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コロナ禍でさらに遅れる認知症の初診【コロナ時代の認知症診療】第10回

より早期の診断がもたらすものAducanumabが条件付きながら米国において承認されたことで、アルツハイマー病初期に診断される方々の人数が増えることが期待される。そもそもこうした疾患修飾薬は、アルツハイマー病によるMCIやその初期が適応範囲である。早期診断は、こうした新規薬の効果はもとより、当事者やその家族が将来設計をしたり今後の人生を考えたりする時間をもたらす。ところが以前から、認知症の方が医療機関を初めて受診するタイミングが遅すぎると指摘されてきた。私自身が認知症に関わるようになって40年近い。当時と最近を比べると、さすがにこの頃は軽度の段階で受診する人が増えた。当時は、重度に至りBPSDがどうにもならなくなって受診する例が多かった。介護保険の主治医意見書でいえば、IVやMといった重度のレベルである。大ざっぱな印象だと、40年前の初診者のMMSE平均が10点以下、今なら20点ぐらいというところだろうか。初期診断が遅れる原因、医師側/患者側とは言え、認知症においては、初期診断が行われなかったり誤った診断がなされたりすることが多いと報告され続けてきた。なぜこのような事が起こるかを検討した系統的なレビューもある。そこでは、医師、患者そして患者の家族に分けて、要因を分析している。医師の要因として特筆すべきは、認知症に関する教育やトレーニングの不足である。また神経心理学的検査など、どういう手順で検査してよいのかわかっていないとされる。さらにコミュニケーションの問題、とくに診断を得たとしても、それをどのように本人や家族に伝えてよいのかわからない事もある。これらについては、日本老年精神医学会と日本認知症学会の専門医を合わせても、今のところ実数4,000人以下だろうから、多くの非専門家にとってこのような事情は理解できる。次に本人や家族の要因としては、まず年齢や教育歴、居住地域といった基本属性がある。これらは認知症の知識に関わるのだろう。また大切なことは、異常に気づいたとしても、この程度のことは正常な老化に見られる現象だと認識することである。むしろそう思いたいのかもしれない。さらに否認も多いが、これは否定というより、自分はそうではないと考えること、またこうしたことを考えるのを拒むことである。さらに告知への恐怖感や拒否感、恐怖心もしばしばみられる。日常診療において、このような事を感じたり、患者・家族の言動から見て取ったりした経験をお持ちの方は、少なくないだろう。臨床現場では、こうした思いを集約するかのような、またよく耳にする当事者の質問がある。それは結果を説明した後に、「じゃ、先生、私が年齢相応ですか?」というものである。注目すべきは、説明した内容や、当事者の検査結果とは関係なく、こうした質問が寄せられる点である。こうなると私の場合、告知する気持ちが萎えてしまって言葉が濁る。もう一つ、医療機関へのアクセスという問題がある。そもそも認知症を専門とする医師は少ない。こうした医師を探し出し、そこの受診につなげることも難しい。コロナ禍はこのハードルをさらに上げているかもしれない。いかにして受診タイミングを早めるか2021年11月以降、コロナの感染者数が一息ついた状況にある。けれどもオミクロン株などにより、第6波が来る可能性が指摘されている。これまで様々な組織から、コロナ禍による自粛生活で認知症患者の心身機能が低下していることが報告されてきた。また自粛により、将来的には認知症パニックにも繋がるのではないかという警鐘もある。筆者自身は、2020年の2月頃から、初診患者数の変動に注目してきた。これまで5つのコロナ患者発生の波がある。この波の高まりに反比例して初診患者は減り、波の静まりとともに逆に増えるという基本的なリズムを繰り返してきた。つまりコロナ禍は、認知症の初期診察のタイミングに大きな影響をもたらしている。このような状況を考えた時、いかにして認知症の受診タイミングを早めるかの工夫が求められる。筆者はチェックリストを考えている。これは医療機関でMMSEや改訂長谷川式などの検査が行われる前に、当事者や家族がチェックするものである。記憶や注意などの認知機能テストをするのでなく、第三者が客観的に見てとれる当事者の言動(例:薬の自己管理ができない、何を言っても答えはハイかイイエ)をチェックする性質である。早期診断に役立つチェック項目には、このように客観的にわかることに加えて、よくある症状であること、また早期から出る症状であることが求められる。ここで注意すべきは、当事者は自分の症状を軽く評価し、周囲の人は重くみなすところである。だから週刊誌などによくある10質問のうち3つ以上該当なら軽度認知障害、5つ以上だと認知症といった単純な評価法では物足りない。誰が回答するか、また回答者の年齢・性別等を考慮したアルゴリズムを作り、その上で総合点が出るアプリ仕立てのようなものでないと有用性は期待できないだろう。こうしたものが活用できるようになり広まると、上記の認知症早期診断が遅れる要因を多少とも軽減し、早期の受診を促進してくれるかもしれない。

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キッズ・オールライト(その3)【じゃあどう法整備する?「精子ドナーファーザー」という生き方とは?(生殖補助医療法)】Part 1

今回のキーワードアクセプタンス&コミットメント・セラピー(ACT)生殖カウンセリングテリング(真実告知)特別養子縁組精子ドナーが生物学的な子どもを知る権利選択的シングルマザー前回(その2)では、映画「キッズ・オールライト」を通して、精子提供によって生まれた子どもにその事実やそのドナーを知る権利(出自を知る権利)がなかなか認められない原因を突き止め、生殖ビジネスの、ある「不都合な真実」を明らかにしました。さらに、出自を知る権利が認められたら顕在化する法的な問題も考えました。今回(その3)では、それらを踏まえて、その子どもは、そして国はどうすればいいのかを考えます。そこからさらに、「精子ドナーファーザー」という生き方について考えてみましょう。精子提供によって生まれた子どもはどうすればいいの?まず、「不都合な真実」を踏まえて、精子提供によって生まれた子どもはどうすればいいのでしょうか? ここから、その取り組みを大きく3つ挙げてみましょう。(1)仲間を作る-自助グループ1つ目の取り組みは、仲間を作る、つまり自助グループです。自分と同じ境遇の人とつながることで、心理的なサポートが得られます。実際に、日本でも精子バンクから生まれた当事者の団体があります。海外では、このような自助グループを介してドナー兄弟(同じ精子ドナーから生まれた兄弟姉妹)が見つかるケースもあります。(2)社会に発信する-コミットメント2つ目の取り組みは、社会に発信する、つまりコミットメントです。自分たちの苦しみや葛藤を世の中に伝えていくことで、出自を知る権利の保障を主張し続けることです。そして、より良い世の中にしたいという使命感を持つことです。そうすることで、自分のことをどこまで知るかは、自分が決めること、親によって隠されるべきではないという考え方が浸透していくでしょう。(3)それでも幸せになれることに気づく-アクセプタンス3つ目の取り組みは、それでも幸せになれることに気づく、つまりアクセプタンスです。確かに、親が精子提供の事実をきちんと教えてくれて、自分の生みの父親(精子ドナー)が分かり、彼が自分を受け止めてくれれば、すばらしいです。しかし、そうでなかったとしても、不幸だと決め付けることはないです。その1でも触れた責任転嫁(認知的不協和)に陥ることもないです。それでも、辛さは辛さとして受け止めつつ、人生を前に進めていくことができることに気づけます。自分自身の生殖の物語を作ることができます。私たちは、苦しいことがあった時、その苦しさの存在自体に苦しく思う、つまり苦しみに苦しむという新たな「苦しみ」を生み出している場合があります。苦しみは苦しみとして気づき、人生の責任転嫁に気づくことで、自分の気持ちに距離を置いて、さらに「苦しみ」を生み出さないというアクセプタンスをすることができます。そのためにも、コミットメントに目を向けることができます。なお、コミットメントとアクセプタンスの詳細については、関連記事1をご覧ください。次のページへ >>

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キッズ・オールライト(その3)【じゃあどう法整備する?「精子ドナーファーザー」という生き方とは?(生殖補助医療法)】Part 2

国はどうすればいいの?「不都合な真実」を踏まえて、精子提供によって生まれた子どもの取り組みを考えました。それでは、国はどうすればいいのでしょうか?ここから、出自を知る権利を保障するために、さらに必要な生殖補助医療法への具体的な法整備を大きく3つ挙げてみましょう。(1)精子を提供される親に生殖カウンセリングを義務付ける1つ目の法整備は、精子を提供される親に生殖カウンセリングを義務付けることです。この目的は、真実告知についての親の理解を得ることです。具体的には、生殖心理カウンセラーによる2段階のカウンセリングが望ましいです。1段階目は、精子提供を受ける前に、精子提供によって生まれた子どもの心理と精子を提供された親の心理を一緒に説明します。そして、最終的な判断は親に委ねるものの、真実告知を推奨することです。2段階目は、精子提供によって妊娠が判明した後に、真実告知のタイミングややり方の情報提供をすることです。たとえば、そのタイミングは、親子の情(愛着)と理解力(知能)が育まれる最中の幼児期よりも後で、親への反抗が始まる思春期よりも前、つまり小学校低学年の学童期が望ましいでしょう。もちろん、もともと父親がいない場合は、幼児期に子どもから質問されるでしょう。その時は、子どもが理解できる言葉で安心感を優先して、ある程度伝える必要があります。また、そのやり方は、最近ではテリングという、より軟らかいニュアンスで、本などで紹介されています。こうして、心の準備が促されます。オプションの3段階目として、実際にテリング(真実告知)をする前に、カウンセリングの中で指導を受けることもできます。この取り組みは、生殖が多様化したことで求められる新たな倫理観を学ぶことであり、生殖への拡大した権利に伴う新たな義務とも言えます。大事なことは、分からなくて不安だから隠すのではなく、オープンにできるように情報提供や心理的サポートの体制を作ることです。積極的に真実を伝えてこそ、親子の本当の信頼関係が得られます。精子提供の事実を伝えたからと言って、信頼関係が揺らぐことはまずないです。実際に、精子提供によって生まれた子どもへのアンケート調査では、真実を教えてくれないほうが良かったという子どもはほとんどいないことが分かっています。なお、子どもにとっての親子の信頼関係の詳細については、関連記事2をご覧ください。なお、この取り組みは、出生前診断における遺伝カウンセリングに似ています。(2)精子提供の事実を戸籍に記載する2つ目の法整備は、精子提供の事実を戸籍に記載することです。この目的は、出自を知る権利を確実に保障することです。いくら真実告知の必要性について親に心理教育をしたとしても、親が実行しない可能性もあります。しかし、戸籍に記載されていれば、いずればれることが明らかであるため、親による告知は必然的に促されるでしょう。また、この法整備は、法的な親子関係を明確にして、精子ドナーが法的な親になれないよう規制することでもあります。この目的は、先ほど指摘しました認知請求のトラブルの懸念を払拭することで、精子提供の法的な安全性がより社会に認知され、より多くの精子ドナーを確保することです。実際に、この映画の舞台となっているアメリカでは、統一親子関係法によって、この規制がすでにあります。なお、特別養子縁組では、これが成立した時点で、子どもと生みの父母との法的な親子関係は終了し、その審判が戸籍に記載されます。(3)精子ドナーが生物学的な子どもを知る権利を認める3つ目の法整備は、精子ドナーが生物学的な子どもを知る権利を認めることです。これは、子どもが成人したら、子どももドナーもお互いに知ることができるシステムです。この目的は、出自を知る権利をより確実に保障することです。親が真実告知をしないと子どもがわざわざ戸籍を見ない可能性もあります。この規定があることで、子どもが成人した時点で、精子バンクを通して、精子ドナーから子どもに連絡が来る可能性があるため、親はその前に真実告知をすることが必然的に迫られます。告知を法的に強制しないとしたら、最後に親のウソがばれるというこのシステムは、とても理に適っていると言えるでしょう。もちろん、ドナーはこの権利を行使しない可能性もあります。それは、ドナーの自由です。ただ、やはり子どもの出自を知る権利を最優先に考えた場合、ドナーから連絡することも推奨されるべきでしょう。実際に、オーストラリアのヴィクトリア州では、精子提供で生まれた子どもは、その事実が出生登録に記載される上に、ドナーも成人した子どもの同意のもと、子どもの個人情報を得ることができます。この取り組みは、出自を知る権利の保障において、最も先進的であると世界的に注目されています。また、このもう1つの目的は、近親婚を防ぐことです。精子提供で生まれた子ども全員の精子ドナーが特定されていれば、ドナー兄弟が確実に判明します。それは、裏を返せば、近親婚を防ぐことになります。さらに、ほかの目的として、新たなドナー確保につながる可能性があります。匿名希望のドナーは、多くが若い学生でした。やはり「楽して儲かる」という金銭目的や献血レベルの気軽さが見透かされます。一方、非匿名のドナー(オープンドナー)は、ある程度の年齢を経た社会人であることが分かっています。もちろん相応の報酬は必要ですが、その後に生物学的な子どもへのフォローの意識が高いでしょう。ドナーの知る権利として、自分の精子がどう使われ、実際に生物学的な子どもが生まれたかどうか、何人生まれたかを知ることができるシステムにしたら、心の準備ができるため、新たな自覚や目的意識を持ったドナーが集まっていく可能性があります。<< 前のページへ | 次のページへ >>

