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第266回 一般消費者向けDTC検査サービスに新ガイドライン、医師資格を持たない事業者が検査結果に基づき個人の疾患の罹患可能性を通知するのは医師法違反

厚生労働省と経済産業省が「健康寿命延伸産業分野における新事業活動のガイドライン」を改正こんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。この週末は、八ヶ岳山麓にリタイア後住んでいる大学時代のクラブの先輩宅で開かれた麻雀大会に参加するため、長野県原村まで車を飛ばして行って来ました。大学卒業後、40年以上たって老年となった人間たちが11人集まり、麻雀卓2卓で2日間、メンバーを適当に変えながら各人半荘5~6回戦ってトータル点数を競うというものです。集まったメンツは学年にして4学年の幅があり、皆、それなりの年齢ということで健康状態もさまざまでした。がんについて言えば、参加した11人中4人が罹患していました。2人がこの3年ほどの間に食道がんの手術を受けて、1人は大腸がんの放射線治療と化学療法を昨年経験済みでした。さらにもう1人は、胃がんを5年前に内視鏡手術で取っていました。この人数、多いのか少ないのかはよくわかりませんが、最近、高校時代の同級生など同世代と飲むと大体3人中1人はがんの経験者ですから、ほぼ平均的と言えるでしょう。ただ、私のクラブ、食道がんがやや多過ぎますね。ちなみに、この4学年の幅の中のクラブの在籍者総数は大体40人ほどで、自殺者1人、ALSによる死亡1人、山での遭難死(落石が頭部直撃)1人です。コホート研究ではないですが、ある大学クラブの卒業生の“その後”としては、それなりに平均的な結果と言えるのではないでしょうか。ま、いずれにせよ、これから、今回のメンバーの中からもがん患者は出てくるでしょう。がんはエイジングの結果ですから仕方ありません。なお、麻雀大会の私の成績は2位でした。優勝は逃しましたが、親で「リーチ、ツモ、ドラ8」の倍満を上がったのはいい思い出になりました。ということで今回は、公表から少々時間が経ってしまいましたが、3月末に厚生労働省と経済産業省が改正した「健康寿命延伸産業分野における新事業活動のガイドライン」について書いてみたいと思います。今回の改正では、非臨床の一般消費者向け(Direct to Consumer:DTC)検査サービスについての記載が大幅に追加、医師法に違反しないようにとの注意喚起が行われました。いい加減なエビデンスしかないのに「がんが見つかる」などと喧伝し、多くの問題点が指摘されてきたDTC検査サービスはこれで駆逐されるのでしょうか?厚労省のヘルスケアスタートアップPT報告書を機にガイドライン改正へ非臨床のDTC検査サービスとは民間事業者が検体(血液、尿、唾液など)をもとに病気のリスクなどを判定する検査サービスを指します。本連載でも「第88回 がんが大変だ! 検診控え依然続き、話題の線虫検査にも疑念報道(前編)」「第89回 がんが大変だ! 検診控え依然続き、話題の線虫検査にも疑念報道(後編)」などでその問題点を繰り返し指摘してきました。昨年7月の「第223回 厚労省ヘルスケアスタートアップPT報告書を読む(後編) あの一般向けがんリスク判定会社もターゲットか?消費者向けの各種検査サービス、医師法に照らし合わせて総点検へ」では、厚生労働省の「ヘルスケアスタートアップ等の振興・支援策検討に関するプロジェクトチーム」が公表した最終報告書の内容を紹介、「医師法違反という観点から法令違反の恐れがある事例がまとめられ、検査の結果(リスク判定)を消費者にフィードバックする際の表現についてもガイドラインが設けられる可能性があります」と書きました。それが実行に移されたのが、今回の「健康寿命延伸産業分野における新事業活動のガイドライン」の改正というわけです。「医師でなければ、医業をなしてはならない」と定めた医師法第17条との関係について法解釈同ガイドラインにはさまざまな関連法令と照らし合わせて、DTC検査サービスはどこまで行っていいのかについての法解釈が記されています。最重要と考えられる「医師でなければ、医業をなしてはならない」と定めた医師法第17条との関係については次のように記されています。「医師法第 17 条により、民間事業者は、医業に該当しない範囲で検体採取や検査(測定)後のサービス提供を実施する必要があり、採血等の医行為に該当する行為や、検査(測定)結果に基づく疾患の罹患可能性の提示や診断等の医学的判断を行うことはできない。このため、採血等の検体採取については、民間事業者ではなく、利用者自らによって行われる必要がある。また、民間事業者は、検査(測定)結果に基づく疾患の罹患可能性の提示や診断等の医学的判断を行うことはできないため、検査(測定)後のサービス提供については、検査(測定)結果の事実や検査(測定)項目の一般的な基準値、検査(測定)項目に係る一般的な情報を通知することに留めなければならず、利用者から見て事実や一般的な基準値・情報が示されているということが客観的に認識可能な程度に医学的・科学的根拠が示された通知内容としなければならない」つまり、「医師資格を持たない事業者が検査結果に基づいて個人の疾患の罹患可能性を通知することは医師法違反」と明確に位置付けたわけです。さらに、医師などではない民間事業者が行う検査後のサービス提供は、「検査結果の事実や検査項目の一般的な基準値、検査項目に係る一般的な情報を通知することに留め、客観的に認識可能な程度に医学的・科学的根拠が示された通知内容としなければならない」点についても明文化しました。「一般的な情報の通知に留めよ」というルールは非常に重いと考えられます。ガイドラインではさらに突っ込んで、「検査結果の事実と検査項目の基準値やリスク分類との相対的な位置付けのように、一見すると客観的な事実を提示しているかのような内容であったとしても、当該基準値や当該リスク分類の設定について、なんらの医学的・科学的根拠が通知内容に示されていない場合や、一般的な基準値と言えない値に基づいている場合には、客観的な事実を提示しているとは評価できない」「検査項目が基準値内にあることをもって、利用者が健康な状態であることを断定するといった利用者個人の健康状態の医学的評価は行ってはならない」「検査項目が基準値外にあることをもって、利用者個人の疾患の罹患可能性を提示してはならない」とも記述しています。それだけDTC検査サービス事業者の検査結果の通知に関する不適切事例が多かったということなのでしょう。医師法17条に違反する4例示す、「一般的な情報提供である」等の注意書きをしていたとしても個人の疾患の罹患可能性を通知することは違法なお、同ガイドラインには医師法17条に違反する例として、次の4つを例示しています。1.検体を採取する際に、無資格者である民間事業者が利用者から検体を採取する場合。2.無資格者である民間事業者が、利用者に対して、個別の検査(測定)結果を用いて、利用者の健康状態を評価する等の医学的判断を行った上で、食事や運動等の生活上の注意、健康増進に資する地域の関連施設やサービスの紹介、利用者からの医薬品に関する照会に応じたOTC医薬品の紹介、健康食品やサプリメントの紹介、より詳しい健診を受けるように勧めることを行う場合。3.無資格者である民間事業者が、利用者に対して、利用者の個別の検査(測定)結果を用いて、当該利用者個人の疾患の罹患可能性を通知する場合。なお、形式的に「これは一般的な情報提供である」等の注意書きをしていたとしても、利用者の個別の検査(測定)結果を用いて、当該利用者個人の疾患の罹患可能性を通知することは違法となる。4.無資格者である民間事業者が、利用者に対して、利用者の個別の検査(測定)結果が、疾患の罹患や健康状態の医学的評価に係るリスク分類のいずれに属するかを通知する場合で、当該リスク分類の根拠となる基準値について、実質的になんらの医学的・科学的根拠が示されていない場合や、民間事業者等が恣意的に設定している場合。冷静さを装うDTC検査サービス事業者同ガイドラインの改正は今後、DTC検査サービス事業者にどんな影響を及ぼすでしょうか。4月18日付けの日経バイオテクは「厚労省と経産省、DTC検査ガイドラインでは 『医学的診断と誤解させない情報提示を』」と題する記事を発信、「同ガイドラインは大幅に改正されたものの、DTC検査ビジネスへの影響は大きくはなさそうだ」と書いています。同記事は、同ガイドライン に対するDTC検査サービスを提供する複数の事業者のコメントを紹介しています。「明確に論拠が示され、誤認を防ぐ対策が加えられたと理解している」(ジーンサイエンス、東京都千代田区)、「ジーネックスでは一般的な情報提供としての疾患の罹患リスクに言及することはあるが、事業者側の目線だけではなく、社会的・法的・論理的な観点を重視して、利用者の健康維持に関して望まれているサービスを提供していきたい」(ジーネックス、東京都港区)、「今回の改正でサービスの内容に大きな変更は予定していない」(Craif、東京都文京区)と一見冷静な対応に見えます。また、一般社団法人の遺伝情報取扱協会も、同協会のウェブサイトで同ガイドラインの改正に対する見解を公表、同協会が策定する「個人遺伝情報を取扱う企業が遵守すべき自主基準」と合致する内容であるとコメントしています。どの事業者も、「われわれはきちんとやってきているので、動揺していない」と冷静さを装っているようです。「事実上の『野放し』状態から一歩進んだ」ものの「課題はまだ残されている」「23種類のがんを判定できる」などと宣伝して全国展開しているHIROTSUバイオサイエンス(東京都千代田区)の線虫がん検査キット「N-NOSE」に対し、厳しい批判報道を行ってきたNewsPicksは、4月18日付で「厚労省ガイドライン改定で検査ビジネス『野放し』終えんか」と題する記事を発信しています。同記事は、ガイドライン改正に対する識者の評価やDTC検査サービス事業者へのアンケートを紹介、「結果報告書の通知に関するルールが明確化されたことで、検査ビジネスは、事実上の『野放し』状態から一歩進んだ。利用者の保護やサービスの健全な発展に向けた土台が整い始めたと言える。 だが、ガイドラインの解釈が事業者により分かれる可能性があるうえ、検査自体の有効性という『本丸』には踏み込んでいないという点でも、課題はまだ残されている」と記事を結んでいます。医師法違反の実際の事例が出てくれば、「野放し」状態は一掃に向かうのではおそらく、法律での規定ではなく、強制力が弱いガイドライン(指針)である点が、まだ事業者にある種の余裕を生んでいるのかもしれません。今後、ガイドラインに基づいて、医師法違反の実際の事例が摘発されれば、「野放し」状態は一掃に向かうのではないでしょうか。そう言えば、一時、テレビや東京の地下鉄の車内掲示などでよく目にした線虫がん検査のCMや広告を最近目にしません。やはり少なからぬ影響が出ているのかもしれません。ちなみに、冒頭に書いた麻雀大会に参加したクラブの仲間たちの中に、DTC検査サービスを利用した人間は誰もいませんでした。おそらく、今彼らにがん関連のDTC検査サービスを受けさせ、仮に“陽性”が出て精密検査を受けさせれば、何人かでがんが見つかることでしょう。また、“陰性”だった人間にも精密検査を受けさせれば、やはり何人かでがんが見つかるでしょう。なにせ、みんなもう老人なのですから。

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第12回 アルツハイマー病の診療が変わるーFDAが血液検査を承認

米国食品医薬品局(FDA)が、アルツハイマー病の診断を補助する初の血液検査「Lumipulse G pTau217/β-Amyloid1-42 Plasma Ratio」を承認しました1)。この承認は、アルツハイマー病の診療に大きな変革をもたらし、認知症診療の新たな時代を開くと期待されます。検査名が長過ぎてあまりピンとこないかもしれませんが、とにかくすごい検査なのです。血液検査による早期発見の可能性これまでアルツハイマー病の診断には、アミロイドPETや脳脊髄液(CSF)検査といった高価で侵襲的な方法が用いられてきました。 アミロイドPETは、脳内のアミロイド斑を可視化できますが、コストが高く、患者さんへの放射線被ばくも伴います。 また、アミロイドがどこにあるかを知ったところで、それが患者さんの症状に反映されないといった限界もありました。脳脊髄液検査も、腰椎穿刺という侵襲的な方法で検体を採取する必要がありました。今回承認された新しい血液検査は、血液(血漿)中のpTau217とβアミロイド1-42という2つの数値を測定し、その比率を算出します1)。pTau217はアルツハイマー病患者の血液中で増加傾向を示し、認知機能障害の悪化に比例して増加するという特徴も報告されています。一方で、βアミロイド1-42はアミロイド斑に沈着するため、血液中からは減少します。それぞれ単独では診断精度に限界がありましたが、この比率を用いることで、検査精度が向上し、的確な診断をもたらすことができるようになりました。これにより、PETの必要性を減らし、脳脊髄液検査の置き換えになることが期待されています。 簡単な採血のみで行えるため、患者さんにとって負担が少なく、検査を受けやすくなります。200ドル程度と、費用負担も小さくなります。 FDA長官は、「2050年までにアルツハイマー病患者の数が倍増すると予測される中、このような新しい検査が患者の助けとなることを期待している」と述べています。診断プロセスの変化と期待される効果近い将来、アルツハイマー病の血液検査は、血圧やコレステロールのチェックのように、とてもありふれた日常的なものになる可能性が高いと思います。認知機能検査で異常が見られた場合、次のステップとして血液検査が行われるという流れはごく一般的なものになるでしょう。この検査の普及により、以下のような変化が予想されます。誤診の減少LATE(辺縁系優位型加齢性TDP-43脳症)のように、アルツハイマー病と症状が似ていても原因が異なる疾患(LATEの場合はTDP-43が関与)との鑑別がつきやすくなります。これまで診断方法が限られていたため、誤った情報共有が行われるケースがありましたが、より正確な診断が可能になることで、患者は適切なケアを受けられるようになります。適切な予防策と予後予測早期かつ正確な診断は、適切な予防策の実施や、より正確な予後の情報提供につながります。治療薬開発の加速より簡便で正確な診断方法が確立することで、治療薬の開発も促進されると期待できます。「認知症」診断前の「アルツハイマー病」診断診断ツールの普及により、症状に基づく診断である「認知症」よりも前に、脳内の変化に基づく診断である「アルツハイマー病」という診断が先につくケースが増えるでしょう。「あなたは『アルツハイマー病』ですが、『認知症』ではありません」という説明が一般的になるかもしれません。注意点と今後の課題一方で、この血液検査は無症状の人に行うスクリーニングや単独の検査として開発されたものではなく、他の評価や検査と合わせて診断を行う必要があります。この点はFDAも強調しています。 臨床試験では、この検査で陽性だった人の91.7%がPETまたは脳脊髄液検査でもアミロイドの存在が確認され、陰性だった人の97.3%がそれらの検査でも陰性でした1)。 しかし、偽陽性や偽陰性の可能性も指摘されており、偽陽性の場合は不必要な治療や精神的な苦痛を、偽陰性の場合は適切な診断の遅れを招く可能性があります。 当面は、不必要な人にまで過剰に検査を行い、不適切な投薬が増えるといったマイナス面が生じてしまうことへの懸念もあります。いずれにせよ、FDAによるアルツハイマー病の血液検査の承認は、診断のあり方を根本から変える可能性を秘めています。より負担が少なく、アクセスしやすい検査方法の登場は、早期発見・早期介入を促進し、誤診を減らし、最終的には患者さんとその家族の生活の質向上に貢献することが期待されています。多くの医師が、この新しい知識を習得し、患者側も理解を深めることで、認知症診療は新たな時代を迎えることになるでしょう。 1) FDA Clears First Blood Test Used in Diagnosing Alzheimer’s Disease. FDA. 2025 May 16.

