必要な財政的な支援も検討することを掲げた。認知症に関連した難聴対策の必要性は専門医も訴え始めており、日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会は「加齢性難聴・聴こえ8030運動」を展開している。実は同学会には補聴器相談医という制度も設けて啓蒙に努めているが、まだ広がりは見せていない。その意味で公明党のこの政策はかなり着眼点が良いとは言える。しかし、2021年の衆院選の政策比較で掲げた新型コロナウイルス感染症後遺症対策の時も触れたが、現金・現物給付以外は本気度が低いという同党の傾向が玉にきずである。国民民主党(6位:7議席)東京都知事の小池 百合子氏が国政進出を狙って2017年に希望の党を設立した際、旧民主党の後継政党・旧民進党がこれに合流を宣言したことは、まだ記憶にある人は多いだろう。結局、希望の党は国政でまともに議席を確保できず、合流組の一部が後に希望の党から分党して国民党を創設した。これが旧民進党残留組と合併して設立したのが第一次の国民民主党である。ただ、現在の国民民主党は、第一次国民民主党が2020年に立憲民主党との合併を決めた際に、不参加だった者たちで構成される第二次の国民民主党である。公示前議席数では第6位だが、報道に基づく終盤の情勢調査では3倍以上に議席を積み増す可能性が指摘されている。エネルギーや安全保障に関する政策がより保守色、言い換えれば現実路線に近いことが有権者から受けがよい理由なのだろう。さて今回の同党の政策パンフレット2024では『手取りを増やす』と何ともシンプルなメッセージの下に政策柱4つを掲げる。この4つのうち筆頭に来るのが「給与・年金が上がる経済を実現」で、ここでは“社会保険料の軽減”を主張し、負担能力に応じた窓口負担、公費投入増による後期高齢者医療制度に関する現役世代の負担軽減を明示している。前者は現在、財政制度審議会や社会保障制度審議会で議論が続けられている高齢者での負担増、後者は同制度での現役世代が加入する健保組合からの拠出金を指しているのは明らかだ。日本維新の会なども主張しているのと同様の、いわば現役世代向け政策の典型である。もっとも高齢者での負担増と後期高齢者制度への公費投入はおそらく連動しているのだろう。マニフェストの細部では「年齢ではなく能力に応じた負担」として後期高齢者の自己負担を原則2割、現役並みの所得者は3割とし、その際には金融所得・金融資産も反映させるとしている。また、富裕層の保有資産への課税も検討すると記述している。つまり真の公費投入額は、「拠出金―自己負担増分―富裕層資産課税」以内で収まるという制度設計のようだ。失礼ながら、この辺は日本共産党が同制度への1兆円の公費投入を唱えつつ、高齢者負担増阻止も主張する“冷暖房同時稼働”のような経済・財政オンチぶりとは異なる。柱の3番手「人づくりこそ、国づくり」では「ひとり一人に寄り添うダブルケアラー対策、ビジネスケアラー対策」「尊厳死の法制化を含めた終末期医療の見直し」が記述されている。ここで出てくる「ダブルケアラー」とは育児、介護の両方に取り組む人、「ビジネスケアラー」は主に働きながら高齢の親の介護に取り組む人のことである。少子高齢化が進展する社会では、極めて重要な視点で、ほかの政党にはない着眼点である。同党はまずは実態調査、そのうえで「ダブルケアラー支援法」の制定を訴えている。もっとも「尊厳死の法制化」については、わからないわけではないが、極めて多様な死生観なども関わる問題だけにサラッと書いてしまうのはやや軽すぎるとも感じてしまう。そしてより細部の政策では以下のようなものも掲げている。保険給付範囲の見直しヘルスリテラシー教育の推進セルフメディケーションの推進中間年薬価改定の廃止予防医療・リハビリテーションの充実医療提供体制の充実地域医療のあり方の見直し・日本版GP制度の創設地域における患者アクセスの確保と医療経営の安定強化医療DXの推進による保険医療勤務医の働き方改革介護サービス・認知症対策の充実介護研修費用補助介護福祉士国家試験に母国語併記ケアマネジャー更新研修の廃止、負担軽減これらを概観すると、とくに薬剤関係ではかなり玄人はだしである。