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Vol. 3 No. 3 経カテーテル大動脈弁植え込み術(TAVI) 手技と治療成績

髙木 健督 氏新東京病院心臓内科治療手技Edwards SAPIEN(Edwards Lifesciences Inc, Irvine, CA)は、経大腿動脈、経心尖部アプローチが可能である(本誌p.27図1を参照)。(1) 経大腿動脈アプローチ(transfemoral:TF)(図1)現在、Edwards SAPIENの留置は16、18FrのE-Sheathを用いて行っている。E-Sheath挿入は、外科的cutdown、またはpunctureで行う2つの方法があり、どちらの場合も術前の大動脈造影、造影CTを用いて石灰化の程度、浅大腿動脈と深大腿動脈の分岐位置を確認することが大切である。TAVIに習熟している施設では、止血デバイス(パークローズProGlideTM)を2~3本使用し、経皮的に止血するケースも増えてきている。しかしながら、血管の狭小化、高度石灰化を認める場合、またTAVIを始めたばかりの施設ではcutdownのほうが安全に行うことができる。E-Sheathは未拡張時でも5.3~5.9mmあり、通常ExtrastiffTMのような固いワイヤーを用いて、大動脈壁を傷つけないよう慎重に進める。ガイドワイヤーの大動脈弁通過は、Judkins Right、Amplatz Left-1、Amplatz Left-2カテーテルを上行大動脈の角度に応じて使い分ける。また、ストレートな形状(TERUMO Radifocus、COOK Fixed Core wire)を用いると通過させやすい。ガイドワイヤーを慎重に心尖部に進めたあと、カテーテルも注意深く左室内に進める。その後、通常のコイルワイヤーを用いてPigtailカテーテルに入れ替える。さらに、Pigtailの形を用いながら、心尖部にStiffワイヤーを進める。StiffワイヤーはAmplatz Extra Stiff Jカーブを用いることが多い。左室の奥行きを十分に観察するため、RAO viewで可能な限りガイドワイヤーの先端を心尖部まで進めるが、経食道エコーを用いるとより正確に心尖部へ進めることが可能である。Edwards SAPIEN23mmには20/40mm、26mmには23/40mmのバルーンが付随しており、通常はこれを使用する。バルーン内の造影剤は15%程度に希釈すると粘度が下がり、バルーン自体の拡張、収縮をスムーズにする。バルーンを大動脈弁まで進め、一時的ペースメーカーにて180~200ppmのrapid pacingを行い、血圧を50mmHg以下にし、バルーンをinflation、そしてdeflationする。Rapid pacingは、血圧が50mmHg以下になるように心拍を調整する。一時pacingが1:2になるときは、160〜180ppmの低めからスタートし徐々に回数を上げるとよい。Pigtailカテーテルからの造影は、バルーンinflationの際に、冠動脈閉塞の予測、valveサイズの決定に有用である(図2a)。大動脈内にデリバリーシステムを進め、E-Sheathから出たところで、バルーンを引き込み、ステントバルブをバルーン上に移動させる。デバイスのalignment wheelを回転させバルーンのマーカー内にステントバルブの位置を調整する(図2b)。大動脈弓でデバイスのハンドルを回し、デバイスを大動脈に添わせるように進めていく(LAO view)。デバイスを左室内に進めたあと、システムの外筒をステントバルブから引き離し、Pigtailからの造影剤で位置を確認し、rapid pacing下で留置する(図2c, d)。留置後、経食道エコー、大動脈造影でparavalvular leakがないことを確認し、問題なければE-Sheathを抜去、止血を行う。図1 経大腿動脈アプローチ画像を拡大する(1)画像を拡大する(2)画像を拡大する(3)画像を拡大する画像を拡大する画像を拡大する図2 経大腿動脈アプローチの画像a 画像を拡大するb 画像を拡大するc 画像を拡大するd 画像を拡大する(2) 経心尖部アプローチ(transapical:TA)(図3)左胸部に5~7cmの皮膚切開をおき、第5、6肋間にて開胸を行う。ドレーピング後に清潔なカバーをした経胸壁エコーを用いてアクセスする肋間を決定する。心膜越しに心尖部をふれ、心尖部であることを経食道エコーで確認する。心尖部の心膜を切開し、心膜を皮膚に吊り上げる。穿刺部位を決定したら、その周囲にマットレス縫合またはタバコ縫合をかける。縫合の中央より穿刺し、透視下にガイドワイヤーを先行させる。その後、Judkins Rightを用いて下行大動脈まで進め、Stiffワイヤーに変更する。さらに、24Frデリバリーシースに変更し、20mmバルーンで拡張したあとにスタントバルブを留置する(図4a, b)。図3 経心尖部アプローチ画像を拡大する(1)画像を拡大する(2)画像を拡大する(3)画像を拡大する画像を拡大する画像を拡大する図4 経心尖部アプローチの画像a 画像を拡大するb 画像を拡大する治療成績症候性重症大動脈弁狭窄症(symptomatic severe AS:s AS)に対して、効果的な薬物療法がないため、保存的治療を選択した患者の予後が悪く、手術可能である患者には、外科手術(sAVR)が標準治療となっている1-3)。しかしながら、30%以上のs ASは、さまざまな理由で、sAVRは見送られているのが現状である4,5)。TAVIは、ハイリスクs ASに対して、sAVRの代替治療として2002年にDr. Alain CribierによってFirst In Man(FIM)が施行され6)、現在はヨーロッパを中心に10万例以上の治療が施行されている。TAVIは、balloon expandableタイプのEdwards SAPIEN、self expandableのCoreValve system(Medtronic, Minneapolis, MN)といった2つのシステムが、欧州を中心に用いられている。(1) Edwards' Registries現在までにEdwards SAPIENを用いたregistryでは、さまざまな報告がなされているが、有害事象が施設ごとに異なり統一された基準を用いていなかった。そうした状況を踏まえ、2011年には統一評価基準を定めたValve Academic Research Consortium (VARC)guidelines7)が発表され、その後はVARCを用いた治療成績が発表されるようになった。2012年に報告されたFrance 2 registryでは、3,195例の初期成績と1年成績が報告された(平均82.7歳、logistic EuroSCORE 21.9±14.3%、STS score 14.4±12.0%)。Edwards SAPIENが66.9%で用いられ、CoreValveは33.1%であった。アプローチはTF 74.6%、TS 5.8%、TA 17.8%であり、手技成功は96.9%で得られた。また、30日全死因死亡率9.7%、1年死亡率24.0%、30日心血管死亡率7.0%、1年心血管死亡率13.6%であり、手術ハイリスクであるs ASに対してTAVIは妥当な治療法であることが示された8)。また、長期予後に関しては、Webbら9)が、84人のTAVI施行後5年成績を発表しており、5年間で3.4%の中等度valve dysfunctionを認めたものの重篤なvalve dysfunctionを引き起こした症例は認めず、SAPIEN valveの長期耐久性が優れていることを証明した。またそのなかで、生存率は1年83%、2年74%、3年53%、4年42%、5年35%であり、COPD、中等度以上のmoderate paravalvular aortic regurgitation(PR)が全死因死亡に与える影響が大きいことを示した。(2) 無作為化比較試験PARTNER試験(Placement of AoRtic Tra-NscathetER Valves)はs ASにおけるハイリスク手術、手術不適応症例において、TAVIと標準治療(バルーン拡張術+薬物療法)、外科手術を比較した初めての多施設無作為試験である。Cohort Aは、手術ハイリスクのs AS患者をTAVIとsAVRに割りつけ、cohort Bにおいては手術適応がないと判断されたs AS患者をTAVIと標準治療(バルーン拡張術)に割りつけた。手術ハイリスクとは、(1) STSスコアが10%以上、(2)予想30日死亡率が15%以上、(3)予測30日死亡率が高く、また50%以上の死亡率の併存疾患がある状態、と考えられた。除外基準は、2尖弁、非石灰化大動脈弁、クレアチニン3.0mg/dLまたは透析の重症腎不全、血行再建が必要な冠動脈疾患、左室機能低下(EF 20%以下)、大動脈弁径18mm以下または25mm以上、重症僧帽弁逆流症(>3+)、大動脈弁逆流症(>3+)、そして6か月以内に起きた一過性脳虚血発作または脳梗塞であった。2つのコホートの主要エンドポイントは研究期間中の全死亡であり、全死亡、再入院を合わせた複合イベントも検討された。PARTNER trial -cohort A-PARTNER trial cohort Aでは、手術ハイリスク(STS平均スコア11.8%)と判断されたs AS患者(25施設、699例)をTAVIとsAVRに割りつけ、術後1年時(中央値1.4年)の全死因死亡、心血管死亡、NYHA分類のクラス、脳卒中、血管合併症、出血を比較した。TA 104人に対しsAVRから103人、TF 244人に対しsAVRから248人が割りつけられた。30日全死因死亡率はTAVI群全体で3.4%、sAVR群で6.5%(p=0.07)であった。またTF群3.3%に対しsAVR群は6.2%(p=0.13)、TA群3.8%に対しsAVR群は7.0%(p=0.32)で有意差は認めなかった。主要エンドポイントに設定された1年時死亡率は、TAVI群24.2%とsAVR群26.8%(p=0.44)であり、TAVIの非劣性が確認された(非劣性のp=0.001)。TF、TAに分けて分析しても、sAVRと比較し非劣性が確認された。脳卒中または一過性脳虚血発作の発生率はTAVI群で高かった(30日TAVI 5.5% vs. sAVR 2.4% p=0.04、1年時8.3% vs. 4.3% p=0.04)。しかしながら、重症の脳卒中(修正Rankinスケールが2以上)では、有意差はみられなかった(30日TAVI 3.8% vs. sAVR 2.1% p=0.20、1年5.1% vs. 2.4% p=0.07)。全死因死亡または重症脳卒中を合わせた複合イベントの発生率に差はなかった(30日TAVI 6.9% vs. sAVR 8.2% p=0.52、1年26.5% vs. 28.0% p=0.68)。主要血管合併症は、TAVI群に有意に多かったが(11.0% vs. 3.2% p<0.001)、大出血と新規発症した心房細動はsAVR群で多かった(出血9.3% vs. 19.5% p<0.001、心房細動8.6% vs. 16.0% p=0.006)。TAVI群では、sAVR群より多くの患者が30日時点で症状の改善(NYHA分類でクラスII以下)を経験していたが、1年経つと有意差がなくなった。TAVI群のICU入院期間、全入院期間はsAVR群より有意に短かった(3日 vs. 5日 p<0.001、8日間 vs. 12日間 p<0.001)。以上のように、PARTNER trial -cohort A-より、1年全死因死亡率においてTAVIはsAVRに劣らないことが証明された10)。PARTNER trial -cohort B-PARTNER trial cohort Bでは、手術不適応と判断されたs AS患者(21施設、358例)を、バルーン大動脈弁形成術を行う標準治療群(control群)と、TAVI群に無作為に割りつけ比較検討を行った。1年全死因死亡率はTAVI群30.7%、control群50.7%であり(p<0.001)、全死因死亡または再入院の複合割合は、TAVI群42.5%、control群71.6%であった(p<0.001)。1年生存は、NYHA分類でⅢ/Ⅳ度を示した症例はTAVI群のほうが有意に少なかった(25.2% vs. 58.0% p<0.001)。しかし、TAVI群はcontrol群と比較して30日での脳卒中(5.0% vs. 1.1% p=0.06)と血管合併症(16.2% vs. 1.1% p<0.001)を多く発症した。血管、神経合併症が多いものの、全死因死亡率、全死因死亡または再入院の複合割合は有意に低下し、心不全症状は有意に改善した10)。その後、2年成績も報告され、2年全死因死亡(TAVI群43.3% vs. control群68.0% p<0.001)、心臓関連死(31.0% vs. 68.4% p<0.001)はTAVI群で著明に少なく、TAVIで得られたadvantageは2年後も継続していることが示された11)。上記2つの試験により、現時点では手術不適応、手術がハイリスクであるs AS患者に対するTAVIはsAVRの代替療法になることが示されたが、中等度リスク患者においては、未だエビデンスが不十分である。そのため、中等度手術リスクのs AS患者に対する、TAVIの有効性、安全性を証明するには、TAVIとsAVRを比較したPARTNER2 trialの結果が待たれるところである。TAVIに関連する特記事項血管合併症(vascular complication)血管合併症はTFアプローチのTAVIの大きな問題であり、大口径カテーテルを用いること、治療対象がハイリスク症例であることから高率に発生する。小血管径、重篤な動脈硬化、石灰化、蛇行した血管はTAVIにおける血管合併症の主な原因である。最新の報告であるFrance 2 registryでは、デバイスは18Fr Edwards SAPIEN XTを含んではいるものの、全体で4.7%、TF群で5.5%と主要血管合併症の発生頻度は減少している8)。主要血管合併症、または主要出血と生存の関係は、何人かの著者によって証明されており、この合併症を予防するために、十分なスクリーニングが最も重要である。脳卒中(stroke)TAVIにおける有症状の脳梗塞は、致命的合併症である(1.7~8.3%)10-17)。脳梗塞発症の機序ははっきりしていないが、大口径のカテーテルが大動脈弓を通過するとき、高度狭窄した大動脈弁を通過させるとき、大動脈弁拡張時、rapid pacing中の血行動態に伴うもの、デバイス留置など、手技中のさまざまな因子によって引き起こされている可能性が示唆されている。現在のTAVI症例は、高齢であり心房細動、そして動脈硬化病変の割合が高く、脳梗塞イベントを増加させている。Diffusion-weighted magnetic resonance imaging(DW-MRI)を用いた2つの研究において、TFアプローチTAVI後に、新規に発症した脳梗塞が70%以上の患者に発生していたことが報告された18,19)。また、Rodés-CabauらはDW-MRIによってTAで71%、TFでも66%と同じように、脳梗塞を発症していることを報告した20)。しかしながら、ほとんどの症例が症状を伴わないため、臨床的なインパクトを決定するにはさらなる研究が必要である。脳梗塞予防デバイスが開発中であり、TAVI後の無症候性、症候性脳梗塞を減少させると期待されていたが、満足できる結果は報告されていない。また、術後の抗血小板療法については、抗血小板薬2剤併用療法を3か月以上行うのが主流だが、はっきりとした薬物療法の効果については報告されておらず、議論の余地がある。調律異常(rhythm disturbance)文献により新規ペースメーカー植え込み率は異なっているものの(CoreValve 9.3~42.5% vs. Edwards SAPIEN 3.4~22%)、CoreValveは、左室流出路深くに留置し、長期間つづく強いradial forcesを生じることから、Edwards SAPIENよりも新規ペースメーカー留置を必要とする頻度が高いと報告されている。持続する新しい左脚ブロックの新規発現は、TAVI後の最も明らかな心電図上の所見であると報告されており、CoreValve留置後1か月の55%の症例で、そしてSAPIEN留置後1か月の20%の症例において認められ21)、その出現は全死因死亡の独立した因子であることが報告されている22)。一方で、TAVI後の完全房室ブロックの予測因子は、右脚ブロック、低い位置での弁の留置、植え込まれた弁と比較して小さな大動脈弁径、手技中の完全房室ブロック、そしてCoreValveと報告されており23,24)、一般的に心電図モニター管理は最低72時間、TAVI後の患者すべてに行われるが、この合併症の高リスク患者は退院するまでのモニター管理が必要である。弁周囲逆流(paravalvular regurgitation)Paravalvular regurgitation(PR)は、TAVI後に一般的にみられる。多くの症例では、mild PRを認め、7~24%の患者でmoderate以上のPRが観察される12,25-28)。SAPIEN Valveにおいて、moderate以上のPRの割合に経年的変化は認められない12,28)。一方、CoreValveは強いradial forcesによりPRが改善したと報告があるが25)、はっきりとしたコンセンサスは得られていない。TAVI後のmoderate PRは(PARTNER試験ではmild PRであっても)長期成績に影響を与えることがわかっており29-31)、PRを減らすことが非常に重要な問題となっている。PRを減らすためには、より大きなvalve sizeを選択する必要があるが32,33)、致命的な合併症である大動脈弁破裂を引き起こす可能性が増える。そのため、慎重なCT、エコーでの大動脈弁径、石灰化分布の評価が必要である。冠動脈閉塞(coronary obstruction)左冠動脈主幹部閉塞は稀であるが、BAV、TAVIの最中に起こりうる重篤な合併症である。急性冠動脈閉塞に対して迅速なPCI、またはバイパス手術で救命されたという報告がされている34-36)。大動脈弁輪と冠動脈主幹部の距離は、分厚い石灰化弁と同様に重要な予測因子となり、3Dエコー、CTでの正確な評価がこの致命的な合併症を避けるために必要である37)。ラーニングカーブTAVIにはラーニングカーブがあり、正確な大動脈弁径、腸骨大腿動脈径の測定、リスク評価、適切な症例選択、手技の習熟により、治療成績は劇的に改善することが報告されている。Webbらは168例の成績を報告し、初期の30日死亡率がTF 11.3%、TA 25%から、後半でTF 3.6%、TA 11.1%と改善したことを示し、TAVIにおけるラーニングカーブの重要性を明らかにした38)。おわりに本邦でも、Edwards SAPIEN XTを用いたPREVAIL JAPAN試験の良好な成績が発表され、2013年から保険償還され、本格的なTAVIの普及が期待されている。しかしながら、現在の適応となる患者群のTAVI治療後の1年全死因死亡率は20%以上であり、TAVIの適応については、議論の余地がある。特にADLの落ちている高齢者、frailtyの高い患者は、ブリッジ治療としてBAVを行い、心機能だけでなくADLが改善することを確認したうえで、TAVI治療を選択するといったstrategyも考慮する必要があるのではないだろうか。文献1)Bonow RO et al. 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事例48 APTT(活性化部分トロンボプラスチン時間)の査定【斬らレセプト】