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入院させてほしい【救急外来・当直で魅せる問題解決コンピテンシー】第6回

入院させてほしいPointプライマリ・ケアの適切な介入により入院を防ぐことができる状態をACSCsという。ACSCsによる入院の割合は、プライマリ・ケアの効果を測る指標の1つとされている。病診連携、多職種連携でACSCsによる入院を減らそう!受け手側は、紹介側の事情も理解して、診療にあたろう!症例80歳女性。体がだるい、入院させてほしい…とA病院ERを受診。肝硬変、肝細胞がん、2型糖尿病、パーキンソン病などでA病院消化器内科、内分泌内科、神経内科を受診していたが、3科への通院が困難となってきたため、2週間前にB診療所に紹介となっていた。採血検査でカリウム7.1mEq/Lと高値を認めたこともあり、幸いバイタルサインや心電図に異常はなかったが、指導医・本人・家族と相談のうえ、入院となった。内服薬を確認すると、消化器内科からの処方が診療所からも継続されていたが、内容としてはスピロノラクトンとカリウム製剤が処方されており、そこにここ数日毎日のバナナ摂取が重なったことによるもののようだった。おさえておきたい基本のアプローチプライマリ・ケアの適切な介入により入院を防ぐことができる状態をAmbulatory Care Sensitive Conditions(ACSCs)という。ACSCsは以下のように大きく3つに分類される。1:悪化や再燃を防ぐことのできる慢性疾患(chronic ACSCs)2:早期介入により重症化を防ぐことのできる急性期疾患(acute ACSCs)3:予防接種等の処置により発症自体を防ぐことのできる疾患(vaccine preventable ACSCs)2010年度におけるイギリスからの報告によると、chronic ACSCsにおいて最も入院が多かった疾患はCOPD、acute ACSCsで多かった疾患は尿路感染症、vaccine preventable ACSCsで多かった疾患は肺炎であった1)。実際に、高齢者がプライマリ・ケア医に継続的に診てもらっていると不必要な入院が減るのではないかとBarkerらは、イギリスの高齢者23万472例の一次・二次診療データに基づき、プライマリ・ケアの継続性とACSCsでの入院数との関連を評価した。ケアが継続的であると、高齢者において糖尿病、喘息、狭心症、てんかんを含むACSCsによる入院数が少なかったという研究結果が2017年に発表された。継続的なケアが、患者-医師間の信頼関係を促進し、健康問題と適切なケアのよりよい理解につながる可能性がある。かかりつけ医がいないと救急車利用も増えてしまう。ホラ、あの○○先生がかかりつけ医だと、多すぎず少なすぎず、タイミングも重症度も的確な紹介がされてきているでしょ?(あなたの地域の素晴らしいかかりつけ医の先生の顔を思い出してみましょう)。またFreudらは、ドイツの地域拠点病院における入院患者のなかで、ACSCsと判断された104事例をとりあげ、紹介元の家庭医にこの入院は防ぎえたかというテーマでインタビューを行うという質的研究を行った。この研究を通じてプライマリ・ケアの実践現場や政策への提案として、意見を提示している(表)。地域のリソースと救急サービスのリンクの重要性、入院となった責任はプライマリ・ケアだけでなく、病院なども含めたすべてのセクターにあるという合意形成の重要性、医療者への異文化コミュニケーションスキル教育の重要性など、ERの第一線で働く方への提言も盛り込まれており、ぜひ一読いただきたい。ACSCsは高齢者や小児に多く、これらの提言はドイツだけでなく、世界でも高齢者の割合がトップの日本にも意味のある提言であり、これらを意識した医師の活躍が、限られた医療資源を有効に活用するためにも重要であると思われる。表 プライマリ・ケア実践現場と政策への提言<プライマリ・ケア実践チームへの提言>患者の社会的背景、服薬アドヒアランス、セルフマネジメント能力などを評価し、ACSCsによる入院のリスクの高い患者を同定すること処方を定期的に見直すこと(何をなぜ使用しているのか?)。アドヒアランス向上のために、読みやすい内服スケジュールとし、治療プランを患者・介護者と共有すること入院のリスクの高い患者は定期的に症状や治療アドヒアランスの電話などを行ってモニタリングすること患者および介護者にセルフマネジメントについて教育すること(症状悪化時の対応ができるように、助けとなるプライマリ・ケア資源をタイミングよく利用できるようになるなど)患者に必要なソーシャルサポートシステム(家族・友人・ご近所など)や地域リソースを探索することヘルステクノロジーシステムの導入(モニタリングのためのリコールシステム、地域のリソースや救急サービスのリンク、プライマリ・ケアと病院や時間外ケアとのカルテ情報の共有など)各部署とのコミュニケーションを強化する(かかりつけ医と時間外対応してくれる外部医師間、入退院支援、診断が不確定な場合に相談しやすい環境づくりなど)<政策・マネジメントへの提言>入院となった責任はプライマリ・ケア、セカンダリ・ケア、病院、地域、患者といったすべてのセクターにあるという合意を形成すべきであるACSCsによる入院はケアの質の低さを反映するものでなく、地理的条件や複雑な要因が関係していることを検討しなければならないACSCsに関するデータ集積でエキスパートオピニオンではなく、エビデンスデータに基づいた改善がなされるであろう医療者教育において異文化コミュニケーションスキル教育が重視されるだろう落ちてはいけない・落ちたくないPitfalls紹介側(かかりつけ医)を、責めない!前に挙げた症例のような患者を診た際には、「なぜスピロノラクトンとカリウム製剤が処方されているんだ!」とついつい、かかりつけ医を責めたくなってしまうだろう! 忙しいなかで、そう思いたくなるのも無理はない。でも、「なんで○○した?」、「なんで△△なんだ?」、「なんで□□になるんだよ」などと「なんで(why)」で質問攻めにすると、ホラあなたの後輩は泣きだしたでしょ? 立場が違う人が安易に相手を責めてはいけない。後医は名医なんだから。前医を責めるのは医師である前に人間として未熟なことを露呈するだけなのである。まずは紹介側の事情をくみ取るように努力しよう。この症例でも、病院から紹介になったばかりで、関係性もあまりできていないなかでの高カリウム血症であった。元々継続的に診療していたら、血清カリウム値の推移や、腎機能、食事の状況など把握して、カリウム製剤や利尿薬を調節できたかもしれない。また紹介医を責めると後々コミュニケーションが取りにくくなってしまい、地域のケアの向上からは遠ざかってしまう。自分が紹介側になった気持ちになって、診療しよう。Pointかかりつけ医の事情を理解し、診療しよう!起きうるリスクを想定しよう!さらにかかりつけ医の視点で考えていきたい。この方の場合はまだフォロー歴が短いこともあって困難だったが、前医からの採血データの推移の情報や、食事摂取量や内容の変化でカリウム値の推移も予測可能だったかもしれない。糖尿病におけるsick dayの説明は患者にされていると思うが、リスクを想定し、かつ対処できるよう行動しよう。いつもより体調不良があるけど、なかなかすぐには受診してもらえないときには、電話を入れたり、家族への説明をしたり、デイケア利用中の患者なら、デイケア職員への声掛けも有効だろう! そうすることで不要な入院も避けられるし、患者家族からの信頼感アップも間違いなし!!「ERでは関係ない」と思わないで、患者の生活背景を聞き出し、患者のサポートシステム(デイケア・デイサービスなど)への連絡もできるようになると、かっこいい。かかりつけ医のみならず、施設職員への情報提供書も書ける視野の広い医師になろう。Point「かかりつけ医の先生とデイケアにも、今回の受診経過と注意点のお手紙を書いておきますね!」かかりつけ医だけに頑張らせない!入院のリスクの高い患者は、身体的問題だけでなく、心理的・社会的問題も併存している場合も少なくない。そんな場合は、かかりつけ医のみでできることは限られている。患者に必要なソーシャルサポートシステムや地域リソースを患者や家族に教えてあげて、かかりつけ医に情報提供し、多職種を巻き込んでもらうようにしよう! これまでのかかりつけ医と家族の二人三脚の頑張りにねぎらいの言葉をかけつつ(頑張っているかかりつけ医と家族を褒め倒そう!)、多くの地域のリソースを勧めることで、家族の負担も減り、ケアの質もあがるのだ。「そんな助けがあるって知らなかった」という家族がなんと多いことか。医師中心のヒエラルキー的コミュニケーションでなく、患者を中心とした風通しのよい多職種チームが形成できるように、お互いを尊重したコミュニケーション能力が必要だ! 図のようにご家族はじめこれだけの多職種の協力で患者の在宅生活が成り立っているのだ。図 永平寺町における在宅生活を支えるサービス画像を拡大するPoint多職種チームでよりよいケアを提供しよう!ワンポイントレッスン医療者における異文化コミュニケーションについてERはまさに迅速で的確な診断・治療という医療が求められる。患者を中心とした多職種(みなさんはどれだけの職種が浮かぶだろうか?)のなかで、医師が当然医療におけるエキスパートだ。しかし、病気の悪化、怪我・事故は患者の生活の現場で起きている。生活に目を向けることで、診断につながることは多い。ERも忙しいだろうが、「患者さんの生活を普段支えている人たち、これから支えてくれるようになる人たちは誰だろう?」なんて想像してほしい。ERから帰宅した後の生活をどう支えていけばよいかまで考えられれば、あなたは超一流!職能や権限の異なる職種間では誤解や利害対立も生じやすいので、患者を支える多職種が風通しのよい関係を築くことが大事だ。医療者における異文化コミュニケーション、つまり多職種連携、チーム医療は、無駄なER受診を減らすためにも他人ごとではないのだ。病気や怪我さえ治せば、ハイ終わり…なんて考えだけではまだまだだ。もし多職種カンファレンスに参加する機会があれば、積極的に参加して自ら視野を広げよう。ACSCsへの適切な介入とは? ─少しでも防げる入院を減らすために─入院を防ぐためには、単一のアプローチではなかなか成果が出にくく、複数の組み合わせたアプローチが有効といわれている2)。具体的には、患者ニーズ評価、投薬調整、患者教育、タイムリーな外来予約の手配などだ。たとえば投薬調整に関しては、Mayo Clinic Care Transitions programにおいても、皆さんご存じの“STOP/STARTS criteria”を活用している。なかでもオピオイドと抗コリン薬が再入院のリスクとして高く、重点的に介入されている3)。複数の介入となると、なかなか忙しくて一期一会であるERで自分1人で頑張ろうと思っても、入院回避という結果を出すまでは難しいかもしれない。そこで先にもあげたように多職種連携・Team Based Approachが必要だ4)。それらの連携にはMSW(medical social worker)さんに一役買ってもらおう。たとえば、ERから患者が帰宅するとき、患者と地域の資源(図)をつないでもらおう! MSWと連絡とったことのないあなた、この機会に連絡先を確認しておこうね!ACSCsでの心不全の場合は、専門医やかかりつけ医といった医師間の連携はじめ、緩和ケアチームや急性期ケアチーム、栄養士、薬剤師、心臓リハビリ、そして生活の現場を支える職種(地域サポートチーム、社会サービス)との協働も必要になってくる。またACSCsにはCOPDなども多く、具体的な介入も提言されている。有症状の慢性肺疾患には、散歩などの毎日の有酸素トレーニング30分、椅子からの立ち上がりや階段昇降、水筒を使っての上肢の運動などのレジスタンストレーニングなどが有効とされている。家でのトレーニングが、病院などでの介入よりも有効との報告もある。「家の力」ってすごいよね。理学療法士なども介入してくれるとより安心! 禁煙できていない人には、禁煙アドバイスをすることも忘れずに。ERで対応してくれたあなたの一言は、患者に強く響くかもしれない。もちろん禁煙外来につなぐのも一手だ! ニコチン補充療法は1.82倍、バレニクリンは2.88倍、プラセボ群より有効だ5)。勉強するための推奨文献Barker I, et al. BMJ. 2017:84:356-364.Freud T, et al. Ann Fam Med. 2013;11:363-370.藤沼康樹. 高齢者のAmbulatory care-sensitive conditionsと家庭医. 2013岡田唯男 編. 予防医療のすべて 中山書店. 2018.参考 1) Bardsley M, et al. BMJ Open. 2013;3:e002007. 2) Kripalani S, et al. Ann Rev Med. 2014;65:471-485. 3) Takahashi PY, et al. Mayo Clin Proc. 2020;95:2253-2262. 4) Tingley J, et al. Heart Failure Clin. 2015;11:371-378. 5) Kwoh EJ, Mayo Clin Proc. 2018;93:1131-1138. 執筆

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小児・保護者との関わり方【すぐに使える小児診療のヒント】第2回

小児・保護者との関わり方前回は、小児の採血やルート確保についてお話しました。採血やルート確保の手順を身につけることはとても大切です。しかし、それ以上に重要なのは、小児や保護者の心理に寄り添いながら対応することです。実際、技術的な部分よりも、泣いて暴れる小児や不安そうな保護者への対応に苦手意識を持っている先生も多いのではないでしょうか。今回は、そうした場面での具体的な関わり方についてお話しします。症例3歳、男児6日間持続する発熱を主訴に受診。活気は保たれているが、眼球結膜充血や口唇発赤を認める。川崎病を疑い、採血をする方針とした。子「いたいのいやだーーー!!」母「この子、注射が本当に苦手で…。暴れないか心配です。」小児への声掛けの工夫処置前には小児の気持ちに共感して、年齢に応じた声掛けをします。そして、終わったあとには自信を持てるように褒めてあげましょう。大事なことは、(1)嘘をつかないこと、(2)一人前の人間として接することです。つい「痛くないよ~」と声掛けをしてしまいがちですが、誰しも注射は痛いものです。小児だって人間ですから、騙されたと思うと今後は協力してくれません。伝え方としては、「どうして〇〇になって(例:熱が出て)いるか調べてみようね。そして検査して早く治ろうね。みんな〇〇君に早くよくなってほしいと思っているよ」といったように声掛けしてみましょう。およそ2歳以上の小児であれば、多くの場合は理解してくれると思います。たまに耳にしますが、「言うこと聞かないと注射するよ!」という脅しはもってのほかです。脅すのではなく、「嫌だ」という気持ちに共感し、その上で頑張る気持ちを尊重しましょう。「嫌だから頑張れない自分」ではなく、「嫌だけど頑張ろうと思えた自分」を褒めてあげるのです。そうすれば実際に処置が終わると、「やられた」のではなく「できた」という自信に繋がります。この経験がその後の医療への向き合い方や自己肯定感に影響を与えることがあるからこそ、一つひとつの機会を大切にしたいものです。言葉で伝えるだけではなく、ごっこ遊びやおもちゃを活用して、病気や治療に関する理解を促す方法もあります。たとえば、おもちゃの注射器を持たせたり、人形に注射をするまねをしてもらったりしながらごっこ遊びをすることもあります。これを「プレパレーション」といい、2~7歳の小児にはとくに有用であるとされていますが、年齢にかかわらず理解できるように説明する必要があります。また、保護者に協力してもらって、おもちゃやDVDなどで小児の注意をそらして心理的負担を軽減させることを「ディストラクション」といいます。小児が感じている不安や恐怖を軽減し、前向きに治療を受けられるようにするための大切なプロセスであるといえます。保護者との関わり方保護者とは、まずは「なぜ処置が必要なのか/必要ないのか」を共有しましょう。安易に処置を行うことは不要な苦痛を生みかねません。「まぁ、採血ぐらいしとこうかな」と思っても、難しくて何度も穿刺することになってしまった、ということは容易に想像がつきますね。また、理由を説明しなかったり、保護者に言われるがままに処置をしたりすると、「前の先生はやってくれたのに、どうして今回はしてくれないんですか!」といった今後のトラブルにも繋がりかねません。そもそも、検査や処置の要否について、判断を保護者に委ねることは医師としての矜持に欠けるのではないでしょうか。「何を重要だと思っているか」を互いに理解し合おうとする姿勢が大切であるように思います。小児をお預かりするor保護者が付き添う多くの小児科外来では、「では、検査をするのでお子さんをお預かりします。お母さん(お父さん)はお外でお待ちください」と、処置の際は保護者は付き添わずにお預かりするスタイルが主流です。保護者が見ている前で泣き叫ぶ小児のルートをとる、という医療者側のプレッシャーは大きいでしょう。小児が処置を受けている様子を見るのがつらいという保護者の意見もあるかもしれません。しかし、日本ユニセフの「小児の権利条約」の第9条に「児童が父母の意に反してその父母から分離されない」と掲げられていることを受けて、保護者同伴で処置をする場面が少しずつ増えてきているように感じます。私は普段、よほど切迫している状況でなければ「どちらを選んでもいいですよ」と保護者に選択権を渡すようにしています。保護者が一緒に付いてくれているほうが、小児が安心して頑張れるというパターンをよく経験します。わが子が必死に助けを求めていたのに助けてあげられなかった、という意識になってしまう保護者に対しては、「お母さん(お父さん)が付いていてくれたおかげで心強かったと思います。助かりました、ありがとうございます」とぜひ伝えてください。小児の採血や点滴は難しいと感じるかもしれませんが、適切な準備と関わり方を知ることで、確実に成功率を上げることができます。処置の必要性は、小児の状態を的確に評価した上で判断し、不要な侵襲を伴う手技を避けることが大切です。また、小児には正直かつ前向きな声掛けを行い、保護者には処置の目的を丁寧に説明することで、不安を和らげ、協力を得ることができます。採血を「嫌な記憶」ではなく、「頑張れた経験」として残せるよう、ぜひ実践してみてください。本コラムでは、疾患の診断や治療だけでなく、診療の際の小児や保護者への関わり方についても毎回考えていきます。次回は、よく遭遇する生後3ヵ月未満児の発熱について、一緒に学んでいきましょう。 参考資料 1) Tomas-Jimenez M, et al. Int J Environ Res Public Health. 2021;18:7403. 2) Constantin KL, et al. J Pediatr Psychol. 2023;48:108-119. 3) ユニセフ:子どもの権利に関する条約 4) 国際成育医療センター:お子さんが注射を受けることになったとき

