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fremanezumabとerenumabは片頭痛の予防治療に有効(中川原譲二氏)-789

 カルシトニン遺伝子関連ペプチド(calcitonin gene-related peptide:CGRP)受容体を阻害するヒトモノクローナル抗体であるfremanezumabとerenumabは、ともに片頭痛の予防治療薬として研究されているが、両薬剤の第III相試験でその有効性が相次いで報告された。1)慢性片頭痛の予防治療としてのfremanezumab第III相試験fremanezumabを3ヵ月に1回、または毎月投与で有効性を検討 米国・トーマス・ジェファーソン大学のStephen D.Silberstein氏らの研究グループは、2016年3月~2017年1月の間、132施設において、慢性片頭痛患者(持続時間や重症度にかかわらず頭痛が月に15日以上あり、そのうち片頭痛が8日以上ある患者)1,130例を対象として、無作為に以下の3群に割り付けた。(1)fremanezumabを3ヵ月に1回投与(ベースライン時675mg、4、8週時はプラセボを投与、376例:3ヵ月ごと投与群)、(2)毎月投与(ベースライン675mg、4、8週時は225mg投与、379例:月1回投与群)、(3)プラセボ投与(375例)。薬剤、プラセボをそれぞれ皮下注した。 主要エンドポイントは、初回投与後12週時点における月平均頭痛日数のベースラインからの平均変化値とした。評価対象とした頭痛の定義は、連続4時間以上持続しピーク時重症度が中等度以上であった頭痛、または持続時間や重症度にかかわらず急性片頭痛薬(トリプタン系薬やエルゴタミン製剤)を使用した頭痛で、それらを呈した日数をカウントした。月平均頭痛日数が、fremanezumab群の2用量群とも約4割で半減 ベースライン時の被験者の月平均頭痛日数は、3ヵ月ごと投与群が13.2日、月1回投与群が12.8日、プラセボ群が13.3日だった。月平均頭痛日数の最小二乗平均値の減少幅は、3ヵ月ごと投与群4.3±0.3日、月1回投与群4.6±0.3日に対し、プラセボ群は2.5±0.3日であった(いずれもプラセボ群に対してp<0.001)。月平均頭痛日数が50%以上減少した患者の割合は、3ヵ月ごと投与群38%、月1回投与群41%に対し、プラセボ群は18%であった(いずれもプラセボ群に対してp<0.001)。試験薬に関連したものと考えられる肝機能異常は、実薬群でそれぞれ5例(1%)、プラセボ群で3例(<1%)と報告された。 本研究では、慢性片頭痛の予防薬としてのfremanezumabは、この12週試験において、プラセボよりも頭痛の頻度が低かった。副作用としては、薬物に対する注射部位の反応がよくみられ、長期の効果持続性と安全性については、さらなる研究が求められるとした。2)反復性片頭痛に対するerenumab第III相STRIVE試験約1,000例で、erenumab 70mgまたは140mgの有効性と安全性を検討 STRIVE(Study to Evaluate the Efficacy and Safety of Erenumab in Migraine Prevention)試験では、2015年7月~2016年9月5日の期間に、121施設において、18~65歳の反復性片頭痛患者955例を対象として、erenumab 70mg、140mgまたはプラセボの3群に無作為に割り付け(それぞれ317例、319例、319例)、いずれも月1回皮下投与を6ヵ月間行った。 主要エンドポイントは、片頭痛を認めた日数(月平均)のベースラインから投与4~6ヵ月の変化。副次エンドポイントは、片頭痛の月平均日数が50%以上減少した患者の割合、急性期片頭痛治療薬の使用日数のベースラインからの変化、身体機能スコア(Migraine Physical Function Impact Diary[MPFID:0~100点、スコアが高いほど片頭痛が身体機能に与える影響が大きい])における機能障害・日常生活領域のスコアの変化などであった。70mgおよび140mgともに片頭痛の頻度が有意に減少 片頭痛月平均日数は、ベースライン時は全集団において8.3日であったが、投与4~6ヵ月時は、erenumab 70mg群で3.2日減少、同140mg群で3.7日減少したのに対し、プラセボ群では1.8日の減少であった(各用量群ともプラセボ群に対してp<0.001)。片頭痛の月平均日数が50%以上減少した患者の割合は、70mg群43.3%、140mg群50.0%に対し、プラセボ群は26.6%(各用量群ともプラセボ群に対してp<0.001)、また、急性期片頭痛治療薬の使用日数の変化量はそれぞれ1.1日減少、1.6日減少に対し、0.2日減少であった(同p<0.001)。機能障害スコアは、70mg群4.2点、140mg群4.8点の改善であったのに対して、プラセボ群は2.4点の改善であった。同様に日常生活スコアもそれぞれ5.5点、5.9点、および3.3点の改善であった(各用量群ともプラセボ群に対してp<0.001)。有害事象の発現率は、erenumab群とプラセボ群で同程度であった。 本研究では、erenumab 70mgまたは140mgの月1回皮下投与は、反復性片頭痛患者において、6ヵ月以上、片頭痛の頻度、片頭痛の日常生活への影響および急性片頭痛治療薬の使用を有意に減少させた。erenumabの長期的な安全性と効果の持続性に関しては、さらなる研究が必要であるとした。片頭痛のCGRP誘発機序と新たな先制予防治療薬の登場 片頭痛患者では、三叉神経末端が刺激され、そこからカルシトニン遺伝子関連ペプチド(CGRP)が分泌されて血管拡張を誘発し、急性片頭痛が起こるとされる(CGRP誘発機序)。このため片頭痛の発症予防治療薬として、CGRP受容体の拮抗薬が有効ではないかとする研究が行われてきた。今回報告された慢性の反復性片頭痛患者を対象としたCGRP受容体を阻害するヒトモノクローナル抗体であるfremanezumabまたはerenumabの第III相臨床試験の結果は、片頭痛のCGRP誘発機序の妥当性とCGRP受容体の拮抗薬の発症予防における有効性を証明するものであり、両薬剤は片頭痛に対する先制予防医療の突破口を開く治療薬として注目される。

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心房細動患者の脳卒中予防に対するDOACのメタ解析/BMJ

 心房細動(AF)患者に対する直接作用型経口抗凝固薬(DOAC)の脳卒中予防効果について、英国・ブリストル大学のJose A. Lopez-Lopez氏らがネットワークメタ解析による有効性、安全性および費用対効果の解析を行い、BMJ誌2017年11月28日号で発表した。解析の結果、DOACはクラスとしてワルファリンよりも、AF患者の脳卒中および死亡リスクを抑制し、国際標準比(INR)2.0~3.0維持用量での大出血および頭蓋内出血に関してより安全であり、数種のDOACはコスト高にもかかわらずネットベネフィットが認められることが示された。予想される増分純便益(incremental net benefit:INB)は、アピキサバン5mgを1日2回投与が最も高く、次いでリバーロキサバン20mgを1日1回、エドキサバン60mgを1日1回、ダビガトラン150mgを1日2回であったという。ネットワークメタ解析で23試験を包含し有効性、安全性、費用対効果を解析 検討は、Medline、PreMedline、Embase、The Cochrane Libraryをデータソースとし、AF患者の脳卒中予防効果に対するDOAC、ビタミンK拮抗薬または抗血小板薬の使用を評価した、公表されている無作為化試験をシステマティックレビュー検索して行われた。 検索により、患者9万4,656例が関与した23試験が適格基準を満たし、解析に組み込まれた。このうち、INR 2.0~3.0目標達成用量についてDOACとワルファリンを比較検討していたのは13試験であった。また、解析に包含された介入法は27種あった。 被験者は、平均年齢70.0歳、男性63.3%、BMI値28.0、脳卒中既往20.2%(いずれも中央値)などであった。また、ワルファリン群の治療期間中に占めたTTR(time in therapeutic range)の割合は、中央値63.8%(範囲:45.1~83.0)であった。大半のアウトカムでアピキサバン5mgの1日2回投与が最高位にランク 有効性と安全性に関する解析の結果、ワルファリンと比較して脳卒中または全身性塞栓症リスクを抑制したのは、アピキサバン5mgを1日2回(オッズ比[OR]:0.79、95%信頼区間[CI]:0.66~0.94)、ダビガトラン150mgを1日2回(0.65、0.52~0.81)、エドキサバン60mgを1日1回(0.86、0.74~1.01)、リバーロキサバン20mgを1日1回(0.88、0.74~1.03)であった。DOAC間における比較では、ダビガトラン150mgを1日2回よりも、エドキサバン60mgを1日1回(1.33、1.02~1.75)、リバーロキサバン20mgを1日1回(1.35、1.03~1.78)が、脳卒中または全身性塞栓症リスクが高いとのエビデンスが認められた。 全死因死亡リスクは、ワルファリンと比較して、すべてのDOACで抑制効果が認められた。 大出血リスクは、ワルファリンと比較して、アピキサバン5mgを1日2回(0.71、0.61~0.81)、ダビガトラン110mgを1日2回(0.80、0.69~0.93)、エドキサバン30mgを1日1回(0.46、0.40~0.54)、エドキサバン60mgを1日1回(0.78、0.69~0.90)で低かった。頭蓋内出血リスクは、ほとんどのDOACでワルファリンよりも大幅に低かった(ORの範囲:0.31~0.65)。一方で消化管出血リスクがワルファリンよりも高いDOACが一部で認められた(ダビガトラン150mgを1日2回のOR:1.52[95%CI:1.20~1.91]、エドキサバン60mgを1日1回のOR:1.22[1.01~1.49]など)。 アピキサバン5mgを1日2回は、大半のアウトカムについて最高位にランクしており、ワルファリンとの比較によるINBは7,533ポンドで、費用対効果も最も認められた(その他投与群のINBは、ダビガトラン150mgを1日2回が6,365ポンド、リバーロキサバン20mgを1日1回が5,279ポンド、エドキサバン60mgを1日1回が5,212ポンド)。 著者は、「ネットワークメタ解析はDOACの直接比較の試験を不要なものとし、AF患者における脳卒中予防に関する選択肢を知らしめてくれるものである」と述べ、「作用機序が類似するDOACの中で、アピキサバンの常用量が最も有効かつ安全であり、費用対効果があると思われた」とまとめるとともに、「さらなる長期データで安全性に関する洞察を深め、DOACからベネフィットを得られない患者を特定し、各DOACの中和薬を開発することが重要である」と指摘している。

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小野薬品、PG受容体拮抗がん免疫薬をBMSと開発

 小野薬品工業株式会社(本社:大阪市中央区、代表取締役社長:相良暁)は2017年12月14日、ブリストル・マイヤーズスクイブ社と、開発中のプロスタグランディンE2(PGE2)受容体の1つであるEP4受容体の選択的拮抗剤「ONO-4578」の開発および商業化についてライセンス契約を締結したと発表。 ONO-4578は、小野薬品が創製したプロスタグランディンE2(PGE2)受容体の1つであるEP4受容体に対する経口投与可能な選択的拮抗薬。マウス担がんモデルにおいて免疫抑制性の腫瘍微小環境を改善することにより、抗腫瘍効果を示している。国内では、小野薬品が既に第I相臨床試験を開始している。

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クローン病に対するタイトな管理の有用性-多施設共同RCT(解説:上村直実氏)-772

 クローン病(CD)は原因不明で根治的治療が確立していない慢性炎症性腸疾患であり、わが国の患者数は現在約4万人で、医療費補助の対象である特定疾患に指定されている。本疾患に対する薬物療法の目的は、活動期CDに対する寛解導入および寛解状態の維持であり、一般的には、罹患部位や症状および炎症の程度によって、5-ASA製剤、ステロイド、代謝拮抗薬、抗TNF拮抗薬と段階的にステップアップする薬物療法が行われている1,2)。 CDの活動性について、便中カルプロテクチン(FC)やC反応性蛋白(CRP)など腸炎症のバイオマーカーを用いて治療方針を決定することが、患者の予後を改善するかどうかは不明であった。本論文は、一般的なクローン病活動指数(CDAI)に基づく評価法と比較して、CDAIと上記の炎症マーカーおよびステロイドの使用量による厳密な活動性評価により抗TNF療法を含む治療方針を変更するほうが、1年後の内視鏡的粘膜治癒率の向上に結び付く研究結果を初めて示したものである。 わが国におけるCDの重症度を評価する方法は、CDAIスコア、CRP値による炎症、腸閉塞や膿瘍などの合併症の有無等を考慮した総合的判断により、軽症、中等症、重症と分類するのが一般的である1,2)。本研究で炎症のバイオマーカーを加えた厳密な活動性の評価が有用とされているが、わが国におけるFCの測定は潰瘍性大腸炎の活動性評価に保険適用を取得したものの、現状ではCDの病態把握に対しては承認されていない。一般の保険診療現場でCD患者に対しても使用できるように、本論文や過去の研究結果を参考にして、日本人の臨床エビデンスを構築するとともに、公知申請などを用いた企業や学会からの要望などが期待されるところである。■参考1)日本消化器病学会編. クローン病診療ガイドライン. 南江堂;2010.2)日本消化器病学会編. 炎症性腸疾患(IBD)診療ガイドライン2016. 南江堂;2016.

