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認知症の評価に視覚活用、アイトラッキングシステムとは

 早期認知症発見のためのアイトラッキング技術を用いた「汎用タブレット型アイトラッキング式認知機能評価アプリ」の神経心理検査用プログラム『ミレボ』が2023年10月に日本で初めて医療機器製造販売承認を取得した。発売は24年春を予定している。この医療機器は日本抗加齢協会が主催する第1回ヘルスケアベンチャー大賞最終審査会(2019年開催)で大賞を取った武田 朱公氏(大阪大学大学院医学系研究科 臨床遺伝子治療学)の技術開発を基盤として同第5回大賞(10月27日開催)を受賞した高村 健太郎氏(株式会社アイ・ブレインサイエンス)らが産業化に成功したもの。 本稿では第5回ヘルスケアベンチャー大賞最終審査会での高村氏のプレゼンテーション、第3回日本抗加齢医学会WEBメディアセミナーでの武田氏の講演内容を踏まえ、このプログラムの開発経緯や今後の展望について紐解いていく。アイトラッキング式認知機能評価アプリとは 認知症疑い患者に対し従来行われているMMSEや改訂長谷川式認知症スケール(HDS-R)といった認知機能検査では、患者の心理的負担(緊張、焦り、落胆、怒りなど自尊心を傷付け心理的ストレスを招きやすい)、医療者負担(時間的制約、専門スタッフの在籍)、検査者間変動(採点のバラツキ)が課題になっているが、近年、AIを活用した新たな認知症診断技術として、脳波、視線、表情、音声、体動などのデータをAIによって定量化することで鑑別診断や予後予測ができるまで研究が進んでいる。また、現代では認知症の危険因子のなかに回避可能なものが多く存在することが医学的にも解明したこと、アルツハイマー病の根本的治療法が臨床応用されつつあることから、早期認知症患者の早期発見・治療導入のためのスクリーニング方法に注目が集まっている。 そこで、高村・武田両氏らは現場での課題を解決するべく新たなスクリーニング法の開発に着目し、認知症領域に一筋の光をもたらした。それがアイトラッキング式認知機能評価アプリである。両氏によると、認知症検査には▽安価▽特殊な機器が不要▽短時間(3分以内)▽言語依存性が低いなどの条件が求められるが、本アプリは「目の動きを利用した『眺めるだけの認知機能検査』技術。使用方法は簡便で、患者は“画面に表示される質問に沿ってタブレット画面を3分間見るだけ”。データを自動的にスコア化し、定量的かつ検査者の知識や経験に依存せず客観的に評価することが可能であり、まさに『短時間・簡易・低コスト』を実現した製品」と高村氏は話した。 さらに、認知症は非専門医による診断も難しい点が臨床課題であったが、臨床的に認知症と診断された被験者およびそれ以外の被験者(認知機能健常者および軽度認知障害[MCI]が疑われる被験者含む)を対象に実施した臨床試験において、主要評価項目である本アプリによる検査スコアとMMSEの総合点において高い相関が認められた。加えて、副次評価項目である検査者に対する使用評価調査において検査者の負担軽減が確認されたことから、認知症を診断できる施設数の増加にも寄与できる可能性がある。このほか、本アプリは多言語対応も可能であることから、将来展望として認知症患者が増加傾向のアジア圏をはじめ、欧米にも日本発の技術を輸出・展開し世界進出を図る予定だという。“技術の産業化”を果たし、ヘルスケア産業・医療界に参入 なお、薬機法に規制されない一般向けアプリとして認知機能評価法『MIRUDAKE』による事業化も進めており、公的機関(高齢者の免許更新時の検査など)、検診サービス(住民健診など)、介護サービス事業(デイサービスでの重点見守りなど)への提供をスタートさせている。 第1回大賞受賞時の宿題であった“技術の産業化”を見事に果たした両氏。アイトラッキング技術をさらに応用して認知症のみならず、本アプリからの情報をAI解析することで高い精度でMCIの発見を行う、ADHDや大うつ病の検査補助、認知症の予防/治療を行うDTxの実用化などさらなるSaMD創出に意欲を示している。認知症領域の現状 国内65歳以上の5人に2人は認知症またはMCIと推算されている。世界規模では開発途上国(とくにアジア圏)での患者数が増加傾向で、2050年には認知症患者数は1億3,150万例になることが予想されている。今秋には国内でもレカネマブの承認が報道されたことで、物忘れ外来の受診患者が増えている病院もあるそうだが、外来での診察時間は1人あたり10~15分程度と限られ、認知機能検査に時間を割くことが厳しく、診断や治療へコストをかけることができないのが現状である。ヘルスケアベンチャー大賞とは アンチエイジング領域においてさまざまなシーズをもとに新しい可能性を拓き社会課題の解決につなげていく試みとして、坪田 一男氏(日本抗加齢医学会イノベーション委員会委員長)らが2019年に立ち上げたもの。第5回の受賞者は以下のとおり。〇大賞株式会社アイ・ブレインサイエンス「認知症の早期診断を実現する医療機器の実用化」〇学会賞(企業)株式会社AutoPhagyGO 「健康寿命延伸を目指したオートファジー活性評価事業」〇ヘルスケアイノベーションチャレンジ賞(企業)エピクロノス株式会社「日本人に最適化されたエピゲノム年齢測定によるアンチエイジングの見える化」株式会社TrichoSeeds「男性型脱毛症治療のための毛髪の再生医療」株式会社プリメディカ「日本人腸内細菌叢データベースを活用した腸内環境評価システムの開発」〇アイデア賞(個人)市川 寛氏(同志社大学大学院)「超音波照射による酸化ストレス耐性誘導を介した老化関連疾患予防法の開発」楠 博氏(大阪歯科大学)「オーラルフレイルの新規診断法と治療薬の探索-医科からのアプローチ」

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第192回 レームダック政権で年末にバタバタと決まる重要施策、診療報酬改定率、紙の保険証廃止、レカネマブ薬価

2024年度診療報酬改定率、本体0.88%プラスにこんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。年の瀬も迫り、大谷 翔平選手のドジャース入団会見と前後するような形で、医療の世界でもいろいろなことがバタバタ、エイヤ!と決まっています。それにしても、大谷選手関連ニュースのコメンテーターとしてテレビ朝日系列の番組などに、楽天・前監督でシニアディレクターの石井 一久氏が出演し、呑気な発言を繰り返していたのには首を傾げてしまいました。今年の自軍での大不祥事(安楽 智大投手の時代錯誤のパワハラ)について、石井氏は公の場で何の発言もしていません。安楽問題からは逃げて、大谷関連のコメントをテレビで喜々として行っている石井氏に対し、SNS上では呆れ声だけでなく、バッシングも巻き起こっているそうです。ジャニーズ問題とも共通しますが、石井氏を使うテレビ局もテレビ局ですね。さて、12月15日、政府は2024年度診療報酬の改定率の方針を決め、最終調整に入りました。岸田 文雄首相、鈴木 俊一財務相、武見 敬三厚労相が協議し、合意したとのことです。医師の技術料や医療従事者の人件費となる「本体」は0.88%の引き上げ、「薬価」は約1%程度の引き下げ、全体の改定率は0.1%程度のマイナス改定になるとのことです。ちなみに診療報酬1%分は約4,800億円に当たり、約9割が保険料と公費などで賄われています。「財務省vs.日本医師会をはじめとする医療関係団体・厚生労働省」の争いが決着2024年度の診療報酬改定率を巡っては、本連載の「第187回」、「第188回」、「第190回」でも取り上げて来たように、財務省と日本医師会などの医療関係団体との間で激しい攻防が繰り広げられてきました。本体0.88%引き上げという数字は、一体どう解釈すればいいのでしょう。今回の「診療報酬改定シリーズ」は、端的に言って「財務省vs.日本医師会をはじめとする医療関係団体・厚生労働省」の争いでした。財務省は医療従事者の賃上げに理解を示しつつも国民の保険料負担を軽減するため本体マイナスが必要だと主張、賃上げの原資として“儲かっている“診療所の利益剰余金を充てるよう求めました。対する日本医師会をはじめとする医療関係団体は賃上げと物価対応のため本体の大幅な引き上げを要求、厚労省もこれに歩調を合わせ、「本体」の1%超の引き上げを求めていました。全体をマイナス1%で財務省の顔を立て、本体プラスで日医の顔も立てる本体の0.88%プラスは、前回2022年度改定の0.43%、前々回2020年度改定の0.55%を大幅に上回る水準です。岸田首相としては、政権が重要施策として掲げる賃上げ実現に配慮しつつ、全体をマイナス1%程度に抑えることで、財務省の顔もなんとか立てた形となりました。まだ正式確定していない段階ですが、日本医師会は12月15日コメントを公表、「医療・介護分野の賃金上昇は他産業に大きく遅れをとってきましたが、令和6年春闘の先鞭となる賃上げの実現、さらには物価高騰への対応の財源を一定程度確保いただいたとのことです。政府・与党はじめ多くの関係者の皆様に実態をご理解いただけたものと実感しており、必ずしも満足するものではありませんが、率直に評価をさせていただきたいと思います」と一定の評価をしています。松本 吉郎会長が会長として臨んだ初めての診療報酬改定だけに、かろうじて1%近い「本体プラス」を“勝ち取った”という意味で、日医としてはこのようなコメントになったのでしょう。「医師、歯科医師、薬剤師及び看護師以外の医療従事者」の賃上げがどこまで実現できるかなお、本体プラス分0.88%のうち、薬剤師や看護師、看護助手などの賃上げ分で0.61%、入院患者の食費の引き上げに0.06%を充てるとしており、賃上げ率は定期昇給分を含めて4%程度になる見通しだそうです。先頃中央社会保険医療審議会で決まった2024年度診療報酬改定の基本方針は、「人材確保・働き方改革等の推進」を重点課題に位置付け、「その際、特に医師、歯科医師、薬剤師及び看護師以外の医療従事者の賃金の平均は全産業平均を下回っており、また、このうち看護補助者については介護職員の平均よりも下回っていることに留意した対応が必要」としました。これからは、中医協での具体的な配分の議論に移ります。せっかく本体プラスとなったのですから、今回の改定が、「医師、歯科医師、薬剤師及び看護師以外の医療従事者」の賃上げが本当に実現できる内容になればと思います。現行の健康保険証の発行を来年秋に終了しマイナ保険証を基本とする仕組みに移行することも正式決定バタバタ決まったと言えば、マイナンバーカードを保険証として使う「マイナ保険証」への移行についても、先週、国の方針が決定しました。12月12日、岸田首相は「予定通り、現行の健康保険証の発行を来年秋に終了し、マイナ保険証を基本とする仕組みに移行する」と表明したのです。この日開かれた第5回マイナンバー情報総点検本部では、総点検対象件数8,208万件のうち99.9%のデータについて本人確認を終了し、残る障害者手帳情報の一部のデータについても12月中に終了できる見通しとなり、総点検完了の目処が立ったと報告されました。総点検では、紐付けの誤りはすでに公表されているものを含め8,351件、割合にして0.01%だったそうです。これらについてはすでに閲覧を停止した上で、各自治体等において紐付け誤りの修正作業を進めていくとのことです。岸田首相は「マイナンバーカードは、デジタル社会における公的基盤。医療分野においても、マイナ保険証は、患者本人の薬剤や診療のデータに基づくより良い医療、なりすまし防止など、患者・医療現場にとって多くのメリットがあり、さらに、電子処方箋や電子カルテの普及・活用にとっても核となる、我が国の医療DXを進める上での基盤だ。まずは一度、国民にマイナ保険証を使っていただき、より質の高い医療などメリットを感じていただけるよう、医療機関や保険者とも連携して、利用促進の取組を積極的に行っていく」とマイナ保険証の活用促進を訴えました。一方、河野 太郎デジタル相はマイナンバー情報総点検本部開催後の記者会見で、「(国民の)不安を払拭するための措置を執るということで、措置(総点検)を執ったので廃止する。イデオロギー的に反対する方は、いつまでたっても不安だ不安だと言うだろう。それでは物事が進まない。きちんとした措置を執ったということで進める」と述べました。「弱腰の岸田首相を河野大臣が説得」との報道も12月12日付の朝日新聞の記事によれば、この紙の保険証廃止の表明については、ギリギリまで調整が続いたそうです。同紙は、「世論の反発を懸念した官邸側が、先送りの方針をデジタル庁に伝えた。報告を受けた河野氏は11日午前、『総理と直接話して説得する』と反発。デジタル庁幹部が官邸を訪れて首相周辺と協議し、具体的な日付を示さずに廃止を明言することで決着した」と書いています。岸田首相は紙の保険証廃止についても弱腰だったとは、情けなくなります。パーティー券収入のキックバック問題等もあり、防衛増税も先送りとなっています。この期に及んで、岸田内閣のもう一つの目玉とも言える医療DXの要、マイナ保険証も先送りとしてしまっては、一体何のために総理大臣をやっているのか、それこそわからなくなってしまいます。マイナンバーカードを保険証として使うマイナ保険証については、本連載でも「第132回 健康保険証のマイナンバーカードへの一体化が正式決定、『懸念』発言続く日医は『医療情報プラットフォーム』が怖い?」、「第153回 閣議決定、法案提出でマイナ保険証への一本化と日本版CDC創設がいよいよ始動」などで度々書いてきましたが、重複診療の是正など効率的な医療提供の実現のためにも、「イデオロギー的に反対する方」への説明や説得を続けながら、国民や医療機関に役に立つマイナ保険証の普及・定着を粛々と進めてもらいたいと思います。レカネマブの薬価決定も、臨床での効果には未だ疑問符「決まった」と言えば、レカネマブの薬価も決まりました。厚労省は12月13日、中央社会保険医療協議会で、アルツハイマー病の新たな治療薬レカネマブ(商品名:レケンビ)を公的医療保険の適用対象とすることを決めました。同日、エーザイはレカネマブを12月20日から発売すると発表しました。体重50kgの患者が1年間で26回使用した場合、年間の費用は1人当たり約298万円となる見通しだそうです。先行して承認された米国では、体重75kgを標準として1人当たり年2万6,500ドル(日本円で約380万円)でしたから、まあ同水準ということになります。ただ、日本の場合は高額療養費制度があるので、患者の自己負担そのものは相当低く抑えられます(70歳以上で年収156万〜370万円場合、年間14万4,000円)。レカネマブについては、本連載でも何度も取り上げてきました(「第169回 深刻なドラッグ・ラグ問題が起こるかも?アルツハイマー病治療薬・レカネマブ、米国正式承認のインパクト」など)ので、改めて特段言及することはありません。ただ、米国の神経生物学者のカール・へラップ氏がその著書『アルツハイマー病研究、失敗の構造』(みすず書房、8月刊)で、「レカネマブの効果が対プラセボで27%の悪化抑制」という数字に対して、「統計学的には有意な進行抑制であっても、生物学的にはほとんど実質のない差であることを示すデータといえる」と指摘すると共に、レカネマブ開発の根拠となっている「アミロイドカスケード仮説」について、詳細な検証の結果、「あまりにも不十分であるために、実質的に無価値であることを自ら証明した」と断言していることは付記しておきたいと思います。