たとえば、保険給付範囲の見直しやセルフメディケーション推進ではOTC類似薬の保険外し、医療提供体制の充実では日本版CPCF(Community Pharmacy Contractual Framework、薬剤師の権限が大きいイギリスの薬局制度)、地域における患者アクセスでは地域フォーミュラリの導入推進、そして中間年薬価改定の廃止を唱える。また、4大柱の2番目『自分の国は自分で守る』では経済安全保障の観点からジェネリック医薬品安定供給や今春に一部緩和された薬価の再算定時の共連れルール(再算定対象の医薬品の類似薬も同時に薬価を引き下げるルール)の廃止まで言及している。ざっと同党所属国会議員を見回してみても、これらの政策理論を唱えそうな人物は見当たらない。誰がこの政策立案の頭脳を担っているのかは、個人的に興味津々である。さらに日本版GP(General Practitioner)制度の創設では「診療報酬の包括支払制度や人頭払制度等について検討」と、日本医師会が最も毛嫌いしそうな政策まで言及している。社民党(8位:1議席)社民党の源流組織である1945年創設の旧日本社会党は、1947年に衆院の第1党となり政権を奪取するも1年余りで下野したが、1993年の第40回衆院選までは野党第1党であり続けた。しかし、その後継組織である社民党は現有1議席にまで凋落した。個人的には時代はここまで変わったのかと改めて思ってしまう。さて同党のマニフェスト(余談ながらリンク先のページは異常に重い)『日本を立て直す 社民党6つのプラン』というキャッチフレーズを掲げているが、その中の「02 税金はくらしに!軍事費増税NO!」で以下のような記述がある。高齢者が安心して暮らせる年金を受給できるようにしていきます。また、75歳以上の後期高齢者医療費負担を1割に戻し、高齢者の健康を守ります。訪問介護の報酬減額をやめさせます。介護制度の立て直しは急務です。医療・介護・保育などケア労働者を支援します。病床削減、公立・公的病院の統廃合に反対し、地域医療を守ります。マイナ保険証強要に反対し、現行の健康保険証を残します。保険証や運転免許証などとのマイナンバーカード一体化・国による管理強化に反対します。さて、もうこれらについては他党の政策に対する吟味の際に言ってきたことだが、一番目の負担増に関して改めて言及しておく。現在日本での租税負担率と社会保障負担率を合計した国民負担率は2023年度実績値で46.1%。欧米先進国と比べて低いほうなのだが、欧米はおおむね日本よりも所得が高く、結果として日本の世帯当たりの可処分所得は低めである。この状況で増加し続ける高齢者への医療・介護給付を少子化で減る現役世代からの税収で現状通り継続することが“無理ゲー”である。いずれにせよこの先は(1)現役層の負担率引き上げ(2)給付水準の引き下げ(3)現役層以外の負担率引き上げを適度に組み合わせながら行っていくしかない。社民党の今回の主張は後期高齢者医療制度での負担率引き下げを謳っている以上、(3)の選択肢は端からないことは明らかだ。また、後段で訪問介護の基本報酬減額に反対姿勢を示していることやこれまでの同党の主張からは(2)も選択肢にはないだろう。ということは残るは(1)となるが、たぶんこれも彼らの念頭にはない。となると、どこに財源を見いだそうとしているかだが、前述の政策一覧を見ればわかることだが、増加する国防費の削減や年々増加する企業の内部留保への課税を主張しており、社民党はこの辺を財源として考えているのだろう。毎度お馴染みという感じだが、これで中長期的に解決がつくとは到底思えない。公立・公的病院の統廃合とマイナ保険証への反対については、前回、日本共産党、れいわ新撰組の政策で述べたとおりだ。さて長々となってしまったが、週明けにはもしかしたら世の中が一変してしまうのだろうか?

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最近、疲れやすいんです…【漢方カンファレンス】第11回