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人工甘味料スクラロースの摂取は空腹感を高める

 スプレンダのようなカロリーなしの人工甘味料の使用により食事のカロリーが増えることはないが、体重増加につながる可能性はあるようだ。新たな研究で、砂糖の代替品は食欲と空腹感を刺激し、食べ過ぎにつながる可能性のあることが明らかになった。米南カリフォルニア大学(USC)糖尿病・肥満研究センター所長のKathleen Page氏らによるこの研究結果は、「Nature Metabolism」に3月26日掲載された。 Page氏は、「スプレンダの主成分であるスクラロースは、摂取してもその甘さから予想されるカロリーを伴わないため脳を混乱させるようだ。体が、摂取した甘さに見合うカロリーを期待しているのにそれを得られない場合、時間の経過とともに、脳がそれらの物質を求める仕組みに変化が生じる可能性がある」とUSCのニュースリリースの中で述べている。 研究グループによると、米国人の約40%が砂糖の摂取量を減らす手段として、定期的に砂糖の代替品を摂取しているという。「しかし、このような砂糖の代替品は、本当に体重の調整に役立つのだろうか。それらの摂取は、体と脳にどのような影響を与えるのだろうか。また、その影響は人によって異なるのだろうか」とPage氏は疑問を呈する。 今回の研究では、18〜35歳の試験参加者75人(女性43人)を対象にクロスオーバー試験を実施し、スクラロースの摂取が、食欲のコントロールに関与する脳視床下部の活動、ホルモンレベル、空腹感に及ぼす影響を調査した。試験参加者は、ショ糖(砂糖の主成分)で甘くした飲み物、スクラロースでショ糖と同程度に甘くした飲み物、および水をランダムな順序で2日から2カ月の間隔を空けて摂取した。飲み物の摂取前と摂取後には、採血、MRIスキャン、空腹感の評価が行われた。 その結果、ショ糖摂取後に比べてスクラロース摂取後には、視床下部の血流が有意に増加し、空腹感も有意に高まることが示された。また、水の摂取後との比較でも、視床下部の血流は有意に増加したが、空腹感のスコアに有意な差は認められなかった。一方、ショ糖の摂取後にはインスリンやグルカゴン様ペプチド1(GLP-1)など、血糖値を調節するホルモンレベルの上昇が認められたが、この上昇は視床下部の血流低下と関連していた。さらに、スクラロースの摂取後には、視床下部と動機付けや身体感覚処理に関わる脳領域との機能的な結び付きが強まることも確認された。Page氏は、「この結果は、スクラロースが渇望や摂食行動に影響を与える可能性があることを示唆している」と述べている。 Page氏は、「体はインスリンなどのホルモンを使ってカロリーを摂取したことを脳に伝え、空腹感を軽減させる。しかし、スクラロースにそのような効果は認められなかった。肥満の試験参加者では、このようなスクラロース摂取後とショ糖摂取後のホルモン反応の違いはより顕著だった」と述べている。 研究グループは、「今後の研究では、脳とホルモンの活動のこうした変化が人の体重に長期的な影響を及ぼすかどうかを調べるべきだ」と述べている。

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入院時の呼吸管理、裁判で争点になりやすいのは?【医療訴訟の争点】第11回

症例入院中の患者は時に容体が急変することがある。今回は、入院中の呼吸管理を適切に行うべき注意義務違反の有無が争われた神戸地裁令和5年8月4日判決を紹介する。<登場人物>患者44歳・男性(肥満体型)10代に統合失調症を発症し、以後、悪性症候群での入退院を繰り返していた。原告患者の母被告総合病院(大学病院)事案の概要は以下の通りである。平成29年(2017年)2月15日定期受診で被告病院を受診。視線が定まらず、会話は疎通不良、動作が緩慢で四肢の固縮があり、自力歩行が不可能。体温は37.7℃で、採血の結果、クレアチンキナーゼ(CK)値は1,880IU/L。悪性症候群として、被告病院に入院。抗精神病薬を継続し、輸液で治療が開始された。2月16日体温は36℃台に下がり、採血の結果、CK値は1,557IU/Lまで低下した。自力歩行、意思疎通が可能となった。2月17日精神症状は改善し、CK値は1,102IU/Lまで下がり、輸液終了。3月6日院内での単独行動が可能とされ、院外もスタッフまたは家族付き添いのもとで外出可能とされた。5月16日入院から3ヵ月経過。体のこわばり、動きにくさの訴えあり。呂律が回らず、話が聞き取りにくい状態であったが、表情は穏やかで、会話は可能。5月21日硬い表情でスタッフステーションに来所して発言するものの、呂律が回らず発言が支離滅裂で理解不能となり、精神症状が不安定な状態。5月22日発言はまったく要領を得ず、突然敬礼をする、女性の浴室に入ろうとする、ほかの患者の病室に入って扉やベッドを蹴る、布団をかぶったまま病棟内を歩くなどの不穏行動。隔離処置のため、保護室に入室。5月29日朝から表情は固く、身体の緊張は強く、呼吸は促迫気味であり、多量の発汗がみられた。血液検査の結果、CK値は1万9,565IU/Lであった。亜昏迷の持続、四肢の固縮、発汗を認めたため、医師は患者の隔離を終了して個室病室に移動させたうえ、行動の予測が困難で、点滴の自己抜去のリスクが高いことを考慮し、体幹部および両上肢を拘束、生体モニター装着の上、輸液による治療を開始した。5月30日体温は37.8℃、採血の結果、CK値は1万1,763IU/Lであった。午後8時15分頃、頬の筋緊張や舌根沈下がみられた。5月31日朝看護師の声かけに対し、眼球が上転しかかったまま反応せず、ベッドをギャッチアップして飲水を促すと、「あ、あぁ…」と声を出した。吸い飲みを使用しても、嚥下できずに吐き出してしまう状態であった。誤嚥の可能性が高いことから、朝食は不食となった。午前10時体温が38.4℃まで上昇。経鼻胃管チューブが留置され、弾性ストッキングを装着。午後2時5分清拭を行うため、看護師が訪室。看護師は清拭を開始する前に、患者の全身状態を目視で観察し、清拭を行う旨を告げた。看護師が患者の身体に触れると、患者は両下肢を挙上したため、看護師は、身体の力を抜くように声をかけ、両下肢を押して降ろさせた。その後の清拭中は、患者の身体の緊張は取れていた。下半身の清拭の途中、原告(患者の母)が、患者の顔色が悪いのではないか、息をしていないのではないか、などと看護師らに声をかけた。看護師は、原告(患者の母)の発言に対して応答はせずに、前日の申し送りに舌根沈下があったという記載があったことを想起し、呼吸を楽にする下顎挙上の姿勢をとらせるべく、枕を背中側に挿し入れるとともに、ベッドを操作して腰部および膝部に当たるところをそれぞれギャッチアップした。胸郭の挙上を確認したため、清拭の作業を再開した。その後、看護師が患者の着衣を整えるなどの作業をした後、患者の顔を見ると、顔色が土気色に変わっていたため、ベッド脇のテレメーターのボタンを押して作動させたところ、心拍数40台/分(午後2時15分~17分)であった。抑制帯を外し、橈骨動脈を確認したところ、脈拍が確認されたが、呼吸は確認できなかった。午後4時20分患者に救命処置を行うも改善せず、死亡。実際の裁判結果裁判では投薬する薬剤の選択の判断の合理性なども争われたが、本稿では入院中の呼吸管理に関する部分を取り上げることとする。患者の入院中の呼吸管理につき、裁判所は以下のとおり判示し、注意義務違反があると判断した。裁判所は、被告病院スタッフの義務につき、以下のことを指摘し、「被告病院スタッフには、舌根沈下が確認された5月30日午後8時15分以降、そうでなくとも遅くとも5月31日に入った時点で、訪室時に呼吸数やSpO2値を観察する、あるいは、生体モニターの数値を頻繁に確認するなどして、呼吸状態を含む本件患者の全身状態をより厳格に監視し、異常が確認された場合には、直ちに処置を行うべき義務があった」とした。5月29日時点で、被告病院の医師は、患者の亜昏迷、発汗を認めており、血液検査の結果、CK値が高値の1万9,565IU/Lであったことを確認し、統合失調症のカタトニア(緊張病)で「悪性症候群のリスクが高い状態であった」と診断していたこと患者に輸液が開始され、両上肢及び体幹部を拘束した上、生体モニターが装着されるなどの厳重な処置が開始されていた状態であったため、全身状態が悪化して、重篤な症状に至る危険性が高まっていたといえること患者は、輸液が開始された後も全身状態が快方へ向かっておらず、5月31日には経口摂取不能となり、経鼻胃管チューブが挿入されたこと5月30日の夜には、気道狭窄の原因となり得る舌根沈下が確認されていたこと本件患者が肥満体型であるため、舌根沈下が生じた場合、呼吸不全に陥る可能性があることその上で裁判所は、被告病院の看護師が当日の看護に当たって、呼吸状態については息苦しそうではないかに注意を払う程度のものに止まっていたことを指摘し、「客観的には、患者の全身状態を厳格に観察、管理するという意識を欠くものであった」とした上で、「看護師らは、清拭開始時及び清拭の途中で原告から患者の呼吸状態について指摘された際に、本件患者の呼吸数、SpO2を測定して呼吸状態を確認すべきであったにもかかわらず、ギャッチアップ後に胸郭挙上を確認したのみで異常がないものと速断し、本件患者の全身状態の異常に気付くことなく作業を継続したものであり、被告主張の、医療制度上の制約、被告における診療体制等の事情を考慮しても、この点で、被告病院スタッフには、過失があった」として注意義務違反を認めた。なお、被告病院は、患者の体型からして、睡眠時無呼吸症候群に類するものとして、一時的に呼吸が停止することも考えられ、下顎挙上の姿勢をとった後に胸郭挙上を確認しているとして、一般的な医療水準に照らして十分な対応をしている旨を主張した。しかし、裁判所は「患者の全身状態が相当悪化していた点を前提とする限り、不規則な呼吸が主に体型によるもので、身体状況の異常を示す徴表には当たらないと安易に扱うべきではないといえるのであり、本件患者の体型を考慮しても、被告病院スタッフのこの点に関する注意義務を免れさせ得るものではない」として被告病院の主張を排斥した。注意ポイント解説本件は、患者の呼吸管理の過失(注意義務違反)の有無が争われた事案である。裁判所は、上記のとおり、訪室時に呼吸数やSpO2を観察する、あるいは、生体モニターの数値を頻繁に確認するなどして、呼吸状態を含む本件患者の全身状態をより厳格に監視する義務を認めた。これは、生体モニターが装着されるなどしているような全身状態が悪化する恐れがある状況において、さらに舌根沈下という呼吸停止を来たしうる状態が確認されていること、要するに一般的に見て危険な状態であるからこその処置がされている状況下において、さらに生死に直結し得る状態が確認されたということで、呼吸状態を含む全身状態を監視する義務を認めたものと考えられる。本判決の事案は、統合失調症のカタトニアで悪性症候群のリスクが高い状態であったという特殊性があるものの、ICUに入っている場合や生体モニター装着で管理がなされている場合のような一般に症状悪化の危険性が高い状況下において、呼吸停止・心不全・その他臓器不全などの死に直結し得るような個別の危険症状が別途確認された場合には、同様に当てはまるものと考えられる。また、上記のとおり、本判決は、「本件患者の全身状態が相当悪化していた点を前提とする限り、不規則な呼吸が、主に体型によるもので、身体状況の異常を示す徴表には当たらないと安易に扱うべきではない」としている。このことからすると、患者の体型などの個性ないし素因が原因で危険が生じうるとしても、危険性がある以上は、状態確認を行う義務が軽減されないことが示されている点も留意する必要がある。医療者の視点昨今の医療訴訟を鑑みると、日々の診療において常に訴訟リスクを意識せざるを得ない状況にあります。とくに入院患者の管理では、生体モニターを装着するような重症例において、呼吸状態や全身状態の厳密な観察と適切な対応が求められます。本症例のように、患者の体型や基礎疾患に起因する特性があったとしても、それを根拠に観察義務が軽減されるわけではありません。私たち医療者は、悪化の徴候を早期に捉え、適時適切に対応できるよう、常に注意深く患者を観察する責任があります。そのためには、バイタルサインの確認や生体モニターの数値を頻回にチェックし、異常を見逃さない姿勢が不可欠です。Take home message生体モニター装着で管理がなされるような、状態悪化の危険性が高い状況下において、呼吸停止・心不全・その他臓器不全などの死に直結し得るような個別の危険症状が別途確認された場合には、状態の変化に適時適切に対応できるよう、患者の状態変化について注意深く観察する必要がある。キーワード呼吸管理、状態観察義務、悪性症候群、カタトニア

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熱中症の重症度が尿でわかる?