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第190回 財務省調査に続き医療経済実態調査も診療所黒字の結果に、病院・診療所の「分断」をここまで広げてしまった張本人とは?

厚労省改定骨子案、「医師、歯科医師、薬剤師及び看護師以外の医療従事者」の賃上げの必要性を強調こんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。厚生労働省は11月29日、2024年度診療報酬改定の基本方針の骨子案を社会保障審議会の医療部会と医療保険部会に示しました。両部会で出た意見を踏まえ、同省はまもなく年内にも基本方針案を提出する予定です。厚労省の骨子案では、24年度改定の基本的視点として次の4つが挙げられました。(1)現下の雇用情勢も踏まえた人材確保・働き方改革等の推進(2)「ポスト2025」を見据えた地域包括ケアシステムの深化・推進と、医療DXを含む医療機能の分化・強化、連携の推進(3)安心・安全で質の高い医療の推進(4)効率化・適正化による医療保険制度の安定性・持続可能性の向上このうち、1)の「人材確保・働き方改革等の推進」が重点課題に位置付けられています。「医療分野では賃上げが他の産業に追い付いていない状況にある」として、「医療現場を支えている医療従事者の人材確保のための取組を進めることが急務」と指摘、「その際、特に医師、歯科医師、薬剤師及び看護師以外の医療従事者の賃金の平均は全産業平均を下回っており、また、このうち看護補助者については介護職員の平均よりも下回っていることに留意した対応が必要」としました。「医師、歯科医師、薬剤師及び看護師“以外”の医療従事者」の賃上げを特に強調した点は画期的だと言えます。世間では医療業界全体を高給と捉えがちですが、看護助手や放射線技師、理学療法士・作業療法士などの給与水準は決して高くはなく、それが人材不足にもつながっているからです。12月3日付の日本経済新聞朝刊は、「医療従事者の賃上げ促す」という記事で、厚労省と財務省が医師・看護師・薬剤師以外のコメディカルの賃上げに向けて調整に入ったと報じています。 医療経済実態調査においても「診療所が儲かっている」実態が明らかにというわけで、来年の診療報酬改定を巡っては、財務省と日本医師会をはじめとする医療関係団体とのバトルが日に日に激しさを増しています。その経緯は本連載の「第187回 診療報酬改定シリーズ本格化(前編)」、「第188回 同(後編)」でも詳しく書きました。11月24日には診療報酬の改定に合わせて2年に1度行われる医療経済実態調査の結果も公表され、さらに混迷の度合いが増しています。財務省の調査と同様、医療経済実態調査においても「診療所が儲かっている」実態が明らかになったためです。財務省調査では診療所の経常利益率2022年度8.8%で他産業を大きく上回る先に公表された財務省の数字をおさらいしておきましょう。11月1日の財政制度等審議会・財政制度分科会で財務省が示したのは、全国38都道府県のおよそ2万2,000の医療法人における2020〜2022年度の経営状況を、財務局を活用して調査した結果です。病床を持たず診療所のみを運営する1万8,207の医療法人の平均の経常利益率は20年度3.0%、21年度7.4%、22年度8.8%と改善が目立っており、全産業3.4%、サービス産業3.1%を大きく上回る、としました。こうした実情を踏まえ、財務省の財政制度等審議会・財政制度分科会は、11月20日に2024年度の予算編成に向けた意見書(令和6年度予算の編成等に関する建議、通称「秋の建議」)をとりまとめ、鈴木 俊一財務相に提出しました。その中で診療報酬の改定については11月1日の主張と同様「本体マイナス改定」が適当だとし、とくに診療所に入る報酬単価を5.5%程度引き下げるよう求めました。医療経済実態調査では一般診療所の2022年度の利益率は8.3%の黒字一方、11月24日に公表された医療経済実態調査では、医療法人の一般診療所の2022年度の利益率は8.3%の黒字で、コロナ補助金を含めると9.7%の黒字でした(ちなみに個人の診療所の利益率は32.0%の黒字)。財務省が示した数字とほぼ同じ結果です。コロナ報酬特例やワクチン接種による収益が大きく影響したとみられています。かたや病院ですが、国公立を含む一般病院の2022年度の利益率は6.7%の赤字で、新型コロナ関連の補助金を含めてやっと1.4%の黒字でした。うち公立病院は19.9%の赤字でした。水道代、光熱費など物価の高騰が影響したとしています。2020年度についてもコロナ補助金を除くと6.9%の赤字となっていました。「収益が下がれば赤字施設の割合がさらに増え、地域の医療提供体制が維持できなくなる」と日医財務省の調査結果に対して、日本医師会の松本 吉郎会長は11月2日の記者会見で、「この3年間はコロナ禍の変動が顕著であり、とくにコロナ特例による上振れ分が含まれている。そもそもコロナ禍で一番落ち込みが厳しかった2020年をベースに比較すること自体がミスリードであり、儲かっているという印象を与える恣意的なものである」と反論しました。しかし、医療経済実態調査においても同様の結果が出てしまっては、政府も改定財源の配分について相応の考慮が必要になりそうです。なお、12月1日に開かれた中央社会保険医療協議会総会では、支払側と診療側が医療経済実態調査の結果に対する見解を示しています。m3.comなどの報道によれば、支払側(健康保険組合連合会理事の松本 真人氏)は「医療機関の経営は総じて堅調だ」と述べたのに対し、診療側(日本医師会常任理事の長島 公之氏)は「医療機関等はコロナ前と比較しても厳しい経営を強いられている。2024年度診療報酬改定が担う役割は非常に重要。さらに収益が下がることがあれば、赤字施設の割合がさらに増え、地域の医療提供体制が維持できなくなる。経営基盤が脆弱な診療所の倒産が相次ぐ恐れがある」と述べています。病院と診療所の利益率の違いこそが「分断」そのものでは?ところで、日本医師会の松本会長は、11月15日に四病院団体の幹部とともに合同記者会見に臨んだ際、「財務省による医療界を分断するような動きがある」と述べていますが、そもそも、現在の病院と診療所の利益率の大きな違いこそが「分断」そのものといえるのではないでしょうか。財政審分科会長代理の増田 寛也氏は、秋の建議公表後の11月20日の記者会見で「日本医師会と財務省の戦いだと矮小化して捉えられると本質を見誤る。足元の経営状況が良好な診療所の収益を守るのか、それとも勤労者の賃上げやそれに伴う生活を守るのかという大きな文脈の中で検討する必要がある」と語りました。診療報酬には国民が払った保険料と税金が入っています。診療報酬を上げるということは、そのまま国民に負担増を強いることでもあります。診療所院長の平均年俸は2,500〜3,000万円と言われていますが、国民に負担増を強いつつその年俸レベルを上げるというのはいかがなものでしょう。増田氏の指摘は正鵠を得たものと言えるでしょうか。病院を二の次に、中医協で診療所を最優先してきた日医診療所と病院の間になぜこのような「分断」が起きてしまっているのでしょうか。振り返ってみると、そもそも中医協の診療側委員に病院代表者が日医の推薦に関係なく入ることになったのが2007年と非常に遅かったことが多分に影響しているでしょう。今でこそ、日本医師会と病院団体は仲が良い関係と言われていますが、2007年以前は、中医協の診療側委員の病院代表者は日医の推薦がなければなれませんでした。つまり、それまでの中医協の診療側の意向は、日医(主として診療所経営者)の考えが最優先されていたのです。さらに言えば、そのもう一昔前は、公立・公的病院が会員病院に多かった日本病院会は日本医師会と仲が悪く、病院の診療報酬が割りを食っていた時代もありました。分断はそのころからじわりじわりと進み、今の利益率の大きな差に至っているわけです。医療関係団体は物価高騰と賃上げの動きを背景に、診療所、病院関係なく診療報酬の大幅引き上げを求めていますが、今こそ、長年の「分断」解消に向けて、診療所は下げ、病院は上げる、さらには医師・看護師・薬剤師以外のコメディカルを大幅に賃上げする、といった、“メリハリ”のついた改定が求められているのではないでしょうか。

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第188回 診療報酬改定シリーズ本格化(後編) 「財務省による医療界を分断するような動きがある」と日医・松本会長、「私たちは、財務省の奴隷なのでしょうか」と都医・尾崎会長。その財務省は地域別診療報酬を提案