解説事例では、D006 2 PT(プロトロンビン時間)とD006 7 APTT(活性化部分トロンボプラスチン時間)を実施したところ、APTT がD事由(告示・通知の算定要件に合致していないと認められるもの: 社保)にて査定となった。医師から、「ワーファリン®錠の添付文書には、『本剤は、血液凝固能検査(プロトロンビン時間及びトロンボテスト)の検査値に基づいて、本剤の投与量を決定し、血液凝固能管理を十分に行いつつ使用する薬剤である』とあったために、PTとAPTTの組み合わせで血液凝固能管理を行っていたが、なぜAPTTが査定となったのか」と問い合わせがあった。添付文書で示されている検査は、PTとTT(トロンボテスト)であり、APTTは含まれていない。また、ワーファリン®錠投与中はコントロールされた血液凝固異常状態である。したがって、投与量をモニタリングするために認められるPT以外は、定期的検査として認めないとされたものであろう。しかし、術前検査や副作用チェックなど、医学的に必要としたコメントがある場合には査定となっていないことも申し添える。

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天馬PEGASUSは空を駆けるか?心筋梗塞後長期の抗血小板療法の意味と価値:PEGASUS-TIMI 54試験(解説:後藤 信哉 氏)-340

 1980年代に循環器内科に進んだわれわれ世代の循環器内科医にとって、「心筋梗塞は死に至る病」であった。実際、再灌流療法も、抗血栓療法も標準化していない当時の心筋梗塞は院内死亡率も10%を超えていた。日本以上に冠動脈疾患の有病率の高い欧米では、「心筋梗塞」が日本の「がん」並みに恐ろしい病気と理解されたことは容易に想像できる。1970~80年代には心筋梗塞の原因が「冠動脈血栓」であるとの知識も普及していなかった。筆者ら、血栓症の専門家がAHA、ACCなどの欧米のmajorな学会では1990年代になってもマイノリティーであった。 循環器内科医一般に血栓症と抗血栓療法の知識が乏しかったため、心筋梗塞、ステント血栓症などの冠動脈イベントが「血栓症」とわかった後は、メーカーの強烈な宣伝に抗うすべもなく、抗血栓薬は循環器内科領域の標準治療として急速に普及した。多くの循環器内科医は、アスピリン、クロピドグレルの薬効メカニズムは理解していないが、使用の経験は蓄積されている状態にある。実際、アスピリンは抗血小板薬と言い切れない部分もある各種細胞のシクロオキシゲナーゼ(COX)-1阻害薬であるが、薬効メカニズムの詳細は筆者にもよくわからない。 クロピドグレルも臨床試験の結果に基づいて1997年に米国で承認された。「心筋梗塞が怖い」欧米人は、「冠動脈血栓予防」のためにクロピドグレルも大量使用した。クロピドグレルの薬効標的P2Y12がクローニングされたのは2001年である。われわれは、抗血小板薬は薬効メカニズムもわからないままに使用していたのだ。これが1990年代の医療の実態であった。P2Y12クローニング後、この標的に対する選択的阻害薬が開発された(日本のプラスグレルはクロピドグレルの類似薬として開発された)。その成功例がチカグレロルである。P2Y12 ADP受容体はADPに特異的な受容体であるが、構造上ADPはATPに近い。チカグレロルの構造もATPに近い。低分子の非可逆的受容体阻害薬である。 薬効もわからないクロピドグレルの急性冠症候群の試験が成功したので、薬効を理解したチカグレロルはクロピドグレルに対する優越性を示すPLATO試験に挑戦した。試験の内部には不均一性があり、日本と東アジアにて施行されたPHILO試験もPLATO試験と同様の傾向ではないので、PLATO試験の全体としての成功は「運の良さ」の寄与が大きい。それでもPLATO試験では死亡率低減効果を示したので、欧州では急性冠症候群に対する標準治療になろうとしている。 さて、チカグレロルが天馬の如く世界を駆けるか否かを規定するのは、急性冠症候群以外の慢性期の疾病適応を取得できるか否かにかかっている。クロピドグレルは、「冠動脈疾患、脳血管疾患、末梢血管疾患」という広い適応をCAPRIE試験により取得した。国際共同試験に「脳血管疾患」を入れると、画像診断の普及していない諸国にて脳梗塞と脳出血の弁別ができず、脳出血の増加により試験が失敗するリスクがある。 PEGASUS試験を実施したTIMI groupは、クロピドグレルの類似薬プラスグレル、トロンビン受容体vorapaxarの開発試験のデータベースを保有しているので、「脳血管疾患」の危険性を十分に理解していた。クロピドグレルのように「冠動脈疾患、脳血管疾患、末梢血管疾患」という広い適応が取れなくても、「心筋梗塞後慢性期の血栓イベント抑制」の適応を取得できれば、冠動脈疾患は急性期から慢性期までチカグレロルを天馬として羽ばたかせることができる。その意味でPEGASUS試験はきわめて重要であり、医師、企業関係者、投資家などの注目を集めた。 Gene Braunwald氏率いるTIMI groupは、「臨床の科学」にも妥協のない科学者グループである。PLATO試験ではチカグレロル群において出血が多い傾向を認めたことから、発症後1~3年の心筋梗塞では出血リスクが血栓リスク低減効果を超えることを危惧した。急性期に用いた90mg1日2回に加えて、60mg1日2回のチカグレロルのアームを作った。低用量のアームがあったことで、安全性重視のわが国の参加もPLATO試験よりは容易になった。実際、PLATO試験には本邦は参加しなかったが、PEGASUS試験には参加した。 「臨床の科学」の質を上げるためには、ランダム化した症例の追跡の徹底化を図る必要がある。実際、追加リスクがあるとはいっても、心筋梗塞後1~3年後の症例の心血管イベントリスクは、アスピリン単剤でも年率3%程度にすぎない(9.04%/3年)。60mg、90mgのチカグレロル服用により、年率2.6%程度(7.77%/3年:60mg、7.85%/3年:90mg)に低下したとはいっても、これだけの軽微な差異を統計学的に検出するためには、数例の追跡不能すら許されないのだ。心血管領域では、標準治療の進歩により「現在の標準治療」下における心血管イベントリスクが低い。1980年代に「怖い病気」であった心筋梗塞の「怖さ」は21世紀になって激減した。わずかな差異を科学的に占めるためには大量の症例を登録し、徹底的に追跡する必要がある。有効性を示したことでチカグレロルは天馬になるかもしれないが、関係者が尽くした努力は計りしれない。 抗血小板薬なので、出血リスクが増えることは予測の範囲である。「科学的に質の高い」試験であるため、出血イベントも精緻に計測した。われわれは、2次予防におけるアスピリン服用時の重篤な出血イベント発症率を、年率0.2~0.5%程度と理解して、患者からインフォームド・コンセントを取得していた。PEGASUS試験はわれわれの想定が現在も大きく違っていないことを裏付けた。アスピリン群の重篤な出血イベント発症率は1.06%/3年(年間0.3%程度)であった。60mg1日2回、90mg1日2回のチカグレロルを追加すると、重篤な出血イベント発症率は2.30%/3年、2.60%/3年と2倍以上に増加した。プラセボとの比較において、アスピリン服用者の頭蓋内出血が約1.6倍に増加していた過去の事実に比較すると、頭蓋内出血、致死性出血が増えていないことに関係者は胸をなでおろしたであろう。 アスピリン使用時には「この薬を飲むと1,000人のうち、2~5人くらいが重篤な出血を起こすけど、将来の心筋梗塞を25%減らせる。どうしようか?」との患者さんとのICのプロセスが、「アスピリンにチカグレロルを追加すると、1,000人のうち、5人に重篤な出血が起こるけど心筋梗塞や心血管死亡、脳卒中は15%くらい減る。どうしようか?」となる。重篤な出血に頭蓋内出血、致死的出血が含まれないことは朗報であるが、このような説明によって、どの程度の患者さんが長期のチカグレロルの服用を希望するかを予測することは難しい。ATPに似たチカグレロルでは徐脈、呼吸困難感などの自覚的、他覚的副作用の増加も実臨床では問題になる。認可承認後に爆発的に売り上げを伸ばしたクロピドグレルは、CAPRIE試験ではほんのわずかにアスピリンに勝る優越性を示したのみであった。筆者ら血小板研究の専門家は、クロピドグレルの爆発的売り上げを予測できなかった。抗血小板薬に比較すれば、はるかに重篤な出血イベントリスクの多い新規経口抗トロンビン薬、抗Xa薬が予防介入において広く使用されているのも、ランダム化比較試験を主導した研究者としての筆者の予測を超えた。チカグレロルがクロピドグレル並みの天馬となれば、わずかの差異のランダム化比較試験の結果が世界の医療界に影響を与える「てこ」のメカニズムを理解したいものである。

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「エドキサバンは日本の薬なのに…」2~エドキサバン減量と出血、血栓イベントの関係~:ENGAGE AF-TIMI 48試験(解説:後藤 信哉 氏)-337

 EBM(Evidence Based Medicine)を基本原理とする現在の医療において、臨床データベースの保有には圧倒的な意味がある。エドキサバンは日本企業が開発した薬剤である。日本企業には抗トロンビン薬があるがトロンビンの時代から、選択的凝固因子阻害薬の開発力は外資企業に先行していた。残念ながら、分子としての抗Xa薬を介入したときの個人の反応は予測不可能な程度にしか、現在の医学は成熟していない。結果として、エドキサバン介入時の臨床データベースを持っているものが強い。 第一三共の開発したエドキサバンであるが、非弁膜症性心房細動におけるワルファリンとの比較試験「ENGAGE AF-TIMI 48」は、ハーバード大学のTIMI groupをスポンサーとして施行された。膨大なデータベースからは、多くの科学的事実が公表される。本論文も重要なサブ解析の1つである。日本企業が開発した薬剤を用いた試験の重要なサブ解析であるが、残念ながら日本人は著者として参加していない。 ENGAGE AF-TIMI 48試験のプロトコルは単純ではなかった。ワルファリンと2用量のエドキサバンの有効性、安全性の検証を目指した部分のみでも、十分に複雑であった。さらに、本試験では来院時にクレアチニン・クリアランスが30~50mL/分の人、体重が60kg以下の人、または、P糖タンパク質の相互作用のある併用薬を服用したときには、エドキサバン投与量を半減した。試験の最初のみでなく、中途でも減量する基準を設けることにより、抗Xa効果の標準化を目指した。試験の規模が大きいので、プロトコルに規定された30、60mgの標準投与量から減量した5,356例と、減量しなかった1万5,749例の比較が可能であった。抗Xa活性のトラフ値を6,780例にて把握できたことも、科学的試験として、多くの情報をわれわれに与えることができる試験であったといえる。 ランダム化比較試験では、基本的に1つの臨床的仮説の検証のみが可能である。ENGAGE AF-TIMI 48試験では、二重盲検二重ダミー試験として、実臨床に近い0.5mg刻みのワルファリンのコントロールを行った。PT-INR 2.0~3.0を仮の「標準治療」とすることも徹底していた。TTRもきわめて高い。質の高いワルファリン治療下では、血栓イベントも出血イベントも起こりにくい。仮説検証試験としてはエドキサバンの優越性は示せなかった。 50年使用してきたワルファリンに「PT-INR 2.0~3.0」という枠をはめても、ワルファリンが優れた薬剤であることを示したのがENGAGE AF-TIMI 48試験であった。それでも、臨床的特徴に基づいて減量することにより、エドキサバン群の出血イベントリスクを示すことができたので、減量好きな日本の臨床家にはありがたい研究結果であったといえる。 筆者は本試験のDSMB(Data and Safety Monitoring Board)であったので、筆者には資格がないが、本試験に症例を登録した研究者であれば、ぜひ、本研究のような日本の臨床家に役立つサブ解析を主導したいと思った。主導するのがTIMI groupであることを受け入れるとしても、日本人研究者の1人として共著者になり、論文作成段階から寄与したかった魅力的研究である。

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急性冠症候群、経橈骨動脈アクセスの安全性/Lancet

 急性冠症候群(ACS)患者に対する侵襲的処置では、経橈骨動脈アクセスが、経大腿動脈アクセスに比べ臨床的有害事象の抑制効果が優れることが、オランダ・エラスムス医療センターのMarco Valgimigli氏らが行ったMATRIX Access試験で確認された。ACS患者に対する抗血栓療法を併用した早期の侵襲的処置の重要な目標は、出血イベントを抑制しつつ効果を維持することである。侵襲的処置で頻度の高い出血部位は心臓カテーテル検査時の大腿動脈穿刺部であり、経橈骨動脈アクセスは技術的な困難を伴うが止血の予測がしやすいとされる。2つのアクセス法の有害事象を比較した試験では、相反する結果が提示されているという。Lancet誌オンライン版2015年3月13日号掲載の報告。2つのアクセス法の有害事象を無作為化試験で比較 MATRIX Access試験は、経橈骨動脈的インターベンションにおける穿刺部位の出血や血管合併症の抑制効果を検討する多施設共同無作為化試験(Medicines Company社などの助成による)。対象は、冠動脈造影や経皮的冠動脈インターベンション(PCI)の適応とされるACS患者(ST上昇型心筋梗塞、非ST上昇型心筋梗塞)であった。 被験者は、経橈骨動脈または経大腿動脈的にアクセスする群に無作為に割り付けられた。主要評価項目は、30日時の重度の冠動脈有害事象(死亡、心筋梗塞、脳卒中)と、最終的な臨床的有害事象とした。後者の定義は、重度の冠動脈有害事象または冠動脈バイパス移植術(CABG)とは関連のない大出血(Bleeding Academic Research Consortium[BARC]の出血性合併症重症度分類の3または5型)とした。 2011年10月11日~2014年11月7日までに8,404例が登録され、経橈骨動脈群に4,197例、経大腿動脈群には4,207例が割り付けられた。平均年齢は経橈骨動脈群が65.6歳、経大腿動脈群は65.9歳で、75歳以上はそれぞれ25.4%、26.2%含まれ、男性が74.5%、72.4%を占めた。メタ解析で大出血、冠動脈有害事象、死亡が改善 30日時の重度の冠動脈有害事象の発現率は、経橈骨動脈群が8.8%、経大腿動脈群は10.3%(率比[RR]:0.85、95%信頼区間[CI]:0.74~0.99、p=0.0307)であり、有意な差は認めなかった[α水準が2.5%(p<0.025)の場合に有意差ありと定義]。 最終的な臨床的有害事象の発現率は、経橈骨動脈群が9.8%、経大腿動脈群は11.7%(RR:0.83、95%CI:0.73~0.96、p=0.0092)と、有意差がみられた。この差には、非CABG関連のBARC 3/5型大出血(1.6 vs. 2.3%、RR:0.67、95%CI:0.49~0.92、p=0.0128)および全死因死亡(1.6 vs. 2.2%、RR:0.72、95%CI:0.53~0.99、p=0.0450)の影響が大きかった。 また、既報の試験(RIVAL試験)に本試験のデータを加えてメタ解析を行ったところ、経橈骨動脈アクセスにより大出血(RR:058、95%CI:0.46~0.72、p<0.0001)、重度の冠動脈有害事象(RR:0.86、95%CI:0.77~0.95、p=0.0051)、全死因死亡(RR:0.72、95%CI:0.60~0.88、p=0.0011)が減少したが、心筋梗塞や脳卒中の発症には影響はなかった。 さらに、本試験に関連してコホート内症例対照研究を行ったところ、BARC 2/3型の出血は出血以外の原因による死亡と強く関連した。 著者は、「経橈骨動脈アクセスは、ACS患者に対する侵襲的処置の標準とすべきことが示唆された」と結論付けている。