最近、疲れやすいんです…以下の症例で考えられる処方をお答えください。(経過の項の「???」にあてはまる漢方薬を考えてみましょう)【今回の症例】50代男性主訴易疲労感、腰痛既往気管支喘息病歴1年前から易疲労感を自覚するようになった。仕事はできているが、疲れがなかなか抜けず休日はゴロゴロしている。また腰痛が悪化したこともあり趣味のゴルフがしばらくできていない。これまで健康診断や人間ドックで異常を指摘されたことはない。妻に漢方治療を勧められて受診した。現症身長174cm、体重64kg(BMI 22kg/m2)。体温36.2℃、血圧120/56mmHg、脈拍56回/分 整、呼吸数16回/分。身体所見に特記すべき異常はない。経過初診時「???」3包 分3を処方。(解答は本ページ下部をチェック!)1ヵ月後調子は変わらない。2ヵ月後なんとなく調子がよい。夜間尿の回数が減った。3ヵ月後久しぶりにゴルフができた。6ヵ月後腰痛が軽減している。問診・診察漢方医は以下に示す漢方診療のポイントに基づいて、今回の症例を以下のように考えます。【漢方診療のポイント】(1)病態は寒が主体(陰証)か、熱が主体(陽証)か?(冷えがあるか、温まると症状は改善するか、倦怠感は強いか、など)(2)虚実はどうか(症状の程度、脈・腹の力)(3)気血水の異常を考える(4)主症状や病名などのキーワードを手掛かりに絞り込む【問診】寒がりですか? 暑がりですか?体の冷えを自覚しますか?最近、寒がりになりました。下肢が冷えます。下肢はどこが冷えますか?とくに膝から下が冷えます。入浴では長くお湯に浸かるのが好きですか?冷房は好きですか?入浴時間は長いです。冷房は好きです。飲み物は温かい物と冷たい物のどちらを好みますか?のどは渇きませんか?1日どれくらい飲み物を摂っていますか?よくのどは渇きます。冷たい物をよく飲みます。1日およそ1.0L程度です。<ほかの随伴症状を確認>食欲はありますか?胃は弱くないですか?食欲はあります。胃は丈夫です。倦怠感はありますか?昼食後に眠くなりませんか?横になりたいほどきついですか?朝は調子が悪いですか?疲れやすいですが、いつも横になりたいほどではありません。昼食後に眠くなることはありません。朝は比較的調子がよいです。尿は1日に何回出ますか?夜間尿はありますか?便秘・下痢はありませんか?汗はよくかきますか?尿は1日7~8回で、夜間尿2~3回です。便秘・下痢はありません。汗はよくかきます。よく眠れますか?よく眠れますが、尿のために起きることが最近増えました。腰痛について教えてください。夜間安静時に痛みはありますか?入浴で温まると楽になりますか?動かすとベルトのあたりが痛みます。夜間に痛むことはありません。温まると痛みは軽減します。下肢はむくみますか?靴下の痕はつきませんか?はっきりむくむことはありませんが、夕方には靴下の痕がついています。ほかに気になるところはありませんか?最近、老眼が進んだ気がします。【診察】顔色は普通。脈診ではやや沈、強弱中間脈。また、舌は暗赤色、乾燥した白苔が中等量、舌下静脈の怒張あり、腹診では腹力は中等度、心窩部に抵抗あり。下腹部の腹力の低下あり。四肢末端に明らかな冷えはない。カンファレンス今回は50代前半男性の易疲労感、腰痛が主訴の症例ですね。寒がりになった、下肢、とくに膝下が冷える、入浴時間は長い、などから陰証が示唆されます。しかし触診では冷えを認めない、冷房が好き、横になりたいほどの倦怠感はないということからと強い冷えはないようです。そうだね。少なくとも少陰病でみられるような全身の冷え、倦怠感はないね。ただし、寒がりや下肢の冷えのほか、腰痛が入浴で温まると改善するということは、冷えの関与が考えられるね。入浴で痛みが軽減するかどうかも有用な情報になるのですね。少陰病ほど強い冷えはないとすると太陰病ですね。冷えの程度が軽いことから太陰病が考えやすいですね。虚実はどうでしょう?脈は強弱中間、腹力は中等度であることから虚実間と考えられます。そうですね。では漢方診療のポイント(3)の気血水の異常を考えましょう。疲れやすいというものの、食欲があって、昼食後の眠気はないということで気虚ということではなさそうです。朝調子が悪いという気欝の特徴もありません。血の異常(瘀血)では、舌暗赤色、舌下静脈の怒張でしょうか。倦怠感の漢方医学的鑑別が上手になりましたね。あとは、浮腫はないけれども下肢に靴下の痕がつくということを軽度の水毒(第9回「今回のポイント」の項参照)と考えてもよいでしょう。排尿異常も水毒とみなしますので、夜間頻尿も水毒と考えます。本症例では、易疲労感に加えて、瘀血や水毒の異常があるということですね。そのほかには、夜間頻尿、腰痛、老眼と現代医学的には複数の科に渡る症状が並んでいます。これらはすべて加齢に伴ってよく出現するものだと思うのですが…。