 昨年、5~9月に熱中症で搬送される人の数は過去最多を記録した。熱中症の重症度は、搬送先施設で血液検査により評価される。しかし、尿中の肝臓型脂肪酸結合蛋白(L-FABP)も熱中症の重症度と相関するという研究結果が報告された。L-FABPは熱中症の生理学的重症度や予後を予測するツールになり得るという。日本医科大学救急医学教室の横堀將司氏、関西医科大学総合医療センター救急医学科の島崎淳也氏らの研究によるもので、詳細は「Scientific Reports」に2月12日掲載された。 熱中症は、高温多湿環境下で体内の水分・塩分量のバランスが崩れ、体温調節機能や循環機能が破綻して発症する。熱中症に対する適切な介入と転帰の改善には重症度の迅速な評価が不可欠だが、救急外来(ER)であっても、血液検査では結果の確認に長い時間がかかる。このような背景から、熱中症の重症度の判断には、よりアクセスしやすい簡易迅速検査の開発が待たれていた。 L-FABPは、脱水による腎虚血性機能障害を反映する有望なバイオマーカーだ。近年、医療用検査キットにより、短時間でのL-FABP測定が可能になった。重度の熱中症では内臓の血流低下による虚血が伴うことから、研究グループは、その重症度を予測する指標としてこのL-FABPが適用できると考え、L-FABPの検査キットを用いた多施設の前向きコホート研究を行った。 研究には全国の三次救急医療センター10施設が参加し、2019~2021年の夏季に日本救急医学会の熱中症基準に従って「重症」と診断された、18歳以上の患者78名が組み入れられた。敗血症または感染症の疑われる患者は除外した。ERに搬送された78名の熱中症患者は、意識を取り戻す前に採血・採尿が行われた。血清サンプルは臨床検査値の測定に用いられ、多臓器不全評価(SOFA)スコア(0~24でスコアが高いほど重症度が高い)が決定された。尿サンプルは、検査キットを使用し半定性的なL-FABPの測定に用いられた。患者の転帰については、mRSスコア(0~6でスコアが高いほど予後が悪い)が用いられ、退院時、発症1カ月、発症3カ月で計測が実施された。 組み入れ時の患者の年齢は中央値で76歳、SOFAスコアは5.0(四分位範囲 IQR3.0~9.0)だった。患者はL-FABPの濃度に応じて、陰性群(N群;L-FABP<12.5ng/mL)、陽性群(P群;L-FABP≧12.5ng/mL)の2群に分けられた。 初期SOFAスコアはN群で4.0(2.0~7.0)、P群で6.0(4.0~9.3)であり、尿中L-FABP濃度が高かった群では初期SOFAスコアも高くなっていた(U検定、P=0.013)。退院時の転帰については、良好な転帰を示すmRS(0~2)の割合が、N群で62.1%、P群で38.8%であり、N群で有意に良好な転帰を示した(P=0.046)。発症後3カ月後には両群には有意な差は認められなかった(P=0.227)。なお、ROC解析により長期的な転帰を予測するためのカットオフ値は28.6ng/mL(AUC=0.732)と決定された。また、尿中L-FABP濃度と、脈拍数(r=0.300)および乳酸値(r=0.259)の間には弱い正の相関が認められた(各P<0.01)。 研究グループは、本研究について、「L-FABPの検査キットは、熱中症の重症度を予測するとともに、患者の転帰を反映するツールであることが示唆された。この検査キットは保険収載されており、侵襲性が低いことから、その有用性は高いのではないか」と述べた。また、想定される運用方法については、「搬送前に検査結果を特定することで、患者を三次救急医療センターに搬送するか否かの決定をタイムリーに行うことができるようになるだろう」と言及した。 本研究の限界点については、重症の症例に限定したこと、サンプルサイズ、高齢者が多かったことから一般化できない点などを挙げている。

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症状のない亜鉛欠乏症に注意、亜鉛欠乏症の診療指針改訂

 「亜鉛欠乏症の診療指針2024」が2025年1月に発行された。今回の改訂は7年ぶりで、きわめて重要な8つの改訂点が診療指針の冒頭に明記され、要旨を読めば最低限の理解がカバーできる構成になっている。だが、本指針内容を日常診療へ落とし込む際に注意したいポイントがある。そこで今回、本指針の作成委員長を務めた脇野 修氏(徳島大学大学院医歯薬学研究部 腎臓内科分野 教授)に、亜鉛欠乏症の現状や診断・治療を行う際の注意点などについて話を聞いた。<2018年度版からの改訂点>・診断基準と検査について、アルカリフォスファターゼ低値を削除・採血タイミングについて言及・薬物治療について、亜鉛製剤の記述が追加・小児科、内科疾患に関する臨床的意義について、近年のエビデンスに基づき大幅改訂・摂取推奨量は、日本人の食事摂取基準2025年版を引用・国内での発生頻度について追記・リスクファクターとなる疾患について、メタアナリシスで証明されたもののみ記載・亜鉛過剰症について、耐用上限量を記載し、血清膵酵素の上昇に関する記載を削除症状がない潜在性亜鉛欠乏への診断・治療 国内の亜鉛欠乏潜在患者は全人口の10~30%と予想され、亜鉛不足が心筋梗塞の発症、COVID-19の発症/死亡、子癇症、骨粗鬆症、味覚異常のリスクファクターであることが疫学研究から明らかになっている。そのため、近年では症状を有する患者への治療のみならず、症状が顕在化していない患者の診断も喫緊の課題となっている。 亜鉛の血清/血漿基準値は80~130μg/dLで、亜鉛欠乏症と診断するには、亜鉛欠乏(60μg/dL未満)、潜在性亜鉛欠乏(60~80μg/dL未満)の評価と共に、臨床症状・所見の有無、原因となる他疾患が否定されることが必要である。同氏は「亜鉛欠乏症状(皮膚炎、口内炎、脱毛症、褥瘡、食欲低下、発育障害、性腺機能不全、易感染性、味覚異常、貧血、不妊症)がない場合には亜鉛投与の適応にはならない点は注意が必要。一方、症状がある場合には積極的に投与してほしい」と強調した。しかし、実際には症状がみられない亜鉛欠乏症への亜鉛投与の価値が証明されつつあるため、「慢性肝疾患、糖尿病、炎症性腸疾患、腎不全のようにしばしば血清亜鉛低値を認める患者(潜在性亜鉛欠乏も含む)では、亜鉛投与により基礎疾患の所見・症状が改善することがあるため、“亜鉛欠乏症状が認められていなくても、亜鉛補充を考慮してもよい”と治療指針の項に示した」とし、「食欲が低下している、貧血、感染の疑いが見られた場合、原疾患の治療に難渋している場合にも低亜鉛の可能性があることから、亜鉛測定を検討してほしい」と説明した。 現在、亜鉛製剤には2024年3月に発売されたヒスチジン亜鉛(商品名:ジンタス錠)、酢酸亜鉛、ポラプレジンク(商品名:プロマックD錠ほか)があるが、低亜鉛血症で保険適用になっているものは、ヒスチジン亜鉛と酢酸亜鉛のみである。「ヒスチジン亜鉛は良好なコンプライアンスが期待でき、酢酸亜鉛よりも消化器症状が少ない特徴を持っている」と説明した。採血は1~2ヵ月を目処に、銅も考慮を 今回の改訂では、採血タイミングも盛り込まれた。これについて「現状、実臨床で血中濃度の評価が正しくされていないため、1~2ヵ月ごとに亜鉛を、数ヵ月に1回は銅を測定して薬剤継続可否の判断を行ってほしい。また、貧血症状を有している患者ではすでに鉄や銅を測定しているが、それでも改善しない場合には亜鉛測定に踏み込んでもらいたい」と述べた。亜鉛投与による有害事象の観点からも、「銅欠乏や鉄欠乏性貧血をきたすことがあるので、ルーチンで測定する必要はないが、数ヵ月に1回は血清亜鉛とともに、血算、血清鉄、総鉄結合能(TIBC)、フェリチン、血清銅を測定してほしい。亜鉛投与が適応となる患者であっても、投与数ヵ月のなかで症状の変化がみられない場合には、臨床症状が亜鉛欠乏によるものではないと判断し、亜鉛投与を中止する」といった判断が必要なことも強調した。極端な健康志向の食事療法は亜鉛不足のリスク 健康を意識した食事として、心血管疾患や糖尿病、認知症などに予防効果があるとされる地中海食やDASH食を想像するだろう。ところが、これらの食事療法で推奨される玄米や全粒粉、大豆などの植物由来製品には、亜鉛とキレートを形成するフィチン酸が多く含まれるため、亜鉛の吸収を阻害してしまうという。一方、亜鉛含有量が高い食材として牛赤身肉が推奨されるが、赤身肉の摂取はがん発症リスク、腎臓病などに悪影響を及ぼすことも報告されている。これらを踏まえて、同氏は「バランスのよい食事を心がけることが重要。実際にベジタリアンやヴィーガンでの亜鉛欠乏症が報告されている。そして、亜鉛は生体のなかでも筋肉に60%ほど分布していることを考慮すると、海産物(牡蠣、ホタテ、魚、海藻類)の摂取を意識するのが望ましい。その点で和食や地中海食はよいかもしれない」とコメントした。 最後に同氏は、「亜鉛は300種以上もの酵素や機能タンパクの活性中心に存在し、その意義が詳細に明らかにされている必須微量元素である。1961年に亜鉛欠乏症が報告されて以来、研究にも長い歴史を有しているが、その一方で“未完の大器”のような可能性を秘めている。7年ぶりの改訂では疫学研究や観察研究ではなく、さまざまな介入研究の結果を反映させることができたが、今後の課題として、糖尿病や腎不全、肝障害の発症抑制、慢性疾患に対する抗炎症作用としての亜鉛の効果(抗酸化酵素、増殖等)などに関する研究結果を発信していきたい」と締めくくった。 亜鉛などの微量元素は人間に内在する病的な因子として、決して忘れてはいけない存在である。なお、微量元素の恒常性の観点から、加齢や炎症疾患において近年注目されているセレンについても、「セレン欠乏症の診療指針2024」が同時に発刊されているので、合わせて一読されたい。

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フェリチン値から必要のない鉄剤を見極めて中止を提案【うまくいく!処方提案プラクティス】第66回

 鉄欠乏性貧血の治療において、「いつまで鉄剤を続けるべきか」「どのような投与方法が最適か」というのは薬剤師による処方提案の重要なポイントです。今回の症例では、高齢患者さんの鉄剤服用の必要性を血液検査データから見極め、さらに適切な投与スケジュールについて最新の英国ガイドラインを参考に提案しました。とくに注目すべきは、鉄剤投与後のヘプシジン上昇が次の鉄吸収を阻害するメカニズムに基づいた「1日1回投与」や「隔日投与」の有効性です。新しい知見では、従来の「分2投与」から「隔日投与」へ変更することで、患者さんの服薬負担を減らしながらも同等かそれ以上の治療効果が期待できることが示されています。貧血が改善し、フェリチン値が十分な状態であれば、鉄剤の中止も視野に入れることができます。患者情報95歳、女性(外来患者)ADL自立、要介護1、デイサービスなど利用なし身長:145cm、体重:40kg基礎疾患高血圧、鉄欠乏性貧血、低カリウム血症服薬管理通院時は娘と来局、自己管理可能処方内容1.アムロジピンOD錠2.5mg 1錠 分1 朝食後2.エチゾラム0.5mg 1錠 分1 就寝前3.クエン酸第一鉄錠50mg 2錠 分2 朝夕食後4.アスパラカリウム錠 1錠 分1 朝食後処方提案までの経過この患者さんは、鉄欠乏性貧血に対してクエン酸第一鉄を服用中でしたが、「薬の粒が大きく服薬が困難」との相談があり、評価を実施しました。お薬手帳から少なくとも半年以上の鉄剤服用が確認できましたが、客観的な血液検査値による貧血状態は不明でした。検査データを確認したところ、以下の結果が得られました。<介入当初の採血結果>ヘモグロビン:12.8mg/dL(正常範囲内)平均赤血球容積:97.5(正常範囲内)フェリチン:203.5ng/mL(十分量の鉄貯蔵を示す)血清鉄:71μg/mL(正常範囲内)総鉄結合能:277(正常範囲内)これらの検査結果から、患者さんの鉄欠乏性貧血は改善し、貯蔵鉄も十分蓄積されていることが明らかになりました。なお、消化器症状(嘔気や便秘悪化)などの鉄剤による副作用はありませんでした。鉄剤の服用方法について調査したところ、英国消化器学会のガイドラインでは、分2投与より分1投与が推奨され、隔日投与も許容されていることも確認しました1)。鉄投与後にヘプシジンが上昇し、約24時間鉄吸収が低下するため、1日1回投与や隔日投与のほうが吸収効率が高いという新たな知見に基づく推奨です。処方提案とその後の経過服薬情報提供書を用いて、医師に以下の内容を提案しました。1.検査結果に基づく客観的評価フェリチン値が203.5ng/mLと鉄貯蔵が十分であるヘモグロビン値も12.8mg/dLと正常範囲内である2.服薬アドヒアランスの問題粒子径が大きく服用困難である患者の服薬負担軽減の必要性がある3.提案内容鉄欠乏性貧血の改善が認められるため、鉄剤の服用を中止または隔日投与に変更することで、服薬回数を減らして負担を軽減医師の診察で、提案内容と検査結果を踏まえ、フェリチン値も充足していることから鉄剤の服用継続の必要性がないと判断され、処方中止となりました。その後、患者さんからは動悸や息切れ、倦怠感などの貧血症状は報告されず、経過は良好です。服薬回数減少とともに服薬負担が軽減され、QOL向上に繋がりました。1)Snook J, et al. Gut. 2021;70:2030-2051.