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多発性嚢胞腎後期にもトルバプタンは有用か?/NEJM

 常染色体優性多発性嚢胞腎(ADPKD)の後期患者に対し、バソプレシンV2受容体拮抗薬トルバプタン(商品名:サムスカ)はプラセボと比べて、1年超にわたり推定糸球体濾過量(eGFR)の低下を抑制したことが、米国・メイヨークリニックのVicente E. Torres氏らによる第III相の無作為化治療中止プラセボ対照二重盲検試験「REPRISE試験」の結果、示された。これまでに、早期(推定クレアチニンクリアランス:60mL/分以上)ADPKD患者を被験者とする試験において、トルバプタンは腎容積の増大およびeGFRの低下を抑制したことが示されていた。ただし、アミノトランスフェラーゼ値とビリルビン値の上昇を引き起こすことも示されている。一方、後期患者に対する有効性、安全性は検討されていなかった。NEJM誌2017年11月16日号(オンライン版2017年11月4日号)掲載の報告。世界213施設で患者1,370例を対象に検討 REPRISE試験は、2014年5月~2016年3月に世界213施設で被験者を登録して行われた。適格対象は、「18~55歳、eGFR:25~65mL/分/1.73m2」または「56~65歳、eGFR:25~44mL/分/1.73m2」のADPKD患者。無作為化前8週間をrun-in periodとし、トルバプタンの最大用量投与またはプラセボ等価用量の投与を行った後、1,370例をトルバプタン群(683例)またはプラセボ群(687例)に1対1の割合で無作為に割り付け12ヵ月間投与した。 主要エンドポイントは、eGFRのベースライン(あらゆるプラセボまたはトルバプタンを受ける前)からフォローアップ(1年の試験期間完了後)までの変化で、各患者の参加期間を正確に補正(1年に内挿)して評価を行った。安全性の評価は、毎月行った。eGFR低下、トルバプタン群で有意に抑制 eGFRのベースラインからの変化は、トルバプタン群-2.34mL/分/1.73m2(95%信頼区間[CI]:-2.81~-1.87)、プラセボ群-3.61mL/分/1.73m2(95%CI:-4.08~-3.14)であった(差:1.27mL/分/1.73m2、95%CI:0.86~1.68、p<0.001)。 アラニンアミノトランスフェラーゼ値の上昇は、トルバプタンを中断すると回復することが認められた。ビリルビン値の上昇は、正常閾値上限値の2倍を超える上昇は認められなかった。

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アトピー性脊髄炎〔AM:atopic myelitis〕

1 疾患概要■ 概念・定義中枢神経系が自己免疫機序により障害されることは、よく知られている。中でも最も頻度の高い多発性硬化症は、中枢神経髄鞘抗原を標的とした代表的な自己免疫疾患と考えられている。一方、外界に対して固く閉ざされている中枢神経系が、アレルギー機転により障害されるとは従来考えられていなかった。しかし、1997年にアトピー性皮膚炎と高IgE血症を持つ成人で、四肢の異常感覚(じんじん感)を主徴とする頸髄炎症例がアトピー性脊髄炎(atopic myelitis:AM)として報告され1)、アトピー性疾患と脊髄炎との関連性が初めて指摘された。2000年に第1回全国臨床疫学調査2)、2006年には第2回3)が行われ、国内に本疾患が広く存在することが明らかとなった。その後、海外からも症例が報告されている。2012年には磯部ら4)が感度・特異度の高い診断基準を公表し(表)、わが国では2015年7月1日より「難病の患者に対する医療等に関する法律」に基づき「指定難病」に選定されている。画像を拡大する■ 疫学平均発症年齢は34~36歳で、男女比1:0.65~0.76と男性にやや多い。先行するアトピー性疾患は、アトピー性皮膚炎、アレルギー性鼻炎、気管支喘息の順で多く、アトピー性疾患の増悪後に発症する傾向にあった。発症様式は急性、亜急性、慢性のものが約3割ずつみられ、症状の経過は、単相性のものも3~4割でみられるものの、多くは、動揺性、緩徐に進行し、長い経過をとる。■ 病因図1のようにAMの病理組織学的検討では、脊髄病巣は、その他のアトピー性疾患と同様に好酸球性炎症であり、アレルギー性の機序が主体であると考えられる。さまざまな程度の好酸球浸潤を伴う、小静脈、毛細血管周囲、脊髄実質の炎症性病巣を呈する(図1A)5)。髄鞘の脱落、軸索の破壊があり、一部にspheroidを認める(図1B)5)。好酸球浸潤が目立たない症例においても、eosinophil cationic protein(ECP)の沈着を認める(図1C)6)。浸潤細胞の免疫染色では、病変部では主にCD8陽性T細胞が浸潤していたが(図1D)6)、血管周囲ではCD4陽性T細胞やB細胞の浸潤もみられる。さらに、脊髄後角を中心にミクログリアならびにアストログリアの活性化が認められ(図1E、F)7)、アストログリアではエンドセリンB受容体(endothelin receptor type B:EDNRB)の発現亢進を確認している(図1G、H)7)。図1 アトピー性脊髄炎の病理組織所見画像を拡大する■ 臨床症状初発症状は、約7割が四肢遠位部の異常感覚(じんじん感)、約2割が筋力低下である。経過中に8割以上でアロディニアや神経障害性疼痛を認める。そのほか、8割で腱反射の亢進、2~3割で病的反射を生じ、排尿障害も約2割に生じる。何らかの筋力低下を来した症例は6割であったが、その約半数は軽度の筋力低下にとどまった。最重症時のKurtzkeのExpanded Disability Status Scale(EDSS)スコアは平均3.4点であった。■ 予後第2回の全国臨床疫学調査では、最重症時のEDSSスコアが高いといずれかの免疫治療が行われ、治療を行わなかった群と同等まで臨床症状は改善し、平均6.6年間の経過観察では、症例全体で平均EDSS 2.3点の障害が残存していた。全体的には大きな障害を残しにくいものの、異常感覚が長く持続し、患者のQOLを低下させることが特徴といえる。2 診断 (検査・鑑別診断も含む)■ 検査所見末梢血所見としては、高IgE血症が8~9割にあり、ヤケヒョウヒダニやコナヒョウヒダニに対する抗原特異的IgEを85%以上の症例で有し、約6割で末梢血好酸球数が増加していた。前述のAMの病理組織において発現が亢進していたEDNRBのリガンドであるエンドセリン1(endothelin 1:ET1)は、AM患者の血清で健常者と比較し有意に上昇していた7)。髄液一般検査では、軽度(50個/μL以下)の細胞増加を約1/4の症例で認め、髄液における好酸球の出現は10%未満とされる。蛋白は軽度(100mg/dL以下)の増加を約2~3割の症例で認める程度で、大きな異常所見はみられないことが多い。髄液特殊検査では、IL-9とCCL11(eotaxin-1)は有意に増加していた。末梢神経伝導検査において、九州大学病院症例では約4割で潜在的な末梢神経病変が合併し、第2回の全国調査では、検査実施症例の25%で下肢感覚神経を主体に異常を認めていた3)。また、体性感覚誘発電位を用いた検討では、上肢で33.3%、下肢では18.5%で末梢神経障害の合併を認めている8)。図2のように脊髄のMRI所見では、60%で病変を認め、その3/4が頸髄で、とくに後索寄りに多い(図2A)。また、Gd増強効果も半数以上でみられる。この病巣は、ほぼ同じ大きさで長く続くことが特徴である(図2B)。画像を拡大する■ 診断・鑑別診断脊髄炎であること、既知の基礎疾患がないこと、アレルギー素因があることを、それぞれを証明することが必要である。先に磯部ら6)による診断基準を表で示した。この基準を脊髄初発多発性硬化症との鑑別に適用した場合、感度93.3%、特異度93.3%、陽性的中率は82.4%、陰性的中率は97.7%であった。鑑別として、寄生虫性脊髄炎、多発性硬化症、膠原病、HTLV1関連脊髄症、サルコイドーシス、視神経脊髄炎、頸椎症性脊髄症、脊髄腫瘍、脊髄血管奇形を除外することが必要である。3 治療 (治験中・研究中のものも含む)第2回の全国臨床疫学調査の結果では、全体の約60%でステロイド治療が行われ、約80%で有効性を認めている。血漿交換療法が選択されたのは全体の約25%で、約80%で有効であった。AMの治療においてほとんどの症例はパルス療法を含む、ステロイド治療により効果がみられるが、ステロイド治療が無効の場合には、血漿交換が有効な治療の選択肢となりうる。再発、再燃の予防については、アトピー性疾患が先行して発症、再燃することが多いことから、基礎となるアトピー性疾患の沈静化の持続が重要と推測される。4 今後の展望当教室ではAMの病態解明を目的とし、アトピー性疾患モデルマウスにおける神経学的徴候の評価と中枢神経の病理学的な解析を行い、その成果は2016年に北米神経科学学会の学会誌“The Journal of Neuroscience”に掲載された7)。モデル動物により明らかとなった知見として、(1)アトピー性疾患モデルマウスでは足底触刺激に対しアロディニアを認める、(2)脊髄後角ではミクログリア、アストログリア、神経細胞が活性化している、(3)ミクログリアとアストログリアではEDNRBの発現が亢進し、EDNRB拮抗薬の前投与により脊髄グリア炎症を抑制すると、神経細胞の活性化が抑えられ、アロディニアが有意に減少したというもので、AMに伴う神経障害性疼痛に脊髄グリア炎症ならびにET1/EDNRB経路が大きく関わっていることを見出している。5 主たる診療科神経内科6 参考になるサイト(公的助成情報、患者会情報など)診療、研究に関する情報難病情報センター アトピー性脊髄炎(一般利用者向けと医療従事者向けのまとまった情報)患者会情報アトピー性脊髄炎患者会 StepS(AM患者と家族向けの情報)1)Kira J, et al. J Neurol Sci. 1997;148:199-203.2)Osoegawa M, et al. J Neurol Sci. 2003;209:5-11.3)Isobe N, et al. Neurology. 2009;73:790-797.4)Isobe N, et al. J Neurol Sci. 2012;316:30-35.5)Kikuchi H, et al. J Neurol Sci. 2001;183:73-78.6)Osoegawa M, et al. Acta Neuropathol. 2003;105:289-295.7)Yamasaki R, et al. J Neurosci. 2016;36:11929-11945.8)Kanamori Y, et al. Clin Exp Neuroimmunol. 2013;4:29-35.公開履歴初回2017年11月14日

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中国プライマリケア施設、主要4種の降圧薬常備は3割

 中国における降圧薬の利活用(入手性、費用、処方)は著しく不十分で、とくにガイドラインで推奨される廉価で価値の高い薬剤が、率先して使用されてはいない実態が明らかとなった。中国医学科学院・北京協和医学院のMeng Su氏らが、中国のプライマリケア施設における降圧薬に関する全国調査の結果を報告した。中国の高血圧患者は約2億人と推定されているが、プライマリケアでの治療の実態は、ほとんど知られていなかった。著者は、「今後、高血圧の疾病負荷を減らすために、とくにプライマリケア従事者の活動を介して、価値の高い降圧薬の利用状況を改善する必要がある」とまとめている。Lancet誌オンライン版2017年10月25日号掲載の報告。中国のプライマリケア約3,400施設のデータを解析 研究グループは、2016年11月~2017年5月に実施された中国の全国断面調査(the China Patient-Centered Evaluative Assessment of Cardiac Events[PEACE]Million Persons Project[MPP]primary health care survey)のデータを用い、中国31省のプライマリケア施設3,362施設(地域衛生院203施設、地域衛生サービスステーション401施設、町衛生院284施設、村衛生室2,474施設)における降圧薬62種の入手性・費用・処方パターンを評価した。また、価値の高い降圧薬(ガイドラインで推奨され、かつ低価格)の利用についても評価し、降圧薬の費用と、入手性および処方パターンとの関連性も検証した。主要4種の降圧薬常備は33.8%、高価値の降圧薬常備は32.7% 計3,362施設、約100万例のデータを評価した(農村部:2,758施設、61万3,638例、都市部:604施設、47万8,393例)。 3,362施設中、8.1%(95%信頼区間[CI]:7.2~9.1)は降圧薬を置いておらず、通常使用される4種類(ACE阻害薬、ARB、β遮断薬、Ca拮抗薬)の降圧薬すべてを常備していたのは33.8%(95%CI:32.2~35.4%)であった。降圧薬の入手性が最も低かったのは、中国西部の村衛生室であった。 また、価値の高い降圧薬を常備していたのは、3,362施設中32.7%(95%CI:32.2~33.3%)のみで、それらの処方頻度は低かった(全処方記録の11.2%、95%CI:10.9~11.6)。価格が高い降圧薬のほうが、低価格の降圧薬より処方される傾向があった。