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キッズ・オールライト(その2)【そのツケは誰が払うの? その「不都合な真実」とは?(生殖ビジネス)】Part 1

今回のキーワード出自を知る権利(子どもの権利条約7条)人格的自律権(憲法13条)子どもへの支配ドナー確保認知の請求遺産相続のトラブル前回(その1)では、映画「キッズ・オールライト」を通して、精子提供によって生まれた子どもの心理、精子を提供された親の心理、さらには精子ドナーの心理を掘り下げました。今回(その2)では、彼らのぞれぞれの心理から、その子どもにその事実やそのドナーを知る権利(出自を知る権利)がなかなか認められない原因を突き止めます。そして、生殖ビジネスの、ある「不都合な真実」を明らかにします。さらに、出自を知る権利が認められたら顕在化する法的な問題も考えてみましょう。なんで精子提供によって生まれた子どもに出自を知る権利がなかなか認められないの?すでにその1でもご説明しましましたが、精子提供によって生まれた子どもの心理は、真実をきちんと教えてほしい(信頼関係)、自分のもう半分のルーツを知りたい(アイデンティティ)、生みの親にも自分の存在を認めてほしい(自尊心)という3つの思いです。つまり、子どもが精子を提供された事実やそのドナーを知る権利は、出自を知る権利(子どもの権利条約7条)として、そして人格的自律権(憲法13条)として極めて重要なことであることが分かります。実際に、海外の多くの先進国でこの権利が認められています。にもかかわらず、日本では、この出自を知る権利がなかなか認められません。それは、なぜでしょうか? ここから、精子を提供された親と精子バンクの2つの立場に分けて、その原因を突き止めます。そして、その「不都合な真実」を明らかにしてみましょう。(1)精子を提供された親が反対する-子どもへの支配すでにその1でもご説明しましましたが、精子を提供された親の心理は、精子提供はなかったことにしたい(保守的な認知)、その事実を伝えたとしても精子ドナーを知らないでほしい(親アイデンティティ)、精子ドナーを知ったとしても関わって欲しくない(子育ての私物化)という3つの思いです。実際に、日本での彼らへの調査(2001)において、そもそも真実告知をしないと答えた人は夫と妻ともに80%以上でした。1つ目の原因は、精子を提供された親が反対するからです。親の心理は、出自を知りたいと思う子どもの心理に真っ向から対立しています。よって、出自を知る権利が法的に明文化されずにうやむやになっている限り、とりあえず親は真実告知の責務から解放されます。しかし、それはあくまで親のエゴイスティックな視点です。子どもの視点に立った時、まったく違って見えてきます。それは、子どもは親のペットではないということです。出自を知りたいという子どもの気持ち(人権)をないがしろにする親は、やはり子どもを支配していると言えます。そして、そんな親が日本ではいまだに多いということです。(2)精子バンクが反対する-ドナーの確保すでにその1でもご紹介しましましたが、精子ドナーの心理は、楽して儲かる(外発的動機づけ)、人の役に立てる(利他性)、自分の遺伝子を残せる(生殖心理)という3つの思いです。しかし、現在は、日本産婦人科学会が「プライバシー保護のため精子ドナーは匿名とする」としつつも、「ただし精子ドナーの記録を保存するものとする」との見解を出したことで、専門の医療機関の精子バンクでドナーが激減し、ほとんどで精子提供が休止の状態になっています。この見解は、精子ドナーが将来的に自分の生物学的な子どもによって身元を辿られる可能性をほのめかしており、ドナーたちは、人の役に立てて自分の遺伝子を残せるとしても、まったく「楽」なわけではなくなったからです。その代わりに、SNSを介して、精子の譲り渡しを匿名で行う自称「精子バンク」のボランティアが増えており、危うい状況になっています。2つ目の原因は、精子バンクが反対するからです。精子バンクとしては、ドナーの確保は切実です。出自を知る権利が法的に明文化されずにうやむやになっている限り、とりあえず民間の精子バンクは匿名を条件にドナーを確保することができます。また、そのほうが「闇取引」をする事態になるよりまだマシである(被害を減らせる)という理屈(ハームリダクション)に後押しされている面もあるでしょう。実際に、海外の精子バンクでは、匿名のドナーと非匿名のドナー(オープンドナー)を選べるようになっています。日本でも、2021年5月に国内初の民間の精子バンクの運営が始まりましたが、同じ方式をとっています。映画の中の精子バンクも、ポールに「当バンクはドナーの同意なしに身元について明かすことはありません」「あなたの精子で生まれた女性が連絡を取りたいと言っていますが」と伝えています。つまり、最初にポールに同意を得る形をとっています。逆に言えば、ポールが同意しなかったら、ジョニとレイザーは出自を知る権利が得られなかったことになります。つまり、子どもの出自を知る権利は、親のあえてのオープンドナーの選択と真実告知に委ねられており、必ずしも保障されていないことが分かります。しかし、これはあくまで精子バンクのビジネスとしての視点です。生まれてくる子どもの視点に立った時、まったく違って見えてきます。それは、精子提供は、ただの献血とは違い、新しい人間(人格)が生まれるということです。精子バンクは、ドナー確保を優先するあまり、この点をないがしろにすることで、一大ビジネスになっています。つまり、生殖ビジネスの「不都合な真実」とは、精子を提供される親と精子提供を斡旋する精子バンクの利害がきれいに一致していることです。そして、精子提供によって生まれる子どもが、そのビジネスのツケを払わされていることです。次のページへ >>

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カレには言えない私のケイカク【結婚をすっ飛ばして子どもが欲しい!?そのメリットとリスクは?(生殖戦略)】Part 2

結婚しないで子どもを持つリスクは?結婚しないで子どもを持つメリットは、結婚というハードルがなくなる、結婚生活を維持する負担がなくなる、自分の思い通りの子育てができるということであることが分かりました。それでは、そのリスクは何でしょう? 大きく3つ挙げてみましょう。(1)子育てへのサポートが脆弱になるゾーイとスタンは、すったもんだの末、一緒に暮らすようになります。そして、スタンは、精子バンクによって生まれてきた双子の育児を献身的にするのです。もしも、スタンがいなかったら、ゾーイはいきなり自分だけで双子の育児をすることができるでしょうか?1つ目のリスクは、子育てへのサポートが脆弱になることです。これは、身体的にだけでなく、経済的に、そして心理的にもです。もしも、タイミング悪く、自分が病気を患ったらどうしましょうか? 仕事の収入が不安定になったら、どうしましょうか? そして、子どもに障害が見つかったら、どうしましょうか? これらの起こりうる事態をあらかじめシミュレーションする必要があります。(2)子どもを私物化してしまう産婦人科病院で、ゾーイは、産婦人科医から「あなたとCRM-1014(精子が入った容器に記載された登録番号)の間には素敵な赤ちゃんができますよ」と励まされます。この産婦人科医は、まったく悪気はないのでしょうが、私たちには命がモノ扱いにされているように感じてしまいます。この映画では描かれていませんでしたが、その後に妊娠したゾーイは、スタンとの恋愛を最優先して、黙って中絶する選択肢だってありえるわけです。2つ目のリスクは、子どもを私物化してしまうことです。実際に、精子バンクのホームページでは、精子ドナーの身長、体重、血液型、人種、肌や目の色、髪の色や髪質、IQ、学歴、職業などがすべてカタログ化され、値段が付いています。あたかも商品のようです。これは、生まれる前だけでなく、生まれた後もです。たとえば、子どもに障害が見つかったら、どうなるでしょうか? 実際に、海外では、ある同じドナー精子によって生まれた子どもたち(ドナー兄弟)が、高い確率で自閉症を発症していたため、精子バンクが訴訟を起こされたというケースもあります。これは、「注文したのと違う」「不良品だ」「返品したい」という発想になってしまう危うさがあります。そして、これは、虐待のリスクでもあります。また、自分だけが子育てを独り占めできるということは、その子育てが独りよがりになる危うさがあります。子育てについて夫婦で話し合いをしなくて済むメリットの裏返しのリスクです。これは、毒親になるリスクでもあります。なお、毒親の心理の詳細については、関連記事1をご覧ください。(3)子どものアイデンティティが揺らぐスタンは、生まれてきた双子の育ての父親になりました。この双子は、スタンを実の父親と思うでしょう。しかし、テリング(真実告知)をすれば、どうなるでしょうか? 彼らは、思春期になったら、生みの父親を知りたくなります。そして、分からない場合は、どうなるでしょうか?3つ目は、子どものアイデンティティが揺らぐことです。思春期になると、より抽象的な思考ができるようになります。そして、自分のルーツや自分らしさなど、自分探しをするようになります。アイデンティティの確立です。この時、精子バンクによって生まれた子どもは、「お金で買ったモノから生まれた」というレッテルを払いぬぐうために、精子ドナー探しをするようになります。実際に、精子ドナーの身元を明らかにすることは、子どもの人権(出自を知る権利)として、すでにいくつかの先進国では制度化しており、日本でも制度化しようとする動きがあります。さらに、その子どもが生みの父親を知り、その認知を求めることは現実的にありえます。これは、精子ドナーの死後に、遺産相続のトラブルを引き起こす可能性があるということです。これを回避するためには、精子ドナーを独身主義(非婚)の人に限定する必要があるでしょう。選択的シングルマザーがうまく行くにはどうすればいいの?結婚しないで子ども持つリスクは、子育てへのサポートが脆弱になる、子どもを私物化してしまう、子どものアイデンティティが揺らぐことであることが分かりました。それでは、これらのリスクを踏まえて、選択的シングルマザーがうまく行くにはどうすれば良いでしょうか? 主に3つのサポートが挙げられます。(1)実父母からのサポート1つ目は、実父母からのサポートです。たとえば、近くに住むか同居して、定期的にも臨時的にも子育ての身体的な負担を肩代わりしてもらうことを確約することです。いざというときは、経済的なサポートをしてもらうことです。もともと、日本では里帰り出産や離婚後に出戻りをする文化があるので、実父母からの抵抗は少ないでしょう。これは、子育てのサポートが脆弱になるリスクを減らします。また、結果的に、実父母が子育てに介入することになるので、子どもを私物化してしまうリスクを減らすこともできるでしょう。(2)ピアサポートゾーイが参加したシングルママの会では、自助グループとして、シングルマザーたちだけが、励まし合ったり、時には出産に立ち会うなど、お互いに助け合っています。2つ目は、仲間からのサポート、つまりピアサポートのことです。これは、自分に仲間ができることで、心理的な安心感が得られることです。心理的な面での子育てのサポートが脆弱になるリスクを減らします。海外ではすでに大きな団体がありますが、日本では小規模な交流会などがあるようです。(3)ソーシャルサポート3つ目は、社会制度としてのサポート、つまりソーシャルサポートです。残念ながら、現時点では、海外の先進国に比べて、日本の子育て支援は極めて限られています。とくに、シングルマザーの貧困は社会問題になっています。これが、少子化対策として、海外から遅れを取っている原因であると指摘されています。少子化対策のためにも、子育て支援を拡充することが望まれます。たとえば、妊娠・出産、保育、義務教育、医療など、成人までかかる子育ての費用をほぼ無償にすることです。そして、児童手当は、家計が潤うくらいのインセンティブをつけることです。子育ても1つの労働と考えれば、当然のことと言えます。これは、結果的に、選択的シングルマザーの子育てへのサポートが脆弱になるリスクも減らすでしょう。<< 前のページへ | 次のページへ >>

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そして父になる(その1)【もしも自分の子じゃなかったら!?(親子観)】Part 2