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ワルファリン出血の急速止血に新たな選択肢?(解説:後藤 信哉 氏)-333

 臨床家は50年にわたり、ワルファリンを使用してきた。新規の経口抗トロンビン薬、抗Xa薬が開発され、使用可能になったとはいっても、真の意味での血栓イベントリスクが高くない非弁膜症性心房細動など、薬剤の必要性が必ずしも高くない症例なので、これらの症例で出血が怖ければ薬剤を使用しないとの選択があった。ワルファリンを使用している症例は、人工弁、血栓性素因など抗凝固薬の必要性が著しく高い症例である。これらの症例でも、ワルファリンコントロールの良否にかかわらず、重篤な出血イベントが起こる場合がある。消化管出血などであれば、開腹、長時間の圧迫止血など、薬剤以外の手段がまったくないわけではない。頭蓋内出血となると、とても困る。時間と共に症状が増悪している頭蓋内出血では、頭蓋内圧増加が止血に寄与しても、ワルファリンの効果が持続している状態では止血は期待し難い。 ワルファリンは、ビタミンK依存性の凝固因子の機能的完成を阻害する薬剤なので、凝固因子を外部から補えば止血に寄与できるとの発想があった。しかし、新鮮凍結血漿の凝固因子濃度は濃くない。血友病治療に用いる第VII因子濃縮製剤は、うまくいかなかった。血液凝固システムは複雑である。ワルファリンは、血小板上での活性化凝固因子複合体の産生阻害を介して抗凝固効果を発揮するので、単一凝固因子を補うよりも、複数因子からなる活性化凝固因子複合体を投与したほうが、止血効率が高いと想定された。同時に補給して酵素カスケード反応を効率化しようというのが、今回の臨床試験の試みである。複数因子を含む製剤の中でも第VII因子がほぼ正常の製剤と、第VII因子を少量含む製剤がある。本試験では、第VII因子を正常量含むfour factor PCCと新鮮凍結血漿の止血効果とPT-INRに及ぼす効果が検証された。 臨床家にとっては止血効果こそ重要である。試験に参加した医師は、止血効果を実感したと想定される。しかし、止血効果は感覚的なので科学的エンドポイントとしては十分性が乏しい。そこでPT-INRに対する効果も検証された。試験は薬剤開発の後期第II相試験である。 試験はオープンラベルの非劣性試験である。薬剤開発試験であるため、スポンサーバイアスもあるかもしれない。止血効果は活性化凝固因子複合体製剤が優越していた。INRの改善も認めた。「心房細動の脳卒中予防に対する抗凝固薬」の有効性を確認する試験など、薬剤が標的とするイベントの発現率が著しく低く、かつ、薬剤中止という選択により実際に患者さんが困るケースが少ない場合には、オープンラベルの第II相試験の後に、有効性を科学的検証する第III相試験が必要かもしれない。しかし、今回の試験の対象薬は「出血により時事刻々と実際に困っている症例」が対象である。認可承認のハードルを低くしても、実際に医師が臨床現場で使用すれば有効性を実感できる。少なくとも「医は仁術」として、ビジネスを度外視している日本の医師は、認可承認の後に「出血により時事刻々と実際に困っている症例」を救えない薬剤は使用しない。このような薬剤は、試験の科学的価値が低くても、臨床現場に早く届ける価値がある。実際に使用する症例数は多くないと想定されるので、認可承認の後、全数の登録レジストリなどをスポンサーに課して、期限内に科学的根拠を示せなければ、承認取り消しの条件に早期承認を可能とするシステムを考えたらよいと筆者は考える。

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ビタミンK拮抗薬の急速中和製剤(4F-PCC)の効果は?/Lancet

 緊急の外科的・侵襲的手技においてビタミンK拮抗薬(VKA)投与を必要とする患者について、4因子含有プロトロンビン複合体濃縮製剤(4F-PCC)の血漿製剤に対する、急速VKA中和および止血効果に関する非劣性と優越性が確認された。米国・マサチューセッツ総合病院のJoshua N Goldstein氏らによる第IIIb相の非盲検非劣性無作為化試験の結果、示された。VKAによる抗凝固療法は、緊急外科的・侵襲的手技を要する患者に関して迅速中和を必要とする頻度が高い。しかしこれまでその至適な手法について、臨床比較試験による確定は行われていなかったという。Lancet誌オンライン版2015年2月26日号掲載の報告より。止血効果と急速INR低下の2つを主要エンドポイントに比較 研究グループは、4F-PCCの有効性と安全性を血漿製剤と比較して検討した。試験は国際多施設共同(33病院;米国18、ベラルーシ2、ブルガリア4、レバノン2、ルーマニア1、ロシア6)にて行われ、緊急外科的・侵襲的手技の前に急速VKA中和を必要とする18歳以上の患者を登録した。 患者を、VKA投与と共に4F-PCC(Beriplex/Kcentra/Confidex;ドイツ・CSLベーリング社製)または血漿製剤を単回投与する群に1対1の割合で無作為に割り付けた。投与量は国際標準化比(INR)と体重に基づき調整した。 主要エンドポイントは2つで、止血効果と急速INR低下(投与後0.5時間時点で1.3以下)。 解析は、最初に両エンドポイントについて非劣性(両群差の95%信頼区間[CI]下限値が-10%超と定義)を評価し、次いで非劣性が認められた場合に優越性(同0%超と定義)を評価した。 有害事象と重篤有害事象は、それぞれ10日時点、45日時点まで報告された。いずれのエンドポイントも4F-PCCの非劣性、優越性を確認 181例の患者が無作為に割り付けられた(4F-PCC群90例、血漿製剤群91例)。有効であったintention-to-treat比較集団は168例(それぞれ87例、81例)であった。 止血効果が認められたのは、4F-PCC群78例(90%)に対し血漿製剤群61例(75%)で、4F-PCCの血漿製剤に対する非劣性および優越性が確認された(両群差14.3%、95%CI:2.8~25.8%)。 また、急速INR低下を達成したのは、4F-PCC群48例(55%)に対し血漿製剤群8例(10%)で、こちらについても4F-PCCの血漿製剤に対する非劣性および優越性が確認された(両群差45.3%、95%CI:31.9~56.4%)。 4F-PCCと血漿製剤の安全性プロファイルは類似していた。有害事象の発現は4F-PCC群49例(56%)、血漿製剤群53例(60%)であった。とくに注目された有害事象は、血栓塞栓イベント(4F-PCC群6例[7%] vs. 血漿製剤群7例[8%])、輸液過剰または関連心イベント(3例[3%] vs. 11例[13%])、遅発性出血イベント(3例[3%] vs. 4例[5%])であった。

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週1回の投与で血友病患者のQOL向上へ イロクテイトがもたらす定期補充療法

 3月10日、都内においてバイオジェン・アイデック・ジャパン株式会社による血友病のプレスセミナーが、花房 秀次氏(荻窪病院 理事長/血液科 部長)を講師に迎え、開催された。これは同社の血友病A治療薬エフラロクトコグアルファ(商品名:イロクテイト)の発売に関連し行われたものである。血友病の診療の今 はじめに花房氏は、疾患概要について次のように説明を行った。 血友病とは、止血に関与する数種類の凝固因子の1つが不足または欠乏している遺伝性の疾患(家族歴がなく突然変異で出現する場合もある)であり、血液凝固第VIII因子が不足・欠乏しているものを「血友病A」、血液凝固第IX因子が不足・欠乏しているものを「血友病B」と呼んでいる。 患者は、全世界で約14万人。わが国では総患者数5,769人(うち血友病Aの患者は4,761人)、圧倒的に男性に多いのが特徴で、潜在的な患者も2,000人前後存在すると推定される。 症状としては、出血時に血が止まりにくくなることはもちろん、重症化すると肘、膝などで関節内出血を繰り返し、これに伴う痛みや出血により日常行動に支障を来し、歩行困難を起こすなどQOLを著しく下げる。現在、根治治療法はなく、注射による凝固因子の出血時、予備的または定期補充療法が行われている。 患者のライフサイクルでは、出産時、幼児期・青年期、高齢期でそれぞれリスクがあるが、ただ予後は良好で、定期補充療法を受けている患者は、健常人の平均寿命まで生存できるとされている。患者QOLを改善する次のステージへ 日常的に定期補充療法は、現在ガイドラインでも推奨されており、成人で週3回ほど行われ、出血頻度の減少、関節障害の予防に役立っている。しかし、年間150回超の静脈注射のアドヒアランスや注射時間の問題など、患者にとってはまだまだ煩わしいという声が聞かれ、長時間作用製剤への期待が高まっていた。 今回発売されたエフラロクトコグアルファは、こうした期待に応えたもので、血友病Aに対し、生体内のヒト免疫グロブリンG1の自然な再循環経路を利用した機序により、血漿中に長く留まることができる性質を有する(血漿中消失半減期は約19時間)。定期的な投与により、週3~5日間隔、また患者状態によっては週1回の投与により出血を抑制する、長時間作用の血液凝固第VIII因子製剤である。 臨床試験(n=165/多施設共同非盲検一部無作為化試験)における年間出血回数について、定期的投与では、出血時群(n=23)との比較によると週1回群(n=24)で76%減少、個別化群(週3~5回/n=118)では92%減少していた。同じく関節内出血での年間出血回数についても、出血時群では年間18.6回だったのに対し、週1回群、個別化群ともに0回だったと報告された。 また、「本薬は予防的に病状進行を中等症、軽症に抑える効果がありそうだ」と花房氏は述べるともに、心配される副作用(n=164中の9例)については、「倦怠感、関節痛などの風邪症状程度の例しか報告されておらず、死亡例もない」とエフラロクトコグアルファに寄せる期待を語った。血友病診療の発展と期待について 最後に花房氏は、これからの展望として「今後は血液科の医師だけでなく整形外科や歯科、看護師、遺伝カウンセラーなどが連携する包括的ケアチームが必要であり、診断では短時間で精度の高い遺伝子検査ができること、治療薬ではさらなる長時間作用型製剤の開発、根治へ向け遺伝子治療薬の研究が期待される」と語った。 また、課題として「患者への医療費助成継続の問題や、新治療薬発売後すぐに長期処方ができない現行制度下で、専門医偏在が診療に地域間格差を生じさせていることへの解決が必要」と語り、レクチャーを終了した。参考資料新薬情報:発売(イロクテイト静注用250・500・750・1000・1500・2000・3000)

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Vol. 3 No. 2 AF患者の脳卒中にどう対応するか? NOAC服用患者への対応を中心に