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中国成人の約半数が高血圧、うち7割は服薬なし/Lancet

 35~75歳の中国成人において、ほぼ半数が高血圧症を有し、治療を受けているのは3分の1未満で、血圧コントロールが良好なのは12分の1未満であることが明らかになった。中国医学科学院・北京協和医学院のJiapeng Lu氏らが、約170万例の代表サンプル成人を対象に行った、住民ベースのスクリーニング試験の結果を報告した。Lancet誌オンライン版2017年10月25日号掲載の報告。サンプル対象170万例を26万4,475のサブグループに分け分析 研究グループは2014年9月15日~2017年6月20日の間に、中国本土31地域に住む35~75歳の成人約170万例を登録した、大規模な住民ベースの心イベントスクリーニングプロジェクト「China Patient-Centered Evaluative Assessment of Cardiac Events (PEACE) Million Persons Project」を行い、有病率や病識、治療やコントロール状況について調査した。 高血圧症の定義は、収縮期血圧140mmHg以上もしくは拡張期血圧90mmHg以上、または自己報告による直近2週間の降圧薬の服用とした。高血圧症に関する病識、治療、コントロールの定義は、それぞれ、高血圧症と診断されたことを自己申告、降圧薬を現在服用中、収縮期・拡張期血圧値が140/90mmHg未満とした。 年齢グループ(35~44、45~54、55~64、65~75歳)、男性/女性、中国西/中央/東部、都市部/地方、漢族/非漢族、農民/非農民、年収(<1万元、1~<5万元、≧5万元)、教育レベル(初等教育以下、中学、高校、大学以上)、心血管イベントの有無、喫煙の有無、糖尿病の有無など11の人口動態的および臨床的因子と、個人およびプライマリヘルスケア地域を可能な限り組み合わせた26万4,475のサブグループについて、高血圧症の病識、治療、コントロール率を分析した。コントロール不良の治療中患者、8割以上が降圧薬の服用は1種のみ サンプル調査対象として包含されたのは173万8,886例で、平均年齢は55.6歳(SD 9.7)、女性は59.5%で、高血圧症患者の割合は44.7%(95%信頼区間[CI]:44.6~44.8、77万7,637例)だった。 高血圧症患者のうち、高血圧症であることを自覚していたのは44.7%(同:44.6~44.8、34万7,755例)だった。また、高血圧症患者のうち、処方された降圧薬を服用していたのは30.1%(同:30.0~30.2)、血圧コントロールを達成していたのは7.2%(同:7.1~7.2)だった。 年齢・性別標準化後の高血圧症の有病率は37.2%(同:37.1~37.3)、病識率36.0%(同:35.8~36.2)、治療率22.9%(同:22.7~23.0)、コントロール率は5.7%(同:5.6~5.7)だった。 最も使用頻度の高かった降圧薬は、クラス分類でカルシウム拮抗薬だった(55.2%、95%CI:55.0~55.4)。また、降圧薬を服用しているがコントロール不良であった高血圧症患者のうち、81.5%が1種類の降圧薬しか服用していなかった。 高血圧症を自覚している患者の割合と、治療を受けていた患者の割合は、サブグループ間で顕著にばらつきが認められた。病識率および治療率が低い傾向との関連がみられたのは、男性、年齢が低い、低収入、心血管イベント既往、糖尿病、肥満、アルコール摂取だった(すべてp<0.01)。一方、血圧コントロール率はすべてのサブグループで30%未満と低かった。 これらの結果を踏まえて著者は、「中国人のすべてのサブグループで、血圧コントロール率が低い集団が認められた。幅広くグローバルな戦略、たとえば予防へのさらなる取り組みや、優れたスクリーニング、より効果的で手頃な治療が必要であることを支持する結果であった」とまとめている。

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日本初、ワルファリンでの出血傾向を迅速に抑える保険適用製剤

 ワルファリン服用者の急性重篤出血時や、重大な出血が予想される手術・処置の際に、出血傾向を迅速に抑制する日本初の保険適用製剤として、乾燥濃縮人プロトロンビン複合体(商品名:ケイセントラ静注用)が9月19日に発売された。発売に先立ち、15日に開催されたCSLベーリング株式会社による記者発表において、矢坂 正弘氏(国立病院機構九州医療センター脳血管センター 部長)が、本剤の開発経緯や臨床成績、位置付けについて講演した。その内容をお届けする。ケイセントラは厚生労働省への早期開発要望により開発 ワルファリンは直接作用型経口抗凝固薬(DOAC)より適応が広く、腎機能が低下している高齢者など幅広い患者に使用できる。しかし、ワルファリン投与中は頭蓋内出血を発症しやすく、大出血時には休薬などの処置に加え、ビタミンKの投与、新鮮凍結血漿の投与が行われる。これらの投与に関して矢坂氏は、ビタミンKは緊急止血には間に合わず、新鮮凍結血漿は800mL~1Lの投与が必要だが心不全を防ぐためにゆっくり投与せざるを得ず、また輸血による感染症のリスクもあったことを指摘した。 今回発売されたケイセントラは乾燥濃縮人プロトロンビン複合体であり、1996年にドイツで承認されて以降、欧州各国で承認され、2017年1月時点で米国を含む42の国と地域で承認されている。日本では、2011年に厚生労働省の「医療上の必要性の高い未承認薬・適応外薬検討会」の開発要望募集で日本脳卒中学会が早期開発要望書を提出し、厚生労働省がCSLベーリング社に開発を要請、今年3月に「ビタミンK拮抗薬投与中の患者における、急性重篤出血時、又は重大な出血が予想される緊急を要する手術・処置の施行時の出血傾向の抑制」を効能・効果として承認された。30分以内の速やかなPT-INRの是正効果においてケイセントラの非劣性が確認された ケイセントラの臨床試験成績について、矢坂氏はまず、海外で実施された2つの第III相試験を紹介した。1つは、ビタミンK拮抗薬投与中に急性重篤出血を来した患者を対象に、全例にビタミンKを静脈内投与し、ケイセントラ投与もしくは血漿投与に無作為に割り付け、止血効果と速やかなPT-INRの是正効果を比較した無作為化非盲検非劣性多施設共同試験である。本試験で、投与終了後30分以内にPT-INRが1.3以下に低下した患者の割合は、ケイセントラ群が62.2%で血漿群の9.6%に対して非劣性が確認された。また、投与開始から24時間までの止血効果が有効であった患者の割合についても、ケイセントラ群が72.4%と血漿群の65.4%に対して非劣性が確認された。 もう1つは、ビタミンK拮抗薬投与中で緊急の外科手術または侵襲的処置を要する患者を対象とした無作為化非盲検非劣性多施設共同試験で、全例にビタミンKを投与し、ケイセントラ投与もしくは血漿投与に無作為に割り付けた。試験の結果、投与終了後30分以内にPT-INRが1.3以下に低下した患者の割合は、ケイセントラ群55.2%、血漿群9.9%、また投与開始から外科手術または侵襲的処置終了までの間に止血効果が有効であった患者の割合は、ケイセントラ群89.7%、血漿群75.3%と、どちらも血漿群に対しケイセントラの非劣性が確認された。 また、日本人を対象とした国内の第III相試験では、ビタミンK拮抗薬療法に起因する抗凝固状態で急性重篤出血を来した、あるいは外科手術または侵襲的処置を要する患者に対して、ビタミンKとケイセントラ投与により、PT-INR中央値はベースラインの3.13から、投与終了後30分で1.15に減少した。 最後に矢坂氏は、「ワルファリンは幅広い適応を持っているので今後も使われていく薬剤だが、注意すべきは出血性合併症」と述べ、ケイセントラの発売で「ワルファリン治療中の大出血時、緊急手術が必要な場合にワルファリン作用の緊急是正に使用できるようになり、非常に期待される」と締め括った。

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AF患者の経口抗凝固療法、教育的介入で増加/Lancet

 心房細動患者への経口抗凝固療法に関して、多角・多面的な教育介入により同療法を受ける患者の割合が有意に増加したことが、ルーマニア・キャロルダビラ医科大学のDragos Vinereanu氏らが5ヵ国(アルゼンチン、ブラジル、中国、インド、ルーマニア)を対象に行った国際クラスター無作為化試験「IMPACT-AF試験」の結果、示された。心房細動患者は脳卒中を発症するリスクが高いが、経口抗凝固療法で予防は可能であり、現行ガイドラインでも推奨されている。しかし、適応患者への同療法が十分に行われていない状況が報告されており、とくに中所得国において過少で、任意抽出集団を対象に調べた投与患者の割合は、東ヨーロッパ・南米・インドでは40%未満、中国では11%にとどまるという。研究グループはこれらの国々における教育介入のインパクトを評価した。Lancet誌オンライン版2017年8月25日号掲載の報告。医療提供者と患者に啓発、Webやeメール、SNSを活用 IMPACT-AF試験では、心房細動を有し経口抗凝固療法が適応(CHA2DS2-VAScスコア2以上、またはリウマチ性心臓弁膜症)の18歳以上の患者を包含したクラスターを、質的改善の教育介入を受ける群(介入群)または通常治療群(対照群)に、無作為に1対1の割合で割り付けた。無作為化は、eClinicalOS電子データ収集システムを用いて中央コーディングセンターで行われた。 介入は、医療提供者および患者の両者に対して行われ、定期的なモニタリングとフィードバックを伴った。患者・家族に対しては小冊子やウェブベースのビデオ教材を用いた啓発を行い、医療提供者には定期的なeメール送付で系統的レビューや関連論文、ウェブカンファレンスやオンラインセミナー、コーディングセンターとの質疑応答ができる掲示板の案内などを行った。介入は経口抗凝固療法の導入と継続を奨励することに焦点が置かれていた。 主要アウトカムは、ベースラインから教育介入1年時点までの、経口抗凝固療法を受けた患者の割合の変化であった。1年間で介入群12%増に対し対照群3%増、オッズ比は3.28 2014年6月11日~2016年11月13日の間に、5ヵ国の48クラスター(ブラジル8、その他各国10クラスター)、患者計2,281例(アルゼンチン343例、ブラジル360例、中国586例、インド493例、ルーマニア499例)が登録された。追跡期間は中央値12.0ヵ月(IQR:11.8~12.2)。 介入群において、経口抗凝固療法を受けた患者の割合は、ベースライン時68%(804/1,184例)から1年時点80%(943/1,184例)へ増大した(変化:12%)。一方、対照群は64%(703/1,092例)から67%(732/1,092例)への増大であった(同3%)。両群の変化の絶対差は9.1%(95%信頼区間[CI]:3.8~14.4)であり、オッズ比(OR)は3.28(95%CI:1.67~6.44、補正後p=0.0002)であった。 抗凝固療法に関する主な副次アウトカムをみると、ベースラインと1年時点いずれにおいても同療法を受けていた患者の割合は介入群と対照群で有意差はなかったが(補正後OR:1.68、p=0.10)、介入群においてわずかだがビタミンK拮抗薬の使用率が低下した変化がみられた(87%から78%、対照群は78%で推移)。また、同療法をベースラインでは受けていなかったが1年時点では受けていた患者の割合は、介入群48%、対照群18%であった(補正後OR:4.60、95%CI:2.20~9.63、p<0.0001)。 副次臨床的アウトカムのうち、Kaplan-Meier法で推定した脳卒中の発生は、対照群と比べて介入群で減少したことが示された(HR:0.48、95%CI:0.23~0.99、log-rank検定p=0.0434)。同値は補正後Coxモデルの評価でも変わらなかったが、CI値の上下限値幅が大きかった(HR:0.49、95%CI:0.21~1.13、p=0.09)。なお、全死因死亡、複合アウトカム(脳卒中・全身性塞栓症・大出血)、大出血の発生は、両群で差はなかった。

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降圧薬と乳がんリスクの関連~SEERデータ

 米国Kaiser Permanente Washington Health Research InstituteのLu Chen氏らは、Surveillance, Epidemiology and End-Results(SEER)-Medicareデータベースを用いて、主要な降圧薬と乳がんリスクの関連を検討し、利尿薬とβ遮断薬が高齢女性の乳がんリスクを増加させる可能性があることを報告した。「ほとんどの降圧薬は乳がん発症に関して安全だが、利尿薬とβ遮断薬についてはさらなる研究が必要」としている。Cancer epidemiology, biomarkers & prevention誌オンライン版2017年8月14日号に掲載。 本研究では、2007~11年にStage I/II乳がんと診断された66~80歳の女性1万4,766例を同定した。がん発症後の各種降圧薬の使用についてMedicare Part Dデータで調べた。アウトカムは、SBCE(second breast cancer event、初回の再発または2次対側原発乳がんの複合)、乳がんの再発、乳がんによる死亡とした。時間変動Cox比例ハザードモデルを用いて、ハザード比(HR)と95%信頼区間(CI)を推定した。 主な結果は以下のとおり。・追跡期間中央値3年で、SBCEが791例、乳がんの再発が627例、乳がん死亡が237例であった。・乳がん診断後に利尿薬を使用した患者(8,517例)では非使用者と比較して、SBCEリスクは29%(95%CI:1.10~1.51)、再発リスクは36%(同:1.14~1.63)、乳がん死亡リスクは51%(同:1.11~2.04)、それぞれ高かった。・β遮断薬を使用した患者(7,145例)では非使用者と比較して、乳がん死亡リスクが41%(95%CI:1.07~1.84)高かった。・アンジオテンシンII受容体拮抗薬、Ca拮抗薬、アンジオテンシン変換酵素阻害薬の使用は、乳がんリスクに関連していなかった。