漢方では加齢に伴って出現する症状をまとめて、加齢とともに腎の機能が衰えてくる「腎虚」(本ページ下部の「今回のポイント」の項参照)と考えて治療をするよ。そうすると本症例の夜間頻尿、下肢の冷え、腰痛、老眼などが一連の症状として考えることができますね。また、本症例の腹部の診察で、上腹部と比べて、下腹部の抵抗が弱いことを小腹不仁(しょうふくふじん)とよびます(写真)。これは腎虚を示唆する腹部の所見です。それでは本症例をまとめましょう。【漢方診療のポイント】(1)病態は寒が主体(陰証)か、熱が主体(陽証)か?寒がり、下肢(とくに膝下)が冷える、長湯できる、冷房が好き、冷水を好む、横になりたいほどの倦怠感はない脈:やや沈→陰証(太陰病)(2)虚実はどうか脈:強弱中間、腹力:中等度→虚実間(3)気血水の異常を考える疲れやすい→気虚?舌暗赤色、舌下静脈の怒張→瘀血下肢浮腫、夜間頻尿→水毒浮腫、夜間頻尿、腰痛、老眼→腎虚(4)主症状や病名などのキーワードを手掛かりに絞り込む下肢の冷え、小腹不仁解答・解説【解答】以上から本症例は、腎虚に対して用いる八味地黄丸(はちみじおうがん)を用いて治療しました。【解説】腎虚に対する治療薬が八味地黄丸です。もとの古典を参考に八味丸という名前で丸剤として製造するメーカーもあります。主に下半身の症状が多く、冷えはとくに膝下が冷えることが特徴です。腰痛、下肢痛、下肢のしびれなどのほか、排尿異常(とくに夜間頻尿)、下肢浮腫などが代表的な症状で、視力障害、聴力障害、精力減退なども含まれます。もちろん加齢に伴う症状ですから内服によりすべての症状が改善するとはいえませんが、じっくりと内服することで症状が軽減していくことはよく経験します。構成生薬では、地黄(じおう)、山茱萸(さんしゅゆ)、山薬(さんやく)が体を栄養・滋潤する作用があるとされ、そのほか利水作用のある沢瀉(たくしゃ)、茯苓(ぶくりょう)、駆瘀血作用のある牡丹皮(ぼたんぴ)に加え、体を温める附子(ぶし)などが含まれます。八味地黄丸は太陰病の虚証に適応となる漢方薬ですが、虚証の程度は軽く、虚実間からやや実証まで、幅広く適応になります。そのためひどく虚弱で胃が弱い人ではしばしば胃もたれすることがあるので注意が必要です。そのため食前ではなくあえて食後に内服する、あるいは減量して用いる場合もあります。八味地黄丸に牛膝(ごしつ)と車前子(しゃぜんし)が加わったものが牛車腎気丸(ごしゃじんきがん)で浮腫が強い、しびれが強いなどの場合に用います。また、腎虚はあるものの冷えが目立たない症例では桂皮(けいひ)と附子を除いた六味丸(ろくみがん)という漢方薬もあります。八味地黄丸が適応となるのは、高齢者でも倦怠感や腰痛などのひどい症状があって困っている状態や施設で寝たきりの高齢者よりも、元気に外来通院してくる人というイメージです。また、内服して短期間に効果を実感できることは少なく、数ヵ月間じっくりと内服して、少しずつ症状が改善していくことが多いため、注意深く効果判定する必要があります。そのため効果判定として、夜間尿は回数として客観的に評価できるのでお勧めです。今回のポイント「腎虚」の解説生命活動を営む根源的エネルギーである気は「先天の気」と「後天の気」に分けられます。生まれた後は、呼吸や消化によって後天の気を取り入れることができます。一方、先天の気は、生まれながらの生命力というべきもので、「腎は先天の気を主(つかさど)る」といわれ、漢方医学的な腎に宿ります。腎は成長、発育、生殖能などと関連し、腎の働きは年齢とともに弱くなります。腎の機能が衰えてくることを腎虚といい、加齢に伴って出現する排尿異常、下半身の冷えや痛み、聴力障害、視覚障害、精力減退などをまとめて腎虚による症状と考えることができます。

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寄り道編(11)落語に登場する漢方【臨床力に差がつく 医薬トリビア】第60回

 ※当コーナーは、宮川泰宏先生の著書「臨床力に差がつく 薬学トリビア」の内容を株式会社じほうより許諾をいただき、一部抜粋・改変して掲載しております。今回は、月刊薬事63巻1号「臨床ですぐに使える薬学トリビア」の内容と併せて一部抜粋・改変し、紹介します。寄り道編(11)落語に登場する漢方Question漢方が登場する落語の演目は?