矢坂 正弘 氏国立病院機構九州医療センター脳血管センター脳血管・神経内科はじめに非弁膜症性心房細動において新規経口抗凝固薬(novel oral anticoagulant : NOAC)の「脳卒中と全身塞栓症予防」効果はワルファリンと同等かそれ以上である1-3)。大出血や頭蓋内出血が少なく、管理が容易であることを合わせて考慮し、ガイドラインではNOACでもワルファリンでも選択できる状況下では、まずNOACを考慮するように勧めている4)。しかし、NOACはワルファリンより脳梗塞や頭蓋内出血の発症頻度が低いとはいえ、その発症をゼロに封じ込める薬剤ではないため、治療中の脳梗塞や頭蓋内出血への対応を考慮しておく必要がある。本稿では、NOACの療法中の脳梗塞や頭蓋内出血時の現実的な対応を検討する。NOAC療法中の急性脳梗塞NOAC療法中の症例が脳梗塞を発症した場合、一般的な脳梗塞の治療に加えてNOAC療法中であるがゆえにさらに2つの点、rt-PA血栓溶解療法施行の可否と急性期抗凝固療法の実際を考慮しなくてはならない。(1) rt-PA血栓溶解療法の可否ワルファリン療法中は適正使用指針にしたがってPTINRが1.7以下であればrt-PA血栓溶解療法を考慮できる5)。しかし、ダビガトラン、リバーロキサバンおよびアピキサバン療法中の効果と安全性は確立しておらず、明確な指針はない。表1にこれまで発表されたダビガトラン療法中のrt-PA血栓溶解療法例を示す6-8)。ダビガトラン療法中の9例のうち中大脳動脈広範囲虚血で190分後にrt-PAが投与された1例を除き、8例で良い結果が得られている。それらに共通するのは、ダビガトラン内服から7時間以後でrt-PAが投与され、投与前APTTが40秒未満であった。ダビガトランの食後内服時のTmaxが4時間であることを考慮すると、rt-PA投与が内服後4時間以降であり、APTTが40秒以下(もしくは前値の1.5倍以下)であることがひとつの目安かもしれない。内服時間が不明な症例では来院時のAPTTと時間を空けてのAPTTを比較し、上昇傾向にあるか、低下傾向にあるかを見極めてTmaxを過ぎているかどうかを判断することも一法であろう。NOAC療法症例でrt-PA血栓溶解療法を考慮する場合は、少なくとも各薬剤のTmax 30分から4時間程度、ダビガトランではAPTTが40秒以下、抗Xa薬ではプロトロンビン時間が1.7以下であることを確認し、論文を含む最新情報に十分に精通した上で施設ごとに判断をせざるを得ないであろう5)。アピキサバンはAPTTやPT-INRと十分に相関しないことに注意する。抗Xa薬では、血中濃度と相関する抗Xa活性を図る方法も今後検討されるかもしれない。表1 ダビガトラン療法中のtPA血栓溶解療法に関する症例報告画像を拡大する(2) 急性期抗凝固療法心原性脳塞栓症急性期は脳塞栓症の再発率が高いため、この時期に抗凝固療法を行えば、再発率を低下させることが期待されるが、一方で栓子溶解による閉塞血管の再開通現象と関連した出血性梗塞もこの時期に高頻度にみられる。したがって、抗凝固療法がかえって病態を悪化させるのではないかという懸念もある。この問題はまだ解決されていないため、現時点では、脳塞栓症急性期の再発助長因子(発症後早期、脱水、利尿薬視床、人工弁、心内血栓、アンチトロンビン活性低下、D-dimer値上昇など)や、抗凝固療法による出血性合併症に関連する因子(高齢者、高血圧、大梗塞、過度の抗凝固療法など)を考慮して、個々の症例ごとに脳塞栓症急性期における抗凝固療法の適応を判断せざるを得ない。われわれの施設では症例ごとに再発の起こりやすさと出血性合併症の可能性を検討して、抗凝固療法の適応を決定している。具体的には感染性心内膜炎、著しい高血圧および出血性素因がないことを確認し、画像上の梗塞巣の大きさや部位で抗凝固療法開始時期を調整している(表2)9)。表2 脳塞栓症急性期の抗凝固療法マニュアル(九州医療センター2013年4月1日版)画像を拡大する(別タブが開きます)出血性梗塞の発現は神経所見とCTでモニタリングする。軽度の出血性梗塞では抗凝固療法を継続し、血腫型や広範囲な出血性梗塞では抗凝固薬投与量を減じたり、数日中止し、増悪がなければ再開する10)。新規経口抗凝固薬、ヘパリン、およびワルファリン(ワーファリン®)の投与量および切り替え方法の詳細も表2に示す。ワルファリンで開始する場合は即効性のヘパリンを必ず併用し、PT-INRが治療域に入ったらヘパリンを中止する。再発と出血のリスクがともに高い場合、心内血栓成長因子である脱水を避けること,低容量ヘパリンや出血性副作用がなく抗凝血作用のあるantithrombin III製剤の使用が考えられる11)。NOAC療法中に脳梗塞を発症した症例で、NOAC投与を考慮する場合、リバーロキサバンとアピキサバンは第III相試験が低用量選択基準を採用した一用量で実施されているので、脳梗塞を発症したからといって用量を増量したり、調節することは適切ではない2,3)。他剤に変更するか、脳梗塞が軽症であれば、あるいは不十分なアドヒアランスで発症したのであれば、継続を考慮することが現実的な対応であろう。一方ダビガトランは第III相試験が2用量で行われ、各々の用量がエビデンスを有しているので、低用量で脳梗塞を発症した場合、通常用量の可否を考慮することは可能である1)。NOAC療法中の頭蓋内出血ここではNOAC療法中の頭蓋内出血の発症頻度や特徴をグローバルやアジアでの解析結果を参照にワルファリン療法中のそれらと対比しながら概説する。(1) グローバルでの比較結果非弁膜症性心房細動を対象に脳梗塞の予防効果をワルファリンと対比したNOAC(ダビガトラン、リバーロキサバン、アピキサバン、エドキサバン)の4つの研究(RE-LY、ROCKET AF、ARISTOTLE、ENGAGE-AF)においてワルファリン群と比較してNOAC群の頭蓋内出血は大幅に減少した(本誌p.24図1を参照)1-3,12)。(2) アジアでの比較結果各第III相試験サブ解析から読み取れるアジアや東アジアの人々の特徴は、小柄であり、それに伴いクレアチニンクリアランス値が低く、脳卒中の既往や脳卒中発症率が高いことである13-16)。またワルファリンコントロールにおけるtime in therapeutic range(TTR)が低く、PT-INRが低めで管理されている症例が多いにもかかわらず、ワルファリン療法中の頭蓋内出血発症率は極めて高い特徴がある(本誌p.24図2を参照)13-16)。しかし、NOACの頭蓋内出血発症率はワルファリン群より大幅に低く抑えられており、NOACはアジアや東アジアの人々には一層使いやすい抗凝固薬といえよう。(3) NOAC療法中に少ない理由NOACで頭蓋内出血が少ない一番の理由は、脳に組織因子が多いことと関連する16-18)。組織が損傷されると組織因子が血中に含まれる第VII因子と結びつき凝固カスケードが発動する。NOAC療法中の場合は第VII因子が血液中に十分にあるので、この反応は起こりやすい。しかし、ワルファリン療法中は第VII因子濃度が大幅に下がるのでこの反応は起こりにくくなり止血し難い。次にワルファリンと比較して凝固カスケードにおける凝固阻止ポイントが少ないことが挙げられる。ワルファリンは凝固第II、VII、IX、X因子の4つの凝固因子へ作用するが、抗トロンビン薬や抗Xa薬はひとつの凝固因子活性にのみ阻害作用を発揮するため、ワルファリンよりも出血が少ない可能性がある。さらに安全域の差異を考慮できる。ある薬剤が抗凝固作用を示す薬物血中濃度(A)と出血を示す薬剤の血中濃度(B)の比B/Aが大きければ安全域は広く、小さければ安全域は狭い。ワルファリンはこの比が小さく、NOACは大きいことが示されている19)。最後に薬物血中濃度の推移も影響するだろう。ワルファリンはその効果に大きな日内変動はみられないが、ダビガトランは半減期が12時間で血中濃度にピークとトラフがある。ピークではNOAC自身の薬理作用が、トラフでは生理的凝固阻止因子が主となり、2系統で抗凝固作用を発揮し、見事に病的血栓形成を抑制しているものと理解される(Hybrid Anticoagulation)(図)16,17)。トラフ時には生理的止血への抑制作用は強くないため、それが出血を減らすことと関連するものと推測される。図 ハイブリッド抗凝固療法画像を拡大する(4) 特徴NOAC療法中は頭蓋内出血の頻度が低いのみならず、一度出血した際に血腫が大きくなり難い傾向も有するようだ。われわれはダビガトラン療法中の頭蓋内出血8例9回を経験しケースシリーズ解析を行い報告した20)。対象者は高齢で9回中7回は外傷と関連する慢性硬膜下出血や外傷性くも膜下出血などで、脳内出血は2例のみであった。緊急開頭が必要な大出血はなく、入院後血腫が増大した例もなく、多くの転帰は良好であった。もちろん、大血腫の否定はできず、血圧、血糖、多量の飲酒、喫煙といった脳内出血関連因子の徹底的な管理は重要であるが、ダビガトラン療法中の頭蓋内出血が大きくなりにくい機序としては、前述の頻度が低い機序が同様に関連しているものと推定される。(5) 出血への対応1.必ず行うべき4項目基本的な対応として、まず(1)休薬を行うこと、そして外科的な手技を含めて(2)止血操作を行うことである。(3)点滴によるバイタルの安定は基本であるが、NOACでは点滴しバイタルを安定させることで、半日程度で相当量の薬物を代謝できるので極めて重要である。(4)脳内出血やくも膜下出血などの頭蓋内出血時には十分な降圧を行う。2.場合によって考慮すること急速是正が必要な場合、ワルファリンではビタミンK投与や新鮮凍結血漿投与が行われてきたが、第IX因子複合体500~1,000IU投与(保険適応外)が最も早くPT-INRを是正できる。NOACの場合は、食後のTmaxが最長で4時間程度なので、4時間以内の場合は胃洗浄や活性炭を投与し吸収を抑制する。ダビガトランは透析で除去されるが、リバーロキサバンやアピキサバンは蛋白結合率が高いため困難と予測される。NOAC療法中に第IX因子複合体を投与することで抗凝固作用が是正させる可能性が示されている21)。今後の症例の蓄積とデータ解析に基づく緊急是正方法の開発が急務である。抗体製剤や低分子化合物も緊急リバース方法の1つとして開発が進められている。おわりにNOACは非常に有用な抗凝固薬であるが、実臨床における諸問題も少なくない。登録研究や観察研究を積極的に行い、安全なNOAC療法を確立する必要があろう。文献1)Connolly SJ et al. Dabigatran versus warfarin in patients with atrial fibrillation. N Engl J Med 2009; 361: 1139-1151 and Erratum in. N Engl J Med 2010; 363: 1877.2)Patel MR et al. Rivaroxaban versus Warfarin in Nonvalvular Atrial Fibrillation. N Engl J Med 2011;365: 883-891.3)Granger CB et al. Apixaban versus warfarin in patients with atrial fibrillation. N Engl J Med 2011; 365: 981-992.4)http://www.j-circ.or.jp/guideline/pdf/JCS2013_inoue_h.pdf5)日本脳卒中学会 脳卒中医療向上・社会保険委員会 rt-PA(アルテプラーゼ)静注療法指針改訂部会: rt-PA(アルテプラーゼ)静注療法 適正治療指針 第二版 http://www.jsts.gr.jp/img/rt-PA02.pdf6)矢坂正弘ほか. 新規経口抗凝固薬に関する諸問題.脳卒中2013; 35: 121-127.7)Tabata E et al. Recombinant tissue-type plasminogen activator (rt-PA) therapy in an acute stroke patient taking dabigatran etexilate: A case report and literature review, in press.8)稲石 淳ほか. ダビガトラン内服中に出血合併症なく血栓溶解療法を施行しえた心原性脳塞栓症の1例―症例報告と文献的考察. 臨床神経, 2014; 54:238-240.9)中西泰之ほか. 心房細動と脳梗塞. 臨牀と研究 2013;90: 1215-1220.10)Pessin MS et al. Safety of anticoagulation after hemorrhagic infarction. Neurology 1993; 43:1298-1303.11)Yasaka M et al. Antithrombin III and Low Dose Heparin in Acute Cardioembolic Stroke. Cerebrovasc Dis 1995; 5: 35-42.12)Giugliano RP et al. Edoxaban versus warfarin in patients with atrial fibrillation. N Engl J Med 2013;369: 2093-2104.13)Hori M et al. Dabigatran versus warfarin: effects on ischemic and hemorrhagic strokes and bleeding in Asians and non-Asians with atrial fibrillation. Stroke 2013; 44: 1891-1896.14)Goto S et al. Efficacy and safety of apixaban compared with warfarin for stroke prevention in atrial fibrillation in East Asia with atrial fibrillation. Eur Heart J 2013; 34 (abstract supplement):1039.15)Wong KS et al. Rivaroxaban for stroke prevention in East Asian patients from the ROCKET AF trial. Stroke 2014, in press.16)Yasaka M et al. Stroke Prevention in Asian Patients with Atrial Fibrillation. Stroke 2014, in press.17)Yasaka M et al. J-ROCKET AF trial increased expectation of lower-dose rivaroxaban made for Japan. Circ J 2012; 76: 2086-2087.18)Drake TA et al. Selective cellular expression of tissue factor in human tissues. Implications for disorders of hemostasis and thrombosis. Am J Pathol 1989; 134: 1087-1097.19)大村剛史ほか. 抗凝固薬ダビガトランエテキシラートのA-Vシャントモデルにおける抗血栓および出血に対する作用ならびに抗血栓作用に対するビタミンKの影響. Pharma Medica 2011; 29: 137-142.20)Komori M et al. Intracranial hemorrhage during dabigatran treatment: Case series of eight patients. Circ J, in press.21)Kaatz S et al. Guidance on the emergent reversal of oral thrombin and factor Xa inhibitors. Am J Hematol 2012; 87 Suppl 1: S141-S145.

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吸収性局所止血材、膝関節全置換術後リスクを低下

 人工膝関節全置換術(TKA)において、術後出血は重大な合併症の原因となり輸血を要することもある。米国・St. Francis Memorial HospitalのJohn H. Velyvis氏は、ヒトトロンビン含有ゼラチン使用吸収性局所止血材の使用がTKA術後ドレーン排液量および輸血予測確率を低下させることを報告した。結果について著者は「今後、多施設無作為化試験などさらなる研究が必要である」とまとめている。Orthopedics誌2015年2月号の掲載報告。 検討は、初回TKAを受ける連続症例を前向きに登録し、74例にヒトトロンビン含有ゼラチン使用吸収性局所止血材(商品名:フロシール)5mLを用いた。さらに83例に10mLを用いて評価した。 フロシール群の登録に先立ち、対照群としてフロシールを使用しなかったTKA施行連続100例のデータを診療記録より抽出した。 なお、全例、手術の翌日から血栓予防としてワルファリンが投与された。 主な結果は以下のとおり。・術後ドレーン排液量は、フロシール5mL群236.9mL、10mL群120.5mLで、どちらも対照群(430.8mL)より有意に少なかった(ともにp<0.0001)。・また、フロシール5mL群と比較するとフロシール10mL群が有意に低値であった(p<0.0001)。・輸血予測確率は、フロシール5mL群と対照群とで差はなかったが(6.0% vs 7.6%、p=0.650)、フロシール10mL群は対照群より有意に低率であった(0.5% vs 5.5%、p=0.004)。・フロシール10mL群のうちフロシールの使用が止血帯解除前であった群と解除後であった群のどちらも、対照群との間で排液量ならびに輸血予測確率が有意に低かった。・使用された麻酔の種類は、転帰に影響を及ぼさなかった。・フロシール使用に関連した有害事象は認められなかった。

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統合失調症患者は血栓症リスク大

 オーストラリア・シドニー大学のVincent Chow氏らによる検討の結果、統合失調症患者について、静脈血栓塞栓症のリスク増大に寄与する可能性がある、複数要因から成る凝固亢進状態および線溶低下状態を有するとのエビデンスが示された。これまで、同患者では静脈血栓塞栓症のリスク増大がみられていたが、その機序についてはほとんどわかっていなかった。Schizophrenia Research誌オンライン版2015年1月26日号の掲載報告。 研究グループは、統合失調症患者において、血液凝固能が亢進状態にあるのか否かを調べるため、総合的止血能(OHP)アッセイを用いて、総合的凝固能(OCP)、総合的止血能(OHP)、総合的線溶能(OFP)を評価した。アッセイは、抗精神病薬治療を長期間受けている統合失調症患者からクエン酸添加血漿を採取し、血漿に組織因子および組織プラスミノーゲンアクチベータを添加した後、フィブリン形成および分解の時間的経過を分光分析法(405nmの吸光)により測定し、年齢、性別をマッチさせた健常対照と比較した。 主な結果は以下のとおり。・統合失調症患者90例(抗精神病薬治療期間15.9±9.7年)と、対照30例が登録された。・統合失調症患者では、喫煙率と炎症マーカーの値が健常対照と比較して高かった(高感度CRP、好中球/リンパ球比)。・D-ダイマー、フィブリノゲン、血小板数については、統合失調症患者と健常対照の間に差はなかった。・しかし、統合失調症患者において、OCP(54.0±12.6 vs 45.9±9.1、p=0.002)およびOHP(12.6±5.8 vs 7.2±3.7、p<0.001)が高く、OFP(76.6±9.8% vs 84.9±6.4%、p<0.001)は低いことが示された。これらの結果から、統合失調症患者において凝固亢進状態と線溶低下状態の両方が存在することが示唆された。・さらに、総合的な凝固異常が、プラスミノーゲンアクチベータ‐1、フィブリノゲン、血小板数、炎症マーカー、血漿トリグリセリドの各数値により独立して予測された点は重要な知見であった。すなわち原因となる因子は複数あることが示唆された。関連医療ニュース 統合失調症患者の突然死、その主な原因は 統合失調症の心血管リスク、その出現時期は 抗精神病薬の高用量投与で心血管イベントリスク上昇:横浜市立大

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事例34 鼻出血止血法の査定【斬らレセプト】

解説事例では、両側に実施したJ108 鼻出血止血法の1回分が算定要件誤りを表すD事由(告示・通知の算定要件に合致していないと認められるもの)として査定となった。算定要件をみてみると、鼻出血止血法が区分される処置の部の通則6に「対称器官に係る処置の各区分の所定点数は、特に規定する場合を除き、両側の器官の処置料に係る点数とする」とある。特に規定する場合とは、「点数項目名の後に(片側)と表示されている場合」を指す。鼻出血止血法には(片側)の表示がない。一側、両側の区別なく1回につき所定点数を算定することとなる。また、1回につきとは「診察料の算定ごとに1回」と解釈されている。レセプトをみてみると診察料は初診料1回のみの算定であった。したがって、鼻出血止血法は1回の算定しか認めないとして査定となった。このように算定回数に制限のある診療行為に対しては、レセプト点検時に回数過剰となっていないか確認を行うことが必要となる。

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本当の「新規の抗凝固療法」?従来のワルファリン、ヘパリンでは影響を受けない血液凝固第XI因子機能低下による「出血しない抗凝固療法」への期待(解説:後藤 信哉 氏)-294