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認知症患者、PPIで肺炎リスクが9割上昇

 台湾・中山医学大学のSai-Wai Ho氏らの後ろ向きコホート研究により、認知症患者においてプロトンポンプ阻害薬(PPI)の使用により肺炎発症リスクが89%上昇したことが報告された。Journal of the American Geriatrics Society誌2017年7月号に掲載。PPI使用群で肺炎の発症率が高かった 著者らは、台湾国民健康保険研究データベースを用いて、新規にPPIを使用した認知症患者786例およびこれらの患者とマッチさせた PPI使用のない認知症患者786例について肺炎の発症を調べた。肺炎リスクはCox比例ハザードモデルを用いて推定し、defined daily dosage(DDD:成人の想定平均1日用量)を用いて、PPIの累積用量-反応関係を評価した。 PPIを使用した認知症患者の肺炎の発症を調べた主な結果は以下のとおり。・肺炎の発症率はPPI使用群で高かった(調整ハザード比[HR]:1.89、95%CI:1.51~2.37)。・Coxモデル解析により、以下の因子が肺炎の独立した危険因子であることが示された。 年齢(調整HR:1.05、95%CI:1.03~1.06) 男性(調整HR:1.57、95%CI:1.25~1.98) 脳血管疾患の既往(調整HR:1.30、95%CI:1.04~1.62) 慢性呼吸器疾患(調整HR:1.39、95%CI:1.09~1.76) うっ血性心不全(調整HR:1.54、95%CI:1.11~2.13) 糖尿病(調整HR:1.54、95%CI:1.22~1.95) 抗精神病薬の使用(調整HR:1.29、95%CI:1.03~1.61)・コリンエステラーゼ阻害薬およびH2受容体拮抗薬の使用は、肺炎リスクを減少させることが示された。

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高齢者の高血圧診療ガイドライン発表―日常診療の問題に焦点

 日本老年医学会は7月20日に「高齢者高血圧診療ガイドライン(JGS-HT2017)」を発表した。本ガイドラインでは、日常診療で生じる問題に基づいてClinical Question(CQ)を設定しており、診療における方針決定をするうえで、参考となる推奨を提示している。 高齢者においては、生活習慣病管理の目的は脳血管疾患予防だけでなく、生活機能全般の維持という側面もあるため、フレイルや認知症などの合併症を考慮したガイドラインが重要と考えられている。そのため、高齢者高血圧診療ガイドライン2017では、治療介入によるアウトカムを認知症や日常生活活動(ADL)に設定して行われたシステマティックレビューが基盤となっている。以下にその概略を紹介する。高齢者の高血圧診療は高度機能障害がなければ年齢にかかわらず降圧治療 高齢者の高血圧診療の目的は健康寿命の延伸である。高齢者においても降圧治療による脳卒中や心筋梗塞、心不全をはじめとする脳血管疾患病や慢性腎臓病の1次予防、2次予防の有用性は確立しているため、高度に機能が障害されていない場合は、生命予後を改善するため年齢にかかわらず降圧治療が推奨される。ただし、病態の多様性や生活環境等に応じて個別判断が求められる、としている。生活習慣の修正についても、併存疾患等を考慮しつつ、積極的に行うことが推奨されている。高齢者高血圧には認知機能にかかわらず降圧治療は行うが服薬管理には注意 高齢者への降圧治療による認知症の発症抑制や、軽度認知障害(MCI)を含む認知機能障害のある高齢者高血圧への降圧治療が、認知機能悪化を抑制する可能性が示唆されているものの、一定の結論は得られていない。よって、現段階では認知機能の評価により、降圧治療を差し控える判断や降圧薬の種類を選択することにはつながらないため、原則として認知機能にかかわらず、降圧治療を行う。ただし、認知機能の低下がある場合などにおいては、服薬管理には注意する必要がある。 一方、過降圧は認知機能障害のある高齢者高血圧において、認知機能を悪化させる可能性があるので注意を要する。また、フレイルであっても基本的には降圧治療は推奨される。高齢者高血圧への降圧治療で転倒・骨折リスクが高い患者へはサイアザイド推奨 高齢者高血圧への降圧治療を開始する際には、骨折リスクを増大させる可能性があるので注意を要する。一方で、サイアザイド系利尿薬による骨折リスクの減少は多数の研究において一貫した結果が得られているため、合併症に伴う積極的適応を考慮したうえで、転倒リスクが高い患者や骨粗鬆症合併患者では積極的にサイアザイド系利尿薬を選択することが推奨される。しかし、ループ利尿薬については、骨折リスクを増加させる可能性があるため、注意が必要である。高齢者高血圧への降圧治療でCa拮抗薬・ループ利尿薬は頻尿を助長する可能性 高齢者高血圧への降圧治療でもっとも使用頻度が高く、有用性の高い降圧薬であるCa拮抗薬は夜間頻尿を助長する可能性が示唆されている。そのため、頻尿の症状がある患者においては、本剤の影響を評価することが推奨される。また、腎機能低下時にサイアザイド系利尿薬の代わりに使用されるループ利尿薬も頻尿の原因になり得る。 一方で、サイアザイド系利尿薬は夜間頻尿を増悪させる可能性が低い。しかし、「利尿薬」という名称から、高齢者高血圧患者が頻尿を懸念して内服をしない・自己調節することが少なくないため、患者に「尿量は増えない」ことを丁寧に説明する必要がある。高齢者高血圧の降圧薬治療開始や降圧目標は個別判断が必要なケースも 高齢者高血圧の降圧目標としては、日本高血圧学会によるJSH2014と同様に、65~74歳では140/90mmHg未満、75歳以上では150/90mmHg未満(忍容性があれば140/90mmHg未満)が推奨されている。また、年齢だけでなく、病態や環境により、有用性と有害性を考慮することが提案されており、身体機能の低下や認知症を有する患者などでは、降圧薬治療開始や降圧目標を個別判断するよう求めている。エンドオブライフにある高齢者においては、降圧薬の中止も積極的に検討する。高齢者高血圧の「緩徐な降圧療法」の具体的な方法を記載 高齢者高血圧診療ガイドライン2017では、第1選択薬についてはJSH2014の推奨と同様に、原則、Ca拮抗薬、ARB、ACE阻害薬、サイアザイド系利尿薬となっている。心不全、頻脈、労作性狭心症、心筋梗塞後の高齢高血圧患者に対しては、β遮断薬を第1選択薬として考慮する。 また、高齢者高血圧の降圧療法の原則の1つである「緩徐な降圧療法」として、「降圧薬の初期量を常用量の1/2量とし、症状に注意しながら4週間~3ヵ月の間隔で増量する」などといった、具体的な方法が記載されている。さらには、降圧薬の調整に際し、留意すべき事項としてポリファーマシーやアドヒアランスの対策などのポイントが挙げられている。

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心不全の突然死、科学的根拠に基づく薬物療法で減少/NEJM

 収縮能が低下した心不全の外来患者では、突然死の発生率が経時的に大きく低下していることが、英国心臓財団グラスゴー心血管研究センターのLi Shen氏らの調査で明らかとなった。研究の成果は、NEJM誌2017年7月6日号に掲載された。ACE阻害薬、ARB、β遮断薬、ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬などの登場以降、科学的根拠に基づく薬物療法の使用が増えるに従って、収縮能が低下した症候性心不全患者の突然死のリスクは、経時的に低下している可能性が指摘されているが、その詳細の調査は十分ではないという。駆出率≦40%の症候性心不全患者約4万例を解析 研究グループは、駆出率≦40%の症候性心不全患者(NYHAクラスII~IV)を対象に、過去20年間に実施され、1,000例以上を登録した臨床試験の参加者(植込み型除細動器[ICD]装着例は除外)のデータを解析した(中国国家留学基金管理委員会と英国グラスゴー大学の助成による)。 重み付き多変量回帰を用いて、突然死の発生率の経時的な動向の検討を行った。また、Cox回帰モデルを用いて、各試験の突然死の補正ハザード比(HR)を算出した。突然死の累積発生率は、無作為化後の複数の時点(30、60、90、180日、1、2、3年)で、心不全の診断から無作為化までの期間別(≦3ヵ月、3~6ヵ月、6~12ヵ月、1~2年、2~5年、>5年)に評価した。 1995~2014年に実施された12件の臨床試験の参加者4万195例が、解析の対象となった。突然死は3,583例(8.9%)で発生した。突然死のリスクが19年間で44%低下 ベースラインの全体の平均年齢は65歳で、77%が男性であった。95%がNYHAクラスII/IIIの患者で、駆出率の平均値は28%(試験ごとの平均値の範囲:23~32%)、心不全の原因の62%が虚血性であった。 ACE阻害薬とARBは90%以上の患者が使用していた(ACE阻害薬非使用例を対象とした1試験を除く)。一般的な傾向として、より最近の試験ほど、β遮断薬とミネラルコルチコイド受容体拮抗薬の使用例が多かった。 突然死を起こした患者は起こさなかった患者と比較して、高齢、男性、低い駆出率、高い心拍数、重い心不全症状、心不全の原因が虚血性、既往歴に心筋梗塞、糖尿病、腎機能障害、といった患者が多かった。また、突然死を起こした患者は、冠動脈血行再建術施行例が少なかった。 突然死の年間発生率は、最初期の試験(1998年に終了)の6.5%から、最近の試験(2014年に終了)の3.3%まで、経時的に低下した(傾向検定:p=0.02)。試験全体の突然死のリスクは、19年間で44%低下した(HR:0.56、95%信頼区間[CI]:0.33~0.93、p=0.03)。 無作為化後90日時の突然死の累積発生率は、最初期の試験が2.4%、最近の試験は1.0%であった。概して、180日時の突然死の累積発生率は90日時の約2倍となり、最近の試験になるほど、同様の傾向を示しつつ発生率が低下した。また、心不全の診断後の経過が短い患者は、長い患者と比較して、突然死の発生率は高くなかった。 駆出率別の解析では、どのサブグループも、試験全体と同様に突然死発生率が低下する傾向がみられ、駆出率が低いサブグループで突然死が多かった。 著者は、「これらの知見は、突然死に対するエビデンスに基づく薬物療法の蓄積されたベネフィットと一致する」としている。

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遺伝性血管性浮腫〔HAE:Hereditary angioedema〕

