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雨天で悪化する頭痛には…【漢方カンファレンス】第9回

雨天で悪化する頭痛には…以下の症例で考えられる処方をお答えください。(経過の項の「???」にあてはまる漢方薬を考えてみましょう)【今回の症例】40代女性主訴頭痛、嘔吐既往片頭痛、慢性副鼻腔炎病歴12月の雨の日、締めつけられるような頭痛が出現した。頭痛は、左側頭部に徐々に出現し拍動性で嘔気を伴った。起立時や水を飲むとすぐに嘔吐してしまう。頭痛はもともとある片頭痛と同じ性状。2日後、頭痛と嘔吐がひどくなり動けなくなったため救急外来を受診した。現症身長158cm、体重54kg(BMI 22kg/m2)。体温36.1℃、意識清明、血圧158/77mmHg、脈拍62回/分 整、呼吸数16回/分。髄膜刺激症候はなし。神経学的所見を含めて身体所見に特記すべき異常はない。頭部CTで明らかな異常なし。経過受診時「???」エキス2包 分1を内服。(解答は本ページ下部をチェック!)30分後頭痛と嘔気が少し軽減した。45分後歩行しても嘔気がせずトイレにいけるようになった。1時間後頭痛がほぼ消失して帰宅した。問診・診察漢方医は以下に示す漢方診療のポイントに基づいて、今回の症例を以下のように考えます。【漢方診療のポイント】(1)病態は寒が主体(陰証)か、熱が主体(陽証)か?(冷えがあるか、温まると症状は改善するか、倦怠感は強いか、など)(2)虚実はどうか(症状の程度、脈・腹の力)(3)気血水の異常を考える(4)主症状や病名などのキーワードを手掛かりに絞り込む【問診】寒がりですか? 暑がりですか?体の冷えを自覚しますか?のぼせはありませんか?暑がりです。冷えはありません。少しのぼせます。入浴で長くお湯に浸かるのは好きですか?冷房は好きですか?入浴は短いです。冷房は好きです。飲み物は温かい物と冷たい物のどちらを好みますか?のどは渇きませんか?1日どれくらい飲み物を摂っていますか?最近のどが渇いて、冷たい飲み物をよく飲みます。1日1.5L程度です。<頭痛の誘因を確認>頭痛はどのようなときに起こりやすいですか?雨降りと頭痛は関係がありますか?頭痛と月経周期に関連はありますか?雨降り前に多い気がします。月経とは関係がありません。雨降り前や台風接近時など体調が悪くなりませんか?体が重だるかったり、頭痛がするので雨の日は嫌いです。<ほかの随伴症状を確認>疲れやすいですか?横になりたいほどの倦怠感はありますか?倦怠感はありません。普段は食欲はありますか?食欲はあります。尿は1日に何回でますか?夜間尿はありますか?便秘・下痢はありませんか?最近、尿回数が少なくて1日4~5回でした。夜間尿はありません。便は毎日出ます。下痢もありません。月経は順調ですか?月経痛はひどいですか?月経は定期的で月経痛は軽いです。足はむくみやすいですか?めまいや立ちくらみはありませんか?足が夕方になるとむくみます。めまいはしません。乗り物酔いしやすいですか?水を飲むとお腹でチャプンと音がしませんか?乗り物酔いしやすいです。水を飲むとみぞおちでチャプチャプ音がすることがあります。【診察】顔色はやや紅潮、脈診ではやや浮、強弱中間であった。舌は、暗赤色で腫れぼったく(腫大[しゅだい])、舌辺縁部に歯痕(しこん)を認め、湿潤した白舌苔が付着しており、舌下静脈の怒張を認めた。腹診では腹力は中等度、心窩部をスナップをきかせて指で叩くとチャプチャプとした音(振水音)を認めた。触診では四肢に明らかな冷えはなく、皮膚はしっとりと汗ばんでいた。カンファレンス今回は、救急外来を受診した頭痛の症例ですね。現代医学的には、一次性頭痛を片頭痛、筋緊張性頭痛、群発頭痛と鑑別しますね。漢方医学的にも頭痛の要因はさまざまだよ。風邪のひき始めに相当する太陽病では、悪寒・発熱に加えて、頭痛が特徴だね。そのため葛根湯(かっこんとう)は肩こりを伴う筋緊張性頭痛に用いることもあるよ。今回も、陰陽、六病位から考えて気血水のどのパラメーターに異常があるか考えていこう。問診では、暑がり、入浴は短い、冷たい飲み物を好む、倦怠感はないなどから、「陽証」です。さらに脈がやや浮で強弱中間、腹力も中等度であることから「虚実間」ですね。陽証・虚実間でよさそうですね。六病位ではどうでしょう? 陽証は、太陽病・少陽病・陽明病に分類できました。太陽病の特徴である悪寒や発熱はありません。陽明病の特徴である腹満、便秘もみられないので少陽病(第6回「今回のポイント」の項参照)です。よいですね。それでは気血水の異常はどうでしょう?今回は気血水のうち、「水」の異常ではないですか!? 「水」と関連がありそうな所見として、下肢浮腫があります。また、心窩部がチャポチャポする所見や、問診で頭痛が雨降り前に悪化するというところが気になります。現代医学ではあまり注目しないですが…。本症例では「雨降り前に増悪する傾向のある頭痛」が特徴ですね。頭痛のガイドラインでも、片頭痛の誘因として天候の変化や温度差があげられています1)。漢方では雨や低気圧で悪化する症状は水毒(本ページ下部の「今回のポイント」の項参照)です。頭痛やめまいの患者さんに天気との関係を質問すると雨天と関係があるという人がよくいますよ。いままで天気との関係は気にしていませんでした。漢方では症状出現の誘因や様式を考慮することが大切です。一般的に寒くなると悪化する、気温が低くなる明け方に出現するといえば、寒(冷え)の存在を考えます。また、夜間安静時に決まった場所が痛くなる場合は瘀血と考えられます。気の異常は次回勉強しますが、朝がとくに調子が悪い、発作性に症状が出現するなどの特徴があります。面白いですね。これから注意して問診しようと思います。症例に戻りますが、乗り物酔いしやすいことも水毒ですか?乗り物酔いも水毒です。また、水分を飲むわりに尿量や尿回数が少ないことを尿不利(にょうふり)といいます。本症例でも飲水量はおよそ1.5L/日であるのに、尿回数4~5回/日と少なめです。おおよそ1日の尿回数が4~5回以下であれば尿不利を考えるとよいでしょう。排尿に関して、尿量が減少している場合も、多尿であってもどちらも水毒の所見になります。本症例をまとめましょう。【漢方診療のポイント】(1)病態は寒が主体(陰証)か、熱が主体(陽証)か?暑がり、入浴は短い、倦怠感なし冷たい飲み物を好む脈:やや浮→陽証(少陽病)(2)虚実はどうか脈:強弱中間、腹力:中等度→虚実間(3)気血水の異常を考える舌暗赤色、舌下静脈の怒張→瘀血舌の腫大・歯痕、振水音乗り物酔いしやすい下肢浮腫→水毒(4)主症状や病名などのキーワードを手掛かりに絞り込む雨降り前に悪化する頭痛、口渇、自然発汗の傾向、尿不利解答・解説【解答】以上から本症例は、五苓散(ごれいさん)を用いて治療しました。【解説】水毒に対する治療薬を利水剤(りすいざい)といいます。五苓散は最も代表的な利水剤です。五苓散は、桂皮(けいひ)・茯苓(ぶくりょう)・沢瀉(たくしゃ)・猪苓(ちょれい)・朮(じゅつ)の5つの生薬で構成され、このうち桂皮以外は水分代謝を調整する作用がある生薬です。五苓散の3徴として「口渇・自汗(自然発汗の傾向)・尿不利」が挙げられます。夏の暑い時期に水分はたくさん摂るものの、むくんでばててしまったような状態に用います。最近では五苓散はウイルス性胃腸炎にも頻用されます。その場合も発熱によりしっとり汗をかき、嘔吐・下痢のため脱水傾向で尿量が減少する、五苓散の3徴が揃いやすい病態です。五苓散は六病位・虚実による分類では、少陽病・虚実間になります。また注目すべきことに、漢方薬の利水剤は、体内に水が貯留した溢水時には利尿作用をもつが、脱水時にはむしろ抗利尿作用をもつとされ、現代医学のフロセミドなどの利尿剤とは異なる特徴をもちます。なお、本症例は急性の症状なので五苓散を2包飲ませているのもポイントです。片頭痛の発作や回転性めまいの急性期などは五苓散を2~3包と一度に多めに飲ませることが治療効果を高めるうえでのポイントとなります。二日酔いも頭痛がしてのどが渇き、むくんで尿量が少なくなる傾向があることから五苓散の適応です。飲み会の前に予防的に飲むか、翌日、二日酔いになったときに多めに飲むとよいでしょう。漢方医の飲み会では誰かが五苓散を持参していることが多いです。今回のポイント「水毒」の解説漢方では生体内を循環する液体のうち赤い色を「血」、無色を「水」と分けて考えます。水の異常は水毒または、水滞とよび、水の代謝異常と考えて、主に水の過剰・停滞・異常分泌に分類します。具体的には浮腫、胸水、腹水、水様性鼻汁、下痢などです。また、現代医学的には水とつながりにくい症状ですが、頭痛、めまい、立ちくらみ、耳鳴り、嘔気は水毒と関連することが多いです。さらにそれらの症状が雨天(とくに雨降り前)や低気圧の接近により悪化する場合は、水毒による症状だと考えられます。また水毒を示唆する他覚所見を紹介します。舌を観察すると、舌が大きく腫れぼったくなり、舌の幅が口角内に収まりにくいような状態を腫大といいます。また、舌辺縁部に歯による圧迫痕がある場合を歯痕といいます(写真左)。腹部診察では、心窩部(漢方では心下[しんか]という)をスナップをきかせて叩くと、チャポチャポ音がすることを振水音といいます(写真右)。また診察時に振水音がなくても、「水を飲むとチャポチャポ音がしませんか?」と問診で振水音を確認することもあります。参考文献1)日本神経学会・日本頭痛学会・日本神経治療学会 監修. 頭痛の診療ガイドライン2021. 医学書院. 2021:p.104-106.

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芍薬甘草湯が効かないこむら返り【漢方カンファレンス】第8回

芍薬甘草湯が効かないこむら返り以下の症例で考えられる処方をお答えください。(経過の項の「???」にあてはまる漢方薬を考えてみましょう)【今回の症例】70代男性主訴こむら返り、大腿の筋肉痛既往高血圧、糖尿病で内服治療生活歴喫煙(-)、飲酒(+)、散歩と体操を毎日行っている。病歴数年前から夜間を中心にこむら返りがある。ほぼ毎晩、寝返りを契機に両下腿に起こる。前医で芍薬甘草湯(しゃくやくかんぞうとう)の処方を受けたが無効。普段から腰痛や大腿の筋肉痛がある。X年6月に受診した。現症身長159cm、体重61kg(BMI 24kg/m2)。体温36.2℃、血圧142/96mmHg、脈拍70回/分 整、呼吸数20回/分。身体所見では大腿神経進展テストで両側大腿四頭筋の短縮を認めた。経過初診時「???」3包 分3を処方。(解答は本ページ下部をチェック!)2週間後こむら返りの回数が減った。1ヵ月後こむら返りがなくなった。4ヵ月後大腿の筋肉痛が軽減して、以前よりよく歩けるようになった。問診・診察漢方医は以下に示す漢方診療のポイントに基づいて、今回の症例を以下のように考えます。【漢方診療のポイント】(1)病態は寒が主体(陰証)か、熱が主体(陽証)か?(冷えがあるか、温まると症状は改善するか、倦怠感は強いか、など)(2)虚実はどうか(症状の程度、脈・腹の力)(3)気血水の異常を考える(4)主症状や病名などのキーワードを手掛かりに絞り込む【問診】寒がりですか? 暑がりですか?体の冷えを自覚しますか?のぼせはありませんか?暑がりで冷えはありません。のぼせることはありませんが、赤ら顔だとよくいわれます。こむら返りはいつ起こりやすいですか?夜間や明け方に多いです。どんな日に多いですか?寒い日や雨天に多くないですか?天候は関係ありません。よく運動した日に多いです。入浴では長くお湯に浸かるのが好きですか?冷房は好きですか?入浴は短いほうです。冷房は好きです。飲み物は温かい物と冷たい物のどちらを好みますか?のどは渇きませんか?1日どれくらい飲み物を摂っていますか?温かい物、冷たい物どちらも飲みます。のどは渇きません。飲水は1日1.0L程度です。<ほかの随伴症状を確認>疲れやすいですか?横になりたいほどの倦怠感はありますか?倦怠感はなく、毎日散歩をしています。食欲はありますか?食欲はあります。尿は1日に何回出ますか?夜間尿はありますか?便秘・下痢はありませんか?尿は6~7回で、夜間尿は1回くらいです。便はほぼ毎日出ます。抜け毛が多くないですか?皮膚が乾燥しやすいですか?目が疲れやすくないですか?足はむくみやすいですか?抜け毛は多くありません。乾燥肌です。目はすぐに疲れます。足のむくみはありません。ほかに困っている症状はありますか?足の筋肉、とくに太ももがいつもこわばっているような感じで痛みがあります。また、腰痛があります。【診察】顔色はやや赤ら顔。脈診では浮沈間、強弱中間であった。また、舌は暗赤色、舌下静脈の怒張があり、乾燥した白色の舌苔が、軽度付着していた。腹診では腹力は中等度、腹直筋の緊張を認めた。触診では四肢に明らかな冷えはなく、皮膚は乾燥傾向であった。カンファレンスこむら返りには芍薬甘草湯が有名ですね。しかし今回の症例では芍薬甘草湯が無効です…。そういう場面でこそ漢方医の腕の見せどころだね!芍薬甘草湯の服用方法が気になります。まれに芍薬甘草湯が3包 分3で処方されていることをみかけます。芍薬甘草湯は甘草(かんぞう)が多く含まれる(3包中6.0g)ことから、偽アルドステロン症のリスクが高いですね。副作用の恐れから芍薬甘草湯の使用は1包 分1で頓服にとどめておくのが無難です。たしかに自分の診療でも「よく効いたので芍薬甘草湯が欲しい」と希望されることが多いのですが、偽アルドステロン症のリスクが気になってしまいます。そのようなケースではほかの漢方薬を予防薬として用いて芍薬甘草湯の使用量が減らせるとよいね。こむら返りは現代医学的には有痛性の筋けいれんですが、漢方ではどのように考えたらよいか、漢方診療のポイントの順にみていきましょう。問診では、暑がり、長風呂はしない、冷たい飲み物を好む、強い倦怠感はないなどから、「陽証」です。陰証を示唆する所見は乏しいため、陽証でよいですね。六病位ではどうでしょう?太陽病(悪寒・発熱など。第4回「今回のポイント」の項参照)や陽明病(腹満・便秘など)を示唆する所見はないので少陽病(第6回「今回のポイント」の項参照)です。いいですね!慢性疾患で明らかな冷えがなければ少陽病といわれます。では虚実はどうですか?脈の反発力は中等度、腹力も中等度であることから「虚実間」です。気血水の異常はどうでしょう?浮腫はなくて、雨天で悪化することもないので、水毒は目立ちません。血に関しては、男性なので月経は関係ないし…。本症例からは元気な高齢者のイメージが浮かびますね。先生の言うように水毒はなさそうです。瘀血に関しては、男性の場合、舌下静脈の怒張、歯肉の暗赤、臍周囲の圧痛などで判断します。また、痔の既往をたずねることも有用です。本症例では舌色が暗赤色で舌下静脈の怒張もあるので、瘀血はあると考えてよいでしょう。漢方ではこむら返りを、筋の働きが弱くなって起こると考えて、生体内の赤い液体「血」が量的に不足した病態(血虚)で起こるとまず考えるよ(血虚については本ページ下部の「今回のポイント」の項参照)。芍薬甘草湯も血虚を改善する漢方薬に分類されることもあるんだ。ほかの血虚の症状をたずねるために皮膚の乾燥、脱毛、目の疲れを問診で確認しているのですね! 本症例では、こむら返り以外にも皮膚の乾燥や目が疲れやすいといった症状があります。そうですね。本症例では陰陽は陽証、気血水では血虚や瘀血が主体の病態といえますね。本症例をまとめましょう。【漢方診療のポイント】(1)病態は寒が主体(陰証)か、熱が主体(陽証)か?暑がり、長風呂できない、倦怠感なし、冷房、冷たい飲み物を好む脈:浮沈間→少陽病(2)虚実はどうか脈:強弱中間、腹力:中等度→虚実間(3)気血水の異常を考える舌の暗赤色、舌下静脈の怒張→瘀血こむら返り、皮膚が乾燥、目が疲れる→血虚(4)主症状や病名などのキーワードを手掛かりに絞り込む大腿のこわばりと筋肉痛、腰痛解答・解説【解答】本症例は、血虚で痛みを伴う場合に用いる疎経活血湯(そけいかっけつとう)で治療しました。【解説】血虚に対する基本処方は四物湯(しもつとう)です。四物湯は、当帰(とうき)、川芎(せんきゅう)、芍薬(しゃくやく)、地黄(じおう)で構成されます。こむら返りを含む血虚の症状に対して、四物湯そのもので治療することもありますが、四物湯を含む漢方薬をその他の症状、徴候に応じて使い分けます。疎経活血湯は四物湯の4つの生薬に加えて駆瘀血作用、利水作用、鎮痛作用のある生薬が加わった構成です。疎経活血湯は、足腰が痛いとか筋肉痛があるときに用います。痛みは左優位であることが多く、疎経活血湯の典型例では、診察時に左右の肋骨や大腿を押すと、左側の方が痛いといいます。また、痩せ気味、赤ら顔といった特徴があるとされます。腰痛、坐骨神経痛、変形性膝関節症などの慢性の痛みを生じる疾患に対して用いる漢方薬です。さらに、当科では芍薬甘草湯が無効のこむら返りに対する疎経活血湯の有用性を報告1,2)しており、こむら返りの予防薬として用いることもあります。登山で考えると、芍薬甘草湯は即効性があるため、山登り中にこむら返りが起こったら芍薬甘草湯、山登り前の予防薬として疎経活血湯といった感じで活用するとよいですね。今回のポイント「血虚」の解説漢方では生体内を循環する赤い液体を「血」といい、血液およびその働きを含めた概念と考えます。血は生体の物質的側面を支えるとされています。血が量的に不足した病態が「血虚」です。血虚では、こむら返りのほか、皮膚の乾燥、赤ぎれ、眼精疲労、集中力の低下、脱毛が多い、爪が割れやすい、過少月経などの症状が出現します。また血虚の原因として、成長に見合った血の生成ができない、消耗性疾患や出血で血の消費が増大する、薬剤、放射線などにより血の生成が障害されるなどがあげられます。よい例として、悪性腫瘍における化学・放射線治療中の状態があがります。脱毛、皮膚の枯燥、爪が割れる、しびれ感などが出現することが多く、腫瘍自体とその治療により消耗して血虚に陥りやすいと考えることができます。また血虚は、血の流通障害である瘀血と合併することも多く、瘀血と血虚の治療が同時に必要な場合もあります。参考文献1)田原英一ほか. 日東医誌. 2011;62:660-663.2)土倉潤一郎ほか. 日東医誌. 2017;68:40-46.