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食欲不振には六君子湯?【漢方カンファレンス】第10回

食欲不振には六君子湯?以下の症例で考えられる処方をお答えください。(経過の項の「???」にあてはまる漢方薬を考えてみましょう)【今回の症例】80代男性主訴食欲不振既往慢性腎不全、前立腺肥大症病歴X-1年5月、胃がんで腹腔鏡下幽門側胃切除術を施行した。術後から食欲不振があり体重が減少した。吻合部狭窄などの合併症はない。7月と12月に食欲不振と脱水症で入院加療を行った。X年1月、当科を紹介受診した。現症身長172cm、体重48kg(BMI 16.2kg/m2、術前と比べ-20kg)。体温35.6℃、血圧92/62mmHg、脈拍67回/分 整、呼吸数20回/分。身体所見に特記すべき異常はない。経過初診時「???」3包 分3を処方。(解答は本ページ下部をチェック!)1週間後漢方薬を内服してから、よく眠れるようになった。3週間後「少し元気が出てきた感じ、食べるご飯の量が増えた」2ヵ月後毎日形のある便が出るようになった。体重:50kg(+2kg)。3ヵ月後食事がおいしくなった。5ヵ月後疲れにくくなった。散歩ができるようになった。体重:52kg(+2kg)。問診・診察漢方医は以下に示す漢方診療のポイントに基づいて、今回の症例を以下のように考えます。【漢方診療のポイント】(1)病態は寒が主体(陰証)か、熱が主体(陽証)か?(冷えがあるか、温まると症状は改善するか、倦怠感は強いか、など)(2)虚実はどうか(症状の程度、脈・腹の力)(3)気血水の異常を考える(4)主症状や病名などのキーワードを手掛かりに絞り込む【問診】寒がりですか? 暑がりですか?体の冷えを自覚しますか?寒がりです。お腹と腰周りが冷えます。入浴では長くお湯に浸かるのが好きですか?冷房は好きですか?お風呂は長風呂です。冷房は嫌いです。飲み物は温かい物と冷たい物のどちらを好みますか?のどは渇きませんか?1日どれくらい飲み物を摂っていますか?温かいお茶を好んで飲んでいます。のどは渇かず、1日1.0L程度です。<ほかの随伴症状を確認>疲れやすいですか?横になりたいほどの倦怠感はありますか?すぐに疲れてしまいますが、横になりたいほどではありません。食欲はありますか?胃の調子はどうですか?食事が美味しくなく、無理して少しだけ食べています。胃もたれもします。昼食後に眠くなりませんか?昼ご飯を食べた後は眠くなって昼寝をすることが多いです。尿は1日に何回出ますか? 夜間尿はありますか?便秘・下痢はありませんか? 便の臭いは強いですか?尿は1日6~7回で、夜間尿は2~3回出ます。便は2日に1回で、軟便です。便の臭いは強くありません。唾液が多くありませんか?唾液が口のなかにすぐにたまります。夜も寝ていてよだれが垂れることがあります。【診察】顔色はやや不良。脈診では沈、やや弱であった。また、舌は薄い舌苔が中等量あり、腹診では腹力は軟弱、心窩部に抵抗と冷感を認めた。四肢に冷え、浮腫は認めない。カンファレンス今回は、胃がん術後から続く食欲不振のため漢方治療目的で紹介になった症例ですね。問診では、寒がり、冷えの自覚がある、長風呂で温かい飲み物を好むなどから、冷えがある「陰証」です。さらに脈が沈でやや弱、腹力も軟弱ということから闘病反応が乏しい「虚証」と考えます。ここまでの「陰陽」・「虚実」の判断はよいですね。胃がん術後により「陰証・虚証」になり、冷えや倦怠感が生じたと考えてよさそうですね。では六病位ではどうですか?陰証であることはわかりますが、六病位は判断が難しいですね。陰証はなかなかクリアカットに病位を特定できない場合も多いよ。ここでは陰証で太陰病から少陰病くらいであるとおおまかに考えよう。次の気血水の異常を考えてみると漢方薬の選択のヒントになるよ。本症例では食欲不振や倦怠感などといった自覚症状が問題だね。活気がある、やる気があるという言葉のように、漢方では目に見えない生体エネルギーを「気」とよぶんだ。「気」が量的に不足した病態を「気虚」とよぶよ(本ページ下部の「今回のポイント」の項参照)。本症例は倦怠感や食欲不振に加えて、「昼食後に眠くなって昼寝をする」ことから気虚と考えてよさそうですね。本症例では気虚が目立ちますね。ただし、陰証で冷えがあることも大切なポイントです。食欲不振に対して頻用される六君子湯(りっくんしとう)も気虚に用いる漢方薬ですが、温める作用はありません。「食欲不振や胃腸疾患に六君子湯ばかり用いれば、失敗は少ないが漢方臨床の技量が上達しにくい」と教わりました。六病位に話を戻そう。太陰病は、腹部を中心に冷えがあり消化器症状が目立つこと、少陰病は、全身に冷えがあり、横になりたいほどの倦怠感が特徴だよ。