1 疾患概要■ 概念・定義遺伝性血管性浮腫(HAE)は、顔面や四肢、腸管や喉頭など全身のさまざまな部位に突発性、一過性の浮腫を生じる遺伝性疾患である。気道閉塞や激烈な腹痛を生じて重篤になりうるため希少疾患ではあるが見逃してはならない。従来、C1インヒビター(C1-INH)遺伝子異常によるHAE I型、II型が知られていたが、2000年にC1-INH遺伝子に異常を認めないHAE with normal C1-INH(HAEnC1-INHあるいはHAE III型)が報告された。HAEは常染色体優性遺伝形式をとるが、HAE III型では浸透率が低く、しかも発症するのはほとんど女性である。またHAE I/II型では家族歴のない孤発例も25%で認められる。孤発例はde novoの遺伝子異常症である1)。HAEにみられる突発性浮腫の本態は、これらの遺伝子異常の結果、産生が亢進したブラジキニンなどの炎症メディエーターによって血管透過性が亢進することがある。古くから知られた疾患であるがまれな疾患であり、気付かれにくく診断に難渋することが多い。2010年に「遺伝性血管性浮腫ガイドライン2010」が補体研究会(現 一般社団法人 日本補体学会)から発表され2)、2014年に改訂された3)。HAEの診断、鑑別、症状別の治療方針について系統的に記載されたわが国で初めてのガイドラインである。■ 疫学HAE I/II型は人種を問わず5万人に1人とする報告が多い。HAE III型は10万人に1人程度と考えられている。いずれもすべての人種で報告されている。■ 病因HAEはその病因から3つの型に分類される。I型常染色体優性の遺伝形式をとり、C1-INHの活性、タンパク量ともに低下している。HAE全体の約85%を占める。II型常染色体優性の遺伝形式をとり、C1-INHの活性中心のアミノ酸変異による機能異常である。C1-INH活性は低下するが、タンパク量は低下しない。HAEの約15%を占める。III型遺伝性であるがほとんど女性に発症する。病態の詳細は不明であるが、一部の症例に凝固XII因子の変異を認める。C1-INHの活性、タンパク量ともに正常である。HAEのほとんどを占めるI型、II型の原因は、遺伝子変異によるC1-INHの機能低下である。I型、II型ならびにIII型の中で凝固XII因子の変異がある場合は、最終的にブラジキニンの産生が亢進する。その結果、血管透過性が亢進し、血管外に水分が漏出、貯留して浮腫が生じるが、この浮腫は数日で消失する。III型で凝固XII因子の異常を認めない場合の病因は不明である。■ 症状24時間で最大となり数日で自然に消褪する発作を繰り返す。10~20歳代に初発することが多い。I~III型まで報告されているHAEの特徴を、表に示す4)。いずれの病型も発現する症状はほぼ同じである。風邪、外傷、歯科治療、精神的ストレス、疲労などが誘因になりやすいが、何の誘因もない症例も多い。浮腫発作がないときには、健康人と何ら変わりはない。画像を拡大する1)皮膚症状眼瞼、口唇、四肢に発作性に浮腫を生じやすいが、ほかにもあらゆる場所に生じうる。浮腫を起こした皮膚表面は、赤みをごく軽度に帯びることはあっても蕁麻疹などのように明瞭な皮疹は伴わない。発作初期に罹患部がピリピリすることはあるが痛みやかゆみはない。2)消化器症状嘔気、嘔吐、下痢、腹痛などがあるが、なかでも腹痛は激烈である。炎症性疾患とは異なり、筋性防御はなく腹部エコーやCT所見で浮腫を認める。3)喉頭浮腫嚥下困難、喉の詰まり感、嗄声や声が出ないなどの声の変化、息苦しさを呈するが、進行すると呼吸困難、窒息になる。■ 予後喉頭浮腫を生じているにもかかわらず、適切に治療されなかった場合の致死率は30%とされる。その他の症候は予後良好である。2 診断 (検査・鑑別診断も含む)■ 診断基準1)突発性の浮腫2)補体C4の低下、C1-INH活性の低下3)家族歴以上の3つがあればHAE I型あるいはII型(HAE I/II型)と診断できる。C1-INHタンパク質量が低下していればHAE I型、正常または増加していればHAE II型である。1)と3)のみの場合、HAE III型と診断しうる。1)と2)のみの場合HAE I/II型の孤発例か後天性血管性浮腫である。血清C1qタンパク質定量(保険適用外)が低値であれば後天性とされているが、HAEの場合でも低値を示すことがある。4)確定診断のためには遺伝子解析が有用である。確定診断のためにはC1-INH遺伝子(SERPING1)異常の同定が望ましい。HAE III型の一部では凝固XII因子遺伝子異常が報告されているが、わが国での報告はない。HAE III型は今後の研究の進展に伴って疾患概念が変化する可能性がある。5)診断の参考となるアルゴリズムを提示する(図)1)。画像を拡大する■ 検査1)HAEを疑った際にはまず補体C4濃度を測定する。発作時には100%、発作がないときでも98%の検体で基準値を下回る。2)C1-INH活性は発作時であるか否かにかかわらず50%未満となるため診断に最も有用である。保険適用である。3)C1-INHタンパク質定量はHAE I型、II型を区別する場合に施行するが、保険適用ではない。4)HAE I/II型ではSERPING1遺伝子のヘテロ変異を認める。5)HAE III型の一部には凝固XII因子の遺伝子異常を認めるが、それ以外には診断に役立つ検査はない。■ 鑑別診断突発性浮腫を呈するほかの疾患との鑑別が重要である。1)アレルギー性血管性浮腫蕁麻疹を伴い、原因はペニシリンなどの薬剤や卵、小麦などの食物、化学物質に対するIgEを介したアレルギー機序である。2)後天性血管性浮腫思春期発症が多いHAEと異なり40歳以降に初発することが多い。悪性腫瘍、自己免疫によるC1-INHの消費が原因である。3)非アレルギー性薬剤性血管性浮腫アスピリンや非ステロイド性抗炎症薬(NSAID)では、COX阻害により浮腫を生じる。ACE阻害薬内服患者の0.1~0.5%に生じるとされる。4)物理的刺激による血管性浮腫温熱、寒冷、振動、日光曝露などの物理的刺激で生じる。5)好酸球増多を伴う好酸球性血管性浮腫末梢血の好酸球増多、繰り返す浮腫と発熱、蕁麻疹、体重増加とIgM増加を伴う。まれ。6)特発性浮腫原因不明である。血管性浮腫の半数近くを占め、最も頻度が高い。3 治療 (治験中・研究中のものも含む)発作出現時の治療と発作の予防の2つに分けられる。1)発作時の治療世界的にはC1-INH製剤、ブラジキニンB2受容体拮抗薬、カリクレイン阻害薬の3系統が存在するが、わが国では2017年6月現在ヒト血漿由来C1-INH製剤である乾燥濃縮人C1インアクチベーター製剤(商品名:ベリナートP静注)のみ保険適用である。顔面、頸部、喉頭、腹部の発作には積極的に投与する。2)短期予防あらかじめ処置や手術がわかっているときの発作予防である。ベリナートPが1990年にわが国で承認されて以来、効能・効果は「遺伝性血管性浮腫の急性発作」のみであった。しかしながら、侵襲を伴う処置に対する発作予防の必要性が認められ、2017年3月ベリナートPの効能・効果に「侵襲を伴う処置による遺伝性血管性浮腫の急性発作の発症抑制」が追加された。(1)歯科治療(侵襲が小さい場合)C1-INH製剤の準備のうえならば予防投与は必要ない。(2)歯科治療(侵襲が大きい場合)、外科手術などの大ストレス時手術の1時間前にC1-INH製剤の補充を行う。3)長期予防1ヵ月に1回以上あるいは1ヵ月に5日以上の発作がある場合、または喉頭浮腫の既往がある場合には、次の治療を検討する。(1)トラネキサム酸(同:トランサミン)30~50mg/kg/日を1日2~3回に分けて服用する。そのほか、長期の発作予防には抗プラスミン作用を期待してトラネキサム酸が用いられるが、効果は限定的である。(2)ダナゾール(同:ボンゾール)蛋白同化ホルモンであるダナゾールも用いられる。2.5mg/kg/日(最大200mg/日)を1ヵ月、もし無効ならば300mgを1ヵ月、さらに無効ならば400mg/日を1ヵ月投与する。有効であれば、その後1ヵ月ごとに半量に軽減し50mg/日連日か100mg/日隔日まで減量する。副作用として肝障害、高血糖、多毛、男性化には注意が必要である。ただし保険適用はない。(3)C1-INH製剤(C1エステラーゼ阻害剤)欧米ではヒト血漿由来のCinryzeの予防投与(週2回、静注)が認められているが、わが国では未承認である。4 今後の展望HAEの早期発見、早期治療のためには、関連診療科医師へのさらなる啓発活動が重要である。また、HAEのような希少疾患では、1人でも多くの患者情報を正確に収集し、病態の把握や診断基準の作成に役立てる必要がある。欧米では、すでにいくつかの登録システムが稼働しているように、わが国においても患者レジストリーの構築が不可欠である。現在、NPO法人 血管性浮腫情報センターと、一般社団法人 日本補体学会の協力をもとにレジストリーの構築が進められている。薬剤治療法については、従来から存在するヒト血漿由来C1-INH製剤に加えて、最近の10年間で遺伝子組換えヒトC1-INH製剤、ブラジキニンB2受容体拮抗薬、カリクレイン阻害薬が次々と登場してきた。わが国ではヒト血漿由来C1-INH製剤ベリナートPのみがHAEへの保険適用を認められているに過ぎないが、これらの薬剤のHAEへの承認へ向けた臨床試験が進められている。とくに新しい経口のHAE治療薬開発の進展が期待されている。5 主たる診療科内科、皮膚科、耳鼻咽喉科、小児科、救命救急科※ 医療機関によって診療科目の区分は異なることがあります。6 参考になるサイト(公的助成情報、患者会情報など)診療、研究に関する情報NPO法人 血管性浮腫情報センター(CREATE)(医療従事者向けのまとまった情報)一般社団法人 日本補体学会HAEサイト(医療従事者向けのまとまった情報)患者会情報HAE患者会「くみーむ」(HAE患者と家族への情報)その他の情報腫れ・腹痛ナビ(医療従事者向け)腫れ・腹痛ナビ(患者さん向け)1)堀内孝彦. 遺伝性血管性浮腫(HAE). In:日本免疫不全症研究会編. 原発性免疫不全症候群 診療の手引き. 診断と治療社; 2017.p.130-135.2)Horiuchi T, et al. Allergol Int. 2012;61:559-562.3)堀内孝彦ほか. 補体. 2014;52:24-30.4)堀内孝彦. 医学のあゆみ. 2016;258:861-866.公開履歴初回2017年6月27日

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肥満が双極性障害の病態生理に影響

 双極性障害(BD)患者の60%以上で肥満が報告されている。肥満は、疾患の重症度を悪化させ、認知や機能アウトカムに影響を及ぼす。白質(white matter:WM)の異常は、BDの神経イメージング研究において、最も一貫して報告された知見の1つである。イタリア・Scientific Institute Ospedale San RaffaeleのElena Mazza氏らは、BD患者においてBMIとWM統合性が相関すると仮定し、検討を行った。Bipolar disorders誌2017年3月号の報告。 BDうつ病患者164例のサンプルにおけるBMIを評価した。WM統合性の拡散テンソル画像(DTI)測定(FA、MD、AD、RDを含む)のために、閾値のないクラスター強化法を用いて全脳線維束に基づく空間統計を行った。 結果、BMIは、いくつかの線維束、前放射冠、前頭視床、下前頭後頭部束、脳梁において、WM統合性と関連していることがDTI測定で観察された。 著者らは「気分調整や神経認知機能に不可欠なWM経路におけるBMIの関連は、重要な皮質辺縁系ネットワークでの構造的な連結性への有害作用を介し、BMIがBDの病態生理に影響する可能性のあることが示唆された」としている。関連医療ニュース双極性障害とうつ病の鑑別診断への試み:奈良県立医大白質の重症度で各抗認知症薬の効果に違い:岡山大ドパミンD2/3受容体拮抗薬、統合失調症患者の脳白質を改善

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眼圧と心血管薬の使用、関連せず

 眼圧は、血圧やほかの心血管リスク因子と関連していることがよく知られている。眼圧に対する全身性の心血管薬、とくに降圧薬の影響はいまだ論争の的であるが、非緑内障者では眼圧と心血管薬(とくにβ遮断薬)との間に関連はないことを、ドイツ・マインツ大学のRene Hohn氏らが、コホート研究にて明らかにした。著者は、「局所および全身性β遮断薬の長期のドリフト現象(drift phenomenon)が、この結果を説明するかもしれない」とまとめている。British Journal of Ophthalmology誌オンライン版2017年4月12日号掲載の報告。 研究グループは、ドイツ中西部の住民1万3,527例を対象とした前向き観察コホート研究(グーテンベルク健康研究)において、全身性の心血管薬の使用と眼圧との関連について検討した。 眼圧は、非接触圧平眼圧計で測定された。調査した薬剤の種類は、末梢血管拡張薬、利尿薬、β遮断薬、カルシウム拮抗薬、レニン・アンジオテンシン系阻害薬、硝酸薬、ほかの降圧薬、アスピリンおよびスタチンである。薬剤の使用と眼圧との関連について、多変量線形回帰分析を用いて解析した(p<0.0038)。なお、眼圧欠測例、眼圧低下点眼薬使用歴または眼手術既往歴のある参加者は解析から除外された。 主な結果は以下のとおり。・選択的β遮断薬も非選択的β遮断薬も、眼圧低下との間に統計学的に有意な関連は認められなかった(それぞれ、−0.12mmHg、p=0.054および−0.70mmHg、p=0.037)。・BMI、収縮期血圧および中心角膜厚を調整後、ACE阻害薬の使用と眼圧は関連しなかった(0.11mmHg、p=0.07)。