子どもにとっての親子の絆とは?親子の絆とは、血のつながり(血縁の心理)と情(子育ての心理)があることが分かりました。しかし、実は、これは親にとっての親子観です。それでは、子どもにとっての親子の絆とは何でしょうか?慶多と琉晴は、事情を知らされず、言われるままに、休日に野々宮家と斎木家を交換して外泊が始まります。そして、やがて交換したままになるのです。ここから、彼らの親子観を同じく2つに分けて考えてみましょう。(1)情-愛着の心理野々宮家でずっと暮らすことになった琉晴は、良多がつくった野々宮家のルールのリストを読まされます。そして、納得が行かず、「なんで?」と良多に繰り返し聞き続けるのです。そして結局、家出をして、斎木家に帰ってしまいます。一方、斎木家で暮らしている慶多は、琉晴ほどはっきり抵抗しませんが、元気がなくなっていきます。子どもにとっての親子観として、1つ目は、情です。これは、血がつながっていてもいなくても、特別な誰かと一緒にいたいと思う愛着の心理です。この愛着は、生後半年から2歳までの間(臨界期)に形成されます。この時期に一番長く一緒にいた人が親(愛着対象)として刷り込まれます(親プリンティング)。そして、その親から離れることは、アルコール依存性や薬物依存症と同じように、「禁断症状」を引き起こします。つまり、愛着とは、依存行動(嗜癖)とも言えます。逆に言えば、いくら血がつながっていても、その大切な時期(臨界期)に一緒にいなければ、その親は「依存対象」(愛着対象)になりようがないので、その親から離れても「禁断症状」は出ません。実際に、琉晴がせっかく外泊に来ているのに、良多は仕事を優先してあまり構っていませんでした。慶多の生みの父親である雄大は、そんな良多を見かねて、「もっと一緒にいる時間をつくったほうがいいよ、子どもと」「俺、この半年で、良多さんが一緒にいた時間よりも、長く慶多といるよ」とたしなめています。つまり、臨床的に考えれば、新生児取り違えのあとに交換で問題が起きないのは、親プリンティングが始まる前の半年までです。半年から2歳までがグレーゾーン、2歳以降は愛着の問題のリスクが高まるでしょう。この愛着の心理から、琉晴が良多やみどりに懐くことは簡単ではないことがよく分かります。取り違えは、子どもから見れば、「親の取り違え」です。親以上に、実は子どもにとって危機的状況なのです。なお、愛着の心理の詳細については、関連記事3をご覧ください。(2)血のつながり-アイデンティティ琉晴は、良多から「おじさんが本当のパパなんだ」と告げられます。しかし、無反応です。慶多は、良多から「(慶多が成長するための)ミッション」と遠回しに伝えられただけでしたが、はっきり告げられたとしてもリアクションはおそらく同じでしょう。6歳の子どもにとって、血がつながっているかどうかは、ぴんと来ないのです。つまり、子ども心に選ぶ親は「生みの親より育ての親」であるということです。ただし、彼らが思春期になっても、彼らの親子観はそのままでしょうか?子どもにとっての親子観として、2つ目は、思春期になればやはり血のつながりです。思春期になると、より抽象的な思考ができるようになります。そして、自分のルーツや自分らしさなど、自分探しをするようになります。アイデンティティの確立です。この時に、育ての親しか知らない場合、生みの親を知りたくなるのです。これは、養子や生殖医療で生まれた子の心理でもあります。そして、これは、子どもの人権(出自を知る権利)として、すでにいくつかの先進国では制度化されており、日本でも制度化しようとする動きがあります。つまり、アイデンティティの確立とは、血がつながっていることにこだわるスイッチが入ることとも言い換えられます。なお、この真実告知のタイミングについては、愛着形成期である幼児期よりも後で、反抗期になる思春期よりも前、つまり小学校低学年の学童期が望ましいでしょう。<< 前のページへ■関連記事八日目の蝉【なぜ人を好きになれないの?毒親だったから!?どうすれば良いの?(好きの心理)】Mother(続編)【虐待】Mother(中編)【母性と愛着】

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第52回 整形外科医へのリベート問題、企業に厳重警告も医師はお咎めなし

景品表示法に基づく公正競争規約に違反すると認定こんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。この週末は開幕した米国MLB(大リーグ)の試合を、NHKのBSで何試合か観戦しました。鳴り物入り(というかキャチャー付き)でサンディエゴ・パドレスに移籍したダルビッシュ 有投手、昨年からミネソタ・ツインズの中核となった前田 健太投手が共に4月1日(現地)の開幕戦を任されたのですが、どちらも白星をあげることはできませんでした。4月4日には大谷 翔平選手が投手、打順2番で登場、先制ホームランを放つなど幸先の良いスタートでしたが4回に走者と交錯、負傷降板しました。また日本ハムからテキサス・レンジャーズに移籍した有原 航平投手は3日に登板しましたが5回に連打を浴びこちらも白星お預けです(シアトル・マリナーズの菊池 雄星投手は10三振を奪うも勝敗つかず)。キャンプ中とは違うMLBの強打者たちの本気度に、日本人エースたちは皆、押され気味の印象。今後の活躍に期待したいと思います。さて、この連載もなんとか1年続けることができました。できるだけ“俗っぽい事件”を取り上げるのがこの「水曜日」の役割なのですが、ついつい新型コロナの動向に目を奪われてきたことを少々反省しています。ということで今回は、昨年この連載で取り上げた「ある事件」の新たな展開です。米系医療機器メーカー・グローバスメディカルの日本法人が機器を購入した病院の医師側にリベートを提供していた問題で、業界団体でつくる医療機器業公正取引協議会(公取協)が3月24日、景品表示法に基づく公正競争規約に違反すると認定し、最も重い厳重警告の処分を下した、というニュースが入ってきました。公取協は同社に対し、再発防止の是正措置報告、同様の行為を行わない旨の誓約書、1年後の再発防止策の改善状況報告の提出を課しました。10%前後を医師側の会社の口座に振り込みこの事件、本連載では昨年12月に、「第35回 著名病院の整形外科医に巨額リベート、朝日スクープを他紙が追わない理由とは?」で取り上げました。11月24日付の朝日新聞が、米国の医療機器メーカー・グローバスメディカルの日本法人が同社の機器を購入した病院の医師に対し、売上の10%前後をキックバックしていた、と報じたことで事件が発覚しました。同記事によれば、キックバックは2019年の1年間で少なくとも20数人に対し、総額1億円超となっており、医師本人ではなく、各医師や親族らが設立した会社に振り込むかたちで行っていた、とのことでした。グローバスメディカルの日本法人は、背骨や腰の治療で使う脊椎インプラントなどを販売する、整形外科専門の医療機器メーカーです。前身の会社、アルファテック・パシフィックも米国の医療機器メーカーであるアルファテック・スパインの日本法人でした。2016年に米国でアルファテック・スパインがグローバスメディカルに買収され、日本でも同年よりグローバスメディカルの日本法人(以下、グローバス社)として営業活動を行っています。グローバス社の関係者の話や内部資料を基にしたという昨年の朝日新聞の報道によれば、同法人は、医師本人やその親族らが設立した会社と「販売手数料」を支払う契約を締結。この契約は病院が医療機器を購入するたびに販売額の10%前後を医師側の会社の口座に振り込むという内容で、医師側が昨年1年間で受け取った「手数料」は、1人あたり百十数万円から2千数百万円にものぼった、とのことでした。なお、20数人の医師は関東や関西、九州の大規模な民間病院に勤務していたとのことで、同紙の続報では、東京慈恵会医科大学病院や岡山済生会病院などの名前が上がっていました。公正競争規約違反は犯罪ではないが…朝日新聞は一面で大々的に報じたこの事件、他紙は全く後追いしませんでした。贈収賄罪の対象となる公務員と異なり、企業と民間人の間のリベート供与を罰する法律が日本にはまだ整備されていないため、企業・医師共に法律上は「何の罪も犯していない」ためとみられます。日本には、過大な景品提供などによる不公正な取引を防ぐため、個々の業界が定めた自主規制ルールである「公正競争規約」があります。同規約は景品表示法第31条に基づくものですが、あくまで業界の自主ルールのため、そこに法律違反は発生しないのです。昨年の朝日新聞も、「機器の購入費用は、公的な財源からなる医療費で賄われている。医師への不当なリベートを日本でも規制することは、治療を受ける患者の立場だけでなく、国民の立場からも必要ではないか」と問題提起するかたちで終わっていました。ただ、朝日新聞の報道を受け、医療機器の業界団体でつくる医療機器業公正取引協議会(公取協)は、グローバス社の調査を開始していました。医師や親族が役員であっても医師本人への提供と判断3ヵ月かけて調査した公取協は3月24日に「医療機器業公正競争規約違反事案について」題した文書を公表しました。同文書と3月25日の朝日新聞によると、グローバス社は「エージェント」と称する会社に対して販売協力業務に対する対価として、自社製品の保険償還価格や売上高等を基に算出した額を「販売手数料」(すなわちリベート)として支払っていたとのことです。リベートの提供先(エージェント)は20社。いずれも医師や親族が役員となっていたものの、公取協はいずれも医師本人への提供だと判断しています。そして、この20社を通じ、少なくとも92の医療機関に機器が販売されていたとのことです。さらに、この20社以外にも同法人が不当な資金提供があったとしてコンプライアンス上問題だと判断した取引先が21社確認されていました。これら計41社への不当な資金提供は2018〜2020年の直近3年間で7億1,600万円にのぼっていました。不当な取引誘引手段としての金銭提供公取協は文書で、グローバス社の行っていた行為について「売上高等を基に算出した販売手数料を支払うことは、取引先医療機関が使用する医療機器について、その選択権を有するもしくは選択に多大な影響力を持つ医師に対する金銭提供であると認められる」とし、さらに「グローバス社製品を使用すればするほど当該医師に金銭が入るという構図は、医療機関等に対する不当な取引誘引手段としての金銭提供であると認められる」と断じています。なお、グローバス社は3月24日付けで 代表取締役社長のステファン・R・ラニーヴ 氏の名前で「医療機器業公正取引協議会の措置について」という文書を公表、「公取協の判断についてこれを真摯に受け止め、今後再発防止に努めて参ります。(中略)医療機器業界の社会的信用に重大な影響を及ぼしたことにつき、深くお詫び申し上げます」と謝罪と共に公取協の判断に従う旨を表明しています。リベート受け取りも「国民への背信」結局この事件、業界団体でつくる公取協が自主ルールに基づき厳重警告の処分を下し、グローバス社が非を認めて幕引きになりそうです。リベートを受け取っていた医師たちは当然のことながら何の罪にも問われていません。公取協は医療機器の業界団体でつくる組織のため、ユーザーである医師に物申すことなどあり得ないからです。昨年11月時点では、リベートを受け取っていた医師が2人いた東京慈恵会医科大学病院が「調査を開始する」という報道もありましたが、調査結果が公表されたという話は聞きません。ことの本質は、「医師自身の規律性」ということになりますが、リベートを受け取っていた医師たちが所属する日本整形外科学会は、事件発覚直後の12月、会員医師に対し「保険料を負担する国民全体からみて、その選定・納入の公正さに疑念を抱かせることのないよう、慎重に行動してください」と告知したのみです。今回の公取協の決定に関し、とくにコメントは発表していません。医療機関は、購入した医療機器や医療器具を保険診療で使用することで診療報酬(保険料、公費、患者負担で賄われています)を得て、採算を取り、利益を得ます。その利益をまた機器購入の代金に回すわけですが、もし機器の価格にリベートが予め含まれているとしたら、それは大きな問題です。法律で裁けない状況下、リベートを提供した企業に対して業界団体が警告を発するのであれば、医師の団体もそれなりの警告なりペナルティをリベートを受け取った医師に課すのが規律性を保つための手段だと思うのですが、どうでしょう。厚労省職員の宴会に対し、日本医師会の中川 俊男会長は「極めて遺憾に思う。国民への背信」と語ったそうですが、グローバス社の事件でリベートを受け取っていた医師に対しても、「極めて遺憾に思う。国民への背信」とコメントしてほしかったと思います。

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第47回 要申請、市町村へアドレナリン製剤の無償提供/マイラン