「診療報酬本体マイナス改定が適当」と主張する財務省への反発強まるこんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。MLBの今シーズンの最優秀選手(MVP)が11月16日(現地時間)に発表され、アメリカン・リーグではロサンゼルス・エンジェルスの大谷 翔平選手が2021年に続く2回目の受賞となりました。NHKのBSでもMLBネットワークの番組を生で放送していましたが、犬、可愛かったですね。この受賞番組で個人的に興味深かったのは、ナショナル・リーグのほうでした。候補のロナルド・アクーニャJr.選手(アトランタ・ブレーブス)、ムーキー・ベッツ選手(ロサンゼルス・ドジャース)、フレディ・フリーマン選手(ロサンゼルス・ドジャース)の3人がネットで同時に生出演をしていたのですが、なんとベッツ選手は「娘を迎えに行く途中」とのことで、車の運転席からスマホで出演していました。MLBのスター選手が大事なMVPの発表時に子供のお迎え……、そのシュールな状況にドジャース同僚のフリーマン選手も大爆笑で、こうしたチームの雰囲気なら大谷選手も力を発揮しやすいのでは、と思った次第です。なお、MVPは打率.337、41本塁打、106打点、73盗塁を記録したアクーニャJr.選手でした。さて、前回(「第187回 診療報酬改定シリーズ本格化(前編)『コロナで儲かったから診療報酬本体はマイナス改定』と財務省、『剰余金を取り崩せという姿勢は理不尽、医療提供体制の弱体化を招く』と日医・松本会長」)書いた、2023年11月1日に財務省の財政制度等審議会・財政制度分科会において財務省が主張した、「2024年度改定においては、診療所の極めて良好な経営状況等を踏まえ、診療所の報酬単価を引き下げること等により、現場従事者の処遇改善等の課題に対応しつつ診療報酬本体をマイナス改定とすることが適当」との考えに対する医療関係団体の反発が強まっています。一方、財務省の財政制度等審議会・財政制度分科会は、反発どこ吹く風と11月20日に2024年度の予算編成に向けた意見書(令和6年度予算の編成等に関する建議、通称「秋の建議」)をとりまとめ、鈴木 俊一財務相に提出しました。その中で診療報酬の改定については、11月1日の主張と同様「本体マイナス改定」が適当だとし、とくに診療所に入る報酬の単価を5.5%程度引き下げるよう求めました。三師会の会長、岸田首相、武見厚労相に適切な財源確保を直訴「秋の建議」に先立って、日本医師会の松本 吉郎会長、日本歯科医師会の高橋 英登会長、日本薬剤師会の山本 信夫会長は11月14日、医療機関や薬局が医療従事者の賃上げや物価高騰などに対応するための適切な財源を2024年度の診療報酬改定に向けて確保するよう求める要望書を、武見 敬三厚生労働相に面会し直接手渡しました。三師会の会長は翌15日には岸田 文雄首相とも面会、同内容の要望書を手渡し、賃上げ原資の確保のために「大幅な(報酬の)引き上げが必要」と直訴したとのことです1)。NHKなどの報道によれば、岸田首相はこれに対し「賃上げは非常に重要だ。要望を重く受け止め、しっかり検討したい」と応じたとのことです。またこの日、日本医師会と四病院団体協議会(四病協)は合同で声明を出し、類を見ない物価高騰の下では「緊急避難的な対応だけではなく、恒常的な対応が必要」だとし、2024年度診療報酬改定での大幅な引き上げを強く求めています2)。四病院団体の幹部とともに合同記者会見に臨んだ松本会長は、「財務省による医療界を分断するような動きがある中で、診療報酬改定の大きな方向性において、医療界が一体・一丸となって声を一つに歩んでいくべきとの強い思いがあったからだ」と述べたとのことです。「皆、とても悲しくなりました。私たちは、財務省の奴隷なのでしょうか」と心情吐露した都医・尾崎会長また、東京都医師会の尾崎 治夫会長は11月14日に定例記者会見を開き、財務省が財政制度等審議会・財政制度分科会で診療所の報酬単価引き下げを主張したことについて「皆、とても悲しくなりました。私たちは、財務省の奴隷なのでしょうか」とその思いを吐露しました。記者会見で尾崎会長は東京都医師会が医師会員に意見を聞いてまとめた「会員や働いているスタッフの気持ち」と題された文書を紹介、「当時、国は、わたしたちの努力に報いたいとの思いがあって、補助金をいただけたものと… 頂いた補助金は、さらなる感染症対策と、必要とされるスタッフの増員などで、増えた収入はすぐなくなり、翌年には税金も上乗せされ、ほぼ収支は元に戻ってしまいました。それなのに、コロナで十分儲けたはずだから、物価高に伴う従業員の給料上乗せはそこから出せる筈、よって診療所の診療報酬はあげる必要なく、むしろ下げるべき。怒りを通り越して、皆、とても悲しくなりました。私たちは、財務省の奴隷なのでしょうか」と語りました。その文書の末尾は、山本 五十六の名言とされる「やってみせ 言って聞かせて させてみせ ほめてやらねば 人は動かじ」で締められていました3)。少々大時代的なパフォーマンスにも見えますが、「医療人も褒めてやらないと動かないのだよ」と尾崎会長は訴えたかったようです。ちなみに、尾崎会長は武見厚労相の後援会会長を務めています。診療所不足地域と診療所過剰地域で異なる1点当たり単価を設定して不足地域への医療資源シフトを促すこのように、次期改定に向けてさまざまな波紋を投げかけている財務省の「本体マイナス改定」の主張ですが、11月1日の財政制度等審議会・財政制度分科会の資料にはもう1点、気になる内容が盛り込まれています。かねてから財務省が主張してきた地域別の診療報酬の導入の検討です。「診療所の偏在是正のための地域別単価の導入について」と題された資料では、「診療報酬の仕組みは、報酬点数×1点当たり単価(10円)となっているが、診療所の偏在は診療コストの違いも影響していると考えられる」として、「診療所不足地域と診療所過剰地域で異なる1点当たり単価を設定し、報酬面からも診療所過剰地域から診療所不足地域への医療資源のシフトを促すことを検討する必要」を提案しています。全国一律となっている1点単価を見直し、診療所不足地域の単価を上げて診療所を呼び込もう、というわけです。「秋の建議」にも、この地域別の診療報酬導入はそのまま盛り込まれました。さらに建議の本文では、「将来的に地域別の報酬体系への移行を視野に入れつつ、当面の措置として、診療所過剰地域における1点当たり単価の引下げを先行させ、それによる公費節減等の効果を活用して医師不足地域における対策を別途強化すべき」と、過剰地域で点数引き下げを先行させる考えも示されています。首相秘書官の一松 旬氏が奈良県出向時代に提案したスキーム財務省が最初に地域別の診療報酬について公の場で提言したのは、5年前、2018年4月の財政制度等審議会・財政制度分科会でした。この時財務省は「医療費適正化に向けた、地域別の診療報酬の具体的な活用可能なメニューを国としても示し、医療費適正化計画の達成に活用できるようにしていくべきだ。活用を検討する都道府県も現れている」として、地域別の診療報酬の導入可能性について言及しました。「活用を検討している」とされたのは奈良県で、そのスキームを考えたのが当時、財務省から出向し奈良県副知事を務めていた一松 旬氏、現在の首相秘書官です(「第179回 驚きの新閣僚人事、武見厚労相は日医には大きな誤算?“ケンカ太郎”の息子が日医とケンカをする日」参照)。地域別の診療報酬は、法律的には今でも実現可能です。「高齢者医療確保法(高齢者の医療の確保に関する法律)」の14条に規定があり、厚生労働大臣が都道府県知事と協議した上で都道府県別の診療報酬の単価を設定することができる、となっているからです。しかし、これまでに活用されたことはありません。2018年に財務省が提案したときは日医の猛反対もあり、議論は広がりませんでした。一松氏が首相秘書官となり、総理のブレーンとなった今年、財務省が「医療費適正化」のためではなく、今度は「診療所の偏在是正」のツールとして地域別の診療報酬を再度持ち出してきた真意はどこにあるのでしょうか。今回も単なる“打ち上げ花火”と見る向きもありますが、5年を経ても地域別の診療報酬を諦めず「秋の建議」に盛り込んできた財務省に、ある種の執念を感じます。武見厚労相は「慎重に考える必要がある」とコメントところで、メディファクス等の報道によれば、武見厚労相は地域別の診療報酬導入について11月7日の閣議決定後にコメント、被保険者間の公平性の観点から、現状診療報酬は全国一律の点数に設定しているとし、「慎重に考える必要がある」と語ったとのことです。日医寄りと見られる武見厚労相らしい発言とも言えますが、就任会見で「医療関係団体の代弁者ではない」と大見得を切った割には、医療関係団体への配慮が滲んでいる点が気になります。岸田内閣の支持率低下に歯止めがかからず、一部には「レームダック状態」「財務省も見限った」という報道もみられます。というわけで、武見厚労相の任期もいつまでかわからない状況です。例年と比べても勘案すべき要素が多過ぎることに加えて、政権が弱体化していることも診療報酬の改定率の予測を難しくしています。残すところあと1ヵ月余り、診療報酬改定シリーズから目が離せません。参考1)令和6年度診療報酬改定に向けて/日本医師会2)令和6年度診療報酬改定に向けた日本医師会・四病院団体協議会合同声明3)会員や働いているスタッフの気持ち/東京都医師会

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「産業医資格」、超人気の取得講座を受けるには…【実践!産業医のしごと】

産業医を始めるのに必要な資格とは産業医を始めるには、産業医の資格が必要です。最も知られているのは「日本医師会認定産業医」の資格ですが、産業医資格の取得にはそのほかにもいくつかの方法があります。産業医は、医師であり以下のいずれかの要件を備えた者であればよいとされています。産業医の要件(1)厚生労働大臣の指定する者(日本医師会、産業医科大学)が行う研修を修了した者(2)産業医の養成課程を設置している産業医科大学その他の大学で、厚生労働大臣が指定するものにおいて当該過程を修めて卒業し、その大学が行う実習を履修した者(3)労働衛生コンサルタント試験に合格した者で、その試験区分が保健衛生である者(4)大学において労働衛生に関する科目を担当する教授、准教授、常勤講師又はこれらの経験者この要件だけを見てもわかりにくいですね。結論から言えば、臨床を中心に働いている医師の方が産業医として働きたいと考えたら、日本医師会や産業医科大学が行う研修や講座を受けることをお勧めします。労働衛生コンサルタントは、実務経験を問われることが多く、産業医経験なしで挑むにはハードルが高いでしょう。数年の実務を経て受験するのがよいと思います。産業医資格を取得できる研修・講座について日々の仕事に忙しい医師にとって、自由に休みを取ることは難しく、産業医資格の取得では「研修のためのスケジュールを確保できるか」が一番の重要なポイントです。産業医研修の受講の仕方には、2つのパターンがあります。1)集中研修合宿のような集中研修で、トータル6~7日間(連続または数日間×複数回の分割)に産業医の資格を取得する方法です。短期間で取得できることから、夏休みなどをうまく利用し連続して研修を受ける医師が多いようです。そのようなスケジュールの確保が難しければ、数時間~1日など細かく分けて研修を受講し、必要な単位数を取得していきます。最近では産業医の人気も高まってきており、受講の募集が早期に締め切られてしまう傾向にあるようです。とくに、短期間で集中的に産業医資格を取得する研修は、人気チケットのように、参加枠を確保できるのかが一番の勝負となっています。以下に、短期間で取得できる集中研修を主催している施設を挙げました。スケジュールのめどが付いたら、募集開始初日に申し込むのがよいでしょう。産業医資格の集中研修を行っている施設一覧産業医科大学11月と2月に連続6日間(2023年度の場合)東京医科歯科大学8月頃に連続7日間帝京大学夏期(3日間)、冬期(4日間)の計7日間獨協医科大学8~9月の週末の合計6日間東北大学11月(2日間)、12月(2日間)、1月(2日間)の計6日間岡山大学7月(3日間)、9月(3日間)の計6日間2)産業医学基本講座集中研修以外では、「産業医学基本講座」という、東京と北九州で行われる産業医を体系的かつ集中的に講義と実習で学べる講座があります。たとえば、東京での開講は6~10月の約5ヵ月で、火・木曜日の夜間および隔週土曜日に行われます。受講を修了すると産業医資格の取得はもちろん、労働衛生コンサルタントの筆記試験の免除など多くのメリットがあるため、本気で産業医として働くことを考えている方にはこちらをお勧めします。産業医研修・講座の探し方についてここまでに紹介したように、産業医研修・講座はさまざまな時期や場所で行われるため、目的とする研修を効率よく探すことも重要です。以下のような情報源から受けたい研修を探し、スケジュールを確認して申し込みを行うとよいでしょう。1)日本医師会サイト(研修会検索)日本医師会のホームページから、産業医研修に関する情報を得られます。都道府県や研修種別で検索できるので便利です。2)都道府県医師会サイト医師会の研修会日程は、各都道府県の医師会サイトに記載されています。東京都は、東京都医師会のサイトで詳細を確認できます。3)その他産業医学振興財団や各都道府県の産業保健総合支援センターのサイトでも、産業医研修が案内されています。産業医学振興財団では、メールマガジンを使って財団が開催する産業医研修をタイムリーに知らせてくれます。今回は、産業医資格の取得の仕方について解説しました。先日、日本医師会認定の産業医研修を受けたことを証明する「単位シール」が、フリマサイトで販売されていたことがニュースになりました。産業医研修は、産業医に求められる幅広い知識を効率的に学べる貴重な機会であり、残念な話です。企業の産業医への期待値は高く、産業医の重要性と役割は年々増しています。産業医資格さえあればよかった時代は昔のこと。学んだことは、今後の実務にも役立つものばかりですので、最大限に研修を活用して、価値の高い産業医を目指しましょう。参考産業医について~その役割を知ってもらうために~/厚生労働省

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11月26日開催、『第3回アンチエイジングセミナーin広島』【ご案内】

 2023年11月26日(日)、『第3回アンチエイジングセミナーin広島』が開催される。参加登録は医師、歯科医師、研究者、メディカルスタッフほか、医療関係者であれば可能で、参加費は無料。なお、申込締切は11月20日(月)で、定員120名に達し次第、締め切りとなる。 “実践のため抗加齢医学の現在地を知るセミナー”と題し、各領域のエキスパートが講演を行う。「男性更年期の診療は実際にどのように行われているか」「女性の健康を左右する因子にどう挑むか」「寿命にかかわる歯の健康と乳酸菌の関係性」「血管の若返り法」など、アンチエイジングにとって重要なテーマを取りそろえており、最新の知識を学び、予防医療への未来へ一歩リードできるようなセミナーを目指している。 主催の日本抗加齢医学会 連携委員会は「広島からアンチエイジング医学の仲間の輪をより広げていくため、知り合いや関係者などアンチエイジングに興味のある方をお誘い合わせの上、参加登録をお願いしたい」と呼び掛ける。 開催概要は以下のとおり。開催日時:11月26日(日)13:00~16:00開催場所:TKPガーデンシティPREMIUM広島駅前 ホール4A     (広島県広島市南区大須賀町13-9 ベルヴュオフィス広島4階)開催形式:会場開催(WEB配信はなし)参加方法:無料(事前参加登録制)申込締切:11月20日(月)または定員120名になり次第終了■参加登録はこちら【プログラム】 座長:井手下 久登氏(いでした内科・神経内科クリニック) 講演1.「男性更年期外来のリアル」     池岡 清光氏(医療法人池岡診療所池岡クリニック 院長) 講演2.「女性は生命長寿!しかし晩年には健康格差は大となる~その実態と対策~」     太田 博明氏(川崎医科大学産婦人科 特任教授/総合医療センター産婦人科 特任部長) 講演3.「L8020乳酸菌とオーラルケア」     二川 浩樹氏(広島大学大学院医系科学研究科 口腔生物工学分野 教授) 講演4.「ヒトは本当に血管から老いる:酸化ストレスの役割」     東 幸仁氏(広島大学 原爆放射線医科学研究所 教授)【主催】 日本抗加齢医学会 連携委員会【お問い合わせ先】 日本抗加齢医学会事務局 〒103-0024 東京都中央区日本橋小舟町6-3 日本橋山大ビル4F TEL:03-5651-7500 FAX:03-5651-7501 E-mail:seminar@anti-aging.gr.jp 学会ホームページはこちら