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パプリカ【夢と精神症状の違いは?】

今回のキーワードせん妄レム睡眠行動障害ナルコレプシーデフォルトモードローカルスリープマインドフルネスEMDRオプトジェネティクスみなさんは昨夜どんな夢を見ましたか?怖い夢?追われる夢?それとも飛んでいる夢?展開が速くて突飛な夢?なんでそんな夢ばかりなのでしょうか?何か意味ありげではないでしょうか。それは予知夢?正夢?逆夢?そんなふうに考えて、現実の生活を見つめ直すこともあります。このように、夢は、とても不思議で、私たちを魅惑します。なぜ夢にはいろいろな特徴があるのでしょうか? そもそもなぜ私たちは夢を見るのでしょうか? なぜ眠るのでしょうか? 逆に起きているとはどういうことなのでしょうか? さらに、夢に似ているせん妄、解離性障害、統合失調症などの精神障害とはどんな関係や違いがあるのでしょうか? そして、夢をどう利用できるでしょうか?今回は、夢をテーマにしたSFファンタジーのアニメ映画「パプリカ」を取り上げ、これらの謎に進化医学的な視点で、みなさんといっしょに迫っていきたいと思います。主人公の敦子は、精神医学研究所の医師であり研究員。同僚の時田の発明した夢を共有する装置「DCミニ」を駆使するサイコセラピスト、またの名はパプリカです。ある日、そのDCミニが研究所から盗まれてしまいます。犯人はそれを悪用して他人の夢に勝手に入り込み、悪夢を見せて、意識を乗っ取り、支離滅裂にさせる事件が発生していきます。敦子たちは、夢の中でその犯人を見つけ出し、終わりのない悪夢から抜け出す方法を探っていきます。夢の特徴は?パプリカがクライエントの粉川警部の夢に入り込んでいる冒頭のシーン。粉川は、サーカスのショーの中で、「奴はこの中にいる」「やつは裏切り者だ」とパプリカに言い、捜査をしています。ところが、急に展開が変わり、逆に得体の知れない人たちに追いかけられます。さらに、また展開が変わって、今度は自分が追いかけようとします。しかし、そのうちに床が上下に大きくうねって、前に進みません。そして、最後には床が抜けて落ちていきます。そこで目が覚めて、パプリカに「ひどく怖かった」とつぶやきます。粉川警部の夢は、とても典型的です。その特徴は、まず、感情が強いことです。統計的には、特に「不安」「高揚感」「怒り」の3つで、70%を占めています。逆に、残念なことに楽しい夢や性的な夢は少ないです。また、体の動きが多いことです。特に、追われる夢が圧倒的に多く、その追ってくる相手は、見知らぬ人か動物がほとんどです。また、動いているのに進まない、浮遊感、そして落下も多いです。そして、何よりも、展開が突飛であることです。その他の夢の一般的な特徴としては、夢の中では夢だと気付かないことです。どんなにありえなくても当然だと思い必死になっています。また、夢の中では常にその瞬間の自分の視点だけです(現在一人称)。逆に、他人、過去、未来、仮定の視点はありません。そして、夢は見るだけがほとんどです(視覚優位)。聞こえたり、触れたり、嗅いだり、味わったりすることは稀です。粉川警部のように、同じような夢を繰り返し見ることもよくあります。その割に、夢はすぐに忘れやすいです。なぜ夢を見るの? ―レム睡眠の働きー図1パプリカは、粉川警部に「同じレム睡眠でも明け方の夢は長くて分析しやすいの。深夜の夢が芸術的な短編映画だとしたら、明け方は長編娯楽映画ってとこかな」と説明します。レム睡眠とは、睡眠中に急速眼球運動(REM)が出現している状態のことです。周期的に3、4回あり、この時に夢を見ていることが多いです。そもそもなぜ夢を見るのでしょうか? その答えを探るために、レム睡眠の主な3つの働きを整理してみましょう。1)記憶を送る1つ目は、その日の記憶を海馬から大脳皮質に送ることです。そうすることで、長期記憶として保存されていきます。この働きは、特に寝入った直後の初回のレム睡眠で高まります。その時に見える夢は、その日に見たままのものとその時の自分の体の動きです。また、寝入り端(ばな)には、夢に似たような鮮明な映像(入眠時幻覚)や幾何学模様(入眠時心象体験)が一時的に見えます。そのほとんどはその後の深い眠りで忘れてしまいます。断片的で短く、まさに「芸術的な短編映画」です。パソコンに例えると、その日に得たデータをデスクトップから、保存用の大容量のハードディスクに送っている状態です。それでは、夢に自分の体の動きが多いのはなぜでしょうか? その答えを進化医学的に考えることができます。太古の昔から、生存競争において、特に追ってくる動物から逃げ切るなど体をうまく動かすことは、最も必要な能力です。つまり、答えは、その運動の学習(手続き記憶)が次の日に生き延びるために役立つからです。そうする種がより生き残り、子孫を残したでしょう。その子孫が現在の私たちです。さらに、夢で飛ぶ、浮く、落ちることが多いのはなぜでしょうか? その答えは、レム睡眠中に体を動かす筋肉(骨格筋)が脱力しているからです(睡眠麻痺)。踏ん張れず、地に足が着いていない感覚になります。それでは、なぜ脱力しているのでしょうか? その答えも進化医学的に考えることができます。それは、逆に脱力していなければ、見ている夢と同じ動きをしてしまい、自然界では天敵に気付かれ、生き残れないからです。実際に、パーキンソン病や加齢などによって、この脱力モードが働きにくくなると、睡眠中に夢と同じ動きをしてしまい、ベッドパートナーを叩いたり蹴ったりしてしまいます(レム睡眠行動障害)。逆に、疲労などで、この脱力モードが目覚めても残っていると、体が動かないことを自覚できてしまい、いわゆる「金縛り」になります。2)記憶をつなげる2つ目は、海馬から新しく送られた記憶と大脳皮質にすでにある古い記憶をつなぎ合わせることです。そうすることで、記憶が関連付けられ、整理されていきます。この働きは、目覚める直前の最後のレム睡眠で高まります。その時に見える夢は、先ほどの粉川の夢のように、感情的で、ストーリーが次々と展開していきます。詳細な描写があり長く、まさに「長編娯楽映画」です。パソコンに例えると、デスクトップから送られてきたデータを、ハードディスクのそれぞれのフォルダに照合し、上書きをしている状態です。それでは、夢に感情が強いのはなぜでしょうか? その答えは、レム睡眠中に、海馬と隣り合わせの扁桃体(情動中枢)も同時に活性化しているからです。だからこそ、レム睡眠中の心拍、血圧、呼吸などの自律神経は不安定になります。では、なぜ扁桃体が活性化しているのでしょうか? その答えも進化医学的に考えることができます。それは、不安や怒りなどのネガティブで強い感情は、「逃げるか戦うか」を動機付ける心理として、生存するために、より必要だからです。扁桃体によって、より生存に有利な記憶の重み付けがなされて、優先してつなぎ合わされるからです。ちなみに、現代版の追われる恐怖は、試験勉強や仕事の締め切りなどの時間に追われることであると言えるでしょう。また、夢の展開が突飛なのはなぜでしょうか? これが最も夢らしい特徴です。その答えは、レム睡眠中はものごとを論理的に考えたり、同時並行で記憶(ワーキングメモリー)したりする前頭葉(特に背側前頭前野)の働きが弱まっているからです。では、なぜ前頭葉が働いていないのでしょうか? その答えも進化医学的に考えることができます。それは、前頭葉は起きている時の記憶の「司令塔」であり、記憶の保存や整理をする「労働」そのものには必要がないからです。また、夢を見るレム睡眠中に特に活性化する脳の部位は、主に脳幹や大脳辺縁系です。そして、胎児期や乳児期は、レム睡眠がほとんどを占めています。つまり、解剖学的にも発生学的にも、そもそもレム睡眠はとても原始的な脳活動であることが分かります。夢とは、レム睡眠中の記憶をつなぐ脳活動をたまたま垣間見ただけの主観的な体験のつぎはぎであり、客観的なストーリーになっている必要がないということです。ちなみに、先ほど紹介した「金縛り」は、前頭葉が抑制されて、扁桃体が活性化される状態でもあり、恐怖で冷静な判断ができなくなって、霊的な意味付けをしてしまいやすくなります。同じように、統合失調症でも、前頭葉の働きが弱まっていることが分かっており、論理の飛躍から、被害妄想などが出やすくなります。まさに目が覚めていながら、夢を見ているような状態です。夢は原始的であるからこそ、見るという視覚がほとんどだということが分かります。触覚、嗅覚、味覚も原始的ではありますが、生存競争にそれほど必要がないことから、夢に出てこないと理解できます。また、言葉を聞き取る聴覚は、より知的に高い精神活動であるため、出てきにくいと言えるでしょう。ちなみに、身体的な原因で意識レベルが低下している状態(せん妄)では、夢と似たような幻視や錯覚が多く、幻聴は少ないと言えます。逆に、統合失調症では、意識は保たれているので、幻聴が多く、幻視は少ないと言えます。また、レム睡眠中に前頭葉が働いていないからこそ、夢の中では常にその瞬間の自分の視点だけになってしまいます。そのわけは、前頭葉の重要な働きであるメタ認知は、自分から離れた他人の視点、現在から離れた過去や未来の時間軸の視点、そして現実から離れた仮定の視点も同時に持つ能力だからです。この働きが夢ではないのです。さらに、メタ認知ができないからこそ、夢の中では夢だと気付かないのです。よって、そもそもメタ認知ができない動物やメタ認知が未発達の4歳未満の人間の子どもは、夢を見ても現実との区別ができないと言えます。3)記憶を繰り返す3つ目は、つなぎ合わせのバリエーションを少しずつ変えながら記憶を繰り返すことです。そうすることで、記憶が強化され、記憶の引き出しから出てきやすくなります。それは、まるで反復練習によるリハーサルです。パソコンに例えると、出力をよりスムーズにするため、ハードディスクのプログラムを日々バージョンアップしている状態です。それでは、同じような夢を繰り返し見るのはなぜでしょうか? その答えは、自分にとって気になってしまったことだからです。粉川警部にとって、それはやり残したことでした。さらに進化医学的に考えれば、次に同じ状況になったらどうするかという学習を促し、より環境に適応して生き残るために必要だからです。夢を見るレム睡眠は、安全な状況で脅威をシミュレーションする手段として進化した精神活動であるとも言えます。この働きが過剰になってしまうと、例えば、生存が脅かされる体験(トラウマ)によるストレス障害(PTSD)のように、その時の体験を悪夢として繰り返し見て、うなされます(悪夢障害)。また、白昼夢に似たフラッシュバックも出てきます。まさに花粉症を初めとする自己免疫疾患のように、本来は防御のために備わった機能が過剰になったり、誤作動を起こして、逆に自分を苦しめるというわけです。夢が繰り返されると言っても、それはすぐではありません。その日の出来事の夢はその夜の最初のレム睡眠時に記憶の断片として出てきます。しかし、その後はしばらく出てこなくなり、1週間後以降に再び出てくるようになります。この理由は、海馬から大脳皮質への転送が完了されるまでにタイムラグがあるからです(夢のタイムラグ効果)。そして、より強いインパクトやストレスを伴う場合は、より時間がかかるということです。これは、PTSDはすぐには発症しないということを説明できます。最近の研究では、トラウマ体験直後の6時間以内にコンピューターゲームのテトリスをやり続けることで、PTSDの発症を有意に予防できる可能性が示唆されています。これは、レム睡眠中にゲームの体験の学習を多く占めることで、逆にトラウマ体験の学習をある程度阻害することができるからでしょう。ここから分かることは、つらいことがあったときは、そのことばかりに思い悩まずに、代わりに別のことをやるのが悪夢の予防になるということです。夢は繰り返されることがある一方で、忘れてしまいやすいのはなぜでしょうか? その答えも進化医学的に考えれば、生存にとって覚えている必要がないからです。言い換えれば、夢を覚えていてもいなくても、生存の確率は変わらないからです。逆に、全てをはっきり覚えていたら、動物や4歳未満の人間の子どもは、夢を現実と認識するので、毎朝起きて怯えてつらい思いをして、現実の生活に差し障りがあるでしょう。むしろ、覚えていない方が適応的です。実際に、小さい子どもほど、大人よりもレム睡眠が多いにもかかわらず、夢を覚えていないことが多く、思い出せても短かったり、単純です。ここまでで分かったことは、レム睡眠には大きな意味があることです。しかし、夢を覚えておく必要がない点では、進化医学的に夢を見ることには意味がないです。つまり、「なぜ夢を見るの?」というこの章の質問には、「見えたから」と答えるのが正解でしょう。「夢」のない話だと思われたかもしれません。しかし、果たしてそうでしょうか? そうとも限らない可能性を後半に考えてみましょう。なぜ眠るの? ―睡眠の進化―グラフ1これまで、夢をよく見るレム睡眠の働きについて整理してきました。レム睡眠と交互に出てくるノンレム睡眠、特に深睡眠も含めると、そもそもなぜ眠るのでしょうか? ここからは、その答えを探るために、生物の睡眠の進化の歴史を通して、睡眠の主な3つの働きを整理してみましょう。1)夜だから眠る―概日リズム1つ目の答えは、夜だから眠るということです。約10億年前に進化した原始的な菌類などの植物からは、日中に光合成をして、紫外線のない夜に細胞分裂をして、日中と夜の活動を分けるようになりました(概日リズム)。約5億年前に進化した最初の動物の魚類からは、暗くて捕食の行動が難しくなる夜はあまり動かないようになりました(行動睡眠)。約3億年前に進化した最初の陸生動物である両生類やその後の爬虫類は、まだ気温差によって体温が変わる変温動物であったため、冷え込む夜はエネルギーが足りないためずっと動かないようになりました。このように、日中に活動して、夜に活動しないという概日リズム(体内時計)が進化しました。この概日リズムを日中の光によって調節する代表的なホルモンがメラトニンです。例えば、夜勤や時差ぼけや夜更かしなどによって起きている時間が変わった場合、ひきこもりや視覚障害によって光を浴びるのが減っている場合、もともと遺伝的(時計遺伝子)に睡眠時間がずれやすい場合は、1日の決まった時間に眠れず起きにくくなくなります(概日リズム睡眠覚醒障害)。よって、多く光を浴びたり(高照度光療法)、メラトニン受容体作動薬(ラメルテオン)による薬物療法が有効です。2)疲れたから眠る―恒常性2つ目の答えは、疲れたから眠るということです。約2億年前に進化した最初の恒温動物である哺乳類やその後の鳥類は、夜に脱力して筋肉を弛緩させることで産熱を抑え、深部体温や代謝を下げてカロリー消費を抑えました。同時に栄養の消化吸収や筋肉の修復などをして、体調を回復させました。実際に、日中代謝量が多い動物ほど睡眠が多いです。また、そんな睡眠中であっても、外界の脅威に瞬時に反応できるように、脳の活動レベルは起きている時に近い状態を保っていました。これがレム睡眠の始まりです。このように、夜に成長ホルモンなどの様々なホルモンが働くことで、体温を含めた体調の恒常性を維持しました。例えば、休日に平日と違って何もせずに過ごした場合は、運動不足で疲れていないので、恒常性が維持されなくなり、眠りにくくなります。よって、あえて体を動かして疲れさせるという運動療法が有効です。逆に、翌日に試験やプレゼンが控えている場合も、過度の緊張で恒常性が維持されなくなり、眠りにくくなります。よって、適量の晩酌やベンゾジアゼピン系の睡眠薬・抗不安薬による薬物療法が有効です。3)覚えるために眠る―学習3つ目の答えは、覚えるために眠るということです。約1億年前に進化した最初の胎生出産の哺乳類は、卵生出産よりも未熟に生まれてくる分、出生後により多くの学習をして成長する必要がありました。この時から、その記憶の学習のために、レム睡眠が利用されていました。レム睡眠中は、脳から外界への出力(運動)だけでなく、外界から脳への入力(感覚)も遮断されており、記憶の学習のためだけに脳が使われているため、とてもはかどります。例えるなら、パソコンが、インターネットに接続されていない機内モード(オフラインモード)になっている状態です。約6500万年前に進化した最初の霊長類は、脳が高度に発達していった分、脳を休める必要がありました。それが、いわゆる熟睡です。これは、ノンレム睡眠中で徐波という脳波が多く出ている深睡眠(徐波睡眠)に当たります(睡眠段階3と4)。この時、大脳皮質では神経細胞が同期して発火することが分かっています(長期増強)。これは、脳内の神経細胞のつながり(シナプス)で、強いものをますます強め、弱いものをますます弱めているものと考えられています。こうして、過剰なエネルギー消費や細胞へのストレスを抑えて、脳の神経回路を元の強度に戻しています(シナプス恒常性仮説)。つまり、不要な記憶をなくして整理することで、必要な記憶を際立たせて残し、より脳から引き出しやすくしているということです。例えるなら、パソコンが、デスクトップで入力も出力もできないスリープモード中に、重複したデータや使わないデータを消去することで最適化をしている状態です。