 新薬が開発されると「主作用」が「副作用」より効率的に発現することが期待される。抗凝固薬では「主作用」は心筋梗塞、脳梗塞、心血管死亡などの血栓イベントの低減であり、「副作用」は「重篤な出血イベントの増加」である。 古典的な経静脈的抗凝固薬ヘパリンはトロンビンとXaの、古典的な経口抗凝固薬ワルファリンはビタミンK依存性のトロンビン、第VII、IX、X因子の阻害薬であった。今までは「新薬」と呼ばれても、フォンダパリヌクス、ダビガトラン、アピキサバン、リバーロキサバン、エドキサバンのすべてが、古典的なヘパリン、ワルファリンも作用するトロンビン、Xaを標的としていた。血液凝固カスケードにおいてトロンビン、Xaが重要な役割を演じていること、ヘパリン、ワルファリンのいずれもモニタリングによる用量調節が必須であったことから、トロンビン、Xaの阻害薬は古典的抗凝固薬よりも「主作用」の発現が「副作用」に比較して効率的であると言われても信じ難かった。 新薬開発メーカーは各種の工夫をこらして、古典的なヘパリン、ワルファリンに対する有効性または安全性の優位性を示そうと全力を尽くしたが、公開された各種ランダム化比較試験の結果は、新規の抗凝固薬使用時の「副作用」(重篤な出血合併症)の発現リスクが無視し得ないレベルであることを示した。 筆者の友人でもあるBuller 博士らは、古典的な抗凝固薬に影響を受けない第XI因子を標的として興味深い臨床研究成果を発表した。基礎研究としては、本邦からも宮崎大学の浅田教授らが第XI因子の機能阻害による動脈、静脈血栓発症予防の可能性を示唆していた1)2)。しかし、動物モデルにおいて設定された仮説は、ヒトを対象とした臨床試験においてしばしば正しくないことが示されるので、Buller らの今回の論文には大きなインパクトがある。 本研究の対象例は300例と少ない。本試験は薬剤の臨床開発としては安全性と用量設定を主眼とする第II相試験である。並行群間オープンラベル試験であり、エンドポイントも静脈造影による深部静脈血栓の発症を含むソフトエンドポイントである。仮説検証試験としての質は試験のデザインの観点から必ずしも高いとは言えないが、抗トロンビン薬、抗Xa薬にて果たせなかった「出血しない抗凝固療法」への期待の大きさを反映してN Engl J Medに採択となった。実際、本研究の筆頭著者であるBuller 博士は、新規経口抗Xa薬エドキサバンの静脈血栓塞栓症予防効果を検証したHOKUSAI試験のprincipal investigatorでもある。抗Xa薬の限界を実感したゆえに第XI因子阻害に期待したのであろう。 本研究にて使用されたのは「抗XI薬」ではない。血液凝固第XI因子に対するアンチセンスオリゴヌクレオチドである。血液凝固第XI因子の体内合成を阻害する。第II相試験でもあり、Buller 博士らsteering committeeが「投与量」、「投与時期」を試験期間内に変更している。生真面目なヒトが多い日本では「臨床試験のプロトコールは事前に決定されているべき」と定式に考えるヒトが多いが、欧米で施行される臨床試験では現実的に試験中途で「protocol amendment」を行うことが多いこともこの機会に学んでおこう! 「modify」でも「revise」でもない「amendment」で、現実的に合わないprotocolを「修正」しながらベストの結果を目指す欧米人の現時的対応が、本研究でも用いられている。 症例数は少ないが、膝関節置換術後に静脈造影にて検出される血栓の頻度は多い。本研究でも、標準治療のエノキサパリン群で30%に血栓を認めている。用量依存性にエノキサパリンよりも血栓が少なくなる可能性と重篤な出血イベントは、エノキサパリンよりも少なくなる可能性を示唆した本研究は、血栓症専門家の視点から興味深い。 Last Authorが血栓の大家であるWeitz博士なのでアンチセンスXIの作用機序を示した図1はいかにも真実性がある。しかし、筆者の知る限り、ヒトにおいて第XI因子の血栓と出血に関する関係を示した十分な症例を含むランダム化比較試験は、本試験が最初である。Weitz博士が示すような内因性凝固因子の血栓形成における寄与が構成論的に真実であるか否かの検証は、今後の課題である3)。

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ワルファリン管理に対するPT-INR迅速検査の重要性が高まる

本邦では、心原性脳塞栓症をはじめとする脳塞栓症が増加している。それとともに、抗凝固薬の使用機会は増加している。抗凝固薬の中でもワルファリンは長年にわたり臨床で使われ、脳塞栓症の発症リスク減少のエビデンスを有する基本薬である。反面、その出血リスクなどから過小使用が問題となっており、ワルファリンのモニタリング指標であるPT-INRを至適治療域内へコントロールしなければならない。今回は、PT-INRを診療現場で簡便に測定できるPOCT(Point Of Care Testing)機器コアグチェックを用いた迅速測定の有用性について、製造元および販売元であるロシュ・ダイアグノスティックス株式会社、エーディア株式会社に聞いた。そこには、単なる検査に留まらないメリットがあった。PT-INRの測定環境と高まるニーズ2013年12月、日本循環器学会より「心房細動治療(薬物)ガイドライン(2013年改訂版)」が発表された。新ガイドラインでは、NOAC(Non vitamin K antagonist Oral Anticoagulants)を新たに追加し、CHADS2スコアに応じて推奨度とエビデンスが示されている。CHADS2スコア2点以上の場合は、ワルファリンが推奨されている。これらの患者は、塞栓リスク、出血リスクともに高いといわれ、きめ細かな服薬調整が必要となる。日本循環器学会や日本血栓止血学会も、ワルファリンを有効かつ安全に使うため、モニタリング指標PT-INRの測定を推奨しており、その重要性はますます高まっていくと考えられる。通常、院内に検査室を持たないクリニック等では、PT-INRを外注検査で測定しているケースが多い。外注検査の場合、検査結果が得られるまでに時間がかかる。そのため検査結果のフィードバックのために、患者に再来院させるという負担を強いることもある。簡単、短時間、どこでも測れるPT-INRそのようななか、コアグチェックは2007年PT-INRをその場で測定できるPOCT機器として発売された。一般医療機器としては、XSとXSプラスの2種類が承認されている。いずれの機種も、メモリー機能を備えており(XSで300件、XSプラスで2,000件)、患者の経時的な測定数値を確認することができる。また、電池での使用が可能なため、さまざまな状況や場所で使用できる。一般医療機器としては、コアグチェックXSとコアグチェックXSプラスがある。ほかに植込型補助人工心臓(非拍動流型)装着患者の血液凝固能自己測定用にXSパーソナルがある。(写真提供:ロシュ・ダイアグノスティック株式会社、エーディア株式会社)測定方法はいたって簡単である。専用のテストストリップを機器に挿入し、10μLの血液を滴下するだけでPT-INRを測定できる。検査結果は開始から約1分で得ることができる。操作は、専用のテストストリップを挿入、血液(10μL)をテストストリップに滴下すると、自動的に測定が始まる。検査結果は開始から約1分で得られる。コアグチェックは、キャリブレーションの手間がなく、試薬有効期限警告などエラー防止機能も備わっている。また、院内検査、外注検査との良好な相関が得られており、正確性についても高い評価を受けている。コアグチェックXS測定手技を動画で紹介7’05”(動画提供:エーディア株式会社)PT-INR迅速測定がもたらすメリットワルファリンの効果には、個人差があるといわれ、食事、併用薬、体調変化、生活状況でも変動する。たとえば外注検査の場合、検査結果が得られるまでに時間がかかるため、出血傾向などのリスクがあっても、速やかな投与量の調整が難しい。コアグチェックを用いたPOCTにより、受診時に適切な指示を出すことが可能となり、より厳密で質の高いワルファリン管理が期待できる。実際にコアグチェックを使用している医師はどう感じているのだろうか。使用者の意見には、“使いやすい”、“その場で結果がみられて便利”など、好評なものが多いようだ。また、電池使用でどこでも測定可能なので、最近では訪問診療で用いるケースも増えているという。さらに、医師が前回値と現在値を確認の上、診察してくれることで、患者のワルファリン服用への理解が深まり、アドヒアランスも向上するといった恩恵もあるという。アドヒアランス不良は重大な問題であり、そういう観点からも大きなメリットがあるようだ。加えて、その場で測定し結果を説明してくれることで、患者の医師への評判があがるケースもみられる。コアグチェック導入によりワルファリン管理が向上した実際に外来診療でコアグチェックを活用することにより、PT-INR管理が向上したエビデンスが報告されている1)。この試験は、大阪府内の外来クリニック8施設を対象に、POCT導入前後のTTR(Time in Therapeutic Range:治療域内時間)をレトロスペクティブに比較検討したものである。その結果、TTRは、導入前の51.9%から69.3%へと改善された。内訳をみると、INR治療域を上回った時間はPOCT導入前後で同程度、INR治療域を下回った時間はPOCT導入後有意に改善された。つまり、出血イベントの危険性を増やすことなく、血栓イベントの予防効果の改善が示された。画像を拡大する画像を拡大するPOCT導入後のTTRは、導入前に比べ有意に改善(51.9% vs. 69.3%, p

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血栓症の病態と抗血栓薬の基礎

※タイトルを選ぶとお好きなチャプターからご覧いただけます。新たな抗血小板薬および抗凝固薬が続々と登場している近年。これらを有効に活用するためには、血栓症の病態とそれに対応する薬剤のメカニズムを把握する必要がある。今回は止血のメカニズムから抗血栓薬の基本までを血液のスペシャリスト北里大学 医学部 血液内科学 宮崎浩二氏が解説する。チャプター(順次公開)1.止血のメカニズム2.病的血栓症3.動・静脈血栓のちがい4.抗血栓薬の基本覚えておくと便利な抗血栓薬(PDF) :宮崎浩二氏監修

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内視鏡的大腸ポリープ切除術でS状結腸穿孔を来したケース

消化器最終判決判例時報 1656号117-129頁概要56歳男性、腹痛の精査目的で施行された注腸検査で、S状結腸に直径2cm大のポリープが発見された。患者の同意を得たうえで大腸内視鏡検査を施行し、問題のポリープを4回に分けてピースミールに切除した(病理結果はグループIII)。同日鎮痛薬と止血剤を処方されて帰宅したが、翌日になって腹痛、悪寒、吐き気、腹満感が出現し救急車で来院。腹部は板状硬であり、グリセリン浣腸を行ったが反応便はなく、腹部X線写真では大量の腹腔内遊離ガスが確認された。緊急開腹手術ではポリープ切除部位にピンホール大の穿孔がみつかった。詳細な経過患者情報既往症として2回にわたる膿胸手術歴のある56歳男性。時々腹痛があり、薬局で購入した漢方胃腸薬を服用していた経過1990年11月1日未明から継続していた腹痛を主訴として受診。急性胃腸炎もしくは便秘による腹痛と診断したが、がんの可能性を考慮して注腸検査を予定した。11月7日注腸検査でS状結腸に直径2cmの粗大結節状ポリープがみつかり、がん化している疑いもあるため、大腸内視鏡によりポリープを切除することを説明し、承諾を得た。11月9日13:15大腸内視鏡検査を施行し、S状結腸のポリープを4回に分けてピースミールに切除(病理結果はグループIII)。担当医師はジクロフェナクナトリウム(商品名:ボルタレン)坐薬と止血剤を処方し、「大量の出血や坐薬を使っても軽減しない痛みがある時には来院するように」という説明とともに帰宅を指示した。検査後目の前がくらくらするためしばらく病院内で休息をとったのち、自転車を押して約50分後に帰宅した。11月10日通常通りの仕事に就く。15:00腹痛が出現し、吐き気、悪寒、腹満感も加わった。17:32救急車で来院。腹部は板状硬、グリセリン浣腸を行ったが反応便なし。さらに腹部X線写真を撮影したところ、腹部全体に及ぶほど大量の遊離腹腔ガスが確認され、ポリペクトミーをした部位の穿孔が強く疑われた。21:09緊急開腹手術開始。腹腔をあける際に電気メスの火花による小爆発あり。開腹すると腹膜翻転部より約15cmのS状結腸にピンホール大の穿孔があり、その周辺部は浮腫と電気焼灼による色調の変化がみられた。S状結腸の部分的切除と腹腔内洗浄を行い、ペンローズドレーンを2本留置して手術を終了した(結果的にがんはなし)。当事者の主張患者側(原告)の主張1.穿孔の原因担当医師の経験、技術が未熟なため腸管壁を深く傷つけ、手術のときかその翌日の浣腸時にS状結腸が穿孔した2.説明義務違反ポリープ切除術に際し、大腸内視鏡による検査の説明を受けただけで、ポリープ摘出術の説明までは受けておらず同意もしていない病院側(被告)の主張1.穿孔の原因ポリープ摘出術はスネアーに通電してポリープを焼灼するもので、局所の組織が比較的弱くなることは避けられず、腸内ガスの滞留しやすい患者の場合には実施個所に穿孔が生じることがあり得る。本件では開腹手術の際に電気メスの花火でガスの小爆発が生じたように慢性の便秘症であり、穿孔の原因は患者の素因によるものである2.説明義務違反大腸内視鏡検査でみつかったポリープはすべて摘出することが原則であり、検査実施前にもそのような説明は行った。大腸内視鏡の実施に同意していることはポリープ摘出手術にも同意していることを意味する裁判所の判断1. 穿孔の原因ポリープ摘出術の際の穿孔は、スネアーが深くかかりすぎて正常粘膜を巻き込んだ場合や、スネアーをかける位置が腸壁粘膜に近すぎる場合のように、術者の手技に密接に関連している。そして、手術後24時間以内に手術部位に穿孔が生じ腹膜炎を発症しているのであるから、穿孔はポリープ摘出手術に起因することは明らかである。2. 説明義務違反ポリペクトミーにあたっては、術中のみならず術後も穿孔の起こる危険性を十分認識し、当日患者を帰宅させる場合には、手術の内容、食事内容、生活上の注意をして万全の注意を払うべきである。にもかかわらず担当医師は出血や軽減しない痛みがある時には来院するように指示しただけであったため、患者は術後の患者としては危険な生活を送って穿孔を招来したものであるから、説明義務違反がある。原告側合計2,243万円の請求に対し、177万円の判決考察大腸内視鏡検査で発生する腸管穿孔は、はたしてやむを得ない不可抗力(=誰が担当しても不可避的に発生するもの)なのでしょうか、それとも術者の技術に大きく依存する人為的なものなのでしょうか。もちろん、ケースバイケースでその発生原因は異なるでしょうけれども、多くの場合は術者の技量に密接に関連したものであると思われるし、事実裁判例はもちろんのこと、訴訟にまでは発展せずに示談解決した場合でも医師が謝罪しているケースが圧倒的に多いため、もはや不可抗力という考え方には馴染まなくなってきていると思います。1. 大腸内視鏡挿入時に穿孔を来す場合近年はスコープの性能向上や術者の技量向上、そして、検査数の増加に伴って、多くのケースでは数分で盲腸まで挿入できるようになったと思います。ただし、頑固な便秘のケースや開腹手術の既往があるケースなどでは挿入に難渋することがあり、検査が長時間に及ぶと術者の集中力もとぎれがちで、患者さんの苦痛も増大してきます。このような状況になっても意地になって検査を続行すると、腸管に無理な力が加わって不幸にして穿孔に至るケースがあるように思います。とくに腸管の屈曲部で視野が十分に確保されず、ブラインドでスコープを進めざるを得ない場合などには穿孔の危険性が増大すると思います。このような時、途中で検査を中止するのは担当医にとってどちらかというと屈辱的なことにもなりうるし、もし挿入できなかった部位にがんがあったりすると検査することの意義が失われてしまうので、なんとか目的を達成しようとむきになる気持ちも十分に理解できます。しかし、ひとたび穿孔に至ると、その後の多くの時間を事後処理に当てなければならないのは明白ですので、挿入困難なケースではほかの医師に交代するか、もしくは途中で引き上げる勇気を持つのが大切ではないかと思います。2. ポリープ切除に伴う穿孔大腸の壁は意外に薄く、ちょっとしたことでも穿孔に至る可能性を秘めているのは周知のことだと思います。ポリープ切除時に穿孔に至る原因として、スネアーを深くかけすぎて筋層まで巻き込んだり、通電時間を長くし過ぎたり、視野が十分確保できない状況でポリープ切除を強行したりなど、術者が注意を払うことによって避けられる要素もかなりあると思います。このうちスネアーを筋層まで巻き込んだ場合には、まるで硬いゴムをカットするような感触になることがありますので、「おかしいな」と思ったら途中で通電を中止し、もう一度スネアーの位置が適切かどうか確認する必要があると思います。また裁判外のケースをみていると、意外に多いのがホットバイオプシーに伴う穿孔です。そのなかでもポリープ切除部位とは離れた部分の穿孔、つまり鉗子の位置をよく確認しないまま通電することによって、予期せぬところが過剰に通電され穿孔に至ることがありますので、やはり基本的な手技は忠実に守らなければなりません。このように、大腸内視鏡検査においてはなるべく穿孔を回避するよう慎重な態度で臨む必要があります。それでも不幸にして穿孔に至った場合には、きちんとその経過や理由を患者さんに説明したうえで謝意をあらわすべきではないでしょうか。一部の施設では、穿孔を経験した若い先生に対し先輩の医師から、「このようなことはよくあるよ、これで君もようやく一人前だな」とおそらく励ます意味の言葉をかけることがあるやに聞きます。しかし、患者側の立場では到底許容されない考え方だと思いますし、最近では「不可抗力」という判断が首肯されにくいのは前述したとおりです。日本消化器内視鏡学会偶発症委員会が発表した統計(日本消化器内視鏡学会雑誌 Vol.42:308-313, 2000)大・小腸スコープ総検査数258万7,689件のうち、偶発症数1,047件、頻度にして0.04%その中で大腸スコープによる偶発症は935件■内訳穿孔568件(60.7%)出血192件(20.5%)死亡21件(頻度0.00081%:上部消化管スコープの2倍、側視型十二指腸スコープの1/10)このように大腸内視鏡に伴う偶発症は発生頻度からみればごくわずかではありますが、ひとたび遭遇するととても厄介な問題に発展する可能性がありますので、検査に際しては細心の注意が必要だと思います。消化器