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新型コロナによる多臓器不全のメカニズム、iPS細胞由来オルガノイドで解明/阪大ほか

 新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染によって起きる特徴的な症状の1つとして全身の血管で血栓が形成され、多臓器不全につながることは知られていたが、そのメカニズムについては明らかではなかった。大阪大学ヒューマン・メタバース疾患研究拠点(WPI-PRIMe)の武部 貴則氏ほか、東京医科歯科大学、タケダ-CiRA共同研究プログラム(T-CiRA)、滋賀医科大学、名古屋大学の共同研究グループは、ヒトiPS細胞由来の血管オルガノイド※1を作成し、それを用いたin vitroおよびin vivo実験で、補体代替経路※2と呼ばれる分子経路群が血管炎や血栓の原因となりうることを発見した。さらに、補体代替経路を増幅するD因子に着目し、D因子を阻害する半減期延長型抗D因子抗体を用いることで、SARS-CoV-2感染モデルの血管炎症状の軽減に成功した。本研究結果は、Cell Stem Cell誌2023年10月5日号に掲載された。 COVID-19が重症化すると、免疫細胞や血小板が活性化し血栓の形成が促進され、サイトカインストームを引き起こす。研究グループは、SARS-CoV-2感染による血管炎、血栓形成が生じる過程の詳しいメカニズムを解明するため、SARS-CoV-2感染によって生じる血管炎に類似した症状を再現することが可能なヒトiPS細胞由来血管オルガノイドモデルを開発することに成功した。それを用いてin vitroおよびin vivoで実験を行った。 主な結果は以下のとおり。・オルガノイドを用いたin vitro感染実験による網羅的遺伝子発現解析や、重症患者の血液検体の網羅的タンパク質発現解析データなどから、補体代替経路が血管炎の症状が強い人でとくに上昇していることを認めた。・オルガノイドを事前に移植し、ヒトのSARS-CoV-2感染状態を模倣する血管を再構成した動物を用いて、補体代替経路を薬理学的に阻害することで、血管炎・血栓形成の症状を緩和できることを発見した。・上記の結果から、補体代替経路を阻害する薬剤があれば、血管炎の治療につながる可能性があると仮説を立て、補体代替経路の構成成分でもあるD因子に着目し、網内系に移行した抗体がリサイクルされる仕掛けを施した半減期延長型抗D因子抗体を用いて効果を評価した。・サルのSARS-CoV-2感染モデル試験を用いて、抗D因子抗体が血管炎に重要な経路を阻害することで、補体の活性化を抑制し、免疫反応を弱め、血管保護効果を示すことを実証した。 本研究では、SARS-CoV-2感染によって生じる血管炎の症状を再現するヒト血管オルガノイドによって再現した、新しい疾患モデルが確立された。これにより、SARS-CoV-2をはじめ血管に病変が出るさまざまなウイルスによる感染症の研究への有効活用が期待される。また、COVID-19重症患者データと感染症モデルを組み合わせることにより、補体代替経路を起点とする血管炎のメカニズムを解明した。本成果により、補体代替経路を指標とした診断技術の構築や、血管炎・血栓形成を予防する新たな治療薬の開発につながることが期待される。※1 オルガノイドとは、幹細胞の自己組織化能力を活用して創出される、臓器あるいは組織の特徴を有する立体組織のこと。※2 補体は、抗体が異物を捉えた後に、抗体の働きを補う役割をする。補体の活性化の経路にはいくつかあり、補体代替経路は抗体がまだ作られていない場合の緊急の経路と考えられている。

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医療費に大きな影響を与える患者背景は?/慶應大ほか

 多疾患併存(マルチモビディティ)による経済的負担は、世界的な課題となっている。高額医療費患者における多疾患併存の寄与については不明な点が多いことから慶應義塾大学スポーツ医学研究センターの西田 優紀氏らの研究グループは、東京医科歯科大学、川崎医科大学、全国健康保険協会と共同して全国健康保険協会が提供する健康保険請求データを用いて横断研究を行い、日本人の医療費に大きな影響を与える多疾患併存パターンを解析した。その結果、上位10%の患者集団の95.6%で多疾患併存がみられたほか、高血圧症、糖尿病、脂質異常症を同時併発した患者が全集団の31.8%を占めることが判明した。PLoS One誌2023年9月28日の報告。男女で疾患傾向の違いも判明 横断研究として、2015年度に協会けんぽに加入していた18~65歳未満の被保険者1,698万9,029人の内、医療費が上位10%にあたる169万8,902人(高額医療費集団:医療費全体の約6割を占める)を解析対象とした。高額医療費集団に特徴的なマルチモビディティ・パターンの検討には潜在クラス分析の手法を用い、出現頻度の高い疾病コード(68病名)に基づいて30パターンに分類した。 主な結果は以下のとおり。・医療費が上位10%の集団では、95.6%がマルチモビディティに該当していた。・マルチモビディティ・パターン別の年間総医療費と1人当たりの年間医療費を確認したところ、糖尿病、高血圧症、脂質異常症を合併した広義のメタボリックシンドロームを含むパターンは7種類に分類され、それらの合計医療費は全体の約3割を占めていた。・1人当たりの医療費でみると、腎臓病のパターンが最も高額だった。・性別・年代別に30パターンの内訳を確認したところ、男性では30代でメタボリックシンドロームのパターンに分類される者の割合が20%を超え、その割合は50代以降では半数以上になっていた。・女性は40代までは周産期の疾患や月経前症候群などの女性特有のパターンの分類が半数近くを占めていたが、50代以降ではメタボリックシンドロームや運動器疾患のパターンに分類される患者が増えていた。

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味覚障害に耐えられない症例に対する処方は注意せよ(解説:田中希宇人氏/山口佳寿博氏)

 ゲーファピキサント(商品名:リフヌア)は、選択的P2X3受容体拮抗薬である。P2X3受容体は気道に分布する迷走神経のC線維と呼ばれる求心性神経線維末端にあるATP依存性イオンチャネルである。C線維は炎症や化学物質に反応して活性化される。ATPは炎症により気道粘膜から放出され、シグナル伝達を介して咳嗽反応を惹起させる。ゲーファピキサントはP2X3受容体を介したATPシグナル伝達を遮断することにより、感覚神経の活性化や咳嗽の抑制効果が期待されている薬剤である。現在、慢性咳嗽の原因となりうる病歴・職業歴・環境要因・検査結果などを踏まえた包括的な診断に基づく十分な治療を行っても咳嗽が続く場合、いわゆる難治性の慢性咳嗽に適応となっている。実臨床下では、慢性咳嗽の症例に一般的な鎮咳薬や気管支拡張薬、吸入ステロイド薬が適切に使用されても改善が得られない場合に処方を検討する薬剤となっている。 2005年に亀井らにより咳嗽にP2X3が関与していることが示唆(Kamei J, et al. Eur J Pharmacol. 2005;528:158-161.)されて以来、ゲーファピキサントの開発が進んできた。国際共同第III相試験である「COUGH-1試験」では、治療抵抗性あるいは原因不明の慢性咳嗽症例732例を対象に、ゲーファピキサント15mg 1日2回群、45mg 1日2回群、プラセボの3群が比較検討された(McGarvey LP, et al. Lancet. 2022;399:909-923.)。主要評価項目としては有効性として12週での24時間当たりの咳嗽頻度が評価された。732例のうち、気管支喘息は40.7%、胃食道逆流症が40.5%、アレルギー性鼻炎が19.7%含まれた。主要評価項目である咳嗽頻度はゲーファピキサント45mg群でベースラインに1時間当たり28.5回認めていたものが、12週時点で14.4回に減少。プラセボ群に対する相対減少率も-18.45%と有意差をもって咳嗽頻度を改善したとされた。また24週時点でも評価された「COUGH-2試験」でも同様の結果が示された。 今回取り上げたKum氏らのCOUGH-1, 2試験を含むメタ解析でも、ゲーファピキサント45mg群はプラセボ群と比較し、覚醒時の咳嗽頻度を17.6%減少させ、咳嗽の重症度や咳嗽に起因するQOLも、わずかではあるが改善させるとの結果であった。実臨床においても、呼吸器内科医が詳細に問診をとり、診察を行い、各医療機関でできる検査を組み合わせて適切な診断や治療を行っても残ってしまう難治性咳嗽の症例は時々見掛けることがある。そのような症例に対し、奥の手としてゲーファピキサントが選択されることがある。ただ、もちろん他の治療や環境因子に介入しても改善しなかったしつこい咳嗽に対する処方なので、他の鎮咳薬などの治療選択肢と比べて劇的な効果への期待は難しいことが多い。COUGH-1, 2試験では「治療抵抗性あるいは原因不明の慢性咳嗽症例」が含まれているが、ゲーファピキサントがより効果的な症例は喘息なのか、COPDなのか、間質性肺炎なのか、はたまた他の慢性咳嗽の原因となりうる疾患なのか、そのあたりが今後の臨床試験で明らかになると、ゲーファピキサントの立ち位置がよりはっきりしてくるのだろう。 またCOUGH-1, 2試験の併合解析でも指摘されているが、味覚に関する有害事象が高いことが知られている。ゲーファピキサントの承認時資料によると、味覚に関連する有害事象の発現時期としては、中央値で2.0日、1週間以内に52.7%の方が味覚に関する異常を訴えるとされている。さらに気になるところは、有害事象の平均持続期間が200日以上と想像以上に長いことも指摘されている。Kum氏らの報告でも味覚関連有害事象が100人当たり32人増加するとされ、効果に比べて有害事象の懸念が考えられた。 ゲーファピキサントはあくまで症状に対する対症療法に位置付けられる薬剤であり、原疾患に対する薬剤ではない。実際の現場において、内科の短い診療時間で味覚に対するきめ細やかな対応は困難であることが予想されるため、できれば歯科/口腔外科や、看護スタッフ、薬剤師、栄養士などの介入があるとよいだろう。味覚に関する有害事象で困るようであれば、1日1回に減量する、一定期間薬剤を中止するなどの対応も必要となる。承認時資料によると、通常用量の1/3量のゲーファピキサント15mgでは味覚障害の有害事象の頻度は17.5%と報告されているので、投与量の減量は有効な手段の1つと考えられる。また、有害事象を起こしやすい、あるいは起こしにくい患者背景がわかると、処方を勧める1つのきっかけになると考える。 実臨床では、慢性咳嗽で一般的な治療で難治と考えられる症例に、ゲーファピキサントが考慮される。エビデンスのない領域であるが、肥満が問題となっている喘息症例で適切な治療を行っても咳嗽が残ってしまう症例に対し、ゲーファピキサントで咳嗽が抑えられ、食欲も制限されたら、もしかしたら喘息のコントロールも改善するかもしれない。ただし、味覚に関連する有害事象の発現で致命的になりうるような悪液質状態の肺がん症例や、るい痩が進んできているCOPDや間質性肺炎に対する慢性咳嗽に対しては、安易に処方することのないようにされたい。

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歯科医院で定期的な口腔メンテナンスを受けている人は歯を失いにくい