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非常につらい倦怠感【漢方カンファレンス】第7回

非常につらい倦怠感以下の症例で考えられる処方をお答えください。(経過の項の「???」にあてはまる漢方薬を考えてみましょう)【今回の症例】70代男性主訴食欲不振既往51歳:胆嚢摘出、70歳:大腸がん手術病歴X年6月、転落による頭部外傷、四肢骨折などの多発外傷で入院加療中で。入院1ヵ月後、腹痛が出現し癒着性腸閉塞と診断された。保存的加療(イレウス管挿入・大建中湯[だいけんちゅうとう]エキスなど)を行ったが再発を繰り返した。入院2ヵ月後に癒着剥離術を施行。術後経過は良好であったが、食欲不振が続き、長期入院のためADLが低下した。入院2ヵ月半後、漢方治療目的に当科に紹介となった。現症身長160cm、体重37.8kg(BMI 14.8kg/m2、入院時と比べて-6kg)。体温35.4℃、血圧105/82mmHg、脈拍66回/分 整、呼吸数16回/分。身体所見では、下肢浮腫が軽度ある以外に特記すべき異常はないが、診察時は車椅子でぐったりした様子でベッドへ移動ができなかった。経過初診時「???」湯(煎じ薬)毎食間を処方。(解答は本ページ下部をチェック!)3日後きつさは軽くなり、ご飯が食べられるようになった。7日後食事は摂れている。活気が出て、よく話すようになった。2週間後リハビリが進みADLが拡大傾向である。漢方治療を終了した。問診・診察漢方医は以下に示す漢方診療のポイントに基づいて、今回の症例を以下のように考えます。【漢方診療のポイント】(1)病態は寒が主体(陰証)か、熱が主体(陽証)か?(冷えがあるか、温まると症状は改善するか、倦怠感は強いか、など)(2)虚実はどうか(症状の程度、脈・腹の力)(3)気血水の異常を考える(4)主症状や病名などのキーワードを手掛かりに絞り込む【問診】<冷えの確認>寒がりですか? 暑がりですか?体の冷えを自覚しますか?寒がりです。体全体が冷えます。<温冷刺激に対する反応を確認>入浴では長くお湯に浸かるのが好きですか?冷房は好きですか?お風呂は熱いのが好きで長風呂です。冷房は嫌いです。飲み物は温かい飲み物と冷たい飲み物のどちらを好みますか?のどは渇きませんか?1日どれくらい飲み物を摂っていますか?温かい湯茶を飲んでいます。のどはそんなに渇かず、1日1L未満です。<ほかの随伴症状を確認>倦怠感はありますか?体全体がだるい感じです。すぐに疲れてしまい、今でも横になりたいです。食べたいという気持ちもリハビリする気力もありません。他に困っている症状はありますか?胸やけ、胃もたれがあります。尿は1日に何回でますか?便秘・下痢はありませんか?便の臭いは強いですか?尿は5~6回くらいです。便は3日に1回で、下痢をします。便の臭いは強くありません。【診察】問診をしても返答が乏しく反応も鈍かった。車椅子で坐位を保つこともつらそうな様子。顔色はやや紅潮。四肢を触診すると冷感が強く、脈診では沈で反発力が非常に弱い脈(脈:沈、極めて弱)であった。また、舌は乾燥した舌苔がわずかで、腹診では腹力は軟弱であった。カンファレンス問診では、寒がり、冷えの自覚がある、温かい飲み物を好む、倦怠感があります。触診でも四肢に強い冷えがあり、「寒」が目立つことから明らかに「陰証」です。さらに脈が沈んで弱く、腹力も軟弱なので、闘病反応が乏しい「虚証」と考えます。今回はあまり「陰陽」・「虚実」の判断は迷わなさそうだね。長期の入院で、体力低下により冷えが生じて、闘病反応が乏しい感じだね。「陰証・虚証」と考えてよさそうだ。少陰病は、冷えが全身に及び、体力が衰えて元気がないのが特徴ですね(第2回参照)。今回の症例は少陰病でしょうか。少陰病は体力が枯渇してきて負け戦の様相を呈する病態だね。少陰病からさらに進行して、極端に体力量が少なくなった状態を「厥陰病(本ページ下部の「今回のポイント」の項参照)」というよ。今回の症例では、車椅子に座っているのもつらい様子、さらに四肢に強い冷えがあり、脈が沈で非常に弱かったことから厥陰病と診断しました。今回の症例は、車椅子に座っているのもきついような、非常につらい倦怠感が特徴だけど、漢方で非常につらがっている症状を何とよぶか覚えているかい?うーん…。ここは重要なポイントですよ! 漢方ではひどくつらがる状態を「煩躁(はんそう)」とよびました。インフルエンザの症例で、強い悪寒があって汗がなく、関節痛がある麻黄湯(まおうとう)を用いるような場合でも、身の置き場もないほどつらがる「煩躁」があれば、大青竜湯(だいせいりゅうとう)(エキス剤では麻黄湯+越婢加朮湯[えっぴかじゅつとう]で代用)が適応になるのでした(第4回参照)。すっかり忘れていました。冬の季節はインフルエンザを診る機会が増えてくるので必ず復習しておきます。太陽病で煩躁があるときは大青竜湯が適応だったね。今回は陰証で煩躁を呈する場合に用いる漢方薬が適応になるよ。慢性疾患で煩躁している場合は、強い冷えを伴うことが多いんだ。それじゃあ本症例をまとめよう。【漢方診療のポイント】(1)病態は寒が主体(陰証)か、熱が主体(陽証)か?寒がり、四肢の冷え、非常につらい倦怠感、下痢の性状(便臭が軽度)、温かい飲み物を好む、脈:沈→陰証(2)虚実はどうか脈:極めて弱、腹力:やや軟弱→虚証(3)気血水の異常を考える倦怠感→気虚下痢→水毒(4)主症状や病名などのキーワードを手掛かりに絞り込む強い冷え、非常につらい倦怠感(煩躁)、脈が沈弱解答・解説【解答】本症例は、厥陰病で煩躁している場合に用いる茯苓四逆湯(ぶくりょうしぎゃくとう)(エキス剤では真武湯[しんぶとう]+人参湯[にんじんとう]で代用)を用いて治療しました。【解説】茯苓四逆湯は附子(ぶし)・乾姜(かんきょう)・甘草(かんぞう)で構成される四逆湯に茯苓(ぶくりょう)と人参(にんじん)が入ったものです。茯苓・人参・甘草に白朮(びゃくじゅつ)が加わると四君子湯(しくんしとう)になり、生体の根元的エネルギーである気を補う基本の漢方薬です。よって茯苓四逆湯は、四逆湯の体を温めて回復させる作用に加えて、弱った元気を補う作用をもった漢方薬になります。茯苓四逆湯は、陰証で煩躁を認める場合に用いる漢方薬です。エキス製剤では真武湯と人参湯を併用して代用することができます。気を補う作用のある漢方薬を補気剤とよびます。全身倦怠感や食欲不振に対する漢方薬と言えば、六君子湯や補中益気湯がよく知られており、補気剤の仲間です。ただし、六君子湯や補中益気湯の適応は冷えは目立ちません。気虚に冷えを伴う場合は陰証の漢方薬が適応になります。食欲不振があって心窩部に冷感を認める場合には人参湯が適応になります。冷えの程度が強く、非常につらい倦怠感がある場合は茯苓四逆湯を用います。冷えの有無や程度に応じて上手く使い分けができるようになるとよいですね(表)。今回のポイント「厥陰病」の解説厥陰病は寒が主体の病態である陰証の最後のステージです。強い冷えがあり、体力が極端に少なくなり強い脱力感、倦怠感を伴います。そのため「極度の虚寒」ともいわれます。胃腸(裏)の働きも低下していて、食欲不振があります。また下痢がみられる場合は、水様性で、臭いがなく、食べ物が消化されずに形が残ったまま出てくることもあります(完穀下痢[かんこくげり]とよぶ)。生体も土壇場なので、最後のひと踏ん張りということで、強い冷えがあるにもかかわらず、逆に熱っぽかったり、顔が赤かったりすることがあります。ロウソクが消える間際にパッと輝く「灯滅せんとして光を増す」ようなイメージです。これを漢方では「陰極まって陽」、つまり、寒が非常に強くなって、逆に熱症状を呈している状態と考えます。脈は沈んで、反発力が非常に弱い軟弱無力な脈が特徴で、「しまりがなく、細い茹でうどんが水にふやけたような緊張感のない脈」といわれます。厥陰病は急性感染症の場合、ショック状態に陥るような危篤状態です。慢性疾患では、冷えと倦怠感がどちらも強度で極度に疲弊した状態を厥陰病と考えます。厥陰病の治療は、体力を補いながら強力に温める治療を行います。代表的な温める生薬である附子(トリカブトの根を加熱処理して弱毒化したもの)と乾姜(しょうがを蒸して乾燥させたもの)、さらに甘草の3つの生薬から構成される四逆湯(しぎゃくとう)を基本とした漢方薬を用いて治療します。

