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小田倉 弘典 氏土橋内科医院はじめに臨床医が抗血小板薬を使用する機会は多い。実地医家が最低限知っておくべき薬理学的知識をおさえ、疾患ごとに、1次予防と脳心血管疾患慢性期の2次予防において、どの場面でどういった薬剤を選べばよいか、あくまで現場からの視点で概説する。抗血小板薬でおさえるべき薬理学的知識実地臨床における抗血小板薬の使い分けについて論じる前に、人の止血機構とそこに抗血小板薬がどう働くかについての理解が欠かせない。筆者は止血血栓が専門ではないが、近年抗血栓薬に注目が集まっていることから、プライマリ・ケア医としておおよそ以下のように止血機構を把握することにしている。ヒトの血管壁が傷害された場合、1次血栓(血小板血栓)→ 2次血栓(フィブリン血栓)が形成される1次血栓:血小板が活性化され凝集することで形成される2次血栓:活性化された血小板表面で凝固系カスケードが駆動し、フィブリンが生成され強固な2次血栓(フィブリン塊)が形成される動脈系の血栓(非心原性脳塞栓、急性冠症候群など)では血小板血栓の関与が大きく、抗血小板薬が有効である。静脈系および心房内の血栓(心房細動、深部静脈血栓症など)ではフィブリン血栓の関与が大きく、抗凝固薬が有効である血小板活性化には濃染顆粒から分泌されるトロンボキサンA2(TXA2)とアデノシン2リン酸(ADP)による2つの正のフィードバック回路が大きく関与するアスピリンは、アラキドン酸カスケードを開始させるシクロオキシゲナーゼ(COX)-1を阻害することで、TXA2を抑制し血小板の活性化を阻害するチエノピリジン系(クロピドグレル、チクロピジン)はADP受容体P2Y12の拮抗作用により血小板の活性化を阻害するシロスタゾールは、血小板の活性化を抑制するcAMPの代謝を阻害するホスホジエステラーゼ3を阻害することで血小板凝集を抑制する虚血性心疾患のエビデンス・ガイドライン1. 1次予防古くは、Physicians’ Health Study1)において、虚血性心疾患の既往のない人へのアスピリン投与は、心血管死は減少させないものの心筋梗塞発症はアスピリン群のほうが低かったため、処方の機運が高まった時期がある。しかし、日本人の2型糖尿病患者2,539人を対象としたJPAD試験2)において、アスピリン群は対照群に比べ1次評価項目(複合項目)を減らさなかった(5.4% vs. 6.7%)。2次評価項目(致死性心筋梗塞、致死性脳卒中)および65歳以上のサブグループ解析における1次評価項目においては、アスピリン群で有意に少なかった。日本循環器学会の『循環器疾患における抗凝固・抗血小板療法に関するガイドライン(2009年改訂版)』においても、高リスクの脂質異常症におけるイコサペント酸エチル投与の考慮が推奨度クラスI、複数の冠危険因子をもつ高齢者に対するアスピリン投与がクラスIIとされているのみである。現時点では、虚血性心疾患を標的とした抗血小板薬の1次予防は有効性が確立されておらず、65歳以上の糖尿病患者で多数の冠危険因子を有する場合以外は、投与は控えるべきと考えられる。2. 2次予防(慢性期)2009年のATT4)によるメタ解析において、心筋梗塞(6試験)または脳卒中(10試験)の既往患者に対して、アスピリン投与群は対照群と比較して1次評価項目(心筋梗塞、脳卒中、血管死)を有意に低下させたが(6.7% vs. 8.2%、p<0.0001)、出血性合併症は増加させなかった。一方、脳心血管イベントの既往例19,815例を対象として、アスピリンとクロピドグレルを比較したCAPRIE試験5)においては、クロピドグレルはアスピリンに比較して心血管イベントの発生を有意に抑制した(5.3% vs. 5.8%、p=0.043)。