<先週の動き>1.【要申請】市町村へアドレナリン製剤の無償提供/マイラン2.緊急事態宣言の解除後、感染対策に「5つの柱」3.勤務医の働き方改革など、医療法改正法案が審議入り4.高齢者ワクチン、医師確保が間に合わない自治体2割5.ワクチン優先接種、精神疾患などの患者も対象に6.科学的介護情報システム「LIFE」を訪問・居宅支援に活用へ1.要申請、市町村へアドレナリン製剤の無償提供/マイラン厚生労働省は、4月12日から開始される高齢者の新型コロナワクチン接種に必要となる予診票などの情報提供を開始している。抗血小板薬や抗凝固薬を内服している患者については、接種前の休薬は必要なく、接種後は2分間以上しっかり押さえるようにと具体的な記載がされている。また、ワクチン接種の際にアナフィラキシーショックなどを発現した場合に必要となるアドレナリン製剤(商品名:エピペン注射液0.3mg)については、製造販売元であるマイランEPD合同会社より無償提供について、各市町村(特別区を含む)へ告知されるなど準備が進んでいる。なお、無償提供を希望する市町村は、専用のWEBサイト(https://med.epipen.jp/free/)を通じて申請を行うこと。受付は、18日より開始されている。(参考)新型コロナワクチンの予診票・説明書・情報提供資材(厚労省)予防接種会場での救急対応に用いるアドレナリン製剤の供給等について(その2)(同)マイランEPD 自治体向け「エピペン」無償提供の受付開始 コロナワクチン接種後のアナフィラキシー対応で(ミクスオンライン)2.緊急事態宣言の解除後、感染対策に「5つの柱」菅総理大臣は18日夜、東京都を含む1都3県の緊急事態宣言について、21日をもって解除することを明らかにした。1都3県の新規感染者数は、1月7日の4,277人と比較して、3月17日は725人と8割以上減少しており、東京では、解除の目安としていた1日当たり500人を40日連続で下回っていた。宣言解除に当たり、感染の再拡大を防ぐための5本の柱からなる総合的な対策を決定し、国と自治体が連携して、これらを着実に実施することを発表した。第1の柱「飲食の感染防止」大人数の会食は控えて第2の柱「変異ウイルス対応」第3の柱「戦略的な検査の実施」第4の柱「安全 迅速なワクチン接種」第5の柱「次の感染拡大に備えた医療体制の強化」また、ワクチンについては、今年6月までに少なくとも1億回分が確保できる見通しを示し、医療従事者と高齢者に行きわたらせるには十分な量だと述べた。(参考)新型コロナウイルス感染症に関する菅内閣総理大臣記者会見(首相官邸)【菅首相会見詳報】“宣言”解除へ 再拡大防ぐ「5つの柱」示す(NHK)3.勤務医の働き方改革など、医療法改正法案が審議入り長時間労働が問題となっている勤務医などの働き方改革を目指し、2024年度から、一般の勤務医は年間960時間、救急医療を担う医師は年間1,860時間までとする時間外労働規制を盛り込んだ医療法の改正案が、18日に衆議院本会議で審議入りした。今回の法案には、各都道府県が策定する医療計画の重点事項に「新興感染症等の感染拡大時における医療」が追加された。このほか、医師養成課程の見直しであるStudent Doctorの法的位置付けや地域医療構想の実現に向けた医療機関の再編支援、外来医療の機能の明確化・連携といった2025年問題と、今後の地域医療の提供体制にも大きな影響が出ると考えられる。(参考)勤務医などの働き方改革を推進へ 医療法改正案 衆院で審議入り(NHK)地域医療の感染症対策を強化、医療法改正案を閣議決定(読売新聞)資料 良質かつ適切な医療を効率的に提供する体制の確保を推進するための医療法等の一部を改正する法律案(厚労省)4.高齢者ワクチン、医師確保が間に合わない自治体2割4月12日から開始される65歳以上の高齢者対象の新型コロナウイルスワクチン接種について、厚労省が全国1,741の自治体を対象に行った調査の結果、約2割の自治体が接種を担う医師を確保できていないことが明らかになった。調査は3月5日時点の各自治体の状況についてたずね、各接種会場で1人以上の医師を確保できているとする自治体は1,382(79.3%)だが、残り約2割の自治体では「0人」だった。地元医師の調整に時間がかかっている自治体や医師不足のため近隣自治体と調整中の自治体もあるため、体制の確立には時間を要するとみられる。また、各自治体より高齢者分の接種券の配送時期については4月23日が最も多く、次いで4月12日とする自治体が多かった。(参考)医師確保「0人」が2割 高齢者ワクチン接種(産経新聞)資料 予防接種実施計画の作成等の状況(厚労省)5.ワクチン優先接種、精神疾患などの患者も対象に厚労省は、18日に第44回厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会予防接種基本方針部会を開催し、新型コロナウイルスワクチン接種の接種順位、対象者の範囲・規模について議論した。接種の対象については、接種実施日に16歳以上とし、一定の順位を決めて接種を進める。4月12日から高齢者への接種を始め、基礎疾患のある人などに優先して接種を行う。(1)医療従事者等(2)高齢者(2021年度中に65歳に達する、1957年4月1日以前に生まれた方)(3)高齢者以外で基礎疾患を有する方や高齢者施設等で従事されている方(4)それ以外この会議において、優先接種に「重い精神疾患」や「知的障害」がある人も加えることになった。具体的には精神疾患で入院中の患者のほか、精神障害者保健福祉手帳や療育手帳を持っている人などが対象で、合わせておよそ210万人と見積もられている。(参考)資料 接種順位の考え方(2021年3月18日時点)(厚労省)6.科学的介護情報システム「LIFE」を訪問・居宅支援に活用へ厚労省は、2021年の介護報酬改定により、科学的介護情報システム「LIFE」の運用を始め、科学的なエビデンスに基づいた自立支援・重度化防止の取り組みを評価する方向性を打ち出した。今回の介護報酬改定で新設される「科学的介護推進体制加算」をはじめ、LIFEの取り組みには多くの加算が連携しており、対応を図る介護事業者にとってはデータ提出などが必須だ。さらに、改定では「訪問看護」にも大きなメスが入った。訪問看護ステーションの中には、スタッフの大半がリハビリ専門職で「軽度者のみ、日中のみの対応しか行わない」施設が一部あり、問題視されていたが、今回の改定ではリハビリ専門職による訪問看護の単位数を引き下げる、他職種と連携のために書類記載を求めるなど対策が行われている。(参考)2021年度介護報酬改定踏まえ「介護医療院の実態」「LIFEデータベース利活用状況」など調査―介護給付費分科会・研究委員会(Gem Med)リハビリ専門職による訪問看護、計画書や報告書などに「利用者の状態や訪問看護の内容」などの詳細記載を―厚労省(同)介護報酬の“LIFE加算”、計画の策定・更新が必須 PDCA要件の概要判明(JOINT)資料 訪問看護計画書及び訪問看護報告書等の取扱いについて(厚労省)

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膵がん末期患者の下痢をコデインリン酸塩でコントロール【うまくいく!処方提案プラクティス】第34回

 今回は、末期がんの患者さんの下痢に対して、コデインリン酸塩錠で対処した症例を紹介します。代表的な副作用である便秘を活用することで、最終的には疼痛・排便の両方がコントロールできましたが、もっと早くから介入できていたら…という後悔が残った事例です。患者情報87歳、女性基礎疾患膵体部がん(c Stage4b、本人へは未告知)、左加齢性黄斑変性症既往歴子宮筋腫手術、腰椎圧迫骨折、左大腿部頸部骨折診察間隔毎週訪問処方内容1.トラセミド錠4mg 1錠 分1 朝食後2.スピロノラクトン錠25mg 1錠 分1 朝食後3.ナイキサン錠100mg 2錠 分2 朝食後・就寝前4.酪酸菌配合錠 4錠 分2 朝食後・就寝前5.パンクレリパーゼカプセル150mg 2カプセル 分2 朝食後・就寝前6.乾燥硫酸鉄徐放錠 2錠 分2 朝食後・就寝前7.ポラプレジンク錠75mg 2錠 分2 朝食後・就寝前8.ロペラミドカプセル1mg 2カプセル 分2 朝食後・就寝前9.スボレキサント錠15mg 1錠 分1 就寝前10.ロフラゼプ酸エチル錠1mg 1錠 分1 就寝前本症例のポイントこの患者さんは、膵体部がんの進行による疼痛と頻回の下痢で体力消耗が激しく、その便処理のために同居する長女の介護負担が非常に大きい状態でした。内服薬の管理も本人では難しく、出勤前と帰宅後に内服支援をする長女のために朝食後と就寝前で統一していました。下痢に関しては以前から悩みの種で、過去の治療において半夏瀉心湯やタンニン酸アルブミンで治療をするも抑えることはできず、現在の治療でも整腸薬のみではまったく効果はありませんでした。ロペラミドも追加しましたがコントロールには至らず、本人と長女の精神的・身体的な疲弊が限界に達していました。そのような中、医師より、どうにか今の服薬管理環境で下痢をコントロールできる内服薬はないかという電話相談がありました。この患者さんは、過去に子宮筋腫の手術歴があり、イレウスのリスクもあることから止瀉作用の過剰発現には注意を払う必要があります。しかし、今も疼痛があり、今後も病勢が進行する可能性から、オピオイド導入のタイミングと考えて、腸管内のオピオイド受容体を刺激して腸管蠕動を抑制するコデインリン酸塩錠の投与について検討しました。処方提案と経過医師に、疼痛と排便コントロールの両方を兼ねて、現行のロペラミドに加えて、弱オピオイドのコデインリン酸塩錠の追加を提案しました。用法については、長女より夜間から明け方の便失禁で困っているという話があったため、20mg錠を朝・夕食後(長女帰宅時に服用)・就寝前の分3で服用する方法を伝えました。医師からは、強オピオイドの導入も考えていたが段階を踏んで治療をしよう、と承認を得ることができ、早速当日の夜より服用開始となりました。投与開始3日目にフォローアップのため訪問したところ、夜間の便失禁が減り、本人と長女の心身の負担が軽減できていました。しかしその後、これまでの度重なる便失禁や病状悪化が影響してか、食事がほとんど摂れずに水分摂取がやっとの状態になっていきました。そして、病状悪化から内服も困難な状態となり、フェンタニルクエン酸塩貼付薬とモルヒネ塩酸塩水和物液での緩和医療へ切り替えることになりました。複数の止瀉薬を検討していた段階で提案することができず、医師から相談を受けるまでなかなか知恵を絞りきれなかったことを反省する事例となりました。

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第43回 ドタバタ続きの旭川医大、ワンマン学長の言動を文科省が静観する理由

旭川医大、学長が院長を電撃解任こんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。今オフにニューヨーク・ヤンキースからフリー・エージェント(FA)になっていた、田中 将大投手の東北楽天ゴールデンイーグルス復帰が1月28日に正式発表され、30日には田中投手の記者会見も行われました。ヤンキースが再契約しなかったこと、MLBの他球団の獲得が実現しなかったことなど気になる点は多々ありますが、東北楽天ファンだけでなく、日本の野球ファンのほとんどは大歓迎ではないでしょうか。ヤンキースでの7年間のキャリアのうち、後半は早い回での降板も増え、好不調の波が激しかった気もします。ただ、全盛期を過ぎつつあるとはいえ、あの田中 将大です。本人も「キャリアの晩年ではなく、いいタイミングで、楽天でバリバリ投げたいという思いはあった」と語っています。今年は東日本大震災から10年目という節目でもあり、ひょっとして東北楽天に再び優勝をもたらしてくれるかもしれません。個人的には、引退間近とも言われる日本ハムの斎藤 佑樹との投げ合いが楽しみです。さて、今週は旭川医科大学のドタバタを取り上げます。旭川医大は26日、同大で記者会見を開き、旭川医大病院の古川 博之病院長を25日付で解任したことを明らかにしました。昨年11月、同大の吉田 晃敏学長が新型コロナウイルスのクラスターが発生した市内の慶友会吉田病院からの患者受け入れを拒否する発言をしていたことが「週刊文春」で報道されましたが、この発言を録音し、外部に漏らしたことなどが解任理由となっています。「不利益処分を基礎付ける具体的証拠は何もない」と前院長この会見には吉田学長に加え、2人の理事と顧問弁護士が出席。理事は古川氏の解任理由について、(1)昨年11月の学内の会議をひそかに録画するなどし、外部に漏えいした、(2)11月、クラスターが発生した吉田病院の感染患者受け入れに関する吉田学長との協議内容を恣意的に報道機関に話した、(3)報道を受けた12月、難局を団結して乗り越えることを学内で確認したにもかかわらず、その後も取材に応じ続けた、という3点を挙げました。一方、解任された古川氏は25日夜に、報道関係者向けのコメント文書を出しています。それによると、15日に同大の役員会から辞任を求められたものの「解任相当とする具体的事実が事前に告知されておらず、告知・聴聞の手続きにおいては不適正」「ヒアリングでの質問内容は十分な反論も受け入れず、結論ありきのもの」と批判。役員会が指摘する情報漏洩の疑いも否定した、とし、「不利益処分を基礎付けるような具体的証拠は何もない」としています。さらに、文部科学省が吉田学長の不適切発言問題などで旭川医大を調査している最中に院長辞任を求めるのは、「真実隠しと思わざるを得ない」とし、旭川市の病院の新型コロナウイルス対策において「リーダーシップをとってきた私を解任することは、地域医療をないがしろにしている」と書いています。「吉田病院のコロナがなくなればいい、という趣旨だった」と弁明26日の旭川医大の記者会見において、吉田学長はそれまでの自身の発言について以下のようにコメントしました。「週刊文春」の2020年12月24日号で報道された市内の慶友会吉田病院からの患者受け入れを拒否する発言、「コロナを完全になくすためには、あの病院がなくなるしかない。ここの旭川市の吉田病院があるということ自体が、ぐじゅぐじゅ、ぐじゅぐじゅとコロナをまき散らして」については、「あのときの真意は吉田病院のコロナがなくなればいい、という趣旨だった。それが切り取られてしまった」と苦しい弁明。さらに、吉田病院の患者受け入れを巡り、吉田学長が古川氏に「受け入れるならおまえが辞めろ」などと発言したことについては、「11月8日と13日に私はある病院からの軽症者を断った。それは、私の教員として培ってきた知識と動物的な勘でそういう対応を取った。その後はコロナ対応の病床が32床使えるようになったことからも、(当時許可しなかった)私の判断は間違っていなかった」と話しました。 吉田学長のリコールを求める署名運動も「おまえが辞めろ」発言については、文科省がパワーハラスメントに当たるかどうかを調査中とのことです。萩生田 光一文科相は26日の閣議後会見で、旭川医大が古川病院長を解任したことについて「学長と付属病院長が争うことそのものが、道民や患者に不安を与える」と述べ、地域医療への影響に懸念を示すとともに、「学内人事は各大学の判断で、よしあしを判断する立場にない」とした上で、「学内で冷静な対応をしてもらいたい」と語ったとのことです。なお、週刊文春の暴言報道をきっかけとして、昨年末には同大OBが中心となった吉田学長のリコールを求める全国有志の会が発足し、署名運動が始まっています。同会は1万筆の署名を目指しており、3月を目標として文科省に提出予定とのことです。旭川医大の1期生学長による老害の数々一連の報道を読んでいて浮かんだのは、“老害”という言葉です。吉田学長は68歳。旭川医大1979年卒の1期生で眼科が専門です。2007年の学長選で同大出身者初の学長となり、その後、実に14年にわたって学長の座に就いています。ちなみに旭川医大の職員(教授など)の定年は多くの国立大と同じ65歳です。国立大学法人法では「学長の任期は、2年以上6年を超えない範囲内で、学長選考会議の議に基づき、国立大学法人が定める」とされています。旭川医大の場合、かつては「学長は1期4年を任期とし再任を1回だけ認め、再任後の任期は2年とする」という常識的なものでしたが、吉田学長になって「1期4年、再任は無限」に変更となりました。どこかの共産主義政権と同じことを強権で実行したわけです。もう一つ気になったのは、吉田学長の眼科学教室主任教授への返り咲きです。通常、学長をはじめ大学の運営に関与する役員は臨床から離れ、教授職などは返上して後任に譲ります。そもそも大学の経営をしながら、バリバリ手術や、診察、指導、研究はできないでしょう。ところが吉田学長は現在、眼科教授を兼任しています。報道等によれば、2020年、前任の教授(東大出身)を解任し、自らが眼科学講座の主任教授も兼任することにしたのです。1月15日付のFRIDAYデジタルは、昨年秋に学内に掲出された、吉田学長の第4代教授就任を伝えるポスターを掲載しており、これが笑えます。着物姿の吉田学長が色紙を掲げている写真なのですが、色紙には「二冠 学長・第四代教授」と書かれているのです。記事によれば、将棋二冠の藤井 聡太棋士を真似たとのことです。吉田学長を巡っては、2019~20年に麻酔科教授の不正報酬問題(本連載の「第2回 全国の麻酔科教室が肝を冷やしただろう事件」参照)など不祥事が続き、大学トップとして管理体制が問われていましたが、病院長解任直後の報道では、自身も公立病院とアドバイザー契約を結び月40万円(14年間で計6,920万円)受け取っていたことも明らかになっています。ちなみに、旭川医大眼科教室のWebサイトの医局員紹介を見てみると、教授が3人います。1人は主任教授の吉田学長、1人は旭川医大病院経営企画部教授、そしてもう1人は医工連携総研講座教授です。地方の医大に眼科医局所属の教授が3人とは、これも何らかの力が働いたのかもしれません。国立大学の学長は簡単にクビにはできない中央の目があまり届かない北の地の国立大学でやりたいようにやってきた吉田学長ですが、週刊文春やFRIDAYといった厳しいメディアの“目”に晒されたためか、北海道新聞など地元紙の報道もかなり批判的になってきているようです。しかし、文科省は今のところ「学内人事は各大学の判断で、よしあしを判断する立場にない」と静観の構えです。任命するのは国なのですから、交代させることも可能だと考えがちですが、そうは簡単にはいかない理由があります。国立大学法人法は「学長の任命は、国立大学法人の申出に基づいて、文部科学大臣が行う」(同法12条)となっています。ただ、その申し出を文科相が拒否することはほとんどありません。国立大学法人が、同法人の規則に則って学長を選出、それを文科相に申し出ます。この申し出に明白に形式的な違法性がある場合や、明らかに不適切と客観的に認められる場合などを除き、法人の申し出を国が拒否することはできない(申し出には法的拘束力がある)とされているのです。なにやら昨年話題となった日本学術会議会員の任命拒否問題とも似ていますが、考え方はまったく同じです。学術会議会員の任命拒否問題でもあれだけ大騒ぎとなりました。ですから、大学の自治尊重の考え方の下、国立大学の教職員が国家公務員だった時代でさえ行われなかった学長の任命拒否やクビのすげ替えが、そう簡単にできるわけがないのです。もっとも、昨年10月、学術会議の任命拒否問題が騒がれていた頃、国立大学学長の任命について聞かれた萩生田文科相は「基本的には(大学側の)申し出を尊重したい」とした上で、「文科相の判断で任命しないこともありうる」との認識も示しています。仮に老害を撒き散らしている学長だとしても、学内のルールに則ってことを収めてほしい、というのが国、文科省の強い意向だと言えそうです。とはいえ、今後、旭川医大がとくに学長を交代させることなく、今回の一連の事件をうやむやにしようとするならば、国も「明らかに不適切と客観的に認められる場合」として“立件”すべく、積極的な情報収集に動くかもしれません。今後の文科省の動きに注目したいと思います。