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小児の採血・ルート確保【すぐに使える小児診療のヒント】第1回

小児の採血・ルート確保はじめまして。東京都立小児総合医療センターの吉井 れのと申します。皆さんは、子供の診察はお好きですか? 「子供は何を考えているかわからない」「どう接してよいのか、関係の作り方がわからない」「保護者と話すのが苦手でコワイ」「なんとなくちょっと…」など、苦手意識のある先生もいらっしゃると思いますが、診察しなくてはならない機会が突然訪れるかもしれません。このコラムでは、小児診療のポイントに加えて、保護者や子供との関わり方のコツもお伝えします。ぜひ、診療の場面での子供との出会いを楽しんでいただけると幸いです。今回は、他科や初期研修の先生からよくご相談いただく「小児の採血・ルート確保」について解説します。症例3歳、男児2日前からの発熱と嘔吐を主訴に受診。母親が「しんどそうで全然ご飯が食べられないんです! 先生、点滴してください!」と強く訴える。点滴の適応かどうかを確認そもそもこの子に点滴は必要でしょうか? まずは必要性の評価をしましょう。たとえば、体重減少や飲水の程度を参考にします。体重減少なし、飲水可、活気も保たれている → 点滴不要10%の体重減少があり、飲水不可、ぐったりしている → 点滴必要点滴は侵襲を伴う手技であることを忘れず、保護者の希望があるからといって安易に実施すべきではありません。必ず目の前にいる小児の状況や所見から判断しましょう。採血・ルートの確保小児の採血やルート確保は奥深いものです。患児の年齢や体格、性格、基礎疾患などによって「やりやすさ」は変わります。ここでは、一般的な小児に対する採血・ルート確保の手順についてコツを交えて解説します。成人への手技とは異なる部分がありますが、よくイメージして準備することが成功のカギです。「ポタポタ」採血乳幼児は肘窩の皮下脂肪が厚くて静脈を触知することが難しく、血管が細いことからも、手背の静脈を穿刺することが多いです。手背の静脈トランスイルミネーター(イーエスユー有限責任事業組合ホームページより)利き手ではない手で患児の手背を収めるように把持しつつ、皮膚を牽引して適度な圧をかけて23G注射針で穿刺をします。そして、針から滴る血液を、蓋を開けた採血管に直接採取します。これが、いわゆる「ポタポタ採血」です。点滴が留置できないような末梢の血管でも、血管に針先が当たりさえすれば容易に採血できるため、重宝する手段です。トランスイルミネーター(写真)は、小児の手に握らせると赤色の強い光で静脈を透過させ、細い血管も見えやすくなります。手がぷにぷにとして血管が同定しづらい1~3歳の小児ではとくに有用です。ルート確保採血と異なる点もありますが、ルート確保も基本は同じです。まずは、利き手ではない手で患児の手背を把持します。親指と人差し指で作った「C字」の空間に、患児の手背をはめ込むようなイメージです。親指を手前(できれば患児のMP関節より遠位)にしっかりと固定します。これは、(1)刺入部となる皮膚を張るため、(2)カニュレーションの際に自身の親指が邪魔にならないためです。血管が虚脱しないよう適度なテンションに調整しましょう。トランスイルミネーターを握っている患児の手を把持穿刺の前に消毒をして、留置針と穿刺部位の確認をします。ベベルの向きは正しいか外筒と内筒の差は何mmか(ジェルコ:2mm)選択した血管は留置する長さの分まっすぐに伸びているか穿刺の瞬間はためらわないことが大切です。小児の血管は、ぷちっと貫いたのがわかるくらい弾力があるため、血管にあたるまでゆっくり進めるよりは、スパッと貫くほうがよいでしょう。また、小児は今か今かと「チックンの瞬間」をうかがっています。どんなに押さえていたとしても、痛みを感じた瞬間に手を引いてしまいます。穿刺をためらうと、狙っていた場所と異なる場所を刺してしまったり、針先が当たっただけで抜けてしまい、もう一度刺さなければならなくなったりします。針先が血管に当たって逆血を確認したら、一度心を落ち着けましょう。私は深呼吸しています。針全体を水平近くまでしっかりと寝かせ、ほんの数mm(外筒と内筒の差分)だけ進めます。逆血が来ていることを確認し、人差し指を外筒のツマミに添えて、スッと外筒だけを進めて留置してください。先端が弁に引っかかり外筒が進みにくいことがありますが、内筒を抜いた状態で、外筒を優しく回すと進む場合が多いです。留置針留置後は、固定が終わるまで絶対に手を離さないでください。やっとの思いで取ったルートが、ホッと一息ついた瞬間に抜けてしまうことほど悲しいことはありません。重要なのは「準備」小児の採血・ルート確保は、血管が細く、穿刺できる部位が限られる小児が手技に協力してくれることが少ない一度応じてくれたとしても、失敗して再トライとなると嫌がってしまう(当然!)といった理由から、チャンスが限られます。この1回のチャンスをモノにするために最も大切なことは、センスでもコツでもなく、「準備」です。人員(少なくとも2人)アルコール綿直針(23G)採血スピッツ(ふたを外して準備)、毛細管防水シーツ手袋駆血帯トランスイルミネーター針捨てボックスガーゼ、止血用保護テープ<ルート確保の場合>留置針(24G ジェルコなど)点滴固定テープ(テガダームなど)シリンジ固定用シーネ など小児の採血・ルート確保グッズ利き手ではない手は、患児の手(または足)を把持するのに集中し、一度固定したら離さない気持ちで臨みます。基本的には採血の手技が片手操作となるため、すぐに手が届き操作しやすい場所に物品を準備しておくことが重要となります。いざ血管に針が当たり、逆血が勢いよくポタポタと出ているけれど、スピッツの蓋が外せなくてアタフタ…介助者も小児を抑えるのに必死で手が離せず、「誰か助けて!看護師さ~ん!」なんてことがないように。小児の採血やルート確保が上手な人は、往々にして「準備万端な人」といえるでしょう。今回は、小児の採血・ルート確保について紹介しました。特別な技術を必要とする部分は意外と少ないことがおわかりいただけたのではないでしょうか。小児診療では、患児や保護者にいかに処置に前向きになってもらうかを諦めない姿勢も重要です。次回は「処置の際の小児・保護者との関わり方」についてお話します。

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食道がんリスクが平均赤血球容積でわかる?

 健康診断などでよく見る平均赤血球容積(MCV)は貧血の種類を判別する指標だが、食道がんの予測因子としても使えるようになるかもしれない。静岡県立総合病院消化器外科の佐藤真輔氏、静岡社会健康医学大学院大学の菅原照氏らの研究によるもので、食道がんの発症リスクが高血圧の既往や生活習慣などとともにMCVでも予測できる可能性があるという。研究の詳細は「PLOS One」に2月11日掲載された。 食道がんは予後不良のがんであり、2020年には世界で54万人が食道がんで死亡している。症例の多くは扁平上皮がんであり、日本や中国を含む東アジアでの発症率が特に高くなっている。食道の扁平上皮がんのリスク因子は飲酒と喫煙であることが報告されている。 MCVの数値も、多量の飲酒や喫煙により増加することが報告されていることから、食道がん発症の潜在的なバイオマーカーであることは示唆されていた。しかし、これまでの報告は、症例対照研究または単施設研究であったため、研究グループは大規模な日本国内のデータベースを使用し、より信頼性の高い後ろ向きコホート研究を行うこととした。 本研究では、静岡県市町国保データベース(SKDB)を利用した。解析データセットには、2012年4月~2020年9月までのSKDBより、適格性を満たす58万2,342人が含まれた。食道がんの発生は1,562人(0.27%)であり、ICD-10コードのC15によって特定された。共変量については、年齢、性別、BMI、現在の喫煙状況、飲酒状況、併存疾患、血液検査値とした。 対象患者全体の主な特徴は平均年齢が67.9±11.3歳、男性が42%だった。一方、食道がんを発生した患者の平均年齢は71.4±8.13歳であり、男性が80%を占めた。 単変量および多変量のCox比例ハザード回帰分析を実施した結果、高血圧、喫煙、収縮期血圧、飲酒、アルコール使用障害、BMI、LDLコレステロール、MCVが食道がん発症のリスク因子となった。 MCVの値を四分位範囲別に分類し、食道がんの累積発生率をみたところ、MCVの値が高くなるにつれて、食道がんの累積発生率も高くなっていた。また、条件付き推論ツリー解析によって求められた食道がん発症予測のカットオフ値は104.086fLであった。 本研究について、研究グループは、「喫煙と飲酒状況が詳細に分かるのであれば、これらは食道がんの予測因子として非常に有用だろう。しかし、喫煙や飲酒に関する自己申告は必ずしも正確ではない。そのような状況ではMCVの値が有用な予測因子となる可能性がある。また、喫煙や飲酒がリスク因子であることが知られている食道以外のがんに関しても、MCVはがん発症の指標となるかもしれない」と総括した。 予想されるMCVの運用については、「MCVが104fLを超える場合に、内視鏡検査を実施するのが適切と考える。採血のみで簡便に判定できるMCVは、患者負担の観点からも有用な指標となりうる」と述べた。 なお、本研究の限界点については、特定の地域のデータに基づいているため結果は一般化できないこと、データに含まれる飲酒量や喫煙量は自己申告に基づくため、想起バイアス・社会的望ましさバイアスの影響は排除できないこと、などを挙げている。

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第256回 コロナ流行、今夏に到来か?

もう世間では新型コロナウイルス感染症(以下、新型コロナ)のことはどこ吹く風だろう。厚生労働省の人口動態統計を見ると、概数が発表されている昨年10月までの新型コロナによる国内の累計死者数は3万1,376例である。参考までに過去の数字を挙げると、感染症法上の5類移行が行われた2023年は3万8,086例、その前年の2022年は4万7,638例である。2023年の11月と12月の新型コロナによる死亡者の月報概数合計が約3,500例なので、同年と2024年が同水準と仮定すれば、2024年の新型コロナの死者数は前年よりもやや少なくなる可能性がある。ちなみにその定義にはやや注意が必要なものの、2023年の同統計上のインフルエンザの死亡者数は1,383例である。もちろんインフルエンザ後の合併症による死亡も考慮するならば、この数字もかなり大きなものになるだろう。とはいえ、それは新型コロナも同様である。しかも、感染者報告がほぼ冬に限られるインフルエンザと違い、新型コロナは通年で患者が発生する。実際、2023年の同統計では、新型コロナの死亡者数は1~3月と7~9月に増加する二峰性を示している。結局、現在の新型コロナの死者数は統計上の数字としてフラットに捉えてよいものではなく、インフルエンザと比べても厄介なことは明らかだろう。今後、この数字が改善するのかどうかと言えば、個人的にはやや悲観的に見ている。少なくとも2025年は悪化するのではないかと予想している。この予想は昨秋から始まった初の新型コロナワクチンの定期接種状況に由来する。昨年9月に厚生労働省が厚生科学審議会(予防接種・ワクチン分科会 研究開発及び生産・流通部会)で明らかにした2024年度定期接種に伴う新型コロナワクチン供給量の見込みは約3,224万回分。しかし、一部報道によると、1月下旬時点での医療機関納入実績を基に算出される65歳以上の接種率は22%に過ぎない。ここから考えるに、2024年の新型コロナの死者数がその前年と同レベルかやや低い水準に留まる見込みなのは、それまでの特例臨時接種で高齢者が比較的マメにワクチン接種をしていることによるブースター効果が2024年中は比較的保たれていたからと見ている。こうした見方をするのは個人的な経験も影響している。以前の本連載で触れたように、私は2024年3月末の特例臨時接種期限ギリギリに5回目の新型コロナワクチン接種をしている。この前日に採血した新型コロナのスパイクタンパク抗体(中和抗体)検査(ロシュ・ダイアグノスティックス社製)の結果は6,252.0U/mLだった。1つ前の4回目接種が2022年12月なので、自分で言うのも何だが、1年3ヵ月が空いたわりにはかなり高めの値である。そして6回目を任意接種する判断材料として、昨年12月上旬にインフルエンザワクチン接種に合わせて再びスパイクタンパク抗体検査をしたが、その結果は9,999.9U/mL。要は上限オーバーである。この結果を受けて、費用対効果を加味して6回目接種を行おうと考え、今はその時期を検討中である。65歳以上の高齢者の場合、特例臨時接種の期間にかなり真面目に接種している人は5回以上接種しているはずなので、一定程度のブースター効果は維持されていると考えられる。しかし、最新の接種率が約5人に1人程度であるならば、かなりの人が夏の流行時期には感染・発症防御できるレベルの抗体価を維持できていないだろう。正直、表現は適切ではないのは百も承知だが、この夏はその答え合わせとなる。いや、もしかしたら、今後、確定値が発表される2025年1~3月の新型コロナ死者数でその一端が見えてくるかもしれない。正直、私の嫌な予想は外れてほしいと思うのだが…。

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各連携機関から見た造血幹細胞移植の現状と展望/日本造血・免疫細胞療法学会

 近年、移植医療を取り巻く環境は大きく変化している。高齢化が進む社会において、若年ドナーの確保や移植後の長期フォローアップを担う後方支援体制の構築が求められている。また、キメラ抗原受容体T(CAR-T)細胞療法などの新たな治療の登場により、患者ごとに最適な治療法の組み合わせを明らかにするため、次世代レジストリの構築が必要とされている。 2025年2月27日~3月1日に開催された第47回日本造血・免疫細胞療法学会総会の造血幹細胞移植推進事業フォーラムでは、これらの課題を中心に、移植医療の現状やその発展に向けた取り組みが共有された。移植医療の現状と造血細胞移植・細胞治療レジストリのアップグレードの必要性 田渕 健氏(日本造血細胞移植データセンター)は、2024年度の活動報告として、造血細胞移植レジストリおよび移植片対宿主病(GVHD)レジストリの登録施設数は安定して推移しており、これらのデータの学術研究への活用が進んでいると述べた。 同センターが公表している日本の造血細胞移植・細胞治療に関する全国調査報告書によると、日本の年間造血細胞移植件数は5,500件を超え、同種移植は3,500件超、自家移植は約2,000件である。ドナー別では非血縁者間移植が多く、とくに臍帯血移植の増加が顕著である。2019年にCAR-T細胞療法が承認されて以降、CAR-T細胞療法前に造血細胞移植歴のない患者が増えている。 造血細胞移植後は、再発や合併症、二次がんなどにより再移植が必要となるケースが多い。近年は前述のとおり再移植に代わり細胞治療が実施されることも増え、治療が複雑化している。そのため、同一患者の治療経過を統合的に分析する必要がある。 現在、造血細胞移植レジストリと細胞治療レジストリが運用されているが、上記のような状況を鑑みて、国内の事情により適した、一元的な患者情報をリアルタイムかつ経時的に収集するため、アップグレードが求められている。田渕氏は、「次世代データ収集システムでは、マルチステートモデルを導入し、収集するデータをフォーム構造化することにより、疾患情報などを経時的に把握できるようにする」と述べた。造血幹細胞提供支援機関から見た骨髄バンクおよび臍帯血バンクの現状と取り組み 石丸 文彦氏(日本赤十字社 血液事業本部 技術部)は、日本赤十字社の役割は厚生労働省や骨髄バンク・臍帯血バンク、国民と広く連携し、移植医療に貢献することであるとし、その活動を報告した。 同機関が運営する造血幹細胞移植支援システムでは、2023年に臍帯血移植希望者の78%、骨髄・末梢血幹細胞移植希望者の51%が移植を受けた。 骨髄バンクは、登録者数がコロナ禍で一時的に減少したが、2023年には約3.7万人と回復した。住所不明で登録保留となるドナーの増加が課題であったが、ショートメッセージサービス(SMS)送信や献血時の住所更新といった対策を講じ、一定の効果を得ている。また、大学での献血や献血ルームでの呼び掛けにより、若年層のドナー登録も増加している。 臍帯血バンクは全国6ヵ所にあり、19の都道府県に所在する115の臍帯血採取施設から臍帯血の提供を受けている。日本では、品質を保持するため、臍帯血は採取施設での採取後36時間以内に臍帯血バンクで保存しなければならない。また、採取から半年後に乳児の健康調査を実施してから公開に至る。さらに、成人移植に適したCD34+細胞数がある臍帯血は採取された臍帯血のうち約10%に限られる。このような条件下で、2024年に目標としてきた1万本の臍帯血を公開することができたのは、各参加施設の尽力によるものである、と石丸氏は感謝を述べた。さらに、臍帯血移植で重視されるCD34+細胞数について外部精度管理に参加したところ、全6バンクで良好な結果が示された。石丸氏は、「これまでの積み重ねが功を奏している。今後もこのような精度管理を続けていきたい」と語った。若年ドナーの確保およびドナーの応諾率向上に向けた骨髄バンクの取り組み 岡本 真一郎氏(日本骨髄バンク)は、現在の課題としてドナーの高齢化を指摘した。また、ドナーの条件が54歳以下であることから、今後10年で約22万人減少すると予測され、若年ドナーの確保と維持が喫緊の課題であると述べた。 日本骨髄バンクでは、若年ドナーを確保するため、献血会場やイベントでの登録活動に加え、SNSやYouTubeでの情報発信を強化している。とくに、実際のドナーや移植患者の体験談を紹介し、共感を得る取り組みを進めている。また今後、2026年度までに、ドナー登録に口腔スワブを導入することを検討している。スワブは採血よりも簡便であり、自宅で採取可能であるため、検体の送付とオンライン申請でドナー登録が可能となる。また、この方法では、登録前にワンステップ置いてドナーになることをしっかり検討できるため、よりモチベーションの高いドナーの確保につながると思われる。 骨髄バンク登録後の提供率の向上は継続的な課題である。現在、実際に提供に至るのは約6割にとどまる。提供辞退理由の97%がドナー側に由来し、「都合がつかない(会社を休めない、育児中など)」「連絡が取れない」といった要因が多い。 連絡が取れない層への対応として、SMS発信やLINE登録といった連絡手段を導入している。 また、都合がつかない層への対応として、今後は、提供前の面談や最終同意手続きのオンライン化を進め、拘束時間の短縮を図るとともに、末梢血幹細胞移植ではペグ化G-CSFの使用により入院期間を短縮するなど、ドナーの負担軽減を目指す。骨髄および末梢血幹細胞移植のコーディネート期間は2017年から2023年にかけ、それぞれ120日から106日に、109.5日から97日に短縮されているが、まだ十分ではない。岡本氏は、「ドナー休暇制度の導入を促進し、社会の理解も得ていきたい」と述べた。造血幹細胞移植医療に対する厚生労働省の取り組み 千葉 晶輝氏(厚生労働省 健康・生活衛生局難病対策課 移植医療対策推進室)は、造血幹細胞移植医療に関する最新の取り組みについて説明した。 厚生労働省は、造血幹細胞移植医療推進事業として、移植を要する患者がどの地域でも適切な時期に適切な移植を受けられる体制、長期フォローアップにより移植後患者のQOLの向上を図る体制を確保することを目的に、全国9ブロックで12の医療機関を選定し、人材育成、コーディネート支援、地域連携事業を実施してきた。 近年は臍帯血移植の割合が増加していることを踏まえ、2026年度以降は臍帯血移植支援事業を追加する予定である。また、ITの活用などによる、長期フォローアップにおける造血幹細胞移植推進拠点病院、地域拠点病院、クリニック間の連携の強化や、災害時対応の強靭化を目指す、と千葉氏は述べた。 現在、がん対策として、診療実績などの情報に基づき、地域の実情に応じた医療の集約化・均てん化が検討されている。造血幹細胞移植医療提供体制も例外ではない。千葉氏は、「各施設でも15年後、2040年の医療体制を見据え、移植医療の将来像を考えてほしい」と呼び掛けた。また、医系技官の募集についても触れ、現場の声を活かした政策形成の重要性を強調した。