一方、重篤な出血性イベントは、両群間で差はなかった。3. 冠動脈ステント治療後現在、日本循環器学会のガイドライン6)では、ベアメタルステント(BMS)植込み後は1か月、薬剤溶出性ステント(DES)植込み後は1年(可能であればそれ以上)のアスピリンとクロピドグレル併用療法(DAPT)が推奨されている(推奨クラスI、エビデンスレベルA)。ただし、いわゆる第二世代のDESでは遅発性血栓症リスクが低いため、DAPT期間の短縮を検証する大規模試験が現在進行中である。4. その他の抗血小板薬チエノピリジン系であるチクロピジンのアスピリンとの併用によるステント血栓予防効果は、確立したエビデンスがある。ただし、チクロピジンは肝障害や顆粒球減少などの副作用が多く、CLEAN試験7)の結果からも、アスピリンとの併用はクロピドグレルが第1選択と考えられる。プラスグレルは、クロピドグレル同様P2Y12受容体拮抗薬だが、クロピドグレルより効果発現が早く、CYP2C19の関与が少ないため、日本人に多いといわれている薬剤耐性に対しても有利と考えられている。今後の経験の蓄積が期待される。シロスタゾールは上記抗血小板薬に比べて抗血小板作用が弱いため、これらの薬剤が何らかの理由により使用困難な場合にその使用を考慮する。5. 抗凝固薬併用時2014年8月に、欧州心臓病学会(ESC)のワーキンググループから抗凝固薬併用時に関するコンセンサス文書が示され、注目されている8)。それによると、PCIを施行されたすべての抗凝固薬服用患者で、導入期には3剤併用(抗凝固薬+アスピリン+クロピドグレル)が推奨される。ただし、出血高リスク(HAS-BLEDスコア3点以上)かつ低ステント血栓リスク(CHA2DS2-VAScスコア1点以下)の場合はアスピリンが除かれる。その後3剤併用は、待機的PCIの場合、BMSは1か月間、新世代DESは6か月、急性冠症候群ではステントの種類を問わず6か月(ただし高出血リスクで新世代ステントの場合は1か月)を考慮するとされ、その後抗凝固薬+抗血小板薬1剤の維持期へと移行する。この際、抗血小板薬としてはアスピリンはステント血栓症や、心血管イベント率の点で抗血小板薬2剤よりも高率であることが知られているが9)、一方、アスピリンとクロピドグレルの直接比較はないため、個々の出血とステント血栓症リスクにより決めることが必要である。施行後12か月を経た場合の長期管理については、1つの抗血小板薬を中止することが、コンセンサスとして明記されている。ただしステント血栓症が致命的となるような左主幹部、びまん性冠動脈狭窄、ステント血栓症の既往や心血管イベントを繰り返す例では、抗凝固薬+抗血小板薬1剤を継続する必要がある。脳卒中(非心原性脳梗塞)のエビデンス・ガイドライン1. 1次予防脳梗塞の既往はないが、MRIで無症候性脳梗塞(特にラクナ梗塞)が見つかった場合、日本脳卒中学会の『脳卒中治療ガイドライン2009』10)においては、「無症候性ラクナ梗塞に対する抗血小板療法は慎重に行うべきである」として推奨度はグレードC1(行うことを考慮してもよいが、十分な科学的根拠がない)とされている。また最近の日本人高齢者約14,000人を対象としたJPPP試験11)では、心血管死+非致死的脳卒中+非致死的心筋梗塞の複合エンドポイントの5年発生率はアスピリン群、対照群で同等であった。脳卒中の1次予防に対する抗血小板薬の高度なエビデンスはまだなく、治療としては血圧をはじめとする全身的な動脈硬化予防をまず行うべきである。2. 2次予防『脳卒中治療ガイドライン2009』において、非心原性脳梗塞の再発予防にはアスピリン、クロピドグレルがグレードA、シロスタゾール、チクロピジンはグレードBの推奨度である。