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診療所の後継者探し、自分だけで「質」と「量」確保できますか?【ひつじ・ヤギ先生と学ぶ 医業承継キソの基礎 】第10回

第10回 診療所の後継者探し、自分だけで「質」と「量」確保できますか?漫画・イラスト:かたぎりもとこ後継者をご自身で探したもののなかなか見つからず、私たちのところにいらっしゃる方がいます。お話を伺ってみると、うまくいかないポイントは大きく分けて2つあるようです。(1)譲渡額が相場から外れている、具体的な引き継ぎ方法が決まっていない=質の問題(2)知り合いの紹介などに頼り、そもそもコンタクトしている数が少ない=量の問題(1)質の問題個人経営の診療所の場合には下記のような公式で譲渡額を算定します。譲渡額=年間所得(利益)の1年分+固定資産額(医療機器などの簿価額)さらに、上記の金額を、根拠をもって説明できるかどうかも重要な点です。一般的に、売り手の院長が自ら後継者探しをしている場合、上記の相場よりも割安な設定にしているケースが多いのですが、このような相場の考え方を説明できる方が少ないため、割安なのにもかかわらず、候補者が不安になって辞退してしまうケースがあります。また、譲渡時の具体的な引き継ぎ方法をわかりやすく候補者に伝えられるかどうかも大事な点です。たとえば、医療法人が経営する病院・診療所を承継する場合には、買い手本人ではなく、医療法人側が銀行から融資を受けたうえで、売り手の院長に退職金を支払うスキームで引き継ぐケースがあります。このようなお金の流れや、なぜそのようなスキームが最良の選択なのかを細かく説明し、双方が納得する必要があります。魅力的な話であるにもかかわらず、こうした点がわからないために不安になって買い手が辞退してしまうケースが多くあるのです。(2)量の問題「なるべく知っている人に譲りたい」という思いから、限られた方にしかコンタクトしていない、というケースもあります。でも、承継という大きな話をご自分のルートだけで探すというのは効率の悪い話ではないでしょうか。可能性のある候補者に広く告知できるかどうかが成功確率に大きく影響するのです。弊社が医業承継のご相談を受けた案件のうち、成約まで行き着くのは3分の1程度です。ケアネットの医師会員18万人から候補者を探してこの割合なのですから、母数が少なければ成功確率が下がるのは当然のことでしょう。このように医業承継は案件の「質」と相手を探す「量」を上げる必要があり、双方の点で私たちのような専門家を頼っていただいたほうが、効率がよいはずです。

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第35回 メディアも市民も「新型コロナに有効」研究の餌食に過ぎない?

「またか」と思わずため息が出てしまった。お茶が新型コロナウイルスに有効という、この記事のことだ。まあ、読めばすぐわかるが、試験管内、in vitroの話である。一応、発表した奈良県立医科大学側のリリースによると、3種類のお茶とコントロールの生理食塩水を、一定のウイルス感染価を有する新型コロナウイルス溶液と1:1で混合して静置し、1分後、10分後、30分後にそれぞれの溶液を培養細胞に接種してウイルス感染価を測定したというもの。確かにリリースを見ると、うち1種類のお茶では1分後の時点でウイルス感染価を計算すると99.625%も低下している。これ自体は事実なのだろう。だが、今発信すべき情報なのかという点では大いに疑問がある。こう書くと、「それはメディアが不勉強だから」と言われるのは分かっている。だが、もしそれを前提にするならば、不勉強な相手への発表なのだから、発信する側もそのやり方次第で責任を問われるべきものなのではないかと従来から考えている。実際、日常的に一般紙ではこの手のin vitroの研究やマウス、ラットレベルのin vivoの研究結果を、言い方は悪いが「誇大広告」のごとくに報じているのをよく見かける。これがどのような経緯で生み出されているかの構造は、実はかなり単純である。端的に言えば、ネタが欲しくて仕方がない記者と世間に少しでも成果をアピールしたい研究者・大学の利害が一致した結果だ。ただ、大手紙と地方紙、大都市圏と地方都市などの環境によって利害状況はやや異なる。大手紙の科学部記者などはin vitro、in vivoの研究に無条件に飛びつくことは少ない。だが、専門性のない社会部記者などは科学部記者よりも「読者にインパクトを与える見出しが立つようなネタかどうか?」に、より軸足が置かれる。また、大手紙地方支局や地方紙の場合、大手紙の科学部レベルの専門性がある記者がいないことも多いうえに、日常的に地元大学の研究者や広報部門と面識があれば、半分お付き合いも兼ねて大学発表の記事化に前向きになりがちである。ちなみにこの手の記事は一般的に年度末が近くなると増える傾向がある。新たな予算獲得や既に獲得した予算の成果を大学や研究者も外部にアピールしたいからだ。今回の記事に前述のような事情があるかどうかは定かではない。だが、この記事が出てきた背景により考えを巡らせるなら、さらに2つのファクターが考えられる。まず、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックは既に1年近く社会機能をマヒさせ、決定打となる対処法は今のところない。ワクチンはようやくイギリスで緊急承認になったが、全世界に供給されるまでにはまだ時間を要する。感染時に使用できる承認薬は日本国内では抗ウイルス薬のレムデシビルと抗炎症薬のデキサメタゾンのみでいずれも「帯に短し、たすきに長し」である。結局のところAI実用化の現代なのに、今現在できる対策は3密回避、手洗い励行、屋内でのマスク着用という、まるでインテリジェントビルの中で暖を取るのに火打ち石で火を起こして焚火をしているかのごとくである(別に3密対策、手洗い励行、屋内でのマスク着用を馬鹿にしているわけではない)。記者とて医療者とて、この打つ手のなしの状況に何らかの光明を見いだしたい気持ちは同じだろう。そこに今回のお茶のニュースはピタッとはまってしまう。しかも、社会を混乱に陥れているCOVID-19に対抗する「武器」が誰もが身近で手にできるお茶なのだから、不特定多数に発信するメディアにとっても読者にとっても好都合である。やや余談になるが、がんの診療にかかわった経験がある医療従事者の方は、「がんに効く」とのキャッチフレーズにひかれて特定の食品や料理や健康食品にはまるがん患者に遭遇した経験があるだろう。実際、Amazonなどで一般向けのがんに関する書籍の売れ筋ランキングを見ると、上位にはかなりの頻度で「○○を食べたらがんが消えた」という類の本が登場する。特定の食品で発症したがんを治療できないことは医療従事者ならば誰もが承知のこと。しかし、がんに対する三大治療といわれる手術、放射線、抗がん剤はいずれも患者の手の届かないところにある。結局、今現状を何とかしたいと思うがん患者に手が届く対策が食事であり、そこに走ってしまうのはある意味やむを得ないこととも言える。つまり大学・研究者、メディア、一般人の鉄のトライアングルともいえる利害の一致が今回のお茶の記事を生み出していると言える。だが、この中で試験管内での現象がヒトの体内でどれだけ再現できるか、あるいはそれをヒトでより端的に効果を証明するための手法が何かを知っているのは誰だろう? それは間違いなく大学・研究者であるはずだ。だからこそまだまだヒトでの効果を期待するのは程遠い今回のファクトを発表した大学・研究者には疑問どころか軽い怒りさえ覚える。ちなみに9月に柿渋が新型コロナウイルスに有効という情報が一部メディアで流れたことがあるが、これも今回のお茶と同じ奈良県立医科大学で研究者も同じである。ちなみに大学のHPにはその後、柿渋に関して共同研究先を募集する告知が行われている。はっきり言うが、要はメディアもその読者も大学や研究者のアピール、共同研究先開拓の片棒を担がされたに過ぎない。しかも今回のケースでは特定の施設・研究者が繰り返し行っている。この手の一瞬は夢を与える耳障りのいいと情報を連発し、いつの間にか雲散霧消で実用化せずということを繰り返すことは、医学に対する不信感も醸成しかねないと敢えて言っておきたい。

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人生の最終段階を見事に描いた作品が大賞受賞/医療マンガ大賞2020

 医療に関するコミュニケーションギャップの改善を目的に、患者や医療従事者それぞれによる“視点の違い”を描く「医療マンガ大賞」を、昨年度に続き横浜市が開催した。2回目となる今回は、新型コロナ対策に取り組む医療従事者の想いや視点の違いを描くテーマなど9つのエピソードを用意。結果、募集期間内に78本の作品応募(第1回は55本の応募)があり、その中から大賞1作品・入賞8作品が選出された。 第2回の大賞は、「人生の最終段階」をテーマに、患者視点の戸惑いや葛藤、家族への想いを優しいタッチで描いた、ちえむ氏の作品に決定した。11月20日(金)17時より、その他受賞作品を含め、医療マンガ大賞特設WEBサイト(https://iryo-manga.city.yokohama.lg.jp/)にて審査員からのコメントとともに全編ご覧いただける。なお、審査員からの要望により、事前に告知していた大賞・入賞に併せ、13作品を特別賞として同サイト内で紹介している。 ケアネットでは事前に、「心がふるえた 医療現場のエピソード」をテーマに、会員医師・薬剤師よりアンケートにて公募を行った。ケアネット部門のマンガ大賞は、原作のニュアンスを活かしつつ、絶妙なオリジナリティが加わり、テンポがスピーディ-でありながら、最後ほろりとする感じがステキな作品を描いたchiku氏が受賞した。 今後、採用エピソードと受賞漫画作品を掲載する予定。