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こじれた風邪には…【漢方カンファレンス】第6回

こじれた風邪には…以下の症例で考えられる処方をお答えください。(経過の項の「???」にあてはまる漢方薬を考えてみましょう)【今回の症例】40代女性主訴咳嗽既往特記事項なし病歴10日前に38.2℃の発熱、咽頭痛、鼻汁、咳嗽が出現した。近医に受診してウイルス性上気道炎の診断で総合感冒薬の処方を受けた。その後も37.5℃前後の発熱が持続して、咳、痰が続き、夜も眠れなくなったため来院した。現症身長167cm、体重56kg。体温37.4℃、血圧120/75mmHg、脈拍70回/分整、呼吸数16回/分、酸素飽和度98%。咽頭発赤あり、扁桃肥大なし、後鼻漏なし、頸部リンパ節腫脹なし、呼吸音異常なし。体熱感あり。胸部X線で肺炎像・胸水なし。経過初診時「???」エキス3包+「???」エキス3包分3を処方。(解答は本ページ下部をチェック!)1週間後漢方薬を内服してから、よく眠れるようになった。徐々に咳が軽減し、3日後には改善した。問診・診察漢方医は以下に示す漢方診療のポイントに基づいて、今回の症例を以下のように考えます。【漢方診療のポイント】(1)病態は寒が主体(陰証)か、熱が主体(陽証)か?(冷えがあるか、温まると症状は改善するか、倦怠感は強いか、など)(2)虚実はどうか(症状の程度、脈・腹の力)(3)気血水の異常を考える(4)主症状や病名などのキーワードを手掛かりに絞り込む【問診】<冷えを確認>悪寒や体熱感がありますか?悪寒はなく、熱っぽい感じです。<軽度の悪寒を確認>(患者の首筋を紙であおぎながら)こうして風が吹いてもゾクゾクしませんか?ゾクゾクした感じはありません。<温冷刺激に対する反応を確認>のどは渇きませんか?今、温かい物と冷たい物のどちらが欲しいですか?のどは少し渇いていて、冷たい物が飲みたいです。<ほかの随伴症状を確認>のどの痛みは強いですか?頭痛はありませんか?のどの痛みは強いです。頭痛はありません。痰は多いですか?どのような痰ですか?食欲はどうですか?食べ物の味が変わっていませんか?痰は多くて、ねばっこくて黄色です。口のなかが苦い気がして、食べる量はいつもより少ないです。横になりたいほどの倦怠感はありませんか?横になりたいほどの倦怠感はありません。【診察】顔色は正常で、手足を触診しても冷えはなかった。また、脈診では、浮沈中間で、反発力は中等度(脈:浮沈間、強弱中間)であった。また、後頸部から背部を触診すると、汗を少しかいていた。また、舌をみると舌苔が厚く、腹診では腹力は中等度、両側季助部の抵抗を認めた。カンファレンス今回は、「感染後咳嗽」と診断されるようなこじれた風邪の症例ですね。外来でもしばしば経験します。今回のように肺炎などの合併も考えにくい場合には、現代医学的には対症療法を継続するくらいしか方法はありませんよね。今回の症例は、自他覚所見ともに冷えはなく、倦怠感も強くないので「陰証」とは考えにくいです。体熱感を自覚して冷たい水を好むという点からも「陽証」だと思います。病態の「陰陽」の判断が上手になりましたね。今回は「陽証」でよいですね。さらに陽証のなかでも、悪寒はないので太陽病(第4回「今回のポイント」の項参照)の時期は過ぎていると考えられます。その次は、闘病反応の程度を示す「虚実」の判定を行う必要があります。基本的に「虚実」は、脈診と腹診で反発力をみて判定するとよいよ。本症例では、脈診で、脈と腹の反発力は中等度となっていることから「虚実」は虚実中間くらいと考えてよいね。こじれている風邪や急性期を過ぎた風邪でも、冷えや倦怠感が目立つ場合は、陰証(少陰病[冷えが強く全身に及び、体力が衰えて、元気がないのが特徴]、第2回「今回のポイント」の項、第5回参照)で麻黄附子細辛湯(まおうぶしさいしんとう)の適応でないか、まず除外する必要があります。今回のように冷えが明らかでなく、微熱、咳嗽、咽頭痛が中心の場合には、少陽病期(本ページ下部の「今回のポイント」の項参照)であることが多いですね。本症例をまとめます。【漢方診療のポイント】(1)病態は寒が主体(陰証)か、熱が主体(陽証)か?悪寒・冷えなし、冷たい飲み物を好む、体熱感あり→熱が主体(陽証)さらに脈:浮沈間、口が苦い、厚い舌苔、胸脇苦満など→少陽病(2)虚実はどうか脈:強弱中間、腹力:中等度(3)気血水の異常を考える喀痰が多い→水毒(4)主症状や病名などのキーワードを手掛かりに絞り込む微熱、湿性咳嗽、強い咽頭痛本症例は、微熱、咳嗽、口が苦い、舌苔が厚い、胸脇苦満など、少陽病の特徴が揃っていますね(今回のポイント「少陽病」の解説参照)。小柴胡湯(しょうさいことう)で治療するとよいでしょうか?小柴胡湯の適応と考えてよいでしょう。しかし、本症例のように咳嗽が主訴の場合には、小柴胡湯に鎮咳作用のある漢方薬を併用した方がより治療効果が高いです。本症例では、喀痰が多い湿性咳嗽ですので半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう)と併用するとよいですね。喀痰の量が少ないか、乾性咳嗽の場合には麦門冬湯(ばくもんどうとう)を併用します。さらに小柴胡湯に桔梗(ききょう)と石膏(せっこう)を加えて鎮痛作用と抗炎症作用を強化した小柴胡湯加桔梗石膏(しょうさいことうかききょうせっこう)という漢方薬があります。本症例のように咽頭痛が強く、咽頭発赤がある場合には小柴胡湯よりも、小柴胡湯加桔梗石膏を用いる方がよいです。解答・解説【解答】本症例は、少陽病・虚実間で、小柴胡湯加桔梗石膏と湿性咳嗽に用いる半夏厚朴湯を併用して治療しました。【解説】少陽病期の代表的な漢方薬が小柴胡湯です。小柴胡湯にはさまざまなバラエティのエキス製剤がありますので覚えておくと便利です(表1)。今回紹介した鎮痛作用や抗炎症作用を強化した小柴胡湯加桔梗石膏以外にも、小柴胡湯に半夏厚朴湯が組み合わされた柴朴湯(さいぼくとう)があります。こちらは1種類の漢方薬で済むのが利点です。長引く咳のため胸痛を伴うようになった場合には小柴胡湯と小陥胸湯(しょうかんきょうとう)が合わさった柴陥湯(さいかんとう)という漢方薬もあります。また、小柴胡湯と利水剤の代表である五苓散(ごれいさん)が含まれる柴苓湯(さいれいとう)は、ウイルス性腸炎で下痢が続いて、微熱がある場合などに使用可能です。また、小柴胡湯は抗炎症作用をもつ生薬「柴胡(さいこ)」が含まれるのが特徴です。柴胡が含まれる小柴胡湯と仲間の漢方薬を「柴胡剤(さいこざい)」とよびます。柴胡剤はそれぞれの特徴により、使い分けられます。そのなかでも柴胡桂枝湯(さいこけいしとう)は、太陽病期の桂枝湯(けいしとう)と小柴胡湯を混ぜたような処方で、太陽病から少陽病への移行期から風邪の治り際まで適応範囲が広く、使いやすいのが特徴です。どの柴胡剤を使うべきか迷う場合には柴胡桂枝湯がよいともいわれます。今回のポイント「少陽病」の解説漢方では風邪をいくつかのステージに分類します。風邪のひき始めのように悪寒があって、脈が浮である時期を「太陽病」といいました。さらに発症からおよそ2~3日経過して、悪寒がなくなって、脈が浮でなくなってくる時期を「少陽病」とよびます(表2)。太陽病では体表面にあった闘病反応が、少陽病では、生体の内部(半表半裏)まで影響をし始めて、口が苦い、のどが乾く、ムカムカする嘔気、食欲不振などの症状が出現します。脈は表在性に触知できる浮からやや沈んだ状態に変化します。また太陽病では着目しなかった舌や腹部の所見も重要になります。舌では、舌苔が厚くなってきます(写真左)。腹診では両側季助部に指を差し込む(写真右)と抵抗感や患者の苦痛が出てきて、胸脇苦満(きょうきょうくまん)とよびます。太陽病では、発汗により治療をしましたが、少陽病では、その場で闘病反応(炎症)を鎮める治療に変わります。少陽病の代表的な漢方薬が小柴胡湯です。

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便通異常症 慢性下痢(8)生薬と下痢【一目でわかる診療ビフォーアフター】Q119

便通異常症 慢性下痢(8)生薬と下痢Q119『便通異常症診療ガイドライン2023 慢性下痢症』でも下痢と関連のある薬剤として取り上げられる漢方薬の生薬「山梔子(サンシシ)」。腸管膜静脈硬化症により、慢性下痢になる機序が説明されているが、発症までの期間、累積投与量の報告がある。最低何年間で発症しうるか?発症までの累積量は?

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風邪で冷えてきつい…【漢方カンファレンス】第5回

風邪で冷えてきつい…以下の症例で考えられる処方をお答えください。(経過の項の「???」にあてはまる漢方薬を考えてみましょう)【今回の症例】20代男性(研修医)主訴咽頭痛、倦怠感既往特記事項なし病歴ここ数週間、日常業務に加えて当直や学会発表の準備が重なり多忙であった。朝からゾクゾクとした悪寒と咽頭痛があった。出勤したが、倦怠感が出てきて徐々に増悪し、つらくなったため当科を受診した。現症身長172cm、体重70.4kg。体温37.5℃、血圧110/60mmHg、脈拍56回/分 整。咽頭発赤軽度、扁桃肥大なし、頸部リンパ節腫脹なし、呼吸音異常なし。経過受診時「???」エキス1包 分1を外来で内服。(解答は本ページ下部をチェック!)1週間後少し体が温まって、倦怠感が減少したため改めて3包分3で処方。(2~3時間おきに内服し、帰宅して安静にするように指導)翌日薬を飲む度に身体が温まる感じがして倦怠感が軽減した。咽頭痛が少しあるが、悪寒や倦怠感は消失して元気に働いている。問診・診察漢方医は以下に示す漢方診療のポイントに基づいて、今回の症例を以下のように考えます。【漢方診療のポイント】(1)病態は寒が主体(陰証)か、熱が主体(陽証)か?(冷えがあるか、温まると症状は改善するか、倦怠感は強いか、など)(2)虚実はどうか(症状の程度、脈・腹の力)(3)気血水の異常を考える(4)主症状や病名などのキーワードを手掛かりに絞り込む【問診】<悪寒・冷え・熱感を確認>いまもゾクゾクとした悪寒がありますか?昨日よりも軽くなりましたが、まだ少しゾクゾクします。体は熱っぽく感じますか?冷えを感じる箇所はありますか?熱っぽくはありません、手足や体が冷える感じです。<温冷刺激に対する反応を確認>のどは渇きませんか?今、温かい物と冷たい物のどちらが欲しいですか?のどはあまり渇きません。どちらかというと温かい物が飲みたいです。<ほかの随伴症状を確認>のどの痛みは強いですか?ほかに鼻汁、咳、痰はありませんか?のどは少し痛くて、チクチクします。水っぽい鼻水がでますが咳、痰はありません。きつくて横になりたいほどの倦怠感はありませんか?きつくて今でも横になりたいです。最近は疲れがたまっていたでしょう?いろいろ重なってしまい、睡眠時間を減らしていました。【診察】顔色が不良で、手足を触ると冷たく感じた。また、脈診では、指を沈めるとしっかり触れる沈の脈で反発力の弱い脈であった(脈:沈・弱)。カンファレンス今回は、研修医の後輩が風邪をひいて受診したケースですね。ゾクゾクとした悪寒があり冷えの自覚がありますが、体温は37.5℃と発熱があります。この場合は、どちらの病態であると考えればよいのでしょうか?漢方では体温計の温度より、自覚的な寒や熱を重視します。本症例では37.5℃と発熱はあっても、悪寒や冷えの自覚があるので寒が主体の病態と考えます。また、咽頭痛があるのに、温かい物を飲みたいということも寒を示唆する所見ですね。ゾクゾクとした悪寒だけでは、寒か熱のどちらの病態か区別するのは困難です。悪寒以外の自覚症状、顔色、咽頭痛や倦怠感の程度などから総合的に判断します(表)。本症例では、温かい飲み物を好む、冷えの自覚、倦怠感があるので明らかに寒の病態と判断することができますが、悪寒以外の症状に乏しい場合は、経過をみながら判断する場合もあります。風邪やインフルエンザに頻用される葛根湯(かっこんとう)や麻黄湯(まおうとう)を処方する際に注意することは、葛根湯や麻黄湯の適応は悪寒と同時かその後に熱の病態が存在することが前提です。逆に悪寒がして、本症例のように顔面紅潮や熱感は目立たず、悪寒から寒(冷え)に移行する場合を風邪の漢方治療では鑑別する必要があります。悪寒と寒(冷え)は区別するというより連続的なものだと考えた方がわかりやすいですよ。急性疾患では、脈が最初に変化するので、脈診が一番大事だよ! 脈は非常に反応が早く、食事を摂ったり、驚いたりするとすぐに表在性に触れるようになるし、風邪のひき始めにも浮いてくるのが典型だよ。本人が風邪をひいたという自覚がない時点でも脈は変化しているということもよくあるんだ。漢方医の先生は自覚症状に加え、脈の浮沈・強弱で風邪の病態を診断できるのですね。闘病反応が弱い陰証になるなんて、後輩の研修医で、若くて体格もよいのに意外です。若くて体格がよいからといって闘病反応が強い実証とは限りません。反対に虚弱な高齢者だとしても闘病反応が強い病態であることもあります。前出の表に鑑別ポイントをまとめたので参考にしてください。本症例をまとめると以下のようになります。【漢方診療のポイント】(1)病態は寒が主体(陰証)か、熱が主体(陽証)か?悪寒、手足・体が冷える、倦怠感、温かい物を好む、脈:沈→陰証(2)虚実はどうか脈の反発力は弱い→虚証(3)気血水の異常を考える水様性鼻汁→水毒(4)主症状や病名などのキーワードを手掛かりに絞り込む悪寒、冷え、咽頭痛、倦怠感解答・解説【解答】本症例は、寒が主体の風邪であり、生体を強力に温める作用をもつ附子(ぶし)が含まれる麻黄附子細辛湯(まおうぶしさいしんとう)が適応になります。【解説】一般的に風邪のひき始めは、程度の差はあれ悪寒がして、発熱や発汗などの熱が出現します。風邪のひき始めの悪寒がある時期を太陽病(陽の始まりという意味、第4回「今回のポイント」の項参照)といいます。一方、全身が冷えて倦怠感が目立つ時期は少陰病といいます。本症例のように風邪のひき始めから寒の病態に陥ってしまった場合を「直中の少陰(じきちゅうのしょういん)」(直ちに少陰に中たる)といいます。麻黄附子細辛湯は、このタイプの風邪に用いられる漢方薬で、体表面の炎症を鎮めながら体を温める作用があります。高齢者、基礎疾患がある人、冷え性の人、疲労が蓄積している人などが風邪をひいた場合は、この冷える風邪を発症しやすく、水様性鼻汁、咽頭痛、倦怠感といった症状が特徴です。チクチクとした程度の軽い咽頭痛であることが典型で、「ノドチクの風邪」と呼ばれています。なお院内職員70人の風邪に対する漢方処方を調査した結果では、当院の職員は疲労がたまっているのか、平均年齢34.3歳と比較的若いにもかかわらず、麻黄附子細辛湯を含む寒の風邪の治療が約2割を占めていました1)。本症例のように外来で試しに飲んでもらって効果をみることを試服といい、漢方が合っていれば、内服15分後くらいから何らかの効果を実感できます。今回のポイント「脈診(脈の浮沈)」の解説脈診では橈骨動脈を橈骨茎状突起の高さに第2~4指を揃えて触知します。今回は重要なパラメーターである脈の浮沈を解説します。脈の診察で、軽く置いたときに表在性に触れることができれば浮(浮いている)と表現します。指を沈めていったときに初めてはっきり触れてくれば沈(沈んでいる)になります。一般に風邪のひき始めには、浮脈になりますが、この場合は闘病反応が体表面にあって熱の病態(陽証)と考えます。逆に風邪のひき始めにもかかわらず、沈脈の場合は寒の病態(陰証)であると診断できます。脈の浮沈・強弱はあまりなじみがなく、最初は難しいかもしれません。しかし、当科に見学に来る学生、研修医も2週間の外来の陪席でおおよそマスターできてきます。参考文献1)吉永亮ほか. 漢方の臨床. 2020;67:185-189.