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極端な暑さは高齢者の生物学的な老化を早める

 極端な暑さは高齢者の生物学的な老化を加速させる可能性があるようだ。暑い日が多い地域に住む高齢者では、涼しい地域に住む高齢者に比べて、生物学的年齢が高いことが明らかになった。米南カリフォルニア大学(USC)老年医学分野のEunyoung Choi氏とJennifer Ailshire氏によるこの研究の詳細は、「Science Advances」に2月26日掲載された。 Choi氏は、「アリゾナ州フェニックスのような、厳重警戒レベルを超える暑さの日(90℉〔32℃〕以上)が年間の半分を占める地域に住む試験参加者は、暑い日が年に10日未満の地域に住む試験参加者と比較して、生物学的年齢が最大14カ月も進んでいた」とUSCのニュースリリースの中で述べている。 生物学的年齢とは、生年月日に基づく暦年齢とは異なり、体の細胞やシステムに基づく年齢であり、体が分子、細胞、システムレベルでどの程度うまく機能しているかを知るための指標となると研究グループは説明する。生物学的年齢が暦年齢より高いことは生物学的老化が進んでいることを意味し、死亡や病気のリスクが高くなるという。 この研究では、健康と退職に関する研究に参加した56歳以上の成人3,686人を対象に、居住地の暑さと生物学的な老化との関係が調査された。Choi氏らは、米国全土に居住している参加者からさまざまな時点で採取された血液検体を用いてDNAメチル化のパターンを解析し、それぞれの採血時点での生物学的年齢を推定した。また、米国立気象局(NWS)のデータから参加者の居住地近隣の「暑い日」の発生頻度を調べた。「暑い日」は、NWSの定める暑さ指数である、「警戒」(80〜90℉〔約27〜32℃〕)、「厳重警戒」(90〜103℉〔約32〜39℃〕)、「危険」(103〜124℉〔約39〜51℃〕)のいずれかに該当する日とした。生物学的年齢は、PCPhenoAge、PCGrimAge、DunedinPACEの3種類を用いた。 その結果、暑い日の日数は、短期(採血当日から過去7日間)、中期(採血当日から過去30〜60日間)、および長期(採血当日から過去1〜6年)の全ての時間枠と暑さ指数のレベルにおいて、PCPhenoAgeに基づく生物学的老化の加速と関連していることが明らかになった。例えば、採血当日から過去7日間における警戒レベルの暑い日の1単位増加は、PCPhenoAgeの1.15年分の加速と関連していた。警戒レベルの暑い日の1単位増加とは、ある時間枠において、警戒レベルの暑い日が0%(0日)から100%(全ての日)に増加することを意味する。同様に、採血当日から過去30日間、60日間、1年間、6年間での警戒レベルの暑い日の1単位増加は、それぞれPCPhenoAgeの1.08年、0.98年、1.66年、1.87年分の加速と関連しており、暑い日にさらされる期間が長くなるほど、生物学的老化の加速が進むことが示唆された。厳重警戒レベルの暑い日についても同様の関連が認められ、6年間での厳重警戒レベルの暑い日の1単位増加はPCPheoAgeの2.88年分の加速と関連していた。一方、PCGrimAgeとDunedinPACEについては、1年以上の長期的な時間枠でのみ、生物学的老化の加速との間に関連が認められた。 Ailshire氏は、「特に高齢者にとっては、暑さと湿気の組み合わせが問題だ。高齢になると汗のかき方が変化し、汗の蒸発による皮膚の冷却機能が低下していく」と説明する。同氏は、湿度の高い場所ではそのような皮膚の冷却効果が低くなることを指摘し、「自分の地域の気温と湿度を調べて、リスクがどの程度なのかを理解する必要がある」と述べている。 Ailshire氏らは今後、暑さに関連した生物学的老化を早める可能性のある他の要因や、この生物学的老化の加速が全体的な健康にどのように影響するのかを調査する予定だと話している。

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“添付文書に従わない経過観察”の責任は?【医療訴訟の争点】第8回

症例薬剤の添付文書には、使用上の注意や重大な副作用に関する記載があり、副作用にたりうる特定の症状が疑われた場合の処置についての記載がされている。今回は、添付文書に記載の症状が「疑われた」といえるか、添付文書に記載の対応がなされなかった場合の責任等が争われた京都地裁令和3年2月17日判決を紹介する。<登場人物>患者29歳・女性妊娠中、発作性夜間ヘモグロビン尿症(発作性夜間血色素尿症:PNH)の治療のためにエクリズマブ(商品名:ソリリス)投与中。原告患者の夫と子被告総合病院(大学病院)事案の概要は以下の通りである。平成28年(2016年)1月妊娠時にPNHが増悪する可能性を指摘されていたため、被告病院での周産期管理を希望し、被告病院産科を受診。4月4日被告病院血液内科にて、PNHの治療(溶血抑制等)のため、エクリズマブの投与開始(8月22日まで、薬剤による副作用はみられず)7月31日出産のため、被告病院に入院(~8月6日)8月22日午前被告病院血液内科でエクリズマブの投与を受け、帰宅昼過ぎ悪寒、頭痛が発生16時55分本件患者は、被告病院産科に電話し、午前中にエクリズマブの投与を受け、その後、急激な悪寒があり、39.5℃の高熱があること、風邪の症状はないこと等を伝えた。電話対応した助産師は、感冒症状もなく、乳房由来の熱発が考えられるとし、本件患者に対し、乳腺炎と考えられるので、今晩しっかりと授乳をし、明日の朝になっても解熱せず乳房トラブルが出現しているようであれば、電話連絡をするよう指示した。21時18分本件患者の母は、被告病院産科に電話し、熱が40℃から少し下がったものの、悪寒があり、発汗が著明で、起き上がれないため水分摂取ができず脱水であること、手のしびれがあること、体がつらいため授乳ができないこと等を伝えた。21時55分被告病院産科の救急外来を受診し、A医師が診察。診察時、血圧は95/62 mmHgであり、SpO2は98%、脈拍は115回/分、体温は36.3℃(17時に解熱鎮痛剤服用)、項部硬直及びjolt accentuation(頭を左右に振った際の頭痛増悪)はいずれも陰性であった。22時45分乳腺炎は否定的であること、エクリズマブの副作用の可能性があること等から、被告病院血液内科に引き継がれ、B医師が診察した。診察時、本件患者の意識状態に問題はなく、意思疎通可能、移動には介助が必要であるものの短い距離であれば介助なしで歩行可能であった。血液検査(22時15分採血分)上、白血球、好中球、血小板はいずれも基準値内であった。23時30分頃経過観察のため入院となった。8月23日4時25分本件患者の全身に紫斑が出現、血圧67/46mmHg、血小板数3,000/μLとなり、敗血症性ショックと播種性血管内凝固症候群(DIC)の病態に陥った。抗菌薬(タゾバクタム・ピペラシリン[商品名:ゾシンほか])が開始された。10時43分敗血症性ショックとDICからの多臓器不全により、死亡。8月24日本件患者の細菌培養検査の結果が判明し、血液培養から髄膜炎菌が同定された。8月29日薬剤感受性検査の結果、ペニシリン系薬剤に感受性あることが判明した。実際の裁判結果本件では、(1)エクリズマブの副作用につき血液内科の医師が産科の医師に周知すべき義務違反、(2)8月22日夕方に電話対応した助産師の受診指示義務違反、(3)8月22日夜の救急外来受診時の投薬義務違反等が争われた。本稿では、このうちの(3)救急外来受診時の投薬義務違反について取り上げる。本件で問題となったエクリズマブの添付文書には、以下のように記載されている。※注:以下の内容は本件事故当時のものであり、2024年9月に第7版へ改訂されている。「重大な副作用」「髄膜炎菌感染症を誘発することがあるので、投与に際しては同感染症の初期徴候(発熱、頭痛、項部硬直、羞明、精神状態の変化、痙攣、悪心・嘔吐、紫斑、点状出血等)の観察を十分に行い、髄膜炎菌感染症が疑われた場合には、直ちに診察し、抗菌薬の投与等の適切な処置を行う(海外において、死亡に至った重篤な髄膜炎菌感染症が認められている。)。」「使用上の注意」「投与により髄膜炎菌感染症を発症することがあり、海外では死亡例も認められているため、投与に際しては、髄膜炎菌感染症の初期徴候(発熱、頭痛、項部硬直等)に注意して観察を十分に行い、髄膜炎菌感染症が疑われた場合には、直ちに診察し、抗菌剤の投与等の適切な処置を行う。髄膜炎菌感染症は、致命的な経過をたどることがある」この「疑われた場合」の解釈につき、患者側は、「疑われた場合」は「否定できない場合」とほぼ同義であり、症状からみて髄膜炎菌感染症の可能性がある場合には「疑われた場合」に当たる旨主張した。対して、被告病院側は、「疑われた場合」に当たると言えるためには、「否定できない場合」との対比において、「積極的に疑われた場合」あるいは「強く疑われた場合」であることが必要である旨を主張した。このため、添付文書に記載の「疑われた場合」がどのような場合を指すのかが問題となった。裁判所は、添付文書の上記記載の趣旨が、エクリズマブは髄膜炎菌を始めとする感染症を発症しやすくなるという副作用を有し、髄膜炎菌感染症には急速に悪化し致死的な経過をたどる重篤な例が発生しているため、死亡の結果を回避するためのものであることを指摘し、以下の判断を示した(=患者側の主張を積極的に採用するものではないが、被告病院側の主張を排斥した)。積極的に疑われた場合または強く疑われる場合に限定して理解することは、その趣旨に整合するものではない少なくとも、強くはないが相応に疑われる場合(相応の可能性がある場合。他の鑑別すべき複数の疾患とともに検討の俎上にあがり、鑑別診断の対象となり得る場合)を含めて理解する必要がある添付文書の警告の趣旨・理由を強調すると、可能性が低い場合かほとんどゼロに近い場合(単なる除外診断の対象となるにすぎない場合)を含めて理解する余地があるその上で、裁判所は、以下の点を指摘し、本件は添付文書にいう「疑われた場合」にあたるとした。『入院診療計画書』には、「細菌感染や髄膜炎が強く疑われる状況となれば、速やかに抗生剤を投与する」ために入院措置をとった旨が記載されており、担当医は、髄膜炎菌感染症を含む細菌感染の可能性について積極的に疑っていなくとも、相応の疑いないし懸念をもっていたと解されること(CRPや白血球の数値が低い点はウイルス感染の可能性と整合する部分があるものの)ウイルス感染であれば上気道や気管の炎症を伴うことが多いのに、本件でその症状がなかった点は、これを否定する方向に働く事情であり、ウイルス感染の可能性が高いと判断できる状況ではなかったといえること(CRPや白血球の数値が低いことは細菌感染の可能性を否定する方向に働き得る事情ではあるものの)細菌感染の場合、CRPは発症から6~8時間後に反応が現れるといわれており、それまではその値が低いからといって細菌感染の可能性がないとは判断できず、疑いを否定する根拠になるものではないこと。同様に、白血球の数値も重度感染症の場合には減少することもあるとされており、同じく細菌感染の疑いを否定する根拠になるものではないことそして、裁判所は「細菌感染の可能性を疑いながら速やかに抗菌薬を投与せず、また、(省略)…細菌感染の可能性について疑いを抱かなかったために速やかに抗菌薬を投与しなかったといえるから、いずれにしても速やかに抗菌薬を投与すべき注意義務に違反する過失があったというべき」として、被告病院担当医の過失を認めた。この点、被告病院は「すぐに抗菌薬を投与するか経過観察をするかは、いずれもあり得る選択であり、いずれかが正しいというものではない」として医師の裁量である旨を主張したが、裁判所は、以下のとおり判示し、添付文書に従わないことを正当化する合理的根拠とならないとした。「あえて添付文書と異なる経過観察という選択が裁量として許容されるというためには、それを基礎づける合理的根拠がなければならないところ、細菌感染症でない場合に抗菌薬を投与するリスクとして、抗菌薬投与が無駄な治療になるおそれ、アレルギー反応のリスク、肝臓及び腎臓の障害を生じるリスク、炎症の原因判断が困難になるリスクが考えられるが、これらのリスクは、髄膜炎菌感染症を発症していた場合に抗菌薬を投与しなければ致死的な経過をたどるリスクと比較すると、はるかに小さいといえるから、添付文書に従わないことを正当化する合理的根拠となるものではない」注意ポイント解説本件では、添付文書において「髄膜炎菌感染症が疑われた場合には、直ちに診察し、抗菌薬の投与等の適切な処置を行う」となっているところ、抗菌薬の投与等がなされないまま経過観察となっていた。そのため、「疑われた場合」にあたるのか、あたるとして経過観察としたことが医師の裁量として許容されるのかが問題となった。添付文書の記載の解釈について判断が示された比較的新しい裁判例である上、添付文書でもよく目にする「疑われた場合」に関する解釈を示した裁判例として注目される。「疑われた場合」の判断において本判決は、その記載の趣旨が、エクリズマブは髄膜炎菌を始めとする感染症を発症しやすくなる副作用を有し、髄膜炎菌感染症は急速に悪化し致死的な経過をたどる例があり、そのような結果を避けるためであることを理由とする。そのため、本判決の判断が、他の薬剤の添付文書の解釈でも同様に妥当するとは限らない。とくに、可能性が低い場合かほとんどゼロに近い場合(単なる除外診断の対象となるに過ぎない場合)を含めて理解する余地があるかについては、生じうる事態の軽重によりケースバイケースで判断されることとなると考えられる。しかしながら、一定の悪しき事態が生じうることを念頭に添付文書の記載がなされていることからすると、添付文書に「疑われた場合」とある場合は、強くはないが相応に疑われる場合(相応の可能性がある場合。他の鑑別すべき複数の疾患とともに検討の俎上にあがり、鑑別診断の対象となり得る場合)を含めるものとされる可能性が高いと認識しておくことが無難である。また、本判決は、添付文書と異なる対応をすることが医師の裁量として許容されるかについて、生じうるリスクの重大性を比較しており、生じ得るリスクの重大性の比較が考慮要素の一つとして斟酌されることが示されており参考になる。もっとも、添付文書の記載に従ったほうが重大な結果が生じるリスクが高い、という事態はそれほど多くはないと思われるうえ、そのような重大な事態が生じるリスクが高いことを立証することは容易ではないと考えられる。このため、前回(第7回:造影剤アナフィラキシーの責任は?)にコメントしたように、添付文書の記載と異なる使用による責任が回避できるとすれば、それは必要性とリスク等を患者にきちんと説明して同意を得ている場合がほとんどと考えられる(ただし、医師の行ったリスク説明が誤っている場合には、患者の同意があったとして免責されない可能性がある)。なお、本件薬剤の投与にあたり、患者に「患者安全性カード」(感染症に対する抵抗力が弱くなっている可能性があり、感染症が疑われる場合は緊急に診療し必要に応じて抗菌剤治療を行う必要がある旨が記載されたもの)が交付されており、診療にあたりすべての医師に示すように伝えられていたものの、このカードが示されなかったという事情がある。しかし、裁判所は、患者からは本件薬剤の投与を受けている旨の申告がされており、このカードの記載内容は添付文書にも記載されているとして、患者からカードの提示がなかったことが医師の判断を誤らせたという関係にはないとしている。医療者の視点本判決の焦点は、添付文書の記載の解釈でした。しかし、一臨床医としてより重要と考えた点は、「普段使用することが少ない薬剤であっても、しっかりと添付文書を確認し、副作用や留意点に目を通しておく必要がある」ということです。本件においても、関係した医療者がエクリズマブという比較的新しい薬剤の副作用を熟知していれば、あるいは処方した医師や薬剤師から情報共有がなされていれば、このような事態は回避できたかもしれません。エクリズマブの適応疾患は非常に限られており、使用経験のある医師は少ないと考えられます。たとえそのような稀にしか使用されることがない薬剤であっても、その副作用を熟知しておかなければならない、という教訓を示した案件と考えました。昨今は目まぐるしい速度で新薬が発表されています。常に知識・情報をアップデートしていないと、本件のようなトラブルを引き起こしかねません。多忙な勤務の中、各科の学会誌やガイドラインを熟読することは困難です。医療系のウェブサイトやSNSなどを有効的に活用し、効率よく情報を刷新していくことも重要と考えます。Take home message普段使用することが少ない薬剤であっても、その副作用や留意点を熟知しておく必要がある。添付文書に「疑われた場合」とある場合は、強くはないが相応に疑われる場合(相応の可能性がある場合。他の鑑別すべき複数の疾患とともに検討の俎上にあがり、鑑別診断の対象となり得る場合)を含めるものとされる可能性が高い。副作用と疑われる症状が発症した場合、副作用であることを念頭に添付文書の推奨に従って対応することが望ましく、もし添付文書と異なる対応をする場合、患者や家族に十分な説明を行う必要がある。キーワード添付文書(能書)の記載事項と過失との関係最高裁平成8年1月23日判決が、以下のように判断しており、これが裁判上の確立した判断枠組みとなっているため、添付文書の記載と異なる対応の正当化には医学的な裏付けの立証が必要であり、それができない場合には過失があるものとされる。「医薬品の添付文書(能書)の記載事項は、当該医薬品の危険性(副作用等)につき最も高度な情報を有している製造業者又は輸入販売業者が、投与を受ける患者の安全を確保するために、これを使用する医師等に対して必要な情報を提供する目的で記載するものであるから、医師が医薬品を使用するに当たって右文書に記載された使用上の注意事項に従わず、それによって医療事故が発生した場合には、これに従わなかったことにつき特段の合理的理由がない限り、当該医師の過失が推定されるものというべきである」