このように、レム睡眠で脳を活性化させ、深睡眠で脳を休めることを繰り返すことで、記憶の学習の効率を上げました。つまり、最適な学習には、ぐっすり寝ることが重要であるということです。逆に言えば、睡眠時間を削った学習や、徹夜でのプレゼンの準備は、逆効果であるということです。また、加齢によって、睡眠時間は減っていきますが、中でも特にレム睡眠と深睡眠が減っていき、浅睡眠(睡眠段階1と2)だけになっていきます。この場合、もともと加齢により海馬の神経が新しく生まれ変わること(神経新生)が少なくなることで溜まった不要な脳の老廃物(アミロイドβ)を取り除ききれなくなることと相まって、記憶の学習がますます困難になっていき、反復されていない際立ちの弱い直近の記憶から徐々に失われていきます(アルツハイマー型認知症)。よって、この場合は、より若い時の記憶しか残らなくなっていくので、進行すればするほど、年齢をより若く答えるようになります(若返り現象)。よって、認知リハとして最近に注目されているのは、体を動かすなどの運動をしながらおしゃべりをするなどの学習をすることです(デュアルタスク)。これは、運動により、その刺激で神経新生が高まると同時に、より良い睡眠が得られるからでしょう。さらに、最近の研究では、起きている時にストレスのかかった脳、つまりより学習が必要な脳の領域ほど深い睡眠になることが分かってきています。また、レム睡眠以外の睡眠(ノンレム睡眠)でも夢を見ていることが分かっています。つまり、睡眠は、脳全体で一様ではなく、局所で多様に行われているということです(ローカルスリープ)。その極端な例として、イルカや渡り鳥は大脳半球を交互に眠らせることで、泳いだり飛びながら睡眠をとることができます(半球睡眠)。このローカルスリープの考え方によっても、様々な精神障害を説明することができます。例えば、脳が未発達の子どもでは、深い睡眠中に、一部の脳機能が局所的に覚醒してしまう状況が考えられます。扁桃体(情動中枢)のみ覚醒すれば、泣いたり(いわゆる夜泣き)、叫んだりするでしょう(睡眠時驚愕症)。また、運動中枢のみで覚醒すれば、寝言、歯ぎしり、おねしょをしたり、極端な場合は動き回ります(睡眠時遊行症)。同じようなことは、身体的な原因や加齢などによっても起こります(夜間せん妄)。また、てんかん発作によって、脳の活動電位が局所的に活性化すると、意識を失っていながら、動き回ります(自動症)。起きているとは? ―グラフ2これまで、「なぜ眠るの?」という問いへの答えを通して、眠っている状態について解き明かしてきました。それでは、逆に、起きているとはどういう状態なのでしょうか? ここから、その答えを探るために、起きている状態を3つの要素に分けて、整理してみましょう。1)自分と周りが分かる―意識敦子は、夢の中で見た「妄想パレード」を現実の世界で見てしまい、それに圧倒されます。もはや夢と現実の境目がなくなっていました。敦子は起きているのか寝ているのか私たちも分からなくなりかけます。1つ目は、起きているとは自分と周りが分かることです。厳密に言えば、脳が脳自体の活動を認識することです(意識)。例えば、今がいつで、ここがどこで、自分が誰かと見当を付け(見当識)、周りは何かと注意を払うことです(注意力)。つまり、周りの世界と自分の関係を認識できることです。このためには、さきほどにも触れた前頭葉の働きであるメタ認知が必要です。メタ認知が進化したのは、300、400万年前の原始の時代と考えられます。当時、ヒトは森から草原に出て、天敵から身を守り、獲物を手に入れるために、血縁の集団になって協力していくようになりました。そのために、相手の気持ちや考えを推し量る、つまり相手の視点に立つというメタ認知が生まれました。やがて、この能力は、他人だけでなく、自分自身を振り返る視点としても、そして時間軸、空間軸、仮定軸の視点としても使われるようになっていきました。逆に言えば、300、400万年前より以前のヒト、ヒト以外の動物、そして脳が未発達な4歳未満の子どもは、メタ認知ができないので、今ここでというその瞬間を、まるで夢を見ているのと同じように、反射的に生きているだけであると言えます。睡眠生理学的に言えば、起きている状態(覚醒)では、脳内の「活動ホルモン」(ノルアドレナリン)と「気分安定ホルモン」(セロトニン)であるアミン系の神経伝達物質が活発に出て、交感神経を優位にしています。また、「リラックスホルモン」(アセチルコリン)であるコリン系の神経伝達物質も出ていて、副交感神経に作用して、交換神経との綱引きをしています。体を休めている夢見状態(レム睡眠)では、アミン系が出なくなる一方、コリン系が活発に出るようになり、副交感神経が優位になります。この時にセロトニンが出ていないので、不安や恐怖の夢が出やすいことが理解できます。頭(脳)を休めている熟睡の状態(深睡眠)では、アミン系とコリン系の両方が少くなって出ています。もう1つ脳内で重要な「快感ホルモン」(ドパミン)は、覚醒時にも、レム睡眠や深睡眠などの睡眠時にも変わらず出ており、睡眠や夢と直接関係がないことが分かります。ちなみに、アミン系が増えたままだと躁病になり、眠りたくなくなります。逆に、アミン系が減ったままだとうつ病になり、眠れなくなったり眠りすぎたりして睡眠が不安定になります。また、特にアミン系のセロトニンが減れば不安障害や強迫性障害になり、やはり睡眠は不安定になります。さらに最近の研究では、この覚醒を安定化させるためには、オレキシンというホルモンが大きくかかわっていることが分かっています。オレキシンは、もともと摂食中枢(視床下部)にあることから、満腹で眠くなり、空腹で眠れなくなったり目が冴えてしまうのも納得がいきます。まさに「ハングリー精神ホルモン」とも言えます。このオレキシンが体質的(遺伝的)に足りない場合、覚醒と睡眠の切り替えが不安定になります。よって、起きている時に、急に気絶するように眠ってしまい(睡眠発作)、日常生活に支障をきたします(ナルコレプシー)。特に笑ったり喜んだりして感情の高ぶり(緊張)の後に安堵(弛緩)が起きると、副交感神経が優位となり、アセチルコリンが誘発されて、脱力してしまいます(情動脱力発作)。また、脳の覚醒が残っていて夢見状態(レム睡眠)になると、先ほどにも紹介した白昼夢(入眠時幻覚)や金縛り(睡眠発作)が出てきます。治療薬としては、覚醒作用が強いドパミン作動薬(メチルフェニデート)が適応になっています。ただし、根本治療のためには、オレキシンの作用を高めるオレキシン作動薬の開発が今後に期待されます。逆に、このオレキシンの作用を低めるオレキシン受容体拮抗薬(スボレキサント)は、最新の不眠症の治療薬として、すでに販売されています。夜寝る前だけ、薬で「ナルコレプシー」になるわけです。より自然な睡眠作用があるので、先ほどに紹介した晩酌やベンゾジアゼピン系の睡眠薬・抗不安薬よりも副作用が少ないという利点があります。2)自分が自分であると分かる―自我意識現実の世界の敦子の目の前に、敦子が夢の中でなりきっていたパプリカが現れます。敦子は「時田くんを助けなきゃ」と言いますが、パプリカは「放っときなさい。あんな肥満の無責任」と挑発します。敦子が「パプリカは私の分身でしょ」と叱りつけると、パプリカは「敦子が私の分身だって発想はないわけ?」と言い返します。2つ目は、起きているとは自分が自分であると分かることです。厳密に言えば、知覚や思考などの意識が統合されていることです(自我意識)。例えば、自分は、いつでもどこでも変わらず自分であるということです。逆に、ストレスや恐怖で、起きていながらもぼんやりとしている半覚醒の状態になる場合、意識が統合されず分離している病的な状態になることがあります(解離性障害)。例えば、敦子が扮するパプリカのように、自分の心が、時間や場所によって入れ替わります(人格交代)。同時にもう1人の自分が出てきます(二重心)。敦子の上司の所長のように意識が乗っ取られた感覚になり、自分が意図せずに急に支離滅裂になります(トランス、憑依)。また、脳血管障害などの器質的な原因がある場合、例えば自分の意思とは別に手が勝手に動いてしまいます(エイリアンハンド、分離脳)。睡眠生理学的には、半覚醒の状態では脳内のアミン系が減りつつも出ていて、コリン系が活発化しています。夢見(レム睡眠)に近い状態です。アセチルコリンは、副交感神経に作用する「リラックスホルモン」であるだけでなく、脳内の視覚中枢、感情中枢、運動中枢を活性化する「夢見ホルモン」とも言えます。この時、レム睡眠に近い状態になるので、前頭葉の働きが弱まるにもかかわらず、記憶中枢(海馬)は活性化します。最近の研究では、この半覚醒の状態は、「デフォルトモード」と呼ばれます。この時に、記憶の整理や学習が進むので、もの分かりが良くなり、言われたことをすんなり受け止めやすくなります。これは、かつて「無意識」として、催眠療法や精神分析療法で「暗示」に利用されていました。3)自分の動き、感覚、想起が思いのままである―自律性3つ目は、自分の動き、感覚、想起が思いのままであることです。厳密に言えば、運動機能、感覚機能、記憶機能が全うされていることです(自律性)。逆に、ストレスや恐怖で、起きている時に、先ほど紹介したローカルスリープがある脳領域で過剰になる場合、その脳の機能が部分的に喪失している病的な状態になります(転換性障害)。例えば、立位・歩行機能の喪失なら、腰が抜けて立てなくなったり(失立)、膝が抜けて歩けなくなります(失歩)。発声機能の喪失なら、声が出なくなります(失声)。協調運動機能の喪失なら、手が震えたり(心因性振戦)、字が書けなくなったりします(書痙)。嚥下機能の喪失なら、喉の違和感が出てきます(ヒステリー球)。聴覚機能の喪失なら、突然に聞こえなくなります(突発性難聴)。視覚機能の喪失なら、突然に目が見えなくなります(心因性視力障害)。また、記憶機能の喪失なら、特定の記憶が思い出しにくかったり(抑圧)、思い出せなかったり(選択的健忘)、重度の場合は自分の生活史の全てを思い出せなかったりします(全般性健忘)。これらは、あくまで脳が局所的に「失神」をしているローカルスリープが原因であるため、現代の身体的な精密検査においては明らかな異常とならないのが特徴です。夢に何ができる?これまで、夢を見ている状態、眠っている状態、起きている状態の正体を解き明かしてきました。それでは、夢に何ができるでしょうか? ここから、夢の利用の可能性について、3つご紹介しましょう。1)夢から気付きを得る―ひらめき敦子がパプリカに「言うことを聞きなさい」と叱りつけると、「自分も他人もそうやって思い通りにできると思うなんて」と言い返されます。そこで敦子は我に返り、「時田くんを放っておけない。だって私・・・」と言い、どうしようもない時田を愛しているという自分の抑え込んでいた本当の気持ちに気付くのです。敦子が自分を抑えてクールで知性的な大人の女性であるのに対して、パプリカはまさにスパイスの利いた赤い野菜のように、無邪気で開放的な少女です。性格がとても対照的です。パプリカは、敦子が普段、意識せずに抑えていたもう1人の自分だったのです。1つ目は、夢から気付きを得ることです。それは、起きてる時には思いも付かなかった発想、生きるヒント、さらにはひらめきです。例えば、世紀の科学的な発見、商業的な発明、名曲や名画などは、夢に出てきたという逸話をよく聞きます。そのわけは、起きている時は緊張して堂々巡りの頭でっかちの脳が、前頭葉の働きが弱まることで、連想性や創造性が柔軟になり、情感、発想力、そして直感力が高まるからです。ただし、私たちが夢について話をする時に注意することは、夢はあくまでポジティブな気付きを得るきっかけとして利用するのみとすることです。かつての夢分析のように、不安などのネガティブな感情を煽ったり、性的な関心事に結び付けるなどの過剰な解釈をしないことです。なぜなら、先ほどにも説明したように、夢は突飛で、そもそも内容の解釈にエビデンスがないからです。2)夢をコントロールする―明晰夢粉川警部は、夢の中に登場するバーテンダーの質問によって、繰り返す不快な夢のわけが、過去にやり残したことであることに気付きます。そして、再び同じ夢を見た時、その夢の続きをハッピーエンドにして完成させるのです。また、敦子が犯人と直接対決をするラストシーン。敦子は、無意識の幼児の姿で立ち向かい、犯人の欲望のイメージを丸ごと飲み込み、清々しい爽やかな大人の姿へと成長します。これらは、夢の中ではネガティブな内容をポジティブな内容に変えられることを象徴的に描いています。2つ目は、夢をコントロールすることです。本来、夢を見ている時はその自覚がないので、コントロールすることはできません。そこで、自覚ができるように訓練するのです。いわゆる明晰夢です。そのために必要なのは、起きている時に夢についての意識を高めることです。例えば、夢の内容を細かく記録することです(夢日記)。そして、繰り返し見るネガティブな夢を、ポジティブな筋書きに書き変えて、起きている時に想像することです(イメージリハーサル)。これはちょうど認知行動療法で、ネガティブな思考パターンにポジティブな思考パターンを増やしてバランスを変えていくアプローチに似ています(認知再構築)。また眠る前に、「明晰夢を見る」と念じることです。これはちょうど翌朝に起きる時間を意識したら(注意睡眠)、その時間の少し前に自然に目が覚めることに通じています(自己覚醒)。また、起きている時に、普段よりも五感を研ぎ澄まして全身で世界を感じ取れるように注意力を高めることです(マインドフルネス)。これは、言うなれば「超覚醒」の状態です。そうすることで、もともと夢を見るレム睡眠時に抑制される機能である前頭葉のメタ認知が活性化される可能性があります。さらに、最近の研究では、夢を見ている時に、経頭蓋交流電気刺激(tACS)によって、前頭葉を直接刺激して、明晰夢にすることが可能になってきています。3)夢を変える―オプトジェネティックス冒頭のシーンで、パプリカは粉川警部に「DCミニ。これは夢の扉を開く科学の鍵なの」と説明します。粉川がさっきまで見ていた夢の内容は全てパソコンで映像化され、録画されています。まさにこの映画はSFファンタジーだと思いきや、近い将来にこの「DCミニ」が現実のものになる可能性があります。3つ目は、夢を変えることです。これに近い手法としては、かつて催眠療法で、クライエントに振り子を追わせてまどろみを引き起こし、半覚醒の状態で、セラピストがトラウマ体験の意味付けや解決のための指示をしていました。現在は、眼球運動脱感作再処理法(EMDR)として、クライエントに左右を往復するライトを追わせるなどして目を左右に動かさせながらトラウマ体験を語らせ、セラピストがそれに対してのポジティブな意味付けを促します。ちなみに、EMDRに、新しい技術である仮想現実(VR)を取り入れた手法も今後は可能になるでしょう。催眠療法もEMDRも、眼球運動により半覚醒の状態を引き起こします。これは、眼球運動とアセチルコリンの誘発は連動しているので、レム睡眠で急速眼球運動が出てきますが、逆に眼球運動をするとレム睡眠に近い状態になるということです。つまり、寝付きが良くない時に、眼球を動かすと眠気が来やすくなるということです。ちなみに、アセチルコリンを減らす抗コリン薬の副作用が、眼球上転という眼球が動かなくなる症状であるのも納得がいきます。催眠療法やEMDRが、セラピストのコントロールによって、覚醒状態から意識レベルを下げます。一方、先ほどの明晰夢は、自分のコントロールによって夢見状態から意識レベルを上げます。両者は、スタートは違いますが、トラウマ体験の記憶の上書きがしやすい状態になるという意味でゴールは同じです。そして、最近、人工知能による解析によって、どんな夢を見ているかまで分かるようになりました(夢の可視化)。さらに、最新の研究では、光ファイバーによる脳への刺激によって、別々の記憶をつなぎ合わせたり、引き離したりすることができる可能性が出てきました(オプトジェネティクス)。これは、夢を直接変えることに応用できそうです。例えば、トラウマ体験の夢を見ている時に、楽しい体験の記憶のパターンを刺激することで、トラウマ体験自体の辛さが緩和されるということです。さらに、近未来には、眠って夢を見ているときだけでなく、起きている時も、「DCミニ」のような装置によって、私たちの意識が仮想現実の空間で共有される日が来るかもしれません。夢には「夢」があり「夢中」になれる今回、進化医学的に夢を見ることに意味がないと説明しました。しかし、夢を利用することには限りない可能性が秘められていることが分かってきました。これこそまさに「夢」のある話です。そのことを知った今、私たちは夢についてもっと「夢中」になることができるのではないでしょうか?1)筒井康隆:パプリカ、中公文庫、19972)櫻井武:睡眠の科学、講談社、20103)三島和夫編:睡眠科学、科学同人、20164)アラン・ホブソン:ドリームドラッグストア 意識変容の脳科学、創造出版、20075)アンソニー・スティーブンズほか:進化精神医学、世論時報社、2011