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天候や天気の変化で身体の不調を感じる人は6割超/アイスタット

 梅雨の時期や台風、季節の変わり目では、気圧や天気の変化により頭痛や関節痛など身体に不調を起こす「気象病(天気痛)」が知られ、次第に市民権を得つつある。最近では天気予報でも気圧予報がレポートされ、身近なものとなっている。 こうした気象病の実態と日常生活での関連を調査するためにアイスタットは、「気象病(天気痛)に関するアンケート」を6月に行った。調査概要形式:Webアンケート形式調査期間:2024年6月10日回答者:セルフ型アンケートツールFreeasyに登録している20~59歳の有職者300人アンケート概要・気象病(天気痛)の診断チェックリストで、該当が1個以上ある人は5割超・「気象病だと思う」は1割、「持っている気がする」は3割弱、「気象病だと思わない」は6割・気象病の有無にかかわらず、気候・天気の変化で身体の不調を感じる人は約6割・「気象病だと思う人」と「そうと思わない人」の生活習慣の違い第1位は「ストレスをためやすい」・気象病の有無は「雨が降る前」「高湿度」「台風接近」「貧血症状」「気温急降下」が影響〔気象病の有無にかかわらず、気候や天気の変化で身体の不調を感じた人の特徴を以下に示す〕・発症の第1位「雨が降る前・雨が降りそうなとき」、第2位「湿度が高いとき」・症状の第1位「頭痛」、第2位「倦怠感(だるさ)」、第3位「疲労感」・経験した時期は、「1~2年前」が最多で、気象庁の平均気温経年変化データと一致・日常生活や仕事に影響する人は7割・医療機関で診療を受けた人は約2割・気象病対策の第1位「市販の薬を飲む」、第2位「ひたすら耐える」・和らげるために使用する薬は、第1位「鎮痛剤」、第2位「漢方薬」気象病への対処の多くは「市販薬服用」と「耐えること」 質問1で「気象病(天気痛)の診断チェックリスト(11項目)に該当するもの」(複数回答)を聞いたところ、「あてはまるものはない」が47.0%、「春や秋、梅雨など季節の変わり目に体調を崩しやすい」が18.3%、「『もうすぐ雨が降りそう』『気圧が変化しそう』というのが何となくわかる」「雨が降る前に頭痛を感じることがある」が同率で17.3%だった。「春や秋、梅雨など季節の変わり目に体調を崩しやすい」の回答属性では、「40代」「女性」「四国・中国・九州・沖縄地方」で最も多かった。 質問2で「気象病(天気痛)を持っているか」(単回答)を聞いたところ、「いいえ」が61.7%、「持っている気がする」が26.7%、「はい」が11.7%だった。診断リストのチェック数との関連では、「はい」の人は「3個以上」、「持っている気がする」の人は「2個」、「いいえ」の人は「0個」が最も多いという結果だった。 質問3で気象病(天気痛)の有無に関わらず、「気候や天気の変化で身体の不調を感じることはあるか。ある場合、どのような気候・天候か」(複数回答)を聞いたところ、「とくになし」が43.3%、「雨が降る前・雨が降りそうなとき」が24.7%、「湿度が高いとき」が24.0%の順で多かった。この回答を不調の有無別に分類すると、気候や天気の変化で身体の不調を感じる人は56.7%、そうでない人(とくになし)は43.3%だった。 以下、質問8までは「気候などの変化で身体不調あり」と回答した170人を対象にしたアンケート結果となる。 質問4で「質問3で回答した『気候や天候が原因で起こる身体の不調』は、どのような症状か」(複数回答)を聞いたところ「頭痛」が49.4%、「倦怠感(だるさ)」が37.1%、「疲労感」が27.6%の順で多かった。気象病の有無(自己診断)との関連では、「気分の浮き沈み」「疲労感」を回答した人は「気象病でない」ほど多く、「頭痛」「吐き気・嘔吐」を回答した人は「気象病を持っている気がする人」ほど多かった。 質問5で「質問3で回答した『気候や天候が原因で起こる身体の不調』を経験した時期すべて」(複数回答)を聞いたところ、「1~2年前」が50.6%、「最近」が48.2%、「3~4年前」が45.9%の順で多かった。気象庁発表の「日本の年平均気温偏差の経年変化(1898~2023年)」と今回の結果「不調を経験した時期の推移」を比較したところ、共に推移が上昇していることから、気候や天気の変化が原因で起こる身体の不調の増加は、地球温暖化も要因の1つと推測できた。 質問6で「質問3で回答した『気候や天候が原因で起こる身体の不調』は、日常生活や仕事にどの程度影響するか」聞いたところ、「少し影響する」が59.4%、「ほとんど影響しない」が28.8%、かなり影響するが10.0%の順で多く、日常生活や仕事に影響する人は約7割いることが判明した。気象病の有無(自己診断)との関連では、「支障を来す」「かなり影響する人」と回答した人は「気象病である人」ほど多く、自覚がある人ほど気候や天候の変化が日常生活や仕事に影響があることがうかがえた。 質問7で「質問3で回答した『気候や天候が原因で起こる身体の不調』で、お医者さんに診てもらったことはあるか」(単回答)聞いたところ、「ない」が82.9%、「ある」が17.1%だった。気候・天気の変化による不調で医療機関を受診する人が約2割いることが明らかとなった。また、受診した人の属性では「男性」「20・30代」が多かった。 質問8で「気候や天候の変化が原因による体調不良を起こしたときの対策」(複数回答)を聞いたところ、「市販の薬を飲む」が32.4%、「ひたすら耐える」が27.6%、「本格的に寝る・睡眠をしっかりとる」が23.5%の順で多かった。回答属性の多さでは、「市販の薬を飲む」で「40代」「女性」が多く、「ひたすら耐える」で「50代」「男性」が多く、「本格的に寝る・睡眠をしっかりとる」で「40代」「男性」が多かった。 質問9で気候・天気の変化による身体の不調の対策で「市販薬」「処方箋薬」を使用すると回答した65人を対象に「気候などの変化で身体不調を起こしたとき、和らげるために使用する薬(市販薬、処方薬を問わず)」(複数回答)を聞いたところ、「鎮痛剤」が86.2%、「漢方薬」が12.3%、「抗めまい薬」が10.8%の順で多かった。回答属性の多さでは、「鎮痛剤」で「20・30代」「女性」、「漢方薬」で「40代」「男性」、「抗めまい薬」で「20・30代」「男性」が多かった。 質問10で「気象病に関連しそうな13項目で生活習慣・行動であてはまるもの」(複数回答)を聞いたところ、全体回答で「長時間のスマホ・パソコンの使用」が41.0%、「当てはまるものはない」が28.3%、「ストレスをためやすい」が25.3%の順で多かった。「気象病である・持っている気がする人」と「そうでない人」の生活習慣・行動の違いを「%差」から調べた結果、第1位は「ストレスをためやすい」の22.4%差、第2位は「『頭痛』『肩こり』『腰痛』がよく起こる」の19.0%差、第3位は「貧血の症状がある」の18.7%差の順番だった。

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インフルエンザには麻黄湯?【漢方カンファレンス】第4回

インフルエンザには麻黄湯?以下の症例で考えられる処方をお答えください。(経過の項の「???」にあてはまる漢方薬を考えてみましょう)【今回の症例】30代女性主訴発熱、咽頭痛既往特記事項なし病歴職場でインフルエンザが流行中。昨晩、ゾクゾクとした悪寒と咽頭痛があり、体温38.6℃。朝起きても悪寒と発熱が持続。インフルエンザが心配で受診。副作用が怖いので抗ウイルス薬はなるべく飲みたくない。外来待合室では、全身の関節痛があり椅子にじっと座れないほどきつくて体を動かしている。現症身長172cm、体重70.4kg。体温38.7℃、血圧112/80mmHg、脈拍86回/分 整。顔面紅潮あり、咽頭発赤あり、扁桃肥大なし、白苔なし、頸部リンパ節腫脹なし、呼吸音異常なし。インフルエンザ抗原検査(+)。経過受診時「???」エキス1包+「???」エキス1包を外来で内服。(解答は本ページ下部をチェック!)15分後悪寒が軽減して、少し関節痛が楽になったため改めて「???」エキス3包+「???」エキス3包分3で処方。(2~3時間おきに内服し、帰宅して安静にするように指導)当日帰宅後、2回目を内服して布団に入った。1時間後に発汗し始めた。発汗後、衣服を着替えて就寝。翌日翌朝には解熱して、咽頭痛もなくなり気分もすっきりした。問診・診察漢方医は以下に示す漢方診療のポイントに基づいて、今回の症例を以下のように考えます。【漢方診療のポイント】(1)病態は寒が主体(陰証)か、熱が主体(陽証)か?(冷えがあるか、温まると症状は改善するか、倦怠感は強いか、など)(2)虚実はどうか(症状の程度、脈・腹の力)(3)気血水の異常を考える(4)主症状や病名などのキーワードを手掛かりに絞り込む【問診】<冷えの確認>悪寒はありますか?ゾクゾクして鳥肌が立っています。体熱感はありますか?熱っぽい感じがあります。<温冷刺激に対する反応を確認>のどは渇きませんか?いま、温かい物と冷たい物ではどちらが欲しいですか?のどが渇きます、冷たい水が飲みたいです。<ほかの随伴症状を確認>のどの痛みは強いですか?体の節々が痛みますか?そのほかに、鼻汁、咳、痰はありませんか?汗をかいていますか?とてものどが痛いです。手足の関節や腰が痛くてじっと座るのがつらいです。咳が少しあるくらいで、汗はかいていません。横になりたいほどの倦怠感はありませんか?横になりたい感じはありません。ただ、体の節々が痛くて、こうして座っているのもつらいです。【診察】顔色は紅潮で、手足を触診すると熱感を感じた。また、脈診では浮で、反発力が強い脈(脈:浮、強)であった。また、後頸部から背部を触診すると、鳥肌がたっており、汗をまったくかいていなかった。カンファレンス今回は、インフルエンザの症例ですね。インフルエンザといえば麻黄湯(まおうとう)が有名で、有効性を示すRCTもいくつか知ってます1-3)。本症例も麻黄湯といいたいところですが、病名からすぐに飛びついてはいけないのでしたね。素晴らしい! それでは、早速、漢方診療のポイント(1)である病態の「陰陽」(寒と熱どちらが主体か)を考えます。風邪などの急性熱性疾患の場合、ゾクゾクとした悪寒だけでは「陰陽」どちらの病態か区別するのは困難で、悪寒以外の自覚症状、顔色、咽頭痛や倦怠感の程度などから陰陽を判断します(表1)。顔面紅潮があって、咽頭痛も強く、体熱感を自覚して冷たい水を好むということから「陽証」だと思います。そうですね。今回は「陽証」でよいですね。その次は、闘病反応の程度を示す「虚実」の判定を行う必要があります。急性疾患で「陰陽」・「虚実」を判断するには脈の診察がとくに重要だよ! 本症例では、悪寒があって脈が浮・強となっていることに着目すると、太陽病・実証と考えられるよ(太陽病の解説は本ページ下部の「今回のポイント」の項を参照)。太陽病の際に闘病反応の程度である「虚実」に関して、脈の所見以外に着目すべきポイントがあります。漢方医の診察からどの点かわかりますか?闘病反応ということは、咽頭痛や咽頭発赤の程度ですか?咽頭痛や咽頭発赤の程度からも闘病反応の程度を推測できるね。もう1つ大事な所見として、発汗の有無がポイントだよ。汗がない場合は闘病反応が強い(実)、汗をかいている場合は闘病反応が弱い(虚)と判定するんだ。太陽病では、悪寒があることが前提なので、悪寒があるにもかかわらず皮膚のしまりがなく、じわっと汗が出ている状態は闘病反応が弱い(虚)と考えるんだ。問診だけでなく患者の首筋に手を当てて、発汗の有無を確認することも大切だね。なるほど、本症例は、脈の反発力が強くて、悪寒がして汗がないことから「実証」ですね。それではやはり、汗がなくて、関節痛もあるので麻黄湯が適応になりそうです。たしかに麻黄湯は悪寒がして体の節々が痛い、「太陽病・実証」に適応になり、インフルエンザによくみられる闘病反応に類似していることから、インフルエンザに頻用されるようになりました。しかし、本症例ではさらに着目すべき特徴として、口渇があって冷たい物を飲みたいという所見があげられます。これは身体にこもった熱を冷ます作用のある石膏(せっこう)を含む漢方薬の適応を示唆する所見です。さらに「じっとしていられないほどつらい」というのも大切なキーワードです。本症例をまとめると以下のようになります。【漢方診療のポイント】(1)病態は寒が主体(陰証)か、熱が主体(陽証)か?悪寒、脈:浮、冷たい飲み物が欲しい、顔面紅潮→熱が主体(太陽病)(2)虚実はどうか発汗なし、脈:強→実証(3)気血水の異常を考える気血水の異常ははっきりしない(4)主症状や病名などのキーワードを手掛かりに絞り込む悪寒あり、発汗なし、口渇あり、じっとしていられないほどつらい解答・解説【解答】本症例は、太陽病・実証で、発汗作用に加えて身体にこもった熱を冷ます作用がある石膏が含まれる大青竜湯(だいせいりゅうとう)が適応になります。大青竜湯はエキス製剤にないので、麻黄湯と越婢加朮湯(えっぴかじゅつとう)を合わせることで代用します。【解説】一般的に風邪のひき始めの悪寒がある時期を太陽病といいますが、悪寒と同時かその後に熱の病態を示唆する所見があることが前提です。大青竜湯は、「太陽病・実」(脈が浮・強、発汗なし)の場合に用いる漢方薬で、麻黄湯の特徴である関節痛に加え、身体に熱がこもっている状態を示唆する「口渇があり、冷たい水が飲みたい」場合に適応になります。また、漢方では身の置きどころがないほどひどくつらがる状態を「煩躁(はんそう)」といい、「煩躁」も大青竜湯を用いる指標の1つです。悪寒と関節痛がある場合でも、「口渇」、「煩躁」のどちらかがあれば、麻黄湯でなく、大青竜湯が適応になります。葛根湯(かっこんとう)も「太陽病・実証」に用いる漢方薬ですが、麻黄湯や大青竜湯のように全身に及ぶ症状はなく、項(うなじ)のこわばりが目立つ場合に適応になります(表2)。なお、麻黄湯や大青竜湯の処方日数は長くても3日間までとします。内服方法も、処方せん上は毎食前に1日3回としますが、実際には、発汗があるまで2~3時間おきに内服した方がより効果的で、即効性が期待できます。ただし、高齢者では麻黄の副作用(交感神経刺激作用による動悸・不眠などや胃腸障害)が出現しやすく注意が必要で、基礎疾患によっては間隔を詰めた内服を避ける場合もあります。さらに、漢方薬を内服するだけでなく、発汗を促すために、温かくして安静にする、冷たい飲食物を避けるなど養生の指導も必要になります。今回のポイント「太陽病」の解説太陽病は風邪のひき始めのように、悪寒に加え、脈が表在性に触知できる浮である時期を太陽病(陽の始まりという意味)といいます。風邪の発症から間もない時期で典型的には発症から1~2日間の急性期です。脈浮は体表面(表)で闘病反応が起こっている時期であると考えます。表に病気の主座があることから葛根湯や麻黄湯などの漢方薬で発汗させて治療します。次に太陽病と診断した後は、虚実の判定を行います。虚実は脈を押し込んで全体から受ける反発力をみます。少しの力でペシャンとつぶれて触れなくなるような脈は「弱」で虚証、反発力が充実していれば「強」で実証と診断します。太陽病では舌や腹部の所見は参考にしないことに注意してください。参考文献1)Kubo T, Nishimura H. Phytomedicine. 2007;14:96-101.2)Saita M, et al. Health(NY). 2011;3:300-303.3)Nabeshima S, et al. J Infect Chemother. 2012;18:534-543.

