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女優アンジェリーナ・ジョリーさんの報道などで社会的認知度が高まりましたが、HBOCとはどのようなものか教えていただけますか?HBOCは、Hereditary Breast and/or Ovarian Cancer Syndrome、遺伝性乳がん卵巣がん症候群です。HBOCはBRCA1、BRCA2遺伝子の変異が原因で発症します。このBRCA1/2遺伝子は、もともと損傷した遺伝子の修復機能を持っていますが、一部に変異を起こし機能不全になることで、逆にがんが発症しやすくなります。BRCA1/2遺伝子変異陽性者の生涯乳がん発症頻度は41~90%、卵巣がんの発症率は8~62%で、一般人に比べ、乳がんでは6~12倍、卵巣がんでは8~60倍です。BRCA1/2の変異は、乳がん全体の5~10%、卵巣がん全体の10%にみられます。若年発症が多く、再発を繰り返している患者さんが多いという特徴もあります。また、BRCA1/2遺伝子変異は、乳がん、卵巣がん以外にも前立腺がん、膵臓がんの発症にも影響しています。日本でも海外と同程度の患者さんがいるのでしょうか?2013年に行われた日本乳癌学会の班研究「HBOC患者および未発症BRCA変異陽性者への対策に関する研究」の結果では、遺伝学的検査を受けた日本人の乳がん患者さん260例の30%に、BRCA1/2の病的変異を認めています。遺伝学的検査を受けた患者さんの割合を考えると、欧米と同程度の患者がいると推測されます。5~10%というと少なく聞こえますが、日本の乳がん罹患数は年間約9万例(国立がん研究センターによる2017年のがん統計予測では8万9,100例)ですので、推定4,500~9,000例となります。さらに、今まで乳がんの診断を受けた患者さんや、これら陽性患者さんの背景にいる家系員も考えると、HBOC患者さんは潜在例も含め相当な数であると考えられます。HBOCでは、通常の患者さんとは医療の方針が変わるのでしょうか?BRCA1/2の病的変異が認められる場合、年1回のマンモグラフィー+MRI検査、化学予防、リスク低減外科療法(予防的乳房切除、卵管卵巣摘出術)といった、通常のがんとは異なる選択肢を考える必要があります。治療法についても、HBOC患者さんの場合は、一般的な乳がん卵巣がんとは異なってきます。たとえば、BRCA1変異の乳がんでは、通常の乳がんと異なり、70~80%がトリプルネガティブ乳がん(TNBC)です。BRCA2変異例では、一般的な乳がんと同様70~80%がHR陽性ですが、増殖能が高いルミナールBが多くを占めます(化学療法の対象)。このように特性を理解した治療選択が必要となります。また、BRCA1/2変異例に効果の高いPARP阻害薬も登場しています。さらに最近では、BRCA1変異例がタキサン耐性、プラチナ感受性であるなど、BRCA1と2の違いも明らかになりつつあります。さらに、手術についても考慮が必要です。BRCA1/2陽性乳がんの場合、手術後の同側乳がん、対側乳がんともに非遺伝性症例に比べ発症率が高いため、手術方針も変わってくる可能性があるためです。HBOCの診療を行うにあたり、どのようなことが障害となっているのでしょうか?遺伝子変異が疑われる方には、遺伝子カウンセリングを行い、インフォームド・コンセントの上で、遺伝学的検査、検診と進めていくことになりますが、実際には遺伝子カウンセリング、遺伝学的検査は公的保険の対象ではありません。検診についても同様です。若年性発症の場合は、Dense Breast(高濃度乳房)のためマンモグラフィーでは発見しづらく、MRIが有用とされていますが、日本では検診目的のMRIに公的補助はありません。その後の予防切除も保険適応ではありません。卵巣がんについては、卵管卵巣の予防的切除によるリスク低減手術が唯一死亡率を減らす手段ですが、自費診療となってしまいます。欧米では考え方が違っており、早期検診や予防切除といった積極的介入でHBOC患者の生命予後が改善されることから、1人のHBOC患者も逃さないよう、BRCA1/2変異者は25歳からの定期検診を推奨するなど、幅広いスクリーニングを行っています。公的補助をどう求めていくのか、これが日本での大きな課題といえます。HBOC診療向上のための現在および今後の活動について教えていただけますか?HBOC研究の向上を図るために、研究団体として「NPO法人 日本HBOCコンソーシアム」を設立し、日本のHBOCの実態解明、HBOCの効果的医療システムの提供を目的に、HBOC患者登録データべースの構築、教育セミナーの開催を行っています。また、関連3学会(日本乳癌学会、日本産科婦人科学会、日本人類遺伝学会)共同のガイドラインを作成しています(10月発刊)。さらに、この関連3学会共同で、「一般社団法人 日本遺伝性乳癌卵巣癌総合診療制度機構」を2016年に設立しました。この機構では、診療体制の施設認定要件(婦人科腫瘍専門医・乳腺専門医・臨床遺伝専門医の在籍、予防的手術設備など)を定め、HBOCを総合的、あるいは連携して診られる体制作りを行っています。HBOC管理加算などの保険適応や、現在、医療機関内で十分な身分保障のない遺伝子カウンセラーの国家資格化も目指しています。HBOCは、一般人の10倍ものがん発症率があるため、予防とはいえ、さまざまな介入をすることで、長期的な医療費削減になる可能性もあります。将来的には、日本の保険診療データを利用した発症仮説を立て、医療経済評価を行えればと考えています。※現在HBOCの遺伝学的検査、カウンセリングを行っている施設は日本HBOCコンソーシアムのホームページで公開されている。1)NPO法人 日本HBOCコンソーシアム2)一般社団法人 日本遺伝性乳癌卵巣癌総合診療制度機構