今回の症例では、疲れやすいという訴えはあるものの、横になりたいほどの倦怠感はなく、冷えが腹部に限局していることから、少陰病までは至ってないと推測したよ。ただし、実際の臨床では、陰証では病位の判断が難しいことが多く、冷えや倦怠感の程度で患者の反応をみながら、漢方薬の調整を行うことが多いんだ。冷えの程度に応じた漢方薬のさじ加減も漢方治療の特徴ですね。興味深いです。最後に唾液に関して質問しているのはなぜですか?唾液が多いことは、体の水分バランスの異常である水毒(すいどく、第9回「今回のポイント」の項参照)により生じると考えることができます。また、水毒以外にも内臓の冷えが原因で唾液が増加する場合があります。ここでも冷えが関連するのですね!それでは本症例をまとめます。【漢方診療のポイント】(1)病態は寒が主体(陰証)か、熱が主体(陽証)か?寒がり、冷えの自覚、疲れやすい温かい飲み物を好む脈:沈→陰証(太陰病~少陰病)(2)虚実はどうか脈:やや弱、腹力:軟弱→虚証(3)気血水の異常を考える食欲不振、疲れやすい→気虚軟便、(唾液が多い)→水毒?(4)主症状や病名などのキーワードを手掛かりに絞り込む食欲不振、胃もたれ、心窩部の冷感、唾液が多い解答・解説【解答】以上から本症例は、人参湯(にんじんとう)を用いて治療しました。【解説】人参湯は人参(にんじん)・乾姜(かんきょう)・甘草(かんぞう)・白朮(びゃくじゅつ)で構成される漢方薬です。人参・甘草・白朮に茯苓(ぶくりょう)が加わると気虚の基本である四君子湯(しくんしとう)になります。人参湯は、乾姜(ショウガを蒸して乾燥させたもの)で内臓を中心に温め、気を補う作用をもった漢方薬になります。人参湯は六病位では太陰病、気血水の異常では気虚に対する漢方薬です。人参湯証の特徴的な腹部所見(図)に、心窩部が自覚的につかえた感じがある、あるいは押すと痛みや抵抗を伴う場合があり、これを心下痞鞕(しんかひこう)とよびます。また、腹部の触診で他部位と比べ、心窩部に冷感が伴うこともあります。さらに、人参湯証には、気虚による食欲不振、倦怠感などに加え、内臓の冷えから生じる胸やけ、胃もたれ、下痢などの消化器症状や唾液が多いなどがみられます。人参湯は切れ味が鋭く使用に習熟すべき漢方薬で、気虚に加え、冷えを伴う場合には六君子湯でなく人参湯を用いるべきです。さらに冷えが強い場合には、附子(ぶし)を加えます。人参湯に附子を加えた処方を附子理中湯(ぶしりちゅうとう)とよびます。人参湯は、気虚に対して鑑別すべき漢方薬(表1)です。本症例でも、人参湯を示唆する腹診所見である心下痞鞕と心窩部の冷感を認めています。ほかに陰証で倦怠感がある場合に用いる漢方薬には、真武湯があります(第2回参照)。真武湯は少陰病・水毒に用いる漢方薬です。ほかの鑑別点として、人参湯は尿量が保たれる傾向(尿自利[にょうじり])があり、真武湯では尿量が少ない傾向(尿不利[にょうふり]、第9回参照)があります。どちらも重要な陰証の漢方薬なので、比較しながら覚えておきましょう(表2)。真武湯の倦怠感は気虚でなく少陰病であること、冷えて水が貯留する状態(水毒)によって生じると考えるとよいでしょう。さらに冷えと倦怠感が強い場合には、第7回に登場した茯苓四逆湯(ぶくりょうしぎゃくとう)(エキス剤では人参湯+真武湯で代用)を用います。また、茯苓四逆湯を用いるような非常につらい倦怠感を「煩躁(はんそう)」といいます。今回のポイント「気虚」の解説漢方では、患者の陰陽・虚実を把握するとともに、もう1つのパラメーターである「気・血・水の変調」として病気を捉えます。気・血・水は、生命活動を支えるために必要な生体内を循環する要素です。身体を巡る液体成分は血と水ですが、気は目に見えない、形がない、生命活動を営む根源的なエネルギーです。気の異常のなかでも、気の量的な不足、または作用力の不足を気虚といいます。気虚の主な症状としては、倦怠感、疲れやすい、食欲がない、風邪をひきやすいなどが挙げられます。また、食事により少ないエネルギーが消化管に集中してしまうことで生じる「食後の眠気」は気虚に特徴的な症状です。気虚の治療は、弱った胃腸を丈夫にする作用のある漢方薬を使うことが多く、気虚に対する基本となる漢方薬が四君子湯です。四君子湯は、茯苓、人参、白朮、甘草の4つの生薬で構成されます。気虚に頻用する漢方薬には六君子湯や補中益気湯がありますが、温める作用はなく、気虚と冷えがある場合は人参湯の適応です(表1)。

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雨天で悪化する頭痛には…【漢方カンファレンス】第9回