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令和日本の悲劇【Dr. 中島の 新・徒然草】(534)

五百三十四の段 令和日本の悲劇梅雨が来ない一方、気温はどんどん上がってきました。気が付けば少しでも涼しい場所を求めて移動している自分がいます。出先の駐車場が暑かったら、建物の中とかに避難ですね。さて先日、現代の日本でこんなことが起こるのか、ということに出くわしました。その患者さんは総合診療科で前の医師から引き継いだ70代の男性。3ヵ月に1回、降圧薬やら漢方薬やらを取りに来ています。この人の問題はお金がないということ……らしい。患者「先生、年金生活で苦しいんですわ。ちょっと薬を減らすことはできませんか?」そう言われたら、私も俄然ヤル気が出てきます。そもそも普段から、ポリファーマシーを何とかしたいと思っていたところ。なので「わかりました。ぜひとも薬を減らしましょう!」ということで、まずは何に効いているかわからない漢方を中止することを提案しました。すると……患者「先生、この漢方はぜひ続けたいんです。他の薬でお願いします」そうかな。じゃあ胃薬を止めたらどうですか?そう提案したのですが。患者「胃薬も続けたいんです」そう抵抗されました。仕方ないので、降圧薬を工夫して終わりました。まあ折に触れて少しずつ減らすよう提案するといたしましょう。ところがその後に、思いがけないことを言われたわけです。患者「実は○○科で調べてもらっていた病気がありましてね」聞けば、悪性腫瘍の疑いでフォローされていたものがあったそうです。患者「3年前に自分で勝手に行くのをやめていたんで、また調べてもらえないかと思いまして」中島「何で行くのをやめたんですか?」患者「お金の問題で」すでに○○科の担当医は異動でいなくなっています。で、即座に画像検査をしてみました。すると私のような素人がみても進行しています!当然のことながら、画像検査の結果を踏まえて○○科に紹介しました。後日、○○科のカルテを見てみると……ちゃんと受診はしてくれたのですが、なんとこの方、お金がないからといってそれ以上の検査も治療も拒否して帰ってしまっていたのです。いやいやお金を掛けるべきは漢方や胃薬ではなくて悪性腫瘍の治療でしょう、と誰もが考えるはず。でも、ご本人はそうは思わなかったみたいですね。で、○○科は終診となり、私の外来には通院し続けることになりました。診察のたびに「今ならまだ間に合いますよ」とか「お金のことなら医療相談室に行ってみてはどうですか」とかアドバイスはしようと思っています。でも、お金がないからといって治療を諦めるというのも悲しい話です。そんなものはテレビドラマの架空の話だと思っていました。実際に行くかどうかはご本人の意思になりますが、先に医療相談室に声だけは掛けておこうと考えています。そうそう。英会話練習の時にこの患者さんの役になりきってロールプレイをやってみると、医師役をしていたChatGPTに「治療が優先じゃないか。病院には経済的な問題を担当する専門家がいるから余計な心配はするな」と叱られてしまいました。まあ、普通はそう言われますよね。ということで、何かと考えさせられた外来診療でした。また新たな展開があったら報告させていただきます。最後に1句梅雨来たる 金はなくとも 治療先

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手足の先が冷えて困ります【漢方カンファレンス】第3回

手足の先が冷えて困ります以下の症例で考えられる処方をお答えください。(経過の項の「???」にあてはまる漢方薬を考えてみましょう)【今回の症例】40代女性主訴冷え、頭痛既往38歳:左卵巣嚢胞摘出術、アレルギー性鼻炎病歴幼少時にはしもやけができていた。10 年くらい前から手足先の冷えを自覚するようになった。冬には手足先が冷えて夜になかなか寝つけない。また、しばしば頭痛があり、その度に鎮痛剤を飲んでいる。X年11月に当科を受診。現症身長155cm、体重60.5kg。体温36.9℃、血圧128/77mmHg、脈拍66回/分 整。心音・呼吸音ともに異常なく、両下肢浮腫なし・筋力低下なし、後脛骨動脈・足背動脈の触知良好。経過初診時「???」エキス3包 分3で治療を開始。(解答は本ページ下部をチェック!)3週間後足冷えは少しよくなった。6週間後寒くなったが夜間の足の冷えが少ない。頭痛の頻度も減った。問診・診察漢方医は以下に示す漢方診療のポイントに基づいて、今回の症例を以下のように考えます。【漢方診療のポイント】(1)病態は寒が主体(陰証)か、熱が主体(陽証)か?(冷えがあるか、温まると症状は改善するか、倦怠感は強いか、など)(2)虚実はどうか(症状の程度、脈・腹の力)(3)気血水の異常を考える(4)主症状や病名などのキーワードを手掛かりに絞り込む【問診】<冷えの確認>寒がりですか? 暑がりですか? 体のどの部分が冷えますか?寒がりです。手足の先が冷えます。それ以外に腰や背中などに冷えを感じることはないですか?そのあたりでは感じません。<温冷刺激に対する反応を確認>入浴で長くお湯に浸かるのが好きですか? 冷房は好きですか?熱いお風呂に入るのが好きですが長くは入りません。冷房は好きでも嫌いでもありません。飲み物は温かい物と冷たい物のどちらを好みますか?いまは寒い時期なので温かい物を飲むことが多いです。<ほかの随伴症状を確認>ほかに困っている症状はありますか?しばしば頭痛があります。またときどき、腰痛で困ることもあります。倦怠感があったり、疲れやすかったりしませんか?毎日、忙しいですが基本的には元気なほうです。頭痛はどんなときに悪くなりますか?月経や天気と関係はありますか?下肢が冷えてくると頭が痛くなることが多い気がします。天気との関連はありませんが、月経前に頭痛が多いです。寒くなるとしもやけができたり、手指の色が変わったりしませんか? 下肢がむくみますか? 月経困難はありますか?子供のころはしもやけができていました。冬に冷たい水を触ると手指が白くなります。むくみはありません。月経時の痛みで鎮痛剤が必要です。【診察】顔色は正常で、四肢末端を触ると冷感があった。また、脈診では表在性に触れず、指を深く押し込んだところで触れる沈で、反発力の弱い脈(脈:沈、弱)、腹力は中等度より軟弱であった。カンファレンス寒がりですが、自覚症状と触診では手足末端に冷えがありますね。ただし、入浴時間は長くない、強い倦怠感もありません。本症例は真の冷えである陰証ではなさそうですね。素晴らしい!全身の冷えタイプは、入浴が長い、冷房が嫌いなどに加え、横になりたいなどの強い倦怠感を伴うことが多い傾向にあります。本症例の陰陽の判断は難しいですが、いわゆる本格的な陰証ではないことは判断できます。冷えの部位からは四肢末端型の冷えと考えられそうです。漢方診療のポイント(2)の虚実の判定ですが、今回は脈の反発力が弱く、腹力も軟弱ですから虚証になります。四肢末端が中心の冷えは生体内の赤い物質「血」が隅々まで巡らない病態「瘀血」と考えて治療をするよ。下肢が冷えてくると頭痛がするというのも何かのヒントになるのでしょうか?下肢が冷えると悪化するということは寒を示唆する所見になります。本症例では、四肢末端の血の流れを改善させる冷えの治療が必要と考えます。いいところに気づいたね。漢方では症状の増悪・寛解因子を確認することが大切だよ。気温の低下で悪化する場合や入浴で温めると楽になる場合は冷えの存在を考えるし、雨天や低気圧で悪化する症状は気血水で水の異常、月経と関連する症状は血の異常と考えることができるんだ。本症例の頭痛は、下肢が冷えると悪くなる、天候ではなく、月経に関連するということで漢方診療のポイント(3)の気血水の異常は血の異常(瘀血)と考えるのですね。さらに本症例は、頭痛や腰痛、しもやけの既往があり、冷水で手指が白くなることも漢方診療のポイント(4)になります。本症例をまとめると以下のようになります。【漢方診療のポイント】(1)病態は寒が主体(陰証)か、熱が主体(陽証)か?寒がり、手足先が冷える、強い倦怠感はない、下肢が冷えると頭痛が増悪→陰証の傾向はあるが本格的な陰証ではない:四肢末端型の冷えタイプ(2)虚実はどうか脈:弱、腹力:中等度より軟弱→虚証(3)気血水の異常を考える四肢末端が冷える、月経前に頭痛がある、月経困難→瘀血(4)主症状や病名などのキーワードを手掛かりに絞り込む頭痛、腰痛、しもやけ、冷水で手指が白く変色する解答・解説【解答】本症例は、温めて四肢末端の血流を改善させる当帰四逆加呉茱萸生姜湯(とうきしぎゃくかごしゅゆしょうきょうとう)で治療を行いました。【解説】当帰四逆加呉茱萸生姜湯は、手足末端の冷えを使用目標に用いる代表的な漢方薬です。手足末端の冷え以外にも腰痛や頭痛を訴えることが多いです。凍傷やレイノー症状に対する第1選択の漢方薬ともいわれています。構成生薬の当帰(とうき)・桂皮(けいひ)・細辛(さいしん)は末梢血管を拡張して四肢末梢の血行を改善させて、呉茱萸(ごしゅゆ)と生姜(しょうきょう)は内臓を温める働きがあります。また、四肢末端型の冷えで、普段からむくむ傾向があり、月経困難などを伴う場合には当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)が適しています。今回のポイント「冷えの鑑別」の解説漢方で「冷え」といえば寒が主体の陰証が代表的ですが、それ以外の要因でも冷えを生じます。陰証の冷えは、体幹部を中心として全身に冷えが生じることが典型です。そのほかにも下半身は冷えるが上半身はのぼせる冷えのぼせタイプ、手足の先が中心に冷える四肢末端タイプがあります。陰証の冷えの症例に対して適切に温める治療を行うためにまずそれらの冷えタイプを除外する必要があります。【全身の冷えタイプ】全身的に寒が存在する陰証の冷えです。治療は生体を温める熱薬(附子[ぶし]や乾姜[かんきょう]など)を含む漢方薬を用います。【冷えのぼせタイプ】生体を廻る「気」が上方に偏在する(気逆)の病態。足は冷えるが赤ら顔、という冷えのぼせ状態。風呂やコタツなどの温熱刺激では、かえってのぼせが悪化して、足は温まらない。治療には、逆上した気を下方に巡らせる、桂皮を含む漢方薬が適応になります。【四肢末端の冷えタイプ】生体を廻る赤い液体「血」が隅々まで廻らない「瘀血」の病態。治療は当帰という生薬が含まれる当帰芍薬散、当帰四逆加呉茱萸生姜湯などが代表的です。ただし、実際の患者では、以上の3型は単独で出現するとは限らず、多くは複数が合併しています。

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寒がりですか? 体が冷えますか?【漢方カンファレンス】第2回

寒がりですか?体が冷えますか?以下の症例で考えられる処方をお答えください。(経過の項の「???」にあてはまる漢方薬を考えてみましょう)【今回の症例】70代女性主訴冷え症、下肢浮腫既往62歳:胃がん手術病歴胃がんの手術後から下痢をするようになり、冷えを自覚するようになった。また、65歳頃から両下肢の浮腫が出現、とくに外出後に増悪。外出すると両下肢の浮腫が増悪して下腿の筋肉がこわばってカチカチになり、数日間持続する。X年7月にS病院を受診し、心・肝・腎機能、甲状腺機能などの精査を受けたが異常なく、弾性ストッキングや塩分制限の指導を受けたが下肢浮腫は持続した。また、こむら返りもあり、芍薬甘草湯(しゃくやくかんぞうとう)の製剤で治療されたが効果がなかった。漢方治療目的に8月に当科を紹介受診。現症身長148cm、体重39.5kg。体温35.1℃、血圧99/59mmHg、脈拍66回/分 整、呼吸数12回/分。心音・呼吸音ともに異常なく、両下肢浮腫が軽度あり。経過初診時「???」エキス3包 分3で治療を開始。(解答は本ページ下部をチェック!)2週間後便に形が出てきた、こむら返りがなくなった。6週間後胃がん術後から長期間続いていた下痢が改善した。遠出をしたが、下肢の浮腫が増悪しなかった。以後、漢方治療を継続して経過良好である。問診・診察漢方医は以下に示す漢方診療のポイントに基づいて、今回の症例を以下のように考えます。【漢方診療のポイント】(1)病態は寒が主体(陰証)か、熱が主体(陽証)か?(冷えがあるか、温まると症状は改善するか、倦怠感は強いか、など)(2)虚実はどうか(症状の程度、脈・腹の力)(3)気血水の異常を考える(4)主症状や病名などのキーワードを手掛かりに絞り込む【問診】<冷えの確認>寒がりですか?体のどの部分が冷えますか?寒がりです。とくに下肢ですが、体全体が冷えますね。<温冷刺激に対する反応を確認>入浴で長くお湯に浸かるのが好きですか? 冷房は好きですか?はい、お風呂に長く入るのが好きです。冷房は嫌いです。飲み物は温かい物と冷たい物のどちらを好みますか?冷たい物を飲むと下痢が悪化するので夏でもあまり冷たい飲み物は飲みません。<ほかの随伴症状を確認>ほかに困っている症状はありますか?胃の手術後から下痢が始まりました。ほかには、長時間歩くと足がむくみます。倦怠感があったり、疲れやすかったりしませんか?外出するとすぐに疲れて座りたくなります。【診察】顔色は蒼白で、四肢を触ると冷感を感じた。※漢方の診察といえば脈、舌、腹の診察が特有ですが、今回はあえて省略します。しかし、患者の顔色や歩行の様子を診る(視診)、また実際に四肢や患部を触診して他覚的な温度を確認することも漢方治療では重要な診察です。カンファレンスまずは陰陽の判断が出発点ということですね。本症例では、主訴が冷え症なので陰証でよさそうです。冷えが主訴だからといって陰証とは限りませんよ。きちんと問診、診察をして総合的に陰陽の判断を行うことが大事です。漢方医の問診に注目してほしい。陰陽の判断のために、冷えの部位や温冷刺激に対する生体の反応を詳しく聞く必要があるんだ。本症例では冷えが体全体にあって、長湯が好きで、冷房や冷たい飲み物を好まないといった陰証の特徴が揃っているといえるよ。倦怠感を質問しているのはなぜですか?冷えの程度が強くなり全身に及んだ場合を陰証のなかでも、陰証の真っ只中である少陰病(しょういんびょう)と診断します。少陰病では生体の反応力の低下により、座りたい、横になりたいなどの倦怠感を伴います。そのため倦怠感の有無も冷えを確認するために着目する必要があります。本症例では、外出するとすぐに座りたくなるとあるので少陰病と考えてもよさそうです。また虚実に関しては、少陰病では闘病反応は乏しいため、虚実はすべて虚証になります。冷えと倦怠感の関係、少陰病は虚証であることがわかりました。実際に患者の腹部や四肢を触診して他覚的な冷感を確認することも大事だよ。私の診察では必ず靴下を脱いでもらって四肢の冷えを確認してるよ。下肢の足首から前脛骨部を触診すると、あたかも検者の体温が患者に吸われていくようにひんやりと感じる場合は、附子(ぶし)を含む漢方薬の適応になるといわれているよ1)。附子はトリカブトの根を減毒処理したもので、代表的な温める作用が強い生薬なんだ。陰証では寒があることから温める治療を行うのですね。本症例は冷え以外にも、下痢や浮腫などがありますね。いいところに気づきましたね。下痢や浮腫は漢方診療のポイント(3)の気血水の異常として、漢方医学的な水分バランスの異常である「水毒」と判断できます。本症例をまとめると以下のようになります。【漢方診療のポイント】(1)病態は寒が主体(陰証)か、熱が主体(陽証)か?体が冷える、冷房が嫌い、倦怠感→陰証(少陰病)(2)虚実はどうか少陰病は実証はなく虚証となる(脈と腹の診療は今回は省略)(3)気血水の異常を考える下痢、浮腫→水毒(4)主症状や病名などのキーワードを手掛かりに絞り込む冷え、下痢、浮腫、倦怠感解答・解説【解答】本症例は、陰証で、水毒を治療する真武湯(しんぶとう)で治療を行いました。【解説】真武湯は、陰証の葛根湯(かっこんとう)ともいわれ、陰証の代表的な漢方薬です。応用範囲の広い漢方薬で、新陳代謝の低下と胃腸機能の低下から生じる倦怠感、下痢、めまい、浮腫などのさまざまな症状に対して活用されます。真武湯は5つの生薬から構成されます(茯苓[ぶくりょう]、朮[じゅつ]、芍薬[しゃくやく]、生姜[しょうきょう]、附子)。茯苓と朮は水分代謝をよくして、尿量を増やして浮腫を改善します。附子や生姜は温めて冷えを改善させ、新陳代謝を活発にします。今回のポイント「陰陽」の解説漢方治療では、陰陽が一番基本的な考え方であり、診断の出発点です。生体に外来因子が加わった際の生体反応の形式であり、熱性の病態を「陽証」、寒性の病態を「陰証」の2型で捉えます。陽証では活動性、発揚性、陰証では非活動性、沈降性などの特徴があります。また多くの病気は、基本的には陽証で始まり、陰証に向かって進んでいきます。そのため、急性疾患では陽証であることが多く、虚弱者、高齢者、慢性疾患など、長期にわたる疾患では新陳代謝の低下などから冷えを伴って陰証になることが多い傾向にあります。陰陽の判定は、暑がり・寒がり、薄着・厚着の傾向、冷水・温かい湯茶を好む、長湯ができる・できない、冷房が好き・嫌い、症状が温まると改善する・冷えると悪化するなどの問診や、脈の浮沈、顔色(赤ら顔・顔面蒼白)、体や患部の熱感・冷感などの診察により総合的に判断します。陽証と陰証はさらに3つずつの病期に分類され、六病位(ろくびょうい)とよばれます。参考1)寺澤捷年, 花輪壽彦 編. 漢方診療二頁の秘訣. 冷えの診察法. 金原出版;2004:p.86-87.