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第30回 来年9月、レセプト審査システムにAI活用で地域差解消へ

<先週の動き>1.来年9月、レセプト審査システムにAI活用で地域差解消へ2.将来的に、電子カルテ情報は全国の医療機関で共有されることに3.オンライン診療は映像必須など、ガイドラインの見直しへ4.地域医療構想、コロナ収束後に向けた議論も見直し進まず5.アドバンス・ケア・プランニング、介護報酬にも反映を1.来年9月、レセプト審査システムにAI活用で地域差解消へ10月30日、厚生労働省は「審査支払機能の在り方に関する検討会」を開催し、社会保険診療報酬支払基金(支払基金)によるレセプト審査結果の不合理な差異の解消、支払基金と国民健康保険団体連合会(国保連)のシステムのあり方について議論が行われた。毎月1億6,000万件のレセプト処理を手作業で行っている現状だが、今後、AIを導入することで支払いの効率化を図ることとなった。また、従来からある支払基金と国保連のシステムの二重投資については、審査プログラムの共通化、AIの活用により、2021年9月からは9割のレセプト審査がコンピュータチェックで完結するように準備を進めていることが明らかとなった。今後、レセプト審査の標準化により、これまで認められていた地域差が縮小し、レセプト審査費用の軽減などが見込まれる。(参考)医療費審査、地域差縮小へ 厚労省、来年9月にシステム統一 無駄な支払いを抑制(日本経済新聞)第3回 審査支払機能の在り方に関する検討会 資料(厚労省)支払基金改革 審査事務集約化計画工程表等を公表(支払基金)2.将来的に、電子カルテ情報は全国の医療機関で共有されることに厚労省は11月6日、「第5回健康・医療・介護情報利活用検討会及び第4回医療等情報利活用ワーキンググループ」をオンライン開催した。保健医療情報を全国の医療機関などで確認できる仕組みの拡大および電子カルテ情報などの標準化について話し合われた。今後、電子カルテ情報の標準化を進め、全国の医療機関で共有できる範囲については、診療情報提供書、退院時サマリー、電子処方箋、健診結果を含めることになった。その確認方法については、今年中をめどに具体化する見込み。また、患者がレセプトの傷病名を確認できることについて、患者への告知を前提とし、提供の仕組みは改めて検討される。さらに患者が受診の都度、情報公開に対する同意の有無でコントロールするなどの提案が出された。このほか救急時の情報閲覧の仕組みに関しても、患者がマイナンバーカードを持参し、顔認証付きカードリーダーなどを用いて本人確認を行い、情報閲覧への本人の同意を得た上で、医師らによる情報の閲覧を原則とすることとなった。政府は、2021年3月のオンライン資格確認の本格的な運用開始に合わせて、マイナンバーカードを利用した電子処方箋の仕組み構築も進めており、マイナポータルでは、同年3月から特定健診などの、2021年10月から薬剤などの情報の閲覧開始に向けた準備を着実に進めている。(参考)注視すべきデータヘルス改革(薬事日報)第5回 健康・医療・介護情報利活用検討会及び第4回医療等情報利活用WG資料(厚労省)3.オンライン診療は映像必須など、ガイドラインの見直しへ厚労省は11月2日に「オンライン診療の適切な実施に関する指針の見直しに関する検討会」を開き、オンライン診療の普及に向けたガイドラインの見直しについて検討を行った。2018年3月に発出された「オンライン診療の適切な実施に関する指針」は、新型コロナウイルスの流行拡大により、初診患者についても規制緩和を行なっているが、今後、適切なオンライン診療の普及に必要な検討を進める。オンライン診療は対面診療を行なわないため、心筋梗塞などを見逃すリスクがある。このため安全性と信頼性を担保するため、オンライン診療は、電話ではなく映像を必須とすることになった。また、初診のオンライン診療は医師会側が兼ねてから要望している「かかりつけ医」が行うことについては、オンラインシステムのベンダーについて国側に管理を求める声も上がった。今後、各方面の意見を取りまとめ、年内にルールの大枠を定め、来年以降施行されることになる見込み。(参考)関心高まるオンライン診療 普及に医師・患者のリスク共有不可欠(SankeiBiz)第11回 オンライン診療の適切な実施に関する指針の見直しに関する検討会(厚労省)4.地域医療構想、コロナ収束後に向けた議論も見直し進まず11月5日、「厚労省医政局は地域医療構想に関するワーキンググループ」を開催し、新型コロナウイルス感染症を踏まえた地域医療構想の考え方について議論した。現状、各医療機関において新型コロナ対応を行なっているが、その間も人口減少・高齢化は着実に進み、地域の医療ニーズが徐々に変化するとともに、労働力人口の減少によるマンパワー不足も一層厳しくなるため、2025年の地域医療構想の実現は変わらず必要とされている。今後、地域医療構想の実現に向けた医療機能の分化・連携の取り組みの中で、コロナも含めた感染症病床の整備も踏まえた形での検討に時間を要することから、現時点ではスケジュールの具体化に関する議論は進んでいない。また、公立・公的医療機関などに対する再検証要請も、今年9月の期限を延長したものの明確な期限は示されていない。総務省では、10月29日に「地域医療確保に関する国と地方の協議の場」を開催し、各都道府県の首長からは、現状のコロナ感染拡大でのスケジュールの見直しを求めている。今後の議論の行方次第では、地域医療構想の実現に影響が及ぶと考えられる。(参考)今後の地域医療構想に関する議論の整理に向けた考え方(案)(厚労省)新型コロナウイルス感染症を踏まえた地域医療構想の検討状況について(厚労省医政局)5.アドバンス・ケア・プランニング、介護報酬にも反映を厚労省は11月5日に「社会保障審議会介護給付費分科会」をオンラインで開催した。今後、最も年間死亡数が多くなると予測される2040年には、2015年と比べて約39万人の死亡数増加が見込まれる中、国民の多くは、「最期を迎えたい場所」について、「自宅」を希望している。充実した看取りへの対応が求められているとし、2018年3月に改定された「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」に基づき、看取り・ターミナルケアに関して、ガイドラインの内容に沿った取り組みを行う介護サービス事業者への加算要件について検討することが提案された。今後、終末期医療や看取りの現場では、アドバンス・ケア・プランニングに基づいて患者が希望する医療・介護の実現が求められることとなる。(参考)第191回 社会保障審議会介護給付費分科会 【資料1】地域包括ケアシステムの推進(厚労省)「人生の最終段階における医療の決定プロセスに関するガイドライン」の改訂について(同)

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売買契約が決まったのに、スタッフの大量退職で大ピンチ!【ひつじ・ヤギ先生と学ぶ 医業承継キソの基礎 】第2回

第2回 売買契約が決まったのに、スタッフの大量退職で大ピンチ!漫画・イラスト:かたぎりもとこ診療所の買い手にとって、一番の価値はすでに通っている「患者さんを引き継げる」ということです。加えて、現在のスタッフを引き継げることも大きな魅力といえます。というのも、患者さんは、(売り手である)現院長やそこで働く顔なじみのスタッフへの信頼や安心感から通院しているのであり、スタッフを引き継ぐことは患者さんの離反防止にもつながるからです。また、スタッフも現院長や同僚、現在の雇用環境に満足しているからこそ働いているのです。医業承継が決まり、新院長に交代する話は、基本的に買い手との最終契約が締結されてからスタッフへ開示することが鉄則です。ここで一定の割合で発生するのが「そんな話は聞いていない! 院長が交代するなら辞めます!」と言ってスタッフが大量に離職してしまうケースです。スタッフを引き継ぎたいと考えている買い手にとって、これは大きな痛手です。実際、スタッフの離職が原因となって買い手に辞退されるケースもあるのです。では、このようなケースはどうしたら防ぐことができるでしょうか? 私たちは以下のようにアドバイスをしています。それは「最終契約を締結した後に、新院長になる方に引き継ぎ先の診療所にて数ヵ月の間アルバイトをしてもらい、スタッフとの関係性を築いたうえで情報を開示する」というものです。これでスタッフの不安を払拭し、院内での人間関係もできたタイミングでスムーズに開業することができます。設備や医療機器と違って、スタッフや患者さんは人間です。その気持ちに配慮しながら、上手にコミュニケーションをとることが開業の成功につながります。スタッフへの告知時期や方法は仲介会社などのアドバイスを受けて決定するとよいでしょう。

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ライフ・イズ・ビューティフル【こんな人生に意味はない」と嘆かれたら?(ナラティブセラピー)】Part 1

今回のキーワード逆境外在化相対化主流秩序アナザーストーリー化ナラティブ・ベイスト・メディスン(NBM)実存的苦痛フランクル心理学皆さんは「こんな人生に意味はない」と嘆く相手がいたら、どうしますか? または自分がそう思ってしまったら、どうしましょうか? そもそもなぜ人生に意味が「ある」のでしょうか?これらの答えを探るために、今回は不朽の名作映画「ライフ・イズ・ビューティフル」を取り上げます。この映画を通して、逆境への心のあり方を探るナラティブセラピーを紹介します。そして、「人生の意味」を進化心理学的に掘り下げます。人生に意味はないと思うのは?―逆境舞台は、第二次世界大戦さなかのイタリア。主人公のグイドは、妻のドーラと幼い息子のジョズエと幸せな家庭を築いていました。ところが、ある日、彼らはユダヤ人であったため、ナチスの強制収容所に連行されてしまいます。グイドは、ドーラと離れ離れになってしまい、ジョズエを守りながら、収容所で強制労働をすることになります。しかし、食事は不十分で、部屋は不衛生で大人数がひしめき合っています。しかも、高齢者、子ども、弱って働けなくなった人は、次々とガス室に送られるという極限状況です。収容されている人のほとんどが絶望し、魂の抜け殻になったように、無口、無表情、無感情となっていきます。まさに、「こんな人生に意味はない」と思う瞬間です。私たちも、失業、離婚、死別、がん告知などによって、人生の意味を見失いそうになる逆境があるでしょう。人生に意味はないと思った時、どうする?―ナラティブセラピー逆境を嘆く相手にどうしたら良いでしょうか? または、逆境に立ってしまったら、私たちはどうしたら良いでしょうか? ここから、ジョズエへのグイドのセリフをヒントにして、ナラティブセラピーの3つのステップを紹介しましょう。(1)問題と自分を切り離す-外在化グイドは、強制収容所に到着した時、不安がるジョズエに、持ち前の明るさで、「これはゲームなんだ」「みんなと競争するのさ。ルールはこうだ。兵隊さんに従わなければならない。これが難しい。ミスをしたらすぐに家に送り返される。1,000点たまったら優勝」「優勝すればご褒美が出るからね」「優勝賞品は、本物の戦車さ」ととっさに言います。息子を安心させるため、収容所生活をあたかもゲームのであるかのように装うことを思い付いたのです。1つ目は、外在化です。これは、問題とその人自身(アイデンティティ)を切り離すことです。ナラティブセラピーでは、「人が問題なのではなく、問題が問題なのだ」と言われています。逆境を背負う自分が問題なのではなく、逆境そのものが問題だと客観視して、その逆境を「ゲーム」と名付けたり、問題を「○○虫」「○○さん」と擬人化(擬「虫」化?)します。たとえば、「独りぼっちの人生に意味はない」と嘆く相手がいたら、その相手への一般的な質問は、「なんでそう思うの?」でしょう。これを、「何があなたをそう思わせるの?」という言い方に変えることです。すると、「独りぼっち」がその人のせいでなく、独立した問題として、客観視することを促します。相手が「寂しさ」と答えたら、「寂しさに虫の名前を付けるとしたら?」と考えてもらい、たとえば「寂しがり虫」と名付けます。そして、「この寂しがり虫を飼い馴らすのを一緒に考えましょう」「その虫はどうあなたを困らせるの?」「その虫が弱ってる時はどういう時?」「何が駆除の助けになりそう?」と話を進めていくのです。ちなみに、怒りっぽいなら「怒り虫」、イライラしやすいなら「イライラ虫」、うっかりミスをしやすいなら「うっかり虫」、怠け癖があるなら「怠け虫」、疑り深いなら「疑り虫」、さらに幻聴の症状があるなら「幻聴さん」と名付けることができます。(2)問題の影響を考える-相対化日が経つにつれて、ジョズエは「もう家に帰りたい」と弱音を吐きます。すると、グイドは「いいよ、お前が帰りたいなら帰ろう」と帰り支度を始めるふりをします。そして、「残念だな。687点で1番だったのに。これで失格だよ」「戦車はほかの子がもらうことになるなあ」とぶつぶつ独り言を言い続けます。そして、ジョズエは、「ゲーム」を続けることを決心します。戦車が手に入るなら、苦労する価値があると子どもながらに思ったのです。2つ目は、相対化です。「もう自分はだめだ」と絶対的に考えずに、問題の影響の度合いや価値を相対的に考えることです。たとえば、先ほどの「寂しがり虫」の続きの質問として、「寂しがり虫はあなたの人生にどう影響を与えているの?」「その虫がいなかったら、どうなってる?」「その虫は、人生の意味をなくすほどの(価値ある)虫?」と話を進めていくのです。これらは、問題の深刻さがフェアか、つり合っているか、見合っているかを自覚させる質問です。これらを、忖度なく純粋な好奇心として質問していくのです(無知の姿勢)。実は、「人生に意味はない」との嘆きの多くは、世間が好ましいとする価値観(主流秩序)から外れていることが原因となっています。たとえば、「親がいない」「友達がいない」「正社員じゃない」「結婚していない」「子どもがいない」などです。それは、主流秩序を絶対視したら、嘆かわしいことでしょう。しかし、自分がどうしたいかという自分の価値観と照らし合わせて相対的に見たら、そこまで苦悩することではないことに気付くことがよくあります。(3)問題を語り直す-アナザーストーリー化グイドは、ジョズエを含む収容者たちみんなの前で、いきなりドイツ語の通訳を買って出ます。ドイツ兵が「偉大なるドイツ帝国のために働けることを誇りに思え」と言うと、グイドは「私は怒鳴る兵隊の役だ。怖がると減点だ」と言い換えます。さらにドイツ兵が「3つの規則を守れ。脱走を試みるな。どんな命令にも背くな。暴動を起こした者は絞首刑。以上だ」と言うと、グイドは「3つの行為が減点の対象だ。泣きべそをかくこと。ママに会いたがること。お腹が空いたとぐずること。以上だ」と言い換えます。こうして、疑うジョズエを信じ込ませたのでした。エンディングでは、大人になったジョズエのナレーションで「これがぼくの物語だ。父が私にしてくれたこと。それこそが贈り物だった」と締めくくります。ジョズエにとって、収容所生活は過酷な逆境によるトラウマ体験ではなく、自分の幸せを一番に願う父親が必死になって作り上げたゲームによる成長体験になっていたのでした。3つ目は、アナザーストーリー化です。これは、主流秩序の価値観に支配された物語(ドミナント・ストーリー)ではなく、自分が納得する自分ならではストーリー(オルタナティブ・ストーリー)に語り直すことです。たとえば、先ほどの「寂しがり虫」の落としどころの1つは、「虫は、退治しなくても良い」「そのまま飼い慣らしても良い」と思えることです。そして、「よくよく考えると、独りは嫌いじゃなかった」「独りでも、今まで自分なりに生きてきた」「ガーデニングやペットのお世話が癒しになっている」「困ったときは、医療や福祉などのソーシャルサポートがある」と語り直すことです。自分の人生は、意味がないと決め付けて絶望するのではなく、意味を見いだすことで受け入れられることに気付きます(自己受容)。いったん、この自己受容ができれば、その他の落としどころとして、本人がやってみたいと思える範囲で「まずは身近な人に挨拶をしっかりしよう」「自分の趣味の仲間とネットでつながろう」との考えが広がるでしょう。ちなみに、主流秩序のアナザーストーリーをそれぞれ考えてみると、たとえば「親のいない子どもはかわいそうな人生」は、「助けてくれる人に囲まれている人生」です。「結婚できないのは負け犬の人生」は、「自由気ままな生活ができる人生」です。「結婚して子どもができないのは気の毒な人生」は、「夫婦の時間を大切にしている人生」です。次のページへ >>