雨天で悪化する頭痛には…以下の症例で考えられる処方をお答えください。(経過の項の「???」にあてはまる漢方薬を考えてみましょう)【今回の症例】40代女性主訴頭痛、嘔吐既往片頭痛、慢性副鼻腔炎病歴12月の雨の日、締めつけられるような頭痛が出現した。頭痛は、左側頭部に徐々に出現し拍動性で嘔気を伴った。起立時や水を飲むとすぐに嘔吐してしまう。頭痛はもともとある片頭痛と同じ性状。2日後、頭痛と嘔吐がひどくなり動けなくなったため救急外来を受診した。現症身長158cm、体重54kg(BMI 22kg/m2)。体温36.1℃、意識清明、血圧158/77mmHg、脈拍62回/分 整、呼吸数16回/分。髄膜刺激症候はなし。神経学的所見を含めて身体所見に特記すべき異常はない。頭部CTで明らかな異常なし。経過受診時「???」エキス2包 分1を内服。(解答は本ページ下部をチェック!)30分後頭痛と嘔気が少し軽減した。45分後歩行しても嘔気がせずトイレにいけるようになった。1時間後頭痛がほぼ消失して帰宅した。問診・診察漢方医は以下に示す漢方診療のポイントに基づいて、今回の症例を以下のように考えます。【漢方診療のポイント】(1)病態は寒が主体(陰証)か、熱が主体(陽証)か?(冷えがあるか、温まると症状は改善するか、倦怠感は強いか、など)(2)虚実はどうか(症状の程度、脈・腹の力)(3)気血水の異常を考える(4)主症状や病名などのキーワードを手掛かりに絞り込む【問診】寒がりですか? 暑がりですか?体の冷えを自覚しますか?のぼせはありませんか?暑がりです。冷えはありません。少しのぼせます。入浴で長くお湯に浸かるのは好きですか?冷房は好きですか?入浴は短いです。冷房は好きです。飲み物は温かい物と冷たい物のどちらを好みますか?のどは渇きませんか?1日どれくらい飲み物を摂っていますか?最近のどが渇いて、冷たい飲み物をよく飲みます。1日1.5L程度です。<頭痛の誘因を確認>頭痛はどのようなときに起こりやすいですか?雨降りと頭痛は関係がありますか?頭痛と月経周期に関連はありますか?雨降り前に多い気がします。月経とは関係がありません。雨降り前や台風接近時など体調が悪くなりませんか?体が重だるかったり、頭痛がするので雨の日は嫌いです。<ほかの随伴症状を確認>疲れやすいですか?横になりたいほどの倦怠感はありますか?倦怠感はありません。普段は食欲はありますか?食欲はあります。尿は1日に何回でますか?夜間尿はありますか?便秘・下痢はありませんか?最近、尿回数が少なくて1日4~5回でした。夜間尿はありません。便は毎日出ます。下痢もありません。月経は順調ですか?月経痛はひどいですか?月経は定期的で月経痛は軽いです。足はむくみやすいですか?めまいや立ちくらみはありませんか?足が夕方になるとむくみます。めまいはしません。乗り物酔いしやすいですか?水を飲むとお腹でチャプンと音がしませんか?乗り物酔いしやすいです。水を飲むとみぞおちでチャプチャプ音がすることがあります。【診察】顔色はやや紅潮、脈診ではやや浮、強弱中間であった。舌は、暗赤色で腫れぼったく(腫大[しゅだい])、舌辺縁部に歯痕(しこん)を認め、湿潤した白舌苔が付着しており、舌下静脈の怒張を認めた。腹診では腹力は中等度、心窩部をスナップをきかせて指で叩くとチャプチャプとした音(振水音)を認めた。触診では四肢に明らかな冷えはなく、皮膚はしっとりと汗ばんでいた。カンファレンス今回は、救急外来を受診した頭痛の症例ですね。現代医学的には、一次性頭痛を片頭痛、筋緊張性頭痛、群発頭痛と鑑別しますね。漢方医学的にも頭痛の要因はさまざまだよ。風邪のひき始めに相当する太陽病では、悪寒・発熱に加えて、頭痛が特徴だね。そのため葛根湯(かっこんとう)は肩こりを伴う筋緊張性頭痛に用いることもあるよ。今回も、陰陽、六病位から考えて気血水のどのパラメーターに異常があるか考えていこう。問診では、暑がり、入浴は短い、冷たい飲み物を好む、倦怠感はないなどから、「陽証」です。さらに脈がやや浮で強弱中間、腹力も中等度であることから「虚実間」ですね。陽証・虚実間でよさそうですね。六病位ではどうでしょう? 陽証は、太陽病・少陽病・陽明病に分類できました。太陽病の特徴である悪寒や発熱はありません。陽明病の特徴である腹満、便秘もみられないので少陽病(第6回「今回のポイント」の項参照)です。よいですね。それでは気血水の異常はどうでしょう?今回は気血水のうち、「水」の異常ではないですか!? 「水」と関連がありそうな所見として、下肢浮腫があります。また、心窩部がチャポチャポする所見や、問診で頭痛が雨降り前に悪化するというところが気になります。現代医学ではあまり注目しないですが…。本症例では「雨降り前に増悪する傾向のある頭痛」が特徴ですね。