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漢方診療のポイント【漢方カンファレンス】第1回

漢方診療のポイント本連載で最も習得していただきたいことがこの漢方診療のポイントです。漢方の勉強を始めた初期の段階でしばしば陥りがちなことには、キーワードに飛びついて漢方薬を選択してしまうことが挙げられます。また、勉強して知識がついてくると、さまざまな異常が目についてしまい、どこから手をつけてよいかわからなくなってしまうこともあります。漢方診療で迷子になってしまわないように、症例を考える際の道標というべき漢方処方のプロセスがこの漢方診療のポイントです。ここでは下の表に沿って漢方診療のポイントを解説します。【漢方特有の問診・診察】問診では、主訴や経過などは現代医学と同じですが、患者の全身状態を陰陽や気血水などの漢方医学的概念に翻訳するため、温冷刺激に対する反応、食欲、飲水(口渇)、排便、排尿、月経(女性)、睡眠などを確認します。また、漢方特有の診察として、脈診、舌診、腹診があります。漢方診療のポイント(1)病態は寒が主体(陰証)か、熱が主体(陽証)か?(冷えがあるか、温まると症状は改善するか、倦怠感は強いか、など)(2)虚実はどうか(症状の程度、脈・腹の力)(3)気血水の異常を考える(4)主症状や病名などのキーワードを手掛かりに絞り込む1. 病態は寒が主体(陰証)か、熱が主体(陽証)か?最初に陰陽の判断を行い、可能であれば六病位(陽証:太陽病、少陽病、陽明病、陰証:太陰病、少陰病、厥陰病)の判定をします。急性疾患では六病位で考えやすいのですが、慢性疾患では陰と陽が入り交じって判定しづらい場合もあります。陰陽の判断が難しければいったん保留として、次の気血水の異常から考えることもあります。寒が主体(陰証)寒がり、入浴で温まると心地よい、入浴で症状が軽減する、熱い風呂に長く入る、冷房が苦手、厚着である、冷えの自覚がある、横になりたい程の強い倦怠感がある熱が主体(陽証)暑がり、入浴時間は短い、冷房を好む、冷ますと心地よい【注意点】悪寒は太陽病のサイン全身の冷えと強い倦怠感があれば少陰病〜厥陰病を考える冷えの自覚がある場合は冷えの部位を確認する(全身型:陰証、四肢末端型:瘀血、冷えのぼせ型:気逆)2. 虚実はどうか虚実の判定は、基本的には脈や腹壁の反発力の強弱によって行います。虚→脈が弱、腹力が軟弱実→脈が強、腹力が充実局所に着目した場合、激しい疼痛、局所反応が大きい熱感や腫脹が目立つ場合が実証太陽病では発汗傾向の有無も虚実の判定に有用(自汗あり:虚、自汗なし:実)3. 気血水の異常を考える血→症状と月経との関連は?瘀血:四肢末端の冷え、舌暗赤色、舌下静脈の怒張、臍傍の圧痛血虚:こむら返り、脱毛、集中力の低下、皮膚の乾燥水毒→症状と天候、低気圧との関連は?頭痛、めまい、心下の振水音、浮腫気気虚:倦怠感、疲れやすい、食欲不振、食後の眠気気欝:抑うつ傾向、のどのつまり、膨満感気逆:冷えのぼせ、動悸、驚きやすい腎虚→下肢の冷え・痛み、腰痛、夜間頻尿、易疲労感4. 主症状や病名などのキーワードを手掛かりに絞り込む以下に例を示します。肩こり→葛根湯(かっこんとう)食欲不振→六君子湯(りっくんしとう)、人参湯(にんじんとう)頭痛→五苓散(ごれいさん)、呉茱萸湯(ごしゅゆとう)更年期障害→加味逍遙散(かみしょうようさん)、当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)次回以降は症例から漢方診療のポイント(表)に沿って処方決定をしていますので、是非この流れを身につけてください。

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便通異常症 慢性便秘(12)薬物療法:漢方【一目でわかる診療ビフォーアフター】Q110

便通異常症 慢性便秘(12)薬物療法:漢方Q110慢性便秘で困っている42歳女性。とくに既往がなく、器質的な原因もないようだ。下剤を希望されているが、こだわりが強く西洋薬ではなく漢方薬を希望されている。腹部診察時、臍部に手を当てると冷感が強い。何を処方しようか?

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漢方薬による偽アルドステロン症、高血圧や認知症と関連

 漢方薬は日本で1500年以上にわたり伝統的に用いられているが、使用することにより「偽アルドステロン症」などの副作用が生じることがある。今回、日本のデータベースを用いて漢方薬の使用と副作用報告に関する調査が行われ、偽アルドステロン症と高血圧や認知症との関連が明らかとなった。また、女性、70歳以上などとの関連も見られたという。福島県立医科大学会津医療センター漢方医学講座の畝田一司氏らによる研究であり、詳細は「PLOS ONE」に1月2日掲載された。 偽アルドステロン症は、血圧を上昇させるホルモン(アルドステロン)が増加していないにもかかわらず、高血圧、むくみ、低カリウムなどの症状が現れる状態。「甘草(カンゾウ)」という生薬には抗炎症作用や肝機能に対する有益な作用があるが、その主成分であるグリチルリチンが、偽アルドステロン症の原因と考えられている。現在、保険が適用される漢方薬は148種類あり、そのうちの70%以上に甘草が含まれている。 今回の研究では、「医薬品副作用データベース(JADER)」を用いて、漢方薬による偽アルドステロン症と関連する臨床的要因が検討された。同データベースには、患者背景、使用薬、有害事象に関する自己報告データが含まれている。2004年4月から2022年11月までの期間に報告された有害事象から、保険適用の漢方薬148種類に関する報告を抽出。不完全な報告データを除外して、有害事象のデータ2,471件(偽アルドステロン症210件、他の有害事象2,261件)が解析対象となった。 解析の結果、偽アルドステロン症では他の有害事象と比べて、漢方薬に含まれる甘草の投与量が有意に多く(平均3.3対1.5g/日)、漢方薬の使用期間が有意に長いことが判明した(中央値77.5対29.0日)。偽アルドステロン症の報告で最もよく使用されていた漢方薬は、「芍薬甘草湯(シャクヤクカンゾウトウ)」(90件)、「抑肝散(ヨクカンサン)」(47件)、「六君子湯(リックンシトウ)」(12件)、「補中益気湯(ホチュウエッキトウ)」(10件)などだった。 さらに、偽アルドステロン症と関連する因子を検討した結果、女性(オッズ比1.7、95%信頼区間1.2~2.6)、70歳以上(同5.0、3.2~7.8)、体重50kg未満(同2.2、1.5~3.2)、利尿薬の使用(同2.1、1.3~4.8)、認知症(同7.0、4.2~11.6)、高血圧(同1.6、1.1~2.4)との有意な関連が認められた。また、甘草の1日当たりの投与量(同2.1、1.9~2.3)および漢方薬の14日以上の使用(同2.8、1.7~4.5)も、偽アルドステロン症と有意に関連していた。 著者らは、今回の研究は自己報告のデータを対象としており、過少報告の可能性や臨床的背景の情報が限られることなどを説明した上で、「漢方薬による偽アルドステロン症の実臨床における関連因子が明らかになった」と結論付けている。ただし、今回の研究では抽出された関連因子と偽アルドステロン症との因果関係については検証できず、今後の課題だという。著者らはまた、関連因子のうち、高血圧を特定できたことの意義は大きいとしている。さらに、「複数の因子を持つ患者に対して、甘草を含む漢方薬が14日以上処方される場合は、偽アルドステロン症を予防するために注意深い経過観察が必要である」と述べている。

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アルドステロン合成酵素阻害薬vs.鉱質コルチコイド受容体拮抗薬(解説:浦信行氏)

 アルドステロンは腎尿細管の鉱質コルチコイド受容体(MR)に作用して水・Na代謝を調節するが、その過剰は水・Na貯留を引き起こし、体液量増大を介して昇圧する。したがって、スピロノラクトンをはじめ、MR拮抗薬は降圧薬として用いられてきた。その一方で、降圧作用とは独立して、酸化ストレスの増加やMAPキナーゼの活性化を介して心臓や腎臓障害性に作用することが知られている。したがってMR拮抗薬は降圧薬であると同時に、臓器保護作用を期待して使用される。 アルドステロン合成酵素阻害薬も降圧薬(ジャーナル四天王「コントロール不良高血圧、アルドステロン合成阻害薬lorundrostatが有望/JAMA」2023年9月27日配信)として注目されているが、このたびはCKDに対して尿アルブミンを強力に減少させ、SGLT2阻害薬との併用でも相加的に効果を現すことから、CKD治療薬としての期待を伺わせる報告がなされた。この2種類の薬剤の差別化は可能であろうか。これまでのMR拮抗薬の研究ではMRのリガンドは鉱質コルチコイドのみならず、糖質コルチコイドもリガンドであるが、体内でコルチゾールを速やかに非活性のコルチゾンに代謝する11β-水酸化ステロイド脱水酵素が十分に作用している状態では糖質コルチコイドによる作用はごく限られる。しかし、漢方薬に含まれるグリチルリチンはこの酵素の阻害作用があるため、糖質コルチコイドのMRを介した作用が起こりうる。また、低分子量G蛋白のRac1は、肥満、高血糖、食塩過剰でMR受容体を活性化する。 これらを考慮すると、MR拮抗薬のほうに分があるように見える。しかし、アルドステロンはMRを介した作用だけでなく、それを介さない非ゲノム作用の可能性も報告されており、そうであればアルドステロンの生成を抑えるほうに分がありそうである。この両薬剤の臨床効果の比較を待つことになろうか。

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慢性便秘症ガイドライン改訂、非専門医向けに診療フローチャート

 慢性便秘症は、2010年代にルビプロストン(商品名:アミティーザ)、リナクロチド(同:リンゼス)、エロビキシバット(同:グーフィス)、ポリエチレングリコール(PEG)製剤(同:モビコール)、ラクツロース(同:ラグノス)といった新たな治療薬が開発されている。このように、治療の進歩とエビデンスの蓄積が進む慢性便秘症について、約6年ぶりにガイドラインが改訂され、『便通異常症診療ガイドライン2023―慢性便秘症』が2023年7月に発刊された。そこで、便通異常症診療ガイドラインの作成委員長を務める伊原 栄吉氏(九州大学大学院医学研究院 病態制御内科学)に改訂のポイントを聞いた。新たな慢性便秘症のガイドライン作成が求められていた 慢性便秘症は、QOLが低下するだけでなく、長期生命予後に影響するコモンディジーズである1)。慢性便秘症には、結腸運動機能(便の運搬機能)障害(排便回数減少型)と直腸肛門機能(便の排泄機能)障害(排便困難型)の2つの病態が存在するため、病態に基づいた治療が必要となる。また、2010年代には新たな慢性便秘症治療薬が複数開発されており、これらのエビデンスをまとめ、非専門医向けに診療フローチャートを作成する必要があった。さらに、オピオイド誘発性便秘症の治療法も明らかにする必要もあった。これらの背景から、新たな慢性便秘症のガイドラインの作成が求められており、今回『便通異常症診療ガイドライン2023―慢性便秘症』が作成された。また、便秘は下痢と表裏一体であることから、慢性下痢症のガイドラインも新しく作成することになり、『便通異常症診療ガイドライン』という形で、「慢性便秘症」と「慢性下痢症」に分けて作成された。便通異常症診療ガイドライン2023にフローチャート 慢性便秘症には、上述のとおり「排便回数減少型」と「排便困難型」の2つの病態が存在する。伊原氏は「前版の慢性便秘症診療ガイドライン20172)では、排便困難型に重点が置かれていたため、バランスを取った便秘の定義を作成する必要があった」と述べた。そこで、今回の便通異常症診療ガイドライン改訂では、これら2つの病態が考慮され、便秘は「本来排泄すべき糞便が大腸内に滞ることによる兎糞状便・硬便、排便回数の減少や、糞便を快適に排泄できないことによる過度な怒責、残便感、直腸肛門の閉塞感、排便困難感を認める状態(下線部が排便回数減少型に該当)」と新たに定義された。また、慢性便秘症は「慢性的に続く便秘のために日常生活に支障をきたしたり、身体にも種々の支障をきたしうる病態」と定義された。なお、便秘は状態名であり、(慢性)便秘症は疾患名である。つまり、「便秘のために日常生活に支障をきたしているものが便秘症(疾患)である」と伊原氏は述べた。 今回の便通異常症診療ガイドラインの診断基準は、前版の『慢性便秘症診療ガイドライン2017』に準じており、内容には変更がない。しかし、ここでも「排便回数減少型」と「排便困難型」の2つの病態が考慮され、従来の6項目が排便中核症状(排便回数減少型に相当)と排便周辺症状(排便困難型に相当)に分けて記載された。 慢性便秘症の診療について、今回の便通異常症診療ガイドライン2023ではフローチャートが作成されている。そこにも記載されているが、腫瘍性疾患や炎症性疾患が隠れている可能性もあるため、警告症状や徴候の有無を調べることの重要性を伊原氏は強調した。「警告症状にあてはまるものがあれば、大腸内視鏡検査などを実施してほしい。そこで、機能性便秘症であることがわかってから、慢性便秘症の治療に進んでいただきたい」と述べた。警告症状・徴候の詳細については、便通異常症診療ガイドライン2023の「CQ4-1:慢性便秘症における警告症状・徴候は何か?(p.55)」を参考にされたい。フローチャートで診療の流れが明確に、刺激性下剤はオンデマンド治療 伊原氏によると、機能性便秘症の多くが排便回数減少型であるという。そこで、排便回数減少型の治療について解説いただいた。 便秘症の治療薬について、今回の便通異常症診療ガイドライン2023で強い推奨(エビデンスレベルA)となったのは、「浸透圧性下剤(塩類下剤、糖類下剤、高分子化合物[PEG])」「上皮機能変容薬(ルビプロストン、リナクロチド)」「胆汁酸トランスポーター阻害薬(エロビキシバット)」であった。そこで、これらの薬剤を中心に機能性便秘症治療のフローチャートが作成された。ここでの基本的な治療の流れは「生活習慣の改善→浸透圧性下剤→上皮機能変容薬または胆汁酸トランスポーター阻害薬」である。エビデンスが十分でないと判断された「プロバイオティクス」「膨張性下剤」「消化管運動機能改善薬」「漢方薬」は代替・補助治療薬として記載され、「刺激性下剤」「外用薬(坐剤、浣腸)、摘便」はオンデマンド治療であることが明記された。また、このフローチャートは、2023年5月にAmerican Gastroenterological Association(AGA)およびAmerican College of Gastroenterology(ACG)によって発表された『AGA/ACG Clinical Practice Guideline3)』と細かな違いはあるものの、おおむね同様の内容となっている。 新規作用機序の治療薬の使い分けについても、関心が高いのではないだろうか。そこで、今回の便通異常症診療ガイドライン2023では「FRQ 5-1:ルビプロストン、リナクロチド、エロビキシバットを用いるべき臨床的特徴は何か?(p103、104)」が設定された。回答は「ルビプロストン、リナクロチド、エロビキシバットを用いるべき臨床的特徴は明らかになっておらず、今後のさらなる検討が必要と考えられる」となっており、ガイドライン上では便秘症治療薬の使い分けについて明確には示されなかった。しかし、「少しずつわかってきたこともある」と伊原氏は述べた。「ルビプロストンは若い女性で嘔気が起こりやすいため、若い女性にはエロビキシバットやPEG製剤を選択する」「痛みを伴う便秘症にはリナクロチドを選択する」「PPIを用いている患者は酸化マグネシウムの効果が落ちること、ルビプロストンには粘膜バリアを修復する機能があることから、NSAIDsやPPIを服用している患者にはルビプロストンを選択する」「糖尿病患者など、腸の運動が落ちている可能性がある患者には、腸の運動を亢進させるエロビキシバットを選択する」といった便秘症治療薬の使い分けも考えられるとのことである。ただし、「実際に使用して、効果を判定しながら治療を行ってほしい」とも述べた。 今回、オピオイド誘発性便秘症に対する治療のフローチャートも作成された。ガイドラインには「オピオイド誘発性便秘症が疑われる患者には、浸透圧性下剤、刺激性下剤、ナルデメジン、ルビプロストンが有効である」と記載されているが、伊原氏は「ナルデメジンについては、オピオイドの副作用としての便秘に対する効果はあるが、それ以外の機能性便秘症には効果がないので、どちらが主体の便秘症であるか考えて選択する必要がある」と付け加えた。詳細については、便通異常症診療ガイドライン2023の「CQ5-4:オピオイド誘発性便秘症に対する治療法は何か?(p.101)」と「フローチャート5」を参考にされたい。便通異常症診療ガイドライン2023に慢性便秘症の病態評価 慢性便秘症の病態評価において、放射線不透過マーカー法やMRI/CTの有用性が報告されており、今回の便通異常症診療ガイドライン2023にも取り上げられている(CQ4-3、4-4)。しかし、日常診療での実施は難しいのが現状である。そこで、注目されるのが直腸エコー検査(CQ4-2)であると伊原氏は述べた。「直腸エコーで直腸内に便の貯留がみられない場合は直腸感覚閾値の異常、柔らかい便がみられた場合は便排出障害、三日月状の固い便がみられた場合は坐剤や摘便により改善する可能性が考えられる」と解説した。また、「浣腸を行う前に直腸エコーを行うことで、浣腸の必要性がわかるのではないか」とも述べた。 また、病態評価について「病態評価が難しい現状にあるため、症状分類で構わないので『排便回数減少型』『排便困難型』の分類を行い、排便困難型で症状が重い場合は直腸視診や直腸エコーを実施してほしい。そこで明らかな便排出障害が認められる場合は、専門医への紹介を検討していただきたい」とまとめた。便通異常症診療ガイドライン2023改訂ポイントのまとめ 伊原氏は、今回の便通異常症診療ガイドライン2023改訂のポイントを以下のようにまとめた。(1)便秘と慢性便秘症の定義を改訂した(状態名を便秘、病態[疾患名]を[慢性]便秘症とした)(2)「病態(疾患名)」は、「症」を語尾につけることで、病気ではない「状態名」と区別した(3)定義、分類、診断、治療とすべてにわたり、便が直腸へ運搬できない結腸運動機能障害型(排便回数減少型)、直腸に貯留した便が排泄できない直腸肛門機能障害型(排便困難型)の2つの病態を念頭にいれて作成した(4)慢性便秘症の病態評価において直腸エコー(便秘エコー)の有用性を初めて記載した(5)オピオイド誘発性便秘症の治療法を初めて記載した(6)診療のフローチャートを初めて作成した