 一般歯科医院で歯科衛生士による口腔メンテナンスを受けている人を20年以上追跡した研究から、決められたスケジュール通りに受診している人ほど歯を失いにくいという有意な関連のあることが明らかになった。東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科口腔疾患予防学分野の安達奈穂子氏らの研究によるもので、詳細は「International Journal of Dental Hygiene」に8月27日掲載された。 口腔メンテナンス受診率が高いほど歯の喪失が少ないことを示唆する研究結果は、既に複数報告されている。ただし、それらの研究は主として大学病院や歯周病専門歯科という限られた環境で行われた研究の結果であり、大半の地域住民が受診する一般歯科における長期的な歯科受療行動と、歯の喪失との関連については知見が少ない。これを背景として安達氏らは、一般歯科医院の患者データを用いて、以下の遡及的な解析を行った。 この研究の対象は、山形県酒田市にある歯科医院に20年以上継続して受診しており、初診時に16~64歳だった395人(男性29.9%)。より高度な治療が必要とされ専門施設へ紹介された患者や、う蝕(むし歯)が進行しやすいエナメル質形成不全の患者は除外されている。 解析対象全員に対して、むし歯や歯周病などに対する初期治療が行われ、一定の基準(歯肉出血の箇所が10%未満、深さ4mm以上の歯周ポケットが10%未満、プラークスコアが15%未満など)に到達した以降は、歯科衛生士による定期的なメンテナンスが行われた。メンテナンスの頻度は、深さ4mm以上の歯周ポケットがある場合は3カ月ごと、それ以外は半年ごとに行われた。メンテナンスの内容は、口腔衛生指導、歯石除去、歯面清掃、フッ化物歯面塗布などの一般的なものだった。 ベースライン時点の主な特徴は、平均年齢41.4±11.2歳、残存歯数25.4±3.7本、むし歯の経験歯数〔未処置のむし歯、詰め物などの処置済み歯、喪失歯の合計本数(DMFT)〕16.4±6.4本、深さ4mm以上の歯周ポケットを有する割合8.2±12.4%、歯肉出血の割合13.4±13.1%で、喫煙者が11.1%、糖尿病患者が3.0%含まれていた。前記のメンテナンススケジュールに対して通院遵守率が75%以上の患者を「高遵守」、75%未満を「低遵守」として二分すると、前者が36.2%、後者が63.8%を占めた。両群のベースラインデータを比較すると、喫煙者率が高遵守群で有意に低いことを除いて(7.0対13.5%、P=0.048)、上記の全ての指標および歯槽骨吸収率に、群間の有意差は認められなかった。なお、各群の通院遵守率の平均は、高遵守群が85.8±7.0%、低遵守群は54.9±13.5%だった。 平均23.2±2.1年の観察期間中に、高遵守群の37.8%、低遵守群の72.2%が歯を1本以上失っていた。また、DMFTの増加は同順に17.5%、39.7%だった。1年当たりの変化で比較すると、歯の喪失は0.05、0.11本/年、DMFTの増加は0.02、0.05本/年であり、いずれも低遵守群の方が有意に多かった(ともにP<0.001)。 次に、多重ロジスティック回帰分析にて、歯の喪失に独立して関連のある因子を検討。その結果、ベースライン時点での喫煙〔オッズ比(OR)2.67(95%信頼区間1.01~7.05)〕、DMFT〔1本多いごとにOR1.09(同1.04~1.14)〕、歯槽骨吸収率〔軽微を基準として中等度以上でOR4.11(2.09~8.09)〕とともに、通院遵守率〔高遵守群を基準として低遵守群はOR6.50(3.73~11.32)〕が抽出された。年齢や性別、糖尿病、観察期間、ベースライン時の4mm以上の歯周ポケットの割合および歯肉出血の割合は、有意な関連がなかった。 続いて、通院遵守率を75%以上、50~75%未満、50%未満の3群に分けて、多重ロジスティック回帰分析を施行すると、歯の喪失リスクは、遵守率75%以上の群(患者割合は36.2%)を基準として、50~75%未満の群(同43.0%)はOR5.43(3.02~9.74)、50%未満の群(20.8%)はOR10.55(4.87~22.85)となり、通院遵守率が下がるにつれて歯の喪失リスクが上昇することが確認された。 著者らは本研究の限界点として、20年以上の観察が不可能だった患者の転帰が評価されていないこと、観察期間中に他院で治療を受けていた場合の影響が考慮されていないことなどを挙げた上で、「地域の一般歯科医院での長期にわたるメンテナンススケジュールが遵守された場合、歯の喪失リスクが抑制される可能性が示された」と結論付けている。 なお、過去の同様の研究の中には、通院遵守率が高いほど歯を失う確率が高いという、本研究とは反対のデータがあるが、調整因子にベースライン時のDMFTが含まれていない、観察期間が本研究より短いなどの差異があり、それらが結果の違いとなって現れた可能性があるとの考察が述べられている。

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第162回 2022年度の医療費46兆円、2年連続過去最高/厚労省

<先週の動き>1.2022年度の医療費46兆円、2年連続過去最高/厚労省2.新学期スタートでも学級閉鎖相次ぐ、新型コロナ感染者数が5類移行後で最多に/厚労省3.ワクチン接種後の副反応の解析用にデータベースを整備へ/厚労省4.30年ぶりの肥満症新薬の登場も、メディカルダイエットの流行が弊害に/厚労省5.生殖補助医療における課題の解決に向け、公的機関の設立を/日本産科婦人科学会6.2021年度の介護費用、過去最大の11兆円に、高齢化が影響/厚労省1.2022年度の医療費46兆円、2年連続過去最高/厚労省2022年度の日本の概算医療費が46兆円に達し、2年連続で過去最高を更新したことが厚生労働省から発表された。前年度に比べて4.0%増加しており、新型コロナウイルスの感染拡大と高齢化が主な影響因子とされている。厚労省によると、新型コロナウイルスのオミクロン株の流行が、とくに影響を与え、発熱外来などの患者数が大幅に増加した。コロナ患者の医療費は前年度の倍近い8,600億円に上った。また、75歳以上の人々が全体の医療費の約39.1%(18兆円)を占め、その1人当たりの医療費が95万6千円であり、75歳未満の24万5千円に比べ3.9倍だった。診療種類別では、医科が34.3兆円(4.5%増)、歯科が3.2兆円(2.6%増)、調剤が7.9兆円(1.7%増)といずれも増加。とくに、医科の外来や在宅などの入院外が16.2兆円(6.3%増)と目立つ伸びをみせた。診療所においては、不妊治療の保険適用が拡大したことで、産婦人科が前年度比41.7%増と大幅に伸びた。このような背景から、医療費の増加が持続している現状において、その抑制方法が課題となっている。とくに新型コロナウイルスの影響と高齢化が相まって、今後も医療費の増加が予想される。参考1)令和4年度 医療費の動向-MEDIAS-(厚労省)2)医療費が過去最大46兆円 4年度概算、コロナ影響(産経新聞)3)医療費1.8兆円増の46兆円 2年連続過去最高 新型コロナが影響(朝日新聞)4)22年度概算医療費46兆円、2年連続で過去最高 前年度比4%増(CB news)2.新学期スタートでも学級閉鎖相次ぐ、新型コロナ感染者数が5類移行後で最多に/厚労省厚生労働省によると、全国の新型コロナの患者数は前週比で1.07倍増となり、とくに岩手、青森、宮城の患者数が多い状況が明らかとなった。新たな入院者数は全国で1万3,501人と、前週よりは減少しているものの、重症患者数は増加している。新型コロナウイルスの感染拡大が続く中で、学校における影響も顕著になっており、とくに新学期が始まった地域で学級閉鎖が相次いでいる。日本学校保健会によると、全国の小中高校と幼稚園、保育園で149クラスが閉鎖されている。長野県では、新学期が始まったばかりで31クラスが閉鎖され、これは5月以降で最多。感染症の専門家は、学校が再開されることで、子供たちでの感染がさらに広がる可能性を指摘している。また、ワクチン接種から時間が経過すると効果が下がるため、高齢者や基礎疾患のある人は、次の接種が必要になると警告している。自治体や学校は、発熱や倦怠感などがある場合には、無理に登校しないよう呼びかけており、基本的な感染対策の徹底を求めている。参考1)新型コロナで学級閉鎖相次ぐ 「5類移行」後、最多更新の地域も(毎日新聞)2)新型コロナ 全国の感染状況 前週の1.07倍 2週連続の増加(NHK)3)コロナ感染者数、2週続けて増加 前週比1.07倍 5類後最多に(朝日新聞)3.ワクチン接種後の副反応の解析用にデータベースを整備へ/厚労省厚生労働省は、9月1日に厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会副反応検討部会を開き、自治体が管理している予防接種の記録や、国が保有する副反応の情報などをまとめた全国的なデータベースを作成する方針を明らかにした。これまでの手書きでの報告を改訂し、効率的に情報収集を行う予定。データベースには、接種記録や副反応疑い報告などが匿名化されて格納され、他のデータベースと連携し、予防接種の有効性・安全性の調査・研究が可能となるため、大学研究機関などに第三者提供も行われる予定。これらの取り組みで、ワクチン接種後の副反応や重篤な有害事象の発生について、副反応の情報と接種歴を結びつけて詳細な分析を可能になる見込み。また、データベースの情報は、レセプト(診療報酬明細書)とも結びつけられ、接種した人としていない人の間で副反応が疑われる症状が起きる割合に差があるかを調査することも計画されている。厚労省は、このデータベースを令和8年度中に稼働させ、ワクチンの有効性や安全性の分析に役立てる方針としている。参考1)予防接種データベースについて(厚労省)2)予防接種データベース「整備イメージ」提示 厚労省、報告様式改訂し情報収集を効率化(CB news)3)ワクチン分析 自治体や国保有の情報データベース作成へ 厚労省(NHK)4.30年ぶりの肥満症新薬の登場も、メディカルダイエットの流行が弊害に/厚労省今春、肥満症治療の新薬「セマグルチド(商品名:ウゴービ)」が承認され、1992年に承認されたマジンドール(同:マサノレックス)以来、約30年ぶりの肥満症治療の新薬の登場で、肥満症の治療は大きく進歩している。さらに糖尿病治療薬として承認された持続性GIP/GLP-1受容体作動薬「チルゼパチド(同:マンジャロ)」は20%の体重減少効果が確認されており、GLP-1(グルカゴン様ペプチド-1)受容体作動薬は、糖尿病の治療だけでなく、肥満症の治療としても注目されている。その一方、近年、痩せるために糖尿病薬を処方する「メディカルダイエット」が横行し、その弊害として欠品が問題となっている。厚生労働省は、この問題に対処するために、医療機関や卸業者に対してGLP-1受容体作動薬について「買い込みを控え適正使用」を呼びかけ、適正な使用と供給の優先を求めている。メーカー側は「医師の処方権」や「独占禁止法」により、適応外処方を厳しく規制することができないとしている。しかし、GLP-1受容体作動薬が適応外使用での処方や適応外でありながら大量に広告されていることから有害事象の発生など懸念が広がっている。参考1)GLP-1 受容体作動薬の在庫逼迫に伴う協力依頼(厚労省)2)30年ぶりの肥満症新薬と、「メディカルダイエット」が招く弊害(毎日新聞)3)“体重20%減”のダイエット効果があだに、糖尿病薬「空前の品不足」で診療に支障も(ダイヤモンド・オンライン)5.生殖補助医療における課題の解決に向け、公的機関の設立を/日本産科婦人科学会日本産科婦人科学会は、生殖補助医療の倫理的課題やデータ管理に対応するための公的機関設立の準備を始めたと発表した。医療技術の進展に伴い、第三者からの精子や卵子の提供など、新たな治療法が増加している一方で、倫理的な議論や法制度の整備が遅れている現状に対処するよう国側に強く働きかけたいとして同学会が決定した。1978年に世界で初めて体外受精が成功して以降、多くの国では親子関係や提供者の情報管理に関する法制度が整備されているのに対し、わが国では、生殖補助医療に関する法整備が世界に比べて遅れており、法整備が進まず、議論が始まったのは比較的最近であり、その結果としての法制度も不十分な状態が続いている。2020年には「生殖補助医療法」が成立し、一定の規定は確立されたが、提供者と子の「出自を知る権利」などがいまだに十分に考慮されていないのが現状。この法には2年以内に詳細を検討するという付則があったが、その期限が過ぎても議論は進展していない状態となっている。具体的には、新たな改正案で提案されている公的機関(独立行政法人)は、提供者の氏名や住所、生年月日などを100年間保存するよう求められている。しかし、この機関が情報を開示するかどうかは、提供者の同意に依存しており、その点が問題視されている。また、法案では提供を受けられるのは法律上の夫婦に限定されているなど、性的マイノリティーや代理出産に対する規定も不明確となっている。これらの課題を解決するためには、公的機関の設立だけでなく、広範な倫理的、法的議論が必要であり、産婦人科学会は国や関連団体に対して、専門の調査委員会を設けて、これらの課題に十分に議論を重ねることを求めている。参考1)“生殖補助医療の課題対応” 学会 公的機関の設立準備委(NHK)2)世界から遅れ 生殖補助医療法の必要性を指摘してきた識者の憂い(毎日新聞)3)生殖補助医療法、2年の改正期限過ぎるも議論混迷、次期国会どうなる(朝日新聞)6.2021年度の介護費用、過去最大の11兆円に、高齢化が影響/厚労省厚生労働省は、2021年度の介護費用(保険給付と自己負担を含む)が11兆2,838億円に達し、過去最大を更新したと発表した。この額は2年連続で11兆円を超え、高齢化に伴い、介護サービスの利用者が増加している。同時に、介護保険の給付費(利用者負担を除く)も前年度比2.0%増の10兆4,317億円となり、これもまた過去最高を更新した。介護や支援が必要とされる人々も、21年度末時点で前年度比1.1%増の690万人となり、うち601万人が75歳以上であることが明らかとなり、これも過去最多の数値。給付費の内訳については、訪問介護などの「居宅サービス」が4兆9,604億円で最も多く、次いで特別養護老人ホームなどの「施設サービス」が3兆1,938億円となっている。高齢化が進む中で、介護費用と給付費の増加は持続的な問題となっている。とくに、75歳以上の高齢者が多くを占めていることから、今後もこの傾向は続くと予想される。参考1)令和3年度 介護保険事業状況報告(厚労省)2)介護費、最大の11兆円 21年度(日経新聞)3)介護給付費、10兆4千億円 21年度、高齢化で更新続く(共同通信)