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第248回 自家NK細胞療法を自費で行うクリニックに改善命令、敗血症発症は「生来健康」な成人の衝撃、厚労省は新たなガイダンス作成へ

「生来健康」な成人が「免疫力のアップ」を目的に細胞療法を自費で受け、敗血症にこんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。キャンプインを目前にして野球が盛り上がってきました。日本のNPBでは複数の有名選手の不倫問題やトレバー・バウアー投手の横浜DeNAベイスターズ復帰が話題となっていますが、MLBでは佐々木 朗希投手(23)のロサンゼルス・ドジャース入団や、イチロー氏の米国野球殿堂入りなど、こちらも話題が盛り沢山です。個人的には中日ドラゴンズからポスティングシステムで MLBを目指していた小笠原 慎之介投手(27)のワシントン・ナショナルズ入りが興味を引きました。日刊スポーツなどの報道によれば、2年総額350万ドル(約5億4,300万円)で、今季年俸が150万ドル(約2億3,300万円)、来季年俸が200万ドル(約3億1,000万円)、中日への譲渡金はわずか70万ドル(約1億900万円)だそうです。同じくポスティングシステムで千葉ロッテマリーンズからドジャースに移籍した佐々木投手は、マイナー契約ながら契約金は今年の国際FAで最高額の6,500万ドル(約10億100万円)で、ロッテへの譲渡金は25%の約2億5,000万円だそうです。小笠原投手、中日で9年間に46勝(昨年は5勝)していますが、随分安く見られたものです。小笠原投手はまだ若く、カーブやチェンジアップを得意とする投手です。昨シーズンのシカゴ・カブス・今永 昇太投手ばりの活躍を期待したいところです。ちなみに、ワシントン・ナショナルズは2004年まではカナダが本拠地のモントリオール・エクスポズでした。現在の球場、ナショナルズ・パークはワシントンD.C.にあり、地下鉄利用でアクセスも良く、ドジャー・スタジアムのようには混まない上に、とても美しい球場です。ワシントンD.C.出張や旅行の折にはぜひ訪れてみて下さい。さて今回は、昨年10月に発生し、年末に厚生労働省が改善命令を出した東京の自由診療クリニックで起きた再生医療による敗血症事例について書いてみたいと思います。1月24日に開かれた厚生労働省の再生医療等評価部会でも、国立感染症研究所からその詳細が報告されましたが、敗血症を発症した2例ともなんと「生来健康」な成人で、「免疫力のアップ、がんの予防」を目的にクリニックを訪れていました。昨年10月にはクリニックなどに対し再生医療の提供を一時停止させる緊急命令この事例が最初の報道されたのは昨年の10月です。がん予防などを目的に都内のクリニックで自分のNK(ナチュラルキラー)細胞を採取、培養後に再び自分の体に戻す細胞療法を受けた人が重大な感染症にかかり入院したとして、厚生労働省は10月25日、クリニックなどに対し再生医療の提供を一時停止させる緊急命令を出しました。10月26日付の朝日新聞などの報道によれば、自由診療による細胞療法を提供していたのは医療法人輝鳳(きほう)会THE K CLINIC(東京都中央区)です。このクリニックで細胞療法を受けた2人が入院治療を要する重大な感染症を発症しました。細胞加工物を製造した同法人の池袋クリニック培養センター(東京都豊島区)において原因とみられる細菌が検査で検出されたとのことです。この事例については、10月24日に輝鳳会から厚労省に報告があり、同省は再生医療安全性確保法に基づいて、クリニックと培養センターに対し「悪性腫瘍の予防に対する自家NK細胞療法」の提供とその細胞加工物の製造の一時停止を命じました。調査の結果2人の細胞加工物の残液から細菌確認、12月に衛生管理体制の再検討や改善計画の提出などを求める改善命令この問題については厚労省と医薬品医療機器総合機構(PMDA)、国立感染症研究所が調査を進め、12月24日に改めて、THE K CLINICの管理者・橋口 華子氏、池袋クリニックの管理者・甲 陽平氏、池袋クリニック培養センターを管理する輝鳳会(理事長・久藤 しおり氏)に対し、再生医療安全性確保法に基づいた改善命令を出しました。この時公表された調査結果によれば、患者2人がTHE K CLINICで自家NK細胞療法を受けたのは9月30日でした。その帰宅中に2人とも体調不良となり、病院に緊急搬送され、敗血症の診断でICUに入院しました。2人とも健康な成人で、池袋クリニック培養センターにおいて別々(1人は投与4ヵ月前、1人は投与1ヵ月前)に細胞採取(採血)が行われ、培養後にTHE K CLINICで投与を受けました。10月3日、細胞加工物を製造した池袋クリニック培養センターの細胞培養加工施設が、2人に投与した細胞加工物の無菌試験検体が陽性となったことを報告。その後、同検体から好気性グラム陰性桿菌(Pseudoxanthomonas mexicana)が同定されたとのことです。THE K CLINICは当該療法の計画の審査を行う認定再生医療等委員会へ本事例の発生を報告、10月24日に輝鳳会から厚労省に報告 が行われ、10月25日の緊急命令に至ったものです。厚労省、PMDA、国立感染症研究所の調査でも、2人の細胞加工物の残液から細菌(Pseudoxanthomonas mexicana)が確認され、同菌が敗血症発症の原因と考えられるとしました。汚染原因としては、採血時又は無菌試験検体準備時の汚染や、細胞培養過程での交差汚染の可能性が高いとしました。また、培養センターでは、点検整備の記録の作成が行われないなど複数の法令違反があり、無菌試験の一部を目視で行うなど不適切な体制もあったとのことです。同省は改善命令で、衛生管理体制の再検討や、改善計画の提出などを求めました。なお、この培養センターの運営は組織培養用培地の製造・販売等を行うバイオ企業に全面的に任せていたようです。不適切な温度管理下での輸送が汚染された最終投与物内の細菌増殖に影響を与えた可能性もなお、1月27日に開かれた再生医療等評価部会では、国立感染症研究所は上述したような事故の原因に加え、池袋の培養センターからTHE K CLINICへの「不適切な温度管理下での輸送が、汚染された最終投与物内の細菌増殖に影響を与えた可能性は否定できなかった」ともしました。その上で、再発防止に向けて、1.細胞培養加工施設における操作毎の手指衛生を中心とした適切な清潔操 作と環境の清掃や消毒の手順書の作成2.手順に関する定期的な職員の研修・訓練の確実な実施3.迅速かつ信頼できる無菌試験体制の確立4.搬送時の適切な温度管理5.治療後の適切な健康観察6.適切な逸脱管理、時に認定再生医療等委員会への迅速な報告7.各手順における適切な記録と保管の7項目を提言しました。厚労省はこの提言も踏まえ、こうした感染事故等の再発を防止するために、再生医療を提供する医療機関などに向け、通知やガイダンスを発出する方針とのことです。1月28日付の日経バイオテクは、「部会では、CPCにおける清潔操作の徹底や無菌試験の実施法、細胞などの温度管理、問題が発生した際の報告体制などについて、既存のガイダンスに盛り込んだり、新たにガイダンスを作成したりすることが検討された」と書いています。自家NK細胞療法は再生医療等安全性確保法で比較的リスクの低い第3種再生医療等に位置付けそれにしても、「がんにかからない(あるいは再発しないため)ために免疫力をアップさせる」という触れ込みで自家NK細胞療法を自由診療で行う医療機関(主に美容クリニックや、がん免疫療法を看板に掲げるクリニック)がなんと多いことでしょう。今回の場合、「生来健康」だった人が敗血症にかかって死にかけているわけですから、本末転倒と言えます。なお、一部の情報では、敗血症を発症したのは日本人ではなく、中国からわざわざ再生医療を受けに来た人のようです。男女の性別はわかっていません。自家NK細胞療法については、その科学的根拠は確立していないにもかかわらず、自由診療での提供が拡大しているのは、その提供自体は再生医療等の安全性の確保等に関する法律(再生医療等安全性確保法)で認められているためです。自家NK細胞療法は、同法で比較的リスクの低い第3種再生医療等に位置付けられており、その高額な治療費や曖昧なエビデンスが批判されることはありましたが、提供禁止までには至っていません。ちなみに、「第189回 エクソソーム療法で死亡事故?日本再生医療学会が規制を求める中、真偽不明の“噂”が拡散し再生医療業界混乱中」で書いたエクソソーム療法も美容クリニックなどの自由診療で広がっています。しかし、日本では細胞培養上清液やエクソソームは細胞断片であり細胞には当たらないと整理されており、今のところ、再生医療等安全性確保法の対象外です。「第189回」では、エクソソームなどの細胞外小胞は「交差汚染管理が不十分な場合などに敗血症等重篤な事故を引き起こす可能性がある」(再生医療等評価部会・岡野 栄之氏資料より)との意見を紹介しましたが、今回は、第3種再生医療等のカテゴリーにある自家NK細胞療法で、その敗血症が起こってしまったわけです。「再生医療等安全性確保法が厳しいルールを定めていようとも、クリニックが実際にそれを守らなければ、安全性も絵に描いた餅」と週刊新潮今回の敗血症事例の発生で、美容クリニックなどで行われている細胞療法やエクソソーム療法などに対する世間の目が厳しくなる可能性があります。実際、週刊新潮の2025年1月16号は、「『専門家からすると“自殺行為”』 事故多発の再生医療の闇…」と題する記事を掲載、今回のTHE K CLINICで起きた事故を報じるとともに、「安確法(再生医療等安全性確保法)が厳しいルールを定めていようとも、クリニックが実際にそれを守らなければ、当然、安全性も絵に描いた餅に終わってしまう。冒頭で紹介したクリニックはその最たる問題例といえる。(中略)安確法は事実上骨抜きになっているといってよく、一般の患者にとって『本当に安全な再生医療』を見抜くことはほとんど不可能なのである」と書いています。さらに同記事は、再生医療等安全性確保法の対象外のエクソソーム療法や幹細胞培養上清液治療にも言及、「インターネットで検索すると、アンチエイジングや傷ついた組織の修復、育毛、疲労回復に免疫調節作用など、夢のような効果がうたわれている。(中略)現実には『夢のような治療』とは程遠い劣悪な製品が横行し、命の危険にさらされる恐れすら否定できないのが実態」と書くとともに、一般社団法人・再生医療安全推進機構の代表理事を務める香月 信滋氏の「現在の日本で表立って上清液治療やエクソソーム治療を提供している約700ヵ所の医療施設のうち、患者自身の細胞を使用していると明確に公表している施設はほとんどありません。それどころか8割以上が他人の細胞由来か、下手をすれば人間の細胞由来ではない恐れすらあります。また、専門家の調査によって、エクソソームとうたいながらエクソソームが全く含まれていない“謎の液体”が使用されている悪質な例も判明した」とのコメントも紹介しています。確固たるエビデンスもないまま、美容医療やがん予防における自由診療としてマーケットを広げつつある再生医療ですが、厚生労働省には安全性確保のため今まで以上の規制強化とともに、消費者側が悪徳医療機関の“詐欺”に遭わないようにするための何らかの対策も、ぜひ講じてもらいたいと思います。