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心不全患者と漢方薬の意外な親和性【心不全診療Up to Date】第11回

第11回 心不全患者と漢方薬の意外な親和性Key Points西洋薬のみでは困ることが多い心不全周辺症状との戦い意外とある! 今日からの心不全診療に活かせる漢方薬とそのエビデンスその1 西洋薬のみでは困ることが多い心不全周辺症状との戦いわが国における心不全患者数は増加の一途を辿っており、とくに高齢心不全患者の増加が著しいことは言わずもがなであろう。そして、その多くが、高血圧や心房細動、貧血、鉄欠乏といった併存症を複数有することも明らかとなっている。つまり、高齢心不全診療はMultimorbidity(多疾患併存)時代に突入しており、単に心臓だけを診ていてもうまくいかないことが少なくない1)。日本心不全学会ガイドライン委員会による『高齢心不全患者の治療に関するステートメント』では、「生命予後延長を目的とした薬物治療より生活の質(QOL)の改善を優先するべき場合が少なくない」とされており、高齢心不全ではとくに「QOLをいかに改善できるか」も重要なテーマとなっている。では、その高齢心不全患者において、QOLを低下させている原因は何であろうか。もちろん心不全による息切れなどの症状もあるが、それ以外にも、筋力低下、食思不振、倦怠感、不安、便秘など実に多くの心不全周辺症状もQOLを低下させる大きな原因となっている。しかしながら、これらの症状に対して、いわゆる“西洋薬”のみでは対処に困ることも少なくない。そこで、覚えておいて損がないのが、漢方薬である。漢方薬と聞くと、『the職人技』というようなイメージをお持ちの方もおられると思うが、実は先人の知恵が集結した未来に残すべき気軽に処方できる漢方薬も意外と多く、ここではわかりやすく簡略化した概念を少しだけ説明する。漢方の概念は単純な三大法則から成り立っており、人間の身体活動を行うものを気、血、水(津液)、精とし、これらが体内のさまざまな部分にあり、そしてそれが体内を巡ることで、生理活動を行うと考えられている。それぞれが何を意味するかについては図1をご覧いただきたい。(図1)画像を拡大するでは、どのように病気が起こり、どのようにそれを治療すると先人が考えたか、それを単純にまとめたものが図2である。(図2)画像を拡大するこのように、気・血・水のバランスが崩れると病気になると考えられ、心不全患者に多いとされているのが、気虚、血虚、瘀血、水毒(水滞)であり、その定義を簡単な現代用語で図3にまとめた。(図3)画像を拡大するそう、この図を見ると、心不全患者には、浮腫を起こす水毒だけでなく、倦怠感を引き起こす気虚、便秘を引き起こす瘀血など、心不全周辺症状にいかに対処するかについて、漢方の世界では昔からおのずと考えられていたのではないかと個人的には思うわけである。では、具体的に今日から役立つ漢方処方には何があるか、説明していきたい。その2 意外とある!今日からの心不全診療に活かせる漢方薬とそのエビデンス今日からの心不全診療に活かせる漢方薬、それをまとめたものが、図4である2)。(図4)画像を拡大するまずは即効性のある処方から説明していこう。漢方といえばすぐには効かないという印象があるかもしれないが、実は即効性のある処方も多くある。たとえば、高齢者の便秘に対してよく用いられる麻子仁丸がそれに当たる。また効果のある患者(レスポンダー)の割合も多く、高齢のATTR心アミロイドーシス患者の難治性便秘に対して有効で即効性があったという報告もある3)。なお、心不全患者でもよく経験するこむら返りに対して芍薬甘草湯が有名であるが、この処方には甘草が多く含まれており、定期内服には向かず、繰り返す場合は、効果の面からも疎経活血湯がお薦めである(眠前1~2包)4)。また、心不全患者のサルコペニア、身体的フレイルに対しては、牛車腎気丸、人参養栄湯が有効な場面があり、たとえば人参養栄湯については、高齢者に対する握力や骨格筋への良い影響があったという報告もある5)。心不全患者の食思不振、倦怠感に対しては、グレリン(食欲亢進ホルモン)の分泌抑制阻害作用が報告されている六君子湯6)、補中益気湯、人参養栄湯が、そして不安、抑うつ、不眠などの精神的フレイルに対しては、帰脾湯、加味帰脾湯がまず選択されることが多い。これらの処方における基礎研究なども実は数多くあり、詳細は参考文献2を参照にされたい。そして、心不全患者で最も多い症状がうっ血であり、それに対しても漢方薬が意外と役立つことがある。うっ血改善のためにはループ利尿薬をまず用いるが、慢性的に使用することで、RAAS系や交感神経系の亢進を来し、腎機能障害、電解質異常、脱水などの副作用もよく経験する。そんな利尿薬のデメリットを補完するものとして漢方薬の可能性が最近注目されている。うっ血改善目的によく使用する漢方は図4の通りであるが、今回は研究面でもデータの多い五苓散を取り上げる。五苓散の歴史は古く、約1,800年前に成立した漢方の古典にも記載されている薬剤で、水の偏りを正す水分バランス調整薬として経験的に使用されてきた。五苓散のユニークな特徴としては、全身が浮腫傾向にあるときは尿量を増加させるが、脱水状態では尿量に影響を与えないとされているため7)、心不全入院だけでなく、高齢心不全患者でときどき経験する脱水による入院、腎機能障害などが軽減できる可能性が示唆され、その結果として医療費の軽減効果も期待される。五苓散は、脳外科領域で慢性硬膜下血腫に対する穿頭洗浄術による血腫除去後の血腫再発予防を目的として、経験的に使用されることも多い。そのDPCデータベースを用いた研究において入院医療費を比較した結果、五苓散投与群のほうが非投与群と比較して有意に低かったという報告がある8)。五苓散の心不全患者への実臨床での有用性についても、症例報告、ケースシリーズ、症例対照研究などによる報告がいくつかある2)。これらの結果から、心不全患者において五苓散が有用な症例が存在することは経験的にわかっているが、西洋薬のように大規模RCTで検証されたことはなく、そもそも漢方エキス製剤の有用性を検証した大規模RCTは過去に一度も実施されていない。そこへ一石を投じる試験、GOREISAN-HF trialが現在わが国で進行中であり、最後に紹介したい。この試験は、うっ血性心不全患者を対象とし、従来治療に五苓散を追加する新たなうっ血戦略の効果を検証する大規模RCTである9)。目標症例数は2,000例以上で、現在全国71施設にて進行中であり、この研究から多くの知見が得られるものと期待される。循環器領域は、あらゆる領域の中でとくにエビデンスが豊富で、根拠に基づいた診療を実践している領域である。今後は、最新の人工知能技術なども駆使しながら、さらに研究が進み、西洋医学、東洋医学のいいとこ取りをして、患者さんのQOLがより向上することを切に願う。1)Forman DE, et al. J Am Coll Cardiol. 2018;71:2149-2161.2)Yaku H, et al. J Cardiol. 2022;80:306-312.3)Imamura T, et al. J Cardiol Cases. 2022;25:34-36.4)土倉 潤一郎ほか. 再発性こむら返りに疎経活血湯を使用した33例の検討. 日本東洋医学雑誌. 2017;68:40-46.5)Sakisaka N, et al. Front Nutr. 2018;5:73.6)Takeda H, et al. Gastroenterology. 2008;134:2004-2013.7)Ohnishi N, et al. Journal of Traditional Medicines. 2000;17:131-136.8)Yasunaga H, et al. Evid Based Complement Alternat Med. 2015;2015:817616.9)Yaku H, et al. Am Heart J. 2023;260:18-25.参考1)Kracie:漢方セラピー2)TSUMURA MEDICAL SITE 「心不全と栄養~体に優しく、バランスを整える~」

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オールシングスマストパス~高齢者の抗うつ薬の選択についての研究の難しさ(解説:岡村毅氏)

 従来のRCTの論文とはずいぶん違う印象だ。無常(All Things Must Pass)を感じたのは私だけだろうか。この論文、老年医学を専門とする研究者には、突っ込みどころ満載のように思える。とはいえ現実世界で大規模研究をすることは大変であることもわかっている。 順に説明していこう。2種類の抗うつ薬に反応しないものを治療抵抗性うつ病という。こういう場合、臨床的には「他の薬を追加する増強療法」(augmentation)か「他の種類の薬剤への変更」(switch)のどちらを選択するべきかというのは臨床的難問だ。これに対して、うつ病一般においてはSTAR*Dなどの大規模な研究が行われてきた。本研究はOPTIMUM研究と名付けられ、やはりNIH主導で大規模に行われた。 結果であるが、アリピプラゾールの増強療法が比較的優れた効果を示した。とはいえ、ステップ1で比較されているbupropionは本邦未承認であるから日本の臨床家への示唆はあまりない。なおステップ2で比較対象となっているのはリチウムの増強療法とノルトリプチリンへの変更であるが、これらは本邦でも使用できる。 以下は、この論文を批判的に眺めた感想である。 第1にプロトコルがまったく安定していない。途中までステップ2への直接参加が可能になっているが、途中から禁じられた。参加基準も当初PHQ-9で6点以上であったのが、途中から10点以上になっている。さまざまな横やりがあったことが推測される。 第2に参加者は普通に薬局で薬をもらっているので、増強(追加)されているのか変更されているのかがわかってしまう。単純化すると、前者は錠剤が1錠増えるし、後者は増えない。プラセボで良くなる高齢者が多いから、この点は重要だ。 第3に認知機能の検査は一応しているが(supplementaryの隅まで読んでようやく書いてあったが、これは最も重要な点ではないか?)、Short blessed testで10点以上はダメというあまりにも粗い基準だ。さまざまな認知機能の人が含まれているに違いない。 第4に脳梗塞に伴う治療抵抗性うつ病も含まれているはずだが、これはdepression-executive dysfunctionともいい、高齢期のうつ病の難問の一つである。生活障害が大きく、むしろ非薬物治療が効果的とされる。この群は何をやっても変わらないだろうが、期間中に良いデイケアに行き始めたら劇的に回復することだろう。この議論が抜け落ちている。 第5に、アウトカムは「健やかさ」(wellbeing)になっている。これは当事者団体の意見等を反映させたということである。「症状は外から見ると減ったようです、でも本人は苦しいです」というのでは意味がないのだから良いことともいえる。薬剤の効果を症状だけで見るのは「古い」医学者であり、リカバリーのようなより主観的なものが現在好まれる。しかし薬剤の効果をwellbeingで見ることは、拡大した医療化であり、危険をはらんでいると個人的には思っている。というのは、高齢者ではとくにそうだが、さまざまな出来事(人間関係、出会いと別れ、とくに死別、体調、他の疾患の状態など)によりwellbeingは大きく影響を受けるのだ。公平を期すために、この研究でも「社会参加」も測定されていることは述べておく。 第6に、結果的には、bupropion変更組とリチウム増強組では、きちんと定められた分量までいって寛解している者は10%もいないとのことであり、とても低いところで比較しているというのは否めまい。 第7に転倒が多い。対照がないので、高齢者とはそういうものだと言われればそれまでだが、良い結果の治療でも3人に1人は転倒しているし、最も悪い群は55%が転倒している。この研究は増強vs.変更を比較しているので、これを言ってしまうとちゃぶ台返しになってしまうが…「この人はうつ病で、薬で治すべし」という大前提がここでは間違っているんじゃないか。この際、漢方薬に変えて、生活も変えてみてはどうかと提案する(たとえば地域の集まりや運動に行くとか、それこそお寺に行ってみるとか)というのが日本の小慣れた臨床医の対応ではないだろうか。 第8に…これくらいでやめておこう。 僕らはRCTで少しでも科学的に妥当な知見を手に入れて、患者さんにより妥当な治療を提案し、結果的に多くの患者さんを幸せにしたいという根源的な欲求がある。しかし高齢者を対象にしたこの論文を読むと、さまざまな現実のノイズにより、非常に読みにくく、苦しい印象を受けた。RCT、メタアナリシス、さらにネットワークメタアナリシスに心躍らされた時代はもしかしたら、長い歴史の中のそよ風なのかもしれず(Times They Are A-Changin)、無常(All Things Must Pass)を感じる。一方で、批判だけするつもりはない。医療者の主観や勘に頼った時代に戻ってよいわけはない。なんか苦しいなあと思いながら、批判的に読み、そしてこのような大規模研究を苦しみながら遂行した仲間に最大の敬意を払いつつも、この知見が目の前の患者さんに適応できるかどうかを考え続けるしかないのではないか。 考えてみれば、この薬が一番いいですという単純な世界(うつ病ですか、じゃあエスシタロプラムかゾロフトでしょうみたいな)なら、医師なんていらないではないか。目の前の患者さんが、医療の対象にするべきことが何割で、医療が対象にしてはいけないことが何割かを判断する必要があるし、どの見方を採用するか(たとえば高齢者の抑うつ症状なら、感情障害、認知機能障害、脳血管障害といったさまざまな次元がある)を常に選択する必要がある。患者の高齢化に伴い、臨床はより頭を使う仕事になってきたように感じる。