頭痛のガイドラインでも、片頭痛の誘因として天候の変化や温度差があげられています1)。漢方では雨や低気圧で悪化する症状は水毒(本ページ下部の「今回のポイント」の項参照)です。頭痛やめまいの患者さんに天気との関係を質問すると雨天と関係があるという人がよくいますよ。いままで天気との関係は気にしていませんでした。漢方では症状出現の誘因や様式を考慮することが大切です。一般的に寒くなると悪化する、気温が低くなる明け方に出現するといえば、寒(冷え)の存在を考えます。また、夜間安静時に決まった場所が痛くなる場合は瘀血と考えられます。気の異常は次回勉強しますが、朝がとくに調子が悪い、発作性に症状が出現するなどの特徴があります。面白いですね。これから注意して問診しようと思います。症例に戻りますが、乗り物酔いしやすいことも水毒ですか?乗り物酔いも水毒です。また、水分を飲むわりに尿量や尿回数が少ないことを尿不利(にょうふり)といいます。本症例でも飲水量はおよそ1.5L/日であるのに、尿回数4~5回/日と少なめです。おおよそ1日の尿回数が4~5回以下であれば尿不利を考えるとよいでしょう。排尿に関して、尿量が減少している場合も、多尿であってもどちらも水毒の所見になります。本症例をまとめましょう。【漢方診療のポイント】(1)病態は寒が主体(陰証)か、熱が主体(陽証)か?暑がり、入浴は短い、倦怠感なし冷たい飲み物を好む脈:やや浮→陽証(少陽病)(2)虚実はどうか脈:強弱中間、腹力:中等度→虚実間(3)気血水の異常を考える舌暗赤色、舌下静脈の怒張→瘀血舌の腫大・歯痕、振水音乗り物酔いしやすい下肢浮腫→水毒(4)主症状や病名などのキーワードを手掛かりに絞り込む雨降り前に悪化する頭痛、口渇、自然発汗の傾向、尿不利解答・解説【解答】以上から本症例は、五苓散(ごれいさん)を用いて治療しました。【解説】水毒に対する治療薬を利水剤(りすいざい)といいます。五苓散は最も代表的な利水剤です。五苓散は、桂皮(けいひ)・茯苓(ぶくりょう)・沢瀉(たくしゃ)・猪苓(ちょれい)・朮(じゅつ)の5つの生薬で構成され、このうち桂皮以外は水分代謝を調整する作用がある生薬です。五苓散の3徴として「口渇・自汗(自然発汗の傾向)・尿不利」が挙げられます。夏の暑い時期に水分はたくさん摂るものの、むくんでばててしまったような状態に用います。最近では五苓散はウイルス性胃腸炎にも頻用されます。その場合も発熱によりしっとり汗をかき、嘔吐・下痢のため脱水傾向で尿量が減少する、五苓散の3徴が揃いやすい病態です。五苓散は六病位・虚実による分類では、少陽病・虚実間になります。また注目すべきことに、漢方薬の利水剤は、体内に水が貯留した溢水時には利尿作用をもつが、脱水時にはむしろ抗利尿作用をもつとされ、現代医学のフロセミドなどの利尿剤とは異なる特徴をもちます。なお、本症例は急性の症状なので五苓散を2包飲ませているのもポイントです。片頭痛の発作や回転性めまいの急性期などは五苓散を2~3包と一度に多めに飲ませることが治療効果を高めるうえでのポイントとなります。二日酔いも頭痛がしてのどが渇き、むくんで尿量が少なくなる傾向があることから五苓散の適応です。飲み会の前に予防的に飲むか、翌日、二日酔いになったときに多めに飲むとよいでしょう。漢方医の飲み会では誰かが五苓散を持参していることが多いです。今回のポイント「水毒」の解説漢方では生体内を循環する液体のうち赤い色を「血」、無色を「水」と分けて考えます。水の異常は水毒または、水滞とよび、水の代謝異常と考えて、主に水の過剰・停滞・異常分泌に分類します。具体的には浮腫、胸水、腹水、水様性鼻汁、下痢などです。また、現代医学的には水とつながりにくい症状ですが、頭痛、めまい、立ちくらみ、耳鳴り、嘔気は水毒と関連することが多いです。さらにそれらの症状が雨天(とくに雨降り前)や低気圧の接近により悪化する場合は、水毒による症状だと考えられます。また水毒を示唆する他覚所見を紹介します。舌を観察すると、舌が大きく腫れぼったくなり、舌の幅が口角内に収まりにくいような状態を腫大といいます。また、舌辺縁部に歯による圧迫痕がある場合を歯痕といいます(写真左)。腹部診察では、心窩部(漢方では心下[しんか]という)をスナップをきかせて叩くと、チャポチャポ音がすることを振水音といいます(写真右)。また診察時に振水音がなくても、「水を飲むとチャポチャポ音がしませんか?」と問診で振水音を確認することもあります。参考文献1)日本神経学会・日本頭痛学会・日本神経治療学会 監修. 頭痛の診療ガイドライン2021. 医学書院. 2021:p.104-106.

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