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ハイドロキシアパタイトの虫歯予防効果、フッ素に匹敵か

 虫歯予防に有効な成分としてはフッ素が有名だが、フッ素に対抗できそうな成分が他にもあるようだ。ポズナン医科大学(ポーランド)総合歯科学部長のElzbieta Paszynska氏らによる研究で、歯を構成する主要な成分であるハイドロキシアパタイト入りの歯磨き粉の虫歯予防効果は、1956年以来使用されているフッ素入りの歯磨き粉と同程度である可能性のあることが示された。この研究結果は、「Frontiers in Public Health」に7月18日発表された。 この研究には関与していない専門家で、米ノースウェル・ヘルスの歯科医であるLeonard Patella氏は、「これらのデータが正しければ、フッ素よりも安全性の高いハイドロキシアパタイトを優先的に選ぶ人が出てくるかもしれない」と話す。同氏によると、フッ素の過剰摂取には毒性があり、歯にダメージを与え、歯のフッ素症(斑状歯)と呼ばれる状態を引き起こすこともあるという。 歯のフッ素症は歯のエナメル質の外観が変化する症状で、歯の形成時期に子どもがフッ素を継続的に摂取することで起こる可能性がある。米国では軽症例が多く、通常、歯の表面に白や茶の斑点が見られる程度だが、より重症例では歯の表面に小さなくぼみができることもある。Paszynska氏は、「これは極めて重要な問題だ」とした上で、「フッ素とは異なり、ハイドロキシアパタイトには高い再石灰化作用と生体適合性があり、うっかり飲み込んでしまっても安全だ。世界中の歯科医に、日常的な口腔ケアでハイドロキシアパタイトがフッ素に代わる安全で有効な選択肢となり得ることを知らせるべきだ」と話す。 Paszynska氏らは今回、18カ月間の臨床試験を実施し、ハイドロキシアパタイト入りの歯磨き粉の虫歯予防効果をフッ素入りの歯磨き粉と比較した。試験参加者の半数はハイドロキシアパタイト入りの歯磨き粉で歯磨きをする群に、残る半数はフッ素入りの歯磨き粉で歯磨きをする群にランダムに割り付けられた。いずれの群も毎日、朝と夜の食後に電動歯ブラシで歯磨きを行い、また、6カ月ごとの歯科検診も受けた。試験の実施計画を全て完了した18〜45歳の171人(ハイドロキシアパタイト群84人、フッ素群87人)を対象に解析を行った。 その結果、試験終了時点で虫歯が増えていなかった人の割合は、ハイドロキシアパタイト群89.3%、フッ素群87.4%であり、これらの歯磨き粉の効果は同程度であることが示された。ただし、ハイドロキシアパタイトが歯科医療で最も人気のあるミネラルの座をフッ素から奪えるかどうかについては、現時点では不明だ。 米南カリフォルニア大学歯学および生命科学/生体工学教授のJanet Moradian-Oldak氏は、「砂糖を取り過ぎると、細菌が糖を利用して代謝し、酸を作り出す。その酸が歯のエナメル質を溶かす。もし、口腔衛生を良好に保つことができていない、酸性の食品を食べることが多い、歯を磨いていない、歯の再石灰化速度よりも脱灰速度(歯の溶ける速度)の方が速い、などの条件が当てはまると、最終的に虫歯になる」と説明する。 Moradian-Oldak氏によると、脱灰を遅らせる作用を有するフッ素の使用は、「虫歯の進行を抑制する最も低コストの方法」だという。一方、ハイドロキシアパタイト入りの歯磨き粉はフッ素入りの歯磨き粉よりも価格が高い。また、本研究では、ハイドロキシアパタイトの虫歯予防効果は検討されているが、深い穴の開いた重症の虫歯に対する効果がどの程度であるのかについては調べられていないことにも留意しておく必要がある。 それでもPatella氏は、フッ素の使用に抵抗がある人にとって、ハイドロキシアパタイトの使用は理想的な選択肢になり得るとの見方を示す。同氏は、「フッ素は使いたくないと言う人は、フッ素の入っていない歯磨き粉を使っている。フッ素の入っていない歯磨き粉でも、歯を清潔にし、プラークを除去できるが、フッ素入りの歯磨き粉のように歯を守り、強化することはできない。そのため、特に子どもの虫歯予防においては、フッ素入りの歯磨き粉の代わりにハイドロキシアパタイト入りの歯磨き粉を使うことが、素晴らしい解決策になるのではないかと思う」と話している。

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入れ歯は肺炎リスクを高める?

 入れ歯の表面に有害な細菌がコロニーを形成していることがあり、それが肺炎の発症につながる可能性のあることが、新たな研究で示された。英カーディフ大学のJoshua A. Twigg氏らによるこの研究の詳細は、「Journal of Medical Microbiology」に6月21日掲載された。 この研究では、入れ歯の表面が肺炎の潜在的な原因菌にとってコロニーを形成しやすい場所であり、入れ歯表面で増殖した細菌が、肺炎リスクの高い人に肺炎を引き起こす可能性があるという仮説が検証された。対象は、肺炎に罹患していない介護施設に入居している高齢者35人と、肺炎の確定診断を受けた高齢の入院患者26人で、いずれの対象者も入れ歯を装着していた。Twigg氏らは、対象者の舌の背部、入れ歯が接触する部分の口蓋粘膜、および入れ歯からサンプルを採取してDNAを抽出し、16S rRNAメタタクソノミックシーケンシング(環境中の微生物集団の組成や多様性を調べるための分子生物学的手法)と定量PCR分析により細菌の種類と量を特定した。その上で、肺炎を引き起こす可能性のある細菌の量について、両群間で有意差があるのかどうかを調べた。対象とされた細菌には、肺炎桿菌、肺炎球菌、大腸菌、セラチアなどが含まれていた。 その結果、入院中の肺炎患者では、介護施設入居者に比べて肺炎の潜在的な原因菌の相対存在量が統計学的に有意に増加していることが明らかになった。特に、肺炎患者の入れ歯での細菌の累積相対存在量は、介護施設入居者の入れ歯の20倍以上と、増加が著しかった。さらに、肺炎患者の入れ歯に由来する細菌叢は、施設入居者の入れ歯に由来する細菌叢と比べて、多様性と豊かさが有意に低下していた。 Twigg氏は、「肺炎患者の入れ歯と健常者の入れ歯では、肺炎の潜在的な原因菌の量に違いがあると予想してはいたが、20倍もの違いがあると知り、驚いた」と話す。研究グループは、入れ歯が肺炎発症に関与しているとの考えを示し、「入れ歯を適切に洗浄しなければ、その表面に疾患の原因となる細菌のコロニーが形成される可能性がある」と警鐘を鳴らしている。 ただしTwigg氏は、「この研究結果から、入れ歯が原因で肺炎が生じたと言うことはもちろんできない。ただ、両者の関連性が示されたに過ぎない。入れ歯と肺炎発症との関係に関する研究はまだ初期段階にあり、入れ歯の装着から肺炎発症に至るまでのメカニズムを明らかにするには、さらなる研究が必要だ」と述べている。 Twigg氏は、「入れ歯の表面で有害な細菌が増殖する可能性が示された。入れ歯を徹底的に洗浄することが重要だ」と改めて強調し、さらに、「歯科医で定期検診を受けることで、入れ歯を作らずに済む」と助言している。

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妊婦の親子関係の不良は妊娠中高血糖の予測因子

 両親との親子関係にあまり満足していない妊婦は、妊娠中に高血糖を来すリスクが高いというデータが報告された。東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科国際健康推進医学分野の藤原武男氏らの研究によるもので、詳細は「BMC Pregnancy and Childbirth」に4月4日掲載された。藤原氏は、「妊婦健診の際に親子関係を尋ねることが、妊娠中高血糖のリスク評価に役立つのではないか」と述べている。 妊娠中に血糖値の高い状態が続いていると、難産や巨大児出産などのリスクが高くなるため、妊娠中の積極的な血糖管理を要する。また、妊娠以前から糖代謝異常のリスク因子を有する女性は、妊娠糖尿病などの妊娠中高血糖(HIP)のリスクが高く、その糖代謝異常のリスク因子の一つとして、子ども期の逆境体験(ACE)が挙げられる。そのためACEのある女性は、HIPになりやすい可能性がある。とはいえ、妊婦健診などにおいて全妊婦のACEの有無を把握することは現実的でない。 一方、成人後の親子関係が良くないことは、ACEの表現型の一つと考えられている。よって、妊婦の現在の親子関係を確認することでACEの有無を推測でき、それによってHIPリスクを評価できる可能性が想定される。以上を背景として藤原氏らは、妊婦に対して親子関係の良し悪しを質問し、その答えとHIPリスクとの間に関連があるか否かを検討した。なお、HIPには、妊娠糖尿病(妊娠中に生じる高血糖)と、妊娠前からの糖尿病、および妊娠時に判明した糖尿病を含めた。 解析対象は、2019年4月~2020年3月に、4府県(大阪、宮城、香川、大分)の産科施設58件を受診した全妊婦から、データ欠落者などを除外した6,264人。初診時に行った「両親との関係について満足しているか?」との質問に対して、93.3%が「満足している」、5.5%が「あまり満足していない」、1.2%が「全く満足していない」と回答。この3群間に、年齢、未婚者の割合には有意差がなかった。親子関係の満足度が高い群ほど教育歴(高卒以上の割合)は有意に高く、自己申告による精神疾患既往者の割合(全体で5.6%)は低かった(いずれもP<0.01)。 HIPは4.4%に認められた。「親子関係に満足している」群を基準とするロジスティック回帰分析の結果、交絡因子未調整の粗モデルでは、「あまり満足していない」群のHIPのオッズ比(OR)が1.77(95%信頼区間1.11~2.63)であり有意に高かった。ただし、年齢、教育歴、精神疾患の既往を調整すると、OR1.53(同0.98~2.39)でありわずかに非有意となった(P=0.06)。「全く満足していない」群は、粗モデルでも有意な関係が認められなかった。 次に、HIPの既知のリスク因子である精神疾患の既往の有無で層別化して検討。すると、精神疾患の既往がなく親子関係に「あまり満足していない」群のHIPリスクは、粗モデルでOR1.85(1.17~2.95)、年齢と教育歴を調整後にもOR1.77(1.11~2.84)であり、独立した有意な関連が認められた。一方、精神疾患の既往があり親子関係に「あまり満足していない」群では、有意なオッズ比上昇は認められなかった。なお、親子関係に「全く満足していない」群は、精神疾患の既往の有無にかかわらず非有意だった。 著者らは既報研究に基づく考察から、親子関係の不良がHIPリスクを高めるメカニズムとして、喫煙や体重管理の悪化などの不健康な行動が関与している可能性があると述べている。また、親子関係に「あまり満足していない」群でHIPリスクが高いのに対して「全く満足していない」群はそうでなかった理由については、後者の群にはACEリスクがより高いために児童福祉支援を受けて育った女性が多く含まれており、逆説的にACEによるHIPリスクを高めるような行動増加などの影響が小さくなった可能性が考えられるとしている。 以上より論文の結論は、「精神疾患の既往のない妊婦では親子関係の良くないことがHIPリスクと有意に関連していた。妊婦の診察においてACEの有無を直接評価することは困難だが、親子関係を問うだけでACEの影響により生じるHIPリスクを推測できるのではないか」とまとめられている。なお、研究の限界点として、BMIや喫煙習慣、妊娠中の体重増加、血圧など、HIPの既知のリスク因子を考慮していないことなどを挙げ、さらなる研究が必要としている。

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歯の痛み、どのくらいの頻度で“虫歯リスク”なのか

 日本歯内療法学会が、直近3ヵ月で歯の痛みを感じたことがある20~60代の800名を対象に『歯の痛みの放置』に関するアンケート調査を実施。その結果、痛みの強さや頻度に関わらず断続的に痛みを感じている人には一定の「虫歯リスク」があることが推察された。 主な結果は以下のとおり。・痛みの頻度ごとの内訳は、いつも痛む人(痛みが1~3日に1回程度)25.9%、ときどき痛む人(痛みが毎週~2、3週ごとに1回程度)32.1%、まれに痛む人(1~3ヵ月に1回程度)42.0%だった。・まれに痛む人の半数以上は違和感程度で、痛みを感じる箇所は特定のところだった。・痛みを感じた後に歯科受診したのは、全体の4割程度だった。・歯科検診で「虫歯」と診断された割合は、いつも痛む人33.0%、ときどき痛む人31.0%、まれに痛む人43.1%だった。・歯科検診していない人のうち、痛みを半年以上放置した割合は、まれに痛む人で56.8%にのぼった。一方、いつも痛む人でも半年以上も痛みを放置した割合は43.4%と長期間放置する人が多くみられた。 歯に痛みが生じるケースとして虫歯以外には、1)知覚過敏、2)歯肉炎・歯周病、3)ストレス、4)親知らず、5)かみ合わせやかむ力の異常、6)歯のヒビや割れなどがある。虫歯の場合には冷たい物・甘い物だけではなく、熱いものを食べたり、飲んだりした際に数秒の痛みを感じた場合は歯髄近くまで進んでいる場合が多いそうなので、熱い物がしみた場合には虫歯の可能性を考慮して歯科受診を検討したほうがよいかもしれない。―――【調査概要】調査主体:一般社団法人 日本歯内療法学会調査対象:直近 3ヵ月で歯の痛みを感じたことがある20~60代の800名(20代、30代、40代、50代、60代を男女に分け、それぞれ80名を調査。「医薬品、健康食品、薬品、化学、石油化学」「市場調査」「医療、福祉」「出版、印刷」「メディア・マスコミ・広告業」にお勤めの方は除く)調査方法:WEBアンケート調査時期:2023年5月19日~23日―――