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葛根湯+小柴胡湯加桔梗石膏でコロナ増悪抑制の可能性/東北大学ほか

 軽症および中等症Iの新型コロナウイルス感染症患者に対し、葛根湯と小柴胡湯加桔梗石膏を追加投与することで、発熱症状が早期に緩和し、呼吸不全への増悪リスクが低かったことが、東北大学大学院医学系研究科漢方・統合医療学共同研究講座の高山 真氏らの研究グループによる多施設共同ランダム化比較試験で明らかになった。Frontiers in pharmacology誌2022年11月9日掲載の報告。葛根湯と小柴胡湯加桔梗石膏を併用したコロナ患者は増悪リスクが低かった 調査は、2021年2月22日~2022年2月16日にかけて国内7施設で行われた。20歳以上の軽症および中等症Iの新型コロナウイルス感染症患者161例を、解熱薬や鎮咳薬による通常治療を行うグループ(対照群、80例)と、通常治療に加えて葛根湯エキス顆粒2.5gと小柴胡湯加桔梗石膏エキス顆粒2.5gを1日3回14日間併用するグループ(漢方薬群、81例)にランダムに割り付け、その効果を比較検討した。主要評価項目は1つ以上の風邪様症状の緩和までの日数で、副次的評価項目は各症状が緩和するまでの日数および呼吸不全への増悪であった。 コロナ治療に葛根湯と小柴胡湯加桔梗石膏を併用する効果を比較検討した主な結果は以下のとおり。・解析対象となったコロナ患者は、葛根湯と小柴胡湯加桔梗石膏を併用する漢方薬群70例(男性45例[64.3%]、年齢中央値35歳)、対照群73例(男性47例[64.4%]、年齢中央値37歳)であった。・1つ以上の風邪様症状緩和までの日数は、漢方薬群と対照群で有意差はみられなかった(p=0.43)。・共変量調整後の累積発熱率では、漢方薬群のほうが対照群より有意に回復が早かった(ハザード比[HR]:1.76、95%信頼区間[CI]:1.03~3.01、p=0.0385)。・中等症Iのコロナ患者における呼吸不全への増悪リスクは、漢方薬群のほうが対照群よりも低かった(リスク差:−0.13、95%CI:−0.27~0.01、p=0.0752)。・両群で薬物投与に関連する有害事象に有意な差はみられなかった。

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従来の薬剤治療up dateと新規治療薬の位置付け【心不全診療Up to Date】第2回

第2回 従来の薬剤治療up dateと新規治療薬の位置付けKey Pointsエビデンスが確立している心不全薬物治療をしっかり理解しよう!1)生命予後改善薬を導入、増量する努力が十分にされているか?2)うっ血が十分に解除されているか?3)服薬アドヒアランスの良好な維持のための努力が十分にされているか?はじめに心不全はあらゆる疾患の中で最も再入院率が高く1)、入院回数が多いほど予後不良といわれている2)。また5年生存率はがんと同等との報告もあり3)、それらをできる限り抑制するためには、診療ガイドラインに準じた標準的心不全治療(guideline-directed medical therapy:GDMT)の実施が極めて重要となる4)。なぜこれから紹介する薬剤がGDMTの一員になることができたのか、その根拠までさかのぼり、現時点での慢性心不全の至適薬物療法についてまとめていきたい。なお、現在あるGDMTに対するエビデンスはすべて収縮能が低下した心不全Heart Failure with reduced Ejection Fraction(HFrEF:LVEF<40%)に対するものであり、本稿では基本的にはHFrEFについてのエビデンスをまとめる。 従来の薬剤治療のエビデンスを整理!第1回で記載したとおり、慢性心不全に対する投薬は大きく2つに分類される。1)生命予後改善のための治療レニン–アンジオテンシン–アルドステロン系(RAAS)阻害薬(ACE阻害薬/ARB、MR拮抗薬)、β遮断薬、アンジオテンシン受容体-ネプリライシン阻害薬(ARNI)、SGLT2阻害薬、ベルイシグアト、イバブラジン2)症状改善のための治療利尿薬、利水剤(五苓散、木防已湯、牛車腎気丸など)その他、併存疾患(高血圧、冠動脈疾患、心房細動など)に対する治療やリスクファクター管理なども重要であるが、今回は上記の2つについて詳しく解説していく。1. RAAS阻害薬(ACE阻害薬/ARB、MR拮抗薬)1)ACE阻害薬、ARB(ACE阻害薬≧ARB)【適応】ACE阻害薬のHFrEF患者に対する生命予後および心血管イベント改善効果は、1980年代後半に報告されたCONSENSUSをはじめ、SOLVDなどの大規模臨床試験の結果により、証明されている5,6)。無症候性のHFrEF患者に対しても心不全入院を抑制し、生命予後改善効果があることが証明されており7)、症状の有無に関わらず、すべてのHFrEF患者に投与されるべき薬剤である。ARBについては、ACE阻害薬に対する優位性はない8–11)。ブラジキニンを増加させないため、空咳がなく、ACE阻害薬に忍容性のない症例では、プラセボに対して予後改善効果があることが報告されており12)、そのような症例には適応となる。【目標用量】ATLAS試験で高用量のACE阻害薬の方が低用量より心不全再入院を有意に減らすということが報告され(死亡率は改善しない)13)、ARBについても、HEAAL試験で同様のことが示された14)。では、腎機能障害などの副作用で最大用量にしたくてもできない症例の予後は、最大用量にできた群と比較してどうなのか。高齢化が進み続けている実臨床ではそのような状況に遭遇することが多い。ACE阻害薬についてはそれに対する答えを示した論文があり、その2群間において、死亡率に有意差は認めず、心不全再入院等も有意差を認めなかった15)。つまり、最大”許容”用量を投与すれば、その用量に関係なく心血管イベントに差はないということである。【注意点】ACE阻害薬には腎排泄性のものが多く、慢性腎臓病患者では注意が必要である。ACE阻害薬/ARB投与開始後のクレアチニン値の上昇率が大きければ大きいほど、段階的に末期腎不全・心筋梗塞・心不全といった心腎イベントや死亡のリスクが増加する傾向が認められるという報告もあり、腎機能を意識してフォローすることが重要である16)。なお、ACE阻害薬とARBの併用については、心不全入院抑制効果を報告した研究もあるが9,17)、生存率を改善することなく、腎機能障害などを増加させることが報告されており11,18)、お勧めしない。2)MR拮抗薬(スピロノラクトン、エプレレノン)【適応】スピロノラクトンは、RALES試験にて重症心不全に対する予後改善効果(死亡・心不全入院減少)が示された19)。エプレレノンは、心筋梗塞後の重症心不全に対する予後改善効果が示され20)、またACE阻害薬/ARBとβ遮断薬が85%以上に投与されている比較的軽症の慢性心不全に対しても予後改善効果が認められた21)。以上より、ACE阻害薬/ARBとβ遮断薬を最大許容用量投与するも心不全症状が残るすべてのHFrEF患者に対して投与が推奨されている。【目標用量】上記の結果より、スピロノラクトンは50mg、エプレレノンも50mgが目標用量とされているが、用量依存的な効果があるかについては証明されていない。なお、EMPHASIS-HF試験のプロトコールに、具体的なエプレレノンの投与方法が記載されているので、参照されたい21)。【注意点】高カリウム血症には最大限の注意が必要であり、RALES試験の結果発表後、スピロノラクトンの処方率が急激に増加し、高カリウム血症による合併症および死亡も増加したという報告もあるくらいである22)。血清K値と腎機能は定期的に確認すべきである。ただ近年新たな高カリウム血症改善薬(ジルコニウムシクロケイ酸ナトリウム水和物)が発売されたこともあり、過度に高カリウム血症を恐れる必要はなく、できる限り予後改善薬を継続する姿勢が重要と考えられる。またRALES試験でスピロノラクトンは女性化乳房あるいは乳房痛が10%の男性に認められ19)、実臨床でも経験されている先生は多いかと思う。その場合は、エプレレノンへ変更するとよい(鉱質コルチコイド受容体に選択性が高いのでそのような副作用はない)。2. β遮断薬(カルベジロール、ビソプロロール)【適応】β遮断薬はWaagsteinらが1975年に著効例7例を報告して以来(その時は誰も信用しなかった)、20年の時を経て、U.S. Carvedilol、MERIT−HF、CIBIS II、COPERNICUSなどの大規模臨床試験の結果が次々と報告され、30~40%の死亡リスク減少率を示し、重症度や症状の有無によらずすべての慢性心不全での有効性が確立された薬剤である23–26)。日本で処方できるエビデンスのある薬剤は、カルベジロールとビソプロロールだけである。カルベジロールとビソプロロールを比較した研究もあるが、死亡率に有意差は認めなかった27)。なお、慢性心不全治療時のACE阻害薬とβ遮断薬どちらの先行投与でも差はないとされている28)。【目標用量】用量依存的に予後改善効果があると考えられており、日本人ではカルベジロールであれば20mg29)、ビソプロロールであれば5mgが目標用量とされているが、海外ではカルベジロールであれば、1mg/kgまで増量することが推奨されている。【注意点】うっ血が十分に解除されていない状況で通常量を投与すると心不全の状態がかえって悪化することがあるため、少量から開始すべきである。そして、心不全の増悪や徐脈の出現等に注意しつつ、1~2週間ごとに漸増していく。心不全が悪化すれば、まずは利尿薬で対応する。反応乏しければβ遮断薬を減量し、状態を立て直す。また徐脈などの副作用を認めても、中止するのではなく、少量でも可能な限り投与を継続することが重要である。3. 利尿薬(ループ利尿薬、サイアザイド系利尿薬、トルバプタン)、利水剤(五苓散など)【適応】心不全で最も多い症状は臓器うっ血によるものであり、浮腫・呼吸困難などのうっ血症状がある患者が利尿薬投与の適応である。ただ、ループ利尿薬は交感神経やRAS系の活性化を起こすことが分かっており、できる限りループ利尿薬を減らした状態でいかにうっ血コントロールをできるかが重要である。そのような状況で、新たなうっ血改善薬として開発されたのがトルバプタンであり、また近年利水剤と呼ばれる漢方薬(五苓散、木防已湯、牛車腎気丸など)もループ利尿薬を減らすための選択肢の1つとして着目されており、心不全への五苓散のうっ血管理に対する有効性を検証する大規模RCTであるGOREISAN-HF試験も現在進行中である。この利水剤については、また別の回で詳しく説明する。【注意点】あくまで予後改善薬を投与した上で使用することが原則。低カリウム血症、低マグネシウム血症、腎機能増悪、脱水には注意が必要である。新規治療薬の位置付け上記の従来治療薬に加えて、近年新たに保険適応となったHFrEF治療薬として、アンジオテンシン受容体-ネプリライシン阻害薬(Angiotensin receptor-neprilysin inhibitor:ARNI)、SGLT2阻害薬(ダバグリフロジン、エンパグリフロジン)、ベルイシグアト、イバブラジンがある。上記で示した薬物療法をHFrEF基本治療薬とするが、効果が不十分な場合にはACE阻害薬/ARBをARNIへ切り替える。さらに、心不全悪化および心血管死のリスク軽減を考慮してSGLT2阻害薬を投与する。第1回でも記載した通り、これら4剤を診断後できるだけ早期から忍容性が得られる範囲でしっかり投与する重要性が叫ばれている。服薬アドヒアランスへの介入は極めて重要!最後に、施設全体のガイドライン遵守率を改めて意識する重要性を強調しておきたい。実際、ガイドライン遵守率が患者の予後と関連していることが指摘されている28)。そして何より、処方しても患者がしっかり内服できていないと意味がない。つまり、内服アドヒアランスが良好に維持されるよう、医療従事者がしっかり説明し(この薬がなぜ必要かなど)、サポートをすることが極めて重要である。このような多職種が介入する心不全の疾病管理プログラムは欧米のガイドラインでもクラスIに位置づけられており、ぜひ皆様には、このGDMTに関する知識をまわりの看護師などに還元し、チーム医療という形でそれが患者へしっかりフィードバックされることを切に願う。1)Jencks SF, et al. N Engl J Med.2009;360:1418-1428.2)Setoguchi S, et al. Am Heart J.2007;154:260-266. 3)Stewart S, et al. Circ Cardiovasc Qual Outcomes.2010;3:573-580.4)McDonagh TA, et al.Eur Heart J. 2022;24:4-131.5)CONSENSUS Trial Study Group. N Engl J Med. 1987;316:1429-1435.6)SOLVD Investigators. N Engl J Med. 1991;325:293-302.7)SOLVD Investigators. N Engl J Med. 1992;327:685-691.8)Pitt B, et al.Lancet.2000;355:1582-1587.9)Cohn JN, et al.N Engl J Med.2001;345:1667-1675.10)Dickstein K, et al. Lancet.2002;360:752-760.11)Pfeffer MA, et al.N Engl J Med. 2003;349:1893-1906.12)Granger CB, et al. Lancet.2003;362:772-776.13)Packer M, et al.Circulation.1999;100:2312-2318.14)Konstam MA, et al. Lancet.2009;374:1840-1848.15)Lam PH, et al.Eur J Heart Fail.. 2018;20:359-369.16)Schmidt M, et al. BMJ.2017;356:j791.17)McMurray JJ, et al.Lancet.2003;362:767-771.18)ONTARGET Investigators. N Engl J Med.2008;358:1547-1559.19)Pitt B, et al. N Engl J Med.1999;341:709-717.20)Pitt B, et al. N Engl J Med.2003;348:1309-1321.21)Zannad F, et al. N Engl J Med.2011;364:11-21.22)Juurlink DN, et al. N Engl J Med.2004;351:543-551.23)Packer M, et al.N Engl J Med.1996;334:1349-1355.24)MERIT-HF Study Group. Lancet. 1999;353:2001-2007.25)Dargie HJ, et al. Lancet.1999;353:9-13.26)Packer M, et al.N Engl J Med.2001;344:1651-1658.27)Düngen HD, et al.Eur J Heart Fail.2011;13:670-680.28)Fonarow GC, et al.Circulation.2011;123:1601-10.29)日本循環器学会 / 日本心不全学会合同ガイドライン「急性・慢性心不全診療ガイドライン(2017年改訂版)」

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