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腎保護効果は見せかけだった~RA系阻害薬は『万能の妙薬』ではない~(解説:石上 友章 氏)-669

 CKD診療のゴールは、腎保護と心血管保護の両立にある。CKD合併高血圧は、降圧による心血管イベントの抑制と、腎機能の低下の抑制を、同時に満たすことで、最善・最良の医療を提供したことになる。RA系阻害薬は、CKD合併高血圧の治療においても、ファーストラインの選択肢として位置付けられている。RA系阻害薬には、特異的な腎保護作用があると信じられていたことから、糖尿病性腎症の発症や進展にはより好ましい選択肢であるとされてきた。一方で、CKD合併高血圧症にRA系阻害薬を使用すると、血清クレアチニンが一過性に上昇することが知られており、本邦のガイドラインでは、以下のような一文が付け足してある。 『RA系阻害薬は全身血圧を降下させるとともに、輸出細動脈を拡張させて糸球体高血圧/糸球体過剰ろ過を是正するため、GFRが低下する場合がある。しかし、この低下は腎組織障害の進展を示すものではなく、投与を中止すればGFRが元の値に戻ることからも機能的変化である。』(JSH2014, p71) 図は、この考えの根拠となるアンジオテンシンIIと、尿細管・平滑筋細胞・輸入輸出細動脈との間の、量-反応関係を示している。アンジオテンシンIIは、選択的に輸出細動脈を収縮させる。いわば、糸球体の蛇口の栓の開け閉めを制御しており、クレアチニンが上昇しGFRが低下する現象は、薬剤効果であり、軽度であれば無害であるとされてきた。糖尿病合併高血圧では、Hyperfiltration説(Brenner, 1996)に基づいた解釈により、RA系阻害薬は糸球体高血圧を解消することから、腎保護効果を期待され、第一選択薬として排他的な地位を築いている。 しかしながら、こうした考えはエキスパート(専門家)の"期待"にとどまっているのが実情で、十分なエビデンスによる支持があるわけではなかった。 RA系阻害薬の腎保護効果について、その限界を示唆した臨床試験として、ONTARGET試験・TRANSCEND試験があげられる[1, 2]。本試験は、ARB臨床試験史上、最大規模のランダム化比較試験であり、エビデンスレベルはきわめて高い。その結果は、或る意味衝撃的であった。ONTARGET試験では、ACE阻害薬とARBとの併用で、有意に33%の腎機能障害を増加させていた。TRANSCEND試験に至っては、腎機能正常群を対象にしたサブ解析で、実薬使用群での、腎機能障害の相対リスクが2.70~3.06であったことが判明した。他にも、RA系阻害薬の腎保護効果に疑問を投げかける臨床試験は、複数認められる。  eGFRの変化は、アルブミン尿・タンパク尿の変化よりも、心血管イベント予測が鋭敏である[3]。Schmidtらの解析による報告[4]は、RA系阻害薬による”軽微”とされていた腎障害が、腎保護効果はおろか、心血管イベントの抑制にも効果がなかったことを証明した。ガイドラインは、過去の研究成果を積み上げた仮説にすぎない。クリニカル・クェスチョンは有限とはいえ、無数にある。あらゆる選択肢の結果を保証するものではない。専門家の推論や、学術的COIに抵触するような期待に溢れた、あいまいな推奨を断言するような記述は、どこまで許容されるのか。この10年あまりの間、糖尿病合併高血圧や、CKD合併高血圧にRA系阻害薬がどれだけ使用されたのか。そのアウトカムの現実を明らかにした本論文の意義は、学術的な価値だけにとどまらず、診療ガイドラインの限界を示しているともいえる。 1)ONTARGET Investigators, et al. N Engl J Med. 2008;358:1547-1559.2)Mann JF, et al. Ann Intern Med. 2009; 151: 1-10.3)Coresh J, et al. JAMA. 2014; 311: 2518-2531.4)Schmidt M. BMJ. 2017;356:j791.

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夜間高血圧に対するARB/CCB併用の効果をICTモニタリングで証明~日本循環器学会

 夜間血圧の上昇は心血管イベントの増加につながることから、近年、夜間血圧が注目されている。自治医科大学の星出 聡氏は、2017年3月17~19日に行われた第81回日本循環器学会学術集会のLate Breaking Clinical Trialセッションにおいて、情報通信技術(ICT)による夜間血圧モニタリングによって、コントロール不能な夜間高血圧症に対する2パターンのアンジオテンシンII受容体拮抗薬(ARB)併用療法を評価したNOCTURNE試験の結果を報告した。この結果は、Circulation Journal誌に同時掲載された。 患者はARB療法(イルベサルタン100mg/日)を行ってもベースライン時の夜間血圧が120/70mmHg以上の患者411例。患者はARB/カルシウム拮抗薬(CCB)併用群(イルベサルタン100mg+アムロジピン5mg)とARB/利尿薬併用群(イルベサルタン100mg+トリクロルメチアジド1mg)に無作為に割り付けられた。主要評価項目は、試験開始4週後(ベースライン)と12週後の夜間家庭血圧の変化である。 主な結果は以下のとおり。・夜間収縮期血圧は、ARB/CCB群は128.3mmHgから113.9mmHgに(p<0.0001)、 ARB/利尿薬群は128.3から117.9mmHg(p<0.0001)に、両群とも有意に低下した。・両群間の変化を比較すると、ARB/CCB群-14.4 mmHg、 ARB/利尿薬群-10.5mmHgと、ARB/CCB群で有意に低下していた(p<0.0001)。・サブグループ解析では、糖尿病、慢性腎臓病、高齢者(65歳超)を除き、ARB/CCB群で優れていた。・ICTベースの夜間家庭血圧モニタリングは、睡眠中も患者の客観的な夜間血圧測定を把握することができ、臨床試験に実用可能であった。

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