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吐下血の出血量を過小評価したため死亡に至ったケース

消化器最終判決判例時報 1446号135-141頁概要慢性肝炎のため通院治療を受けていた43歳男性。1988年5月11日夕刻、黒褐色の嘔吐をしたとして来院して診察を受けた。担当医師は上部消化管からの出血であると診断したが、その夜は対症療法にとどめて、翌日検査・診察をしようと考えて帰宅させた。ところが翌朝吐血したため、ただちに入院して治療を受けたが、上部消化管からの大量出血によりショック状態に陥り、約17時間後に死亡した。詳細な経過患者情報43歳男性経過昭和61年5月20日初診。高血圧症、高脂血症、糖尿病、慢性肝炎と診断され、それ以来昭和63年5月7日までの間に月に7~8回の割合で通院していた。血液検査結果では、中性脂肪461、LAP 216、γ-GTP 160で、そのほかの検査値は正常であったことから、慢性アルコール性肝炎と診断していた。昭和63年5月11日19:40頃夕刻に2回吐血したため受診。この際の問診で、「先程、黒褐色の嘔吐をした。今朝午前3:00頃にも嘔吐したが、その時には血が混じっていなかった」と述べた。担当医師は上部消化管からの出血であると認識し、胃潰瘍あるいは胃がんの疑いがあると考えた(腹部の触診では圧痛なし)。そのため、出血の原因となる疾患について、その可能性が高いと判断した出血性胃炎と診療録に記載し、当夜はとりあえず対症療法にとどめて、明日詳細な検査、診察をしようと考え、強力ケベラG®、グルタチオン200mg(商品名:アトモラン)、肝臓抽出製剤(同:アデラビン9号)、幼牛血液抽出物(同:ソルコセリル)、ファモチジン(同:ガスター)、メトクロプラミド(同:プリンペラン)、ドンペリドン(同:ナウゼリン)、臭化ブトロピウム(同:コリオパン)を投与したうえ、「胃潰瘍の疑いがあり、明日検査するから来院するように」と指示して帰宅させた。5月12日07:00頃3度吐血。08:30頃タクシーで受診し、「昨夜から今朝にかけて、合計4回の吐血と下血があった」と申告。担当医師は吐き気止めであるリンゴ酸チエチルぺラジン(同:トレステン)を筋肉注射し、顔面蒼白の状態で入院した。09:45血圧120/42mmHg、脈拍数114、呼吸数24、尿糖+/-、尿蛋白-、尿潜血-、白血球数16,500、血色素量10g/dL。ただちに血管を確保し、5%キシリトール500mLにビタノイリン®、CVM、ワカデニン®、アデビラン9号®、タジン®、トラネキサム酸(同:トランサミン)を加えた1本目の点滴を開始するとともに、側管で20%キシリトール20mL、ソルコセリル®、ブスコパン®、プリンペラン®、フェジン®を投与し、筋肉注射で硫酸ネチルマイシン(同:ベクタシン)、ロメダ®を投与した。引き続いて、2本目:乳酸リンゲル500mL、3本目:5%キシリトール500mLにケベラG®を2アンプル、アトモラン®200mgを加えたもの、4本目:フィジオゾール500mL、5本目:乳酸リンゲルにタジン®、トランサミン®を加えたもの、の点滴が順次施行された。11:20頃しきりに喉の渇きを訴えるので、看護師の許しを得て、清涼飲料水2缶を飲ませた。11:30頃2回目の回診。14:00頃3回目の回診。血圧90/68mmHg。14:20頃いまだ施行中であった5本目の点滴に、セジラニドを追加した。14:30頃酸素吸入を開始(1.5L/min)。15:00頃顔面が一層蒼白になり、呼吸は粗く、胸元に玉のような汗をかいているのに手足は白く冷たくなっていた。血圧108/38mmHg。16:00頃血圧低下のため5本目の点滴に塩酸エチレフリン(同:エホチール)を追加した。17:00頃一層大量の汗をかき拭いても拭いても追いつかない程で、喉の渇きを訴え、身の置き所がないような様子であった。血圧80/--mmHg18:00頃4回目の回診をして、デキストラン500mLにセジラニド、エホチール®を加えた6本目の点滴を実施し、その後、クロルプロマジン塩酸塩(同:コントミン)、塩酸プロメタジン(同:ヒベルナ)、塩酸ぺチジン(同:オピスタン)を筋肉注射により投与し、さらにデキストランL 500mLの7本目の点滴を施行した。5月13日00:00頃看護師から容態について報告を受けたが診察なし。血圧84/32mmHg01:30頃これまで身体を動かしていたのが静かになったので、家族は容態が落ち着いたものと思った。02:00頃異常に大きな鼾をかいた後、鼻と口から出血した。看護師から容態急変の報告を受けた担当医師は人工呼吸を開始し、ジモルホラミン(同:テラプチク)、ビタカンファー®、セジラニドを筋肉注射により投与したが効果なし。02:45死亡確認(入院から17時間25分後)。当事者の主張患者側(原告)の主張吐血が上部消化管出血であると認識し得たのであるから、すみやかに内視鏡などにより出血源を検索し、止血のための治療を施すべきであり、また、出血性ショックへと移行させないために問診を尽くし、バイタルサインをチェックし、理学的所見などをも考慮して出血量を推定し、輸血の必要量を指示できるようにしておくべきであった。担当医師はこれまでに上部消化管出血患者の治療に当たった経験がなく、また、それに適切に対応する知識、技術に欠けていることを自覚していたはずであるから、このような場合、ほかの高次医療機関に転院させる義務があった。病院側(被告)の主張5月11日の訴えは、大量の出血を窺わせるものではなく、翌日の来院時の訴えも格別大量の出血を想起させるものではなかった。大量の出血は結果として判明したことであって、治療の過程でこれを発見できなかったとしてもこれを発見すべき手がかりがなかったのであるから、やむを得ない。裁判所の判断上部消化管出血は早期の的確な診断と緊急治療を要するいわゆる救急疾患の一つであるから、このような患者の治療に当たる医師には、急激に重篤化していくこともある可能性を念頭において、ただちに出血量に関して十分に注意を払ったうえで問診を行い、出血量の判定の資料を提供すべき血液検査などをする注意義務がある。上部消化管出血の患者を診察する医師には、当該患者の循環動態が安定している場合、速やかに内視鏡検査を行い、出血部位および病変の早期診断、ならびに治療方法の選択などするべき注意義務がある。上部消化管出血が疑われる患者の治療に当たる医師が内視鏡検査の技術を習得していない場合には、診察後ただちに検査および治療が可能な高次の医療機関へ移送すべき注意義務がある。本件では容態が急激に重篤化していく可能性についての認識を欠き、上記の注意義務のいずれをも怠った過失がある。約6,678万円の請求に対し、請求通りの支払い命令考察吐血の患者が来院した場合には、緊急性を要することが多いので、適切な診察、検査、診断、治療が必要なことは基本中の基本です。吐血の原因としては、胃潰瘍や十二指腸潰瘍などの消化性潰瘍、急性胃粘膜病変、食道および胃静脈瘤破裂、ならびにMallory-Weiss症候群などが挙げられ、出血源が明らかになったもののうち、これらが90~95%を占めています。そして、意外にも肝硬変患者の出血原因としては静脈瘤59%、胃炎8.2%、胃潰瘍5.4%、十二指腸潰瘍6.8%、その他10.2%と、必ずしも静脈瘤破裂ばかりが出血源ではないことには注意が必要です。本件の場合、担当医師が当初より上部消化管からの出血であることを認識していながら、それが急激に重篤化していく可能性のある緊急疾患であるという認識を欠いており、そのため適切な措置を講ずることができなかった点が重大な問題と判断されました。さらに後方視的ではありますが、当時の症状、バイタルサインや血液検査などの情報から、推定出血量を1,000~1,600mLと細かく推定し、輸血や緊急内視鏡を施行しなかった点を強調しています。そのため判決では、原告の要求がそのまま採用され、抗弁の余地がないミスであると判断されました。たとえ診察時に止血しており、全身状態が比較的落ち着いているようにみえても、出血量(血液検査)や、バイタルサインのチェックは最低限必要です。さらに、最近では胃内視鏡検査も外来で比較的容易にできるため、今後も裁判では消化管出血の診断および治療として「必須の検査」とみなされる可能性があります。そのため、もし緊急で内視鏡検査ができないとしたら、その対応ができる病院へ転送しなければならず、それを怠ると本件のように注意義務違反を問われる可能性があるので、注意が必要です。消化器

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酩酊患者の胸腔内出血を診断できずに死亡したケース

救急医療最終判決判例時報 1132号128-135頁概要酩酊状態でオートバイと衝突し、救急隊でA病院に搬送された。外観上左後頭部と右大腿外側の挫創を認め、経過観察のため入院とした。病室では大声で歌を歌ったり、点滴を自己抜去するなどの行動がみられたが、救急搬送から1時間後に容態が急変して下顎呼吸となり、救急蘇生が行われたものの死亡に至った。死体解剖は行われなかったが、視診上右第3-第6肋骨骨折、穿刺した髄液が少量の血性を帯びていたことなどから、「多発性肋骨骨折を伴う胸腔内出血による出血性ショック」と検案された。詳細な経過経過1979年12月16日16:15頃相当量の飲酒をして道路を横断中、走行してきたオートバイの右ハンドル部分が右脇腹付近に強く当たる形で衝突し、約5mはねとばされて路上に転倒した。16:20近くの救急病院であるA病院に救急車で搬送される。かなりの酩酊状態であり、痛いというのでその部位を質問しても答えられず、処置中制止しても体を動かしたりした。外観上は、左後頭部挫傷、右大腿外側挫傷、左上腕擦過傷、右外肘擦過傷を認めたが、胸部の視診による皮下出血、頻呼吸、異常呼吸、ならびに触診による明らかな肋骨骨折なし。血圧90/68、呼吸困難なし、腹部筋性防御反応なし、神経学的異常所見なしであった。各創部の縫合処置を行ったのち、血圧が低いことを考慮して血管確保(乳酸加リンゲル500mL)を行ったが、格別重症ではないと判断して各種X線、血液検査、尿検査、CT撮影などは実施しなかった。このとき、便失禁があり、胸腹部あたりにしきりに疼痛を訴えていたが、正確な部位が確認できなかったため経過観察とした。17:20病室に収容。寝返りをしたり、ベッド上に起き上がったりして体動が激しく、転落のおそれがあったので、窓際のベッドに移してベッド柵をした。患者は大声で歌うなどしており、体動が激しく点滴を自己抜去するほどであり、バイタルサインをとることができなかったが、喘鳴・呼吸困難はなかった。17:40容態が急変して体動が少なくなり、下顎呼吸が出現。当直医は応援医師の要請を行った。17:50救急蘇生を開始したが反応なし。18:35死亡確認となった。■死体検案本来は死体解剖をぜひともするべきケースであったが行われなかった。右頭頂部に挫創を伴う表皮剥脱1個あり髄液が少量の血性を帯びていた右第3-第6肋骨の外側で骨折を触知、胸腔穿刺にて相当量の出血あり肋骨骨折部位の皮膚表面には変色なし以上の所見から、監察医は「死因は多発肋骨骨折を伴う胸腔内出血による出血性ショック」と判断した。当事者の主張患者側(原告)の主張初診時からしきりに胸腹部の疼痛を訴え、かつ腹部が膨張して便失禁がみられたにもかかわらず、酩酊していたことを理由に患者の訴えを重要視しなかった受傷機転について詳細な調査を行わず、脈拍の検査ならびに肋骨部分の触診・聴診を十分に実施せず、初診時の血圧が低かったにもかかわらず再検をせず、X線撮影、血液検査、尿検査をまったく行わなかった初診時に特段の意識障害がなかったことから軽症と判断し、外見的に捉えられる創部の縫合処置を行っただけで、診療上なすべき処置を執らなかった結果、死亡に至らしめた病院側(被告)の主張胸腹部の疼痛の訴えはあったが、しきりに訴えたものではなく、疼痛の部位を尋ねても泥酔のために明確な指摘ができなかった初診時には泥酔をしていて、処置中も寝がえりをするなど体動が激しく、血圧測定、X線検査などができる状態ではなかった。肋骨骨折は、ショック状態にいたって蘇生術として施行した体外心マッサージによるものである初診時に触診・聴診・視診で異常がなく、喀血および呼吸困難がなく、大声で歌を歌っていたという経過からみて、肋骨骨折や重大な損傷があったとは認められない。死体検案で髄液が血性であったということから、頭蓋内損傷で救命することは不可能であった。仮に胸腔内出血であったとしても、ショックの進行があまりにも早かったので救命はできなかった裁判所の判断1.初診時血圧が90と低く、胸腹部のあたりをしきりに痛がってたこと、急変してショック状態となった際の諸症状、心肺蘇生施行中に胸部から腹部にかけて膨満してきた事実、死体検案で右第3-第6肋骨骨折がみられたことなどを総合すると、右胸腔内出血により出血性ショックに陥って死亡したものと認めるのが相当である2.容態急変前には呼吸困難などなく、激しい体動をなし、歌を歌っていたが、酩酊している場合には骨折によって生じる痛みがある程度抑制されるものである3.肋骨骨折部位の皮膚に変色などの異常を疑う所見がなかったのは、衝突の際にセーターやジャンパーを着用していたため皮下出血が生じなかった4.体外式心マッサージの際生じることのある肋骨骨折は左側であるのに対し、本件の肋骨骨折は右外側であるので、本件で問題となっている肋骨骨折は救急蘇生とは関係ない。一般に肋骨骨折は慎重な触診を行うことにより容易に触知できることが認められるから、診療上の過失があった5.胸腔内への相当量の出血を生じている患者に対して通常必要とされる初診時からの血圧、脈拍などにより循環状態を監視しつつ、必要量の乳酸加リンゲルなどの輸液および輸血を急速に実施し、さらに症状の改善がみられない場合には開胸止血手術を実施するなどの処置を行わなかった点は適切を欠いたものである。さらに自己抜去した点滴を放置しその後まもなく出血性ショックになったことを考えると、注射針脱落後の処置が相当であったとは到底認めることができない6.以上のような適切な処置を施した場合には、救命することが可能であった原告側合計6,172万円の請求に対し、5,172万円の判決考察ここまでの経過をご覧になって、あまりにも裁判所の判断が実際の臨床とかけ離れていて、唖然としてしまったのは私だけではないと思います。その理由を説明する前に、この事件が発生したのは日曜日の午後であり、当時A病院には当直医1名(卒後1年目の研修医)、看護師4名が勤務していて、X線技師、臨床検査技師は不在であり、X線撮影、血液検査はスタッフを呼び出して、行わなければならなかったことをお断りしておきます。まず、本件では救急車で来院してから1時間20分後に下顎呼吸となっています。そのような重症例では、来院時から意識障害がみられたり、身体のどこかに大きな損傷があるものですが、経過をみる限りそのようなことを疑う所見がほとんどありませんでした。唯一、血圧が90/68と低かった点が問題であったと思います。しかも、容態急変の20分前には(酩酊も関係していたと思われますが)大声で歌を歌っていたり、病室で点滴を自己抜去したということからみても、これほど早く下顎呼吸が出現することを予期するのは、きわめて困難であったと思われます。1. 死亡原因について本件では死体解剖が行われていないため、裁判所の判断した「胸腔内出血による失血死」というのが真実かどうかはわかりません。確かに、初診時の血圧が90/68と低かったので、ショック状態、あるいはプレショック状態であったことは事実です。そして、胸腹部を痛がったり、監察医が右第3-第6肋骨骨折があることを触診で確認していますので、胸腔内出血を疑うのももっともです。しかし、酩酊状態で直前まで大声で歌を歌っていたのに、急に下顎呼吸になるという病態としては、急性心筋梗塞による致死性不整脈であるとか、大動脈瘤破裂、もしくは肺梗塞なども十分に疑われると思います。そして、次に述べますが、肋骨骨折が心マッサージによるものでないと断言できるのでしょうか。どうも、本件で唯一その存在が確かな(と思われる)肋骨骨折が一人歩きしてしまって、それを軸としてすべてが片付けられているように思えます。2. 肋骨骨折についてまず、「一般に肋骨骨折は慎重な触診を行うことにより容易に触知できる」と断じています。この点は救急を経験したことのある先生方であればまったくの間違いであるとおわかり頂けると思います。外観上異常がなくても、X線写真を撮ってはじめてわかる肋骨骨折が多数あることは常識です。さらに、「肋骨骨折部位の皮膚に変色などの異常を疑う所見がなかったのは、衝突の際にセーターやジャンパーを着用していたため皮下出血が生じなかった」とまで述べているのも、こじつけのように思えて仕方がありません。交通外傷では、(たとえ厚い生地であっても)衣服の下に擦過傷、挫創があることはしばしば経験しますし、そもそも死亡に至るほどの胸腔内出血が発生したのならば、胸部の皮下出血くらいあるのが普通ではないでしょうか。そして、もっとも問題なのが、「体外式心マッサージの際生じることのある肋骨骨折は左側であるのに対し、本件の肋骨骨折は右外側であるので、本件で問題となっている肋骨骨折は救急蘇生とは関係ない」と、ある鑑定医の先生がおっしゃったことを、そのまま判決文に採用していることです。われわれ医師は、科学に基づいた教育を受け、それを実践しているわけですから、死体解剖もしていないケースにこのような憶測でものごとを述べるのはきわめて遺憾です。3. 点滴自己抜去について本件では初診時から血算、電解質などを調べておきたかったと思いますが、当時の状況では血液検査ができませんでしたので、酩酊状態で大声で歌を歌っていた患者に対しとりあえず輸液を行い、入院措置としたのは適切であったと思います。そして、病室へと看護師が案内したのが17:20、恐らくその直後に点滴を自己抜去したと思いますが、このとき寝返りをしたりベッド上に起き上がろうとして体動が激しいため、転落を心配して窓際のベッドに移動し、ベッドに柵をしたりしました。これだけでも10分程度は経過するでしょう。恐らく、落ち着いてから点滴を再挿入しようとしたのだと思いますが、病室に入ったわずか20分後の17:40に下顎呼吸となっていますので、別に点滴が抜けたのに漫然と放置したわけではないと思います。にもかかわらず、「さらに自己抜去した点滴を放置しその後まもなく出血性ショックになったことを考えると、注射針脱落後の処置が相当であったとは到底認めることができない」とまでいうのは、どうみても適切な判断とは思えません。4. 本件は救命できたか?裁判所(恐らく鑑定医の判断)は、「適切な処置(輸血、開胸止血)を施した場合には、救命することが可能であった」と断定しています。はたして本件は適切な治療を行えば本当に救命できたのでしょうか?もう一度時間経過を整理すると、16:15交通事故。16:20病院へ救急搬送、左後頭部、右大腿外側の縫合処置、便失禁の処置、点滴挿入。17:20病室へ。体動が激しく大声で歌を歌う。17:40下顎呼吸出現。18:35死亡確認。この患者さんを救命するとしたら、やはり下顎呼吸が出現する前に血液検査、輸血用のクロスマッチ、場合によっては手術室の手配を行わなければなりません。しかしA病院では日曜日の当直帯であったため、X線検査、血液検査はできず、裁判所のいうように適切に診断し治療を開始するとしたら、来院後すぐに3次救急病院へ転送するしか救命する方法はなかったと思います。A病院で外来にて診察を行っていたのは60分間であり、その時の処置(縫合、点滴など)をみる限り、手際が悪かったとはいえず(血圧が低かったのは気になりますが)、この時点ですぐに転送しなければならない切羽詰まった状況ではなかったと思います。となると、どのような処置をしたとしても救命は不可能であったといえるように思えます。では最初から救命救急センターに運ばれていたとしたら、どうだったでしょうか。初診時に意識障害がなかったということなので、簡単な問診の後、まずは骨折がないかどうかX線写真をとると思います。そして、胸腹部を痛がっていたのならば、腹部エコー、血液検査などを追加し、それらの結果がわかるまでに約1時間くらいは経ってしまうと思います。もし裁判所の判断通り胸腔内出血があったとしたら、さらに胸部CTも追加しますので、その時点で開胸止血が必要と判断したら、手術室の準備が必要となり、入室までさらに30分くらい経過してしまうと思います。となると、来院から手術室入室まで早くても90分くらいは要しますので、その時にはもう容態は急変(下顎呼吸は来院後80分)していることになります。このように、後から検証してみても救命はきわめて困難であり、「適切な処置(輸血、開胸止血)を施した場合には、救命することが可能であった」とは、到底いえないケースであったと思います。以上、本件の担当医には酷な結末であったと思いますが、ひとつだけ注意を喚起しておきたいのは、来院時の血圧が90/68であったのならば、ぜひともそのあと再検して欲しかった点です。もし再検で100以上あれば病院側に相当有利になっていたと思われるし、さらに低下していたらその時点で3次救急病院への転送を考えたかも知れません。救急医療