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ライフ・イズ・ビューティフル【こんな人生に意味はない」と嘆かれたら?(ナラティブセラピー)】Part 2

そもそもなぜ人生に意味が「ある」の?このように、ナラティブセラピーとは、外在化、相対化、アナザーストーリー化によって、自分の人生に意味を見いだすことであると言えます。なお、ナラティブ(語り)に重点を置いた医療であるナラティブ・ベイスト・メディスン(NBM)が近年注目されています。これは、根拠(主流秩序)に重点を置いた医療であるエビデンス・ベイスト・メディスン(EBM)とは対照的に、本人の人生の意味に重点を置いた医療を行うことです。それでは、そもそもなぜ人生に意味が「ある」のでしょうか? ここから、人生の意味付けの起源を3つの段階に分けて、進化心理学的に掘り下げてみましょう。(1)「人生がある」―概念化原始の時代から、もともと動物は、その瞬間を本能的に生きており、「人生の意味」どころか、「人生がある」ことにも気付いていません。約700万年前に人類が誕生して、300~400万年前にアフリカの森からサバンナに出た時、助け合い(協力)と競い合い(競争)を同時に行う部族の生活の中で、相手の心を読む、つまり相手の視点に立つ心理を進化させてきました(心の理論)。約20万年前に喉の構造の進化から発語が可能になり、その後、言葉によって自分自身を外から見る視点を持つ思考が可能になりました(メタ認知)。また、過去、現在、未来という言葉によって、時間軸を外から見る視点を持つようにもなりました。1つ目は、概念化です。概念化によって、人間は自分がいつか死んで人生がなくなる、裏を返せば、今「人生がある」ことに気付くようになりました。(2)「人生に意味がある」―宗教約6万年前に、概念化によって超越的な存在を意識できるようになり、部族の結束やモラルを強める原始宗教が誕生しました。そして、「人間は神のために生きている」「来世のために生きている」との教えが説かれました。2つ目は、宗教です。宗教によって、「人生に意味がある」ことに気付くようになりました。ただし、その人生の意味は、もっぱら部族(社会)に従属された受動的なものだったでしょう。人生の意味を主体的に考えていたのは、古代ギリシアの哲学者などの一部の人に限られていました。(3)「人生に意味があると考えることに意味がある」―心理学18世紀からの産業革命によって、生産性や効率性などの合理主義や、貨幣経済や民主政治によってはっきり個人を区別する個人主義が世の中に広がっていきました。もはや宗教の教えは不合理であることに気付いてしまいました。そして、個人的な人生の意味を主体的に考えるようになったことで、かえって人生に意味はあるとは限らないことに気付くようになりました(実存的空虚)。すると、がんの告知のように、突然、人生の終わりを告げられるのは、「神の思し召し」として納得できなくなり、「生きている意味が分からない」と訴えるようになりました(実存的苦痛)。第二次世界大戦後、ユダヤ人で精神科医のフランクルは、強制収容所の体験から、「あなたが人生の意味を問う前に、あなたは人生からその意味を問われている」という考え方(ロゴセラピー)を広めました(フランクル心理学)。これは、外在化を行うナラティブセラピーに通じます。3つ目は、心理学です。心理学によって、「人生に意味があると考えることに意味がある」ことに気付くようになりました。こうして、ようやく自分で人生の意味付けをする手段を手に入れました。「ライフ・イズ・ビューティフル」とは?―「それでも人生は美しい」この映画の構成は、前半が戦前のグイドの恋物語、後半が戦中のグイドの収容所生活でした。実は、後半だけでなく、前半も彼の人生の意味付けは、一貫していることに気付きます。それは、ユーモアによって主流社会(主流秩序)をひっくり返していることです。たとえば、故障したグイドの車が国王のパレードに乱入してしまった時、グイドは国王と見間違われてしまいますが、彼はそのまま国王になりきります。また、グイドはドーラの気を惹きたいあまりに、ドーラの職場である小学校で監査役になりすまし、演説を披露します。さらに、ドーラとファシストとの婚約パーティでは、ドーラが気乗りしない中、グイドが「ユダヤ馬」と落書きされた馬にまたがって登場し、ドーラと駆け落ちしてしまいます。そして、ラストシーンでグイドは、収容所のドイツ兵に射殺される直前でさえも、ゴミ箱のぞき穴から隠れて見ているジョズエのために、いたずらっ子のようにウインクして、おどけた行進をやってのけます。彼の人生の意味付けは、息子に「それでも人生は美しい」というアナザーストーリーのメッセージを残すことだったのでした。そして、このセリフこそが、このコラムのタイトルの「『こんな人生に意味はない』と嘆かれたら?」という問いへの答えと言えます。この映画から学べることは、人生は美しいかどうかではなく、人生は美しいと思えるかどうかです。このことに気付いた時、自分の人生を、周りのせいにして「意味がない」と不平不満を言い続けるのか、自分の責任としてそのまま味わい深めていき「美しい」と意味付けるかは、自分次第であると思えるのではないでしょうか?<< 前のページへ■関連記事僕の生きる道【自己成長】ショーシャンクの空に【心の抵抗力(レジリエンス)】[改訂版]

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がん患者の脱毛軽減に有用な頭皮冷却装置、国内初の製造販売承認

 2020年7月10日、「抗がん剤治療の副作用による脱毛を低減・抑制する国産初の『頭皮冷却装置』発表記者会見」が開催された(株式会社毛髪クリニックリーブ21主催)。小林 忠男氏(大阪大学大学院医学系研究科保健学専攻 招へい教授)が「乳がん化学療法患者さんにおけるリーブ21 CellGuard(セルガード、頭皮冷却装置)を用いた脱毛の軽減化について」を、渡邉 隆紀氏(仙台医療センター乳腺外科医長)が「乳がんにおける化学療法と脱毛の問題点」について講演した。 がん化学療法に伴う容姿変化が原因で治療介入に対し消極的となる患者も存在する。そのような患者のサポートを行う上でエビデンスが集約され治療に役立つのが、「がん患者に対するアピアランスケアの手引き」である。これには脱毛をはじめ、爪の変形や皮膚への色素沈着などへの対応法がまとめられ、たとえば、脱毛に関しては“CQ1:脱毛の予防や重症度の軽減に頭皮冷却は有用か”の項で、頭皮冷却の推奨はC1a(科学的根拠はないが、行うように勧められる)とされている。しかし、日本は海外に比べ、医療施設への頭皮冷却装置の導入が遅れているのが現状であるー。頭皮冷却装置でがん患者の満足度アップ 小林氏は化学療法に誘発される脱毛(CIA:Chemotherapy induced-alopecia)のメカニズムについて、頭皮冷却の理論的根拠(温度低下により血管が収縮→血流低下により薬剤濃度低下、または反応速度低下→毛根細胞生存の維持)や脱毛頻度の高い抗がん剤開発と頭皮冷却の歴史を交えて解説。CIAが女性患者にもたらす影響として以下を述べた。●身体的また精神的な悪影響●心理学的な症状●ボディイメージの低下●乳房を失うよりも強いトラウマ●QOLの低下:Identityと個性に強い影響を及ぼす●治療後も持続的な髪質の変化(くせ毛・量・太さ) これらの悩みを解決するべく誕生したのがセルガードであり、この特徴として、「制御付き頭皮冷却のデジタルシステムである。頭皮温度を氷点下で維持することで毛根周囲の血管を収縮させて、毛根周辺毛細血管に到達する抗がん剤の量を抑制することができる。また、1台で2名が利用でき外来化学療法に有用」と説明した。上田 美幸氏らが第18回日本乳癌学会学術総会(2010年)で報告した『頭皮冷却キャップ装着に伴う変化 患者満足度アンケート』によると、装着の問題、使用中の気分不快、頭痛について調査し大多数で満足が得られているほか、加藤乳腺クリニックの29例を対象とした調査では、NCI-CTC scale Grade0は8例、Grade1は17例、Grade2は4例という結果が得られた。これを踏まえ同氏は、「セルガードによる頭皮冷却法がCIAに効果的であると証明された。今後、患者のQOLを向上させるだけではなく、より良い治療へ貢献する可能性がある」と語った。脱毛に関する不安、患者と医療者で大きな差 脱毛の臨床的な見解を示した渡邉氏は、がん化学療法を受けた患者の苦痛調査1,2,3,4)から「脱毛は、この30年間で常に上位に位置するほど患者の大きな悩み。また、別の調査5)でも治療時の不安において、患者は脱毛を4番目に挙げる一方、看護師は9番目、医師は12番目に挙げた」と、がん患者・看護師・医師の認識の乖離を指摘。なかでも、乳がんは患者の増加、初発年齢の若さ、適格な診断・予後の良さに加え、近年では外来化学療法が主流となっているが、体毛すべてに影響を及ぼす乳がん再発予防の治療は患者に大きな負担をもたらしている。同氏らが行った調査6)によると乳がん患者が脱毛した場合、再発毛しても頭髪8割以上の回復は60%、頭髪5~8割の回復は25%、頭髪5割未満の回復は15%で、再発毛不良部位は前頭部と頭頂部が圧倒的に多いことが明らかになった。また、ウイッグの使用期間は平均12.5±9.7ヵ月で、60ヵ月以上もウィッグを手放せない患者も存在した。このことから同氏は「脱毛程度の軽減、再発毛の促進に頭皮冷却装置の効果を期待する」と締めくくった。日本人向け脱毛防止装置で苦痛開放へ 日本での冷却装置導入の遅れに注目したリーブ21代表取締役社長の岡村 勝正氏は、「女性にとって乳がん治療はがん告知、乳房、髪の毛を失う三重の苦しみがあると言われている。欧米で発売されている頭皮冷却装置は日本人に適さないことから、脱毛で悩む日本人を救うため開発を行った」とし、「同製品は本年秋頃、全国のがん診療連携拠点病院に対してプロモーションを予定している」と話した。■参考リーブ21:頭皮冷却装置<セルガード> 1)Coates A, et al. Eur J Cancer Clin Oncol. 1983;19:203-208.2)Griffin AM, et al. Ann Oncol. 1996;7:189-195.3)Dennert MB, et al. Br J Cancer. 1997;76:1055-1061.4)Carelle N, et al. Cancer. 2002;95:155-163.5)Mulders M, et al. Eur J Oncol Nurs. 2008;12:97-102.6)Watanabe T, et al. PLoS One.2019;14:e0208118.