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敗血症が疑われる入院患者に対するバイオマーカーガイド下の抗菌薬投与期間(解説:寺田教彦氏)

 本研究は、敗血症が疑われる重篤な入院成人患者に対して連日血液検査を行い、バイオマーカー(プロカルシトニン[PCT]またはC反応性タンパク質[CRP])のモニタリングプロトコールに基づいた抗菌薬中止に関する助言を臨床医が受けた際の、標準治療と比較した有効性(総抗菌薬投与期間)と安全性(全死因死亡率)を評価している。 本論文の筆者は、ジャーナル四天王「敗血症疑い患者の抗菌薬の期間短縮、PCTガイド下vs.CRPガイド下/JAMA」にもあるように、有効性(無作為化から28日までの総抗菌薬投与期間)はDaily PCTガイド下プロトコール群(以下PCT群)で認め(期間短縮)、Daily CRPガイド下プロトコール群(以下CRP群)では有意差なし。安全性(無作為化から28日までの全死因死亡)はPCT群で非劣性だが、CRP群では非劣性の確証は得られなかった、と結論付けている。 本研究を評価するに当たって、まず、ガイド下とは具体的にどのような手順だったのかを確認する。 本文のInterventionによると、試験患者らは、無作為化後、敗血症に対する抗菌薬の中止あるいは退院まで毎日血液を採取された。そして、患者の治療医師らは、以下のような抗菌薬中止に関する書面助言を毎日受け取っていた(Supplement3のeTable1参照)。(1)PCT群:PCT<0.25μg/Lの場合は、強く抗菌薬中止を支持する(STRONGLY SUPPORTS)。PCTがベースラインから80%以上低下、あるいは0.25μg/L≦PCT≦0.50μg/Lの場合は、抗菌薬中止を支持する(SUPPORTS)。それ以外の場合は、標準療法を支持する。(2)CRP群:CRP<25mg/Lの場合は、強く抗菌薬中止を支持する(STRONGLY SUPPORTS)。CRPがベースラインから50%以上低下した場合は、抗菌薬中止を支持する(SUPPORTS)。それ以外の場合は、標準療法を支持する。(3)標準治療群:常に標準療法を支持する。 次に、上記のプロトコールにより、書面助言で抗菌薬中止の推奨や強い推奨をされた頻度を確認する。 無作為化から抗菌薬を最初に中止あるいは強く中止の書面助言を受け取るまでの期間は、eTable29によると、PCT群が中止の推奨を受け取るまでの時間は平均3.7日、SDは1.9日、件数は502件だった。強く中止の推奨を受け取るまでの時間は平均3.5日、SDは3.8日、件数は248件だった。CRP群では中止の推奨を受け取るまでの時間は平均3.7日、SDは2.3日、件数は519件だった。強く中止の推奨を受け取るまでの時間は平均5.1日、SDは4.0日、件数は139件だった。 敗血症期間の抗菌薬総投与期間は、PCT群では平均7.0日、SDは5.7日で、CRP群では平均7.4日、SDは6.0日だった。 それぞれの治療群で受け取った書面助言の割合は、Supplement3のeFigure6とeTable30に示され、以下のような結果である。PCT群は、1日目の書面助言で約10%程度が強く中止の助言を受けており、その後も10%以上程度は強く中止の助言を受けていそうなグラフだが、CRP群は強く中止の助言は多くはなされず、中止の助言の割合が高かった。このグラフは、上記のPCT群とCRP群の中止や強く中止の推奨の件数と一致する情報と考えられた。 以上のことを参考に、本研究で得られたアウトカムについて考えてみる。今回のアウトカムは抗菌薬総投与期間だが、バイオマーカー結果は臨床医に抗菌薬中止に関する書面助言を与えたのみで、最終的に抗菌薬の投与中止を判断したのは臨床医だった。臨床医は、抗菌薬中止の書面助言が、PCTに基づく推奨かCRPに基づく推奨かはわからなかったため、書面助言結果を科学的な判断材料には用いづらかったのではないかと思う。 本研究での、PCTやCRPに基づく抗菌薬の中止助言の役割は、科学的な知見を臨床医に与えることで抗菌薬を中止したというよりも、単に臨床医に抗菌薬終了のプレッシャーをかけたのではないだろうか。そして、PCTはCRPよりも強く中止を推奨する助言の割合が高かったので、抗菌薬投与期間が短縮されたのではないかと予測する。 本研究結果からわかったこととして、「この研究に参加した医療機関では、PCTガイドにより全死因死亡率を上げることなく、0.88日の抗菌薬投与期間短縮を示した」は事実ではあるが、臨床医の判断基準は所属施設や国により異なる可能性があり、他の医療機関や本邦でも当てはめることができるかは疑問である。また、本研究では連日の採血と生化学検査を必要とするが、本研究で示されたメリットが、連日の血液検査およびPCT/CRP評価による医療従事者(採血者、検査技師)や患者の肉体的・金銭的負担の割に合うかを考える必要もあるだろう。 本研究ではPCTの比較対象としてCRPが用いられた。CRPガイドでは「抗菌薬投与期間の短縮なしで、全死因死亡の非劣性の確証が得られなかった」ことは、PCTが優れていると考えるよりも、CRPの結果をうのみにする診療は避けるべきであることを示唆しているのだろう。 抗菌薬投与期間について、バイオマーカーを利用して患者ごとに適切な治療期間を判断するという試みには興味をそそられるが、現時点では、感染症の治療期間は患者背景や感染臓器、原因微生物のすべてを考慮して決定するのがよいと考える(「抗微生物薬適正使用の手引き 第三版」)。

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肝臓手術前の瀉血療法は輸血リスクを低減する

 カナダ、オタワ在住の2児の母であるRowan Laddさん(46歳)は、2022年、予定されている肝臓に転移したがんを摘出する手術を開始する前に、血液を採取して保存する可能性があると医師から説明を受けた際、不思議には思ったが害はないだろうと考えた。Laddさんは、「肝臓には血管がたくさんあるので大出血のリスクがあることは手術前の説明で聞いている。研究者達がそのリスクを低減させるために努力しているのは素晴らしいことだと思った」と振り返る。 実際、Laddさんが参加した臨床試験の結果によると、このような採血により肝臓手術中に必要となる輸血のリスクが半減することが明らかになった。この研究結果は、「The Lancet Gastroenterology & Hepatology」に12月9日掲載された。論文の筆頭著者で、オタワ大学(カナダ)肝膵胆道研究部長のGuillaume Martel氏は、「大規模な肝臓手術の直前に血液を患者から採取することは、出血量と輸血を減らすための方法としてこれまでわれわれが見出した中で最良の方法だ」と述べている。 Martel氏らは、肝臓手術を受けた患者の4分の1から3分の1は、過度の出血のため輸血が必要になると指摘する。肝臓手術の最も一般的な理由はがんであるが、残念ながら輸血ががんの再発リスクを高める可能性があるという。 Martel氏らは、2018年から2023年の間にカナダの4つの病院で、肝切除を受ける予定がある患者486人を登録し、循環血液量減少を目的とした瀉血療法を受ける群(245人、瀉血療法群)と通常のケアを受ける群(241人、通常ケア群)にランダムに割り付けた。瀉血療法群は、肝切除前に体重1kg当たり7~10mLの全血を採取された。 最終的に、瀉血療法群223人(平均年齢61.4歳、男性61%)と通常ケア群223人(平均年齢62.1歳、男性51%)を対象に解析が行われた。ランダム化後30日以内の赤血球輸血率は、瀉血療法群で8%(17/223人)、通常ケア群で16%(36/223人)であった。群間差は−8.8(95%信頼区間−14.8〜−2.8)、調整リスク比(aRR)は0.47(同0.27〜0.82)であり、瀉血療法群では輸血リスクが有意に低下していた。また、30日以内に重篤な合併症が生じた割合(瀉血療法群17%、通常ケア群16%)と、あらゆる合併症の発生率(それぞれ、61%、52%)に両群間で有意な差は認められなかった。 Martel氏は、循環血液量減少を目的とした瀉血療法について、「肝臓の血圧を下げることで効果を発揮する。この方法は安全で、簡単で、費用もかからないことから、出血リスクの高い肝臓手術では必ず検討すべきだ」と述べている。 Laddさんの手術は、輸血を必要とすることなく終わり、2年が経過した今もがんは再発していない。Laddさんはこの臨床試験について、「私が選ばれて本当に良かったと思うし、それが他の人の助けになることにも喜びを感じている。この手術は、私の命を救ってくれたと感じている。私は仕事を辞めて、リラックスし、自分のことを大事にするようになった。がんになったのは不運だったが、それが私の目を覚まさせてくれた。以前はただ生きているだけだったが、今は自分の人生を心から楽しんでいる」と話している。 研究グループは、瀉血療法は大幅なコスト削減につながることも指摘している。カナダでは、輸血には350ドル(1ドル154円換算で5万3,900円)以上かかるが、瀉血療法に使われる血液バッグとチューブのコストは20ドル(同3,080円)程度に過ぎない。研究グループは、この手順は現在、肝臓移植の手術で試験されているが、大量の出血を伴いがちな他の手術でも試験的に検討されるべきだとの考えを示している。論文の共著者であるモントリオール大学(カナダ)輸血医学部長のFrançois Martin Carrier氏は、「一度実施してみれば、医療従事者はこの処置の容易さが分かるし、それが手術に与える影響は劇的だ。これは現在、試験に参加した4つの病院で標準治療となっている。この研究結果が公表されれば、世界中の他の病院でもこの処置を採用し始めるはずだ」と述べている。

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第241回 今だから言える!? 村上氏が明かすコロナ感染の変遷

従来から本連載で私がワクチンマニアであることは何度も触れている(第107回、第204回など参照)。にもかかわらず、昨年は季節性インフルエンザワクチン接種を逃してしまっていた。ということで、今年はかかりつけ医療機関でしっかり接種してきたが、そろそろ効力も落ちてきただろうということで日本脳炎と腸チフスのワクチンも追加接種。さらにこうした機会に私はいつも新型コロナウイルス(以下、新型コロナ)の抗体検査用の採血も行っている。ご存じのように新型コロナの抗体検査は、感染の有無がわかるヌクレオカプシドタンパク質抗体(N抗体)とワクチン接種により獲得したスパイクタンパク質抗体(S抗体)の2種類を調べるもの。私は新型コロナに限らず、ワクチン接種の際にこの2種類の抗体検査を行っている。検査時期はかなりランダムだが、これまでN抗体は6回、S抗体は5回の検査を行っている(共にロシュ・ダイアグノスティックス社のECLIA法)。回数が違うのは、N抗体は新型コロナのmRNAワクチンが登場し、2021年6月に1回目接種する直前に試しに受けてみたのである。この1回目の検査結果は、私がキャンセル待ちで急遽獲得した1回目のワクチン接種後のアナフィラキシー・チェックの待機時間中にA医師から第1報としてメールで受け取った。本当の私のコロナ感染変遷今だから話すが、このとき、A医師から検査結果用紙の写真とともに「陽性です」とのメッセージが送られてきた。1回目のワクチン接種に辿り着けたと、安堵感に満ち溢れていた中で、過去の感染歴とは言え「陽性」という事実にかなり戸惑った。しかもコロナ禍からまだ約1年半という時期。後にオミクロン系統で爆発的に感染者が増加したような時期ではなく、感染者はまだそう多くない時期なのである。実際、それまでにA医師のクリニックでN抗体検査を受けた人の中で陽性者は初だったという。この時、写真に記載されていた数値「COI(Cut off index)」は陰性が1未満に対し、私の検査結果は194.00。完全な陽性なのだが、私は間抜けにも「偽陽性ってことはないですよね? うー、いつ感染したのだろう? 覚えがないです」と返信し、A医師からは「この抗体価は偽陽性ではないですね」と断言された。この直前に感染を疑う症状はまったくなかった。当時は感染者での味覚・嗅覚障害の割合が高いことが報告されており、感染時にいち早く気付けるよう一日一食は納豆を食べていたのに。納豆は私の好物なのだが、毎日食べるほどではなかった。もっともこの時の習慣が定着し、現在は毎日食べるようになった。ちなみに、この時の感染源は後におおよそ特定できた。この検査から過去7ヵ月間に家族以外でノーマスクでの会話を伴う接触をした人は3人しかおらず、全員に私の感染の事実を伝え、3人とも検査を受けた結果、そのうちの1人が陽性だったからだ。その結果、私の感染時期として濃厚なのは2020年12月。α株が感染主流株だった時期である。その後も検査は続けていたが、N抗体は一貫して右肩下がりとなっていった。一方、S抗体はというと、1回目の検査が新型コロナワクチン2回接種の初回免疫終了から約4ヵ月後で、数値は4,583.0U/mL。A医師から「僕の10倍くらいある」と感心された。自然感染とワクチン接種のハイブリッド免疫であるがゆえだったのだろう。その後の推移は、3回目接種(モデルナ製)直前(初回免疫終了から約7ヵ月後)の2022年2月が2,785.0 U/mL、4回目接種(モデルナ製)直前(3回目接種終了から約11ヵ月後)の2022年12月が4,521.0 U/mL 、5回目接種(第一三共製)直前(4回目接種終了から15ヵ月後)の2024年3月が6,252.0 U/mLだった。ちなみにこの間、N抗体のCOIは194.00から51.60 → 27.60 → 13.10 → 7.73と順調に低下していった。直近のS抗体価にがっかり、N抗体価にビックリ!さて今回の抗体検査の結果は2日後に判明した。5回目接種から約8ヵ月後のS抗体は9,999.9 U/mLと上限値オーバー。子供っぽい言い方をすれば「とにかくたくさん」と言うことだ。この結果の感想を言うならば、「ホッとする反面、正確な数値がわからず、ワクチンマニアとしてはちょっとがっかり」というところ。そろそろ6回目の完全自費の新型コロナワクチン接種をしようと思っていた矢先だけに、接種後どれだけ抗体価が上昇したかが正確にわからないのでは、ややつまらない。どこかより厳格な検査結果を示してくれるところはないだろうかと思案している(臨床研究を実施している先生方がいればいつでも協力します 笑)。だが、問題はN抗体のほうだ。今回のCOIは25.50。3回前の検査結果に近い数値まで再上昇していたのである。すなわちこの約8ヵ月間に再感染していたことになる。「え?」「は?」という感じだ。今回も約8ヵ月間に咽頭痛などの自覚症状は記憶がない。数値を見ると、1回目の無症候感染時ほどCOIは高くないので、好意的に解釈すればワクチン接種の恩恵があったとも言えそうだ。しかし、無症候であっても再感染は嬉しくない。ちなみに2023年7月のnature誌に米・カリフォルニア大学サンフランシスコ校のグループが、アメリカ骨髄バンク登録ドナーのうちヒト白血球抗原(HLA)遺伝子のデータが利用できる約3万人について、無症候感染者と有症状感染者のHLAを比較した研究1)を行い、HLAのバリアントの1つであるHLA-B*15:01を有する人は無症候者に多いと報告されている。もちろん自分がこれに該当するのかはわからない。そして余談を言えば、前回触れた消費者向け遺伝子検査の結果では、私の新型コロナ感染時の重症化リスクは「大」の判定である。まあ、いずれにせよ今もこの感染症は油断がならないことを、なかば身をもって証明したのかもしれない。参考1)Augusto DG, nature. 2023;620:128-136.

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