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出血性ショックに対する輸血方法が不適切と判断されたケース

救急医療最終判決判例タイムズ 834号181-199頁概要大型トラックに右腰部を轢過された38歳女性。来院当初、意識は清明で血圧120/60mmHg、骨盤骨折の診断で入院となった。ところが、救急搬入されてから1時間15分後に血圧測定不能となり、大量の輸液・代用血漿を投与したが血圧を維持できず、腹腔内出血の診断で緊急手術となった。合計2,800mLの輸血を行うが効果はなく、受傷から9時間後に死亡した。詳細な経過患者情報とくに既往症のない38歳女性経過1982年9月2日13:50自転車に乗って交差点を直進中、左折しようとしていた大型トラックのバンパーと接触・転倒し、トラックの左前輪に右腰部を轢過された。14:00救急病院に到着。意識は清明で、轢かれた部分の痛みを訴えていた。血圧120/60mmHg、脈拍72/分。14:10X線室に移動し、腰部を中心としたX線撮影施行。X線室で測定した血圧は初診時と変化なし。14:25整形外科診察室前まで移動。14:35別患者のギプス巻きをしていた整形外科担当医が診察室の中でX線写真を読影。右仙腸関節・右恥骨上下枝(マルゲーヌ骨折)・左腸骨・左腸骨下枝・尾骨の骨折を確認し、直接本人を診察しないまま家族に以下の状況を説明した。骨盤が6箇所折れている膀胱か輸尿管がやられているかもしれない内臓損傷はX線では写らず検査が必要なので即時入院とする15:004階の入院病棟に到着。担当医の指示でハンモックベッドを用いた骨盤垂直牽引を行おうとしたが、ハンモックベッドの組立作業がうまくできなかった。15:15やむなく普通ベッドに寝かせバイタルサインをチェックしたところ、血圧測定不能。ただちに担当医師に連絡し、血管確保、輸液・代用血漿の急速注入を行うとともに、輸血用血液10単位を指示。15:20Hb 9.7g/dL、Ht 31%腹腔内出血による出血性ショックを疑い、外科医師の応援を要請、腹腔穿刺を行ったが出血はなく、後腹膜腔内の出血と診断した。15:35約20分間で輸液500mL、代用血漿2,000mL、昇圧剤の投与などを行ったがショック状態からの離脱できなかったので、開腹手術をすることにし、家族に説明した。15:45手術室入室。15:50輸血10単位が到着(輸血要請から35分後:この病院には輸血を常備しておらず、必要に応じて近くの輸血センターから取り寄せていた)、ただちに輸血の交差試験を行った。16:15輸血開始。16:20~18:30手術開始。単純X線写真では診断できなかった右仙腸関節一帯の粉砕骨折、下大静脈から左総腸骨静脈の分岐部に20mmの亀裂が確認された。腹腔内の大量の血腫を除去すると、腸管膜が一部裂けていたが新たな出血はなく、静脈亀裂部を縫合・結紮して手術を終了した。総出血量は3,210mL。手術中の輸血量1,800mL、輸液200mL、代用血漿1,500mLを併用するとともに、昇圧剤も使用したが、血圧上昇は得られなかった。19:00病室に戻るが、すでに瞳孔散大状態。さらに1,000mLの輸血が追加された。23:04各種治療の効果なく死亡確認。当事者の主張患者側(原告)の主張1.救急車で来院した患者をまったく診察せず1時間も放置し、診断が遅れた2.輸血の手配とその開始時間が遅れ、しかも輸血速度が遅すぎたために致命的となった3.手術中の止血措置がまずかった病院側(被告)の主張1.救急車で来院後、バイタルサインのチェック、X線撮影などをきちんと行っていて、患者を放置したなどということはない。来院当時担当医師は別患者のギプス巻きを行っていたので、それを放棄してまで(容態急変前の)患者につき沿うのは無理である。容態急変後はただちに血液の手配をしている。そして、地域の特殊性から血液はすべて予約注文制であり、院内には常備できないという事情がった(実際に輸血20単位注文したにもかかわらず、入手できたのは14単位であった)2.また輸血前には輸液1,000mLと代用血漿2,000mLの急速注入を行っているため、さらに失血した血液量と等量の急速輸血は循環血液量を過剰に増大させ、うっ血性心不全を起こしたり出血を助長したりする危険があるので、当時の判断は適切である3.手術所見では左総腸静脈の亀裂部、骨盤静脈叢および仙骨静脈叢からの湧き出すような多発性出血であり、血腫を除去すると新たな出血はみられなかったため、静脈縫合後は血腫によるタンポナーデ効果を期待するほかはなかった。このような多発性骨盤腔内出血の確実な止血方法は発見されていない裁判所の判断1.診断の遅れX線写真を読影して骨盤骨折が確認された時点で、きちんと患者を診察して直ぐに腹腔穿刺をしていれば、腹腔内出血と診断して直ぐに手術の準備ができたはずである(注:14:00救急来院、14:35X線読影、この時点で意識は清明で血圧120/60→このような状況で腹腔穿刺をするはずがない!!しかものちに行われた腹腔内穿刺では出血は確認されていない)2.血圧測定不能時の輸血速度は、30分間に2,000mLという基準があるのに、30分間に500mLしか輸血しなかったのは一般的な臨床水準を下回る医療行為である以上、早期診断義務違反、輸血速度確保義務違反によって死亡した可能性が高く、交通事故9割、医療過誤1割による死亡である(手術方法については臨床医学水準に背くものとはいえない)。原告側6,590万円の請求に対し、1,225万円の判決考察この事件は、腰部を大型トラックに轢過された骨盤骨折の患者さんが、来院直後は(腹腔内出血量が少なかったので)意識清明であったのに、次第に出血量が増えたため来院から1時間15分後にショック状態となり、さまざまな処置を講じたけれども救命できなかった、という概要です。担当医師はその場その場で適切な指示を出しているのがわかりますし、総腸骨静脈が裂けていたり、骨盤内には粉砕骨折があって完璧な止血はきわめて困難であったと思われますので、たとえどのような処置を講じていようとも救命は不可能であった可能性が高いと思います。本来であれば、交通事故の加害者に重大な責任があるというものなのに、ご遺族の不満がなぜ病院側に向いてしまったのか、非常に理解に苦しみます。「病院に行きさえすればどのような怪我でも治してくれるはずだ」、という過度の期待が背景にあるのかもしれません。そして、何よりも憤りを感じるのが、裁判官がまったく的外れの判決文を書いてしまっている点です。経過をご覧になった先生はすでにおわかりかと思いますが、もう一度この事件を時系列的に振り返ってみると、14:00救急病院に到着。意識清明、血圧120/60mmHg、脈拍72/分。14:10X線室に移動。撮影終了後の血圧は初診時と変化なし。14:25整形外科診察室前まで移動。14:35担当医師が読影し、家族に入院の説明。15:004階の入院病棟に到着(意識清明)。15:15血圧測定不能。15:20腹腔穿刺で出血は確認できず。後腹膜腔内の出血と判断。となっています。つまりこの裁判官は、意識障害のない、血圧低下のない、14:35の(=X線写真で骨盤骨折が確認された)状況からすぐさま、「骨盤骨折があるのならばただちに腹腔穿刺をするべきだ。そうすれば腹腔内出血と診断できるはずだ!」という判断を下しているのです。おそらく、法学部出身の優秀な法律家が、断片的な情報をつぎたして、医療現場の実態を知らずに空想の世界で作文をしてしまった、ということなのでしょう(この事件は控訴されていますので、このミスジャッジはぜひとも修正されなければなりません)。ただ医師側も反省すべきなのは、担当医師は患者を診察することなくX線写真だけで診断し、取り急ぎ家族へは入院の説明をしただけで病棟へ移送してしまったという点です。この時担当医師は、別患者のギプス巻きをわざわざ中断してまで、救急患者のフィルム読影と家族への説明を行ったという状況を考えれば、超多忙な外来業務中(それ以外にも数人のギプス巻き患者がいた)でやむを得なかったという見方もできます。しかし、裁判へと発展した理由の一つに「患者の診察もしないでX線だけで判断した」という家族の不満が背景にあります。そして、もしかすると、初期の段階で患者との会話、顔色や皮膚の様子、骨折部の視診などにより、ショックの前兆を捉えることができたのかもしれません(この約45分後に血圧測定不能となっている)。したがって、多忙ななかでも救急車で運ばれた重症患者はきちんと診察するという姿勢が大事だと思います。次に問題となるのが輸血速度です。このケースの来院から死亡するまでの出血や水分量を計算すると、 手術前手術中14:1014:10輸液500mL2,000mL1,000mL3,500mL代用血漿2,000mL1,500mL500mL4,000mL輸血 1,800mL1,000mL2,800mL出血量 3,210mL57mL3,267mLとなっています。この裁判で医療過誤と認定されたのは、輸血がセンターから到着してからの投与方法でした。輸血を開始したのは手術室に入室してから30分後、執刀の5分前であり、おそらく輸血の点滴ラインを全開にして急速輸血が行われていたと思います。そして、結果的には、約30分間の間に500mL(2.5パック)入りましたので、このくらいでよいだろう、十分ではないか、と多くの先生方がお考えになると思います。ところが資料にもあるように、出血性ショックに対する輸血速度としては、「血圧測定不能時=2,000mLを30分以内に急速輸血」と記載した文献があります。本件のような出血性ショックの緊急時には、血圧を維持するように50mLの注射器を用いてpumpingするケースもあると思いますが、その際にはとにかく早く輸血をするという意識が先に働くため、30分以内に2,000mL(10単位分)を輸血する、という明確な目標を設定するのは難しいのではないでしょうか。しかも緊急の開腹手術を行っている最中であり、輸血以外にもさまざまな配慮が必要ですから、あれもこれもというわけにはいかないと思います。しかし、裁判官が判決文を書く際の臨床医学水準というのは、論文や医学書に記載された内容を最優先しますので、本件のように出血性ショックで血圧測定不能例には30分に2,000mLの輸血をするという目安があるにもかかわらず、500mLの輸血しか行われていないことがわかると、「教科書通りにやっていないのでけしからん」という判断につながるのです。この点について病院側の、「輸血前には輸液500mLと代用血漿2,000mLの急速注入を行っているため、さらに失血した血液量と等量の急速輸血は循環血液量を過剰に増大させ、うっ血性心不全を起こしたり終結を助長したりする危険があるので、当時の判断は適切である」という論理展開は至極ごもっともなのですが、「あらゆる危険を考えて意図的に少な目の輸血をした」というのならなだしも、「輸血速度に配慮せず結果的に少量となった」というのでは、「大事な輸血という治療において配慮が足りないではないか」ということにつながります。この輸血速度や輸血量については、どの施設でも各担当医師によってまちまちであり、輸血後に問題が生じることさえなければ紛争には発展しません。ところがひとたび予測しない事態になると、あとから輸血に対する科学的根拠(なぜ輸血するのか、輸血量を決定した際の根拠、HbやHtなど輸血後に目標とする数値など)を求められる可能性が、かなり高くなりました。そこで輸血にあたっては、なるべく輸血ガイドラインを再確認しておくとともに、輸血という治療行為の根拠をしっかりとカルテに記載しておく必要があると思います。救急医療