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第12回 夏本番!冷やし中華ならぬ「抗体検査始めました」の怪

抗体保有率、東京都0.10%こんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。6月19日、やっとプロ野球が開幕しました。新型コロナウイルス陽性が判明した巨人の坂本・大城両選手も開幕試合になんとか間に合ったようです。私も何試合かテレビ中継を観ましたが、やはり無観客試合はどうもしっくりきません。打撃音やキャッチングの音、選手の声が聞こえるのはいいのですが、応援なしだとなんだか草野球を観ているようで、プロらしさがあまり伝わってきません。ある中継では、「応援音声再現中」と、バックに過去に録音した応援の音を流していましたが、あれもどうなんでしょう。今年も早く神宮球場の「生ビール半額ナイター」に行きたいものです。さて、今回気になったのは、新型コロナウイルスの抗体検査に関するいくつかのニュースです。6月16日、厚生労働省は3都府県で6月1日から実施していた新型コロナウイルスの抗体保有調査の結果を公表しました。この調査は日本での抗体保有状況の把握のため、2020年6月1~7日にかけて東京都・大阪府・宮城県の一般住民それぞれ約3,000名を無作為化抽出して行われたものでした。対象者は本調査への参加に同意した一般住民(東京都1,971人、大阪府2,970人、宮城県3,009人、計7,950人)。この調査では、陽性判定をより正確に行うため、2種の検査試薬(アボット社・ロシュ社)の両方において陽性が確認されたものを「陽性」としたとのことです。その結果、抗体保有率は、東京都:0.10%(2人)、大阪府:0.17%(5人)、宮城県:0.03%(1人)でした。抗体を持っていた人の割合を、人口に対する報告感染者数の割合(5月31日時点)と比べてみると、東京で2.6倍、大阪で8.5倍、宮城で7.5倍でした。各地で無症状や医療機関を受診しないまま回復した感染者が一定数いた可能性が示唆されます。ただ、米ニューヨーク州が5月上旬に公表した住民1万5,000人を対象にした抗体検査の結果(12.3%)と比べると、日本の低さが際立ちます。これまでの感染状況を考えると当たり前と言えば当たり前の結果ですが、日本ではまだまだパンデミックの余地は残されている、と言えるでしょう。抗体検査は医療機関にとっては割のいい“臨時収入”この報道に先立つ6月12日のNHKニュースでは、「導入相次ぐ『抗体検査』 期待の一方 誤解や課題も」というタイトルで、企業やプロ野球チームなどで抗体検査の導入が進んでいる実態を伝えています。報道では、過去にウイルスに感染したかどうかを調べるため、企業や個人などで抗体検査を受ける動きが広がっている状況を伝えた上で、抗体検査が陰性証明として使えるわけではないこと、抗体陽性が感染防止につながるわけではことなど、抗体検査に関する誤解についてわかりやすく解説していました。麻疹や風疹のように、新型コロナ感染症も1回感染して抗体価が上がればもうかからない、と誤解している人は意外に多いようです。このニュースで興味深かったのは、地域の診療所などの医療機関が自費での抗体検査を始めていることでした。ニュースで紹介されていた東京の銀座のクリニックでは、5月中旬から抗体検査を始め、1ヵ月で検査を受けた人は200人にのぼったとのことです。検査費用は1万1,000円ということですから、抗体検査だけで200万円の売上になります(原価はわかりませんが、仮に中国製だとすると安価でしょう)。外来患者が減った医療機関にとっては、割のいい“臨時収入”といったところでしょうか。少し気になって、ネットで調べてみると、「新型コロナウイルスの抗体検査始めました」とホームページで告知している診療所や病院があるわ、あるわ。中にはサイトに「抗体検査が陽性であればワクチン接種したのと同じ状態ですから、再感染はしにくくなるといわれています」と書いている医療機関もありました。当然ながらどこも保険外で、検査費用は8,000円〜1万円が相場のようです。抗体あっても感染防止できるかは不明夏の到来とともに、冷やし中華のように医療機関のメニューに加わった新型コロナウイルスの抗体検査。本当に医療機関側は受診者の役に立つ、と考えて実施しているのでしょうか。そもそも、新型コロナウイルスの場合、血液中で感染防御に働く「中和抗体」がどのくらいの期間維持されるのか、抗体量がどの程度なら再感染が防げるかなど、多くのことがまだわかっていません。風疹や麻疹のように抗体ができたから大丈夫、とはいかないですし、インフルエンザのようにA型にかかったから今年はもうA型は大丈夫、ともならないのです。さらに、抗体は発症してから1週間程度で作られるため、人に感染させる可能性が高いとされる発症前後は抗体検査に引っかかりません。つまり、「個人が感染の有無を調べるための検査」というよりも、先述の厚労省の調査のように「地域での感染状況を公衆衛生学的に調べるための検査」なのです。新型コロナが存在しない2019年の検体からも陽性がもう1点、気になるのが市中の医療機関で行われている検査の精度です。現時点において、国内で承認された新型コロナウイルス感染症に対する抗体検査向けの検査試薬は存在しません。厚労省の調査で使用されたアボット社・ロシュ社のキットを含めてどれもが「研究用試薬」という位置付けです。両社のキットが厚労省の調査で採用されたのは、米食品医薬品局 (FDA)が性能を確認して緊急使用許可(EUA)を出した抗体検査のうち、日本国内で入手可能なものだったからです。少なくともこの2つのキットにはFDAのお墨付きがあるわけです。しかし、国内では、米国のEUA承認といった一定の評価がなされていない、性能がよく分からない検査試薬が数多く出回っているようです。ちなみにキットの開発企業は米国・ドイツ・中国・台湾とさまざまで、数としては中国が比較的多いようです。冷やし中華のように、「うちも始めました」とPRしている医療機関の多くは、イムノクロマト法で測定できる(専用装置を必要としない)簡易抗体検査キットを採用していると見られます。しかし、これらの簡易キットの検査性能については、感度にバラツキがある、偽陽性が多い(新型コロナウイルスが存在しなかった2019年の検体からも陽性が出たとのことです)など多くの疑問点がすでに指摘されています。政府の専門家会議も、5月に出した提言で「国内で法律上の承認を得たものではなく、期待されるような精度が発揮できない検査が行われている場合があり、注意を要する」としています。厚労省サイト「新型コロナウイルス感染症に関する検査について」では、AMED研究班が日本赤十字社の協力を得てとりまとめた「抗体検査キットの性能評価」が公表されていますので、興味のある方はそちらを参照してください。おそらく、厚労省も全国で未承認の新型コロナウイルスの簡易抗体検査キットが自由診療で使われていることを把握しているでしょう。コロナ禍による外来収入減を補うためのものとしてしばらく“お目こぼし”が続くか、あるいは「意味のない検査は止めるように」といった通知が発出され規制対象となるか、今のところ先行きは不透明です。もっとも、私なら抗体検査は受けず、そのお金で冷やし中華を10杯食べるほうを選択しますが。

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第10回 95万円の診療報酬架空請求で逮捕!うがった見方をしてみれば

実母に在宅診療をしたとして架空請求こんにちは。医療ジャーナリストの萬田 桃です。医師や医療機関に起こった、あるいは医師や医療機関が起こした事件や、医療現場のフシギな出来事などについて、あれやこれや書いていきたいと思います。さて、緊急事態宣言が解除されましたが、その後のロードマップ「ステップ1」「東京アラート」「ニューノーマル」…、次から次へと出てくる新造語や基準があるようでよくわからないレギュレーションに、東京都民をはじめ首都圏に住む多くの人たちが戸惑っています。「もう戸惑うのは御免」とばかりに完全に自粛を解除してしまう人もいるようで、いわゆる”夜の街”(この言葉もなんか変ですね)では、「接待を伴う」わけではない普通の居酒屋にも、それなりに客足が戻っているようです。新型コロナウイルスが撃退されたわけでもないのに、この緩みっぷり…。人間とは面白い生き物です。さて、今回気になったのは、東京都羽村市の在宅クリニックで起きた診療報酬の架空請求事件です。この事件は新聞、テレビはじめ多くのメディアが報じました。毎日新聞やNHKなどの報道によれば、事件のあらましは次のようなものでした。5月27日、診療報酬を架空請求したとして、警視庁捜査2課は、東京都羽村市で在宅専門クリニックを開業する医療法人甲神会・理事長の医師(49)と、同法人の事務長(53)を逮捕しました。逮捕容疑は詐欺と私電磁的記録不正作出・同供用容疑です。逮捕容疑は、1月上旬~2月下旬ころにこの医師と同居する70代の実母に在宅診療をしたとする虚偽の電子カルテを作成、事務職員に虚偽の電子レセプトを作らせ、東京都後期高齢者医療広域連合に診療報酬計約95万円を架空請求し振り込ませた、というものです。母親は別の医療機関に通院していましたが、息子のクリニックからの在宅診療は受けていませんでした。報道では、この医師は「弁解の余地もありません」と容疑を認めているとのことでした。当局が医療関係者に発したアラート?この事件の報道、よくよく読むと不思議なことがいくつかあります。3点ほど挙げてみます。1)実母のレセプトにも関わらず、なぜバレたのか。2)億単位の不正請求が発覚しても逮捕されないケースもあるのに、わずか95万円でなぜ逮捕されたのか。3)このコロナ禍でどこの医療機関も大変な時期なのに、わざわざ逮捕する必要があったか。1)と2)ですが、多くの診療報酬不正請求事件は、地方厚生局などへの通報(患者や内部の従業員などからのいわゆる”たれこみ”)で発覚し、指導、監査へと進むことが大半です。今回の場合、母親が“たれこむ”わけがないので、この母親のレセプトを広域連合がチェックする段階で、「通院と在宅が混じっている、おかしいぞ」ということになった、と予想できます。ただ、95万円は「母親に在宅診療したと見せかけた架空請求」という1事例に過ぎず、不正請求の事例(余罪)はほかにもあるのかもしれません。95万円というのはさすがに少額過ぎるからです。3)が一番の謎です。東京の外れの1在宅クリニックの95万円の詐欺事件を、わざわざ全国に知らしめる必要があるのか、ということです。うがった見方かもしれませんが、この逮捕は「医療機関の皆さん、コロナで患者数が減って大変でしょうが、くれぐれも不正請求をしないように!100万以下でも逮捕しますよ!」という当局のアラートであった、とは考えられないでしょうか。最近、知人からこんな話を聞きました。「友人が子供を連れて行っていたかかりつけの小児科でコロナ疑いが出て、患者数が激減した。少し経ってから子供を連れていったところ、今までやらなかった余計ではないかと思われる検査をされたそうだ」。もちろんこのケースは不正請求ではありませんが、コロナ禍による患者・収入減の反動で過剰診療が増えているとすれば、不正請求に走る医療機関も、ひょっとしたら増えているのかもしれません。診療報酬の不正請求は詐欺罪にあたり、最長で懲役10年です。加えて、保険医取り消し、保険医療機関取り消し、医師免許停止・取り消し、医業停止といったさまざまな行政処分の対象にもなります。実は今年の3月から、不正請求をした医師や医療機関の取り扱いも厳しくなっています。詳細は各地方厚生局のホームページを見ていただきたいのですが、例えば関東信越厚生局のサイトには3月19日付けで、「行政処分が行われる前に、保険医療機関等や保険医等が自ら保険医療機関等の指定の辞退や保険医等の登録の抹消を申し出て、自ら保険医療機関等や保険医等から外れることによって、行政処分から免れるケースがあり、このようなケースについては公表を行っておりませんでしたが、保険診療を受けた患者(被保険者)の皆様の権利を守ることが目的であることに鑑み、すでに指定を辞退した保険医療機関等や登録抹消した保険医等についても、取消に相当する場合には、地方社会保険医療協議会の審議を経て、名称、氏名、不正理由、不正請求金額などを公表することといたしました」と告知されています。どう逃げようが、名前や医療機関名、不正請求の詳細は公にされてしまうわけです。わざわざこの時期に表沙汰となったこの事件、当局が医療関係者に発した“東京アラート”かもしれないということを、皆さんも頭の片隅に置いておいてください。

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