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第163回 マウスピース矯正で集団訴訟、歯科ならではの診療報酬が影響か

ここで歯科領域の話を扱うのは初めてだが、6月6日に歯列矯正をめぐって300人以上が総額4億5,000万円の損害賠償を求めて、集団提訴した事件が報じられた。歯列矯正というと、ちょっと昔の世代は歯に接着したブラケットにワイヤーを通して歯に力を掛けて矯正するワイヤー矯正を思い浮かべがちだ。矯正中に歯を見せて笑うと、歯に装着されたワイヤーにドキッとしてしまうアレだ。このワイヤー矯正は見た目の問題以外に加え、ワイヤーで引っ張るために時に痛みを感じる、装着した歯では食事や歯磨きがしにくいなど患者にとっては生活に一定の影響がある。これに対し、近年登場してきたのがマウスピース矯正である。患者の歯列に合わせた透明な薄い樹脂製のマウスピースを作成し、これを1日20時間以上装着して矯正状況に応じてマウスピースを1~2週間ごとに交換する。治療期間は2~2.5年といわれている。目立たない、食事や歯磨きの際に取り外し可能、ワイヤー矯正ほど痛くないうえに、実は治療費も45~70万円くらいでワイヤー矯正よりも安価、と患者にとってはかなりメリットが多いと言われる。デメリットはワイヤー矯正と比べて適応が限られることである。今回の事件ではこのマウスピース矯正を希望する人をモニターとして集め、まずは歯科医院に1人あたり150万円前後を支払って、マウスピース矯正を開始。モニター謝礼としてクリニック側が毎月5万円をキャッシュバックして実質無料にするというものだった。しかし、途中でキャッシュバックの支払いが止まり、歯科医院も閉院して矯正治療も中断されたというものだ。一部報道ではこのモニター制度に関わった運営会社や関連会社、歯科医院の関係者それぞれが取材に応じ、自身のほうが騙された旨の発言をしているが、現時点でどの主張が本当かはわからない。もっとも個人的にはこの件を見るにつけ、歯科医療そのものの構造的な問題を感じてしまう。1つはご存じのように歯科治療の場合、医科よりも自由診療が占める部分が大きい。このため国内で自由診療扱いになるものに関しては、医科ほどには信頼性が高いエビデンスがあるとは言い難い。加えて今回の歯列矯正に加え、ホワイトニングもそうだが、治療目標が定めがたい。と言うのも、治療目標が患者の期待値に縛られていることが多く、医科のように明確なエンドポイントが設定しにくい。もっといえば歯列矯正やホワイトニングは、必ずしも医学的必要から行われるものばかりではなく、患者が歯の見た目(審美性)を重視するために行われるケースも多くを占める。その意味では、患者の持つコンプレックスに一部の不埒な歯科の専門性を持つものが付け込みやすい構造が存在する。しかも、そこに自由診療という金目の問題までもが入り込みやすい。今回の事件にそんな意味でため息をついていた矢先、政府が「経済財政運営と改革の基本方針(通称・骨太の方針)」の2023年版の案を公表し、その中身を見た。昨今、高齢者の医療・介護で口腔ケアが重視され始めているのは、多くの医療関係者にとっては周知のことだろうが、今回の骨太の方針案では、昨年初めて「国民皆歯科健診」が盛り込まれ、今年もこの方針が堅持された。また、従来から口腔ケアと全身の健康状態との関連のエビデンスを国民に広く伝えていく姿勢を強調している。しかしだ、こうした普及をすること以前に歯科が取り組まなければならないのは、自由診療という枠内で行われている治療行為や処置に関するより信頼性の高いエビデンスの構築ではないだろうか? こういうと「いや自由診療で行われていることにもエビデンスはある」という声も出てくるだろうが、医科領域と比べるとチャンピオンデータの強調という側面がぬぐい切れないものが多いと私は感じている。参考(1)経済財政運営と改革の基本方針2023(仮称) (原案)

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歯科治療の中断が全身性疾患の悪化と有意に関連

 歯科治療の中断と、糖尿病や高血圧症、脂質異常症、心・脳血管疾患、喘息という全身性慢性疾患の病状の悪化が有意に関連しているとする研究結果が報告された。近畿大学医学部歯科口腔外科の榎本明史氏らの研究によるもので、詳細は「British Dental Journal」に4月11日掲載された。 近年、口腔疾患、特に歯周病が糖尿病と互いに悪影響を及ぼしあうことが注目されている。その対策のために、歯科と内科の診療連携が進められている。また、糖尿病との関連に比べるとエビデンスは少ないながら、心・脳血管疾患や高血圧症なども、歯周病と関連のあることが報告されている。歯周病とそれらの全身性疾患は、どちらも治療の継続が大切な疾患であり、通院治療の中断が状態の悪化(歯周病の進行、血糖値や血圧などのコントロール不良)につながりやすい。榎本氏らは、歯科治療を中断することが全身性疾患の病状に影響を及ぼす可能性を想定して、以下の横断的研究を行った。 研究には、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミックの社会・医療への影響を把握するために実施された大規模Web調査「JACSIS(Japan COVID-19 and Society Internet Survey)研究」のデータが用いられた。パンデミック第5波に当たる2021年9月27日~10月30日に、Web調査登録者パネルを利用して、年齢、性別、居住都道府県を人口構成にマッチさせた上で無作為に抽出した3万3,081人に回答協力を依頼。2万7,185人(年齢範囲15~79歳、男性49.7%)から有効回答を得た。 このトピックに関する質問は、「過去2カ月間に、全身性疾患の病状は悪化したか」、「過去2カ月間に、歯科治療を受けることができたか」という二つで構成されていた。前者は「はい」か「いいえ」、後者は歯科治療を「継続していた」、「中断した」、および「該当しない(以前から継続的な歯科治療は受けていない)」から選んでもらった。 全身性疾患の検討対象者は、もともと内科疾患を放置している人やコロナ禍のもと内科疾患の通院を中断した人は除外。最終的には、糖尿病1,719人、高血圧症5,130人、脂質異常症2,998人、心・脳血管疾患833人、喘息677人、アトピー性皮膚炎792人、うつ病などの精神疾患1,638人を対象者とした。これら各疾患の患者のうち、50~60%は歯科治療を継続しており、4~8%は中断していた。いずれの疾患においても、歯科治療継続群より中断群の方が、病状が悪化したとの回答が多かった。 糖尿病患者を例にとると、1,719人のうち88人が歯科治療を中断しており、そのうち16人(18.2%)が糖尿病の悪化を報告。歯科治療を継続していた1,043人ではその割合が5.6%だった。年齢、性別、喫煙習慣、教育歴、収入、居住環境(独居か否か、持ち家か否か)を共変量として調整した解析でも、病状悪化率の群間差は有意だった(P=0.0006)。 同様の解析で、高血圧症(P=0.0003)、脂質異常症(P=0.0036)、心・脳血管疾患(P=0.0007)、喘息(P=0.0094)も、歯科治療を中断した群の病状悪化率の方が有意に高かった。アトピー性皮膚炎とうつ病などの精神疾患に関しては、有意差が見られなかった。 著者らは「本研究は横断研究であるために因果関係は不明」とした上で、「歯科治療の中断がいくつかの全身性疾患の状態を悪化させる可能性が示された。つまり、歯科治療の継続が全身性疾患の進展を抑制し得るのではないか。また、全身の内科的疾患の症状悪化によって、将来的に医療において必要となる人的労力や経済的負担が、口腔の健康の維持のための比較的軽度な負担によって抑制可能かもしれない。この結果はわが国における医歯学連携の推進を後押しする、有意義な知見と考えられる」と結論付けている。

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第162回 止められない人口減少に相変わらずのんきな病院経営者、医療関係団体(後編) 「看護師に処方権」「NP国家資格化」の行方は?