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Vol. 2 No. 2 transcatheter aortic valve implantation(TAVI)現状と将来への展望

林田 健太郎 氏慶應義塾大学医学部循環器内科はじめに経カテーテル的大動脈弁留置術 (transcatheter aortic valve implantation:TAVI)は、周術期リスクが高く外科的大動脈弁置換術(surgical aortic valve replacement:SAVR)の適応とならない患者群、もしくは高リスクな患者群に対して、より低侵襲な治療として開発されてきた。2002年にフランスのRouen大学循環器内科のCribier教授によって第1例が施行されて以後1)、2007年にヨーロッパでCEマーク取得、2011年にはEdwards社のSapien valveがアメリカでFDA認可を受けている。現在までにヨーロッパ、アメリカを中心に世界中で7万例以上が治療されており、世界的に急速に進歩、普及しつつある治療法である。現在ヨーロッパでは2種類のTAVIデバイスが商業的に使用可能である(本誌p.16図を参照)。フランスでは2010年にすでにTAVIの保険償還がされており、現在では33施設がTAVI施行施設として認可を受けている。またTAVI症例はnational registryに全例登録が義務づけられている2)。TAVIにおける周術期死亡率の低下TAVIの歴史は合併症の歴史であるといっても過言ではない。2006、2007年のTAVIプログラム開始当初は多くの重篤な合併症を認め、低侵襲な経大腿動脈TAV(I TF -TAVI)においても20%を超える30日死亡率を認めていた。しかし、年月とともに術者・施設としての経験の増加、知見の蓄積、さらにデバイスの改良により徐々に合併症発生率は低下し、それに伴って死亡率は低下していった(図1)。特に最近では、transfemoral approachにおいては30日死亡率が5%以下まで低下しており、この数字が今後日本におけるTAVI導入においてわれわれが目指していく基準になっていくであろう。それではどのように合併症を減らしていくのか?図1 30日死亡率の推移(Institut Cardiovasculaire Paris Sudにおけるデータ)画像を拡大する2006年のTAVI開始当初は非常に高い周術期死亡率であったが、その後経験の蓄積やデバイスの改良により、現在では5%程度まで低下している。欧米のデータをいかに日本の患者さんに応用するか?私がヨーロッパにいる間は、日本の患者さんに対していかに安全にTAVIを導入するかということを常に考えて研究を行っていた。フランスにいながらにして体の小さな日本人におけるTAV Iの結果をいかにsimulateするかというのが課題であったが、われわれは体表面積(BSA)をフランスにおけるTAVIコホートの中央値である1.75をcutpointとし、small body size群とlarge body size群に分けて比較を行った(表1)。するとsmall body size群では有意に大動脈弁輪径が小さく(21.3±1.58 vs. 22.8±1.86mm, p< 0.01)、大腿動脈径も小さかった(7.59±1.06 vs. 8.29±1.34mm, p<0.01)。それに伴って弁輪破裂も増加する傾向があり(2.3 vs. 0.5%, p=0.11)、重大な血管合併症(major vascular complication)も増加した(13.0% vs. 4.3%, p<0.01)3)。われわれはsmall body size群で十分日本人のデータを代表できるのではと考えていたが、2012年の日本循環器学会で発表された日本人初のEdwards Sapien XTを用いたTAVIのtrialであるPREVAIL Japanのデータを見ると、われわれの想像をはるかに超え、日本人の平均BSAは1.4±0.14m2であり、われわれのコホートにおけるsmall body size群(1.59±0.11m2)よりさらに小さく、それに伴って大動脈弁輪径も小さかった(表1)。幸いPREVAIL Japanでは弁輪破裂は1例のみに認められ、また重大な血管合併症は6.3%であった。今後日本においてTAVIが普及していく過程において、体格の小さい日本人特有の合併症を予防することがたいへん重要であると考えられる。ではどのようにこのような合併症を低減していくことができるのか?表1 small body size群とlarge body size群の比較画像を拡大する大動脈弁輪径の計測の重要性まず弁輪破裂(もしくはdevice landing zone rupture)は心タンポナーデにより瞬時に血行動態の破綻をきたすため、致死率の高いたいへん重篤な合併症である(図2)4, 5)。Sapien valveでより頻度が高いが、CoreValveでも理論上は前拡張や後拡張時に起きうるため注意が必要である。TAVIにおいては外科手術と異なり直接sizerをあてて計測することができないため、事前に画像診断による詳細な弁輪径やバルサルバ洞径の計測、石灰化の評価とそれに最適なデバイス選択が必要である。この合併症を恐れるがあまり小さめのサイズの弁を選択すると、逆にparavalvular leakが生じやすくなり、30日死亡率6)、1年死亡率7)を増加させることが報告されている。さらには近年、中等度のみならず軽度(mild)のparavalvular leakも予後を悪化させる可能性が示唆されており8)、われわれも同様の結果を得ている(本誌p.19図を参照)9)。弁輪の正確な計測には、その構造の理解が重要である。弁輪ははっきりとした構造物ではなく、3枚の弁尖の最下部からなる平面における“virtual ring”で構成される部分であり(本誌p.19図を参照)、正円ではなく楕円であることが知られている(図3左)。この3次元構造の把握には2Dエコーに比べCTが適しているという報告があり10-12)、エコーに比べTAVIにおける後拡張の頻度を低下させたり13)、弁周囲逆流を減少させたりする14, 15)ことが報告されている。われわれもCT画像における弁輪面積より算出される幾何平均を平均弁輪径として使用し(図3右)、弁逆流量の低下を達成している16)。3Dエコーは3次元構造の把握には優れているものの、低い解像度、石灰化などによるアーティファクトの影響が除外しきれないため、現在のところ弁輪計測のモダリティとしてはガイドライン上勧められていないが17)、造影剤を必要としないなどのメリットもあり、今後の発展が期待される。図2 Sapien XT valve 留置後弁輪破裂を認めた1例画像を拡大する急速に進行する心タンポナーデに対し心嚢穿刺を行い、救命しえた1例。大動脈造影上左冠動脈主幹部の直下にcontrast protrusionを認め、弁輪破裂と考えられた。図3 CTにおける弁輪径の計測画像を拡大する大動脈弁輪は、ほとんどの症例において正円ではなく楕円である。この症例の場合、短径24.2mm、長径31.7mm、長径弁輪面積より幾何平均(geometric mean)は26.7mmと算出される。血管アクセスの評価TAVIにおいてmajor vascular complicationは周術期死亡リスクを増加させることが示唆されており18, 19)、特に骨動脈破裂は急速に出血性ショックをきたし致命的であるため、血管アクセスの評価もたいへん重要である。ほとんどの施設ではより低侵襲な大腿動脈アプローチ(transfemoral approach)が第一選択とされるが、腸骨大腿動脈アクセスの血管径や性状が適さない、もしくは大動脈にmobile plaqueが認められるなどの要因があると、その他のalternative approach、例えば心尖部アプローチ(transapical approach)、鎖骨下アプローチ(transsubclavian approach)などが適応となる。われわれはmajor vascular complicationの予測因子として、経験、大腿動脈の石灰化とともにシース外径と大腿動脈内径の比(sheath to femoral artery ratio:SFAR)を同定しており(本誌p.20表を参照)19)、そのSFARのcut pointは1.05であった(本誌p.20図を参照)。大腿動脈が石灰化していない場合は1.1であり、石灰化があると1.0まで低下していた。つまり、大腿動脈の石灰化がなければシース外径は大腿動脈内径より少し大きくなっても問題ないが、石灰化がある場合は、シース外径は大腿動脈内径を超えないほうがよいと考えられる。後にバンクーバーからも同様の報告がされており、われわれの知見を裏づけている20)。heart team approachの重要性以上、弁輪径の評価と血管アクセスなどの患者スクリーニングについて述べてきたが、いずれも画像診断が主であり、imaging specialistと働くことはたいへん重要である。またTAVIにおいては、デバイス自体がいまだ発展途上でサイズも大きく(18Frほど)、また治療対象となる患者群が非常に高齢・高リスクであることから、一度合併症が生じるとたいへん重篤になりやすく致命的であるため、PCI以上に外科医のバックアップが重要かつ必須である。特にearly experienceでは重篤な合併症が起きやすいため、経験の豊富な術者の指導のもと、チームとしての経験を重ねていくべきである。またエコー、CTなどイメージング専門医、外科医、麻酔科医との緊密な連携に基づいた集学的な“heart team approach”がたいへん重要である。TAVIのSAVR件数に与える影響2004年から2012年までの、MassyにおけるSAVRとTAVI件数の推移を図4に示す。TAVI導入以前は年間SAVRが180例ほどであったが、2006年に導入後急速に増加し、2011年には350例以上と倍増している。このように、TAVIは従来の外科によるSAVRを脅かすものではなく、今まで治療できなかった患者群が治療対象となる、まさに内科・外科両者にとって“win-win”の手技である。またSAVRに対するTAVI件数の割合も増加しており、2011年にはSAVRの半分ほどに達している。現時点では弁の耐用年数などまだ明らかになっていない点があるものの、TAVIの重要性は急激に増加している。TAVIは内科・外科が“heart team”として共同してあたる手技であり、冠動脈疾患の歴史を繰り返すことなく、われわれの手で両者にとっての共存の場にしていくことが重要であろう。図4 Institut Cardiovasculaire Paris SudにおけるTAVI導入後の外科的大動脈弁置換術とTAVI症例数の推移画像を拡大するTAVI導入後、外科的大動脈弁置換術の症例数は倍増している。将来への展望筆者が2009年から3年間留学していたフランスのMassyという町にあるInstitut Cardiovasculaire Paris Sud(ICPS)という心臓血管センターでは2006年よりTAVIを開始している。当初は22-24Frの大口径シースを用いた大腿動脈アクセスに対し外科的なcutdownを用いていたが、2008年からは穿刺と止血デバイス(Prostar XL)を用いた“true percutaneous approach”に完全移行している(図5)。 また2009年からは挿管せず全例局所麻酔と軽いセデーションのみでTF -TAVIを行っており、現在は“true percutaneous approach”と局所麻酔の両方を併せた“Minimally invasive TF -TAVI”として、良好な成績を収めている21)。このように局所麻酔とセデーションを用い、穿刺と止血デバイスを用いた“true percutaneous approach”は、経験を積めば安全で、高齢でリスクの高い大動脈弁狭窄症患者に対し、非常に低侵襲に大動脈弁を留置することができるたいへん有用な方法である。離床も早く、合併症がない場合の平均入院期間は1週間以下であるため、従来のSAVRに比べ大幅に入院期間を短縮でき、ADLを損なう可能性も低い。手技自体も、穿刺、止血デバイスを用いることから合併症がなければ1時間以内で終了し、通常の冠動脈インターベンション(PCI)のイメージと近くなっている。しかし、経験の初期は全TAVIチームメンバーのlearning curveを早く上げることが先決であり、無理をして最初から導入する必要はないが、次世代TAVIデバイスであるEdwards Sapien 3は14Frシースであるため、この方法が将来主流となってくる可能性が高い。筆者が2010年に参加したスイスで行われているCoreValveのtraining courseでは止血デバイスの使用法が講習に含まれており、特に超高齢者におけるメリットは大きく、今後日本でもわれわれが目指していくべき方向である。今年2013年でfirst in man1)からいまだ11年というたいへん新しい手技であり、弁の耐久性など長期成績が未確定であるものの、今後急速に普及しうる手技である。日本においてはEdwards Lifesciences社のSapien XTを用いたPREVAIL Japan trialが終了し、早ければ2013年度中にも同社のTAVIデバイスの保険償還が見込まれている。また現在、Medtronic社のCoreValveも治験が終了しようとしており、高リスクな高齢者に対するより低侵襲な大動脈弁治療のために、早期に使用可能となることが望まれる。現在ヨーロッパを中心とした海外では、Sapien、CoreValveなどの第1世代デバイスの弱点を改良した、もしくはまったく新しいコンセプトの第2世代デバイスが続々と誕生し、使用されつつある。いくつかのデバイスはすでにCEマークを取得しているか、もしくはCEマーク取得のためのトライアル中であり、今後急速に発展しうるたいへん楽しみな分野である。図5 18Fr大口径シースに対する止血デバイス(Prostar XL)を用いたtrue percutaneous approach画像を拡大するA:造影ガイド下に総大腿動脈を穿刺する。B:シース挿入前に止血デバイス(Prostar XL)を用い、糸をかける(preclosure technique)。C:弁留置後シース抜去と同時にknotを締めていく。D:非常に小さな傷しか残らず終了。おわりに本稿ではTAVIの現状と将来への展望について概説した。TAVI適応となるような高リスクの患者群ではminor mistakeがmajor problemとなりうるため、綿密なスクリーニングと経験のあるインターベンション専門医による丁寧な手技による合併症の予防がたいへん重要である。また、ヨーロッパではすでに2007年にCEマークが取得され、多くの症例が治療されているが、いまだこの分野の知識の発展は激しく日進月歩であり、解明すべき点が多く残っている。日本におけるTAVI導入はデバイスラグの問題もあり遅れているが、すでに世界で得られている知見を生かし、また日本人特有の繊細なスクリーニング、手技により必ず世界に誇る成績を発信し、リードすることができると確信している。そのためには“Team Japan”として一丸となってデータを発信していくための準備が必要であろう。文献1)Cribier A et al. Percutaneous transcatheter implantation of an aortic valve prosthesis for calcific aortic stenosis: first human case description. Circulation 2002; 106: 3006-3008. 2)Gilard M et al. Registry of transcatheter aorticvalve implantation in high-risk patients. N Engl J Med 2012; 366: 1705-1715. 3)Watanabe Y et al. Transcatheter aortic valve implantation in patients with small body size. Cathether Cardiovasc Interv (in press). 4)Pasic M et al. Rupture of the device landing zone during transcatheter aortic valve implantation: a life-threatening but treatable complication. Circ Cardiovasc Interv 2012; 5: 424-432. 5)Hayashida K et al. Successful management of annulus rupture in transcatheter aortic valve implantation. JACC Cardiovasc Interv 2013; 6: 90-91. 6)Abdel-Wahab M et al. Aortic regurgitation after transcatheter aortic valve implantation: incidence and early outcome. Results from the German transcatheter aortic valve interventions registry. Heart 2011; 97: 899-906. 7)Tamburino C et al. Incidence and predictors of early and late mortality after transcatheter aortic valve implantation in 663 patients with severe aortic stenosis. Circulation 2011; 123: 299-308. 8)Kodali SK et al. Two-year outcomes after transcatheter or surgical aortic-valve replacement. N En gl J Me d 2 012; 36 6: 1686-1695. 9)Hayashida K et al. Impact of post-procedural aortic regurgitation on mortality after transcatheter aortic valve implantation. JACC Cardiovasc Interv 2012 (in press). 10)Schultz CJ et al. Cardiac CT: necessary for precise sizing for transcatheter aortic implantation. EuroIntervention 2010; 6 Suppl G: G6-G13. 11)Messika-Zeitoun D et al. Multimodal assessment of the aortic annulus diameter: implications for transcatheter aortic valve implantation. J Am Coll Cardiol 2010; 55: 186-194. 12)Piazza N et al. Anatomy of the aortic valvar complex and its implications for transcatheter implantation of the aortic valve. Circ Cardiovasc Interv 2008; 1: 74-81. 13)Schultz C et al. 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