2014年米国心臓病協会(AHA)の虚血性脳卒中の治療指針12)では、非心原性脳梗塞、TIAに対しアスピリン(推奨度クラスI、エビデンスレベルA)、アスピリンと徐放性ジピリダモール併用(クラスI、レベルB、日本では未承認)、クロピドグレル(クラスIIa、レベルB)となっている。現時点ではアスピリン、クロピドグレル、シロスタゾールの3剤のいずれかのうち、エビデンス、患者の好みと状況、医者の専門性を考慮して選択すべきと考えられる。エビデンスとしては、上記のCAPRIE試験において、脳梗塞、心筋梗塞、血管死の年間発症率は、クロピドグレル単独投与群(75mg/日)が、アスピリン単独投与群(325mg/日)より有意に少なかった。またCSPS試験13)では、シロスタゾール(200mg/日、2分服)はプラセボ群に比し有意な脳卒中の再発低減効果を有し(プラセボ群に比し41.7%低減)、層別解析では、ラクナ梗塞の再発予防に有効であった。日本で行われたCSPS214)ではアスピリンとシロスタゾールの比較が行われ、脳梗塞再発抑制効果は両者で同等であり、出血性合併症がシロスタゾールで少ないことが報告されている。副作用として、アスピリンによる消化管出血、クロピドグレルによる肝障害、シロスタゾールによる頭痛、頻脈はよく経験されるものであり、これらとコストなどを考えながら選択するのが適切と考える。末梢血管疾患のエビデンス・ガイドライン下肢虚血症状(間歇性跛行)の治療と併存するリスクの高い心血管イベント予防とに分けて考える。下肢虚血症状に対する効果のエビデンスとしてはシロスタゾールおよびヒスタミン拮抗薬があることから、本邦および米国のガイドラインでは、まずシロスタゾールが推奨されている15)。心血管イベントの予防については、上記記載を参照されたい。現時点における抗血小板薬の使い方の実際以上をまとめると、虚血性心疾患、脳卒中ともに、1次予防に有効であるというアスピリンのエビデンスは確立されておらず、現時点では慎重に考えるべきであろう。また、2次予防に関しては、冠動脈ステント治療後の一定期間はアスピリンとクロピドグレルが推奨されるが、ステント治療後以外の虚血性心疾患および非心原性脳塞栓では、抗血小板薬いずれか1剤の投与が推奨されている。その際、複合心血管イベントの抑制という点で、クロピドグレルあるいはシロスタゾールがアスピリンを上回り出血は増加させないとのエビデンスが報告されている。現時点では、状況に応じてクロピドグレルあるいはシロスタゾールの使用が、アスピリンに優先する状況が増えているかもしれない。一方、アスピリンは上記以外にも虚血性心疾患、非心原性脳塞栓の2次予防に関して豊富なエビデンスを有する。またコストを考えた場合、アスピリン100mg1日1回の場合、1か月の自己負担金は50.4円(3割負担)に対し、クロピドグレル75mg1日1回の場合は2,475円とかなり差がある(表)。また、各抗血小板薬の副作用として、アスピリンは消化管出血、クロピドグレルは肝障害、シロスタゾールは頭痛と頻脈に注意すべきである。一律な処方ではなく、症例ごとにエビデンス、副作用(出血)リスク、医師の経験、コストなどを考慮に入れた選択が適切と考えられる。さらに、抗血小板薬2剤併用をいつまでつづけるか、周術期の抗血小板薬の休薬をどうするかといった問題に関しては、専門医とプライマリ・ケア医との連携が不可欠である。こうした問題に遭遇した際に情報共有が円滑に進むように、日頃から良好な関係を保つことが大切であると考える。表 抗血小板薬のコスト画像を拡大する文献1)Steering Committee of the Physicians' Health Study Research Group. 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