ジャニーズの性加害問題報道でNHKが「反省」の弁こんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。この週末、メディアはG7広島サミットの話題に加え、ジャニーズ事務所の「謝罪」動画、歌舞伎役者の自殺未遂事件など社会部ネタが頻発し、バタバタだった模様です。ジャニー喜多川氏によるジャニーズJr.の少年への性的虐待については、この連載の「第155回 日本はパワハラ、セクハラ、性犯罪に鈍感、寛容すぎる?WHO葛西氏解任が日本に迫る意識改造とは?(後編)」でも簡単に触れたのですが、「謝罪」動画公開後の5月17日にNHKで放送された「クローズアップ現代」(クロ現)はなかなか興味深い内容でした。「“誰も助けてくれなかった” 告白・ジャニーズと性加害問題」と題されたこの回の「クロ現」では、元ジャニーズJr.の男性が実名で登場、自身が受けた性被害の詳細を語っていました。印象的だったのは、桑子 真帆キャスターが、「なぜこの問題を報じてこなかったのか。私たちの取材でもこうした声を複数いただきました。海外メディアによる報道がきっかけで波紋が広がっていること。私たちは重く受けとめています」と反省の弁を述べ、番組の最後に「私たちは、これからも問題に向き合っていきます」と語ったことです。日本で長年に渡って起こっていた性被害事件にもかかわらず、日本のメディアで報道してきたのは週刊文春などごくわずかです。英国BBCのドキュメンタリーが放映されたので渋々動きました、というのではNHKも報道機関としての存在意義が問われても仕方ありません。今回、NHKの顔とも言えるキャスターが番組で反省の弁を述べたというのは、とても大きな意味があることだと思います。逆に言えば、ジャニーズ事務所に忖度し、BBCのドキュメンタリーや今回の「謝罪」動画に関しても、お茶を濁した報道しかしていない民放(「クロ現」ではジャーナリストの松谷 創一郎氏が「民放の人たち、テレビ朝日やフジテレビなんかはとくにそうですけれども」と名指しして批判していました)は、報道機関としては完全に“失格”と言えそうです。人口減少に対する、医療関係団体の希薄過ぎる危機感さて、今回も4月26日に厚生労働省の国立社会保障・人口問題研究所が公表した「将来推計人口」に関連して、日本の医療に及ぼす影響について考察してみます。前回は、一向に進まない地域医療構想や、病院の役割分担の明確化や病床削減などへ取り組みの遅れなど、医療提供体制における問題点について書きました。今回は、急速に進む人口減少が招くであろう医療・介護人材難に対して、日本医師会や日本薬剤師会といった医療関係団体の危機感が希薄過ぎる点について書きます。訪問看護ステーションに配置可能な医薬品の拡大案に「断固反対」と日本薬剤師会会長5月12日付のメディファクス等の報道によれば、日本薬剤師会の山本 信夫会長は5月10日に開かれた三師会の会見で、政府の規制改革推進会議で議論が進められている、訪問看護ステーションに配置可能な医薬品の拡大案について、「配置可能薬を拡大するということについては断固反対という立場だ」と述べたとのことです。この案は、規制改革推進会議の医療・介護・感染症対策ワーキング・グループで3月6日、医師の佐々木 淳専門委員(医療法人社団 悠翔会理事長)と弁護士の落合 孝文専門委員が提案したものです。佐々木氏は関東を中心に在宅医療専門のクリニックを複数ヵ所運営する医療法人を経営しています。佐々木氏らが提案したのは、訪問看護ステーションに配置する薬剤の種類を増やし、訪問看護師がある程度自由に使用できるようにするための新しいスキームです。現状では看護師が薬局で薬剤を入手してから患者宅に向かうか、看護師から連絡を受けた薬剤師が薬剤を配達しているのですが、このスキームによって患者への薬剤提供が効率化される、としています。このスキームでは、薬剤師はオンラインで訪問看護ステーションに配置された薬剤を遠隔管理(倉庫室温、ピッキングの適切性、在庫など)し、薬局がステーションに随時医薬品を授与します。一方、ステーションの看護師は、必要に応じて医師の指示内容を薬局と共有、処方箋の写しに基づいてステーションの倉庫から薬剤をピッキング、患者に投薬します。なお、倉庫内に配置する薬剤としては、脱水症状に対する輸液、被覆剤、浣腸液、湿布、緩下剤、ステロイド軟膏、鎮痛剤などを想定しているとのことです。薬剤師の調剤権を著しく侵害することにつながり「極めて問題がある」現状、薬剤師法などで、調剤を行えるのは、医師、歯科医師、獣医師が自己の処方箋により自ら調剤するときを除いて薬剤師に限られています。山本会長は、この改革案は医師の処方権、薬剤師の調剤権を著しく侵害することにつながり「極めて問題がある」と述べたそうです。その上で、在宅医療の提供について、「チームを組んで医療を提供するのが本来の姿。専門職が集まってその患者さんに対してどんな医療が必要か、医師や看護師、薬剤師など各専門職種が議論していくことが大前提だ。それを抜きにして、ただ置けばいいという発想について私どもとしては大変断固反対だ」と述べたとのことです。他の医療・看護・介護拠点が薬局機能を代替して何が悪い?「薬局の遠隔倉庫」案と呼ばれるこの案、患者が薬剤を手に入れるまでの時間が短縮されるだけでなく、調剤をする薬局自体がない地域や、土日や夜間は営業しない薬局しかない地域では、とても便利で現実的な方策に見えます。「薬剤師の調剤権を侵害」「チーム医療が本来の姿」と山本会長は語っています。しかし、そもそも薬局薬剤師が機能しない地域や時間帯があるなら、ほかの医療・看護・介護拠点がその機能を代替して何が悪いというのでしょう。山本会長の発言は、薬剤師のことは考えているが、患者のことは考えていないように感じます。ちなみに、令和4年度の厚生労働白書によれば、2020年度において、無薬局町村は34都道府県で136町村あるそうです。「包括指示」の仕組みを活用、「訪問看護師に一定範囲内の薬剤の処方箋を発行できるようにする」案も規制改革推進会議の医療・介護・感染症対策ワーキング・グループは先週、5月15日にも開かれ、佐々木氏は「薬局の遠隔倉庫」案をベースとした、もう一歩踏み込んだ改革案を提案しています。5月16日付のCBnewsマネジメントの報道によれば、佐々木氏は一定の条件下で訪問看護師が処方箋を発行して投薬できる規制緩和策を検討すべきだと提案したとのことです。具体的には、医師に連絡がついたものの処方箋を発行できない場合、看護師は医師の指示に基づいて処方箋を発行できる医師と連絡がつかない場合、看護師は医師の包括的指示に基づいて処方箋を発行できる24時間対応を標榜する薬局がある場合、薬剤師は迅速・確実に患者宅に薬剤を届ける。24時間対応の薬局がなければ訪問看護事業所に薬剤を配備し、看護師がその備蓄から薬剤を使用することができる24時間対応する薬局の有無にかかわらず、訪問看護事業所内への輸液製剤の配備を可能とするなお、佐々木氏は、これらの対象となる薬剤(輸液製剤を含む)の範囲をあらかじめ指定しておくことも提案しています。医師から看護師への「包括指示」の仕組みを活用して、「訪問看護師に一定範囲内の薬剤の処方箋を発行できるようにする」という大胆な提案です。日本薬剤師会が再び激怒しそうですが、働き方改革や人材難を背景に、タスクシフト/タスクシェア推進が叫ばれる中、とても理に適った提案ではないでしょうか。「NPを導入し、国家資格として新たに創設するというのは適切ではない、反対だ」と日本医師会政府の規制改革会議ですが、その議論や提案はいつもラジカルで、旧態依然とした医療関係団体を時折怒らせています。2月13日、規制改革推進会議の医療・介護・感染症対策ワーキング・グループは、医師と看護師のタスクシェア、とくにナース・プラクティショナー(NP)について日本医師会等にヒアリングを実施しました。NPとは、端的に言えば、医師と看護師の中間的な技量を有した医療専門資格です。現行の特定行為研修を修了した看護師ができる医療行為の範囲を超えて、“医師のように”自主的に医療行為が行える新しい国家資格(NP)をつくろうというのがNPの国家資格化のコンセプトです。米国においてNPは医師の指示・監督がなくても診察、診断、治療・処方のオーダーができる資格として確立しています。この回のワーキング・グループに日本医師会から参加した常任理事の釜萢 敏氏は「外国で行われているものを日本に導入すれば必ずうまくいくというものでは決してない。特定行為研修の修了者を増やしていくという方向に大きく踏み出したので、まずそれをしっかり実現することが喫緊の課題。NPという新たな職種を導入し、国家資格として新たに創設するというのは、現状において適切ではない、反対だ」と述べました。日本医師会などが慎重な姿勢を示してきたため業務範囲の拡大は遅々として進まず医療・介護分野のタスクシェア・タスクシフトを巡っては、これまで日本医師会などが慎重な姿勢を示してきました。そのため、実際の医療現場での業務範囲の拡大は遅々として進んでいません。2021年5月の医療法等改正においても、業務範囲が拡大されたのは診療放射線技師、臨床検査技師、臨床工学技士、救急救命士のみで、“本丸”とも言える看護師には踏み込んでいません(「第66回 医療法等改正、10月からの業務範囲拡大で救急救命士の争奪戦勃発か」参照)。政府の規制改革推進会議が昨年5月に決めた令和4年度の最終答申には「医療・介護分野のタスクシェア・タスクシフトの推進」は記述されていますが、より本格的な検討は今期の同会議の“宿題”となりました。その後、議論を進めてきた規制改革推進会議は、昨年12月に当面の改革テーマに関する中間答申をまとめました。そこには、医師や看護師が職種を超えて業務を分担する「タスクシェア」の推進が明記され、医師の業務の一部を看護師らに委ねる「タスクシフト」も進めると書かれました。それを踏まえ、看護師らが担える業務の対象拡大を主要テーマとして、医療・介護・感染症対策ワーキング・グループが議論を進めてきた、というのがこれまでの流れです。6月にまとめられる規制改革推進会議の最終答申に注目それにしても、医師や薬剤師がタスクシェア・タスクシフトをこうも毛嫌いする理由はなんでしょう。自分たちの仕事が、「看護師ごときには対応できないほど高度なもの」とでも考えているのでしょうか。あるいは逆に、「意外に簡単で誰にでもできそうであることがバレるのが怖い」のでしょうか。確か、日本医師会は医師増(医学部新設)にも反対していましたから、単に自分たちの既得権を守りたいだけなのかもしれません。前回の冒頭で書いた青森の下北半島ではないですが、現状、医師確保にあえいでいる地域は全国にたくさんあります。人口減が今以上に進めば、無医町村も増えていくでしょう。そんな中、相応の資格を得た訪問看護ステーションなどの看護師が、処方を含む医療行為を自らの判断で行うことができるようになれば、地域医療に一定の安心感を与えるのではないでしょうか。また、老人保健施設や介護医療院は医師でなければ施設長になれませんが、高齢者医療を専門とするNPが施設長になることができれば、貴重な医師人材の節約にもつながります。今年6月にもまとめられる予定の令和5年度の規制改革推進会議の最終答申に、医師から看護師への包括指示の活用や、訪問看護師への処方権付与、NP国家資格化といった、ワーキング・グループで議論されてきた内容がどれくらい盛り込まれることになるか、注目されます。

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医療者の不足する地域は死亡率が高い/BMJ

 ユニバーサル・ヘルス・カバレッジ―「すべての人が適切な予防、治療、リハビリ等の保健医療サービスを、支払い可能な費用で受けられる状態」(厚生労働省)―を2030年までに達成するには、健康を促進または改善するさまざまな職業の保健医療人材(Human Resources for Health:HRH)が重要であるが、HRHの不平等は過去30年間で世界的に減少しているものの依然として残っており、全死亡率およびほとんどの死因別死亡率は、医療従事者が限られている、とくにHIV/AIDS・性感染症、母体・新生児疾患、糖尿病、腎臓病といった、優先疾患におけるいくつかの特定のHRHが限られている国・地域で相対的に高いことが、中国・北京大学のWenxin Yan氏らの調査で示された。著者は、「本結果は、2030年までにユニバーサル・ヘルス・カバレッジを達成するために、公平性を重視した医療人材政策の策定、医療財政の拡大、不十分なHRHに関連した死亡を減少するための標的型対策の実施に向けた政治的取り組み強化の重要性を浮き彫りにしている」とまとめている。BMJ誌2023年5月10日号掲載の報告。172の国・地域のHRHの傾向と不平等を評価し、全死亡率と死因別死亡率を解析 研究グループは、2019年版の世界疾病負荷研究(Global Burden of Disease Study)のデータベースを用い、172の国・地域を対象として、1990~2019年までの各国・各地域の総HRH、特定のHRH、全死亡率、死因別死亡率に関する年次データを収集するとともに、国連統計(United Nations Statistics)およびOur World in Dataのデータベースから、モデルの共変量として用いる人口統計学的特性、社会経済的状態、医療サービスに関するデータを入手し、解析した。 主要アウトカムは、人口1万人当たりのHRH密度に関連する人口10万人当たりの年齢標準化全死亡率、副次アウトカムは年齢標準化死因別死亡率とした。HRHの傾向と不平等を評価するため、ローレンツ曲線と集中指数(concentration index:CCI)を用いた。HRHの不平等は過去30年間で減少も、総HRHレベルと全死亡率に負の相関 世界的に、人口1万人当たりの総HRH密度は、1990年の56.0から2019年には142.5に増加した。一方で、人口10万人当たりの年齢標準化全死亡率は、1990年の995.5から2019年には743.8に減少した。ローレンツ曲線は均等分布線の下にあり、CCIは0.43(p<0.05)であったことから、人間開発指数で上位にランクされている国・地域に医療従事者がより集中していることが示された。 HRHのCCIは、1990~2001年の間、約0.42~0.43で安定していたが、2001年の0.43から2019年には0.38へと低下(不平等が縮小)していた(p<0.001)。 多変量一般化推定方程式モデルにおいて、総HRHレベル(最低、低、中、高、最高の五分位)と全死亡率との間に負の相関が認められた。最高HRHレベル群を参照群として評価すると、低レベル群の発生リスク比は1.15(95%信頼区間[CI]:1.00~1.32)、中レベル群は同1.14(1.01~1.29)、高レベル群は1.18(1.08~1.28)であった。 総HRH密度と死亡率との負の相関は、顧みられない熱帯病やマラリア、腸管感染症、母体および新生児疾患、糖尿病や腎臓病など、いくつかの死因別死亡率でより顕著であった。医師、歯科スタッフ(歯科医師と歯科助手)、薬剤スタッフ(薬剤師、調剤補助者)、緊急援助および救急医療従事者、オプトメトリスト、心理学者、パーソナルケアワーカー、理学療法士、放射線技師の密度が低い国・地域の人々は、死亡リスクがより高くなる可能性が高かった。

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糖質過剰摂取は糖尿病患者のみならず万人にとって生活習慣病リスクを高める危険性がある?―(解説:島田俊夫氏)

 私たちは生きるために食物を食べることでエネルギーを獲得している。その主要なエネルギー源は3大栄養素であり、その中でも代表的なエネルギー源が糖質である。 糖質の摂り過ぎは糖尿病患者では禁忌だということは周知されている。しかし健康人においてさえ、糖の摂り過ぎには注意が必要だとの警鐘を告げる論文も散見され、その中には糖質過剰摂取1,2)が3大死因に密接に関連し、生活習慣病を引き起こす可能性について言及した論文も少なくない。しかしながら、エビデンスレベル不ぞろいの論文が混在しており、玉石混交の中で可能な限り厳密に分析・評価し、糖質過剰摂取に関する情報の真実を明らかにすべく行われた、中国・四川大学のYin Huang氏らにより解析されたUmbrella Review(包括的Review)が、BMJ誌の2023年4月5日号に期せずして掲載された。一読に値するとの思いで取り上げた。Umbrella Reviewの概略 今回のUmbrella Reviewのデータソースは、検索により、観察研究のメタアナリシスにおける74のユニークなアウトカムと無作為化対照試験のメタアナリシスでの9アウトカムを含む、8,601のユニークな論文から73のメタアナリシスと83の健康アウトカムを特定した。健康に関するアウトカム83項目中、食事由来の糖質摂取と有意な関連を認めた45項目の内訳、内分泌/代謝系18項目、心血管系10項目、がん7項目、その他10項目(神経精神、歯科、肝臓、骨、アレルギーなど)に関して有害性が確認された。 食事の砂糖消費量の最高と最低では、体重の増加(加糖飲料)(クラスIVエビデンス)および異所性脂肪の蓄積(加糖)(クラスIVエビデンス)と関連していることを示唆した。低品質のエビデンスでは、1食分/週の砂糖入り飲料消費の増加は、痛風の4%リスク(クラスIIIエビデンス)増加と関連し、250mL/日の砂糖入り飲料消費の増加は、冠動脈疾患(クラスIIエビデンス)および全死因死亡(クラスIIIエビデンス)のそれぞれ17%および4%のリスク増加と関連することを示した。さらに、低品質のエビデンスでは、フルクトース消費量が25g/日増加するごとに、膵臓がんのリスクが22%増加(クラスIIIエビデンス)することを示した。 現時点では糖質過剰摂取の有害性をすなおに受け入れることが賢い選択だと考えるが、全面的に信じることはせず、多少の疑問を残しておくことが大事である。糖質の過剰摂取が肥満を招くことは欧米ではすでに受け入れられており、糖尿病のみならず肥満是正に糖質制限食が好んで使用されていることを考えれば、今回の解析結果は理にかなっている。その反面、長期にわたる糖質制限食に関しては議論の多いところであり3,4)、安全性への不安が根強く残っていることも忘れてはならない。現時点では、長期の糖質制限食への不安が払拭されない限りは、この結果を無条件に受け入れるのは時期尚早ではないかと考える。

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